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生涯は鏡中に在り : 唐代の「鏡」の詩 利用統計を見る

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全文

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生涯は鏡中に在り : 唐代の「鏡」の詩

著者名(日)

坂井 多穂子

雑誌名

「エコ・フィロソフィ」研究

5

ページ

19-25

発行年

2011-03

URL

http://doi.org/10.34428/00003421

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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生涯は鏡中に在り

―唐代の「鏡」の詩―

文学部 坂井 多穂子

は じ め に 人 が 自 分 の 姿 を 自 分 で 見 る に は 、 鏡 な ど の 媒 介 物 を 必 要 と す る 。 鏡 を 見 る こ と は 自 分 に 対 す る 関 心 と 結 び つ い た 行 為 で あ り 、そ の 行 為 に よ っ て 、容 貌 や 形 姿 を 確 認 す る の で あ る 。 鏡 を 見 る 行 為 を 詠 っ た 詩( 以 下 、「 鏡 」の 詩 と す る )は 、中 国 で は 六 朝 に あ ら わ れ 、次 第 に 詩 人 の 数 も 作 品 数 も 増 加 す る 。 こ の こ と は 、 鏡 に 映 る 自 分 の 顔 を 見 つ め る 行 為 が 、 詩 の 題 材 と し て 唐 代 、 と り わ け 中 唐 に 至 っ て 普 遍 化 し た こ と を 示 し て い よ う 。 と く に 、 中 唐 の 白 居 易 は 、「 鏡 」の 詩 を 四 七 首 制 作 し( う ち 詩 題 に あ ら わ れ る も の 九 首 )、ほ か に も 自 分 の「 寫 眞 」( 肖 像 画 )を 見 つ め る 詩 も 六 首( う ち 詩 題 に あ ら わ れ る も の 五 首 )制 作 す る な ど 、自 分 に 対 す る 関 心 を 詩 に 表 出 し た こ と で 知 ら れ 、そ れ に つ い て の 先 行 研 究 も 複 数 み ら れ るi。白 居 易 は 日 常 生 活 の な か で 鏡 を み つ め て い る 場 面 を 好 ん で 詩 に 描 写 し た が 、 そ れ ら の 「 鏡 」 の 詩 の な か で 自 分 の 姿 に 見 い だ し た も の は 、ほ と ん ど の 場 合 、老 い で あ っ た 。具 体 的 に は 、 三 二 歳 に し て 老 い の 徴 候 を 見 い だ し て 恐 れ 、 四 〇 代 で は 白 髪 を 忌 む べ き も の に あ ら ず と す る 開 き 直 り と 、老 化 へ の 恐 れ の あ い だ で 気 持 ち が 揺 れ 動 く が 、五 〇 代 に は 、「 鏡 を 覽 れ ば 頭 白 き と 雖 も 、 歌 を 聽 け ば 耳 未 だ 聾 な ら ず 」iiや 「 兩 鬢 蒼 然 た る も 心 浩 然 た り 」iiiの よ う に 、 老 化 に 抗 す る 楽 観 材 料 ( 白 髪 以 外 の 、 肉 体 と 精 神 の 健 康 ) を 見 い だ し 、 さ ら に 六 〇 代 で は 「 覽 鏡 喜 老 」 詩 の よ う に 、 夭 折 を 避 け 得 た 幸 運 を 喜 ぶ に い た る 。 し か し 、 鏡 の な か に 老 い を 見 い だ す の は 、 白 居 易 に 始 ま っ た こ と で は な く 、 前 時 代 の 詩 人 た ち に も 、 白 居 易 ほ ど の 作 品 数 は な い も の の 「 鏡 」 の 詩 は 散 見 す る 。 に も か か わ ら ず 、 白 居 易 以 外 の 「 鏡 」 の 詩 に ま で 目 配 り し た 論 考 は 管 見 で は 見 ら れ な か っ た 。 本 論 文 で は 、 中 唐 ま で の 詩 人 た ち が 鏡 に 映 る 自 分 の 姿 に 何 を 見 て い る の か を 、 と く に 初 唐 の 薛 稷 の 「 秋 朝 覽 鏡 」 詩 に 注 目 し つ つ 考 察 す る 。 一 、 唐 代 以 前 の 「 鏡 」 の 詩 従 来 、 鏡 は 詩 に お い て も 女 性 の 小 道 具 と し て 捉 え ら れ て い る こ と が 多 い 。 た と え ば 、 六 朝 の 梁 代 に 編 纂 さ れ た『 玉 臺 新 詠 』( 卷 五 )に は 、詠 物 詩 に お い て 鏡 を 詩 題 に 据 え た 高 爽 の 詩 「 詠 鏡 」 が あ る が 、 初 上 鳳 皇 墀 、 初 め て 鳳 皇 墀 に 上 り 、 此 鏡 照 蛾 眉 。 此 の 鏡 蛾眉 を 照 ら す 。

