アルスター・ユニオニストのナショナル・アイデン ティティ(下)
著者 松井 清
雑誌名 明治学院大学社会学・社会福祉学研究 = The Meiji
Gakuin sociology and social welfare review
巻 134
ページ 141‑231
発行年 2011‑02
その他のタイトル National Identity and the Unionist Community Ulster
URL http://hdl.handle.net/10723/761
アルスター・ユニオニストのナショナル・アイデンティティ(下)
アルスター・ユニオニストの ナショナル・アイデンティティ(下)
松 井 清
はじめにⅠ ネイション・ナショナリズム・ユニオニズム
1ネイションとナショナリズム
2北アイルランドのプロテスタント・コミュニティ
3アルスター・ユニオニズム 4北アイルランドの「国制上の地位」 5アイリッシュとブリティッシュⅡ
「一つのネイション」と「二つのネイション」
1ナショナリストの「一つのネイション」 2ユニオニストの「二つのネイション」 ・・・・・・ 以上一二二号Ⅲ ユニオニストの「ある部分」
アルスター・ユニオニストのナショナル・アイデンティティ(下)
1デイヴィッド・W・ミラーの問題提起
(1)
「議会の中の国王」
(2)
「条件つきの忠誠」
(3)ネイションとコミュニティ
2いくつかの反論
(1)アーサー・オーフィの場合 (2)コリン・クルターの場合 (3)トム・ネアンの場合
・・・・・・ 以上一二九号Ⅳ 宗教とナショナリズム 1ネイションの「聖なる起源」
(1)宗教とナショナリズム (2)ネイションの起源
──近代主義者と原初主義者──
(3)
「エスニックな選び」──アントニー・D・スミスの宗教社会学──
2「契約共同体」としてのネイション
(1)旧約聖書とネイション (2)
『出エジプト記』──「契約」と「選民」──
3「契約」とアルスター・プロテスタント
(1)
「契約」の系譜と伝統──スコットランドとアルスター──
(2)反カトリシズム
結語──「聖金曜日の合意」以降のプロテスタント──
アルスター・ユニオニストのナショナル・アイデンティティ(下) Ⅳ 宗教とナショナリズム これまで、アルスター・ユニオニストのナショナル・アイデンティティ(ナショナリティ)に関して、とくに、その「ある部分」のプロテスタントに焦点を当て、デイヴィッド・W・ミラーの問題提起などを参照しながら、その特徴と歴史的背景などを中心に論じてきた (1)。繰り返しになるが、これまでの議論から明らかになった「ある部分」の特徴をいくつか列挙しておけば以下のとおりである。(ⅰ)「一つのネイション」か「二つのネイション」か、に関して、多くのユニオニスト同様、「ある部分」も、アイルランドにはナショナル・アイデンティティの点で異なった二種類の人々がいると考えて「二つのネイション」を支持し、自分たちが歴史的にも文化的にもエスニシティの面でも「アイルランド国民」の一部ではない、と考えている。(ⅱ)ユニオニストの内部はけっして一枚岩ではない。多くのユニオニスト同様、「ある部分」も、自分たちが「イギリス国民」の一部、すなわち、自分たちのナショナル・アイデンティティはブリティッシュであると信じているが、本土のイギリス人の多くが必ずしもそう思っていないこともあって、かれらの中には自分たちを「アルスター国民」と考える向きもある。(ⅲ)多くのユニオニストは北アイルランドの最大与党UUP(アルスター・ユニオニスト党)を支持しているが、「ある部分」は、宗教色の強いユニオニストの強硬派DUP(民主ユニオニスト党)を支持する傾向が強く、カ
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トリックとの連携を掲げている「アライアンス党」への支持は極端に少ない。(ⅳ)デイヴィッド・W・ミラーがその『女王の叛徒』において問題提起したように、「ある部分」に特有な「条件つきの忠誠」という行動は、イギリスの君主制を支える「議会の中の国王」という主権の行使に服従するのを躊躇させる傾向があり、それが、かれらのネイションに関する考え方に影響することになった。(ⅴ)このことの背景を歴史的にみてみると、「条件つきの忠誠」という観念は、イギリス諸島にナショナリズムが生起する以前の中世スコットランドのバンディング(banding)という慣行に辿る。