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ベンガルのバウルの文化人類学的研究 (5)

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ベンガルのバウルの文化人類学的研究 (5)

著者 村瀬 智

雑誌名 大手前大学論集

巻 11

ページ 213‑228

発行年 2011‑03‑31

URL http://id.nii.ac.jp/1160/00000069/

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止

(2)

ベ ン ガ ル の バ ウ ル の 文 化 人 類 学 的 研 究(5)

村 瀬 智

要 旨

本 研 究 は、 イ ン ド ・ベ ンガ ル 地 方 の 「バ ウ ル」 と よ ば れ る 宗 教 的芸 能 集 団 の民 族 誌 で あ る。

詩 人 タ ゴ ー ル(RabindranathTagore1861‑1941)が 、20世 紀 初 頭 にバ ウル の 歌 の 豊 潤 さ を紹 介 し て以 来 、 そ れ ま で 「奇 妙 な 集 団 の 風 変 わ りな歌 」 とみ な さ れ て い たバ ウル の 歌 が 再 評価 さ れ る よ う に な っ た 。 タ ゴ ー ル の 影 響 に よ り、 そ の 後 ベ ンガ ル 人 学 者 に よ っ て 膨 大 な 数 の バ ウ ル の 歌 が 採 集 さ れ、 な か に は注 釈 つ きの立 派 な歌 集 と して 出版 され た。

ま た、 バ ウ ル の歌 を分 析 し、 バ ウ ル の 宗 教 を考 察 した 専 門書 もい くつ か 出 版 さ れ た 。 も ち ろ ん これ らの研 究 は、 バ ウ ル につ い て の わ れ わ れ の 理 解 に お お い に 貢 献 した の で あ る が 、 そ こ に は 「人 間 と して の バ ウ ル」 を専 門 的 に 紹 介 し よ う と し た民 族 誌 的 文 献 は 、 事 実 上 、 皆 無 で あ る 。 本 研 究 は 、 バ ウ ル の 民 族 誌 的 記 述 と分 析 を通 じて 、 カー ス ト制 度 と 表 裏 の 関 係 に あ る 世 捨 て の制 度 を考 察 し、 イ ン ド文 明 の 構 造 的 理 解 を 試 み よ う とす る も の で あ る 。

キ ー ワ ー ド カ ー ス ト、 カ ー ス ト制 度 、 世 捨 て 、 マ ド ゥ コ リ 、 ベ ン ガ ル 、 バ ウ ル

目 次 1.序

II.ベ ン ガ ル の バ ウ ル:民 族 誌 的 記 述 1.バ ウ ル の 道

2.も う ひ と つ の ラ イ フ ス タ イ ル 3.マ ド ゥ コ リ の 生 活

4.人 間 関 係

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5.宗 教 生 活

6.ベ ンガ ル 社 会 の 近 代 化 とバ ウ ル 皿.考 察:世 捨 て の 文 明 史 的 意 義 IV.結 論

本稿の前書 き

本 稿 は 、 『大 手 前 大 学 社 会 文 化 学 部 論 集 』 第6号 、 『大 手 前 大 学 論 集 』 第8号 、 第9号 お よ び 第10号 に 掲 載 さ れ た 拙 稿[村 瀬2006:331‑349][村 瀬2008:171‑188][村 2009:253‑275][村 瀬2010:213‑235]の つ づ き で あ る 。 本 研 究 「ベ ン ガ ル の バ ウ ル の 文 化 人 類 学 的 研 究 」 は 、 一・連 の 研 究 で あ る の で 、 前 稿 も あ わ せ て 読 ん で い た だ き た い 。

注 お よ び 参 考 文 献 は 、 本 稿 に 該 当 す る 分 の み を 提 示 す る 。 読 者 の 便 宜 の た め に 、 地 図 は 本 稿 に も提 示 す る 。

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地 図1:イ ン ドお よ び 西 ベ ン ガ ル 州 出 典:TouristMapofBengaI

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∬.ベ ン ガ ル の バ ウ ル 民 族 誌 的 記 述(つ づ き)

6.ベ ン ガ ル 社 会 の 近 代 化 とバ ウル 6‑1.は じ め に

本 研 究 の フ ィ ー ル ドワ ー ク は、 イ ン ド ・西 ベ ンガ ル 州 全 域 にお よ ぶ が 、 そ の本 拠 地 は ビ ル ブ ム 県 ボ ル プ ー ル 市 に 隣接 す る シ ャ ン テ ィ ニ ケ ー タ ンで あ る。 ボ ル プ ー ル は 、 コ ル カ タ(カ ル カ ッ タ)の 北 西 約160キ ロ 、 急 行 列 車 で3時 間 の 距 離 の 地 方 都 市 で あ る 。 シ ャ ンテ ィ ニ ケ ー タ ン は、 詩 人 タ ゴ ー ル が 創 設 した ヴ ィシ ュ ヴ ァ ・バ ー ラ テ ィ大 学 の 所 在 地 と して 有 名 で あ る。

本 稿 で は、 ベ ンガ ル 社 会 の 近 代 化 、 と くに近 年 の イ ン ドの急 速 な経 済 成 長 に と も な う ボ ル プ ー ル ・シ ャ ンテ ィ ニ ケ ー タ ン地域 の 観 光 現 象 の 変 化 に対 し て、 バ ウ ルが どの よ う

に適 応 して い る の か を考 察 す る。

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6‑2.ベ ン ガ ル の バ ウル

本 研 究 の 議 論 の 最 終 部 分 に は い る前 に 、研 究 対 象 で あ るバ ウ ル につ い て 、 簡 単 に ふ り か え っ て お こ う。

ベ ン ガ ル の バ ウ ル は 、 農 業 労 働 や 工 業 生 産 、 手 工 芸 作 業 、 商 業 活 動 な ど にい っ さい 従 事 して い な い 。 彼 らは 、 一般 の ベ ン ガ ル 人 に経 済 的 に 依 存 し、 「マ ドゥ コ リ」 を して 生 活 して い る 。 ベ ン ガ ル語 の辞 書(SamsadBengali‑EnglishDictionary.SecondEdition,

1987)は 、 マ ド ゥ コ リ とい う語 を 、 「蜂 が 花 か ら花 へ と蜜 を集 め る よ う に、 一一軒 一 軒 物 乞 い を して 歩 くこ と」 と説 明 して い る。 す な わ ち 、 バ ウ ル と は、 「み ず か らバ ウ ル と名 の り、 バ ウ ル の 衣 装 を身 に ま とい 、 人 家 の 門 口 で バ ウル の 歌 を うた っ た り、 あ る い は 神 の 御 名 を 唱 え た り して 、 米 や お 金 を も らっ て 歩 く人 た ち」 の こ とで あ る 。 バ ウ ル は 、 世 捨 て 人 の よ う なゲ ル ア 色(黄 土 色)の 衣 装 を着 て 、 「門づ け」 や 「た く鉢 」 を し て 生 活 費 を稼 い で い るの で あ る。 こ れ は 彼 らが 選 ん だ ラ イ フス タ イ ル で あ る。 そ して 、 こ の ラ イ フ ス タ イ ル そ の もの が 、 彼 らが 主 張 す る 「バ ウ ル の 道 」(バ ウ ル ・ポ ト)の 基 本 な の で あ る 。 バ ウ ル の 道 と は、 「マ ド ゥ コ リの 生 活 に は じま り、 神 との 合 一 と い う究 極 の 目 標 に い た る 道 」 で あ る 。

ベ ン ガ ル社 会 の 一 群 の 人 び とが 、 バ ウ ル の 道 を選 ん だ 動 機 の お お くは 、 カー ス ト社 会 に 内 在 して い る特 質 や 矛 盾 に 由 来 す る よ うで あ る。 そ れ らは、 慢 性 的 な 貧 困 、 低 い カー ス ト身 分 に よ る抑 圧 、 本 人 の 意 思 の は い りこ む余 地 の ない 結 婚 に対 す る不 安 、 世 代 間 の 反 目、 父 母 の 別 居 に よ る家 庭 崩壊 、 乳 ・幼 児 期 に お け る親 の死 の 経 験 、 そ して 異 母 兄 弟 との 土 地 所 有 権 や 相 続 権 を め ぐる 争 い な ど、 解 決 で きな い 抑 圧 の具 体 的 な 経 験 で あ る。

