はじめに
これまで,森田良行(1977)安達太郎(1999),『日本語基本動詞用法辞典』な どで「する」を述語とする文の種類や文型が示されてきた
1)。その構文の記述は いずれも助詞(特に格助詞)を表示する形で行なわれている。本稿では,機能性 の動詞が作る多様な構文を記述するという立場から, 「する」文の格構造を整理し,
その格構造の記述のために形式格だけでなく格が表す意味(意味格)についても 記述する。これによって,「する」という動詞がどのような意味役割を持った名 詞と共起し,その名詞にどのような格表示を求めるのかが明らかにされ,「する」
の文法的機能や意味の広がりが把握されると考えるものである。以下,まず構文 を記述する枠組みである「格」について考察し,最後に「する」文の格構造の記 述結果を示す。
1.構文を記述するために
1.1 格格の認定そのものについては本稿の目指すべきものではないが,「する」文の 多様性を見るための方法論として,どのような格を用いて,どのように記述する かという問題を論じておく必要がある。
格の定義は「名詞・代名詞が文中で他の語とどのような関係にあるかというこ と(すなわち統語関係)を示す文法範疇(現代言語学辞典)」であり,主格,対格,
与格,奪格,属格,処格,具格,呼格などがある。印欧諸語を中心とする伝統文 法では,屈折に基づき,原則として異なる語形をもつ場合にだけ格を認めてきた
(例,サンスクリット語の8格(主・対・与・奪・属・処・具・呼),ギリシア語 の5格(主・対・与・奪・呼),ラテン語の6格(主・対・与・奪・属・呼))。
「する」文の格構造
大 塚 望
各語形は特定の意味領域と対応すると考えられ,例えば,主格は陳述の主体,対 格は動作の客体,属格は名詞の限定,呼格は呼びかけを表す。しかし,現代英語 は屈折によって区別される格が人称代名詞の属格及び一・三人称の目的格しかな いので,語順や前置詞によって表される統語関係を考慮に入れ格を規定している。
日本語は名詞の屈折がなく,上記のような格は存在しないが助詞によって統語関 係を表示することができる。伝統文法で行われた格の規定を狭義の格とすると,
狭義の格における名称である主格・対格・与格・目的格といった名称をそのまま 引き継いで日本語の格表記に用いるのは適当ではない。研究史上の意味のみなら ず,一つの語形が一つの格を表すとは限らず,例えば日本語の「ガ」は主格にも 対象格にもなる。また,統語関係と言いながら,すでにこれらの名称には意味的 な側面が含まれている。
統語関係を示す格とは別に,もう一つ考慮すべき格が意味関係を示す格である。
Fillmore によって 1960 年代後半から 1970 年代にかけて提唱された格文法におけ る深層の格と言われる格である。文は命題とモダリティから構成され,文の中核 をなす命題が動詞と一つあるいはそれ以上の名詞句から成ると考え,さらに,動 詞によってそれらの名詞句の数と種類が規定されると考えた。名詞句の種類を分 けるのが意味的な格範疇である。Agent,Object,Source,Goal,Experiencer などである。ただし,日本語の場合,動詞述語文だけでなく形容詞や形容動詞を 述語に持つ文
2)もあるので,動詞だけではなく,これらも考察に入れる必要が ある
3)。また,名詞と名詞との連体関係もある。
したがって,本稿では格の記述において,「名詞が文中で他の語と持つ文法的 な関係を示す形式」のことを統語関係を表す格(形式格・表層格),「名詞が文中 で他の語と持つ意味的な関係」のことを意味関係を表す格(意味格・深層格)と に分け,用いることとする。
1.2 形式格・表層格
仁田義雄(2005)は「述語に対する表層格には,ガ格・ヲ格・ニ格・ヘ格・
カラ格・ト格・デ格・ヨリ格・マデ格がある(p97)」とする。また,名詞に対 するものは「ノ格」
4)であり,さらにそれを分化させた「ヘノ」 「カラノ」 「トノ」
「デノ」「ヨリノ」「マデノ」があるとし,全部で 10 の格を認定している。
村木新次郎(1991)は,述語との関係を表すものに主格(ガ),対格(ヲ),与
格(ニ),出発格(カラ),方向格(へ),共同格(ト),比較格(ヨリ),状況格(デ)
といった「格助辞」の存在を指摘する。さらに文法格には「ガ,ヲ,ニ(与格)」
