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途上国における R&D 活動の国際化の
決定:理論的枠組み
1)大
川
良
文
! はじめに この20年ほどの間に,多国籍企業は R&D(研究開発)活動を積極的に国際 展開するようになった。Roberts(2001)によると,多国籍企業の R&D 支出に 占める外国子会社のシェアは,1995年から2001年の間で15%から22%へと増加 している。また,UNCTAD(国連貿易開発会議)の World Investment Reports2005 によると,世界各国における外国子会社による R&D 支出は1993年から2002年 の間に290億ドル(世界全体の商業向け R&D 支出の10%)から670億ドル(16%) と倍以上に増加している。多国籍企業による R&D 活動の国際化については,特に90年代に入ってから, 直接投資や国際経営の研究に関連して多くの実証研究がなされてきた。Hakan-son and Nobel(1993a),Florida(1997),Granstrand(1999),Narula and Zanfei (2004) は,多国籍企業の R&D 活動の実態を詳細に分析しており,Kuemmerle (1997,1999a),Le Bas and Sierra(2002)は,多国籍企業の国外 R&D 拠点の 活動内容を分類することによって,多国籍企業がどのような戦略的意図を持っ て R&D 活動を国外で行っているのかを分析している。また,Zejan(1990), Hakanson and Nobel(1993b),Odagiri and Yasuda(1996),Kuemmerle(1999b), Belderbos(2001),Kumar(2001),Ito and Wakasugi(2007),Shimizutani and Todo 1)本稿は2007年8月8日∼11日に龍谷大学において開催された国際学会第10回 International Conference on Society for Global Business & Economic Development(SGBDE)で報告した論 文”On R&D Internationalization Decisions in Developing Countries: Theoretical Frameworks”を 邦訳した上で加筆・修正を施したものである。同論文は同学会において Best Paper Award (最優秀論文賞)を受賞した。
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(2007)らは,多国籍企業が国外で R&D 活動を行う決定要因を分析している。 この他にも,多国籍企業のグローバルな R&D 組織・管理体制に関して分析し た Gassmann and von Zedtwitz(1999),Asakawa(2001),von Zedtwitz and Gassmann (2002)や,国外子会社における R&D 活動が多国籍企業の生産性に与える影 響を分析した Fors(1997),Gupta and Govindarajan(2000),Iwasa and Odagiri (2004),Piscitello and Rabiossi(2006),Todo and Shimizutani(2007),Singh(2008)
など,多国籍企業の R&D 活動の国際化に関する研究は,多岐に渡って活発に 行われている。
これら先行研究の多くは,欧米や日本の多国籍企業による先進諸国間におけ る R&D 活動の国際化に焦点が当てられているが,近年は先進国の多国籍企業 によるアジア諸国を中心とした途上国における R&D 活動も注目を集めてい る。UNCTAD の World Investment Reports 2005によると,途上国における外国 子会社による R&D 支出のシェアは1993年から2002年の間に2%から18%と先 進国以上のペースで拡大している。また,von Zedtwitz(2005)は,独自のデー タベースを用いて776ヶ所の多国籍企業の国外 R&D 拠点を投資国と受入国に 応じて分類を行い,194ヶ所(全体の約25%)は先進国多国籍企業が途上国に 設立した R&D 拠点,64ヶ所(約8%)は途上国多国籍企業が先進国に設立し た R&D 拠点,そして22ヶ所(約3%)は途上国多国籍企業が別の途上国に設 立した R&D 拠点であることを示した2)。 本稿の目的は,多国籍企業による R&D 活動の国際化の決定に関する簡単な 理論モデルを用いて,途上国における R&D 活動の国際化の要因について分析 することである。本稿では三つの R&D 活動の国際化の決定要因について考え る。一つは,先進国多国籍企業による途上国における R&D 活動,一つは,途 上国多国籍企業による先進国における R&D 活動,そして途上国多国籍企業に 2)von Zedtwitz は,先進国多国籍企業が途上国に設立した R&D 拠点の例として IBM がイン ドに設立した R&D 拠点やマイクロソフトが中国に設立した R&D 拠点などを,途上国多国 籍企業が先進国に設立した R&D 拠点の例としてサムソンが欧州に設立している R&D 拠点 や台湾の PC メーカーであるエイサーが米国に設立した R&D 拠点を,途上国多国籍企業 が途上国に設立した例としてエイサーが中国に設立した R&D 拠点や中国のエレクトロニ クスメーカー華為がインドのバンガロールに設立した R&D 拠点などを挙げている。
