『人文コミュニケーション学科論集』
17, pp. 117-126. © 2014
茨城大学人文学部(人文学部紀要)野村 幸代
要旨
英語教育政策の立案に際して、言語の社会的性質を考慮し、英語教育が実施されている社 会的コンテクストを正しく捉えることができなければ、十分な成果を期待することはできな い。しかしながら、中等教育の英語教育政策には、言語の社会性に対する認識が希薄であ る。本稿では、この点を以下の手順によって明らかにした。まず、「『英語が使える日本人』
の育成のための行動計画」と「国際共通語としての英語力向上のための5つの提言と具体的 施策」による教育改善の成果を考察した。その後、英語教育政策が実施されている社会的コ ンテクストを検討した。ミクロな視点では英語教育が実施されている総授業時間数を、英語 教育の目標設定の妥当性という視点から考察した。マクロな視点では「グローバル化社会」
という概念の解釈や適用の妥当性を検討した。
キーワード:英語教育政策、言語の社会性、グローバル化社会
1.はじめに
我が国の英語教育政策への批判と見直しは、これまで何度も繰り返されてきた。文部科学 省は平成15年3月31日に「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画(以下、「行動計 画」)」を公表した。その達成状況を分析した結果、平成23年6月30日に「国際共通語として の英語力向上のための5つの提言と具体的施策(以下、「5つの提言」)」を公表し、「我が国の 英語教育についてその課題や方策を今一度見直すことが必要である」と述べた。
「行動計画」は、「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想(以下、「戦略構想」)
に基づいて策定されている。「戦略構想」は、中学校と高等学校の英語教育が平成20年まで に達成すべき目標や改善点を提示し、学習指導要領にも多大な影響を及ぼした。この「戦略 構想」によりスーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクールが設置され、平成18年 度より大学入試センター試験にリスニングが導入された。この英語教育政策は、「5つの提言」
が述べるとおり、一定の成果はあったものの、再検討を迫られることとなった。
「5つの提言」は「行動計画」の後を継ぎ、平成28年の達成を目指した英語教育の目標や 改善点を示しており、現在の英語教育政策の主要な柱となっている。この提言は「行動計画」
と同様、文部科学省による実施状況の調査と成果の検証が行われている。
しかしながら、改善策を考案しても、教育効果を阻む理由を十分に検討することなくそれ らを実施しても徒労に終わることになる。英語教育が十分な成果を上げられない理由を検討 するためには、英語教育が実施されている社会的なコンテクストを批判的に考察する必要が ある (Regan & Osborn 2002)。なぜならば、言語は社会的な性質を持っているからである。
言 語 の 習 得 や 使 用 は 社 会 的 実 践(social practice)と 呼 ば れ て き た(Street 1984, Baynham,1995, Wallace 2003)。Wallaceによると、文字による言葉のやり取りさえ社会的実 践である。その理由として、筆者も読者もあるコミュニティの一員として書き、また読むか らである(p.9)。同様に、口頭によるコミュニケーションも、コミュニティの成員として行っ ていることを、StreetとBaynhamのエスノグラフィーは明らかにしている。また『応用言語 学事典(2012)』は、「言語は使用者の社会生活に根ざすものであるから、言語問題だけを 取り扱うのでは、言語計画は必ずしも十分に発展しない。言語計画を効果的にするには、関 連した社会的・文化的・政治的・歴史的変数、言語態度、社会変化の方向性の知識も必要と される(言語計画による受容(acceptance in language planning)」と述べている(p.358)。こ のように、言語の使用は社会的コンテクストの影響を多大に受けるという意味で、社会的性 質を持っている。
それゆえ、言語教育も社会的コンテクストの影響を受ける。例えば、トルコ共和国とイラ ンの英語教育を取り巻く社会的コンテクストを日本と比較してみよう。これら3か国は、学 校教育で外国語としての英語(EFL)を教えている。トルコ共和国は、英語能力が労働市場 と密接に結びついている。1998年のデータでは、トルコの有力紙2紙に掲載された求人広告 のなかで、外国語能力を要求するものが55.1%あり、そのうち、英語の能力を要求するもの は67.8%であった(李,2010 a)。一方、イランは、国際社会で活躍する人材育成のために英 語教育に力を入れてはいるものの、イラン国民の価値観がアメリカやイギリスと親和性が低 く、英語教育の目的も不明瞭である(李,2010 b)。この2か国と日本の社会的コンテクスト を比較しただけでも、同じような英語教育が実施され、同じような成果が得られているとは 考えられない。
