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創立者と創価大学の世界交流

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創立者と創価大学の世界交流

小   出    稔

 「創立者と創価大学の世界交流」と題し,本学の国際化について紹介させて頂き ます。

世界の学生・来賓が讃えるキャンパス

 最初に,現在の創価大学の発展を見つめながら,発展し続ける本学国際交流の現 状を紹介します。

 何といっても創価大学の魅力の一つは四季折々に美しいキャンパスですが,美し いというだけでなく,国際交流の歴史が随所に散りばめられ,海外からの来賓をお 迎えする際にも大変に感動して頂いています。例えば,池田記念講堂の前,ウズベ キスタンの詩人ナワイー像。ウズベキスタン大統領から創立者への贈り物で,来賓 が献花を捧げに来学されることもあります。周桜も,創立者の築かれた日中友好金 の橋の証。特に春には,2500 本の満開の桜が,訪れる方々を歓迎します。

 その桜並木に隣接するのが,2009 年に完成した大教室棟と,詩聖タゴールの像 を擁するタゴール広場。大教室棟,ニュープリンス食堂,国際交流センターと教職 大学院棟に囲まれるこのタゴール広場は,本学の日本人学生と外国人留学生が自然 と出合いふれあう場所です。他大学でも,国際交流を推進しているところは多々あ りますが,学生と留学生が実際に交流することが実情では難しく,苦心しているの だと聞きます。創価大学では,台座に創立者より贈られた「人々の間に結合をもた らし,平和と調和を築くことこそが,文明の使命である」とのタゴールの言葉が刻 まれた,このタゴール像に温かく見守られながら,名実ともに第一級の友情を築く 本物の国際交流が盛んに行われているのです。

 他にも例を挙げれば枚挙にいとまがありませんが,このように人間教育と平和建 設の国際交流が息づく本学のキャンパスは,今も成長を続けています。203 年を 目指して,西棟が 2 階,東棟が8階,ツインタワーの新総合教育棟。創大門の完 成に続き,この新総合教育棟の完成で東西南北に発展する,世界の一流大学に伍す

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るキャンパス建設を進めています。ここでも,留学生が学ぶ場所を設け,自然な出 会いと交流の空間を提供し,学生第一の創価大学の精神が脈打つ,人間主義のキャ ンパスを益々発展させるため,グローバルビレッジキャンパスとしての大学建設が 進んでいます。

 創価大学は現在,世界 44 カ国地域,2 大学との学術交流協定を結んでいます。

この数字は日々変わり,増え続けていますが,世界市民の育成を目的と掲げ,世界 を感じられるキャンパス。また,海外来賓とのふれあいを通じて,日本にいながら 世界に意識をおける大学に,名実ともに育っていることは疑いようのない事実で す。そして,世界平和と文化創造の拠点としての役割は,日本国内に留まりませ ん。中国との交流においては,創価大学北京事務所を有することが挙げられます。

日本でも他には東京大学,早稲田大学と合わせ3大学しか正式認可を受けておら ず,その中でも最高学府・北京大学に隣接する高層オフィスビルの最上階という最 高の立地条件で,東大に是非譲ってくれと頼まれたこともあります。中国との交流 をさらに強固なものとするための要所として大きな機能を果たしています。

 アフリカとの交流においても,創価大学は,日本国内に比類ない実績を持ちま す。四年制大学で学部の学生を交換留学生としてアフリカに送っている,日本唯一 の大学なのではないかと推測されます。他の大学もアフリカとの交流を謳ってはい ますが,協定書に調印をするだけで,文書交流で終わることも多々あると言いま す。もう一歩進んで,研究者,教員の行き来,大学院生の交流はあったとしても,

学部生の派遣は通常実現しないようです。学生第一の本学では,最初に学部生の交 流を推進しました。結果,ケニア・ナイロビ大学,セネガル・ダカール大学,南ア フリカ・ウィッツウォータースランド大学,ガーナ・ガーナ大学の4大学と深い交 流を打ち立てています。

 他にも,本学主催,もしくは他大学・団体と共催での国際学術シンポジウムの開 催も,盛んに行われ,好評を博しています。これは,創立者・池田先生の思想研究 が世界的な評価を受けていることの表れと言えます。この 月にも中国・広州,

