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著者 日比野 光敏

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(1)

近江のフナズシの「原初性」 : わが国におけるナ レズシのプロトタイプをめぐって

著者 日比野 光敏

雑誌名 国立民族学博物館研究報告

巻 18

号 1

ページ 99‑118

発行年 1993‑07‑30

URL http://doi.org/10.15021/00004230

(2)

    近 江 の フナ ズ シの 「原初 性 」

わ が 国 に お け る ナ レズ シ の プ ロ トタ イ プ を め ぐ っ て 一

日 比 野 光 敏*

The Primitive Characters of Funazushi in Ohmi:

About the Prototype of Narezushi, Fermented Fish, in Japan

Terutoshi HIBIN0

There are many kinds of sushi in Japan today. Concerning the origin of this food, the following hypothesis has been established: the primitive sushi was Narezushi (a kind of fermented food made with fish or other games, cooked-rice and salt) , which was devised by rice- cultivators in Southeast Asia to preserve fish, flesh and fowl from decay, and was introduced through China. Some scholars argue that Narezushi-making was introduced with rice-cultivation to Japan.

It is not clear what the sushi in ancient Japan was. Nevertheless, many people, including some scholars, identify the prototypical sushi with Funazushi, Narezushi of "crucian," which is often served today in

Ohmi (Shiga prefecture) .

One of the reasons for such a view is that Funazushi in Ohmi has a

lone history. The name of this sushi is noted in En2i-shiki (延 喜 式),

one of the oldest documents in Japan (completed in 927) , so we might conclude that its birth occured over 1000 years ago.

Secondly, today's Funazushi has some primitive characters which are suggestive of prototypical sushi:

DFunazushi is made of fish (crucian) , cooked-rice and salt only, with neither spices nor starters for fermentation.

©This has a fermentation time of occasionally over a year, which is extremely long compared with other Narezushi in Japan.

©This is usually eaten by eating only soured fish and discarding the

岐阜市歴史博物 館,国 立民族学博物館研究協力者

Key Words : sushi, Narezushi, fermented food, preserved food, food in the ancient Japan

キ ー ワ ー ド:ス シ,ナ レ ズ シ,発 酵 食 品,保 存 食,古 代 日本 の 食

(3)

国立民族学博物館研究報告18巻1号

rice.

From these points, Funazushi in Ohmi is sometimes described as

"the oldest sushi

, or the most primitive sushi, in Japan."

However, it is not reasonable to regard Funazushi, as observed to- day, as a prototypical sushi. This is because its cookery has undergone

some changes since the 10th century.

Although there is no data clearly showing the recipe for Funazushi in ancient Japan, we can infer it from the articles on Chimin-yaoshu

民要術)

(斉 published in China in the 6th century. According to this

Chinese document, the sushi-cookery in those days has a lot in common with today's Funazushi-cookery, but a few differences can be recogniz-

ed. Noteworthy points are as follows:

cDToday's Funazushi-making is practiced in summer, which is noted as a bad season for sushi-making in Chimin-yaoshu.

©In order to make sushi, Chimin-yaoshu teaches us that the fish must be cut into some pieces, but Funazushi in Ohmi uses the en-

tire fish without cutting it open.

®The period to salt the fish for preparation of Funazushi-making,

about three months, is longer than in Chimin-yaoshu.

In addition, even compared with the article in an old Japanese cookery-book published in 1689, today's Funazushi-cookery has the same differences as the above-stated D and O.

In the long run, we can understand that the recipe of Funazushi which is practiced as a custom in Ohmi today was completed after 17th century. Therefore today's Funazushi should not be regarded as a primitive preserved food.

None of today's sushi, including Funazushi, can be identified with the prototypical sushi. In the present Japan, we can't find sushi-cookery just like the recipe noted in Chimin-yaoshu. On the other hand, some features of the ancient cookery have been inherited separately in some forms of Narezushi. In picturing the prototype of sushi, we need to com- pound elements of the primitive characters, which remain only partially in some of today's Narezushi.

1.は じめV'

皿.も た ら さ れ た 当 時 の ス シ 皿.近 江 の フ ナ ズ シ の 諸 相

1.現 代 に お け る 近 江 の フ ナ ズ シ の 調 製 法

2.近 江 の フ ナ ズ シ の 「古 さ 」

3.『 斉 民 要 術 』 の ス シ と 今 日 の 近 江 の フ ナ ズ シ

4.江 戸 時 代 の 近 江 の フ ナ ズ シ 5.今 日 の 近 江 の フ ナ ズ シ の 「完 成 度 」

】V.わ が 国 の ス シ の プ ロ トタ イ プ

V.む す び に か え て

(4)

1.は じ め に

  わ が 国 に おけ るス シの起 源 は,東 南 ア ジア か ら中 国を 経 て もた らされ た ナ レズ シ(魚 肉を 飯 と塩 とで 発酵 さ せ た もの)で あ る とい わ れ て い るt)。伝 わ った 時 期 も伝 播 経 路 も明 らか に は な って いな い が,平 城 宮趾 出土 木 簡 な どに はす で に 「鮨」 や 「 鮮 」 の 文 字 が み られ る こ とか ら,日 本 に伝 来 した の は少 な くと も奈 良時 代 以 前 の こ とであ り, 朝 鮮 半 島 や南 西 諸 島 には ナ レズ シの 分布(痕 跡 も含 め て)が 顕 著 で な い こ とか ら,中 国本 土 か ら直接 に伝 わ った ものだ とい うの が,現 段 階 で 有 力 な説 とな って い る。

  東 ア ジア ・東 南 ア ジ アに お け る ナ レズ シの発 生 と発 達 ・伝 播 に つ い て は,石 毛 直 道 のす ぐれ た 論 考 が あ る 【 石 毛   1986;石 毛 ・崎 山  1988;石 毛 ・ラ ドル   1985,1990 な ど】 。 精 力 的 な フ ィ ール ドワー ク とお び た だ しい 文献 に 裏 づ け られ た そ の業 績 は ま

さに ナ レズ シ研 究 の集 大 成 と呼 ぶ にふ さわ しい。 が,そ の 中 で,日 本 に おけ るナ レズ シの プ ロ トタイ プに つ い て は詳 しい議 論 が な く,そ れ を,今 日滋 賀 県 下 で慣 行 され て い る フナ ズ シに 求 め て い る こ とに は若 干 の 抵 抗 が あ る。

  石毛 のみ な らず,現 在,日 本 で 発表 され て い る多 くの文 献 は,わ が 国 にお け る ス シ の 原形 を近 江 の フナ ズ シ と してい る。 す なわ ち,わ が 国 の ス シの歴 史 で は近 江 の フナ ズ シが最 古 形 態 に 据 え 置 かれ,そ れ を派 生 させ るか た ち で,種hの ス シの形 態 が 説 明 づ け られ て い るz)。「日本 最 古 の ス シ」 と称 して 近 江 の フ ナ ズ シを 紹 介 す る例 も 少 な

くない。

  確 か に,近 江 の フ ナ ズ シは,後 に述 べ る よ うに,非 常 に 古 い形 態 を 有 して い る。 文 献 的 に も 『 延 喜 式 』 の時 代 す なわ ち平安 期 に ま で遡 れ る。 中 国か らわ が 国 に ス シが も た らされ た 当初 か ら,近 江 の フナ ズ シが あ ったか も しれ な い。 しか しな が ら,現 在 の 近 江 の フナ ズ シを もって 当 時 の近 江 の フナ ズ シに直 結 させ るのは どん な ものか 。 長 い

1)本 稿 で は,ナ レズ シ と い う語 を,発 酵 させ るス シの総 称 と して 用 い て い る。

2)篠 田統 は 多 くの論 考 で この 見 解 を展 開 して お り(と りわ け 篠 田[1970(1966)】 に詳 しい),   この説 が しぽ しば 引 用 され る。 他 方 で,同 じ篠 田 が,「 備 後 の 島hで 行 わ れ る シバ 酢 」 な ど   の型 が 「一 番 原 始 的 で,滋 賀 県 の 鮒 鮭 は そ の 改 良型 で は な い か と考 え る」 と も述 べ  【 篠 田   1977(1970):137‑138】,宮 尾 しげ を も,近 江 の フナ ズ シは 「な れ ず し」(定 義 は 不詳)の 「進   展 して い った 一 種」と し,原 初形 態 が 他 に あ る か の よ うな記 述 を して い る 【 宮 尾   1960:247】。

  た だ し,い ず れ も説 の 根 拠 は 明記 され て い な い 。 また,最 近 で は吉 野 舜 雄 が 滋 賀 県栗 東 町 の

  三輪 神 社 の 神 齪 に 奉 ぜ られ る ドジ ョウ と ナ マ ズ の ナ レズ シを 引 き,「 日本 最 古 のす しの姿 」

  と表現 した 【 吉 野  1990:34‑41】。 こち らはそ の論 拠 と して,生 に近 い状 態 で 魚 を漬 け,香 辛

  菜 を 併 用す る製 法 や 夏 場 を 避 け た熟 成 期 間 な どの 点 を 挙 げ て い る。 しか しな が ら,日 本 の ス

  シの 原 型 を フナ ズ シ以 外 に求 め る こ う した説 は,日 本 の ス シの 歴史 を語 る上 では,非 常V'め

  ず ら しい もの といえ る。

(5)

国立民族学博物館研究報告  18巻1号 歴 史 の 中 では,文 化 は 変革 す る のが 常 であ る し,実 際,こ こ20年 の間 に も,近 江 の フ ナ ズ シの製 法 は,コ ウジを 混用 す る な どの改 変 もな され て い る。