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よる他の途上国における R&D 活動である。
Kuemmerle(1997,1999a)や Le Bas and Sierra(2002)では,多国籍企業が 国外で行う R&D 活動には,多国籍企業が本国で培った競争優位性を最大限に 活用するために子会社への技術導入の支援や現地市場向け開発を目的としたホー ムベース活用型 R&D(Home-Base-Exploiting R&D; HBE 型 R&D)と,国外の 技術リソースからの技術導入を通じた多国籍企業全体の競争優位性の拡充を目 的としたホームベース補強型 R&D(Home-Base-Augmenting R&D; HBA 型 R&
D)の二つが主要なものとして挙げられている3)。本稿で提示する理論モデル は,この二つのタイプの R&D 活動が実現する誘因を明示的に扱っているとこ ろにその特徴がある。 今後の構成は次のようになる。次の第Ⅱ節では,R&D 活動の国際化に関す る理論モデルの先行研究について紹介する。第Ⅲ節では,独占企業による R& D活動の国際化の決定を扱った簡単な理論モデルを提示する事によって,多国 籍企業が R&D 活動を国際化させる二つの要因について明らかにする。第Ⅳ節 では,第Ⅲ節で提示されたモデルを用いて先進国多国籍企業が途上国で R&D 活動を行う要因について分析を行い,続く第Ⅴ節では,途上国多国籍企業が国 外で R&D 活動を行う要因についての分析を行う。そして,第Ⅵ節では結論を 述べる。 ! R&D 活動の国際化の理論モデルに関する先行研究 R&D活動の国際化については,これまで見たように多くの実証研究が積み 重ねられているが,経済理論を用いた研究は,実証研究に比べて非常に乏しい のが現状である。直接投資を取り上げた理論モデルに関する研究の中には,Fos-furi and Motta(1999),Siotis(1999),Bjorvatn and Eckel(2006)など,優れた 3)国外での R&D 活動の名称については,研究者によって違っており,一つに統一されて いるわけではない。例えば,von Zedtwitz and Gassmann(2002)は HBE 型 R&D のことを ‘Market-driven R&D’, HBA型 R&D のことを‘Technology-driven R&D’と名づけている。その 他,Shimizutani and Todo(2007)では HBE 型 R&D のことを‘Adaptive R&D’, HBA 型 R&D のことを‘Innovative R&D’, Ito and Wakasugi(2007)は HBE 型 R&D のことを‘Support-oriented R&D’, HBA型 R&D のことを‘Knowledge-sourcing R&D’と名づけている。
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技術を持つ外国企業と同じ国に生産拠点を持つ事によって,その企業から技術 を吸収することを目的とした,いわゆる技術獲得型の直接投資を取り上げたも のがあるが,これらの研究はいずれも生産拠点の国外移転の決定に関する分析 で あ り,R&D 活 動 に つ い て は 考 慮 さ れ て い な か っ た。一 方,Gersbach and Schmutzler(2006),Ekholm and Hokkala(2007)は,多国籍企業が R&D 拠点 を国外に設立できると仮定した上で,企業間のスピルオーバーの存在が多国籍 企業の R&D 活動が一国に集中する原因となることを指摘している。彼らのモ デルでは,企業が同じ国で R&D 活動を行うとき,地理的近接性によりお互い の R&D 活動の成果の一部が相手企業にスピルオーバーするために,各企業の R&D活動の生産性は向上するとされている。このため,企業間のスピルオー バーによる便益を求めて,多国籍企業は他の企業が R&D 拠点を置く国に R& D拠点を設立する誘因が存在する。彼らのモデルでは,このような企業間スピ ルオーバーの程度が,多国籍企業の R&D 拠点の立地パターンに与える影響が 分析されている。しかし,彼らのモデルでは,R&D 拠点はどこか一国にしか 設立することができず,R&D 拠点を国内にとどめるのか,すべて外国に移転 するのかといった選択しか考慮されていなかった。
本稿で提示するモデルは,Belderbos, Lykogianni and Veugelers(2005,2006) や Sanna-Randaccio and Veugelers(2007)で示されたモデルを基にしている。こ れらの研究では,多国籍企業は自らが保有する R&D 資源の一部を子会社に配 分することができると設定する事によって,多国籍企業による R&D 活動の国 際化をモデル化している。Sanna-Randaccio and Veugelers(2007)では,多国籍 企業は R&D 活動を親会社に集中させるのか,もしくは保有する R&D 資源の 一定割合を外国の子会社に配分することによって R&D 活動の国際的な分散を 行うのかという,R&D 活動の国際化の選択に関する分析が行われている。多 国籍企業にとって R&D 活動の国際化は,子会社の現地市場における競争力の 向上と,現地企業からのスピルオーバーを通じた技術力の向上による便益をも たらすが,R&D 活動の分散による親会社の技術力低下と,子会社からのスピ ルオーバーによる現地企業の技術力の向上というコストも存在する。これらの
