ダイ‑ ツ ーFSO ・ケースの経済分析 *
森 田
匡∃J ⊂ L コ iヽ コ コ
はじめに
本稿 は, 日本 とポー ラ ン ドの間 ですす め られ た 自動 車生 産 プ ロ ジェク トに関 す る研究 で あ る
。ダイ‑ ツを は じめ とす る 日本 側企業連 合 とポー ラ ン ド乗用車 製造公団 FS O との問 で交 渉 がすす め られ た もので あ り, 日本 側企 業連 合 の競 争相手 は イ タ リアの フ ィア ッ トで あ った。 この 自動車 生産 プ ロ ジェク トを め ぐ
る経緯 を指 して, ここで は ダイ ‑ ツ ーFS O ・ケー ス と呼ぶ ことにす る
。当該 プ ロ ジェク トにお いて 日本側企 業連 合 は,現在 の と ころ, 明 らか に フ ィ ア ッ トの後塵 を拝 した状 態 とな って い る。 当該 プ ロ ジェク トの経過 を た ど り, なぜ フ ィア ッ トの後塵 を拝 す る ことにな ったのか を考 えて み るのが本稿 の 目的 で あ る
。それか ら,本研 究 に際 して の間接 的 な狙 い は, 当該 プ ロ ジェク トの検討 を通
* 本研究 は, 日本学術振興会の特定国派遣研究者事業 により短期派遣研究者 として ポーラシ ドに派遣 され, ワル シャワに滞在する機会を得たことが基礎 となってい る。 同振興会に厚 く御礼を申 し上げたい。 対応機関であり, 主たる訪問先機関で あったポーランド科学 アカデ ミー経済研究所,特 に滞在中御世話になりあるいはま た同研究所でのセ ミナーの際有益なコメントを頂 いた ビトル ド・チェチャコフスキ 教授, ミロスワフ ・ドゥシャ博士,ヤ ン・リソフスキ博士に衷情より厚 く感謝申 し 上げたい。また資料の検索 ・閲覧で御世話になったウィーン比較経済研究所にも厚
く御礼を申 し上げたい。さらに親切 に御教示頂いた,( 順不同に)在ポーランド日本 国大使館一等書記官真鍋隆氏,三井物産株式会社業務部課長欧州 ソ連室中村淳氏, 在 ポ‑ランド日本国大使館二等書記官吉岡雄三氏に厚 く御礼を申 し上 げたい。無 論,本稿における見解およびありうべき誤解や誤謬はすべて筆者個人に帰す るもの であることを,念のため,強調 しておきたい。
〔1 〕
して, 日本 の役割 および対外経済政策 をどのよ うに位置づ ければよいのかを考 えてみ ることである 。
以下,本稿 は,第 Ⅰ節 で当該 プ ロジェク トにつ いての事実経過 および諸見解 を示 し,第 五節で当該 プ ロジェク トをどうい う観点 か ら考 えてみ るのが適切 で あ りどう解釈 され るのかを示 してみ る
。そ して第 Ⅱ節で簡単 なまとめと当該 プ ロジェク トを通 して導かれ るあるいは印象深 いと思われ る幾っかのポイ ン トを 提示 してみ る
。Ⅰ 事実経過 および諸見解
本稿 で とりあげる事例 は, ダイ‑ ツ工業 ( 以下 ダイ‑ ツとす る) とポーラン ド乗用車製造公団 ( Fa br ykaSa mo c ho d6 w Os o b o w, yc h ,以下 FSO とす る) との間 ですす め られた, 1 , 3 0 0 c c 〜 1 , 7 0 0 c c クラスの乗用車生産 に関す るプ ロ ジェク トであ る。 当該 プ ロジェク トは FSO がイタ リア ・フィア ッ ト礼 ( 以下 フィア ッ トとす る) との間で締結 されていた ライセ ンス生産 の契約 の期限が切 れ るのを機会 に, よ り一層の技術革新 をすすめポーラン ド経済 の発展 に役立 た せよ うとい う狙 いか らは じめ られた ものである
。そ して, FSO の当初 の提案か らほぼ 6 年 を経 た現在 ( 1 9 8 9 年 7 月現在) ,
FSO は 1 , 3 0 0 c c 〜 1 , 7 0 0 c c クラスの乗用車生産 を断念 す ることと し, フィア ッ トは もっぱ ら 7 0 0 c c クラスの小型車 の生産 に携 わ ることに落 ち着 いて いる。 ダ イ‑ ツは,結局 の ところ, いかなる契約 に も参加 しなか ったのである
。当該事例 の簡単 な事実経過 は以下 のとお りである。
FSO は 1 , 3 0 0 c c 〜 1 , 7 0 0 c c クラスの乗用車生産 に関 して, その技術, 生産設 備 の供給対象 として, 合計 1 6 の自動車 メーカーを検討 した。 1 9 8 3 年秋 の こと である
。そ してその うち 4 メーカーを候補 と して選 び, そのなかに日本の ダイ
‑ ツが含 まれていた,とい うのが当該事例 の発端であ る 。FSO の乗用車 の輸出
