会計と社会研究会
会計と税務に直面する企業の行動
田 村 威 文
企業は会計報告と納税の義務を有することから,経営者は企業行動を決定する際,会計 利益と課税所得の両方を考慮する。本稿では会計と税務の両方に直面する企業は,どのよ うな裁量行動(会計的裁量行動および実体的裁量行動)をとるのかを検討する。本稿の前 半部分では,会計と税務の関係について,主として確定決算主義や逆基準性などの制度面 から整理し,企業行動を検討する。その際,数値例を用いた簡単な考察も行う。また,情 報インダクタンスの概念に照らして企業行動を理解する。本稿の後半部分では,会計と税 務を考慮した企業行動について,力学的な観点から考察する。そこでは座標系という概念 が重要となる。そして,力学上のポテンシャルが企業状態を示すものであると考え,そこ から導かれる勾配ベクトルが企業に働く力を表現するとして,企業行動について解釈を試 みる。
1 .は じ め に
企業は会計報告を行う必要があり,それととともに納税の義務を負っている。このように,
企業は会計と税務の両方に直面していることから,企業の経営者は自社の行動がいかなる会 計利益と課税所得をもたらすかを常に意識する。本稿では,会計と税務の両方に直面する企 業はどのような行動をとるのか,という点を考察する。
本稿では企業行動のうちの「裁量行動」を検討対象とする。裁量行動と非裁量行動を区別 するのは難しいところもあるが,本稿では,企業が毎期当然のように行っている通常業務が 非裁量行動であると理解する。企業の裁量行動は会計的裁量行動と実体的裁量行動に分類さ れる。会計的裁量行動は,企業行動そのものは変更せずに,会計数値だけを操作することで ある。会計的裁量行動の例として,次のようなものがある。
・1 つの会計事実に複数の会計処理方法が認められている場合,それまで採用していた方 法と異なる方法を採用する。
・引当金を予定額より多く(あるいは少なく)計上する。
・減価償却費を予定額より多く(あるいは少なく)計上する。
また実体的裁量行動は,企業行動そのものを変更することによって,会計数値を変化させる ことである。実体的裁量行動の例として,次のようなものがある。
・当期に予定していた研究開発を次期以降に延期する。あるいは,次期以降に予定してい た研究開発を当期に前倒しする。
・当期に予定していた設備投資を次期以降に延期する。あるいは,次期以降に予定してい た設備投資を当期に前倒しする。
・保有している不動産や有価証券を売却する。
会計利益の操作と課税所得の操作は会計的裁量行動と実体的裁量行動のいずれかによって起 こされる。そのことは図 1 のように整理できる。
本稿のあらましであるが, 2 では会計と税務の関係について,確定決算主義などの制度面 を中心に整理しつつ,企業の行動を検討する。そこでは制度と企業行動の関係について数値 例による簡単な考察も行う。また,情報インダクタンスの概念に照らして企業行動を整理す る。 3 では会計・税務に関わる企業の行動を,力学的な観点から考察する。そこでは,座標 系という概念が重要になる。また,力学上のポテンシャルが企業状態を示すものであると理 解し,その勾配ベクトルが企業に働く力を表現すると考えて,会計・税務をめぐる企業行動 について解釈を試みる。
2 .会計と税務の関係
本節では,会計と税務の関係を制度的な観点から整理し,企業行動について考察する。そ の際,簡単な数値例による検討も行う。
2-1 独立方式と確定決算主義
会計と税務の関係であるが,まず,会計と税務が一致するとしよう。その場合,会計利益 イコール課税所得となり,図 2 のように示すことができる。図 2 の①は,企業が「自らの行 動」を「会計利益イコール課税所得」として記述する行為である。
(出所)筆者作成
図 1 操作手段と操作対象
会計的裁量行動 会計利益
実体的裁量行動 課税所得
しかし,会計と税務は現実には一致しておらず,会計利益と課税所得は異なる値をとる。
会計利益と課税所得の相違は,(ア)収益であるが益金でない,(イ)収益でないが益金であ る,(ウ)費用であるが損金でない,(エ)費用でないが損金である,という 4 項目に分類で きる。会計と税務が一致しないケースは図 3 のように示すことができる。図 3 の①は,企業 が「自らの行動」を「会計利益」として記述する行為である。また,図 3 の②は,企業が「自 らの行動」を「課税所得」として記述する行為である。
