経済と経営 43−2(2013.3)
씗論 文>
ウォールマート社の労務管理・労使関係とその影響
内 田 一 秀
Ⅰ.始めに
Fortune 誌による世界の企業のランキングで,ウォールマート社(Wal-Mart Stores,Inc.)は,
2005年に初めて首位になり,2006年にエクソン・モービル社に 2009年・2012年にロイヤル・ダッ チ・シェル社に首位の座を譲ったが,それ以外 2011年まで首位の座にある。この間ウォールマート 社と石油企業の首位争いが続いている웋。また 2008年のランキングでは,GM 社が7位(2007年―5 位)となり,始めて5位(2007年―6位)となったトヨタ社に追い抜かれた。2012年のランキング では,トヨタ社が 10位で,GM 社は 19位(2011年―8位)と凋落している。
また Fortune によるアメリカ企業のランキングをみると,ウォールマート社は 1995年4位に 初登場以来,96年から 98年まで4位,99年3位,2000年・2001年2位と 20世紀末から 21世紀初 頭までに徐々に順位を上げ,ついに 2002年に1位になり,2006年・2009年・2012年はエクソン社 に首位の座を明け渡したが,それ以外は 2011年まで1位を維持している워。
一方,アメリカ企業ランキングで 20世紀の後半から 2000年までほとんど常に首位の座にあった GM 社は,2001年にはエクソン社に首位の座を奪われ,ウォールマート社にも抜かれ,3位に後退 し,2003年に一度2位になり,2004年から 2007年までは3位を維持していたが,2008年に4位に,
2009年に6位に,2010年には 15位に後退し,2011年には8位に,2012年には5位にやや復位した웍。 GM 社は,2009年に連邦破産法の適用を申請し, 事前調整型 と呼ばれる破綻処理と再建を行って きて,その後順調に再建を果たしつつある。ただし再建の内容を見ると,以前より販売高は少ない のに,黒字転換しているので,大規模なリストラ策が前提になっている。その中心が,いわゆる レ ガシー・コスト (退職者向けの医療保険と年金)の削減と 二重賃金制 (労働者の二層化―従来 の時給の半額で,付加給付無しの新採用労働者層の創出)による人件費の削減である웎。
また Forbes 誌のアメリカの長者番付によると,ウォールマート社の創業者一族4人は,2007 年に 12−15位で,2008年に4−6位を占め,2012年には6位・9−11位に入っている웏。
ウォールマート社は 2012年,売上高 419億ドル,従業員 220万人(アメリカ国内 140万人),店 舗数 10,351店をもつ文字通り世界最大の大規模小売業であるばかりか上記のように世界最大級の 企業でもあるといえる원。
一方 Fortune による 働き甲斐のある企業 (100Best Companies to Work for)のランキン グ웑には,ウォールマート社は最近では出てこない。同業他社では,Wegman Food Markets社が 2006年2位,2007年・2008年3位,2009年5位,2010年・2011年3位,2012年4位にランキング
されている。同社は,ウォールマートと比較すると賃金・付加給付などが充実している웒。 これらの世界の企業のランキングとアメリカ企業のランキングを見ると,アメリカの経済構造の 変化をうかがい知ることが出来る。既存の自動車会社や石油会社から ITC企業やサービス業企業・
大規模小売業企業などに大きくシフトしている。もっとも石油企業は未だに健在であるが。20世紀 後半に急成長したウォールマート社は 21世紀に入り,世界の企業のトップに上り詰めただけでな く,その社会的影響も含めて考えると,21世紀の経済構造の変化を象徴する企業となった。特に本 稿の課題とする,これまでのアメリカの大企業の 労働組合の強固な組織……と使用者との団体交 渉によって労働者の労働条件・生活条件が決定され……それを政府が奨励する 웓という,いわゆる ニューディール型労使関係システム の変容(崩壊という評価もある)の内実を体現し,それを 他の企業や地域に拡大するものにもなっているように思える。
これらをとらえて,Nelson Lichtensteinは, ウォールマートは 21世紀資本主義のテンプレート であるのか? と問題提起した。そしてその共同研究の成果を Nelson Lichtenstein,ed.Wal-Mart:
The Face of Twenty-First-Century Capitalism,The New Press.として 2006年に刊行した웋월。さ らに研究を進め Nelson Lichtenstein,The Retail Revolution―How Wal-Mart Ceated A Brave New World of Business,Metropolitan Books,New Yor k.を 2009年に刊行した웋웋。
このテンプレート(template)とは, 型板 とも訳される,大工・鋳物工などが同じ製品を複数 作るときに標準として用いる木や金属の型である。Lichtensteinは,2006年の同上書の序章で テ ンプレートという表現でわれわれは,事業の内部組織だけでも,その事業が打ち出したり構築した りする市場の性格だけでもなく,特別な成功をおさめた事業体の形態によって生まれた経済的,社 会的,文化的,政治的等,すべての領域に及ぶ変転を意味させる 웋워と述べている。そして 19世紀 末にはペンシルヴァニア鉄道,20世紀初頭には U.S.スティール,20世紀半ば以降は GM 社がテン プレートであったが,21世紀においてウォールマート社がそれであるかどうかという問題提起であ る。同社の急成長が 20世紀末に注目を集め,当初はその急成長の秘訣を賞賛するような言説が溢れ,
しばらくして世紀転換前後からその影の部分を批判するものが多く出てきたが,Lichtensteinの問 題提起に基づく総合的な研究は貴重なものといえよう。
この小論ではその様な総合的視点を勘案しつつ,とりあえず同社の労務管理とその社会的影響に ついて考察する。
Ⅱ.ウォールマート社の労務管理
1. エブリディー・ロー・プライス の中核の エブリバディ・ロー・ウエイジ
ウォールマート社は,四つの業態で小売店を展開している。それらは伝統的な ディスカウント・
ストア , スーパーセンター (大ショッピングセンター), ネイバーフッド・マーケット (同社 の最小の店舗), サムズクラブ (会員制卸売店)である。これら全部をウォールマートとして論じ る。
1962年の創業以来,同社は当初から低価格を武器にアメリカの低所得者層を対象に田舎町を中心 に急成長してきた。その徹底した低価格競争戦略のキャッチフレーズが周知の Everyday Low Price(EDLP)である。同社の低価格の競争力の主因は,先進的な情報システムの構築,物流の効
率化,途上国において低コストで生産された製品の輸入,供給業者の組織化(サプライチェーン)
などもあるが,何と言っても国内外の低人件費である。それが,従業員が Everybody Low Wages であるといわれる所以である。
まずこのような同社のアメリカ国内の低賃金についてみてみる。元々大規模小売業の多くは,他 産業より雇用が短期・不安定な労働者の割合が多く,また低賃金であるが,同社はその中でも際立っ ている。
同社は創業当初,アーカンソー州や西南部の田舎町を拠点に,ディスカウント・ストアのチェー ンを展開していった。これらの地域の消費者は保守的で低所得であった。また店舗の土地代も安く,
人件費も低く,低コストによる低価格競争で既存の同業者を駆逐していった。この頃の低賃金につ いて,創業者サム・ウォールトンは,自伝で, 私は大変なケチで,従業員に十分な給料を払ってい なかった ,店員には時間給以外は払っていなかったし,その賃金もかなり安いものだった。웋웍と述 べている。また同書で 12号店の元パートタイマーが 1968年4月に働き始め,カメラと電化製品の 売り場の主任をしました。最初は時給1ドル 65セントと最低の賃金でしたが,1989年に退職した時 には時給8ドル 25セントでした。 と証言している웋웎。
その後 20世紀末までに西南部のいわゆる サンベルト 地帯の経済発展(この経済発展は多くの 製造業の大企業が,北部の大都市周辺から低賃金で労働組合の弱い地域を狙って移転していったの であるが)に合わせて,同社は店舗を展開していった。この段階では,まだ同社の急成長は賞賛さ れ,その成長要因も肯定的に評価されることが多かった。ところが,同社の店舗展開が,北部の都 市部に及ぶにいたって,あまりの低賃金や性差別,地域への悪影響が厳しく批判されるようになっ てきた。