に伊藤忠商事 が関与 してい る関係 か ら, FS O は伊藤忠商事 を通 じて ダイ‑ ツ
に提案 を行 い, ダイ‑ ツの乗用車 のポー ラン ドでの商権 を持 って いる住友商事
とダイ‑ ツを加 えて検討が行 われた もの と思 われ る
。ダイ ‑ ツ ーFSO ・ケースの経済分析 3 以下本節 は,事柄 の性質上正確 な事実経過 に関す るス トー リーをつ くり上 げ る ことは困難 だか ら,西欧 マスメデ ィアの報道 を中心 に フォロー し経過 をた ど ってみ ることに したい。
(ウ ィー ン比較経済研究所 の収集 して い る包括 的 な資料 の中 で) 当該 プ ロ ジェク トに関 して西欧のマスメデ ィアにあ らわれた恐 らく最初 の報道 は ,1 9 8 4
年 3 月 2 7 日付 Eas t ‑We s t の ̀ ̀ pol e sCons i de rManuf ac t ur eofNe w Ca r' ' と題す る短 かい記事であ るよ うに思われ る。 この記事 によると, ポー ラン ドは
●
候補 として フィア ッ トを含む西側 自動車 メーカーの協力 によ り 1 , 2 0 0 c c クラス の乗用車 を年間 1 2 万台生産 し,その うち 2 5 % を西欧市場向 け輸出にふ りむ け たいとい う意向だ とい うことである
。なお総額 およそ 3 , 0 0 0 億 ズロチ ( 米 ドル 建てで約 6 億 8 , 3 0 0 万 ドル,円建てで約 1 , 0 0 0 億 円)にのぼ る投資であ り,西側 か らの融資 に対 しては生産物 を以 て返済 したいとい うことである。
その後 1 9 8 4 年 1 0 月か ら 1 1月 にか けて明 らか にな って きた報道 によれば, 検討 の対 象 とな った西側 自動車 メーカー は, フォル クスワーゲ ン, ル ノー,
フィア ッ ト,ダイ‑ ツ, トヨタ,日産,セア ト等である。( た とえば ,1 9 8 4 年 1 1
日 5 日付 Os tWi r t s c ha f t sRe po r t ) 。
西欧の報道 では ,1 9 8 5 年 になると,当該 プ ロジェク トの遅延が伝 え られ るよ うになる。た とえば同年 4 月 1 2 日付 Bus i ne s sEas t e m Eur 1 0 Pe は,その原因 と して,( 1 ) ポーラン ドの経済問題 ,( 2 ) 西側 自動車 メーカー (フランス,イタ リア, 西独 のメーカーとい うコメ ン トがある)が当該 プ ロジェク トに消極的 だか らで あ ると指摘 している。同年 9 月 2 6 日付 Eas t ‑We s t は, "De ve l opme ntPl ans f orPol i s hCarI ndus t r y" と題す る比較的長 い記事 を掲載 し, FSO 技術部長
ヤ ン ・ラチ コ ( J amRac z ko) 氏 の談話 を伝えて いる。 それ によると, FSO は フィア ッ トおよびその他西側 ( 特 に日本 の) 自動車 メーカーとポーラ ン ド自動 車産業 の近代化 につ いて の協議 を してお り,契約 は 1 9 8 5 年末 までには締結 さ れ ることになろ うと伝 え られて い る
.なお同年 1 0 月 9 日付 Ne ue sZi l n' c he r Ze i t un g の報道 では西側 の対象 メーカーと して西独企業が落 ちて いる。(フォル
クス ワーゲ ンが落 ちた もの と思 わ れ る) 。 同年 1 0 月 1 8 日付 Ea s tEur o pe an
Ma r ke t s は, この計画の実現がポーラン ド側の予定 よ りも遅れていると伝え, この時点での候補 メーカーが フィア ッ ト, ダイ‑ ツ,ルノー, セア トであると 伝えている
。ただ し, ダイ‑ ツが最 も有力であ り,そ の理由は, デ ィーゼルエ
ンジンの技術および燃費であると述べてい
ろ 。ところで, 日本での情報 によれば, 日本側か らみて当該 プロジェク トが進展 したのは 1 9 8 5 年 に通商産業省 ( 南 アジア東欧課)が FSO の提案を ソ連東欧貿
易会を通 じて 日本 ・ポーラン ド経済委員会 に伝達 した時点か らであると言われ る。同委員会 の会長 は八尋俊邦三井物産会長であ り,そのため三井物産 が当該 プロジェク トに参加 し, ダイ‑ ツ,伊藤忠商事,住友商事,三井物産 による日 本側企業連合が形成 された。三井物産が当該 プ ロジェク トを積極的に推 し進 め
る役割 を果 た したのである。