さて,法人税の課税システムには独立方式と確定決算主義がある。独立方式は,会社法の 規定による確定決算とは別個に,税法固有の計算規定によって課税所得額を独自に計算する 方式である。一方,確定決算主義は,会社法の規定による確定決算をもとに,これに調整計 算を行って課税所得額を誘導的に算出する方式である1)。ここで,かりに独立方式が採用さ れており,会計利益と課税所得が別個に算定されているとすれば,企業は図 3 の①と②をと もに行うと考えてよい。しかし,わが国では確定決算主義を採用している。課税所得はそれ 独自で算定されるのではなく,会計利益を基礎として,そこに調整を行って誘導的に算定さ
1) 中村(1992)45頁。
図 2 会計と税務の一致
(出所)筆者作成 企業の行動
会計利益としての表現
=
課税所得としての表現
①
②
図 3 会計と税務の不一致
(出所)筆者作成 企業の行動
会計利益としての表現
課税所得としての表現
①
④
③ ⑥
②
⑤
れる。課税所得は「会計利益+(イ)+(ウ)-(ア)-(エ)」という式で算定される。したがって,
図 3 の②は実際には行われない。企業は①を行ったうえで,③を行うのである。③では「会 計利益」を「課税所得」に変換している。
本稿のテーマである企業行動の議論に移るが,企業行動のうち実体的裁量行動は,企業の 実際の行動を動かすことから,図 3 の④と⑤がそれに該当する。また,会計的裁量行動は数 値だけを操作することから,図 3 の③と⑥が該当する。ここでは「会計と税務の相違が変化 した場合に,企業行動は変化するのか」という点にも注目したい。これは図 3 に即していう と「③または⑥が変わることで,④または⑤に変化が生じるのか」という議論が中心とな る2)。もし,会計と税務の関係が変化しても企業行動が変化しなければ,税務会計という学 問分野は,その研究の意味が相当程度,失われるであろう。企業行動が変化するからこそ,「会 計と税務の両面を意識した企業行動」「会計と税務のトレードオフ」といった論点が生じる のである。もし変化しなければ,企業は会計と税務の両方をみるといっても,実質的には「平 行移動する 2 つの点を眺める」というような単純なものになり,議論は退化する。「 2 つの 点が平行移動するのではなく,両者の位置関係が変化しうる」ものであるから,企業行動に ついての議論は複雑かつ興味深いものとなる。この点については 3 - 3 で再びとりあげる。
2-2 制度による企業行動の制約
ここでは,制度と企業行動の関係を考察する。会計の制度は会計基準・監査・罰則規定な どによって形成される。また,税務の制度は税法規定・税務調査・罰則規定などによって形 成される。会計と税務のうち,まず会計だけを考慮するケースをとりあげる。「会計制度は 企業行動の範囲を限定する」という事実関係がある。この「企業行動の範囲」は,実体的裁 量行動の範囲ではなく,会計的裁量行動の範囲を意味する。そして,企業は会計基準が許容 する範囲内で,会計的裁量行動を選択することになる3)。金融商品の売却や固定資産の修繕 延期などの実体的裁量行動は,会計基準によって制約されるような性格のものではなく,企 業は自らの判断により,自由に意思決定できるものである。
次に,会計と税務の両方を考慮するケースをとりあげる。会計と税務の関係のあり方は国 や時代によって異なり,両者が強く結びついている場合もあれば,それほど密接な関係をも たない場合もある。会計と税務の結びつきの強さは会計基準と税法規定によって決まり,「税 法規定が損金経理要件をどの項目に設けているのか」「税法規定にもとづく会計処理をどこ まで容認するのか」などで変化する。制度と企業行動の関係はイメージ的には図 4 のように 2) 企業行動は会計と税務で分かれているわけではないので,④と⑤の区別が難しいものも考えられる。
3) 会計基準違反の罰則が課されるとしても,その方が有利であると考えるならば,企業は会計基準 に反する行動をとることがありうる。
なる。制度設計者は,プライベートセクターである会計基準設定機関,立法機関としての国 会などが該当する。
