[お人柄について] 白井先生と初めてお会い したのは、私の採用時の面接のおりだったはず だが、皆目覚えていない。対照的に鮮明に覚え ているのは、着任直前の1982年3月末のことで ある。これからお世話になる分野の先輩方の全 員が、といっても島岡先生、白井先生、三輪先 生のお三方なのだが、私の歓迎会を東村山の島 岡先生宅で開いてくださったのである。このと きお三人ともまだ助教授だった!(ちなみに私 は講師採用)。久米川駅の西口で四人が落ち合う はずを、白井先生だけ10分経ってもお見えにな らない。だが島岡先生はまったく慌てる風もな く、残るわれわれ二人を先導して、駅の反対側 の東口に回りこんだ(そのころ携帯電話はな かったのだ。念の為)。さすがに日ごろの深いお 付き合いから、同僚の性格をしっかりと見抜い ておられるものだ、と島岡先生に感心した。と いうのも、東口の改札口からわれわれの姿を認 めた白井先生が、まだ肌寒い時節柄トレンチ コートに身をくるんで、多少前のめりに照れ笑 いをなさりながら早足でこちらにお越しになる ではないか。爾来私は(他のお二人とともに)
白井先生に全幅の親しみを感じるようになった というわけである。
白井先生のお人柄を一言で表すとすれば、「観 察者」である。これに形容詞を一つ付け加える とすれば、「優しい」観察者である。前者は社会 学という商売柄の規定するところであり、後者 は白井先生の30億対の遺伝子に38億年前のア ミーバ以来連綿と継承されてきた代々の祖先か らの形質のなせる業といえるであろう。「観察 者」もさることながら、「優しい」という先生の
最大の属性は、どなたもお認めになるところで ある。同僚に、学生に、ご家族に、附属養護学 校(当時)の児童生徒保護者教師たちに、と、
例外なく暖かい眼差しを注いでくださり、誰で あれ先生に助力を願えば、必ず力を貸してくだ さった。これは紛れもない事実であり、かつ、
誰にも真似することのできない理想であった。
ご趣味は、派手なものは一つもお持ちでな かったが、囲碁を多少嗜まれた。分野で長期休 暇のおりおり学生との合同合宿をもったさいに、
例えば草津の合宿所で私も何度かお手合わせさ せていただいた。だが、得意は何といってもバ レーボールとスケート。前者は高等学校時代の 華やかな活躍の思い出とともに、後者はご出身 の帯広の冬の唯一の屋外スポーツとして昔取っ た杵柄さながら。あとは、車を運転すること、
その車で近場の温泉に漬かりにいくこと(これ また私は何度かご一緒させていただいた)。――
とはいえ先生の本当のご趣味は、文学方面に潜 めておられたはずである。なぜそう推測するか といえば、ほんの数回のことであるが、高等学 校時代に文学青年でいらしたことをお聞きした からである。当時趣味を同じうした同学年の女 子生徒(たち)と市内を流れる十勝川の川原で 文学を語りあったことなどを。
話題を変える。
[研究業績について] 白井先生は学問領域と しては、早くから、<規範を扱う民俗学>から
<事実を分析する社会学>へと大きく転換な さったとのこと。
卒業論文として仲人の研究をまとめる。それ がある学会誌の巻頭を飾ることになり(「仲人の
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埼玉大学紀要 教育学部,59(1):3─7 (2010)
白井宏明教授の人と業績
渋谷 治美
社会的性格に関する一考察」『民俗学評論』第3 号、1968.10)、学界へのデヴューとなった。ま だ修士一年の頃のことである。直後に社会学に 転向して農村という現場に入りつづけ、そこで の調査で得たものを理論化することに没頭。
手法としては<モノグラフ手法>といって、
聞き取りと参与観察を特徴とする。テーマは、