そ し て、 結 果 と して 生 じた感 情 的 な緊 張 や 心 理 的 な圧 力 は、 バ ウ ル に は 「現 実 」 で あ る が 「耐 え が た い 」 と感 じ られ て い た よ うで あ る。 カ ー ス トの地 位 や 身分 に よ る 限界 、 イ ン ドの 家 族 制 度 や 結 婚 制 度 の特 性 、 経 済 的 な不 安 定 さ な どに起 因 す る こ れ らの 社 会 的 ・ 心 理 的 な 問 題 に対 す る 解 答 は、 「過 酷 な 現 実 に耐 え る」 か 「耐 え が た い 現 実 か ら 自 由 に な る」 か の 二 者 択 一・で あ る。 この よ うな状 況 の な か で 、 バ ウ ル の お お くは 、 自分 の 身 に 降 りか か っ た 問 題 に 対 す る 意 味 あ る解 決 策 を 、 文 化 的 に 是 認 さ れ た 「バ ウ ル の 道 」、 す な わ ち 「マ ド ゥコ リの 生 活 」 に 見 い だす こ とが で きた の で あ る 。 彼 らは 、 世 捨 て 人 の 生 活 様 式 を採 用 す る こ と に よ っ て 、 人 生 の 危 機 を切 り抜 け る こ とが で き た の で あ る。 マ ドゥ コ リの 生 活 は、 個 人 の 選 択 肢 が 制 限 され た カ ー ス ト社 会 に お け る 、 選 択 可 能 な 「も う ひ とつ の ラ イ フ ス タ イ ル」 で あ る。

バ ウ ル の 道 は 、 「サ ー ド ゥー」(ヒ ン ドゥ ー教 の 出家 修 行 者)、 「ヨー ギ ー 」(ヨ ー ガ 行 者)、 「ボ イ ラギ 」(ヴ ィシ ュ ヌ 派 の 出 家 行 者)、 「フ ァ ッキ ー ル 」(イ ス ラ ム 神 秘 主 義 の 行 者)な ど、 イ ン ド社 会 に い くつ も存 在 す る 「世 捨 て の 道 」(サ ンニ ャ ー シ ・ポ ト)の ひ とつ で あ る 。 イ ン ド文 明 に は 、 カー ス ト制 度 に と もな って 、 そ れ と矛 盾 す る世 捨 て の 制

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度 が 、 文 明 の 装 置 と して 組 み 込 ま れ て い るの で あ る 。

6‑3.プ ロの 音 楽 家 の 出現

詩 人 タ ゴ ー ル が 、20世 紀 初 頭 に バ ウ ル の 歌 の 豊 潤 さ を 世 に 紹 介 して 以 来 、 そ れ ま で

「奇 妙 な 集 団 の風 変 わ りな歌 」 と思 わ れ て い た バ ウ ル の 歌 と音 楽 が 、 再 評 価 され る よ う

 ラ

に な っ た 。 タ ゴ ー ル の 影 響 に よ り、 そ の 後 ベ ンガ ル 人 学 者 に よ っ て膨 大 な 数 のバ ウル の 歌 が 採 集 され 、 な か に は注 釈 つ き の りっ ぱ な歌 集 と して 出版 され る よ う に な っ た の で あ

る 。

1951年 、 タ ゴ ー ル が 創 設 し た ヴ ィ シ ュ ヴ ァ ・バ ー ラ テ ィ 大 学 は 、 国 立 大 学 と な っ た 。 大 学 は そ れ 以 後 、 「ポ ウ シ ュ 月 の 祭 典 」(ポ ウ シ ュ ・ウ トシ ョ ブ)や 「マ ー グ 月 の 祭 典 」

ヨラ

(マ ー グ ・ウ トシ ョブ)を 主 催 す る よ う に な っ た 。 大 学 は 、 祭 典 の プ ロ グ ラ ム の ひ とつ と して 、 バ ウ ル の 歌 の 音 楽 会 を開 催 す る よ う に な っ た の で あ る 。

こ の よ う な ヴ ィ シ ュ ヴ ァ ・バ ー ラ テ ィ大 学 の積 極 的 な後 援 を き っ か け に、1950年 代 後 半 に は 、 バ ウ ル の歌 と音 楽 は、 「ベ ン ガ ル 民 俗 文 化 の不 可 欠 の 部 分 」 と認 識 され る よ う

に な っ た 。 しか し この こ とは 、 ベ ンガ ル の バ ウ ル の 「宗 教 的 求 道 者 」 とい う側 面 よ り も、

「民 俗 音 楽 家 」 とい う側 面 を 強 調 す る こ とに な っ た の で あ る。 音 楽 的技 量 に 卓 越 した バ ウ ル は 、 ベ ン ガ ル の 上 流 階級 の 邸 宅 で の 私 的 な音 楽 会 に招 か れ た り、 大 都 会 で の 祭 典 や ラ ジ オ ・テ レ ビ に も 出演 す る よ う に な っ た 。 ま た 、 バ ウ ル の 歌 や 音 楽 の レ コ ー ドや カ セ ッ トテ ー プが 商 品 と して販 売 さ れ る よ う に な っ た 。 さ らに 、 外 国公 演 に も招 聰 され る バ ウ ル も出 現 す る よ う に な っ た の で あ る 。

ベ ン ガル 社 会 の急 激 な変 化 に呼 応 す る よ う に 、 一 部 の バ ウ ル は、 マ ドゥ コ リの 生 活 を や め 、 プ ロの 音 楽 家 と して の 道 を あ ゆ み は じめ た 。 彼 らは音 楽 チ ー ム を組 織 し、 バ ウ ル の 歌 を音 楽 会 で しか 演 奏 しな くな っ た 。 また 、 音 楽 教 室 を 開 設 し、 ア マ チ ュ ア の音 楽 愛 好 家 にバ ウ ル の歌 や 音 楽 を教 え る よ うに な っ た。 彼 ら は、 契 約 に よ る 出 演 料 や 授 業 料 に よ っ て生 活 費 を か せ ぐよ うに な っ た の で あ る。 レ コー ドや カ セ ッ トテ ー プ に録 音 を依 頼 され たバ ウ ル は、 バ ウ ル の歌 や 音 楽 の 商 業 的 価 値 を知 っ た。 また 外 国 公 演 に招 聰 され た バ ウ ル は 、 外 国 人 の 心 を もひ きつ け る バ ウ ル の歌 や 音 楽 の魅 力 に気 づ い た 。 さ ら に、 野 心 の あ る バ ウ ル は 、 プ ロ の音 楽 家 と して の 活 動 の機 会 の お お い コ ル カ タ に移 住 した の で

1)バ ウ ル を 紹 介 し た タ ゴ ー ル の 著 作 に つ い て は 、[Thakur1905,Tagore1922,1931]を 参 照 。 ま た 、 19世 紀 後 半 の ベ ン ガ ル 社 会 に お け る バ ウ ル に 関 す る 記 述 に つ い て は 、[Datto1870‑71(ベ ン ガ ル 暦 1277):168][Bhattacharya,J.N.1995(1896):381‑382]を 参 照 。

2)バ ウ ル の 歌 の 代 表 的 な 歌 集 に つ い て は 、[Mansur‑Uddin1942][Bhattacarya,U.1958,1981][Das

andMahapatra1958]を 参 照 。 ま た 、 英 訳 歌 集 に つ い て は[Bhattacharya,D.1969]を 参 照 。 3)ベ ン ガ ル 暦 の ポ ウ シ ュ 月(12月 中 旬 〜1月 中 旬)と マ ー グ 月(1月 中 旬 〜2月 中 旬)は 、 季 節 と

して は 冬 で あ る が 、 一 年 で も っ と も 気 候 の お だ や か な 時 期 で あ る 。

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あ る。

ほ と ん どの バ ウ ル は 、 今 日で もベ ンガ ル の い な か の 村 々 を まわ り、 人 家 の 門 口 で歌 を うた っ た り、 神 の 御 名 を 唱 え た り し な が ら、 一・軒 一 軒 マ ドゥ コ リを し て生 活 して い る。