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便益とコストを考慮した R&D 活動の国際化の選択に,子会社と現地企業間の 企業間スピルオーバーの程度と,親会社と子会社間の企業内技術移転の効率性 の与える影響が,彼らのモデルでは分析されている。一方,Belderbos, Lykogianni and Veugelers(2005,2006)では,多国籍企業は子会社に配分する R&D 資源 の割合を自由に選択することができると設定した上で,別々の国に親会社を持 つ多国籍企業が,どれだけの R&D 資源を子会社に配分するのかを決定するモ デルが構築されている。その上で,競合企業の R&D 資源からのスピルオーバー の程度や,各国の公共知識資本(大学や研究所,もしくは市場で競合しない現 地企業が保有する知識資本)の量が,多国籍企業の親会社と子会社への R&D 資源の配分に与える影響が分析されている。 これらの先行研究と本稿で行う理論モデル分析には,二つの点で違いがある。 一つは,先行研究では,企業間スピルオーバーや企業内技術移転の効率性が R &D活動の国際化に与える影響に焦点が当てられており,両国の市場規模の違 いや競争の程度の違いなどが R&D 活動の国際化の決定に与える影響について は考えられていなかったのに対し,本稿ではそれが明示的に扱われていること である。もう一つは,本稿の分析では先進国−途上国間もしくは二つの途上国 間での R&D 活動の国際化を意識しているところである。 ! 独占企業モデル 本節では,基本モデルとして,自国と外国で市場を独占している多国籍企業 による R&D 活動の国際化の決定に関する理論モデルを提示する。多国籍企業 は,親会社の存在する自国と,子会社を設立している外国にそれぞれ生産拠点 を保有しているものとする。多国籍企業は,生産拠点から直接市場に財を供給 しており,自国と外国間で貿易は行われないものとする4)。親会社が直面する 逆需要関数を,ph=a−qh/bh,子会社が直面する逆需要関数を pf=a−qf/bfと する5)。ph(pf)は親会社(子会社)が供給する財の価格,q(qh f)は親会社(子 4)もしくは多国籍企業の生産する財を非貿易財と仮定してもよい。 5)常に0<−qi<−ab(i=h,f)となると仮定する。i
124 堂本健二教授追悼号(第372号) 平成20(2008)年4月 会社)が供給する財の数量を示している。a,bh,bf,はそれぞれ正の定数で あり,b(bh f)は自国(外国)の市場規模を示す指標である。 多国籍企業は R&D 資源を XT保有しており,その R&D 資源を親会社と子会 社にどのように配分するのかを決定する6)。多国籍企業が保有する R&D 資源 のうち,子会社に配分される R&D 資源の割合をλT(ただし0<−λT<−1)とす る。R&D 資源の配分は,親会社と子会社の実効的技術水準 KPと KSに影響を 与える。 両社の限界費用 mpと msは実効的技術水準によってそれぞれ決まり, mP=A−KP,mS=A−KSとする。A は実効的技術水準がゼロのときの限界費用
であり,親会社と子会社とで共通のものとする7)。 親会社と子会社の実効的技術水準 KPと KSは,両社に投入される R&D 資源 と,企業内技術移転,および現地に存在する公共知識資本からのスピルオーバー によって決定される8)。親会社と子会社が現地の公共知識資本からのスピル オーバーによって得る技術水準は,現地の公共知識資本量と,親会社と子会社 に投入される R&D 資源の量によって決定される。自国と外国における公共知 識資本量をそれぞれ Ghと Gfと定義すると,親会社と子会社が現地の公共知識 資本からのスピルオーバーによって得る技術水準は,それぞれγG(1−h λT)XT とγGfλTXTとなると仮定する。γ はスピルオーバーの程度を示すパラメーター であり,正の定数である。さらに,親会社は投入された R&D 資源と本国の公 共知識資本からのスピルオーバーによって得られた技術のうち,β(ただし0 <β<1)の割合を企業内技術移転により子会社と共有することができるもの とする9)。同様に,子会社も投入された R&D 資源と外国の公共知識資本から のスピルオーバーによって得られた技術のうち,β の割合を企業内技術移転 により親会社と共有することができるものとする。 これらのことより,親会社と子会社の実効的技術水準はそれぞれ以下のよう になる。 6)R&D 資源とは,R&D 活動に投入される予算や研究者の数などを意味する。 7)A>−KP,KS,a>A>0は常に成立すると仮定する。 8)公共知識資本とは,大学などの公的な研究所および多国籍企業と競合しない現地企業の 保有する技術・知識のストックを指す。
