古高ドイツ語「聖ベネディクトゥス会則」
における喋音音素とその分布一(2)
福 本 義 憲
1
テ高ドイツ語「聖ベネディクトゥス会則」(ABR)において語頭位置に現わ れる喋音の分析の対象には,語の核となる形態素の初頭音・先行する文法的形 態素(fora−, ki一など)および語彙的形態素(合成語の第1要素sedalkange・
hleitarpaum)の初頭音が含まれるが,さらに先行する語または形態素の末尾音 も考慮する必要がある。のちにみるように先行する要素の末尾音の性質に応じ て,続く初頭音の喋音は表記的な揺れをみせる。ABRからおよそ200年後のノ 一トケル(Notker)では先行音に依存して規則的な燥音表記の交替が現われる
(たとえば<g>と〈c>,<k>の交替:fiurg6t/6rdcot, zegienge/位k蝕g など)。この規則性はノートケルではさらに語境界を越えて効力をもち(6rlub
kab/iro geuu61tなど),一般に「ノートケルの語頭音法則」(Notkers Anlaut一
gesetz)と呼ばれる。本稿の分析の対象であるABRを含めて8・9世紀の古ア
レマン方言においてすでにこの法則が成立していたと考える説がある(古くは Wilkens I 891,22;最近ではClausing l 980,359 f)。 ABRの先行形態素の末尾散穂に入れた語頭音表記の分棉ま・論の多い「ノート言ルの語頭音法
・」の成立と働きについても正確な理解をもたらすと思われる。さらにABR
の語頭燥音の共時的な構造の解明は,高地子音推移の一環である語頭における 破擦音化(germ. P−, t−, k−>ahd・Pレ, ts−・kx−)についても究明の糸口を^えてくれると思われ畿むろん滴地子離移よりも遅く起こったとされる 個別的な変化(germ.θ>ahd・dや古アレマン方言における<ch>の問題 など)を構造的に正しく把握するためにも,ABRの語頭燥音の共時的な分析
は欠かすことはできない。語境界(#)および語内の形態素境界(+)を含む語頭位置としてはのちの 変化を考慮して次の4つの位置を区別することができる。
52
(1) (a) #_(C)V
(b)V+_(C)V
(c)S+_(C)V
(d)C+_一(C)V
語中に形態素境界を含む場合は,先行要素の末尾音を母音(V),鳴音(S),喋 音(C)の三類に分けておく。この分類は前稿で行った語中位置(形態素境界 を含まない)で適用したものであり(福本1981,33),そこではそれぞれの位 置に音韻構造の明瞭な相違を取り出すことができた。したがって,語頭位置に おいてもこの区別が有効であろうことを経験的に予想することができる。境界
記号に続く初頭喋音の配列はCVとCCVのふたつの型が含まれる。むろんこ
のほかに子音の連鎖も可能であるが(spr−, sp1−, str−, skr,一, pfr−, pfl−, kx1−,
に含まれるので,語頭位置での音韻構造の設定にはC(C)Vを考慮すれば十分 3)である。境界を必ず環境として含んでいることから分るように,ここでは(a)
から(d)のそれぞれの異なる音韻体系を取り出そうとするのではなく,境界 を超えた先行要素の末尾の音環境によって語頭の音韻構造がどのような影響を 受けるかを確かめることになる。何らかの異音現象が見出せるか,あるいは形 態音韻論的な交替が取り出せるかどうかが問題である。
@ 2
@ABRにおいて(a)から(d)までの環境に現われる閉鎖音と思われる燥音
表記は次のとうりである。(2) 唇音 歯音 軟口蓋音
P/b t k/c/9
d/th
f/u s h z/c ch/qh
4)
i3)例:plderbit(190,17expediat)/bifaldan(251・33 provolvatur)・chinni一
bahhon(214,27 maxillam)/kepeotan(198, l l iubere), vnbiderbe(213,5
inutiles)/〔duコruhanpintames(225,23 persolvamus), erpalden(251・16福本:古高ドイツ語「聖ベネディクトゥス会則」における燥音音素とその分布(2)53
praesumere);tatim(192,12 actibus), kituldit(226,14 cdebretur), far一
traganii(246,7tolerantiam);dolungono(191,8passionibus), deoheit■ i210,7)/theoheit(217,3humilitatem);kankararum(262,12 peregn一 nis)/gangararo(257,28 peregrinorum), pekinnane(190βO incipienda)
/pigu皿an(228,3incipiatur), inkangum(254,6kalendas)/inganc(263・
25ingressus), untarkeban (240,4subdatur).
軟口蓋音表記k/c/gは語中位置においてと同様に,語義の変化を伴わない異表 記交替をみせる(福本1981,34f):kanuctsamera(233,35)/canuhtsamera
(232,24)/ganuctsameru(232,19)。この表記交替が音韻的対立を反映してい ないことは明らかである。しかし,語中での状況と異なりここではk/cがはる かに優勢である。しかも,k/cと9の関係は位置(a)〜(d)によってかなり 相異がみとめられる。4つの語頭位置についてk/c,gの現われを表で示すと 次のようになる。
(4) (a) (b) (c) (d)
k/・9・493晶長 15
g 7 7 6 0 0
(a)の位置に現われる<9>は7例(上記のほかにgnada l93・32;garauuida 193,37;gaugront 258,23;grozzii 260,14)であり,その頻度は1%にも充 たな、llしかし,母音に続儲頭位置(b)では,やはり7例(・n・g・・230・35・
pigunn・n 228,3;kig・b・n 259,21;kig・ng・n 264・19;i・g・g・ng・n・・269・11;
kegangan 2刀,6;inkagankaner 272,5)だが,頻度としてははるかに高い(7%)。
鳴音的環境を伴う語頭位置(c)では鼻音(N)の末尾音に続いて〈g>が現われる のが目立つ特徴である:vngaherzamv(206,8), ungilaubiger(235・13)・ingan一
9・nt・mu(241,2), i・g・n・(263,25), i・g・g・ng・n・・(269・ll)・ung・1im刊ih
i278,3∫こ(。)位置のうち瀟(L)に続く14例はすべて<k>である(・・k・b・n…
201,33など)。あわせて20例の<9>のうち18例が母音を直接うしろに従え るが,<a>が最も多く15,<e>,<i>,<u>はそれぞれ1例つつ…現われ る。<k>,<c>は後続音との関係が明瞭であり,<k>は前舌母音<i>,
<e>と,〈c>は<o>,<u>および子音と連鎖する。一方,<a>は
54
7)
モ求пC〈c>のいずれとも連接可能である。ただし,〈c>が<e>と連な る例が1例だけ(cemlihho l91,29)ある。また1例だが<c>が<ch>と
書かれている例がある(kecriiffant 207,25/kechriffe 243,17)。
語中位置においては<k/c>と〈g>はおよそ3:7で〈g>がはるかに
8)
D勢であった。ところが語頭位置ではこの関係は逆転し,(a)〜(c)のすべて
の位置をあわせておよそ〈k/C>9:<g>1の割合になる。語中においては
表記交替の関係を踏まえて無声軟音を設定したが(福本1981,35),その観 点からすれば語頭位置では少なくとも(a),(d)においては軟音の可能性はな い。むしろ硬音性が強かったと想定しなければならない。(b),(c)の位置で は鼻音(N)に続く場合に<9>の現われがとび抜けて多いのが目立つ(約20%)。流音位置(L)では<9>は1例もみあたらず,これは(a)・(d)との近 縁性を感じさせる。
8世紀後半から9世紀にかけてのザンクト・ガレンのことばの実相をかな
り忠実に反映しているとされるVorakte(以下VA)では, germ・9に対応す る音はすぺての位置で<c>,<k>で表記されるのが一般的だったようである:764Cozpret,787 Uuitucauuo/Widogaugio・799 Her五ker/Herigaeriなど 9)
