経営と経済第81巻第4号2002年3月
M.ヴェーバーの「プロテスタンティズム の倫理と資本主義の精神」(四)
笠原俊彦
Abstract
With the distinction clearly in his mind between thought or idea and economy or economic activity, corresponding to the historical material- ism, Weber calls the spirit, such as manifested in B. Franklin, 'the capitalistic spirit' , in regard to its most'adequate'relation to the (modern) capitalistic enterprise.
The most 'adequate' relation here means that the capitalistic spirit found its most 'adequate' form in the capitalistic enterprise and that the capitalistic enterprise found its most 'adequate' driving power in the capitalictic spirit; it does not mean any'necessary' relation, so the capitalistic enterprise could be managed by capitalist or manager not with capitalistic spirit but with traditionalistic one,
•| indeed such
cases as this were not rare.
The traditionalism or the traditionalistic spirit was another enemy with which the capitalistic spirit had to strive. In the course of its strug- gle the capitalistic spririt, once it began to function, got capital some- how and rationalized agressively the various ways of economic activity to the defeat and ruin of the traditional ones.
Here we see two types of the economic activity, which Weber did not discern but regarded simply as the one that, as stated above, character- ized the (modern) capitalistic enterprise, and with which we are tempt- ed, together with the corresponding spirits, to formulate the ideal-types of the enterprise i. e. the traditionalistic enterprise and the
(modern) capitalistic enterprice in a newly revised sense, besides the precapitalistic enterprise characterized also with both the economic ac‑ tivity and the spirit, ‑and we presume Weber himself at least implic‑ itly had an idea to formulate these types of enterprise with both of the two elements.
The spiritual revolution from the traditionalism to the capitalistic sprit was not executed by the speculators nor the economic adventurers whithout conscience, even nor the men of wea1th, but by the men of the duty to their calling at the sacrifice of themselves. The cause of this ir‑ rational' moment is the very theme that Weber himself wanted to inves‑ tigate.
The cause could be found neither in the Catholic doctorine, which merely tolerated the profit‑seeking as the dirty necessity, nor in the eco‑ nomic rationalism, which, in spite of the assertion by W. Sombart, at least in some meaning might be familiar not with the irrational spirit of the (modern) capitalism but rather with the free' conscienceless spirit of the precapitalism.
Keywords: Adventuristic (precapitalistic) enterprise, Traditionalistic enterprise, Capitalistic enterprise, Adequate relation between the spirit and the economic activity,
冒険主義(前資本主義)企業,伝統主義企業,資本主義企業,精神と経 済行為との適合的関係
2‑8.企業者における伝統主義の精神と資本主義の精神 2‑8‑1.資本主義企業と資本主義の精神
ー そ の 適 合 的 関 係 ー
さて,ヴェーバーは,つぎに,企業者について「伝統主義」を明らかにし,
これと対決させて「資本主義の精神」の生成を問うことになる。
その際,ヴェーパーは,まず,かれのいう「資本主義の精神」と経済の
「資本主義的」形態 (die~ kapitalistische ~ Form einer Wirtschaft)ないし
M.ヴェーパーの「プロテスタンテイズムの倫理と資本主義の精神」帥 3
資本主企業 (kapitalistischeUnternehmung)との関係について,両者が必 ずしも相伴って現れるものではないこと,とりわけ,資本主義企業が,資本 主義の精神によってではなく,伝統主義ないし伝統主義の精神によって指導 される場合があることに注意を促す。
かれは,このことを,一方において,ゾムバルト (WernerSombart)の いう経済の「二大指導動機 (diebeiden grosen } Leitmotive ( ) Jと,他方 において,かれ自らのいう伝統主義の精神と資本主義の精神とを,それぞれ 関連させて考察することによって説明しようとする。
ヴェーパーはいうo
「ゾムバルトは,資本主義の起源について述べたところで,これまでの経 済の歴史がその聞を動いてきた二大「指導動機」として, w欲求充足 (Be‑ darfsdeckung) JJと『営利 (Erwerb)JJとを区別した。この二つは,前者が,
経済活動のやり方と方向とを人間の欲求という限度によって規定する点,後 者が,この限度を越えて,経済活動のやり方と方向とを利潤追求および利潤 獲得の可能性によって規定する点において区別される。J(S. 48.)
