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中東情勢分析 GCCにおける石油・ガス開発の現状:オマーン①

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はじめに 本論分は,!概要,"地質と有望性,#石油 開発プロジェクト,および$ガス開発プロジェ クト,の4部から構成されている。 第1部:概要 オマーンの原油・コンデンセートの生産能力 は,1970年代後半が40万バレル/日,1990年が60 万バレル/日そして1996年後期が90万バレル/日 と着実に増加しており,現在は96万バレル/日に 達している。一方,原油価格維持のために生産 削減努力を続けている OPEC を支持するため, オマーン政府は実質生産量を約91万バレル/日 にとどめている。その内,86万バレルを国内最 大の石油利権操業会社であるオマーン石油開発 (Petroleum Development Oman−PDO)が生産し ており,残りの5万バレル弱は,オキシデンタ ル,ジャペックス,ペトロガス(Petrogas)およ びノヴス石油(Novus Petroleum)の4社が生産 している。 オマーン政府は,2004年までに国内の原油生 産能力を100万バレル/日まで増強することを優 先事項としており,PDO のオペレーターである シェルは EOR(原油の二・三次回収)技術を適 用すれば,この数字は達成可能であると見てい る。 現在,焦点が当てられているのは,シェルが 実施中の熱を利用した「重力排油式水蒸気攻法

(gas/oil gravity drainage−GOGD)プロジェク ト」である。GOGD システムは頂部水蒸気圧入 により原油回収率を高める技術であり,総額2 億5,000万ドルの本プロジェクトはカルン・ア ラム(Qarn Alam)油田の回収率を2%から20% に向上させることを目的としている。 GOGDシステムの実験の結果,その有効性が 証明されたたため,シェルはカルン・アラムと 同種の油田の開発に着手することになるだろ う。開発が実現すれば,GOGD システムによる 採油量は今後10年間で30億バレルに上るものと 予想される。石油・ガス省は,こうした最先端 EOR技術の採用により,原油の可採埋蔵量は現 在の57億バレルから110億バレルに増大すると 予測している。現在オマーンは,自国経済の多 様化にとって必要不可欠である天然ガスの発見 に努力を傾注しており,そのため石油・ガス省 は2001年からガスの生産分与契約(production sharing agreement)のオファーを開始した。 最新の技術と技能を伴う新たな産業の開発 と,付加価値の高い職業の開拓を目指したガス 利用計画,「ビジョン2020年」が1996年に開始さ れたが,政府は本計画の実施に際し,!トリニ ダード‐トバゴ共和国の高失業率対策,"LNG 輸出を支えるため,まず外貨収入の獲得に優先 を置き,次にガスの化学製品化を図るインドネ シアの政策,および#ガスを輸出せず,国内の ガス利用開発を優先するパキスタンの政策,の

GCC における石油・ガス開発の現状:

オマーン

!

アラブ・プレス・サービス社 社長 ピエール・シャマス 1 中東協力センターニュース(投資関連情報) 2001・12/2002・1

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3モデルを組み合わせた政策を採用している。 2000年4月,LNG の輸出第一船がオマーンを出 航し,同国は LNG 輸出国の仲間入りを果たし た。 石油・ガス省は,天然ガスの確認埋蔵量を1 兆∼1兆5,000億立方フィート増加させるため ガスの探鉱活動を奨励しているが,この量は, 現在および将来の LNG 輸出事業の需要と,発 電プラントを始めとする国内産業の需要を十分 に賄う量である。 LNG用ガスとカナダの Gulfstream Resources 社生産のガスを除いた,商業ガスの生産能力は, 現在約1,200万立方メー ト ル/日 で あ る。LNG 用のガス需要は年間3,300億立方フィートで,2 本の LNG トレインの生産能力は合計660万ト ン/年である。一方,発電など国内産業の今後5 年間の平均需要は,国内生産量で充足される約 5,000億立方フィート/年と推定されている。し かし,アブダビのドルフィン・ガスプロジェク トに基づき,将来カタールから天然ガスが輸入 される予定になっている。 天然ガスの確認可採埋蔵量は,数年前は1兆 5,000億立方フィートに満たなかったものが,現 在は30兆立方フィートに達しており,2006/07年 までには45兆立方フィートに増大すると予測さ れている。また,原油の埋蔵量については,生 産量が減少している油田があるものの,PDO が毎年新規油田を発見しているため,55億バレ ルの水準が維持されている。 現在,石油・ガス省は原油の生産分与契約制 度の改善を迫られている。国内で操業中の外国 企業のみならず,新たな探鉱・開発鉱区への入 札を計画している企業双方から,彼らのオマー ンに対する興味が失われる前に,制度を改善す るよう要請されているのである。 国内用のエネルギー源を石油からガスへシフ ト し て い る オ マ ー ン の 石 油 消 費 量 は 約5万 5,000∼6万バレル/日である。また,同国のガ ラン(Galan)地方には1億トン以上の石炭が埋 蔵されており,これを外国企業が開発する計画 になっていることから,エネルギー源を石炭に シフトすることも考慮されている。オマーンは, 石炭,銅,金,銀,クロムなど豊富な鉱物資源 に恵まれており,中東では有数の鉱物資源国の ひとつになっている。政府はこれら資源の開発 と経済の多様化を目的に5ヵ年計画(1996年∼ 2000年)を立案し,多額の投資を行ってきてい る。 オマーン原油のほとんどはスエズ東方の諸国 へ輸出されており,その主要原油であるオマー ン・ブレンドはドバイ原油とともに,サワー原 油の基準油として採用されている。国営のオ マーン石油(Oman Oil Company−OOC)が海外 の石油事業と国内の石油下流事業に投資を行っ ている。 オマーン政府の意思決定システムは非常に効 率的である。国王のスルタン・カブース・ビ ン・サイードが首相職とその他大臣職を兼務し ており,重要な石油取引を管轄するとともに, 生産分与契約の許可を与えている。外国企業の 最高経営責任者が同国王の非公式なアドバイ ザーとして助言を与えている。 1997年12月16日,カブース国王は,スルタン・ カブース大学の教授でエンジニアのムハンマ ド・ビン・セイフ・アルルムヒ博士を石油・ガ ス大臣に任命した。長年にわたり大臣を務めて きたサイド・ビン・アハマド・アルシャンファ リが私的な事業に専念するとの理由で辞任した ための交代であった。 歴史的背景: 1995年の初め,フランスとイタリアの地質学 者がオマーン中央部のハウシ・ハクフ(Houshi Haqf)地域において約2億8,000万年前の植物化 石を発見した。石油・ガス省のハルブ・アルハ シミー専門家によれば,有史前の樹木の幹,枝, 2 中東協力センターニュース(投資関連情報) 2001・12/2002・1

