学校文法の限界
∼不定詞と動名詞の使い分けの原理を探る∼
外国語学部英語学科言語情報コース
94 番
学籍番号
97125475
Abstract
I was very surprised that there are differences between the meaning of the structure “VP + IO + DO” (called the fourth sentence pattern in Japanese) and the meaning of the structure “VP + DO + Prep + NP” (called the third sentence pattern in Japanese) at the first pre-seminar because I had learned at school that the those constructions have the same meaning and are interchangeable in all contexts. Since then, I’ve been interested in how correct the “school grammar” is. There are a lot of questions on entrance examinations as to the paraphrasability of the constructions in question. Students, therefore, have to learn the incorrect rule of transforming one construction into another, ignoring subtle differences between them. That has caused many problems of English education in Japan.
This is why I consider the subtle differences between the meaning of the gerund and the meaning of the to-infinitive in this graduation thesis. At school, we learn that those constructions are interchangeable in many contexts. But I think those constructions have not the complete same meaning but the delicate shades of meaning. I want to find the comprehensive principle of using the correct construction by seeing the each origin of the to-infinitive and the gerund and considering the “prospective” character in the to-infinitive and “factive” character in the gerund (Ando 1985). Furthermore, I introduce Ungerer&Schmid (1996) and some other notions i.e. “realization” versus
“non-realization”, “nominal” character versus “verbal” character and the passive meaning of the gerund. It is no wonder that teachers don’t teach the subtle differences between the gerund and the infinitive because that makes students confused. But it is good for teachers to know such subtle differences as their scholarly background. This knowledge helps teachers write or speak more appropriate English in their classes, and they can answer their students’ questions appropriately.