しか し彼 らは 、 コ ル カ タ に移 住 し、 自宅 に は電 気 や水 道 は もち ろ ん の こ と、 冷 房 装 置 や 温 水 装 置 も完 備 し、 テ レ ビや 電 話 、 運 転 手 つ き の 自家 用 車 ま で所 有 す る プ ー ル ノ ・チ ャ

ン ドロ ・ダ シ ュの よ う な、 プ ロ の 音 楽 家 と して 成 功 した 「ス ター 」 の 生 活 も知 っ て い る 。 今 日の 若 い バ ウ ルが 、 バ ウ ル の 歌 を一一握 りの 米 と交 換 す る た め に 「門 口」 で う た う よ り

も、 気 前 の よい 祝 儀 が 期 待 で きる 「舞 台 」 で う た い た が る と して も、 そ れ は 当然 で あ る。

そ し て彼 らの 関 心 が 、 宗 教 や 儀 礼 に精 通 した バ ウ ル に な る こ と よ り も、 歌 手 と して 人 気 の あ るバ ウ ル に な る こ と だ と して も、 そ れ は 不 思 議 な こ と で は な い 。

6‑4.シ ャ ン テ ィニ ケ ー タ ン の 観 光 地 化

1961年 、 タ ゴ ー ル の 生 誕 百 年 祭 が 、 ヴ ィ シ ュ ヴ ァ ・バ ー ラ テ ィ大 学 を 中 心 に 、 ボ ル プ ー ル ・シ ャ ン テ ィニ ケ ー タ ン地 域 で 盛 大 に行 な わ れ た 。 そ れ を記 念 して 、 タ ゴ ー ル が 晩 年 を過 ご した 大 学 構 内 の 邸 宅(ウ ッ タ ラヤ ン)が 一般 公 開 され る よ うに な っ た。 また 、 邸 宅 に保 管 され て い た 直 筆 の 原稿 、 自 身 が 描 い た デ ッサ ンや 絵 画 、 書 簡 、 邸 宅 を訪 問 し た 客 人 との 記 念 写 真 、 受 け とっ た 贈 り物 な ど、 す べ て の 遺 品 を展 示 す る た め の 博 物 館 が 、

ウ ッ タ ラ ヤ ンの 敷 地 内 に 開設 され た 。 さ ら に、 大 学 か ら程 近 い場 所 に、 西 ベ ン ガ ル 州 政 府 直 営 の 「シ ャ ンテ ィニ ケ ー タ ン ・ツ ー リス ト ・ロ ッ ジ」 が 開 設 さ れ た 。 そ れ は、 この 地 域 で 最 初 の 一 般 観 光 客 用 の 本 格 的 な宿 泊 施 設 で あ る 。 「タ ゴ ー ル の シ ャ ンテ ィ ニ ケ ー

タ ン」 は 、 重 要 な観 光 資 源 だ と考 え られ た の で あ る 。

シ ャ ンテ ィニ ケ ー タ ンの 観 光 地 化 に と も な っ て、 ヴ ィ シ ュ ヴ ァ ・バ ー ラテ ィ大 学 周 辺 に 、 民 間経 営 の ロ ッ ジや 土 産 物 店 が つ ぎつ ぎ と 開店 した 。 大 学 主 催 の 「ポ ウ シ ュ 月 の 祭 典 」 や 「マ ー グ 月 の 祭 典 」 が 開 催 中 で な くて も、 イ ン ド人 観 光 客 で に ぎわ う よ う に な っ た か らで あ る 。

「シ ャ ンテ ィ ニ ケ ー タ ン」 と い う地 名 は、 「平 和 の 郷 」 と い う意 味 で 、 そ の ひ び きの よい 名 前 は 、 イ ン ド人 だ け で な く、 外 国 人 に も ア ピー ル した よ うで あ る 。1960年 代 後 半 か ら、 ヴ ィ シ ュ ヴ ァ ・バ ー ラ テ ィ大 学 に外 国 人 留 学 生 が 増 え て き た。 ま た 、 自 由 な 旅 行 を楽 しむ外 国 人 バ ッ クパ ッカ ー も増 え て きた 。 ア メ リ カや ヨー ロ ッパ 、 オ ー ス トラ リ ア で 、 英 語 版 の 「地 球 の 歩 き方 」 の よ う な ガ イ ドブ ッ クが 、 つ ぎつ ぎ と出 版 され た。 欧 米

4)PurnaChandraDas(1935‑)。 プ ー ル ノ は 、 プ ロ の 音 楽 家 と し て 成 功 し た 最 初 の バ ウ ル で あ る 。 1954年 、 彼 は 「ア カ シ バ ニ 」(イ ン ド国 営 放 送 の ベ ン ガ ル 語 名)に 出 演 し、 そ の 傑 出 し た 歌 唱 力 で 一 躍 有 名 に な っ た。 彼 は そ の 後 、 イ ン ド国 内 だ け で な く 海 外 に も活 動 の 場 を 広 げ 、 ソ 連(当 時)、

ア メ リ カ 、 ヨ ー ロ ッパ 、 日 本 な ど 世 界 各 地 で 公 演 を 行 っ て い る 。

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や 日本 な ど の 先 進 的 産 業 社 会 で は 、 体 験 型 の 海 外 旅 行 ブ ー ム が お こ っ た の で あ る 。 イ ン ド は 訪 問 国 と し て 若 者 に 人 気 が あ っ た 。 そ れ に は 、 ビ ー トル ズ の ジ ョ ー ジ ・ハ リ ス ンが イ ン ドの シ タ ー ル 奏 者 ラ ヴ ィ ・シ ャ ン カ ー ル に 弟 子 入 り し た こ と や 、 シ ン ガ ー ソ ン グ ラ イ タ ー の ボ ブ ・デ ィ ラ ン が プ ー ル ノ ・チ ャ ン ド ロ ・ダ シ ュ(バ ウ ル)と ア メ リ カ 各 地 で 共 演 し大 成 功 を お さ め た こ と な ど が 、 大 き く報 道 さ れ た こ と も 影 響 を 与 え た の か

も し れ な い 。

6‑5.マ ド ゥ コ リ の パ タ ー ン の 変 化(そ の1)

バ ウ ル は 、 人 家 の 門 口 で バ ウ ル の 歌 を う た っ た り 、 あ る い は 神 の 御 名 を 唱 え て 、 マ ド ゥ コ リ を し て 生 活 費 を 稼 い で い る 。 そ れ は 、 ベ ン ガ ル の 町 や 村 の 、 「ベ ン ガ ル 人 の 家 の 門 口 」 で の こ と で あ っ た 。 し か し バ ウ ル は 、1970年 頃 か ら 、 ヴ ィ シ ュ ヴ ァ ・バ ー ラ テ ィ 大 学 の ホ ス テ ル(寄 宿 舎)に 住 む 外 国 人 留 学 生 や 、 ツ ー リ ス ト ・ロ ッ ジ に 滞 在 す る 外 国 人 旅 行 者 も 訪 問 す る よ う に な っ た の で あ る 。 彼 ら は 、 外 国 人 に バ ウ ル の 歌 を う た っ

て 、 金 銭 を要 求 す る よ う に な った の で あ る。

さ らに バ ウ ル は 、 や は り1970年 頃 か ら、 人 家 の 門 口 で マ ドゥ コ リを す るだ け な く、 列 車 の 中 で も歌 を うた っ て稼 ぐ よ う に な っ た 。 乗 客 に は、 バ ウ ル の 歌 を 求 め る イ ン ド人 観 光 客 や 外 国 人 旅 行 者 も少 な か らず い た か らで あ る 。

列 車 の なか で歌 を う た っ て稼 ぐこ との 最 大 の利 点 は、 天 候 に左 右 さ れ ず 、 きび しい 夏 期 や 雨 期 に も容 易 に 行 え る こ とで あ る 。 ベ ン ガル の 夏 に は 、 「ル ー 」 と よ ば れ る熱 風 が 何 日 もつ づ く。 手 に 触 れ る もの は、 す べ て 熱 く感 じ られ る。 雨 期 に な れ ば 、 す こ し は涼 し くな る 。 しか し雨 期 に は 、 と き に は 川 が あ ふ れ 、 道 が 流 され る。 夏 期 や 雨 期 は 、村 に マ ドゥ コ リ に行 くの が 困 難 な 時 期 な の で あ る。