現代の農村の都市化、にある。白井先生にお聞 きすると、長らくシュッツの「生活世界」の概 念に方法論的な期待を寄せていたが、その観念 的な性格の限界に飽き足らず、近年は同じ「生 活世界」でも、「行為論的転回」を通してこの概 念の実体化を提唱するハバーマスを高く評価す るようになった、とのこと。とりわけ彼の「統合・
連帯」への志向をムラと重ねること、を試みて おられるそうである。
調査に出かけた対象は、千葉県の漁村や農村、
山梨県の山村、埼玉県・福島県の農村、などで あったが、それぞれの調査地については、民俗 誌あるいは市史町史の民俗篇としてモノグラフ を発表している。ここ30年近くは毎年、福島県 の南の端に位置する、「合併しない宣言」で近年 有名になった矢祭町に通い続け、いわば定点観 測をなさっている。その成果は、1980年代から
90年代に掛けて十本近くの論文となって世に問 われている。私(渋谷)ははじめのころ白井先 生が盛んに「ヤマツリにいってきた」とおっしゃ るので、どこか山村に調査に入るついでに先生 ご自身が山釣り(山の渓流での魚釣り)をなさ るのか、と信じ込んでいたものである。なお、
2007年6月に刊行された森田先生の退職記念論 文集に白井先生が寄せたご論考は、修士論文で 用いた素材の一部を再構成なさったものとのこ とである(「二つの村規約―ムラの近代―」)。 わが人文社会科学分野は20年以上にわたって 合同の卒業論文集を発行し、そこに四人の教員 が研究論文を寄せることを慣行としてきたが、
白井先生はここ数年、一連の「農村調査覚書」
シリーズを連載なさってきた。これは、学生に 対する学問の模範提示という意味もあるが、実 は白井先生ご自身の自己実現そのものでもある。
実に羨ましいことなのだが、これは、ともすれ ば二律背反のように語られる教育と研究とが、
両立・調和・結婚する実践の姿そのものではな いだろうか。
2009年10月 渋谷治美記
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略 歴
学歴
1963年3月 北海道立帯広三条高等学校卒業
1964年4月 東京教育大学文学部史学科史学方法論専攻入学 1968年3月 同上 卒業
1968年4月 東京教育大学大学院文学研究科修士課程社会学専攻入学 1971年3月 同上 修了 1971年4月 東京教育大学大学院文学研究科博士課程社会学専攻入学 1974年3月 同上 単位取得退学
職歴
1974年4月 東京教育大学助手文学部
1975年4月 横浜国立大学非常勤講師教育学部(〜1976年3月)
1975年4月 千葉大学非常勤講師教養部(〜1976年3月)
1975年6月 埼玉大学助手教育学部 1976年12月 埼玉大学講師教育学部
1978年4月 千葉大学非常勤講師人文学部(〜1980年3月)
1979年4月 埼玉大学助教授教育学部
1979年4月 横浜国立大学非常勤講師教育学部(〜1980年3月)
1992年4月 埼玉大学教授教育学部(現在に至る)
2002年4月 埼玉大学教育学部附属養護学校校長(〜2005年3月)
2006年4月 埼玉大学評議員(〜2008年3月)
所属学会
日本社会学会会員 日本民俗学会会員
日本村落社会研究学会会員(『村落社会研究ジャーナル』編集委員)
研究的業績
1968年10月 仲人の社会的性格に関する一考察(大塚民俗学会『民俗学評論』第3号)
1972年2月 仲人(他23項目)(大塚民俗学会『日本民俗事典』弘文堂)
1972年10月 共有金整理と村落構造の展開―千葉県安房郡一農村における事例研究―
(村落社会研究会『村落社会研究』第8集)
1973年3月 地域権力構造と住民生活(精神衛生研究所『精神衛生研究』第21号)
1973年10月 社会学と民俗学(大塚民俗学会『民俗学評論』第8号)
1973年12月 婚姻成立までの習俗(青山道夫他『講座家族』第3巻、弘文堂)
1974年3月 近郊都市化地域における地域社会意識と住民組織
(精神衛生研究所『精神衛生研究』第22号)