これらの批判の中で,本格的で網羅的な厳しい批判が, ウォール・ストリート・ジャーナル の 記者 Bob Ortegaの著作であった。Ortegaは,その著書で低賃金ついて,上記のウォールトンの自 伝の言葉を引用した後, 最初ウォールトンは,規模の小さな会社は政府が定めた最低賃金よりも低 い賃金設定が許される法的免除を規模を偽って利用していた。1950年代,労働省が経営規模に気づ き,少なくとも規定の最低賃金を支払うように命じると,彼は連邦裁判所で争った。 彼は敗訴し たが,……彼の賃金に対する態度は変わらなかった。웋웏そしてその後問題になる,低賃金と公的扶助 との関連について,既に 1988年にアーカンソー州のジェイ・ブラッドフォード上院議員が, ウォー ルマートのパートタイマーや最低賃金に近い従業員の多くは給料で食べていけないため,公的扶助 でやりくりしなければならないと述べて,ウォールマートは地元納税者を犠牲にして 諸経費を節 約している と同社を攻撃した。웋원同議員は,調査のためウォールマートに給与支払い記録を公開さ せようとしたが,結局出来なかった。Ortegaは 1990年代後半の時点での同社の低賃金について,
GM 社と比較して,以下のようにまとめている。多くの大規模小売業が提供する仕事が,製造業に 代わってアメリカの新しい主要なブルーカラー職となった。これらの職は以前のブルーカラーの主 流の製造業の職より賃金がずっと低く,手当も少なく,雇用が不安定でもあった。웋웑そして ウォー ル・ストリート・ジャーナル の 1997年の記事で,典型的な従来の仕事であった GM 社の組立て工 の賃金と新しいウォールマートの仕事を比較した平均賃金,GM 社の時給 19ドルとウォールマート の時給7ドル 50セントを事例としてあげた。さらにその記事は,GM の労働者は各種手当(付加給 付)があるので,これを含めると時間当たり 44ドルになるが,ウォールマートは付加給付が無いに
等しいので,10ドルにしかならないことを付け加えている。そして平均時給7ドル 50セントでは週 40時間(ウォールマートの従業員の最長の場合)働いても,年収1万5千 600ドルにしかならず政 府が定める4人家族世帯の貧困レベルに一致するとしている。
また Barbara,Ehrenreichは, 見えない貧困層 のなかに飛び込んで,自ら低所得生活を体験し その実態を探ろうと,低所得の仕事を探し,安い住まいを見つけて,収支を合わせられるかを実験 した。その中でミネソタ州のウォールマートで実際働いた経験を 2001年に著わしている웋웒。彼女は,
まずウォールマート社の都市郊外への進出に伴い,就職希望者に受けさせていた薬物テストと性格 テスト(同社の 企業文化 に合うかどうかの)を体験する。時給7ドルで婦人服売り場の客が持 ち出した商品の片付けの仕事に配属され,一日8時間から9時間働いたが,住居費(モーテルなど)
や食費をまかなうには足りず,時給8ドルで他のスーパーマーケットでも働こうとしたが,適当な 住居が見つからず,結局ウォールマートでの仕事も止めざるを得なくなった。彼女は,同社の低賃 金についてのみならず,同社での仕事や同僚について,また同社の労務管理について,体験に基づ き詳細に述べている웋웓。
同社は,従業員同士で賃金問題などを話し合わせないなどの労務管理を行い,また前述したよう に賃金関係の情報を公開しない方針を取ってきたため,従業員の仕事の実態や賃金について情報が 少なかった。しかし皮肉なことに,1980年代後半からの急成長の中で,西南部の田舎町から,北部 の大都市近郊への進出,特に東海岸地域や西海岸地域などの進出に際して,各種の反対運動が起こ るようになった。その中で EDLP戦略を支える低賃金も問題とされ,その実態が少しずつ明らかに なってきた。
ウォールマートが成長し始めた,60年代から 70年代初頭にかけて,ウォールマートがターゲット にした西南部の小さな街の住民は,同社がやって来るのを手放しで喜んだ。それは発展の証であり,
街が世間から取り残されていないことの証でもあった。多くの街がウォールマートの誘致に動いた。
ウォールトンは,それらの人々の望みにつけ込んで,誘致元に優遇措置を求めた。それは固定資産 税減額,建設資金の調達の免税債利用,インフラ整備の助成金,ゾーニング規制の見直しなどでで あった。その後,大型の競合他社を避けて,即座に市場を把握できる小都市に出店のターゲットを 絞った。そういった小都市の首長,議会,商工会議所は,同社の出店を歓迎したので,他の候補地 と競い合わせて,思いつく限りの経費節減のため,それらの小都市のリーダーが提供してくる免除 や助成を手に入れた。しかし 70年代終わりになり,ウォールマートの力が大きくなると,これらの 反応に変化が見え始め,反対運動に直面するようになった。
その一例として,Ortegaはルイジアナ州の小さな街ドナルドソンビル(ミシシッピー川西岸,バ トンルージュとニューオリンズの中間に位置する郡庁所在地)での地元の小売商の経営者の反対を 上げている。そしてここでの反対派と賛成派の論争は, 最終的に全国規模にまで拡大した議論の本 質が余すところなく含くまれていた。워월1980年ウォールマートが,その街に出店を決めた際,同社 は市議会に働きかけ,出店予定地を 産業振興地域 に指定させようとした。それが実現すると非 課税の産業特定財源債が発行可能となり,それで建設費用を賄うことができる。これをめぐって,
市議会では,地元の商店主と出店予定地周辺の住民が反対した。反対派は,同社の出店で,街の中 心街が衰退すると主張した。一方,反対派より貧しいアフリカ系住民の大部分も含まれていた賛成 派は,その新店舗を進歩の証と見て,反対派は公正な競争を恐れているだけだと批判し,ウォール
マートの低価格と商品の多さは,住民の倹約になるだけでなく,周辺から街に集客すると主張した。
1981年,ウォールマートは,再度議会に要望を提出し,当時の新市長はその要望に沿おうとしたが,
反対派は,債券発行に必要な州の認可を阻止しようとした。しかし結局 1983年,債券発行を待たず 出店が行われた워웋。このような 80年代初め頃の同社への反対は,たいてい小規模で,それほど組織 だっていず,出店にこぎ着けることが出来た。
しかし Ortegaが,あげた以下の事例は少し違っていた。1985年,ウォールマートは,コロラド州 に進出し,さらなる出店候補地として,スキーと観光で有名になりつつあった,ラウト郡の郡庁所 在地のスティームボートに狙いを定めた。そこは他の大型のリゾートと比較して,落ち着いた雰囲 気の素朴な田舎町であった。ここでは,商店主の反対だけでなく,丘陵地の高級コンドミニアムの オーナーから牧場主など,地元の住民も,ウォールマートが呼び水となり,他の全国チェーンが大 挙してやってきて,ありふれたアメリカの一都市になり果てるのを懸念した。市の土地開発委員会 は,ウォールマートの計画は,市の建築基準を満たしていないとして,計画の変更を求めたが,同 社は譲歩しなかった。そしてこの委員会の公聴会の後,市議会は景観を損ねるということで,同社 の許可申請を却下した。これに対して,ウォールマートは強硬手段にでて,市当局,市議会議員,
一般市民 10名を相手に損害賠償等を求めて訴訟を起こした。これに市議会議員は,反訴した。これ らの紛争についてマスコミがウォールマートに批判的な報道をし始めた。そのこともあり,また紛 争が長引けば訴訟費用が膨大になりそうなこともあり,同社はその訴訟を取り下げた。そして,1988 年,修正した出店計画が,多くの市民の反対にも係わらず,市議会で認可されたが,反対派は住民 による直接投票を提訴し,これが地方裁判所で認められ,市当局にその実施を命じた。これを受け 同社は同地への出店計画の中止を発表した워워。
上記の ドナルドソンとスティームボートは,その後の反対運動の嵐の前触れとなる数滴に過ぎ なかったことが明らかになった 워웍。20世紀末頃から,ウォールマートの出店が,地域社会・経済に 及ぼす悪影響,その中でも同社の従業員の労働条件とそれが地域社会・経済に与える影響について の分析が行われるようになってきた。
