利用者に適した 福祉用具の提供
システムに関する研究
2016年10月
長崎大学大学院 生産科学研究科
柴田 昌知
目次
第1章 はじめに
1.1 今後の人口動態について ・・・・・ 2 1.2 福祉用具の現状と課題 ・・・・・ 5
1.3 本論文の目的 ・・・・・ 6
1.4 本論文の構成 ・・・・・ 6
第2章 リハビリテーション病院における福祉用具提供の取り組み
2.1 医療機関における用具・環境支援のための工夫 ・・・・・ 8 2.1.1 生活再建の場として ・・・・・ 8 2.1.2 「テクノエイド部」の開設と役割 ・・・・・ 9 2.2 福祉用具の配備・レンタルシステム ・・・・・11
2.2.1 院内備品 ・・・・・11
2.2.2 外部からのレンタル ・・・・・11 2.3 入院から退院までの福祉用具の適合 ・・・・・13
2.3.1 入院前後 ・・・・・13
2.3.2 入院中 ・・・・・13
2.3.3 退院に向けて ・・・・・14
2.4 教育的役割 ・・・・・14
2.4.1 福祉用具院内認定制度 ・・・・・14
2.4.2 ナビカード ・・・・・14
2.5 福祉用具適応の実際 ・・・・・15
2.6 個別特化した支援 ・・・・・15
2.7 地域に向けた活動 ・・・・・16
2.8 今後の課題 ・・・・・16
第3章 地域人材を活用する福祉用具提供の仕組み
3.1 はじめに ・・・・・17
3.2 市民が協働する組織の連携 ・・・・・17
3.3 支援活動の事例紹介 ・・・・・18
3.4 地域人材の活用について ・・・・・23
3.5 まとめ ・・・・・24
第4章 電動車椅子ユーザーのための操作支援装置
4.1 ジョイスティックコントローラの有効性 ・・・・・25 4.2 赤外線通信を用いた装置 ・・・・・26
4.3 送信部の機構 ・・・・・27
4.4 ソフト概要 ・・・・・29
4.4.1 送信部 ・・・・・29
4.4.1.a 赤外線通信 ・・・・・29 4.4.1.b スリープモード ・・・・・30
4.4.2 受信部 ・・・・・32
4.5 動作評価 ・・・・・35
4.5.1 データ送信評価 ・・・・・35
4.5.2 使用評価 ・・・・・35
4.5.2 患者評価 ・・・・・35
4.6 加速度センサ、ジャイロセンサと Bluetooth を用いた装置
・・・・・36 4.6.1 センサについて ・・・・・36 4.6.2 センサ部の評価 ・・・・・37
4.7 まとめ ・・・・・39
第5章 まとめ ・・・・・40
謝辞 ・・・・・42
参考文献 ・・・・・43
1 |
本論文を書くにあたり
どのような人でも住み慣れた地域で生き生きと生活するにはどうしたらよいか。
この問いに多くの人が取り組み、様々な方策を打ち出している。そこには、誰もが安全で 安心できる暮らしを作ることが必要だと考える。
近年、少子高齢化が進む中で、地域では人口流出が進み、地域の衰退が深刻な問題となっ ている。長崎県内においては、地域に行くと閉められた店舗が増え、また、高齢者のみの家 庭も増え、人々が暮らすうえで以前に比べて安全な生活は暮らせるようになってきたが、心 理的な要素である安心な暮らしは、以前より難しくなってきたように感じられる。その要因 は、周囲の人々とのつながりがより希薄となっていることが大きな要因と考えられる。周囲 の人々に対する無関心、互いに助け合う意識の欠如、近隣との交際を行わない、自治会への 不参加等、以前は考えられないような状況が起こっている。これらは、決して望ましい状況 ではなく、このままの状況が進めば、地域は破たんし、安心な生活は失われる。
人々が、未来において安心な、幸福な社会を求めるなら、現在の傾向と真逆な方向へ舵を 向けることが必要と考えられる。すなわち、周囲の人々とのつながりを大事にし、互いに助 け合う、支え合う気持ちを育んでいくことが大切である。
福祉用具の支援においても、自分でできることの喜びだけではなく、一緒に喜んでくれる 人の存在や、そのような人とのつながりを支えることが重要である。一緒に話ができる、一 緒に散歩ができる、一緒に食事ができる、一緒に旅行ができる。 「できる」ことをサポート するということは、その人らしい生き生きとした生活をサポートするということである。
そこには単にモノというだけではない福祉用具の大きな可能性があると考える。
そして、そのようにして暮らしている人たちを受け入れるだけの地域や社会の度量も必 要であり、そこでもつながりが重要なキーワードになると考える。
このように我々の将来を考えたときに、安心な社会の実現には、人間の心を大切にした社 会の実現が望まれる。本論文では、特に地域で地域性に着目して、人々の関係を重視しての、
取り組みについて述べている。
2 |
第
1章 はじめに
1,1 今後の人口動態について
内閣府の平成
28年度版高齢社会白書
1)による人口推移予測によると、2015 年前後に人 口のピークを迎えた後、減少に転じると予測している。しかし、15~64 歳の生産人口は少 なくなり
65歳以上の高齢者の割合はほぼ横ばいで、 高齢化率は増加をたどるとされている。
そして
2060年には、生産人口
1,3人に一人の割合で高齢者を支える構図となることが予測 されている(図
1-1)。
図
1-1 高齢世代人口の比率出典:平成
28年度版高齢社会白書
このような事態に対応すべく政府は、地域包括ケアシステム
2)を打ち出した(図
1-2)。 これは、団塊の世代多
75歳以上となる
2025年をめどに、重度な要介護状態となっても住 み
慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けていけるよう、医療や介護、予防、
住まいや生活支援等、自己の健康推進や地域の人材やインフォーマルサービスなども活用
し、地域全体で自立を支援し、支えていくことを推進している。また地域包括ケアシステム
構築には、地域の自主性や主体性に基づき、地域の特性に応じて作り上げていくことが必要
であると述べている。
3 |
図
1-2 地域包括ケアシステムの概念図出展:厚生労働省 地域包括ケアシステム
おおよそ中学校区の日常生活圏域を範囲とし、要介護状態にならないための介護予防や 健康増進の活動、医療が必要になった場合には、中核となる急性期医療を行う病院や地域に 帰るための準備を行う回復期リハビリテーション病院、介護が必要になった場合の在宅や 施設などで受けられる介護サービス、そして、それらの仕組みをサポートする県や市町村の 介護保険課、高齢者福祉課、市民協働課、商工課、地域包括支援センターなどの行政や、自 治体や地域で支援を行っている団体や活動など、多くの人々が互いに連携し、お互い顔の見 える関係を築いて構築していかなければならない。一体的にケアを提供するためには、背景 の異なる様々な人々の相互理解が必要であり、また役割の明確化が必要である。
