実物から住まいと建築を学ぶ手法について : 江戸 東京たてもの園を例として
著者名(日) 岡田 悟, 森田 元志
雑誌名 共立女子短期大学生活科学科紀要
巻 58
ページ 67‑79
発行年 2015‑02
URL http://id.nii.ac.jp/1087/00002996/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止
http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
共立女子短期大学生活科学科紀要
第5 8 号 ( 2 0 1 5 )
実物から住まいと建築を学ぶ手法について
一江戸東京たてもの闘を例として一
岡 田 悟 , 森 田 元 志
A method of studying architecture by visiting building itself
‑ In the case of Edo‑Tokyo‑Tatemono‑Enー
Sαtoru OKADA
,
,Motoshi MORITAAbstract
In this report we introduce a method of studying architecture by visiting building itself. By visiting building one can get more information than by reading or checking in a net.
Proper guiding or giving keywords aids visitors. We consider Edo‑Tokyo‑TatemonφEn (outdoor architectural museum in Tokyo) and study buildings through the viewpoints of 7 keywords such as temporary building, preservation of building. law and building and so on.
キーワード:
visit見学.
study学習.
architecture建築.
outdoor architectural museum
野外建築博物館
1.はじめに
生活科学科の授業では.キャンパスを離れて 実地に体験する見学を数多く取り入れている。
現在はネット社会となり.居ながらにして多く の情報が入手できる環境にある
oし か し そ れ は主に視覚を通じた受動的な情報が多いと言え る。実物に接することは.そのスケール感や素 材を理解し光や風を感じる貴重な経験となる。
また見学に行き観察するという能動的な姿勢は 設計やデザインをする上でも重要だと考えてい る 。
学科の住居・インテリア系の授業では江戸東 京たてもの困.川崎市立日本民家園,住宅展示 場等に見学に行く。前
2者には歴史的な建物が,
後者には時代の最先端を行く住宅が展示されて いる
o本稿では江戸東京たてもの岡(以下たて
もの岡と略称)を対象によりよい見学を実現す る方法について検討したい。
これらの施設の建物を廻る見学ツアーにおい てガイドブックの果たす役割は大きい。者応の
h!iDlt
に並ぶこの種の出版物も多く.たてもの閣 からもオリジナルガイドブックが出版されてい る1)。同時に.ツアーにおいて見学者を案内し 解説するガイドの役割も大きく.ツアーの効果 に対する検討も行われているヘ特に複数の異 なった建築が混在するたてもの闘では.建物相 互の関係に着目したり.通常と違った切り口で 説明したりすることで建築を多面的に理解でき る可能性が指摘される九たてもの園では
1996年よりボランテイア活動が始まり.現在約
190名がボランティアとして登録している。
岡 内 ガ イ ド は . ボ ラ ン テ ィ ア に よ り 定 時 ( 1
3 : 00から
1時間程度)と団体ガイド(要予
‑67
一
共立女子短期大学生活科学科紀~ ~58号 (2015)
約)を笑施
している。一方.教育する側からは
比学:だけでなく. レポー トを脅かせると教有効 採が上がり
.レポートにはテーマが必要となる。
現在は「現代住屯が伴たもの.失
ったものJいうレポ
ート諜泌を与え. 自分の今の{七まいと展 示されている住宅とを比較させている もう少 し専門的 なテーマに絞り込みたいところである が.
1年前期の'芋
'tが小心であること.
ft肘
・インテリア系以外の分肝に関心が強い学
'tも多 く含まれること等から実現には至っていない。
ノド稿では.1~)ドたてもの図ボランテイアとし
てガイドツアーを
if(ねてきた務総と.乍
'1ミにた てもの図を見学させそのレポー
トを読んできた 経験と
を前かし 以
rの凹に挙げる
7つのキー ワードを提案して│申│
内のいくつかの辿物を取り 仁げ.解説を
j凶じて
fl:まいや建築を説み解いて 学ぶ手がかりとしたい。
日 江 戸東 京たてもの園の概要
武政野地区の文物を対象
とした武正長野w 物館
iがすでに
ji役
liirより
)1:の顕恩
11易 公 │ 主
lに
illてられて いたが.