  は るか昔 に 日本 に もた ら され た ナ レズ シを現 在 の 近 江 の フ ナ ズ シで 置 き換 え るの で あれ ば,そ れ な りの議 論 が な され るべ きで あ るは ず だ が,従 来,こ の 点 が論 及 され た 例 は,管 見 のか ぎ りで は な い。 もち ろ ん,当 時 の ス シが い か な る も ので あ った か,調 理 方 法 の 記録 資 料 が ない 今 日で は確 認 す るすべ もない が,今 日み られ る よ うな近 江 の

フナ ズ シで は な か った の で は な い か とい う仮説 にた つ こ とは,必 ず しも無 意味 で は な い よ うに 思 われ る。

皿.も た ら さ れ た 当 時 の ス シ

  わ が 国 に お け る ス シ の 発 達 史 に つ い て は,す で に 篠 田 統 の 業 績 【1970(1966)な ど1 に よ っ て,一 応 の 決 着 は み て い る。 少 な く と も,「 ナ レズ シ」(飯 に 魚 肉 を 漬 け こ ん で 発 酵 させ た ス シ の 総 称 で な く,そ の 中 で 魚 の み を 食 す もの の み を 指 す 。 以 下,こ の 形 態 を 意 味 す る 場 合 は 「 」 を 付 す)か ら,ナ マ ナ レ(飯 も 一 緒 に 食 す)へ,そ して 酢 を 使 う早 ズ シ へ,と い う流 れ は 容 易 に 書 き換 え ら れ そ うに な い 。 した が っ て,本 稿 に お い て も,日 本 の 最 古 の ス シが 「ナ レズ シ」 で あ っ た と い う前 提 で 論 を 進 め る 。   さ て,当 時 の ス シ の 製 法 を 書 い た 記 録 が 見 当 た ら な い 今,そ の 手 が か りを,ス シ を 伝 え た 側 に 求 め る こ と に し た い 。と は い う も の の,わ が 国 に ス シが 伝 わ っ た 時 期 も ル ー トも は っ き りせ ず,伝 え た で あ ろ う側 の 記 録 も 決 して 多 く は な い 。 こ こ で は,朝 鮮 半 島 経 由 で な く 中 国 か ら 直 接 渡 来 した と い う説 に 準 じ,中 国 の 文 献 を 参 照 す る 。時 期 は, ス シ の 伝 播 を 稲 作 の 伝 来 と 結 び つ け る 篠 田 ・飯 田 【1977(1956):259‑280】,篠 田

【1970(1966):186な ど】や 石 毛[1986:610‑611,661‑666],石 毛 ・ラ ドル[1990:26‑28, 90‑94】 な ど の 説 に した が っ て そ の 当 時 の も の を 当 た りた い の だ が,適 当 な も の が な

い た め,ス シ の 調 理 法 を 詳 し く述 べ た(具 体 的 な 方 法 を 記 し た も の で は 最 古 と も い え る)6世 紀 前 半 ・北 魏 の 農 書r斉 民 要 術 』 を 参 考 に す る。

  『斉 民 要 術 』 は 邦 訳 【 西 山 ・熊 代 訳   1976】 が 出 て い る し,ス シに 関 す る 箇 所 は 篠 田[1970(1966):162‑163】 や 石 毛 【1986:624‑626】,石 毛 ・ラ ドル 【1990:34‑36】 ら が て い ね い に 訳 出 し て い る の で,こ こ で は 漬 け 方 の 要 点 の み を 記 す 。 以 下 は 最 も詳 し い 記 事 が あ る 「魚 酢 」 の 製 法 で あ る。

ス シ魚 は 大 きめ(肉 が30cm以 上)の コイ 。 肥 えた もの が 美 味 だ が,傷 みや す い の で や

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せ た もの の方 が よい。 ウ ロ コを取 り,皮 つ きの 切 り身 に す る。 長 さ5cm,幅2.5  cm,厚 さ 1.3cm程 度 で あ る。 切 り身 が大 きす ぎ る と均 等 に熟 さ な いの で,小 さ め の切 り身 が よい 。   切 り身 は よ く洗 い,血 の 気 を抜 く。 これ に塩 を ふ り,水 気 を切 る。 ひ と晩,水 切 りを し て もか ま わ な い。 こ こで 一片 を あぶ って 試 食 し,塩 加 減 を み る。

  米 の 飯 を や や 固 め に 炊 き,こ れ に 香 味 の ゴ シ ュ ・チ ン ピ(と もに 少量 で よい)な どや 酒 (様 々な 邪 悪 を 避 け,ス シを 美 し く,か つ 早 く仕 上 げ る)を 混ぜ る。 魚 の 切 り身 に塩 気 が 足 りな けれ ぽ,こ こに 塩 を加 え る。

  カ メの 中に 魚 を 並 べ,そ の 上 に 先 の 飯 を 置 く。 これ を 繰 り返 して,カ メを 満 た す。 この と き,魚 の腹 身 部 分 は カ メの 上 の 方 に 置 き,最 初 に 食 べ られ る よ うにす る 。 これ は熟 した 際,腹 身 の 方 が脂 が 多 く,早 く傷 む ため であ る。 カ メの最 上 に は 先 の飯 をや や 多 め に 置 き, 竹 の葉 を 厚 く敷 く。 な け れ ぽ マ コ モや ア シの 葉 な どで も よい 。 さ らに竹 の 棒 で 葉 の 内蓋 を 押 さえ る 。

  カ メは 屋 内 で保 存 。 寒 い時 は ワラ で包 み,凍 らせ な い よ うに す る。 赤 い 汁 が 出 て きた ら カ メを 傾 け て捨 て る。 白 い汁 が 出 て きた ら,熟 して い る。 食 べ る と きは,刀 を 使 う と生 ぐ さ くな るの で,手 でむ しる。

  概 して,ス シを 作 るの は 春 秋 が よ い。 寒 い 冬 は ス シが 熟 しに くい 。 夏 は ウ ジが わ きや す く,ま た,塩 気 を 多 くせ ね ぽ な らな い(多 い と不 味 い)の で よ くな い 。

  以 上 が 「魚 鮭 」 の製 法 であ るが,こ の 別 製 法 と して,魚 の 切 り身 を塩 漬 けYyし て お く方 法 もあ る。 ス シ魚 を塩 漬 け す る方 法 は 「長 沙 蒲 酢 」 の 項 で も記 載 が あ る。 「 乾 魚酢 」 は 乾 燥 魚を 水 で も ど して切 り身 に し,塩 味 をつ けて 飯 に 漬 け 込 む。

  『斉 民 要 術 』 に は い ろ い ろ な ス シ の 製 法 が 出 て お り,中 に は 香 味 や 酒 を 用 い な い も の も あ る 。 こ れ を 受 け て 石 毛 は,こ のr斉 民 要 術 』 の 「魚 酢 」 を 「ナ レズ シ の プ ロ ト

タ イ プ を 残 して い る も の 」 とす る 【 石 毛   1986:626;石 毛 ・ラ ドル   1990:36】 。   石 毛 の い う プ ロ トタ イ プ の ス シ と は 以 下 の2点 で 特 徴 づ け られ て い る 。

  ひ と つ は 原 料 が 単 純 な こ と  [石 毛   1986:656;石 毛 ・ラ ドル   1990:84】 。 つ ま り, 基 本 的 に は 魚 ・デ ソ プ ン質(多 くの 場 合 は 米)・ 塩 の3者 で 調 製 され る こ と に あ る 。『斉 民 要 術 』 以 後 の ス シ は コ ウ ジ を 併 用 す る こ と が 多 く な っ て く る が,こ の 時 点 で は ま だ そ れ は あ らわ れ て い な い 。 ま た,香 味 や 酒 を 加 え る 旨 が,先 の 「魚 酢 」 で は 記 さ れ て い る が,他 の ス シ の 製 法 を あ わ せ み る と き,そ れ は 必 ず し も不 可 欠 な も の で は な い 。   い ま ひ とつ は,長 期 間(少 な く と も2〜3日 程 度 で は な い)の 保 存 食 品 と し て の 性 格 が 強 い こ と。r斉 民 要 術 』 の 中 に は,わ ず か 数 日 で 食 用 可 能 な ス シ も紹 介 さ れ て い る が,石 毛 は こ れ を 「(保存 食 か ら)嗜 好 食 品 化 へ の 傾 向 」 【 石 毛   1986:626;石 毛 ・ ラ ドル   1990:361と し,本 来 の ス シ とは,よ り長 い 熟 成 期 間 を 有 す る も の で あ る と い う見 解 を 示 し て い る 【 石 毛   1986:656;石 毛 ・ラ ドル   1990:85】3)。

3)石 毛 は また,ナ レズ シ の発 酵 が 長 期 に わ た れ ば 香辛 菜 を入 れ て もそ の に お い は 消 え て しま/

(7)

国立民族学博物館研究報告  18巻1号

  さて,わ が 国 に お け るス シの 文 献 は,8世 紀前 半 あ た りまで遡 れ る。 例 えぽ,『 養 老 令(賦 役 令)』(養 老2年=718成 立)4)や 正 倉 院文 書 の 『尾 張 国 正税 帳 』(天 平6年

=734記)r但 馬 国 正税 帳 』(天 平9年=737記)が あ り5),平 城宮 ・長屋王邸宅 ・二条 大 路 跡 な どか らの 出土 木簡 も,ほ ぼ 同時 期 で あ る6)。そ して この 時期 は,中 国 で 『斉 民 要 術 』 の編 纂 され た 時 代 に さほ ど遠 くは な い。

  少 な くと も8世 紀 前半 まで には,ス シは 日本 に 伝x..られ て いた 。 した が って,中 国 か らわ が 国 に 最 初 に 伝 え られ た ス シの 形 態 は,『 斉 民 要 術 』 に あ る よ うな もの(石 毛 の い うプ ロ トタ イ プの ス シで あ るに せ よ,嗜 好 食 品 化 した ス シであ るに せ よ)で あ ろ

