596 昭和学士会誌 第79巻 第5号〔596‑599頁,2019〕
パラファンクションに関する研究
昭和大学歯学部スペシャルニーズ口腔医学講座顎関節症治療学部門
菅 沼 岳 史
第 356 回昭和大学学士会例会(歯学部会主催)研究紹介講演 2019 年 6 月 29 日 13:00 〜 13:30 昭和大学歯科病院第 2 臨床講堂
○座長(丸岡靖史) それでは,菅沼先生のご略歴 ですが,1985 年の 3 月に昭和大学を卒業後,補綴 学教室に入局されまして,補綴学の専門医,指導医 を取得されました.その後,補綴学講座から 2017 年の 2 月にスペシャルニーズ口腔医学講座の顎関節 治療学部門に准教授,診療科長として移られて,
2018 年 1 月に顎関節治療学部門の教授として,顎 関節学会や補綴学会等で大変活躍されています.菅 沼先生,よろしくお願い致します.
○菅沼 よろしくお願いします.顎関節症治療科の 菅沼です.ここにお示ししたとおり,現在,顎関節 症治療科におりますが,2 年前までは補綴学講座に 31 年おりまして,今日ご紹介する研究は,ほとん どが補綴学講座で携わった研究です.移ってからは スタッフもいなくて,研究らしい研究はあまりでき ておりませんが,月 200 人ぐらい患者さんを診てい るので臨床に追われる毎日です.
ということで,今日お話しするのはパラファンク ションに関する研究です.顎関節症の発症因子は,
解剖因子,咬合因子,外傷因子,精神的因子,行動 因子と,こうしたいくつかの因子が積み重なって,
その人の持っている抵抗力というか耐力を超えた時 に発症するという考え方が現在の主流です.それで は,何で僕がここに,顎関節症治療学部門に移った かというと,若い頃は結構補綴というか,咬合と顎 関節症の関わりをすごく言われている時があって,
名誉教授の古屋先生がいらした頃ですが,どちらか と言うと,顎関節症というよりも機能系の研究に携 わっていて,そういう経緯もあって,お呼びがか かっちゃったということです.
顎関節症の発症に関与するいくつかの因子の中 で,今日はお話しするのは行動因子についてです.
行動因子と呼ばれるものには睡眠時と覚醒時の因子 があって,睡眠時の行動といえばブラキシズムで,
覚醒時,起きている時の行動としては,一番この上 下歯列接触癖,TCH です.TCH って世界的には ちょっと通用しないので,英語ではAwake Bruxism です.他にいくつかありますけども,顎関節症の患 者さんの約 6 割はこの TCH,あるいはブラキシズ ムがあるということで,非常に顎関節症に関わりが あるところです.
これら,睡眠時ブラキシズム,覚醒時ブラキシズ ムを非機能的な運動,パラファンクションと言いま す.それに対して,正常機能がオルソファンクショ ンで,機能障害がディスファンクションということ になります.今日お話しするのは,ブラキシズムに ついてですが,大きく分けるとブラキシズムの実 態,メカニズムに関連したこと,それからブラキシ ズムの対処法に関連した内容です.
まず,睡眠時ブラキシズムが歯根膜感覚に及ぼす 影響についてお話します.これはまだ補綴の馬場教 授が赴任する前にやっていたことで,今茨城で開業 している小野先生が大学院の時にやってもらった仕 事です.
これはちなみに,2 つの科研費をいただいていま す.それらをまとめたことを 2015 年に顎関節学会 で発表しました.咬合接触を増大するパラファンク ションということで,患者さんによく話すのです が,24 時間のうち,どのくらい歯が接触している かというと,たった 20 分しか歯が接触してないわ けで,それにもかかわらず,夜も昼も歯が接触して いるっていうことはいろいろ,いろんなところに不 具合が出てくるということで,その関連性を検討し たものです.
