静岡大学教育学部研究報告 (教科教育学篇)「第37号
(2006.3)11〜
27ス トリー トチル ドレンを題材 にした開発教育の学習課題の検討
一子 どものエ ンパワーメントの視点から
Considering Issues of Sfreet Children in Development Education
:Focusing on Empowerment of Children
池 田 恵 子彙・ 松 山 優 子 対
KeikO IKEDA&Yuko MARUYAMA
(平成 17年 9月 30日 受理)
はじめに
本稿の目的は、開発教育
1)の
題材 としてス トリー トチル ドレンを取 り挙げ、エ ンパワーメン トの視 点か ら学習課題 を整理 して提示することである。途上国の開発 において注 目されるエ ンパワーメン ト概念は、近年、開発教育で も頻繁に用い られる。
エ ンパ ワーメン トは「自ら力をつけること」
(伊
藤2002:241)、 問題 に直面 した人が「 力 をつけて"連帯 して行動することによつて、自分たちで自分たちの状態 。地位 を変えていこうとする」こと
(村
松 1995:12)と 理解 されている。この行動的、自律的で、かつ当事者の主体性 を尊重する視点は、開発 教育 において望 ましい国際協力や問題解決のための行動 を考える際に、ヒン トを与えて くれる。一方)
エ ンパ ワーメン トは一見分か りやすい言葉だが、明確な説明が難 しく、具体的な内容が想像しづ らい。
そこで本稿では、ス トリー トチル ドレンの問題 を開発教育で取 り挙げることを念頭 に置 き、子 どもの エ ンパワーメン トの視点から学習課題の構成内容 を考えてみたい。
本稿の構成 を簡単 に述べ る。まず、子 どものエ ンパ ワーメン トについて概念を整理す る。その観点 か ら、ス トリー トチル ドレンを題材 に した既存の教材の学習課題 を分析する。続いて、ス トリー トチル ドレンの研究 と支援の現状 を紹介する。筆者 らは、本学部生涯教育課程国際理解教育専攻の授業「地域 調査」の一環 として、2005年 1月 にフイリピン共和国マニラ首都圏パサイ市のス トリー トチル ドレン 支援団体バ ンガラツプ財団を訪れ、調査実習 を行 った。その資料にも依拠 しつつ 、ス トリー トチル ドレ ンのエ ンパ ワーメン トとは何かを考察 し、この問題 を題材 とした開発教育の学習課題 を整理する。な お、本稿 には、本学における授業の成果 を開発教育へ還元する意図 もある。
1。 開発教育におけるエンパワーメン ト概念
1)開発教育におけるエンパワーメン ト概念の重要性
エ ンパ ワーメントとは何かという議論に入る前に、この概念が開発教育において実に重要な役割を
*
本学部教員。執筆担当
:はじめに、
1、 2、 6節、おわ りに。
**
本学部生涯教育課程国際理解教育専攻
4年生。執筆担当
:3、 4、5節
,12
池 田 恵 子 ・ 松 山 優 子担 っていることを、日本の開発教育の草分け的推進団体である開発教育協会が作成 した『開発教育っ てなあに?』 (2005a)に即 して確認 したい。開発教育協会は、エ ンパワーメン ト‐
を「権利 を抑圧 されて いる人々が、自らが潜在的に持 っている力 を取 り戻すことで、自分たちの社会的地位や問題状況を変 えていこうとする考え方」
(p.39)と
定義 している。後述するように、この定義は開発分野に準 じている。開発教育の中心的な学習テーマである「貧困」「開発」「協力」の説明の中にエ ンパワーメン トは中心 概念 として登場する (pp.8‐ 9)。す なわち、貧困 とは経済的欠乏のみを指すのではな く、社会の仕組み により、人々が人間としてのあ り方 を妨げられている「権利の剥奪」である。そのような社会的な歪み は、途上国ばか りでな く我々の身の回 りにも見 られる2)。 従 つて、貧 しさの克服 としての開発は我 々自 身の課題で もある。「求めるべ きは剥奪 された力のエ ンパワー、つ まり私たちに欠落 しているものの獲 得」
(傍
点筆者)である。また、協力 とは困つた人たちを助けてあげることではな く、開発のあ り方の悩 みを共有 し、世界 とのつなが りの 自覚か ら生活 を見つめ直す ことである。相互 に協力 し合 う視点 を得 ることが大切である。開発教育の学習過程 は、学習者のエ ンパワァメン トその もの として説明される (pp45)。 曰 く、開発教育は概ね、①気づ く・知 る、②考える、③つながる・解決する力を高める、と い う3段階を経 る。最後の段階は、他者 と連携 しなが ら問題解決能力を高めること、「私たち一人一人 が まず変わ り、社会の中で実践する力をつけてい く(エ
ンパワー)」 ことである。このように、今 日の開発教育にとつてエ ンパ ワーメン トは非常 に重要な意味 を持つ。エ ンパワーメ ン ト概念が導入されて初めて、経済的欠乏 という狭い概念では掬い取れない日本社会の問題 を途上国 の問題 と併置 して分析で きるようになった。学習者は、依存関係や援助 という視点か ら一旦解放 され、
当事者 と対等になれる。つまり、日本人も途上国の人々も共にそれぞれの開発問題の当事者であ り、互 いの足元か らエ ンパワー してい く学びあいの関係
(小
貫2005:38)となる。そうなれば、途上国の間 題 とその解決を学んだ者が、足元の地域で も似たような仕組みで問題が起 きていると気づ き、地域づくりへの興味や参加意識が高 まるだろう。
また、国際協力 として自分たちに何ができるか考える際、当事者の側 に立 って発想で きるようにな・ るだろう。今や国際協力の現場では、緊急救援 を除けば、住民のエ ンパワーメン トを目指す息の長い参 加型開発が主流である。「協力」学習の結果、結局モ ノやお金を送る支援が提案 されることは多いが、そ れは現場の感覚か ら乖離 している
(田
中2005:6)。 そもそ も、社会構造に発 して人間としてのあ り方 を否定 される状況は、モノやサービスの欠乏を補 うことでは解決 されない。しか し、そのような提案 を 非難することはできない。なぜ なら、学習を提供する側 に途上国の人々のエ ンパワーメン トという視 点が欠け、モノやサービスの欠乏を補 うことに主眼が置かれた ドナー主導のプロジェク ト援助 を想定 していることが多いか らである(田