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葉が発見されたとのことであり,これらは分析 のためにフランスに送付された。この時の発掘 調査は,オマーン,パキスタン,サウディアラ ビア,モロッコ各国の地質学的変化を研究する 3ヵ年にわたる国際調査の一環として実施され たものであった。 ソハール(Sohar)地域の発掘調査により,紀 元前2000年,オマーンでは銅の採掘・製錬が盛 んに行われていたことが判明している。そのた めオマーンはシュメールの銘版に記載されてい る銅の産地「マガン(Magan)国」であると言わ れている。 富をもたらす香水の原材料としてオマーン南 部のゾファール(Dhofar)地方で採集されている 乳香樹脂と芳香樹脂は,古代エジプトとヨーロ ッパの儀式において使用されていたものと同じ ものであり,シバの女王からソロモン王に献上 されていた。 オマーンは紀元7世紀から15世紀にかけてペ ルシャ,インド,東南アジア,アフリカなど世 界各国と海上交易を行っていた一大帝国であ り,8世紀に科学的な航海術の基礎を築いたの はオマーン人船乗りのアブーウバイド・ビン・ アブドッラー・ビン・アルカーシムである。彼 はアラビアンナイトに出てくる船乗りのシンド バッドであると広く信じられている。 東アフリカに対するオマーンの影響力が最高 潮に達したのは,ザンジバルを自国の殖民とし た19世紀である。当時,インドとペルシャ湾一 帯は大英帝国の支配下にあったが,オマーンは インドに交易の出先機関を確保していた。バル チスタン(現パキスタン)沿岸の小村ガワダル (Gawadar)も出先機関のひとつであったが,こ うした昔の港は中央アジア進出への重要な拠点 となっていたのである。 1994年3月,カブース国王はパキスタンを訪 問し,ガワダル地方の開発と国際空港の建設を 約束したが,その見返りとして当時のブット・ パキスタン首相はガワダルをオマーンに返却し たのである。 旧サイード王朝の末裔であるカブースは1970 年7月,宮廷クーデターにより父親のスルタ ン・サイード・ビン・タイムールに代わり国王 に即位し,中世的雰囲気のただよう暗い時代に 終止符を打った。常軌を逸した行動で知られて いたスルタン・サイードは1972年に亡くなって いる。カブース新国王の下,自由市場経済を掲 げたオマーンは着実な発展を遂げ,近代国家へ と脱皮していったのである。 第2部:地質と有望性 30万平方キロメートルの国土面積を有するオ マーンはアラビア半島の南東端に位置してお り,様々な鉱物資源に恵まれている。 オマーンの北東部は,後期白亜紀に生じた南 西方向に延びる衝上断層によって定着した火成 岩と変成岩から成る山岳地帯である。この山岳 地帯以外の国土はアラブ大陸棚上にあり,海岸 からルブアルハーリー盆地へと下方に傾斜して いる多くの地層が存在している。 炭化水素含有の地質という観点からすれば, オマーンの地質はサウディアラビアや UAE の ものとは異なっている。油田の規模は小さく, 複雑で,深い場所にあり,ほとんどが原油の浸 透率が低い油田である。サウディアラビアの生 産 井 は 約1,800本 あ り,一 本 平 均 の 産 油 量 は 3,700バレル/日ある が,オ マ ー ン の 場 合,約 2,000本の油井があるものの,平均産油量はわず か400バレル/日にすぎないのである。 オマーンの地形は変化に富んでおり,内陸部 にはアルハジル(岩)と呼ばれる山脈が走って い る。最 大 の 山 は ジ ャ バ ル・ア ル ア ハ ダ ル (Jabal Al Akhdar)で,高さは2,000メートル以上 もある。北東端には,ホルムズ海峡に突き出て いるムサンダム(Musandam)半島があり,気温 は違うものの,その形状はノルウェーのフィヨ 3 中東協力センターニュース(投資関連情報) 2001・12/2002・1

