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『好色一代男』の文章 --一借用措辞を中心として−

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(1)

『好色一代男』の文章

‑‑一借用措辞を中心として−

浦 邦 夫

二つあれども本一種なり。−中略一或は僧子の詞を孔子 の語となし,枕草子の文を源氏物語にゆづりたることお 上し。凡て西鶴が作れる双子には大小の誤あらずといふ 事なく,只管片言を載ずといふ事なし。」 (『元禄太平 記』)と評したのも,西鶴の文章が,当時の文章観(或 は文章意識)から判断して,大きく逸脱していた事を示 すからなのであろう。文章面における西鶴の逸脱は,先 の中村幸彦氏の論考と考え合せると, 口語的文章といわ れる仮名草子の文章,或は俳文といわれる文章のあり方 に照らしてぶて, 口語的文章の方への一段と大きな逸脱 であって,芭蕉・都の錦西鶴批判も, この点に向けられ たものであったと言える。この逸脱を,仮名草子に使わ れている先行文芸の措辞借用のあり方と『好色一代男』

の措辞借用のあり方とを比較検討することによって明か にすることが出来るであろう。その可能性を本稿で検討

しようと思う。

2

『好色一代男』の先行文芸からの措辞借用のあり方を 位置づけるためには,仮名草子のそれを明かにする必要 がある。

仮名草子には,雑多な種類の作品が存在する。そのう ち,読者に物語としての面白さを与えたと思われる作品 のなかから代表的な幾つかの作品の文章を取り上げて,

その借用措辞の用法を承ようと思う。

物語的仮名草子の文章上で,特徴的な現象の一つは,文 末における「けり」の使用であろう。

この過去時制の助動詞は,室町時代に,話しことばでは 用いなくなったものとみられており (『日本文法要説』

古典編上巻佐藤喜代治著) ,江戸時代においても「実際 の口語には全く用いなかったものらしい。」 (『徳川時 代言語の研究』湯沢幸吉郎著)従って, 「けり」は,既 に文章語として意識されていたと言えるであろうから,

物語的仮名草子にゑる「けり」の使用は, 明らかに物 語として過去の時点にその内容を指定すると共に,読 者をも過去の世界へ誘う働きをすることになる。物語的 仮名草子の中で, この印象の特に強いのが『恨の介』で 1

『好色一代男』の文章が「源氏物語」 ・ 『伊勢物語』

の王朝物語や和歌・謡曲の措辞を或る場合には章全体に わたって,或る場合には部分的に借用して構成されてい る現象を,談林俳譜の習いから散文に表れた西鶴の俳譜 的文章意識によるものとして,或は俗文脈を美文脈化し ようとした意識によるものとして論じられて来た。特に

「好色一代男」における先行文芸からの措辞の借用(或 は引用)を中心としてその雅文意識を探り,俗文脈を基 調として雅文的修辞に努めたことを究明した中村幸彦氏 の『好色一代男の文体』(『近世作家研究』所収)論は,

従来の『好色一代男』解釈のための措辞借用の指摘か ら作家の創造意識にまで迫まったすぐれた論考であっ た。

先行文芸からの措辞借用の技法が『好色一代男』と他 の物語的仮名草子作品とを区切る特異性を示すもので,

西鶴の文章の魅力として語られているが,先行文芸から の措辞借用は西鶴にのゑ限ったことなのではない。物語 的仮名草子と称されている作品群にもみられる現象なの であり,物語的と称されるこれら作品群に文芸性を附与 する働きをなしていると見倣すことが出来るのである。

『好色一代男』は,その出版当初から浮世草子と呼称

され,仮名草子と区別されて考えられたのではなく,仮

名草子の一員として当時の読者に受け入れられて来た作

品であった。それが仮名草子から区別され浮世草子とし

て,その特異性を強調されたのは,その内容はもちろん

のことながら,その文章があずかって力あったと思われ

る。 ということは,仮名草子とは趣の違った文章として

享受されたことを示すものであろう。芭蕉が西鶴の文章

を, 「世上に俳譜の文章を見るに,或は漢文を仮名に和

らげ,或は和歌の文章に漢文を入し,辞あらく賎しく云

なし,或は人情を云とても今日のさかしきくまぐまを探

り求め西鶴が浅間しく下れる姿有。」(「去来抄』)と評

し,都の錦が「元より西鶴文盲にして書法をしらず,其

証拠には,好色一代男世の助島渡りの段にいのこづちと

午膝と別に書り,午膝の和名をいのこづちといへぱ名は

(2)

ある。 「けり」の使用に加えて,敬語「給ふ」の使用の 多量さが,その物語の雰囲気に貴族的な色合を附けたす のである。さらに(註1)物語の展開を中世風の恋物語に 仕立てるために,恋物語の筋のはこびの約束事にあては めているため, 「けり」 , 「給ふ」の使用は,読者に物 語としての枠を感知させる働きをなしている。そして,

中世的な物語性を情緒化しているのが,謡曲,和歌,御 伽草子などからの措辞の借用であろう。

(1) 「何につけても数ならぬ恨の介は,わが身の程を 案ずるに,電光朝露,石の火の内を頼む身の, しば

し慰む方もなし。」

(2) 「花染のそで色めきて,ほのぼのと明石の浦にあ

のと思われる。そして序詞的な比嶮表現のもつ七・五の 句のために次に続く文章は,七・五の句の積承重ねによ って韻律性を帯びることになってしまっている。こうし た特徴の顕著で大がかりな文章が,雪の前の美しさにつ いての記述であろう。

「上嘱の御姿を見てあれば,年らいならば十五か六と 見え給ふが,《)紅の千入の袴を踏承しだえ,肌には 何をか召されけん上には白き総子に色々の絲をもっ て,物の上手が縫ふたりけり。御上前のくだりには,