「かれが『欲求充足経済の体制』と名づけるものは,一見したところ,こ の論文でわれわれが『経済的伝統主義』として述べたものと重なるようにみ える。これらは, w欲求』の概念を『伝統的欲求』と同一視する場合には,
実際に重なる。だが,同一視しない場合には,その組織の形態からして,ま たゾムバルトがその著書の他の箇所で与えた『資本』の定義の意味において も, w資本主義的』であるとみられうる諸経済の広範にわたる多数が, w営利』
経済の領域から抜け落ちて, w欲求充足経済』の領域に属することになる。
また,私的企業者によって,生産手段を購入し生産物を販売することによっ て利潤を得るために資本(=貨幣または貨幣価値をもっ財貨)を回転させる 形態で,したがって,疑いもなく『資本主義企業』として,指導されている 経済でさえも, w伝統主義的』性格を有することがありうる。このことは,
近年の経済の歴史においても,例外であるどころか, ‑ w資本主義の精神』
のつねに新しくまたつねにより強力となる侵入によって,絶えず繰り返し中断 されはしたがーむしろ,まさに,いつものことであった。J(SS. 48'"'‑'49.) すなわち,ヴェーパーによれば,ゾムバルトのいう欲求充足と営利という 二大「指導動機」の区別は,ヴェーバーのいう伝統主義と近代資本主義の精 神というこつの信念の区別に対応するものではない。
第一に,ゾムバルトのいう欲求充足については,ここにいう欲求が,伝統 的欲求か,それとも非伝統的欲求ないし伝統を越える欲求か,が問われなけ ればならない。ゾムバルトのいう欲求が伝統的欲求であるときには,かれの いう欲求充足経済の体制は,もちろん,ヴェーバーのいう経済的伝統主義と 重なる。だが,ここにいう欲求が,伝統的欲求のみならず,伝統を超える欲 求をも含むものであれば,欲求充足経済の体制は,経済的伝統主義とは重な らない。それは,資本主義の精神をも含みうるからである。このとき,
r
資 本主義的」形態をとる経済,換言すれば,その組織の形態からみて「資本主 義的」とみられうる経済ないし企業,の広範かつ多数のものが,欲求充足経 済の領域に属することになるのである。第二に,ゾムバルトのいう営利についても,一つには,ここにいう営利が,
いわば伝統主義の精神としての営利ないし伝統主義的営利か,それとも,い わば資本主義の精神としての営利ないし資本主義的営利であるか,が問われ なければならない。
われわれは,さきに (2‑4.),前資本主義の精神と資本主義の精神とを営 利原則の二つの形態として理解した。われわれは,ここで,前資本主義の精 神とは前資本主義的営利(の精神)であり,資本主義の精神とは資本主義的 営利(の精神)であるということができるであろう。このようにいうとき,
われわれは,また,前資本主義の精神と資本主義の精神とに,さらに伝統主 義の精神をも加えて,ヴェーバーにおける三つの営利原則を理解しうること
になる。
もっとも,この場合,伝統主義の精神それ自体は,すでに述べたように
5 M.ヴェーパーの「プロテスタンテイズムの倫理と資本主義の精神」四
(2‑7‑1.),
r
生き慣れてきたように生きょうとする態度」を一般的に意味す とくに営利原則にも,限定されるわけで るのであり,経済的伝統主義にも,それを営利原則について考えるときには,注意が必要 はないのであるから,
とく われわれは,特別の配慮、が必要でない限り,
となるであろう。ただし,
に断りなく,伝統主義の精神という言葉によって直ちに営利原則としての伝 統主義の精神を意味することとする。
ゾムバルトのいう営利が伝統主義的営利であるかそれとも資本主義 さて,
かれのい それが資本主義的営利であるならば,
的営利であるかを問うとき,
それが伝統主 う営利は,ヴェーバーのいう資本主義の精神と重なる。だが,
それは資本主義の精神と重ならない。