積極的な推進が功 を奏 し, 1 9 8 6 年 5 月 2 8 日付で日本 ・ポーう ン ド経済委員 会八 尋 会 長 あて に, ポ ー ラ ン ド冶 金機 械 工 業 相 ヤ ヌ シ ・マ チ ェ ィエ ビチ ( J anus zMa ci e j ewi c z ) 氏 の名前で正式 に協力要請 の文書が届 け られている
。同年 9 月 1 1日付 Ea s t ‑We s Hは, ダイ‑ ツが FSO に対 し,技術 お よび設 備 ・部品を供給す る契約 を結ぶであろ うこ と,実際の生産 は 1 9 8 8 年 に予定 さ
れていること, しか し信用供与 の実状,返済の条件,および最終的合意 に達 し ているか ど うか は確認 で きていないと伝えている。同年 1 0 月 2 9 日付 Os t we ‑ s t ha nde l は ,FSO 総裁 ( 当時)エ ドワル ド・ピィエチェク ( Edwar dPi e t r z e k)
氏の 1 0 月 2 5 日の談話 を伝 え, ダ \ イ‑ ツに決めるか フィア ッ トに決めるかの決 定 にあた って信用供与 の条件が重要 な要因 になると報道 している。同年 1 1 月
1 4 日付 E a s tEur o pe an M ar ke t s は同 じピィェチェク総裁が同年 1 1 月末 まで
には決着がっ く,そ うしなければ FSO が 1 9 8 8 年 までに新 しい乗用車 を生産す
ることがで きないと述べたと伝えている
。同 じ日付の Ea s t ‑We s t E i, "Dai ‑
hat s uorFi ati nPol and?" という記事を掲載 し, ダイ‑ ツと FS P との交渉
が進展 していると述べ, しか し信用供与および返済条件 の内容 について はよ く
わか っていないと伝えている。 なお同記事 はポー ラン ド側 の話 として ( 現在形
で)新 しい乗用車 の条件を報道 している
。それによると,重量 は 7 3 0 か ら 8 5 0
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k g ,長 さ 3 . 6 か ら 5 m ,幅 1 . 7 m , 5 人乗 りであること,車種 はオペル ・カデ ッ ト,フォルクスワーゲ ン ・ゴルフ,ルノー 1 1クラスの ものであること,旧フィ アッ ト 1 2 5 に比べて生産性が 2 倍であることとい うものである。 なお同記事 は また, ダイ‑ ツが部品供給 を保証す るため グデ ィニアに倉庫を建設す ると約束
していると伝 えている。
1 9 8 6 年 1 1月 2 7 日, FSO 労働者委員会 はダイハ ツとフィア ッ トを比較 した 分析結果を発表 している。 それは,概ね, ダイ‑ ツのオファーはフィアッ トに 比べて原材料 もェネルギー も労働力 も少 な くて済 み,設備投資等 のコゝ トも小 さい,信用供与および返済 の条件 も優れてお り, また輸 出競争力の点で も優れ ているといえる,というものである 。 そうした分析結果 に もとづ いて ,1 9 8 6 年 1 1月 2 9 日 ・3 0 日I JZy ● c i eWar s z awy ( 「ワル シャワ生活」紙)は,ダイ‑ ツ ・
シャレー ド車 の技術的優秀性 を伝えている
。また日付が多少前後す るが,西欧 の報道 としては ,1 9 8 7 年 2 月 2 4 日付 E a s 卜 We s t が FSO 労働者委員会 の調査 結果を伝えている。 この記事 はほぼ上 に述べた事柄を伝 えると同時に, ポーラ
ン ド政府 は明 らかにフィア ッ トに肩入 れ して いるが ,FSO 労働者委員会が ダ イ‑ ツを支持 したことによって決定が難 しくなったと述 べている
。私が目を通 した資料 による限 り,違 った論調すなわちダイ‑ ツのオファーの 難点 を伝え る報道が西欧では じめて見 られ るのは, 1 9 8 6 年 1 2 月 1 2 日付 East
Eu r o pe anMar ke t s および 1 2 月 1 9 日付 Ea s t ‑We s t である。(ほぼ同 じ内容な ので)後者 について関連箇所 にふれてお くと,ポ‑ラン ドは 1 9 8 7 年 まで ダイ‑
ツか フィア ッ トかの決定を延期 したと伝え, ポー ラン ド側が ダイ‑ ツは極 めて 厳 しい品質管理 システムを要求 してお りポーラン ドで実施す ることは難 しいと 主張 していると述べている。論調 の こうした変化 は,恐 らく,同年 1 1月下旬 に