(ロ)恋を駿河の富士の嶺を,浮雲が帯となり,解かん とすれば結びもなく, しり煙は空に横折れて,風に廃 ぎ,高嶺の消えやらで,裾野は茂る山なれば,㈲紅 茶踏み分け鳴く鹿の妻問ふ声に,あはれ増す。」

(イ)は『物ぐさ太郎」 (御伽草子)から,㈲は『続古今和 歌集」の「比べばや恋を駿河の山高永及ばぬ富士の煙な りとも」 (中務卿親王) ,㈱は幸若『夜討曾我」の「思 ひ駿河の富士の嶺の煙は空に横折れて」から,㈲は『古 今和歌集』の「奥山に紅葉踏承分け鳴く鹿の声きく時ぞ 秋は悲しき」 (猿丸太夫)からのそれぞれ借用であり,

(イ)の前の部分の散文調から《)の五・八・五の句の積象重 ねで韻律性を持ち, 「御上前のくだりには」の七・五の 句からは七・五の句を主体に韻律性のある文章の調子で 記述が進められている。そして借用された(イ)から目まで の措辞がその韻律性を生承出すのに大きな力をなしてい ると承なければならない。また,雪の前の衣装の模様の 説明として使った, これらの措辞は,衣装の模様を指示 するにはあいまいな機能しかはたしていない。その結 果,衣装の模様をイメージとして鮮明に想起しえない欠 点をもつのである。その原因は,借用した措辞の文脈に 依存し,衣装の模様を指示する文脈に十分に移し換えら れていないこと,及び,その韻律性によるものと考えら れる。なぜなら,韻律は,その譜調のゆえに一気に読者 を結末へと誘引し散文のように,読者を途中で自由に後 もどりさせ,指示機能を確認させるという体の性質では ないからである。だから, この韻律性は,明確な衣装模 様のイメージを想起させ定着させるよりも,雪の前の衣 装の模様への讃美の気持を情緒化するのに大きな力を借

している。

また,雪の前の容貌の描写にしても,

「物によくよく醤ふれば,唐の楊貴妃・塵耶夫人・虞 子君・李夫人・星の宮・越の西施,阿閖夫人云々」

と古来からの佳人の羅列である。この比喰表現は御伽草 子以来のものであるが, こうした羅列による描写が雪の 前の美形のイメージを具体的に指示するよりも,それへ の観念的な憧│景を情緒化する作用をしていることは歴然 らねども,見え隠れする人々のあまた見ゆるは何やら

ん」

(1) の「電光朝露」は『平家物語』 ,御伽草子・謡曲 に, またこれに似た「電光石火」は謡曲にあって, 「石 の火の内」はこれによった語句であろう。 (2)の下線の部 分は『古今和歌集」伝人磨の「ほのぼのと明石の浦の朝 霧に島隠れ行く船をしぞ思ふ」によった語句である。

(1), (2)の文章に共通な特徴として,上に指摘した借用措 辞のない方が,その文脈の指示する意味の明瞭なことで ある。比嚥表現としては,単なる装飾的な働きしかして いず,かえって借用措辞が挿入されたことによって文脈 はあいまいさを帯びている。このあいまいさは,借用措 辞の指示機能を生かすというよりも,借用措辞の属する 世界の雰囲気,或は情緒を喚起し,貴族的な場に読者を 誘うという感情効果を企てたところから生じたといえよ

う。この効果をさらに強化するのが, 『恨の介』の文章 に顕著な七・五の句の積承重ねによって生ずる韻律的性 質である。物語の文章の基盤は散文であることが,前提 として,読者に無条件に受け入れられているのが事実で あろうから,散文が韻律的性質を帯びることによって情 緒化されて,読者に受け取られるのは必然的である。

この散文の韻律化が先の比職表現の部分にふられる現象 である。 (1)は「の」の音を重ねることによって韻律的性 質を生じており,次の「しばし慰む方もなし」もその影 響を受け七・五の句切れを生じている。 (2)も同様に七・

五の句の積み重ねによっている。

「其後恨の介は弦無し弓にあらねども,いるにいられ ぬ風情にて,我が宿に帰りつつ,乱れ心となりぬれば,

ただ狂乱のごとくなり。 」

でも,傍線の比噛表現は,次の「射る」と「入る」と の掛詞を導き出すための序詞的な働きをしているだけで あり,右の掛詞の技法もなくもがなのものであるから,

文章の和歌的修辞による貴族的情緒の喚起をねらったも

(3)

表白する場面において用いられるのである。

『元の木阿弥」においても, 「(高尾の)御声は迦陵頻 のさへづりは,音には聞けど, 目には見ず,春待ちかぬ るうぐひすの初音を少しおとづれて,五月の雨の降る夜 半に,ほととぎすの一声を,花たちばなに,おとづれし ごとくなり」のように, 「迦陵頻伽」 , 「うぐひす」 ,

「ほととぎす」の,謡曲・和歌に頻りに使う言葉によっ た比職の使用で,美しい声の具象的描写に主眼を置くよ り,観念的に雅なるものを配列して,雅的情緒の気分を 出すことに重点が置かれている。こうした情緒を強く印 象づけるのが七・五調の韻律的文章なのである。

このような文章体は物語的仮名草子において,最も物 語的な情緒を喚起するために使われたものと解釈するこ とが出来よう。 また七・五調の文章は,物語的仮名草 子ばかりではなく,遍歴小説などとして分類されている

『竹斎」にも,主要な文章の調子として使用されている 現象から考えても,右の解釈は,物語的要素の濃い仮名 草子の特徴であるといえるであろう。

以上の現象から次のような結論がえられる。

(‑)先行文芸からの借用措辞は,現実の場で,その指 示対象を喪失しており,観念的な想念しか与えな い。従って,指示的機能を発揮するよりは,雅的な 気分情緒を意図した修飾的な修辞であること。