1974年10月 人生儀礼(2)婚礼(上野和男他『民俗調査ハンドブック』吉川弘文館)
─ 6 ─ 1974年12月 (書評)長谷川昭彦『農村社会の構造と変容』
(日本社会学会『社会学評論』99号)
1975年4月 有賀社会学の方法と交換理論―家連合理論の再検討を巡って―
(東京教育大学文学部『社会科学研究』23巻)
1976年3月 近郊都市化地域における社会変動と住民生活の構造(分担執筆)
(精神衛生研究所『精神衛生資料』第20号)
1977年3月 コミュニティ論の発想(埼玉大学教育学部『埼玉大学紀要第』25巻)
1977年3月 村落生活の変容と部落リーダーシップ
(東京教育大学文学部社会学教室『現代社会の実証的研究』) 1977年3月 勝浦市の民俗(千葉県勝浦市教育委員会)
1979年1月 「大会」印象記(村落社会研究会『研究通信』114号)
1980年3月 勝浦市の民俗 第2集(千葉県勝浦市教育委員会)
1981年2月 村制・族制(矢祭町史編纂委員会『矢祭町史研究』別冊2)
1981年9月 社会生活(桜井徳太郎他『社会科のための民俗学』東京法令出版)
1981年12月 ムラの解体と民俗(大塚民俗学会『民俗学評論』20・21合併号)
1982年5月 農民層分解と「家」―千葉県安房郡一農村における事例研究―
(埼玉大学教育学部『片木清教授退官記念論文集』) 1983年3月 地域学習にける民俗事象活用の検討(埼玉大学教育学部地理学教室『地域学習
(地理教育)の系統化に関する研究』) 1983年3月 矢祭町の民俗(矢祭町史編纂委員会)(分担執筆)
1983年10月 (書評)鳥越皓之『トカラ列島社会の研究―年齢階梯制と土地制度』
(大塚民俗学会『民俗学評論』第23号)
1984年3月 矢祭町の村のなりたち(矢祭町史編纂委員会『矢祭町史研究』別冊3)
1984年9月 社会学における村落研究の動向(村落社会研究会『村落社会研究』第20集)
1985年3月 矢祭町史第1巻民俗篇(矢祭町教育委員会)(分担執筆)
1986年3月 宝の民俗(山梨県都留市教育委員会)(分担執筆)
1987年3月 明治10年代の「村会」と村落(埼玉大学教育学部『埼玉大学紀要』第35号増刊)
1988年1月 第三五回大会印象記(村落社会研究会『研究通信』151)
1988年3月 明治期における「節倹規約」と村落(埼玉大学教育学部『埼玉大学紀要』第37巻1号)
1989年3月 都留市史 民家民俗篇(都留市史編集委員会)(分担執筆)
1989年4月 大里村の民俗(大里村史編纂室)(分担執筆)
1990年3月 村落における近隣組織の特質(埼玉大学教育学部『埼玉大学紀要』第39巻1号)
1990年3月 山間農村における村落構造の展開過程に関する研究
(平成元年度科学研究費補助金研究成果報告書)
1990年11月 日本村落における互助組織の形態(竹田旦『民俗学の進展と課題』国書刊行会)
1992年3月 農民家族の変容―宝坂の10年―(埼玉大学教育学部『埼玉大学紀要』第41巻1号)
1992年11月 所沢市史 下 (所沢市史編纂委員会)(分担執筆)
1993年3月 教育情報学入門(埼玉大学教育情報処理研究会、培風館)(分担執筆)
1993年11月 伝承母体論の課題(大塚民俗学会『民俗学評論』第29号)
1997年3月 「家連合」としての村落(埼玉大学教育学部『埼玉大学紀要』第46巻1号)
─ 7 ─
1998年3月 「家連合」としての村落Ⅱ(埼玉大学教育学部『埼玉大学紀要』第47−1)
1999年10月 区費(他)(福田アジオ他『日本民俗大辞典』上、吉川弘文館)
2000年4月 町村制(他)(福田アジオ他『日本民俗大辞典』下、吉川弘文館)
2002年3月 山間農村と大都市近郊地域の比較による地域社会構造変動の実証的研究
(平成12〜13年度科学研究費補助金研究成果報告書)
2007年6月 二つの村規約―ムラの近代―(森田武教授退官記念会『近世・近代日本社
会の展開と社会諸科学の現在』新泉社)