(Sonderegger l 962,275 f£;1970・30)。790年頃ザンクト・ガレンで書かれた
とされるSt. Galler Paternoster und Credo(以下PC)では〈k>,〈c>が 10)
germ.9に対する唯一の表記である(kllaubu・kot・picrapanなど6例)。ザン
クト・ガレンの8世紀前半から9世紀初頭までの記録文書(Urkunde)の表記
を調査したWilkensの研究(以下W)によって(a)〜(d)の位置にわけて760 年から799年までの<k/c>,<g>の現われを示すと,(5) (a) (b) (c) (d)
}
k/c 61 8 19
g 33 20 20
のような分布を示す(wilkens 72£)。ここでは<9>の出現が比較的多いこ とが分るが,VAとの比較からすでに明らかにされているように正式の古文書 となって残されている古文書においては古風な伝統的な表記への愛着が強かっ たことを考慮に入れなければならない(Sonderegger l 962,274)。 とすれば,
VA, PC, ABRにみられる〈k>,〈c>の圧倒的な優位は重要な意味を帯び てくる。語中位置における分析を踏まえて,語頭における<k>,〈c>の表
福本:古高ドイツ語「聖ペネディクトゥス会則」における燥音音素とその分布(2)55
記の優位からgerm・gのABRの対応音がこの位置で硬音性をもっていたと解
釈することが許されよう。語頭位置の中でもこのことはとくに(a)と(d)の 位置,そしておそらく流音に続く位置にあてはまる。それに対して,鼻音に続く位置での,20%という<g>の高い頻度は軟音的な性質へと傾いていたこと を思わせる。また(b)位置においてもある程度の軟音性を認めねばなるまい。
ABRからほぼ200年後のノートケルにおいては, germ. gの対応音は<k>
と<g>の規則的な交替となって現われる。これはすでに触れた「ノートケル の語頭音法則」によるもので,k/9に限らずP/b, t/dおよび不完全ながらf/v の交替のうち,文頭位置と文中で先行する語が無声音の末尾音をもつときp,
t,k,fが現われる現象の一環である(BE lOO)。〈k(c)〉,<9>の交替はし たがって先に挙げたfiurg6t/6rdcotのほかnah ken6men/Tannan geskahのよ
11)
うに語境界を越えた先行末尾音によっても規制される。ABRでは語境界(#)
を環境とする場合(つまり(a)位置),ほとんど〈k(c)〉で表記されたので あるから,この点で大きな相違がある。また形態素境界(+)を含む位置(つ まり(b)(c)(d)の位置)に関してはノートケルにおいては(b),(c)の位置
(VとS,つまり有声音環境)で〈9>,(d)では〈k(c)〉が規則的に現われ
るのに対して,ABRにおいては右声環境での〈g>の現われはおよそ10%に すぎない。この表記の変動はABRからノートケルに至る200年の間に何らか
の音声的あるいは音韻論な変化が起こったことを示唆している。現代のマレマ ン方言では語頭の軟口蓋閉鎖音は一般に無声軟音である(Iutz 218)。 germ・9 の対応音が硬音として現われるのは特殊な条件のもとでに限られる。そのひとつは,ge《ahd. ga−/gi−, altalemann・ka−/ki−)の母音が消失した場合である: 12)
Jkrっ:tto(geraten), s kesse(gegessen), B kseid(gesagt) など。しかし南ア レマン方言ではこのような条件にあわない硬音もわずかながら存在する:B
13)
kukan(gucken), V kukkeなど。 ABRにおいては比較的均質であった語頭硬 音はノートケルを経て今の方言形に至るまでに複雑な変動にみまわれたことが 窺われるのである。
両唇閉鎖音のp/b表記についても軟口蓋音と似た異表記の現われを示してい
る。pifaldan(241,16)/bifaldan, furipurti(257,4)/furil)urti(246,7)・erpaldeen
(203,2)/erbaldee(269,5)の〈P><b>の交替はkanuctsameru/ganucレ sameruと同じように語義の変化を伴わない異表記の交替である。それに対し
て,chinnibahhon, pibot, bibun(253,32)は同一一語での異表記をもっていな
し
T6
い。位置(a)〜(d)の異表記の現われも軟口蓋音の場合とほぼ平行している。
(6) (a) (b) (c) (d)
P 25587碧琵 1
b 3 13 4 1 0
語境界に接する(a)での3例はbifaldan, bibun, bidarbi(240,10)の3例で あるが頻度はおよそ1%であり,軟口蓋音の(a)と対応している。形態素境界 を介して母音に接する(b)の位置ではchinnibahhon, furiburti, pibotのほか にkabet(226,14)がある。 pibotは10回現われるがつねに<b>をみせて
いる。頻度は13%で,これは軟口蓋音での7%を倍近く上廻っていることに
なる。(c)の鼻音に続く4例はすべてvn−/un一とpiとの接続である(vnbi一 1innanlihhaz 206,15 unbiuuamter 211,30 vnbiderbe 213,5umbiderber 255,35)。流音の位置では軟口蓋音では14例中1例もなかったが,ここでは同じ14 例中にようやく1例みられる(erbaldee)。全体としてみると, pibotの10例を 除くとbi一が7例(接辞のpi一とb三bunを含めて)を占めているのが注目さ
れるが,後続の母音との関連性は<g>と<a>の場合ほど明瞭ではない。
いずれにしても,両唇音の位置による異表記の分布が軟口蓋音の分布(4)とほ ぼ重なりあうことは認めないわけにはいかないだろう。(a)位置での<k>〈c>
の音価として硬音性を想定する以上,この<p>も硬音であったと考えるぺき である。それに対して,(b)(c)の有声環境では硬音は幾分弱かったと考えら
れる。
VAにおいてはgerm. bに対応する表記としては〈P>が語頭のすぺての
位置で支配的である:782Pusilo/Busilo,786 Poran, Poto;764 Eghilpret,773Amulperto/Hamulberto;787 Hugupert/Hugubertoなど(Sonderegger l 962,
275f£)。これは軟口蓋音について確かめた事情と一致している。正式の古文
書では<b>が多くなることについては,すでに説明は与えられている。W
では当然<b>表記が頻繁に現われることが予想される。(7) (a) (b) (c) (d)
}
p lOl 58 65 b 59 132 76
(760年一799年Wilkens 63 f£)
福本:古高ドイツ語「聖ペネディクトゥス会則」における燥音音素とその分布(2)57
<b>が伝統的表記であったことを考慮に入れても,Wでの(a)と(b),(c)
の関係が丁度逆であることはおそらく何らかの意味があろう(これはWでの軟
14)
口蓋音についてもそのままあてはまる)。一方,PCでは完全に<p>で占め
られている:pist, prooth, kiporanなど。 ABRの語頭の<P>表記が決して 孤立したものでないことがVA, PCとの比較によって分る。このことから8世 紀初頭のザンクト・ガレン方言においてgerm・bの対応音が少なくとも語境界 に接する位置では硬音性の音価をもっていたと推定しうるであろう。母音と鳴 音に接する位置では軟口蓋音の場合と同様に軟音性に傾いていたと思われる。ノートケルにおいてはk/9と同じ様に「語頭音法則」に組み込まれてP/b の規則的な交替をみせる:d血ot pech6nne/ne bech6nnet, chit P丘rgliche/dia
b丘rg。ノートケルの〈b>および〈P>がどのような音価をもっていたかに
ついて従来多くの議論がなされたが,現在は一般に〈p>は半硬音または半軟 音,<b>は軟音と考えられている(BE 101;Mitza l954,70;Penz11955,200f£;1968,147)。このノートケルの音価についてはABRの語頭での構造を 確定したのちにもう一度とりあげることにする。現代アレマン方言ではgerm.