中2005: )。 開発教育が、エ ンパ ワーメン ト概念を取 り入れた 成果 を十分 に得 るには、エ ンパワーメン トの視点か ら開発問題 を描 きなお し、教材 に反映 させ る作業 助が必要である。2)エンパワーメン ト概念
`では、本稿でエ ンパ ワーメン ト概念 をどう捉えるか明 らかに し、議論 を展開する上での基本的な立 場 を示そう。今 ロエ ンパワーメン ト概念は多 くの領域で使用 され、筆者が知るだけで も、途上国の開発 はもとより、福祉、人権、医療、心理、教育、経営などの分野で定着 しつつある。しか し、その定義は開 発 という一分野でさえ確定せず、様 々な話者がこの言葉にそれぞれの理想 を込めて用い、多様 な解釈 が無統制に流通する状態であるJ(佐藤2005a:3)。 とはいえ、何がエ ンパワーメン トかについてエ ン
ス トリー トチル ドレンを題材 にした開発教育の学習課題の検討
パ ワーメン ト論者の間に一定の合意は見 られる。本稿の主題に鑑み、開発分野 と児童福祉分野に焦点 を当てて見てみよう。
開発領域 においてエ ンパワーメン トは、「自ら力 をつけること」、特 に人間か ら自律性 を奪 う過程へ. の対抗 を意味 して用い られる
(伊
藤2002:241)。
今 日のエ ンパ ワーメン ト論の基礎 を築いたJ。 フリードマ ン (1995)は、貧困を社会的な力の剥奪
(deprivation)と
再定義 し、その回復の過程 としてエ ンパ ワーメン トを提唱 した。開発教育で も、主に彼の理論が援用 されている(開
発教育協会 2003a:8283;2005b:3335な ど)。
・
「力をつける」という中には、この自律性 を保障する生活基盤、能力育成や社会への影響力が含 まれ、
最終的には影響力の行使 に必要な権力の分配が問題 となる
(伊
藤2002:241)。 フリー ドマ ンは、その ような基盤 として生活空間、余暇時間、知識 と技能、適正な情報、社会組織、社会ネッ トワーク、労働 と生計手段、資金を挙げる(1995:114‐
121)。 人々が力を取 り戻そうとする場合、まず安全で安心 して 暮 らせる生活空間と生存 目的以外に費やせる余暇時間の確保が前提条件 となる。また社会的組織 と社 会ネッ トワークは特に重要で、これ らを活用 した政治的な闘いを通 じて他の基盤 を確保で きる。社会 的な力へのアクセスが増大 した世帯や個人は、心理的にも潜在力 を自覚で きるようになる。この一連 の過程がエ ンパワーメン トである。開発援助の文脈でエ ンパ ワーメン トを論 じた佐藤は、この過程 を次のように言い換える
(2005a:8‐
9;2005b:202‐211)。 まず、エ ンパ ワーメン トは問題 に直面する当事者 自身が、問題 を自覚的に認識 し、
問題状況 を変える主体的意欲 を持つことか ら始 まる。そ もそ も、問題 を抱えていても問題 を生み出す 社会に適応 していては、解決 しようという発想す ら沸かない。「将来こうあ りたい自分の姿」を自覚 し、
その実現 を構想 して始めて人は当事者 となる。この気づ き自体がエ ンパワーメン トである
(中
西・上 野 2003:196197)。 しか し、気づいて努力するだけでは到底十分ではない。気づ きを実行 に移すには、フリー ドマ ンが言 うような技能的、物資的、社会的な基盤 に寄って立つ問題解決能力が求め られる。さ らに、形成 された問題解決能力は、社会的制約のためにそれだけでは十分に機能 しないことが多いの で、能力 を発揮で きる社会環境 を整えることが大切である。つ まり当該社会の社会関係の変容が必要 になる。佐藤は、この過程全般で外部者の関与が可能だと論 じる。
本稿では、これ らの議論 を踏 まえて、佐藤に準 じ、エ ンパワーメン トを三段階に分けて考えたい。す なわち、①問題 に対する当事者の主体的気づ き、②問題解決に必要な能力の獲得、③能力を活用・発揮 する機会の獲得である。
(3)子どものエンパワーメン ト
ー方、児童福祉分野では、エ ンパワーメン トはやや異なる意味内容で使用 されている。原 (1999:
92‐94)は 、子 どもの虐待の領域で活躍する森田 (1998)を取 り挙げ、「子 どもの人権」分野 と開発分野 におけるエ ンパ ワーメン ト概念の違いについて興味深い考察 を行 っている。森 田が主張す るエ ンパ ワーメン トは、「あるが ままをまず受容 し、内在する資源 に働 きかけることJで あ り、「何者かにならな ければと懸命に励んで知識や技術 という服 を幾重 にも着込んでい くのではな く、逆に着膨れ している 服 を一枚一枚脱いでい き、自分の命の源に触れること」だという (1998:17‐18)。 すなわち、自己肯定 に重 きが置かれている。開発領域において、自己に不足する
(剥
奪 された)能力を外部か ら獲得するこ とが強調 されるの とは対照的である。また、森田
(2004:24‐
30)は 、子 どものエ ンパワーメン トを本来持 っている様々な力(生
理的力、人14 池 田 恵 子 ・ 松 山 優 子
とつながる力、人権 という自分を尊重する力、自分を信頼する力)を取 り戻す ことだと説明する。これ らの力 を育てるのは、「わた し」を条件ぬ きで、まるごと受け入れて くれる他者、とりわけ保護者 との 基本的信頼関係、無条件で愛 されるという安心の体験 とその記憶だと言 う。しか し、他者 との比較、暴 力、い じめ、差別など外的抑圧があると、自分の尊 さやすば らしさが信 じられな くな り、否定的メッ セージを内部化 して自分で自分を抑圧 して しまう。子 どもはすべて、抑圧を跳ね返す回復力を持って いるが、問題の渦中ではそれに気づかない。そこで、自分のかけがえのなさに気づ くよう働 き゛
かけ、回 復力を活性化することが支援 となる。そのための具体的な方法 とは、子 どもの「気持ちを聴 き、受け止 め、と もに行動の選択肢 を探 して問題 を解決することは可能だとの自信 を育ててい くこと」であ り、
「子 どもたちが本来持つ力を出すことが出来るような環境に大人がなること」だという。
本稿では、無条件であるが ままの子 どもを受け入れるという森田の主張 を、ス トリー トチル ドレン のエ ンパ ワーメン トに不可欠な要素 と位置づけたい。また、大人が変わることが大切だという点 も重 視 したい。一方、途上国の文脈では、「内在する回復力を呼び起こす」だけでは不十分であろう。日本や 先進国では、自尊感情が高 まって必要な知識や技能を得 ようという気 になった子 どもがt実 際にそれ らを得ることは比較的容易だろう。しか し、途上国では教育や保健など基礎社会サービスの不備、社会 構造、貧困などのため、自尊心 を取 り戻 した後のプロセスに実に障害が多い。問題 を自覚 した当事者が、