バンドとは、国王の権力に対抗して貴族やジェントリーが厳粛な誓いを立ててお互いの生命と財産を防御しようとすることであるが、そこでは、国王と臣民の関係は双方的な「契約」によるものであって、国王が臣民の財産や安全を守るという義務を怠ったときは、臣民は国王の統治に拘束されない、といった条件つき 、、、、の特徴を有し、この伝統の中では、国王への忠誠といえども無条件 、、、ではなかったのである。(ⅵ)さらにミラーによると、この「条件つきの忠誠」という政治文化は、この伝統につながる「ある部分」のユニオニストを「イギリス国民」にも「アルスター国民」にもさせなかったばかりか、かれらをネイション(国民)にすることもなかった。かれらはネイションではなくコミュニティにすぎないのである。別の機会に紹介したが(松井:2004)、アイルランドの東北部アルスター地方にユニオニズムを生んだ歴史的背景について政治学者のジェニファー・トッドは、そこに大きく二つの伝統なり系譜のあることを認め、一つは「アルスター・ブリティッシュ」(UlsterBritish)、もう一つは「アルスター・ロイヤリスト」(UlsterLoyalist)と命名している(Todd:1987)。歴史的に見てみると、前者は広く都市部の中間層、都市自営業層の住民に継承
アルスター・ユニオニストのナショナル・アイデンティティ(下) され、宗派的にはアングリカンの「アイルランド教会」の信徒に多いのに対し、後者は、都市下層の労働者階級や農村部の住民に広がりをもち、宗派的にはスコットランド系の長老派教会に所属する信徒に多く見られる傾向である──このような宗派的な色分けは現在では必ずしも妥当しないが。これまでユニオニストの「ある部分」と言ってきたが、かれらが、ここでの「アルスター・ロイヤリスト」と大きく重なっていることは見誤るべくもないのであって、ベルファストなどの都市下層の労働者階級を支持基盤としてIRAにテロをもって対抗する一連の武装集団、「オレンジ会」の上層部、イアン・ペイズリー率いる「自由プレスビテリアン教会」の信徒などの保守的な福音派のクリスチャン、「民主ユニオニスト党」(DUP)支持層など、こうしたプロテスタントが、この「部分」を端的に代表する人々であろう。かれらは、いまなお「ボイン川の勝利」、「ロンドンデリーの包囲」、「ソンムの犠牲」といった過去の栄光や試練、太古のアルスター起源神話などを記憶に甦らせ、プロテスタント優位の支配体制の時代を懐かしがる者さえいる。かれらは、イギリスの王室には全面的に忠誠を誓っているようであるが、イギリスの政府や議会を信頼しておらず、ときには公然と反抗することも厭わない。かれらは、南のアイルランド共和国の現状を偶像崇拝のローマ・カトリック教会が政治に口を出す「神権政治」と呼んで嫌悪する一方で、北アイルランドをヨーロッパにおける厳格なカルヴァン主義の「最後の砦」であると考え、そのプロテスタンティズムが世俗化することに警戒感を隠さない。かれらの先祖の多くは、一七世紀初頭の「アルスター植民」の時期にスコットランドの南西部方面から移住してきたプロテスタント(長老派)の入植者であり、イングランド方面からのアイルランド教会系の移住者とは区別されるが、今日、かれらのなかには、「アイルランド教会」や「アイルランド長老派教会」などの主流
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派のプロテスタント教会よりも「ペンテコステル」系や「自由プレスビテリアン教会」などの、福音派で、しばしば原理主義的な傾向のある教会の信徒も少なくないようである。 トッドによれば、この「アルスター・ロイヤリスト」の伝統につながるプロテスタントの政治観は、政治とは、真と偽あるいは善と悪との間の際限なき闘争であり(Todd:3 )、宗教改革の伝統に忠実な自分たちの存在がローマ・カトリックという悪によって脅かされていると考えている。和平プロセスの進展など現状の変更を意味する変化を脅威とみなし、自己閉鎖的な自分たちのコミュニティの境界を維持しようとしている。内部の矛盾や亀裂をカトリックとの居住分離の固定化やオレンジ・パレードのような儀礼によって克服しようとする。さらに、この伝統には「聖書と銃」(あるいは「神と銃」)という言葉の対比で象徴される二つの部分が含まれている。「聖書」の部分は、福音主義の信仰を受け入れ、しばしば回心を経験して生まれ変わった敬虔なプロテスタントであるが、「銃」の部分は、教会に通ったことも聖書を開いたこともなく、過激な反カトリックのテロリストや、かれらを支援している都市下層の世俗化したプロテスタントの住民を指している。この「聖書と銃」という二つは、どのように接合され、両立しているのだろうか。この点を最初に提起したのはフランク・ライトの論文であったが(Wright:245)、教会に通ったこともなく、ときには麻薬やアルコールに溺れ、テロリストに共感しているような都市下層のプロテスタント労働者も、親としては自分の子どもが信仰をもつことは良いことであり、子どもを日曜学校に送り出し、神について学ぶことを望んでいるのである。オレンジ会の総本部長を務めたマーティン・スミス下院議員は「かれらは聖書を読まなくても聖書を愛している」と巧みに表現しているが、まさに「聖書」と「銃」は、ロイヤリストの世界の中で、このように共鳴し合っているのである。