会計と税務の結びつきの強さは,会計利益と課税所得の差異の範囲を制限し,企業が会計 利益および課税所得を選択する際にはその制約を受ける。ここで企業は,会計利益と課税所 得のいずれか一方ではなく,両方を選択することになる。会計利益と課税所得について,確 定決算主義のもとでは形式的には会計利益の方が基準となるが, 2 - 3 でとりあげる「逆基 準性」が生じることで,課税所得の方が実質的な基準となる状況が存在するからである。制 度設計者が「会計と税務が完全に一致する」という制度を構築していれば,会計利益と課税 所得は等しくなる。また,制度設計者が「会計と税務がお互いに完全に独立している」とい う制度を構築していれば,企業は会計利益と課税所得のそれぞれについて,その上限と下限 の間を自由に選択することができる4)。
会計と税務の両方を考慮するケースについて,単純な数値例をもとに考えてみよう5)。企 業は会計利益については会計的裁量を行使することで, 3 , 2 , 1 のいずれかを選択できると する。企業は課税所得についても会計的裁量を行使することで, 3 , 2 , 1 のいずれかを選択 できるとする。制度は「会計と税務の結びつきの強さ」を規定するが,それは弱度・中度・
4) 会計利益と課税所得はいずれも,基本的には営業キャッシュフローを期間配分したものである。
その制約があることから,会計利益と課税所得は完全に自由というわけではなく,上限と下限が存 在すると考えるのが妥当である。
5) 田村(2011)の第14章では,会計と税務の関係について,ゲーム理論をもとに考察している。会 計と税務の結びつきの強さは制度として規定されるが,この制度はゲームのルールとして当初から 存在するのではなく,政府と企業の間で行われるゲームの結果として決まると考えて,モデルを構 築している。そして,会計と税務が一致するケースと分離するケースについて検討を行っている。
(出所)筆者作成
図 4 制度と企業行動 制度設計者
会計利益 企業
課税所得
強度の 3 段階であるとする。
・弱度の結びつき「企業は会計利益と課税所得を自由に決めることができる」
・中度の結びつき「会計利益と課税所得の大きさの差は 1 までとしなければならない」
・強度の結びつき「会計利益と課税所得の大きさは同じでなければならない」
弱度の結びつきは図 5 のように示され,企業の選択肢は 9 つある。中度の結びつきは図 6 のように示される。図 5 から「会計利益 3 ,課税所得 1 」「会計利益 1 ,課税所得 3 」が排 除されて,企業の選択肢は 7 つになっている。強度の結びつきは図 7 のように示される。図 6 から「会計利益 3 ,課税所得 2 」「会計利益 2 ,課税所得 3 」「会計利益 2 ,課税所得 1 」「会 計利益 1 ,課税所得 2 」が排除されて,企業の選択肢は 3 つになっている。なお企業は,会 計利益は大きい方が望ましいが,課税所得は小さい方が望ましいとし,企業の利得を次のよ うに設定している。
ケース 1 企業の利得=(会計利益)× 2 -(課税所得)
ケース 2 企業の利得=(会計利益)× 2 -(課税所得)2
まず,企業の利得がケース 1 である制度について,企業行動を考える。弱度の結びつきの もとでは,企業は利得が最大の 5 になる「会計利益 3 ,課税所得 1 」を選択する。中度の結 びつきのもとでは,利得が最大の 4 になる「会計利益 3 ,課税所得 2 」を選択する。強度の 結びつきのもとでは,利得が最大の 3 になる「会計利益 3 ,課税所得 3 」を選択する。
次に,企業の利得がケース 2 である制度について考える。弱度の結びつきのもとでは,利 得が最大の 5 になる「会計利益 3 ,課税所得 1 」を選択する。中度の結びつきのもとでは,
利得が最大の 3 になる「会計利益 2 ,課税所得 1 」を選択する。強度の結びつきのもとでは,
利得が最大の 1 になる「会計利益 1 ,課税所得 1 」を選択する。
このように,「会計と税務の結びつき」という制度のあり方は,「会計利益と課税所得の決 定」という企業行動に影響を及ぼす。なお,ケース 1 とケース 2 では企業の反応が異なって いる。ケース 1 では会計と税務の結びつきが強くなると,会計利益は「 3 → 3 → 3 」と変化 せず,課税所得が「 1 → 2 → 3 」というように会計利益に近づいている。一方,ケース 2 で は会計と税務の結びつきが強くなると,課税所得は「 1 → 1 → 1 」と変化せず,会計利益が