中山大学で池田思想研究シンポジウムが開催される運びとなっています。

 もちろん,中国,アフリカに留まらず,各国多数の大学と,縁深い交流が続けら れています。本学が学術協定を結んでいる交流・交換校の一端に少し触れさせて頂 くと,まず,南アフリカ最高峰のウィットウォータースランド大学。イギリスの大 学学術ランキングでトップ 0 に入る名門校です。また,創立 20 周年をむかえた ブルガリア・ソフィア大学には,創立者に3番目の名誉学位を授与して頂きまし た。日本の大使として創価大学に赴任されていた方が帰国され,ブルガリア教育大 使となっています。他にも,世界最古の総合学府,ボローニャ大学。創立者に最初 の名誉称号を下さった,モスクワ大学。シンガポールの名門,南洋理工大学。世界

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大学ランキングで,東京大学と同位にある香港大学。この5月に名誉学位を創立者 に授与された,中国屈指の名門・清華大学。昨年 0 月に名誉学位を授与された,

インドネシア大学。アメリカ・ジョージア州アトランタ,マーチン・ルーサー・キ ング氏が学んだ,モアハウス大学。イギリス北アイルランドのクイーンズ大学。こ ちらも世界大学ランキングで 20 位に入る,オーストラリア・シドニー大学,さら に,イスラム圏であるエジプトのカイロ大学など,世界各地,あらゆる分野,様々 な大学との交流が進んでいるのです。

 そういった交流校等から本学に留学に来られる学生は,45 カ国・地域から 300 人。創大以外にいった自国のメンバーに連絡を取り,留学体験を話すと,「創価大 学ではそれほどに手厚い歓迎を受け,素晴らしい経験をしているのか」と驚かれる と,多くの留学生が語っています。「留学生はお正月だからと言って家に帰れない んだから,日本のお正月文化を教え,共に祝ってあげてはどうか」と創立者が提案 され,毎年1月 日に教職員総出で日本のお正月の過ごし方を教えてあげる新年会 も開催されるなど,学生第一の創価大学は,内外に大きい評価を頂く交流を発展さ せています。

 この,海外からの留学生も,2020 年の建学 50 周年をめざし,さらに毎年 500 名 に増やす計画を進めています。学生総数 8000 人の学生中に 500 名,つまり 6 名に 1人は留学生になります。この 6 名というのは,ゼミなどの最小形態のクラスサ イズでも,1人は留学生がいる計算になり,学内中どこを見ても留学生という状況 を作ることになるのです。「私たち創大生」と言ったときに,あたりまえのように 留学生が一員として含まれるような環境作りが,国際化を進める中で理想的なのは 言うまでもありませんが,まさにそれを文字通り進めているのです。

 反対に,創価大学からは現在,世界の 63 の大学へ毎年,約 500 名を送っていま す。現状でも,ほぼ4分の1の学生が卒業までになんらかの形で留学を経験するこ とになりますが,創立 50 周年をめざして,これを毎年 000 名まで増やし,全学で 半数の学生が卒業までに留学を経験する創価大学を作る準備を進めています。現在 も既に,創大生は留学に送り出すと非常に評判がよく,受入先大学にもお褒めを頂 いています。学生一人ひとりが若き創立者の気概にあふれ,交流をしようという姿 勢と,創立者の平和構想やそれに染め抜かれた建学精神,本学学生としての社会で の使命など,語るべき深き哲学・思想を持っているのです。

 ある韓国からの留学生が語っていたことがそれを象徴しています。「『世界平和』

という言葉を,知ってはいるが,韓国語でも,生活する中でほとんど使ったことは なかった。その言葉を,創価大学に来て非常に多く使うようになった。大人になる につれ,平和ということの難しさや複雑さを知り,なかなか容易に口に出すことは しなくなるものなのだと思っていた。しかし創大生は,創立者の想いを吸収し,自

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らもその道に続こうとしている」と。その姿勢が随所で表れ,学内でも,海外に出 ても,国を超え言語を超えて伝わっていく平和思想を持ち,語り,実践しようとし ていることが伝播し,人々の心をつなぎ,本物の国際交流を進める大きな要因とな っています。