しか し、 こ の利 点 に もか か わ らず 、 バ ウ ル の お お くは、 列 車 の な か で 歌 を うた って 稼 ぐ よ りも、 村 で の マ ド ゥ コ リ を好 む よ うで あ る 。 そ の 理 由 の ひ とつ は、 列 車 の なか は 、 い つ も ざわ ざ わ した 雰 囲 気 に あ る か らだ 。 バ ウ ル が 歌 を うた って い て も、 さ ま ざ ま な物 売 りが 大 声 を は りあ げ て、 混 ん だ車 内 を とお りす ぎて ゆ く。 そ こ は、 演 奏 者 のバ ウ ル に

と っ て も、 聴 衆 の乗 客 に とっ て も、 十分 な 環 境 とは い い が た い 。

も うひ とつ の理 由 は、 そ こで は、 バ ウ ル が 不 特 定 多 数 の正 体 不 明 の乗 客 を相 手 に歌 を う た わ な け れ ば な ら な い こ と に あ る。 こ の こ とは 、 ボ ル プ ー ル 駅 裏 手 のS地 区 に住 む BiswanathDasBaulの 証 言 に よ くあ らわ れ て い る 。

「お お ぜ い の乗 客 の な か に は喜 捨 を した くな い 人 もい る で し ょう。 そ れ で もそ の 人 は 人 目を気 に して、20パ イサ か25パ イ サ の 小 銭 を与 え るで し ょ う。 しか し、 わ た しが ど こ

5)1972‑74年 に 、 ヴ ィ シ ュ ヴ ァ ・バ ー ラ テ ィ 大 学 に 留 学 した タ ケ ウ チ ・ワ ク は 、 バ ウ ル の 突 然 の 訪 問 を 受 け た と きの 印 象 を 報 告 し て い る[Takeuchi1976:28‑36]。

(9)

か の 村 の だ れ か の 家 の 中 庭 で うた っ て い る 姿 を想 像 して ご らん な さ い。 そ こ に は 数 人 の 聴 衆 しか い な い け れ ど、 彼 らは わ た しの歌 を じっ と聴 い て くれ る。 そ して 、 わ た しの 歌 に 満 足 した村 び とは 、 一一握 りの 米 を よ ろ こん で 与 え て くれ ま す 。 そ れ は 、 列 車 の な か の

不 本 意 な小 銭 よ り もは るか に うれ しい 」。

バ ウ ル は 、 列 車 の 無 賃 乗 車 を 黙 認 さ れ て い る。 しか し、 無 賃 乗 車 を黙 認 され て い る の は バ ウ ル だ け で は な い 。 乞 食 や 物 売 り、 そ し て世 捨 て 人 も無 賃 乗 車 を黙 認 され て い る の で あ る。

村 で マ ドゥ コ リを す るバ ウ ル は 、 経 文 を唱 え て物 乞 い をす る ボ イ ラ ギ(ヴ ィ シ ュ ヌ 派 の 出 家 修 行 者)や フ ァ ッ キ ー ル(イ ス ラ ム 神 秘 主 義 の 行 者)な ど と 同様 に 、 世 捨 て 人 の 範 ち ゅ うの 人 間 で あ る 。 しか し、 列 車 の な か で 歌 を うた っ て稼 ぐバ ウ ル を、 一 般 の 乗 客 は どの よ うに み て い る の だ ろ うか 。 バ ウ ル は小 銭 を 求 め る乞 食 なの か。 そ れ と も、 歌 の 押 し売 りを す る物 売 りなの か。

6‑6.イ ン ドの 経 済 危 機 と経 済 政 策 の 転 換

1990年8月 の イ ラ ク の ク ウ ェ ー ト侵 攻 が き っ か け と な り、91年1月 に 湾 岸 戦 争 が 始 ま っ た。 この 影 響 で 原 油 価 格 が 高 騰 し、 また 、 中東 に 出 稼 ぎに 出 て い た イ ン ド人 労 働 者 か らの 送 金 が 止 ま っ た 。 こ の結 果 、 イ ン ドは外 貨 準 備 が 輸 入 の 約2週 間 分 に ま で減 少 す

る と い う深 刻 な 国際 収 支 危 機 に 陥 っ た。

社 会 主 義 経 済 に よ り国 内産 業 の 保 護 を優 先 して きた イ ン ド政 府 は、1991年 か ら経 済 自 由 化 路 線 へ 変 更 す る経 済 改 革 を 開 始 した 。 具 体 的 に は 、 国 内 に お け る 産 業 規 制 の緩 和 や 、 貿 易 ・諸 外 国 か らの投 資 の 自 由化 を進 展 させ 、 高 い経 済 成 長 の 実 現 を 目 ざす 政 策 で あ る 。

1991年 以 降 の 経 済 改 革 が 功 を 奏 し、1992年 以 降 の イ ン ドの 国 内 総 生 産(GDP)は 調 に伸 展 して い る 。1993年 か ら2003年 の イ ン ドの 平 均GDP成 長 率 は5.9%で あ るが 、 同 じ時 期 の 日本 の 成 長 率 は1.2%で あ る の で 、 イ ン ドが 着 実 に経 済 成 長 を続 け て い る の が わ か る。 次 の 「表1」 は、 イ ン ドの 所 得 別 世 帯 構 成 の 推 移 を示 した も の で あ る。

1985 1989 1992 1995 1998 2001 低 所 得 層(〜45,000ル ピ ー) 65.3 58.9 58.2 48.9 39.8 34.6 下 位 中 所 得 層(45,001〜90,000ル ピー) 25.2 26.9 25.4 30.7 34.5 37.3 中 所 得 層(90,001〜135,000ル ピ ー) 6.9110.1110.4111.9113.9113.9

上 位 中 所 得 層(135,001〜180,000ル ピ ー)1.52.73.75.06.26.8

高 所 得 層(180,001ル ピ ー 〜) 1.111.412.313.515.717.3 表1イ ン ドの所 得別 世帯 構成 の推 移(単 位:%)

出典NCAER(イ ン ド国立応 用経 済研 究所)

6)BiswanathDasBaulの イ ン タ ビ ュ ー 。(1988年7月7日)

(10)

表1」 を み る と、 経 済 成 長 に と もな い 年 間 の 世 帯 収 入 が4万5000ル ピー 以 下 の 低 所 得 層 が 減 り、 年 間 の 世 帯 収 入 が9万 ル ピー 以 上 の 中 所 得 層 以 上 の 占 め る 割 合 が 、1985年 度 の9.5%か ら2001年 度 に は28%ま で 拡 大 して い る。 「表1」 に は ない が 、 中 所 得 層 以 上 の 割 合 は、2005年 度 で は さ らに34.5%に まで 拡 大 し て お り、 い わ ゆ る 中 間 層 が 増 大 し て い る こ とが わ か る 。 イ ン ドとい う と、 物 乞 い を す る 子 ど もの 姿 が テ レ ビ映 像 で流 され る こ とが 多 い た め 、 「貧 困 」 とい う イ メ ー ジ が 強 か っ た が 、 人 び との 生 活 は着 実 に豊 か に な っ て い るの で あ る 。 事 実 、 自動 車 や 二 輪 車 、 家 電 製 品 な どの 購 入 も増 えて い る し、 携 帯 電 話 、 パ ソ コ ン、 イ ン ター ネ ッ トの利 用 も急 速 に 伸 び て い る 。

6‑7.別 荘 と リ ゾ ー トホ テ ル の 建 設 ラ ッ シ ュ

1988年 当 時 、 シ ャ ン テ ィ ニ ケ ー タ ン の 北1キ ロ 、 プ ラ ン テ ィ ッ ク 駅 の 西 側 は 、 広 々 と し た 野 原 だ っ た 。 と こ ろ が 、1990年 代 後 半 に な る と 、 野 原 は 宅 地 造 成 さ れ 、 コ ル カ タ 在 住 の 富 裕 層 の 別 荘 が つ ぎつ ぎ と 建 て ら れ た 。 い ず れ も 豪 邸 で あ る 。 ま た 、 大 資 本 の 開 発