「 3 → 2 → 1 」というように課税所得に近づいている。ここで,ケース 1 とケース 2 では,
弱度の結びつき・中度の結びつき・強度の結びつきという「制度面での規定」は全く同じで ある。ケース 1 とケース 2 で異なるのは,企業が会計利益と課税所得をどれほど重視してい るのかという「企業側の事情」である。ケース 2 はケース 1 と比べて,税コストの抑制を優 先していることから,上記のような企業行動の違いが生じている。
図 5 弱度の結びつき
企 業 行 動 企 業 の 利 得 ケ ー ス 1 ケ ー ス 2
会計利益 3,課税所得 3 3 -3
会計利益 3,課税所得 2 4 2
会計利益 3,課税所得 1 5 5
会計利益 2,課税所得 3 1 -5
企業 会計利益 2,課税所得 2 2 0
会計利益 2,課税所得 1 3 3
会計利益 1,課税所得 3 -1 -7
会計利益 1,課税所得 2 0 -2
会計利益 1,課税所得 1 1 1
図 6 中度の結びつき
企 業 行 動 企 業 の 利 得 ケ ー ス 1 ケ ー ス 2
会計利益 3,課税所得 3 3 -3
会計利益 3,課税所得 2 4 2
会計利益 2,課税所得 3 1 -5
企業 会計利益 2,課税所得 2 2 0
会計利益 2,課税所得 1 3 3
会計利益 1,課税所得 2 0 -2
会計利益 1,課税所得 1 1 1
図 7 強度の結びつき
企 業 行 動 企 業 の 利 得 ケ ー ス 1 ケ ー ス 2
会計利益 3,課税所得 3 3 -3
企業 会計利益 2,課税所得 2 2 0
会計利益 1,課税所得 1 1 1
2-3 逆 基 準 性
法人税法74条は「内国法人は,各事業年度終了の日の翌日から 2 月以内に,税務署長に対 し,確定した決算に基づき次に掲げる事項を記載した申告書を提出しなければならない」と 規定している。この規定は税務が会計に依存するというかたちをとっており,その背景には 企業の会計上の判断を重視するということがある。それと同様の考え方から,法人税法は損 金経理要件の規定を設けている。損金経理とは,確定した決算において費用または損失とし て経理することである。損金経理要件の例として,固定資産の減価償却費を税務上で損金算 入するには,会計上でも費用または損失として計上する必要があるということがある。減価 償却などの内部取引については,会計上での費用性の有無の判断を税務上でも受け入れると いうのが,損金経理要件を設けた趣旨である。
ただ,損金経理要件が存在するため,会計上で妥当と考えられる減価償却費が税務上の償 却限度額を下回る場合,税務上の恩典を受けるため,会計上の減価償却費を税務上の償却限 度額まで計上するという状況が生じる。税法規定が会計処理を拘束するという状況が生じて いるのである。このことは逆基準性とよばれる。逆基準性は,会計と税務の強い結びつきが 企業行動に及ぼす影響であるといえる。図 3 では,逆基準性による影響は⑥で示される。逆 基準性によって生じる企業行動は,会計的裁量行動の一種である。
さて,わが国では会計と税務の結びつきがかなり強かったが,2000年頃,次の 2 点から状 況に変化が生じた。第 1 は,わが国の会計基準を国際的な基準に調和させる必要性が高まり,
新会計基準の公表が相次いだことである。第 2 は,平成10年度(1998年度)の法人税法改正 である。わが国の法人税率は諸外国に比べて高いと指摘され,税率を引き下げることにした が,税収確保の点から課税ベースを拡大した。新会計基準の公表と法人税法の改正が合わさ って,会計基準と税法規定は大きく乖離した。それゆえ,税法規定に準拠した会計処理は実 態開示の点で許容できなくなり,申告調整項目が増大した。このようにして逆基準性の緩和 が生じたのであるが,その点において企業行動に変化が生じたといえる。
2-4 情報インダクタンス
情報の送り手が,(送り手が)伝達するように求められた情報によって影響を受けることを,
Prakash&Rappaport は情報インダクタンスと呼んだ。情報インダクタンスにより,情報 が送り手に及ぼす影響として,Prakash&Rappaport は次の 3 点をあげている6)。
(ア)送り手が自らの業績の記述を修正する
(イ)送り手が事実としての行動を修正する
6) Prakash&Rappaport(1977)pp.30-31.