 少々突飛な話になるかもしれませんが,本年1月,50 周年にむけて国際交流発 展に貢献したのが,第 86 回箱根駅伝でした。本学の学生,尾関,福島両選手が,

学連選抜選手に選ばれ,三走とアンカーを任され,快走を見せたことは記憶に新し いかと思います。この駅伝のあと,アメリカの名門,ジョージア大学との交流の話 を,突然先方から求めてきたのです。少し補足をさせて頂くと,アメリカは大学の 授業料が高く,日本の2倍,3倍,また4倍になることもあります。交換留学は基 本的に学生を送り合い,それぞれの授業料などを免除し合うという形をとることが 多いのですが,アメリカの場合免除になると相手大学が著しく損することになり,

交換が難しく,需要の割に今も交流校は少ないという現状があります。それが急に 5月,ジョージア大学学部長から直接交流を求める手紙が来たということは,普通 ではありませんでした。話を聞いてみると,以下のような興味深い事情があったの です。

 学部長によると,ジョージア大では現在,創大卒業生が日本語学科で教鞭をとっ ていると言い,その卒業生が以前からジョージア大と創大の交流を薦めてくれてい たのだと言います。日本語をせっかくやっているなら,是非学生に日本に行って欲 しい,その際には母校の創価大学が大変素晴らしい環境なので行って欲しいと。た だ,それを阻む形になっていたのが,他の日本語の教授の存在でした。同じく日本 人の方だが,日本国内では何かと騒がれている,創価という名前に難色を示してい たのだそうです。それによって,あからさまではないにしても,抑止力が働き,今 まで交流の話も考慮するには至っていなかった,と。しかし,その先生が大の駅伝 ファンだったようです。今年1月の箱根駅伝を見ると,同僚の母校でもある創価大 学の学生が参加していることを知るに至りました。その教授も律儀な方で,選手出 場校のホームページなどを色々と見比べたところ,どこでも出場選手へのインタビ ューなどが掲載されているのを読み,本学の他校との違いに驚いたと言います。特 に目に留まったのは,「最近読んだ本はなんですか?」との質問。「好きな食べ物 は?」等と並ぶ他の大学と比べ,まず質問自体が異色であったのです。他にも,何 のために走るのか,など,真摯な姿勢が続きます。他の大学とは根本的に質が違う と感じ取ったようです。さらに,福島選手の読んだ本への答えが,ドストエフスキ ー著の「罪と罰」でした。自分の持っていたイメージと違うばかりか,他では見つ からないような,駅伝にも,学問にも,真摯に取り組んでいる姿勢に感銘を受けた その教授自身が,積極的に交流を考えていい,自分も行ってみたい,と態度を一変 させ,学部長にも積極的に交渉したのだそうです。時を待たずして交流の可能性が 形となり,学部長,同教授,と本学卒業生の3名が来学されました。学術交流協定

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も結び,一気に交流が進む運びとなったのです。

 その後,7月4日,アメリカの独立記念日に,ジョージア州アトランタで毎年行 われている 0km の名高いロードレースに,協定を結んだ記念として,福島選手が 先方大学から招待されました。5万人余りいた参加者の中で,福島選手は 50 位の 大健闘。実は 50 名は,世界大会等でも名をはせる有力な国際招待選手で,先にス タートをしていた選手達でした。あとに続いたのが,福島選手を含む,大学シード 選手群。その数百人いるなかで福島選手はダントツの1位だったのです。招待した 学部長も,福島選手の予想以上の成績に大変に喜び,ますます両校の絆は深まるこ とになりました。まさに,箱根駅伝が開いた国際交流であると言えます。これはほ んの一例で,他にも,各地で活躍する卒業生が道を開くケースが多々あります。

創立者が開いた世界交流の歴史

 続いて,創価大学建設の歴史を振り返りながら,創立者がいかにして国際交流の 道を開いて来て下さったのかを紹介させて頂きます。

 今日の大発展の本学キャンパスからは想像しづらいことですが,今から 40 年前,

97 年に開学した頃の創価大学は,中央体育館と,文系校舎 A 棟の前半分のみの 姿でスタートしました。一切が,創立者の孤軍奮闘であったのです──。これは,

海外からの来賓に学内を案内し,大学紹介をさせて頂く際に,必ずさせて頂く説明 です。そして創価教育 80 年の歴史に言及し,淵源である牧口先生の教育思想を語 るのです。

