金 輸 出 禁 止 下 の 物 價 ( 一 )
− 日 本 イ ン フ レ ー シ ョ ン 史
−
真
藤
素
一
は じ め に 一
︑ プ ロ ロ ー グ
二︑大戦中の物価
三︑大戦後第一期の物価
︵l
︶大 正七 年一 一l 月〜 八年 三月 の物 価︵ 以上 本号
︶
︵2︶大正八年四月〜九年三月の物価︵以下次号︶
︵3︶大正九年四月〜一一月の物価
は じ め に
物価変動には二つのものが考えられる︒商品の価債または貨幣の価値︑もしくはこの両者が変化することから生す
る物価の変動は︑いずれも価値の変化が価格の変化として現象するのであるから︑価値関係の変化にうらずけられている︒われわれはこれを物価の実質的な変動とよぶ︒価格の本質たる価値の変化という実質的な内容をもつ変動だか
らである︒好況l恐慌l不況をつうじてうこく景気変動の物価がこれである︒ここで︑商品にたいする需給関係の変
金輸出禁止下の物価 H一三一
経 蛍 と 経 済
一 一 一
一一 一
化からくる市場価格の変動について︑一言つけくわえて・おきたい︒われわれはとれをも物価の実質的な変動のなかに
いれる︒需給関係の変化から生じる市場価格の生産価格からの背離は︑資本聞の競争を媒介として生産構造の変化を
もたらす︒との生産構造の変化は︑市場価格が生産価格に一致するまでつづくからである︒いま一つの物価変動は︑
商品価値にも貨幣価値にもなんらの変化もないにもかかわらや︑価格標準が変動するととによって生じるものであっ
て︑とれを物価の名目的変動とよぷ︒イシブレ・ヂフレの物価がとれである︒すなわち︑イ
Y
プレ
1ショシ(デフレ
1
ショ
Y)
とは価格標準の切下(明上)げによる物価の名目的危騰貴(下落)にはかなら怠い︒したがってニクの物価変動の区別の基準は︑もっぱら価格標準の変動が生じているか否かにかかってくる乙とになる︒
さて︑イ
Y
ブ/・ヂブレはもっぽら信用貨幣のみが流通しているばあいには生じえない︒﹁信用貨幣そのものは︑その名目価値の額に沿いて絶対的に現実貨幣を代表するかぎりでのみ貨幣﹂だからである︒すなわち︑たとえば個々
の先換銀行券はその券面金額に等しい金量を代表しているのであって︑乙の代表関係は先換によって保障される︒し
たがって︑乙乙には価格標準の変動が生じる余地はまったくないD問題は金本位制停止下馬おいて生じてくる︒そ乙
に・おいては︑銀行券は不換銀行券となり︑それはもはや信用貨幣ではなく︑その券面金額だけの金量を代表すべき保
障はどとにもない︒乙とに価格標準の変動が生じる!経済上事実上の変動
i
余地があり︑したがってイγフレ・ヂフレの発生の可能性があたえられることになる︒けれども︑乙れはあくまで可能性であって︑現実性ではない︒という
乙とは︑金本位制停止下H不換銀行券流通下の物価変動をすべてイ
Y
ブレ・デフレの一色に塗りクぶすととは許され 友いというととであるD金本位制停止下にも︑価値関係の変化にうらやけられた実質的な物価変動はあるのである︒さて︑岡橋保教授は︑不換銀行券
H
信用貨幣と規定されるのが︑その究極のねらいは︑金本位制停止下日不換銀行券流通下に・おけるこっの物価変動の区別が︑との促点からのみ可能となるから︑といろ点にあるようである︒乙れ似た
いして︑私は不換銀行券はもはや信用貨幣ではなく︑不換紙幣化したものと規定した小︒そとで問題は︑金本位停止
下の銀行券め信用貨幣たるととを否定してーた訟かク二つの物価変動の区別が可能か否かにかかってくる︒
当面の研究対象たる大正七年
t
昭和四年に・おいては︑金輸出は大蔵省令によって禁止されていた︒乙の省令は︑法律的には会換を停止したわけでは友いけれども︑実質的には停止したのと最たじ効力をもっていた︒したがって︑乙
の期の銀行券は不換銀行券であい︑もはや信用貨幣ではなく不換紙幣化したものと考えてよい︒そ乙で︑との時期の
物価変動の研究によって︑前述の問題に現実酉からいわば間接的にとたえるとともに︑理論的友解決の手掛りをえた
いというのが︑小論の課題である︒
右のよう危問題意識にたっての研究にあっては︑とうぜん価格標準の把握が決定的とたる︒しかもイγブレに長い
ては︑価格標準は経済上事実上の変動をするので︑その把握のためには︑なんらかの指標が必要となってくる︒理論
的にはぞの指標としては︑金の市場価格︑為替相場︑一般物価水準が考えられる︒旧稿に沿いては当面の研究対象か
らくる制約のために︑指標としては為替相場をとめ命︑その変動の実状と原因とを追求して︑研究対象を五つの時期
に区令した伸︒すなわち第一期は大正七年一一月
t
九年一一月︑第二期は九年二一月t
一一一年一一月︑第三期は一二年一二月
t
一四年九月︑第四期は一四年九月t
昭和二年三月︑第五期は二年四月i四年六月である︒乙のうち︑第三期の前半(一二年二一月
t
一四年一月)および第四期以降が︑前述の問題との関聯に・おいて重要注地位をしめH A D
し
たがって小論の令析・叙述の力点も︑噌どうぜんととに・おかれる︒
註
( 1 )
岡橋保﹁不換銀行券﹂(金融経済三九号
) ( 2 )
くわしくは札稿﹁究換銀行券および不換銀行券について﹂(金融経済
四二号)参照
(3 )
その理由については︑が稿﹁金輸出禁止下の為替相場﹂(金融経街四
O
号
︺ 参 照 入 4)くわしくは拙稿
前掲(金融経済四
U
号)参照一 、
7
.
ロ ロ
グ.