があり,これらは他の形式よりも優位に立ち,これらを取り巻く形で広義の場所 格としての「ニ(位格),カラ,ヘ」と,基準・異同・対称・比較などの抽象的 な関係を表す関係格としての「ニ(依拠格),ト,ヨリ」があるとした。また,
この他に「副詞相当句をつくる状況格としてのデと数量格のφ(一時間,三キロ,
…)」をあげている
5)。ニ格のみ意味機能との関わりから3つに分けているが,
無格を取り込み,全部で9の格をあげる。
その他,益岡隆志・田窪行則(1987,1992)はノを除く9。青木伶子(1980)
は連用格助詞としてマデを除きシテを加えた 10 と連体格助詞としてノ・ト・ニ の3。髙橋太郎(2005)はハダカ格とマデニを加え,ヨリを除いた連用格 10 と,
ノ・ヘノ・デノ・トノ・カラノ・マデノの連体格6をあげている。
本稿では,ガ・ヲ・ニ・ヘ・カラ・ト・デ・ヨリ・マデの9つの格助詞とハダ カ格に該当する無格を形式格として取り上げることとする。格助詞を入れるのは,
その名詞が動詞「する」とどのような関係にあるかを表す格に値するからであり,
また,無格の名詞もまた「する」と共起する重要な要素であるためである。その 他,格助詞相当の語句として,ヲシテ,ヲモッテ,ニツイテ,ニオイテ,ニヨッ テ,ニトッテ,ニシテ,ノタメニ,ノヨウニ,トシテなどがあるが,複合的なも のなので記述には入れない。また,ノは名詞と名詞の関係を表すものであり,本 稿の「する」との関係を直接示すものではないため,除外する。
1.3 意味格・深層格
外崎淑子(2005)に「『文』が構築されるためには,その要となる動詞(述語)
がまず必要であり,その動詞が最低限必要とする要素が選ばれ,その要素の役割
が明らかになることで,文は構築される(p5)」とある。動詞(述語)が最低限
必要とする要素「項 argument」と,なくても文が不完全になることはない「付
加詞 adjunct」がある。能動文における項は「動作主と対象であり,その他の意
味役割は述語によって付加詞にもなる(p7)」。また,意味役割は「経験的に設
定される(p6)」とする点が格認定の方法として弱いが,以下のように意味役割
の定義を述べている点で有効である。以下にそれを表にまとめなおす
6)。
表1.外崎(2005)による意味格と形式格の対応
意味格として 10 が設定されている。特に先行研究の何を参考にしているかにつ いては明記していないが,当然 Fillmore に連なる理論を背景にしていることは 明白である。
山岡政紀(2000)では,一文の果たす機能という文機能の観点から日本語文を 分析する上で,意味格を用いている。あらかじめ,分析の道具としての意味格に ついて Fillmore を元に規定している。意味格の具体的な定義はないが,一つの 形式格を複数の意味格に解釈する場合の根拠として文法現象を取り上げている点 が,経験的・直観的に解釈されやすい意味格を客観的に捉える上で大変参考にな る。例えば,受動化,他の格助詞との言い換えなどの文法的なテストである。以 下に簡略化して表にする。
表2.山岡(2000)による意味格と形式格の対応
意味格 形式格
動作主格 Agent ニ,ガ,デ 対象格 Object ガ,ヲ,ト 相手格 Patient ニ,カラ,ト 起点格 Source ニ,ガ,カラ 目標格 Goal ニ,ヘ,マデ 経験者格 Experiencer ニ,ガ 道具格 Instrumental デ
意味役割 定義 形式格
動作主(Agent) 述語によって表される活動を意図的に起す主体。 ガ 原因(Causer) 述語によって表される変化を引き起こす原因。 デ 受動者(Patient) 述語によって表される活動によって影響を受け
る主体。 ヲ
対象(Theme) 述語によって表される活動によって移動 ・ 変化
する主体・変化体。 ヲ
経験者(Experiencer) 述語によって表される(心理的)状態を経験す
る主体。 ガ
着点(Goal) 述語によって表される活動が向う点。 ニ 起点(Source) 述語によって表される活動の結果として何かが
動く際の出所。 カラ
場所(Location) 述語によって表される活動の場所や,対象が存
在する場所。 デ,ニ