アルスター・ユニオニストのナショナル・アイデンティティ(下) さて、このような「ある部分」の存在が、過去、北アイルランド紛争の和平に向けての阻害要因であったことは否定できないが、今日、「聖金曜日の合意」以降の和平プロセスの進展の中で、かれらのコミュニティは大きく動揺している。かれらが反対してきた「アイルランド統一」は、二一世紀に入り実現に向けて大きく動き出したようであり、北アイルランド社会の世俗化の進行とあいまって、政治的にも宗教的にも、かれらの前途は厳しいものが待ち受けているかのようである。このような現状を、かれらがどのように理解し、自分たちのアイデンティティをどのように確立しようとしているのだろうか。このような問題の解明に向けて、以下では、当初の目的にたち返り、「ネイションの宗教社会学」について考察したのち、アルスター・ユニオニストのコミュニティを「プロテスタンティズムとユニオニズム」、より広くは「宗教とナショナリズム」という文脈において論じることにしたい。今日のユニオニストの「ある部分」の動向については最後にふれることにしよう。 1 ネイションの「聖なる起源」
(1) 宗教とナショナリズム一九八〇年代に入り、歴史家や社会学者の間でもネイション(国民あるいは民族)を自然発生的な所与のものではなく社会的に構築されたものと考える傾向が定着してきた。ネイションは人間の歴史のある段階において必然的に誕生 、、したというより、むしろ偶然的に発明 、、されたという一面を有している。社会的な構築物にすぎないネイションが、なぜいまなお人々から強い支持と忠誠心を獲得し、なぜ、多くのネイションが今日にまで長く持続しているのか。こうした関心が広く共有されるようになってきたのである。
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研究者の関心なり視点が変化するにつれて、ネイションやナショナル・アイデンティティの研究も変化を余儀なくされるようになってくる。ネイションが構築され、想像されたものであるとなると、そこに介在する政治的、社会的、経済的な利害とは何であり、人々をそのように考えさせずにはおかない力とは何なのか。そもそもネイション形成にとって重要な契機は、面識のない不特定多数の人々がお互いに共通の歴史、文化、空間などを共有していると信じる(信じさせられる)ことであり、このことは通例、大衆的な新聞とか政治組織が、その読者や支持者に、自分たちが本質的に同じような特徴を共有した一つのネイションであると考える(ように仕向けられる)ことによって現実味をおびてくる。そのさい、言語、シンボル、神話、宗教、エスニシティといった文化の諸要素は、このネイション形成の過程にどのような役割を演じることになるのだろうか。たしかにナショナリズムとは、依然として、フランス革命以後に繰り返し現れてきた歴史的波状の一環であり、もともと世俗的なイデオロギー運動という一面をもっている。しかし、冷戦後の今日、広範なナショナリズムの復権が目につき、あらためて、その強烈さ、この運動に参加する人々の情熱とか確信が注目されようになってきている。なぜ、人々はネイションをめぐって敵対しているのか。エスニックな対立(antagonisms)は、なぜ人々を熱狂させ、なぜ簡単には終息しないのか。ネイションやナショナリズムの資源とは何であり、人々のネイションに対する忠誠心や人々を結集させるナショナリズムの力はどこに由来するのか。こうした疑問にたいして、多くの研究者は、このようなネイションとナショナリズムをとりまく問題を、より広範な歴史的、社会学的な文脈の中で理論化しようと試み、とりわけ、グローバリゼーションの進行、資本主義のもたらす不平等、近代化と世俗化の進展、官僚主義の抑圧的性格、民主主義の渇望といった経済的、政治的諸要因に着目してきた。もちろん、