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ルドと似かよっている。 南東部には,肥沃なバティナ(Batina)高原が あり,マスカットを越えてルブアルハーリー砂 漠の先端まで広がっている。山を越え,南部に 向かうとモンスーン地帯のサラーラ(Salalah)平 原に達するが,その気候は熱帯性気候にほぼ近 い。 主な含油地域は次の3ヵ所である。!UAE およびサウディアラビアの堆積盆地と地続き の,アラブ堆積盆地,"中央部と南部のオマー ン岩塩堆積盆地,および#ムサンダム半島西海 岸に面した沖合い領海の細長い一帯。しかし, 外国石油会社がその有望性に注目しているの は,陸上地帯である。 確認埋蔵量(50億バレル超)の半分以上はオ マーン北部の油田地帯にある。主な油田は,イ バル(Yibal),ナティフ(Natih)

,ファフド(Fa-hud),アルフワイサ(Al Huwaisah),ルクワイル (Lekhwair),シブカ(Shibkah)である。これら 油田は単一の地質構造を形成しており,合計確 認埋蔵量は20億バレル以上ある。 陸上には4本の原油の鉱脈があるが,最北端 のものは,アブダビおよびサウディアラビアと の国境近辺に位置しており,アラブ堆積盆地内 にある。ルクワイル,サファ(Safah),ダリール (Daleel)の主要3油田があり,これら油田の石 油/ガス層は,アブダビ東部と同種のサマーマ (Thamama)層グループに属している。アブダビ の巨大サマーマ油田と比較すると,これら油田 の規模は小さい。PDO が1990年に着手した本格 的な水攻法プロジェクトにより,ルクワイル油 田の可採埋蔵量は約4億バレルに増大した。 オマーン中央部,中央東部および南部の3生 産地帯は,カンブリア紀のオマーン岩塩堆積盆 地の一部と繋がっている。埋蔵量が各々5∼10 億バレルの油田地帯であるが,中東の標準的な 油田と比較すると,小規模な部類に入る。これ ら地域の北側には,ファフド,ナティフ,シブ カ,イバルを中心とした油田があり,それらの 油層のほとんどが白亜紀の石灰岩層である。 中央部は,サイフ・ニハイダ(Saih Nihaydah) 油田を中心とする油田地帯である。この地域も 岩塩堆積盆地の一部となっているが,炭化水素 は後期古生代の砂岩と中世代の石灰岩に集積し ている。油田の規模も小さいが,サイフ・ニハ イダとその周辺の油田において,1989年後半か ら実施された掘削の結果,大規模なガス/コンデ ンセートの埋蔵が深層において発見されてい る。 中央東部地域には,かなり大規模なバリク (Barik)とサイフ・ラウル(Saih Rawl)油田があ り,原油とガスは苦灰石のアプティアン・シュ アイバ(Aptian Shuaiba)石灰岩層と,ハラタ (Khlata)とカハリフ(Qharif)グループの二畳系 石炭紀砂岩層に貯留している。サイフ・ラウル の深層部分のカンブリア系オルドビス紀砂岩層 にはガス層が存在している。フランスのトター ルが PDO のパートナーとしてこの地域に進出 したのは1995年年央のことである。 南部には,マルムール,ニムル(Nimr),ジャ ルムードの構造地帯に油田があり,南部オマー ン岩塩堆積盆地と繋がっている。ここの原油は 非常に重質であり,前期古生代の砕屑岩鉱床に 貯留している。1956年に発見されたマルムール 原油は API が22度で硫黄含有率も非常に高か ったため,販売は不可能であると判断された。 また,この油田地帯には,天然ガスを埋蔵して いるガス層もあるが,インフラの整備が進んで いないため,ガス開発に興味を示す企業はほと んどいない。ガス層の多くは,氷河期の票礫岩 で閉じ込められている周氷河の砂岩であり,極 めて稀である。この一帯は,こうしたタイプの 堆積物に商業生産量の炭化水素が集積している 世界でも数少ない地域のひとつになっている。 1994年1月,PDO はオマーン南部の希少層で あるアセル(Athel)層に掘削したアルヌール2 4 中東協力センターニュース(投資関連情報) 2001・12/2002・1

