コホロギはキリギリス : 萬葉集「蟋蟀・蟋」考
著者名(日) 川上 富吉
雑誌名 大妻国文
巻 29
ページ 1‑24
発行年 1998‑03
URL http://id.nii.ac.jp/1114/00001422/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
コホロギはキリギリス
ll
寓葉集﹁臆蜂・幡﹂考||
一︑高葉集の
﹁臆 陣・ 臆﹂
﹃万葉集﹄の現行のテキスト類では︑
暮2
月ず
夜よ
湯
心E原
毛2王
思し時 努 の 解 力ミに歌
白k首
露3
乃の
おくこのにはにこほろダなくも
置 此 庭 忽 臆 陣 鳴 毛
︵
8
一五
五一
﹀
詠v螺
あ き か ぜ り さ U︿ ふ
︿ な へ わ が や ど の あ さ ぢ が も と に こ ほ る ぎ な く も
秋 風 之 寒 吹 奈 倍 吾 屋 前 之 浅 茅 之 本 匁 螺 陣 鳴 毛
︵ 叩 一 二 五 八
︶
か げ
︿ さ の お ひ た る や ど の ゆ ふ か げ に な く 己 ほ ろ ぎ は き け と あ か ぬ か も
影 草 乃 生 有 屋 外 之 暮 陰 年 鳴 熔 障 者 難 v聞不v足可聞︵刊一二五九︶
に は
︿ き に む ら さ め ふ り て と ほ ら ぎ の な く こ ゑ 主 け ぽ あ き づ き に け り
庭 草 年 村 雨 落 而 熔 蜂 之 鳴 立 日 間 者 秋 付 伝 家 里
︵叩
一二
六O﹀
熔主
障会之の
:
寄i
臆あきのよを秋夜乎
寝 験 無
ま︿らとあれとは枕与吾者︵叩二二六回︶
コホロギはキリギリス l i − − t
上 富
士口
草;
深t
寄
臆5元
多は主
鳴屋前芽子見公者
何時
来益
牟︵
叩二
二七
一︶
総Z
蝉主之の
旋
定頭主主あ
隔空歌
な六つつもとな鳴乍本名起居管君乍感年 いねかてなくに宿不v勝
年︵
叩二
三一
O︶
の如く︑仮名表記の例はなく︑漢字表記で︑
蛇
7語
︵問
題−
m−m・m−m−m
・捌
︶
3語
︵問
題−
m題
− m﹀
幌
、瞬、
の計叩語のすべて﹁こほろぎ﹂と訓読されている︒
コホロギは今は一種類の虫の名であるが︑万葉のころは秋鳴く虫を総べて言ったのであろうという︒︵日本古典文学大
声h υ
系﹃
世間
葉集
﹄八
街頭
注︒
昭和
制年
9月 ﹀
今日いうこおろぎ類ばかりでなく︑すずむし︑まつむし︑
ヮ
本古
典文
学全
集﹃
万葉
集﹄
八日
頭注
︒昭
和灯
年
5月 ﹀
かんたんなどの︑秋鳴く足を広くさしたか︑という︒︵日
今日いう︑こおろぎ類のほかに︑すずむし・まつむし・きりぎりすなど︑秋鳴く虫を広くさしたかといわれる︒
︒ ︐
