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Vol.47 , No.2(1999)069奥村 浩基「『善見律毘婆沙』が伝える出家作法の問題点」

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Academic year: 2021

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(184) 印度學 佛教 學研 究 第47巻 第2号 平 成11年3月

善見律 毘婆沙』が伝 える出家 作法 の問題点

村 浩 基

問 題 の所 在 『善 見律 毘婆 沙 』 は,パ ー リ上 座 部 に伝 わ る律 註 書Sarrlantapasadika (以下,Sp)に 相 当 す る漢 語 訳 書 で,紀 元5世 紀 後 半 に広 州 の 竹 林 寺 で 外 国人 僧 の 僧 伽 蹟 陀 羅 と中 国 人僧 で あ る釈 僧 猜 に よっ て訳 出 され た もの で あ る. 本 書 第 巻16に は,出 家 式 の作 法 次 第 が説 か れ,こ の 中 で 説 か れ る作 法 の一 つ に 剃 髪 作 法 が あ る.こ こで説 か れ る剃 髪 作 法 は,中 国 や 日本 の 出 家 作 法 に後 世 多大 な影 響 を与 え た 作 法 で あ る.そ こで,パ ー リ上 座 部 の剃 髪 法 が,こ う した東 ア ジ ア諸 国 の 出家 作 法 に影 響 を与 えた のか を調 べ るべ く,そ の 記 述 部 分 をSpの 対応 部 と比 較 した.し か し,『 善 見 律 毘 婆 沙 』 の説 く剃 髪 作 法 が,Spに は欠 落 して いて, か え っ て他 部 派 の 伝 え る剃 髪 作 法 と同一 で あ る こ とが 見 出 され た.よ つ て,本 稿 で は,『 善 見 律 毘 婆 沙 』 に説 か れ る剃 髪 作 法 につ い て若 干 の検 討 を加 えた い. 1『 善 見 律 毘 婆 沙 』 の 出家 作 法 に つ い て 出 家 作 法 に 関 す る記述 部 分 で は,作 法 次 第 そ れ ぞ れ の 具 体 的 な 細 則 や 解 説 な ど を説 い て い る.そ こで は先 ず,出 家 志 願 者 の 入 団 条 件 を説 き,続 い て 出家 作 法 の 次 第 を説 く.次 第 は,出 家 志 願 者 受 け 入 れ に対 す るサ ンガ へ の 告 知 に 始 ま っ て,出 家 志 願 者 の 沐 浴,和 上 に よ る 「髪, 毛,爪,歯,皮 」 の五 法 の 教 示 を経 て剃 髪 が 行 われ る.そ の 後,袈 裟 の授 与,三 帰 依,十 戒 の 授 与 が 順 次 執 り行 われ て,出 家 志 願 者 は,は れ て 沙 彌 とな る.こ の 中,五 法 の教 示 は,本 書 とSpに の み見 出 され る もの で,他 部 派 の 出家 作 法 に は存 在 しな い もの で あ る.な お,こ の五 法 は,Vlsuddhimaggaに 説 か れ る業 処 の 一.つで もあ る.こ の こ とは ま た,『 善 見 律 毘 婆 沙 』 がSpと 極 め て近 い 関係 にあ る証 左 の 一 つ とい え よ う. II『 善 見 律 毘 婆 沙 』 に説 か れ る剃 髪 本 書 とSpの 並 行 部 を対 照 させ た場 合, 相 互 間 の 逐 語 的 一 致 は 見 出 され な い.そ れ ぞれ の要 目を 要 約 した形 で 『善 見 律 毘 婆 沙 』 の 並 行 部 が訳 出 され て い る.そ の 一 方 で,中 に は 誤 訳 と思 わ れ る部 分 に混 841