に よ る 分 譲 邸 宅 も つ ぎ つ ぎ と 売 り だ さ れ た 。 た と え ば 、2005年 に 第1期 工 事 が は じ ま り、

2007年 に 第2期 工 事 が 完 了 し た180棟 か ら な る 「シ ョ ナ ル ・タ リ ー 」(「黄 金 の 船 」 の 意) の 守 衛 に よ る と 、 家 主 は コ ル カ タ 、 デ リ ー 、 ム ン バ イ な ど の 大 都 市 の 富 裕 層 で 、 な か に は 映 画 ス タ ー も入 居 して い る と い う 。 た だ し 、 家 主 は こ れ ら の 邸 宅 を 別 荘 と し て 使 用 し て お り 、 常 時 住 ん で い る わ け で は な い 。 し か し 、 邸 宅 の 管 理 や 手 入 れ を す る 使 用 人 や メ

イ ドが 住 む 別 棟 の 小 屋 が あ り 、 常 駐 し て い る 。

ま た 、1990年 代 後 半 に な る と 、 シ ャ ン テ ィ ニ ケ ー タ ン地 域 に は 、 高 級 リ ゾ ー トホ テ ル が つ ぎ つ ぎ と 建 て ら れ た 。 そ の 数 は20を こ え る 。1泊3000〜4500ル ピ ー の 超 高 級 ホ テ ル か ら 、 一 泊2000〜3000ル ピ ー の 高 級 ホ テ ル ま で 、 種 類 は さ ま ざ ま で あ る 。 こ れ ら の リ ゾ ー トホ テ ル は 、1960年 代 か ら80年 代 に 建 て ら れ た 、1泊200ル ピ ー 前 後 の 、 宿 泊 だ け の ツ ー リ ス ト ・ロ ッ ジ と は 性 格 が 異 な る 。 休 日 を シ ャ ン テ ィ ニ ケ ー タ ン の 別 荘 や 高 級 リ ゾ ー トホ テ ル で す ご す 新 興 富 裕 層 が 増 え て い る の で あ る 。 観 光 地 シ ャ ン テ ィ ニ ケ ー タ ン が 高 級 化 し て い る の で あ る 。

6‑8.急 速 な物 価 の 上 昇

急 速 な 経 済 成 長 は 、 物 価 の 上 昇 を と も な う。 次 の 「表2」 は 、1988年 と2007年 の 物 価 や 流 通 貨 幣 を比 較 した もの で あ る。

関西 空 港 か ら コル カ タ行 きの 飛 行 機 は 、 ど の航 空 会 社 も深 夜 着 で あ る 。 ホ テ ル の 予 約 をす る 習慣 の な い わ た しは、 空 港 か らプ リペ イ ド ・タ ク シ ー を利 用 して 、 市 内 の 安 ホ テ ル 街 サ ダル ・ス トリー トに 直 行 す る の が 常 で あ る 。 空 港 の プ リペ イ ド ・タ ク シ ー な の で、

法 外 な 運 賃 を請 求 され る こ と は な い の で あ るが 、 そ れ で も運 賃 は毎 年 確 実 に上 が っ て い

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・:: 2007 コ ル カ タ(空 港 一市 内)の

prepaid‑taxiの 運 賃 Rs.60.00 Rs.250.00

鉄 道 運 賃 (Howrah‐Bolpur,159km, Express,2ndClass)

Rs.18.00 Rs.48.00 (2002年 改 定)

米1キ ロ の値 段 Rs.4.00 Rs.22.00

流通紙幣 の種類 1,2,5,10,20,50,100 (Rupee)

10,20,50,100,500,1000 (Rupee) 流通硬貨 の種類 5,10,20,25,50(paisa)

1(Rupee)

50(paisa) 1,2,5(Rupee) 表2イ ン ドの物 価 と流通 貨 幣の比 較

るの を実 感 す る。 約1時 間 で サ ダル ・ス トリー トに 着 く。 途 中 、 運 転 手 との 雑 談 の な か で 、 米1キ ロの 値 段 を聞 くこ とに して い る が 、1988年 に は4ル ピー だ っ た の が 、2007年 に は22ル ピー と い う こ と だ っ た 。 米 の 値 段 を市 場 で確 認 して い るの で、 運 転 手 の 言 う こ

と は、 毎 年 ほ ぼ 間違 い ない 。 そ れ に して も、 米 の1キ ロの 値 段 が 、20年 間 で5倍 以 上 に も は ね 上 が っ て い る の で あ る 。1991年 の 経 済 改 革 以 降 、 人 び との 生 活 は着 実 に 豊 か に な っ た とい わ れ て い る 。 しか し、 「表1」 の 年 間 の 世 帯 収 入 が4万5000ル ピ ー 以 下 の 低 所 得 層 と い う の は、1日 の 収 入 が1ド ル 未 満 の 「絶 対 的 貧 困 層 」 に 当 た る 人 び とで 、 2001年 に は、 まだ 全 人 口 の34.6%に も及 ん で い る 。 急 速 な物 価 の上 昇 は、 貧 困 層 を 直 撃

して い る の で あ る

6‑9.マ ドゥ コ リの パ タ ー ン の 変 化(そ の2)

バ ウ ル は 、1970年 頃 か ら村 で マ ド ゥ コ リ をす る だ け で な く、 列 車 の な か で も歌 を う た っ て稼 ぐ よ う に な っ た 。 しか し、1990年 代 の 中 頃 か ら、 列 車 で 稼 ぐバ ウ ル が め っ き り 少 な くな っ た 。 そ して2002年 か ら、 車 内 で稼 ぐバ ウ ル を ま っ た く見 か け な く な っ た 。

バ ウ ル が村 で マ ドゥ コ リ を す る 場 合 、 喜 捨 と して 受 け とる の は、 米 や季 節 の 野 菜 な ど の 「現 物 」 で あ る。 そ れ に対 し、 列 車 内 で うた っ て稼 ぐバ ウ ル が 受 け とる の は、 もっ ぱ

ら 「現 金 」 で あ る。

1980年 代 まで 、 イ ン ドの ロ ー カル 列 車 に乗 る と、 ポ ケ ッ トに は20パ イ サ や25パ イ サ の 小 銭 が い くつ も必 要 だ っ た。 つ ぎつ ぎ と来 るバ ウ ル や 乞 食 、 床 を清 掃 す る 少 年 な どに 与 え る た め に 必 要 だ っ た の で あ る 。 と こ ろ が 、1990年 代 中 頃 か ら、 流 通 す る 紙 幣 や 硬 貨 が 高 額 に な っ て き た。1988年 に は 流 通 して い た5パ イ サ 、10パ イ サ 、20パ イ サ 、25パ イ サ の 硬 貨 が な くな っ た 。50パ イ サ 硬 貨 は ま だ 流 通 して い るが 、 市 場 で は ほ とん ど見 か け な く な っ た 。 物 の 値 段 の 最 低 額 は 、 現 在 で は1ル ピ ー で あ る。 しか し、 乗 客 はバ ウ ル や 乞

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食 に 「1ル ピー 硬 貨 」 を 与 え る の は た め ら う よ う で あ る 。 人 び と は 、 ま だ 、 か つ て の

「1ル ピー の 価 値 」 を 記 憶 して い る の で あ る。 結 果 と して 、 バ ウ ル や乞 食 を 無 視 す る乗 客 が 増 え た 。 こ の 傾 向 は、 も っ ぱ ら列 車 で 歌 を うた って 稼 い で い たバ ウル に は打 撃 で あ