「行動計画」と「5つの提言」では、日本における社会的コンテクストを「グローバル化」
と捉えている。社会的コンテクストがグローバル化であるならば、グローバル化に適した言 語教育は明確な効果を示すであろう。もし、その言語教育の効果が不十分であるならば、言 語が社会的性質を持つという観点から2つの問題点が浮かび上がる。第1は、社会的コンテク ストの捉え方が誤っている可能性がある。社会的コンテクストの認識が現実と乖離していれ ば、それに即した英語教育政策を実施しても効果は期待できない。第2に、社会的コンテク ストの捉え方は正しいが、そのコンテクストに適合した英語教育が実施されていないことが 考えられる。本稿では、まず、「行動計画」と「5つの提言」による教育改善の成果を、この 2つの提言が目標としている実用英語検定を指標として考察する。次いで、英語教育が実施
されているコンテクストをミクロな視点とマクロな視点から検討する。ミクロな視点では、
英語の総授業時間数から、英語教育政策の目標の妥当性を検討する。マクロな視点からは、
「5つの提言」の「グローバル化」という社会的コンテクストの捉え方の妥当性を検討する。
これらを通して、英語教育が実施されている社会的なコンテクストを批判的に考察し、英語 教育政策の問題点を明らかにする。
2.「行動計画」と「5つの提言」に基づく英語教育の成果
「行動計画」と「5つの提言」が設定している中学校、高等学校卒業段階で身に着けるべき 英語力の目標数値は同じである。それは、「中学校卒業段階で実用英語検定3級以上、高等学 校卒業段階で実用英語検定準2級から2級以上」というものである。文部科学省は、「行動計 画」に基づき、この目標の達成状況を調査し、公表している。「行動計画」は平成20年まで に達成することを目標にしていたが、平成19年の中学生と高校生の目標達成率(%)は表1 のとおりである。表に記載している「保有の見込率」とは、実際には目標とされている実用 英語検定の級を保有してはいないが、同程度の英語力があると見込まれる率である。この数 値を見る限り、「行動計画」の目標は十分に達成されたとは言い難い。
表2は、「5つの提言」に基づく中学生の目標達成率である。「5つの提言」以降は、実用英 語検定の受験率も公表されている。表2から、達成率が上昇していることがわかる。しかし、
受験率も6.3%上昇している。ここから、受験率の上昇が達成率の上昇につながっている可 能性がある。また、表1の平成19年の中学生の達成率と比較すると、平成23年には低下し、
平成24年には平成19年並みに戻ったという見方もできる。
表3は、「5つの提言」に基づく高校生の目標達成率である。受験率、目標の級の保有率、
表
1
「行動計画」に基づく数値目標の達成率目標の級の保有率 保有の見込率 達成率
中学校
3
年生18.3 14 32.4
高校
3
年生10.7 19.6 30.3
(平成
19
年度英語教育改善実施状況調査より作成)表
2
「5
つの提言」に基づく中学生の目標達成率受験率 目標の級の保有率 保有の見込率 達成率
平成
23
年度25
9.5 16 25.5
平成
24
年度31.3 16.2 15 31.2
(平成
23
年度・平成24
年度「国際共通語としての英語力向上のための5
つの提言と具体的施策」に係る 状況調査より作成)保有の見込率、達成率ともほぼ横ばいである。
図1と図2は、英語教育政策の柱が「行動計画」から「5つの提言」に移行した時期の目標 達成率の変化を示している。図1は「行動計画」実施時の平成19年と「5つの提言」実施時 の平成23年と平成24年の中学生の目標達成率を、図2は高校生の目標達成率をグラフで示し たものである。図1、2より、実用英語検定を指標とするならば、平成19年と平成24年では、
表
3
「5
つの提言」に基づく高校生の目標達成率受験率 目標の級の保有率 保有の見込率 達成率
平成
23
年度34
10.1 20.3 30.45
平成
24
年度34.6 10.6 20.4 31
(平成
23
年度・平成24
年度「国際共通語としての英語力向上のための5
つの提言と具体的施策」に係る 状況調査より作成)0 5 10 15 20 25 30 35
㹆㸯㸷 㹆㸰㸱 㹆㸰㸲
ぢ㎸ࡳ
ಖ᭷⋡
図
1
平成19
年から平成24
年までの中学生の目標達成率0 5 10 15 20 25 30 35
㹆㸯㸷 㹆㸰㸱 㹆㸰㸲
ぢ㎸ࡳ
ಖ᭷⋡
図
2
平成19
年から平成24
年までの高校生の目標達成率中学生と高校生の英語力はほとんど変化していないと結論づけられる。このデータだけでは 英語力の変化は計測できないが、文部科学省が設定している目標数値の達成率から判断する ならば、あまり変化がなく、依然として低いと言わざるを得ない。