目次 Abstract ⅱ 0.はじめに 1 1.塾のプリントより 1 2.不定詞と動名詞の出自 2 3.不定詞と動名詞の違い 4 3.1.<前望的>性格と<叙実的>性格 4 3.1.1.<前望的>性格と<叙実的>性格の定義 5 3.1.2.過去を表す動名詞と未来を表す不定詞 5 3.1.3.動詞の意味変化 5 3.1.4.仮定法を表す不定詞・動名詞 7 3.2.意味上の主語と動詞的色彩・名詞的色彩 8 3.3.受け身を表す動名詞 8 3.4.動詞 begin がとる不定詞・動名詞 11 3.5.認知スキーマに基づく説明 12 4.まとめ 14 5.終わりに 14 参考文献 15
0.はじめに
私は府川ゼミに入って、最初のプレゼミで第3 文型と第 4 文型には微妙ながら意味に違いがあることを 知り、たいへんショックを受けた。それ以来、今まで学校においてしか英語を習ったことのない私は、学校 文法、あるいは受験英語はどこまで正しいのだろうかということに疑問を抱くようになった。そこで、卒業論 文の題目を「学校文法の限界」とし、学校文法の信憑性について、高校・大学の入試問題、あるいは英語 教育で用いられる参考書などにおける書き換え問題を認知言語学の視点から改めて考察しようと考えた のである。その第一歩として不定詞と動名詞の違いを取り上げたが、それはあまりに広範な領域であり、 他の領域を取り上げる余裕もなくなってしまうので、今回は不定詞と動名詞の違いだけに研究内容を絞り、 不定詞と動名詞との使い分けについての原理を探り、学校文法とのギャップをみていきたいと思う。1.塾のプリントより
22 A like to 動詞の原形 = like ~ing
= be fond of ~ing ∼することが好きだ 23 A begin to 動詞の原形 = begin ~ing = start to 動詞の原形 = start ~ing ∼し始める 24 A try to 動詞の原形 ∼しようとする 25 A try ~ing ∼してみる 26 A stop to 動詞の原形 ∼するために立ち止まる 27 A stop ~ing ∼するのをやめる 48 A enjoy ~ing ∼して楽しむ 49 A finish ~ing ∼し終える 157 B remember to 動詞の原形 ∼することを覚えている(忘れずに∼する) 157 B remember ~ing ∼したことを覚えている 上に挙げた表は私自身が塾のアルバイトをしていたときに作った熟語のプリントからの抜粋である。塾と いう生の教育現場の実態を知る上で有用であると思い載せることにした。これは高校受験を控えた中学 三年生が使用するものであり、生徒は毎週決められた数の熟語を暗記して教師の前で口頭で答えなけれ
ばならない。教師が「∼することが好きだ」と言えば、生徒は「like to 動詞の原形 = like to ~ing = be fond of ~ing」と反射的に答えるのである。生徒の合格を最優先する、つまり入学試験での点数を最優先 しなければならない学習塾においては、限られた時間で生徒にどれだけ多くの量の情報を効率的に吸収 させるかを第一に考えるため、多少の意味の違いは考慮せず、多くの熟語、単語などをイコールで結びつ け、整然とした形で生徒の頭の中へ吸収させる。私はこの方法を批判しているのではない。これは生徒の 合格のためには最も有効な方法である。批判すべきは入試問題で見られる英語をまるでパズルのように 扱う書き換え問題であろう。これがある限り、学校文法も書き換えの技術を生徒に教授することを止めるこ とはできない。書き換え問題では「次の文とほぼ..同じ意味を表す文に書き換えなさい。」という指示のもと、 わずかな意味の違いを「ほぼ」という指示によって無視し、似たような文を生徒に作らせる。本稿では、そう いった書き換え問題における二つの文の間に見られる微妙な意味の差異を考察して、書き換え問題の弊 害を考えていく。
2.不定詞と動名詞の出自
まずは不定詞と動名詞の出自についてみていきたい。不定詞はto inf.の形をとるが、この to の出自は <方向>を表す to である(石橋 1961:98)。これは不定詞の名詞的用法だけではなく、形容詞的用法、副 詞的用法など、全ての不定詞に当てはまることと思われる。名詞的用法は3.1 以下で詳しく検証するので、 ここでは、他の形容詞的用法と副詞的用法を以下の例文で検証したい。 <形容詞的用法> (1) a house to let 貸家(2) Gibe me something to eat 何か食べ物をください
(3) This is a good place to walk. ここは歩くのにもってこいの所だ
(小西 1987:1891) 上の文を検証する前に、阿部(1998:116-117)を引用しておく。
まず、形容詞のように名詞を修飾する用法を見てみましょう。この用法も、「・・・する予定のもの(こと)」を表現すると きに広く使われます。たとえば、「出発する予定の時間」はtime to leave、「食べる予定の食物」は food to eat のように いくらでも表現できます。この場合の特徴は、不定詞が名詞のうしろに来ることです。この形式の最も典型的なものは、 something to drink(何か飲む(予定の)もの)や something to read(何か読む(予定の)もの)でしょう。