2004年2月,アメリカ議会下院の教育・労働委員会における民主党スタッフ(代表はカリフォル ニア州選出の George Miller議員)がEveryday Low Wages: The Hidden Price We All Pay For
WAL-Mart というレポート(以下 Millerレポート)を発表した。これはウォールマートのキャッチ
フレーズ Everyday Low Price(EDLP)をもじったもので,ウォールマートの従業員の労働条 件を網羅的に取り上げている。この Millerレポートは,ウォールマートの低価格販売は,多少は消 費者の利益になっているが,全国から収集された証拠は,その利益が,アメリカの労働者,労働法,
地域の生活水準にしわ寄せされている信じがたい代償によっていることを指摘している。さらにい まやウォールマートは,勤労者の処遇について,最低の基準を推進する代表になって来ているので,
同社の労働条件や労働の実情を概観し,どう対処したらよいかを考えると述べている。そしてウォー ルマートの労働条件に係わる問題として, 従業員の団結権 , 低賃金 , 不平等な賃金と処遇 , 時間外労働 , 児童労働及び休憩に関する違法行為 , 従業員が利用しにくい医療保険 , 納税 者に高コストになる低賃金 , 不法就労者の使用 , 海外移転による国内での失業 , 障害者差別 ,
従業員の安全問題 などをあげている。
そのうち同社の低賃金について,多くは新聞等の二次文献の調査ではあるが以下のようにまとめ
ている。2001年のスーパーマーケットの従業員の平均近賃金が 10.35ドルであるのに対して,
ウォールマートの店員の平均賃金は時給 8.35ドル,年収 13,861ドルにしかならない。別の推計で も,時給 7.50ドルから 8.50ドルの範囲で,店員の平均労働時間州 32時間だと,1ヵ月 1,000ドル 以下にしかならない。この推計の最高値でも,年収は 13,861ドルで,連邦政府の 2001年の貧困ラ インの 14,630ドル以下になる워웎。Millerレポートが指摘した低賃金の問題以外の問題については後 述する。
ウォールマートの低賃金については Millerレポート以外にも,世紀転換期以来,新聞・雑誌等を 初め多くの研究・論文が取り上げているが,そのうち次の Droginレポート を見てみる。このレ ポートは,2001年にサンフランシスコ連邦裁判所に提訴された, Duke v.Wal-Mart 事件の裁判 過程で,裁判所の命令でウォールマートから提出された同社の賃金のデータを,カリフォルニア大 学の Ricard Droginが主に男女格差について分析してまとめたものである。 Dukes v.Wal-Mart 事件裁判は,ウォールマートに長く勤めていた年配のアフリカ系アメリカ人の Betty Dukesが集団 代表訴訟(Class Action)の原告になり,葯 160万人の女性を代表して,昇進,賃金,職務の割当 てでの女性差別を,公民権法第7編の違反として,ウォールマートを提訴したものである워웏。そして 2004年,連邦地裁は原告側の主張を認め,集団代表訴訟として認められた空前の裁判である。
Droginレポートによれば,2001年の上級の管理職の平均年間報酬,時給労働者の平均年間賃金と 平均時給をまとめると以下表のようになる워원。
まず表1を見ると,管理職の訓練を受けている者でも,年収が男性で 23,175ドルしかならず,女 性はそれより低い 22,371ドルである。また表2では,販売員の年収は男性 16,526ドル,女性は 15,067ドルで,レジ係りの男性は,14,525ドル,女性 13,831ドルで,レジ係りの年収は,男女と も前述の 2001年の貧困ライン 14,630ドル以下であり,販売員の年収もそれを僅かに超えているだ
表1 上位職務の平均報酬
Total % Average Earnings Job EEs Women Men Women Regional VP 39 10.3 419435. 279772.
District Mgr 508 9.8 239519. 177149.
Manager 3241 14.3 105682. 89280.
Co-Mgr 2336 23.0 59535. 56317.
Asst Mgr 18731 35.7 39790. 37322.
Mgmt Trainee 1203 41.3 23175. 22371.
出所 Dorgin(2003),p.17.
表2 4大時間職務給の平均年間収入,2001
Total % Average Earnings Job EEs Women Men Women 000101 DEPT HEAD 63747 78.3 23518. 21709.
000201 SALES ASSOC 100003 67.8 16526. 15067.
000469 HD/HM O/N 29333 57.4 19121. 17870.
000501 CASHIER 50987 92.5 14525. 13831.
Total All Hourly 476813 70.2 18609. 17459.
出所 Dorgin(2003),p.17.
けである。また表3によると販売員の平均時給は,男性で 8.73ドル,女性 8.27ドル,レジ係りは,
男性 8.33ドル,女性 8.05ドルという低賃金である。
しかも時給の従業員として集計の対象となっているのは,フルタイムで,1年以上の勤続あるい は年間 45週以上就業した者である。すなわちこのレポートの低賃金ですら,実態よりも平均で高め になっている。ウォールマートでは,会社側の都合で,フルタイムになりたくてもなれない者が多 く存在し,また勤務時間も制限される者も多いので,全従業員を対象とした年間平均賃金は,さら に低いはずである。
ここでは,ウォールマートの低賃金の実態について見てきたが,上記の Millerレポートも Drogin レポートも,それのみならず同社の他の労働条件にも言及している。また他の労働条件と低賃金は 関連して構造的に存在している。次節では,ウォールマートの低賃金以外の労働条件等を検討する ことにする。
2.その他の労働条件⎜⎜貧弱な付加給付,女性差別,不払い労働,など
前述の Millerレポートは,ウォールマートの労働条件に係わる問題として, 従業員の団結権 , 低賃金 , 不平等な賃金と処遇 , 時間外労働 , 児童労働及び休憩に関する違法行為 , 従業 員が利用しにくい医療保険 , 納税者に高コストになる低賃金 , 不法就労者の使用 , 海外移転 による国内での失業 , 障害者差別 , 従業員の安全問題 などをあげている。
これらのうち,ここではまず低賃金のうえに時間外労働不払などでさらに労働費用を削減してい る問題を取り上げる。Millerレポートは,アメリカでは公正労働基準法(Fair Labor Standard Act) と各州の賃金および労働時間規制法によって,時給労働者にも実労働時間に応じて最低賃金以上を 支払うこと,週 40時間を超えた労働には 1.5倍を支払わねばならないが,ウォールマートはこれら を遵守せず,2002年までに数 10万人の従業員に対する過去の不払いや未払い賃金の支払いを求め る 39の集団代表訴訟が,全米の 30州で提訴されていることを指摘している워웑。
またこれらは氷山の一角であり,同社への個人や少数の集団の提訴や州裁判所段階の提訴はもっ と多いと言われている。そしてこれらの単なる不払いばかりか,店長への オーバーダイム厳禁 の指示による会社ぐるみの労働時間の粉飾, シフト終了後の閉じ込め による残業, 夜間の閉じ 込め , 休憩なし , 就業記録の削除 など労働時間や賃金支払いに関する違法行為の実態も明ら かされてきた워웒。
次に低賃金のなかでも,さらに差別され低賃金になっている,女性差別問題を概観する。この問 題については,前述のように Dukes v.Wal-Mart 事件裁判が,注目を浴び,その裁判の過程で
表3 4大時間給職務の時間賃率,2001
Total % Average$/Hour Job EEs Women Men Women 000101 DEPT HEAD 63010 78.5 11.13 10.62 000201 SALES ASSOC 96539 68.1 8.73 8.27 000469 HD/HM O/N 28408 57.8 9.56 9.29 000501 CASHIER 49261 92.6 8.33 8.05 Total All Hourly 463526 70.6 9.55 9.26 出所 Dorgin(2003),p.18.