途上国における R&D 活動の国際化の決定:理論的枠組み 125 KP=(1−λT)XT+γG(1−h λT)XT+β(λTXT+λGfλTXT) ! KS=λTXT+γGfλTXT+β{(1−λT)XT+λG(1−f λT)XT} " 両式の右辺の第1項は,それぞれ親会社と子会社に投入された R&D 資源の量, 第2項は親会社と子会社が現地の公共知識資本からスピルオーバーによって得 た技術水準,第3項は企業内技術移転によって子会社もしくは親会社から移転 された技術水準を示している。 多国籍企業全体の利潤は次のようになる。 IIT=πP+πS−δ(λTXT) 2 2 # πPとπSはそれぞれ親会社と子会社が得る利潤を示している。右辺の第3項は R&D資源を子会社に分散化させるコストを示している10)。需要関数より,πP とπSは次のようになる。 πP= b(a−A+Kh P) 2 4 ,πS= b(a−A+Kf S)2 4 $ 多国籍企業が R&D 活動を国際化する条件は,λT=0のときに∂IIT/∂λT> 0となることである。!−$より,λTに関する限界利潤は∂IIT/∂λTは次のよ うになる。 ∂IIT ∂λT= ∂πP ∂KP ∂KP ∂λT+ ∂πS ∂KS ∂KS ∂λT −δλ(XT T) 2 % ∂KP/∂λTと∂KS/∂λTは,それぞれ子会社への R&D 資源の配分率の上昇が親 会社と子会社の実効的技術水準に与える影響を示しており,!と"より次のよ うになる。 ∂KP ∂λT =−(1+γGh)+β(1+γgGh) & 9)β=1となるとき,親会社と子会社は完全に知識を共有することになるが,実際は親会 社と子会社との間の知識の共有は不完全である。その理由としては,親会社と子会社間の コミュニケーションコストの存在や,両国市場における消費者の嗜好の違いによる親会社 と子会社が必要とする技術の違いなどが挙げられる。 10)R&D 資源分散化のコストとは,親会社から子会社へ R&D 資源を移転するコストに加え て,親会社と子会社における R&D 活動の重複による R&D 活動の非効率化に伴う損失も考 慮されている。
126 堂本健二教授追悼号(第372号) 平成20(2008)年4月 ∂KS ∂λT=1+γgGh+β(1+γGh) " g=Gf/Ghは自国と外国の公共知識資本量の比率を示している。!−"より, 次の命題が得られる。 命題1:多国籍企業が自国と外国で市場を独占しているとき,多国籍企業が R&D 活動を国際化する条件は次のようになる。 − bf bh >b={1+γGh−β(1+γgGh)}{a−A+(1+γGh)XT} {1+γgGh−β(1+γGh)}{a−A+β(1+γGh)XT} # − 図1の曲線 AA’は b と g の関係を示しており,影のかかっている領域が# が満たされる両国の市場規模格差 bf/bhと公共知識資本量の格差 g の領域とな る11)。 命題1は,多国籍企業が R&D 活動を子会社で行うためには,外国は自国に 対して十分大きな規模の市場,もしくは公共知識資本を持っていなければなら ないことを示している。図1が示すように,自国と外国が対称的であるとき(bf /bh=1,g=1)には多国籍企業は子会社では R&D 活動を行わない。 これは, 両国の公共知識資本量が等しいときに,子会社に R&D 資源を移転することに よる子会社の効率的技術水準の増加と親会社の効率的技術水準の減少が等しく − − 11)図1において,g={β(1+γGh)−1}/γGh,g=(1−β+γGh)/βγGhとなる。 図1 R&D 活動の国際化が実現する条件
途上国における R&D 活動の国際化の決定:理論的枠組み 127 なるのに対し,子会社に R&D 資源を配分する前(λT=0)における効率的技 術水準の限界利潤は親会社の方が子会社に比べて高いために,R&D 資源を子 会社に移転することによる子会社の利潤の増加が,親会社の損失を上回ること ができないためである12)。 − − 自国と外国の公共知識資本の格差 g が g<g<g となるとき,"と#より, ∂KP/∂λT<0,∂KS/∂λT>0となるために,子会社への R&D 資源の移転は子 会社の利潤を増加させる一方で,親会社の利潤を減少させることになる。外国 の市場規模が大きくなるほど,効率的技術水準の増加による子会社の限界利潤 は大きくなるため,多国籍企業は外国の市場規模が大きくなるほど,子会社に R&D資源を移転する誘因を持つ。これは,多国籍企業にとっては大きな市場 に直面する生産拠点の技術水準を向上させることが全体の利潤の増加につなが るためであり,子会社の競争力向上を目的とした HBE 型 R&D と同じ目的の ものである。一方,外国の市場規模がそれほど大きくなくても,外国の公共知 識資本量が大きい時には,R&D 資源を子会社に移転することによる子会社の 効率的技術水準の増加が親会社の効率的技術水準の減少よりも大きくなる (∂KS/∂λT>∂KP/∂λT)ために,外国の公共知識資本量が自国のそれに比べ て十分大きくなるとき,多国籍企業は R&D 資源を子会社に配分することに よって親会社の利潤の減少を上回る子会社の利潤の増加を得ることができるよ うになる。このように,子会社で R&D 活動を行うことによって多国籍企業全 体の利潤が増加するためには,外国は十分大きな市場規模か公共知識資本量を 持たなければならないのである。 − g>g のとき,"より∂KP/∂λT>0となり,多国籍企業は子会社に R&D 資 源を配分する事によって子会社だけでなく親会社の利潤も増加させることがで きるようになる。このとき,多国籍企業は子会社に自国と外国の市場規模の格 差に関係なく R&D 資源を子会社に移転するようになる。このときの子会社で 12)bf/bS=1,g=1と な る と き,"と#よ り∂KS/∂λ=−∂KP/∂λ=(1−β)(1+γGh)XT となる。また,λT=0のとき KP=(1+γGh)XT,KP(1+γGh)XTとなるため,!より∂πS/ ∂KS<∂πP/∂KPとなる。