義的営利である場合には,
この場合,資本主義的営利ではなく,伝統主義的営利を指導動機とする経 その組織の形態においては,疑いもなく,
r
資本済ないし企業といえども,
主義企業」として私的企業者によって指導されることがある。そして,ヴェー バーによれば,このように,組織の形態においては資本主義企業であるにも かかわらず,資本主義の精神にではなく伝統主義の精神に従う企業は,近年 においてさえ,けっして例外ではなかったのである。
われわれがここでとくに注意しなければならないのは, ソ 以上について,
ムバルトの欲求充足と営利との区別に対するヴェーパーの伝統主義の精神と また, ゾム 資本主義の精神との区別の対応関係のいかんではない。それは,
バルトのこのような区別そのものの当否でもない。われわれが注意しなけれ ばならないのは,ヴェーバーが,組織の形態においては資本主義企業である にもかかわらず,資本主義の精神にではなく伝統主義の精神に従う経済ない これである。わたくしの理解によれ し企業が稀ではないと述べていること,
このことこそ,ヴェーバーが上記引用文において述べようとし たことなのである。
中
まさに,j a
われわれは,
r
前資本主義の精神」と「伝統主義の精神Jとについて述べ とりわけ2‑6.)で,一方において,前資本主義を,たところ (2‑5.および,
精神の面では, I良心のない営利衝動」としての「前資本主義の精神Jと
「伝統主義の精神」との併立,経済的行為の面では,非合理的官険と非合理 的伝統行為との併存,として特質づけ,他方において, (近代)資本主義を,
精神の面では,良心にもとづく営利としての資本主義の精神によって,経済 的行為の面では, I合理的な経営にもとづく資本利用と合理的な資本主義的 労働組織」ないし「生産過程の体系的合理化」とによって特質づける試みを 明らかにしfこ。
この場合,われわれは,ヴェーバーにおいては,資本主義を経済的行為の 面で特質づける「合理的な経営にもとづく資本利用と合理的な資本主義的労 働組織」それ自体が,上記引用文にいう「組織の形態からして…『資本主義
的』であるとみられうる諸経済」ないし I~資本主義企業』として指導され
ている経済」すなわち資本主義企業と同じ意味に理解されている,と解する ことができるであろう。かれにおいては,すでに述べたように,明示的には,このように経済的行為のみによって特質づけられる資本主義ないし資本主義 企業が,これを指導する精神から区別されているのである。
さて,ヴェーバーがこのように経済的行為とこれを導く精神とを区別し,
経済的行為としての資本主義ないし資本主義企業とこれに対応する資本主義 の精神とを区別するとしても,われわれは,ヴェーバーにおいて,経済的行 為がこれに対応する精神によって形成され,したがって資本主義ないし資本 主義企業が資本主義の精神によって形成されることは認められるのではない か,と考えたくなるであろう。このときには,資本主義企業は資本主義の精 神とともに存在する(ただし,逆は必ずしも主張できない)ことになるはず である。
ところが,ヴェーバーは,資本主義企業が資本主義の精神と必ずしもつね に結びついて現れるわけではなく,資本主義企業であるにもかかわらず,資 本主義の精神によってではなく,伝統主義の精神によって指導される企業が,
近年においてさえ,けっして例外ではなく存在した,というのである。
M.ヴェーパーの「プロテスタンテイズムの倫理と資本主義の精神」同 7
もっとも,このようなヴェーバーの論述は,資本主義企業が資本主義の精 神によって形成されることを必ずしも否定するものではないとも解されうる であろう。なぜなら,われわれは,資本主義の精神によって一度形成された 資本主義企業が,その組織形態のみをいわば形骸として残しつつ,精神にお いては,もはや資本主義の精神ではなく,伝統主義の精神に満たされた企業 者によって指導されることとなる事態を考えることができるし,さらには,