それらを整理するために、平成25年3月の地域包括ケア研究会報告書
3)では、自助・互 助・共助・公助の4つの視点を用いている。そして、地域包括ケア.net
4)では以下のように 説明している。自助は、自分の力で住み慣れた地域で暮らすために、介護予防活動に取り組 んだり、健康維持のために検診を受けたり、病気のおそれがある際には受診を行うといった、
自発的に生活課題を解決する力。互助は、家族、友人、クラブ活動仲間など、個人的な関係 性を持つ人間同士が助け合い、それぞれが抱える生活課題を、お互いが解決し合う力。また、
それらの活動を発展させると、地域住民や
NPO(非営利団体)などによる、ボランテイア活動や、システム化された支援活動となる。共助は、制度化された、相互扶助。社会保険制
4 |
度、医療や年金、介護保険など。公助は、自助・互助・共助でも支えることが出来ない問題 に対して、最終的に対応する制度。 例えば、生活困窮に対する生活保護や、虐待問題に対 する虐待防止法などが該当する。4つの視点の基本は自助であり、健康で自分らしく暮らし ていきたいという気持ちと、実際に健康管理を行い、自立して生活を送ることができるよう に、自分自身を大切にして尊厳を持ちながら生活を行うという心構えと行動が最も大切な ことである。しかし、自助は、あくまで自分だけの力となるので、どうしても限界がくる。
また、自分ひとりだけで、年老いて身体が思うように動かなくなっていく高齢期に、自分ひ とりで何とかするという考えでは、モチベーションも続かなくなる。つまり、自分自身で行 き詰った時のサポートが必要であり、時によっては、自身がサポートする側に回ることもで き、役割を持ち続けられる、人と人同士が支える互助が必要となる。また、互助で支え合う 事は、支えてもらう側よりも、支える側の力のバランスが高いときは良いのですが、あまり にも支えてもらう側の負担が増えすぎると、支える側がギブアップしてしまい、互助の関係 性が壊れてしまうことがある。その場合には、第三者の介入が必要となる。そこで、必要時 には自身の権利として利用ができる共助が登場し、自助を支え、互助の負担を減らし、バラ ンスを整える。自助・互助・共助で支えあっていても、どうしても解決が出来ない課題には、
最終的に公助が対応する。
図
1-3 「自助・互助・共助・公助」からみた地域包括ケアシステム出展:平成25年3月 地域包括ケア研究会報告書
このように、地域ケアシステムでは、様々な「人」が協力し地域を支えあうという構図で
あるが、前述のように基本は自助であり、自分のことを自分で行うことである。自立を促す
ためには、できないことをサポートしてくれる人的支援だけではなく、用具によるサポート
5 |
もまた必要である。自助では、自立した生活を促す福祉用具、互助では介助を手助けする福 祉用具。また、共助では介護保険サービスにおける福祉用具貸与や購入や、障害者支援の日 常生活用具給付など制度の面からも福祉用具の提供を促し、公助ではテクノエイド協会や 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による福祉用具開発支 援など、福祉用具における支援も積極的に行われており、福祉用具の効果的な活用が望まれ ている。
1.2 福祉用具の現状と課題
福祉用具の提供に関しては、医療分野では、理学療法士、作業療法士などの福祉用具に関わ る職種があり、介護分野では、福祉用具相談員、福祉用具プランナー、住環境コーディネー タ等の資格制度がつくられており、介護保険や障害者福祉法の費用補助を用いて福祉用具 支援を行っている。福祉用具の開発に関してはALS協会やテクノエイド協会、NEDOな どが費用援助を行っている。
図
1-4 福祉用具提供に関わる流れまた、地域においても、リハビリテーションセンターが有するテクノエイドセンターや県 や市が運営する介護実習・普及センターの福祉用具展示場などで福祉用具の見学や相談が 可能であり、企業において展示場を有する場合もある。
そのような中、利用者の生活活動を支援するものや支援者をサポートするもの、支援が必 要にならないように使用するものなど、福祉用具は多様性を増し、様々な企業で開発、販売 されている。
2016年度に行われた国際福祉機器展には約
530社が
2万点を超す福祉用具を 展示し、約
11万人が足を運んだ
5)。また、平成
25年
6月に閣議決定した日本再興戦略に はロボット介護機器開発
5ヵ年計画が盛り込まれ
6)、経済産業省と厚生労働省がロボット技 術の介護利用における重点分野を策定し開発支援を始めた。重点開発分野は移乗介助、移動 支援、排泄支援、認知症の方の見守り、入浴支援など多岐にわたり
7)、今後高度化された福 祉用具が介護の現場に続々と登場してくることを意味している。しかしながら、多くの福祉 用具が流通している中、利用者の身体状況や変化、環境、ニーズもまた多岐にわたるため、
患者・高齢者・弱者
介護者、家族 福祉用具、ロボット技術
医療の専門職種 福祉用具相談員 福祉用具プランナー
福祉住環境コーディネーター ボランティア
ALS協会(介護機器開発支援)
テクノエイド協会 NEDO(福祉用具開発支援)
開発支援
提案・提供 介護保険
日常生活用具給付
費用の 補助
6 |
個別のニーズに合わせた福祉用具の提供も必要となる。
このように多様化し高度化する福祉用具を安全に使いこなし利用者の自立支援につなげ るには、支援者がその用具に対する知識技術を身に着けることは不可欠であり、選定するこ とや使いこなすことが現状では困難になりつつあるという課題がある。また、使用者の多様 なニーズに合致する福祉用具があるとは限らないという点も課題として挙げられる。
したがって福祉用具を必要な人の必要な時期に安定して提供するためには、多様な福祉 用具を各利用者の個別のニーズに応じて選定し、必要な時期に提供できる仕組みや、個別ニ ーズに対応するための改造・開発さらに維持管理できる仕組みがあることが必要である。ま た、モノとヒトが限られる地域においては、地域の人材を活用する仕組みがあることが必要 である。それは単に提案者や技術者のみの作業ではなく、身体状況を把握している医療・介 護従事者や、技術力を持つ大学や企業、さらに家族や様々な地域人材の協力が欠かせない。
福祉用具支援という観点においても地域全体で自立を支援し、支えていく地域包括ケア システムの考え方が重要となる。
さらに長崎市においては、福祉用具展示場のような公的なテクノエイドセンターがなく、
また、西の端に位置する地理上の都合により、企業等が展示場を有することも少なく、実際 に福祉用具に見て触れる機会は制限され、モノもすぐ手元に届かない状況もある。