その解決のために能力 を身につけたいと欲 したとしても、機会や資源自体が偏在 しているか らこそ問 題が生 じているのであ り、これを自力で是正 しようとすれば膨大な労力 と危険が伴 うであろう。問題 解決に必要な能力の獲得、能力を活用・発揮する機会の獲得 を大人や周囲の者が積極的に支援するこ
とが欠かせない。
ところで、国際社会では、子 どものエ ンパワーメン トという考えは、1989年 に「子 どもの権利条約」
が採択 されてか ら急速 に普及 した。この条約は、子 どЪを「権利 を行使する主体」と規定する。従来重 視 されてきた「保護 される権利」、成長に必要な保健や教育のサービスを「提供 される権利」に加え、
「参加する権利」が保障 された。子 どもの問題 に取 り組む人々の間で子 ども観が大 きく変わ り、「子 ど もを、社会 を変え創 り出 してい く主体 とみな し、子 どもの社会参加なしには子 どもにふさわ しい世界 をつ くることは不可能だ」という認識が普及 しつつあるという (甲斐田・中山2003:297‐298)。 子 ど もにとって最 も良いことを大人が決めるのでな く、子 どものことは子 どもに聞 くのが一番 という発想 の転換があった
(安
部2004:47)。甲斐田と中山(2003:300‑303)は 、ィン ドで児童労働者やス トリー トチル ドレンを支援する現地NGO
の活動 を紹介する中で、子 どものエ ンパワーメン トを次のように説明する。働 く子 どもたちは日ごろ か ら大人に編 され裏切 られ、猜疑心が強い。自己肯定感が弱 くなっている子 どもが、自力で問題を解決 するために学ぼうとすることは難 しい。しか し、子 どもを支援する大人が、子 どもの声に耳を傾け、子 どもたち自身が 自らの問題 を解決する主役だとみなす と、そのようなメッセージを受けた子 どもは、
自分が無能な存在ではな く、社会を変えられる存在 と認められるようになるという。子 どもたち自身 が、有害な「児童労働」とそうでない「子 どもの労働」を区別 して定義 した り、児童労働者の事故を調 査 した りする。自ら得た情報 を発信 し、社会や行政に訴える。こうして自分の意見を表明 し、意見を取 りまとめることの意義、行政の仕組みや政治参加のあ り方、ア ドボカシーの方法などを学び取る。ここ では、子 どもには、権禾
1の
主体か ら一歩進んで社会変革の主体 という積極的な役割が与えられている。また、子 どものエ ンパ ワーメン トは、子 どもの権利 を実現する義務を持つ周囲の大人だけでな く、地域 住民、政府などすべての関係者が対象 となる (甲斐田0田中2005:29‑30)。 例えば、行政担当者には、
ス トリー トチル ドレンを題材に した開発教育の学習課題の検討
子 ども政策の改善、予算要求、広報啓蒙などの能力向上がエ ンパ ワーメン トとなる。
以上の議論か ら、子 どものエ ンパ ワーメン トの留意点を整理 してみ よう。第一に、何 より自尊心 を取 り戻すことは重要であるが、それだけでは自然に問題解決能力はつかない。内にある自己の尊重や信 頼 と、外か らの知識や技能の補充の両方を重視する。第二に、子 どもだけでな く、子 どもの権利 を実現 する義務 を持つ大人 も対象に含む。第三に、子 ども自身が社会 を変えようと思えば変えられると理解 で きる機会を確保する。最後 に、基本的には参照すべ き子 どもの権利は万国共通のはずだが、子 どもが 何 に誇 りを感 じるかなどの点で地域性 を考慮する。
2.開 発教育における F子ども」
(1)子どもを題材にした教材の概要 とメッセージ
本節では、既存の開発教育教材で子 どもを題材 とした教材の特徴 を述べ る。まず、開発教育協会が発 行 している教材 カタログ (2003b)に より、子 どもが題材の教材が どれ程あるか見てみよう。このカタ ログは、1995年 以降に発行 された全国で入手可能な教材 を対象に、内容、特徴、簡単な実践報告を紹介 している。開発教育協会内に設置 されている開発教育情報セ ンターが収集 してきた教材ほか、開発教 育協会会員を中心 に約 160団 体・個人を対象に 2002年8‐12月 に実施 したアンケー ト調査結果 を元に 選定 されている (p.3)。
開発教育の教材 は、扱 うテーマによつて 22項 目に分類 されている (pp.98‐101)。 南北問題・貿易、
平和、環境、貧困、人権、ジェンダー、人口、食料、エネルギー、教育、子 ども、識字、民族、難民、移住 労働者、労働、異文化理解、多文化共生、開発、援助・協力、メデ イアリテラシー、その他である。複数 の関連す るテーマを同時に扱 う教材 も多い。170の 収録教材の中で、子 どもを扱 った教材は 27あ る。
これは、最 も多い異文化理解 (37教材)に 次 ぐ多 さである
'。 では、子 どもを題材に した教材は、具体 的に何 を扱 っているのだろうか。児童労働が最 も多 く(13教材)、教育、ジェンダー、南北問題・貿易
(各
6教材)、 環境・衛生 (5教材)、 健康 (4教材)、 ス トリー トチル ドレン、買春 ・性暴力・セクハラ、紛 争・平和 。子 ども兵
(各
3教材)、 難民 (2教材)の 順である。概ね どれ も人権 には触れ、異文化理解 の要素を兼ね備えている。セクハラや子 ども兵 まで多様 な問題がカバーされていることは興味深い。途上国やグローバルな問題 には特 に触れず、「周囲 と良い人間関係 をつ くるための態度 と技能」を養 い、自尊感情、価値観、日標設定・意思決定、気持 ちの表現などをテーマにした教材 も多い0。 これ ら の教材は、子 どもである学習者が途上国の子どもの問題 を学ぶのと平行 して、自分、教室、友人、家族 などを振 り返 る時にも使用で きるだろう。
(2)ス トリー トチル ドレンを題材にした教材のメッセージ
それでは、ス トリー トチル ドレンを扱 った教材の学習内容 を検討 してみ よう。ここでは、『世界の子 どもたち一NGOの現場から』(フ ォスター・プラン・オース トラリア作成、2002年)と、『 ダッカのス トリー トチル ドレンー 100人 の子 どもたち』
(シ