1951年
(1 I ( l 利
29年) に小金井公│剥が
1m l主
lしたのにi'I:い.
l'iJ公
l弱から移転して武品長野郷
l :
flíl として 1)日航した。 1991年 (~f成 3年)に武 政野郷土fif~ はI~J 飢し江戸東京博物館の分館と して江戸来 J;( たてもの闘が1993il~に IJIJ ,泣きれた.このため.たてものI~I は旧武蔵野郷仁fkl の資料
も引き継いでいる
。現在たてもの|申|には30~の土l!物が移築保存さ
れ公開されている
。これら
301Jliをぷ
lに示した。
便宜的
に建物を川途別にA住宅.
B 1,1f ~IIT IJf:川住宅.
cその他.
OH脱届等に分
1tiし.名分知内 でさら
に1. 2…の併
U‑を付
した。本総ではこ の箱二号・を
mいる
。│立
│・写真柄lには本航内の
l立
1.写真の番号を
1ft!.した。時代欄は各
ill物の
ill設年代を江)
i. IYJm.大 正.昭和戦liiJの
4つに分けて記した。機式欄は 厳 ? I ' i
:な様式を不すものではなく.外観の特徴を 大まかに分かり劾く手
n)!孔 洋j瓜.
‑7H以ill築制 の
3区分に分けて
J己した。たてもの図には
ill物の他にも都
m.自
ilパス
.郵便ポスト等身の
川りにあったものも数多く展 示公開されている
。m.
建築を読み解くヒントとしての
7つのキーワード1.仮設建築
(
たてもの凶ビジターセンター)たてもの│ 却のエン
トランスであり阪とな
っているビジターセンター
(111光肇殿)
(C‑I.図
1 )は紀元
26001'1:'式典山} の会場として山川外 苑に造営された仮設住築物と考えられるが.式 典終
f後の
19.1l1'f:8 ) Jに小金井緑地へ移築された。 その後.文部干?の国民純成所となり使J
tJされ. [j災後の
19541''1:には武蔵野郷
1:加とな
った。さらに.
たてものI~llの|片山lに合せて l'内側iì され.ビジターセンタ ーとその
j目途を変えて現イ
Eまで 使われている
。また.たてもの
i品│にも茶室会水内
(0‑4 )が移築されているが.茶室は
m途こそ変わらな
いが移動することが多い。
園内にある
二)1・ 家
(A‑7 )とも│則辿が深い卯
l出は
J;rhli→点以→大 機→火山とその所化地を変えている
i13)。それを日本建築の仮設性といってよいのかも匁l れな いが.
I反設
lli築と呼ぶことはない。モンゴルな どで比られる遊牧民の組立式
fl:附ゲルも
liiJじと
~.えるであろう。
仮設とは
jよ俳
9iiでは「必要な時
WJに仮に作り 設けること」とあり
.一般的に仮設建築は一定JUJ
If日使川した後の撤去を i l
ji提とした
ill築物でプ
レファプの仮設住屯.
m~ifì などであるとJlll解さ図1 ビジターセンター(1I IXII~股)
‑68‑
実物から住まいと建築を学ぶ手法について
表1 江戸東京たてもの聞に移築保存されている建物30棟一覧
用 途
│番号,
I A‑11
天 明 家
名 称 時代 様 式
A‑21
吉 野 家
A‑31
八王寺千人同心組頭の家
A‑41
綱 島 家 │ 図 2
A‑51
高橋是清邸
1 1明治
A
住 宅
1 A‑61西川家別邸
1 1大正
A
一
71三井八郎右衛門邸(※)
1図
11"'13 1明治 昭和
A‑81
前川国男邸 図 │
3、
7 1昭和戦前
A‑91I...:...:.::::::.:::.~..:.::...~..:::.:...:-.::...::....:.:::~.:.:...f:::::..~...1田園調布の家(大川邸)
1~6 I大正 │洋風
A‑101
小 出 邸 │ 図
5 1 A‑111デ・ラランデ邸図 │
4 1明治
B‑
1
1鍵屋(居酒屋)
1 1江 戸
B‑
2
1小 寺 醤 油 庖
1 1昭和戦前
B‑31
仕立屋
1 1明治 │和風
B‑41川野商庖(和傘屋)
1 1大正
B‑511.....