講 演
パラファンクションに関する研究
597 歯根膜感覚をどうやってみたかというと,5 から 50 µm までの薄い金属の箔を咬合接触している部位 に置いて,いわゆるホイルテストですが,判別でき る最小の厚さの値を歯根膜の判別域として,歯根膜 感覚の指標としました.ちなみにこれ,この年齢に なっていただけるとは思っておりませんでしたが,
優秀ポスター賞をいただきました.
で,結果をみてみると,ブラキシズムのあるほう が,歯根膜の判別閾はおよそ 20 µm ぐらいで,ブ ラキシズムがないと 30 µm ぐらいということで,
明らかにブラキシズムがあるほうが,咬合感覚が鋭 敏であることがわかりました.一方,TCH を見て みると,有意差がないのですが,若干あるほうが鋭 敏になる傾向がありました.また,ブラキシズムと TCH があるなしで 4 群に分けてみると,ブラキシ ズムがあって TCH があれば,一番咬合接触してい る時間が長いわけですが,統計的にはそれほど大き な差はありませんでした.
ここの違いですが,睡眠時ブラキシズムと覚醒時 のブラキシズムである TCH とでみてみると,睡眠 時ブラキシズムのほうが明らかに咬合力が強いこと から,両者の歯根膜に加わる力の差がこういったこ とに関連しているのではないかというところがわ かったという研究です.
続いて,遺伝的要因との関連についてで,睡眠時 ブラキシズムのメカニズムに関連する内容です.こ れは今年の 4 月から USC に留学していますが,医 科歯科大学の大学院生だった安部先生が,馬場先生 のところで学位取られた際の学位論文の内容です.
ここに示すように,ブラキシズムの遺伝的関連性 については古くから調べられていて,その関連性が あるところまではわかっているのですが,特定の遺 伝子とブラキシズムの関連は調査した研究はありま せんでした.そこで,睡眠時ブラキシズムに関連す る遺伝要因の探索ということで,抗鬱剤の SSRI(セ ロトニン再取り込み阻害剤)を服用すると,ブラキ シズムが副作用として発現することから,セロトニ ン関連の遺伝子とその他の要因との関連性を調べま した.ブラキシズム群 66 人,コントロール群 48 人 と,約 100 名の被験者で,環境的要因などもですが,
結果として出てきたのが,セロトニンの 2A 受容体 遺伝子の遺伝子多型の RS6313 に関連しており,と くに RS6313 の TC 型と CC 型の C アレルを持った
遺伝子型が 4.25 倍の確率で,ブラキシズムに強く関 連するというところがわかりました.このようにセ ロトニンの伝達系が関与している可能性が考えられ ることから,今現在,補綴の教室では帆足先生と中 井先生が,iPS 細胞を使ってセロトニンの神経細胞 を誘導して,ブラキシズムの疾患モデルを作って研 究を行っています.なかなか難しい研究で,慶応の 生理学教室や順天堂の生理学教室と協同でやってお られますが,だいぶいいところまでは来ており,も う少し経つと,何か画期的な発表があると思います.
次が睡眠時ブラキシズムの筋活動様相と臨床兆候 との関連性についてです.今はもう卒業されていま すが,葭澤君と吉田君が行った研究です.これは何 をやったかというと,ブラキシズムの臨床兆候,皆 さんはご存知のように歯ぎしり音,歯の咬耗それか ら起床時の症状といった臨床兆候と,ブラキシズム の筋活動との関連を調べた研究です.これも科研費 をいただいた仕事です.臨床兆候というのは,先ほ どお話ししたとおり歯ぎしり音の指摘,象牙質の咬 耗,起床時の咀嚼筋疲労感という臨床兆候ですね.