受益者(Benefactive) 述語によって表される活動から利益を得る主体。 ニ
道具(Instrument) 述語が表す動作を可能とする道具。 デ
意味格として 11 が規定されている。
仁田(1993)では, 「動詞が文を生成するにあたって,自らの表す動き・状態・
関係の実現・完成に必須的に参画する関与者を表した成分」を「共演成分」とし,
その抽出において,意味だけをその根拠にするのではなく,主題化,連体修飾節 の主要語化,分裂文の焦点部化,付加・削除の制約の4つのテストを用いている
7)
。その結果,「N ガ」「N ヲ」「N ニ」「N カラ」「N ト」「N デ」が共演成分と して抽出され,意味格は「格的意味」として表示されている。表にまとめると以 下のようになる(※;主要格・文法格,その他;副次的格)
表3.仁田(1993)による意味格と形式格の対応
意味格として8が記述されている。
村木(1991)では, 「述語を中心に文の構造をとらえる立場(p138)」をとり, 「日 本語の文構造を,述語がいくつかの補語(=アクタント,共演成分)とむすびつ いて文の骨格をつくっている(同)」と考える。「日本語の名詞の格の体系にもと づき,主格および対格の,他の格に対する優位性が考慮されている点に特徴があ る(P138)」とあるように,ガ,ヲ,ニを文法格として他の格から区別する。そ の根拠はノ,ハ,ダケ,バカリの後接の仕方,ヴォイスの格の交替現象,数量詞 遊離,格形式がφになる格,形式動詞「する」との結合,の5つである。そのう えで,名詞と動詞の間に成り立つ関係概念を「叙述素」と呼んだ。それを以下に 表としてまとめなおす。各形式の組合せで,叙述素が対応する形式格には下線を
格的意味 定義 形式格
※主 動きや状態を体言する項 ガ,カラ,デ
※対象 動きがめざす対象 ヲ
※相方 動きや状態の成立の一端を担う相手 ニ,カラ,ト
※基因 動きや状態を引き起こす原因となる項 ニ,デ 出どころ 主体や対象の出立点や離点を表した項 ヲ,カラ ゆく先 主や対象の目標や着点を表した項 ニ,ヘ ありか 主や対象の存在・所属する空間的・
非空間的場所を表した項 ニ,ト
経過域 動きが経過する領域を表した項 ヲ
原因格 Cause ニ,ガ,デ
場所格 Local ニ,ヲ,デ
基準格 Criteria ニ,ヲ,ヨリ
受益者格 Beneficiary ニ,ガ
付すこととする。
表4.村木(1991)による意味格と形式格の対応
叙述素は意味格として解釈できるので,30 の意味格があることになるが,「こう した叙述素には,互いに近似しているため統合してよいものもある(p167)」とし,
叙述素 定義 格形式の組合せ
1 空間的位置 (具象語)が存在するところ [ガ/ヲ,ニ]
2 非空間的位置 (非具象語)が存在するところ [ガ/ヲ,ニ]
3 空間的起点 (具象語)が起点となるところ [ガ/ヲ,カラ]
4 空間的着点 (具象語)が着点となるところ [ガ/ヲ,ニ]
5 方向 至るところ,または方角 [ガ/ヲ,ヘ]
6 空間 V する空間 [ガ/ヲ]
7 時間 V する時間 [ガ/ヲ]
8 範囲 V するときの範囲 [ガ,ニ]
9 対称 共同者 [ガ/ヲ,ト]
10 関連 関係づけられる基準 [ガ/ヲ,ニ]
11 比較 比較の対象 [ガ/ヲ,ヨリ]
12 資格 資格 [ガ,デ][ヲ,ニ]
13 内容 着点となる物事や事柄の内容 [ガ/ヲ,ト]
14 相手 物品・情報が移動する相手 [ガ/ヲ,ニ/カ ラ]
15 数量 数量 [ガ/ヲ,φ]
16 起因 V する起因 [ガ,ニ]
17 動機 V する後の出来事 [ガ/ヲ,ニ]
18 逆動機 V する前の出来事 [ガ,カラ]
19 非空間的起点 (非具象語)が起点となる物事 [ガ/ヲ,カラ]
20 非空間的着点 (非具象語)が着点となる物事 [ガ/ヲ,ニ]
21 対象(出現) V する結果,出現するもの [ガ][ガ,ヲ]
22 対象(消滅) V する結果,消滅するもの [ガ][ガ,ヲ]
23 対象(変化) V する結果,変化するもの [ガ][ガ,ヲ]
24 対象(受影) V する結果,作用するが変化しないもの [ガ,ヲ]
25 動作主 意志をもって V しうる [ガ]
26 態度 V する(精神活動の)対象 [ガ,ニ]
