「民主化」後の東中欧―チェコとスロヴァキアの政 党政治を中心に
著者 中田 瑞穂
雑誌名 明治学院大学国際学部付属研究所研究所年報 =
Annual report of the Institute for International Studies
巻 17
ページ 79‑82
発行年 2014‑10‑01
その他のタイトル East‑Central Europe after 'Democratization':
The Case of Party Politics in the Czech Republic and Slovakia
URL http://hdl.handle.net/10723/2158
「民主化」後の東中欧
―チェコとスロヴァキアの政党政治を中心に
中 田 瑞 穂
1.東中欧の「新民主主義諸国」
東欧諸国の「民主化」から四半世紀に近い年月が過ぎている。政治体制の転換時には注目をあ つめた東欧諸国であるが、現在、どのような政治が行われているかについては、あまり知られて いないのではないだろうか。「現存した社会主義体制」は、政治にどのような痕跡をのこしてい るのだろうか、また、現在の政党政治に基づく民主主義体制は、十分機能しているのだろうか。
本報告では、これらの点を中心に簡単に話題提供を行いたい。
1-1. 東中欧諸国とは
まず、「東中欧」という言葉が聞きなれないのではないだろうか。中欧とはヨーロッパのロシ アとフランス、東と西の間の地域を指す概念であり、歴史的に育まれた文化的社会的共通性をも っている。冷戦は、この中欧を分裂させ、社会主義圏に属する地域が東欧と呼ばれるようになっ た。冷戦後、中欧地域が再び地理的結合性を持つ領域として復活したが、その中で東欧に属して いた地域にはやはり西ドイツやオーストリアとは異なる特徴が存在する。そこで、中欧の東半分 の地域が東中欧と呼ばれ、比較研究の対象とされている。具体的にはポーランド、チェコ、スロ ヴァキア、ハンガリー、スロヴェニア、クロアチアなどの地域である。
1-2. 体制移行の改革
これらの諸国では、社会主義体制からの体制移行を目指して、複数政党制の導入、自由選挙の 実施、言論の自由化、情報公開法の制定といった、一連の政治の多元化をめざす改革が実施され た。
政治体制の点で重要なのは、議院内閣制が採用されたことである。同じ社会主義体制からの移 行国であるが、旧ソ連諸国では、大統領制、半大統領制が導入されたのに対し、東中欧の一つの 特色となっている(但し、ポーランドでは移行初期に半大統領制に近い制度がとられていた)。
また選挙制度としては比例代表制が導入された(ハンガリーでは小選挙区比例並列制)。比例 代表制はマイノリティの意見を政治に反映しやすい選挙制度である反面、連合政治を不可欠とす る選挙制度である。議院内閣制にせよ、比例代表制にせよ、社会主義体制化以前の戦間期の経験 への回帰が求められたこと、西北欧の標準的な政治制度がモデルとされたことが導入の原因とな っている。比例代表制の導入は、旧共産党が一定の政治勢力を維持できることから、体制移行を スムーズに推進する要因にもなった。
2.政党と政党システム
2-1. 政党と政党システムの形成
政治の多元化を具体化し、議会制デモクラシーの要となるのが政党である。共産党の一党支配 体制が続いていた東中欧諸国で多元性を担う政党はどこから現れるのであろうか。
政党を作り出したのは、まず第一に、共産党の支配体制に異議申し立てをしていた反体制勢力 である。「党」という言葉が、共産党を指し忌避されたことから、反体制勢力は「フォーラム」
を結成し、体制変革後の第一回目の自由選挙で旧共産党勢力に勝利し、体制変革後の中核的な政 治勢力となっていく。反体制勢力を作っていたのは、ポーランドの連帯のように大衆基盤を持つ 組織もあるが、多くは作家、音楽家、学者など知識人が中心であった。ここに、社会的に一定の 地位にありながら、意図的に共産党に属さずにいた「グレーゾーン」の人々が加わり、フォーラ ムには多様な政治的指向性を持つ人々が含まれた。「フォーラム」は、実際に政権をになう中で、
プロフェッショナル化、分裂し、ここからマーケット指向の中道右翼政党、カトリック政党、中 道左派に属する小規模なリベラリズム政党や知識人政党などが生まれることになった。
第二は旧共産党である。旧共産党は内部の改革派を中心に社会民主主義政党に転換し、党名も 社会党、民主左翼党などにかえ、根強い支持を得ている。例外はチェコで共産党内の改革派が弱 く、共産党が党名もそのままに維持され、社民党は 19 世紀来の伝統政党の復活の形式をとり、
実際にはフォーラム勢力の一部がそこに流れ込んで成立した。
第三は衛星政党である。衛星政党とは、戦間期の政党のなかで、社会主義体制期にも国民戦線 ないし人民戦線の中で共産党に協力することで生き残ってきたカトリック政党や農業政党であり、