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『善見 律 毘婆 沙』 が伝 え る出家作 法 の問題 点(奥 村) (185) じ って 並 行 部 が存 在 しな い 固 有 の文 言 が存 在 して い る こ と に気 づ く.そ の 一 つ は, パ ー リ上 座 部 で 出 家 式 の 三 大 要 素 を構 成 す る剃 髪,袈 裟 の授 与,三 帰 依 の う ち, 「剃 髪 」 を説 明 す る箇 所 に現 れ る. 剃髪 をす るとき,〔頭〕頂 に三,五 〔本 〕の髪 を留 めて置いて,香 湯 で洗浴 して在 家の 気 を除いてか ら,和 上 の前 に至 って脆 く.和 上 は問 うて言 う.「今,あ なたの ために頂 髪 を取 り去 る ことを許すか どうか」 と.〔出家志願者 は〕答 えて言 う.「はい」 と.和 上 自ら 〔彼 の〕頂髪 を剃 って,頂 髪 を剃 り終 わった.〔彼 は〕和 上の前で脆 き,和 上 は袈裟 を授 与 し,頂 戴 して 〔袈裟 を〕受 け終 わった.受 けてか ら和上 に返 して,こ のよ うに第二,第 三 〔度〕 と受 けて頂戴 して受 け終 わった.1) こ の下 線 部 分 で は,在 家 の 気 を 除 く前 後 に剃 髪 が 二 段 に分 けて 行 わ れ て い る. 前段 で は,出 家 志 願 者 の頭 頂 部 の 毛 髪 を一 部 分 だ け剃 り残 し,後 段 で 和 上 が,そ れ を 除 去 す る意 志 が あ るの か ど うか を 出 家 志 願 者 に確 認 して か ら剃 髪 して い る. これ に よ っ て剃 髪 が 完 了 す る.だ が,こ こで は,こ の よ う に二 段 に 分 けて 剃 髪 す る理 由 を説 い て い な い.こ の 記 述 は,7世 紀 に南 山律 宗 の 大 成 者 道 宣 律 師 に よ る 『四 分 律 刷 繁 補 閾 行 事,.j』(T.44,p.150b5-9)や 釈 道 世 撰 『法 苑 珠 林 』(T.44,p. 448b21―23)に 引用 され て,後 世 の 中 国 や 日本 の 出 家 作 法 に 多 大 な影 響 を与 え て剃 髪 作 法 の 定 型 とな っ た の で あ るが,2)Spの 並 行 部 分 に は, また,髪 を除去 した とき,う こんの粉 また は香粉 で頭 や身体 に塗 って,在 家の気 を除い てか ら,〔和 尚は出家志願者 に〕袈裟 を三度,ま た は二度,ま た は一度受 け取 らせ るべ き であ る.3) とあ って,上 引 の 下 線 部 分 に つ い て は全 く言 及 せ ず,相 当 す る文 言 も存 在 し な い. Spで は,た だ 剃 髪 した 事 実 を説 くだ けで,そ の 具 体 的 な状 況 は説 い て い な い.し か し,髪 を 除 去 した 時 に頭 や 身 体 に塗 香 す る と して い るの で,一 時 に全 て の頭 髪 が 完 全 に剃 髪 さ れ て い る と考 え られ る.実 際Spの 被 註 釈 文 で あ る律 蔵 の律 文 で も 「最 初 に 髪 と髭 を 剃 り落 と して か ら,袈 裟 衣 を ま と って 」4)と 説 い て い る だ け で,そ の 具体 的 な剃 髪 方 法 を説 い て い な い し,Spに 説 か れ る作 法 次 第 を骨 子 に し て い る現 代 の 上 座 仏 教 の 出家 式 で もや は り,一 ・旦 頂 髪 を留 め て置 い た りす る よ う な こ とは しな い で 一 時 に頭 髪 を剃 髪 して い る.こ の た め,下 線 部 の 記 述 が,パ ー リ上 座 部 の所 説 を反 映 した もの とは考 え が た い. 皿 漢 訳 諸 律 の伝 え る剃 髪 につ い て 『四 分 律 』,『五 分 律 』,『十 諦 律 』,『摩 詞 僧 祇 律 』 の所 謂,四 大 広 律 に お い て も出家 す る際 に剃 髪 す る こ とを説 くが,そ の 具 840