27 対象 21 ~ 24 の特徴をもたないもの [ガ]
[(ガ),(ヲ)]
28 手段 V するときに用いる手段・道具 [ガ,デ]
29 部分 部分 [ガ,ガ/ヲ/ニ
/カラ/デ]
30 焦点 側面 [ガ,ガ]
統合できるものは,3,19,14,16 で広義の「起点」,4,20,14 で広義の「着 点」,1,2,6,7,8で広義の「位置」,12,13 で「同定」,と 21 の広分類がで きる。格の組み合わせまでまとめている点は参考になる。
深層格あるいは意味格の規定を行ない,格文法を提唱した Fillmore の意味格 の規定について簡単に確認する。『格文法の原理─言語の意味と構造』 (1975)は,
“The Case for Case”(1968)と格文法関係の論文5編を一緒にし,著者の指示 もあり原文にない修正も行われている。これを元に訳出された語と原典の英語表 記をあわせてまとめると以下の表になる。「語彙情報の種類」という論文では,
7の格を提示している(p201)。これを1と表示する。さらに「格文法の諸問題」
という論文では「次のような格に落ち着くようになった」と8の格を提示する
(p244)。これを2と表示する。
表5.Fillmore の意味格
2 で消えた「結果格」は,「目標格」に吸収された。例えば「詩を書いた」,「橋 をかけた」の「詩」や「橋」は「述語で表される行為が行われた結果,存在する
格概念(略語) 原語 定義 出典
動作主格(A)Agent 出来事を引き起こす者。何かの行為をする者。
ある動作を引き起こす者の役割。 1,2 対象格(O) Object
動いたり変化したりする実体。その位置や存在 が考慮されている実体。動作主の行為または行 為提供,移動する対象物や変化する対象物。判 断,想像のような心理事象の内容を表す役割。
1,2
結果格(R) Result 動作の結果として存在するようになる実体。 1 道具格(I) Instrument
ある出来事の刺激または直接の物理的原因。あ る出来事の直接原因。ある心理事象と関係して 反応を起こさせる刺激となる役割。
1,2
源泉格(S) Source
何かが移動する際の起点となる場所。対象物の 移動における起点。状態変化や形状変化におけ る最初の状態や形状を表す役割。
1,2
目標格(G) Goal
何かが移動する際の到着点となる場所。その行 為や行為提供の方向またはそれを受ける者。対 象物の移動における終点。状態変化や形状変化 における最終的な状態,結果を表す役割。
1,2
経験者格(E)Experiencer ある動作の影響を受けたり経験したりする実
体。ある心理事象を体験する者の役割。 1,2
時間格(T) Time ある出来事が起こる時間を表す役割。 2
場所格(L) Location ある出来事が起こる場所及び位置を表す役割。 2
ようになった事物の最終結果」なので,「ある動作や変化の後期の状態または最 終結果を表すために使われる」目標格だとされる。また,新しく加えた「時間格」
「場所格」は「あらゆる述語の任意的な補助部」
8)だと述べる。
1.4 本稿における意味格の設定
以上の意味格の分類を参考に,本稿で用いる意味格を以下にまとめる。まず,
村木(1991)の分類は詳細ではあるが 30 は本稿の記述においては煩雑であり,
簡潔である方が望ましいと考える。次に,仁田(1993)の分類は簡潔にまとめて あるが,感情や感覚を経験する経験者としての意味格がなく主格のみである点は,
「する」のような多様な性質を示す動詞の文を記述するには大枠に過ぎる。そこで,
山岡(2000)と外崎(2005),フィルモア(1975)をベースにして意味格を考える。
表6.本稿における意味格と形式格の対応─「する」文を分析するために
意味格 定義 形式格
動作主格 Agent 述語の表す活動・行為・動作を行う主体。ま
た出来事を引き起こす者。 ニ,ガ,デ 対象格 Object
述語の表す活動・行為・動作によって移動・
変化・影響を受ける主体。判断・想像などの 心理事象の内容。述語の表す状態の主体。述 語の表す動作・状態の具体的内容。
ガ,ヲ,ト
相手格 Patient 述語の表す活動・行為・動作の相手。 ニ,カラ,ト 起点格 Source