Droginレポート などによってウォールマート社の労働や労働条件の実態がデータとして明らか になった。
しかしウォールマートに係わる裁判は,膨大である。2000年頃の時点で,その件数は 12,000から 14,000以上とも言われている워웓。また 商品の落下によってけがをした客が,ウォールマートを相手 に起こしている訴訟 は,全米で 25,000件もあるという웍월。その他,全米雇用機会均等委員会
(EEOC)から,障害者の雇用差別で提訴されたり,アメリカ環境保護局(EPA)から3つの州(テ キサス,ニュー・メキシコ,オクラホマ)にまたがる水質汚染で提訴されたり,連邦航空局(FAA)
から危険物の違法輸送で提訴されたり,あまりの低賃金に耐えかねた従業員が他社でも働くことつ いてウォールマートが他社を訴えるなど,あちこちで裁判沙汰になっている웍웋。これらについては,
ウォールマート側は,2003年9月の時点で係争中の裁判は,6,649件であるとしている웍워。 ところで Dukes v.Wal-Mart 事件裁判は,2001年に提訴されて以来,事実審理に入る前に集 団代表訴訟として扱うかどうかを争われていたが,2004年6月に,サンフランシスコのカリフォル ニア連邦地裁で,集団代表訴訟とし認められた。その決定は,給与・賃金の女性差別について,1988 年 12月 26日以降の全ての現・元女性従業員を構成員として,逸失利益補償,懲罰的損害賠償請求 の集団代表訴訟として事実審理に入ること,給与・賃金と昇進で女性を差別する制度や企業文化の 是正についても同様であるが,昇進差別についてはそれに応募した者に限定されるとした웍웍。
この裁判については,その後紆余曲折を経て,2012年6月,最高裁判所は,全員が性差別の被害 者であるかどうか単一の訴訟で裁定する方法がないという理由で,集団代表訴訟として認めない判 決をした。
以下この裁判で,明らかになってきた,ウォールマートの女性差別についてさらに検討する。20 世紀後半以降からのアメリカの雇用構造は,経済構造のいわゆるサービス経済化に伴って,小売業 を含むサービス業種・職種での雇用の拡大,小企業・小事業所での雇用が増加している。またこれ らの業種・職種では,同時に非正規雇用(パートダイム雇用を含む)が増加している。そしてその 底辺に女性の雇用がある。ウォールマートは,その最たる企業といえる。
ウォールマートの職務階層は,Droginレポートによれば以下のようになっている웍웎。
Droginレポートよると,図1のようにウォールマートの職務構造は,大きく分けると時間給職務 とその上位の俸給職務の管理職層に分けられる。まず時間給従業員として採用され,その後昇進し て管理職になって行くことになっている。時給職務は,レジ係り(Casher),一般販売員(Associate),
荒物・家庭用品売り場の深夜就業者(HD/HM/ON)から始まり,その後部門長(Dept Mar/Team Lead)になる。それぞれの人数の割合は,前掲の表1と表2に見られるように,この4つの職が圧
倒的に多い。
また前掲した表1と表3を見ると,俸給制の管理職層,時給従業員のどちらも,男性に比べて女 性の方が,給与・賃金が低い。また表4と表5を見ると年俸制の管理職層を含めて,いずれの職で も女性の方が勤続が長くかつ業務達成率はいずれの時給従業員でも女性の方が高いのに,男性より 低賃金なのである。
さらに管理職への昇進での女性差別については,ウォールマートの女性管理職比率は,2003年に 32.4%でしかなく,大手小売業5社の 43.2%〜65.3%に比較すると著しく低い웍웏。この昇進差別につ いての個々の事例は,前掲の Liza Featherstoneの著書で詳細に述べられている。
次に税金へのただ乗りであると社会的批判を浴びた,ウォールマートの付加給付のうち,医療給 付を取り上げる。アメリカでは,年金や医療保険については,民間の保険会社等に個々に加入して 対応するのが原則である。ただ多くの企業が,一部または全額を負担する年金制度や医療保険制度 を従業員に提供している。すなわちその企業負担分は,賃金以外の付加給付である。企業が提供す る医療保険以外は,連邦・州政府が,主として社会保障年金を受給する高齢者を対象にした公的医 療保険であるメディケア(Medicare)を提供し,貧困・低所得者を対象とした医療扶助(Medicaid, SCHP etc.)を実施している。
企業が提供する医療保険には入れないもの(被雇用者が全て提供されるわけではない)や被雇用 者でないもの,個人で民間医療保険に加入できないもの,そして公的医療保険の対象外のものは,
出所 Dorgin(2003),p.9.
図1 ウォールマートの職務構造
表4 フルタイム従業員の平均勤続年数 Job Men Women Total 3.13Yrs 4.47Yrs All Hourly 2.76 4.39 All Salary 6.69 7.39 Sales Associates 2.53 3.41 Dept Mgr 5.29 7.49 Cashier 1.86 2.53 HD/HM O/N 2.28 3.16 出所 Dorgin(2003),p.19.
表5 時間給従業員の平均成果率 Job Men Women All Hourly 3.84 3.91 Sales Associates 3.68 3.75 Dept Mgr 4.28 4.38 Cashier 3.58 3.49 HD/HM O/N 3.81 3.96 出所 Dorgin(2003),p.20.