うこ とは,推 測 に難 くな い7)。

皿.近 江 の フ ナ ズ シ の 諸 相

  1.現 代 に お け る 近 江 の フ ナ ズ シ の 調 製 法

  フ ナズ シの漬 け 方 は 家庭 に よっ て多 少 異 な る。 ス シに す る フナ の種 類 もそ の呼 称 も 地 域 差 が あ る8)。そ れ ぞ れ の 地方 の さ ま ざ ま な漬 け 方 は 多 くの 刊 行物 が紹 介 してい る

ので9),こ こで は概 要 を 述 べ て お く。

\ うが,短 期 間 の 場合 は逆 に 魚 の な ま ぐさみ を 防 止す る効 果 が あ る と し,材 料 が単 純 な こ と と   熟 成 期 間 が 長期 で あ る こ とが関 連 す る可 能性Yyつ いて 述 べ て い る [石毛   1986:656;石 毛 ・   ラ ドル  1990:851。

4)  原 文 は 伝 存 しな いが,天 長10年(833)成 立 の 注 釈 書 『令 義 解 』 な どに よ っ て全 文 が 復 元   され る。 これ に よれ ば,「 鰻(=ア ワ ビ)酢 」 「 胎 貝酢 」 「雑 酢」 な どの記 載 が あ る。

5)  『尾 張 国 正税 帳』 に は 「雑 鮨 」 「白貝 内 鮨 」 の,『 但 馬 国 正 税 帳 』 に は 「 雑 鮨 」 の記 載 が あ   る。

6)平 城 宮 跡 か らは若 狭 の 「多 比(=タ イ)酢 」,長 屋 王 邸 宅 か らは 筑 前 の 「 鮒 鮨 」,二 条 大 路   跡 か らは 志 摩 の 「多 比 ・堅 魚(=カ ツオ)・ 近 代(ニ コ ノシ ロ)鮨 」,若 狭 の 「胎 貝鮭,鯛 鮮,   宇 丁(ニ ウ ニ)・近 代 鮮 」,播 磨 の 「加比 鮭 」 な どの 記 載 が あ る木簡 が 出土 して い る  【 奈 良国   立 文 化 財 研 究所(編)  1991:105,f32]。

7)古 代 日本 の文 献 に お い て は 「鮮 」 と 「鮨 」 の ふ たつ の文 字 が 使 用 され て い る。 両 者 の相 違   につ いて,古 くはr令 義 解 』 が 同義 と し,以 後 もそれ が支 持 され て きた 。 しか し,関 根 真 隆   は,同 じ 『養老 令』 の 中 に双 方 の 文 字 が あ る こ とか ら,両 者 を 区 別 す る必要 を提 唱 し,同 じ   発 酵 食 品 なが ら 「酢 」 は 飯 の 中 に 魚 介 類 を 入 れ た もの,「 鮨 」 は 魚 の 腹 の中 に 飯 を 詰 め た も   の だ った とす る仮 説 を 立 て て い る[関 根  1969:246‑248】 。

      ユ

8)  ス シ に 漬 け る の は,一 般 に は ニ ゴ ロ ブ ナ が 著 名 で あ る 。 湖 北 で は こ れ を ニ ゴRと 称 して い   る が,湖 南 ・湖 東 で は イ オ と呼 ぶ 。 た だ し イ オ と は 必 ず し も ニ ゴPブ ナ に か ぎ っ て い る わ け   で は な く,ゲ ソ ゴ ロ ゥ ブ ナ を 称 す る こ と も あ る。 ま た,湖 南 で は ガ ン ゾ と称 す る マ ブ ナ の 幼   魚 を ス シ に す る こ と が あ る が,湖 北 の ガ ソ ゾは マ ブ ナ とは 別 種 で あ る 。 こ の あ た り の 点 に つ   い て は 篠 田 統 が 詳 し く報 告 し て い るi篠 田   1952:79‑92】 。

9)例 え ば,小 菅[1982:15‑28】,小 島[1986:1‑10],『 日 本 の 食 生 活 全 集   滋 賀 』 編 集 委 員 会(編)

  【1991】な ど に 詳 しい 。

(8)

  フナ は4月 頃 か ら塩 漬 け に して お く。 使 うの は コ(卵)を 持 った メ ス の フ ナ で あ る。 誤 っ てオ ス の フナ を漬 け る と,ス シを切 った時,あ ざや か な オ レ ン ジ色 の コが み え ず,「 ハ ズ

レ」 とい わ れ る こ と さえ あ る。

  フ ナは ウRコ とエ ラ ブ タを取 り,エ ラの穴 か ら指 や針 金 を 入れ て 内臓 や浮 き袋 を取 り出 す 。 洗 わ ず に た くさん の塩 を ま ぶ し,内 部 に もエ ラ穴か ら塩 を詰 め込 む が,あ ま り詰 め す ぎ る と コが つぶ れ て しま う。 これ を桶 に 並べ,さ ら に魚 が み え な くな る くらい の塩 をふ る。

1日 め は そ の ま まで,2日 めか ら落 と し蓋 と重 石 を 置 く。 塩 漬 け の ことを シオ キ リとい う。

  土 用 の 頃 に ス シに 漬 け る。 フナ は 充分 洗 って塩 気 を 出す 。 これ を陰 干 し し,水 気 を 取 っ て しま う。飯 は 固め に 炊 き,や や 強 め の 塩味 に して お く。 エ ラ穴 か らこの 飯 を フナ に詰 め, 底 に飯 を 敷 いた 桶 に 並 べ て ゆ く。1段 並 ん だ ら 魚 の上 に飯 を置 き,ま た 同 じ く繰 り返 す 。 桶8分 目ほ どに な った ら,上 か ら竹 の皮 をか ぶ せ,桶 の 内側 に沿 っ てみ つ編 み に した ワラ 縄 を置 く。 落 と し蓋 を して重 石 をか け る。 重石 は,飯 が 発 酵 して きた ら,よ り重 くす る。

  蓋 の 上 に 水(塩 水 で も可)を 張 り,桶 の 内外 を遮 断 す る。 水 は 汚れ て きた ら取 り替 え る。

夏 を越 させ て,4〜5か 月 た つ と食 べ られ る よ うに な る が,こ の段 階 で は ま だ骨 が や や 固 い。 この た め1年 以 上 た った もの の 方 が喜 ば れ る場 合 もあ る。 重 石 と水 の張 り具 合,保 管 場 所 さえ し っか りす れ ば,数 年 は楽 に もた せ られ る。

  食 べ る前 に,桶 を 逆 さに して水 を切 る。蓋 を 開け て中 身 を 出 した ら,ま た も と どお り に 重 しを か け,水 を張 って お く。 こ うす る と また先 ま で置 い て お け る。

  ス シは 飯 を落 と し,フ ナ を薄 く輪 切 りに して食 べ る。

2.近 江 の フ ナ ズ シ の 「古 さ 」

  提 唱者 は わ か らな いが,近 江 の フナ ズ シが 「日本 最 古 の ス シ」 で あ る こ とは よ くい われ て きた 。 ス シの歴 史 を 語 る際 に は必 ず とい って よいほ ど この説 が 顔 を 出 し,一 般 に は,今 や ひ とつ の常 識 であ るか の ご と くで あ る。

  近 江 の フ ナズ シが 「 最 古 」 と され るの は,そ れ が 他 の ス シ(ナ レズ シ)と 比 べ て特 殊 で あ るか らに ほ か な らない。 で は,ど の よ うな点 が特 殊 な の か。 従 来,こ の 点 が 明 確 に提 示 され た こ とは な く,た だ漠 然 と,全 体 に古 い形 態 を 残 して い る こ とが,半 ぽ 暗黙 の うちに 了 承 され て きた といわ ざ るを 得 な い。

  今 日確 認 され る 日本 の種 々の ナ レズ シも考慮 に入 れ つ つ,近 江 の フナ ズ シの 特徴 を 考 え る とき,そ の 「古 さ」 を理 由 づけ る特 殊性 を挙 げれ ぽ,以 下 の よ うに な ろ う。

  第1に,近 江 の フナ ズ シの歴 史 は少 な くと も平 安 時代 に まで確 実 に遡 れ る こ とが あ

る。 わ が 国 の ス シの 発 展 を語 る と き誰 もが引 き合 い に 出す 法 令 細 則r延 喜 式 』(延 喜

5年=905作 成 着 手,延 長5年=927完 成)は,古 代 日本 の ス シに 関 す る数 少 な い文 献

で,全 国(当 時 の 政 権勢 力に お け る 「 全 国」 で あ って,実 際 に は 大半 が西 日本)的 レ

ベ ル で 各地 の ス シを 記録 した もの と しては ,ま さに 「日本最古」の文献 といえる。こ

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国立民族学博物館研究報告   18巻1号 こに近 江 の フナ ズ シの 名 がみ え るか ら,そ の起 源 は 『 延 喜 式 』 成 立 以前 に求 め る こ と が で きる。

  第2に,こ の ス シは 原 則 と して,魚 と塩 と飯 のみ で作 られ る こ とが あ る。 香 味(主 と して タ デ)や コ ウ ジを使 うこ と もあ る が,そ うした ス シを作 る人 で さえ も,こ れ ら を 使わ な い のが 本 来 の姿 で あ る とい う。 逆 に解 釈 す れ ぽ,香 味 も コ ウ ジ も使 わ な い ス シの方 が 「 本 来 の 姿 」 す なわ ち古 い形 態 だ と認 識 され て い る こ とに な る。 そ の真 偽 は 置 くと して,材 料 が シ ソ プル であ る こ とが 人hy'こ の ス シの 「古 さ」 を感 じさせ て い