述語の表す活動・行為・動作の結果,何かが 移動する際の起点。および状態変化における 最初の状態。
ニ, ガ, カ ラ
目標格 Goal
述語の表す活動・行為・動作が向うところ。
移動の到着点・終点。状態変化や事態認定の 後の状態,結果。
ニ,ヘ,
マデ,ト 経験者格 Experiencer 述語の表す心理事象を経験する主体。 ニ,ガ 道具格 Instrument 述語の表す活動・行為・動作を可能にする道具。 デ 原因格 Cause 述語の表す変化・出来事・動作・心理事象の
原因,理由。 ニ,ガ,デ
場所格 Location 述語の表す活動・行為・動作の場所や,対象
が存在する場所や位置。 ニ,ヲ,デ
基準格 Criteria 述語の表す性質の基準になるもの。 ニ,ヲ,ヨリ 受益者格 Benefactive 述語の表す活動・行為・動作によって利益を
得る主体。 ニ,ガ
数量格 counter 述語の表す数量的な具体的内容。 φ
道具格と原因格を別に立てた。「ナイフでりんごを切る」は,「ナイフを使って りんごを切る」と言い換えられるが,「病気で体を壊す」は「病気を使って体を 壊す」とは言えないためである。また,相手格と目標格を区別したのは例えば「A さんとご飯を作る」」のト格名詞は,目標格より相手格とした方が意味的に合う。
加えて「B さんにりんごを送る」は「B さんはりんごを送ってもらった」「りん ごは B さんに送られた」となるが,「A さんにご飯を作る」は「A さんはご飯を 作ってもらった」「# ご飯は A さんに作られた」となり,元の文と意味が変化す るので,両者の意味格は異なると考え,相手格を設定した。受益者格も目標格や 相手格と似ているものではあるが,「C さんにお金を援助する」は「C さんはお 金を援助してもらった」「? お金は C さんに援助された」となり,相手格や目標 格とは異なる。また「D さんに迷惑をかける」は「*D さんは迷惑をかけてもら った」となり,これは利益を得ることの反対であるため目標格となる。基準格は,
日本語には比較の基準を表すヨリがあるため,これも意味格として立てることに したい。最後に,「コピーは一枚 10 円した」の下線部は格助詞が付かないが無く てはならない要素であるためここに加えた。なお,いずれも必須要素になりうる ものを立てた。場所格は必須項ではないとされるが,例えば「船は日本海側を通 る」のヲ格名詞は動詞にとっては必須である。一方,時間格「5時に図書館へ行 った」のニ格名詞は必須になることがないと考えられるため,上記には入れなか った。
「する」の例で考えると, 「トランプをする」「調査をする」のヲ格の意味は, 「す
る」の具体的な内容であり,「彼を叩く」「ケーキを食べる」のようなヲ格とは異
なる。一方で,フィルモア(1975)に「判断,想像のような心理事象の内容」が
対象格にあることを考えると,このような「動作の内容」が対象格の範疇であっ
ても整合性がないわけではない。ところが,「青い目をしている」のヲ格は意味
を抽出することが難しい。動作の内容でも,動作の対象でもなく,このヲ格名詞
句は動詞に対して対等な要素として存在するとは考えられない。あえて言うなら
ば,「述語の表す状態の具体的内容」である。この他に「問題とする」「医者にす
る」のト格,ニ格は事柄の認定の目標,変化の結果を表すので,目標格とした。「頭
痛がする」のガ格は動作の表す具体的な内容とすれば対象格となる。ただし,こ
こで断っておきたいのは,これらを既存の意味格の中に位置づけようとすると些
かはみ出す形となり,特異な存在であることが浮き彫りにされることである。こ
れが「する」という動詞の特質でもある。
2.「する」文の格構造
「する」文に現れる語の品詞と後続する助詞(形式格),さらに意味格を記述す ることで格構造を明らかにする。複合的な格助詞相当については煩瑣になるため に行わない。また,1.1 でも述べたとおり形式格には文の骨組みとして重要な格 とそうでない格がある(村木(1991)ガ,ヲ,ニの3つが基本。仁田(1993)ガ,
ヲ,ニ,カラ,ト,デが必須項)。そのため,以下では構文にとって必須の格を 中心に記述し
9),連体関係を表すノ,ト,ヤなど必須ではないものは省くことと する
10)。