特に、離島やへき地ではこの状況は、より深刻であり、このような長崎、特に離島のような 人的物理的資源に恵まれない地域での地域の特性を考慮した福祉用具活用の方策を検討す ることが重要である。
1.3 本論文の目的
本論文では、人的、物理的な資源が十分でない地域において利用者が生き生きと生活する ための福祉用具提供のモデル的な取り組みとして実際に行った、リハビリテーション病院 における福祉用具供給システム、地域資源を活用した福祉用具の提供、個別特化した福祉用 具の開発の3つの取り組みについて考察し、今後の福祉用具のありかたについて提案する。
1.4 本論文の構成
第1章では、本論文の目的について述べた。まず、日本の高齢化問題に対応するために地 域包括ケアシステムが整備されようとしていること、さらに、その運用において福祉用具が 重要であることを述べた。次に、現状の福祉用具の提供における、公的な補助や関わる職種、
開発に関わる仕組みについてまとめ、福祉用具に関する多様化や高度化している現状と福 祉用具提供に関する課題について整理した。さらに、長崎における特有の問題も整理し、福 祉用具提供システムの重要性について述べた。
第2章では、回復期リハビリテーション病院において、福祉用具を効果効率的に運用する
システムについて述べ、考察を行った。対象とした病院では、福祉用具の
2名の専門スタッ
7 |
フを配置した先進的な取り組みがなされている。患者や家族に対する福祉用具の提案の仕 組みを整備し、必要な時期に必要な福祉用具を提案し使用し退院後の生活に繋げる福祉用 具支援を行っている。また、福祉用具の管理・整備する仕組みとスタッフを教育する仕組み を作り、福祉用具の提案・管理・教育を一体的に行うことで、利用者に適した福祉用具の提 供を行っている。
第3章では、地域資源を活用した福祉用具の提供について事例を交え述べる。人的・物理 的に制限がある長崎県の離島や僻地等で暮らす在宅患者が、福祉用具の利用を希望する場 合に、その用具の利用体制を作ることに困っている状況が報告されている。利用者が福祉用 具を効果的に利用する体制として、福祉用具の適切な選択に加え、利用者の身体状況に応じ た利用方法の工夫、製作、開発が望まれる。福祉用具を提供する望まれる体制として、地域 にある人材を活用することが考えられる。地域の障害者の福祉用具のニーズに、地域の工学 的な知識を有するボランティア組織や大学等が医療関係者と連携して取り組むことで、利 用者のニーズに応じた体制を実現することができる。
第4章では、個別特化した福祉用具開発と提供について述べる。ジョイスティックをチン コントロールで操作している電動車いすユーザーの要望に応え、電動車いすのジョイステ ィックでコンピュータを操作する装置を開発した。開発に関し、要望と電動車いすの加工に おける制約条件を整理し、機能評価と使用評価を経てユーザーへの提供を行った。また、そ の後の新たな要望にも応え、装置の改良を行った。
第5章では、本研究のまとめを述べる。第2章での回復期リハビリテーション病棟におけ
るにおける利用者への効果的な活用・管理・教育について、第3章での地域人材との連携を
行った福祉用具提供について、第4章でのその人のための機器開発についてのそれぞれに
ついての結果を考察し、今後の福祉用具支援のありかたについてと長崎においての福祉用
具支援について述べる。
8 |
第2章 リハビリテーション病院における福祉用具提供の取り組み
2.1 医療機関における用具・環境支援展開のための工夫
一般社団法人是真会長崎リハビリテーション病院は回復期リハビリテーション病棟に特 化した病院で、平成
20年に開院した。法人内には介護保険サービスとして訪問リハ、通所 リハ、居宅介護支援事業所の
3部門がある。法人は地域リハの理念を基本としているので、
入院中だけではなく退院後への対応も、リハというキーワードを意識してサービスを提供 している。
2.1.1 生活再建の場として
回復期リハ病棟は障害の改善と生活再建御場と捉えている。急性期を脱し住み慣れた地 域へと帰る準備を行う中で、刻々と変わる身体や心理状況を把握しマネジメントを行うた め、多くの職種からなるチームを作り治療に当たっている。チーム医療を展開するために、
専門職からなる部・局構造ではなく、医療系専門職を「臨床部」として一元化し、患者の生 活基盤となる病棟へ臨床部からのダイレクトな配置とした。加えて、リハが支援する生活に は用具や環境が大きく影響するのでリハの過程における道具・環境への意識を促すために
「テクノエイド部」を設置した。 (図
2-1:組織図)開院当初よりこの考え方に賛同した福祉 用具貸与事業者と業務委託契約を行い、病院の
1階でテクノエイドショップを開設し、代 表的な福祉用具の一部を、誰もが(患者・家族ばかりでなく地域住民も含めて)見て、触っ て、体験することが可能になっている。スタッフが事業者を含めて入院中の患者・家族と関 わることで、退院から在宅へという生活環境の変化へ適応しやすくなっている。
同様の機能を持つ他の医療機関においては、福祉用具の選定や管理は関連職種や委員会な
どが行う場合や、外部委託業者の協力を得て行っている場合が多く、福祉用具の専門スタッ
フを職員として配置しており、なおかつ外部委託業者とも協力している形態は全国的にも
特徴的な組織体系である。
9 |
図
2-1 組織図2.1.2 「テクノエイド部」の開設と役割
テクノエイド部はアシスティブテクノロジーと言われる支援技術にかかわること全般を イメージしている。患者・家族などの状況変化に合わせ適切に知識・技術・用具を提供し、
人とものと環境の調和をはかることを使命としている。用具は病院備品・市販品から適合し、
市販品では対処できないところには手を加えている。さらには簡単なものを製作すること もある。
回復期リハ病棟では本人の自立支援と生活の再構築が重視される。それが効果的・効率的 になされるためには、専門職各々の固有の知識や技術と共に用具・環境の要素は外せない。
本人の回復状況に沿った人的支援と用具・環境支援がマッチすることが必要となる。同時に 家族等介護者に対する支援も同様である。人とものと環境のバランスを常に意識して対応 するように心がけている。
主たる役割は以下の
3つである。
① 患者・家族への福祉用具の提案と適合
担当チームと協力し、患者の身体状況や生活、環境などを考慮しながら必要な機能を 見定め、場合によっては福祉用具事業者との橋渡しをおこない、円滑な福祉用具支援を 行う。
② 在庫福祉用具の管理
当院では、テクノエイド倉庫を有し主要な福祉用具を一括管理している。 (図
2-2:テ クノエイド倉庫)管理にはエクセルソフトをベースにプログラムを組み、用具がいつか らどの患者へ貸し出されているかなどの情報や、修理を行った履歴などが確認できる。