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号井(Al Noor‐2)によって石油を発見した。ニ ムル油田の西方40キロメートル地点に掘削され た同井は,API47度の原油625バレル/日と2万 5,000立方メートル/日のガスを生産した。同社 の役員は,原油が発見されたのはめったにない 珍しい岩からであり,過去オマーンではそのよ うな岩からは原油もガスも発見されたことはな い,と説明している。 南部地域の掘削において,何度となくアセル 層に到達していながら,PDO は原油もガスも同 層では確認されなかったと発表していた。しか し,アルヌール2号井により,非常に圧力の高 い層が発見され,岩石テストの結果,細孔隙率 の平均が22%であることが判明した。これは, 生産量の多い他のオマーン油田のものと匹敵す る率である。 このアセル油田は,アルヌール2号井から65 キロメートル離れているビルバ(Birba)油田と パイプラインで連結された。同2号井の石油発 見によって,新規探鉱の道が切り開かれ,新た な石油・ガス埋蔵量発見の可能性が高まった。 アセル油田は深度4,500メートルの地点にあ り,その原始埋蔵量は30億バレル以上あると言 われているが,この複雑な油田の開発には最先 端技術が必要であった。そこで PDO のパート ナーであるシェルが優秀な技術力を駆使して, 地震探鉱データの解析や油層の特質分析,生産 性の向上などの作業を実施したのである。 沖合いの有望地: バティナ(Batina)沿岸北東のアラビア海にお いて探鉱が実施されたが,期待はずれの結果に 終わり,原油発見の可能性があるとした利権操 業会社 BHP の仮説は実証されなかった。PDO は1988年にゾファール地方の沖合い3ヵ所で地 震探鉱を開始し,1991年後半にサラーラの北東 63キロメートルの海上で最初の井戸を掘削し た。 ムサンダム半島の海上には,ブハ(Bukha)と 西ブハ(West Bukha)の2つのガス層があるが, その地質構造はイランのヘンジャム (Henjam) ガス田と同一である。西ブハより規模の大きい ブハは,サマーマ層のガス/コンデンセート田で ある(アブダビのサマーマ層は豊富な原油を含 有している油層)。深度が非常に深いラス・アル ハイマ向斜構造の前期白亜紀/ジュラ紀の貯留 岩にガスとコンデンセートが集積しているが, 原油は通常このような深層には貯留していな い。 ジャバル・マドマル(Jabal Madmar)の山頂 は,炭化水素が貯留する典型的な背斜構造にな っている。国内の詳細な地質図作成のため,オ マーン政府が1990年に French Bureau de

Recher-ches Geologique et Miniereと契約を締結した理 由のひとつは,この背斜構造の存在であった。 標高400メートルの山頂は,国内の山の中でもた どり着くのが最も困難な山のひとつであり,伝 説的な探検家である Wilfred Thesiger によって 1940年代に初めて注目された山である。オアシ スの町アダム(Adam)に近いこの地は,カブー ス国王の祖先であるブー・サイード族の故郷で あり,未だに探鉱されていない最大の有望地の ひとつである。 結 論: 生産油田と未開発油田の合わせて110以上の 油田が44年間にわたり探鉱され,すべての主要 鉱床が調査された。その結果,近隣の GCC 諸国 が有するような巨大油田はオマーンには存在し ないと判断された。しかし,探鉱の成果は生産 量を凌ぐ勢いで着実に表れており,特に,PDO を始めとする各操業会社が最先端技術を適用し たことにより,1989年以降に新たな油田の発見 が相次いでいる。ガスの埋蔵量が政府の公式目 標値である45兆立方フィートに達するかどうか は,今後の推移を見守ることとしたい。 5 中東協力センターニュース(投資関連情報) 2001・12/2002・1

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埋蔵量と探鉱: オマーン政府は,過去10年間に発見された新 規油田に後押しされ,大規模開発プロジェクト に着手した。1991年の1年間だけで,3億4,300 万バレルの原油が新たに発見され,オマーンの 確 認 埋 蔵 量 は1992年1月 時 点 に お い て45億 5,000万バレルまで増大した。埋蔵量はその後も 増加を続け,1994年は2億7,200万バレルが発見 され,また,PDO の既存油田の再評価の結果,2 億1,600万バレルが埋蔵量に追加されたため,全 体の確認埋蔵量は1995年年初期現在で52億バレ ルまで拡大した。1999年の埋蔵量は1997年と同 一の53億バレルと推定されていたが,その98% が PDO によって占められていた。 2000年初めの埋蔵量は55億バレル,そして現 在は57億バレルと見積もられているが,増加分 の内1億2,000万バレルは PDO が昨年発見した ものである。石油・ガス省の担当者は,最先端 の EOR 技術の適用により,確認可採埋蔵量は 110億バレルに達する可能性がある,と語ってい る。ちなみに,1980年の確認埋蔵量は24億8,000 万バレルであった。 石油の輸出が開始された1967年から1989年末 までの累積生産量は30億バレル,一方,同期間 に発見された埋蔵量は40億バレルを超えてい た。従って,今後極めて小規模な油田が開発さ れ,かつ南部の未回収埋蔵量に対する EOR 技術 が適用されれば,可採埋蔵量は,確認に至って いないものの存在の可能性があると言われてい る量を含めると,全体で110億バレルに到達す る,と推測されるのである。しかし,ルブアル ハーリーに存在する油田を含め,オマーン領内 各地に散在している小規模油田の数は非常に多 いため,それらの開発コストは高くなる可能性 がある。 南部のマルムール,ニムル,ジャルムードの 油田地帯の原油は高重質油(API20度前後)で, その原始埋蔵量は600億バレルと推定されてお り,ある程度の量の回収が見込まれる。しかし, 例えば,水蒸気圧入によるマルムール油田の回 収コスト(輸出ターミナルまでのパイプライン 関連費用を含む)は,スマトラ中部においてカ ルテックスが活用している先端技術を用いたと しても,約12ドル/バレルに上ると予想される。 この API20度の原油開発の候補者として,シェ ブロン・テキサコ(カルテックスの100%所有 者)の名前がかねてから取り沙汰されており, もし有利な探鉱・開発条件がオファーされれ ば,同社が開発した技術を適用し,20億バレル の採収が可能になると見られている。回収技術 が改良されれば,さらに20∼30億バレルの追加 採収も不可能ではない,と同社では判断してい る。 国営オマーン石油(OOC)は,シェブロンを 同社の中核パートナーとして,カザフスタンの Tenghiz油 田 な ど か ら 黒 海 に 面 し た ロ シ ア の ターミナル施設まで原油を輸送する,カスピア ン・パイプライン・コンソーシアム(CPC)に参 画している。 ガスの埋蔵量: リヤドに本部を置く GCC 事務局の1998年の 報告書によれば,当時のオマーンのガス確認埋 蔵量は30兆立方フィート(9,000億立方メート ル)と見積もられていた。一方,1997年1月1 日現在の公式見積量は,予測総埋蔵量(total ex-pected reserves)が28兆4,800億 立 方 フ ィ ー ト (8,000億 立 方 メ ー ト ル),確 認 埋 蔵 量 が19兆 1,000億立方フィートであった。1997年,政府は 確認埋蔵量を2001年までに45兆立方フィートに 拡大することを公式目標に掲げたものの,実現 には至らなかった。しかし,この目標値は2006/ 07年までには達成可能と思われる。また,2001 年6月に BP が発行した世界エネルギー統計に よれば,オマーンのガス確認埋蔵量は,1980年 末700億立方メートル,1990年2,000億立方メー 6 中東協力センターニュース(投資関連情報) 2001・12/2002・1