キーワー ド: 唐代・ 詩 ・老い・ 鏡

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言 照 常 相 守 、 言 に 常 に 相 守 る を 照 ら し 、 不 照 常 相 思 。 常 に 相 思 う を 照 ら さ ず 。 虚 心 會 不 采 、 虚 心 會ず采 ら ず 、 貞 明 空 自 欺 。 貞 明 空しく 自 ら 欺 く 。 無 言 此 故 物iv、 言 う 無 か れ 此 れ 故 物 な り と 、 更 復 對 新 期 。 更 に 復 た 新 期 に 對 せ ん 。 鏡 を 詠 じ な が ら 、 想 う 人 を 待 ち 続 け る 女 の 嘆 き を 詠 っ て い る 。 こ の 鏡 は 詩 人 自 身 を 映 し 出 す も の で は な い 。 艶 詩 の 色 濃 い 『 玉 臺 新 詠 』 に 限 ら ず 、 鏡 は 古 来 女 性 の 身 の 回 り の 小 道 具 の 代 表 と し て な ま め か し さ を 伴 っ て 詩 に 詠 み 込 ま れ る こ と が 多 く 、 詩 人 が 自 分 を 映 し 出 す 小 道 具 と し て 鏡 を 詩 の な か に と り こ ん で い る 例 は 少 な い 。 詩 人 が 鏡 に 映 る 自 分 の 姿 を 見 つ め る 詩 を 作 る よ う に な っ た の は い つ 頃 か ら で あ ろ う か 。 唐 よ り 前 の 詩 に み ら れ る 用 例 は 次 の と お り で あ るv。( ) 内 は 詩 数 。 先 秦 漢 魏――( 零 ) 六 朝 劉 宋――謝 霊 運 ( 二 ) 斉――謝 眺 ( 三 ) 梁――江 淹 ( 二 )、 劉 孝 綽 ( 一 )、 王 筠 ( 一 ) 北 斉――顔 之 推 ( 二 ) 北 周――庾 信 ( 二 ) 陳――孔 範 ( 一 ) 隋――盧 思 道 ( 一 )、 周 若 水 ( 一 ) 『 先 秦 漢 魏 晉 南 北 朝 詩 』 に み る か ぎ り で は 、 詩 人 が 鏡 に 映 る 自 分 の 顔 を 詩 材 に 取 り 入 れ る の は 六 朝 に 入 っ て か ら だ と 思 わ れ る 。 謝 霊 運 の「 鏡 を 撫 す 華緇 の 鬢 、帶 を 攬 る 緩 促 の衿 」(「 晩 出 西 射 堂 詩 」)や 謝 眺 の「 時 に 孤 鸞 鏡 を 拂 い 、星 鬢 參 差 なる を 視 る 」(「 詠 風 」詩 )で は 、ご ま 塩 頭 を 鏡 に 映 し だ し て い る 。 ま た 、 江 淹 の 「 鏡 を 擥 り て 愁 色 を 照 ら し 、 徒 ら に 坐し て 憂 方 を 引 く 」(「 侍 始安 王 石 頭 城 詩 」)は 、鏡 に 憂 い の 表 情 を 映 し て い る 。彼 ら の こ の よ う な 視 点 は 後 世 の 詩 人 の「 鏡 」詩 の 一 般 的 な 傾 向 と な る 。 詩 人 た ち は 往 々 に し て 鏡 の 自 分 の 姿 に 白 髪 鶏 皮――衰 老 を 嘆 く よ う に な る 。 そ れ が ひ と つ の 類 型 と な っ て ゆ く 。 さ り な が ら 、 六 朝 で は ま だ 鏡 を 見 て 老 い や 憂 い を 慨 嘆 す る 私 的 な 行 為 は そ の 詩 の 为 要 な 要 素 と は な り 得 て い な い 。 詩 に 「 鏡 」 の 語 は 出 て い て も あ く ま で も 中 心 に 位 置 す る の は 自 然 描 写 な ど の 、 外 的 な 要 素 で あ る 。 「 鏡 」の 詩 で は 、庾 信 の「 擬 詠 懷 二 十 七 首 其 二 十」が 六 朝 の み な ら ず 唐 代の「 鏡 」の 詩 を と っ て も 例 外 的 な 内 容 を 詠 っ て い る 。 鏡 の 自 分 の 顔 に 老 い や 憂 い 以 外 の も の――人 相 か ら 運 勢 を 占 っ て い る 。「 匣 中 取 明 鏡 、 披 圖 自 照 看 。 幸 無 侵 餓 理 、 差 有 犯 兵 欄 」。 庾 信 は 鏡 に 自 分 の 顔 を 映 し て み た と こ ろ 、 幸 い に も 餓 死 の 相 は な い も の の 、 戦 争 に 巻 き 込 ま れ る 相 を 見 い だ し て い る 。 こ の 句 は 、 周 勃 が あ る 老 婆 に 占 っ て も ら っ た と こ ろ 、 い ず れ 宰 相 に な る が 九 年 後 に は 餓 死 す る と 言 わ れ 、そ の と お り に な っ た と い う『 史 記 』「 周 勃 世 家 」の 話 を ふ