当面の考察対象たる第一期は︑第一次大戦中の日本資本主義の飛躍的発展の理解を前提とし︑さらに犬戦の日本資
本主義にたいしてもつ意味の理解は︑明治末期の実状の把握のうえにたってはじめて可能とたる︒とのよう左考察方
法は︑以下あきらかにたるよろに︑日露戦後か丸一第一期に至る期間が景気変動の一週期と考えられる乙とから︑必然
金輸出禁止下の物価
(
→
一 一
一一
一一
一
経 営 と 経 済 (単位千円)
ヰ ご 明治 4 0 年 4 1 年 4 2 年 4 3 年 4 4 年 4 5 年 大 正 2 年
輸 出 4 3 2
,4 1 3 3 7 8
,2 4 6 4 1 3
,1 1 3 4 5 8
,4 2 9 4 4 7
,4 3 4 5 2 6
,9 8 2 6 3 2
,4 6 0 輸 入 4 9 4
,4 6 7 4 3 6
,2 5 7 3 9 4
,1 9 9 4 6 4
,2 3 4 5 1 3
,8 0 6 6 1 8
,9 9 2 7 2 9
,4 3 2 日 銀 券 3 0 4
,4 3 3 2 8 4
,0 8 4 2 7 7
,9 7 7 3 0 3
,7 3 1 3 2 8
,1 8 5 3 4 7
,4 8 1 3 3 4
,8 6 0
純外輸入高 資 ( O )
日,
2 3 6 5 7
,8 1 8 1 0 2
,5 4 8 2 1 6
,1 7 2 1 0
,6 4 0
田,田4 1 1 7 0 6 2 2
,. 2 4 . . 5 9 3 1
甘4 α 6 司 正現在高 貨 4 4 5
,1 9 4 3 9 1
,6 0 9 4 4 5
,9 4 4 4 7 1
,9 9 9 3 6 4
,0 8 6 3 5 0
,7 5 0 3
z 誇 l 竺 f 喜 銭 2 銭 2 . . 1 0 7 1 2 2 . . 5 4 4 4 2 1 . . 0 6 9 7 1 1 . . 5 2 8 9 1 1 . . 6 4 2 7 1 1 . . 9 8 9 7
6 7 4
,4 7 7 1 3 5
,2 3 2 1 2 8
,2 5 8 4 8 7
,0 0 1 3 6 1
,1 4 0 5 2 1
,1 0 9 3 8 0
,3 7 3 !
千1 3
仏,8
屯0 4 1 4
,8 2 5 1 5
,0 4 8 1 5
,6 8 1 . 1 7
,6 3 3 1 9
,6 4 0 2 1
,3 1 6 炭 消 費 高
千4
仏,4
屯2 1 4
,3 1 5 4
,3 1 9 4
,7 7 6 6
,0 6 2 6
,6 1 8 7
,6 1 4 東不京渡・手大形 阪 2 6 6 2 4 0 1 8 6 1 9 1 3 0 1 5 3 6 5 1 9
物卸価指数
売1 3 2 . 6 7 1 2 9 . 1 3 1 2 2 . 8 7 1 2 延 . 8 1 1 2 9 . 9 8 1 3 8 . 7 7 1 4 0 . 1 6
第 表( 2)市中金利は割引日歩
( 4)
金融事項参考書( 1 ) 物 価 指 数 は 日 銀 調 明 治 3 3
年1 0 月 =100 ( 3 )石炭消費高は工場用
一 一 一 一 四
的に要請されるものである︒そ
こで︑ことでは金宇︑明治末期
1独占
H
帝国主義移行期
ω
の日
本経済の実状からみてゆとう︒
日露戦後好況は︑明治四O年
一月の株式下落を契機として︑
はやくも反動期にはいり︑同年
一O
月のアメリ力恐慌の余波を うけて決定的に恐慌段階に突入
し︑それは顎四一年にわたって
クづく︒四二年以降不況期には
いり︑その間四三
t
四五年上期のいわゆる中間景気を含み注が
らも︑基調としては不況のまま
'犬戦をむかえている︒乙の間の
事情は第一表によってあきらか
であ
ろう
︒ それによれば︑戦後の資本蓄
積のために︑貿易牧支は四二年.
をのぞいて継続的た赤字をしめ
し︑明治四
O t
犬正二年の累計
は三六二百余万円に語よぷ︒他の事情が同一ならば︑貿易牧支の赤字←金流出←通貨牧縮と怠るはや︐なのに︑日銀券
は牧縮せ守︑むしろ膨脹傾向さえみせている︒乙の謎は︑累計六三二百余万円におよぶ政府および民間の外資輸入に
よって解けよ弘︒すたわち︑乙れでもって貿易牧支の赤字を決済したがら︑他面では日銀券の傾向的た膨脹をも・たら
したのであって︑さらに後者は物価の騰貴傾向にその影響をあらわしている︒さて︑外資の累積はその利子支払を増
加させる︒じじク︑明治末
t
大正初年においては︑年平均約一億円におよび︑﹁借金の利息を支払うためにまた借金 をするめ﹂というありさまであっ・た︒かくして︑巨額の外資を輸入しているにもかかわらや︑入超と外債利払ρ
ために正貨現在高は減少していく︒四三年にはじまる日銀の金融引締政策は︑かかる背景のもとに理解さるぺきであろ
う︒す放わち金利は︑恐慌鎮静期の四二年にはいって低下しはじめ︑四三年最低と怠った︒もっともとれは︑公債の
低利借換をめざす第二.次桂内閣の低金利政策にもよる仰ととを銘記すべきであるnそれはともかく︑金利低下はいわ
ゆる中間景気左もたらした︒事業計画資本高の増加がそれをしめす︒そ乙で︑日銀は前述の事態を考慮して金融引締
政策にのりだし︑四四年九月︑割引日歩を一・三銭から一・五銭へ引上げてのち︑大正元年一一月の一・八銭まで継
続的に引上げた︒市中金利も乙れを追って上昇する︒中間最気は圧殺される︒かくして︑戦後経済は︑外資輸入によ
る資本蓄積にもかかわらや︑基調的には恐慌←不況期にあり︑それは事業計画資本高の絶対的注減少傾向に典型的に
そのほか不渡手形・石炭生産H消費高に︑しめされている︒
以上を要約すれば︑外資輸入による資本蓄積←貿易牧支の赤字←外資輸入←外債利払累増←国際牧支悪化←外資輸
入︒このようないわば累積的な矛盾は︑貸付資本的には日銀の金融引締政策に︑現実資本的には外資輸入による資本
蓄積にもかかわらや進行する不況←事業計画資本高の絶対的注減少に︑その表現在みいだす︒正貨現在高の減少
H
正 貨危機は︑との両者の統一的表現である︒かくして明治末期t
大正初年の日本資本主義は︑独占H
帝国主義への早熟的転換目外資輸入をテコとする資本蓄積の強行のゆえに︑行詰り状態におちいり︑その矛盾の集中的表現が正貨危機
であったといえよろ︒
註 ( 1 )
拙桶﹁明治末期の財政政策﹂(﹁経指論議}七七益三号)参照
金輸出禁止下の物価
(
→
(2 )
井よ準之防﹁我国際金融の現状及改善策﹂三氏
一三 五
経 堂 と 経 済 (単位千円)
寸年月¥¥
目
輸 出 │ 輸 入 │ 事 業 計 画 資 繍 │ 全 国 手 形 交 換 高i
企業利益大正よ
3
年期 3 1 2 , O o 9 382 , 7 3 5 1 6 1 , 0 5 5 ( 1 0 0 ) 5 , 2 9 7 , 3 2 1 ( 1 0 0 ) 14.8%
下 期 2 7 9 , 0 3 3 213 , 0 0 3 8 9 , 792 ( 5 5 . 8 ) 4 , 9 7 2 , 4 5 0 ( 9 3 . 9 ) 1 4 . 2
大正上4
年期 3 0 0 , 9 1 4 288 , 7 4 1 1 3 2 , 8 7 6 ( 8 2 . 5 ) 5 , 1 1 7 , 690 ( 9 9 . 6 ) 1 7 . 8 下 期 407 , 3 9 4 2 4 3 , 7 0 7 1 5 9 , 7 0 8 ( 9 9 . 2 ) 6 , 5 0 8 , 030022.9) 2 1 . 9
表
(A)
第
数 一
指 一 面 一
物 一 一 数 一0
回 目 回 目
一 指 一 / / 印 紙 払 此 臥i :
一 株 一
一 利 一 銭 J J J J J
一 金 一 2 2 2 2 2一券高一明刈
2
刈 ぷ 一 銀 行 一 湖
m m m
一日発一
一 糸 一 瑚 一 円 印 凶 印 凶 一一﹂闘
l雨 J
ー ー ベ
lAl
J 一綿
↑荷 一千
4
ロ 日 日
一一在一 ヱ 糸 一 峨 一 円 制 抑 制 加表 一 二 一 一 尚 一 柳
J J o A
一生 一荷 一千8
4
二
一 し 降 下
│ ‑
│
‑‑‑‑‑︑‑戸阿国司FH
阿
・
FVM.