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トル,2000年末8,300億立方メートルとなってい る。 2001年10月にアラブ・プレス・サービス社が 連絡を取った石油・ガス省の当局者は,「現在の ガス確認可採埋蔵量は31兆立方フィートである が,近い将来,20兆立方フィートの予測総埋蔵 量がこの数字に追加されるだろう」と語ってい る。 オマーン中央部の構造性ガスは良質であり, 同国 LNG 事業の幹事企業であるシェルの話に よれば,二酸化炭素も窒素も硫黄もガスには含 まれていない,とのことである(近隣諸国で発 見されているガスは通常,不活性ガスである)。 エチレンの主要原材料であるエタンの含有率は 約7%,プロパンとブタン(LPG)は3.5∼5%, 残りは LNG として液化されるメタンである。 また,この構造性ガスは熱量が大きいため,パ イプラインで他市場向けに輸送する上では理想 的なガスとなっている。というのは,他の場所 から輸送される低品質ガスとこのガスを市場に おいてブレンドすれば,不活性ガスの容量が削 減され,パイプラインのエネルギー輸送効率も 高まるからである。 一方,LPG とその他ガス液の原材料となる石 油随伴ガスの確認埋蔵量は,1996年の2兆9,500 億立方フィートから現在は約3兆5,000億立方 フィートまで増加している。PDO が随伴ガスの ほぼ全量を生産しており,これらのガスは国内 市場に供給されるとともに,油田への再圧入用 として利用されている。 1989年以降,石油・ガス田が相次いで発見さ れたことを受け,オマーン政府は生産量の高水 準の維持と可採埋蔵量の拡大を目指した5ヵ年 計画(1991年∼1995年)を立案し,33億8,500万 ドルの予算を計上した。その内訳は,探鉱費用 9億2,300万ドル,掘削・生産費用11億4,500万 ドル,器具備品購入費用13億1,700万ドルであっ た。この5ヵ年計画に基づく探鉱・開発など諸 事業に対し,政府と外国企業が投資した額は総 額60億ドルあまりに達している。 有望ではないと過去に判断された地域,例え ばコンデンセートとガスを大量に埋蔵している オマーン中央部の油田などに対する関心が外国 企業の間で高まっている。これら埋蔵地の開発 の結果,8万バレル/日のコンデンセートが新た に生産され,原油生産量を増やすために1999年 から原油に混合されている。コンデンセートの 生産量は,2006/07年までに15万∼20万バレル/ 日に増加するものと予想されている。 1980年代,ガス開発に興味を持つ外国企業は ほとんどいなかった。そこで政府は PDO(出資 比率;政府60%,シェル34%,トタール・フィ ナ・エルフ4%,Partex2%)を実施母体とし た,ガス探鉱10ヵ年計画に着手した。その結 果,1991年にサイフ・ラウル,サイフ・ニハイ ダ,バリクおよびマブルーク(Mabruk;正式呼 称は Mahjour,マハジュール)の油田において, 合計埋蔵量7兆立方フィートの構造性ガスが発 見 さ れ た が,こ の 量 は 年 間660万 ト ン の LNG の生産を十分に賄える量であった。 オマーンの石油・ガス田の数は110を超えて おり,これは中東では最多である。また,PDO の生産油井数は,2008年までに3倍に達すると 予測されている。 石 油・ガ ス 開 発 の 上 流 部 門 の コ ン ト ラ ク ター,特に,極度の高温・高圧と硫化水素など に対処する必要のある深掘を専門とするコント ラクターにとっては,オマーンは格好の市場と 言えるだろう。 探鉱の背景: オマーンの石油探鉱は,英国の D’Arcy Explo-ration社が2年間の探鉱許可を得た直後の1925 年から開始された。同社は,英国の保護領とな っていたオマーンにおいて地質調査を実施した ものの,石油の発見には至らなかった。バハレー 7 中東協力センターニュース(投資関連情報) 2001・12/2002・1