大和屋本庖(乾屋)
.......................................................................................1 +........................................1 1 ト一一一Bー 61
丸二商庖(荒物)
1図
14江 戸
和風
B
庖 舗 併用
住 宅
B‑71武 居 三 省 堂
B‑81
花 市 生 花 庖
看 板 昭 和 戦 前 │
建築 B ‑
91植 村 邸
一 風 一 風 風 風 一 司 弘 一 洋 一 和 和 洋 一
Z
い
│ 斗 一 削 一 斗 一
﹂ 和 て 一 前 一 拍 一 前 一 一 一 一 昭 つ 一戦一寸一戦一ヨ一
E一台一て亘 一 同 一 二 時 一 戸 一 正 一 治 一 う こ 一 併 一 戸 一 間 一 江 一 大 一 明 一 u L 一 昭 一 口 一 昭 一
‑ Z 一 ゴ 一 月 一 集 前
ー ー ﹁
L ド
﹁ ー
﹁ ー
ー ト
ー ー
ー ﹁
L
を 戦
⁝ 一
⁝
⁝ 一
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⁝
⁝ 一 材 和
λ
⁝ 一 一 一 一
⁝ 均 一
⁝
⁝ 一 一 部 昭
M
⁝ 一
⁝
⁝ 一 図
⁝
⁝
⁝
⁝ 一 の ら 一 ロ 川 ⁝
9
一 1
⁝ 8
⁝ 一 瓜
⁝ 一
⁝
⁝ 一 時 妙 納 即
⁝ 図 一 図
⁝ 国
⁝ 一 副
⁝
⁝
⁝
⁝ 一 H
U m
‑
‑ J
│ ﹂ J 川
1 1 1 │
↓ ‑
J l J I l ‑
‑
叶
│ l
‑ な ま
Z
⁝ 一 殿
⁝
⁝ 一
⁝
⁝
⁝
⁝ 一 町 分 和
⁝ 一 華
⁝
⁝ 一
⁝
⁝
⁝
⁝ 一 井 部 昭 一 一 光 一 一 一 一 一 一
⁝ 一 今 た の
⁝ 一 佃 一 一 一 一 一 一 一 一 京 れ 造
⁝ 一
1
⁝
⁝ 一 一
⁝
⁝
⁝ 一 束 さ ク
⁝ 一
‑
⁝
⁝ 一
⁝
⁝
⁝
⁝ 一
︑ 築 ツ
⁝}一ク⁝一一
li
⁝
⁝
⁝ つ
⁝ 一 磯 移 ロ い湯一ン一一一一直ケ一│一室一:一大︑プ
澄一真一セ⁝[⁝一一湿⁝合⁝判⁝茶⁝番一︑めト 華⁝惇一三崎⁝
LF一 漉 二 両
⁝
m u ⁝
日 ⁝ 一 茂 一 路 た 一
精⁝台一タ一旅⁝湯一証⁝の⁝家一庵⁝橋一トヒリ
上 ⁝ 漣 一
y
⁝ 噛 ⁝
bi
一泊⁝浅⁝噛⁝沫⁝唯一勧知グ 村⁝常一ピ⁝万⁝子一旧⁝奄⁝伊⁝会⁝万一都さン
川十 川寸
← J十
1 1
寸←
1 斗 l 十
l十 斗 京 築 コ 日 ⁝ J u ‑ ‑
⁝ ; ⁝ 1 一 1
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⁝
ι
⁝ i 一 の 新 は 一
⁝ 一 一 二 三 二 二 一 一 一
⁝ 一
⁝ 二 両 こ ピ
B⁝B一C⁝C⁝C一D⁝D⁝D⁝D⁝D一蜘町か
削 針
l
← は 非 分 担 邸 布 部 の 捕 手 井 麻 房 そ 付 等
﹀ 雪 三 に 厨
C DI
※
‑69ー
J~立女子制IUI 大学生活科学科紀要 第58j;・ (2015)
れている。 建築 ~,~iWW にも仮設計・可として「一
定の
JUIIIJIを定めて市:
IIfを受けた仮設ill築物については
.ill築基準法の一部の規定を除外するこ とが
11 ' . 米 る
J(建築 JL 準法担~85~会第 5IJi)とい う胤定があり.