something を修飾するという関係にはなかったわけです。しかし次第に something と不定詞が隣同士でまとまった感じ になって、形容詞的な使われ方になったものです。
以上の阿部の指摘からもわかるように、不定詞の形容詞的用法は「・・・する予定のもの(こと)」という、 未来志向のイメージをもった表現であることがわかる。上の(1)から(3)までの例文も同じように、(1)a house to let は「貸す予定の部屋」だし、(2)something to eat は「何か食べる予定のもの」だし、(3)a good place to walk は「歩く予定の良い場所」と表現することが可能である。なぜこれらの表現が「予定」という未来志向 のイメージを伴うかというと、それはto の出自が<方向>を表す前置詞 toであり、不定詞で表現される事 態へ向かっていくことを表すからである。
次に、副詞的用法を同じ視点から考えていく。 <副詞的用法>
(4) I got up early to catch the train. ≪目的≫ 列車に間に合うように早く起きた
(5) Be careful not to make the same mistake again. ≪目的;否定≫ 二度と同じ誤りをしないように注意しなさい
(6) He grew up to be a great man. ≪結果≫ 彼は成長して偉大な人になった
(7) She must be a fool to say so. ≪理由・判断の根拠≫ そんなことを言うとは彼女はばかに違いない (小西 1987:1891) 副詞的用法でもやはり不定詞の to は前置詞の to を出自としていることがわかる。これらの例文の to の前の事態を【事態1】、後の事態を【事態2】として、to の役割を考えてみよう。(4)では、【事態1である 「早起きする」の後に【事態2】である「列車に乗る」という事態が来る。そして、その二つの事態の順序をう まく表しているのが二つの事態の間にあるto である。<方向>の意味を持つ to は、【事態1】と【事態2】 の間に入り、【事態1】から【事態2】への移行を表す。to の持つ<方向>の意味が不定詞でも充分に保た れている証拠といえるだろう。 形容詞的用法、副詞的用法のどちらを検証しても不定詞to が前置詞 to を出自としているのは明らかで ある。最後にもう一度阿部(1998:116)を引用しておきたい。
不定詞のto はもともと、前置詞の to と同じ仲間であり、方向性を表し、「・・・に向かって」(=towards)の意味です。そ こから上の英文は「アポロ11 号は石と取るということに向かって月へ行った」と分析できます。このほうに不定詞は、 「これからやる予定」や「やることになっているもの」に広く使われ、未来志向のイメージを持っています。 また、動名詞は-ing の形をとるが、これは進行相の be –ing から来ているものと容易に予想できる。
3.不定詞と動名詞の違い
3.1<前望的>性格と<叙実的>性格
3.1.1<前望的>性格と<叙実的>性格の定義
前節で見たように、不定詞の出自は<方向>を表すto である。この出自の性格は不定詞になっても失 われてはいない。つまり、このto の<方向>の性格が、不定詞に<前望的>(prospective)性格を付与す る。<前望的>とは、これから起こる事態を予期していることを意味し、それゆえに<前望的>は<非実 現>ととれる場合もある。なお、Bolinger 1977 はこの<前望的>性格を<仮想的>(hypothetical)という 術語を用いている。一方、動名詞の~ing は進行相を出自としていると考えられ、現在起こっていること、あ るいは過去の時点で起こっていたことを叙実する性格をもつ。これを本稿では<叙実的>(factive)性格と 呼ぶことにする。事実を叙実しているので、不定詞の<非実現>に対して、動名詞は<実現>したことを 述べているといってもよい。(なお、<前望的>(hypothetical)、<叙実的>(factive)という術語は安藤 1985:204 による。)以下でいくつかの例文を見ながら、不定詞が<前望的>性格を持ち、動名詞が<叙実 的>性格を持つという仮説の妥当性を検証し、この性格を用いてどこまで一般的な使い分けの原理が導 き出せるか見ていきたい。 まずは、この<前望的>性格と、<叙実的>性格について、阿部(1993:189-190)を引用しながら考えて みる。(8) *He failed in passing the entrance examination. (9) He failed to pass the entrance examination.
この例文の容認性の違いについて、阿部(1993:189-190)は以下のように説明している。
どうしてpassing という形を避けるのでしょうか。実は「合格する」を意味するpass という単語自体に「達成感」が漂っ ており、とりわけpassing のような-ing 形では「合格した状態に入っている」ことを暗示するからです。したがって、failed