いわゆる無保険者となり,満足な医療を受けられないという問題が生じる。近年アメリカでは企業 の提供する医療保険の 空洞化 が進んだこともあって,無保険者は 21世紀になっても格差拡大と 相俟って年々増加し,2004年には 4,550万人にのぼり,社会問題化している웍원。
ウォールマートの医療保険について,Millerレポートは,以下のようにその問題点を指摘してい る。2002年に,全米で 4,300万人が医療保険に加入しておらず,その大半が中低所得者であるが,
そのなかにウォールマートの従業員が多数含まれる。なぜならば,アメリカの大企業の従業員の 66%が企業の提供する医療保険に加入しているが,ウォールマートは,半分以下(41%〜46%)に 過ぎないからである。そればかりか 2002年に同社は,医療保険への加入条件を,それまでのフルタ イムの従業員の場合,勤続期間 90日を6ヵ月と延長し,またパートの場合は2年間の勤続期間が必 要である。さらにフルタイムの定義をそれまでの週 28時間勤務から 34時間に変更したため,保険 加入はより制限された。
またウォールマートが提供する医療保険の保険料の従業員の本人負担も,1999年の 36%から 2001年には 42%に増大している。本人負担は,全米の大企業の平均は 16%で,組合のある小売雑貨 業のそれは自己負担がない。さらに 2003年の AFL-CIOの報告によると同社の最低保障の医療保険 に加入するとしても,家族も対象とするためには,時給8ドルの場合週 34時間働いても1月半分の 賃金分となるので低賃金の従業員には加入が難しくなる。
ウォールマートは,従業員一人当りの医療保険として 2002年に 3,500ドル支出したが,これは全 米の全企業の平均 5,600ドル,また平均より低い卸売・小売業の平均 4,800ドルよりさらに低い。
そしてカリフォルニア州のみでも,納税者がウォールマートの従業員のためにメディケアに 2,050 万ドルを負担していると指摘している웍웑。
前述のようにウォールマートの提供する医療保険に従業員は半分以下しか加入していない。加入 していない従業員は,家族(親や配偶者)の保険の対象になるか,またはメディケアに加入するか,
メディケイドを受給することになる。ウォールマートの場合,2006年に従業員の5%がメディケイ ド適用者で,その子供に至っては,メディケイド適用者 27%,無保険 19%である웍웒。
このような状況について,労働組合のみならず,州政府や連邦議員などから,ウォールマートは,
従業員の医療保険に提供すべき費用の多くの部分を納税者の税金(公的医療扶助等)に転嫁し,多 大な利益をあげていると批判の声が 21世紀には入り強まった。またウォールマートの低付加給付 が,競争によって同社の進出先の同業他社のみならず,地域の企業全体の低賃金や低付加給付につ ながるという悪影響も看過できない。
これまで従業員の医療保険に関する批判に問題無いとしてきたウォールマートも,さすがに 2007 年からこれまでの医療保険の修正を行うことになった。これまでの医療保険の本人負担分(実際に 医療を受けた場合の自己負担)が,同社の従業員にとって(特に家族も保険の対象とすると)は高 額(男性従業員の年収の 30%にもなる)であったことを認め,低価格・低保障の医療保険プランを 導入し,従業員の選択肢を増やした。しかし新たに導入された医療保険プランは,加入条件こそ一 定緩和されたが,保険料が高額で,医療保険からの給付が得られるまでの年間の定額控除,給付開 始後の共同負担を含めると相当な負担額になる点は変わっていない。それは医療保険の加入率が依 然として,2007年で 47.2%に留まっていることに表れている。これまでの同社の医療保険について の関係者の批判は,いまだに当てはまる웍웓。
この点に関連して,2006年当時のウォールマートのトップの Scottは,戦後 GM 社が担った役割 をウォールマートにしろという批判がある。つまり(賃金やヘルスケア制度を他社に先駆けて充実 させることで)中間階級を作り出せと言うことだが,小売業が GM のような役割を引き受けること はできない。 と居直りとも言うべき発言をしている웎월。
またウォールマートの医療保険以外の付加給付は,どのようであろうか? サンフランシスコ地 域の労働組合(United Food and Commercial Workers International Union:UFCW)のある小 売業と全米のウォールマートのスーパーセンターの付加給付の比較を見ると,有給休暇は 1999年に UFCW のある企業では年9日なのに,ウォールマートは年6日である。また生命保険については,
1995年の時点であるが,保険料を全額負担して従業員にかけてはいるが,退社した従業員にも継続 し,保険料やその金利を経費として組込み,当該従業員が死亡した場合,遺族に見舞金として僅か しか渡さず,それらの保険金の大半を自ら受取り,年間 15億ドルの節税効果を享受していた웎웋。
Ⅲ.ウォールマートの労使関係
1.徹底した組合排除
労働組合の強固な組織……と使用者との団体交渉によって労働者の労働条件・生活条件が決定さ れ……それを政府が奨励する という,いわゆる ニューディール型労使関係システム の変容と の関連でウォールマートを見てみる。 ニューディール型労使関係システム は,労働組合の承認と その存在を前提にとして,団体交渉によって労働条件(多くの大企業の場合,中間階級的と言われ る相対的好条件)を決定する。ところが前章で見てきたようにウォールマートでは労働者の労働条 件が著しく低くされ,この点で ニューディール型労使関係システム がすでに変容されてしまっ ていると考えられる。このような低労働条件には,当然それへの批判と抵抗が生じる,したがって これに対応することが必要になる。ウォールマートでは,その最大の手段が, ニューディール型労 使関係システム の前提条件である労働組合の徹底した排除であった。ウォールマートでの組合を 排除した上での,低労働条件という状況をどのように考えるかは難しい問題である。ウォールマー トが単なる前近代的労使関係に戻った訳では無いと考えられるが,21世紀の状況の中で 新たな労 使関係 としてどのように評価出来るであろうか? この課題を念頭に置きつつ,とりあえず,
ウォールマートの労使関係の実態について見てみる。
ウォールマートの労使関係政策は,ひとことで言えば,徹底した労働組合排除策と特徴付けられ る。サム・ウォールトンは, ウォールマートに労組はいらないと,いつも確信していた。웎워そして 従業員を アソシエート と呼び웎웍,それらと経営陣との パートナーシップ を構築することが,
労働組合の関与よりは,遙かに望ましいとしている。その パートナーシップ には,利益分配制 度,奨励金,株式の割引購入制などの他に, アソシエート が事業に参画できるような取り組みも 含まれていた。またウォールマートの発祥の地,アーカンソー州は,反組合の雰囲気で満ちていた 地域であった。アーカンソー州は,1944年に全米で最初に 労働権 法(ユニオン・ショップを禁 止する)を制定した州であった。
ところがこれらだけで,労働組合を排除することは出来なかった。またウォールマートは,反組 合的雰囲気が強く,組合が無かった西南部や深南部の諸州の田舎への出店から大都市や北部諸州へ
の展開に伴って,労働組合と対峙しなければならなくなった。
そこでジョン・E・テートという労働問題専門の弁護士を雇った。テートは,プロの組合活動妨害 者(ユニオン・バスター)で,全米の数百に及ぶ労働組合組織化を阻止してきた。彼はウォールマー トの企業体質に深く影響を与えた。労働組合排除の体系的システムを構築し,同社に組込んだ。