ャプラニール=市民 による海外協力の会制作、2001 年)の 2つ を検討 とする。両方 とも、現地でス トリー トナル ドレン支援 を行 う開発協力NGOが作成 し た ものである。『世界の子 どもたち』は、アクテイビテイを紹介 した書籍であ り、学習対象は小学校以上である。世界 の子 どもたちの厳 しい実情 と豊かな文化 を同 じ世代の 日本の子 どもたちに伝えるという狙いで、5ケ 国か ら子 どもたちの生活 と問題
(熱
帯林保護、ス トリー トチル ドレン、児童労働、飲料水、教育、健康)、16 池 田 恵 子 。松 山 優 子
文化の豊か さ
(影
絵、料理、住 まい、遊 び、ダンス・音楽 0服 など)がバ ランスよ く紹介されている。また、関連 した子 どもの権利条約の条項 を学べ るようになっている。
ス トリー トチル ドレンを扱 うイン ドネシアの事例 (pp.30‐39)で は、なぜス トリー トチル ドレンは間 題 なのか、原因はなにか
(貧
困、失業、虐待、戦争、社会保障制度の欠如、不十分な教育、都市への人口 集中、親が教育の価値 を認めない)、 路上で子 どもたちが直面する問題・影響は何か(交
通事故、廃棄 ガス、薬の乱用、売春、ガ巳罪など)、 誰が どのようにス トリー トチル ドレンを助けることがで きるか (カウンセリング、教育、駆 け込みセンター、職業訓練)な どを考える仕組みである。ス トリー トチル ドレ ンの夢の紹介で締め くくられている。
学習者に次の ような問いかけがなされる。なぜ働かな くてはいけないか。どんな仕事 をしているか。
午前は学校、午後は暗 くなるまで働 く生活 を想像 してみてどうか。自分ならどんな仕事であれば出来 るか。路上 には どんな危険があるか。家のない子 どもを助けるために何 をすべ きか。子 どもたちを助 けるのは誰の責任か。さらに、問いかけは続 く。物乞いや盗みでないと食料が手 に入 らなかったら、い つ襲われるか分か らなかったら、こんな生活がいつまで続 くか分か らなかつたら、どのように感 じる か。またス トリー トチル ドレンのことを伝える美術作品を作るなどの活動が紹介されている。
一方、『ダッカのス トリー トチル ドレン』は、小学校高学年以上が学習対象である。ス トリー トチル ド レンの生活 を知 り、彼 らの気持ちを考えることが狙いである。ス トリー トチル ドレンの写真パネル、ス
トリー トチル ドレンになる経過を描いたシナリオ (ロールプレイ用)、 インタビューの ビデオ、解説冊 子がパ ッケージになっている。顔写真には子 どもの名前、年齢、仕事、最近の うれ しかった・悲 しかつ た思い出、将来の夢が記 され、ス トリー トチル ドレンの気持ちが身近にな り、現実感のある存在 として 捉えられる工夫が されている。ス トリー トチル ドレンが生み出される背景 としての農村の貧困やジェ
ンダー、都市問題 との関連性 を認識で きる。支援協力の内容はビデオで触れられている。
これ らの教材の特徴 をまとめてみよう。まず、子 どもの目線で見た途上国の問題 という視点が徹底 し、学習者の対象年齢が低 く設定 されていることもあ り、子 どもがス トリー トチル ドレンに共感する ことが重視 されている。夢、将来を語る子 どもの姿が盛 り込 まれ、厳 しい状況の中でも前向 きに生 きる 姿 を伝えたいという製作者の意図が見える。自分の足で立ち、自分の力で生活することに感 じる誇 り。
路上生活に自由さを見出す「生 きる力」。子 どもの強 さを伝 えたいのである。必ず しも「かわいそう」
という言葉で くくることはで きない。一方、ス トリー トナル ドレンたちがいかに現状 を脱出 してい く か という点に関 しては、これらの教材ではあまり詳 しく触れられていない。また、周囲の大人の問題に 関 しては、ス トリー トチル ドレンが生 まれる背景 として紹介 されているが、大人が どう変わるべ きか といっ視点は捨象 されている。
ここまで、開発教育における子 どものエ ンパワーメン ト概念 と、ス トリー トナル ドレンを扱 う教材 へのその取 り込みを概観 した。ここか らは、ス トリー トチル ドレンが現状 を脱出する過程 をエ ンパ ワーメン トとして分析する。そのために、まずス トリー トチル ドレン支援の研究の現状 を紹介する。
3ロ ス トリー トチル ドレン研究の概要 (1)ス トリー トチル ドレンの概念
ス トリー トテル ドレンとはどんな子 どもたちを指 し、どこまで研究が進んでいるのだろうか。1980 年代末、ス トリー トチル ドレンは世界に約 3000万 から 1億 人いると言われていた
(国
際人道問題独立 委員会1988:30、 チル ドレンズ0ラ イツ刊行委員会1990:96)。 数値 に幅があるのは、確実 な統計がス トリー トチル ドレンを題材にした開発教育の学習課題の検討
な く、ス トリー トチル ドレンの定義が確定 していないことを反映 している。約 20年 後の現在、この状 況は大 して改善 していないと思われる。
国際人道問題独立委員会 (1988:27‐28)は 、ス トリー トチル ドレンの定義の曖味 さを、ス トリー ト という言葉は、街頭の石畳 をさして堅い というの と同 じように捉えどころがない と指摘 している。最 近では「街頭にいる子 どもや青少年のことで街頭 を常駐のすみかにしていて、適切に保護 されていな い もの」と定義 されることが多いが、より細分 した定義 も見られる。ユニセフ (lINICEF)の 1986年 度理事会議「ワーキング・チル ドレンとス トリー トチル ドレンの搾取」では3分類 されている。①家 族 と常 に接触のある子 どもたち、②家族 と時折接触のある子 どもたち、③家族 と全 く接触のない子 ど もたちである。また、ユニセフは、冊子 Who are the street chldren?"で 、「途上国の大都市にひとり でいる何百万 もの貧 しい子 どもたち」という表現 も使用 している
(鈴
木1992:298‐299)。 ス トリー ト チル ドレンは途上国の貧困を象徴する存在 として近年注 目されているが、その定義は多様 な子 どもを 含み、明確ではない。(2)ス トリー トチル ドレンに関する研究
ス トリー トチル ドレンの研究 と支援の歴史は浅い。例えば、ブラジルにおいてス トリ‐ トチル ドレ ン問題が深刻化 したのは1970年代末から80年 代初めである。まだ軍事政権下にあつたブラジルが「失 われた 10年 」と称 される経済的停滞 に喘 ぎ始めた時期 のである。この時期 に始めて国際機関や現地
NGOによる本格的な介入が始 まった