i.tiltの一郎緩和を'1:けることが
/L¥米る
。しかし「仮」とlIっても建築物の川途やそこ
での人々の行動を規定するものではない。来日 本大詰災の仮設住宅も本米は
2年という限定さ れた
JUJIIIJ使用される
ill築物である。 し か し 被
??が甚大で広範聞であるため.街づくりから始
めなければならない状j 兄にあり.
l~JUI の{史ITI を考える必要性から}
,'
f11 :
1'1:の向上が泌組として
上げられていた。仮設住定といっても
11:む人には そこが終の後家や
1"111¥の場所になり.人'1=.の屯要な
‑11判 。
iを過ごすことには変わりはない。仮
設建築という苫~はあってもそこでの似の人生.生活はあってはならない。「
仮Jとはあくまでも作り.ワえる
fllllの . f I
ll論と考えてよいであろう
。 建築はいったん完成すると.設。n‑.r,・の与えや行政の想定を縫えて使われていくものである
。2,建築を似イがするということ (点以駅とデ・ ラランデ邸)
たてもの閑の
11的はホームページでは「現
J色保イがが不
可能な文化的1,lIi11むの
z;5い
lhT!と的建造物
を 移 築 し 組 元
,f~~が ・ 泌示するとともに .i'tif(な文化遺産として次代に継承することを11
指
していますJとある
一般的には.近年gilt
姐になったベ詑
‑U釘iの ように失われた
ill物を峻日時の姿に
'lト現するこ
と.あるいは ~f~illil に),~づく場合を fí~)ëJと 11予 ぴ.改修 ~ii;で元の j彩が'Pi.わっていたものを、月初jの安に民すこと.あるいは│日時の部
1111や材料を
できる|決り使川して,世,\1'1立lh等の資料 lこ J,~づいて
T!Jillされた場合を
fi反 応
uと使い分けている たてもの聞はrI事物
tifUなので移築された建
物は}J; l
WIとしてtWJ;(である。7I )
iq. JUj(こill築さ
れた綱山家(A
‑4,1刈2
)は復以前の.l:UJで 現代胤に改変されていたill物を↑,'Hi((J-<ifWkl~jí分図2 綱山首<.低い軒とイ{場なの牧
図3 ,ìíl川閥リJJ郎五 .J'勾配切 lt, 能{f:}王1fh~悦
などの内装)と合わせて昭和初
JUIの安に復原し ている
。J7野 家
(A‑2)は71:)I後
JVIにill築され.武縦型
f郷
1:釘ill.HtのIIs羽
138{1‑'に吋i
時使われていた妥に近い
j彩で移築されて.ほぼその叩1.'1' のままで保作されている。その紡W:.綱山家内
部では取り持えられた新しい~1:の小に印lilll砕か らの大: n
れが作(1:したり.Itf型f家では茅.llhl似と す り ガ ラ ス 人 り の 木 製
illJ t . が
iU{.r:したりと いった発比が
/1¥米る
。前川同リJIJlI(A‑8. 1立1 3)は
liij111家の i~~ JnH別荘に{栄作されていた古114オを北に.ill~おされた IIHjfII17{1'-叩1.'1'の安に~~IJ;\
‑70ー
')~物から f!: まいと ill築を学ぶ手法について
されているが. インテリアは'り
:!l資料が伐 って いるlI
(j和
30年代の姿で , ' } j J l . されている
。l
毛
JUIにわたって使い絞けられた建築泣践の多 くは
.ill築当初
Jの安 か ら 多 く の 改 変 を
}111えら れ . 場 合 に よ っ て は 川 途 も 変 って いる。 従っ て.修君主や移築の際に的以内攻も合めて
.とど
'の
0〉H
された東京!駅 ! 代
i岩 訳
tの場
f合?は.