ろ う。

バ ウ ル や 物 売 りは 、 列 車 の 無 賃 乗 車 を黙 認 さ れ て い た 。 しか し2002年 か ら、 車 内 の 物 売 りに は 営 業 許 可 証 が 必 要 と な っ た。 そ して 、 車 内 で 歌 を うた っ て稼 ぐバ ウ ル の 無 賃 乗 車 も黙 認 さ れ な くな っ た 。 車 内 で 歌 を うた っ て 稼 ぐ こ と は 、 「営 業 行 為 」 とみ な され る よ うに な っ た の で あ る。 バ ウ ル は、 イ ン ド人 観 光 客 や 外 国 人 旅 行 者 の 利 用 す る昼 間 の 急 行 列 車 に は乗 らな くな っ た。 列 車 で稼 ぐの は、 割 に 合 わ な い仕 事 に な っ た の で あ る。 結 果 と して 、 バ ウ ル は村 で マ ドゥ コ リ を す る 回数 が増 え た 。

村 ヘ マ ド ゥコ リに 行 くた め に列 車 を 利 用 す る バ ウル は、 乞 食 や 世 捨 て 人 と 同様 に、 あ い か わ らず 無 賃 乗 車 を黙 認 さ れ て い る 。 バ ウ ル が 利 用 す る の は早 朝 の 普 通 列 車 で あ る 。 検 札 官 は 、 「チ ケ ッ トは も っ て い る か 」 と 、 一 応 は 問 い 聞 く。 し か し 、 バ ウ ル が 「

ド ゥ コ リ を して食 べ て い る の で 、 チ ケ ッ トを買 う こ とが で きな い 」 とい う と、 黙 認 し て くれ る とい う。

6‑10.GDBの 経 済 活 動(...年)

シ ャ ン テ ィ ニ ケ ー タ ン のSP地 区 に 住 むGopalDasBaul(以 下 、GDB)は 、 自分 の こ と を 「10ル ピ ー ・バ ウ ル 」 と よ ん で い た 。GDBが 自 分 の こ と を 「10ル ピ ー ・バ ウ ル 」 と よ ぶ よ う に 、 彼 の 稼 ぎ は 、 そ の 日 に よ っ て 変 動 は あ る も の の 、 お お よ そ1日 に10ル ピ ー で あ っ た 。

次 の 「表3」 は 、1988年1月1日 か ら12月31日 ま で の 、 一 年 間 の 彼 の 稼 ぎ を ま と め た も の で あ る 。 喜 捨 と して 受 け と っ た コ メ や 季 節 の 野 菜 な ど の 現 物 は 、 市 場 価 格 に 換 算 し ル ピ ー で 表 示 し た 。 ま た 、 マ ド ゥ コ リ を し た 日 の 夕 方 に 、 歌 を 要 請 さ れ た 日 な ど は 、 両

収 入(ル ピー)

村や 町で のマ ドゥコ リ 125 1445.80

列車 で うたって稼 ぐ 64 615.70

村や 町で のマ ドゥコ リと列車 での稼 ぎ 13 215.00

祭 りや メラへ の参加 16 72.00

演奏 会へ の参加 10 60.00

要請 に よ りうた う 8 539.00

そ の他 25 280.00

休 日 117 0

378 3227.50

表3GDBの 経 済 活 動(1988年)

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方 を1日 と 計 算 し た 。 な お 、 こ の 「表3」 は 、 本 研 究 の 「民 族 誌 的 記 述3、 マ ド ゥ コ リ の 生 活 」 の 議 論 の 根 拠 と な っ た 資 料 で あ る[村 瀬2009:255‑268]。 後 の 議 論 と の 比 較 の た め に 再 掲 す る 。

GDBは 、 数 年 前 か ら 列 車 で 歌 を う た っ て 稼 い で い な い 。 し か し彼 は 、 現 在 で も 週 に 3日 は 村 に マ ド ゥ コ リ に 出 か け る と い う 。 そ し て 、 彼 が 村 で1日 マ ド ゥ コ リ を す る と、

米2〜3キ ロ 、 季 節 の 野 菜1〜2キ ロ を 集 め る こ と が で き る と い う 。 そ れ は20年 前 と 変 化 し て い な い 。

6‑11.観 光 客 相 手 の 音 楽 チ ー ム

1950年 代 か ら60年 代 に か け て 、 い ち 早 くプ ロの 音 楽 家 の 道 を歩 む よ うに な っ た の は 、 音 楽 的技 量 に 卓 越 した 一 部 の バ ウ ル に か ぎ られ て い た 。 しか し、1990年 代 の 中 頃 か ら、

ボ ル プ ー ル ・シ ャ ンテ ィ ニ ケ ー タ ン地 域 に 住 む 「ご くふ つ うの バ ウ ル」 も、 気 の合 っ た 仲 間 と音 楽 チ ー ム を編 成 す る よ う に な っ た 。 シ ャ ンテ ィ ニ ケ ー タ ン地 域 に つ ぎつ ぎ とで

きた 新 富 裕 層 の 別 荘 や リ ゾ ー トホ テ ル か ら、 演 奏 を依 頼 さ れ る こ とが 増 え た か らで あ る。

バ ウ ル は 、村 にマ ドゥ コ リ に 出 か け る と き は単 独 行 動 で あ る が 、 演 奏 の 依 頼 を受 け る と 音 楽 チ ー ム を組 む の で あ る。

シ ャ ンテ ィ ニ ケ ー タ ンのSP地 区 のGDBも 、 そ の よ う な 音 楽 チ ー ム に所 属 し て い る。

音 楽 チ ー ム は5人 編 成 で 、 リー ダー は、1990年 代 にSP地 区 に 移 住 して きたBasudevDas Bau1(以 下 、BDB)で あ る。 メ ンバ ー は、BDBとGDBの ほ か に 、 タ ブ ラ(太 鼓)奏 者 、 バ ー ンシ(竹 の 横 笛)奏 者 、 そ して ハ ル モ ニ ウ ム(箱 形 の 手 押 し オ ル ガ ン)奏 者 で あ る。

この うち バ ウ ル は 、BDBとGDBで 、 楽 器 演 奏 だ け で な くボ ー カ ル も担 当 す る 。 あ との 3名 は音 楽 愛 好 者 で 、 ほか に 職 を も っ て い る。 しか し、 演 奏 依 頼 が あ る と、 全 員 が バ ウ ル の 衣 装 を 着 用 して 出 か け る。観 光 客 相 手 の音 楽 チ ー ム に は、 しば しば 「バ ウ ル も ど き」

が 紛 れ 込 ん で い る の で あ る。

BDBとGDBは 、 詩 人 タ ゴ ー ル で有 名 な シ ャ ン テ ィ ニ ケ ー タ ンを 訪 れ た 外 国 人 観 光 客 や 、 遠 来 の 客 を もて な す 金 持 ち の ベ ンガ ル 人 に請 わ れ て 、 と き ど きバ ウ ル の 歌 を うた う こ と が あ っ た 。 ま た 、 ほ か の 音 楽 チ ー ム の パ ー トタ イ ム の メ ンバ ー と して 、 別 荘 や リ ゾー トホ テ ル で 演 奏 す る こ と もあ っ た。 しか し彼 らは 、2000年 頃 か ら、 別 荘 の 管 理 人 や リ ゾ ー トホ テ ル の マ ネ ー ジ ャ ー か ら、 「自分 の音 楽 チ ー ム を も っ て い ます か」 とか 、 「 部 込 み で演 奏 料 は い く らで す か 」 とか の 問 い 合 わせ を受 け る よ う に な っ た の で あ る 。 た ぶ んBDBとGDBの 人 柄 が 好 印 象 を与 え た の だ ろ う。 こ う して 、BDBの 提 案 で 、 聴 衆 の リ クエ ス トに 柔 軟 に対 応 で きる よ う に、 タ ブ ラ、 バ ー ンシ、 ハ ル モ ニ ウ ム の 奏 者 を加 え て 、 観 光 客 相 手 の5人 編 成 の音 楽 チ ー ム が 誕 生 した の で あ る 。彼 らは 、 観 光 客 相 手 の 演 奏 の こ とを 「プ ロ グ ラム 」 と よん で い る。

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リー ダ ー のBDBは 、 自宅 に 看 板 を掲 げ 、 名 刺 を つ く り、 シ ャ ンテ ィ ニ ケ ー タ ンの リ ゾー トホ テ ル の マ ネ ー ジ ャー や 別 荘 の 管 理 人 に挨 拶 回 りを した 。2005年 に は携 帯 電 話 に も加 入 した 。 彼 の 営 業 活 動 は功 を奏 し、 演 奏 依 頼 も徐 々に増 え て い る とい う。