(横
田2003:91)。 日本人にス トリー トテル ドレンの過酷な状況 が知 られるようになつたのはつい最近で、1993年 にリオデジヤネイロで起 きたス トリー トナル ドレン 虐殺事件が世界的ニュースとなってか ら注 目された。では、どのような視点か ら研究が進め られているか概観 しよう。まず、社会的弱者である子 どもたち が貧困によつていかに影響を受けているかを、児童労働
(山
元2002;2004)の視点か ら考察 した研究 が多い。経済成長 を重視するあまりt児童労働問題が軽視 され、あるいはかえつて助長 されてきた。そ の根本的な要因は、農村 と都市の経済格差である(山
元2004:128)。 マクロな経済発展の負の側面 と して児童労働やス トリー トチル ドレンが考察 されている。特 に女児の売春 に注 目す る研究 も日立つ(鈴
木1992;1993)。 ス トリー トチル ドレンは圧倒的に少年が多い。少女は子守 りや家事の手伝いなど のため、家で役 に立つか らだとされる(国
際人道問題独立委員会1988:31)。 しか し、少女が路上に出 て もなかなか仕事は見つからない。そのため簡単に短時間で高収入を得 られる売春は必要な仕事にな ることがある。彼女たちの収入が家族の生計 を支えることも多い。日本人男性の買春が話題に上るよ うになって久 しい。彼女 たちに とって外 国人観光客 は、高収入 を与 えて くれる存在 である。(鈴
木 1992:308‐310、 チル ドレンズ 。ライツ刊行委員会1990:88‑91、 97‐98)
児童労働以外の視点では、ス トリー トナル ドレンの社会環境の問題点が よく取 り上げられ、特に社 会学的手法を用いた家族 とのつなが りの研究が多い
(鈴
木1993:154‐156)。 上述のようにス トリー ト チ ル ドレンは幅広い概念なので、家族や兄弟のために働 く子 どももいれば、家族 とは縁 を切 つて自分 の生存のために働 く子 どももいる。ここでは、家族か らの虐待が路上に出る一因 として注 目されてい る。保健・衛生(山
元2002:6370)や 、栄養、健康、HW/AIDS、 麻薬、犯罪への関与などもよく取 り 挙げられる (アルスブルック・甲斐田1990:195)。教育に焦点 を当てた研究 も存在する。就学機会の点か ら考察する研究が大半で、収入 を得 る必要が あるため学校に行けない現状が紹介されている
(鈴
木1993:150‐153)。 教育分野の研究は上記のよう17
池 田 恵 子 ・ 松 山 優 子
な他の視点か らの研究 より少ない。それだけ、彼 らの周 りには問題が多いことを意味 している。
(3)子どもの権利に関する条約ついて
これらの問題が生 まれた背景は、貧困だけではない。根本的な問題 として、子 どもの人権の問題があ る。子どもの権利の保障にむけての国際的努力は、国際連盟が婦女子の売買、奴隷及び奴隷貿易を禁止 す る条約 (1921年、1926年 )を 採択 したことに始 まり、国際労働機関 (ILO)に よる、児童労働の搾取 の禁止、労働する子 どもたちの保護および労働・雇用条件の確保・向上のための条約・勧告を採択ヘ と受け継がれる。1924年 に国際連盟によってジュネーブ子 どもの権利宣言が採択 された。この宣言は、
国際社会において子 どもの権利 に関する国際的基準の発展になる基礎 を築いた点で重要である。これ を発展 させ、1959年 に子 どもの権利宣言が打 ち出され、「人類は、子 どもに対 し、最善の ものを与える 義務 を負 うものである」ことが再確認 された
(チ
ル ドレンライツ刊行委員会 1990:126127)。 子 ども に関する問題が ますます拡大 し、子 どもの権利 をより具体的に記述 した条約を作るべ きだという気運 が高 まり、ついに 1989年 、国連総会において「子 どもの権利に関する条約」が採択 された。この条約 は、各国における各々の子 どもに「必要なものを受ける権利」、「保護 される権利」、「社会参加する権利」を保証することを基本的原則 としている。54条 が ら成る条文の前文では、「途上国における子 どもの 生活条件改善のための国際協力の重要性」が明文化 されている。
(鈴
木 1992:297)こうした子 どもの権利概念 とその重要性の理解の変化に影響を受けながら、ス トリ‐ トチル ドレン 研究は進展 してきた。その蓄積は必ず しも多いとはいえない。その多 くが子 どもたちの過酷な現状や 発生原因の分析 に関するものであ り、支援の研究は さらに少ない。エ ンパワーメントの視点からス ト
リー トチル ドレン支援 を研究 したもの としては、前述の甲斐田・田中 (2005)、 甲斐田・中山
(2003)
があるが、まだ著に付いたばか りだといえる。
4ロ ス トリー トチル ドレン支援の概要
′
1)ス トリー トチル ドレン支援の歴史
前節で示 したように、ス トリー トチル ドレン問題が深刻化 し、注目されるようになったのは1970、80 年代 と最近である。しか し、効果的な支援内容はなかなか見つからなかった。それは、問題の全容が必 ず しも周知 されていなかったからである
(国
際人道問題独立委員会1988:5)c問題が認知 され、様 々 なアクターが国境 を越えた支援 を提供 し始めてもス トリー トチル ドレンの数は増加し、支援の方向性 ‐ は定 まらず、支援内容に問題が多かった(横
田2003:91)。オ
支援の歴史を理解するのに、ス トリー トチル ドレンが社会の中でどのように位置づけられてきたか を理解することが大切である。それに応 じそ支援の仕方が変化 したからである。初期には、ストリー トチル ドレン自身が問題発生の要因であると考えられた。つまり、彼ら自身が弱い心を持っているか ら、犯罪や麻薬に手を出す と考えられた。そのため、支孝は更正施設への収容が中心であった。しかし、
支援施設からの逃走が増加 したことによって、支援の在 り方自体が問われ、支援は「ス トリー トチル ドレンとは誰なのか」という問題の原点に立ち戻ることになった。そして個々の子どもではなく、社会 構造が原因だという認識が広まった。またこの社会問題は国際社会の構造にも因果関係があり、解決 には当該国だけでなく、国際協力が必要だと理解され、ス トリー トチル ドレン問題はグローバル・イ シユーヘと拡大 した。
こうした問題認識の歴史的な変化に応 じる形で、支援の仕方も変化 していった。更正施設のように
ス トリー トチル ドレンを題材にした開発教育の学習課題の検討