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(186) 『善 見 律 毘i婆沙 』 が 伝 え る 出 家 作 法 の 問 題 点(奥 村) 体 的 な剃 髪 方 法 は説 い て い な い,そ の た め,パ ー リ律 と同様 に 一 時 に頭 髪 の全 て を剃 髪 す る方 法 を採 っ て い る と考 え られ る.も し 『善 見 律 毘婆 沙 』 の よ うに二 段 に分 け た剃 髪 方 法 を行 うの で あ れ ば,当 然 そ の よ うな 記 述 が律 蔵 中 に説 か れ て い るべ きで あ る.だ が,そ の よ うな 記 述 が 見 られ な い とい う こ とは,同 様 の方 法 を 採 用 して い な い こ とを物 語 っ て い る とい え る.ま た,こ の こ とか ら,『善 見 律 毘婆 沙 』 の 説 く剃 髪 方 法 は,本 書 中 に 散 見 され る よ うな 『四 分 律 』 の 記 述 に よ る補 成 で も な く,本 書 訳 出 以 前 に既 に漢 語 訳 され て い た 残 る三 大 広 律 の 記 述 に基 づ い て 加 筆 挿 入 され た もの で もな い こ とが 知 られ る. IV根 本 説-一切 有 部 系 律 文 献 にお け る剃 髪 作 法 『善 見 律 毘 婆 沙 』の訳 出 当 時 の 中 国 に は,未 だ漢 語 訳 が 存 在 しな か った 律 文 献 に根 本 説 一 切 有 部 律 が あ る.こ の 部 派 の 律 文 献 は,漢 語 訳 だ け で な く,サ ン ス ク リ ッ ト語 や チ ベ ッ ト語 訳 な どが纏 ま って 現 存 して い る.こ れ らの 文 献 群 の 中 に 出 家 ・受 具 足 戒 の作 法 集 成 書 で あ る Upasampadajn"aptlが あ る.本 書 は,出 家 志願 者 受 け入 れ に対 す るサ ンガ へ の 告 知, 和 尚 請 願,剃 髪,沐 浴,袈 裟 の 授 与,三 帰 依,十 戒 の 授 与 とい っ た 出 家 作 法 の次 第 を説 き,『 善 見 律 毘 婆 沙 』 の 次 第 と若 干 逆 順 な どが見 られ る もの の,ほ ぼ 同一・の 作 法 次 第 を説 い て い る.こ の う ち,剃 髪 の記 述 に は, それか ら,髪 が取 り除かれ るべ きであ る.そ して,彼 は髪 を取 り除 く.世 尊は 「頂髪 は (ァikha)留 めさせ るべ きで ある」 〔と〕言 われた.そ れか ら,〔頂髪 を取 り除 いて もよいか どうか を〕尋 ね るべ きで,そ して,頂 髪が取 り除かれた.5) とあ って,『 善 見 律 毘 婆 沙 』で 説 く剃 髪 方 法 と全 く同 一 の 方 法 で 剃 髪 が 行 わ れ て い る.こ の こ とは,『 善 見 律 毘 婆 沙 』 の説 く剃 髪 方 法 が,実 際 にイ ン ドの仏 教 教 団 に お い て も執 行 され て い た こ とを 示 し,単 に 中 国 で 創 作 さ れ た もの で な い こ とを物 語 る もの で あ る.こ の 方 法 は,他 に もKarmavacana,チ ベ ッ ト語 訳Viniyavastu, Ekottarakarmasataka,『根 本 説 一 切 有 部 百 一 掲 磨 』,『根 本 説 一 切 有 部 出家 授 近 圓 掲磨 儀 範 』 な ど根 本 説 一 切 有 部 の 律 文 献 に の み説 か れ て い る. ま た,『 善 見 律 毘 婆 沙 』 で は示 さ れ て い な か つ た頂 髪 だ け を 留 め て お く理 由 が 『根 本 説 一 切 有 部 百 一 掲 磨 』 巻 第1に 見 られ る. 彼 は,〔頭髪 の全 てが〕剃 り尽 くされて,そ の人 は後悔 した.仏 は言われた.「頭 頂に少 しだけの毛髪 を留 めてお くべ きで ある」 と.問 うて言 う.「その頭 頂 に残 され た毛髪 を除 去 しますか」 と.〔出家志願者 が〕 もし 「いいえ」 と言 うな らば,「あなたの意志 に従 って 立 ち去 りなさい」と言 うべきであ り,も し 「除 きます」と言 うならば,剃 り除 くべきであ る.6) 839