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ンとサウディアラビア東部地区で石油が発見さ れた後の1937年,BP 率いるイラク石油(IPC) がオマーンに進出し,「オマーン・ゾファール石 油開発(PDOD)」を設立した。 PDODは,マスカット周辺およびマスカット とは別の行政下にあったゾファール地域におい て石油利権を獲得したが,第二次世界大戦の勃 発により作業は中断された。PDOD の株主は, BP,シェル,トタール,エクソン,モービル, そしてアルメニア人のグルベンキ ア ン(Cal-louste Gulbenkian,出資比率5%)であった。グ ルベンキアンは,「ミスター5パーセント」と称 された有名なブローカーで,彼の会社は後に Partexと命名され,ポルトガルにおいて登記さ れている。 PDODは1940年代後半に探鉱作業を再開した が,ゾファール地域の利権を放棄したため,社 名は「オマーン石油開発(PDO)」と変更された。 1950年代中頃から国内の政治状況は悪化の兆し を見せ始め,英国がオマーンのスルタン・サ イード・ビン・タイムールを支援しているとの 理由から,ゾファールで反乱が勃発し,PDO の操業は危険に晒された。1956年,同社は1本 目の探鉱井をファフドにおいて掘削したが,空 井戸に終わった。

米国の Cities Service と Richfield Oil の2社が 1954年にオマーンに進出し,1956年,同国南部に おいてマルムール油田を発見した。しかし,原 油が非常に重質であったことと,同地域の政治 的混乱を理由に,油田は PDO に譲渡された。そ の後 PDO はいずれの地域においても石油を発 見することができず,マルムール油田も閉鎖さ れてしまった。1960年,BP,Compagnie Francaise des Petroles(CFP;現トタール・フィナ・エル フ),エクソンおよびモービルの各社が PDO か ら 撤 退 し た た め,PDO の 株 主 構 成 は シ ェ ル (85%), Partex(5%), 政府(10%)となり, シェルがオペレーターとしてその役割を強化す ることとなった。 シェルは1962年に埋蔵量の豊富なイバル油田 を,1963年にナティフ油田を,そして1964年にフ ァフド油田とグバル(Ghubar)油田を相次いで 発見した。これら油田は開発を進める上で十分 な量の埋蔵量を有しており,これに刺激を受け たトタールは PDO への再参画の意欲を示し始 めた。PDO はマスカット北部の港,ミーナ・ア ルファハル(Mina Al Fahal)に輸出ターミナルを 建設し,トタールが PDO に再加入を果たした 1967年に石油の輸出が開始された。 その後,探鉱活動が一層強化され,次に述べ る新たな油田が発見された;!1968年ルクワイ ル,アルフワイサ,"1972年カルン・アラム, ハブル(Habur),ガバ・ノース(Ghaba North) お よ び サ イ フ・ニ ハ イ ダ,#1973年 ア マ ル (Amal),サイフ・ラウル,$1974年アンザウズ (Anzauz),バリク,%1976年シブカ,&1977年 ラハブ(Rahab),'1978年ビルバ,カハリール (Qaharir)。 1973年後半に石油価格が4倍に跳ね上がった ため,資金的余裕が生じた PDO は探鉱活動を拡 大するとともに,これら新規油田の開発を急速 に推し進めた。OPEC 諸国による外国石油会社 の国有化の流れを受け,オマーンもまた,1974 年から PDO への事業参加に乗り出した(オマー ンは OPEC,OAPEC ともに非加盟)。同年初めの 政府の参加比率は25%であったが年央には60% に達し,外国企業の持分はシェル34%,トター ル4%,Partex2%へと減少した。 1977年,石油市場は供給過剰におちいったた め,オマーン政府は探鉱・開発のインセンティ ブを,特にゾファール地区におけるインセンテ ィブを改善せざるを得ない状況に追い込まれ た。こうして PDO にとり有利な5ヵ年契約が締 結された結果,同社は1979年にマハジュール, ルニブ(Runib),カタ(Qata),リマ(Rima),ジ ャルムードの各油田を発見することができたの