(ウ)送り手がその目標を修正する
情報の送り手は,自らが発信する情報が,受け手が計画・行動を決定する際に,あるいは受 け手が送り手を評価しコントロールする際に,受け手によって利用されることを知っている。
そのため,情報の送り手はその情報が利用される結果を予想しようとする。そして,情報が 伝達されて結果が生じる前に,送り手は業績の記述や事実としての行動を修正するのであ る7)。
企業は,自らが発信する会計情報によって逆に影響を受ける。これは情報インダクタンス によって生じる会計事象である。上記の(ア)は会計的裁量行動に,(イ)は実体的裁量行 動に該当する。会計と税務のうち,まず,企業が会計だけ考慮するケースについて,具体例 を考える。企業が業績の良くない財務報告を行うと,金融機関が自社に資金提供しなくなる 可能性がある。そこで,企業は資金調達の機会を維持するため,会計的裁量行動または実体 的裁量行動をとることで,業績の良い財務報告を行おうと会計数値を操作する。
次に,企業が会計と税務をともに考慮するケースを考える。企業は税務申告を行う際,税 務当局に対して税務申告書だけでなく,財務諸表を合わせて提出する。ここで「会計利益と 課税所得がかけ離れていると,税務当局によって否認される可能性が高くなる」と企業が考 えるならば8),それを避けるため,会計利益と課税所得の差を小さくしようとする。そこで は会計的裁量行動または実体的裁量行動をとることで,「会計数値の操作」と「税務数値の 操作」のいずれか一方,あるいは両方を行っている。
2-5 長期的行動
会計利益は営業キャッシュフローを期間配分し直したものであり,「会計利益の合計と営 業キャッシュフローの合計」は長期的に等しくなる。このことは「一致の原則」とよばれる。
一致の原則が存在するため,企業がある期に利益増加型の会計的裁量行動をとると,他の期 はその反動として,利益が減少する。ある期に「会計利益>営業キャッシュフロー」になる と,別の期に「会計利益<営業キャッシュフロー」になるのである。
さて,会計利益と課税所得の差異は,両者の計上時期が期間的にずれる「一時差異」と,
両者の差異が解消されない「永久差異」に分かれる。一時差異の例として,引当金の損金不 算入額,減価償却の償却超過額がある。また,永久差異の例として,受取配当金の益金不算 入額,寄付金・交際費の損金不算入額がある。一時差異に限っていえば,「会計利益の合計 と課税所得の合計」は長期的に等しくなる。これは一致の原則に類する状況である。ただし,
7) Ibid.,p.30.
8) 重要なのは,実際にそうなるかどうかではなく,企業がそのように考えるということである。
会計利益と課税所得が生じるタイミングは異なる。わが国では,課税所得の方が会計利益よ り早く計上されやすいという制度的な特徴がある。ある期に「会計利益<課税所得」になる と,後の期に「会計利益>課税所得」になり,会計利益と課税所得の大小について逆転現象 が生じる。このような逆転現象については,ある種の会計的裁量行動が不可避的に生じると 解釈することも可能であろう。
なお,永久差異も企業行動に対して影響を及ぼす。永久差異は主として実体的裁量行動に 関わるものであるが,永久差異の方が一時差異よりも企業行動に及ぼす影響は大きい可能性 がある。というのは,永久差異は単にタイミングの問題にとどまらず,その差異が解消され ることはないからである。
2-6 実験研究の紹介
会計と税務をめぐる企業行動については実験研究も行われている。実験で重要となるのは,
原因と考えられる変数を操作するという点であり,「こうしてみたらどうなるかを試す」9)と いうことである。わが国での実験研究の例として,鈴木(2013)の第10章「税務法令と会計 判断」がある。そこでは「会計基準があいまいな場合は,税務上の指針が財務会計上の判断 指針とされやすく,課税所得と報告利益が一致しやすい」と予想したうえで,固定資産の資 本的支出と修繕費の区分に関する税務専門家の判断について,質問紙実験による方法で調査 を行っている。鈴木(2013)の実験結果は,わが国の税務専門家は確定決算主義の有無にか かわらず,税法上の別段の定めがない限り,会計処理と税務処理を一致させるべきと考える 傾向があるというものである。また,その理由として,事務費用の削減や税務調査確率の低 下ではなく,会計処理と税務処理は本来一致すべきという根本的思考にあると指摘している。