イタ リア政府が FSM ( Fabr ykaSamoc hod6W Mat ol i t r a乏 owyc h ポー ラン ド 小型車製造公団) とフィア ッ トとの間ですすめている小型車生産 プロジェク ト について,信用供与 ・返済条件等で,強力 に支援す ることを公表 した ことによ るものと思 われ る。
ただ日本側 も手 を こまねいていたわけではない。同年 1 2 月 1 8 ,1 9 , 2 0 日の
3 日間,ダイ‑ ツは 1 9 8 7 年 発表予定 の新 シャレー ドを,ポーラン ド側 の要求 に より, ごく限 られたポー ラン ド政府首脳 および自動車産業関係者 に見せ るとい う条件 でデモ ンス トレー ションを行 ?た。
また,当該 プ ロジェク トに とって 大 きなステ ップ とな ったのは 1 9 8 7 年 1 月 1 6 ,1 7 日 (日本時間)の中曽根首相 ( 当時)のポー ラン ド訪問である。( 中曽根 首相訪 問 に先立 って 1 9 8 6 年 1 2 月 1 4 日のポー ラ ン ド国営 テ レビは, 中曽根首 相 の訪問が ポー ラン ド自動車産業近代化 のためのパ ー トナーの選定 に影響 を与 え るであろ うと報道 している) 。ところで,当初,中曽根 ・ヤルゼルスキおよび 中曽根 ・メスネル会談 で は, ダイ‑ ツ ー FSO ・プ ロジェク トは討議 され ないとい うことを 日本 とポーラン ド両外務省 は了解 ずみだ った。 そ うした了解 を覆 したのは, ダイ‑ ツ,三井物産 が積極的にポー ラン ド外国貿易省 ( 当時, なお現在 は対外経済関係省 と名称 が改め られている)およびポー ラン ド商工会 議所 に働 きか け, また在 ポーラン ド日本国大使館 が強 く支援 した ことによる
。(この ことは, 日本, ポー ラン ド両国国内 に意見 の対立があ った ことを窺わせ る) 。 同会談 では, 両首脳 ともかな り踏み込んだ話 し合 いを した といわれてい る。 ただ し, 中曽根首相 は,公的信用供与 は国際金融環境 がよ く整備 され るこ とが前提 であ るとい うスタンスを とり,新規信用供与の約束 は しなか った。 こ うした 日本政府 のスタンスに対 して, ポー ラン ドで は公的信用供与 の見通 しに ついて楽観論 ・悲観論 さまざまな見解が存在 したが,概ね楽観的 な見通 しが支 配的だ った と思われ る
。何れ にせ よ, 日本 の首相 のポー ラン ド訪 問 は当該 プロ
ジェク トに, 日本側 か らみて大 きなポジテ ィブな影響 を及 ぼ した もの と考 え ら れ る
。●●
ダイ‑ ツとフィア ッ トの激 しい競争 の結果 につ いて西欧 マスメデ ィアに流れ た恐 らく最初 の報道 は, 1 9 8 7 年 7 月 1 日付 I nt e mat i o nalHe r l al d Tr i b une で あ り, ̀ ̀ Fi atLos e sPol andPl antt oDai hat s u" とい うタイ トルの記事 であ る ( なお この記事 はデ ビッ ト・ブラウ ン氏 による トリノ発の ものであ る) 。この 記事 はフィア ッ トの ジョバ ンニ ・アニエ リ ( Gi ovanniAgne l l i )会長 の同年 6
月 3 0 日の年次株主総会での話 を伝えた ものである。アニエ リ会長 は,中型車生
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産 に関す る FS O との契約 はダイ‑ ツに敗 れたとい うことを認 め, 小型車生産 に関す る FSM との契約 はフィア ッ トが獲得す るであろうと述べている
。この 記事 はまた この敗退 はフィア ッ トが長年 にわた って ポーラン ド自動車産業 に主 要 な役割 をはた して きただけに フィア ッ トに とって深刻 な打撃であること, そ してアニエ リ会長 の話 と して, ダイ‑ ツのオ ファーのほうが技術面 で も信用供 与面 で も優れていたことを伝えている。( アニエ リ会長 の話 を伝え る記事 は,同 年 7 月 6 日付 Eas t ‑We s t ,同年 7 月 1 3 日付 Bu s i ne s sEas t e r nEwo pe に も見
られ る) 。