第一 l
¥
一 引 に 内 庁
L︐
項
¥ 月 一 日
¥ 年 一 大
9 4 . 9 9 3 . 2
9 1 .
(金融事項参考書
j
9 6 . 0 2 2 . 1
9
月9 1 . 5 3 8 5 , 5 8 9
8 9
0 4 72
•••
2 6
守 よ
1
ム1
ム7 1 9 4 9
・2 1 2
月9 7 . 9 2 . 1 5
3 2 5
,1 8 1 1 0 3
n o n o a u n 3
円
i
守d2 5 . 4
大正4年3月
1 0 5 . α 1 0 4 .
民Uハ
b
6 8
••
n U Q U
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i
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噌la噌
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2 . 0 1
2 2守t円0
••
噌i唱i
︑
3 3 7
,4 4 7
n u n 6
門i司3
p h u ' E 4
︐︐
n L n u ヨd q u
q 3 8
佳
qunu
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噌i η J H
噌Eム4EA噌E4
8 1 7 1 9 . 0 1 4 . 4 . 6
月9
月一 一 一 一 六 1 2 9 . 1
( 1)
日銀券は月末残高(2
)金利は東京手形割引日歩月中平均(3)
物価指数は大正2年
=100
とする東洋経済調(4)生糸は機械太糸上一番百
斤の、綿糸は左撚二十手ー胞の相場
(5)
木邦経済統計、東洋経済新報社「日本の景気変動
J (上)
2 3 . 0 11 , 0 5 6 1 : 2 7 . 4
1 2
月(3 )
拙稿前掲参照
二︑大
戦 中 ・ の 物 価
第一次大戦は︑行詰り状態にあった日本資本主義にとって︑まさに皐天の慈雨であった︒国際牧支の巨額の受超を
テコとして︑資本蓄積は急速にすすみ︑独占による日本資本主義の支配が確立するのは乙の時期である︒以下大戦時
の日本経済を検討するわけであるが︑まや第二表によって︑開戦のあたえた影響からみてゆ乙う︒開戦の打撃は︑ま
・や国際金融の面にあらわれた︒ロンドY市場は為替取引を停止し︑園内では外銀は輸出為替の買入を拒否し︑他方︑
海運は蒜癖状態におちいった︒乙のため輸出はのび・子︑生糸・綿糸の滞貨は三年下期に・おいて激増し︑相場は低落す
る︒重要原材料の輸入も滅ダした︒乙のため生産は縮少しJそれは手形交換高の減少︑事業計画資本高の減少となっ
てあらわれる︒乙のようた現実資本面のうどきは︑とうぜん金融に反映し︑三年下期には各地に銀行の取付が告と
り︑金利は年末にいたるまで高水準にある︒日銀・券も減少し︑物価・株価ともに低落する︒かくして開戦は前年来の
不況を一層深刻化したのである︒
さて︑事態はまや輸出の増加を原因として好転した︒すなわち輸出は四年下期から大巾の増加をしめす︒乙れは
ロシアの軍需品買付がとのとろから増加した乙と︑東洋諸国のじゅうらいの西欧からの輸入品の代替輸入がはじまっ
たととによるものである︒好転の他の原凶は︑金利低下に象徴される金融緩慢であって︑乙れは開戦の混乱がおさま
るにクれて︑不況期の事態を表現したものにすぎ友い︒とれらを支柱として︑景気は四年下期より好転し(第二表)?
五年以降好況段階へすすむ︒
第四表によれば︑貿易牧支は連年黒字をしめしているが︑乙れは輸出の飛躍的友増加によるものである︒輸出は︑
連合国の軍需品・消費財の需要︑後進国の代替需要︑新規市場の開拓︑によって増加したが︑それとともに後述のよ
金輸出禁止下の物価
(
→
一三 七
場細川;組組
1111
1'(第三表産業別計画資本高(単位千円)
li よと昨年 5 年 6 年 7 年 云よと i 犬正 4 年 5 年 6 年 7 年
銀、行業
300 , 0917392 , 37 38 1889 , 474) 9 24077 , 458 (100) (127) (5 (778)
(内)ガ970 1.130 700 470 ス (1 00) (1 16) (72) (48)
一、
倉庫及信託業
l0 , 800)0363 , 100 402 ・, 02 20 656 , 22 72 (100) (339) (2 , 223) (3 , 626}
(内)紡績100 , 500641 , 900 23 , 350 331 , 470 (100) (618) (222) (319)
保険
業120 , 400)02(520 , O2 OO (100) (202) 152 , 500 (125) 6(048 , 500 8)
(内)製織8lo , O00399 , 745 (1 00) (497) 3(949 , 434) 5 1154 , 4190 6 (1 , 440)
運輸.