今のこおろぎのみならず︑秋に鳴く虫の総称ともいう︒︵新潮日本古典集成﹃万葉集﹄八日頭注︒昭和田年日月︶
今のコオロギを主にマツムシ・スズムシなど秋に鳴く虫の総称かという︒平安朝のキリギリスも同義であるが︑今の
つ ゐ
キリ
ギリ
スで
はな
い︒
︵旺
文社
文庫
﹃万
葉集
制﹄
八日
脚注
︒︵
元版
﹃現
代語
訳対
照万
葉集
﹄︒
昭和
勾年
9月
︑︶
昭和
田年
4月
︶
i
︒ ︐
広くコオロギ・キリギリスら秋の虫をいうか︒︵講談社文庫﹃万葉集白﹄八郎脚旺︒昭和国年2月︶
00
今のこおろぎか︒秋鳴く虫の総称ともいう︒︵角川文庫﹃万葉集・ト−巻﹄︵十μ
脚注
︒昭
和印
年3
月︶
というように︑﹁コホロギ﹂と訓み︑﹁秋の鳴く虫の総称﹂ということになっている︒
現 行 辞 書 類 に み る
﹁臆
蜂・
臆﹂
現行の辞書類では︑
きりぎりす︹盆斯・蛇僻︺︵鳴き声に基づく語か︒スは鳥や虫など飛ぶものにいう語﹀①コオロギの古称︒
︿中
略﹀
②バッタ日︵直趨類﹀キリギリス科の昆虫︒︿中略﹀盛夏︑原野に多い︒雄は︑﹁ちょんぎいす﹂と鳴く︒ぎす︒ぎ
っちょ︒はたおり︒部︵さ︶の鶏︒
︿後
略﹀
︵﹃
広辞
苑
第四
版﹄
︶
コホ
ロギ
はキ
リギ
リス
四
こおろぎ山内︹聴蝉︺①パッタ目コオロギ科の昆虫の総称︒
︿中
略﹀
雄は
夏か
ら秋
にか
けて
鳴く
︒
八中
略﹀
いと
ど︑
ちち
ろむし︒古名きりぎりす︒
八中
略﹀
②古
くは
︑秋
鳴く
虫の
総称
︒万
一
O﹁わが宿の浅茅がもとに||鳴くも﹂
︿中
略﹀
︵﹃
広辞
苑
第四
版﹄
﹀
きりぎりす︻盆蛸︺︹名︺①昆虫﹁こおろぎ︵臆蝉︶﹄の古名︒八季・秋V*神楽歌i小前張・螺降﹁八本﹀支利支利
須︵キリギリス︶の妬︵ねた︶さ慨︵うれた︶さや御園生︵みそのふ︶に参りて木の根を掘り食︿は︶むで﹂*新撰
支利支利須﹂︿中略﹀②キリギリス科の昆虫︒字鏡﹁熔僻師︿中略﹀夏から秋にかけて野原の草むらに多く︑長いう
分布︒ぎす︒ぎっちょ︒ しろあしでよく跳躍する︒雄の腹端には剣状の産卵管がある︒雄はチョン︑ギlスと鳴く︒北海道を除く日本各地に
はたおり︒︿季・秋V︿中略﹀③キリギリス科に属する昆虫の総称︒
︿中
略﹀
キリ
ギリ
ス︑
ク
ツワ
ムシ
︑
ウマ
オイ
︑
ツユ
ムシ
など
鳴く
もの
が多
い︒
︵﹃
日本
国語
大辞
典﹄
︶
こおろぎ日制︻鯨蝉︼︹名︺①古く︑秋鳴く虫の総称︒*万葉|八・一五五二﹁夕月夜︵ゆふづくよ﹀心もしのに白露
の置くこの庭に螺蝉︵こほろぎ︶鳴くも︿湯原王﹀﹂ネ十巻本和名抄l八﹁鯖例文字集略云陪蜘︿精列二音
保呂岐﹀﹂②直趨白︵ちよくしもく︶コオロギ科の昆虫︒︿中略﹀雄は夏から秋にかけて鳴く︒ 和名古
古 く は
﹁きりぎ
りす﹂といった︒八季・秋V︿中略﹀③コオロギ亜科に属する昆虫の総称︒