伝統主義の精神を体現している企業者が,資本主義の精神によって形成され ている資本主義企業をその形骸においてある程度模倣する事態をも,考える
ことができるからである。
だが,ヴェーパーのいうところは,このようなことではない。
ヴェーバーは,資本主義企業ないし経済の「資本主義的形態」と資本主義 の精神との関係について,一般的に,つぎのようにいう。
「一つの経済の『資本主義的形態11(die } kapitalistische ~ Form einer Wirtschaft)とこれを指導する精神とは,互いに,たしかに一般的には,
『適合的』関連の関係 (Verhaltnis} adaquater
~
Beziehung)にあるが,し かし, w法則的』依存関係 (Verhaltnis} gesetzlicher~
Abhangigkeit)にあ るわけではない。J(S. 49.)われわれは,ここで,この引用文の一つ前の引用文において,ヴェーパー が,その組織の形態において資本主義的な経済ないし企業が伝統主義の精神 によって指導されている場合が稀ではなかったと述べていたことを想起する だけでなく,さらに,われわれが資本主義の発展と資本主義の精神との因果 関係をとりあげたところ (2‑3.)において,ヴェーバーが,フランクリンの 生地であるマサチューセッツでは,資本主義の発展の前に資本主義の精神が 存在していたのに,大資本家によって事業目的のために形成された近隣の植 民地では,資本主義の精神がまったく発展しなかった,と述べていたことを
も,想起するべきであろう。
われわれは,この後者の箇所では,そこにいう「近隣の植民地」について
は資本主義が資本主義の精神の前に存在していたのであり,したがって,そ れは資本主義の精神によって生み出されたものではなかったとみえることを 述べておいた。ここにいう資本主義がヴェーバーによってすでに近代資本主 義として理解されるものであることはいうまでもない。そして,ここに「資 本主義が存在していた」とは,これもまた,もはやいうまでもなく,
r
資本 主義企業が存在していた」ことを意味する。したがって,ヴェーバーにおい ては,資本主義の精神なくして資本主義企業が存在していたことが認められ ているのである。このことに関して,われわれは,ヴェーバーがつぎのようにも述べている ことに注意しなければならない。
かれはいう。
「ところで,この二つ(=資本主義企業と資本主義の精神‑笠原)は,
たしかに,それぞれ別々に存在しうる。ベンジャミン・フランクリンは,か れの印刷工場 (Buchdruckereibetrieb)が手工業経営と異なるところのない 形態をとっていたころ, w資本主義の精神』に満たされていた。そして,後 に述べるように,そもそも,新しい時代が始まろうとしていたときに,われ われがこの論文で『資本主義の精神』とよんできたような信念を担っていた のは,商業的都市貴族 (Handelspatriziat)としての資本主義的企業者だけ であったわけでも,主としてそうであったわけでもけっしてない。「資本主 義の精神』は,かれらよりはるかに多い工業的中産者から成る新興しつつあ った諸層によって担われていたのである。 19世紀になっても,この信念の古 典的な代表者であったのは,リヴァプールやハンブルクの先祖伝来の商人と しての財産をもっ上流紳士ではなく,マンチェスターやラインラントーヴェ ストファーレンのしばしば零細な財産をもっ境遇から身を起こした成り上り、
者であった。そして,すでに16世紀において,事情は同様であった。当時新 たに勃興しつつあった諸工業は,大ていの場合,その主な部分については,
成り上り者によって創成されたので、ある。J(SS. 49"‑'50.)