128 堂本健二教授追悼号(第372号) 平成20(2008)年4月 の R&D 活動は,外国の豊富な公共知識資本から技術を吸収する事によって子 会社だけでなく親会社の技術水準の向上も目的としたものであり,いわゆる − HBA型 R&D の目的と一致する。反対に g<g となるとき,!より∂KS/∂λT< 0となるため,多国籍企業は外国の市場規模が自国のそれに比べて如何に大き くても R&D 資源を子会社に移転することはない。これは,外国の公共知識資 本が非常に少ないときには,公共知識資本の豊富な自国に R&D 資源を集中さ せたうえで子会社に企業内技術移転を行う方が,子会社で直接 R&D 活動を行 うよりも子会社の効率的技術水準は大きくなるためである。 ! 途上国における先進国多国籍企業による R&D 活動の国際化 本節では,前節で提示したモデルを用いて,先進国多国籍企業が途上国に設 立した子会社で R&D 活動を行う条件について考察する。前節のモデルにおい て,自国を先進国,外国を途上国と考えていく。一般的に途上国の公共知識資 本は先進国のそれに比べて少ないことを考慮すると,命題1より,先進国多国 籍企業が途上国に設立している子会社で R&D 活動を行うためには,途上国は 十分大きな市場規模を持たなければならないことがわかる。このことは,先進 国企業が途上国において行う R&D 活動は HBE 型 R&D であることを示してい る。ただし,図1が示すように,たとえ途上国の市場規模が大きくても,途上 国にある程度の公共知識資本がなければ先進国多国籍企業は R&D 資源を移転 しようとはしない。このため,市場規模の大きい途上国でも,先進国多国籍企 業の R&D 活動を誘致しようとすると,ある程度の公共知識資本の蓄積が必要 であることがわかる。 このような HBE 型 R&D は両国の市場規模の格差だけでなく,市場におけ る競争の程度の違いよっても促進される。このことについて見るために,多国 籍企業が自国では独占だが,外国では効率的技術水準が XLの企業と子会社が 競合しているケースについて考える。このとき,子会社が得る利潤は次のよう になる。
途上国における R&D 活動の国際化の決定:理論的枠組み 129 πS=b(a−A+2Kf S−XL) 2 9 13) # !−"と#より,次の命題が得られる。 命題2:多国籍企業が自国市場では独占,外国市場では別の企業と競争してい るとき,多国籍企業が R&D 活動を国際化する条件は次のようになる。 − bf bh >b*= 9{1+γGh−β(1+γgGh)}{a−A+(1+γGh)XT} 8{1+γgGh−β(1+γGh)}{a−A+2β(1+γGh)XT−XL} $ − − bと b*を比較する事によって次のレンマを得る。 − − レンマ.1 β(1+γGh)XT> a−A+8XL 7 となるとき,b *< b レンマ.1は,λT=0における子会社の効率的技術水準が,競争相手の効率的 技術水準よりも十分高い時に満たされる。レンマ.1が満たされるとき,多国 籍企業は独占時と比べて自国市場と外国市場の規模格差が小さくても R&D 活 動を子会社で行うようになる。これは,子会社の効率的技術資源に関する限界 利潤(∂πS/∂KS)が独占時よりも大きくなるためである。このことは,途上 国において多くの企業と競争をしているときの方が,子会社の技術水準を高め るための HBE 型 R&D を行う誘因が先進国多国籍企業にとって強くなること を示している。 図2は,外国市場の競争相手に比べて子会社の効率的技術水準が高くなるほ ど,多国籍企業が R&D 活動を国際化が実現する bf/bhと g の領域が拡大して いくことを示している。曲線 AA’は,図1の曲線 AA'と同じく多国籍企業が自 国と外国で独占状態になっているときに R&D 活動の国際化が実現する bf/bh と g の領域を示している。レンマ.1の不等式が満たされているならば,子会 社が外国で他企業と競争しているときに,この境界線は曲線 BB’や曲線 CC’と なり, R&D 活動の国際化が実現する bf/bhと g の領域は拡大することになる。 また,β>1/2となるとき,多国籍企業の保有する R&D 資源 XTが増加する ほど R&D 活動の国際化が実現する境界線は曲線 AA’→BB’→CC’と下方にシフ トする。曲線 BB’は XT=(a−A+8XL)/(16β−9)(1+γGh)のときの境界線であ 13)XL<a−A+2KSが常に成立していると仮定する。
130 堂本健二教授追悼号(第372号) 平成20(2008)年4月 り,このとき自国と外国が完全に対称的(bf/bh=1,g=1)であっても,多 国籍企業は子会社に R&D 資源を移転するようになる。さらに,曲線 CC’は XT >(a−A+8XL)/(16β−9)(1+γGh)となるときの境界線であり,このとき多国 籍企業は外国の市場規模と公共知識資本量が自国に比べて小さくなるときでも R&D活動を国際化する可能性が出てくる。このように,市場規模がそれほど 大きくない途上国でも,多国籍企業がより多くの企業と市場において競争する ようになるときには多国籍企業の R&D 活動を自国に誘致することが可能とな ることを図2は示している。 次に,途上国における知的所有権保護が先進国多国籍企業の R&D 活動の国 際化の決定に与える影響について考える。外国で多国籍企業の子会社と競合す る現地企業の R&D 資源を XTとし,現地の公共知識資本と多国籍企業の子会 社に配分された R&D 資源からスピルオーバーを得ることができると仮定す る。このとき,現地企業の効率的技術水準 KLは次のようになる。 KL=XL+γgGhXL+αfλTXTXL ! 右辺の第2項は公共知識資本からのスピルオーバーによって得た技術水準,第 3項は多国籍企業の子会社に投入されている R&D 資源(λTXT)からのスピル オーバーによって得た技術水準を示している。αfは子会社から現地企業への 図2 多国籍企業の保有する R&D 資源量と R&D 活動の国際化