このアニエ リ会長 の話 は, 時間的 にみて, 6 月 2 8 日か ら 7 月 2 日 (日本時 間) にか けてのヤルゼルスキ第一書記 ( 当時) の日本訪問 と関係があ りそ うに 思 われ る。 この ときの中曽根 ・ヤルゼルスキ会談で は, 日本側か らは,公的信 用供与 は国際金融環境 が整備 され ることが前提 であ るとい う主張が繰 り返 され た。 ただ し, 日本側企業連合か らブ リッジ ・ロー ンが供与 され るとすれば喜 ば しいことであるとい う見解が表明 された。また,ポー ラン ド側か らは ,1 9 8 7 年
2 月のアニエ リ氏 のポーラン ド訪問の際 に,同氏が中型車生産 プ ロジェク トに つ いては, フィアッ トにす るか ダイ‑ ツにす るか中立国か ら成 る委員会 を作成
し決定 して もらってはどうか とい う提案があ ったが, ポー ラン ドは この提案 を 拒否 した こと, またポーラン ドとして は小型車 はフィア ッ ト,中型車 はダイ‑
ツと契約 したい とい う見解が明 らかにされた。 しか しなが ら,当該 プ ロジェク ト全体 の経緯か らみれば,公的信用供与 に対す る日本政府のスタンスが変わ っ ていないために, この会談 による進展 は余 りなか ったとみ るのが適切 であ るよ
うに思 われ る。
なお, 日本側企業連合 による対 ポー ラン ド・ブ リッジ ・ロー ン供与 とい う考 えは,企業連合 が真剣 に検討 した様子 は見 られない。 また企業連合 は通商産莱 省 に対 して,当該 プ ロジェク トを輸 出保険の対象 とす るよ う要求 し,パ リ ・ク
ラブでの合意 を前提 に原則 と して了承 した通商産業省 に対 して書面 での確認 を
求 め,通商産業省 は強 い難色 を示 した。 日本政府 と企業連合 との間 の当該 プロ
ジェク トをめ ぐる対立 のひとつ はこの点 であ る。政府側 は当該 プ ロジェク トが
プロフィッタブルな ものな らば,民間企業 は (ブ リッジ ・ロー ンを供与す る等) 積極的 に リスクを負担 しプ ロフィッ トを獲得す るよう努 めるべ きであると考え
たのに対 し,企業側 は日本 の財政か らみてそれほど大 きな負担 とも思えない公 的信用供与 に, より積極的 に取 り組む姿勢 を見せて もよいのではないか と考え ていたように思われ る。
1 9 8 7 年 8 月 2 0 日付 Ra di oFr e eEur o peRe s e ar c h は,小型車 はフィア ッ ト の,中型車 はダイ‑ ツの協力 によってポーラン ド自動車産業の近代化がはか ら れることになろうと述べている。当該 Radi oFr e eEur o peRe s e ar c h の主要な 論点 は次の三点である
。. ① ポーラン ド自動車産業 をめ ぐる交渉がかように長 く
なっているのは, ポーラン ドがよ りよい条件を求 めて交渉 を続 けているか らで ある。② 日本の技術 と資本が ポー ラン ドに流入す るのは望 ま しい ことだが, し か し日本の生産方法 ・方式がポーラン ドに適用可能か どうか疑問である
。③ の みな らず, 日本側 はかように大規模かつ リスクの大 きな対 ポーラン ド投資に熱 心でな くな L ?て きている,という三点 である。第 3 番 目の論点 は ,1 9 8 7 年 6 月
2 9 日付 Rynki Z a gr ani c z ne ( 「 海外市場」紙)に掲載 された丸紅,ジェ トロ (日 本貿易振興会) ,三井物産関係者 の記事 を もとに した ものである。 (ポーラン ド 当局の "di f f i c ul tne got i a t or s' '( 1 )ぶ りとそれに振 り回 されている感を否 めな い日本側担当者の感想が浮 き彫 りにされているよ うに思われる) 0
1 9 8 7 年 9 月 9 日, フィア ッ トは小型車生産 に関す る正式契約 を FSM との間 で結んだ 。1 9 8 7 年 9 月 1 0 日付 Tr yb unaLudu ,同 日付 Rz e c z po s po l i t a ,同 日付 E a s t‑We s t , 同年 9 月 1 4 日付 Os t we s t hande l , 同年 1 0 月 の Pr l e S S e S C hau Os t wi r t s c ha f t 等 が正式契約 につ いて報道 して い る。同時 に上記 Eas t ‑We s t
は中型車 に関 してはダイ‑ ツと FSO との間で間 もな く正式契約 が締結 され る であろうとい うこと,主要 な問題 は信用供与 であることを伝えている三
フィアッ トは従来,小型車 の問題 と中型車 の問題 とを一括 して扱 い, もし中
( 1 )Bu s i n e s sEa s t e m Eu r o p e ,1 9 8 7*1 0 月 1 2 日.