 戦時中,軍国主義の日本にあって,子供のための教育を命がけで叫び,軍部政府 の弾圧にも信念を決して曲げることなく正義を掲げ,思想を貫いて獄死までされた 先師,牧口常三郎先生。その夢を受け継ぎ,共に牢獄に行かれるも,出獄後に全生 命を賭けて戦後,創価学会を再建,第二代会長となった戸田城聖先生。愛弟子,池 田大作先生に創価大学開学の夢と使命を託されました。そして創立者・池田先生 が,師弟三代の悲願であった,創価大学を 97 年に設立。人間主義の教育哲学が,

師弟の流れのなかに脈々と受け継がれ,創価大学ができたことをこのように説明さ せて頂いています。

 

 海外からのご来賓,特に中国・韓国等,アジア圏の方々は,軍国主義と闘った歴 史,そして師弟の絆で創価教育が誕生・発展してきたことに深い深い感銘を受けら れます。創立者自らが世界の知性と交流を進められる中で,創価の国際交流を開い て下さった。すべて,創立者が先師,恩師に託された世界平和の構想,教育思想の 実現を,自身の使命であり責任として果たし抜かれて来られる中で,手作りで育ん で下さった。それを象徴するように,世界の大学から名誉学位を授与される際に必

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ず,「この栄誉を,先師牧口先生,恩師戸田先生に捧げたい」と言われるのも,ご 承知のことと思います。

 少々余談ですが,その授与式の際,同時に「また,若き自分に色々なことを教え て下さった,3人の方々に捧げたい」と言われることもありますが,ご存知でしょ うか。一人目は,イギリスの著名な歴史学者,アーノルド・トインビー博士。創立 者とは,972 年~ 73 年にかけて対談をされ,その思い出をよく語られるので思い 浮かべられた方も多いのではないでしょうか。イギリスの伝統的な紳士クラブに2 人だけで行き,「最優秀の成績です。あなたは将来必ず,私よりも多くの名誉博士 号を授章されるでしょう」と言って頂いたエピソードをよく紹介され,しかしその 時,通訳も入らなかったので,自分の言葉ではうまく話せなかったことが悔やまれ ると,必ず言われます。そして,創大生には,将来どんな場面でも遺憾なく世界の 知性を相手に想いを語れるよう,ぜひ英語を勉強してほしい,と結論されます。も う一人は,中国の大指導者,周恩来総理。974 年 2 月,創立者と会見されました。

「若いあなたに,これからの日中友好を託したい」との言葉通り,創立者は日中友 好の金の橋を架けられました。その縁深き出会いを留める「周桜」は,創大の大き な財産となっています。これも,有名な話なので,思い浮かんだのではないかと思 います。そして最後の一人ですが,上記二氏に比べ,意外に思われる方も多いので はないでしょうか。旧ソ連の指導者,コスイギン元首相です。創立者は,コスイギ ン首相にも,大変にお世話になったのだと言われるのです。冷戦時代の会見は,平 和への一つの大きな突破口となりました。これらもすべて,創立者が残して下さっ た,創価大学の大きな財産であり,国際交流の礎となっています。

 まさに,トインビー博士が予見されたように,創立者が世界の大学から受けられ る数々の名誉称号とあわせ,創価大学に縁する世界的知性・ご来賓の一端を,少し 紹介させて頂きます。975 年5月,モスクワ大学から受けられた,第1号の名誉 博士号より数えて,今年8月2日のマラヤ大学からのご受章で,名誉学位も早,

295 番目を数えました。まさに歴史的な,前人未到の 300 のご受章を間近に控える 壮挙なのです。これも余談ではありますが,2006 年 0 月,北京師範大学から 200 番目のご受章をされたとき,世界一の壮挙ではないかと調べてみると,それまで一 番多かったのは,アメリカ・ノートルダム大学の前学長が受けていた,70 ~ 80 程の名誉称号が最多であったことが分かりました。それを超越し,間違いなく世界 一を確信したある側近の方が,先生に,「ギネスブックに申請しませんか」,と提案 されたという話が残っています。もちろんこれは,一蹴されてしまったようであり ますが。

 ともあれ,時代は変わり,大学の人員も変わるため,授与した大学側一つひとつ で,全員が全員,授章当時のことを覚えているわけではないのですが,海外の大学 と何かのきっかけに,「わが創価大学の創立者・池田先生に名誉称号を頂き,本当

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にありがとうございました」というところから国際交流を始められることがよくあ り,相手側も改めて本学との絆を確認することになります。本当に様々な次元で多 角的に,創立者には大きな財産を残して頂いていることを再確認するのです。それ も,既に紹介した以外にも,英国・クイーンズ大学(2009 年5月),中国・清華大 (2010 年5月)など,各国のトップレベル,名門中の名門の大学からの名誉学術 称号なのです。