in passing では「合格しているはずなのに失敗した」といった矛盾が生じてしまうわけです。
一方、to pass ではこのような不定詞の to が元来、前置詞の to と同じ起こりであることから、John goes to school at eight.に見られるような目標地を示します。つまり、to pass は基本的に「合格するのを目的とする」ことを意味していて、 まだ合格した状態には入っていないことになるわけです。 この短い説明の中には、数多くの重要なことが端的に述べられている。まずは、不定詞の to はその出 自が前置詞のto であるということである。やはり、不定詞の出自についてはこの考え方が最も妥当である ようだ。次に、不定詞はその行為をするのを目的とすることを意味していて、まだその行為を行った状態に は達していないということである。これは今回検証する<前望的>性格と合致する。そして passing のよう な-ing 形では「合格した状態に入っている」ことを暗示するということである。阿部はpass という単語自体が 持つ「達成感」の方を強調しているが、ここでの説明は動名詞の<叙実的>性格に触れていると言えるだ ろう。
3.1.2 過去を表す動名詞と未来を表す不定詞
次は以下の例文を検証する。(10) I remember seeing her once. <過去> (彼女に一度あったのを覚えている。)
(11) I must remember to ask him. <未来> (忘れずに彼に頼まなければならない。)
(12) I’ll never forget finding that rare old coin in my garden. <過去> (私は家の庭であの希少な硬貨を見つけたのを決して忘れないだろう。) (13) Don’t forget to post the letters. <未来>
(その手紙を出すのを忘れないで。) (安藤 1985:205-206) 学校文法でよく見られるこのremember、forgetの使い分けは動名詞が<過去>を表し、不定詞が<未 来>を表すと教えられる。これを本稿の趣旨に基づいて考察すると、動名詞の<叙実的>特性が<過去 >を表すのに適し、不定詞の<前望的>特性が<未来>を表すのに適しているからであると説明するこ とができる。
3.1.3.動詞の意味変化
(14) He tried to knock at the door.<非実現> (彼はドアをノックしようとした。)
(15) He tried knocking at the door.<実現> (彼はドアをノックしてみた。) (渡辺 1981:391) 不定詞と動名詞をとる場合に意味が変わってしまう代表的な例が上の例文のような try である。学校で はただ単にその意味の違いを暗記させられたが、実はこれも不定詞の<前望的>性質、動名詞の<叙 実的>性質で説明ができる。不定詞は事態を前望的に捉えるため、事態の<非実現>を表すことが多い。 <非実現>を表すため、不定詞を用いた<try to 動詞の原形>の意味は「∼しようとする」となり、まだ実 現されていないことをこれからしようとする表現となる。その時、その行為が達成するかどうかはわからな い。一方、<叙実的>性格を持つ動名詞は<実現>された事態を述べるのにふさわしい。従って、<try ~ing>は、「∼してみる」となり、実際に事態を実現させるときの表現となるのである。
なお、石橋(1961:72)は<begin to 動詞の原形>と< begin ~ing>の意味的差異について次のように 述べている。 begin ~ing は「・・・することを始める」の意であり、不定詞は「・・・し始める」です。前者はその動作は具体的・固定的・ 現実的な行為で、実際にそれをやり始め、いま実行中でさえあります。これに対し不定詞は、その方向に向かって開 始するのであり、まだ実際にはそれが始まっていない未来性をもち、具体的に現実にそうしているという観念は表面に あらわれないで、開始のほうに重点があります。「・・・することを始める」という動名詞の場合は、したがって Poutsma の言うように、主語が人である場合が多く、行為も多分に意志的であるのは当然と言えましょう。(略)両者の根本的な 差異は前に述べたように、動名詞が具体的・現実的で今なお実行中であることを感じさせ、不定詞は方向性・未来性 を示し、起動相に重点があることに存するものと考えます。
(16) He started talking and kept on for an hour. (彼は話し始め、それは一時間続いた。) (17) He started to talk but stopped suddenly.
(彼は話し始めたが、すぐに止めた。) (18) *He started talking but stopped suddenly.
