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(1) バグダッドを狙うイスラム国の脅威
■イラク西部の 80%を支配下においたイスラム国
イスラム国(IS)のイラク西部での進撃が続いている。ドキュメント・レポートの前号では、イスラム国 がイラク北部で政府軍や地元部族からの巻き返しを受けていることを伝えたが、こうした動きを受け てイスラム国は戦力を西部に移してアンバール県の支配を確立しようと考えているようだ。
10月13日、イラク西部アンバール県のヒート(Hit)を、数週間の戦闘の末にイスラム国が支配下に おいたことが明らかになった。ISは 10 月に入ってから、イラク北部やシリアの一部からアンバール 県に兵力を移動させ、過去数週間で 3,000 名の戦闘員をアンバールに集結させたと伝えられてい た。イラク軍は、ISの攻撃を受けてヒートの軍事基地から「戦術的撤退」を余儀なくされたと発表し た。過去数週間、増強部隊の支援を受けて進撃を続けるイスラム国は、これでアンバール県の 80%をコントロール下に置いたことになり、州都ラマディの陥落を目指してさらに西に進むことにな る。その先には首都バグダッドがあり、バグダッドでは再びISの侵攻に備えて警戒態勢を強化する 動きが見られている。
■デンプシー議長がバグダッド攻撃の可能性を示唆
10月12日に米ABC放送の報道番組「This Week」に出演したマーティン・デンプシー米統合参謀 本部議長は、アンバール県でのISの前進に関して、米軍等の空爆作戦により「これまでISがバグ ダッドを迫撃砲などの間接砲撃で脅威にさらすことを防いできた」が、「ISの戦闘員たちがスンニ派 の住民たちの間に紛れて行動しているため、米軍の空爆で彼らを粉砕することは難しく、今後はバ グダッドへの間接砲撃が行われるのは時間の問題である」と述べている。
以下の英BBC放送が作成した表を見ても分かるように、米軍がこれまで空爆で狙ったターゲットの ほとんどはISの武装車両や戦車など、上から見て分かる標的であり、「ISの戦闘員」を直接識別し て狙うのは非常に困難である。検問所や監視ポストや武器を集積している場所なども、上空から見 えるものは叩かれているようだが、民間人に混ざって活動する戦闘員や民家に置かれた指揮所な どは、よほど正確なインテリジェンスがなければ空爆は出来ないため、効果は限定的だと思われ
2014 年 10 月 15 日号
(1) バグダッドを狙うイスラム国の脅威
(2) シリア・クルドをめぐり対立深まる米・トルコ関係
(3) 襲われた米民間軍事会社
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る。
驚くことにデンプシー議長は、最近米軍がイラク政府からの緊急要請を受けて、バグダッド国際空 港の防衛のためにアパッチ攻撃型ヘリコプター2機を飛ばしていた事実も明らかにした。バグダッド 国際空港の西20~25キロ付近のイラク軍のチェックポイントまでISが到達し、もしそこを破られれば 空港まで一直線にたどり着ける危険性が高まったため、イラク軍は米軍へ支援を要請し、アパッチ を派遣したという。
これはアンバール県から首都バグダッドを守る最終線が破られそうになったため、米軍が介入した ことを意味しており、極めて深刻である。例え一時的だとしても、ISがバグダッド国際空港を脅威に さらすことができれば、バグダッドに滞在している外国人はパニックに陥る可能性が高い。
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ISが大規模な部隊を投入してバグダッドもしくはその一部地域を支配下に置くようなことは引き続き 困難だが、迫撃砲を撃ち込むような間接砲撃を通じてバグダッド市民を脅威にさらすことは十分に 可能であり、今後そのような事態が発生する可能性は十分にあると想定しておくべきである。
【Source】
“This Week”, Transcript: General Martin Dempsey, October 12, 2014
“Obama’s Top Military Adviser Warns of Possible ISIS Attacks in Baghdad”, October 12, 2014
“ISIS fighters seize key military base in Iraq’s Anbar province”, October 13, 2014