厳罰的で抑圧的な援助ではな く、また援助の受け手 となるス トリー トチル ドレンを犠牲者 として見る だけでな く、彼 らを「問題解決の主体」とするという特徴 を持 つた援助が主流 となった。80年 代半ば には、「子 どものために」ではな く、「子 どもとともに」解決を目指す ことが支援の原理 として確認 され、
今 日まで受け継がれてぃる。
(横
田2003:91‐92)
国際機関、NGO、 そ して当該国政府は具体的にどのような支援や対策をしていったのか、こうした支 援の歴史を踏 まえつつ、見てい くことにする。
2)国際機関や
NGOの
取 り組み戦後 ヨーロッパの被災児童のための緊急援助機関 として1946年に設立 されたユニセフの任務は、今 や開発途上国で子 どもの福祉水準を改善することである。干ばつや戦乱で何百万人の子 どもの生命が 奪われている現状で、ユニセフは、ス トリー トチル ドレン問題 をやむをえず後回 しに していた
(国
連 人道問題独立委員会1988:177‐
178)。 しか し、条約の制定や、適切な支援を行 ううえで必要な信頼でき る調査の実施に関 してはリーダーシップを発揮 している。例えばフィリピンで、ユニセフは社会福祉 開発省 と全国社会開発協議会(現
地のNGOの連合体)と 共に、1984年 か ら87年 にかけて全国 10都 市で 3255名 のス トリー トチル ドレンを対象に調査 を行 つた。政府やNGOに調査結果 を提供 し、支援プログラムの実施 に客観的な根拠を与えることに貢献 した
(鈴
木 1993:146147)。ス トリー トチル ドレンに身近な存在 とし′て支援活動をしているのは
NGOで
ある。NGOは
数 も多 く 活動 も理念 も多彩である。専門的に子 どもを対象に支援するNGOはい くつ も存在 し、さらに健康・保 健、教育・文化、里親運動 など活動分野 を絞っている団体 も多い。例えば、世界的に有名なNGO、 チャ イル ドホープは、1986年 以来、他のNGOと
も協力 して、路上で働 く子 どもたち、家族を失いかけてい る子どもたち、何 ももっていない子 どもたちを援助 し、ス トリー トチル ドレンに子 どもらしさを取 り 戻すため様 々な活動 を している。過去の支援が、子 どもたちを施設に入れ社会か ら隔離することによつて問題解決 しようとした反省 を生か し、三つの活動原則を持つ。一つ目は、地域社会に根ざしたも のであること、二つ日は、路上で彼 らと接する人々― ス トリー トエデュケーターを養成すること、三つ 目は、子 どもたち同士の連帯 を育てることである。子供 との対話を大切に し、自尊心 をもって生 きても らえるように、チャイル ドホープの事業はユニセフのような国際機関や地域社会のNGOの協力 を得
なが ら進め られているc(チ ル ドレンズ 1ラ イッ刊行委員会 1990:9&100)
3)当該国政府の取 り組み〜ブラジル、フィリピンに注 目して〜
では、実際に国内でス トリー トチル ドレン問題が起 きている国の政府は、どのように対応 している のだろうか。前述の通 り、ブラジルでは 1980年 代 にス トリー トナル ドレン問題が顕在化 したが、良い 解決策は見つか らず、警察や留置所での処遇には大 きな問題があった。ス トリー トチル ドレン問題は 政府の力だけではどうにもならない という認識である。そのため、ブラジルではス トリー トチル ドレ
ン支援はNGOに支えられている。
一方、東南アジアの国々の中でもボランティアやNGO活動が比較的発達 したフィリピンでは、いろ いろな取 り組みが見 られている。特に政府 とNGOの連携 は注 目に値する。1991年 に地方行政法が制 定 され、NGOは政府機関のパー トナーとして位置づけられ、事業実施での協働のみならず関連分野の 政策策定過程への参画が促進 された
(川
口・田尾・新川編2005:202)。 ス トリー トチル ドレンに対す る支援 はNGOが中心に行 ぢているが、国の将来に関わる子 どもの問題には政府が取 り組むべ きだと19
20 池 田 恵 子 ・ 松 山 優 子
い う世論 を受け、1998年 に社会福祉開発庁に「ス トリー トナル ドレン・ユニ ッ ト」が開設 された。こ のユニ ッ トは各地の福祉事務所 と連携 し、地域 ごとに①奨学金プログラム、②愛情教育、③収入向上プ ログラムを展開 している。これ以上路上に飛び出す子 どもが増えないようにする取 り組みである。こ の他 にすでに路上 にいる子 どもに対 して も、
NGOと
協力 して ドラッグ対策や法律 による保護などの 対策に取 り組んでいる(工
藤2000:61‐
64)。NGOと
の有効な連携 と予防策が、フイリピン政府の方針 の特徴だといえる。これら支援の現状 をまとめてみよう。ス トリー トチル ドレン支援の形態は、政府、国際機関、NGOの
協力 という特徴 を持つ。また支援内容は、すでにス トリー トチル ドレンとなった子 どもへの対処が中 心だが、予防策 も近年重視 されている。例えば、貧困地区の家族 を地域単位で支援する組織 も存在する。
ス トリー トチル ドレン支援 には長期的な展望が必要である。子 どもたちの相談役であるス トリー トエ デュケーター として子 ども自身が活躍 しているように、支援者が大人で支援 を受ける側が子 どもだと 固定 しない支援 も増えている。子 どもたちを権利の主体 として認め、周囲の地域や家族、行政が子 ども を育む能力を強化するような、子 どものエ ンパワーメン トを意識 した支援が強調 されているのである。
5ロ ス トリー トチル ドレン支援事例 :バ ンガラップ・ シェルターの子どもたち
(1)パンガラップ財団 (Pangarap She!ter for Street Chi:dren)の 概要
本節では、前節 までに論 じたようなス トリー トナル ドレン支援の国際的な動向を踏まえ、支援活動 と支援 を受ける子 どもの事例 を紹介 したい。ここで用いる資料は、2005年 1月 に筆者 自身が支援者や 元ス トリー トチル ドレンにインタビュー して得 られた。調査は、半構造化 された質問票 を用い、英語で 行われた。
まず、調査対象であるパ ンガラップ財団
.(バ