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ま え て い る 。 こ こ で 詩 人 の 関 心 事 が 運 勢 に 向 け ら れ て い る の は 、 庾 信 が 生 き た 特 異 な 時 代 環 境 に も よ る だ ろ う 。 彼 は も と も と 梁 の ひ と で あ る が 、 北 魏 に 使 い に 行 っ て そ の ま ま 囚 わ れ の 身 と な り 、 北 周 に 仕 え て 故 郷 に 帰 る こ と な く 生 涯 を 終 わ っ た 不 遇 の 人 で あ る 。 こ の 詩 は 、 彼 が 実 際 に 捕 ら え ら れ て か ら の 作 で あ る 。 同 じ 貴 族 社 会 に 生 き た と は い え 、 謝 霊 運 と は 時 代 の 様 相 を 全 く 異 に す る 。 二 、 唐 代 の 「 鏡 」 の 詩 中 唐 ま で に 見 ら れ る 唐 代 の 「 鏡 」 の 詩 の 用 例 数 は 次 の と お り で あ る 。 初 唐――宋 之 問 ( 二 )、 沈 佺 期 ( 二 )、 張 説 ( 三 )、劉 長 卿 ( 二 )、 盛 唐――李 白 ( 六 )、 岑 参 ( 二 )、 杜 甫 ( 六 ) 中 唐――銭 起 ( 二 )、 顧 況 ( 二 )、 戴 叔 倫 ( 三 )、 盧 綸 ( 三 )、 李 益 ( 三 )、 司 空 曙 ( 二 )、 王 建( 四 )、白 居 易( 四 七 )、劉 禹 錫( 二 )、呂 温( 二 )、孟 郊( 五 )、李 賀( 二 )、元 稹( 四 )、 牟 融 ( 二 )、 李 紳 ( 二 )、 鮑 溶 ( 二 )・ ・ ・vi ( 一 首 の み の 詩 人 は 多 数 に の ぼ る の で 割 愛 し た 。な お 、白 居 易 と 同 時 代 人 の 韓 愈 に は「 鏡 」 の 詩 は な い ) 唐 代 に 入 る と 、鏡 に 映 る 自 分 の 顔 を 詠 む 詩 人 の 数 は 俄 然 増 え て く る 。「 鏡 を み る 」こ と 自 体 を 詩 の テ ー マ と し て 詩 題 に 掲 げ る よ う に な っ た の は 初 唐 の 詩 人 に 始 ま る よ う で あ る 。 沈 佺 期 の 詩 を 次 に 挙 げ る 。 「 覽 鏡 」 沈 佺 期 霏 霏 日 搖 蕙 、 霏 霏 と し て 日 蕙 を 搖 ら し 、 騷 騷 風 灑 蓮 。 騷 騷 と し て 風 蓮 を 灑 ぐ 。 時 芳 固 相 奪 、 時 芳 す ら 固 よ り 相 奪 う 、 俗 態 豈 恆 堅 。 俗 態 豈に恆 に 堅 な ら ん や 。 恍 惚 夜 川 裏 、 恍 惚 た り 夜 川 の 裏 、 蹉 跎 朝 鏡 前 。 蹉 跎 た り 朝 鏡 の 前 。 紅 顔 與 壯 志 、 紅 顔 と 壯 志 と 、 太 息 此 流 年 。 太 息 す 此の 流 年 を 。 厳 し い 日 照 り や 風 に 美 を 損 な わ れ る 蕙 や 蓮 を 例 に 挙 げ て 、 こ の よ う に 美 し い 草 花 で さ え 一 時 の 命 な の だ か ら 、 自 分 の よ う な 俗 物 が 永 久 に 若 い 姿 の ま ま で い ら れ る も の か 、 と 、 鏡 に 映 る 顔 を 見 な が ら 閲 し て き た 年 月 を 思 い 、 た め 息 を つ く 。 鏡 に 映 っ て い る も の に は 「 紅 顔 」 も 「 壯 志 」 も す で に な く 、 老 い さ ら ば え た わ が 身 で あ る 。 鏡 の 顔 に 衰 老 を 見 て 嘆 く の は 六 朝 の 詩 人 た ち と と く に 変 わ り は な い が 、「 鏡 を 覽 る 」行 為 を と く に 詩 題 に 掲 げ る こ と に 端 的 に 示 さ れ て い る よ う に 、 作 者 の 関 心 の 中 心 は こ の 詩 で は 鏡 に 映 る 老 顔――衰 老 の 嘆 き に あ る と い え る 。 こ の 沈 佺 期 の 場 合 、 冒 頭 の 自 然 描 写 は 、 自 分 の 衰 老 を 引 き 出 す 伏 線 に 過 ぎ な い 。 こ の 詩 の 为 題 は 鏡 に 映 る 自 分 の 顔 で あ り 、 従 来 な ら 詩 の 为 題 に も な り 得 て い た 蕙