業6(610 , 14084 , 375 2233 , 832) 5 311 , 975 0) (128) (3 (472)
(内)化学工業45O , 770766 , 27 50 12928 , 629 185O , 235 (100) (1 67) (283) (405)
(内}鉄道及軌道3710 , 240236 , 2 155 56
.400 739 , 782) 5 (100) (62) (151) (1
内)機械器具工業5O , 643339 , 335 ・ 72 , 2 , 855 10 164 , 9 , 150 (1 00) (591)‑ (1 , 285) (2 , 909 )
(内)海運27O , 95059l , 600 (100) ‑ (213) 1617 , 200 (577) 1950 , 950 (701)
(内)造船及船渠1(410 , 098) 0 75 , 850 (52) 793 , 870 (533) 5(838 , 030 7)
鉱業197066 , 3 , 850 1875 , 94 95297790 (100) (3 , 393) (9 , 543) (15 , 116)
(内)窯業(410 , 4050167 , 450 51.927 736 , 86 98 (370) (1 , 167) (1 , 661)
電気業410 , 04)687518 , 309 (1 00) (182) 922 , 617 (223) 1557 , 86) 15 (3
(内)金属4O , 320154 , G7O1 O (100) (347) 1146 , 55 95 (2 , 653) 1371 , 360 (3 , 179) 一一一一一一一
Tー一一←一一一 ー宇 一一一←ーー一一一一ー一一ーーー一一一ー一一一一ー‑‑
製造工業
107O , 13331029 , 760 (100) (290) 58(654 , 858) 6 87(882 , 07) 69 メロ
ミ計 2480 , 307955203 , 0121 , 2540 , 2081 , 8665 , 300 (100) (231) (505) (751)
(持
E
経詰統計}(単位午円)
ア 二 引 証 4年 5年 6年 7年
7 0 8 , 3 0 6 1 , 1 2 7 , 468 1 , 6 0 3 , 0 0 5 1 , 9 6 2 , 1 0 0 輸 5 3 2 ; 4 4 9 ' 7 5 6 , 4 2 7 1 , 0 3 5 , 8 1 1 1 , 6 6 8 , 1 4 3
貿 易 外 政 支 │6 9 , 1 0 0 ~77 , 000 4 1 5 , 5 0 0 5 7 8 , 000
株新 式規 払及 社込 債金I 1 5 0 , 9 5 8 3 4 3 , 586 704 , 8 0 5 8~5 , 0291
手 形 交 換 高│ω 2 5 , 7 2 0 2 0 , 2 p 4 , 7 4 9 3 1 ,
列9 5 1 5 3 ,九 3781
日 銀 券 発 行 高 │
3 0 8 , 6 8 2 3 8 6 , 847 5 4 4 , 6 0 4 7 4 7 , 976
卸 売 物 価 指 数 │
1 1 3 1 3 7 1 7 5 2 2 5
株 価 指 数 │
1 3 9 . 8 6 1 8
1.2 7 1 8 0 . 3 5 1 8 3 . 8 9
表四
第金輸出禁止下の物価
{
→
( 1
)貿易外牧支は井上準之助「我国際金融の現状及改善策」附表よりo
(2)
日銀券は年中平均。(3
)物価・株価指数は大正3年7月=100
とする日銀調の牢末。
(4)
本邦経済統計。うに︑為替相場を人為的に低位に維持し党乙とにも
よる乙とを銘記すべきである︒
かくして︑貿易外牧支とともに︑大戦中の国際牧
支は二八億円の受超と怠った︒乙のようた輸出の増
加と︑六年上期まで金融が緩慢であったとととをテ
コとして︑資本蓄積が進行する︒乙の乙とは︑株式
および社債の新規払込金の累増(第四表)︑怒らび
に産業別事業計画資本高のうどきをしめす第三表か
らあきらかである︒後者は︑そのすべてが現実資本
化して︑生産力を高めたとはいえたい∞にしても︑
大略の見当をクけるととはできる︒それによれば︑
大戦好況期の資本蓄積は︑製造工業を中心として進
行し︑たかでも化学工業︑機械器具工業︑造船およ
び船渠︑金属工業︑た
E
の重化学工業の蓄積が中心であった乙とがうたやけよう︒製造エ業以外では︑
鉱業︑海運︑銀行たどの蓄積がいちじるしい︒この
よう注資本蓄積の進行は生産の増加を結果し︑それ
は手形交換高の増加︑株価指数の上昇と怠ってあら
われているめ︒生産の増加はさらに輸出を増加させ
る(以上第四表)︒
以上を要約すれば︑大戦時の好況は︑輸出増←投
一三
九
経 営 と 経 済
一 回 ︒
資日資本蓄積増←生産増←輸出増たる過程をくりかえしたがら進行したのであって︑乙のよう放運動の連鎖のドライ
グイシグ・パワーが国際牧支の受超にあった乙とは︑もはやあらためて指摘するまでも・なかろう︒
詰
(1 ) たとえば生産高は大正三
t
入年に︑製造工業は四・七倍︑機被器具工業は七倍︑金属工業は六・五倍の増加(いずれも生産価額の倍率)であって︑計画資本高にはおよばないロ
戸2
)
いま生産の増加を︑生産物量の観点から検討すれば︑大
E
四年
を一
一
υ
一として︑最高時(綿糸の五年以外は七年)には︑υ
生糸
H
一四
三︑
綿糸
H
一一
二︑
銑鉄
H
一九
三︑
主要
圧赴
鋼材
H
一五
一一
︑石
炭
H
一三
八︑
染料
H
一五
七五
︑造
船
H
八九八︑発電力日
一二
七で
ある
︒ さて︑乙のような現実資本面での発展は︑金融商に反映し︑あるいはとの面からパック・アップされてい怠ければ たち友い︒好況が国威牧支の受超を推進力として進展したのである以上︑金融のメカニズムも︑との国際牧支の受超 の金融(以下簡単に出超金融とよぷ)を中心としてうごく︒既述のょっに︑大戦中の国際牧支の受超は二八億円の巨
額にhおよぶ︒という乙とは︑為替銀行はとれだけの為替の買持をした乙とを意味し︑やがて為替の期限がくれば︑そ
れだけの金もしくは外貨を手持dジするととになる︒さて︑為替銀行は為替の買入のためには︑圏内でそれに等しい円 資金を調達し怠ければならない︒しかも短期間にとのような大量の外貨パラシスの蓄積が生じたので舟渇から︑円資
金の調達は困難となる︒乙のぼあい︑もし受起の増加につれて為替相場が引上げられるならば︑輸出は抑制されるか
ら︑外貨パヲ
Y
スの犬量の蓄積も烏乙らや︑円資金調達に困るとともなく︑問題は解消するはやである︒けれども当時はむしろ︑このような為替相場の引上げを妨げる政策がとられた︒というのは︑もともとわが国は入超国であり︑
したがって政策遂行者・プルジ冨アジーは︑党えや正貨欠乏に・おびやかされ︑窮乏の正貨をいかに補っかに悩まされ
つづけてきた︒明治末期の正貨危機はその典型である︒したがって大戦によって思わざる国際牧支の受超にめぐまれ
ると︑乙の際できるだけ多くの正貨
H
金を蓄えよっといっ思想が支配し︑そのための政策がとられたわけである︒重金思想
H
政策︒そのためには︑為替相場はできるだけ低位に維持しなければならない︒とのょっに重金政策から︑為
替相場の低位維持が要請されたので︑為替銀行は増大してゆく受超の円資金調達に狂奔せざるをえない破自になる︒
a ‑
かくして︑為替銀行はどのようにして円資金を調達したのか︑また調達したた結果として二八億円にのぼる外貨パラ
γスが蓄積できたのか乙乙に出超金融の金問題の核心がある︒
さて︑為替銀行の円資金調達には︑自己資金金主び予金︑コール吸牧の主う友一般金融市場かちの借入︑日銀の外
国為替貸付︑取得した金の輸入たどの方法がある︒為替銀行はまや︑自己資金および手金︑さらにコール資金の吸牧
によって出超金融をつけた︒受超額が大きく危りはじめた四年下期から五年上期にかけては︑犬休乙の方法によった
もののようである︒乙の乙とは正金銀行の為替買持額に比し日銀からの外為借入残高が少ない乙と(第五表︑乙のと
きは︑外為借入はむしろコ1ル返済資金)︑および為替相場が平価(お主弗)めに到達したのは四年一二月であり︑
受超額に比し︑上昇が遅いととによってつな宇けよう︒けれども︑いかに金融緩慢だからといっても
l
それは好況期にはいってのち︑六年上期までクづく︑その理由にクいては後出
l
コール市場は十分発達せ宇資金量は少なかったから︑為替銀行の吸牧額が増加すればレ
1 tは上昇する︒コール・レ
I T