アルスター・ユニオニストのナショナル・アイデンティティ(下) それらの要因を無視するわけではないが、これらの要因はエスニックな紛争や地域紛争が頻発する理由を理解する上で、どこまで有効なのであろうか(Smith,1992:451)。デュルケムの指摘を想起するまでもなく、宗教(とくにその儀礼)は集団や社会の連帯を高める機能をもっている。このデュルケム的な観点から、ネイションと宗教を関連づけて言えば、イデオロギーとしての宗教にとって、それが崇拝するのはネイションというコミュニティであり、このコミュニティを崇拝する者は、ネイションという祭壇に自分を進んで犠牲にしようとする聖なるコミュニオン(sacredcommunion)を形成することになる(Smith,2006:217)。デュルケム理論に依拠するかどうかはともかく、キリスト教を中心とする一神教の歴史に対しても、このようなネイションやナショナリズムの聖なる起源や宗教的性質に着目した新しい研究が脚光を浴びるようになり、これまでやや忘れ去られていた研究業績も再評価されるようになった (2)。この点に関連してロバート・ベラーは言っている。「民族的なアイデンティティ(ethnicidentities)の存続は、宗教的アイデンティティの存続という脈絡の中で始めて意味があるように私は思う。宗教は、民族集団と現代世界のより大規模な文化とをつなぐ重要な仲介的役割を果たしている。宗教は、しばしば、民族的アイデンティティのもっとも深い象徴(symbols)を保存しているばかりでなく、民族的特殊性から道徳的・宗教的に普遍的なものへと、引き上げる働きをもっている」(Bellah:108
く、宗教的な風味が浸み込んでいないことはまれである。ナショナリズムと宗教の機能は鏡像のように似通って ナショナリストの信念を区別することはできない。ナショナリズムが『純粋』に政治的であることはめったにな ミッチェルなどは、より直裁に、「宗教とナショナリズムの間の近親相姦にも似た関係」を比較すると、「宗教と 109201=)。若い北アイルランド研究者、パトリック・ -
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いるばかりでなく、起源を共有している」(Mitchel:23)とまで言っている (3)。「ナショナリズムが宗教と対決したのは、ナショナリズムそれ自体が一つの宗教であったからである」という、よく引用される一節はカールトン・ヘイズの言葉らしいが、ナショナリズムは近代社会の力として伝統社会の宗教と立ち向かい、人々の忠誠の対象を宗教(教会)からネイションへ移行させた。別言すれば、ナショナリズムは宗教と同じような構造と機能をもっており、伝統的宗教の役割を代行することで、ナショナリズム自体が一つの宗教となったのである。教会の典礼に対する人々の畏敬の念は国旗に対する敬礼に変わり、教会における聖餐式やイスラム教徒の断食はナショナリストの行進や祝祭は他ならず、国歌とは新しいテ・デウムなのである(Navitte:337
:251か」(臼杵)という課題が研究者に重く圧しかかってきたのである。 いる。そして、「宗教が政治化しつつナショナリズムと共犯関係を取り結ぶ状況をどのように理解すればいいの が現実に信憑性を獲得し、われわれはナショナリズムが「宗教の復興」をともなう新たな時代の位相を目撃して thereligionofnationalism()」(アントニー・スミス)とか「民族という名の宗教」(なだいなだ)といった言葉 ロギーとみなしてきた欧米世界においても、冷戦の終焉から世紀末を迎えると、「ナショナリズムという宗教 リズム」と呼ばれるような現象は、その典型的な表出であろう。ナショナリズムを脱宗教化された世俗的イデオ (4) い、ときには宗教がナショナリズムをコントロールするような事態を招来することになった。「宗教的ナショナ か起こらなかったり、失敗したりした場合もある。このことは転じて、宗教とナショナリズムが相互に依存しあ 近代化にともなう世俗化の過程で、ナショナリズムは宗教にとってかわろうとしたが、この移行が不十分にし 338)。 -
アルスター・ユニオニストのナショナル・アイデンティティ(下) さて、イギリスに目を向けると、以上のような「宗教とナショナリズム」の歴史的関係をめぐる関心の高揚を反映して、一九八〇年代に入ると、イギリス諸島における「ブリティッシュネス」という意識やアイデンティティの形成をプロテスタンティズムとの関連で考察するような歴史家の研究が脚光を浴びるようになった。T・クレイドンとI・マクブライトによると、歴史資料の分析を踏まえた、そのような「ブリティッシュネスとプロテスタンティズム」の研究には、三つの研究課題もしくは論点がある(ClaydonandMcBride:7