ii災災後修Jl
[lを受けて使 川された
JUI問の方がむしろ 長い。 しかも. ' r
UJJ;(されたの は戦災で焼け必ちた 部分であり
.品調11な資料に基づいた'r
WJ;(とは
si・ いなが ら新しく 作 られたものであり
.その'rWf , ( , l I
i'町には多くの疑
111Iが14された。
うがった比
)jをすれば J↓~J;(駅
ml Jl1 の,'}1m 発il l)と介せて. 敗戦 ~II、?のみすぼらしい安で修復するのではなく.
mill叩 l 与 の ! ( ( ; 腿 (
?)な姿に戻すこと で.全体の不動
P凶 l I
illl(を
J("Iやす
ことを狙ったようにも思え る
。 たてもの図でもデ・ ラランデ J~;( f ¥
‑1 1. 1:;(14 )で は当初の姿ではなく
ill築家デ
・ラランデ がI ,
'f住していたH 与
JUJに 旬 以 し さ ら に 保 存 と 米
I{rl
. f i 'の利便性向上 のために
11椛は
i:にカフ
ェスペース と し 厨 房 と バ リ ア フ リ ー 対 応 の 似 所 と
を設け.空調設f~ü. エレベーターも'rW);(il!物に 設irl~ している。ill
築は美 術
・工 芸品とは見な
って泌ぷケース や収il~~hl;: に入れて 1~~t~:することはイ.;IIríì~である。しかも.建築を鑓1't. . f l
1!.Wf,するには│ 人
J;'~i\ に人り図4
デ ・ ラランデJ~I IJ' 火ノバガラスlI.'i り m~分がエレベーターシャフト
見学: するだけでなく 場合によ って は佐川するこ と も 必 要 に な か 似 作 と は 物 思 的 に 反 す る こ と も多くなる
。また
.ill物の維持には将泌でもコ ス
トが掛か か ま してオ リジナ
Jレに近いままで
保存するとなると続消的な寝付けが必~になる。
現在は.歴史的な
illjji物でも多くの場合戦l 術的 な利用活川方法の般紙的な泌
I;fjがぶめられてい
る。 デ・ ラランデJ~\や点点駅舎. lIt ~と的建造物のブライダルホールへの
11ii;川はその一例と
7i・え よう
。3.氏家と交11
外
11:宅( 綱山家
.Jj野家と近代三おU)
江戸rl'JUJ
の綱山家 (A‑
4. I}(I 2)には低い 粁とシシマド.行場合:てのれが比られ.たても
の図の民家の'1'ではI'î式を践す Jr~で~W);( されて いる。江 戸 後WIの
Jj野家 (A‑2)は
IIH手
1130年 代の使用されていた姿に近い形で移築保 存 さ れ ている。 どちらも山・くからの建築材料で作られ た造形であり. }.'cl艇を例にとればその勾配は
45度で一般的な茅且:
出似の勾配に なっている
。瓦.Q:の屋被勾配は
11. 5・1・
ilSIといったところだ ろうか。 これらのぶ.瓦といった伝統的な建材・
を使用 する民似の勾配はそろい.形態と材料か ら統一性が!必じ られる。ぷ材の特1'
:1と締じ1'
:1そ
して屋根の品目~,tlIt も7tめたイ刊1[1'1: をもち.長い川
に多くの人のイ~:1'J:tこよるr~!境に適応した };H!~のシルエットは私たちの
11にも美しく
I! ! k : る。
一方たてもの│ 虫
│で近代
そ械 と呼ばれている小
Hl
邸
(A‑IO目 │立15 ) .l i i j
111閥リ
JJjj¥(f ¥
‑8. 1記13
)回国訓イ i l の家(大 川 邸) ( ; ‑ ¥ ‑ 9 .
1}(16)は出線だけとって比ても.その
j惨状.勾配はパ ラパラである
。これらの
ill築は1li
:t, な
ill築家.
もしくは.その
J'j.務所で働いていた
ill築家が設
;fj‑している
。11本では
ill築家は仁川 i 大 や 校 で初めて
ft成され.その後I 俄業として鋭 、
li:して いった。そのため.