“ISIS still on the front foot in Iraq”, Financial Times, October 10, 2014
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(2) シリア・クルドをめぐり対立深まる米・トルコ関係
■シリアのクルド問題をめぐる戦略構図
トルコとの国境に近接するシリア北部の少数民族クルド人の町コバニをめぐり、イスラム国とクルド民 兵の激戦が続いている。米軍はイスラム国の進撃を止めるべく空爆を続けているが、空爆だけでは 限界があり、イスラム国はすでにコバニの 40%を掌握したと言われている。現地の人権団体は、こ のままではコバルに滞在する住民 500 名以上が虐殺される恐れがある、として国際社会に救援を 求めている。
米国内でも“空爆だけでISの侵攻を止めるのは無理。地上軍を投入すべき”との見方が強まってい るが、オバマ政権はコバニと国境を接しているトルコに対して派兵を要請しており、引き続き自らが 地上軍を送ることはないとの姿勢を崩していない。
オバマ政権は何とかトルコを対IS軍事作戦に引き込もうと考えているようだが、両国はともにNAT O加盟国だが、シリア問題に関する利害は大きく異なっており、米国が望むような形でトルコが協力 する可能性は低い。
そもそもトルコがクルドを助けてISを叩く戦略的理由は全くない。オバマ政権の要請は全くトルコの 国益を無視した一方的なものであり、トルコが「はいはい」と応じるような話ではない。
シリアのクルド問題は、この地域の利害関係が複雑に絡むシリア内戦の構図を凝縮していて非常 に興味深いので、以下、簡単に解説したい。
2012年7月にシリア政府軍が北部のクルド人地域から撤退して以来、シリア北部のクルド人地域は 民主統一党(PYD)の軍事部門である「人民防衛隊(YPG)」が支配下に置いており、PYDが事実上 の自治政府の役割を担っている。PYD は元々トルコで活動をしている「クルド労働者党(PKK)」が シリアの政治支部として設立した組織であり、日本の公安調査庁の「国際テロリズム要覧」にも「テロ 組織」として掲載されるような組織である。
PKKは1978年の創設以来、トルコ南東部での「クルド人国家樹立」を掲げてトルコ政府に対する反 政府武装闘争を続けている組織であり、トルコ政府から見れば危険なテロ組織である(近年、エル ドアン政権は PKK との和平交渉を続けているが、政府としてテロ組織という扱いをしている事実に 変化はない)。シリアは歴史的にトルコとの関係が悪化した時には、PKKに支援をしてトルコ政府を 牽制してきた。
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クルド人はシリアにおいても抑圧されてきたが、シリア内戦の推移に伴い、国内の戦略的状況が変 化すると、アサド政権はクルド人を反政府勢力とぶつけてバランスをとらせる戦略をとり始めたようで ある。それまでイラク北部のPKKの基地に亡命していた PYDの指導者が突如シリアのクルド人地 域に舞い戻ると、シリア軍がクルド人地域から撤退した。当然、アサド政権とPYDが密約を結んだと 噂されたのだが、案の定 PYD=YPG は、シリアの反政府勢力を排除しながら、シリア北部のクルド 人地域の支配権を固めていった。
つまり、シリアのアサド政権は北部のクルド人地域の支配をクルド勢に渡す代わりに、ISを含めた 反体制派勢力をこのシリア北部地域から排除することを狙ったのだと思われる。アサド政権としては、
トルコとシリアの間に横たわるクルド人地域を反政府勢力にとらせないために、クルド人に一定の自 治を認めたのであろう。
実際、シリアにおける反政府勢力の攻撃が激しくなると、アサド政権はクルド勢に武器や弾薬など の支援を行った事実が明らかになっており、とりわけISやヌスラ戦線の戦力が増すに従い、アサド 政権のYPGに対する支援も増えていったという。
ちなみにイラク北部で今年の6月以降、ISの活動が活発になり、北部の諸都市を支配下におき、ク ルド人地域にも侵攻を企てると、米国がイラクでの空爆を開始した訳だが、その間に地上で起きて いたのは、トルコのクルドPKKがイラクのクルドを支援してISと激しい戦闘を繰り広げたことである。
米政府はPKK をテロ組織指定しているのだが、現実には米軍の空爆による支援を受けて地上でI Sと戦ったクルド部隊の中にPKKが含まれており、一部地域ではPKKの戦力がなければISを駆逐 出来ない程、PKKの対IS軍事作戦における価値は高まっていた。