体制変革後は独立の立場で選挙に参加し固定的な支持を集めた。
2-2. 政党と政党システムの特徴
ではこのように形成された政党はどのような性格を持っていたのだろうか。また、これらの政 党から形成される政党システムにはどのような特徴がみられるのであろうか。
第一の特徴は、議員政党、幹部政党という点にある。西北欧では、労働者対資本家、教権対世 俗など社会的亀裂に基づいて19世紀末から20世紀初頭にかけて形成された大衆組織政党が主要 政党として政党システムの核を形作ってきた。戦間期までの東中欧にも一定程度同様の政党を観 察することができる。しかし、社会主義時代に共産党と衛星政党を除く大衆組織政党は廃止され た。さらに、社会が平準化された結果、労働者対資本家の対立をはじめ、社会的亀裂の多くが衰 退した。社会的亀裂の衰退は西北欧でも生じているが、労働組合、使用者団体、宗派信徒団とそ の関連福祉組織など、社会的亀裂を反映する市民社会組織は残存している。これに対し、東中欧 諸国ではこれらの市民社会組織も、社会主義時代に廃止ないし共産党の系列組織に一本化されて 衰退している。大衆組織政党を再建しようにも、社会的足場が失われているのである。そのため、
政党は議員から構成される議員政党、幹部政党であり、社会との結びつきは脆弱である。
第二に、政党間競合の最も強い軸は、旧共産党系対反体制派の対立となっている。チェコでは、
これが左右軸と重なっており、有権者は政党についても自己についても明確に左右軸上の位置を 認知している。これは、チェコにおける左派の伝統と社会主義期の経験から、左派層が明確に存
在することが一因している。
第三の特徴は、政党間競争の争点は限られているのに、政党システムは 4~6 党の多党制であ ることである。これには比例代表制の選挙制度がとられていることが反映している。
3.近年の変容
この東中欧の政党と政党システムに、2000 年代に入ってから、新たな特徴が見えるようにな った。第一の変化は二極競合化である。複数の政党が相互にバラバラに競合するのではなく、左 右の二つのブロックを作り、首相候補をたて争う現象がみられるようになったのである。二つの ブロックの間の選挙競合は激しくなり、相手ブロックや首相候補についてのマイナスイメージを 強調するようなネガティブ=キャンペーンも行われるようになった。しかし、実際に政権に就く と、両ブロック間の政策上の差異は小さい。特に 2004 年にEU に加盟したことで、各国政府の 経済政策の選択肢は狭隘化しており、激しい競合は見せかけに過ぎなかったと有権者を幻滅させ る結果につながっている。
さらに、2000 年代に入っても、政党の顔触れが固まらず、選挙ごとに絶えず新党が登場する という傾向も見られる。これらの新党は新しいイシューを代弁するための政党ではなく、これま での政党と政策位置に大きな違いは見られない。主義やイデオロギーの名前を冠さず、「公共」
「方向」「市民プラットフォーム」など、どのような政治指向なのか名前だけでは分からない名 称を付けている。これらの新党は、既存政党の政治のスタイルなどを批判し、新しさを打ち出す ことで、幅広い有権者を集めている。しかし、選挙後は既存政党と連合を組んで政権入りするな ど、有権者の期待を裏切る結果も招いている。
チェコでは、政党ブロックの間の対立が、大統領の間接選出のデッドロックを招いたことから、
大統領直接選挙が導入されている。大統領の権限は大きくないが、大統領選挙では、政党から離 れて著名人やポピュリストに近い人物が支持を集めた。政党への幻滅から、政党ではなく、一人 の個人を国の代表として選ぶことがわかりやすいと感じられているのかもしれない。
おわりに:政党デモクラシーの難しさ
東中欧の政党は社会に根付いた政党ではなく、有権者とのつながりは選挙の際の一時的なもの にすぎなかった。しかし、明確な対立軸の存在が、政党システムに一定の安定性を与えていた。
しかし、近年の二極競合化や、新党の登場は選挙を通した政党の有権者に対する応答責任を不明 確化する結果につながっている。
2012年のユーロバロメーターの調査によるとチェコでは、政党、議会、政府へ一定の信頼を示 す市民の割合がそれぞれ 8、9、11%であり、既存民主主義国の平均 23、44、38%と比べて著し く低い。東中欧諸国の中にもばらつきがあるが、平均すると各々13、19、21%であり、既存民主 主義国の半分程度となっている。
既存民主主義諸国では、80 年代とは比べ物にならないほど組織力を落としたとはいえ、まだ なお既存政党が政党システムの安定性を保ち、政府、議会と有権者の間の応答責任を機能させる 役割を果たしている。
それに対し、東中欧の新興民主主義諸国においては、応答責任を担いうる政党と政党システム を作り出すことは著しく困難であり、現状では政党や政治家の政権を求める動きがますます有権 者の政党、政党政治への幻滅、不信を増すことになりかねないのである。