用具を集中管理することにより、福祉用具がいつでもその能力を発揮できるような体制
10 |
を整備している。
③ 教育啓発活動
様々な福祉用具使用具のコンセプトを理解し活用することは、福祉用具支援にはなく てはならない。また、福祉用具は年々進化し新しい考え方も出てくるので、適合技術の 伝達や新製品の紹介なども行っている。支援技術を必要とする患者を前にしてスタッフ がその必要性を感じとり、それを軸にして必要な周辺事項を含めて伝達できる環境にし ておくことが肝要である。 (図
2-3:研修会風景)これらの活動を行うために、テクノエイド部では福祉用具に関する知識やメンテナンス 技術のみならず、福祉用具事業者やメーカーとのつながりを持つことが必要となる。これに は委託事業者にも意識的に関わってもらっている。また、医師やコメディカリストも含めて 構成されるテクノエイド委員会では、日常の福祉用具運用での問題点解決や、福祉用具に関 する啓発活動など、より現場に即した活動を行っている。
その他では教育機関や法人外組織との研究・開発に関わること、その他テクノエイドやア システィブテクノロジーに関することなどを他と協働して行っている。
図
2-2 テクノエイド倉庫図
2-3 研修会風景11 |
2.2 福祉用具の配備・レンタルシステム
2.2.1 院内備品
長崎リハビリテーション病院では、多岐にわたる福祉用具をその機能において扱いやす さを意識して配備している。病棟には、ポジショニングクッション、トランスファーボード やシートの移乗支援用具、浴室には天井走行リフトを始め、リフト用のキャリーやスリング、
ストレッチャーやチェアなどの入浴用具を配備している。
テクノエイド倉庫では、車いすや車いす用クッション、杖歩行器など基本的な用具が保管 されている。他にも、転倒予防に関わる用具、突っ張り型手すりや床走行リフト、トータル コンタクトを行うためのポジショニングピローなども配備している。アクティブホール(訓 練室)では、セラピストの練習を通して生活に繋げるための自助具等が配備され、必要に応 じ使用できる環境を作っている。
2.2.2 外部からのレンタル
個別対応が求められる福祉用具では、備品だけでは対応できない場合も少なくない。そ の場合は、評価や常用レンタル品を委託事業者に依頼している。レンタルできる品目はおお よそ介護保険制度のレンタル項目が網羅されている。福祉用具をレンタルする場合、費用を 病院が負担するか患者が負担するかということは常に議論を呼ぶ。当院では、基本的には治 療上余儀なく利用するものは病院で負担すると取り決めを行っている。しかしながら、リハ ビリテーション医療を提供する以上、一般的に医師が行う治療だけではなく、患者の生活や ケアの質を確保し、事故なく在宅生活に移行するために必要な事柄も「治療上余儀なく」必 要と考える。当然ながら、介護者への介助指導もまた重要である。 (図
2-4:レンタルフロー)
図
2-4 レンタルフロー12 |
実際のレンタルでは、 「テクノエイド依頼書」 (図5:テクノエイド依頼書、評価結果報告 書フォーマット)という書式を使用し、それを業者へ伝達し一緒に用具選定が可能にしてい る。これは、福祉用具貸与事業所が使用する福祉用具サービス計画にも応用できるように構 成しており、患者の状態や使用目的、使用計画や期間等を明確にすることで、福祉用具使用 目的の明確化と貸与事業所とのコミュニケーション円滑化を図っている。
基本的に導入時には1週間、その後は最長1か月ごとに評価を行い、状態変化に合わせた 変更などを行っている。また、終了時には、評価結果報告書(図
2-5:テクノエイド依頼書、
評価結果報告書フォーマット)という書式を用い、終了理由や患者、スタッフ満足度など総 合的な福祉用具使用評価が行えるよう工夫している。
図
2-5 テクノエイド依頼書 評価結果報告書フォーマット加えて、院内備品の使用に関するフローチャートや、身体状況からみた移乗用具の分類な ど、職種の違いからくる知識や意識・感覚の差を埋めるべくマニュアル類の整備も行ってい
る。 (図
2-6:身体状況と移乗用具)13 |
図
2-6 身体状況と移乗用具2.3 入院から退院までの福祉用具の適合
2.3.1 入院前後
患者の福祉用具支援は入院前から始まる。入院予約情報用紙に記載された情報を基に、担 当のセラピストが車いすなどを準備する。難渋ケースや用具選定に迷った場合などは先輩 専門職やテクノエイド部が連携し当面の解決策を提示している。また、大柄な患者など、院 内の福祉用具で対応できないことが想定される場合は、提携事業者と共にテクノエイド部 であらかじめリフトなどの段取りを行う。
入院時に行う合同評価では、実際の褥瘡のリスクや能力、転倒の危険性などをチームで検 討し介助方法と必要な福祉用具などを相談決定する。そこでは車いすを始め、マットレスや 移乗用具、排泄に関わることなど生活全般で用具の必要性を検討する。
2.3.2 入院中
状況変化に合わせて適時・適切に福祉用具の変更を行う。そこにはチームで相談したり先
輩専門職に相談したりと多様な視点と意見を統合し検討を行っている。また、依頼があれば
テクノエイド部も入り、福祉用具の専門家としてアイディアをだし、選定における幅を広げ
14 |
る役割を担っている。担当者だけでの支援が形骸化しないように、病棟専門職と環境ラウン ドを行っている。さらに院内ラウンドも随時行っている。
2.3.3 退院に向けて
退院に向けた準備の時期には、退院後の生活に即した福祉用具の選定が必要になる。すで に貸与事業所が決まっている場合は早くから情報交換を行い、必要に応じ退院後に使用す る物品をレンタルし使用するなどし、患者やご家族に十分に福祉用具に慣れる期間を設け るよう工夫している。そこには前述のテクノエイド依頼書を使用し、情報交換を行っている。
当法人には外来や介護保険事業所があるので、退院後も福祉用具に関わるサポートができ る体制を整えている。
2.4 教育的役割
このように多数の福祉用具が常に運用されていると、福祉用具を使用するスタッフ一人 ひとりの知識と技術の担保が不可欠である。当院では、新入社員研修よりテクノエイドの時 間を設け、当院での考え方や車いすなどの基本的な福祉用具の特徴と扱い方を伝達してい る。しかしながら、目前の実践が伴わないとイメージしづらく定着もしにくい。そこで
OJTも福祉用具支援には重要な事柄である。必要な患者の存在やスタッフが必要と感じた時に ピンポイントで伝達ができる環境にしておくことが肝要である。
加えて以下のような活動も行っている。
2.4.1 福祉用具院内認定制度