bの対応音はやはり一般的に無声軟音である(Jutz 172)。特殊な条件のもとで 一は硬音的性質をもつが,とくに冠詞(die)や接辞(be−, ge−)と語頭音との融
合している場合は硬音であり,軟音と対立してときには統語的機能をもつこと がある:Jbaxxo(backen):paxxo(gebacken), bire(Birnen):piro(die
15)
Birnen), S pUr(mhd. gebOre), B pr6ukx9(rauchern)など。このような特殊 な条件がなくても硬音をもつ語が中部。南部アレマン方言の全域にわたってみ
られる:Jpier(Bier), S pito(bitten), B pixtan(mhd. bihten), V pakko
16)
(Backe)など。一般的には軟音だが,特殊な条件のもとにない語でも硬音を もっているという事実は興味深い。Schild(302)はこの軟音と硬音への分離は
「ノートケルの語頭音法則」に源があることを示唆している。そうだとすれば,
むしろまさに硬音と軟音として今の方言に残されているということ(半硬音ま たは半軟音と軟音とではないということ)に注意を払っておかねばなるまい。
@ 3
@ABRで語頭位置だけに現われる表記は<th>と<q>であるが,この
<th>は〈d>と自由な異表記の関係にある(deohdt 210,7/theoheit 253,
32)。一方,<d>は<t>との間に直接的な異表記交替を決してしない。
58
(8) dultigeem(200,23 patientes):tultim(224,24 fヒstivitatibus)
kedultit(251, l l patiatur):k三tuldit(226,14 celebretur)
vntardeonotan(269,5subd三tum):vntartuat (213,24 subdat)
この関係は語中での表記的対立(pado:poto福本1981,137)と呼応してい
る。〈d>と<t>の表記の対立は音韻的対立を反映したものと考えなければならない。この〈d>と<th>は表記的な対立をせず,しかも<th>は特
定の語だけに用いられる:kedeomuatit(208,28)/ketheomvatemv(263・3),deonoon(201,16)/theononte(216,3), deonostes(200,3)/theonostes(225・22)
など。いずれもdeo−(ahd.*deo Knecht )と関連する語であり,このうちd一 は43,th一は12の割合である。 deo一以外の語では〈d>が一貫して用いられ
る。<d>と表記的対立を示す<t>は全く異表記をもたない。この<t>
の安定性はABR以外の文献でも保たれている。 VAにはSondereggerからの
例ではこのgerm. dに対応する<t>の確実な例は見出せないが, Wでは不確かなDuomoとDurgangeを別にすると一貫して<t>が現われる(Wilkens
60£)。PCでもつねに〈t>である:truhtin, take, tote。ノートケルにおいて はこのgerm. dに対応する〈t>は語頭音の法則の影響を受けない:saone tagen, so tr6ug, er tOon。 Penz1(1968,147)はノートケルにおいて表記の揺れ のない〈t>に帯気硬音[th]を想定している。 wilkens(61)も8世紀の〈t>に明瞭な硬音性を認めている。ABRの〈t>も当然硬音と考えなくてはなら
ない。南アレマン方言では現在でも明瞭な硬音性をもっている(Jutz 88)。ABRの<t>と〈d>に対応する音はVではほぼ完全に硬音:軟音の対
立を保っている(tag, t6d:daxx Dach , d6rff Dorf )。中部マレマン方言の 17)
BとSでは代名詞,副詞,数詞や少数の語を除いてともに硬音である。
germ. dの安定した〈t>表記に比ぺて, germ・0に対応する<d>は8世 紀から11世紀の古アレマン方言において相当な表記の揺れをみせる。たとえ
ぱ,PCでは5例の<d>のほかにthu, dhanaがある。 VAでは正式の古文
書の方にはdh, thが多いが, VAそのものではdが原則である:786 Deotbert,Deotpold,787 Deotuni/Theutone,805 Deotini/Dheotini(Sonderegger l 962,
278)。Wでは744年から759年にかけての12例のうち<d>が9例を占めるが,
760年から779年ではt14, thl9,dl4の割合である。780年から799年では再び
<d>が優勢になり,〈dh>は780年以降にようやく現われるという(Wilkens
福本:古高ドイツ語「聖ベネディクトゥス会則」における燥音音素とその分布(2)59
85).9・・m.θに対する〈・〉表言己はVAにも働ながら見ら蠣が(S°n d。,eg9・・a.・.0.), Wでは760年以降頻繁になっているのが興味深v ・ノートケ
ルの<d>は「語頭音法則」に組み込まれて<t>と規則的な交替をみせる
(丘ber daz/uuard taz)。ノートケルの<th>はもはや人名にしか用いられな い(s6 Dioterih/hiez Thioterih)。 ahd・dはgerm・0からの発展形であり・摩 擦音がAhd.の時期に閉鎖音へ移ったとされるが,ノートケルにおいてはもう
すでに閉鎖音であったことは疑問はない。Wilkens(82)は<dh>の存在か
ら9世紀にはまだ有声摩擦音であったと推定している。Penzl(1971b・305)は PCに現われる<dh>に基づいてやはり摩擦音と想定している。 Penz1(1964・
179)によれば全アレマン方言で閉鎖音に移行したのは9世紀に入ってからで
ある。しかし,BE(164)はABRにみられる<d>の圧倒的な優勢に基づい