3.ミクロな視点―英語教育政策と英語の総授業時間数の検討
「5つの提言」によると、グローバル化社会で求められる外国語能力とは、「異なる国や文 化の人々と外国語をツールとして円滑にコミュニケーションを図ることができる能力」を意 味する。また、この「円滑にコミュニケーションを図る」ためには、「臆せず積極的にコミュ ニケーションを図ろうとする態度や、相手の文化・社会的背景を踏まえた上で、相手の意図 や考えを的確に理解し、自らの考えに理由や根拠を付け加えて、論理的に説明したり、議論 の中で反論したり相手を説得したりできる能力」が必要であると説明している。これは、か なり高度な能力である。
日本人の学習者が、初級レベルの文を用いて発話ができるようになるまでに必要な学習時 間は、平均で250時間、中級レベルになると800時間、議論ができる上級レベルに達するた めには5000時間が必要であるといわれている(高梨 2009)。文部科学省が平成17年に実施 した「英語教育改善実施調査」の結果概要によると、調査対象となった中学校10,118校に おける英語の総授業時間数は表4の通り、また、国際関係学科等を設置していない高等学校
3, 370校における総授業時間数は表5のとおりである。
中学校においては、約8割の学校が年間105時間から120時間を英語教育に充てている。中 学校の3年間で考えてみると、英語の総授業時間数は315時間から360時間である。中学校時
表
4
中学校の英語の総授業時間数104
時間以下105
〜120
時間121
〜140
時間141
時間以上第
1
学年1,242
校(12.3
%)8,533
校(84.7
%)261
校(2.6
%)42
校(0.4
%)第
2
学年1,241
校(12.3
%)8,555
校(84.8
%)246
校(2.4
%)41
校(0.4
%)第
3
学年1,800
校(17.9
%)8,017
校(79.5
%)230
校(2.3
%)36
校(0.4
%)(平成
17
年 文部科学省「英語教育改善実施調査」結果概要より抜粋)表
5
高等学校の英語の総授業時間数104
時間以下105
〜120
時間121
〜140
時間141
時間以上第
1
学年1,047
校(28.3
%)352
校(9.5
%)612
校(16.6
%)1,684
校(45.6
%)第
2
学年1,118
校(29.9
%)313
校(8.4
%)587
校(15.7
%)1,718
校(46.0
%)第
3
学年1,213
校(32.3
%)285
校(7.6
%)388
校(10.3
%)1,871
校(49.8
%)(平成
17
年 文部科学省「英語教育改善実施調査」結果概要より抜粋)代に360時間を学習している場合、中級レベルに達するためには、高校3年間で440時間の学 習が必要となる。この学習を授業で実施するならば、1年間で146.6時間の授業が必要である。
しかしながら、表5を見ると、過半数の高等学校では、1年間の総授業時間数は140時間に満 たない。このように考えるならば、高等学校卒業までに身に着けられる英語力は、総授業時 間数から考えるならば、せいぜい中級レベルであると推定することが妥当である。高等学校 卒業段階において上級レベルの英語力を期待するならば、高等学校で1年間に141時間の授 業を受けたとしても、中学校3年間の授業時間合計(360時間)と高等学校の授業時間合計
(423時間)に加えて、4,217時間の学習が必要になる。この現状を認識するならば、「5つの 提言」で設定されている外国語能力の育成は、学校教育のみでは達成不可能である。
4.マクロな視点―英語教育政策における「グローバル化社会」の検討
「5つ の 提 言」の 英 訳 はFive Proposals and Specific Measures for Developing Proficiency in English for International Communicationである。ここから、「5つの提言」では、「グローバル 化」と「国際化」の区別がなされていないことが推察できる。しかしながら、「グローバル」
は、政治的、経済的、文化的な側面を持つ概念であり、複雑な問題も抱えている。例えば、
この概念は「世界の欧米化」として捉えられ、その反動としてナショナリズムが高揚してい る。それゆえ、「グローバル」という用語の使用においては、厳密に定義する必要がある。
伊豫谷(2002)は、コックスが使用した「国際(international)」と「世界(globe)」とい う用語を分析している。伊豫谷によると、「国際」にはその分析単位として「国家」がある。
それゆえ「国際」とは、「二国間関係の積分的総和」である。「国際」という概念の中では、