11‑ 1 ,:の近代 化を
11指す彼ら によ って作 られる
ill終に は.伝統 的な形態.下 法が使われることは まれである
。近代三械の
};HUはぷ材こ そ利 瓦でありながら .
‑71‑
共立女チ短期大学生活科学科紀~ ~58 り・ (2015)
図5 1)、IH邸
図6 ITII量l調布の家
日 本で飴めての.ill築迎
jf9Jと言われる「分雌派
Jの ‑ u であった婦口約巴が設計した小
/1¥邸の白
線は.オランダのアムステルダム派に影科されたと思われる急勾配の宝形である コルピジェ とレ ーモンドの元で学んだ前川は. 1.(泳.を思わ せる伝統的な
5、
J'勾配の切妻屋伎を選択しなが ら.キングポストトラスで支えた
rに大きな
l次
抜けのサロンを設けている。凹i取i品
M.{ j i の家の1&
;
11‑
者三
.)1:辺見は,I('jJ日
1{;[一郎事務所の所
uで.
ド イツ下比liJIiのi下filiMlの外観に合わせて級勾配の干:f.sliの組み合わせをとっている
。いずれも設計. r . ‑ の 立
I主lのもとにデザインされた民艇である
現在.点以近郊でありふれた光
jitとして弘ら れる縫
Hき一戸建て専用住宅。手
11)~瓜の li..lJ • モダンな片流れ.
Itil孜j瓜の赤瓦出似18Fのデザイン
は不jfVJ 政 J~ .r.'やハウスメーカーの!収必 Jj役la~ゃ施主の魁
l床によって
iためられていく
。j是J U J の住宅
ローンと 引 き換えに一般のサラ リ ーマンが手に
することが/1¥米る胤張.そこにはもはや近代以前の町並みの抑制された統一感をみることはで
きない
4. ill
築とi1
dlt( 前川邸.万世
i旅館)たてもの|出|では移築時JUJ が災なる ill~が被数 存在することから.建築を税!UIJする法flt
が改正
される,iifと後の.ill築ではその対応に迎いが見ら れる。身体│取得.r.‑. 高齢者対応、が現代の.ill築に は求められているが.バリアフリーの
45・ え
}iを 具体的な例で見てみたい。
前川邸
(A‑8)では縞鋼叙を
Jlllll¥し窓の敷居に
JEし掛ける簡易なス ロー プ
(1記17)を設け ている
。)j:徳旅釘i
(C‑2)には,
iif川邸 より緩 やかな勾配のスロープ(国 8) が設けられ.勾 配の始めと終わりに貨色の注意喚起プロックが
付いている両.r..の違いは移動ド
j滑化
WiHの
施行 ,ìíJ後の ill築的な対応、のjÆいを示す 'J~例と 3
える
。エレベー
ターの設問方法についても
.ベJ
I:邸(A‑7).
'ì;\'1~fì ち]工場 (B-1 1. I立19)では既 存建物の ' 1
1に
11立た ないよう に付加 されている のに対し. デ ・ ラランデ邸
(A‑ll)ではち
:114
に見られるように布側の復原.ill物とそのた捕 のガラス
JhJiりのエレベーターシャフトではデザ インが対照的である
。これは移築H 釧
UJの述いに
よる彼J;JUs築物に対するバリアフリーデザインの方向性の述いを不している。
またよく取り仁げられる法律と辿築的対応 との
│
刻係示す例として.木造.ill築の外在日を変え た準防火j也城( 大 J E
8年 公;(I
i. 市街地辿築物法)の誕生がある。 木造で準防火地域に~;,比さ
れる防火性能を満たす為に.当時は外から木の 見えない「大略j とする必要があり.この構造
は関東大淀災以後も現在に至るまで続き.向街 度な木造.ill築による都市長観をかたちづくって いる。たてものIÎtl に 5 株ある看板ill~ìlll( ぷ 1
)で
も村上村'/
,,'H :i(B‑10. 1~11O)は木造 31椛 illて‑72‑
x
物から
H:まいと
ill築を学ぶ手法について の
3階手摺が和風でありながら
,その外観はイオニア胤の列柱と全面をモルタルで控り込んだ