て,800年前後には閉鎖音に完全に移行していたとする。この<d>の優勢はすでにVAにもみられる。古文書での〈dh>,<th>の長期にわたる使用
は,すでに触れた古文書の伝統的表記を重ずる傾向を考慮して理解しなければ ならない。<dh>はしばしば摩擦音を想定する根拠に挙げられるが(Penz1・Wilk,。、)』,u、1er(1893,41)によれば実際の音価[d]と伝統表記<th>と の混清である可能性がある。あるいは,フランケン方言からの単なる表記的影
19)
響とも考えられる。
germ.θからahd. dへの変化には中間段階として有声摩i擦音[5]が想定 された(Willkens a. a.0., Moser l 954,71)。この有声音はアレマン方言におい て有声がないことから疑問視され,中間段階を経ずに直接無声軟音[弔へ移行 したか(Heusler a. a.0.),それとも中間段階をおくとすれば無声軟音の摩擦音
[6]を想定しそれらから閉鎖音へ変ったと考えるのが自然である(Penzl l964・
1歯)。いずれにしても,新しく生じた閉鎖音は無声軟音[叩である。ABRに
おける〈d>・ぐ〉の表記対立の裡に潜む音韻対立はむろん軟・硬音対立で
なければならない。語頭位置のひとつの特徴はこの歯音系列の軟・硬音対立が 両唇音と軟口蓋音では欠けていることである。(9) 唇音 歯音 軟口蓋音 軟音 /d/
硬音 /pノ /t/ /k/
瀦と蜘蓋音において軟音の対立散欠いていたと・・うことのなかに・ABR
60
にすでにみられるように位置的に条件付けられた軟音性の異音を生んだ構造的 な要因がある。形態素境界を越えて母音に接続する位置(b)と鼻音に接続す る位置(c)そしておそらく流音に続く位置においても硬音/p/,/k/はいくら か硬音性を失った,多分軟音へ向ってのある程度の幅をもった異音を生んでい たのであろう。それは,唇音と軟口蓋音の軟・硬音対立が中和していたからこ そ司能であった。この語頭位置で軟・硬音対立を維持していたのは歯音系列だ けである。
この/d/と/t/はそれぞれgerm.θとgerm. dに対応するが,このふたつ の音韻変化0>d,d>t.のあいだには構造的な因果関係があるとする説があ る。θ>dの閉鎖音化がすでに存在した/d/を/t/へと押し出したと考えるので ある(Moulton l 969,233;Raevskij l 972,32)。しかし,これは少なくとも古ア レマン方言に関する限り事実に反している。すでにみたようにgerm. dに対応 する〈t>は8世紀を通じてきわめて安定しているのに対し,germ・θに対応
する<d>は8世紀全体を通じて激しい表記的な揺れとみせる。d>tがより
古い時代の変化であり,0>dはそれより遅れて始まった変化と考えねばなら ない(BEl58,162)。またθ>dの変化は語中位置が先行したことも知られて いる(BE l63£)。このことからPenzlは,摩擦音化によって生じた語中の/3/(〈t)によって語中位置は摩擦歯音を3つももつことになり(/s/,/θ/,/3/),
そのために/0/は摩擦音系列から押し出されて閉鎖音になったと考えている
(Penzl l964,174;1971a,172)。しかし,語頭位置では摩i擦音化は起らなかった から,このことが語頭でのθ>dの直接的な原因ではないだろう。むしろ,歯 音系列におけるもうひとつの特殊事情を想起すぺきである。語頭においては
(st一のtとともに)tr一は破擦音化を受けずにgerm. tがそのまま残された
20)
(ahd. tr6st, tr量uwaなどBE I 56;pr−, kr一は破擦音に推移した)。したがっ て,rの前以外のtとすぺての語頭のp, kが破擦音(ないし強い帯気)に推
移したのちも歯音系列だけはt:dの対立が維持されていたことになる。 o
( °)卜一
o:≧二:!:乞
d.−d−/r…rd.
o 『「『『一 o
θ._θ一→5./
@ o
唯一の軟・硬音対立の音素であったdが硬音になってtと融合したとき生じ o
福本:古高ドイツ語「聖ペネディクトゥス会則」における曝音音素とその分布(2}61
た構造的空隙を埋めたのがθ>dであり,これによって語頭位置の閉鎖音は再 o
び軟・硬音対立を回復したのである。この解釈は変化のクロノロジーにも一致 する。歯音の語頭でのtr一という特殊性が古高ドイツ語の語頭での/d/:/t/
の存在に何らかの形で関わっていたとみるぺきであろう。
@ 4
@ABRにおける摩擦音および破擦音の表記は次のとうりである。
(11) 唇音 歯音 軟口蓋音 f/u s h
(f) z/c ch/qh/q
脅
i12)例:fbrahtun(190,28 pavore), kifangan(227,23 incipiatur)/kluan一gan(227,37), inualde(211,5revolvat)/unfardeuuiti(245・15 indigeries),
funt(245,41ibra), farru(275,5diocesim);erfulli(191,30 comple)/
eruullan(190,15 implere);sakee(257,20 suggerat), kisahchan(231,38 obiurgetur), ersvahhit(201,12 exigitur);horrames(192,30 audiamus),
hlatre(205,21 risui)/lahtere 216,27 risu), keholfaneer(237,27 ad三utus);
zaala(200,30 periculi), kezellan(192,11 computare),7ilee(206,2 studeat)/cile聡(248,4studere);chamfanne(190,4militanda), chvatu一 mes(259,2diximus)/qhuidit(207,6ait)/quad(217,18 dixit)・kechun一 dit(209,27 ind童cat).