るの は事 実 であ る。

  第3に,こ の ス シの熟 成 期 間 は 他 に比 べ て極 端 に長 い。 今 日の フナ ズ シは,通 常, 盛 夏 の前 に 漬 け 込 まれ,そ の夏 を越 させ てか ら食 用 とす る。 最 低 限約4か 月 の 発 酵 期 間 が必 要 で,正 月 頃 に封 を開 け る こ とが多 い が,場 合 に よ って は最 も美 味 なの は2年 物(漬 け て か ら2年 目の もの)と もいわ れ,そ れ 以上 もた せ る こ と もで き る10)。と も あ れ,味 さ え問 わ な け れ ば,漬 け て か ら特 定 期 間 を過 ぎ る と,加 工 が成 立 した 状 態 と な る。 そ うな る まで の 「 最 低 限4か 月」 とい う発酵 期 間 は,他 の ナ レズ シ大 半 の 熟 成 期 間 が通 例 約10日 〜1か 月程 度 で しか な い の に比 ぺ,著 し く長 期 で あ る こ とが まず 特 記 され る。

  第4に,こ の ス シに は常 備 性 が あ る。 ひ とた び 漬 け あが る と,食 用 可 能 な期 間 つ ま り賞 味 期 間 は 以 後 長 く継 続 す る。 季節 を問 わ ず,好 き な と きに好 きな だけ 桶 か らス シ を取 り出 し,そ の 後 の管 理 さえ し っか りす れ ぽ,残 りは また長 期 の保 存 に 耐 え 得 る。

ゆ え に,不 意 の 来 客 な どに供 され る こ と も しば しば あ る。 こ うした使 わ れ 方 も また近 江 の フナ ズ シに しか み られ な い こ とで,他 の 多 くの ナ レズ シは で きあが って か ら特定 期 間 の うち に 食 べ 切 って しまわ ね ぽ な らない 。 ス シの根 源 的 な意 味 が保 存 食 で あ った こ とを 考 え る と,近 江 の フ ナ ズ シの この特 性 は まさ に 「 保 存食 」 と呼 ぶ に ふ さわ しい か に思 え,こ の ス シが原 初 的 で あ る とされ るの で あ ろ う11)。

10)2年 物 が 最 も美 味 で1年 物 は 骨 が 固 い とい う意 見は 彦 根 市 ・長 浜 市 な ど主 に 琵 琶 湖 東 岸 で   多 く聴 い た 。 これ に つ い て,フ ナ ズ シを1年 以 内 に消 費 して しま う西 岸 地 方 の 人 々は,湖 東   とは 漬 け る フ ナの 種 類 が違 う こ とを理 由に 挙 げ て い た。 また,2年 以 上 もた せ る場 合,途 中   で飯 を入 れ 換 え て,新 た に飯 漬け をす る こ とが あ る。 こ うす る と味 が よ くな り,さ らにや わ   らか くな る とい う。

11)た いて い の ナ レズ シは食 べ る機 会(正 月 や 祭 礼 な ど の行 事 の 日)か ら逆 算 して ス シを漬 け   る。 食 べ 頃 な の は 行 事 前後 のか ぎ られ た 期 間 で あ り,そ の 機 を 逸 して後 々 まで残 しお くこ と   はな い。 と りわ け 桶 を 開封 した後 は 早 く食 べ て しま う。 この 傾 向 は コ ウ ジを使 用す る ス シ に   顕 著 であ る。 また,例 え ぽ,正 月 に食 べ るた め に作 った ス シは,遅 く と も2月 末 ま で に食 べ   終 え て しま うこ とが 多 く,そ れ 以 後 「暖 か くな る と,酸 っぱ す ぎて まず くな る」 とされ る。

  この こ とぽ は,こ れ らの ス シ に 「食 べ ど き」 す なわ ち適 度 な 発 酵 具 合 が あ り,そ れ を過 ぎ る

  と食 品 と して の 価 値 が 低下 す る こ とを示 して い る。 近 江 の フナ ズ シに は,こ う した 評 価 は ほ/

(10)

 第5に,こ れ は第3・ 第4の 点 に関 連 す るが,近 江 の フナ ズ シは 「ナ レズ シ」 す な わ ち 「 魚 を 食 べ る料 理 」 で あ る。飯 は食 べ る主 体 で は な く,通 常 は こそ ぎ落 と して し ま うis)。 長 期 発酵 させ た ス シの 飯 は,軟 化 して 臭 気 も帯 び る。 した が って,食 べ ず に 捨 て て しまわ ね ぽ な らな い。 熟 成 期 間 を短 く して 漬 け込 んだ 飯 も一 緒 に食 べ る よ うに した ナ マ ナ レの 発 生 は室 町 の頃 か ら とされ る13)。今 日,全 国 で ナ レズ シ と称 され て い る もの の多 くは この ナマ ナ レで,飯 を二 義 的 な も の とす る近 江 の フナ ズ シは,そ れ ら よ りも一 段 階 古 い形 態 に据 え置 か れ るの で あ る。

  第6に,こ れ は 近 江 の フナ ズ シの 「古 さ」 を積 極 的 に証 明す る もの で は な いが,こ の ス シの 風 習 が今 も なお 滋 賀県 下 で広 く慣 行 され て い る こ とが あ る。 今 日,多 くの一 般 家 庭 で調 製 され て お り,ま た,商 品 化 され て広 範 囲 に 流通 して い る例 もあ る。 した が っ て,マ ス コ ミ ・報 道 な どで取 り上 げ られ る機 会 も多 くな る。 仮 に,近 江 以外 の と ころ で,近 江 の フナ ズ シ と 同等 の,あ るい は そ れ 以上 の 「 古 さ」 を持 つ ス シが あ る と して も,慣 行 規模 や範 囲が 狭 い が ゆ え に,見 過 ご され る こ と もあ る。 一 般 の 目に つ き やす い のは 近 江 の フナ ズ シ とい うこ とに な り,結 果 的 にそ の 「 古 さ」 が 世 に 喚 起 され る こ と に な る 。

  さ て,以 上6点 の うち,第6は 除 外 す る と して,残 り5点 は い ず れ も近 江 の フ ナ ズ シ の 「古 さ 」 の 傍 証 と いxる 。 特 に 第2と 第3で 挙 げ た も の は,石 毛 が い う プ ロ トタ イ プ の ス シ の 条 件 と 合 致 す る1石 毛   1986:656‑661;石 毛 ・ラ ドル   1990:84‑89】 。   しか し,だ か ら とい っ て 「目本 最 古 」 と い う表 現 は 必 ず し も あ て は ま ら な い の で は な い か 。 な ぜ な らぽ,今 日 の フ ナ ズ シ の 調 製 法 と 『斉 民 要 術 』 に あ る ス シ の 調 製 法 に は,石 毛 ら が 指 摘 す る よ うな 類 似 点 と 並 ん で,種hの 相 違 点 も あ る か ら で あ る 。

\ とん どな い 。 な お,和 歌 山県 新 宮 市 内 で30年 前 に 漬 け た と い うス シ(サ ソマ や ア ユ の ナ レズ   シ)を 販 売 して い る例 が あ るが,周 辺 地 域 に お い て 一 般的 な習 俗 では な い 。 結 果 的 に,も し   くは恣 意 的v̀30年 間発 酵 させ た もの を商 品 化 して い る もの と思 わ れ る。

12)小 泉 清 三 郎(迂 外)は,こ の点 を フナ ズ シの 特 徴 と して特 記 して い る[小 泉   1910:150】。

  な お,フ ナ ズ シ の飯 は 食 べ て は い け な い ので は な く,食 べ る例 も あ るに は あ る。 しか し,フ   ナ と と もに供 され た 際 に 食 べ 残 して も不 自然 で は な い し,「好 き な人 だ け が 食 べ る」 と い う   人 もあ るか ら,や は り飯 は 食 用 の 主体 で は な い こ とが わ か る。 ま た,滋 賀 県 中 主 町 の宴 席 で   出 され た 「フ ナ ズ シの あYxも の」 は,こ そ ぎ落 と した 飯 を 使 い,ネ ギ な どの 煮 野 菜 を 「白 あ   え 」 の よ うに あ えた もの で,食 事 担 当 に あ た っ た主 婦 が 考 案 した もの だ とい う。 これ が 「廃   物 利 用」 と表 現 され て い た こ とか ら も,フ ナ ズ シにお け る飯 の評 価 が 想 像 され よ う。

13)室 町 以前Y',ス シ の飯 を 食 べ ず に捨 て て い た こ とを 直 接 的 に 伝 え る文 献 は 未 見 で あ る。 し

  か し,『 今昔 物 語 』(平 安 期)の 中 に アユ ズ シを 副食 に して 水 飯 を 食 べ る三 条 中納 言 朝 成 の 話

  が あ る し,保 元2年(鎌 倉 期)12月 の 内大 臣饗 宴 の献 立 を描 い たr類 聚 雑 要 抄 』(東 京 国 立

  博 物 館 蔵 写 本)に あ る ア ユ ズ シ(鮨 鮎)に は 飯 の 表 現 が な い  【 岐 阜 市 歴 史 博 物 館(編)

  1992:171。 これ らに よ って,当 時 の ス シ とは あ くま で も魚 を 食 べ る もの で あ った こ とが 推 測

  で き る。 一 方,『 鈴鹿 家記 』(南 北 朝 〜 室 町 期)に は,今 日の押 しズ シの 原型 で あ る,飯 を 主

  体 と した コケ ラズ シの記 載 が あ る。

(11)

国立民族学博物館研究報告  18巻1号

3.『 斉 民 要 術 』 の ス シ と 今 日 の 近 江 の フ ナ ズ シ

  今 日慣 行 され て い る近 江 の フナ ズ シの調 製 法 をr斉 民要 術 』 の記 事 と照 合 させ て み る と少 な く とも以 下 の3点 の差 異 が 見 出 され る。