口措辞借用の結果,その前後の文章は,韻律性を持 ち, (−)の雅的気分情緒を強調する聴覚的な作用をす ること。

白 「けり」の過去時制の助動詞の使用が, (−),ロの 情緒を過去に位置づけることになり,物語としての 現実性をうばい,読者に,非世俗的な印象を与える

,二と。その結果,文章は擬古的文章として意識され る。

仮名草子は,文章体から言うならば, 口語文に属する であろうが,その内容として,物語的な要素を盛り込む 意識を持った時には,古典的文章体を志向するというこ とであろう。そして, 、二の古典的文章意識の線に沿って,

雅的物語性の強調のために先行文芸の措辞の借用,或 は,和歌的修辞の使用が,文芸性の附与を意図して使わ れたと考えてよいであろう。

註1, 「日本古典鑑賞講座」第十六巻『御伽草子・仮 名草子』解説

3

以上のような仮名草子の措辞借用の仕方に対して,

『好色一代男』の場合はどうであろうか。

「十三夜の月,待宵のめい月,いづくはあれど須磨は殊

(謡曲『融』)

としている。しかも,単なる羅列ではなく,七・五の音 調を基に配列された名辞であることは, この情緒化を強 調しようとした意図が明かである。

従って『恨の介』の文章は,先行文芸の措辞を借用す ることによって,中世的な物語のもつ貴族性を情緒化す ることに意図があったといえよう。その情緒性に強勢を 附与したのが七・五調を主体にした韻律性である。読者 は借用措辞からのイメージを七・五調の韻律性で色附け ることによって,貴族的な雅なる情緒を喚起する結果に なるのである。

『恨の介』のこの文章体は,同系統の仮名草子である

『薄雪物語』 , 『ねごと草」 , 『元の木阿弥」に受け継が れてゆく。 『薄雪物語」の「たたずみ給ふ御姿,容顔美 麗にて,霞ににほふ春の花,風にゑだるる青柳の糸,春 風にしたがふ風情,昔を聞きつたへしも漢の李夫人・楊 貴妃・小野小町の若盛,女三の宮の立姿もこれにはいか でまさるべき」の描写は,具象的な美形のイメージを指 示するよりも,承やびな情緒の気分の想起を目的とした ものであり,古来からの美人の列挙も,その類似のイメ ージの想起を主眼としながら,列挙した名辞は,観念的 で具象性を欠いており,実在的指示機能を失っている。

「しづ心なき恋となり,あさからぬ身にあこがれて,

うきふししげき川竹の君を見しより雲霧の胸の煙はた ちのぼり,富士よりまさる思み寝の明けゆく空や愛鷹 山」

にあっても, 「うきふし」から「節」の縁で「節しげき 川竹」が出ており, 「煙」から「富士」の連想が生れて いるが,恋の思ひの意味を暗示する「胸の煙はたちのぼ り」は常套であり,文意から見るならば, 「節しげき川 竹」の語句は,憂いつらいという「うきふし」の意味を 次の「君を見しより」の意味に連結する文脈の指示機能 をはたしていない。縁語による和歌的修辞に努めた修飾 的表現でしかない。 「雲霧の」 ・ 「富士よりまさる」 ・

「愛騰山」の語句も単なる修飾的修辞であり,主体とな る文意に具象性を与えることのない語句である。 I恋の 思い」の雅的情緒の気分を高揚するという効果を持ち,

それに強勢を附与するのが七・五調の韻律的文章の役割 である。

『ねごと草』にあっては,狂歌・発句の使用,主人公 の世俗化などから,現実性を加味しようとした意図はみ えるにしても, 「かくて盃をはじめければ,金無梢なる 一枝を手折りて」の擬古的言葉を基盤とし, 「花の都 に,おやまの君,武蔵の国に,聞こえて, うつくしき,

ゑめ吉原の,勝山や,名をも吉田の,御すがたを」の七・

五調を主とする韻律性をもった文章が,主人公の心情を

(4)

更と浪髪元に借りきりの小舟和田の御崎をめぐれば,

(謡曲『松風』)

角の松原・塩屋といふ所は敦盛をとっておさえて,熊

前に松うえて」の東歌の譜律をうけて続く。この文章 は, 口語を主に使っているが,明かに,謡曲的文章の調 はを意識的に作り出したものである。

「まだ笑しきは,折々なく声鶇に似て, 蚊屋の釣手も

(謡曲『敦盛」)

谷が付けざしせしとなり。源氏酒とたはぶれしもと笑 ひて,海すこし見わたす浜庇に舎りて(一の六)

(「焔』)

落る所を九度までとってしめ,其好いかな強蔵も乱れ

(『鵺』)

姿になって,短夜の名残さて火をともしうつくしき顔

(謡曲『松風』)

この文章は,傍線の謡曲からの措辞と「月」 ・ 「と」

. 「は.l ・ 「て」の同音の反覆で, うたい物のような調 子を出している部分であって『源氏物語」須磨の巻の文 句と源平合戦の挿話を取り込んで「源氏酒」に集中する 文章構成になっている。

読者は,謡曲の措辞と同音の反覆による韻律的文章の 連続から,須磨の秋の雅なるイメージを想起し,その韻 律性によって聴覚的に雅なるイメージを情緒化する。情 緒化された雅なるイメージが「源氏酒」にとりなされる ことによって, さらに世俗的な事象に転換されることに なる。読者は, このイメージの転換に,雅を俗にとりな す俳韻味を見い出すことになるだろう。読者の俳譜的解 釈を誘い出す文章なのである。読者に俳譜的解釈を誘う

のは,謡曲からの措辞が,生地の文脈と融合するために 生じた結果であり,謡曲からの借用措辞の持つ文脈が,

生地の文脈と接続して,新しい第三の文脈を生ゑ出して いるからに他ならない。この第三の文脈に俳譜味を読者 は感じ取るのである。中村幸彦氏(註2)の指摘なさるよ

うに,俗文脈を基盤とみるならば,同音の反覆によって 聴覚的にうたい物のイメージを生地の文章にあたえ,そ の中に謡曲の措辞を挿入して雅的文章のイメージを構成 して,二つの文脈の流れを作り出し,そこに俳譜味を感 知させながら, 「源氏酒」という浮世の遊興的イメージ を持ち込み,第三の新しい俗的文脈に流れ込んだ文章で あるといえよう。