テートは,ノース・カロライナ州で生まれ,ウェイク・フォレスト法科大学院で法律の学位を取 得し,労働組合運動への厳しい敵対者となった。その契機は,1936年に,彼の故郷ノース・カロラ イナ州,ウェンストンセラムで彼の父親が管理職をしていたタバコ工場でのアルバイト中に,スト ライキ中の組合のピケで攻撃され,頭に負傷を受けたことからだと言われている。テートは,1950 年代から,ネブラスカ州オマハで,当時まだ新しかった彼の攻撃的 組合排除 戦略に専念する 開 拓者的 法律事務所を設立した。当時のネブラスカ州は,チームスターズ組合や精肉工場労働組合 などの大労働組合に組織化され賃金が良かったシカゴ,ミネアポリス,セントルイスなどから組合 を忌避した精肉,倉庫業などの企業や工場が進出していた。そしてそれらの企業や工場に大組合が 組織化活動を強化し,しばしばストライキが頻発するいわば労使紛争の主戦場となっていた。彼は そこで経験を積んで,1967年には反組合の闘士として中西部中に名を馳せ,オマハで最大の組合排 除専門の法律事務所を開設した。このような組合排除に特化した法律事務所が現代では,たいてい の大都市にあるが,その嚆矢であった웎웎。
1972年,サム・ウォールトンは,ミズーリー州中部で二つの店舗が小売店組合との紛争に直面し た時に,テートを紹介され,それからテートとウォールマートの関係が始まった。最初は,ミズー リー州東部の小さな町メキシコへの出店直後に起こった紛争であった。この紛争は,不満を持った 数人の従業員をコニー・クレイリングという女性の夫がその家に集め,組合について議論したとい うだけのことから始まった。その参加者の一人が,店長に密告したため,翌朝彼女が出社したと同 時に店長が彼女を解雇した。これに対して小売店組合が彼女の支援に乗り出したのだ。この時テー トは,メキシコ店の従業員を数人ずつ呼び出し,組合が出来たらどんなひどい目に遭うか脅し,組 合を攻撃した。またテートは,ウォールトンに助言し,当事者の店長を異動させた。もともとたい した組織化運動ではなかったので運動は消滅した。ただ2年間に渡る解雇に関する争議は,全国労 働関係委員会によって不当解雇であると裁定されたが,彼女は他の職を得ていたので,ウォールマー トには復帰しなかった웎웏。
その後テートは,ウォールマートの組合排除に深く関わり,ついに 1987年にウォールマートの人 事部門を統括する重役として副社長・取締役に就任し,90年代半ばに引退したが,21世紀になって も,彼が数十年に渡って開発してきた労使関係政策(組合排除)の技術と戦略をウォールマートは 組合組織化運動の新しい波にも対抗出来るようにブラッシュアップしていった웎원。
その手法の実態について典型的な事例によって見てみる。Human Right Watchが関連分野の専 門家を集め,UFCW,NLRB,雇用機会均等委員会(EEOC)の関係者,ウォールマートの労働者 と現場管理者の双方にインタビューし,関連文献を丹念に精査した,すぐれた報告書( Discounting Rights:Wal-Martʼs Violation of US WorkersʼRi ght to Freedom of Association,Volume 19,
No.2,May 2007.)による。ただし同報告書には,ウォールマートの経営陣は再三のインタビューの 要請に応じなかったが,それらの経緯も掲載されている。
2005年のウォールマートの従業員便覧にはその巧妙な反組合的 組合観 が簡潔に述べられ,従
業員に組合に対する反感を持たせるように仕向けている。それは 我々は,反組合的ではなく,親 アソシエートなのである。全てのアソシエートが,組合に苦労して稼いだ金を支払わずに,自分た ち自身のことを議論し,論争は解決されると言うのが我々の立場である。と述べて,労働組合の組 織化活動を, 第三者 の活動として,これを支持するのは同社を裏切ることであると批判し,脅迫 している웎웑。
以下で詳述するように,ウォールマートは,組合組織化の兆候を感知すると,組合結成の否定的 影響について,膨大な一方的情報で労働者を圧倒する反組合戦略を考案してきた。それは,本社直 属の 労使関係チーム ,コンピュータでの教育(CBLs),従業員向けのビデオとパワー・ポイント などによって構成されている。
また管理者読本(Managerʼs Toolbox)は,同社の全管理者がインターネットで利用できるよう になっている。それは, あなたが管理している店舗が,組合組織者の対象にならないようにするに はどうするかの情報 と 組合を排除する戦略の開発するもの として,ウォールマートの労使関 係チームが管理者に提供するため用意された。
Human Right Watchによれば,読本は組合組織化を妨害する不当労働行為の証拠とすることが できるものであるが,同社は合法的と強弁して,組合を排除する洗練された戦略を提供している。
この読本に基づいて,同社の全階層の管理者が組合排除のための厳しい訓練を受ける。そしてそれ は,同社のアメリカ中の店舗から組合を排除することを命じ,従業員の勤労意欲調査を使って店舗 の勤労意欲を監視しなければならないとする。読本は管理者に,勤労意欲調査で意欲が低いならば,
組合組織化に対して脆弱になっているので, アソシエートの諸問題に取組み ,組合組織化に対抗 する準備をすべきで,それが管理者自身のためでもあると警告する。
また読本は 組合の真実 という項目で,同社の視点から組合にできないこととできることをア ソシエートに知らせることを管理者の責務としている。組合にできないこととして, 高賃金の保 障 , 高付加給付の保障 , 雇用の保障 , 労働時間の確保 , 解雇の阻止 , 職務基準の設定 をあげ,組合にできることは, 組合費の徴収 , 交渉 , ストライキ だけだとしている。
さらに組合に対する質疑応答を例示し,管理者が従業員に与えるべき,組合の組織化についての 否定的見方を明示している。最後に管理者が なすべき こととして,組合組織化の投票まで至っ たら,賃金,付加給付などの労働条件は交渉されるのでどうなるか解らないのに,組合費,加入費,
上納金,分担金は徴収されると,アソシエートに言わねばならないとしている。そして組合は,交 渉でウォールマートが望んでいないことは,なにも同意させることは出来ないとアソシエートに言 うことを指示している웎웒。
その読本で, 一般労働者の集会 (grass roots)は,会社の経営陣と共有すべき労働者のための 考えや関心について率直に語る 毎年の機会であり,完全な 内々の調査 であるとされる。し かしそれも Human Right Watchによれば,労働者の組合への同調の程度を測り,また組織化の 不 幸な 結果を警告するもう一つの機会でもあった。
また同社の オープン・ドア制度 (いつでも労働者と話合う用意のある制度)も,1970年代にテー トによって導入された。同社はこれを,労働者と管理者の間の友好的手段と喧伝しているが,読本 ではこの制度は同社の 企業文化と組合不在の状態を変えようとする組合組織化への防波堤 とさ れる。そして管理者に,アソシエートの要求と関心に注意を払わないなら,アソシエートは別の誰
か,すなわち組合に向かうだろうから,この制度での 意思疎通 は,組合排除の鍵であるとして いる웎웓。
この読本は,組合設立によりストライキを起こせば,彼らの 恒久的な交代 を法律が認めてい ると,アソシエートに述べて脅迫するよう,管理者に指示している웏월。
ウォールマートは,新従業員の導入教育や訓練でさえ,労働組合排除の機会としている。その典 型が,従業員訓練のビデオである。Human Right Watchは,実際に訓練時にビデオを見せられた 従業員にインタビューをしてその内容を聞き取っている。また実際にそのビデオを入手して,分析 している。そのひとつは あなたは素晴らしい働き場所を得た엊 という表題で,人的資源管理者,
2人の新採用者(そのうち1人は以前組合員だった),そして2人の在籍の従業員(そのうち1人は 以前組合員だった)計5人の会話を通じて同社の考え方を説明し,組合を批判し,かつもし組合が 設立されたら有害な結果となることを強調するものである。またビデオには,管理者訓練用のもの もあり,管理者は組合組織化の 防衛の最前線 として,実際の組織化に対して,上位の経営者に それを報告し,組織化にどう対応すべきかなどの実践的な内容である。またアメリカの労働組合を 歴史的に総括して,組合が衰退しているのは,最早その使命は終わったのだとするビデオもある。