ダイ ‑ ツ IFSO・ケースの経済分析 9
型車の契約 をダイ‑ ツが受注す るような らフィア ッ トは小型車の契約 も受 けな いと主張 していた。小型車 については早 い時期か らフィアッ トに決 まっていた か ら, この主張 は中型車 についての交渉 を自社 に有利 に導 こうとす るフィア ッ トの戦術だ ったはずである 。 に もかかわ らず, フィア ッ トが この時期 に正式契 約 を結んだ ことは, アニエ リ会長の 「 敗北宣言」 を受 けて フィアッ トが戦術転 換 した ことを窺 わせ る。何れ にせ よ, 日本側企業連合 には一層有利 な状況 に
な った ものと思われる。
事実,同年 1 0 月中旬,ポーラン ド外務省および外国貿易省 ( 当時)は日本側 担当者 に対 し,当該 プ ロジェク トは外交的には既 にダイ‑ ツへの発注が決 まっ
ているという趣 旨の発言 を している。ただ し併せて,年 内 ( 1 9 8 7 年内)に解決 しないとフィアッ トの巻 き返 しが懸念 されるという発言を付 け加えている。
1 9 8 7 年 1 1 月 1 3 日付 Eas tEur o pe anMar ke t s は, ポーラン ド側が, ダイ‑
ツの方が フィア ッ トよりも技術的にも取引の面 で も優れていると考えてお り, ダイ‑ ツが有利 な状況 にあること, したが って間 もな く ̲ 正式契約が結 ばれるで あろうと伝 えている。ただ し,信用供与 の問題 がなかなか解決 しないこと,そ して フィア ッ トがイタ リア政府 の支援 により中型車生産で も形勢挽回をはか り つつあると報道 している。
そ うした報道 にみ られ るとお り, この時点での問題 の焦点が 日本政府 による 対 ポーラン ド公的信用供与 にあ ったことは疑問の余地 がない。 そ ういう意味で は, 1 9 8 7 年 1 2 月にポーラン ドと西側債権諸国間で債務返済繰 り延べ (リスケ ジュー リング) に関す る合意が成立 したことは当該 プ ロジェク トにとって大 き な進展だ ったといってよい。 日本 とポーラン ドとの二国間交渉を開始す る準備 がで きあが ったか らである
。1 9 8 8 年 1 月 2 9日付 E as tEur o pe anMar ke t s は, FSO 総裁 ピィェチェク氏 の談話 として,中型車生産 に関す る契約が間 もな く締結 され るであろうと報道
している。
しか し二国間交渉 はなかなかすすまなか った。
フィア ッ トが猛烈 な巻 き返 しに出ていることを 日本側 が確認 したのは 1 9 8 8
年 3 月頃である。
1 9 8 8 年 5 月 1 2 日付 I nt e r n at i o n alHe r l al dTr i b une , 同年 5 月 3 1 日付 Aut 0 ‑ mo b i eRe v ue は ダイ‑ ツとフ ィア ッ トとの受 注競争 が続 いて い ることを伝 え
ている
。焦点 とな っていた 日本 とポーラン ドとの二国間交渉が原則合意 に達 したのは
1 9 8 8 年 8 月 6 日の ことである。 第 3 次 ( 1 9 8 5 年 に返済期限の くる債務 につい て) および第 4 次 ( 1 9 8 6 年 〜8 8 年 に返済期限の くる債務 について) の リスケ ジュー リングに関す る金利 を, 円建て分 6 . 5 % , 米 ドル建て分 7 . 9 5 % とす るこ とで (日本側 が譲歩 して)合意 に達 したのである。
この原則合意 は日本側企業連合 に極 めて好都合 な経過 だ ったはずだが, しか し同年 7 月下旬 にポー ラ ン ドを訪問 して いた ダイ‑ ツ江 口友鉱会長 は, ( 原則 合意 に達 したあとの) 8 日 1 9 日に記者会見を行 い,日本側企業連合が受注す る
の は厳 しい状況 にあ るとい う見解 を表明 した (日本経済新 聞 1 9 8 8 年 8 月 2 0