「下にはひはだ色の襟をかさね,薄衣に月日の影をうつ し,千早や懸帯むすびさげ, うす化粧して,黛こぐ,

ーて宿輔了)

髪はおのづからなでさげて,其有様尋常なるは,中々 お初尾のぶんにて成まじ・−中略−それ呼返して,男 住居の宿に入りて,其神姿取おかして,あらたに女躰

(『竜田』)

あらはれたり。勝手より御三寸出せば,次第に酔心,

かたじけなき御託宣,ありつる告をまたんとて,其ま

(『鵺」)

をゑるに,絵に害し虞子君は物いはず, さらばやとい

(「松山鏡』)

ふ其物ごし」 (六の七)

「紅葉かさねの旅衣八人肩の大乗物,五人の太鞁持,ぱ

(『住吉」)

つとしたる出立に,陰陽の神ものりうつり給ひて,世

(『杜吉』)

に有程のわけ知り男」 (七の四)

「ただぬれつつぞ山水の香ひもふかき菊の節句の暮けし 一F 『妾宅』)

き,髪にきて鶯の太兵衛が軒端に簾を懸けさせ,姿を

(『井筒』) (『白楽天』)

ほのかに,名をしらぬかこゐさへ,是はとこころをう

(『絵馬」)

ごかすはよき日みるゆへぞかし。」 (七の七)

右のそれぞれの文章においても,謡曲の措辞を取り入 れて,その前後の文章の調子を韻律的に処理し,謡曲的 文章の調子を作り出している。この技法は,意識的に西 鶴が行ったものとぷてよいであろう。

上の文章を謡曲的文章というのは,文章中に挿入され た謡曲の措辞が聴覚に謡曲の響のイメージを読者に喚起 させ,その前後の韻律的文章は,謡曲的な調子に方向づ けられて受け取られる傾向にあるからである。謡曲的に 方向づけられることにより,雅的な情緒が生承出される ことはいうまでもない。雅的情緒の文脈の指示機能が,

その前後の地の俗文脈の指示機能と重なり合って,それ ぞれの指示機能は雅・俗二つの相反する情緒を喚起しな がら最終的に生地の俗文脈に融合することによって,相 反する文脈から予測された第三の文脈が,俳譜味をもっ た俗文脈として定着されることになる。従って,雅的な 情緒を生む謡曲的調子は,俗文脈を表面に押し出す強勢

としての機能をはたしているといえないだろうか。

今まで掲げた例文は,比較的短かい文章に謡曲の措辞 が集中して使われていた個所であるが,巻四の三の,寒 河江でかっての念友を訪ねた世之介に,昔,四人の女に 書かせた起請文が化物となって怨承かかる「夢の太刀風

」では, 「頭は女,あし烏のごとし,胴躰は魚にまぎれ ずb浪の磯による声のして,長二丈斗の女,手足楓のよ

(『竜田』)

ま抱て寝て,覚るや名残の神楽銭,袖の下よりかよは

(「三輪」)

せて」 (三の七)

接続助詞「て」の反覆と謡曲からの措辞を取り入れた

文章が, この章冒頭の「あらおもしろの竈神やおかまの うに見えしが, ̲風ふき懸る声1‑乞工,……くゑ臥て討とめ

(5)

ぬ。此時目もくら象気勢もつぎ住て……世之介前後をし ぬくし」という文章を喚起するという密着した関連性を もたないにしても,章の随所に挿入された語句によっ て,その前後の文章に『徒然草』らしい雅的文章のイメ ージを隠されてあるものとして感知する。読者は, この 隠されてある『徒然草』の文章のイメージを媒体として より一層強く俗語文章の卑俗性を意識することになろ う。また,挿入された語句の背後には,俗語句のイメー ジを読者はもつことになる。だから,読者は,常に雅・俗 二つの文章をイメージとして持ち,そこに俳譜的な文脈 を新たに求めることになる。雅・俗二つの文章がパロディ の関係で対応する時,読者は,その衝突を滑稽の感情と

して統合し,パロディとしての対応性が明白でない時に 雅文章化された俗語文章,或は俗語文章化された雅文章 のイメージを常に抱くことになろう。このような文章の 二重構造的性格は『好色一代男』の文章の特徴である。

次の

「かな釘のかしらも御こころもとなく,ひかりなを見せ まいらすれば,其火けして近くへと仰られける。御あ しもと大事がりてかく毒ゑを,いかにして闇がりなし てはと御言葉をかへし申せば, うちうなづかせ給ひ,

恋は闇といふ事をしらずやとII臺皀型ける程に」 (一の

一)

の文章は,下線のように敬語を数多く使って雅文章めか している。特に「かな釘のかしらも御こころもとなく」

の「御」は不必要な敬語であり, このような無用な敬語 の使用は,明らかに文章の雅文章化をねらった結果と考 えられる。また,文章が,文語文法の規範を忠実に守っ て雅文章化されてはいない。たとえば, 「仰せらるるこ そかし。 」 (一の一) , 「関すえらるる三土呈̲畠皇』畠 くし。」 (一の一) , 「〜と仰せられける。」 (一の一

) , 「〜と給はりける。」(一の一)のように,係り結 びの関係が乱れておったり,文の終止が連体形であるこ とが大部分である。係り結び(「こそ」の場合)は必ず 巳然形で結ばなければならないと云う意識は既に江戸時 代には失っていたと見るべきだといわれていることから すれば,右のような「こそ」の使い方は口語的用法であ ろうし,文の終止には,連体形が,室町時代に入って,