︿中
略﹀
エン
マコ
オロ
ギ︑
コオ
ロギ
︑ミ
ツ
カドコオロギなど数種ある︒古くは﹁きりぎりす﹂といった︒
いとど︒ちちろむし︒八季・秋
V
︿後
略﹀
︵﹃
日本
国
語大
静典
﹄︶
こほろぎ︹際蜂︺︵名︶直週日の昆虫︒現在のこおろぎを含めて秋鳴く虫の総称という︒すなわち松虫・鈴虫・くつ
と 陪 ろ ぎ チ
わ虫その他を総括する︒﹁白露の置く此の庭に幡蝉鳴くも﹂︵万一五五二﹀﹁秋風の寒く吹くなへ吾がやどの浅茅が
毛 ト と ほ ゐ 宮 と ほ ろ ぎ と ほ ろ ぎ ト ヨ
下に臆陣鳴くも﹂︵万一一一五八︶﹁草深み聴きはに鳴くやどの﹂ハ万二二七一︶﹁臆障の吾が床のへに鳴きつつもと
な﹂
︵万
二=
二
O﹀
﹁騎
捌
FW
RV
﹂︵和名抄︶︻考︼平安時代にコホロギと呼ばれた虫が現在のきりぎりすで︑キリギ
キ ギ リ ス ネ タ
リスと呼ばれた虫が現在のこおろぎであるというι﹁支利支利須の妬さうれたさや御園生に参りて木の根を掘り食む
でおさまさ角折れぬ﹂︵神楽臆僻﹀のキリギリスは︑こおろぎにあたる︒
もの
と考
えら
れる
︒
Q時
代別
国語
大辞
典・
上代
編﹄
﹀
とあって︑﹃時代別国語大辞典・上代編﹄には﹁きりぎりす﹂の立項はない︒
漢和
辞典
類で
は︑
螺蝉
w f
①識
の名
︒こ
ほろ
ぎ︒
きり
ぎり
す︒
いと
ど︒
︵﹃
大漢
和辞
典﹄
﹀
螺おろ吉田こおろぎ︒図きりぎりす︑いとど︑はたおり︒
司劃︹名義抄︺時柑蝉︑キリん\ス︹篇立︺螺キリ/\ス
臆蝉
wf
こお
ろぎ
︒ハ
白川
静﹃
字通
﹄︶
とあって︑国語辞典類と同様で︑﹁コオロギ﹂と訓んでいることがわかる︒
ヨホ
ロギ
はキ
PギPス コホロギのコホロは︑その鳴き声を模した
五
−'合 ノ、
︑古辞書類 次に古辞書類を見てみよう︒
﹃新
撰字
鏡﹄
虫部
第八
十三
に︑
議 蜂
帥 門
ら
~.丙2慢話F
とあって︑﹁キリ/\ス﹂と訓み︑﹁コホロギ﹂とはない︒
﹃和名類緊抄﹄巻十九最芳類第二百四十に︑
実急
奥手
旦杏兼
事4夫名 跡 兆 現名云・
本;捻
主事
二案
審卒
名品や務内九
とあって︑﹁キリキリス﹂と訓み︑﹁コホロギ﹂とはない︒ちなみに︑
コ﹁
ホ戸
︑ギ
﹂は
︑
回出奇書祖4
・曹点占お文字象略−式特例締切れ時特
とあって﹁崎例﹂の訓みで︑﹁螺蝉﹂︵キリギリス︶と区別していることがわかる︒
﹃類
索名
義抄
﹄僧
百下
十四
虫に
︑
穏
声器・,支岬
h牢d
エ −
TW
Ff
3ぷ去 f吋
誕ふ
T &
ぐ ア q
吋
とあって︑﹁キリ/ヘス﹂の訓みだけで︑﹁コホロギ﹂の訓みはない︒ちなみに︑
・丞 渠容 認
脅 点
ず 靖
室 ニ
士 一
1 3
えヱ
d J d J
下t v
ア ハ
ヘ 略
︑
γ一 校
戸 ?