  まず,調 製 時 期 に 相 違 が あ る。 『 斉 民 要 術 』(の 「魚鮭 」)で は,一 応,周 年 の調 製 を 念 頭 に置 いた 記 述 に な って い る。 季 節 を限 定 す る とす れ ぽ春 と秋 で あ る。 これ に対 して近 江 の フナ ズ シは 夏場,土 用 前 に 漬 け 込 む の が定 石 で あ る。 『 斉 民 要 術 』 が 「よ くない(不 佳)」 と した 季 節 に あ た る。

  次 に,漬 け る 魚 の 状 態 の 違 い が あ る。 『斉 民 要 術 』 の ス シは,魚(コ イ)を 長 さ5 cm,幅2.5  cm,厚 さ1.3  cm程 度 の切 り身 に して い るが,近 江 の フナ ズ シは フナを1 尾 ま る ご と(た だ し内臓 は抜 い て)漬 け る。 材 料 の魚 が違 うこ とを考 慮 に 入れ た と し

て も,『斉 民要 術 』 の い う切 り身 と近 江 の ス シ ブナ の大 き さ の差 は容 認 で き る もの で は ない 。

  さ らに,塩 漬 け の 問 題 が あ る。『斉 民要 術 』 に あ るス シの 多 くは,切 り身 に 塩 を し て か ら飯Y'漬 け る ま で の間 に 注 釈 が な い。 「魚酢 」 の別 製 法 や 「 長 沙 蒲 酢 」 の 項 で わ ざわ ざ 「 塩 漬 けす る」 と断 って い る こ とか ら推 測 す る と,こ れ ら以外 のス シは魚 を 塩 に漬 け て お く期 間 が ない もの と思 わ れ る。 また,塩 漬 け して お くにせ よ,わ か って い る か ぎ りでは 「 長 沙 蒲 酢 」 の4〜5日 程 度 で あ る(「 魚 酢 」 の別 製 法 は具 体 的 な 期 間 が記 され て い な い)。 これ に対 して,近 江 の フ ナ ズ シは1か 月 以上(多 くの場 合2〜

4か 月)の 塩 漬 け期 間 を有 す る。 中 に は,結 果 的Y=1年 以 上 も塩 漬 け した もの を使 う 場 合 があ る14)。

  こ う した差 異 を どの よ うに考 えれ ば よい の で あ ろ うか 。 筆 者 は,今 日の フナ ズ シの 調 製 法 は 日本 に おい て な され た改 良結 果 で あ る と考 え る。

4.江 戸 時 代 の 近 江 の フナ ズ シ

  『 延 喜 式 』 の頃 の フナ ズ シの製 法 はわ か って い な い。 古 代 は もち ろ ん 中世 に お い て も文 献 は 乏 しい。 た だ,r延 喜 式 』 に は 「 雑 魚鮨 」(河 内産)を 作 る には 「味塩 魚 」 を 使 うとあ り(巻39・ 内膳 司 の条),こ れ に も とづ け ば近 江 の フナ ズ シ も塩 を した フ ナ を 用 い てい た と推 測 はで き る。しか し,フ ナ ズ シ調 理 の 具体 的 な手 順 を 記 した 文 献 は, 江 戸時 代 まで下 らね ば な らな い。

14)通 常 は,春 に塩 漬 け した フ ナは そ の年 の うちに ス シに潰 け て しま うが,残 った場 合 は 翌 年

  ま で持 ち越 され る こ とが あ る。 また,意 識 的 に1年 以上 塩 漬 け した フナ を使 用 す る人 も あ る。

(12)

  近 江 の フ ナ ズ シ の調 製 方 法 を 記 した 比 較 的 古 い文 献 に 元禄2年(1689)のr合 類 日 用料 理 抄 』 が あ る15)。著 者 ・無 名 子 は 京都 の人 ら し く,主 版 元 も京 都 であ るか ら,同

じ近 畿 圏 内 に あ る近 江 の事 情 につ い て も比較 的信 頼 で き る とみ て よか ろ う。 同 書 に よ る 「 江 州 鮒 の鮨 」 の漬 け方 は 以 下 の とお りで あ る。

  この ス シは 「寒 の 内 」 に 漬 け る。 エ ラを取 って そ こか ら ヂ腸 」 を 抜 き 出 し,頭 は 打 ち ひ しい で お く。 この フナ を折 敷 に盛 った塩 に押 しつ け,塩 が つ くだ けつ け る。 黒 米 を 固 め に 炊 き,塩 味 を つ け る。 ス シにす るに は この飯 を 多 め に用 い る。

  重 石 は,初 め 強 く,20日 ほ ど た った ら通 常 の押 し加 減 く らい に 弱 くす る。70日 で よ く馴 れ る。 い つ まで も もつ。 翌 年 の夏 秋 に な る と,骨 も一 段 とや わ らか くな る。

  重 石 を軽 くす る頃,蓋 の上 に塩 水 を張 る。 ス シを 取 り出 した 後 も,も と どお りに な ら し て,蓋 に 水 を 張 って お く。

  同書 の記 事 を表 面 的 に追 うだけ で も,ス シの 調製 時 季 と重 石 の加 え加 減 が 現 在 とは 逆転 して い る こ とが わ か る。 今 日の フナ ズ シの調 製 法 が 『 延 喜式 』 の時 代 か ら全 く変 わ らず に続 い て きた の で は な く,少 な く と も江 戸 初 期 の 元 禄 以降 に改 変 され た こ とが,

これ で確 認 され た わ け で あ る。

  さて,先 に指 摘 した 『斉 民要 術 』 と今 日の フナ ズ シ との相 違3点 を念 頭 に置 き,他 の文 献 も交 え て,も う少 し詳 し く考 察 して み よ う。

  ①調 製 の 時季 につ いて

合 類 日用 料 理 抄 』 が 述 べ る フナ ズ シは,「 寒 の 内 」 に 漬 け て70日 ほ どで 食 用 可 能 とな る。 ひ とた び 漬 か れ ば 「いつ ま で も」 もち,「 翌 年 」 の 夏 秋 に は 骨 まで や わ らか くな る とい う。 この文 脈 か ら 「 寒 の 内」 とい うの は年 末 であ る こ とがわ か る。 また,

「 い つ まで も」 も った 後 に 「翌年 の夏 秋 」 が 来 て い るか ら,原 則 と して1年 周 期 の消 費 体 系 で あ った こ とが 想 像 され る。 とす れ ぽ,漬 け て か ら2〜3か 月 と漬 け る前 の時 季 す な わ ち 「 寒 の 内」 前 後 の 数 か 月 の間 は,フ ナズ シを食 べ る機 会 が非 常 に少 なか っ た こ とに な る。 この こ とは,r実 隆 公 記1や 『お 湯 殿 の 上 の 日記 』 な ど室 町 末 期 の 文 献 に お け る フ ナ ズ シ の 出 現 が,冬 場 に 少 な く夏 場 に 多 い とい う篠 田 【1970(1966):

20(}‑202】 の指 摘 に 一 致 す る16)。「 寒 の 内」 に 漬 け る こ とが元 禄 以 前 か らの習 慣 で あ っ

15)本 稿 で は 吉井 始子 の翻 刻 本 を 参 照 した 【 吉井   1978:267】。

16)『 実 隆 公 記』 は 文 明6年(1474)か ら天 文5年(1536)に わ た る公 卿 ・三 条 西実 隆 の 日記 。

  篠 田 に よれ ば,日 記 に み られ る 同家 へ の フ ナ ズ シの 到 来 は4〜8月 に多 い 。一 方,『 お 湯 殿

  の上 の 日記 』 は御 所 ・清 涼 殿 に 伺 候 した 女 官 の記 録 で,文 明9(1477)年 か ら幕 末 に い た る

  まで の分 が伝 存 して い る。 篠 田 が,こ の うち室 町 期(初 期 約120年 間)の 記 事 か ら 同所 へ の/

(13)

国立民族学博 物館研究報告  18巻1号 た 傍 証 とな る。

  一 方,近 江 か ら江 戸 将 軍 家 へ贈 られ た フ ナ ズ シの献 上時 季 は,文 化 年 間 で は,彦 根 藩 が4月,膳 所 藩(大 津)が4月 と6月,大 溝 藩(高 島)が1月,仁 正 寺藩(蒲 生) が4月 と5月 で あ った 。 この ほ か,近 江 国内(現 ・草 津市,守 山市 付 近)に 所領 を有

して いた 京都 の淀 藩 が3月 に献 じた フナ ズ シ も,同 国産 で あ ろ う17)。と もあ れ,い ず れ も春 に 集 中 して い る。

  今 日の よ うに夏 場 に漬 け た に して は いか に も不 自然 な献 上 時 季 で,あ るい はr合 類 日用 料 理 抄』 に あ る よ うに 「 寒 の 内」 に漬 け た ものか も しれ な い。 また,堅 田 の漁 師 に 宛 て られ た フ ナの 督 促 状(「 上 様 へ 上 り候 御 酢 魚 」 とあ るか ら献 上 ズ シ用 で,お そ ら く膳所 藩 が送 った もの)は1月 下 旬 と2月 上 旬 の も の で あ る18)。この こ とか ら も, ス シの 漬 け込 み は 冬 場 で は な か った か と想 像 す る が,ス シ魚 の塩 漬 け 期 間 と も関連 し て い るの で,断 言 は 避 け て お く。

  なお,明 治期 に小 泉 清 三郎 が紹 介 した 近 江 フナ ズ シの製 法 は 今 日の そ れ とほ ぼ 同 じ で あ る 【 小 泉   1910:149‑150]。 ゆ えに,調 製 時季 が夏 場 に な った のは,遅 く と も明治 初 期 まで の こ とであ ろ う19)。

  ② ス シ魚 の状 態 に つ い て

  『 合 類 日用 料 理 抄 』 の フナ ズ シは,フ ナ は切 り身 に はせ ず 姿 の ま ま漬 け る。 エ ラブ タを 取 り,そ こか ら内 臓 を取 り出す とい う点 は現 在 と同 じで,こ こで は,切 り身 に し な い とい う今 日的 な 方 法 が 元禄 期 に 確 立 して い た こ とが 確 認 され る。