さて,会計と税務の乖離の程度によって,税務調査が入る確率,税務申告が否認される確 率などが変わると経営者が判断するならば,経営者は会計および税務に関する数値を操作す る可能性がある。そのような経営者の判断には税務コスト・非税務コストなどの要因が影響 する。Cloydetal. (1996)は上場企業と非上場企業の間で経営者の判断がどのように異なる かについて,質問紙実験によって調査している。
3 .企業行動の力学的考察
本節では,企業行動を力学的な観点から考察する。そこで重要となるのは座標系と座標変 換である。座標系とは質点の位置を表現する数字の組である10)。また,ある点を異なる座標
9) 南風原他編(2001)96頁。
10) 前野(2013)14頁。
で表すときに両者の 1 対 1 の関係を与える規則を座標変換という11)。なお,企業行動を直接 的に考察するのは3-2以降である。3-1はその前段階の議論であるが,その記述は田村(2020)
の一部を要約したものである。
3-1 会計と税務の座標系
図 8 には z = f (x,y)という曲面が描かれている。z = f (x,y) は「裁量行動をとる前の企業 状態」を示す。そこに「xy 平面に平行な平面」を追加すると,曲面と追加平面の交線とし て等高線を描くことができる。図 9 には「等高線としての曲線座標系」および「x 軸と y 軸 からなる直交座標系」が描かれている。「等高線としての曲線座標系」は,純資産額を測定 するための「会計の座標系」であり,右上のものほど大きな純資産額を示す。また,「x 軸 と y 軸からなる直交座標系」は,企業による裁量行動を測定するための座標系であり,x 軸 は実体的裁量行動の大きさ,y 軸は会計的裁量行動の大きさを示す。企業が実体的裁量を行 使して x 軸の右方向に移動すると,純資産額は増大する。また,企業が会計的裁量を行使し て y 軸の上方に移動しても,純資産額は増大する。
ここで,図 8 の曲面 z = f (x,y)に対して「xy 平面に平行でない平面」を追加すると,両 者の交線である曲線座標系の形状は変化する。この変化後の曲線座標系が「税務の座標系」
であると理解する。会計と税務で別個の企業状態が存在するわけではなく,企業状態は単一 であるが,会計と税務ではその切り口が異なっていることから,会計の座標系と税務の座標 系は異なったものになる。
11) 青本他編集(2005)228頁。
(出所)田村(2020)から転用 図 8 企業状態
純資産額(z軸)
会計的裁量
(y軸)
実体的裁量(x軸)
会計的裁量(y軸)
実体的裁量(x軸)
(出所)田村(2020)から転用 図 9 等 高 線
会計的裁量
実体的裁量 3
0
2 1 0
-1
-2
図10 会計の座標系
(出所)田村(2020)から転用 図11 税務の座標系
(出所)田村(2020)から転用 会計的裁量
実体的裁量 0 3
1 2
-1 0
-2
ここで「税務の座標系は,会計の座標系がどのように変化したものなのか」という視点を 導入し12),図10は会計の座標系,図11は税務の座標系であるとする。曲線座標系の傾きは図 10よりも図11の方が大きい13)。曲線座標系の傾きが大きいと,質点を上向きに動かす場合の「純 資産額の変動」の効果は,右向きに動かす場合と比べて相対的に低下する。実体的裁量行動 を手段とする場合,課税所得の操作は会計利益の操作と特に変わるところはない。例として,
当期に予定していた研究開発を次期に延期した場合,会計利益と課税所得のいずれであって も,研究開発を延期した分だけ大きくなる。しかし,税務の特徴として,課税所得の算定は 会計利益の算定と比べて画一的であり,経営者の恣意性が排除されやすいということがある。
それゆえ,会計的裁量行動を手段とする場合,課税所得の操作は会計利益の操作よりも困難 になる。このように,会計的裁量行動と実体的裁量行動の間の相対的効果は,会計と税務で 異なっているが,図10と図11はそのことを示している。
3-2 会計と税務の力
力学において,保存力・ポテンシャル・勾配ベクトルは基本的な概念である。保存力とは 仕事が経路に依存しない力である。保存力の場合,始点と終点だけ確定すると仕事が決まる。