M.ヴェーパーの「プロテスタンテイズムの倫理と資本主義の精神」帥 9
ヴェーバーのこの論述は,一方において,資本主義企業が資本主義の精神 によって形成されたことを認めるものであると解されうる。この引用文から,
われわれは,資本主義の精神は,ニュー・イングランドにおいて,そしてマ ンチェスターやラインラントーヴェストファーレンにおいて,零細な財産を もっ境遇から身を起こした成り上り者によって,主として担われていたので、
あり,この成り上り者こそが諸工業の主要な部分を創成し,資本主義企業を 形成した,と考えることができるからである。
しかしながら,われわれは,また,他方において,ヴェーパーの以上の論 述から,かれにおいては資本主義企業が資本主義の精神によってはじめて形 成されたと考えられているわけではないことをも理解することができるであ ろう。なぜなら.I商業的都市貴族としての資本主義的企業者j.Iリヴァプー ルやハンブルクの先祖伝来の商人としての財産をもっ上流紳士」によって形 成された資本主義企業は,少なくともその多くが資本主義の精神によって形 成されたとは考えられ難いのであって,これらは,むしろ,企業者が伝統主 義の精神または前資本主義の精神を有していたにもかかわらず形成された,
と考えられうるからである。
このように考えてくるとき,われわれは,ヴェパーが,ニュー・イングラ ンドとのちに合州国の一部となった南部の植民地との例について.Iこの例 においては,因果関係は.w唯物論』の立場から主張されるようなものとは,
逆になっている。」と述べていたことについて,ヴェーバーのいう「この例」
が,ニュー・イングランドのみについて限定して理解されるべきものである ことを確認することができるであろう。
そして,この場合,われわれは,ヴェーバーによって同じく資本主義企業 といわれながらも.I商業的都市貴族の資本主義的企業者j.Iリヴァプール やハンブルクゃの先祖伝来の商人としての財産をもっ上流紳士j.そしてまた,
のちにアメリカ合衆国の南部の諸州となった植民地における大資本家等によ って形成された資本主義企業と,当時勃興しつつあった成り上り者としての
工業的中産者によって形成された資本主義企業とを,異なるものとして特質 づける必要はないのか,という疑問が頭の中に浮んでくることを妨げること ができないのである。
だが,それはそれとして,いずれにせよ,ヴェーバーにおいては,資本主 義の精神はたしかに資本主義企業の生成に作用しうるが,しかし,資本主義 企業は資本主義の精神なくしても形成されうる,と考えられているようにみ える。資本主義の精神と資本主義企業とは,この意味においても必然的関係
ないし r~法則的』依存関係」にあるわけではないのである。換言すれば,
資本主義の精神と資本主義企業は,唯物論の意味における必然的因果関係を もたないだけではない。これらは,これと逆の意味においても,必然的な因 果関係をもたない。それゆえに,ひとは,資本主義の精神を必ずしも資本主 義企業に見出しうるわけではない。ひとは,資本主義の精神を,かえって,
資本主義企業ではない企業,手工業経営として営まれている企業のうちに見 出すかもしれないし,また,資本主義企業のうちに資本主義の精神とは別の 精神を見出すかもしれないのである。
ところで,このように,経済の「資本主義的J形態ないし資本主義企業と
「資本主義の精神」とが「法則的」依存関係にあるわけではない,とヴェー バーが考えるとき,すなわち,両者の関係が必然的な因果の関係ではない,
とかれが考えるとき,それにもかかわらず,ヴェーバーは,何故に,フラン クリンの訓戒に示されているような精神を,とくに「資本主義」の精神とよ ぶのであろうか。
ヴェーバーはいう。
「そして,それにもかかわらず,われわれが,天職という点からみて体系 的かっ合理的に正しい利潤をフランクリンの例から明らかであるようなやり 方で求め努力するような信念に対して,ここで,暫定的に,
~(近代)資本主
義の精神』という表現を用いるのは,歴史的理由からである。この歴史的理 由とは,一方において,この信念が近代資本主義企業にその最も適合的な形M.ヴェーパーの「プロテスタンテイズムの倫理と資本主義の精神」倒 11
態を見出してきたこと,そして,他方において,近代資本主義企業がこの信 念にその最も適合的な精神的推進力 (diegeistige Triebkraft)を見出してき たこと,これである。J(S. 49.)