これによって,「する」がどのような語と共起し,どのような格が付与される のか,また動詞が求める意味的な資格は何かが明らかにでき,「する」の文法的 機能や意味の広がりが把握されると考える。紙数の関係もあり,本稿では結果の みを簡潔に記述し,詳細な例文の記述や分析は別稿に譲ることとする。以下,大 きく自動詞構文と他動詞構文に二分してまとめる。
2.1 「する」自動詞構文
名詞と「する」が結合してできる「~する」の動詞,「~がする」「擬態語・擬 音語する」「形容詞する」「副詞する」「~とする」などの自動詞文である。
「スル」構文 意味格・形式格
1 名詞ガ 名詞φスル 対象格ガ 無格
2 名詞ガ 名詞デ 名詞スル
動作主格ガ 場所格デ 動作主格ガ 原因格デ 動作主格ガ 道具格デ 対象格ガ 原因格デ
3 名詞ガ 名詞ニ 名詞スル
動作主格ガ 目標格ニ 動作主格ガ 相手格ニ 対象格ガ 場所格ニ 対象格ガ (場所格ニ)
経験者格ガ 対象格ニ
経験者格ガ 相手格ニ
対象格ガ 基準格ニ
対象格ガ 対象格ニ
4 名詞ガ 名詞ヘ 名詞スル 動作主格ガ 目標格ヘ
5 名詞ガ 名詞デ 名詞ニ 名詞スル
動作主格ガ 場所格デ 相手格ニ 動作主格ガ 場所格デ 対象格ニ 経験者格ガ 場所格デ 相手格ニ 6 名詞ガ 名詞カラ 名詞スル 対象格ガ 原因格カラ
動作主ガ 起点格カラ
7 名詞ガ 名詞デ 名詞カラ 名詞スル 動作主ガ 場所格デ 原因格カラ 8 名詞ガ 名詞カラ 名詞マデ
名詞スル
動作主格ガ 起点格カラ 目標格マデ 対象格ガ 起点格カラ 目標格マデ 9 名詞ガ 名詞ト 名詞スル 対象格ガ 対象格ト
10 名詞ガ 名詞ト 名詞ト 名詞スル 原因格ガ 対象格ト 対象格ト 11 名詞デ 名詞ト 名詞ト 名詞スル 原因格デ 対象格ト 対象格ト 12 名詞デ 名詞ト 名詞トガ 名詞スル 原因格デ 対象格ト 対象格トガ 13 名詞ガ 名詞デ 名詞ト 名詞スル 動作主ガ 場所格デ 相手格ト 14 名詞スルト,名詞カラ 名詞スルト 起点格カラ
15 名詞ガ 擬態語・擬音語スル 対象格ガ
16 名詞ガ 名詞ガ 名詞デ 擬態語スル 経験者格ガ 経験者格(部分)ガ 原因格デ
17 名詞ガ 名詞ニ 擬態語スル 経験者格ガ 対象格ニ
18 名詞ガ 名詞ト 名詞デ 擬態語スル 動作主格ガ 相手格ト 場所格デ 19 名詞ガ 名詞ガ 擬態語シテイル 対象格ガ 対象格(知覚対象)ガ 20 名詞ガ 名詞ニ 形容詞・形容動詞スル 動作主格ガ 相手格ニ
21 名詞ガ 名詞デ 副詞スル 動作主格ガ 場所格デ 22 副詞スルト
23 名詞ガ 名詞ガスル 経験者格ガ 対象格(内的経験)ガ 対象格ガ 対象格ガ
24 名詞カラ 名詞ガスル 起点格カラ 対象格ガ
経験者格ガ 原因格カラ 対象格ガ 25 名詞デ 名詞ガスル 場所格デ 対象格ガ
(経験者格ガ) 原因格デ 対象格ガ 26 名詞ガ 名詞ニ 名詞ガスル 経験者格ガ 対象格ニ 対象格ガ 27 文コトニ/トスル 文コトニ/トスル
28 文トイウコトニ/トスル 文トイウコトニ/トスル
29 文ヨウニスル 文ヨウニスル
30「名詞ニスル」条件節 対象格ニ 31 文トスル
32 名詞ガ 動詞サエ/バカリ/マデ/
スラスル 動作主格ガ
33「名詞/文コトカラスル」条件節 起点格カラ
34 名詞ガ 動詞タリ動詞タリスル 動作主格ガ
2.2 「する」他動詞構文
名詞と「する」が結合してできる「~する」と,「擬態語・擬音語する」「形容 詞する」「~にする」「~とする」「~をする」などの他動詞構文がある。
「スル」構文 意味格・形式格
1 名詞ガ 名詞ヲ 名詞スル
対象格ガ 対象格ヲ 動作主格ガ 対象格ヲ 対象格ガ 基準格ヲ 2 名詞ガ 名詞デ 名詞ヲ 名詞スル
動作主格ガ 場所格デ 対象格ヲ 動作主格ガ 道具格デ 対象格ヲ 動作主格ガ 原因格デ 対象格ヲ 3 名詞ガ 名詞ニ 名詞ヲ 名詞スル 動作主格ガ 目標格ニ 対象格ヲ 動作主格ガ 相手格ニ 対象格ヲ 4 名詞ガ 名詞ヘ 名詞ヲ 名詞スル 動作主格ガ 目標格ヘ 対象格ヲ 5 名詞ガ 名詞ヨリ 名詞ヲ 名詞スル 動作主格ガ 基準格ヨリ 対象格ヲ 6 名詞ガ 名詞デ 名詞ニ 名詞ヲ
名詞スル
動作主格ガ 場所格デ 相手格ニ 対象格ヲ
動作主格ガ 場所格デ 受益者格ニ 対象格ヲ