ノ 主
λ
十d
q ・ 靖
川 ワ エ
JW
J
︐ ・ ル 官
$1
制 唱 必
とあ
って
︑﹁
蚕﹂
に︑
﹁キ
リ/
\ス
﹂︑
﹁鯖
捌﹂
に︑
﹁コ
ホロ
ギ﹂
とあ
る︒
﹃伊巴波字類抄﹄十巻本第八⑧動物付動物株に︑
慈 ︷
4句︑之
立宿
主 向 列 急
tR
ゐ
﹄ ゆ
h−
き 寺 内
ゆudιwA
とあり︑第七②動物付動物体に︑
−F
FE
v s −v
骨
a E
キF
キ也 窓 会
uh
主
とあって︑﹁螺蝉﹂﹁晴朗﹂ともに﹁キリギリス﹂と訓んでいる︒さらに︑﹃日葡辞書﹄には︑﹁キリギリス﹂の立項はある
が︑﹁コホロギ﹂はなく︑﹃和英語林集成﹄には︑﹁カウロギ﹂
﹁キ
リギ
リス
﹂と
もに
ある
が︑
いづ
れも
﹁ロ
ユn
r 2
﹂︵
コオ
ロ
ギ﹀
と訳
して
いる
︒
以上︑古辞書類の規範性から見れば︑﹁蜂蝉・螺﹂は﹁キリギリス﹂と訓読すべきことが明らかとなった︒
コホ
ロギ
はキ
リギ
リス
七
八 四︑現時点の全注釈・研究
では︑現時点のいわゆる全注釈・研究類ではどうなっているのかを見てみよう︒
﹃研究資料日本古典文学⑤万葉・歌謡﹄︵昭和的年4月︶の﹁天智天皇の諸皇子・諸皇女﹂の項︵神︑氷あい子︑執筆﹀の
﹁巻
八︑
一五
五二
﹂に
おい
て︑
螺 蝉
︿つわ現在のこおろぎだけでなく︑松虫・鈴虫・轡虫を含めた︑秋の虫の総称︒
と注
する
のみ
で︑
﹃新
撰字
鏡﹄
・﹃
和名
抄﹄
など
の引
用は
ない
︒
いわゆる訓詰注釈の初歩の注ではないということである︒ま
一五五二﹂の﹁蝶僻﹂は︑万葉集初出例であり︑作者名の明記︵湯原生﹀された唯一例であり︑巻入は四季
分類の最初の巻であることなど︑文学史的に重要な意味を持つ初出例であること等を指摘しておくことが必要で採れ︒
巻第十﹄︵阿蘇瑞枝︑平成元年5
月︶
の︑
﹁一
二五
八﹂
題に
つい
て︑
た︑
﹁巻
入︑
﹃万
葉集
全注
釈
こおろぎは︑直週目こおろぎ科の昆虫であるが︑万葉集のそれは︑現在のこおろぎのみを指すのではなくて︑まつ
虫・鈴虫・くつわ虫なども含めた︑秋に鳴く虫の総称という︒集中︑七首に詠まれているが︑巻八・一五五二︵秋雑
歌
湯原王︶︑巻十・二一五入J
一二
六O
︵秋
雑歌
﹀︑
二二
六四
︑二
二七
一︑
二三
一
O︵秋相聞﹀のように︑巻入と巻
十の秩の部にのみ見える︒
とし
︑﹁
一二
五八
﹂の
語注
に︑
コホロギは︑既述ハ﹁聴を詠む﹂の条﹀︒﹁臆蝉﹂は︑倭名類来紗に︑﹁和名
り︑﹁崎捌﹂を﹁和名古保呂木﹂とするが︑万葉集の﹁螺蝉﹂は︑いずれも四音の箇所にあり︑また︑﹁鯖捌﹂は︑文
選の李善注に﹁幡陣︑虫名︑俗に之を騎捌と謂ふ﹂とあるので︑時蝉をコホロギと訓むのである︒中古以降︑ Oこほろぎ鳴くも
木 里 木 里 須
﹂ と あ
コホ
ロ
ギをキリギリスというようになったとされる︒モは︑感動の意をあらわす終助詞︒
とし
︑﹁
ニ