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や 蓮 が こ こ で は 脇 役 に 退 け ら れ て い る 。 六 朝 に お い て は 自 然 描 写 な ど に 重 き が 置 か れ 、 鏡 を 見 る 行 為 は 添 え 物 で あ っ た が 、 唐 代 に 入 っ て 、 鏡 を 見 る 私 的 な 行 為 も 詩 の 中 心 的 要 素 た り う る と 認 識 さ れ る よ う に な っ た の だ と 思 わ れ る 。そ の こ と は 、鏡 を 詩 に 詠 む 詩 人 の 増 加 と そ の 詩 数 の 増 加 に も あ ら わ れ て い る 。 詩 人 が 鏡 の な か に 見 て 詠 い あ げ る も の は 、「 紅 顔 」 で も 「 壯 志 」 で も な く 、「 流 年 」 に よ る 老 化 で あ っ た 。年 若 い 詩 人 は 鏡 に 映 る お の れ の「 紅 顔 」「 壯 志 」を 詩 に 表 出 し な い 。老 化 の 徴 候 を 認 め て 初 め て 「 鏡 」 の 詩 を 作 る 。 で は そ の 「 流 年 」 を 如 何 に 表 出 す る か 。 詩 題 に 「 鏡 を 覽 る 」 と 掲 げ る 初 唐 の 詩 を も う 一 例 挙 げ る 。 一 例 の み の 詩 人 で あ る た め 、 前 出 の 唐 詩 人 の 用 例 表 に は 挙 げ て い な い が 、 書 画 家 と し て 名 高 い 薛 稷 の 「 秋 朝 覽 鏡 」 詩 で あ る 。 「 秋 朝 覽 鏡 」 薛 稷 客 心 驚 落 木 、 客 心 落木に 驚 き 、 夜 坐 聽 秋 風 。 夜 坐 秋風を 聽 く 。 朝 日 看 容 鬢 、 朝 日 容鬢を 看 る 、 生 涯 在 鏡 中 。 生 涯 は 鏡中 に 在 り 。 「 秋 」 は 季 節 を 指 す が 、 作 者 が 人 生 の 秋 に あ る こ と を も 暗 に 示 し て い る 。 朝 の 明 る い 光 の も と で 「 容 鬢 」 ( 容 貌 と 鬢 の 毛 ) を 見 ん と 鏡 を 覗 く と 、 そ こ に 映 し 出 さ れ た も の は 「 容 鬢 」 に と ど ま ら ず 、 な ん と わ が 「 生 涯 」 で あ っ た 。 本 詩 は 前 出 の 沈 佺 期 の 詩 と 同 様 、 「 流 年 」 ( 老 化 ) に 対 す る 嘆 き で あ る 。 結 句 に つ い て は 、 三 好 達 治 が 『 新 唐 詩 選 』 の な か で 次 の よ う に 述 べ る 。 「 讀 む 人 も 同 じ く 鏡 中 を の ぞ き こ む よ う な 感 が あ っ て 、 そ の 感 が 異 常 に 鮮 明 で あ る 。 こ う い う 鋭 さ を 、 私 は 『 詩 中 の 意 外 』 と い う の で あ る 。 語 は 數 語 に 過 ぎ な い が 、 讀 ん で こ こ に 到 っ て 、 讀 者 の 心 は 忽 ち 驚 き 、 文 字 の 不 可 思 議 作 用 か ら 暫 く 眼 を 放 つ こ と が で き な い の を 覺 え る で は な い か 」vii。 結 句 の 表 現 を 「 詩 中 の 意 外 」 、 ま た 「 文 字 の 不 可 思 議 作 用 」 と も い い 、 絶 賛 を 禁 じ 得 な い 。「 生 涯 」の 語 は 、も と は『 荘 子 』「 養 生 为 篇 」に 出 典 を も つviiiが 、こ こ で は「 生 涯 半 ば を 過 ぎ ん と 欲 す」ixの よ う に 、 生 命 、 人 生 と い っ た 意 味 で あ る 。私 の 人 生 は こ の 鏡 の 中 に あ る 、 と の 結 句 か ら は 「 流 年 」 を 直 視 し た 詩 人 の 重 い 衝 撃 が 感 じ ら れ る 。 詩 人 は 朝 の 身 支 度 と し て 何 気 な く 鏡 を 覗 い た の だ が 、 そ こ に 図 ら ず も 過 ぎ て い っ た 年 月 の 蓄 積 を 認 め て 目 が 釘 付 け に な る 。 も ち ろ ん 今 ま で お の れ の 年 齢 を 知 ら な か っ た は ず は な い が 、 朝 の 明 る い 鏡 に よ っ て 如 実 に 「 流 年 」 を 映 し 出 さ れ 、 衝 撃 を も っ て 老 い を 再 確 認 せ ざ る を え な か っ た 。そ の 衝 撃 を「 生 涯 」の 語 に 籠 め る 。「 流 年 」は 万 物 に 訪 れ る 時 間 の 経 過 で あ る が 、 「 生 涯 」 は そ の 人 固 有 の 人 生 で あ る 。 や や の ち の 高 適 が 「 生 涯 重 ね て 陳 べ 難し」xと 詠 う よ う に 、 「 生 涯 」 は み ず か ら 「 陳 」 べ 語 る も の で あ る が 、 こ こ で は 鏡 と い う 外 物 に よ っ て 逆 に 思 い 知 ら さ れ る と こ ろ に 「 詩 中 の 意 外 」 が あ る 。 こ の 結 句 は 、 か り に 「 流 年 在 鏡 中 」 と 詠 っ て も 平 仄 は 合 う が 、 そ れ で は 年 月 の 経 過 が 鏡 の 中 に 映 し 出 さ れ る と い う 凡 庸 な 表 現 に と ど ま り 、 本 来 は 映 さ ぬ も の ま で 映 さ れ て し ま っ た と い う 「 生 涯 」 の 語 ほ ど の 衝 撃 は 生 ま れ な か っ た で あ ろ う 。 薛 稷 の 詩 は『 全 唐 詩 』巻 九 三 に 一 四 首 収 め ら れ る の み で あ る が 、『 新 唐 書 』「 藝 文 志 四 」 に は 、「 薛 稷 集 三 十 巻 」と の 記 述 が あ る 。『 唐 才 子 傳 』に 伝 は な く 、『 舊 唐 書 』巻 七 三「 薛