このようにして,われわれは,一方で,ヴェーバーのいう「資本主義の精 神」が,資本主義企業にその最も適合的な形態を見出してきたこと,また,
他方で,資本主義の精神が資本主義企業にとって最も適合的な精神的推進力 であったこと,この二つの意味で,両者が「適合的」関係にあるといわれる こと,そしてそれゆえにヴェーバーがこの精神を「資本主義の精神」とよぶ こと,を知ることができるであろう。
そして,この場合,資本主義の精神と資本主義企業との両者は,このよう な「適合的」関係にあるが,
r
法則的」依存関係にあるわけではなく,それ ゆえに,資本主義企業を指導しているからといって,この企業者が資本主義 の精神を必ずしも有しているわけではなく,むしろ伝統主義にしたがってい る場合があること,また,いまだ資本主義企業の形態をとっていない企業を 指導しているからといって,この企業者が例えば伝統主義にしたがっている わけでは必ずしもなく,むしろ資本主義の精神を有している場合があること,このことを,われわれは,理解することができるのである。
以上のことは,ヴェーパーにおける資本主義の精神と伝統主義の精神とを 理解しようとするとき,われわれが,とくに注意しなければならないことで ある。
2‑8‑2.伝統主義の精神に対する資本主義の精神の闘争
ヴェーバーが経済の「資本主義的」形態と資本主義の精神とのいわば請離 ともいうべき事態の存在を明らかにするのは,
r
資本主義的」形態をとる経 済ないし企業の多くが,かつて伝統主義に支配されていたこと,そして,資 本主義の精神は,このような「資本主義的」形態をとる企業とは,むしろ別 個のところに生成し,伝統主義と戦わなければならなかったことをいうためである。
ヴェーバーはいう。
「銀行や大規模輸出商,さらには大規模小売業,または,最後に,家内工 業において作られた商品を扱う大規模前貸問屋といった経営 (derBetrieb) は,たしかに,資本主義企業の形態においてのみ可能である。それにもか かわらず,それらのすべては,厳密な伝統主義の精神 (strengtraditiona‑ listische Geiste)において営まれうる。例えば,大規模発券銀行の事業をこ れ以外の精神において営むことは絶対に不可能である。また,海外貿易も,
あらゆる時代において,厳しい伝統主義的性格をもっ独占と規制とにもとづ いてきた。小売商も‑これは,今日,国の援助を求めて金切り声をあげて いる小規模で資本のないその日暮らしの者たちではないーこれから,古い 伝統主義を終わらせる革命の全行程を経なければならない。J(S. 50.)
この引用文から,われわれは,ヴェーバーが,例えば金融業や商業におい ては,資本主義的形態をとる大企業が伝統主義の精神によって強く支配され てきたと考えていること,しかも,かれが,そのうちのある種のものは伝統 主義の精神によってのみ営まれうると解していることを知ることができるで あろう。このように理解される資本主義企業,とりわけ伝統主義の精神によ ってのみ営まれうると考えられている資本主義企業が,はたして,資本主義 の精神と適合関係にある資本主義企業のーっとして考えられうるかについ て,われわれは,ここでも疑問を抑えることができない。
だが,金融業や商業のある種のものは別として,ヴェーバーによれば,上 記の企業の他の種のものについては,伝統主義の精神じよる支配を終わらせ,
資本主義の精神による支配を導く革命が可能なのである。そして,この革命 は,かつて, とりわけ工業において進行したことであった。
そこで,ヴェーバーは,上記引用文に続いて,つぎのようにいう。
「この革命は,前貸問屋制という古い形態を崩壊させた革命と同じもので ある。…この革命がどのように経過するのか,そしてそれが何を意味するの
M.
ヴェーパーの「プロテスタンテイズムの倫理と資本主義の精神」帥
13かこれらは周知のことではあるが‑このことを明らかにするために,
またもや,特殊な場合を示しておこう。J(SS. 50'""‑'51.)