 創価大学に来られる来賓の方々も,世界的権威やノーベル賞受賞者等,第一級の 知性であります。例えば,ミハエル・ゴルバチョフ元ソ連大統領。3回も来学され ていて,一番最近は 2007 年6月。その際も,創立者の態度に改めて感銘を受けま した。誰に会う時も,いつ会う時も態度が変わらないのです。一民衆を相手に懇談 している時も,一国の大統領を迎えている時でも,創立者は目の前にいる一人の人 間に,大誠実で,しかし堂々と会われます。それはゴルバチョフ氏が世界的指導者 の地位にいた時も,現役を退かれていた前回の訪問も一緒でした。

 世界的に見れば,冷戦を終結させ,世界を平和に近づけた指導者として,ノーベ ル平和賞の受賞からも明白な世界的地位を持つゴルバチョフ氏でありますが,旧ソ 連,ロシア国内では,今までの体制を一遍させたことや政治的な影響から賛否,

様々な評価がありました。国内での複雑な世論,批判や,奥様を亡くされたことも あり,来学されたときは意気消沈気味であったようです。そんなゴルバチョフ元大 統領を,池田先生は全力で激励されました。ゴルバチョフ財団を設立し,ともすれ ば過去の影響力から受け身的に世界を見守ろうとする,過去に寄り掛かるような姿 勢になりかけた時,池田先生が,「今を生きるんだ,もう一度立ち上がるんだよ」

と力強く叱咤激励されました。その 2007 年の来学の際は,多忙を極め,ない時間 をこじ開けて創大にいらっしゃっていたのですが,そのあと飛ぶように,都内にも どられ,記者会見に参加されました。様々な日本のメディアが集まる中,日本のマ スコミに対し,「あなた方は,日本に池田大作という人間がいる意味,その人がど れほど偉大で大事な方なのかを,本当に過小評価している」と喝破したとの通訳談 が残っています。創立者が,最高権力者であった人とも,変わらぬ誠実と人間的な 交流を貫き,創価大学につなげ,守って下さっていることの一例として紹介させて 頂きました。

 そして,6カ国協議等で話題の,中国の唐家璇元国務員(日本でいう,外務大臣。

外交の最高責任者)。今年3月,来日し創価大学の名誉博士になって頂きました。同

行されたのが,4月に正式に中国駐日大使になられた,程永華氏。本来なら,程永 華閣下とお呼びするのが相応しいのでしょうが,夏のサマーガイダンスでは,あえ て,程永華「先輩」と呼ばせて頂いています。というのも,氏は,創価大学への交 換留学生の一人であったのです。有名な歴史となりましたが,975 年4月,戦後 中国から日本へ初めての国費留学生6名が,創価大学に正式に受け入れられまし

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た。これは,創立者が 974 年 2 月に周総理とお会いされてから,わずか5か月の 非常に短い間でした。まだ中国は文化大革命の時代,日本も 970 年の日米安全保 障の運動から,5年しかたっておらず,学生運動も尾を引いていました。中国から 過激な思想をもった学生が来たら困るというような世論が残っていた時期です。も ちろん,日中国交正常化以後だったので,本来なら中国からの国費留学生は国立大 学が受け入れるべきでした。しかし,日本では受け入れようとする大学がなく,す でに日本にいて日本語を勉強していた,大変優秀な中国の学生達であったのに,4 月になっても入学ができませんでした。そこで,前年に周総理とお会いしている池 田先生に,中国大使館から助けを求める連絡が入ったのです。「そういうことでし たら,若い大学ですが,創大に」と,先生自身が身元引受人になって戦後初めての 中国留学生受け入れが実現しました。

 それからわずか 35 年前。今や,中国から留学生を受け入れないと経営が立ち行 かない日本の大学も多いのが事実です。少し先を見通すことができていれば,この 最初の6人を受け入れることが,どれだけの財産になったか計り知れないのです が,どこの大学もそれをしなかった。創価大学だけが,池田先生の英断で受け入れ を実現させたのです。しかし当然,創価大学側も,急な話に受け入れ準備もなにも なかったため,手続き的に受け入れは決して簡単なものではなかったはずです。先 代の若江学長,短大の福島前学長,石川副学長補・別科長等の当時一番若手の方々 が,創立者の想いに応え,誠実と真剣で急ピッチの準備を進めたのです。