Oこほろぎ既出︑二一五八参照︒万葉集におけるこおろぎは︑現在のこおろぎだけではなく︑松虫・鈴虫・くつわ
虫などを含めた︑秋に鳴く虫の総称︒
とあ
って
︑﹃
和名
抄﹄
を引
用し
︑
四音の字音上︑俗語﹁コホロギ﹂の訓みを採用している︒
﹃万葉集全注巻第八﹄ハ井手至・平成5年4月﹀の三五五二﹂の語注に︑
O螺蜂今日こおろぎと呼ばれている昆虫をはじめ︑秋の草むらで鳴く︑鈴虫︑松虫︑くつわ虫等の総称︒
とほろぎζほろぎはその声を擬えたものであろう︒ほかに﹁我がやどの浅茅が下に臆蝉鳴くも﹂︵叩・二一五人︶︑﹁螺蜂の我が床のへ
コホ
ロ
らしく︑倭名抄に﹁兼名苑云︑螺蜂︑ に
鳴き
つつ
もと
な﹂
︿叩
・一
一一
一一
一
O︶などがある︒なお︑こおろぎは平安時代にはキリギリスとも呼ばれた︵全釈﹀
き り ぎ り す こ ほ ろ ぎ
一名養岐利々々須﹂︒﹁文字集略云︑晴朗古保呂岐﹂
また
とあって︑
後 者 の
晴
コホ
ロギ
はキ
PギPス
九
。
捌﹂については文選李養注に︑﹁察畠月令章句日︑熔陣︑虫名︑俗謂ニ之騎側一﹂︵巻二三︑張孟陽︑七哀詩﹀とあるの
きりぎりすとほろぎ
で︑
﹁幡
蝉H
崎捌
﹂と
考え
られ
るか
らで
ある
︒
きりぎりす己ほろぎ
と︑
﹁轄
蝉H
崎捌
﹂と
して
いる
︒
﹃万
葉集
樺注
四﹄
︵伊
藤博
︑
平成8年8
舟︶
の︑
﹁一
五五
二﹂
の語
注に
︑ 時
、 蝉
今日のこおろぎと同じらしい︒単に﹁螺﹂とも︵叩二二六四題調ほか﹀︒平安期に入ってこれをきりぎりすと
もいったので︑諸説がある︒今のこおろぎのみならず︑まつむし︑すずむし︑きりぎりすなど︑秋に鳴く虫の総称と
キが−Pス
一名
養︑
岐利
々々
須﹂
とあ
り︑
見る説︵佐佐木﹃評釈﹄﹀はもっともあたりさわりがない︒﹃倭名抄﹄︵八﹀に﹁鱈陣︑
HV
ホ ギ
また
﹁騎
例︑
古保
呂岐
とあ
る︒
一方
﹁晴
捌﹂
は︑
﹃文
選﹄
李善
注に
﹁略
陣︑
虫名
︑俗
謂ニ
之賄
側−
﹂︵
巻二
十三
︑張
孟陽
七
哀詩
﹀と
ある
︒
とあ
って
︑﹁
熔蝉
﹂即
﹁賄
側﹂
で︑
﹁コ
ホロ
ギ﹂
の訓
みを
採用
し︑
﹁秋
に鳴
く虫
の総
称﹂
とし
てい
る︒
五︑訓読﹁コホロギ﹂説
﹃校本万葉集﹄の底本である﹁西本願寺本﹂は﹁キリキリス﹂であり︑﹃万葉代匠記﹄以前の古写本・古注釈書類はすべ
て﹁キリキリス﹂と読んでおり︑﹃新撰字鏡﹄・﹃和名抄﹄など古辞書類が︑﹁螺蝉・幡﹂を﹁キリギリス﹂と訓読している
にもかかわらず︑﹃和名抄﹄の﹁俗にコホロギと云ふ﹂の﹁コホロギ﹂を︑現行のすべてのテキスト・注釈書・辞書がと
一つには︑江戸末・明治・大正・昭和と永く広く読まれた﹃万葉集略解﹄にあり︑それを基に万葉語を
︵ 注
2︶
採用
した
﹃大
日本
国語
辞典
﹄︵
上国
高年
・松
井筒
治︑
大正
4年
初版
︶に
あっ
たと
思わ
れる