国内問題と国際問題とは明確に区別される。一方、「世界」という概念の中では、国内問題 と世界の問題は相互に交差して現れる。つまり、「国際」では自国と他国との二国間関係が 基本単位であるのに対し、「世界」ではこの二国間関係が世界的な配置の中で位置付けられ る。
第1回国際教育交流政策懇談会(平成21年1月27日)では、グローバル化を「情報通信技 術の進展、交通手段の発達による移動の容易化、市場の国際的な開放により、人、物材、情 報の国際的移動が活性化して、様々な分野で『国境』の意義があいまいになるとともに、各 国が相互に依存し、他国や国際社会の動向を無視できなくなっている現象」と定義している。
この中でも、「グローバル」という概念においては「国境」の意義が曖昧であることが指摘 されている。
「国際」と「グローバル」が異なる概念であるならば、国際化社会で求められる英語力と グローバル化社会で求められる英語力は、質の点で異なるはずである。この点に関して、日 本学術会議言語・文学委員会(2010)の報告書は、国際化の局面で求められる英語とは、「そ
れが通用する国・地域の文化を付加された言語としての」英語であり、グローバル化の局面 で求められる英語とは「言語に結合する文化的負荷を極端に軽減した」英語である、と説明 している。
「5つの提言」では、グローバル化社会で求められる外国語能力には、「臆せず積極的にコ ミュニケーションを図ろうとする態度や、相手の文化・社会的背景を踏まえた上で、相手の 意図や考えを的確に理解し、自らの考えに理由や根拠を付け加えて、論理的に説明したり、
議論の中で反論したり相手を説得したりできる能力」が必要であると説明している。ここで 述べられている外国語能力には文化的要素が付加されており、前出の報告書によれば、国際 化の局面で求められる英語に相当する。このように、「5つの提言」はグローバル化社会に対 応できる人材育成を標榜しながらも、国際化の局面に対応できる英語を教えることを掲げて いる。日本の教育が目指す英語力は、国際化に対応できる英語力であるのか、グローバル化 に対応できる英語力であるのかという点で、認識が非常に曖昧である。言語の使用が社会的 実践であることを考えると、学習者を取り巻く社会的コンテクスとの定義が曖昧なまま実施 されている英語教育の効果は期待できない。
もう一つの問題点は、「グローバル化」という社会的コンテクストの適用範囲が過剰であ ることである。例えば、「行動計画」の序文は次のように始まっている。
今日においては、経済、社会の様々な面でグローバル化が急速に進展し、
人の流れ、物の流れのみならず、情報、資本などの国境を越えた移動が活 発になり、国際的な相互依存関係が深まっています。それとともに、国際 的な経済競争は激化し、メガコンペティションと呼ばれる状態が到来する 中、これに対する果敢な挑戦が求められています。
また、「5つの提言」の序文は次のように始まっている。
政治・経済をはじめ様々な分野でグローバル化が加速度的に進展し、ヒト、
モノ、カネが国を超えて一層流動する時代を迎えている。これまでのよう に大手企業や一部の業種だけではなく、様々な分野で英語力が求められる 時代になっており、英語力の有無が企業の採用や昇進など将来に大きな影 響を与えているという事態も指摘されている。
この2つの表現には、英語を学ぶ社会的コンテクストに対する共通認識が見られる。この コンテクストの捉え方自体は間違ってはいない。しかしながら、「メガコンペティションと 呼ばれる中で、これに対する果敢な挑戦を求められている」人は、日本国民の何%存在する のであろうか。また、グローバル化社会に対応できる英語力を、採用や昇進の基準にしてい
る日本企業は全体の何割を占めるのであろうか。寺沢(2013)は、日本人の「仕事におけ る英語」のニーズ分析を行った。この量的調査から、日本人で仕事において英語を本当に必 要としている人の割合は、多く見積もっても全体の2割であることが明らかになった。寺沢 は「行動計画」の現状認識には誤謬が含まれているため、その計画の妥当性を否定している。
加えて、「5つの提言」には、「様々な分野で英語が求められている」という抽象的な表現が 記載されている。このような大雑把な捉え方では、学習者が英語を学ぶ必要性を感じ取るこ とは難しい。
さらに教育政策立案者が、社会コンテクストを過剰に適用している別の例として、平成 26年度から開始されている「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」を見てみたい。
ここでは、「2020年の東京オリンピック・パラリンピックを見据え、新たな英語教育が本格 的に展開できるように」改革が推進されると説明されている。この改革には、「メガコンペ ティティション」や、英語力による採用や昇給の格差などの経済的な観点の表現は消えてい る。また、オリンピック・パラリンピック開催と英語力向上の必要性との因果関係も説明さ れていない。この改革の実施により、日本国民全員が英語力を向上させるために真剣に努力 する姿は想像できない。