 現在の創価大学にとっても,この初めての留学生を迎え入れたエピソードは教訓 を残しています。ともすれば,運営する側は,大学建設,国際交流に関して保守的 な姿勢になってしまいがちです。しかし,大事なことはタイミングを逃さず大胆に やる,創立者に呼吸をあわせていく,ということの重要さを改めて教えてくれてお ります。ともあれ,この6人の国費留学生の受け入れが,創価大学の国際交流の原 点となり,今に続く発展の道を拓いたのではないでしょうか。よく,留学生は未来 からの大使,という表現を致しますが,程永華氏の例をとってみても,実際に大使 になってしまって両国友好のために尽力されている例にすらなっているのです。こ ういう財産を残せるような,大胆で,スピードのある,創立者直結の国際交流を,

これからも,そしてそれにも増して進めていくつもりです。

 そしてこの中国との交流の歴史は,現在の関係を見ればその意義はますます明ら かであります。清華大学,上海大学,北京大学,復旦大学,中山大学など,もちろ ん色々な数え方はあるのでしょうが,いわゆる中国の上位 30 大学と数えられる,

すべての大学から,創立者は名誉称号を受章しているのです。重ね重ね,創立者が 残して下さった国際交流の大きな財産であると,明記しておきたいものです。

 来学されるご賓客をもう少しだけ紹介させて頂きますと,「モッタイナイ」で有

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名なノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイ博士(2005 年初来学)には,2006 年に創大の名誉博士をお受け頂きました。今年2月に青山の国連大学で国際会議に 参加された際も,山本学長とお会い頂き,その際にも創大との交流を大切にしてく ださっています。また,有名なハリウッド俳優,オーランド・ブルーム氏も創大に 来学し,交流を持って頂いたり,世界的なジャズピアニスト,ハービー・ハンコッ ク氏にも,来学して頂いたりしています。これもほんの一例ではありますが,世界 の様々な分野で第一級の活躍をされる方々が,創立者を求め,また創大生との交流 を楽しみに,いらして下さるのです。

 ちなみに,余談になりますが,私自身がアメリカに滞在していた時,ハンコック 氏の近くで活動をさせて頂く機会に恵まれました。ある会合で,氏が演奏を披露し て下さったこともあります。小さな会館で,手入れも行き届いていないようなピア ノだったのですが,あふれだしてくる素晴らしい旋律に,本当に感動したことを今 でも覚えています。一流にもかかわらず,出し惜しみをしない──海外メンバーの 姿勢に改めて感銘を覚えました。師匠への素直さと強い求道心を思う時,SGI の文 化が,国際交流で逆輸入されることで我々が学ばせて頂くことは大変に多いように 思います。そういう意味でも,創価大学は,誰にでも開かれた心と心を結ぶ国際交 流の機会に恵まれていることを,改めて確信するのです。

創立 50 周年へ,国際化進む教育プログラム

 最後に,大学の将来を展望しながら,簡潔にではありますが,今後の国際交流の 取り組みを紹介させて頂きます。

 国際化を推進する教育プログラムとしての側面から,創立 50 周年に向かっての,

創価大学グランドデザインについて語らせて頂きます。『創価大学グランドデザイ ン』とは,本学の使命を具現化し,少子化・多様化の時代に向かう中で,本学が選 ばれる大学であり続けるために,この 0 年間を視野にその目標・計画を戦略的に 示したものです。来るべき 2020 年──創立 50 周年の創価大学像を描くために,こ れまでの伝統と実績を検証しつつ,

 ●建学の精神を根本に本学で学んだ人材を社会に輩出する使命  ●その人材を養成するための具体的な教育・研究システム  ●その教育・研究をサポートする大学の総合的な環境の整備

の3点を柱に,策定致しました。今後,このグランドデザインの実現に取り組む中 で,先進的なモデルとなる大学を目指す,というものです。創立者に頂いた建学の 精神や,三指針を,ただのスローガンでおわらせることなく実現するための,更な る具体的な努力といえます。例えば,国際化を進める上で受入留学生を 500 名,創 大からの海外派遣を 000 名に増やすという数値目標も含まれています。