上昇←為替銀行は外国為替を安く買う←為替相場上昇︑とならざるをえない︒じじっ︑為替相場は五年六月には
ω
弗に達した︒乙乙で前述の為替相場低位維持にとっての︑日銀の外為貸の意義があきらかになる︒その金利は比較的低かったので︑為替銀行は相場をあまり上げな
いですむからである︒かくて五年下半期以降は外為貸への依存度は急激に高まってくる︒けれども出超がクづくかぎ
り︑為替相場はしだいに上らざるをえや︑五年十月には金輸入点目旬︒ま弗に達したD乙のように一方では外部からの
借入金によって円資金を調達し
τ
出超金融をクけながら︑他方で為替相場が上ると︑為替銀行の採算はおびやかされる︒ま宇第一一はユーザ
Y
スピルのぼあいに相場上昇からくる金利差損である︒たとえば平価から金輸入点・震で上るとこ形の損失となる︒当時︑金の自由な輸出入をみとめていたのはアメ9カと日本だけであったから︑為替銀行の外貨
パヲ
γ
スはアメリカに蓄積されていた︒そとで第二は日米両国間の金利差(四必)による損失である︒為替銀行にかぶさってくるニクの為替リスタP為替銀行の立場は困難となるJそ乙で出超金融の円滑化のために︑政府・および日銀
が介入してくる︒介入は︑為替銀行の円資金の調達がニ系列を註していたから︑それにおうじて最乙怠われる乙とに
なる︒ま宇第一は
金輸出禁止下の物価
付
四
経 営 主 経 済
四
為替
銀行
のコ
1ル疲牧←為替銀行の輸出為替買入←為替銀行の在外資金増加←政府が一般会計剰余金・予金部資金によって︑と
の在外資金を買入れる︿
為替銀行の輸出為替買入
h ‑
正貨準備増政府は金を輸入して日銀に売却八
K
免換券増発﹄とれがまた政府の為替銀行の在外資金買スの資金となるという系列であって︑政府が在外資金を買入れる︒とれは右のメカニズムを通じて正貨準備発行の日銀券の増発と怠
p
︑それは為替銀行を通じて︑輸出業者・輸出産業資本へ流入してゆく︒第二はUA保証準備増発為替銀行の日銀外国為替貸付借入ヘ
4
為替銀行の輸出為替買子為替銀行の在外資金増︿日銀の為替銀行在外資金買入←日銀在外資金増←在外資金の日銀正貨準備繰入
U司
正貨
準備
増 ー政府の一般会計剰余金・予金部資金による為替銀行在外資金買入
1
・金輸入←日銀へ売却ハJA
比換
券増
発 という系列であって︑と乙でも保証準備発行・正貨準備発行の日銀券の増発がお乙り︑乙れが経済界に流入する︒以 上の二系列は︑けっきょく︑政府および日銀︑と︿に前者が為替銀行の在外資金を買入れるととに工って︑両国の金 利差からくる損失を肩代りして出超金融を円滑化しようとしたものである︒政府の果した役割がきわめて大きい乙と
は︑五年
t
六年九月までの聞に政府が三一一百万円の金を輸入している乙とからあきらかであろう(乙のほか七年に約四百万円を輸入しているが︑以上の合計は︑第五表の在内地正貨のうどきとほぼマッチする﹀︒したがってとのこ 系列から︑主として正貨準備の日銀券が増発される︒乙の日銀券の増発のため︑六年上期まで金融は緩慢であった(
第五衰)︒産業資本は一方では輸出代金︑他方では金融緩慢に乗じて有価証券組保借入仰による潤沢な資金︑の供給
をうけてととに資本蓄積が推進されてゆ︿︒
、
第五表出超金融関係諸指標(単位千同)
よぐと
大正6 4 年
月12
月56 年
月12
月66 年
月9
月12
月76 年
月11
月12
月 日銀外国為替貸付金9 ,. 484 3
1.271 32 , 424 142 , 209 122 , 986 131 , 759 208 , 872 245 , .466 401;3Q5 444 , 225
正金外為借入残高5 , 758 20 , 787 22 , 849 118 , 901 118 ,, 337 131 , 759 197 , 797 230 , 532 395 , 314 /
台銀外為借入残高
3 , 726 10 , 484 9 , 575 23 , 308 4 , 649 o 11 , 075 14 , 934 5 , 991 /
正金買為替残高
111 , 917 144 , 736 167 , 849 255 , 733 672 , 884 / 411 , 774 403 , 100 / 556 , .425 銭
金罪。2.32 2.08 2.03 2.04 2. u‑ 2 2.02 2.03 2.00 2.07
、2.12
日銀券発行高337 , 447 430 , 138 429 , 33 Q. 601 , 224 605 , 918 658 , 183 831 , 371 809 , 468 937 , 9351 , 144 , 739
(内)正貨準備217 , 768 248 , 417 270 , 617 410 , 519 486 , 520 622 , 748 649 , 618 645 , 398 716 , 351 712 , 925
(内)保証準備119 , 678 181 , 720 158 , 713 190 , 705 119 , 397 35 ,43~ 181 , 753 164 , 070 221 , 5&4 431 , 813
日銀所有正貨総額324 , 629 362 , 660 359 , 899 452 , 631 569 , 298 〆 718 , 668 725 , 940 / 733 , 102
謹白地正貨120 , 895 136 , 785 137 , 656 227 , 504 339 , 580 L. 461 , 346 457 , 148 / 452 , 602
( 1
)正金買為替残高は月末。(2
)金利は東京市中貸付日歩の月中平均(3
)日銀券は月末残高(4)
明治大正財政史第十七巻、本調経済統計、金融事項参考書。
制(同)同~~高存者来胆睦限~.Q~-Il-略耳慣。~ト~~υ。
(~)者 m,喧騒tt:: Q 母岡田岳'持軍組漁堀越細田@全ミ掛~"1<出直時 =11~ ・j,J渓 P 同時=匝~・ 111 ま, ‑!C
時=roID
・111
渓P平時Erol求手)~ε、p同母2首位Qi耳寝t!~器材羽越e誕!Iu叫!{)..,@QfJ~tQ(~謡冊陣~稿、細)
姻揮坦轍‑t:ltム@母車工・・ー
lmlll
経 営 と 経 済
一四
四
さて︑乙のようにしてまがり怒りにも︑出超金融をつけていたときに︑六年九月アメリカの金輸出禁止にクづいて
日本の金輸出禁止にクづいて日本の金融出祭止(註)が怠され︑ととに出超金融はにわかに重大た困難にクきあたっ
た︒プメ刊リカの禁止前には︑在外資金買入←金輸入←金準備発行先換券増発というメカニズムによって︑とにもか︿
にも金融をつけてきたのであるが︑禁止後は金輸入ができ危いのだから︑それを準備とする先換券の増発もでき怠
い︒産業資本の資本蓄積が進行しているから︑との面からの先換券の増発ができ怠ければ金融は引締ってくる︒コー
ルの吸牧は困難に怠る︒そとで︑為替銀行の問整金調達は日銀の外為貸依存へと魚速に傾斜してゆ︿(第五衰)︒すた
わち︑金輸出禁止後の出超金融は
︑保証準備増発為替銀行の日銀外国為替貸付借入ハ〆為替銀行の輸出為替買入
l e
L連日銀の為替銀行在外資金買入
J
日銀の在外資金増←在外資金の日銀正貨準備繰入為替銀行の在外資金増ヘ〆政府の一般会計剰余金・予金部資金恥国庫証券発行による為替銀行の在外資金買入という系列でおとなわれたのであって︑とれは保証発行銀行券の増発へみちびいた︒すなわち七年中に約三億円の増
発と友り︑とのため金融は七年にはあまり蓮迫せや︑為替銀行はコ1ル資金も吸牧し︑月月の残高は約一億円︑最大
のときには二五千万円におよんだ︒けれどもやはり円資金の犬宗は外為貸であり︑日銀券はほぼ乙れにマッチして増
発されている︒だが︑日銀も乙のような保証発行を無限につづけるわけにはいかない︒さらに︑取得在外資金の正貨
準備繰入によって正貨準備発行ができても︑準備になる在外資金はいつ凶牧できるか不明であり︑たとえ回牧できて
もそれまでの聞は相場上昇の
n
リスクはまねかれないから︑正貨準備として適当ではない︒にもかかわらや︑七年一一一月の日銀所有正貨のほとんど全額が発券準備になっている︿第五表)ととから︑在外正貨を準備とする発券がなされていたととは疑い怠い︒けれども乙の方法にも既述の欠点があるから無限におとたうととはできない︒ととに政府の
円)
言 ト ゴ 三 │ 大
FF 8 月 9 月
米 1 5 . 9 7 1 6 . 8 1 1 5 . 6 0 1 2 . 2 0 1 3 . 0 4 ( 1 0 0 ) ( 1 0 5 ) ( 9 8 ) ( 7 6 ) ( 8 2 )
.