BDBの 音 楽 チ ー ム は 、 繁 忙 期 の休 日に は1日 に 数 カ所 か らの 演 奏 依 頼 を受 け る こ と も あ る が 、 閑散 期 に は月 に2〜3回 の こ と も あ る とい う。 そ れ で も平 均 す る と、 週 に1

〜2度 の 演 奏 依 頼 を 受 け る と い う。BDBの5人 編 成 の音 楽 チ ー ム の 出演 料 は 、2時 間 の 演 奏 で 平 均1000ル ピ ー で あ る 。 出 演 料 は 各 メ ンバ ー に 平 等 に分 配 さ れ る 。 しか し、

リ ー ダ ー のBDBに は 、 依 頼 者 か ら100〜300ル ピ ー の 祝 儀 が 、 別 途 に渡 され る こ とが あ る。 ま た 個 々 の メ ンバ ー に も、 演 奏 を気 にい っ た聴 衆 か ら20〜50ル ピー の 祝 儀 が 渡 さ れ る こ とが あ る。 そ れ らの 祝 儀 は、 受 け と っ た者 の もの に な る こ と は 、 メ ンバ ー全 員 の 了 解 事 項 で あ る。

6‑12.GDBの 経 済 活 動(2007年 、 概 算)

さ て 、 バ ウ ル の2007年 の 稼 ぎ を 、 シ ャ ン テ ィ ニ ケ ー タ ン のGDBを 例 に 概 算 し て み よ う 。

GDBは 、 現 在 で も週 に3日 は 村 に マ ド ゥ コ リ に 出 か け る 。 こ れ を 概 算 す る と 、 彼 は 年 間 に165日 マ ド ゥ コ リ に 出 か け た こ と に な る 。 彼 が 村 で1日 マ ド ゥ コ リ を す る と 、 村 人 か ら の 喜 捨 と し て 、 米2〜3キ ロ と 、 季 節 の 野 菜1〜2キ ロ を 受 け と る と い う 。2007 年 の 市 場 価 格 で は 、 米1キ ロ の 値 段 は22ル ピ ー 、 季 節 の 野 菜1キ ロ の 値 段 は 、 平 均 す る

と 、 お お よ そ 米 の 半 額 で あ る 。GDBの1日 の マ ド ゥ コ リ で 得 た 喜 捨 を 、 市 場 価 格 に 換 算 し て 概 算 す る と 、71ル ピ ー50パ イ サ(Rs.71.50.一)と い う こ と に な る 。 つ ま り彼 は 、 マ ド ゥ コ リ で 年 間1万1797ル ピ ー50パ イ サ(Rs.11,797.50.一)稼 い だ こ と に な る 。

GDBは 、 週 に1〜2回 、 プ ロ グ ラ ム に 出 演 す る と い う 。 こ れ を 概 算 す る と 、 彼 は 年 間83回 の プ ロ グ ラ ム に 出 演 し た こ と に な る 。 彼 は1回 の プ ロ グ ラ ム で 、 平 均 す る と200 ル ピ ー の 出 演 料 を 受 け と る 。 し た が っ て 、 年 間 の プ ロ グ ラ ム の 出 演 料 と し て 、1万6600 ル ピ ー(Rs.16,600.00.一)稼 い だ こ と に な る 。

バ ウ ル は 、 数 年 前 か ら列 車 の な か で 歌 を う た っ て 稼 が な く な っ た 。 そ の 理 由 は 、 す で に 述 べ た よ う に 、 列 車 で 稼 ぐ の は 、 割 に 合 わ な い 仕 事 に な っ た か ら あ る 。 さ ら に バ ウ ル は 、 メ ラ や 祭 に 参 加 し な く な っ た 。 そ れ は 、 ベ ン ガ ル で 主 要 な メ ラ や 祭 が 行 わ れ る の は 、 秋 の 米 の 収 穫 が お わ り、 も っ と も 気 候 の お だ や か な 霜 期 と冬 に 集 中 し て い る か ら で あ る 。 そ の 時 期 は 観 光 シ ー ズ ン で 、 観 光 地 と な っ た シ ャ ン テ ィ ニ ケ ー タ ン地 域 の 繁 忙 期 で あ る 。

し た が っ て 観 光 客 相 手 の 音 楽 チ ー ム を 編 成 し て い る バ ウ ル に は 、 割 り に 合 う 仕 事 が 殺 到 す る 時 期 で も あ る か ら で あ る 。

GDBが 、 村 に マ ド ゥ コ リ に 出 か け な か っ た 日 や 、 プ ロ グ ラ ム に 出 演 し な か っ た 日 を

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休 日 と み な す と 、 そ れ は 年 間117日 と な る 。 週 休2日 の ペ ー ス は 、20年 前 と 変 化 し て い な い 。

GDBの マ ド ゥ コ リ と プ ロ グ ラ ム に よ る 稼 ぎ は 、 不 確 定 要 素 の お お い 祝 儀 を 除 い て 概 算 す る と 年 間2万8397ル ピ ー50パ イ サ(Rs.28,397.50.一)と な る 。 こ れ ら の 概 算 を ま と め る と 、 つ ぎ の 「表4」 の よ う に な る 。 「表4」 は 、 「表3」 の よ う に 、 日 々 の 稼 ぎ を 集 計 し た 厳 密 な も の で は な い 。 あ く ま で も概 算 で あ る 。

収 入(ル ピー)

村 で の マ ド ゥ コ リ 165 11,797.50

プ ログ ラ ム に 出演 83 16,600.00

列 車 で うた っ て稼 ぐ 0 0

メ ラや 祭 へ の参 加 0 0

休 日 117 0

365 28,397.50

表4GDBの 経 済 活 動(2007年 、 概 算)

6‑13.バ ウ ル の 適 応 戦 略

今 ま で の 議 論 を 整 理 し な が ら 、 「表3」 と 「表4」 を 比 較 す る と 、 イ ン ド社 会 の 急 速 な 経 済 成 長 に と も な う シ ャ ン テ ィ ニ ケ ー タ ン 地 域 の 観 光 現 象 に 対 す る 、 バ ウ ル の 適 応 戦 略 が う か び あ が っ て く る 。

ま ず 気 づ く の は 、 バ ウ ル に と っ て 、 マ ド ゥ コ リ で 生 活 す る こ と の 重 要 性 で あ る 。 マ ド ゥ コ リ の 生 活 は 、 ひ と り の 人 間 が 「バ ウ ル に な る 」 た め に も 、 ま た 「バ ウ ル で あ る 」 た め に も不 可 欠 の 要 件 で あ る 。 こ れ は 彼 ら が 選 ん だ ラ イ フ ス タ イ ル で あ る 。

バ ウ ル が 村 人 か ら 喜 捨 と し て 受 け と る の は 、 米 や 季 節 の 野 菜 な ど の 「現 物 」 で あ る 。

「現 物 の 価 値 」 は 、 イ ン ド社 会 の 急 速 な 経 済 成 長 に と も な う 物 価 の 上 昇 に 影 響 さ れ な い 。 バ ウ ル は 、 村 で マ ド ゥ コ リ を す る か ぎ り 、 生 活 の 基 盤 は 脅 か さ れ な い の で あ る 。

「表3」 と 「表4」 を み る と 、GDBの2007年 の 稼 ぎ(Rs.28,397.50.一)が 、1988年 稼 ぎ(Rs.3,227.50.一)に 比 べ 、8.8倍 に な っ た こ と が わ か る 。 こ の 期 間 の 米1キ ロ の 値 段 が 、1988年 の4ル ピ ー か ら2007年 の22ル ピ ー へ と5.5倍 の 上 昇 な の で 、 彼 の 稼 ぎ は 物 価 の 上 昇 を 上 回 っ て い る 。 こ れ は 、 別 荘 や リ ゾ ー トホ テ ル で 観 光 客 相 手 の プ ロ グ ラ ム と い う 、 割 り に 合 う 仕 事 が 増 え た か ら で あ る 。