このようにして,ヴェーバーは,伝統主義の精神に対する資本主義の精神 の闘争を,前貸問屋制という古い形態を終らせた革命における企業者につい て例示することになる。
その場合,ヴェーバーは,注記して,つぎのようにいう。
「以下に述べられるものは,さまざまな場所でのさまざまな個別部分の 諸事情から『理想型的』に合成されたものである。それは,ここでの説明 を明快にするために呈示されるのであり,わたくしがそれを合成するため に用いている諸事例がーっとして,以下に述べるような経過を完全に正確に は辿っていなかったとしても,もちろん,かまわないのである。J(S. 5 ,1fus・
note1) .)
ここで,われわれは,ヴェーバーが, I理想型」を,説明を明快にするた めの手段として構成しようとしていることに注意しておくべきであろう。こ の理想型は,現実を測定することを目的として形成される理想型ではない1)。
ただ,これらの理想型は,目的を異にするにせよ,現実のいくつかの諸要因 を取り出し,これを論理的に整合性をもつものとして構成することによって 形成されているという点では同じなのである。
さて,ヴェーバーは,前貸問屋制という古い形態を崩壊させた革命の経過 を, I理想型」として示そうとするのであるが,その場合,かれは,まず,
前貸問屋における伝統主義の精神を,つぎのように示している。
1
)現実を測定することを目的として形成される理想型については,とりわけ,つぎを参 照されたい。
拙稿
11理想型」による認識と経営経済学の学派分類付
Jr松山大学論集』第
2巻第
5号,平成
2年
12月 。
なお,
1説明を明快にするための手段」としての理想型を用いたものとしては,シュマー レンバッハ(ドイツの経営経済学者)の学説についてのわたくしの論述を参照されたい。
拙著『技術論的経営学の特質』千倉吉房,
1983年 ,
91~97ページ。
「前世紀(=19世紀一笠原)の中頃の前貸問屋の生活は,少なくとも欧 州大陸の繊維工業の多くの部門においては,今日われわれが考えるところか らすれば,かなりのんびりとしたものであった。ひとは,それを,例えばつ ぎのように考えたらよいであろう。農民たちは,織物一 (亜麻織物の場合 には)しばしばその大部分またはすべてが,まだ自家生産の原材料で作られ ていたーを持って街にやって来て,そこに住む前貸問屋から,入念でしば しば公けに定められている品質検査を受けたあとで,慣例となっている代金 を受け取った。前貸問屋のお客は,商品である織物が遠隔地で販売される場 合には,そのすべてが,やはり遠隔地から,はるばると旅してきた仲買人た ちであった。街へとやって来たかれらは,当時はまだ,大ていの場合には,
見本を見て検討するというやり方をとることもなく,これまで通りの品質だ ということであれば,すでに在庫されているもののなかから商品をそのまま 買い取ったし,そうでない場合,あるいはそれと同時に,ずっと前に注文し ておいた商品,このために前貸問屋がときにはさらに農民に注文して生産さ せておいた商品,を買い取った。このお客たちの旅行は,これがなされたと しても,当時は,まだ,せいぜい長期間に一度がやっとであった。旅行の代 りとしては,手紙や見本の配り寄せが間に合わせに行われていた。そして,
この見本の取り寄せは,やがて,しだいに増えていくことになった。営業時 間は, ー ほ ぼ 1日 5'""'‑'6時間,ときにはこれよりかなり少なく,繁忙時に は,これがあるとしてのことであるが,それよりは多いという程度で一長 くはなく,儲けは,ほどほどで,きちんとした生活態度を維持し,景気の良 い時にわずかばかりの財産を残すことができる程度であった。事業原則が大 幅に一致していたため競争相手とは総じて比較的にかなり仲が良く,
~クラ
ブ (Ressource)j]へほとんど毎日のように通い,加えて,その度毎に仲間 と一杯やり,お喋りするといった具合で,生活の速度は全体としてゆっくり としたものであった。J(S. 51.)われわれは,この引用文において,われわれがさきに示した (2‑6.を参照
M.ヴェーパーの「プロテスタンテイズムの倫理と資本主義の精神」帥 15