ISがシリアとイラクにおいて戦闘を拡大させる中で、シリア・トルコ・イラクのクルド勢力、とりわけクル ド組織の中でもPKKと関係の深い武闘派の勢力が連携を強化し、相互に協力し合う状況が生れた。
シリアのクルド PYD=YPG シリア・アサド政権
トルコのクルド PKK イスラム国 シリア反政府組織
トルコ政府 米国
シリア反政府勢力
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そしてISと戦うクルド勢を米軍が支援するという戦略的状況になっている。この状況がトルコにとっ て望ましいものであるはずがない。
■相いれないトルコと米国の軍事目標
10月8日~10日、オバマ大統領の特使としてトルコを訪れたジョン・アレン将軍が、対IS軍事作戦 において、トルコからどんな支援を引き出せるか、トルコ政府と協議した。この協議の後、国際メディ アは「トルコが米軍によるトルコ軍基地の使用を認めた」と報じたが、すぐにトルコ政府は「まだ協議 中である」としてその報道を否定した。
トルコ政府は、「合意したのはシリア反政府勢力の訓練についてであり、トルコ軍基地を米軍が利 用してシリアでの攻撃を行う点については引き続き協議中」だとされた。トルコのダウトール首相は、
「インジリック空港を使った偵察飛行をすでに認めている。しかし、より包括的な作戦を我々の基地 を使って行うのであれば、シリア軍に対する飛行禁止区域を設定し、(シリアの北部に)緩衝地帯を 設定する作戦が行われなくてはならない」と述べている。
トルコの立場は明確である。軍事目標はアサド政権のシリア軍であるべきであり、アサド政権に対す る反政府勢力の一つであるイスラム国だけを叩く作戦には協力できない、というものだ。シリア北部 に飛行禁止区域を設定し、そこに緩衝地帯をつくるということは、アサド軍を叩いて彼らが近寄れな いエリアをつくり、そこを反政府勢力を訓練・育成する拠点にするという考え方である。
これはオバマ政権が考えている軍事作戦とは根本的に異なる戦争であり、トルコは、戦争の目的を 根本的に改めることを、トルコ軍の基地を使用させるための条件にしたということである。
トルコとしては、ISがコバニを支配下においてアサド政権に圧力をかけることの方が、アサド政権の 同盟者であるクルドを助けてコバニをクルドの支配下に置かせることよりも、戦略的には遥かに重要 であるのは言うまでもない。言い換えるならば、トルコにとってはISよりもクルドのPKKやアサド政権 の方がより深刻な脅威なのである。
そして10月14日、トルコのこの立場を鮮明にするため、トルコ軍はトルコ南部のPKKの拠点に対 して空爆を敢行した。トルコがトルコ・クルドの拠点を空爆しているのに対し、米軍はシリア・クルドを 助けるためにシリア側で空爆をしていることになる。同じNATOの同盟国がそれぞれの敵対勢力を 叩くために軍事作戦を行っている。
オバマ政権の対IS軍事作戦の矛盾は、ますます大きくなり、複雑さを増している。オバマの戦争は
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開始早々、手詰まりになっている。
【Source】
“ISIS Intensifies Siege of Kurdish Enclave in Syria”, The New York Times, October 10, 2014
“Kurdish Rebels Assail Turkish Inaction on ISIS as Peril to Peace Talks”, The New York Times, October 12, 2014
“Flight of Icarus? The PYD’s Precarious Rise in Syria”, International Crisis Group, Middle East Report No 151, May 8, 2014
“Kurdish Stronghold in Eastern Syria Defies Assaults by Islamic State”, Terrorism Monitor, September 26, 2014
“U.S. Troops to Use Bases in Turkey”, The New York Times, October 12, 2014