7 名詞ガ 名詞ト 名詞ヲ 名詞スル 動作主格ガ 相手格ト 対象格ヲ 動作主格ガ 相手格ト 場所格ヲ 8 名詞ガ 名詞デ 名詞ト 名詞ヲ
名詞スル 動作主格ガ 場所格デ 相手格ト
対象格ヲ 9 名詞ガ 名詞カラ 名詞ヲ 名詞スル
動作主格ガ 相手格カラ 対象格ヲ 動作主格ガ 起点格カラ 対象格ヲ 動作主格ガ 原因格カラ 対象格ヲ 10 名詞ガ 名詞カラ 名詞ニ 名詞ヲ
名詞スル
動作主格ガ 起点格カラ 目標格ニ 対象格ヲ
11 名詞ガ 名詞カラ 名詞ヘ 名詞ヲ 名詞スル
動作主格ガ 起点格カラ 目標格ヘ 対象格ヲ
12 名詞ガ 名詞カラ 名詞マデ 名詞ヲ 名詞スル
動作主格ガ 起点格カラ 目標格マデ 対象格ヲ 13 名詞ガ 名詞ヲ 擬音語スル 動作主格ガ 対象格ヲ 35 名詞ガ 名詞デ 名詞ニ オ動詞スル
動作主格ガ 場所格デ 相手格ニ
動作主格ガ 場所格デ 受益者格ニ
動作主格ガ 場所格デ 目標格ニ
動作主格ガ 原因格デ 相手格ニ
36 名詞ガ 名詞デ 名詞ト オ動詞スル 動作主格ガ 場所格デ 相手格ト
14 名詞ガ 名詞ヲ 名詞デ 擬態語・
擬音語スル
動作主格ガ 場所格デ 対象格ヲ 動作主格ガ 道具格デ 対象格ヲ 15 名詞ガ 名詞ヲ 形容詞・形容動詞スル 動作主ガ 対象格ヲ
16 名詞ガ 名詞デ 名詞ヲ 形容詞・
形容動詞スル
動作主ガ 道具格デ 対象格ヲ 動作主格ガ 原因格デ 対象格ヲ 17 名詞ガ 名詞ヨリ 名詞ヲ 形容詞・
形容動詞スル 動作主格ガ 基準格ヨリ 対象格ヲ
18 名詞ガ 名詞ヲスル 動作主格ガ 対象格ヲ
19 名詞ガ 名詞デ 名詞ヲスル 動作主格ガ 場所格デ 対象格ヲ 動作主格ガ 道具格デ 対象格ヲ 20 名詞ガ 名詞ニ 名詞ヲスル
動作主格ガ 目標格ニ 対象格ヲ 動作主格ガ 場所格ニ 対象格ヲ 動作主格ガ 相手格ニ 対象格ヲ 21 名詞ガ 名詞ヘ 名詞ヲスル 動作主格ガ 目標格ヘ 対象格ヲ
22 名詞ガ 名詞デ 名詞ニ 名詞ヲスル
動作主格ガ 場所格デ 相手格ニ 対象格ヲ
動作主格ガ 場所格デ 受益者格ニ 対象格ヲ
動作主格ガ 道具格デ 相手格ニ 対象格ヲ
動作主ガ 原因格デ 場所格ニ 対象格ヲ
23 名詞ガ 名詞ト 名詞ヲスル 動作主格ガ 相手格ト 対象格ヲ 24 名詞ガ 名詞デ 名詞ト 名詞ヲスル 動作主格ガ 場所格デ 相手格ト
対象格ヲ 25 名詞ガ 名詞カラ 名詞ヲスル
動作主格ガ 相手格カラ 対象格ヲ 動作主格ガ 起点格カラ 対象格ヲ 動作主格ガ 原因格カラ 対象格ヲ 26 名詞ガ 名詞カラ 名詞ニ
名詞ヲスル
動作主格ガ 起点格カラ 目標格ニ 対象格ヲ
27 名詞ガ 名詞カラ 名詞ヘ 名詞ヲスル
動作主格ガ 起点格カラ 目標格ヘ 対象格ヲ
28 名詞ガ 名詞カラ 名詞マデ 名詞ヲ スル
動作主格ガ 起点格カラ 目標格マデ 対象格ヲ 29 名詞ガ 連体修飾句+名詞ヲシテイル 対象格ガ 対象格ヲ 30 名詞ガ(名詞ヲ)名詞ニスル 動作主格ガ 目標格ニ
31 名詞ガ 名詞ヲ 名詞ニスル 動作主格ガ 対象格ヲ 目標格ニ 経験者格ガ 対象格ヲ 目標格ニ 32 名詞ガ 名詞ヲ 名詞カラ
名詞ニスル
動作主格ガ 対象格ヲ 起点格カラ
目標格ニ
以上,自動詞構文に 36,他動詞構文に 40 の格の組み合わせが見られた。
おわりに
本稿では,構文を記述する枠組みとして格について論じた。そして,その枠組 みに基づいて「する」構文を分析した結果,膨大な構文が出現することがわかり,
「する」の特殊性が明らかにされたと考える。今後は,このまとめの詳細な記述(特 に例文)を明らかにしながら,「する」動詞の全体像を追いかけていきたい。
注
1)森田良行(1977)では「A ハ C ヲする」「B ニ C ヲする」「C ヲ D ニする」「・・・C ヲ E ニする」「・・・ ガする」「・・・ トする」「・・・ ハ ・・・ 数量 ・・・ する」「・・・ ハ ・・・ ニする」
と8つの文型に分けている。安達太郎(1999)では自動詞型の「する」(Nがする),
他動詞型の「する」(NがNをする,Nが(Nを)Nにする,NがNをNにする,N がNをAする),思考・発言動詞型の「する」((Nが)とする,Nからすると)の3 つの型,7つの文型に分けている。『日本語基本動詞用法辞典』では,意味から 17 に分け,さらにその中でどのような意味の名詞をとるかによって下位分類し,25 の