ンガラップ=夢。以下パ ンガラップと記す)の活動概要 を簡単に述べ よう。バ ンガラップは、子 ども、家族、地域へ働 きかけをしているカ トリジク系の組織で ある。マニラ首都圏の南西部パサイ市に施設を持 ち、1989年 に活動 を開始 した。活動の日標は、路上の 子 どもたちを社会復帰 させ、路上に戻 らないよう支援することである。施設にやって来るス トリー ト チル ドレンの出身地域や家族 をも対象 としている。事業内容は、4つ に大別できる。①
シェルター事業 (Center Based Program)
パ ンガラップの施設内で行われる事業である。シェルターには、ドロップ・イン・センター (Drop
in Center)と レジデンシャル (Reddendal Shelter)があ り、7‑17歳の男児のみを収容対象として いる。前者は、路上の子 どもたちが試 しに入つてみる仮宿舎である。子 どもの主体性 を尊重す る オープン・ ドア・ルールがあ り、決め られた時間帯 なら施設への出入 りが自由である。そのため、職 員が知 らない間に子 どもの数が減つていることもあるという。サービスの主眼は路上での生活や家 族から受けた トラウマを癒 し、子 どもの心が回復することである。2005年 1月の調査当時、29人 が 利用 していた。後者は、いわば定住用宿舎で、施設での生活に慣れ、定住することを決めた子 どもた ちが、パ ンガラップと契約 を結んで入寮する。ここでのサービスの中心は、子 どもたち自身が立てた 目標 に従 つて、教育や職業訓練 を受けて自立することの支援である。家庭に戻る、他の施設に移る、
または就職するなどの理由がない限 り、出ることはで きない。こちらは 43人 が利用 していた。シェ ルターには、寮父母、教員、ソーシャルワーカーが配置されている。子 どもたちは、②で説明するス トリー トエデュケーターに路上で保護 を受けて来るか、他の
NGOな
どか らバ ンガラップを紹介 さ れるか、または自分で来るかのいずれかのルー トでパ ンガラップに来る。ス トリー トチル ドレンを題材に した開発教育の学習課題の検討
②
路上教育
(Street Education)
路上にいる子 どもたちを対象に路上で教育を行 う。ス トリー トエデユケーターと呼ばれる職員が、
生活する上で大切なこと′、例えば衛生や健康の知識、法律や人権、薬物乱用、警察との接 し方などを 教え、様々な相談に乗る。シェルターなど施設への勧誘も行 う。
③
地域展開事業 (Conlmunity Outreach Program)
家族の元に帰っていった子 どもとその家族や地域を対象にフォローアップを行 う。親に対 して子 ど もへの暴力防止研修や、家庭訪間、学校に行 くようになった子に教育資金援助 も行 う。
④
地域予防事業 (Corrlmumty BaSed PrOgrarn)
ス トリー トチル ドレンを発生させないために、地域、家族、子 どもを対象に行 う事業である。ス ト リー トチル ドレンがよく発生する地域で住民を組織化 し、自分たちのニーズを話 し合つてもらい、
住民が子 どもを守る意識を高める6託 児所、親業研修、親への生活向上のための融資、栄養改善事業 などが具体的内容だが、これは住民が話 し合つて決めるという。
(2)ス トリー トチル ドレンの姿
ここでは、支援施設の子 どもたちがどのような生活をし、どのような気持ちで過ごしているのか、ま た支援を受ける前後で生活がどう変化 したのかについて事例を提示 し、彼 らにとつてエンパワーメン
トとは何かを考察する。
事例①:ドロップ・イン・センターで生活するJ君 (12歳)
J君は 12歳 。身長145 c mく らい。趣味はバスケットボールで、将来の夢は船乗 りになってアメ リカに行 くこと。好 きな教科は数学、好 きな食べ物はリンゴ。宝物は実の妹だ。実の両親は離婚 し、
.それぞれ再婚 している。実の妹が―一人いる。8歳のときに母の友達の家に預けられたが、環境が良 くなかつたために、家出した。路上で暮 らしていたところを最初のシェルターの職員に保護された。
最初のシェルターは自分に合わず、何度 も逃走 した。2004年 8月 、パンガラップを紹介される。
パンガラップでの生活は、朝6時半に起床、夜9時半に就寝。バスケットボールは毎週金土 日曜日 の2時半から5時半までできる。学校には行っていないが、今後行 きたいと思 う。職業訓練の一環 でキャンドルを作成。自分の作品が売れたときはうれしかった。今までで一番 うれしかった思い出 は家族が一緒に住んでいたときのことで、一番悲 しかった思い出は家族がバラバラになつてしまっ たこと。
事例② :レジデンシャルシェルターで生活するB君 (18歳)
B君は、18歳 、高校2年生である。趣味はバスケットボール、読書、テレビを見ることで、特にホ ラーが好 きだ。将来の夢は看護士になってバ ンガラップの子 どもたちのために寄付をすること。好 きなことは歌 うこと。好 きな教科は理科 と数学。宝物はパンガラップ。
2001年 12月 26日 に ドロップ・イン・センターで生活 し始め、2002年8月 21日にレジデンシャ ルに入寮する。B君の日常は次のとお り。朝4時に起床、制服にアイロンをかけ、朝食を食べる。6 時から12時 まで学校で授業。13時 ごろバ ンガラップに帰宅 し、昼食を食べる。14時 から17時 は昼 寝するか、寮母の許可を得て外出。18時 から19時 に夕食。19時 以降は宿題や予習をする。
彼には実の家族 と育ての家族がある。血のつなが りがある家族は、父、母、姉が3人。育ての家族
21
池 田 恵 子 ・ 松 山 優 子 ̀
は、祖母、父、母、弟が2人、妹が 1人 。5歳の時に実の母親に、育ての家族の家の前に捨てられた。
実父母の顔は覚えていない。しか し、実の姉 1人 の顔は覚えている。路上で生活するようになった 原因は、育ての家族の祖母から受けた虐待。今までで一番うれしかったことは、路上に暮らしていた ときに顔を覚えていた実の姉が夫と思われる人と幸せそうに歩いているのを見たとき。今までで一 番悲 しかったことは、スリッパの底に使 う接着剤を吸飲 して逮捕されたこと。
事例③ :ス トリー トチル ドレンによる劇
パ ンガラップでは、元ス トリー トチル ドレンが濠
1を
創作 している。これは子 どもたちへのセラ ピーの一環であ り、問題を社会に訴えるア ドボカシーでもある。自分たちが路上で生活 していた頃 とパンガラップに来てからで、どう変わったか、自分の過去を振 り返るという大切な意味を持つ。筆 者らは、バンガラップのバスケットボールコー トで行われたその劇を鑑賞する機会に恵まれた。劇 の構成を紹介する。①
路上で生活 していた頃 :大 人たちに怒鳴られ、蹴られ、傷ついていた日々