途上国における R&D 活動の国際化の決定:理論的枠組み 131 スピルオーバーの程度を示すパラメーターであり,外国における知的所有権保 護が緩くなるほどその値は1に近くなるとする。 現地企業の効率的技術水準が,多国籍企業が子会社に投入する R&D 資源量 に影響を受けるため,子会社へ配分する R&D 資源の比率λTの上昇が多国籍 企業全体の利潤に及ぼす影響は次のようになる。 ∂IIT ∂λT =∂πP ∂KP ∂KP ∂λT +∂πS ∂KS ∂KS ∂λT +∂πS ∂KL ∂KL ∂λT −δλ(XT T)2 ' 右辺の第3項は,子会社に配分される R&D 資源の増加がスピルオーバーに よって現地企業の実効的技術水準を増加させることを通じて子会社の利潤に与 える影響を示している。!,",#,$,%,&,'より,次の命題が得られ る。 命題3:多国籍企業が自国で独占,外国で現地企業と競争をしており,かつ子 会社から現地企業にスピルオーバーが存在するとき,多国籍企業が R&D 活 動を国際化する条件は次のようになる。 条件*af<(1−2β 2)(1+G h)+β βXL が満たされるとき − bf bh >b**= 9{1+γGh−β(1+γgGh)} 4[2{1+γgGh−β(1+γGh)}−αfXL] × {a−A+(1+γGh)XT} {a−A+2β(1+γGh)XT−(1+γgGh)XL} ( 条件*が満たされないとき − bf bh <b**= 9{1+γGh−β(1+γgGh)} 4[2{1+γgGh−β(1+γGh)}−αfXL] × {a−A+(1+γGh)XT} {a−A+2β(1+γGh)XT−(1+γgGh)XL} ) 図3は子会社から現地企業へのスピルオーバーが存在するときに多国籍企業が R&D活動を国際化させる bf/bhと g の領域を図示したものである。 曲線 DD’, − 曲線 FF’はそれぞれ b**と g の関係を図示したものである14)。α f=0のとき − − − − g**は図1における g と等しくなる。条件*は g**<g となる条件である。
132 堂本健二教授追悼号(第372号) 平成20(2008)年4月 図3より,途上国における知的所有権保護が強化されて子会社から現地企業 へのスピルオーバーの程度を示す afの値がある程度小さくならなければ,先 進国多国籍企業は公共知識資本が少ない途上国の子会社に R&D 資源を移転し − − ないことがわかる。∂b**/∂a f>0,∂g**/∂af>0より,途上国における知 的所有権保護が強化されて afの値が低下すると,図3!の曲線 DD’は曲線 EE’ へとシフトして,先進国多国籍企業が R&D 活動を国際化する可能性が高くな ることがわかる。 本節の議論を通じて,先進国多国籍企業が途上国に設立した子会社で R&D 資源を行うようになる条件について,次のようにまとめることができる。公共 知識資本の乏しい途上国で先進国多国籍企業が R&D 活動を行うのは,途上国 の子会社の技術水準を増加させることによって大幅な利潤の増加を実現するこ とができるときである。このため,十分大きな市場を持つ途上国ほど先進国多 国籍企業は R&D 活動を行いやすくなる。また,現地で競合する企業が存在す るときの方が,子会社に R&D 資源を投入することによる限界利潤が大きくな − 14)図3において,g**=[2{β(1+γGh)−1}+αXL]/γGhである。 !αf< (1−2β2)(1+Gh)+β βXL のとき "αf> (1−2β2)(1+Gh)+β βXL のとき 図3 企業間スピルオーバーと R&D 活動の国際化
途上国における R&D 活動の国際化の決定:理論的枠組み 133 ることから,多くの企業が競争している途上国ほど先進国多国籍企業は R&D 活動を行う誘因が高くなることがわかった。そして,市場規模の大きさや市場 における競争の程度だけでなく,ある程度の公共知識資本の蓄積や知的所有権 保護を実現することが,先進国多国籍企業が R&D 活動を途上国で行うために は必要となることもわかった。 ! 途上国多国籍企業による R&D 活動の国際化 本節では,途上国多国籍企業が国外で R&D 活動を行う誘因について考察す る。命題1と図1より,多国籍企業は公共知識資本の豊富な外国で R&D 活動 − を行う誘因を持つ。特に,g<g となるときには R&D 活動の国際化によって 親会社の効率的技術水準は必ず増加する事になるため,たとえ子会社が生産を 行っていなくても途上国企業は先進国で R&D 活動を行う誘因を持つ事にな る。 