福祉用具の知識と技術を担保するための法人内認定制度を行っている。車いすなどの福 祉用具カテゴリにおいて筆記や実技の試験を課し、合格者に認定証を発行している。試験問 題は、公的に認められている福祉用具関係の資格テキストなどの難易度を標準とし、スタッ フ自身のステップアップにも貢献できるようにしている。
2.4.2 ナビカード
福祉用具には人に対する影響が大きいものも多く、重大事故にもつながりやすい。したが って用具を使用する場合、その特徴や設置方法、リスクを理解しておくことは重要である。
そして、実際のトラブルでは、用具そのものなのか?ヒューマンエラーなのか?設置不良な のか?など原因の切り分けが重要となる。日常的に福祉用具を使いこなす環境を作るには、
設置時の注意や簡単なトラブルシューティングを記載したパンフレットなど、必要な時に
確認できるツールの運用も必要となる。当院では、正常な設置やトラブルが起こるとリスク
の高い福祉用具に関し、ナビカードを作り、設置上の注意や日常点検、不具合時の対応など
を記載し、随時確認できるようにしている。
15 |
2.5 福祉用具適応の実際
当院で2015年1月~6月に福祉用具使用に関する件数と外部レンタル金額を以下に
示す。 (表
2-1:福祉用具対応概要)表
2-1 福祉用具対応概要病院在庫用具では、汚染による交換もあり件数が多い印象もあるが、回復期リハ病棟では これだけの数の適合等が常になされており、それには必ず専門職が関わっているというこ とになる。その他にも、病棟に配備されているポジショニングクッションや入浴用具、アク ティブホールに配備されている自助具、生活に必要なおむつなどを含めると適応回数は相 当数に上る。このように当院では、福祉用具を生活の一部として定着させ、身体等の状況に 応じ変更を行っている。外部レンタル金額は患者の重症度にも影響される。
2.6 個別特化した支援
その他に、睡眠評価機器を使用した評価や体圧分散測定器を使用した評価、活動量計を用
いた患者の活動量の評価なども用い、リスク評価や生活の質の評価のサポートも行ってい
る。
16 |
患者の状態によって既製品では対応できない場合もある。その場合は、必要に応じ製品や システムをテクノエイドスタッフが組み立て使用するケースもある。
さらには、多くのスタッフが在籍していると福祉用具支援での様々なアイディアが出て くる。ポータブルスプリングバランサーでの支援や、床走行リフトを用いた歩行支援など、
比較的使用頻度の少ない物品でも、必要時に円滑に使用できるようなサポートを行ってい る。その他、スタッフのアイディアを具現化したり、よりふくらましたりというところでも 機能役割を果たしている。
2.7 地域に向けた活動
法人内だけだはなく、外部への活動展開の一つとして周辺病院や施設と協力し「長崎シー ティング研究会」を立ち上げ、病院を超えた福祉用具使用の知識と技術向上にも努めている。
これは狭義のシーティングにとどまらず、広く人の生活と福祉用具を学ぶ機会としている。
一方で、周辺の小学校・中学校・高校などに向けた福祉用具体験や、コ・メディカルの専 門職を目指す学生への福祉用具などの講義、地域住民への福祉用具講座なども行っている。
地域包括ケアの啓発がなされている昨今では、生活用具や環境についての知識や体験を一 般住民へ普及・啓発することは重要事項ととらえており、これからも賛同する方々と共に発 展的に展開していきたい。
2.8 今後の課題
退院時に福祉用具や住宅改修の設定を行うことは多いが、実際退院後に使用され、有用で あるかどうかという効果に対する評価を定期的に実施することは非常に重要である。
一方で、病院開設から約10年が経過し、配備している福祉用具も経年劣化に伴うメンテ ナンスの課題や種類や型の旧型化も課題となっている。回復期リハの今後の動向をみなが ら、病院所有の備品としてどこまでを考え、配備するのか、外部レンタルシステムとのメリ ット・デメリットの検討など課題は山積状況である。
医療機関における治療過程で福祉用具を導入することは治療用具としての意味をも持つ
ことになる。言わば義肢装具に準じた考えで運用することが望ましい。したがって患者の状
況変化に速やかに対応しなければ治療用具としての価値は下がる。そのためには自社配備
が望ましいであろうが、反面コスト負担も否めない。患者・家族へ向けた支援と職員へ向け
た支援の双方について、医療現場における理想的な福祉用具の在り方をこれからも検討し
ていく。
17 |
第3章 地域人材を活用する福祉用具提供の仕組み
3.1 はじめに
身体に障害を持つ人々の生活をより良くするために、さまざまな福祉用具が利用され ている。それらの福祉用具は、利用者の身体状況や生活環境に応じて、適切に選択され、利 用することが望ましい
8)。しかし、コンピュータや電気回路を利用した福祉用具が増え、福 祉用具が適切に提供し、利用することが難しくなりつつある。特に、地方において、この状 況は深刻であり、早急な対応が望まれる。実際、長崎県の離島や僻地等で暮らす在宅患者が、
意思伝達を支援するコンピュータ装置の利用を希望する場合に、その用具の利用体制を作 ることに困っている状況が報告されている。利用者が福祉用具を効果的に利用する体制と して、福祉用具の適切な選択されることに加えて、利用者の身体状況に応じた利用方法の工 夫、製作、開発ができることが望まれる。福祉用具を提供する望まれる体制として、地域に ある人材を活用することが考えられる。地域の障害者の福祉用具のニーズに、地域の工学的 な知識を有するボランティア組織や大学等が医療関係者と連携して取り組むことで、利用 者のニーズに応じた体制を地方において実現することができる
9)、10)。
本論文では、長崎市の市民が協働して行われてきた福祉用具の相談対応の取り組みにつ いて紹介する。この取り組みの特徴は、個別ニーズ対応に、大学関係者と高齢技術者グルー プが連携して取り組んでいることが挙げられる。高齢技術者に、大学という「居場所」で、
地域社会への福祉用具による支援という「出番」が用意されている。
3.2 市民が協働する組織の連携
長崎市では、斜面住宅地が市街地の7割を占め、そこで暮らす高齢者や下肢に障害を持つ 人々は、生活上のさまざまな問題を有している。それらの問題解決には市民の協働が必要で あるとの思いから、医療・福祉・工学・行政等の専門家や自治会関係者が集まり、NPO 法人 長崎斜面研究会(以下、斜面研と略す)が、平成 9 年に設立され、在宅生活の相談や外出支 援、坂のまち体験・出前福祉講座等が開始された。福祉用具相談も開始され、斜面住宅地以 外からも多様なニーズが届いた。それらは難病患者の意思伝達を支援する機器、リューマチ 患者の玄関前のスロープ、さらに脳梗塞患者の階段昇降機の製作等、さまざまな相談内容で、
ものづくりが得意な技術者集団が必要とされた。その対応のために、企業を退職した高齢技 術者が参加する高齢者生活支援研究会(以下、高齢研と呼ぶ)が結成された