ブラキシズムの筋活動をよくみてみると,こういう フェイジックなエピソードはリズミカルな筋活動が 発生し,トニックエピソードっていうのは,いわゆ るクレンチング,噛み締めるエピソードで,それら の両方が混ざったものがミックスエピソードで,一 晩の咬筋の筋活動を観察してみると,こういういく つかのパターンの活動が見られます.トニックエピ ソード,この噛み締めるエピソードは,それほど量 は多くないのですが,このようなパターンで見られ ます.それで,それぞれの筋活動,臨床兆候の数を 見てみると,ブラキシズムで指摘がある場合とない 場合では,当然指摘がある場合にはフェイジックな リズミカルな筋活動が多く,咬耗が多い場合も同様 です.それから,起床時の疲労感に対しては,クレ ンチングを反映するトニックエピソードと関連して いるということがわかりました.このようにいくつ かある代表的な臨床兆候には,こういった筋活動が 反映しているということがわかったところです.
次がブラキシズムへの対応についての研究です.
今一般的にブラキシズムの対処法として行われてい るのはスプリント,それから薬で抑えること,およ びバイオフィードバックです.
音や振動,刺激によるバイオフィードバックで,
菅 沼 岳 史
598 ここにあるのがサンスターから出ているグラインド ケアというものです.側頭筋に小さい電極を貼って おいて,筋活動を検知すると,ピッとここに電気刺 激が来て,それでブラキシズムを抑えようというも のです.これはスマホと連動しているので,非常に 現代の時代に合ったものですね.ただ,後で出てく る振動刺激もそうなのですが,ブラキシズムの数自 体を減らすのではなく,ブラキシズムの持続時間を 減らすことができるものです.
睡眠時ブラキシズムの対処法として最も一般的に 使われているスプリントです.これはうちの研究 じゃなくて九大の研究ですが,スプリントを付ける と,通常のスプリント,あるいは口蓋のところを覆 うだけのスプリントでも,とにかく口の中に何かこ ういう物を入れると,1 週間ぐらいはブラキシズム の頻度が減少します.
入れた直後は減るけども,大体 1 か月も経つと元 に戻っちゃうということで,実際のブラキシズムの 患者さんのスプリントですが,これだけすごいスプ リントが咬耗しているっていうことは,付けてもブ ラキシズムはやっているっていうことですね.ブラ キシズムを完全には止めることができないのです が,どういう力学的効果があるかについて調べたの がこの研究です.デンタルプレスケールを使ってス プリントを入れた時と入れない時でその咬合接触状 態と咬合力をみたという研究です.これはスプリン トを入れない状態ですが,入れない状態では,この ように臼歯部に非常に咬合接触が集中して,咬合力 の重心も後ろのほうにあるのに対して,スプリント を入れると,歯列全体に分布して,重心もほぼ中央 に移動します.それから,咬合力の総和を見てみる と,40%MVC っていうのが最大噛み締めの 40%の 力,それから 80%は最大噛み締めの 80%の力です が,どちらも 70%ぐらい減少するということがわ かりました.咬合力を歯列全体にこのように分配す ることによって,結果的には,顎関節や咀嚼筋への 不均衡な負荷が軽減できるのではないかということ がわかったものです.
次が薬物療法です.これも,もうすでに大学院を 卒業して,今開業されていますが,酒井くんがやっ てくれた研究です.この研究のすごいところは,ク ロナゼパムとクロニジンと,プラセボで RCT を やったというところです.クロニジンというのは降
圧薬で,クロナゼパムは抗てんかん薬,筋弛緩薬で すね.RCT をやるにあたって,被験者 19 名という 相当な人数の被験者を PSG,今一番信頼できる測 定法が PSG ですが,それを 5 夜やったということ で,これは相当な労力で,約 100 夜測ったというす ごい研究です.それで,何が一番効いたというと,
クロニジンが一番効いたわけですね.この RMMA インデックスっていうのは,ブラキシズムの筋活動 のフェイジックエピソードとミックスエピソードを 合わせたものの 1 時間あたりの発生頻度です.それ でみてみると,ベースラインを 1 とした時に,ここ まで減るということですね.あとプラセボの効果が 認められましたが,これはブラキシズムの対処法と して自己暗示による方法もあるので,そういったと ころにも関連しているのかもしれません.また,
PSG の心電図でみると,明らかに RR 間隔がプラセ ボ,クロナゼパムに比べると,クロニジンのほうが 延長しているのがわかります.ブラキシズムの発生 過程をみてみると,ブラキシズムが始まる前の 4 分 ぐらい前に交感神経活動が上昇して,心拍数が増加 することがわかっているので,この結果は,交感神 経活動の抑制により,ブラキシズムが減少したもの と考えてよいものと思います.クロニジンにブラキ シズムの抑制効果はありますが,減った人と減らな い人がいるっていうのは,まだちょっとよくわから ないところです.この辺のレスポンダーとノンレス ポンダーそれぞれの遺伝的な多様性によるものでは ないかということで,遺伝子多型を調べてみると何 かそういったことの関与がわかるのではないかとい うことで現在検討中です.