終止形にかわって用いられるに至った(『日本文法要説

・古語編下巻』)とすれば「こそ」同様に, 口語的用法 だとゑてよい。また『好色一代男』に使われる「の程に

」が「ので」と解した方が適切である場合が多く文語的 用法に従っているとはいい難い。こうした口語的語法・

敬語の不自然な使用から考えると,雅文章めかした文章 で,基調は俗語による文章といった方が適切であろう。

また, 「庖瘡の神」 ・ 「あくび」 ・ 「かな釘」 ・ 「ふど らずb」の下線の部分のように謡曲「船弁慶』の措辞

が,章の大半にわたってちりばめてある。この措辞の借 用は, 『船弁慶」の忠実なパロディを意図したものとは いい難いが,読者は,下線部分の措辞から漠然とながら

『船弁慶』の知盛の怨霊を四人の女の化物に,義経を世 之介に重ね合せることになるだろう。読者が抱いた『船 弁慶」のイメージが,世之介の切り伏せたのは四人の女 の起請文で,神おろしの部分だけが残っていたとする

「おち」的結末を逆に強く照し出すことになっている点 に注目しなければならない。それでなければ,結末の「

仮にも書かすまい物は是ぞかし。」の皮肉な笑いを受け とめかねることになるだろう。

また,巻二の七のように章全体に『徒然草』の語句を 配した文章がある。中村幸彦氏(註3)の指摘のごとく,

この章は『徒然草』の語句をちりばめて一章を意図した 徴兆は明らかである。 「配所の月久離きられずして,二 人承る物かは。 (『徒然草』五段の顕基中納言の言葉の もじり)とうつくしき女のかきつるも」は, 「配所の月 罪なくて見ん事」の脈絡を抜き取って,その文の外形を 借りて, 「久離きられずして,二人承る物かは」を詰め 込んだのである。 「久離を切る」という俗語を顕基中納 言の言葉とすりかえ, しかも,その言葉の外形を生かす ことによって, この巻二の七の冒頭の文は成立してい る。その結果,俗語の指示する対象のイメージと『徒然 草』の文の外形のもつ調子一雅的な聴覚的文章イメージ とが衝突する。その衝突する所に,この文章を書いたのは 兼好などというわけ知らずの法師なのではなく,美しい わけ知りの女が書いたという注解を与えることによっ て,滑稽感を感じる文脈に統一している。二つの文脈の 方向を滑稽なものとして第三の新しい文脈に融合したの である。さらに,先の例文を受けて, 「それはそうよと 思はるる。」と続く俗語を使った文章は,冒頭の『徒然 草』の文形の響から,読者は,同じく 『徒然草』五段に ある「さも覚えぬべし」という文章を喚起することにな ろう。従って, この章の随所にふられる「人には恋しら ずのように思われ」・「終にはきゆる命」・「友とする人」

。 「踏承分けて」 ・ 「其身はいたづらを立」 (中村幸彦

『好色一代男の文体』より)の『徒然草』からの語句 は,その前後をつないでいる俗語文章の背後に, 『徒然 草』の語句の存在を読者に抱かせることになろう。すな わち,読者は,俗語文章の背後に章全体にちりばめられた

『徒然草』の語句を手がかりにして,兼好の声を聴こうと

する姿勢を取ることになろう。幻聴を聞くのである。たと

え「それはそう.よと思はるる。」から,明瞭に「さも覚え

(6)

し」 . 「賢水」などの卑俗語の使用と考え合せると,基 盤としては俗語的文章であり,敬語. 「けり」をはめ込 むことで擬古的な物語性を作り出そうとした文章といえ る。こうした擬古的な物語性は,巻一の一の終り近くで,

「五十四才まで(1)たはぶれし女3,748人,少人のもて

仮託した世之介と,御屋敷奉公名残の女という設定のた め,外面的には,雅的文章を使っていながら内在的に は俗語的文章を想起させる二重構造なのであり,割木で 討れる結末で,仮託が破れることになり,内在的文章が 表面に顕われることになる。巻二の五「旅の出来心」の 江尻の宿で,わかさ若松と「其夜の枕物語左のかたに わかさ,右のかたにわか松と召れさむらうぞや。今中納 言平さまと名に立ちて,都へのぼらぱつれてゆかいで は」と身請するこの文章は謡曲「松風』の「あれに行平 の御立ちあるか,松風と召されさむらふぞ」 ・ 「都へ上 り給ひしが」からの借用である。この世之介の行平ぶる 戯れが, 「道すがらの遣ひかねとてもなく,ふたりの女 のうは気などを」金にかえ「人の住みあらした笹葺をつ xりて,所の名物とてひら鰡鈍を手馴」る結果に終る。

世之介のかぶった行平像がはぎとられ裸の世之介像が形 成される。巻三の四「一夜の枕物ぐるひ」の大原のざこ寝 に出かけた世之介が,老女に姿をやつした若い女を盗み とる時の気持が「此時のこころはむさし野にかくれし人 もや」と『伊勢物語』一二を背景にもち,巻四の二「形 見の水櫛」は『伊勢物語』六のパロディである。

読者は,内在する俗語的文章による世之介の当世風の 脈絡に,業平や行平の古典物語的脈絡を, 「伊勢物語』

や「松風』の措辞から志向して,重ね合せることになり 矛盾衝突する雅・俗二つの脈絡から,第三の新しい脈 絡を期待する。そして,多くの場合,第三の脈絡は,戯 笑的な調子の俗語的文章で表面に顕れるといえるであろ

う。

以上の場合は,比較的章の大半にわたった措辞の借 用,或は先行文芸の投影した場合であるが,短い文章の 場合にも上の事が承られる。

「両替町に春日野屋とて母かたの所縁あり,此もとへ銀 見習ふためとてつかはし置けるに,はや死一倍三百目 の借り手形,いかに欲の世の中なればとてかす人もお となげなし。」 (一の三)

「商売の道を知らではと,春日の里に秤目しるよしし て,三条通の間丸に着て,けふは若草山のしげりを詠 め,暮てはひかりある飛火野いま幾日過て京にかへる も惜まれ」 (二の四)