  今 日,フ ナ の下 処 理 で,腹 も背 も割 らず 切 り身 に も しな い 理 由 のひ とつ と して,コ の 保 護 が挙 げ られ る。 エ ラか ら 内臓 を 除去 す る際 に も これ に傷 を つ け な い よ う細 心 の 注 意 が は らわ れ る。

  と こ ろが,『 合類 日用 料 理 抄 』 に は ス シ ブ ナ の条 件 につ い て触 れ て は お らず,他 の 江 戸 時代 の料 理 書 も また 同様,い ず れ も コに 関す る記 述 は な い。 また,先 述 の よ うに,

\ ス シの到 来 時 季 を考 証 した と ころ に よれ ば,フ ナ ズ シ(一 部 疑 わ しい もの も含 まれ るが)の   進 物 が最 も多 か った のは8月 で,次 い で4〜7月,9〜10月 で あ る。 い ず れ の記 録 に よ って   も,11月12月 の い わ ゆ る 「寒 」 の 前 は フナ ズ シ の記 事 は 少 な い。

17)  ここ で は 『 文 化 武 鑑 』 に よった が,そ の 約1世 紀 前 に記 され た と思 わ れ る 『諸 国 献 上物 集 』   に あ る献 上 ズ シ(近 江 フ ナズ シ)の 内容 も,大 溝 藩 分 が 欠 落 して い るだ け で 大差 な い 。 お そ   ら く文 化 年 間 に は,ス シ献 上 に関 す る一 定 の制 度 が す で に 確立 して い た と思 わ れ る。

18)年 代 は 不 詳 。 『近 州堅 田漁 業 史 料 』所 収 。

19)享 和3年(1803)刊 のr本 草綱 目啓 蒙 』 の中 に,冬 春 の マ ル ブナ は 美 味 で,ス シに す る と

  よいか らス シ ブ ナ と も呼 ぶ 由 が記 載 され て い る。 産 卵 期 の フナ を 使 う今 日的 な漬 け方 は,こ

  の 頃成 立 して い た の で あ ろ うか 。

(14)

献 上 ズ シの 材料 とな った 堅 田産 の フナ は産 卵 準 備 の あ ま り整 っ て い な い冬 場 の も の で,実 際,将 軍 家 に贈 られ た フ ナズ シは コ持 ちで は な か った はず で あ る。

  つ ま り,エ ラ穴 か ら内臓 を取 り出 す 技法 は,必 ず しも フナ の コを 保 護 す る ため に行 わ れ て い た とい うわ け で は な い とい う憶測 が成 り立 つ 。 他 に何 らか の理 由 が あ っ た の か も しれ な い。

  ③ ス シ 魚 の 塩 漬 け に つ い て

  『合 類 日 用 料 理 抄 』 で は,フ ナ の 内 臓 の 除 去 後,塩 を で き る だ け つ け る と あ る が, 塩 に 漬 け て お く時 間 は 記 して い な い 。 同 書 は 時 間 経 過 に 関 して は 比 較 的 て い ね い で, 他 項 で は 塩 漬 け の 期 間 を1日 と か1夜 とい う よ うに 具 体 的 に 述 べ て い る 。し た が っ て,

も し今 日の よ うに フ ナ を 何 か 月 も塩 漬 け した の で あ れ ぽ,そ の こ と は 記 述 さ れ る は ず で あ る し,ま た 一 連 の 作 業 の 時 季 を 「寒 の 内 」 の 一 言 で 済 ま せ る こ とは な い で あ ろ う。

つ ま りあxて 時 間 を 書 く ま で も な い ほ ど,フ ナ の 塩 漬 け は ご く短 く済 ま さ れ た と 想 像 さ れ る。 とす れ ば,使 用 さ れ た の は 冬 場 の フ ナ で あ り,こ の こ とは フ ナ の コに 関 す る 記 述 が な い と い う先 の 指 摘 と も 符 合 す る 。

  そ の 反 面,元 禄8年(1695)刊 ・人 見 必 大 のr本 朝 食 鑑 』 が 記 す ス シ の 製 法 に,(さ ぽ い て か ら塩 を して し ぼ ら く お い た も の や,ひ と晩 塩 水 に 浸 して お い た も の と並 ん で) 長 期 間 塩 漬 け に した 魚 を 使 用 しで も よ い 旨 が あ る20)。 必 大 は フ ナ ズ シ の 製 法 を 述 べ て い る わ け で は な い の で 何 と も判 断 しか ね る が,当 時 の 近 江 の フ ナ ズ シ が 長 く塩 漬 け し た フ ナ を 用 い て い た 可 能 性 も残 さ れ て い る の で あ る 。

  ス シ 魚(ス シ に 漬 け る 魚)を 長 く塩 漬 け し て お く こ と が 古 くか ら の こ と か 新 た に 起 こ っ た こ と か,そ の ヒ ソ トを 他 の ス シ に 求 め て み る 。

  近 江 の フ ナ ズ シ と同 じ く幕 府 に 献 上 さ れ た 美 濃 ・長 良(現 ・岐 阜 市)や 越 前 ・疋 田 (現 ・敦 賀 市)の ア ユ ズ シ は,ア ユ の 塩 漬 け 期 間 が2〜3日 程 度 で あ っ た 旧 比 野 1987:39‑50,1990:37‑49】 。 ま た,越 中 ・富 山 藩 か ら 献 上 さ れ た ア ユ ズ シは,獲 れ た て の ア ユ を 「立 て 塩 」 で 処 理 し,半 乾 燥 状 態 で 江 戸 ま で 運 び,江 戸 屋 敷 で ス シ に 漬 け た 【 中 川   1975:49‑53】 。 こ の 間 せ い ぜ い10日 前 後 の 日数 で あ ろ う と思 わ れ る 。   美 濃 の ア ユ ズ シ は,そ の 後,塩 漬 け の 期 間 が 長 くな り,今 日そ の 伝 統 を 引 く と 思 わ

れ る 鵜 匠 家 の ア ユ ズ シ は,塩 漬 け 期 間 が ひ と 月 に も 及 ぶ21)。 こ こ に,時 代 が 下 る に し 20)  本稿 で は 島 田勇 雄 の訳 注本 を 参 照 した[島 田  1980:361】。 な お,こ のほ か,筆 者 は 未 見 で   あ るが,貞 享元 年(1683)刊 ・黒 川道 祐 の 『雍 州 府 志 』 に も,塩 魚 の ス シの紹 介 が あ る とい    う 【 小 泉   1910:146]。

21)鵜 匠 家 に お い ては,秋 の 落 ち アコー を 順次 塩 漬 け に して お き,12月 上 旬 に,年 末 年 始 の 贈 答/

(15)

国立民族学博物 館研究報告   18巻1号 た が って ス シ魚 の塩 漬 け 期 間 が長 期 化 して い った様 子 が うか が え る。 近 江 の フナ ズ シ

もまた 同 様 で,『 合類 霞用 料 理 抄 』 に あ る よ うな短 期 間 の塩 処 理 で済 ませ る方 法 の 方 が 古 い形 態 とい え るの では な いだ ろ うか 。 も しそ うで あ るな らぽ,『 本 朝 食 鑑 』 が 著 され た 時 代 に は,そ う した 古 い製 法 と今 日的 な製 法(長 期 の塩 漬 け)が 並 存 して いた ことに な る。

  現 段 階 で 筆者 が知 り得 る文 献 史料 か らは 以 上 の よ うな あい まい な結 論 しか 得 られ な い。 た だ,今 日の近 江 の フ ナ ズ シの製 法 が 中 国 の 古文 献r斉 民要 術 』 の記 述 と食 い違 うとい う以 前 に,日 本 の,そ れ も江戸 時 代 に お け る フナ ズ シ と も単 純 に一 致 す るわ け で な い こ とを こ こで指 摘 して お きた い。 と りわ け,フ ナ ズ シを 夏場 に漬 け 込 む こ とは 元 禄 以後 に,フ ナ を長 く塩 に漬 け て お くこ とは 元禄 か らさほ ど遡 らな い頃 に 起 こ った とい う可 能 性 が 高 い。 ス シ魚 の塩 蔵時 間 の長 期 化 が,真 夏に お け る フナ ズ シの 漬 け込 み を 可能 に した 一 因 だ とい う憶 測 もで きる。

5.今 日 の 近 江 の フ ナ ズ シ の 「完 成 度 」

  フナ を切 り身 に しな い で ま る ご と漬 け る こ とが 元 禄 以 前か ら行 わ れ て いた こ とは 明 らか とな った 。 現 状 で は資 料 が な いの で そ の起 源 の 追 求 は しない が,こ の方 法 が 切 り 身 で 漬 け る よ り も難 しい こ とは事 実 で あ る。

  『斉 民要 術 』 で ス シ魚 を 切 り身 にす る と した 理 由は,魚 肉 の表 面 部 と内部 の熟 成 度 の ギ ャ ップす なわ ち 「漬 か りム ラ」 を 避 け る こ とであ った。 厚 い 肉塊 の まま で は 内部 が 発 酵 しづ らい。 ス シ(ナ レズ シ)の 発祥 地 と 目され る東北 タ イ では 魚 身 に わ ざわ ざ 切 れ 目を 入 れ る こ ともあ る 【 石 毛   1986:640;石 毛 ・ラ ドル  1990:62】。近 江 の フナ