保存力の例として,重力や万有引力がある。さて,保存力についてはポテンシャルを考える ことができる。ポテンシャルは位置エネルギーともよばれ,ポテンシャルが与えられると,
その最大傾斜の方向に力が働く。ここで勾配ベクトルとは,ポテンシャルから作られる等高 線についての法線ベクトルである。勾配ベクトルの向きはポテンシャルの最大傾斜方向を,
また,勾配ベクトルの大きさはポテンシャルの最大傾斜方向での斜度を示す。
以上は力学の議論であるが,会計・税務の議論に移る。本節では「企業がある行動をとる のは,企業にそのような保存力が働いているからである」と考える。そして,ポテンシャル は「裁量行動をとる前の企業状態」を示しているとする。考察に際してポテンシャルという 概念を導入すると,イメージ化が容易になるというメリットがある。企業には会計の力と税 務の力が働いている。企業の行動原理として「会計利益は大きくしたいが,課税所得は小さ くしたい」ということを前提とするならば,会計については「上向きの力」,税務について は「下向きの力」が働いていることになる。
「裁量行動をとる前の企業状態」は会計と税務で異なるわけではなく, 1 つだけである。
12) これは会計の立場から税務をみていることになる。この見方は力学における相対位置ベクトルの 考え方と通ずるところがある。
13) 田村(2020)は税務の座標系について,「会計の座標系の間隔が変化したものである」「会計の座 標系の傾きが変化したものである」「会計の座標系が回転したものである」という 3 つをとりあげ,
どの妥当性が高いかを検討している。
そこで,図12と図13のように,全く同じ形状であって,上下対照となっている 2 つのポテン シャルを設定するという工夫を行う14)。図12はお椀型であり,会計のポテンシャルがそれに 該当する。また,図13は山型であり,税務のポテンシャルが該当する。図12と図13のポテン シャルに対して同一の傾きの平面を追加すると,等高線としての曲線座標系は同一の形状に なる。それが(図10・図11のように)左下に凸の形状になったとする15)。図12のポテンシャ ルでの勾配ベクトルは右上を向き,会計の力はその方向に働く。一方,図13のポテンシャル での勾配ベクトルは左下を向き,税務の力はその方向に働く。
3-1では,会計の座標系と税務の座標系では「曲線座標系の傾きの大きさ」が異なると想 定した。同じ形状のポテンシャルであっても,会計と税務で切り口(すなわち切断平面)が 異なるとそのような状況が起こりうる。会計の切断平面が水平であることを前提として,図 14から図16では税務の切断平面について 3 つのケースを例示している。
・図14:税務の切断平面は会計と同一である。
・図15:税務の切断平面は,会計に対して y 軸方向のみ傾いている。
・図16:税務の切断平面は,会計に対して x 軸方向と y 軸方向の両方が傾いている。
会計のポテンシャルと税務のポテンシャルについて,図14のように同じ切断平面を適用す ると,「等高線」としての「会計の座標系」と「税務の座標系」の形状は同じになる。その 場合,会計の勾配ベクトルと税務の勾配ベクトルは完全に逆向きになる。しかし,図15や図 16のように切断平面の傾きが異なると,「会計の座標系」と「税務の座標系」は同一の形状 にはならない。図17の AB は会計の座標系(のうちの 1 本)であり,CD はその勾配ベクト ルである。また,図18の A' B' は税務の座標系(のうちの 1 本)であり,C' D' はその勾配 ベクトルである。会計の勾配ベクトル CD は右上を向いており,税務の勾配ベクトル C' D'
14) 2 つの質点について,両者の「引力のポテンシャル」と「斥力のポテンシャル」を同時に想定す るようなものである。
15) x 軸が右向き,y 軸が上向きであるとする。等高線の第 3 象限あたりに注目すると,曲線座標系 はこのような形状になる。
図12 会計のポテンシャル 図13 税務のポテンシャル
は左下を向いているが,CD と C' D' は完全な逆向きにはなっていない。
3-3 会計と税務の合成
会計利益と課税所得が一致していれば,企業は 1 つのことだけを考えればよい。しかし,
実際には一致しておらず,企業は会計の座標系と税務の座標系という,異なる 2 つの座標系