fehtan(196,17), fater(191,19), funt(245,4)に現われる<f>は(a)お よび(d)の位置では全く異表記を持っていない。母音を先行させる(b)と 鳴音環境の(c)ではわずかながら<u>と自由な表記交替を示す例がある。
(b)では<f>45,<u>2,(c)では鼻音のあとでは〈f>9・<u>1,
流音のあとでは〈f>29,<u>2の現われである。(b)での<u>の例は
kiuangan, fbrapiualde(251,36)の2例である。(c)の鼻音環境では…nualde1例のみ,そして流音環境ではemullan, ervirrit(261,25)の2例ですべてで ある。全体としては,〈u>の頻度はそれでも5.7%に達する。(a),(d)の位置 での<u>が皆無であることからすれば,(b)(c)の5・7%という頻度はやは
り有意な数値であるといわなければなるまい。これは,しかも両唇閉鎖音と軟
62
口蓋音において確かめられた位置(a)(d):(b)(c)と重なりあう。語境界を
環境とする位置(a)での〈f>はABR以外の古アレマン方言の文献でも
きわめて安定した表記である。Wではf93・ul(Uolcamaro)の割合である
(Wilkens 90)。 VAでも事情は同じであり,例は少ないが778 f}isging/丘is一 ginga,797 Freaso, Kdira(ahd・fildir/feld)などを挙げることができる。 PCに
おいてもすべて<f>である(fater, fbna, firlentiなど)。有声i環境(b)・(c)
でも〈u>はまれであり,Wではf48に対してu2である(Wilkens 90)。
VAでは同様に<f>が支配的であるが対応する古文書形の表記が<u>を
示す例が散見される:764Herchanfrid,786 Berifrido・805 Ghisalf}id/Ghisal一 u・edなど(S・nd・・eg9・・1962・267鋤・PCには(b)・.(・)での例はなv ・ノートヶルでは語頭音法則が適用されてf/vの交替を示すか,やや不完全で
ある。無声音に続く場合は<f>が規則だが,有声環境では〈f>と〈v>
が両用されている(fh fahe, tu fahest/tu vahest BE lOl)。8世紀から9世紀に かけての<f>表記の安定性は,〈f>が(a)(d)の位置で明瞭に硬音的性 質をもってv・たことを窺わせる.(b)(・)の右声環境ではABRにおいてやや 軟音に傾いていたと考えられるが・/P/・/k/の場合の11・6%にははるかに及ばな い5.7%の頻度(〈u>)からすれば軟音への傾斜は閉鎖音ほど強くなかったと思 われる.このことは,ノートケルにおv・て〈・〉が現われるべきところに〈f>
が頻繁に用いられていることとおそらく関連しているだろう。8世紀から10世 紀の古アレマンでは<f>に対してかなり強い硬音性を認めることができる。
しかし,現代のアレマン方言では全域にわたってほとんど例外なくgerm・fは 軟散あぎ1 古高ドイツ語につ・・てもgerm・fの対応音は一般に轄と考えら れている(Penzl l961,309)。語中位置ではたしかにABRにおいてすでに軟 音であったことは疑・・な・・が(福本1981・40ff)・調位置における安定した
<f>表記は少なくとも8,9世紀のザンクト・ガレンに関しては軟音的解釈を 許さない。語中と語頭でのgerm・fの軟音化は時代的に大きなずれが認められ
る。語中では〈f>と〈u>は8世紀の早い時期から自由に交替している
が,語頭にお・・て〈u(v)〉力瀕繁になるのはようやくノートケル以降である(BEl27f)。現代方言における語頭の軟音はノートケル以後の変化とみなすべ きである。
語頭に<f>表記をもつ語の中で,〈v>と決して交替しない語がノートケ ルにある(fa臨fad, f互69・n).これらの語はノートケルの死後壱筆写された詩
福本:古高ドイツ語「聖ベネディクトゥス会則」における燥音音素とその分布{2}63
篇(12世紀)ではしばしば<ph>と交替する(fad/ph直d, f輸onda/phru6nda Penzl l 968,144;1971,95 f)。 germ. Pに対応するこの〈f>はABRでは
funt, farraの2例だけである。8世紀の文献にはPCがinphanganの〈ph>
を示すほか,Wではf4, ph 1(Faffinga, Forren, Phorraなど)である(Wi1一 kens 40)。現代の方言ではアレマン方言の全域にわたって〔pf〕または〔bf〕の
破擦音が対応す潔これらのことからABRおよびノートケルの<f>が破擦
音をも表記したことは明らかである(BEl21)。破擦音に対する<f>は古ア レマン方言特右の伝統的表記と解釈される(Jutz 169;schatz l Oo;wilkens 42,福本1980,3;1981,40)。したがって,A8Rにおいては語頭位置でgerm・fに対応する硬音/f/とgerm Pに対応する破擦音/pf/があり,/f/は右声環 境では軟音性へと傾いた異音を持っていたと考えられる。
軟口蓋音〈ch>が摩擦音か破擦音かあるいは帯気音を表わしたものかを決
定するのは,必ずしも容易ではない。〈ch>はgerm kに対応し・A8Rの
語頭のすべての位置に現われる表記である。〈ch>はしかし2語qhuedan,23)
qhuemanに用いられて<qh>と表記交替とみせている。このふたつの語の語
頭での現われはqh lOO, ch l6, q2であるが,このうち〈ch>は16例中13例まで母音環境の位置(b)に現われる。母音に続く位置での〈ch>の現われ
は,語中では摩擦を表記するため気になるが,語中の摩擦音の表記にはむしろ<hh>,<hch>が一般的であった(福本1981,42)。<ch>と表記交替する
<qh>が摩擦音を表わしたとは考え難いから,語頭の〈ch>は帯気閉鎖音な 24)
磨Eし破擦音とみるぺきだろう。ABR以外の9世紀前後の文献では・Wには
ch 25, c 3があり, VAには786 Chonzo/Chonzoniがある(Wilkens 46・Son一 deregger I 962,259)。当時ch表記が比較的定着していたことを窺わせるが・790年のPCではkhorunka, khirihhun・chuu〔m〕ftic・qhuekheがみられる。
この<kh>は帯気閉鎖音または破擦音以外のものではありえない。ノートケ ルでは語頭のgerm. kは<ch>に統一一されており(chdninga・chit・ch6men,
chraft),音価の推定はより困難である。 Pestalozzi(152 ff)はわずかに現われ る<c>(becennest, kec6se, craftなど)を根拠にノートケルの<ch>に帯気 閉鎖音〔kh〕を想定している。ノートケルでは<ch>は語中の母音あとでは
<㏄h>と表記対立をして摩擦音を表わすが,語中の鼻・流音に続く位置の
<ch>は語末での〈9>および<h>に対応する(danches/d直ng・uu6rcho/
uu6rh)。 Penzlは母音のあとの〈ch>は摩擦音,子音(鳴音)に続く<ch>
64
は破擦音と推定したうえで,語頭の〈ch>が破擦音を表わしたであろうと控 えめに述ぺている(Penzl l968,146)。しかし,3年後には現代のザンクト・ガレ
ン方言の〔x〕を根拠に前説を取り下げ,語頭の<ch>を摩擦音とみなした
25)