「大壁」とで構成され.全 体的にはギ
リシア ・ ローマ建築の石造りを想起させる。洗練されて はいないが防火対策と意匠性を阿立させようとしている
。社会の綴々な要請に.建築は対応が求められ
る。
しかし建築の評価は最終的に完成した建築 全体によるのであり,法律や機能を ìl~j たすのに汲々としていては良い建築は生まれない。バ
リアフリーなどの大きな社会的責務は
.ill築的な 解決方法の良し慈しだけでなく規制の内科も合 めて.そこに係る全ての人が考え発コ‑して改汗
していくべきものであろう
。図7 iIIj川岡男邸のスロープ 11'
央に紛鋼板の間払 なスロ
ープ図8
万徳旅館のスロープ
スロープの始りに此色い注意喚起プロックが:没 ìi/l~ されている
図9 常惣台4:Ji場 似のR~II分の1Mにエレベータ
ーが設
Iliされている
図10 村上利11~::''t 会I(ijがモルタル検で.防火対策 (延焼防止)とられている
5. I!~ 院と数fff屋 C--:)I:邸 11:6締J止 w尽10
西洋建築にはギリシア
・ローマ→ロマネスク
→ゴシック→ルネッサンスという編年史的.あ
るいは.発 展 史 的 な 械 式
(Style)が存在する が.
日本建築には存犯しないとコわれることがある
。し か し 寝殿造り目。:1:1流造り.数寄屋造り.や
11ね:の昔
ftiiEり. ; ( 手
,11;立りと
,?ったJftにでも‑73一
共立女子短期大学生jjfj'W戸科紀~ 第588・ (2015)
知られたill築機式は存在している。巾でも.武
tの対而の場として成立していった「JF院Jと.
茶会という限定された用途にから始まった「数 待 出Jという意匠は戦前. 戦 後の和風ill築にま で影特をワ・えていて身近であり. IJ本ill築 を 鑑 抗するひとつのキーワードと言ってよい。
二三)I:ml(A‑7) 11併 の 接 客 ス ペ ー ス は 特111].
食';:t(1封111.12
)
の2室 か ら な か ぶ者Ililli小 路 にあった宍)1:北家の屋敷から移築されたもので ある 2宝とも張付壁.化粧格天井.1人l 法長引11• )()Hdlllが)IJいられ.釘 隠 し は 桐Jiliし紋じrIi:製 で.川院j立りでも絡式の高い造りとなっている こ れ に 対 し fJE僑 是iJI邸 (A‑5) は.liiJじS院ittりでも天井は仏聞を除いて竿縁天)1:であ り.壁は砂慢で.三 井 邸に比べると親しみやす い造形である。さらに2階の是清の..!,t斎.寝室 は天)1:が11務より低くなり.長押の釘隠しはな く.縁側の桁梁も I階の桁梁は角材ーであるのに 対してJf'iき九太であり.一府私的なスペースに 中11応しい造りとなっている。
‑:)1:邸においても.望海床(1当113)はli"I従と して大般の別邸に建てられたもので,土 岐 A字
紙
k)I:.I市j主付の床柱.竹の務し崎けがはられ.iω11は1
勺
liIJの竹が)f]いられている。同じ建物│人l でも隣接する接平等スペース(写真11,12)とは 対照的な数得屋風デザインとなっている建築やその意匠には身分や格式と7?った比え
図11 : JI:Jl!1 符1111J[而床のHlJ.イiT'に泌い捌.
f . J
II~院(いずれも締(-Pl~ を意殺して向く作られていることにi主立)
図12 ::JI:Jl!1存IIUから食堂を見る 仁からk)J:!.毛 引11• )Jの'I':くずしの欄1111.内法.ll.j111
図13 ~ Jl:J!l1 <W毎床竿縁天井.上慢の~旬以胤 デ ザ イ ン
‑74ー
ヲミ物からH=.まいと建築を学ぶ手法について ないものを悦党化したり
.茶室のように茶道という
思想を表 現 し た り す る 役 抑 が あ る
。また 茶道という伝統的な行為が主体になる茶室は.