味 噌 2.94 3 . 0 0 3 . 0 3 2 . 7 0 2.78 ( 1 0 0 ) ( 1 0 2 ) ( 1 0 3 ) ( 9 2 ) ( 9 5 ) 木
炭0.56 0 . 5 9 0 . 5 9 0 . 5 9 0.56
( 1 0 0 ) ( 1 0 5 ) ( 1 0 5 ) ( 1 0 5 ) (00) 染 斜 2 . 7 2 2.72 3 . 0 0 8 . 5 0 9.08
( 1 0 0 ) ( 1 0 0 ) ( 1 1 0 ) ( 3 1 3 ) ( 3 3 4 )
鎗1 2 . 7 3 1 2 . 7 0 1 8 . 3 3 1 2 . 0 0 1 4 . 6 0
( 1 0 0 ) ( 9 9 ) ( 1 4 4 ) ( 9 4 ) ( 1 1 5 ) 曹 達 5 . 0 5 1 6 . 4 0 1 1 . 7 3 5 . 6 5 6 . 9 0
( 1 0 0 ) ( 3 2 5 ) ( 2 3 2 ) ( 1 1 2 ) ( 1 3 7 )
官点
子
板7 . 1 5 1 0 . 0 9 1 3 . 5 0 1 2 . 5 0 1 2 . 7 0 ( 1 0 0 ) ( 1 4 0 ) ( 1 8 9 ) ( 1 7 5 ) ( 1 7 8 )
金 属 平 均 指 数85.4 1 1 6 . 7 1 2 0 . 0 1 0 7 . 5 1 6 5
織平物均及同原指耕数の
97.8 94.2 9
1.7 87.6 9 2 . 5
物 価 指 数
1 0 0 1 0 1 1 0 3 9 5
開 戦 不 況 時 の 物 価 (単位
表
第 六
金輸出禁止干の物価
tオ
(2
)物価指数は日銀調大正3年 7
月=100(1)東京市内卸売物価
(3
)金融事項参考書介 入 の 意 味 が あ る
︒ す な わ
ーヨ︑政府は一般会計剰余金・
予金部資金のほかに臨時国庫
証券を発行し︑後者だけでも
一五千万円の在外資金を買入
れている︒七年一一月現在の
政府の在外資金買入総額は一
三五九百万円におよんだの
とのような政府・日銀の撰
助にもかかわらや︑為替銀行
の為替買持高は累増していっ
た(第五表)︒しかも片為替
の発生による輸出為替の邦銀
への集中は乙のいき沿いを助
長し︑為替相場はしだいに上
りはじめる︒すなわち七キ五
月 の 臼 弗
︑ 八 月 包 ま 弗
︒ 前
述のこっの為替リスクが作用
する︒ついに為替銀行は輸出
為替の買取りを渋り︑あるい
は先物予約を停止するにいた
一四 五
経 蛍 と 経 済
一四 六
った︒それでも輸出する危ら︑為替リスクは輸出業者の負担となる︒
た︒七年五・六月頃のととである︒
以上によって︑大正四
t
七年の金融のメカニズムは出起金融を中心としてうどいた乙とはあ合らかであり︑乙のメカエヌムを通じて正貨準備︑保証準備の発券がなされたのである︒とのような現実資本の面・および金融面!とくに日
銀券の増発!のうどきは︑物価に
E
のように作用したであろうか︒註出超にもかかわらず︑金輸出禁止をした理由については︑比稿前掲(金融経済四川号)参照
ま宇開戦時の物価むついてみれば︑'その変動には三つのグループがみられる︒第一は輸出関係であって︑生糸は輸
出減少︑滞貨の増加のため価格は年末まで急落している︒綿糸は原綿の暴落︑銀塊相場の下落による対支輸出の見透
し難から︑乙れまた年末まで急落している(第二表)︒その他一般に輸出関係商品は下落した︒第二に輸入関係商品
は対照的な騰貴をみせている︒なかでも曹達・硝子板は︑輸入の社一絶をみとして八・九月に急騰してのち年末にいた
って低落している(第六表)が︑乙れが輸入関係商品の典型的なうときであって︑乙のほか石炭酸︑グリセリシ︑重
曹が類似のうCきをみせている︒輸入商品では危いが︑おなじく騰貴したものに海上運賃・保険料がある︒第三に味
︑晴︑木炭のような純園内商品は︑あまり変動していない︒米は前年来の不況に豊作がくわわって非常た下落をみせて
いる(第六表)︒つぎに消費財と生産財とを対比してみよう︒織物・および同原料の平均指数は年末まで急落し︑その
下落率は一O%であるにたいし︑金属平均指数は八・九月に暴騰して一O月には下落し︑年末からふたたび反騰して
いる︒消費財の下落(乙れは指数が輸出関係商品中心に怠っているととにもよる)にたいして︑生産財は輸入関係商
品とほぼおなじうどきをしめした乙とがしられよう︒かくして全体としてみれば︑開戦当初ニヶ月間には輸入関係商
品の騰貴のため︑物価指数も一︑t三%上昇したけれども︑それが反落に転じて以後は︑前年来の不況を一一層深刻化す
るかたちとなり︑年末の物価指数は五%だけ下落しているのとの傾向は翠年になってもつづき︑六月になってはじめ
て︑物価指数は三年八月の水準までもどしている︒かくして︑開戦から四年上期までの物価は開戦当初二ヶ月間同の混
乱を別とすれば︑不況期の反映と考えてよい︒ ととに輸出は金融の面から行詰りに長ちいっ
拾 の ク よ ー ぎ ぶ 七 に
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ま 高 年 ゃ に 下
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じ 率 指六 第 、 月 。 昇 じ て 年 そ す っ と 似 が 品 価 出 め は 数 年 七 五 } っ せ る い ー の る た く の い は 格 商 る 九 は
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か 。 期 六 米 た 匂 運 tで ぺ は 戦 き る に 上 種 年 に 時
(単位円)
手~!鳴年 i2官 6 6 年 月 9 月 1 2 月 7 1 1 年 月
輸 係 関
出生 糸 1 O .05612
,2801
,22613
,43712