11)。高齢研は、
毎月 2 回、大学を活動の拠点として、福祉用具相談への対応、福祉用具の設計・開発・維持 管理等を行ってきた。長崎市には大手の工業関連の企業があり、企業を退職し高度な工学技 術を有する技術者が多いことを活かした福祉用具への取り組みとなっている。
平成12年の介護保険制度の以後、長崎県内に、難病や重度の障害者の生活を支援す
る複数の一般市民が協働する組織が立ち上がっている(図 3-1 参照)。ながさきコミュニケ
ーションエイド研究会は、意思伝達に障害を持つ脳性麻痺の子供達を、情報機器の活用で支
18 |
援する目的で結成された。日本 ALS 協会長崎県支部は、ALS 患者やその家族の相談や悩みに 対応する目的で結成されている。これらの組織は互いに連携・協力をとりながら、意思伝達 装置や介助機器の情報交換や開発、提供、さらに福祉用具の紹介等のイベントが持続的に行 われている。また、福祉用具の製作活動には、大学生や工業高校の生徒も参加している。
図 3-1 長崎県における障害者支援の連携
3.3 福祉用具の利用支援の事例
図 3-1 に示した組織の連携により、さまざまな福祉用具のニーズ対応が斜面研と高齢研 に求められた。それらのニーズの多くは一般の福祉用販売企業では対応が困難な、難病患者
(ALS や SCD)や重度の障害者の福祉用具に関するものであった。それらのニーズに適切に 応えるために、福祉用具の担当者は、医療関係者と一緒に、利用者を訪問し、利用者の身体 状況、生活環境、さらに今後の予想される事柄についての聞き取りを行った。聞き取りの後 に、関係者が集まり対応を行った。その事例を以下に示す。
事例1)外出を支援する機器開発
長崎市内に暮らす N さんは、病院で脳梗塞の治療を終え退院することに。自宅では車いす を用い、週に数回デーサービスに通う予定であったが、医療関係者のチェックで、玄関に接 する急勾配の道路に停車したデーサービスの車に、車いすのままスムースに乗り移れない ことが判明した(図 3-2 参照) 。医療担当者から斜面研に対応依頼がなされ、斜面研、高齢 研の会員、土木工事業者等が、現地に集まり打ち合わせを行った。その結果、これまでのス ロープの一部を切り取り、コンクリート製から木製の着脱式スロープとし、スロープの勾配 を緩やかなものに改修した。 (図 3-3 参照)さらに、車いすの家への出入り口(図 3-3 の縁 側の右手奥)には新たに段差解消機を設置し、安全で、家族の介助負担の少ないように改修
高齢者・障害者
NPO
長崎斜面研究会
日本
ALS協会 長崎県支部
ながさき
コミュニケーションエイド 研究会
高齢者 生活支援研究会
大学・工業高校
19 |
急坂で車椅子で家に入れない!!
専用の着脱式スロープ製作 スロープの工事
昇降機の製作(業者)
病院からの依頼。
退院指導で、玄 関前を工事。
50万円 車椅子での移動 が困難な勾配に。
急坂で車椅子が家に入れない!!
病院からの依頼。
退院指導で、玄関前 を工事。
50万円
しかし、車椅子での移 動困難な勾配。
退院のために必要
急すぎる
を行った。着脱式の木製スロープは高齢研の会員が、軽量・安価に自作した。その後2年間、
N さんはこの木製スロープと段差解消機を使って、毎週のデーサービスに通うことができた。
医療、機械、土木、福祉の関係者が現地に集まり、アイディアを出し合い前向きの議論がで きたことで実現できた。後に、介護を担っていた家族から、2年間を一緒に暮らせたことで 感謝された。
図 3-2 改修前のスロープ 図 3-3 改修後のスロープ
事例2)症状の進行に応じた機器提供
T さんは、80歳。ALS を発症し、人工呼吸器が必要となり、発語が困難な状況であった。
島原市の保健師から、対応して欲しいとの依頼を受け、T さんの自宅に、斜面研の福祉用具 関係者、それに地域の医療介護関係者、大学の学生が集まった。家族を含めての打ち合わせ を行い、緊急呼び出し装置とパソコンを使った意思伝達装置を設置した。それぞれの装置の 操作は、足首近くに取り付けたタッチスイッチで行うことに。数か月後には、症状が進行し、
足首を動かすことが困難となり、スイッチ操作ができなくなり、次の対応として、眉の動き で操作する装置を製作、提供した。眉の数ミリのわずかな上下動を、図 3-4 に示すように回 転センサ(ロータリーエンコーダ)で検出し、意思伝達装置のスイッチとして使用した。こ れを使うことで、コンピュータを使っての装置の操作が可能となり、意思伝達やテレビの操 作ができていた(図 3-5 参照) 。しかし再び2年ほどで、症状がさらに進行し、装置の操作 が困難に。次の手段として、眼球の左右への動きを利用するスイッチを製作し、適用した。
眼球の前方がプラス電位を有している現象(眼電位)を利用して、左右のこめかみ部に電極
を張り、電極の電圧差から、目の左右の向きを検出できる原理を利用した装置である
12)。
さっそく意思伝達装置に接続し、患者に適用したところ、簡単な文章作成や TV のチャンネ
ル切り替えが可能となった。しかし、残念なことに患者さんの意欲さらに症状の進行で、そ
の利用頻度は限られた。この患者の対応で、新しい回転センサや眼球動きセンサを導入する
20 |
際に、病院スタッフとの十分な情報共有を行う必要性を痛感した。それ以後、新しい福祉用 具、特に電気的な用具を導入する際に、介護関係者は、電気的な用具に不慣れなことが多く、
十分な打ち合わせを行うこととした。
図 3-4 角度センサによる眉の動き検出
図 3-5 眼球の動きで操作するコンピュータ
事例3)長期間の機器支援
高所からの転落事故により脊椎を損傷(C2)した K さんを、家族からの依頼を受けて訪 問。最初の訪問は、事故から約11ヶ月後。K さんは、四肢全廃で人工呼吸器が必要。発語 は困難で、意思の伝達は、文字盤を使って行っていた。その当時の K さんは、無表情で周囲 とのコミュニケーションもわずかであった。2 回目の訪問時に、頬で触れて操作する意思伝 達機能を持たせたパソコンを提供。病室にインターネットが設置されており、元々エンジニ アの K さんは、提供されたパソコンのネットワーク利用機能を使って、友人達とのメール交 換やネット購入を開始。そして、パソコンを利用することで、コミュニケーションに加えて、
さまざまなことができる可能性を実感し、K さんから、斜面研の事務局に、実現して欲しい
21 |
パソコンの機能等のメールが届くようになった。K さんの要望に応えて斜面研で開発したパ ソコンの入力装置を図 3-6 に示す。K さんの頭部に取り付けた入力装置は、頭部の上下左右 の動きで、パソコン画面上のカーソルを上下左右に移動させ、口の噛み締めでマウスのクリ ック動作を行うことができる