この二つの文章は, 『伊勢物語』一段の文章を踏まえ ており,巻一の三は, 「はや死一倍かす人もおとなげな し。」の俗語的文章で第三の脈絡が形成され,巻二の四 は, さらに, 『古今和歌集』の「春日野はけふはな焼そ 若草の妻もこもれり我もこもれり」 ・ 「春日野の飛ぶ火 の野守出でて見よ今いくかありて若葉つみてむ」の二首 を踏まえ,若草山の新緑・飛火野の螢と遊びあるき「京 あそび725人,手日記にしる。(2)井筒によりてうないこよ

り已来」の文章に読者は出会うことになる。下線(')は,在 原業平が戯れた女の数が3,375人(33人とも)という俗 説による記述であり,下線(2)は, 『伊勢物語」に原典を もつ謡曲『井筒』の「井筒によりてうなゐこの友だち語 らひて,互に影を水鏡」の措辞によったものである。擬 古的な物語性の文章をたどって来た読者は, この部分の 記述から,業平のイメージを想起し, 『伊勢物語』を想 ったとしても,誤りとはいえないであろう。ここで擬古 的な文章は,明らかに『伊勢物語』的文章へと接近する

ことになる。

しかし,読者は, この草子の壁頭「色道ふたつに寝て も覚めても夢介と替名よばれ」るかぶき者の子供世之介 の誕生に, この草子の題名「好色一代男」愛欲に生涯を 賭けて悔ない男のイメージを結合することによって,最 も当世風な浮世男のイメージを結んだことは確実であ る。そこに,最も読者に身近な世界を感じさせる文章を 予想したと考えても誤りではなかろう。従って,俗語的 文章は,浮世男のイメージを結ぶ文章として,読者には,

内在的な文章の流れを形成する。一方擬古的文章は,浮 世男のイメージを業平像へ接近させる機能をはたす。

『好色一代男』勢頭の章の文章は,内在的には俗語的文 章,外面的には擬古的文章という二重構造を有すること になり,世之介のイメージも当然ながら雅・俗の二重構 造を有することになる。この外面的な文章が, 「腎水を かえほして, さても命はあるものか。」と結ばれること で,俗語的文章に置き換えられている。内在的な文章が,

新町当世なげ節の「さても命はあるものか。」の借用 で,戯笑的に表面に現われる。第三の文脈の表面化であ る。このような二重構造の文章は,巻四までの章で幾度 か見ることが出来る。

巻二の三「女はおもはくの外」の「其方は十六なれば 初冠して出来業平」と評された世之介が,小間物屋の女 房を口説き,割木で討たれ疵をうける話も,世之介は業 平に仮託され,小間物屋の女房には,御屋敷奉公してい た女ということで, 「おぽし召す」 ・ 「申す」 ・ 「御入 候」の敬語を使わせ,寂蓮法師の和歌「さなきだに重き が上の小夜衣我がつまならぬつまな重ねそ」を引用した

「さなきだに思ひもよらざるに,二人の子も有事を, さ もしき御こころざし」の会話文章を使っている。業平へ

̲=一写字

(7)

にかへるも惜まれ」と浮世の事象に置き換えられるとい う脈絡に形成されている。

「剃落されしあたまを隠し,遠近人にあふも槐しく,信 濃路に入りて」 (四の一)

『伊勢物語」八の「信濃の国浅間の嶽にけぶりの立つを 見て,信濃なる浅間の嶽にたつ煙をちこち人の見やはと がめぬ」によったものであり, 「見やはとがめぬ」の文 脈を「槐しく」と俗語による新しい文脈に置き換えてい る。

「『此なでしこの腰形くちなし色のぬしや誰』とたづね けるに, 『それは世之介のお寝巻』と答ふ・ 」 (一の 二)

素性法師「山吹の花色衣主や誰問へど答えず口なしに して」の和歌を踏まえ,歌意の主や誰と問いかけたがロ なしなので答えはなかったというのを,歌の意に反して 世之介のお寝巻との返答があったという脈絡を作り出し ている。

「駿河守金綱と申小刀鍛冶の弟子,吉野を見初て,

忠度の「昔ながらの山桜かな」へと連想が移っていった とゑる方が妥当である。謡曲・和歌の雅的措辞の指示機 能を,柴屋町の替つた事を承るという脈絡の指示機能に 借用し, 「もしも替つた事のあればなり」の俗語文章 で,内在する脈絡を表面に押し出した形である。

「(よし田が)廊下を半過てとりはづされて其音に疑 ひなし。世之介も小兵衛も横手をうって,おもしろの 春辺やた,天晴くぜつのもとだて」 (六の六)

謡曲『田村』の「面白の春辺や,あら面白の春辺や」の 一節を踏まえ, とりはづした音(庇)と春辺の「辺」と をかけた技法で, 「とりはづした音」の脈絡を,雅的な

「春辺」の措辞を媒介にして,庇という卑俗な事柄に指 示機能を限定した形である。また,同巻の「春宵一衣価千 枚所也」も,蘇東城の「春宵一刻価千金」を踏まえて,

「一刻」を「一衣」に, 「価千金」を「金千枚」にの具合 に卑俗の事柄に置き換えている。こうした文章は,西鶴 が意識的に行った技法であろうから,彼の脳裏にある文 章の原形は,やはり俗語を基にしたものであろうし,そ れが雅的措辞の外形を借用することで,その卑俗性を対 照的に強調するという効果を生んでいる。

また, 『好色一代男』の文章には,曲流文と称される 文章がある。諸家の指摘された曲流文の一例をあげて 承ると, 「弥七『日本一の饅頭あり』と申す。 『それ は』ときけば, 『一つを五匁宛にして上を金銀にだぶ て,其数九百二口屋能登に申付て,夜中にこしらえさ 太夫せ,九人の方へ送り』まいらせける。」 (八の 人しれぬ我恋の関守は宵に毎の仕事