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である。また,1979年から石油価格が急騰した ことにより,PDO はこれら油田の開発をフルス ピードで実施することが可能となった。1980年 に ニ ム ル と ス ラ イ ラ ト(Thulailat)の 両 油 田,1981年にはザウリーヤ(Zauliyah)とサイフ ト(Thayfut)の両油田が発見されたが,その後 も引き続き新規油田が発見されている。 こうした状況下にもかかわらず,利権鉱区を 放棄し,オマーンから撤退する企業も出始めて いた。1973年,Elf Aquitaine はホルムズ海峡に位 置するムサンダム半島の沖合い鉱区を獲得し, 1976年 に ブ ハ と ヘ ン ジ ャ ム で ガ ス/コ ン デ ン セート田を発見したが,その後,同鉱区を放棄 している。 また,エルフは住友,Wintershall と提携し,サ フマ(Sahma)地区の陸上鉱区を獲得,1978年に サフマ油田を発見・開発したが,生産量が減少 したため,権益を売却し1999年にオマーンから 撤退した。 1983年 に Quintane/Gulf Oil が 発 見 し た サ フ ァフ(Safah)油田はオキシデンタルが開発し, また,ジャペックス・オマーン(石油公団,石 油資源開発,インドネシア石油,伊藤忠の日本 グ ル ー プ)は1984年 に ワ ー デ ィ・ア ス ワ ド (Wadi Aswad)油田を発見・開発している。これ らの油田は現在も原油を生産している。 PDOの鉱区以外の地域では,探鉱活動は限ら れており,また,ほとんど名の知られていない 会社が関与していた。例えば,北部沿岸に5万 平方キロメートルという広大な鉱区で操業して いた Compact Oil などがこれに含まれる(同社 は,問題の多いトレーダーの John Deuss が所有 している,バミューダに本拠を置く Transworld

Oilの子会社)。カナダの Arakis と米国の Aegis は,1989年年央に締結した契約に基づき,ジャ バル・アスワド(Jebel Aswad)鉱区を保有して いる。その後,オファーされている鉱区はすべ て,PDO が放棄した地域である。 探鉱活動を促進するため,1994年末,オマー ン政府は PDO に対し同社が操業を行っていな い地域を放棄するよう要請した。1995年前半, PDOはこの要請に基づき,陸上・海上区域の約 9万5,662平方キロメートルを放棄した。その後 同社は利権区域を第6鉱区に統合し,広さ11万 3,737平方キロメートルの鉱区とし,主要な原 油・ガス田を確保した。さらなる区域の放棄義 務はなく,同社の利権は2012年6月24日に期限 を迎える。 PDOの新規油井のすべては水平掘の油井で ある。同社は三次元地震探鉱など,シェルが有 する最先端探鉱技術を活用しており,オマーン では最高の油田発見率を誇っている。 探鉱・開発鉱区のオファー: 1995年に PDO が放棄した地域は,当時の石 油・鉱物資源省によって11の鉱区に分割され, 同年7月からオファーが開始された。アモコが 放棄した第12区域の第3鉱区とオキシデンタル 放棄の第13区域もこのオファーに含まれてい た。各鉱区に関する技術的情報が石油・鉱物資 源省から開示され,各社はそれぞれの事務所に おいてこのデータを閲覧することが許可され た。1995年10月に開始された入札の締切日は, 当初予定では1996年2月17日であったが,3月 2日に延期された。 オファーされた13鉱区の内,8鉱区が南部地 域の陸上鉱区であり,5鉱区が海上鉱区であっ た。重質原油が産出し,ガスの埋蔵地区である ゾファール地方では,外国企業の興味を引きつ けるため,各陸上鉱区の規模が拡張された。陸 上8鉱区の内,5鉱区がイエメンとの国境付近 (内ひとつがオマーン,サウディアラビア,イエ メンの3ヵ国が国境を接する地点)に,そして 残りの3鉱区が中央部にそれぞれ位置してい る。また海上の5鉱区は,ホルムズ海峡,オマー ン湾,アラビア海にある。 9 中東協力センターニュース(投資関連情報) 2001・12/2002・1

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最初に鉱区を落札したのはトタールで,1995 年7月9日,大規模ガス田のサイフ・ラウルと バリクから近い, オマーン中央部サイワン(Sai-wan)の第4鉱区(2万6,000平方キロメートル) を獲得した。1998年末までに,2本の井戸の掘 削が計画されていた。また,1998年9月,Oil In-diaが同鉱区の20%の権益を取得している。 エルフは,住友およ び Wintershall と 共 同 に て,1995年9月にオマーン西部のサフマ区域に 隣接する鉱区を獲得し,1997年に1本目の井戸 を掘削した。しかし,同社はオマーンに保有す る権益をペトロガスに売却した(第3部参照)。 1996年6月5日,ジャペックスはサウディ国 境から近い南西部の第35鉱区(6,478平方キロ メートル)を取得したが,約4,500万ドルの投資 (期間7年間)と井戸6本の掘削が義務付けられ た。 米国の Phillips Petroleum は1996年6月15日に サウディ・イエメン国境沿いの南部地方におい て第36鉱区(1万8,527平方キロメートル)を獲 得し,3,700万ドルの投資(期間9年間)と5本 の井戸の掘削を約した。1977年,デンマークの