ズ シの よ うに姿 の ま ま漬 け 込 ん だ の では 均 等 な発 酵 が 得 られ に くい。

  加 えて,近 江 の ス シ ブナ は 腹 も背 も割 らず,エ ラか ら内臓 を抜 き 出す 。 現 在 わ が 国 で確 認 され るナ レズ シ(1尾 ぐるみ を漬 け 込 む もの)は 魚 を 腹 開 きも し くは 背 開 きに して 内臓 を取 り出す の が 常 で あ る中,こ れ は非 常 にめ ず ら しい方 法 で あ る。 身 を 開 い た方 が 内臓 を 除去 しや す い こ とは い うまで もな い。 しか も,腹 や 背 を 割 らな い こ とで, 塩 の浸 み 込 み具 合が 均 等 に な るわ け で もな い。 む しろ そ の逆 で,切 り口は 大 き く開 け

\ 用 と して ス シV'漬 け る。 な お,江 戸幕 府 へ の 献 上 アユ ズ シは長 良川 畔 の 「 御 鮨所 」 な る機 関

  で 「御 鮨 元(御 鮨 屋)」 に よ り調 製 され,こ れ は 幕 末 に廃 止 され た 。 そ の後 数 年 の時 間 的 ブ

  ラ ンクが あ って,鵜 匠家 か ら有栖 川 宮 家 へ の アユ ズ シ献 上 が文 献 に 上 る よ うに な る。 こ の 間

  に ア ユ ズ シの 調 製 法 に変 化 が あ った可 能 性 も あ り,今 日み られ る鵜 匠 家 の ア ユ ズ シが そ の ま

  ま 江戸 時 代 の 献 上 アユ ズ シ と同 じで あ る とは 断 言 で きな い 。 しか し,献 上 アユ ズ シは鵜 ア ユ

    (鵜飼 に よ って 獲 った ア ユ)を 使 う決 ま りが あ り,鵜 匠 家 とア ユ ズ シ との 関 係 が 江 戸時 代 以

  来 の歴 史 を 有 す る こ とは 否 定 で きな いi日 比 野   1987:39‑50]。

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て,塩 に 直接 触 れ る面積 を広 く した 方 が よいは ず で あ る。

  さ らに,近 江 の フ ナ ズ シの調 製 時 季 は 『 斉 民 要 術 』 が 不適 と した 夏 で あ る。

  つ ま り,今 日の近 江 の フナ ズ シは,い わ ば,あ え て面 倒 で 「漬か りム ラ」 が しやす い下 処 理 方 法 を と り,う まい ス シに な りに くい 時季 に作 って い るわ け で あ る。

  今 日,近 江 の フナ ズ シが,こ の よ うな 「不 自然」 な方 法 で 漬 け られ て い る こ とを, プPト タイ プの残 存 とみ るか 新 た な発 案 も し くは 改 良 の結 果 とみ るか,議 論 の別 れ る と ころ であ ろ う。 しか し,少 な く と も『斉 民 要 術 』 の頃 の中 国 で は こ う した 方 法 は ス シに不 向 きで あ る こ とがわ か って いた の で あ る。 日本 に もそ の 情報 は もた ら され た は ず で,『 斉 民 要 術 』 が 不 適 とす る よ うな 習 慣 しか 日本 に や って こな か った とは考 え ら れ な い。 仮 に,当 初 は そ うだ った と して も,少 な くと もr延 喜 式 』 の時 代 には 『斉 民 要 術』 が 日本 で も紹 介 され てい るの で あ るか ら,そ の知 識 に よ って これ を改 善 す る こ

とが で きた は ず で あ る22)。

  現 実 には,江 戸 時 代 と比 べ て も,調 製 時 季 が 異 な って い る し,フ ナ の塩 処 理 方 法 に も改変 の形 跡 が うか が え る。 フナ ズ シの調 製 方 法 が,古 代 か ら寸 分 の違 い もな く連 綿 と続 い て きた わ け で は な く,今 日の製 法 は後 世 の改 変結 果 と考 え られ る。

  腹 や 背 を割 らず に エ ラか ら内臓 を 出 して ス シに漬 け る こ とは,結 果 的 に フナの コを 賞 味 す る こ とに役 立 った 。 コを持 った フナ は 「 寒 の内 」 の フナ では な く春 の フナ で あ る。 漬 け る時 季 を夏 に した か らそ う した風 が生 まれ た の か,そ う した 風 の た め に夏 に 漬 け る よ うに な った のか は 定 か で は ない が,冬 場 の ス シ漬 け を 夏 に行 うこ とで,塩 の 使 用 量 が増 加 した こ とは 想 像 で きる。塩 漬 け期 間 の長 期 化 もそ うした流 れ と無 関 係 で

は なか ろ う。

  ス シ の根 源 的 な意 味 と して 保 存食 を考え る場 合,今 日の 近 江 の フナ ズ シは,常 備 性 とい う点 で は そ の性 格 を 強 く有 す る が,ス シ魚 に コ持 ち ブ ナを 限 定 す る あ た り,嗜 好 食 品 的 な側 面 も著 しい。 現 実 に フナ を1年 以 上 塩 漬 け に して お くこ と も可 能 なの だ か ら,単 に魚 肉を 貯 蔵 す る こ とだ け を意 図す るな らば それ で充 分 で あ る。 つ ま り,フ ナ ズ シは コ持 ち ブナ を 味わ うた め の ひ とつ の魚 料 理 と して確 立 され て い る の であ る23)。

22)  『斉 民 要 術 』 が 平 安 時 代,す で にわ が国 に 紹 介 され て い た こ とは確 認 され て い る。す な わ   ち 陸奥 守 兼 上 野 権 介 ・藤 原 佐 世 の 撰 修 した漢 籍 目録 『日本 国見 在 書 目録 』に そ の名 が み え る。

  藤 原 佐 世 が 陸 奥 守 に 任 命 され た の は 寛 平3年(891)の こ と で,・同書 の編 纂 は そ の前 後 と思   わ れ る。 これ はr延 喜式 』 の編 集 と同 時期 も し くは そ れ 以前 で あ る。

23)  『合類 日用 料 理 抄 』 に あ る フナ ズ シや江 戸 幕 府 への 献 上 ズ シが コ持 ち で なか った こ とは 推

  論 の 域 を脱 し得 な いが,か つ て,コ の な い フ ナ のみ を 漬 け た ス シが 存在 した こ とは 事 実 で あ

  る。 す なわ ち,フ ナ ズ シ の中 で も紅葉 の時 期 に獲 れ る フナ(し た が って コは持 って いな い)

  を 使 った もの を 「 紅 葉 鮒 ず し」 とい い,こ れ は江 戸時 代,10月 に 彦 根 藩 か ら,11月 に膳 所 藩

  か ら,そ れ ぞ れ 将 軍 家 に献 上 され た。 た だ し,膳 所 藩 に つ い て は 『諸 国献 上物 集』(18世 紀/

(17)

国立民族学博物館研究報告  18巻1号   した が って,今 日の 近 江 の フナ ズ シ の製 法 は,単 な る保 存技 術 では な く,料 理 と し

て確 立 す るた め に,も し くは確 立 す る と と もに形 成 され た,非 常 に 完 成 度 の高 い調理 形 態 で あ る といxる24)。

】V。わ が 国 の ス シ の プ ロ ト タ イ プ

  しぽ しば 「日本 最 古 」 と表 現 され る近 江 の フ ナ ズ シは,『 延 喜 式 』 な どの文 献 に よ って確 か に歴 史 の古 さは 実証 され る。 しか し製 法 に 関 しては,今 日の フナ ズ シが古 代 と寸 分 違 わ ぬ わ け では な い こ とが 前項 まで に 確 認 され た 。

  ま た,文 献 に 関 してい え ぽ,同 じ 『 延 喜 式 』 の 中 に記 載 の あ る美 濃 の ア ユズ シは, 直 系 とは いえ な い まで も,現 在 もそ の伝 統 が 岐 阜 市 内 の鵜 匠 家 で受 け継 がれ て い る。

『 延 喜 式 』 以 来 の歴 史 を有 す るス シは,必 ず し も近 江 の フナ ズ シだ け で は ない25)。つ ま り,今 日の 近 江 の フナ ズ シを も ってわ が 国 の ス シの プ ロ トタイ プ とす る こ とは決 し て正 確 では な い と結論 づ け られ る。

  そ れ では,現 在 の 日本 で,プ ロ トタイ プを そ の ま ま残 した もの は存 在 す るの だ ろ う か 。 これ まで に 筆 者 が 確認 で きた 主 な ス シを,r斉 民 要 術 』 の 「魚 鮮 」 に あ る諸 特 性 と比較 してみ た もの が本 文 末 の表1で あ る。

  これ に よ る と,『 斉 民 要 術 』 の 「魚鮭 」 と全 く同 じ製 法 を な す ス シは,表 に 挙 げ た

\ 前 期 の成 立 か)に 記 載 が あ る もの の,文 化 年 間(1804〜1818)の 『武 鑑 』 には 記 載 が な いか   ら,そ の時 点 で献 上 の 習 慣 は 廃 絶 して い た と解 され る。 彦 根 藩 の方 は そ の後 も存 続 した ら し   く,ま た,「 紅 葉 鮒 」 は 高 島 あ た りの産 が 名 高 い 旨 を膳 所 藩 記 録 『 近 江 国 輿 地 志略 』 や 大溝   藩 地 誌 『 鴻 溝 録 』 な どが 伝 え て い るの で,今 日,こ れ らの 周 辺 で 聞 き取 りを してみ た が,秋   獲 れ の フナ を ス シにす る こ と も,秋 に フナ ズ シを 漬 け る こ と も聞 かれ なか った 。 な お,明 治   末 期 に 小泉 【1910:149‑1501が,こ の ス シの製 法 を,秋 獲 れ の ゲ ソ ゴ ロウ ブナ(塩 漬 け 処 理 を   ほ ど こ した も の)を 先 に熟 成 させ て お い た 「古 い飯 」 に漬 け て 冬 を越 さ せ,翌 年 の 土 用 に 飯   を 取 り替 え て漬 け 直 した と書 き記 してい るか ら,当 時 は まだ あ った のか も しれ な い。