そこで,前節と同じく,自国を先進国,外国を途上国として,先進国多国籍 企業が途上国に設立している子会社に R&D 資源 XTのうちλTをすでに配分し ている状態から,途上国企業は途上国の親会社で生産を行う一方で,先進国で は生産は行わずスピルオーバーによる技術獲得のみを目的とした R&D セン ター(研究所)のようなものを設置して自ら保有する R&D 資源 XRの一部を 配分するという状況を考慮する。このとき,途上国企業の親会社の効率的技術 水準は次のようになる。 KL=(1−λL)XL+γgG(1−h λL)XL+αfλTX(1−T λL)XL+ β[λLXL+γGhλLXL+α(1−h λT)XTλLXL] ! λLは途上国企業の R&D 資源のうち先進国に設立された R&D センターに配分 される比率,αhは先進国における先進国企業の親会社の R&D 資源から途上 国企業の R&D センターへと伝わる技術のスピルオーバーの程度を示してい る。!の右辺の第4項は,先進国に設立された R&D センターからの企業内技 術移転によって得た途上国親会社の技術水準を示している。先進国で財の生産 を行っていないとき,途上国多国籍企業が先進国に R&D センターを設立して
134 堂本健二教授追悼号(第372号) 平成20(2008)年4月 R&D資源を投入する条件は,親会社の効率的技術水準が向上することになる。 このため,"より次の命題が得られる。 命題4:先進国多国籍企業がすでに λTの R&D 資源を子会社に配分している ときに,途上国企業が先進国に R&D センターを設立して R&D 資源を投入 する条件は次のようになる。 g<[β(1−λT)αh−λTαf]XT+β(1+Gh)−1 γGh # 命題4は先進国と途上国の公共知識資本量の差が大きくなるほど途上国が先 進国に R&D センターを設立する誘因が高まることを示している15)。また,# より途上国における企業間スピルオーバーの程度を示すαfが途上国政府にお ける知的所有権保護の強化により低くなるほど,途上国企業が先進国に R&D センターを設立する誘因が高くなることがわかる。 次に途上国多国籍企業が別の途上国に設立した子会社で R&D 活動を行う可 能性について考える。今,自国を先進国から公共知識資本量の乏しい途上国と して,そこに親会社のある途上国多国籍企業の R&D 活動の国際化が実現する 条件を考える。自国の公共知識資本の量を G+h(<Gh),多国籍企業の保有する R&D資源の量を XT+(< XT)とする。このとき,多国籍企業が自国と外国で独 占状態にあるときに R&D 活動を国際化させる条件である命題1で示された条 件!は次のようになる。 − bf bh >b+={1+γg +G h−β(1+γgGh)}{a−A+(1+γg+Gh)XT+} {1+γgGh−β(1+γg+Gh)}{a−A+β(1+γg+Gh)XT+} $ ただし g+=G h/Gh<1である。g+<1と X + T < XTより,!と$を比較する − − − − と必ず b>b+となる。図4は g と b,b+,の関係を図示しており,曲線 AA’は − − 図1と同様に g と b の関係を,曲線 GG’は g と b+の関係を示している16)。 図4の曲線 AA’を,公共知識資本が豊富な先進国を本拠とした R&D 資源の 豊富な先進国多国籍企業が R&D 活動を国際化する領域を示す境界線,曲線 15)ここでは,途上国が外国であるため g の値が小さくなるほど先進国と途上国の技術格差 は大きくなると考えられる。 − − 16)図4において,g+={β(1+γg+Gh)−1}/γGh,g+=(1−β+γg+Gh)/βγGhとなる。
途上国における R&D 活動の国際化の決定:理論的枠組み 135 GG’を公共知識資本が先進国よりも少ない途上国を本拠とした R&D 資源の少 ない途上国多国籍企業が R&D 活動を国際化する領域を示す境界線と考える と,図4の影のかかっている領域は,先進国多国籍企業は R&D 活動を国際化 する誘因を持たないが,途上国多国籍企業は R&D 活動を国際化する誘因を持 つ領域となる。このことより,先進国多国籍企業が R&D 活動を行う誘因を持 たないような,市場規模や公共知識資本量の大きくない途上国でも途上国多国 籍企業は R&D 活動を行う可能性があることがわかる。 これは次のような理由による。外国で R&D 活動を行うとき,子会社に R& D資源を移転する事によって親会社が自国で得る利潤は減少する。この親会社 の利潤の減少は多国籍企業が R&D 活動を行う際の機会費用と考えることがで きる。!より,効率的技術水準に関する親会社の限界利潤(∂πP/∂KP)は効 率的技術水準が高くなるほど大きくなることがわかる。このため,子会社で R &D活動を行う機会費用は,保有する R&D 資源の少ない途上国多国籍企業の 方が少なくなる。このことより,途上国多国籍企業は先進国多国籍企業が R& D活動を行う誘因を持たないような市場規模の小さな国でも R&D 活動を行う 誘因を持つのである。また,外国と自国と公共知識資本量の格差が大きくなり すぎると,子会社に R&D 資源を移転するより,親会社に R&D 活動を集中し 図4 先進国多国籍企業と途上国多国籍企業間の R&D 活動国際化の条件の比較