f2j:
し
Ji18)が各所に作られている。
阿i羊建築の様式を学んだ
11. ‑ 1
ζの建築家たちも
.学校→教ftの場でもある修道│淀("
,111: 教会.ill築)→ ゴシッ ク.ill築といった線式の選択をすることも多かっ た。学校は教育の場にふさわしいゴシック線式 で.銀行は銀行としての
11J頼感を
'jえるギリシ ア
・ローマ風の古典主義.ill築.過去から定形
化したシンボルとしてデザインされて米た
。モダニズム建築の.ill築, i l t徒 で あ る 欽 と ガ ラ ス の カーテンウオールでさえイ斗
:1ピルに
fll応しいシ ンボルであった。 しかし
1990年代以降のグロー パル針本主義は.ill築デザインに対してー附.尚
11ilIとしての芯別化を決::;j(するようになったよう だ。派!とや
mJlnIの環境..ill築の機能にも紛られ
ないイfr,.ill築家による技術liや石絞までも舵絶する辿築の I
I¥JJ!である
。Jヒ ; i ( の CCTVなどに比 られるデザインは. コンビューターのデスク
トップ̲
1".のアイコン的組築ともH千ばれている。A
L WA
YS 二
J"lIのタ
11fll;Hll30年代
Jの胤以は
iliい過去のものになり
..fJ!代の
刊Jtたちにと ってT~i;:必 (C-3) i[i(ijのiJf倣}!fltも践似のシンボルというより
I;lj利H与代の象徴なのかもれな
し
、。
し か し い つ の
H判tにあっても.ill築ははえな
いものを悦:ri:化し. フ~1:iJとして体現することを;J
とめられていることは食わらない。
6.
惜 の.
ill築. Hと奴: の.
ill築
(JjIIt怖のうど併と III~術品;fi 止11)制):占家(八ー4.1立12)の併にIlH
まれれが狭
いlIiJ附で抜ぷ H行い内部と.山if,~) . 止 i i ' i
J日
I(!¥‑5) の必波紋小 m~のれ以外は ~fì ど.ill H で併J反さ れた定l人j
は対照的な.ill築宅Ul
Jである。
どちらの例も
「れと後で構成される
J1 I . ‑ 1 . : . i l l 築 は 構 造 材
である.‑tJとれ‑のIIIJをどう
J及うか1'1山):I[カ
f117iいこ
とを示していると』すえる。綱J;b家のように木勝ガラスの建具にする
ことも可能である。‑)
,.万 世
1I!!iのうど 番
(D‑5)は 煉 瓦 を 斬 み 1‑.げた「控」で作られた建築なので.控にIl H I
lをあけるのに工夫ーが必要になる。
JIfJ口部の上部 をアーチ状にしたり
.石のマグサを卦け渡して蛍の煉瓦がj u j れ務ちないようにする必裂がある。
従って.普通は窓や出入口等の
IJfJl
l部は力学的 に安定する縦長のプロポ
ーションとなる
。また.
I
Jf.J
口百
¥1に取り付けられる建具も
.{裁長のIJfJUが 可能な日本建築に多く見られる引述いではなく
. 縦長の IJf.JLlを生かした上げ下げ~や IJfJき窓)J
J¥が使われる
。椛j立的な制約が窓の
IJfJI~~),法という納まり(デイティ
ール)にまで及んでいる例と言えるであろう
。また木造でも軒を切り詰め.
:窓を縦長にすると洋館j瓜に見える。
示 板 建 築 で あ る 丸 二 商 応
(s‑6.図
14)の
外壁は汀.戸小紋をモチーフにした銅版!J,ljりであ る
。正 而21併は16‑17世紀のオランダ建築に良く
凡られる袋町
i的な破}!fl ltであるダッチゲイプル
)!fltのパラペッ トと縦長の上げ下げ窓、でオランダ
}!ftl洋館に
見えるが.11礁は荒物屈 Ig~11ìとしてのを組んで
1:で本ぐことも.込山
1却のように令て
図14 九二l郎防},li~lfiのだ奥は!日l 時に移築された氏以‑75一