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稷 傳 」 に よ る と 、 睿 宗 の 時 に 中 書 侍 郎 と な り 、 先 天 二 ( 七 一 三 ) 年 、 六 五 歳 の 時 、 太 平 公 为 と 竇 懷 貞 ら の 謀 逆 を 知 り な が ら 報 ら せ な か っ た 罪 で 投 獄 さ れ 、 死 を 賜 っ た と い う 。 こ の 作 品 の 制 作 時 期 は 未 詳 で あ る が 、 お の れ の 悲 劇 的 な 最 期 を も 予 見 し て の 「 生 涯 在 鏡 中 」 で は な い か 、 と さ え 思 え て く る 。 こ の 結 句 は 、 こ れ よ り の ち の 中 唐 の 人 、 李 益 の 「 立 秋 前 一 日 覽 鏡 」 詩 に も 、 「 萬 事 銷 身 外 、生 涯 在 鏡 中 。唯 將 滿 鬢 雪 、明 日 對 秋 風 」と 、全 く 同 じ 表 現 が み え る 。「 萬 事 身 外 に 銷 え 、生 涯 鏡 中 に 在 り」。わ が「 身 」を とり ま く「 萬事 」は 身 辺 か ら 消 え失 せ 、鏡 の 中 に 辿 り 来 た 人 生 が 凝 縮 さ れ て い る 。 白 髪 頭 ( 「 滿 鬢 雪 」 ) の 身 一 つ で 、 明 日 の 立 秋 に は 秋 風 に 吹 か れ よ う 、 と い う 内 容 。 薛 稷 の 結 句 を 借 り て 承 句 に も ち い 、 起 句 の 「 身 外 」 か ら 「 銷 」 え た 「 萬 事 」 と 、 「 鏡 中 」 に 「 在 」 る 「 生 涯 」 と い う 対 を 構 成 し て い る 。 い わ ゆ る 本 歌 取 り で あ る か ら 、 薛 稷 の 詩 の 衝 撃 に は 及 ば な い 。 こ こ で 『 全 唐 詩 』 で の 「 生 涯 在 ~ 」 ( 生 涯 は 〜 に 在 り ) と い う 用 例 を 調 べ る と 、 ほ か に は 「 生 涯 在 王 事 」 ( 沈 佺 期 「 餞 高 唐 州 詢 」 詩 ) 、 「 大 半 生 涯 在 釣 船 」 ( 李 咸 用 「 題 王 處 士 山 居 」 詩 ) 、 「 牢 落 生 涯 在 水 郷 」 ( 李 咸 用 「 旅 館 秋 夕 」 詩 ) 、 「 生 涯 在 何 處 」 ( 齊 己 「 漁 父 」 詩 ) の 四 例 の み で あ っ た 。 こ れ ら は い ず れ も 「 あ る 場 所 ( や 仕 事 ) で 人 生 を 過 ご す 」 と い っ た 意 味 で 用 い ら れ て い る 。 ま た 、 鏡 に 対 象 物 ( 自 分 自 身 ) が 映 っ て い る 様 子 を 「 在 鏡 」 あ る い は 「 在 鏡 中 」 と 表 現 す る 用 例 も 『 全 唐 詩 』 に は 未 見 で あ る 。 薛 稷 の 「 生 涯 在 鏡 中 」 の 表 現 が い か に 斬 新 で あ る か が 分 か る 。 白 居 易 と ほ ぼ 同 時 期 を 生 き た 、中 唐 の 詩 人 王 建 は 、「 照 鏡 」と い う 題 の 詩 を 、五 言 律 詩 と 五 言 古 詩 ( 十 二 句 ) で 各 一 首 作 っ て い る 。 五 律 の 「 照 鏡 」 詩 を 以 下 に 挙 げ る 。 「 照 鏡 」 王 建 忽 自 見 憔 悴 、 忽 自 た ち ま ち 憔 悴 を 見 、 壯 年 人 亦 疑 。 壯 年 よ り 人 も 亦 疑 う 。 髪 縁 多 病 落 、 髪 は 多 病 に 縁 り て 落 ち 、 力 爲 不 行 衰 。 力 は 不 行 が 爲 め に 衰 う 。 暖 手 揉 雙 目 、 手 を 暖 め て 雙 目 を 揉 み 、 看 圖 引 四 肢 。 圖 を 看 て 四 肢 を 引 く 。 老 來 眞 愛 道 、 老 來 眞に道 を 愛 す る も 、 所 恨 覺 還 遲 。 恨 む 所 覺 還 た 遲 し 。 ふ と 鏡 を 見 て 、 お の れ の 「 憔 悴 」 ぶ り に 着 目 す る 。「 多 病 」 と 「 不 行 」( 修 行 不 足 ) に よ っ て 、「 髪 」や「 力 」は「 落 」ち「 衰 」え て い る 。手 を 温 め て 霞 む 両 目 を も み ほ ぐ す 。第 六 句 「 看 圖 引 四 肢 」 は 、 養 生 法 を 説 明 し た 図 を 見 て 、 四 肢 を 伸 ば し て 実 践 す る 。 年 を と っ て か ら 真 剣 に 道 教 の 修 行 に い そ し ん で き た が 、 恨 め し い こ と に な か な か さ と り を 開 け な い 、 と い う 内 容 。 詩 題 に 「 照 鏡 」 と あ る が 、 鏡 の 前 で お の れ の 姿 を 映 し て い る 描 写 は 前 半 四 句 の み で あ ろ う 。 後 半 は 、 鏡 で 確 認 し た 肉 体 の 「 憔 悴 」 か ら 回 復 せ ん と し て 、 道 教 の 修 行 に 専 念 す る 様 子 を 描 く 。 鏡 を 見 て 老 い を 確 認 す る と 、 手 に 持 っ て い た 鏡 を 離 し て 修 行 に 励 む 。