た選ばれたネイション」というイギリス人の自画像の系譜についての問題である。かれらが例示しているのは多 クレイドンとマクブライトの(ⅲ)の課題こそ、本稿の関心につながるものである。それは、「真の信仰を持っ ballads ()なども考察するようになってきた。 chroniclessermonsliturgiesティの一部であった教会の記録文()、説教文()、典礼式文()をはじめ、古い民謡 ある。ナショナルな感覚や意識が、いつイギリス諸島に現れたのかを探るために、歴史家は、より広いコミュニ ショナリティの成立の時期をめぐる問題であり、それを近代とするか、それ以前にさかのぼるか、という論点で 問題に関連している。イングランド人やイギリス人というネイション、もしくはブリティッシュネスというナ ムのないネイション」という問題、つまり、近代の国民国家の形成以前にナショナルなものを認めるかどうかの との関連を踏まえて研究されねばならない。(ⅱ)は「ナショナリズム以前のネイション」とか「ナショナリズ の「他者」──もちろん「他者」を過大に強調したり、つねにネガティヴに捉えたりするのは誤りであるが── リティッシュネス)の研究は、たとえばアイルランド人、カトリック教徒、ヨーロッパ大陸の人々といった外部 theother()の問題であり、同時に、他者との接触にともなう「境界」の問題でもある。すなわち、イギリス人(ブ 8)。(ⅰ)は「他者」 -
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くはイングランドの場合であるが、たとえば、ローマ時代から一六世紀の「血まみれのメアリ女王」ことメアリ・チューダーの時代まで、殉教者の歴史を辿りながら教会史を書き換えようとしたジョン・フォックスの『殉教者の書』の公刊から、プロテスタンティズムの確立と大陸(フランス)との戦争を契機としてスコットランドとウェールズをふくむ「イギリス人」(ブリトゥン)というネイションの誕生を論じたリンダ・コリーの『イギリス国民の誕生』にいたるまで(ClaydonandMcBride:10)、多くの書物や記録に描かれた「神に選ばれたネイション」(electnation)というイングランド人(あるいはイギリス人)という自画像の背後には、ローマ教皇を奉じるカトリックという「他者」への脅威と警戒と同時に、自分たちが旧約聖書のイスラエルを継ぐ者であるという信念が潜んでいたことが明らかにされている。異教徒に囲まれた「旧約の民」とは自分たちのことであり、神と特別の「契約」を結んだ自分たちこそ、特別の顧みと保護を受けている「神の選民」(God’chosenpeople)であるという自意識は、反教皇主義へ邁進する人々にたいして以下の三つの主要な特質を与えた。①自分たちが全人類の中から特別に選ばれたというユニークさの意識。②自分たちの過去を旧約聖書になぞらえる特殊なナショナル・ヒストリーと自分たちが最後の瞬間に救済されるという黙示録的な歴史観。③自分たちも天において神の右側に座する宿命を負っているという使命観である。後述するように、このような物語は広くキリスト教世界の歴史に見え隠れする主題であって、イギリス諸島の歴史においても多かれ少なかれ認められるのであるが、ただ、ここで着目したいことは、この物語が、キリスト教の歴史の問題ではなく、ネイションやエスニシティに関する歴史社会学的な研究主題となってわれわれの関心
アルスター・ユニオニストのナショナル・アイデンティティ(下) を惹きつける点であろう。とりわけ、以下で検討するアントニー・D・スミスの「エスニックな選び」(ethnicelection)という神話の重要性は、近現代のネイション形成やナショナリズムの意味を新たな視点から再構築することを可能にしてくれる。(2)
ネイションの起源──近代主義者と原初主義者──周知のように、ナショナリズムやネイションについては、それらの起源ないし始発点をめぐる論争がある。言葉の定義をめぐる概念論争という傾向も見え隠れするが、それらを近現代の現象であるとみなし、その起源についても、あくまで時期を近代以降に求めるべきだとする「近代主義者」と、ネイションは古く古代にも存在していたとする「永続主義者」あるいは「原初主義者」が対立してきた。アントニー・スミスによると、近代主義者の基本命題は「モダニティはさまざまな形においてネイションの形成を必要としている」(Smith,1996:582)という点であり、かれらは「ネイションは、資本主義とか官僚制とか現世的な功利主義と同じような、純粋に近代の発展の産物」であり、そのルーツを、「原初主義者」が主張するように「人間性や歴史一般に求めることはできない」と言い、「ネイションとナショナリズムは、多少のずれはあるものの、一八世紀後半に生み出されたといって、まちがいない」と主張する(Smith,1986:8=10)。ネイションはナショナリズムによって生み出されたが、繰り返し言えば、どちらも「産業化、資本主義、近代国家形成、民主化、公共圏の形成などによってもたらされた『近代的』な現象」(佐藤:43)なのである。ベネディクト・アンダーソン、E・ゲルナー、E・ホブズボーム、アントニー・ギデンス、ジョン・ブリュイ