さらに訓練ビデオに加えて,同社の新管理者はコンピュータによる 時給監督者労使関係試験 を 修了しなければならないが,その中にも 組合組織化を確認し,それを止めさせる最前線は何か を問う問題がある웏웋。
ウォールマートには組合組織化活動が起こった場合に対処する組合緊急連絡制度(Union Hot- line)がある。これは 全米の管理者が本部に組織化活動を報告し,また逆に報告者が労使関係専門 家からの指導と,法律部門,内外のコンサルタントから助言を受けることが出来る 制度である。
前述の読本も,組織化のどんな僅かな兆候でも報告するよう指示し,緊急連絡先の電話番号を記載 している。組合緊急連絡制度は,現場管理者ためだけのものでなく,同社の全国の経営のなかでの 潜在的及び現実化した組合組織化活動の情報を収集し,反組合的宣伝を行う,洗練された機構であ る。この電話に応えるウォールマート本社の労使関係専門家は,それらの電話とそれらに与えた助 言の要約を記録し,その後 労使関係管理者修復過程データベース にする。これは 修復制度
(Remedy System)と呼ばれるものである。この本部に集中された情報は,全米の同社の店舗での 組合組織化活動を監視するためのものである。そして更新され 月例 LRM 報告 として関係者に提 供される웏워。
ウォールマートは,組合組織化活動を阻止するための上記のような多くの方策が効を奏しなかっ た場合には,同社の最高段階で急速かつ攻撃的にこれに対応する。それを担うのが本社の 労使関 係チーム (Labor Relation Team)である。このチームは,労使関係担当副社長に統括され,労 使関係担当取締役,上席労使関係管理者,労使関係管理者,企画管理者,労使関係調整係,労使関 係管理補佐によって構成される。組合組織化活動があるという組合緊急連絡が入ると,それと闘う ため,すぐにチームの1人かそれ以上のメンバーが店舗に派遣され,前述した読本やその他の手法 に基づき,店長を指導し,一緒に対応する。まず行われるのは,当該店舗のアソシエートとの全体 の会合,小集団の会合,個別の面談と多重に対応する。それぞれで同社の反組合的考えをたたき込 むのである。それと同時に,店舗の巡回による指導(CBWA)を行う웏웍。
また労使関係チームは,場合によっては店長と防犯係の従業員に防犯用の監視カメラで従業員と
組合組織化活動を監視するように教育する。ある事例では,店舗の外部用しかカメラがなかったの で,店舗内部用を特定の部門などに増設した場合もあった。そして組織化活動をしている従業員が 外部の組合関係者の誰とどのような接触をしているかを監視すると同時に,彼を解雇するための事 由を探すためにもカメラで監視した웏웎。
以上のようなウォールマートの組合排除の施策は概ね成功し,これまで組合の組織化を阻止でき てきたが,組織化が行われてしまった少数の場合もあった。これに対して同社がとった施策は,店 舗の閉店,部門の閉鎖などの手法であった。以下その事例を述べる。
1999年 12月 28日,UFCW の 540支部は,テキサス州のジャクソンビルのウォールマートのスー パーセンターの精肉部門(販売時に食肉を加工する販売方式)の組織化(労使交渉の権限を UFCW に委任する)の従業員投票を求める署名を NLRBのアトランタ支部に提出した。NLRBのアトラン タ支部は 2000年1月 26日に投票を実施するという裁定を下した。これに対してウォールマートは,
NLRB本部に異議申立を行うがそれは却下された。そして NLRBの管理下で,2000年2月 17日に 従業員の投票が行われ,7対3票で組合を結成し,交渉権を UFCW に委任することが指示された。
これはアメリカ国内のウォールマートで最初の組合組織化に成功したものであった。
しかし2月 23日に,ウォールマート社は,投票に不正があったと申立を行う。またそれまでも何 度かの申立,事情聴取が行われたが,ウォールマートは,いままで全く触れてこなかった,全店の 精肉部門で事前に切り分け,事前にパック済みした食肉の販売方式に転換し,店内での加工を廃止 するという計画を2月 28日に突如発表した。そして食肉部門の独自性・固有性がなくなると主張し 始め,3月初めにこの変更について従業員にも通知し始めた。そして最終的に,精肉労働者を新し い食肉・調理済食品部門の販売員として異動させ再配置してしまった。
このようにウォールマートは,精肉労働者の交渉単位を破壊し,組合の認知も,交渉も拒否した。
これに対して,UFCW は,店内加工の精肉労働者としての身分と待遇に関する交渉を要求したが,
ウォールマートは,NLRBの組合認証を無視して,交渉に応じなかった。UFCW は,2008年8月 21日に,団体交渉を拒否し,店内加工方式からパック済み方式への変更に関する情報の提供を拒否 しているのは,全国労働関係法に違反した不当労働行為であると NLRBに提訴した。これについ て,NLRBのアトランタ支部の行政法審判官は,2003年6月 10日に組合を承認し,パック済み方 式への変更についても組合と交渉をすべしという原状回復を命令した。しかしウォールマートは,
これを不服として提訴した。これに対して 2006年9月に,NLRBは原状回復までは命じなかった が,UFCW との交渉を命じた웏웏。その後も,両者の NLRBへの提訴のし合いが続いたが,事態はそ のままであった。
また店舗の閉鎖の事例として,2004年8月のウォールマート・カナダのジョンキエール店の組合 組織化がある。これに先立って,カナダの州労働法は進歩的なこともあり,1997年にウォールマー ト・カナダのオンタリオ州ウィンザー店で,アメリカ鉄鋼労働者組合が組合組織化に成功したケー スが既にあった。しかし労働協約を締結するのをウォールマートが拒否したので,結成されたばか りの組合は機能せず,3年後に解散してしまった。その後,2004年8月にカナダのケベック州のジョ ンキエール店で UFCW 503支部による組合組織化が行われた。この場合は,前述のジャクソンビル のように店舗内の一部門の組織化でなく,店舗全体の組織化であった。ウォールマート・カナダと 組合は 10月に初めて会談し,その後労働協約締結を目指して,9回の交渉が行われたが,両者の主
張は平行線をたどった웏원。
交渉中の 2004年 10月,ウォールマート・カナダは, ジョンキエール店は,同社の事業計画に適 合せず,店舗の経済的持続可能性を懸念している という公式声明を出した웏웑。そして 2005年2月 に,同店の閉鎖を決定した。4月末同店は閉鎖された。その表向きの理由は,上記の声明のように 同店は経営的に厳しく将来性もないというもので,組合組織化との関連には直接言及していない。
しかしウォールマート・カナダの副社長アンドリュー・ペレティアは, 効率的かつ利潤が上がる経 営を可能にする,組合との協定に達することができない。 とか 組合が要求したのは,……賃金引 き上げだった。我々は組合がその事業モデルを根本的に変更しようとしていると考えた。, 同店が 成長できるような協定に同意するように組合を説得した。 とも述べている웏웒。同社の事業モデルに は組合は存在せず,閉店の理由は明らかに組合排除のためであった。
同店が閉鎖された際職を失った同店の労働者は,ウォールマートへの 79の苦情をケベック州労働 委員会に申立てた。そのなかで同店の閉鎖は, 従業員の組合組織化の権利を妨害するため に行わ れたもので,違法であると告発した。同委員会は,79の内の4つの審問を開始し,2005年9月 15日,
4つの内3つが認められ,ウォールマートは労働者の解雇の 正当かつ充分 な理由を示せなかっ たと判定した。ウォールマートは,例によって上訴し,2006年7月 13日ケベック最高裁は,労使関 係委員会の判定を認めたが,再度同社は上訴した웏웓。