,3 0 0 l 5
,5 8 5 ( 1 0 0 ) ( 1 2 1 ) ( 1 1 6 ) ( 1 3 6 ) (23) ( 1 5 0 ) 綿 糸 1 2 1 . 5 7 1 8 2 . 0 1 260.71 272.98 295.12 3 5 8 . 1 1
( 1 0 0 ) ( 1 5 0 ) ( 2 1 4 ) ( 2 2 5 ) ( 2 4 3 ) ( 2 9 5 ) 8.77 1
1.1 3 1 0 . 3 3 1 0 . 4 5 9 . 0 5 2 9 . 2 0 ( 1 0 0 ) ( 1 2 7 ) ( 1 1 8 ) ( 1 1 9 ) ( 1 0 3 ) ( 2 9 5 )
4.63 5 . 0 0 . 1 5.666.056.3613.82 関 石 油 ( 1 0 0 ) ( 1 0 8 ) ( 1 2 2 ) ( 1 3 1 ) ( 1 7 5 ) ( 2 9 8 ) 係 金 巾 4 3 3 731.74 8 8 8 . 0 4 1
,1 8 6 . 2 6 1
,1 2 3 . 6 6 1
,5 6 9 . 6 0
( 1 0 0 ) ( 1 6 9 ) ( 2 0 5 ) ( 2 7 4 ) ( 2 6 0 ) ( 3 6 2 ) 米 1 3 . 3 6 1 6 . 7 0 2 0 . 3 0 2
1.4 5 23.86 40.03
( 1 0 0 ) ( 1 2 5 ) ( 1 5 2 ) ( 1 6 1 ) ( 1 7 9 ) ( 2 9 9 )
一 一 一 一 一 一
株 価 指 数 1 4 0 1 8 1 1 9 5 2 0 5 1 8 0 1 9 2
物 価 指 数 1 1 3 1 3 7 1 5 3 1 7 2 1 7 5 2 2 5 大 戦 好 況 時 の 物 価
表 七 第
金輸出禁止下の物価
← ぅ
(1)輸入関係は東京市内卸売物価 (2 )生糸は横浜市場機械太 糸上一番百斤の現物相場の月中平均 (3) 綿赤は大阪三品市場、
左撚二十手ー悦の当限相場の月中平均 (4 )株価・物価指数は日 銀調、大正 3 年 7
月=100(5) 金融事項参考書、本邦市長治統計
一四 七
経 営 と 経 済
一四 人
ら上昇する︒さらに輸出の増加による景気の上昇のため︑資本蓄積が推進されたので︑五年下期以降生産財・建築材
料が騰貴する向︒かくして︑乙の期に沿いても︑輸出入口問価格の騰貴がいちじるしく︑純圏内商品のそれはおくれて
いる︒とのととが・おなじ輸出品でも︑生糸と綿糸の騰貴率の差を説明する一助となる︒生糸の原料は純国商品である
巴・たいして︑綿糸の原料たる綿花は輸入品だからであるぬ︒
かくしてとの期の物価の指導力は︑現実資本面の発展の推進力が輸出であった乙とから推測されるように︑輸出関
係商品であり︑その指標が前述の生糸および綿糸にほかならない︒さらに︑との輸出の増加をテコとして生産が増加
し︑資本蓄積が推進されるにクれて︑一方では輸入原材料価格の上昇(それには特殊事情を含むものもあるが)を結
果し︑他方では純国内商品価格を騰貴せしめるというかたちで︑一般的な物価騰貴にみちびいたもののようである︒
註(1)たとえば︑九州l
シシガ品 1
ル間運賃は四年ご一月の八円から七年八月には二七円へ︑傭船桝は四年一一一月の九円から七年六月の四七・五円へ上昇している(高橋亀吉﹁大正昭和財界変動史一亡六七一貝)︑
(2 ) たとえば︑洋鉄は五年六月
H
三)七︑七年一リ月H
七九三︑石炭はそれぞれ九五︑二八五であり︑セメントは一三︑二 一ニ二︑木材は一j
入︑.二州}一︑瓦は一.一一︑一九六となっている(いずれも大正三年七月H一JO
)
︹3
) もちろん制糸の権一貴率が大きい理由はこれだけではなく︑運貸の4一昇のほか︑需要面では銀相場の一昇により中国・印度
の講買力が増加し︑供給面では英米の紡績機械輸出の禁止のため国内生産のできぬ当時では︑設備の増強が妨げられたこと
など
にも
よる
︒
さて︑このような物価騰貴の原因・およびその性格についてはどう考えるべきであろうか︒現実資本の面と金融面︑
とくに通貨との関係に・おいて考えてみよう︒川合一郎氏によれば︑大戦中の生産力の発展は︑生産物価格の点からみ
ると四倍にたっしているが︑量的にみれば一・八倍にしかすぎないの︒これにたいして︑日銀券は二・四倍︑予金通
貨のは四・六倍(第四表
V
︑両者の合計では四・五倍となる︒さて︑右の生産物価格と'いうのは工業生産物のそれであるから︑とれに農業生産物その他をくわえると︑通貨量は生産物価格総額にほぼ見合っていたと考えられる︒とれ
は現実の流通量が流通必要量にマッチしていたということである︒というのは︑生産物の価格総額が四倍というとと
は︑価格がすでに騰貴してしまった観点
H
事後的観点からみての乙とでるる︒かかる観点にたクかぎり︑現実の流通
量と流通凶要量とはほんらい一致すべきものだからである︒けれども生産物を量的にみれば一・入倍にすぎ友いとい
うととは︑価格騰貴のプロセスにおいては︑流通量が必要量左上姐っていた乙とを暗示する.とすれば右にのペた物
価騰貴は︑イγフレ下のそれではなかろうか︑という疑問が生じてくる︒しかも乙の時期の後半には金輸出禁止が実 施され︑日銀券は不換銀行券
H
紙幣化しているのだから︑右の疑問はまずまず正しいようにみえてくる句︒呆してそ
うであるうか︒
インフレならば︑価格標準は切下げられているは宇である︒そ乙で︑との価格標準の諸指標にクいて検討してみよ
う︒まや金の市場価格︒六年九月の金輸出禁止とともに︑金の市場価格は戸匁五円から五円七O銭にはね上った︒と
れは金貨の鋳潰しが禁止されたため︑産業その他に使用する金は新産金以外にはな︿なったからである︒したがって
騰貴は需給関係の変化によるものである︒しかも正金銀行が政府の指示により義歯・および工業用
F