観 光 客 が 求 め て い る の は 、 シ ャ ン テ ィ ニ ケ ー タ ン の 別 荘 や リ ゾ ー トホ テ ル で 、 バ ウ ル の 歌 や 音 楽 を 聴 い た り、 バ ウ ル の 演 奏 で 踊 っ た り し て 、 家 族 や 友 人 と楽 し む こ と で あ る 。 バ ウ ル も そ の こ と を 十 分 に 承 知 し て い る 。 バ ウ ル は 、 観 光 客 相 手 の 音 楽 チ ー ム を 組 織 す る と き に 、 聴 衆 の リ ク エ ス トに 柔 軟 に 対 応 で き る よ う に 、 バ ウ ル で は な い タ ブ ラ 奏 者 や

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バ ー ン シ奏 者 、 ハ ル モ ニ ウ ム 奏 者 を加 え た 。 ま た演 奏 依 頼 が あ る と、 メ ンバ ー全 員 が バ ウ ル の 衣 装 を着 て 出 か け る よ う に した 。

バ ウ ル は、 マ ドゥ コ リの生 活 と い う 「バ ウ ル の 道 」 の 基 本 を守 りな が ら、 イ ン ド社 会 の 急 速 な 経 済 成 長 に と もな う シ ャ ンテ ィニ ケ ー タ ン地 域 の観 光 現 象 に 対 して 、 音 楽 チ ー

ム を組 織 す る とい う方 法 で適 応 し て い る の で あ る 。

6‑14.お わ りに

バ ウル は 、 マ ドゥ コ リの 生 活 を採 用 し、 「バ ウ ル に な る」 こ と に よ っ て 、 人 生 の 危 機 を乗 り き る こ とが で き た。 マ ド ゥコ リの 生 活 は、 個 人 の 選 択 肢 が 制 限 され た カ ー ス ト社 会 に お け る、 選 択 可 能 な 「も う ひ とつ の ラ イ フ ス タイ ル 」 で あ る。

1951年 、 タ ゴ ー ル が 創 設 し た ヴ ィ シ ュ ヴ ァ ・バ ー ラ テ ィ大 学 は 、 国 立 大 学 とな り、

「ポ ウ シ ュ 月 の 祭 典 」 や 「マ ー グ 月 の 祭 典 」 を主 催 す る よ う に な っ た 。 大 学 は 、 祭 典 の プ ロ グ ラム の ひ とつ と して、 バ ウ ル の歌 の 音 楽 会 を開 催 す る よ う に な っ た 。 こ の よ う な ヴ ィシ ュ ヴ ァ ・バ ー ラ テ ィ大 学 の 積 極 的 な後 援 を き っか け に 、1950年 代 後 半 に は 、 バ ウ ル の歌 と音 楽 は、 「ベ ン ガ ル 民 俗 文 化 の 不 可 欠 の 部 分 」 と認 識 され る よ う に な っ た 。 ベ ンガ ル社 会 の 変 化 に 呼 応 す る よ う に、 音 楽 的 技 量 に 卓 越 した 一 部 のバ ウ ル は、 マ ド ゥコ リの 生 活 をや め 、 プ ロの 音 楽 家 と して の 道 を あ ゆ み は じめ た 。

1961年 、 タ ゴ ー ル の 生 誕 百 年 祭 が 、 ヴ ィ シ ュ ヴ ァ ・バ ー ラ テ ィ大 学 を 中 心 に 、 ボ ル プ ー ル ・シ ャ ンテ ィニ ケ ー タ ン地 域 で盛 大 に行 な わ れ た 。 そ れ を記 念 して 、 タ ゴー ル が 晩 年 を過 ご した大 学 構 内 の邸 宅(ウ ッ タ ラヤ ン)が 一 般 公 開 され る よ う に な っ た 。 ま た、

邸 宅 に保 管 さ れ て い た す べ て の 遺 品 を展 示 す る た め の 博 物 館 が 、 ウ ッ タ ラヤ ンの敷 地 内 に 開設 され た。 さ ら に、 大 学 か ら程 近 い 場 所 に、 西 ベ ンガ ル 州 政 府 直 営 の 一 般 観 光 客 用 の 本 格 的 な 宿 泊 施 設 が 開 設 さ れ た 。 シ ャ ン テ ィ ニ ケ ー タ ン の 観 光 地 化 に と も な っ て 、

ヴ ィシ ュ ヴ ァ ・バ ー ラ テ ィ大 学 周 辺 に 、 民 間経 営 の ロ ッジ や 土 産 物 店 が つ ぎつ ぎ と開 店 した。

1960年 代 後 半 か ら、 ヴ ィ シ ュ ヴ ァ ・バ ー ラ テ ィ大 学 に外 国 人 留 学 生 が 増 え て きた 。 ま た 、 自 由 な 旅 行 を 楽 しむ 外 国 人 バ ッ ク パ ッ カ ー も増 え て き た 。 この 現 象 に 呼 応 し て 、 1970年 頃 か ら、 バ ウル の マ ドゥ コ リの パ ター ンが 変 化 して きた 。 彼 らは 、 ベ ンガ ル 農 村 の 人 家 の 門 口 で マ ド ゥコ リ をす る だ け で な く、 大 学 の ホ ス テ ル に住 む外 国 人 留 学 生 や 、

ツ ー リス ト ・ロ ッ ジ に滞 在 す る外 国 人 旅 行 者 も訪 問 す る よ う に な っ た の で あ る。 さ ら に バ ウ ル は 、 や は り1970年 頃 か ら、 人 家 の 門 口 で マ ドゥ コ リ をす る だ け な く、 列 車 の 中 で も歌 を うた っ て稼 ぐよ う に な っ た。 乗 客 に は、 バ ウ ル の 歌 を求 め る イ ン ド人 観 光 客 や 外 国 人 旅 行 者 も少 な か らず い た か ら で あ る 。

1950年 代 か ら60年 代 に か け て 、 い ち 早 くプ ロの 音 楽 家 の 道 を歩 む よ う に な っ た の は 、

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音 楽 的技 量 に 卓 越 した 一 部 の バ ウ ル に か ぎ ら れ て い た 。 しか し、1990年 代 の 中 頃 か ら、

ボ ル プ ー ル ・シ ャ ンテ ィ ニ ケ ー タ ン地 域 に 住 む 「ご くふ つ うの バ ウ ル」 も、 気 の合 っ た 仲 間 と音 楽 チ ー ム を編 成 す る よ う に な っ た 。 シ ャ ンテ ィ ニ ケ ー タ ン地 域 に つ ぎつ ぎ とで

きた 新 富 裕 層 の 別 荘 や リ ゾ ー トホ テ ル か ら、 演 奏 を依 頼 さ れ る こ とが 増 え た か らで あ る。

バ ウ ル は 、村 にマ ドゥ コ リ に 出 か け る と き は単 独 行 動 で あ る が 、 演 奏 の依 頼 を受 け る と 音 楽 チ ー ム を組 む の で あ る。 そ して 、 バ ウ ル で は な い メ ンバ ー も、 バ ウ ル の 衣 装 を 着 て 出 か け る の で あ る。

バ ウ ル は 、 イ ン ド社 会 の 急 速 な 経 済 成 長 に と もな う シ ャ ンテ ィニ ケ ー タ ン地 域 の観 光 現 象 に対 して 、 音 楽 チ ー ム を組 織 す る とい う方 法 で 適 応 して い るの で あ る 。 しか し、 バ ウ ル は、 マ ド ゥ コ リの 生 活 をつ づ け 、 「バ ウ ル の 道 」 の 基 本 を 守 っ て い る 。 バ ウ ル に と っ て、 マ ド ゥコ リで 生 活 す る こ との 重 要 性 は変 化 して い な い の で あ る 。

参 考 文 献 Bhattacarya,JogendraNath

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村 瀬

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「ベ ンガ ル の バ ウ ル の 文 化 人 類 学 的 研 究(2)」 「大 手 前 大 学 論 集 』第8号 、171‑188頁

「ベ ンガ ル の バ ウ ル の 文 化 人 類 学 的 研 究(3)」 「大 手 前 大 学 論 集 』第9号 、253‑275頁

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参照

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