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お の れ の 「 憔 悴 」 の 原 因 を 「 多 病 」 と 「 不 行 」 に 帰 し 、「 道 」( 道 教 ) の 修 行 を す れ ば い つ か「 覺 」( さ と り )に い た る と 信 じ て い る 。王 建 は 五 古「 照 鏡 」詩 に お い て も 老 病 の 我 が 身 を 鏡 中 に 見 て 愁 え 、「 白 を 搖 ら し 方 錯 う こ と 多 く、金 を 回 ら し 法 全 か ら ず 」、 す な わ ち 「 搖 白 」「 回 金 」 と い う 煉 丹 術 が う ま く ゆ か ぬ こ と を 嘆 い て い る 。 な お 、『 唐 才 子 傳 』 巻 四 「 王 建 傳 」 に は 彼 が 煉 丹 術 を 好 ん だ と の 記 述 が な い の は 、 年 を と っ て か ら (「 老 來 」) 始 め た た め で あ ろ う 。と ま れ 、王 建 は 鏡 に 映 る「 憔 悴 」を 確 認 す る や( お そ ら く 鏡 を 置 き )、「 道 」 の 修 行 に よ っ て 快 復 し よ う と す る 。 こ こ に は 「 生 涯 在 鏡 中 」 と 食 い 入 る よ う に 鏡 を み つ め た 薛 稷 の 姿 勢 は な い 。 お わ り に 最 後 に 、「 鏡 」の 詩 を 六 例 作 っ て い る 、盛 唐 の 杜 甫 の 例 を み て み よ う 。次 に 挙 げ る 詩 は 鏡 を 見 る こ と が 詩 の 为 題 で は な い が 、 白 居 易 の 「 鏡 」 の 詩 に つ な が る 日 常 性 が う か が え る 。 「 早 發 」 杜 甫 濤 翻 黑 蛟 躍 、 濤 翻 り て 黑 蛟 躍 る 、 日 出 黄 霧 映 。 日 出 で て 黄 霧 映 ず 。 煩 促 瘴 豈 侵 、 煩 促 瘴 豈に 侵 さ ざ ら ん や 、 頽 倚 睡 未 醒 。 頽 倚 睡 未だ 醒 め ず 。 僕 夫 問 盥 櫛 、 僕 夫 盥櫛を 問 う 、 暮 顔 靦 青 鏡 。 暮 顔 青鏡に 靦 た り 。 隨 意 簪 葛 巾 、 隨 意 葛巾に 簪 た り 、 仰 慚 林 花 盛 。 仰 ぎ て 慚 ず 林 花 の 盛 ん な る に 。 朝 早 く 、 舟 で の 旅 立 ち 、 舟 中 で う た た ね を し て い る 。 そ こ へ 、 下 僕 が 顔 を 洗 っ た か と 尋 ね て く る の で 、 杜 甫 は 老 顔 を 恥 じ つ つ も 鏡 に 映 し て 身 な り を 整 え る 。 こ の 二 句 で は 、 鏡 の 顔 を 見 る 行 為 が 日 常 生 活 の 一 コ マ と し て 表 現 さ れ て い る 。沈 佺 期 の「 蹉 跎 た り 朝鏡の 前 」の 句 か ら も 想 像 を ま じ え れ ば 読 め な く も な い が 、 杜 甫 の 「 下 僕 が 顔 を 洗 っ た と 尋 ね る 」 の 句 は 毎 朝 鏡 を 見 る こ と が 習 慣 化 し て い た こ と を は っ き り と 示 し て い る 。 杜 甫 以 前 の 唐 詩 に お い て は 、 鏡 を 見 る 行 為 か ら は 日 常 生 活 の 匂 い が ほ と ん ど 窺 え な か っ た 。 こ れ は 謝 霊 運 ら に 代 表 さ れ る 六 朝 の 貴 族 詩 人 の 影 響 な の か も し れ な い 。 杜 甫 に し て も 老 顔 を 恥 じ て い る 点 で は 沈 佺 期 ら と 変 わ り は な い が 、 鏡 を 見 る 行 為 を 日 常 生 活 の 一 コ マ と し て 詩 の 表 現 に と り こ ん で い る 点 に 、 従 来 の 詩 に は な い 新 し い 要 素 を 見 る こ と が で き る 。 i 白 居 易 の 写 真 詩 や 鏡 詩 に つ い て の 先 行 研 究 に は 、丸 山 茂「 自 照 文 学 と し て の『 白 氏 文 集 』 ― ― 白 居 易 の 『 写 真 』( 肖 像 画 )」(『 日 本 大 学 人 文 科 学 研 究 所 研 究 紀 要 』 通 号 三 四 一 九 八 七 年 )、 澤 崎 久 和 「 白 居 易 の 写 真 詩 を め ぐ っ て 」(『 福 井 大 学 教 育 学 部 紀 要 』 第 一 部 通 号 三 九 一 九 九 一 年 )、 衣 若 芬 著 ・ 森 岡 ゆ か り 訳 「 自 己への ま な ざ し ― ― 白 居 易 の写真 詩 と 対