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リーなどが「近代主義者」の主な論客である。ネイションやナショナリズムを「近代の合理的国家とその自省的能力に由来する」(ブリュイリー)という意見や「国家のコントロールを奪おうとしている準エリート層の利害に由来する」(ギデンス)といった意見もあるが(Smith,1996:582 )、近代主義を代表する最も有名なのはアンダーソンの見解であろう。それによると、ネイションとは「想像の政治的共同体」(imaginedpoliticalcommunity)であって、「お互いに知り合うことのなかった個人は、印刷された言葉を通じて、想像上の共同体に所属し、想像上の子孫をもつことによって、同質で空虚な同じ時間と、同一であると認識しうる空間とのなかに、ともに住んでいるとみなすことができるようになる」と解説されている(Smith,1986:10=12)。したがって「多くの人々が自分たちを一個のコミュニティであると想像するような真のナショナリティの出現には、識字能力があり新聞を読める人口とか大衆を動員できる政治運動の進展が必要であるから、一八世紀末以前にネイションの出現は認められない」(ClaydonandMcBride:8)ということになり、西欧と北米において一八世紀中頃から顕著となる「出版資本主義」の成立がネイションとナショナリズムの誕生を可能にした(佐藤:46)。
人間の言語的多様性の宿命性、ここに資本主義と印刷技術が収斂することにより、新しい形の想像の共同体の可能性が創出された。これが、その基本的形態において、近代国民登場の舞台を準備した(Anderson:46=86)。
もう一人の「近代主義」の代表的論客はE・ゲルナーであろう。かれによると、前近代的な「農業技術」社会においては、ネイションやナショナリズムが生まれる余地はなく、それらは、これまでエリート層の非日常的な活動にのみ必要であった読み書き能力などの「高文化」をすべての人々に対して日常的に要請するような文化的
アルスター・ユニオニストのナショナル・アイデンティティ(下) 同質性を必要条件とする産業社会において誕生する、と説明される(大澤、2009:21
ナリズムが生まれることになる。国家のないところにナショナリズムは起こらないのである。 よって提供する他はないが、他方において、産業化の過程で流動化した個人を社会に統合する手段としてナショ る労働は、マニュアルに基づく労働であり、マニュアルの意味を理解できる均質な労働力は国家が教育制度に 22)。産業化が必要とす -
ある高文化が社会全体に広まり、社会を定義づけ、政治体によって支えられなければならなくなる。それこそナショナリズムの秘密なのである(Gellner:18=31)。
欧米の歴史を念頭に歴史家や社会学者がナショナリズムとネイションの成立を近代的な現象と考えることは当然といってもよさそうな形勢であるが、それは本当に妥当と言えるのであろうか。大澤真幸は、「それが厳密にどの時期であるにせよ、ネーションという共同体が、古代にすでにスタートしていたという、ナショナリストたちがしばしば抱く主観主義的な思い込みは、明らかに客観的な事実に反している」(大澤、2007:64)と断定して、近代主義の立場を擁護する一方で、ゲルナーの議論は「宗教に類比させることができるような、ネーションへの深い感情的なコミットメントを説明しない。産業化への機能的要請という根拠のみによっては、己の死をも恐れぬほどにネーションに深く執着する者が無数にいるという事実を説明できないであろう」(大澤、2009:22)とも述べて、ゲルナーの理論が万能ではないことを指摘している。この点ではスミスも同様である。「ゲルナーの理論は、なぜナショナリズムが世界中いたるところの男女から、あのような強烈さ、情熱、確信を引き寄せているのか、なぜ、ネイションがあれほどの愛着と自己犠牲の対象となっているのか、を説明できないのである」