(1971,103)。現代のアレマン方言ではgerm・kの語頭での対応音はきわめて 多様で複雑な分布をもっている。おおよそ南部の摩擦硬音〔x〕,中部の軟音
〔γ〕,破擦音〔kx〕,帯気音〔kh〕,北部での帯気音〔kh〕,子音の前の閉鎖音
〔9〕まで現われ,かつ帯気音と破擦音の相異は微妙である(Jutz 208, Bloom一
26)
field l 938,180)。方言における多様な音からノートケルの<ch>の音価を推 定することは極めて困難である。しかし,ABRについては,すでにみたよう
に,<ch>と<qh>の表記交替や近い時期での〈kh>の存在などによって
少なくとも摩擦音でないことは明らかだと思われる。Wilkens(48)は8,9世紀 の古アレマン方言のchを帯気音と推定している。帯気と破擦音は音声的に連 続しており,どちらかに定めることは困難であり意味も大きくないが,Penzl のいうように10世紀から11世紀のノートケルにおいてすでに摩擦音であったと27)
するならば,9世記初頭のABRでは,強い帯気音よりも,摩擦音の前提とし
ての破擦音を想定するのが自然であろう。他の摩擦音・破擦音の表記の音価の推定は,さほど困難ではない。<h>は
<s>と同様iに異表記を全くもたない,安全した表記をみせるが,語源的にあ るぺきところに欠落している例が少なくない。母音の前での語頭位置では,
orren(272,220boedire)の1例である。逆に,非語源的な<h>が付加され た例は6例にのぼる:hubilan(215,26 malum), hachustim(218,6vitiis),
kellaucken(218,9demonstrare), heru(222,14 honore), herist(226,36 primis),
28)
Leikinin(266,17 proprii)。このような語源的なhの欠落(とくに人名の第2
要素の初頭で)や非語源的なhの付加はVAでもすでに比較的類繁にみられ
る:781Manoghalt/Manogald, Isanar/Isanharat,804 Pernanct/Pernarct/Perin一 harct,764 Herchanf士id,7731sisperto/H五sinberto, Amulperto/Hamulberto,778
Hisanherio/lsa曲ar玉o(Sonderegger l 962,279 f)。子音(1, r, n, uu),の前で
はABRは欠落が目立っている。1の前のhlahtar(risus), hlaufan(currere/occurrere)の語群, hleitarではhl−15,1−4である。 nの前では4例のkehか eigen(inclinare/declinare)はいずれもhn一である。 rの前に語源的hをもつ のは10語であるが,15回の出現のうちr一は3回である。uuの前ではkehuue一
rban, huuerauanの2語の9回の出現のうち1回uu一である。子音に接続す
福本:古高ドイツ語「聖ベネディクトゥス会則」における喋音音素とその分布(2)65
る語頭位置ではodhuuila(fbrte)の7回の出現のうちh一が落ちているのは3 度である。代名詞または副詞のeocohuue一に属する語群は42回あらわれるが,
そのうちh一をもつのは3回だけである。母音に接続し,代名詞または副詞と
いう副次的な語であることが極端にh一の少ない原因であろう。子音の前の h一はVAではとりわけ合成語の第2要素の初頭でしばしば失なわれる:775
Juncram/Junchram,799 Kerram, ualtram〈ahd. hram,,Rabe (sonderegger29)
P962,280)。8世紀から9世紀にかけてのgerm・xに対応する/h/がすでに軟 口蓋の明瞭な摩擦性を弱めて気息音に近くなっていたことは(BE 143 f),非語 源的な〈h>が頻繁に使われたことや,子音の前での欠落,とりわけ合成語の 第2要素の初頭で欠落などから間違いのないところである。現代のアレマン方 言においても,母音の前では,気息音としてたもたれ,子音の前ではNhd・共 通語と同様に完全に消えている(Jutz 229)。
歯音の摩擦者・破擦音は最も問題が少ない。ABRにおいては<c>と<z>
の直接的な異表記が存在する:zilee/cilen, farcikan(235,29 denegari)/farzihe
(236,25deneget)。 cit/ciitはしかし,<z>の異表記をもたない。<c>は語
頭において,iまたはeの前に便われるが, a・0・Uの前では〈C>は<k>
と直接的な表記交替をする。この<k>と表記交替をもつ<c>が,ひとつ
の例(cernlihho)を除いてi,eの前では使われないことはすでに軟口蓋閉鎖音 のところで述ぺた。<z>はVAにも現われ(798 ZupPo/ZupPonis),ノートケルではもはや<C>との交替はなく,一貫して<Z>表記がgerm・tに対
応している(zit, zUcchen)。現代方言では,破擦音〔ts〕(北西アレマンでは〔ds〕)が対応する。 ABRの破擦音的音価はいうまでもない。〈s>は全く
30)
異表記をもたない,きわめて安定した表記である。この摩擦音が語頭位置で軟 音であつたか硬音であったかは,異表記をもたない安定性の故に確定すること
は難しい。語中においては,軟音/z/と硬音/s/を設定したのは,両唇音と o
軟口蓋音との平行性と,現代方言の軟・硬の対立を考慮したためであるが(福 本1931,38),語頭位置では,唇音/f/は硬音,軟口蓋音または気息音/h/は 軟音であり,平行性はない。/h/が軟口蓋性を弱めて気息化レたという特殊性 からすれば,/f/との平行性を構造的に認めるべきだろう。現代方言におい
てはABRの/f/に対応するのは軟音であり,/s/も母音の前では軟音であ
31)
る。
摩擦音および破擦音を含めて燥音は,語頭において次のような構造をもって
66
いたことになる。
(13) 唇音 歯音 軟口蓋音 軟音 /d/
硬音 /P/ /t/ /k/
軟音 /h/
硬音 /f/ /s/
/pf/ /ts/ /kx/
/f/は(b),(c)の位置では軟音性へ傾斜した異音として実現された。/s/も確 定はできないが,/f/と平行して,軟音を志向する異音があったと想定できよう。
@ 5
̀BRは語頭位置での燥音音素として,(9)に示した閉鎖音と加えて(13)に 示した構造をもっていたことになるが,この構造は200年後のノートケルの語 頭音の解釈にも重要な示唆を与えるものと思われる。ノートケルの語頭位置で の音素はPenz1によれば次のような構造をもっている(Penzl l971a,104)。
(14) 唇音 歯音 軟口蓋音 軟音 /b/ /d/ /9/
硬音 /t/
軟音 /v/ /z/ /h/
硬音 /x/
/pf/ /ts/
Penzl(1968,147)によれば語頭音法則によって起こるP−t,9−k, d−tの交替 は,位置異音の現われの反映であり,この交替するp,t, kは無声軟音/b/,
/d/,/9/の半硬音異音を表わしたものである。ノートケルの語頭の基本母音は 無声軟音であり,文頭位置,および語頭の無声子音に続く位置においてこの軟 音は半硬音へ強音化される(BE lm)。この交替するP,t,kを半硬音ないし半 軟音とみなす根拠についてはすでに触れた。有声と無声の交替であるとする説