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鏡 詩 」(『 白 居 易 研 究 年 報 』 第 七 号 二 〇 〇 六 年 ) な ど が あ る 。 ii 「 秋 寄 微 之 二 十 韻 」 詩 。 白 居 易 五 四 歳 の 作 品 。 iii 「 贈 蘇 錬 師 」 詩 。 白 居 易 五 二 歳 の 作 品 。 iv 中 華 書 局 の 『 玉 臺 新 詠 』( 一 九 八 五 年 出 版 ) で は 「 故 此 物 」 に 作 っ て い る が 、 そ れ で は 文 意 が つ な が り に く い た め 、「 此 故 物 」 に 作 る 別 の テ キ ス ト に 従 っ た 。 v 『 先 秦 漢 魏 晉 南 北 朝 詩 』( 逯 欽 立 輯 校 共 三 冊 中華 書 局 一 九 八 三 年 ) による 。 具 体 的 な 詩 題 は 次 の と お り 。 謝 霊 運「 豫 象 行 」「 晩 出 西 射 堂 詩 」、謝 眺「 冬 緒 羈 懷 示 蕭 諮 議 虞 田 曹 劉 江 二 常 侍 詩 」「 移 病 還 親 屬 詩 」「 詠 風 詩 」、 江 淹 「 侍 始 安 王 石 頭 城 詩 」「 臥 疾 怨 別 劉 長 史 詩 」、 劉 孝 綽 「 歸 沐 呈 任 中 丞 昉 詩 」、王 筠「 和 孔 中 丞 雪 裏 梅 花 詩 」、顔 之 推「 神 仙 詩 」「 古 意 詩 二 首 其 一 」、庾 信「 擬 詠 懷 二 十 七 首 其 二 十 」「 塵鏡詩 」、孔 範「 和 陳 王 詠 鏡 詩」、盧 思 道「 聽 鳴 蝉 篇 」、周若 水「 答 江 學 士 協 詩 」。 vi 『 全 唐 詩 』( 共 二 五 冊 中 華 書 局 一 九 六 〇 年 ) に よ る 。 具 体 的 な 詩 題 は 次 の と お り 。 ○ 初 唐 宋 之 問 「 入 瀧 州 江 」「 寄 天 臺 司 馬 道 士 」、 沈 佺 期 「 答 魑 魅 代 書 寄 家 人 」「 覽 鏡 」、 張 説 「 酬 崔 光 祿 冬 日 述 懷 贈 答 并 序 」「 相 州 冬 日 早 衙 」「聞 雤 」、 劉 長 卿 「 罪 所 留繫寄 張 十 四 」 「 酬 滁 州 李 十 六 使 君 見 贈 」。 ○ 盛 唐 李 白「 將 進 酒 」「 古 風 其 四 」「 秋 浦 歌 十 七 首 其 十 五 」「 秋 日 鍊 藥 院 鑷 白 髪 贈 元 六 兄 林 宗 」「 贈 別 舎 人 弟 臺 卿 之 江 南 」「 覽 鏡 書 懷 」「 草 中 有 曰 白 頭 翁 者 」、 岑 參 「 武 威 春 暮 聞 宇 文 判 官 西 使 還 已 到 晉 昌 」「 巴 南 舟 中 