(彼は話し始めたが、すぐに止めた。)
動名詞は事態をひとつのまとまりとして叙実する傾向がある。同じ「話すこと」でも動名詞はその話のは じめから終わりまでを指す印象を与える。従って上の(16)のように後件で「それは一時間続いた」のような <事態の完結>を表す場合には、動名詞の<叙実的>性格を用いて話全体を指すのがふさわしい。し かし、(8)のように、後件に「すぐにやめた」というような<非実現性>の内容が来ると、不定詞の<前望的 >性格を用いて事態が完結しなかったことを表すのがふさわしくなる。(14)(15)で見たように不定詞は事態 の開始に重点が置かれるからである。不定詞にはまた、(17)を(18)のように動名詞に書き換えてしまうと、 動名詞の<叙実的>性格がもたらす<事態の完結>が後件の<事態の中断>と意味的に衝突するた め、非文となる。 (19) He stopped to smoke. (彼はたばこを吸うために立ち止まった。) (20) He stopped smoking. (彼はたばこを吸うのをやめた。)
これは入試問題では頻出の問題である。この<stop to 動詞の原形>と< stop –ing>の意味の違いは 学校文法でも正確に教えられる。これはもともとはstop の自動詞、他動詞の用法の違いからくるものであ るが、学校で「不定詞の名詞的用法と動名詞はどちらも同じ『∼すること』を表すから書き換えられるので すよ。」と教えられ、生徒は意味の差異に気づかずに機械的に書き換えを行ってしまう可能性がある。こ れも書き換え問題が生んだ弊害であると思われる。では、なぜstop は動名詞だけを目的語にとり、不定詞 は目的語にとらないのだろうか。これは次のように説明できる。stop は「∼を止める」の意であり、その時 点で目的語で表された事態は完結する。したがって、(14)(15)で見たように、事態の開始に重点を置く不定 詞はstop の意味と衝突してしまうため目的語にとることができなくなり、stop は自動詞としての用法をとり、 不定詞も名詞的ではなく、副詞的に用いて<目的>を表す。なお、動名詞を用いた(20)の和訳は一回の 喫煙を止めた意味で「彼はたばこを吸うのをやめた。」ともとれるし、習慣としての喫煙をやめて禁煙したと いう意味で「彼は喫煙をやめた。」という解釈もすることができる。
3.1.4.仮定法を表す不定詞・動名詞
(21) To wait would have been a mistake.
(待っていたとしたら、それはまちがいだったろう。) (22) *To wait has been a mistake.
(待つなら、それはまちがいだった。) (23) Waiting would have been a mistake.
(待つことはまちがいだったろう。) (24) Waiting has been a mistake.
(待つことはまちがいだった。)
(Bolinger 1977:24) (25) John’s winning the prize would be a great honor.
(26) For John to win the prize would be a great honor.
(安藤 1985:206) 次は主文の述語が仮定法や完了形の場合である。まずは(21)から(24)までを見ていきたい。仮定法は 現実と反することを述べる表現であり、その内容は当然<非実現>の内容となる。従って、仮定法は動名 詞より不定詞のほうが相性がよく、(21)は極めて自然な文となる。しかし、(23)のように、不定詞を動名詞 に書き換えても非文とはならない。これは仮定法においては動名詞の<叙実的>性格(=<実現>)が 中立的になると考えられる。それは、主文の述語である仮定法の表現は極めてはっきりとその文の<非 実現>的な性格を打ち出すからであろう(安藤 1985:206)。同様の理由から(25)(26)も説明ができる。動名 詞を用いても、不定詞を用いても、仮定法が強く持つ<非実現>の性格が文意を保証しているといえる。 一方、完了形はその名の通り、事態の完了を表す表現であるゆえ、<実現>を含意する動名詞との相性 がよく、(24)は問題ない文となるが、(22)のように不定詞を用いてしまうと、不定詞がもつ<非実現>の性 格と完了形のもつ<実現>の性格が矛盾し、文は非文となるのである。
3.2.意味上の主語と動詞的色彩・名詞的色彩
前節では、不定詞と動名詞の使い分けを<前望的>性格と<叙実的>性格によって説明してきた。不 定詞と動名詞の使い分けを考える際には、これらの性格を考慮するのが正しいと思われる。しかし、その 他にも不定詞と動名詞を使い分ける要素があるので、以下ではそれを見ていく。新たな要素とは、不定詞 はその行為をする意味上の主語が文中で表されるが、動名詞では意味上の主語は文中で表されない、と いうことである。そして、もうひとつの要素として、不定詞は動詞的色彩が強く、動名詞は名詞的色彩が強 いということが挙げられる。このふたつの要素は密接な関係にあると言ってよい。つまり、不定詞は動詞的 色彩が強いゆえにその主語を想起させるのに対し、動名詞は名詞的色彩が強いゆえに不定詞に比べて その主語を想起させないのである。この節では以上の二つの要素の妥当性を検証する。(27) I like to swim. (私は泳ぐことが好きだ。(私は泳ぎたい。)) (28) I like swimming. (私は水泳が好きだ。) (石橋 1968:11) (29) I hate to lie. (私は嘘をつくことが嫌いだ。(私は嘘をつきたくない。)) (30) I hate lying. (私は嘘をつくのが嫌いだ。) (31) I don’t like to smoke.