たいしては造幣価 格で米弗金貨を売りはじめたので︑やがて市場価格もとれに一致した︒したがってとれは指標たりえたい︒つぎに物 価水準︒物価の性格を問題にしているζ
とでは︑とれは指標たりえない︒残るととろは為替相場であるが︑とれは上昇している︒もしイ
γ
プレによる物価騰貴である︑ならば︑為替相場は下落する(外貨建)は宇である︒物価騰貴にもかかわら宇為替相場が上昇しているのは︑国際牧支の受起のためであって︑価値関係のうらやけをもっ︒とのように
価格標準の三つの指標は︑それが事実上にもせよ切下げられていたととを註んら証明したい︒したがって︑イシフ
μ
物価では怠いという乙とになる︒では︑物価は危ぜ騰貴したのであるうか.金輸出祭止前と禁止後とに分けて考察し
干
4
m R
ノ︒
金輸出禁止前︒四年下期以降の輸出の増加によって︑その関係商品が需給関係からまや騰貴する(第七表)︒さて
輸出増加を金融面からみれば︑既述のように︑コール資金の吸牧その他による輸出為替の買入←為替銀行の在外資金 増←政府がとの在外資金を買入れる︒政府の買入資金は一般会計剰余金・予金部資金であり︑民聞から吸いあげた資
金でもって買入れるのだから︑とれによっては通貨は怠んら増発され怠い.つぎに政府はとの買入れた金を輸入し︑
金輸出禁止下の物価
← ぅ
一四
九
経 営 と 経 済
一五
O
日銀に売却し
τ
免換券を入手する︒乙乙に銀行券の新規増発が生じる(既述のように︑乙の時期の外為貸による保証準備発行は少額であり︑また︑日銀の在外資金買入による正貨準備発行があるが︑典型的なのは乙の政府介入のぼあ
いであるから︑いまはとれだけ完説明すればたりる)︒乙れが産業資本に流入して生産は増加する︒乙のため︑輸入
増←輸入関係商品の価格騰貴仰と怠って全般的念物価騰貴にみちびく︒さて︑右のメカニズムによって増発された
銀行
券は
︑
wjG
なきGIW
の役割を果すととに怠る.その発行は︑商品の実現とは無関係だからである︒けれども︑乙の銀行券の運動には1生産の増加による商品価値の増加がクきまとっているl
乙の銀行券は産業資本の循環のなかに組みいれられるからーだけでたく︑金本位制下であるからとれが累積して﹁減価﹂する可能性はない.乙のよ
うに
︑
wlG
危き
Glw
によって流通量が必要量を乙えても︑商品価値の増加によってたえ宇事後的に訂正される関係にあり︑またとのようた銀行券が﹁減価﹂する可能性も怠かったのである︒したがって物価騰貴は価値関係のラら宇けをもって
b p
︑実質的友勝貴といってよい.
金輪・出禁止後︒乙の期の銀行券のうどきは︑保証準備発行のそれによって左右されている(第五表)︒との種の銀
行券の発行のメカニズムは︑既述のように︑為替銀行の日銀外国為替貸付の借入←保証発行増発であり︑為替銀行は
乙の増発銀行券でもって輸出為替を買入れる︒さて為替銀行が外国為替貸付によって日銀から借入れるぼあい︑その
大部分はあらかじめ買入れた輸出手形・輸入手形を担保とするものであるから︑それによって増発される銀行券は
W
l G
のG
である︒生産増←輸出増の結果︑乙の輸出される商品の実現に必要注ものとしてとのG
は出るからである︒したがって乙の銀行券は︑輸出の増加と︑それにもとやく需給関係からくる輸出商品の価格騰貴に見合って出たので
あり︑輸出商品量とその価格の上昇につれて増発されたものといってよい︒つぎに︑おなじく外国為替貸付であって
も︑在米資金その他を引当として出た銀行券は︑一応
wlG
怠き
GlW
のG
といえる︒けれどもその金額は少たいばかりでたく︑輸出商品が実現され・たのちには︑乙の
G
は商品流通の面からみればWlG
のG
に転化する︒さてとの時期には︑外為貸は累増し︑それにクれて保証発行部分も増加しているから︑右のメカニズムを通じて保証発行銀行券
が流通界に累積したものとみてよい︒けれども乙の銀行券は︑けっき主︿
WlG
のG
であるから︑その数量の増加に︒ょうて﹁減価﹂ずる乙と肱怠いか乙の主う法銀行券定基礎として普通銀行の信用銀造が注されるが︑資本蓄積H
拡宍
再生産の進行にクれて︑長期的・固定的性格をもっ貸出にあてられる部分の比重は圧倒的となる例︒それによって蓄
積される現実資本は︑それが現実に生産力化するまでには相当の期聞を必要とする︒と乙に通貨量と商品の供給との
聞にア
γ
パヲγ
スが生じ︑物価は騰貴する︒乙の期の物価は右のようにして騰貴したものであり︑需給の不均衡の反映であるから実質的主物価騰貴と考えてよいであろう︒
かくして大戦時の物価騰貴は︑価値関係のうら宇けをもク実質的悲それであって
ι
好況時の事態を表現したものにほかたらたい︒との乙とは︑乙の期の物価騰貴が輸出︑輸入︑圏内商品の各グループによって︑ま・完各ペル1プ内の
個個の商品にクいてもきわめて不均等であった乙とからもしられよう︒
註︻
1)
川合一郎﹁金輸出解禁前史﹂(大阪商大経済研究所編﹁一般的危機と日本資本主義﹂)八六頁
(2 )
全国手形交換高の数字
{3 ) たとえば︑藤田武夫教援はインフレと解されている(﹁日本資本主義と財政﹂下入︒
l
一頁
) (4 )
もっとも輸入関係商品の騰貴は︑大戦による輸入困難から︑供給が需要に不足したために生じたものも多いし︑さらに
輸出
国の
物価
騰貴
の反
映に
よる
もの
もあ
る︒
(5 ) 普通銀行貸出総額中︑貸付金の比重は六年六月
l
七年
一二
月に
おい
て六
一
1六六%である(金融事項参考書)
三
︑ 大 戦 後 第
期 の 物 価
( 1
)
犬正七年一一月t
八年三月の物価た戦終了は︑景気の後退をもたらした︒第八表にかかげた諸指標が︑それを物語って・いる︒まや︑生産の減少は手
形突換高の減少にあらわれ︑それは八年二月には八九%の水準におち︑他面では不渡手形が増加している︒前述のよ
うに︑ムヘ戦中の好況は︑輸入できたく怠った商品金主び軍需品定どの戦時産業︑貿易関聯産業を中心としたものであ
金輸出禁止下の物価
付
一 五