②
支援施設の職員に声をかけられる
:う
れ しい気持ち、どこまで信 じてよいのか不安③
何度 も職員から声を掛けられる :服 が汚い子には新 しい服を、お腹がすいている子には食べ 物を渡す。職員と子 どもたちとの距離が狭 くなってい く。
④
ついに施設に行 くことを決断
、
⑤
新 しい自分 :未 来に向かってしっか り歩んでいこう、再びやり直そうと決意
脚本 も演出も、教員が指導するものの、基本的には子 どもたちが考えたという。子どもたちを虐待 する大人の役 も子どもたちが演 じていた。事夕
J②
のB君も、子どもをいじめる大人と子 どもを保護 するシェルター職員の二役で出演 していた。B君は泣 くような役ではなかったにもかかわらず、途 中から涙を流 して演 じていた。(3)考察
上記の事例から、ス トリー トチル ドレンにとってエンパワーメントとは何か考察する。エンパワー メントの主体が子どもであることに留意 しつつ、問題への気づき、問題解決能力の獲得、その能力を発 揮する機会の獲得 という3段階で考える。
最初の要素である「問題に対する当事者の主体的気づき」は、事例①②のJ君とB君にとって何だっ たのか。まず、路上ではなくシェルターで暮らそうと決意 したことが原点だろう。なぜ自分は路上で 暮 らしているのかと疑間を持ち、暮 らしを変えたいのだという気づきが最初の段階となる。この気づ きを手助けするのが、ス トリー トエデュケーターゃシェルター職員である。こう考えると、子どもたち が家族を離れが路上に出ようと思ったこと自体、気づきに違いない。路̲Lに出るきっかけは、決 して貧 困だけではない。機能不全の家族に捨てられるか、家族や親戚からの虐待が原因であることが多い。
自分はなぜ虐待されなければいけないのかと疑間を抱いて路上に出たならば、彼らは自分の状況を変 えたいと気がついたのである。さらに、ドロップ・イン0セ ンターからレジデンシャルに移ろうとい う決意、学校に通うのだという決意、また家族と交流を持とうという決意。それぞれの段階で、気づき はある。
次に、「問題解決に必要な能力の獲得」である。ス トリー トチル ドレンがバンガラップのような施設 に入ること自体が健康や安全な生活空間の獲得である。さらに、学校に行き、職業訓練を受けることも、
ス トリー トチル ドレンを題材 に した開発教育の学習課題の検討
彼 らの将来を考えた場合、欠かすことができない能力の獲得である。加えて、筆者が特に注目したいの は、自分を受け入れる能力である。多 くの子 どもたちは人間不信に陥 り、心に大 きな傷を持つている。
職員に支援 され、カウンセリングを受けながら、家族 と話 し合い、問題から逃げずに自分自身を見つめ る。これは大切な問題解決能力の一つである。事例③の劇は、彼 ら自身が演出を手がけることに意味 がある。事例② のB君は演 じなが ら泣いていた。筆者は改めて、彼は必死に自分 と向 き合つていたの だ と気づいた。劇の後で、なぜ泣いていたのか質問 したとき、B君は、劇の直前のインタビューで家族 や昔のことを思い出 した、インタビューはとても良い機会だった、あ りが とうと言つて くれた。彼 らに とつて過去 を振 り返るのは辛いことだが、自分の経験や気持ちと向 き合つて今の自分 を理解 しなけれ ば、未来を考えることはで きないだろう。このように子 どもたちのエ ンパワーメン トには、自分の存在 意義 を知 り、自分 という存在 を客観的に見つめ、自分の気持ちに正直になることが含 まれる。これは、
先 に挙げた自尊感情の確立 とかかわる。子 どもは、周囲の人々か ら影響 を受けやすい。本来 なら愛情 を受けるような人か ら、虐待 を受けることによって、自尊心が傷つ く。元ス トリー トチル ドレンの親が、
暴力 を使わないでコミュニケーションする方法 を学ぶ こと、収入向上の融資 を受けること、また地域 住民が子 ども路上に出さないための活動 に主体的に関わることは、周囲にとつての能力形成 として欠 かせないだろう。
最後の段階 として「能力の活用・発揮する機会の獲得」を考察する。ここが一番難 しい と筆者は考 える。例えば、学校に行 くことがで きた子は、夢 に向かつて勉強することが、同様に職業訓練を受けた 子は正式な職場で働 くことが機会の獲得につながる。つ まり、自分の能力 を自分で感 じ、実践すること である。自分の気持ちに正直に行動で きることが彼 らにとつて能力 を発揮する場の獲得である。」君 は、船乗 りという夢 をまっす ぐな目で語つた。B君は、看護士 になるために大学に行 つて、将来はパ ン ガラップに寄付 をしたいと自分の計画 を語った。彼 らが将来の夢 を持つことに意味がある。
では、途上国でス トリー トチル ドレンとかかわった経験 をどのように日本の子 どもたちに伝えれば よいのだろうか。ス トリー トチル ドレンを開発教育で取 り挙げることの利点は、日本の子 どもたちが、
子 どもの目線で途上国の問題 を考えられることであろう。常 に周囲の人々とかかわ り合いつつ、自分 の存在意義 を確かめて生 きる。この点でス トリー トテル ドレンも日本の子 どもも同 じだ。日本 と途上 国 とい うように国 と国で見ていては、開発問題は子 どもたちにとって身近 な問題 にはならない。日本 の子 どもたちは、ス トリー トチル ドレンを同世代の子 どもとして見ることで、開発問題や自分 自身の 見え方が変わるに違いない。筆者自身、同世代のB君らにインタビューすることで、自分の生活 を見つ めることがで きた。現地に行 くことがで きない日本の子 どもたちに、この気持 ちをいかに感 じてもら
うか。開発教育の大 きな課題である。
6.ス トリー トチル ドレンを題材にした学習課題 (1)ス トリー トチル ド‐レン問題の学習課題
前節 まで、ス トリー トテル ドレンにとつてのエ ンパ ワーメン トとは何かを検討 してきた。本稿で事 例 として取 り挙げたフイリピンのス トリー トチル ドレンは、家族の元 を離れ施設で暮 らす子 どもたち、
それ も男児のみである。前述のようにス トリー トチル ドレンの定義 には家族 と共に暮 らす子 どもも含 まれ、また女児の問題 には性暴力 とい う別の重要な側面 もあるc従つて、本稿で扱 った事例か ら導 き出 される学習内容は、ス トリー トテル ドレン問題の中で もかな り限定 された一部にす ぎない。
開発教育の学習課題 は、学習内容 を知識 として理解す るだけでな く、学習者がその問題 にどう関