(Wilkens 35, Wilmanns 95)はすでに否定されてひさしい(Schild 306, Mitzka 1954,70,Penzl l 955,200 ff.)。半硬音を想定するのは,「Heuslerの法則」と
福本:古高ドイツ語「聖ベネディクトゥス会則」における喋音音素とその分布(2}67
して知られる方言的現象(Sievers 72)すなわち,1部のアレマン方言で有声環 境においては軟音と硬音の2段階の強度の差が区別できるが,無声軟音が何ら かの事情で連鎖するとき,軟音でも硬音でもない中間的な(neutral)強度が生
じるという現象が発見されて,それがノートケルの表記交替の説明に援用され たのである。これをそのまま音韻的に解釈すれば,音素の異音の現象にほかな らないわけである。ある程度統一化された表記体系では異音は表記されないと いうのが音韻論の現在の常識であることを認めたうえで,Penzlはノートケル のラテン語の修得によって身につけた,音声的な能力こそ異音を表記させたの だと説明している(Penz11955,207)。異音の表記とはたとえば,現代ドイツ 語の表記体系で/x/の異音〔x〕,〔g〕が表記された場合を想像すればよい。
MoultonはPenzlのこの点を批判して,ノートケルの表記はむしろ音韻形態
論的な現象が表記されたものであることを示唆している(Moulton 1979・243)。音韻形態論的交替とは,対立するふたつの音素が特定の位置において対立が中 和し,片方の音素の実現音となって現われる現象である(プラーグ学派はこの 場合原音素を設定する)。ノートケルの例でいえば語頭の対立/d/:/t!は中 和し,/d/は音声的に/t/の具現音と同じ音声で現われると解釈することにな る。Penzlの異音的解釈では,/d/は半硬音になるだけで,/t/とは同じもの ではなく,/t/は帯気硬音と解釈して半硬音との融合をさけているが(Penz1 1968,147),軟音と半硬音の微妙な相違を聞きわけて体系的に表記したノート ケルが,半硬音と帯気硬音の明らかな違いを聞きのがしたとは考え難い。形態 音韻論的な交替は,たとえば,中高ドイツ語において体系的に表記されている
(舵c/weges,1ip/1ibes, schilt/schildes)。語末で無声・有声(あるいは硬音・軟 音)の対立が中和し無声(あるいは硬音)となる。この末尾音硬化は,表記交 替からみれば語頭音法則と完全に平行していることに注目しなければならな い。ノートケルにおいても,p, t, kを半硬音ないし半軟音的な異音の表記とす るよりも,明瞭な形態音韻論的な交替現象をみるぺきであろう。
しかし,基本音素である軟音が文頭および無声音(軟。硬音に関係なく)に続 く語頭において半硬音あるいは硬音へ強化されたとする説明にはなお疑問が残 る。これはノートケルの語頭での基本音素をどう考えるかという問題である。
基本音素として軟音が設定されるのは現代アレマン方言でgerm・b,θ, gが一般 に軟音であることのほかに,t/dの交替が, ahd・dだけに関わるものでahd・t は交替しなかったことがあげられる(BE lOI)。 d→tの一方通行が,その外の
68
b,9にも平行して起ったと考えれば,語頭音の法則をきわめて統一的に捉える ことができるからである。しかし,軟音を基本音素とするということは,ABR において(9)のごとくに設定された,硬音/p/,/k/がノートケルに至るおよ そ200年足らずの間に,軟音へと移行したことを意味する。つまり,/p/,/k/
の通時的な軟音化を想定しなければならない。そしてさらに,この軟音/b/,
/d/,/9/が,ノートケルにおいて共時的に硬音/P/,/t/,/k/となるとすれば,
ABRを踏まえてみると硬音〉軟音〉硬音という行き戻りを想定しなければな
らなくなる。この矛盾は,ノートケルの語頭基本音素として硬音を想定すれば 解消される。事実,1語だけでとり出された場合や,文頭の語などはノートケル ではつねに硬音であり,このことから,古くはSchildが基本音としての硬音 性を示唆しているし(Schild 307),最近では(Clausing I 980,364)がその可能 性を指摘している。硬音を想定すれば,無声音環境では硬音性は保持され,有 声環境において硬音が軟音になるという共時的な交替があったことになるが,とれはそのまま通時的な事実に適っている。すなわち,ABRは,硬音は有声
環境において軟音性に傾いた異音をもっていたことはすでにみたとうりである から,ABRの有声環境での軟音化現象と,ノートケルの有声環境での軟音化と いう形態音韻的交替は音声的には連続している(音韻論的には別の次元の現象 であるとしても)。問題は,無声環境において硬音/p/,/t/,/k/はそのまま保持されたとして も,唯一の軟音/d/が硬音化したのをどう解釈するかになる。また,有声環 境においては/d/:/t/の対立が保持された(/t/は軟音化しなかった)こと
も問題である。語中の有声環境においては軟・硬音の対立は厳格に保たれてい
る (丘ido/sito, uuanda/santa, h飢den/halten, uu6rden/uuarten, siben/sfpPa,
s61ber/alpon, r6gen/r蝕keなど;Moulton l 979,244 f)。この語中での対立が 語頭の有声環境においても/d/:/t/によって保持されたのである。/P/,/k/
は対立する軟音音素をもたないが故に,容易に軟音になることができたが,音 韻対立の構成そのものは全く変らなかった。また,無声環境の語頭位置での
/d/の硬音化についても語中の対立関係が語頭に移されたものとして理解する ことができる。語中における子音連鎖C、C2においてC、がN, L以外である ときC2はつねに硬音であるという制約があった:ahd. festi, aftan, ahto,
scepf6n, heff面, reckenなど;Moulton 1972,169)。語中での有声環境の音韻構 造が,有声環境の語頭位置に構造的な影響を及ぼしたと捉えるならば,語中の
福本:古高ドイツ語「聖ベネディクトゥス会則」における喋音音素とその分布〔2)69
子音連鎖と語頭位置とにも平行して考えなくてはならない。無声子音に続く語 頭位置の/d/の硬音化は,このC、C2の制約が写しとられたものとみるべき であろう(−CIC2−=−C、#C2−)。 これによって,語頭位置での/d/:/t/対立 の保持も/d/の硬音化も語中構造の転写として統一的に理解することができ
る。他方,有声環境における/P/,/k/の軟音化は,ABRの音韻現象のなか にすでに認められる軟音化と通時的に連続しているものである。
Wi韮kens(22 f)やさらにまたClausing(1980,360)の主張するように「語 頭音法則」がノートケルに限られずに8世紀後半にすでに存在していたとする
のは音韻論的には誤りである。A8Rの軟音化の現象は明らかに異音的な現象
であるに対して,ノートケルでは形態音韻的現象として捉えられるからであ る。ABRの異音現象がノートケルの形態音韻的現象に転化するには,完全な 軟音化と語境界を踏み越えるというふたつの段階を通時的に経過しなければな らなかったはずである。そしてまた,この軟音化現象を高地子音推移の無声音 化(ないし硬音化)(b,d,9>P, t, k)が特定の位置(有声位置)で完全に遂 行されなかった反映と解釈する(Clausing 1980,372)のも,誤りである。 ABR においてもノートケルにおいても語頭の基本音素はあくまで硬音であり,しかも特定の位置(有声環境)においてABRからノートケルへ明らかに軟音化の 進行(拡大)を読みとることができるからである。 (了)