日)。 フィア ッ トの巻 き返 しが非常 に強力であ り, ポー ラン ド政府内部 の フィ ア ッ ト推進派 の勢力が極 めて大 きくな った ことを窺 わせ るもの と思われ る。
1 9 8 8 年 9 月 8 日,ポー ラン ド政府 は第 3 次,第 4 次 リスケ交渉が原則合意 に 達 した結果 を受 けて 日本政府 に新 たな要請 を行 った。 それは既 に正式 に決 まっ ている第 1 次 ( 1 9 8 1 年 に返済期限の くる債務 に関す る分)および第 2 次 ( 1 9 8 2
年 〜 8 4 年 に返済期限の くる債務 に関す る分) の リスケ ジュー リングにつ いて の金利 ( およそ 9‑ 1 0 %) を引 き下 げて は しいとい う要請 であ る。過去 に決定 した リスケ ジュー リングの金利 の見直 しは公的融資 について は前例がな く, ま た もしそ うい うことをすれば大 きな混乱が起 こるため日本 の大蔵省 は警戒 を強 め, この要請 には応 じなか った。
恐 らく日本側が容易 には応 じないことを承知 した上で, ポー ラン ド側 はそ う した難 問 を もちか けて きた もの と思 われ る
。何 れ に して も, そ う した要請 の あ った直後 の同年 9 月 1 3 日に FSO 総裁 ピィエチ ェク氏 は,突然, ポー ラン ド 国営 テ レビにおいて,中型車生産 プ ロジェク トはフィア ッ トに決定す ると発表
したのである。ちなみに,この発表 は日本側 には事前 に何の連絡 もなか った ( 2 ) 。
ダイ ‑ ツ ーFSO ・ケースの経済分析 ll この報道 は,ポー ラン ド国営通信 ( PAP) を通 じて伝え られ,た とえば 1 9 8 8 年
9 月 1 9 日付 Os t we s t han de l は, フィア ッ トが ダイ‑ ツと競 った結果中型車生
●●●●●●●
産 に関す る契約 を受注す る可能性 が大 きいと報道 している
。しか し ,1 9 8 8 年 1 2 月 6 日,政府 スポー クスマ ン,イエ ジ ・ウルバ ン ( J er z y Ur ban) 氏 は, 1 0 月 に新 た に就 任 した産 業 相 ミエ チ ス ワ フ ・ヴ ィル チ ク
( Mi e cz ys f aw Wi l c z e k) 氏の方針 によ り中型車生産 は全面的 に中止 し,当面 は ( 国民 によ り多 くの乗用車 を供給す るため)小型車 を優先 して生産す ることに な った と発表 し, 併せて FOS ピィエチ ェク総裁 は計画変更 を理 由に辞任 した
ことを発表 したのである。
1 9 8 8 年時点 までの簡単 な事実経過 は以上 の とお りであ り, したが って,少 な くとも現在 ( 1 9 8 9 年 7 月)の ところダイ‑ ツはいかな る契約 に も参加 していな い。
本稿 で焦点 を合わせてみたい問題 は ,1 9 8 3 年 か ら 5 年 にわた って交渉が続 け られた当該 プ ロジェク トにお いて, ( 1 ) 1 9 8 7 年 6 月 に フィア ッ トのアニエ リ会 長 が 「 敗北宣言」を行 い ,( 2 ) かっ 1 9 8 8 年 8 月には課題 であ った第 3 次,第 4 次
の二 国間 リスケ交渉が原則合意 に達 した, とい う状況 にあ った に もかかわ ら ず,なぜ 日本側企業連合が ,1 9 8 8 年時点 までに,受注で きなか ったのか, とい
うことであ る。本稿でのより基礎的な検討 は次節 で行 うことと し,本節ではこ の点 について,① Bus i ne s sEa s t e r nEwo pe で表明 されている見解, および② ポー ラン ド国内で どのよ うな見方 が存在 したのか, ということを簡単 に紹介 し てお きたい。