図14 税務の切断平面(会計と同じ) 図15 税務の切断平面(一方向のみ傾く)
図16 税務の切断平面(両方向が傾く)
図17 会計の勾配ベクトル A
C
D
B
図18 税務の勾配ベクトル A'
B' C'
D'
に直面する。「会計と税務の相違が変化した場合に,企業行動は変化するのか」という点は 2-1で問題提起したところである。
3-2でみたように,会計の力は会計の座標系での勾配ベクトルとして表現され,また,税 務の力は税務の座標系での勾配ベクトルとして表現される。企業は会計と税務の両方に直面 することから,会計の勾配ベクトルと税務の勾配ベクトルの 2 つを合わせた「合成ベクトル」
というものを想定する。図19において,AB は会計の勾配ベクトル,AB' は税務の勾配ベク トルを示している。AB と AB' は同一線上にはなく,両者の合成ベクトルは AP になる。
企業は会計的裁量行動と実体的裁量行動を選択するが,いずれか一方だけでなく,両方を 併用することがある16)。そのような裁量行動の組合せについては,合成ベクトルで表現する ことができる。企業に働く力の向きは「合成ベクトルの向き」,企業に働く力の大きさは「合 成ベクトルの大きさ」として示される。図19の合成ベクトル AP は左上を向いている。図19 はあくまで 1 つの例を示しているに過ぎないが,そこでは「会計的裁量は会計・税務の数値 を増大させる方向で行使されているのに対し,実体的裁量は会計・税務の数値を抑制させる 方向で行使されている」という興味深い状況が描かれている。
なお,企業に何らかの状況変化が生じると,会計の勾配ベクトルあるいは税務の勾配ベク トルは,その向きおよび大きさが変化しうる。そうなると,合成ベクトルの向きおよび大き さも変化し,会計的裁量行動と実体的裁量行動のバランスは変わることになる。
16) 田村(2011)の第11章では,企業による会計的裁量行動と実体的裁量行動の組合せについて,ゲ ーム理論を用いて考察している。ただし,税務の側面は考慮していない。
図19 ベクトルの合成
P
B
A
B'
4 .お わ り に
本稿では,企業が会計と税務の両方に直面する場合,どのような行動をとるのかという点 を考察した。本稿の前半部分は制度的な議論が中心であった。また,後半部分は力学的な視 点を導入した。「企業がある行動をとるのは,企業にそのような力が働いているからである」
と考え,力学で用いられる保存力・ポテンシャル・勾配ベクトルという概念を援用して,企 業の行動について検討した。
本稿は税務会計にかかる企業行動を分析する 1 つの試みでもある。ただ,力学的な考え方 を用いた後半部分はアイデアを示した程度のものであり,議論が十分に整理しきれていると はいえない。それでも,今後の研究へのワンステップとしての意味はあるのではないかと考 える。今後,本稿でとりあげたアイデアについて,より理論的に研究を発展させていきたい。
参 考 文 献 青本和彦他編集(2005)『岩波数学入門辞典』岩波書店 金子宏(2016)『租税法(第21版)』弘文堂
鈴木一水(2013)『税務会計分析』森山書店
田村威文(2011)『ゲーム理論で考える企業会計―会計操作・会計規制・会計制度』中央経済社 田村威文(2020)「会計の座標系と税務の座標系」『経済学論纂(中央大学)』第61巻第 1 号 中村宣一朗(1992)『会計規制』税務経理協会
南風原朝和・市川伸一・下山晴彦編(2001)『心理学研究法入門―調査・実験から実践まで』東京大学 出版会
兵頭俊夫(2001)『考える力学』学術図書出版社 前野昌弘(2013)『よくわかる解析力学』東京図書
Cloyd, C. B., J. Pratt and T. Stock(1996)“The use of financial accounting choice to support aggressivetaxposition:Publicandprivatefirms”,Journal of Accounting Research,34(1)
Prakash,P.andA.Rappaport(1977)“InformationInductanceandItsSignificanceforAccounting”, Accounting, Organizations and Society, 2(1)