(私はたばこを吸うのがすきではない。(私はたばこを吸いたくない。)) (32) I don’t like smoking.
(私は喫煙が好きではない。) (石橋 1968:71) 上に挙げた(27)から(32)までの例文は主文に好き嫌いを表す動詞を用いた好悪動詞の例である。これ らの不定詞と動名詞のペアで共通に言えることは次の二点である。まずは不定詞はその行為者を文の主 語で明示する。従って、(27)(29)(31)で、泳いだり、嘘をついたり、たばこを吸ったりする人はその文の主語 の「私」である。それに対して、動名詞は不定詞のようにその行為者を明示しない。もうひとつの点は、行 為者の明示による自然の結果として、不定詞は主語を意識することから動詞的色彩を帯び、動名詞は主 語を意識しないので名詞的色彩を帯びる。例えば、(27)は不定詞なので主語を意識しながら「私が泳ぐこ と」を意味するが、(28)は動名詞なので、主語を意識せず名詞的色彩を反映して、「(誰でもやるような)水 泳」を表す。和英辞典で「水泳」を引くとswimming が出ていることからも動名詞が名詞的色彩を持ってい るのは明らかであり、tennisや badmintonなど他のスポーツと対比して用いられている印象を与える。なお、 この例文は前節でみた不定詞の<前望的>性格、動名詞の<叙実的>性格を用いても説明できる。不 定詞のほうは<前望的>性格により、事態の<非実現>を表す。言い換えれば、その to の原義より、そ の行為に向かっていくような印象を与える表現なのである。従って、好悪動詞が不定詞をとれば、今から 行おうとしている行為に対しての好き嫌いの判断を述べることになり、それが好きならば、「∼したい」のよ うな表現になるし、それが嫌いならば「∼したくない」のような表現になるのである。
なお、上に挙げた動名詞の名詞的性格について、安藤 (1985:209)は、「動名詞をとる場合の意味では 必ず..名詞目的語もとることができる」と指摘している。これは、動名詞の名詞的性格を十分に説明しうるこ とと考え、以下の例文で安藤の指摘を考える。
(33) I dread having to visit the dentist. (34) I dread a visit to the dentist. (35) I like working.
(36) I like work.
(37) Don’t neglect writing to your mother. (38) He neglected his studies of French. (39) He tried skating on the ice.
(40) He tried a different method.
(安藤 1985:209-210) 以上の各ペアは動名詞と名詞をどちらも目的語としてとっている。これは動名詞が名詞と同じように扱 われていることの証明といえる。以上のことからも動名詞が名詞的要素をもっているということは妥当であ ると思われる。 さらに安藤は上の例文に不定詞の例文を付け加え、もう一つの重要な指摘をしている。それは、「動名 詞をとる場合とto 不定詞をとる場合とでは、必ず..動詞の意味に違いがある」ということである。ここでは、こ の指摘についても考察したい。
(41) I dread having to visit the dentist. 「∼を恐れる」
(42) I dread to think of what may happen. [i.e., so I don’t think.] 「こわくて∼できない」 (43) I like working. 「∼を好む」
(44) I’d like to work. 「∼したい」 (45) Don’t neglect writing to your mother. 「∼を遂行しない」 (46) He neglected to write and say ‘Thank you’. 「怠って∼しない」 (47) He tried skating on the ice. 「∼してみる」 (48) He tried to skate on the ice, but fell over. 「∼しようとする」
以上の例文から分かるように、不定詞と動名詞のどちらともとることができる動詞は、その目的語によっ て意味を変えるのである。従って、1 節で挙げたような熟語の暗記なども厳密に言えば間違いということに なるであろう。
3.3.受け身の意味を表す動名詞
今回、不定詞と動名詞の使い分けを考察するに当たって、実際に私が受験生の時に使用していた何冊 かの参考書に改めて目を通してみた。すると、受験生の時には疑問に感じていた箇所に行き着いた。そこ には、need doing = need to be done という記述があった。その当時、動名詞は不定詞と書き換えられると 習ってきた自分にとって、なぜ need の場合だけ、不定詞を受け身の形で書き換えなければならないのか 疑問だった。この節では動名詞がなぜ受け身の意味を持つのかについて考察する。(49) The boy wants punishing. (50) The boy wants to be punished. (51) *The boy wants to punish.