まず ,Bus i n e s sEa s t e m Eur o pe では ,1 9 8 8 年 1 0 月 1 0 日付の "Fi atTake s Pol i s hDeal:Fi nanc i ngandLaborKe y" とい う長 い記事 のなかで,概 ね次 の五点 が指摘 されている 。 [ i ] 第 1 は, フィア ッ トが 1 9 2 0 年代以来 ポーラン ド
( 2 ) たまたまテ レビをみて いた在 ポー ラン ド日本国大使館の一員が このニュースをは じ
めて知 った とい うのが 日本側がキ ャッチ した第一報 だ った。
との間 に自動車生産協力 につ いて長 い伝統 を持 って い るとい うこと。 [ i i ] 第 2
は, 日本政府がポーラン ドに対 し信用供与 を行 うのを蹟措 した こと。 [ h] 第 3
は, 日本 と西欧諸国 との間 の自動車 に関す る摩擦 であ り, ポー ラン ドで生産 さ れ る中型車 の主 た る輸 出市場 にな る西欧諸 国が警戒 を強 めた とい うことであ る.l k] 第 4 は ,( FSO スポークスマ ンの話 として伝 え られているところによる と) 日本企業 の非常 に効率的 な生産方法 ・方式がデ リケー トなポーラン ドの労 使関係 にな じまないとい うことであ る。具体的には, よ り労働節約的な ダイ‑
ツの生産方法 ・方式 が導入 された場合, ポー ラン ド自動車産業 は雇用問題 に直 面す るだろうとい うことであ る 。 [ Ⅴ ] 第 5 に, ( 詳細 はわか っていないが とい う 注釈っ きで, 同 じ FSO スポークスマ ンの話 と して伝え られているところによ ると)既 に受注 を決 めて いる FSM での小型車生産 と FS O の中型車生産 とを 密接 な協力関係 にお くことがで きるとい うことである
。次 にポーラン ド国内で どのよ うな見方が存在 して いたのかを簡単 に紹介 して お こう。政府関係者,経済学者, 自動車産業関係者, ジャーナ リス ト,一般市 民等か ら聞 き取 った限 りで は,事柄 の真偽 の程 を別 に して列挙すれば,概 ね次 の六点 である。( i ) 多 くの人 び とが真 っ先 にあげたの は, フィア ッ トの方 が ダイ
‑ ツよ りもよい信用供与 の条件 をオ ファー した とい うことである 。( h) 第 2 に何 人かの人 びとは日本 の自動車 メーカーのよ うに極 めて効率 の良 い生産方法 ・方 式 を持 っ企業が, どうい う形 であれ, ポー ラン ドで生産 に携 わ るのはそ もそ も 困難だ ったのではないか とい う見解 を示 した。 そ うい う事情 であるため,( H) 第
3 に, ポー ラン ドは最初か ら日本 の企業 と契約す る意向 はな く, フィア ッ トと 交渉す る際 の道具 と して ダイ‑ ツを使 ったので はないか とい う見方 が存在 し た。 ただ し反対 に,( i v ) 第 4 に, 日本 の企業 がポー ラン ドのよ うに魅力 に乏 しい 相手 と真面 目に取引を しよ うとす るとは考 え られな い。8 0 % は単 なるス タンス にす ぎなか ったので はないか とい う考 え方 もあ ったのであ る
。そ して( Ⅴ ) 第 5
に,何人かの人 びとは,政策決定担 当者 に西欧諸国か ら政治的働 きか けがあ っ
たので はないか とい う見解 を持 っていた 。 ( v i ) 第 6 に,かな り根強 く定着 してい
た見方 は, フィア ッ トか らあ る特定 のポー ラン ド政府当局者 に賄賂 が贈 られた
ダイ‑ ツー FSO ・ケースの経済分析 1 3 ので はないか とい う疑 いである
。Ⅱ 分析の枠組み と解釈
本節で は,前節 でみた ダイ ‑ ツ ーFSO ・ケースはどのよ うな性質 の経済行動 だ ったのか, どのよ うな枠組 みでみ るのが適当 なのか とい うことを まず考え, 次 いでそれ はどのよ うに解釈 され るのか とい うことを考 えて み ることに しよ
う 。