されたい)前資本主義の経済的行為の面における特質のうち,われわれが非 合理的伝統行為とよんだものの例を見ることができるであろう。そこでは,
従来通りの経済的行為が保持されており,これを合理性にもとづいて変革す るといった積極的行為はみられなかったのであるo
ところで,ヴェーパーによれば,上記引用文に示されたような伝統主義の 精神によって運営されていた企業は,資本主義企業であった。
かれはいう。
「以上に述べたものは,企業者の純粋に商人的一事業的な性格についてみ ようと,また,事業において回転される資本の介在が不可欠であるという事 実についてみようと,そして,また,最後に,経済的過程の客観的側面ない し簿記の方法についてみようと,これらのいずれの点においても「資本主義 的」な形態をもっ組織であった。だが,それは,企業者の心を満たしている 精神についてみるとき,
~伝統主義的』経済であった。そこでは,伝統的な
生活振り (Lebensha1tung),伝統的な利潤の高さ,伝統的な労働の量,事 業管理 (Geschaftsfuhrung)の伝統的なやり方,労働者と本質的に伝統的な 顧客の集団への伝統的な関係,顧客の獲得と販売の伝統的なやり方, といっ たものが事業経営 (derGeschaftsbetrieb)を支配していたのであり,それ らこそが,企業者のこの集団の『指導原理』の基礎にあったーということ がまさにいえるのである。J(SS. 51"‑'52.)われわれは,この引用文において,ヴェーパーが,かれのいう「伝統主義 的経済」を, I企業者の心を満たしている精神」によって特徴づけているこ とを看過してはならない。経済ないし企業は,ヴェーバー自身においても,
必ずしも経済的行為の面における特徴のみによって理解されているわけでは ないのである。
ところで,このように,その形態においては資本主義的な組織である企業 における企業者の指導原理の基礎にあった伝統主義の精神は,ヴェーパーに よれば,やがて,資本主義の精神によって挑戦されることになる。
かれはいう。
「さて,あるとき,この快適な気分が突然乱された。とはいっても,その 多 く の 場 合 は , 組 織 形 態 の 何 ら か の 原 理 的 変 更 一 例 え ば , 封 鎖 的 経 営 (der geschlossene Betrieb)への移行,織布機械 (derMaschinenstuhl)へ の移行,およびその他,これに似たことーが生じたわけでは,まったくな い。そこに生じたのは,むしろ,多くの場合,つぎのことだけであった。す なわち,前貸問屋をやっていた家族の一つから出たある若者が,街から田舎 へとヲ│っ越し,自らが必要とするような織布工たちを注意深く選び出し,次 第にかれらを自分に依存させるとともに,かれらに対する統制を強化し,こ のようにして,かれらを農民から労働者へと育てあげた。そして,その若者 は,他方では,最終消費者のところへできる限り自ら出向くことによる販売 すなわち小売事業を,すべて自らの手に収め,顧客を自ら獲得し,顧客を毎 年規則的に訪問し,そして,とりわけ生産物の質を専ら顧客の欲望と希望と に合わせて顧客の『好みに合う』ようにすることを知り,同時に『薄利多売』
の原則を実行することをはじめたのである。J(S. 52.)
「さて,そうすると,このような『合理化』過程の結果として,いつでも どこにでも生じることが,ここにもまた,生じた。すなわち,上昇できない 者は,下降せざるをえなかったのである。ここに始まった激烈な競争という 戦いによって,牧歌は崩壊した。巨額の財産が獲得され,しかも,この財産 は,利子を得るために貸付けられるのではなく,絶えず繰り返して事業に投 資され,かつてのゆったりとした快適な生活ぶりは苛酷な冷静さに屈した。
時流に乗って出世した人々は,消費せずに営利を欲し,これまでのやり方を 続けた人々は,生活を切り詰めざるをえなかったからである。J(S. 52.)
以上の引用文について,われわれは,この若者の行為が,利子を得るため の貸付ないし金融にではなく,これから区別される意味での事業ないし生産 に向けられていることに留意するべきであろう。ここに示されているのは,
この意味での生産におけるあらゆる面での徹底的な合理化とこの生産への絶