136 堂本健二教授追悼号(第372号) 平成20(2008)年4月 たうえで企業内技術移転によって子会社に技術を移転する方が子会社の技術水 準は高くなるため,公共知識資本量の乏しい途上国に本拠を持つ多国籍企業の 方が,子会社の技術水準を高めるために R&D 活動を子会社で行う必要性が高 くなるのである。 ! 結論 本稿では,多国籍企業による R&D 活動の国際化に関する簡単な理論モデル を構築して,途上国における R&D 活動の国際化の要因について分析をした。 多国籍企業が R&D 活動を国外子会社で行う誘因には大きく分けて二つある。 一つは,子会社の技術力の向上によって,R&D 資源の移転に伴う親会社の利 潤の減少を上回る利潤の増加が子会社で実現するときである。このような国外
R&D活動は,従来の実証研究で示された HBE 型 R&D に対応するものと考え
られる。このような HBE 型 R&D の誘因は,外国の市場規模が大きい,もし くは外国における競合企業の数が自国より多いときに強くなる。もう一つは, 外国の公共知識資本量が豊富であるために,公共知識資本からの技術吸収力を 向上させることが多国籍企業全体の利潤の増加につながるときである。このよ うな国外 R&D 活動は従来の実証研究で示された HBA 型 R&D に対応するもの である。特に,外国の公共知識資本量が自国のそれに比べて非常に大きいとき には,企業内技術移転を通じて子会社のみでなく親会社の効率的技術水準も向 上させることができるために,両国の市場規模の違いに関わらず多国籍企業は R&D活動を国際化するようになる。 本稿では三つのタイプの R&D 活動の国際化について分析した。まず,先進 国多国籍企業による途上国における R&D 活動については,公共知識資本の少 ない途上国で先進国企業が R&D 活動を行うためには,R&D 活動によって子 会社が十分大きな利潤の増加を得るような市場規模の大きさ,もしくは競争の 激しさが途上国には必要であることが本稿の分析により明らかになった。外国 の市場規模が R&D 活動の国際化の決定要因となることは,多くの先行研究で 指摘されていたことだが,市場における競争の度合いが R&D 活動の国際化の
途上国における R&D 活動の国際化の決定:理論的枠組み 137 決定要因として考えられている実証研究はまだなく,非常に興味深い結果であ る。また,命題1や命題3が示すように,市場規模や競争環境がいかに良くて も,ある程度の公共知識資本の蓄積や知的所有権の保護がないと先進国多国籍 企業は決して R&D 活動を途上国では行おうとしないことも明らかになった。 このことは,先進国多国籍企業の R&D 活動を誘致しようとする途上国政府は, 経済成長による市場の拡大,多くの企業が競争する市場環境の整備,そして研 究者の育成や大学などの公共研究機関の充実による公共知識資本の蓄積や知的 所有権の強化などが必要であることを示している。また,国の規模が小さく国 内市場の大きさに制約を抱える途上国の場合は,輸出向け生産を行う多国籍企 業を誘致して規模が大きく多くの企業が競争する国際市場向けの生産を行わせ ることによって R&D 活動の誘致が期待できることも考えられる。 二つ目は,途上国多国籍企業による先進国での R&D 活動である。一般的に 公共知識資本は先進国に豊富に存在するため,途上国は豊富な公共知識資本か らのスピルオーバーを求めて先進国で HBA 型 R&D を行う誘因を持つ。 また, 命題4より,先進国多国籍企業からの技術のスピルオーバーを考えると,途上 国における知的所有権強化が途上国多国籍企業による R&D 活動の国際化を促 進させることがわかった。命題3と合わせると,途上国における知的所有権の 強化は,先進国多国籍企業と途上国多国籍企業の双方の R&D 活動を促進させ る効果を持つため,近年の R&D 活動の国際化の進展の要因の一つに,TRIPs 協定などによる途上国における知的所有権保護の強化が挙げられるのではない かと思われる。R&D 活動の受入国の知的所有権保護と R&D 活動の国際化の 関係に関する実証研究には Branstetter, Fisman and Foley(2006),Ito and Wakasugi (2007)があるが,本国の知的所有権保護と R&D 活動の国際化に関する実証 研究というのはまだ見られていない。興味深い研究課題ではないかと思われる。 三つ目は,途上国多国籍企業による他の途上国における R&D 活動である。 本稿のモデルでは,公共知識資本が先進国よりも少ない途上国を本拠とし,R &D資源の保有量も少ない途上国の多国籍企業が,先進国多国籍企業なら R& D活動を行わないような小さな市場規模,少ない公共知識資本量の途上国でも
138 堂本健二教授追悼号(第372号) 平成20(2008)年4月 R&D活動を行う誘因があることを示した。これは,R&D 資源を子会社に移転 する機会費用が先進国多国籍企業より途上国多国籍企業のほうが低いためであ る。現時点では,まだ割合は少ないが,今後途上国多国籍企業の国際的な生産 ネットワークが構築されていくと,先進国多国籍企業以上に後進の途上国多国 籍企業が積極的に R&D 活動を国際展開する可能性があるのではないかと本稿 のモデル分析から推察される。 本稿で提示したモデルは非常に単純なものであり,精緻化の余地はまだまだ あるが,それでも理論モデルによる考察によって,従来の実証研究では扱われ なかった R&D 活動の国際化の要因についていくつか指摘することができた。 R&D活動の国際化に関する研究は実証研究が進む一方で理論研究はほとんど 進んでいないのが現状である。今後理論研究が進む事によって実証研究の発展 にも貢献できるのではないかと考えられる。 参考文献
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