13)。
この装置の採用で、パソコンの使い勝手と操作速度が、大幅に向上し、K さんは、最初の訪 問から1年後には、在宅介護を希望するようになった。その希望を実現するために、医療関 係者、建築関係者、機械関係者、大学のメンバーが集まり、彼のための自宅の改造について 検討を行い、部屋の電気機器(ナースコール、テレビ、ビデオ、電話、照明、電動ベッド)
等は、彼自身がパソコンを使って自由に操作できるように設計した。その際に、一番重要で あったのが安全性であり、停電や機器故障等が生じた場合に、二重,三重の安全性を確保す る等の配慮を行った。また、設置した装置が長期的に利用されることを大前提に、福祉関連 の企業と斜面研で保守管理を行う体制を作った。その結果、最初の訪問から3年後には、K さんは自宅での生活を開始できた。その後、状況の変化により、現在、K さんは介護施設に 移ったが、福祉の企業と斜面研による K さんの福祉用具を保守管理する体制は、最初の訪問 から7年経過した今も続いている。
事例4)タブレット PC を使った機器支援
日本 ALS 協会長崎県支部の家族の集いで、保健師さんから、ALS 患者の S さんの訪問依頼 を受けた。S さんは、自立歩行は困難。発語は、わずかに可能だが、徐々に症状が進行して おり、生活に対する意欲が低下しているとの相談であった。保健師さん、担当のヘルパーさ ん、それに斜面研と高齢研のメンバーが S さんの家に集合。介護者である奥さんから強く求 められたことは、S さん自身が異常事態の発生時に、家族や外部にある医師会の看護ステー ションに緊急呼び出しを行えるようにすることであった。S さんの手や足の能力をチェック
図 3-6 頭部の動きと噛み締め動作での操作
22 |
圧力センサ
保持板
し、S さんの弱くわずかな指で操作できるスイッチを製作した(図 3-7 参照)。また、電話 機能を持つタブレット PC を利用し、S さんがスイッチの ON/OFF 操作のみで、緊急呼び出し や家電製品等を操作できる機能を実現した。それらの機能を表 3-1 に示す。ここで用いた装 置は高齢研の協力で製作した。装置の製作で注意を要したのが、S さんに適したスイッチで あった。S さんが動かせる指と腕の能力の範囲で、確実に操作できることを目指して複数の スイッチ(図 3-8)を試作し評価した結果、S さんにはシート状の圧力センサを用いるスイ ッチを採用した
14)。図 3-7 に示すシート状のスイッチは、軽く表面を指で押し下げること でスイッチ操作ができる。試作した他のスイッチを図 3-8 に示す。ここで提供した装置は、
無線通信機能(WiFi)を採用し、配線を極力少なくし、看護が容易な環境とした。
表 3-1 実現した機能
機能 内容
緊急呼び出し機能 スイッチを一定時間押すことで、指定した電話番号の呼び出し スキャン方式で、呼び出し先を選択も可能
意思伝達機能 タブレット PC に文字盤が表示され、スキャン方式で文字を選択 作成した文章をメール転送も可能
テレビ操作機能 タブレット PC にメニュが表示され、スキャン方式で機能を選択 チャンネルの切り替え、電源の ON/OFF 操作も可能
エアコン操作機能 タブレット PC にメニュが表示され、スキャン方式で機能を選択 温度調節、電源の ON/OFF 操作も可能
照明操作機能 タブレット PC にメニュが表示され、スキャン方式で機能を選択 照明の ON/OFF が可能
ベッド リクライニング機能
タブレット PC にメニュが表示され、スキャン方式で機能を選択 リクライニング角度の調節が可能
図 3-7 提供した圧力スイッチ
23 |
(a) タッチセンサを組み込んだ (b)圧力センサを組み込んだ 指先の接触で動作するスイッチ 把持動作で作動するスイッチ 図 3-8 試作したスイッチ
3.4 地域人材の活用について
高齢研が、大学を拠点として福祉用具の製作を始めて19年となる。大学は、メンバーの 元気良さ、意欲的な考え、さらにモノづくりに対する豊富な知識と経験に着目して、小中学 校生・高校生・大学生を対象とした福祉教育への協力を依頼し、講義で活動の紹介、高齢者 としての体験や思いを語っていただいている。日本機械学会九州支部も、高齢研の活動に着 目し、小学生を対象とするモノづくり教育イベントの講師を依頼している。高齢研の活動を 講演で聞いた高校生の感想に「高齢者である彼らの活動を知って、年を取ることも悪くない なとの思いがわいてきました。 」とあった。高齢研の活動は、高齢研のメンバー自身が元気 を得ていると同時に、若者にも、将来への勇気を与えている。また、長崎県内の工業高校生 と長崎大学の学生が、特別支援学校からの依頼に応じた福祉用具のモノづくりを初めてい る。重度障害の或る子供達に会い、彼らが何を必要としているかの説明を受け、アイディア を凝らして、福祉用具を作っている。普段、接する機会の少ない障害のある子供達のために、
立位訓練ボードや、入力スイッチ、手の把持訓練装置等を製作中です。生徒達の今後の生き 方と考え方に良い影響を与えると期待できる。また、若々しい発想で作られる新しい福祉用 具にも期待できる。
我が国の地方の少子化、都会への人口集中化を止めるために、我が国の各地方で、地方創
生の試みがなされている。若者が地域を知り、地域を学び、地域志向の若者を育てる取り組
みである。そこでは、地方を知るために、地方の人々と交流し、共に協働することで、一人
ではできないことを、皆で協力連携して、地方の課題を解決することも目指している。ここ
で述べた障害者や高齢者の生活支援、福祉用具による支援も、地方創生の取り組みです。地
方の問題を、さまざまな職種、年代の人々が共同して取り組むことで、その解決がなされる
24 |
と期待できる。
3.5 まとめ
斜面研が中心となって行ってきた福祉用具に関する取り組みについて述べた。医療関係 者と他の専門職種の市民、さらに企業を退職した高齢技術者等との協働により、重度の障害 を持つ人々に対して、個別の福祉用具に対するニーズに応えることができた。この活動を通 じての感想として、利用者に適しているであろうと提供した福祉用具も、利用者の意欲によ り効果が大きく異なることを痛感した。利用者が、生きたい、楽しみたい、人と話したいと の思いが利用者にあること、またその意欲を持つことを支援することが極めて大切である と実感された。斜面研では、設立当初より、高齢者や障害者を対象として外出イベントを行 っている。普段、外出の機会に恵まれない方々に呼びかけ、青空や自然があふれる長崎の水 辺のもり公園、さらにランタンまつり等に参加を呼びかけ、送迎サービスも行っている(図 3-9 参照) 。保育園児やボランティアの演技を楽しみ、昼食を皆で一緒に楽しんでいる。参 加者は斜面研のメンバーに加えて、大学生や市民のボランティア等、多くの方々の協力を得 て行っている。今後も、多方面での地域の人々の協働が望まれる。