思 陸 渾 別 業 」、 杜 甫 「 早 發 」「 蘇 大 侍 御 訪 江 浦 賦 八 韻 記 異 」 「 贈 陳 二 補 闕 」「 懷 舊 」「 覽 鏡 呈 柏 中 丞 」「 秋 日 荊 南 送 石 首 薛 明 府 辭 滿 告 別 奉 寄 薛 尚 書 頌 德 敍 懷 斐 然 之 作 三 十 韻 」 ○ 中 唐 銭 起 「 藍 溪 休 沐 寄 趙 八 給 事 」「 東 城 初 陥 與 薛 員 外 王 補 闕 瞑 投 南 山 佛 寺 」、 顧 況 「 夢 後 吟 」「 歳 日 作 」、戴 叔 倫「 暮 春 沐 髪 晦 日 書 懷 寄 韋 功 曹 渢 李 録 事 從 訓 王 少 府 純 」「 淸 明 日 送 鄧 芮 二 子 還 郷 」「 將 巡 郴 永 途 中 作 」、盧 綸「 酬 李 端 長 安 寓 居 偶 詠 見 寄 」「 雪 謗 後 書 事 上 皇 甫 大 夫 」 「 寄 贈 庫 部 王 郎 中 」、 李 益 「 罷 鏡 」「 照 鏡 」「 立 秋 前 一 日 覽 鏡 」、 司 空 曙 「 閒 園 書 事 招 暢 當 」 「 酬 李 端 校 書 見 贈 」、 王 建 「 望 行 人 」「 照 鏡 」「 照 鏡 」「 長 安 別 」、 劉 禹 錫 「 磨 鏡 篇 」「 冬 日 晨 興 寄 樂 天 」、呂 温「 蕃 中 拘 留 歳 餘 迥 至 隴 石 先 寄 城 中 親 故 」「 道 州 秋 夜 南 樓 卽 事 」、孟 郊「 寒 溪 」 「 春 夜 憶 蕭 子 眞 」「 答 韓 愈 李 親 別 因 獻 張 徐 州 」「 送 無 懷 道 士 遊 富 春 山 水 」「 古 離 別 二 首 其 二 」、 李 賀「 詠 懷 二 首 其二 」「 勉 愛 行 二 首 送 小 季 之 廬 山 」、元 稹「 酬 樂 天 書 懷 見 寄 」「 解 秋 十 首 其 一 」「 酬 盧 秘 書 并 序 」「 三 兄 以 白 角 巾 寄 遺 髪 不 勝 冠 因 有 感 歎 」、牟 融「 樓 城 叙 別 」「 客 中 別 」、 李 紳 「 趨 翰 苑 遭 誣 搆 四 十 六 韻 」「 奉 酬 樂 天 立 秋 有 懷 見 寄 」、 鮑 溶 「 如 見 二 毛 」「 舊 鏡 」。 vii吉 川 幸 次 郎 ・ 三 好 達 治 著 岩 波 新 書 一 九 五 二 年 第 一 九 七 頁 viii 「 吾 生 也 有 涯 、 而 知 也 無 涯 」。 ix 劉 長 卿 「 同 姜 濬 題 裴 式 微 餘 干 東 齋 」 詩 (『 全 唐 詩 』 巻 一 四 九 )。 x 「 答 侯 少 府 」 詩 (『 全 唐 詩 』 巻 二 一 一 )。

参照

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