(石橋 1968:11) (52) This car needs repairing.
(53) This car needs to be repaired. (54) *This car needs to repair.
(この車は修理する必要がある。)
(篠田・瓜生 1993:48) なぜこれらの表現では不定詞内が受け身になるのかは 3.2 で見た主語の指示の有無による。つまり、 上の(49)では、punishing が名詞的な表現で特定の主語を指示しない表現であり、和訳すれば「罰」である のに対し、(51)は to punish の主語が文中で指示されるため、主語が The boy になってしまう。しかし、ここ では、The boy は誰かを罰するのではなく誰かに罰せられるのであり、不定詞内は受動態にするのが意 味的に正しくなる。従って不定詞内は能動の形ではなく、受動の形にした(50)が正しくなるのである。 また、(52)(53)(54)は大学受験の参考書からそのまま引用したものであるが、これも(49)(50)(51)と全く同 じように説明することができる。
3.4.動詞 begin がとる不定詞・動名詞
ここではBent(1982:146-149)を参考にしながら、動詞 begin がとる不定詞・動名詞について考える。 (55) Mills jumped down from the rock and began picking flowers.(56) He began to pick flowers.
まず、この二つの文の違いから検証する。Bentは動名詞は具体的で個別の場合を表現し、不定詞はそ の事態とそれに関連する事態までも表現すると説明している。(55)では、花摘みの行為が始まったことを 意味するが、(56)では、花摘みの行為だけでなくその周辺の事態までをも含み、そういった期間が始まっ たことを表すということになる。
(57) She broke into a sweat, relaxed, smiled and began gently and rhythmically swaying and thumping. (58) Since then the Bank has begun issuing quarterly reports.
(59) The Commodore went across to the shelves and began removing books from them with admirable speed and dexterity.
これらの例文では、全て動名詞が使われているが、共通していえる文脈の特徴がある。それはまず、動 名詞は目に見える動作について使われるということである。これは(55)(56)にも言えることである。次に言 えるとは、動名詞ではその動作をする理由が話者にとってわからないことが多いということである。例えば、 (59)では、その人は本棚を空っぽにしたかったのかもしれないし、何か本を探していたのかもしれない。し かし、その本当の理由はわからないのである。最後に動名詞は定期的に行われる動作を意味しない。こ れは(55)(56)で述べた個別性とも合致するであろう。
3.5.認知スキーマに基づく説明
Ungerer&Schmid(1996)は不定詞と動名詞の使い分けを包括的に説明するため、伝統文法による個別 の意味的説明を認知スキーマに基づいて一元的に説明しようとしている。ここでは、その認知スキーマに 基づく説明を導入し、包括的な説明の可能性を探る。 Ungerer&Schmid(1996)は不定詞のスキーマ的意味を「ある状況の個別事例ないし個別事例の集積を 表す」と定義した。そして不定詞の様々な解釈はこのスキーマ的意味を派生させていると考えるのである。 Ungerer&Schmid(1996)が示した派生の例には「特定の個別の出来事」「不特定多数の出来事」「新しい 状況をもたらす」「達成に至る努力」「影響および間接使役」がある。一方、動名詞のスキーマ的意味は「出 来事の個別性を越 えた状況を表す」としている。これは、認知情報が個別事象として分割されず、不特定 の現象(似たものを一括した状況)として知覚された場合に動名詞が用いられるということを意味する。そ して、そのスキーマ的意味を派生させた解釈の例としては「一般的状況」「現実になりかけ:予定されてい た が 実 現 さ れ な い 活 動 」「精 神 活 動 の 対 象 」「状 況 の 心 理 的 経 験 」な ど が あ る 。 以 下 に Ungerer&Schmid(1996)が示した表を挙げておく。to 不定詞補充 動名詞補充 スキーマ的意味: スキーマ的意味 ある状況の個別事例ないし 出来事の個別性を超えた状況を表す 個別事例の集積を表す 以下のものを含む 以下のものを含む −特定の個別の出来事 −一般の状況