︒そ
の﹃
略解
﹄の
﹁巻
入︑
って
いる
原因
は︑
一五
五二
﹂
螺蝉旧訓きり/\すとよみたれど︑すべて集中此字をきり/︐\すと訓ては︑しらベと与のひがたければ︑翁はこほろ
ぎとよまれし也︑和名抄文字集暮云︑晴例精列二音︑和名古保目木と有によりて也︑春海云︑晴例といふ名は文選晋
張孟陽七哀詩に︑仰聴ニ離鴻鳴↓情聴−一晴吟一と見え︑李善が註に︑易通卦験日︑立秋晴捌鳴︑禁畠月令章句日︑軽蝉虫
名︑俗謂ニ之矯例一といひ︑又古詩に牒蜂吟︑騎例吟と通はしては常にいへり︑か与れば騎捌と憶障は同物なれば︑情
酬に古保白木と有にて︑古より臆僻にこほろぎの名有事しるし︑良和名抄に兼名苑云︑螺降一名益︑和名木里木里須
とみえたれば︑きり/\すの名も古くいへる名なるべし︑其外委しく春海論ひおける事あれどこ与に署きぬ︑
とあって︑翁︵賀茂真淵︶の﹃万葉考﹄の本文には︑﹃こほろぎ﹂と訓んだだけで︑その理由を述べではいない︒
はじめて︑﹁コホロギ﹂説を提唱したのは︑荷田春満﹃万葉集童蒙抄﹄である︒その﹁巻八︑
一五
五二
﹂に
︑︿
傍線
ば︑
川上
湯原玉轄蜂歌一首 ︶
螺障
︑和
名抄
第十
九虫
芳類
云︑
際降
︑兼
名苑
云諸
問一
名養
一緒
一凱
ト暗
縦︑
和如
v此あれども上代はこふ
剖劃剖訓したりと見む吋が︒今一去きり件\すとは不v合也︒字書には晴朗の一名を牒障と注せり︒しかれば紛れたる
事あるか嘗集の歌に︑此螺障をきり件\すと讃みては歌の意合はず︒こふろぎと譲までは聞えぬ歌共あり︒後京極撮
政の︑きりふ\す鳴や霜夜の御歌も︑こふろぎのなく霜夜にであるべし︒きり件\すは霜など降る節鳴くものにあら
コホロギはキリギリス
ず︒これらも不審の義也此歌の次第も︑時雨のふる時節は︑も早きりλ\すは撃を出すものにあらず︒古と今とは時
令も替りし故︑その時代はきりλ\すの鳴きけるか︒此義不審也︒崎酬の一名を時解ともいひし故︑こふろぎの字に
用たるにもやあらん︒此歌の詞は︑きりん\すと讃みても足り蝕りも無く︑一字齢り迄の歌によまるれ共︑此集の歌
によりて︑きりメ\すとは讃難き歌あり
とし
︑﹁
巻十
︑二
一五
八﹂
に︑
蛇僻の事前に注せる如く︑きりん\すと讃みては此歌とも不v合也︒こほろぎの事と見ゆるを古く誤り来れる也︿中
略﹀此歌きりん\すと讃みては︑時節も秋更けたる時節︑又詞も蝕れり︒後京極殿の︑霜夜のさむしろにと詠給ふ
も︑こほろぎにて無ければ不v合義此歌に同じ︒和名にも︑きりん\すと酎挙げたれば︑順も考へ洩らされたる欺︒兎
に角きりん\すは︑仲秋の頃は最早稀に鳴く也︒夏専と鳴くなれば︑時代の変化にて︑昔と今とは時令もたがへる事
あらんか︒なれど歌の詞悉くきりよ\すと讃みては字飴りになる也
とし
︑﹁
巻十
︑二
一六
O﹂
に︑
螺降之此之の字助語などと注せる説有︒是きりλ\すにて有まじきと見る詮也︒きりん\すと読まば︑之の字無く