(1) に打ちて, 五十

五日五十三本五三のあたいをためて,いつぞの時節を 待ども,魯般の雲のよすがもなく, (2)袖の時雨は神か けてばかりは偽りなし 」 (五の一)

下線(1)は『伊勢物語』五の「人知れぬ我が通ひ路の関守 は宵々ごとにうちも寝ななむ」によった文章であり,下 線(2)は『続後拾遺集』定家の「偽のなき世なりけり神無 月誰が誠よりしぐれそめけむ」によった文章である。

下線(1)は,人知れぬ恋に責められながら仕事に精を出 し,夜毎一本ずつの小刀を寝もせず打ち, という意味で あろうし,(2)は,恋ゆえに袖をぬらす涙は,神かけて誠心 誠意のものであった, という意味を通達するものとぶて よい。これが,西鶴の脳裏にあった裸の脈絡であり,そ れを『伊勢物語』の和歌と定家の和歌を媒体にして,賤 業の者などには,いかんともなし難い吉野への恋情と憧 慢とを表白する文章に定着させている。和歌の措辞の指 示機能が俗的事象の脈絡と重なりあって,賤業の小刀鍛 冶の弟子の心情と行動を指示する記述に達している。

「三井の古寺つかひ捨るかはねあれど隙なくて,終に 柴屋町をぷぬ事新し。昔長柄の山の芋が鰻になると や。もしも替つた事のあればなり。」 (六の二)

謡曲『三井寺」の「三井の古寺鐘はあれど昔にかへる音 は聞えずb」の「鐘」を「銀」にもじったというよりは 柴屋町の記述を意図することで, 『三井寺』の語句を想 起したと考えられる。また「替つた事があればなり。」

から「山の芋が鰻にかはる」 という哩諺へと連想さ れ,前文の「三井寺」と「山の芋が鰻にかはる」から,

一)

下線は, 「送ったらよかろう」という会話文と「送り 届けさせた」という地の文との間に尻取りが生じ, 「ま いらせける」と改まって敬語を使った(『好色一代男の 文体』)わけで,会話文の主語は弥七,地の文は,世之 介が主語になるという具合に,主語の転換が行なわれて いる。

こうした主語の転換は,中村幸彦氏(註4)が指摘なさ れたように,雅文系の文章と俗語系の文章との間に生じ ているが,その原形を,雅的措辞の借用の部分の文章に 承ることが出来よう。

「火の当見に小倉の人のぼられしに,此里の花もおも しろからず,誘ふ水にまかせて」 (三の二)

「此里の花もおもしろからず,誘ふ水にまかせて」は,

地の文章とも世之介の内心の声とも解釈出来る。 「誘ふ

水」は小野小町の「誘ふ水あらぱいなむとぞ思ふ」によ

ったものであり, 「誘ふ水あらぱいなむとぞ思ふ」所に

折よく小倉の人が誘うので,誘われるままに, という風

に解釈する所であろうから,傍線の部分で主語の転換が

(8)

あるとゑられよう。

「△のこころもうぎ立, きのふの事を忘れけふも暮れ

ぬ。」 (三の四)

「ぎのふの事を忘れけふも暮れぬ」は,前文の連用中止 法の影響で,世間の人々が主語か世之介が主語か判然と しないが,冒頭から世之介の主語の文章が続くので, こ の部分も「世間の人々と同様世之介も」と主語に解釈す るのが妥当である。傍線の部分は『徒然草」 (一九)

「今一ぎは心も浮き立つものは」からの借用である。

「一世の約束して『見すてな捨まい末は工皇茎』̲竺竺陰

に木隠れ」 (三の四)

下線の部分は謡曲『養老」の「松陰に千代をうつせる緑 かな」の借用(『西鶴上,岩波左界大系』頭註)とすれ ば, 『…』は,世之介の言葉とも, 「見すてな」 (女の 言葉) , 「捨まい」 (世之介のことば)とも解釈し得る が, 「末は千とせ」の会話の主体は世之介にあり, 「千と せの松陰に木隠れ」の主語は女と世之介の二人である。

「女郎まじりの大踊,承るから此身は馬鹿となって,袖 の香に引るる立花風呂,丁子風呂,すなわち髪の揚屋 なり。」 (五の三)

「吾待つと花橘の香をかけば昔の人の袖の香ぞする」

(古今和歌集,読人不知)によっており, 「女の袖の香 に引かれて立花風呂の方へ行こうとする」の意味で世之 介が主語だが, 「立花風呂」と「花橘」をもじって,俗 語文章に転じた後文は, 「立花風呂」が「すなわち髪の 揚屋なり」の主語になっている。

「我よからぬ事ども身にこたえて覚え侍る。いかなる山 にも引籠り,魚くはい世を送りて,やかましき真如の 浪も音なし川の谷陰にありがたき御僧あり。」 (四の 七)

この文章も中村氏(註5)の指摘のごとく, 「音なし川」

までが世之介の内心の表白となり,掛詞となって主語が 転じている。 「真如の波」は謡曲に使われている措辞で ある。

この主語の転換は,雅的措辞の借用の結果,借用措辞 の指示機能に引かれたためであろう。

『好色一代男」での西鶴の雅的措辞の借用は,物語的 仮名草子の場合の貴族的物語性を強調しようとするのと 比べて,雅的措辞を媒体とすることで,文章の卑俗性を 表出しようとする意識に支えられている。こうした文章 の卑俗性への意識が最もよく顕れて来ているのは,古浄 瑠璃,遊女評判記などの措辞借用であろう。

「三≦坐基筐惣里至埋当室些竺上陛,去大名の北の御

(1) (2)

方に召つかはれて, 日のめもついに見給はい女郎達や おはした也・」 (四の四)