“US and Turkey focus on role of airbases to counter ISIS”, Financial Times, October 13, 2014
“Turkey Says No Deal Yet on U.S. Use of Bases in ISIS Fight”, The New York Times, October 13, 2014
“Turkish forces strike PKK outposts as Syrian war fuels tensions”, Financial Times, October 14, 2014
“Turkish Airstrike Hits Kurds, Complicating Fight Against Islamic State”, The New York Times, October 14, 2014
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(3) 襲われた米民間軍事会社
10月14日、サウジアラビアのリヤドで米国人が何者かに射殺された。現地の警察は米国生れのサ ウジ人を容疑者として拘束したが、いまだ動機は不明とのこと。殺害された米国人はノースロップ・
グラマン社の子会社ヴィネル・アラビア(Vinnell Arabia)社で働くコントラクターだったという。
ヴィネル・アラビアは、冷戦時代から米国とサウジアラビアの戦略的関係を裏で支える政治色の濃 い民間軍事企業である。同社は何と 1975 年以来、サウジ国家防衛隊(SANG)を訓練する契約を 継続して履行している。SANG はサウド王家を守り、サウジアラビアの石油施設を警備することを主 たる任務としている軍事組織である。
冷戦真っただ中の1975年、米国はサウジアラビアのサウド王家とその石油施設を守ることを、米国 の外交政策上重要な課題だと位置づけた。米国が安価なサウジの石油を獲得する代わりに、サウ ド王家を米国が軍事的に支えることが、米国の対中東政策の重要な柱だったからである。
しかし、米国内の親イスラエル・ロビーが、「米軍がサウジを防衛する」ことに猛反対し、またイスラム 国家に異教徒の軍隊が入ることが政治的にセンシティブだったこともあり、米国防総省は、ヴィネル 社を通じて元米軍人をサウジアラビアに送ることを考えたのである。
こうしてヴィネル社は、米・サウジ関係を裏で支える戦略的企業となったのだが、腐敗したサウド王 家や米国を敵視する一部のイスラム過激派勢力にとって、ヴィネル社は、米帝国主義の先兵であり、
攻撃しなければならない相手の一つである。2003 年にアルカイダ系の過激派がサウジアラビアで 猛威をふるった頃、ヴィネル社のキャンプが狙われ、数十名の米国人コントラクターが殺害される事 件が発生した。
今回のヴィネル社社員殺害事件は、その頃のテロを思い起こさせるような出来事である。すでにサ ウジアラビアからは2000名以上の若者たちがシリアやイラクに渡ってイスラム国に加わっていると言 われており、サウジ治安当局は「シリア帰り」の過激派に神経を尖らせている。9 月初頭にはテロを 計画した容疑で88名の過激派メンバーが逮捕される事件も起きている。
サウジアラビアは、オバマ政権が最近開始したISに対する軍事作戦に参加し、一部シリアでは空 爆作戦にも参加していると伝えられている。
こうしたサウジ政府の政策に、不満を募らせる親IS分子が多数サウジ国内にいることは間違いない。
シリア内戦が激化し、対IS作戦が複雑さを増す中で、近隣諸国の親IS分子が様々な形で活動を
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活発化させているのかもしれない。今回の事件は単発の殺人事件なのか、もしくは今後サウジでも ISの活動が拡大していくのか。今後の動向に注目していきたい。
【Source】
“US defence contractor staff shot in Saudi Arabia”, Financial Times, October 14, 2014
“Saudi Arabia arrests 88 over ‘imminent attack’”, Financial Times, September 2, 2014
“Saudi Arabia ‘in denial’ over ISIS ideology”, Financial Times, September 30, 2014
編集・発行人 菅原 出 発行日:2014年 10 月 15 日(水)