てもきりん\す鳴く戸聞けばと読みて済むべきを︑之の字を加へたるはこほろぎのと読める故也︒此題三首の歌皆き
りメ\すと譲みては字徐り也︒心得難し︒こほろぎと讃まではならぬ様に書たるを︑助字或ひは字徐りなど無理なる
説をなせり
秋 付
諸抄は秋になりたると云意と稗せり︒秋も夜寒に霜降る頃の意によめる歌もあれば︑秋蚕にと云意か︒又秋暮
にけりと云意共開ゆる也︒付は壷の借訓又秋つくれにけりの詞共聞ゆる也︒暮を約すればきにつにまる也︒尤秋にな
りにけりと云ふ共︑さしてかひ無かるべけれ共︑付を成と云の義不v詳也︒劃が刈川明同
EU
剖閥
引制
刷出
叫J
判M
剖
聾を聞けば︑秋になりけりと云ふ語如何にも不v演説也
とし
︑﹁
巻十
︑二
七七
一﹂
に︑
螺の字計を書たる事心得難し︒聴の字を脱せるなるべし︒是も仮名本︑諸抄物には︑きりぎりすと訓じたり︒是迄の
歌︑悉皆字余りに読まねばならぬ歌也︒こふろぎと読みては︑一首も字余りの歌は無き也︒きればこふろぎと訓ずべ
き事
明也
︒
として︑﹁きりぎりす﹂と五一音で読むと字余りとなるから﹁こふろぎ﹂と四一音で読むべきであると主張しているのである
が︑これは近世歌学上の主張であって︑﹃万葉集﹄所収の歌が歌われ︵作られ︶た時代︑また︑編集された時代に戻してみ
れば︑字余り︑字足らずの例は多量にあるわけであるから︑﹁時陣・螺﹂にのみ字余り説を適応させるのは︑索強付会で︑ ﹀︵ 注 3
歴史的事実を歪曲した妄説というしかない︒また︑季節として︑﹁時雨のふる時節は︑も早きりん\すは撃を出すものに
あら
ず︒
﹂︵
8
一五
五二
︶︑
﹁きり件\すは︑仲秋の頃は最早稀に鳴く也︒夏専と鳴くなれば︑﹂︵叩一二五八︶
・﹁
きり
ん\
すは夏こそ鳴くなるを︑これが聾を聞けば︑秋になりけりと云ふ諜如何にも不v構
説也
︒﹂
︵叩
一二
六O︶・﹁待歓とは︑文
選等
にも
蜂一
居間
v秋金と有︒眠障は秋待ちて鳴くものなれば也﹂︵m一一一六四︶とあって︑その鳴く斡飢をもう一つの証拠
にもしているが︑この昆虫の生態学上の分析は別の機会に譲ることとして︑今は訓みについてのみ考察したい︒この字余
コホロギはキリギリス
四
り説を根拠とする﹁コホロギ﹂説が︑賀茂真淵﹃万葉考﹄︑橘千蔭﹃万葉集略解﹄︑さらに﹃万葉集古義﹄を経て︑現代の
諸テキスト・諸注釈書類に至っているのである︒
﹁キリギリス﹂説
﹁蛇膝・蛇﹂を﹁コホロギ﹂と訓む説は︑その字音四音という字余りにならないということが立論の根拠となっている
ので
ある
が︑
﹃万葉集﹄には︑字余りの歌はかなりの量にのぼることからみて︑論拠薄弱で挙証責任に欠けると言える︒
私見
とし
ては
︑
﹃万葉代匠記﹄以前の古写本・古注釈類が﹁キリギリス﹂であることと︑古辞書類が﹁キリギリス﹂と訓
読しているというこ点から﹁キリギリス﹂に戻すべきことを強く提言したい︒
さら
に︑
古代
歌謡
の﹁
神楽
歌﹂
︵日
本古
典文
学大
系﹃