Maersk Oil Omanは同鉱区の25%の権益を取得 し,ま た,カ ル ガ リ ー の Berkeley Petroleum Corp.も同じく25%を取得した。 1999年6月,Phillipsは Maersk(25%)および Berkeley(25%)と提携し,南西部の第38鉱区 (1万8,000平方キロメートル)を生産分与契約 (期間10年)に基づき獲得した。契約によれば, 最初の3年間で2,900万ドルが投資され,2000年 に井戸の掘削が開始され,そして発見された原 油・ガスの40%が提携3社に帰属することにな っていた。第36鉱区に掘削された最初の井戸は 2000年9月末に深度約350メートルに達した。同 井の目標深度は4,400メートルであり,2000年末 までの達成が計画されていた。 アルコ(現在は BP の一部)と Partex は,北東 部の第32鉱区(3,800平方キロメートル)を取得 した。4,100万ドルの投資(期間7年)と井戸5 本の掘削が計画されていた。 1997年1月25日,サウディアラビ ア の Nimr Petroleumはアモコ(現在,BPの一部)が放棄し た北東部の第3鉱区(1万5,000平方キロメート ル)を取得,投資額は5,050万ドル(期間8年), 掘削井戸数は6本を予定。 カナダの Gulfstream Resources は,1997年年 央,北部のホファール(Hofar)第30鉱区(1,200 平方キロメートル)を獲得した。投資額2,000万 ドル(期間6年)と掘削井戸数3本の計画の下 に事業を開始し,商業生産量の石油の発見に成 功した。2001年5月から掘削が開始されている。 1997年9月29日,オキシデンタルはガスが豊 富な,北西部の第31鉱区(7,157平方キロメート ル)を獲得,投資額は4,500万ドル(期間7年), 掘削井戸数は3本を予定。さらに,1998年6月 には,現在生産中の第31鉱区に隣接する,ガス が豊富な第27鉱区(2,485平方キロメートル)を 取得した。予定投資額は2,550万ドル(期間9 年)。同社は,オマーンでは PDO に次ぐ第2位の 石油会社である(第3部参照)。 1998年6月,アモコはガスを豊富に含有して い る 第15鉱 区 と44鉱 区 を 獲 得。BP ア モ コ (60%),オキシデンタル(26%),Fortum(フィ ンランドの前 Neste 社,14%)の3社によるコン ソーシアムが1999年4月に第9,15,27,31お よび44の各鉱区におけるガス探鉱・開発契約に 調印した。同契約には,ガス処理事業ならびに オマーンの工業都市ソハール,BP アモコの本拠 地シャルジャおよびその他 UAE の首長国向け ガス供給事業(4億立方フィート/日)も含まれ ている。さらに,ガス処理プラントとパイプラ インが同コンソーシアムによって建設されるこ とになっている。 海上鉱区を最初に獲得したのはダラスの Tri-ton Energy社である。1996年6月,アラビア海 のマシーラ島に近い,ガスが豊富な第22鉱区 10 中東協力センターニュース(投資関連情報) 2001・12/2002・1

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(8,271平方キロメートル)を獲得したが,これ は同社が中東地域において初めて取得した石油 利権であり,3,800万ドルの投資(期間8年)と 5本の井戸の掘削を予定している。1998年6月, ガスを埋蔵している,ホルムズ海峡の第40鉱区 (5,353平方キロメートル)も取得,8年間にわ たる投資額は3,000万ドル,掘削井戸数は4本を 予定。なお,同社はラテンアメリカにおいて石 油探鉱を行っており,コロンビアでは Cusiana と Cupiagua の両油田を発見している。 1999年3月,シェルはバティナ沿岸から近い 海上の第18鉱区を取得,3ヵ年の探鉱計画にお いて300万ドルを投資する予定になっている。 199

7年,オーストラリアのノヴス石油は,In-ternational Petroleum Corp.(カナダ)が海上第17 鉱区のブハ油田に保有している30%の権益を買 収した。この結果,ガスとコンデンセートを生 産しているブハ油田に対する同社の持分比率は 40%に高まった。他の出資企業は,韓国の LG グループから権益を買い取った Atlantis Hold-ings Norway(50%)と英国の Heritage Oil & Gas の子会社 Eagle Energy(10%)である。2001年9 月,ノヴス石油は,マスカットの南西約100キロ メートルに位置し,オキシデンタルとジャペッ クスの生産田からも近い第15鉱区と47鉱区を取 得した(第15鉱区は BP が2000年に放棄した鉱 区)。石油・ガスの探鉱費用は3年間で3,300万 ドルを予定している。 2001年3月18日,Maersk は石油・ガス省と4 年契約を結び,サウディ国境に近い西部の第45 鉱区と48鉱区(合計3,878平方キロメートル)を 単独で取得した。予定投資額は1,800万ドルで, 掘削前に地震探鉱が実施され,探鉱終了後の契 約延長のオプションが付与されている。なお, 同社は,コペンハーゲンに本部を置く,石油・ 輸送グループの AP Moeller の一員である。 ノルウェーと米国の 合 弁 会 社 で あ る

Petro-leum Geo Services(PGS Geophysical)は,マスカ ット沖合い28キロメートルに位置する,オマー ン湾深海の第41鉱区(2万8,000平方キロメート ル)に関するデータ収集・処理・再処理・解析 および炭化水素含有評価を実施する5ヵ年契約 を2001年9月29日に石油・ガス省と締結した。 PGSは,200万 ド ル の 費 用 を か け て,7,000∼ 8,000平方キロメートルの区域の地震探鉱を実 施する。同社は,同鉱区の入札を計画している 国際石油企業に探鉱データを売却する権利を有 しており,深度1,500メートルまでの探鉱データ が得られるとのことである。2002年第1四半期 までに地震探鉱が完了する予定であり,その後, 同鉱区の入札が石油・ガス省により実施され る。 11 中東協力センターニュース(投資関連情報) 2001・12/2002・1

参照

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