註
1)語頭音ということばは正確ではないが,他に適切な用語がないので,本稿では形 態素の初頭音の意味で用いる。
2)高地子音推移の成立を正確に捉えるためには8,9世紀の高地方言の共時的な音 韻構造を正しく把握することが必要である。
3)音素配列の確定とその歴史的変動を捉えるのは興味のある課題であるが,本稿の 枠内では扱いきれないので次の機会にゆずりたい・
4)前稿(福本1981)と同様に,例としてあげる語形にはSteinmeyer版の頁数と行 数および対応するラテン語をあわせて示した。
5)Seiler(1874,403)はこの7例のほかにgeswasonを挙げているが・何かの誤り であろう。Steinmeyer版およびDaab版にはこの語はない。 grozziは対応する ラテン語のgrossitudoの影響が考えられる。 gnadaは全く孤立した例である・
6)absurdumの訳語としてungalimflihのほかに・写本の欄外にvngilih,
ungiristHh(およびunreht)が書き込まれている。 Daab(91), PiPer(148),
70
Steiumeyer(278)参照。この2語を加えるとこの位置でのくg>は8例になる。
7)このため<k>,<c>は発音上の相異を表わしているとの説がある(Seiler 18 74,404)。しかし,これではka−, ca。が説明できない。<k>+i, eは破擦音表記
<c>(cit)との混同を避けるためにすぎない(BE 131参照)。
8)語中での<g>,<k>,<c>の現われは次のとうりである。
V V l v r v n v
一 一 一 一
k,c 116 3 9 36
g 229 17 6 155
平均すると<k,c>は31.8%,<9>68・2%である。
9)VAからの語形のうち斜線で対になっているものは前の語形がVA,後がそれに 対応する正式文書(Urkunde)の語形である。 Sondere99erによれば正式文書は伝 統的表記に縛られているのに対してVAは当時の言語の実相に近い語形を示してい
る(Sonderegger 1962,272)。
10)以下のPCの例はBra足me/Ebbinghaus(1965,11−12)による。
11)以下のノートケルの例はBraune/Ebbinghaus(1965,61−75)による。
12)JはJestetten方言(Kener 1963), SはSchaffhausen方言(Stickelberger 1889),BはBrienz方言(Schild 1893), VはVisperterminen方言(WiPf 1910)の音形であることを示す。Keller 60;Stickelberger 447f・;Schild 345;
Wipf 68 f.以下それぞれの頁数を示す。
13)Schild 346;Wipf 97.
14)この状況からWilkensはすでに8世紀に語頭音法則が働いていたと考えた。 W でのk/c/gとP/bの現われをまとめて示すと次のようになる。(Wilkens 1891,
63ff.,72ff.)
k/c g p b
(a) 61 33 101 59
(b),(c) 8 20 58 132
SondereggerのVAの研究は,古文書のこの数値をそのまま当時の音価と重ねて はならないことを示した。
15) Keller 57;Stickelberger 418,420 f;Schild 311;
16)Keller 57;Stickelberger 418;Schild 310;Wipf 74.
17)Wipf 84;Schild 327 f.;Stickelberger 433 f・南アレマン方言のd>tによっ
て,idg.の対応音に戻ったことになる(id晋t>germθ・>ahd・d>alem・t)。 Stik一
kelbergerはd>tを第3次子音推移と呼ぶが(Stickelberger 432),むろんこれ福本:古高ドイツ語「聖ペネディクトゥス会則」における曝音音素とその分布《2}71
は他の閉鎖音を伴わない孤立した変化で推移とはいえない。
18)このt表記をWilkensは形式的に継承された表記法と捉え(Wilkens 82)・Son一 deregger(1962,279)はロマンス語の影響を考えている。 Schatz 1927・129参照。
19)フランケン方言ではdhはめづらしくなかった(BE 162 f.;Schatz 1927,127)。
むろん,単なる表記上の混渚(〈d>+<th>→<dh>)の可能性もある。
20)trが母音前のtと同じように破擦音とはならなかった理由については,さまざま な説が出されたが(Fourquet 1954,27;Hammerich 1955,185),配列論的に語頭 ではsr−/tsr一が許されなかったとするHaugen(1967,805)の説が最も妥当な
ものであろう。
21)Keller 63;Stickelberger 450;Scbild 320;Wipf 85・
22)ただし南部方言ではごくわずかながら〔f〕がある:Bfad・frOmman;Vferrix・
fat, frUma. Keller 58;Stickelberger 426;Schild 316;Wipf 70 f.
23)孤立した例ではerqhuichan(204,11 recreare)がある。特殊な表記としては hcreftio(218,4virtutum)の<hc>や<c>(clohhot 255・11 pulsaverit/
chlocchot 264,2pulsaverit)が現われる。
24)kichorot(264,29 probetur)はkikchorotと書かれて2番目のkが消されて いる(Stεinmeyer 264・Anm・5)。写筆生のもつ閉鎖音ないし破擦音が反映してい
るとみることができる。
25)Penzlはまた1971年には流音に続く語中のchを〔x〕とみなして1968年の見解 を変えている。流音あとの〔x〕は私のABRの語中位置での分析と一致する(福
本1981,46)。
26)南アレマン方言でもVでは摩擦軟音,Bでは硬音である。 Sでは摩擦軟音だが.
mhd.のquは破擦音が対応する(mhd. quene;kxwel1)。 ロマンス語からの借 用語は摩擦音地帯にあっても破擦音で現われる(kxatoli首 katholisch , kxaff6
Kaffee など)。 Kel1er 61;Stickelberger 450;Schild 351 fL;Wipf 95・
27)BE(133)も後期古上部ドイツ方言期(10,11世紀)をkx>xの時期と推定し
ている。
28)子音の前での非語源的なhの付加は1例だけである(framerhlot 191・23 pro一
pagauit)。 Seiler 410参照。
29)Sondereggerは子音連鎖の軽減化現象として捉えている。
30)写本では/s〆には語頭も含めてすぺての位置で長いsが用いられている。
31)現代のアレマン方言では軟音である。最南部のアレマン語では硬口蓋音になって sk>首と融合している地域がある(Jutz 197)。
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