24)魚 を塩 漬 け にす る と,蛋 白質 が 分 解 して 「うま味 」 の素 で あ る グル タ ミソ酸 な どが 生 成 さ   れ る。 しか し これ に飯 も一 緒 に 漬 け れ ぽ,糖 分 の乳 酸 発 酵 に よ って酸 味 が加 わ る。 つ ま りナ   レズ シは塩 漬 け 魚 に比 べ て,よ り複 雑 な味 わ い の構 造 を有 す る。 この 点 が 「嗜 好 品 化 」 した   一 因 で あ ろ う。

25)  美 濃 の ア ユ ズ シに 関 す る文 献 は,『 延 喜 式 』 以後 は 乏 し く,室 町 時代 に な って 贈答 品 と し

  て 記 され た もの が再 び 多 くあ らわ れ る。 この 間,そ の伝 統 が 途 絶xて い た とは考 え られ な い

  が,現 段 階 で わ か って い る史 料 に つ い ての み いxぽ,こ こに ひ とつ の 空 白期 間が あ る。 また,

  室 町 末 期 に 土 岐 ・斉藤 ら守 護 ・守 護 代 が 贈 った美 濃 の ア ユ ズ シは 江 戸 時 代 に幕 府 ・将 軍 家 に

  献 上 され た もの へ とつ なが る と思 わ れ るが,先 に も述 べ た よ うに,そ れ を 今 日の鵜 匠 家 の ア

  コーズ シに 直接 置 き換 え る こ とは で きな い。 結 局,平 安 期 か ら現 在 まで の 美濃 の ア ユ ズ シの 歴

  史 を 語 る とき,厳 密 に いえ ぽ そ の 伝 承 に は最 低2点 の 不整 合箇 所 を 認 め ざ るを 得 な い 旧 比

  野   1987:39‑501。 しか し なが ら,美 濃 に おけ る ア ユ の ナ レズ シ とい う銘柄 は1000年 も前 か

  ら現 実 に存 在 して いた わ け であ る し,こ こに記 した よ うな不 整 合 性 が 近 江 の フナ ズ シに 関 し

  て もい え る こ とは す で にみ て きた とお りで あ る。 歴 史 の長 さ とい う点 で 近 江 の フ ナ ズ シの み

  を特 殊 視す る こ とは適 当 で な い。

(18)

もの の中 に は存 在 しない こ とがわ か る。 わ が 国 に伝 え られ た 頃 の ス シはr斉 民要 術 』 に記 載 され た もの と同様 で あ ろ うこ とは先 に推 測 した とお りで あ る。 した が って,管 見 のか ぎ りで は,日 本 に お け る ス シの 古形 態 が,今 日,ま と ま った かた ち で伝存 して い る例 は な い こ とに な る。

  こ の表 は,一 方 で,わ が 国 に現 行 す るい くつ か の ス シが,製 法 に お い てr斉 民 要 術 』 の 「魚 鮮 」 と部 分 的 に 共 通 点 を有 して い る こ とを あ らわ して い る。 例 え ば,香 辛菜 を 使 用 しない とい う点 では 近 江 の フナ ズ シな どが性 格 を一 に し,コ ウ ジを使 用 しな い と い う点 で も フナ ズ シをは じめ とす る数 種 が 類似 をみ せ る。 魚 の 下処 理 と して 長期 の塩 漬 け を しな い点 で は栗 東 の 神僕 の ス シ,切 り身 で漬 け る とい う点 で は因 島の シバ ズ シ が,そ れ ぞ れ共 通 性 格 を 有 して い る。

  結 局,日 本 の ス シの古 形 態 は,全 体 と して現 在 に伝 わ る こ とは な く,部 分部 分 が複 数 の ス シ(ナ レズ シ)に わ た って残 って い る と理 解 され る。 ゆ え に,わ が 国 に おけ る ス シ の プ ロ トタイ プは,個 別 に あ らわ れ た 古 い部 分 の残 影 を 拾 い集 め,そ れ らを再 構 築 して新 た に 想 定 され なけ れ ば な らな い。 少 な く と も近 江 の フナ ズ シ とい う特 定 の ス

シに求 め るべ きで は な い と考 え る。

V.む す び に か え て

  滋 賀 県 下 で慣 行 され る フナ ズ シは,文 献 に よって 平安 時代 以 来 の 歴 史 が確 認 で き る。

ま た,原 料 が 単純 な こ と,熟 成期 間が 長 い こ と,飯 の食 用 を 二 義 的 な も の とす る こ と な どか ら,他 の ナ レズ シ とは一 線 が 画 され,「 日本 最 古 の ス シ」 とい った表 現 が され る こ とも少 な くな い。

  しか しなが ら,現 在 わ れ わ れ が 目にす る こ との で きるそ の 製 法 は 決 して原 初 的 とは い い難 い。わ が 国 のス シの古 形 態 を 推定 させ るr斉 民 要 術 』の記 事 と対 照 させ る とき, 両 者 に は共 通 点 も多 い反 面,相 違 点 も少 な か らず あ る。 江 戸 時 代 と比較 す るだ け で も 調 理 の方 法 に は 差 が あ り,フ ナ ズ シは 変 化 しな が ら現 代 に至 った こ とが うか がxる 。 つ ま り,今 日の 近 江 の フナ ズ シの製 法 は,む しろ 高 度 に完 成 され た調 理 技 術 と して 改 善 され た結 果 と認aさ れ る。

  今 日の 日本 に お い て,r斉 民 要 術 』 に あ る 「魚 鮮 」 と 同一 の 作 り方 を す るス シは 未

見 で あ る。 した が って,少 な くと も現 段 階 で は,わ が 国 の ス シの プ ロ トタ イ プを 特 定

の ス シY'求 め る こ とは で きな い。 そ の意 味 で,今 日の近 江 の フナ ズ シを 「日本 最 古 の

ス シ」 「ス シ の原 初 形 態 」 とす る こ とは,非 常 に 誤 解 を 生 み や す い 行 為 で あ る とい わ

(19)

国立民族学博物館研究報告  18巻1号 ざ るを 得 な い。

  古 い 時 代 の ス シの 様 相 は,ひ とま と ま りに では な く分割 され た か た ち で,現 行 す る 複 数 の ス シ(ナ レズ シ)に あ らわ れ 残 って い る。 本 稿 で は筆 者 が 考 え つ く ものの み を 掲 げ た が,こ の ほ か に もス シ の 「 古 さ」を示 す 形態 的 特 徴 が 提 言 され る こ ともあ ろ う。

  また,本 稿 で は主 と して調 理 方 法 に 着 目 したが,ス シの 「 古 さ」 の 指 標 は それ の み に限 定 され る わけ では な い 。漁 獲 か ら消 費(食 用)に い た る ま で の一 連 の 行動 パ タ ー ンや,食 制 す なわ ち 「 食 べ られ 方 」 な どの諸 点 にお い て も,時 代 的 な 変 遷 が想 定 され る。

  わ が 国 に お け る ス シの プ ロ トタイ プは,そ うした 要 素 の複 合 体 と して 考 え る必 要 が あ る こ とを 指摘 して お きた い。

謝 辞

  本 稿 を 作成 す る に あ た り,国 立 民族 学博 物 館 の 石 毛 直道 教授 な らび に 友 枝 啓 泰 教 授 に は,ご 多 忙 の と ころ,草 稿 を お読 み い た だ き,貴 重 な ご助 言 を た まわ った 。 記 して 感 謝 を 申 し述 べ る 次 第 であ る。

 文   献

岐 阜 市 歴 史 博 物 館(編)

    1992  『特 別 展  日本 の味 覚   す し  グル メの歴 史 学 』(展 覧 会 図録)岐 阜 市 歴 史博 物 館 。 日比 野 光 敏

    1987  「岐 阜市 に おけ る アユ の なれ ず し」 『風俗 』26(2):39‑50。

    1990  「福 井 県敦 賀 市 の疋 田ず しに つ いて 」 『風 俗』29(2):37‑49。

石 毛 直 道

    1986「 東 ア ジ ア ・東 南 ア ジ ア の ナ レズ シー 魚 の 発酵 製 品 の 研 究(2)一 」 『国 立 民 族 学          博 物 館研 究 報 告 』ll(3):603‑668。

石 毛 直 道 ・K.ラ ドル

    1985  「塩 辛 ・魚 醤 油 ・ナ レズ シ」 石 毛 直 道 編 『論 集   束 ア ジ ア の食 事 文 化 』 平 凡 社,pp.

      177‑242a

    1990『 魚 醤 とナ レズ シの 研 究一 モ ンス ー ンア ジ アの 食 事 文 化』 岩 波 書 店 。 石 毛 直 道 ・崎 山  理

    1988  「魚 醤 と ナ レズ シの名 称 一 魚 の 発 酵 製 品 の 研 究(7)一 」『国 立 民 族 学 博 物 館 研 究          報 告 』13(2):383‑406。

喜 多村 俊 夫

    1942  『江 州 堅 田 漁業 史料 』 ア チ ッ ク ミュ ーゼ ア ム(1973  日本 常 民 文 化 研 究所 編 『日本 常          民 生 活資 料 叢 書 第18巻 』所 収)。

小泉 清 三 郎

    1910『 家 庭 酢 の つ け かた 』 大 倉 書店 。 小 島朝 子

    1986  「近 江 の鮒 ず し」 『伝 統 食 品 の研 究 』3:1‑10。

小菅 富 美 子

    1982「 近 江(滋 賀 県)の 鮒 ず しの調 理 法 的 研 究 」『大 阪 女 子 短 期 大学 紀 要 』7:15‑28。

中川   眸

    1975  「享 保年 間 に お け る越 中 国(富 山)の 鮎 ず し一 す しに 関す る食 事 史 的研 究 一 」r富

         山 大 学 教育 学 部 紀 要 』23:49‑53。

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