propose/be keen to jump from propose/be keen on swimming Tower Bridge
−不特定多数の出来事 −事実と見なされる状況 like to eat hamburgers like eating hamburgers さらなる応用
−新しい状況をもたらす −現実になりかけ:予定されていたが実現 されない活動
want/intend to buy a dishwasher avoid/postpone doing the dishes −達成に至る努力 −精神活動の対象
manage/try to find a flat consider/imagine being homeless −影響および間接使役 −状況の心理的経験
advise/invite/permit someone to play enjoy/hate singing a piece on the piano
確かにこのスキーマ的意味を用いると、例えば間接使役も説明できることからも分かるように、不定詞と 動名詞の使い分けについてかなり包括的な説明ができる。しかし、私個人の意見としては、スキーマ的意 味からの派生が容易にできるものとできないものがあるように感じられる。例えば、不定詞の解釈では、 「特定の個別の出来事」はスキーマ的意味から容易に派生することができるが、「影響および間接使役」 は容易な派生とは言えないような気がする。これからの研究として は大いに期待できるが、現在のところ では、まだ問題点もあるように思われる。
3.まとめ
今回の不定詞と動名詞の研究では、主に<前望的>性格、<叙実的>性格を中心に議論を進めた。そ れぞれの出自からも容易に推測できるこれらの性格は、不定詞と動名詞を議論するに当たり最も有用で あると感じている。また、その性格から事態の<実現>の有無についても述べたが、これも正しい使い分 けをする上で重要な知識であると思われる。さらに意味的主語の明示や動詞的性格、名詞的性格につい ても本稿で述べたが、それらを用いなくても<前望的>性格、<叙実的>性格を用いれば説明のできる 文も数多かった。そういった点でもこの<前望的>と<叙実的>という二つの性格を本稿で取り上げられ たことは大きな成果であると感じている。また、もうひとつの観点として受け身の意味を表す動名詞を取り 上げた。これは、私が受験生の時からの疑問を解決してくれる糸口となった。なお、最後に Ungerer&Schmid(1996)を取り上げたが、これは少しあくまで不定詞と動名詞を<前望的>性格と<叙実 的>性格で説明しようとする本稿の趣旨とは少し異なったものになってしまったかもしれない。 認知言語学の視点で言語現象を考察する場合によく感じることは、対立する二つの要素の間にはあい まいな部分が必ずあるということである。今回の<前望的>性格、<叙実的>性格をとってみても、言語 現象によってはその違いが如実に現れる場合とほとんど違いが現れない場合がある。この白黒はっきりし ない場合も多く存在することを理解した上で、<前望的>性格と<叙実的>性格の違いを認識しておく必 要があろう。4.終わりに
今回の卒業論文では、本来もっと広範な単元を考察して、学校文法の限界を検証したかったが、不定詞 と動名詞の使い分けだけでも調べなくてはならないことがあまりに多く、結局この単元のみの検証となった。 しかし、この不定詞と動名詞の使い分けだけを見ても、学校文法がどこまで正確なのかという疑念にから れてしまう。もちろん不定詞と動名詞の違いがほとんどなく、どちらも用いることができる表現もある。しか し、全く同じ意味の文など存在するのだろうか。同義性の程度の差はあれ、どの文にもその文にしか表す ことのできない意味があるのではないかというのが今の私の考えである。極端なことをいえば、全く同じ意 味の文が存在するならば、それはひとつで充分だからである。今回の不定詞と動名詞の違いでいえば、 不定詞と動名詞を使い分けるのには当然、それぞれに対する発話者の意識の差があるわけで、それが 不定詞と動名詞の選択を決定する。いずれにせよ、この微妙な意味の差異を教師が生徒に細かく教授す る必要はないだろう。しかし、学習者に教授しなくても、教師側の学問的背景として、こういった微妙な違い を知っておくことは有用であると感じた。参考文献
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