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『善見 律毘 婆沙 』が伝 え る出家作 法 の問題 点(奥 村) (187) この 記 述 に よ る と,出 家 志 願 者 が 頭 髪 の全 て を剃 り尽 くされ た た め に後 悔 した の で,仏 が 頂 髪 だ け を残 す よ うに 定 め られ た と して い る.ま た,そ の頂 髪 を取 り 除 く場 合,彼 の 出家 の 意 思 を再 確 認 す る た め に 出 家 志 願 者 に尋 問 して い る こ とが 知 られ る.『 善 見 律 毘 婆 沙 』 も 同様 な意 図 を 持 って 行 わ れ た と考 えて よ か ろ う. 結 び 『善 見 律 毘婆 沙 』 とSpが 全 く同一 の原 本 に 属 す る の か に つ い て は未 だ 学 界 の確 定 説 が な い現 在,『 善見 律 毘 婆 沙 』に の み説 か れ る よ うな剃 髪 方 法 が,『善 見 律 毘婆 沙 』 原 本 に本 来 あ っ た記 述 な の か,そ れ とも共 訳 者 の 釈 僧 猜 に よ る加 筆 挿 入 で あ っ た の か につ いて は即 断 で きな い.し か し,確 実 に言 い 得 る こ とは,『 善 見 律 毘 婆 沙 』 の説 く剃 髪 方 法 が,パ ー リ上 座 部 の所 説 に基 づ い た 剃 髪 方 法 で は な い とい う こ とで あ る.そ して,仏 教 諸 部 派 教 団 の律 蔵 諸 文 献 の う ち,根 本 説 ―・切 有 部 の律 文 献 だ け全 く同 一 の 剃 髪 作 法 を執 行 して い る とい う相 関 性 で あ る.こ の よ うな 中 で 『善 見 律 毘 婆 沙 』 の剃 髪 作 法 が,8世 紀 に義 浄 に よ って 中 国 に将 来 さ れ,訳 出 され た根 本 一切 有 部 律 に先 行 して 齎 さ れ て い た こ とは 興 味 深 い.も し こ の よ うな 剃 髪 方 法 の 記 述 が,釈 僧 猜 に よ る加 筆 挿 入 で あ っ た な ら ば,早 くも5世 紀 後 半 まで に何 らか の形 で 広 州 周 辺 の 仏 教 界 に伝 え られ て 広 く浸 透 して い た 証 跡 と もな ろ う. と もか くもパ ー リ上 座 部 の剃 髪儀i礼が,『 善 見 律 毘 婆 沙 』 を通 して 中 国 や 日本 の 仏 教 儀 礼 に影 響 を与 え た もの で は な い こ とが 明 白 とな った. 1)『 大正新脩大 蔵経』第24巻,(大 蔵 出版,東 京,1975),p.788b24-29. 2)土 橋秀高 「沙弥の律典」 『三蔵集』 第2巻,(大 蔵 出版,東 京,1969),p.264.

3) J. Takakusu and M. Nagai, ed., Samantapasadika, vol. V, (The Pali Text Society, London, 1966), p. 968,22-25.

4) Hermann Oldenberg, ed., The Vinaya p#akam, vol. I, (The Pali Text Society, London, 1969), p. 22. 11, 11-12.

5) Dr. B. Jinananda, ed,. Upasampadajnaptih. (Tibetan Sanskrit Works Series vol. VI, Kashi Prasad Jayaswal Research Institute, Patna, 1961), p. 9,5-8.

6)『 大 正 新 脩 大 蔵 經 』 第24巻,(大 蔵 出 版,東 京,1975),p.456b7-9.

〈キ ー ワ ー ド〉 善 見 律 毘 婆 沙,Samantap蕊s互dik互,出 家 作 法,頂 髪

(大 谷 大 学 大 学 院)

参照

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