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 以下,教育プログラムの国際化の観点から,GCP,経済学部,経営学部,法学 部,文学部,教育学部,工学部や,創価女子短期大学を含めて,国際化教育に力を 入れている各プログラムに簡単に触れさせて頂きます。

 

 まずはグローバル・シティズンシップ・プログラム(Global Citizenship Program,

GCP)と呼ばれる,今年から作られた世界市民育成プログラム。GCP は,国際公務 員,国際協力機関や NGO,国際的企業,での就労や,海外一流大学院への進学,

外交官等国家公務員の進路等,将来,国際舞台で活躍する人材育成のため,成績優 秀な学生に対し学究力,言語力,リサーチ力等あらゆる面でグローバルスタンダー ドに照らして劣らない実力を発揮するための教育を提供し,海外研修を含め包括的 に国際人を育てるプログラムであります。

 そして,経済学部のインターナショナル・プログラム(International Program,

IP)。創価大学で学ぶのですが,授業は全て英語で行われ,質の高い訓練を受けら れるとの定評があります。シンガポール等,海外研修も含まれますが,現地でその まま通用する内容を英語で学び,世界に通用する即戦力を養えるプログラムです。

 続いて,世界各国を研修で回り,現地で経営学マネジメントの仕方を学ぶ,経営 学部のグローバルプログラム(Global Program, GP)。香港大学で,英語で「平和と 人権」についての研鑽をする,ピース&ヒューマン・ライツ(Peace & Human Rights)研修。文学部では,創価大学で2年,中国で2年学び,両大学の学位を同 時に取得できる,デュアル・ディグリープログラム(Dual Degree Program)を北京

語言大学(日本でいう東京外国語大学)と現在既に実施していますが,イギリスの大

学とも交渉を進めていて,1~2年のうちに英語圏でも開催できるなど,各学部で も海外派遣,学習内容の質の向上,国際化など,多角的に世界市民育成に進んでい ます。

 さらに,創価教育の思想を学びに海外からの留学生が多数訪れる,教育学部で は,日本語・日本文化センターの設置が着々と進められています。現段階では,海 外からの留学生は別科や正規の学部・大学院生の形態を除けば,短期で創大への留 学を経験できるのは,交流協定を結んでいる海外の大学に限られていました。日・

日センターの設立で,今まであきらめるしかなかった海外の学生が,半年から1 年,創大で学ぶ機会が幅広く提供され,留学生の規模,多様性共に更なる向上が見 込まれています。

 小型人工衛星「Negai ☆ “」や,ロボットのソビットで有名な工学部も,世界へ と広がる研究協力を推し進めています。性質上,工学部では留学プログラム自体は まだあまり盛んではないものの,海外での学会発表への参加や共同研究という形 で,国境を越えた交流が盛んに結ばれております。

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 最後に,創価女子短期大学も,世界へ開かれた女性教育の城としての位置を不動 のものとしています。先ほども,創大ではおよそ4分の1の学生が卒業までの間に 何らかの留学を経験する話をさせて頂きましたが,短大では総数 800 人のうち,約 半数の学生が,海外留学や研修を経験しているのであります。アメリカ創価大学

(SUA)への短期留学をはじめ,カリフォルニア大学やオタゴ大学への語学研修等,

語学を磨き,世界を視野に入れた教育が進められているのです。

 こうして見ると,交換留学生の受入れや派遣に留まらず,各学部やプログラム 等,多角的に,全学をあげて幅広く質の高い国際的教育を取り入れ,語学力や国際 的視野を養う,世界市民養成の教育が提供されていることを,ご理解頂けるかと思 います。ご覧頂いたように,この国際化の取り組みには現在さらに力を入れてい て,将来よりいっそう加速度的な成長が見込まれています。世界の一流大学に伍す る創価大学となりゆくことが大きく期待されているのであります。

 以上,「創立者と創価大学の世界交流」と題して,様々な観点からの紹介をさせ て頂きましたが,創立者・池田先生が切り開き,我々に残して下さっている世界へ の道,一流の知性との絆という財産を守り,更に発展させていくため,そして信念 と実力を兼ね備えた,国際社会を担う人材育成,価値創造の世界市民輩出のため に,創価大学はあらゆる面で,国際交流を推し進めているのであります。

※本稿は,200 年8月 5 日に通信教育部学会が主催した「通信教育部創立 35 周年記念講 演」の内容をもとにまとめたものです。

参照

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