33 名詞ガ 名詞ヲ 名詞カラニ/トスル 動作主格ガ 対象格ヲ 起点格カラ,
目標ニ・対象ト
34 名詞ガ 名詞ヲ 名詞マデニ/トスル 動作主格ガ 対象格ヲ 目標格マデ,
目標ニ・対象ト
35 名詞ガ 名詞ヲ 名詞トスル 動作主格ガ 対象格ヲ 対象格ト 36 名詞ガ 名詞ヲ 動詞連用形サエ/
バカリ/マデ/スラスル 動作主ガ 対象格ヲ 37 名詞ガ 名詞デ 名詞ヲ 名詞ト
動詞タリ動詞タリスル
動作主ガ 場所格デ 対象格ヲ 相手格ト
38 名詞ガ 名詞デ 名詞ニ 名詞ヲ オ動詞スル
動作主格ガ 場所格デ 相手格ニ 対象格ヲ
動作主格ガ 場所格デ 受益者格ニ 対象格ヲ
動作主格ガ 場所格デ 目標格ニ 対象格ヲ
動作主格ガ 原因格デ 相手格ニ 対象格ヲ
39 名詞ガ 名詞デ 名詞ヘ 名詞ヲ オ動詞スル
動作主格ガ 場所格デ 目標格ヘ 対象格ヲ
40 名詞ガ 名詞デ 名詞ト 名詞ヲ オ動詞スル
動作主格ガ 場所格デ 相手格ト
対象格ヲ
文型に分けている。
2)日本語の形容詞や形容動詞は単独で述語になるため用言とされた。
3)山岡(2000)で,Fillmore の「意味格が『名詞類の動詞に対する意味関係』と定義 されているのは,英語の統語構造が念頭にあるからであり,日本語であれば,形容 詞述語や名詞述語との関係も同列に論じなければならないはずである。(p26)」と ある。
4)「ノ」は「準副体助詞(橋本 1934)」とされ格助詞から外される考えもある。
5)村木(1991)は「文法格の中では,主格は対格よりも,対格は与格よりも優位にあ る(p145)」と形式格の優劣についても述べている。また,格助辞「ニ」は,文法 格(弟にわたす),場所格(東京にいる),関係格(叔父に似る)の三つのグループ にまたがる位置を占めることや,場所格のグループは特に主格と対格の名詞の広義 の場所(静的場所・起点・着点)を規定すること,また,関係格のグループは特に それらの名詞の抽象的論理的な関わりを規定することなど,相互の関係性について も言及する。
6)いずれの表も格助詞のみを取り入れた。
7)「こういった基準も一応の目安といったものに過ぎない(仁田 1993,p6)」と述べ,
最終的には意味論に関するものであることを述べている。
8)ただし,「動詞によっては,場所格と時間格の補助部を直接とるものもある(p256)」
として be〈ある〉の一用法,live〈住む〉,spend〈過ごす〉をあげている。
9)必須項の判断は,仁田(1993)の,動詞の共演成分の抽出方法である(1)主題化,
(2)連体修飾節の主要語化,(3)分裂文の焦点部化,(4)付加・削除の制約の4 つのテストを参考に考える。仁田(同)も述べるとおりこれは万能なテストではな いのであくまでも参考とする。また,場所格については「船は日本海側を通る」の ように必須になるものもあるため,デやニについても記述した。
10)「傘と鞄を拾う」のト格は名詞と名詞の意味関係を表す意味格である。このような名 詞関係を表す格については,すべての名詞と名詞との間で可能なものであるため,
形式格の記述は行わない。
参考文献
青木伶子(1980)「格助詞」『国語学大辞典』国語学会編
安達太郎(1999)「『する』の文型と構文」『広島女子大学国際文化学部紀要』 7, 県立広島 女子大学
髙橋太郎(2005)『日本語の文法』ひつじ書房
外崎淑子(2005)『日本語述語の統語構造と語形成』ひつじ書房
仁田義雄(2005)「日本語の格」『新版日本語教育事典』日本語教育学会編
─(1993)『日本語の格をめぐって』くろしお出版
橋本進吉(1934)『国語法要説』(『国語法研究 橋本進吉博士著作集第二冊』(1948)岩波 書店所収)
フィルモア(1975)『格文法の原理─言語の意味と構造』三省堂
益岡隆志・田窪行則(1987)『格助詞』くろしお出版
─(1992)『基礎日本語文法─改訂版─』くろしお出版 村木新次郎(1991)『日本語動詞の諸相』ひつじ書房 森田良行(1977)『基礎日本語1─意味と使い方』角川書店 山岡政紀(2000)『日本語の述語と文機能』くろしお出版
『現代言語学辞典』(1988)成美堂
『日本語基本動詞用法辞典』(1989)大修館書店
(おおつか・のぞみ,本学准教授)