図 3-9 外出支援による花見
25 |
第4章 電動車椅子のユーザーのための操作支援装置
4.1 ジョイスティックコントローラの有効性
下肢障害を持つ人のために多くの種類の電動車椅子あり、そのいくつかは、ジョイスティ ックコントローラを使用している。これらの車椅子は、利用者の日々の生活をより自立させ る。また、上肢障害を持つ人は、多くの場合、あごでジョイスティックを操作する。一方、
近年では生体信号やわずかな体の動きでコンピュータを操作する技術も進んでいる。福田ら の研究
15)では、ALS 患者がコンピュータを操作するため、頭や眉のわずかな動きを使用し 操作するデバイスを開発した。また、高見らの研究
16)では、画像処理を使用しコンピュー タを操作する装置を開発した。この装置の特長は、患者の頭などに特殊な機器を取り付ける 必要がないということである。これらと同じように電動車いすも生体信号で操作することは 可能である。しかし、ジョイスティック式の操作は、まだ多く使用されているという現状も ある。重要なことは、ジョイスティックを操作することは、利用者の身体訓練にもなり、他 の生活支援用具の操作にも応用できるということである。
この章では、電動車いすユーザーのニーズに答え開発したデバイスについて論じる。長崎 市内在住の M 氏は、四脳性麻痺で四肢に障害がある。自由に動かせるのは頭部のみで、発語 にも難があるが、内容は慣れれば容易に聞き取ることができる。彼は顎を利用して様々なこ とを行っている。電動車いすをジョイスティックで操作することはもちろん、ジョイスティ ックの近くにはボタンが配置されており、それらを顎で押すことで携帯電話を操作して電話 することができる。他にもレバーが設置してあり、それを操作すると前に取り付けてあるカ メラで写真を撮ることができるなど行っている(図 4-1)。M 氏は電動車いすを顎で操作する ことに加え、コンピュータも顎で操作している。コンピュータのマウスカーソルは、ジョイ スティックを倒して操作する。クリックは設置してあるボタンを顎で押して行う。ただしそ の際には介助者の手によって電動車椅子のジョイスティックを一度取り外し、コンピュータ 用のジョイスティックに付け替えることが必要となる。M 氏の長年の願望は、ジョイスティ ックを付け替えずに、電動車いすのジョイスティックだけで、電動車いすも操縦ができて、
尚且つマウスカーソルの操作も同じジョイスティックで可能にすることであった。その際に 以下の2つの点を考慮する必要がある。
電動車椅子のジョイスティックは中身を改造してしまうと、メーカーの補償対象外にな ってしまうため、中身を改造せずにジョイスティックの傾斜角と傾き角を検知しなければな らない。
電動車椅子のジョイスティックを使用しコンピュータのマウスカーソルを操作している
ときは、必ず電動車椅子が動かないようにしなければならない。そして、逆に電動車椅子を
操作しているときは、デバイスの電源を切っておかなければならない。
26 |
図
4-1 Electric wheelchair and joystick4.2 赤外線通信を用いた装置
M氏のニーズを解決すためにまず、赤外線通信を用いた装置を開発した。
ジョイスティックのまわりに傾きを検出する装置を、電源ボタン周辺にはマウスの機能 をはたすボタンを取り付け、その情報は赤外線通信を用いて卓上のコンピュータに接続し てあるジョイスティック用基盤に送信するものである。
以下に今回開発した装置の外観とシステム図を示す。
図 4-2 Produced device 1, wheelchair side
図 4-3 Produced device 2, P.C. side
あごで操作する ジョイスティック 電源ボタン
ジョイスティック 傾き検出装置
(防水カバー付
)マウス機能用
ボタン
送信用赤外LED
パソコン操作用基盤
赤外線受信モジュール
27 |
図 4-4 System chart of device
この装置は大きく分けて次の2つの部分からなっている。
①送信部
ここでは、 ジョイスティックの傾きとマウス機能用ボタンの状態を 1Byte にまとめ、
赤外線LEDを用いて受信側に送信している。
②受信部
ここでは、受信したデータに応じてCMOSでジョイスティックの接点を閉じコン ピュータを操作している。なおコンピュータ内では、Joy To Key というジョイスティック の情報をマウスやキーボード操作に変換可能なフリーソフトを用いている。
なお送信部、受信部共に PIC16F88 を用いた。
4.3 送信部の機構
送信部では、電動車いすのジョイスティックの傾きを検出するために図 4-5 に示す機 構を考えた。
Infrared LED
serial data
Infrared Ray PIC 16F88
Infrared receiver Joy Stick for P.C.
PC
serial data
PIC 16F88
Wheelchair side PC side
28 |
図 4-5 Mechanism that detects inclination of joystick
ジョイスティックの根元にはジョイスティックに連動している防水用のスカートがとり つけてある。そこで、ジョイスティックの周りに8個のリミットスイッチを取り付け、スカ ートを利用し、ジョイスティックが傾いたら、スカートによりその方向のリミットスイッチ がONとなるような機構を考えた。これにより、ジョイスティックの8方向の傾きの検出が 可能となった。傾き検出装置はジョイスティックボックスを覆うように取り付けた土台に 取り付け、ジョイスティックボックスに固定した。その後、外出の場合を考え全体を防水シ ートで覆った。さらに、ジョイスティックボックスには電動車いすの電源がついており、安 全面を考慮し電動車いすの電源がOFFのときのみ赤外線装置が作動するよう、傾き検出 装置土台に電源の状態を監視する機構も取り付けた。
また、図 4-1 に示す電源ボックス周りに、それぞれ左クリック、左ダブルクリック、右ク リック、左ドラッグの機能を持つ4つのスイッチを取り付けた。
それらの信号は、車いす後方のポケットに収納してある送信用基盤に送られ、8方向の傾 きと4つのボタンの情報を 1Byte に変換し傾き検出装置土台の前面下方に取り付けた赤外 線LEDに送られる。スイッチ類は安全面を考慮し、スイッチが押されたときに Low を出力 するように設定した。
図 4-6 に防水シートを外したときの送信部の外観を示す。
Top view Side view
Limit switch Joy stick
Skirt
29 |