5.おわりに
本稿では、「行動計画」と「5つの提言」で設定されていた実用英語検定を指標として、中 学生と高校生の英語力の向上について検討を行った。実用英語検定の目標の級の保有率(見 込みを含む)から判断するならば、著しい改善は見られなかった。また、英語教育が実施さ れている社会的コンテクストをミクロな視点とマクロな視点から検討した。ミクロな視点か らは、英語教育の総授業時間数と目標設定値には大きな乖離があることを指摘した。マクロ な視点では、「5つの提言」の「グローバル化社会」という社会的コンテクストの捉え方が、
①「グローバル」と「国際」という概念の混同と、②社会的コンテクストの適用過剰という 2つの点で不適切であることを指摘した。
本稿の結論は、英語教育は、政策立案者の社会的コンテクストの認識が正確ではないため、
改善策を提案しても成果は十分に期待できない、というものである。社会的コンテクストの 認識が正確でない理由は、言語が持つ社会性と、それが言語教育に及ぼす影響力を軽視して いるためである。
しかしながら、教育政策立案者が言語の持つ社会性を認識することは容易ではない。なぜ ならば、それは彼らに言語観の転換を要求するからである。「グローバル化社会で求められ ている外国語能力」は、言語を「ツール」として捉えている。言語をツールとして捉えるこ の言語観は、言語を教える際の教育観に影響を及ぼす。Street(1995)は、「言語をモノのよ
うに扱うならば、言語は教師と生徒双方から乖離したものとなり、外的な規則を彼らに押し 付け、彼らを単なる受益者(recipients)にさせる」と述べている(114頁)。言語がツール であるならば、授業は学習者がツールの用法を学ぶために行われ、学習者には教えられた知 識を用いてそのツールを使用できることを示すことが求められる。また、言語はツールであ るため普遍的である。それゆえ、教室では英語の「正しい」用法と「正しくない」用法の区 別がなされる。言語の授業とは、学習者が教師から与えられたインプットを取り入れ、点数 で計測可能なアウトプットを生み出す場となる。Kramsch(2002)は、このように言語を学 ぶ学習者を「コンピュータとしての学習者(learner-as-computer)」と呼んでいる。これは、
教室という社会的コンテクストのみで有効な英語である。現実社会で求められる英語力を育 成するためには、まず、教育政策立案者が、言語は社会的コンテクストから独立したツール ではない、という見方を持つ必要がある。
【参照・引用文献】
伊豫谷士翁『グローバリゼーションとは何かー液状化する世界を読み解く』平凡社
2002
年。小池生夫編集主幹『応用言語学事典』研究社
2012
年。高梨芳郎『「データで読む」英語教育の常識』研究社
2009
年。寺沢拓敬「『日本人の
9
割に英語はいらない』は本当か? ―仕事における英語の必要性の計量分析―」KATE Journal 71-83
関東甲信越英語教育学会Vol.27
.2013
年。日本学術会議言語・文学委員会『日本の展望―学術からの提言
2010
報告下言語・文学分野の展望―人間の営みと言語・文学研究の役割―』
2010
年。文部科学省 『「英語が使える日本人」の育成のための戦略構想―英語力・国語力増進プラン―』
2002
年。文部科学省 『「英語が使える日本人」の育成のための行動計画』
2003
年。文部科学省 『平成
17
年度「英語教育改善実施状況調査」結果概要(中学校)』、2005
年。文部科学省 『平成
17
年度「英語教育改善実施状況調査」結果概要(高等学校)』、2005
年。文部科学省 『平成
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年。文部科学省 『平成
19
年度「英語教育改善実施状況調査」結果概要(高等学校)』、2007
年。文部科学省 第
1
回国際教育交流政策懇談会 配布資料3
2009
年文部科学省 外国語能力の向上に関する検討会『国際共通語としての英語力向上のための
5
つの提言と 具体的施策―英語を学ぶ意欲と使う機会の充実を通じた確かなコミュニケーション能力の育成に 向けて』2011
年。文部科学省 『平成
24
年度「国際共通語としての英語力向上のための5
つの提言と具体的施策」に係る 状況調査』2012
年。文部科学省 『グローバル化に対応した英語教育改革実施計画』
2013
年。李洙任
a
「第3
章『英語を外国語とする国』の言語教育政策2
.トルコ―EU労働市場を見据える英語 教育」矢野安剛・本名信行・木村松雄・木下正義(編)『英語教育学体系第2
巻英語教育政策―世 界の言語教育政策論をめぐって―』大修館書店2010
年。李洙任