しかしケベック州の法律では,企業は,組合排除が目的であるものを含めていかなる理由でも,
一時的なものでなく恒久的なものであれば,その店舗や工場を閉鎖することは認められている。
ウォールマートは,その後ジョンキエール店の長期リース契約をキャンセルしたので,同店再開の 可能性は無くなり,同店閉鎖は合法的なものになってしまった。従業員が要求できる保障は金銭的 なものだけとなった원월。
このようなジョンキエール店の経過は,実はウォールマートにおけるその後の組合組織化の動き に,大きな影響をもたらした。この時期カナダの少なくとも3州の 20店舗以上で組合組織化運動が 行われたが,ジョンキエール店の閉鎖以降,一部を除きその運動は潰されていった。ウォールマー トは,組合組織化を決して認めず,組合が組織化投票に勝利しても,異議申立を執拗に行うと同時 に,組合が組織化したら店舗閉鎖を行うという実物教育として,これを事実上の脅迫に使ったから である。またこのことはカナダに留まらず,その影響はアメリカ国内でも組合組織化への妨害の手 段となった。アメリカの各地の店舗で,ジョンキエール店閉鎖の経過は,アソシエートの従業員教 育や組織化妨害のためアソシエートの会合で頻繁に使われたことが Human Right Watchによる ウォールマートの従業員へのインタビューから明らかにされている。そしてその影響が大きかった ことも指摘している원웋。
さてこのようなウォールマートが不法行為や不当労働行為などを繰り返し行い,かつそれらの禁 止・是正の当局の裁定,命令をものともせず,上訴を繰り返しながら,また組合排除のための諸制 度を使い組合排除を貫徹できてきたのは,アメリカの労使関係の枠組み,とりわけ組合組織化の方 式や労働法にもその一因があることが,各方面から指摘されている。
ところでウォールマートは,アメリカ国内では,上記のように徹底した組合排除を貫いているが,
国外では中国などで 労働組合 を認めている。ウォールマートは,2006年7月にそれまでの2年 間の 総工会 の強力な要請を受け,中国の店舗で 労働組合 を認めた。ただし中国の 労働組
合 は,必ずしも経営側と対立するものでなく,経営側と従業員との意思疎通を図る立場をとり,
福利増進と労使紛争防止の役割を担う,企業の利益共同体とも言われている。それ故,むしろ 労 働組合 によって強力で安定した労使関係を保てるとも言われている。ウォールマートはこれらを 理解し,巨大な中国市場への野望から 労働組合 を認めたと思われる。ただしこのような 労働 組合 であっても,企業は労働組合費として従業員の賃金総額の2%に相当する額を負担しなけれ ばならない(そのうち 40%は上部団体への上納金である)원워。このような世界中に進出している ウォールマートの海外諸国における,同社の労務管理・労使関係については別稿を期したい。
2.組合排除を可能にする現代アメリカの労使関係システム
現代アメリカの労使関係の原型となったニューディール型労使関係の枠組みは,労働組合の強固 な組織……と使用者との団体交渉によって労働者の労働条件・生活条件が決定され……それを政府 が奨励する というものであった。このうち 政府が奨励する ということの内実は,1935年制定 のワーグナー法による労使関係の枠組みであった。ニューデール政策の労使関係政策の主な目的は,
賃上げによって大衆購買力を増やし,それによって生産と消費のバランスを取り,大恐慌を克服す ることにあった。当時労働組合運動は使用者の組合潰し策等もあって極めて停滞していたので,こ の賃上げは政府が積極的に団結権・団体交渉権を保障し,労働組合の交渉力を強化することで可能 になると考えられた。そこで政府は,積極的に労使関係に介入することとし,訴訟提訴にたよる必 要のない独立行政委員会による行政規制を行うことにした。これを担うのが全国労働関係局
(NLRB)であった。当時,裁判所は労使関係規制について非常に保守的であったので,政府は上 記のような労使関係規制を裁判所に委ねることに危惧を抱いていた。また州権の強いアメリカで全 国的に統一した政策を緊喫に行うためにも行政規制のほうが好ましかった。組合の団結権・団体交 渉権を,この NLRBによって管轄される不当労働行為制度と排他的交渉代表制度で保障しようと した。
不当労働行為制度は,ワグナー法では第8条において,使用者の不当労働行為として,1項で労 働者の権利行使に対する干渉,妨害,威迫,2項で労働組合の結成,運営に対する支配・介入,労 働組合に対する資金その他の援助,3項で労働組合員たることを奨励または抑制するために雇用条 件に関して労働者を差別すること,4項で労働者による不当労働行為申立や NLRBへの証言を理 由に差別すること,5項で団体交渉の拒否を列挙し,NLRBによる詳細な不当労働行為救済手続き を定めた。しかし後に 1947年制定のタフト・ハートレー法によって労働者の不当労働行為が付加さ れた。
その手続きの基本的枠組みは,ワグナー法の下では,図2のようになっている원웍。この基本的枠組 みは変更されず,タフト・ハートレー法下で図3のようにワグナー法下の手続きに緊急救済制度が 導入されたのみである원웎。
図2に見られるように不当労働行為制度の手続きは,複雑で,大きく三段階に分れている。以下 図2によって,その概略を見てみる。まず申立が行われると(組合または労働者の),現地調査官の 調査が行われるが,この調査の際しばしば申立人と被申立人(使用者)との予備会談が行われる。
これはタフト・ハートレー法下の手続きでも大いに利用された。そしてこの調査の結果,申立の内 容が不当労働行為を構成しないことが判明したならば,申立人に取り下げを勧告する。取り下げが
なされなければ,局委員会によって申立は却下される。この局委員会の決定については司法審査が 認められていない。すなわち申立人はそれ以上争う道がない。一方,上記調査の結果,申立内容が 相当であると判明した場合,地方支局長は当事者に任意解決をすすめる。これらは非公式手続きと いわれる。ワグナー法下では,この手続きで 90%が処理され,タフト・ハートレー法下でも圧倒的 に多くが非公式手続きだけで処理された。
任意解決が出来なかった場合,地方局長は,審問の通知を付した救済請求状を発布する。ここか らが公式手続きになる。救済請求状が発布されると,被申立人はそれへの答弁書を提出しうる。そ の後審問が開始され,審問官は当事者(申立人,被申立人,地方法務官)に証拠を提出させ,証人 尋問等を行う。審問終了後,審問官は,事実認定,法律判断,救済措置などからなる中間報告を作 成する。この中間報告で,救済請求が却下され,申立人が異議申立をしなければ,この時点で処理 は終了する。また救済請求が認められ,被申立人が請求内容を履行した場合も処理は終了となる。
一方,救済請求が認められた場合に,被申立人が,異議申立し,もしくは請求内容を無視した時 は,局委員会が事件を審査することになる。局委員会は,審査を行い裁定し,命令を行う。NLRB の命令には執行力が無いので,被申立人が命令を遵守しない場合は,控訴裁判所に執行力付与の申 請をしなければならない。局の命令によって自らの利益が害される被申立人は,控訴裁判所に当該 命令の取消しを請求できる。この段階から司法手続きの段階となる。控訴裁判所は,争点の事実認 定,法律判断および救済命令の適否を判断し,NLRBの命令の全体容認,一部容認,もしくは棄却・
却下を判決する。NLRBの命令の容認判決がなされ,命令の執行力が付与されたにもかかわらず,
使用者が命令に違反したならば,裁判所侮辱罪となり,民事もしくは刑事制裁が課せられる원웏。以上 の手続きの大枠は,タフト・ハートレー法下の伝労働行為制度の手続きの枠組みと基本的なところ で変更はないのでその問題点もほぼ同じである。
このようにアメリカの不当労働行為制度の手続きは,判定までの段階が多く時間がかかる。また
出所 道幸(1988),p.24.
図2 ワグナー法上の全国労 働関係局(NLRB)
図3 タフト・ハートレー法上の全国労働関係局(NLRB)
出所 道幸(1988),p.46.