最後に,振動刺激によるバイオフィードバックに ついてです.中村くんの研究と,あと中里さんの研 究です.まずどういうものかっていうと,スプリン トのここのちょっと黒い部分に携帯のバイブレー ターの振動モーターが入っていて,ピエゾフィルム という歪みを検知するものがスプリントの中に埋 まっています.ブラキシズムの咬合力でスプリント が歪むと,それをトリガーとして振動刺激が起こる 装置です.
ずーっと長時間振動しているのではなくて,ブ ルッ,ブルッっていう感じの振動刺激ですが,この 装置を使ってみると,振動なしと比べて振動ありで このぐらい,ブラキシズムの持続時間が減少したと
パラファンクションに関する研究
599 いうことです.ただ,この研究ではスプリントを入 れた直後の研究なので,先ほど九大の研究でご紹介 したように,スプリントは入れるだけでも入れた直 後はブラキシズム減少してしまうので,そのことを 加味してやった研究が中里さんの研究です.これも 結構な期間行っているのですが,1 夜目から 15 夜 目までが振動なしで,スプリントの順応する期間を 経てから,その後に振動刺激のありなしをやったと いうものです.そうしてみると,やっぱり明らかに スプリントの効果で,15 夜目まで行くと元に戻っ ています.その時点で初めて振動の効果をみてみる と,振動ありの場合には 25%ぐらいの数が減って,
バースト時間,持続時間も 60%ぐらい減ったとい う結果が出ました.
ちょっとここでエピソード数が減っちゃっている こと自体が,仕組みからするとどうしてかなってい うところはあるのですが,いずれにしてもブラキシ ズムを抑制する効果はありそうです.現在,いろい ろとハードル高く,クリアしなきゃいけない問題も ありますが,製品化目指しているところです.
ちょっと駆け足でしたが以上で,私が携わってき た研究に,とくにパラファンクションというかブラ キシズムに関連した研究のご紹介をさせていただき ました.
馬場先生,日本ではたぶんブラキシズムの研究で 第一人者ですが,こちらにいる補綴学講座の面々,
ブラキシズムチームとずっとやってきた研究です.
以上です.
○座長 菅沼先生,ありがとうございました.ブラ キシズムに関しての研究,これだけ一所懸命やって いるところは,日本の大学では昭和大学が一番多い のではないかなというふうに思いますが,先生から また何らかの追加等あれば,どうでしょうか.
○菅沼 睡眠時ブラキシズムは,馬場先生が中心と なって一連の研究がされていますが,それに対して 覚醒時,いわゆる TCH の研究っていうのはよくわ かっていない部分がいっぱいあります.起きている 間なのでわかりそうなのですが,咬筋に直接電極を 貼るのはちょっと難しく,いろいろ研究もあるので すが,顎関節症の患者さんの 6 割は TCH,上下歯 列接触癖があり,顎関節症を未然に防ぐというこ と,治療への応用について,僕はあと数年ですが,
いる間に何とか結果を出したいと思います.
○座長 菅沼先生,ありがとうございました.
○菅沼 はい.
○司会 どうもありがとうございました.では学士 会から菅沼先生に,記念品の贈呈を行います.座長 の丸岡先生からお願い致します.