古代
歌謡
集﹄
︵小
西甚
一校
注︶
に︑
︿ き り ぎ り す
熔 鯨 55
折を螺i
れ 膝f
ぬのす
妬2
さ 本
慨i
さた
や
ぞ の ふ ま ぬ
御園生に参りて木の根を掘り食むでおさまさ角折れぬおさまさ
つの
お さ ま さ 角
支利支利須乃
佐末佐於佐末佐 祢多佐宇礼太佐
津乃於礼奴
也
見曽乃不仁万為利天支乃祢乎保利波武天遠佐末佐津乃遠礼奴
遠
おさまさ
妬主末 さ
慨i
さた
み そ の ふ ま ゐ
御園生に参りて木の根を掘り食むでおさまさ
つの を
角折れぬ
於左末左祢多佐宇礼多佐見曽乃不仁末伊利天支乃祢遠本利波牟天於左末左津乃遠礼奴
とあって︑﹁支利支利須乃﹂と仮名書き六音の例があり︑﹃梁塵秘抄﹄四句神歌に︑
うばらL
た い た も ふ
〜 き る か な
茨こきの下にこそ︑髄が笛吹き猿奏で︑かい奏で︑轟轟麿めて拍子つく︑ ヌりぎりす
たて
牒陣
は︑
鉦鼓の/\好き上手︵三九二﹀
とあ
るこ
とな
ども
︑﹁
キリ
ギリ
ス﹂
説を
補強
する
こと
がで
きる
︒ま
た︑
﹃新
撰万
葉集
﹄︵
詐書
類従
本に
拠る
︶上
︑秋
歌品
川六
首の
中︑
①
キ カ ゼ ユ ホ コ ロ ピ ヌ ラ シ フ ヂ パ カ マ ッ
.
︑ リ ザ セ ト テ キ リ
/
\ ス ナ ク
秋 風 丹 綻 沼 良 芝 藤 袴 額 刺 世 砥 手 養 鳴
商隣嫌々葉軽々︒壁恭流音敷慮鳴︒暁露鹿鳴花始襲︒百般撃折一枝情︒
③
カ ア ハ
νトオ毛フキリ/︑︑スナタユフグν
ノヤマトナヂコシ
吾 而 己 哉 憐 砥 思 養 鳴 暮 景 之 倭 崖 褒
秋来暁募報二五回聾一螺蜂高低壁下鳴︒駄々
ER
宵驚
ν驚
楳︵
眠イ
︶慮
︒ 誰言愛v汝
最丁
寧︒
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綿T
爾裳風之涼吹塗鹿立秋田砥者郁子裳云塞里
出髄
急扇
物光
哀︒
陸一
一一
是矯
一一
秋気
早来
↓壁
芸家
々音
始能
︒繋
芽庭
々等
初開
︒
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ア キ 労 ピ ノ フ キ タ テ ヌ レ パ キ
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オ ノ ガ ツ ず リ ト ヨ ノ ハ ヲ ゾ サ ス
秋 風 之 吹 立 沼 躍 者 養 己 欺 綴 砥 木 之 葉 緒 曽 刺
秋風燭慮養鳴︒紫︑木葉零堆衣一車︒夜々一愁音侵ニ客耳↓朝々徐響漏ニ庭壇↓
の四カ所に︑﹁螺陣1例・養5例﹂があり︑﹁鯖捌﹂の例はない︒①の歌は︑﹃古今集﹄巻十九・雑体の﹁一OニO
﹂番
歌で
︑
小倉百人一首にも採られているが︑もともとは︑﹁寛平后宮歌合﹂の歌で︑在原棟梁の作︒@の歌は︑﹃後撰集﹄巻五・秋歌
コホ
ロギ
はキ
リギ
リス
五