傍線(1). (2)は,古浄瑠璃・説経節の冒頭と愁嘆場で使 われる常套文句であり, (1) 。(2)の調子が,以下に続く文 章の調子を支配していることは,音読することではっき りしよう。読者は,古浄瑠璃・説教節の文句が冒頭にあ ることで,その後の筋の展開と文章運びとを方向付けら れることになる。古浄瑠璃・説教節的方向付けが, 「こ

りやどうもならぬ,ああ気がへると顔は赤くなり, 目の 玉すはり,鼻息おのづとあらく」と展開する最も卑俗性 のあらわな放埒な文章に移し換えられ,読者は,放埒で 卑俗的なイメージへと押しやられてしまう。

また,遊女評判記体の文章をもつ,巻六の一,巻六の 二,巻七の一にしても,遊女評判記の説明的文章の枠組 を破って,一層卑俗性に徹しようとする意識に支えられ たものであったように思う。巻六の二「身は火にくばる とも」の次の一節は,そうした西鶴の文章意識を如実に 示すものであろう。

「此両人(世之介と尾州の伝人のこと)栄花をぎはめ世 間の盛をやめさせ,いよいよ諸わけまさり草懐鑑にも 此女の事ありのまま書き記す外にあはねばしれぬよき

.一

事ふたた有り。」

傍線の部分に私は注意を向けたいと思う。 『まさり 草』は明暦二年刊の新町の評判記であり, 『懐鑑』は未 詳だが,文脈から遊女評判記と判断してよかろう。とす れば,右の文章から,西鶴が遊女評判記をどう見ていたか という一端を推測しうるように思う。すなわち, 「あり のまま書き記す」という遊女評判記の叙述への認識であ る。評判記という題名をも考え合わせるならば,事実を 記録的,説明的な文章で記し,またそうあることが求めら れたと思われる。従って, 「あはねばしれぬよき事ふた つ有」として続く奔放・放埒な文章は,記録的,説明的 文章のもつ現実性を盾にして, より現実的な事実性を卑 俗さの方向に発展させたものといえよう。遊女評判記の 文章の例を『難波物語』に取ると,それはある判断を含 んだ断定の文章である。読者に対して遊女・遊里につい て筆者が見識家であることを誇示する文章であって,遊 女・遊里への見識家の判断を報告することを目的とす る。従って,好悪の観念による断定の文章であるといえ よう。

「金山・心蹟にしてのびやかならずb真はきれいな り,たか物なり。」 (『難波物語』)

この文章を分析するならば,読者は, 「心癩にしてのび やかならず」から「金山のなまいきな(心癩な)態度(手 つき口ぶり一際を含めて)」を, 自身のこれ迄の全経験 から判断しなけれらなぱない。なまいきでのびのびした ところのないのは, どこがどういう具合にそうなのか,

…:

(9)

なにも読者に判断の材料が明らかにされていないからで ある。また, 「貝はきれいなり」も, どういう風なきれ いさなのかを判定するための言辞はない。読者には,筆 者の一方的な判断による断定だけが与えられているだけ である。それ故に,読者は, この文章に使われている

「言葉」について, 自身の全経験に基づいて判断しなけ ればならない。遊女評判記の文章は,社会的に同意され た「非個人的」意味によりかかっているといわねばなら ないだろう。社会的,非個人的な意味に依存している。

「身は火にくばるとも」の「あはねばしれぬよき事ふた つ有」の「あはねばしれぬ」は非個人的な意味を否定し て,個人的な意味を表出しようとする意識を示すもので あろう。巻五以下の各章は, この個人的意味の表出であ るといえる。換言すれば,遊女評判記の卑俗性をより具象 的に俗語を使って押し進めようとしたと解釈しうる。

註2.3.4.5『近世作家研究』所収・ 「好色一代男の 文体」中村幸彦

なお,仮名草子・ 「好色一代男」の借用措辞は岩波

「日本古典文学大系」の「仮名草子集」 ・ 『西鶴 集』上を参考にさせていただいた。

4

物語的仮名草子にあっては,物語性を獲得するために,

登場する人物達は,読者の願望の実現(憧慢)の対象 である。それ故,物語的であるためには,貴族的でなけ ればならなかったから,文章は擬古的になり,貴族的情 緒を表白することを意図したと言える。この貴族的情緒 の強調のために,先行文芸の措辞が借用されたのであ る。時代が進むにつれ,浮世意識を強調するため,俗語 の使用が著しくなるが,最も物語的である部分において は,依然として貴族性に依存する結果,先行文芸からの 措辞借用が行なわれる。

一方『好色一代男』では,世之介は大なり小なり読者 の現実的再現として登場する。それ故,たとえ世之介が 業平や行平に仮託されて貴族的物語性を獲得しようとし ても,その現実性に裏切られるという結果に終ってい る。 『好色一代男』の物語性は,貴族的物語性を否定す る所に存するのである。従って,先行文芸からの措辞借 用は,借用措辞の脈絡が俗語の脈絡にすり換えられて使 われる結果,卑俗性を強調することになり,読者は,脈 絡のすり換えの個所に,新しい第三の文脈が,卑俗性を 獲得して展開することを感知するのである。この文脈の 卑俗性の大胆な主張が,書簡体(巻七の五の章) ・遊女 評判記体の使用であったように思う。書簡体・遊女評判 記体の非個人的意味の否定による個人的意味への志向 は,物語的仮名草子の雅的文章の志向と比較すると,放

埒な程の俗語的文章への志向であり,俗語的文章への逸 脱であったといえる。

『好色一代男」以後,西鶴の文章は平明になり,新説

話体と称される文章体を確立した。その文章から『好色

一代男」の文章をかえり見た時(西吟の賊文をも考えに

入れてのことは当然である) ,数々の措辞を借用した

ということは,新しい物語を叙述するための文章体の探

究という試みであって,西吟の賊文にある「転合書」の

言葉は,作品の内容もさることながら, 自己を語るにふ

さわしい文章体模索の様灸な私的な,あまりにも私的な

試承による「戯れ書き」という文字通りの意味を含んで

いると解釈しうる言葉でもあるように思う。

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