はじめに 1.事案の概要
(1)事実関係
(2)第一審判決(大分地判平15・2・24)
(3)控訴審判決(福岡高判平16・12・16)
(4)判旨(破棄差戻し)
2.不法行為責任を原則として否定する立場
(1)請負人・注文者間の関係に従って請負人・第三者間の関係を規律する考え方
(2)完全性利益の侵害に不法行為責任を限定する考え方
(3)売買契約の相対効によって譲受人の権利を制限する考え方
(4)譲渡契約で保護される以上の利益を譲受人に与える可能性について 3.設計・施工者等と第三者との利益調整
(1)建物の安全性
(2)設計・施工者等の地位の不安定化
(3)小括
4.本件判決の位置づけ
(1)基本的安全性の意義
(2)損害の予見可能性
建物の設計者、施工者又は工事監理者が、
建築された建物の瑕疵により生命、身体又は財産を 侵害された者に対し不法行為責任を負う場合
―― 最二小判平成19年7月6日(民集61巻5号1769頁)――
畑 中 久 彌*
* 福岡大学法学部准教授
−463−
(1)
はじめに
本件判決は、建物取得者による修補費用の負担が建物の設計・施工者等の 不法行為責任の対象となるかについては明言をしなかった。従来から、請負 人(または準委任者)が第三者たる目的物譲受人の修補費用の負担について 不法行為責任を負うかは、議論のあったところである。本稿は、主にこの観 点から本件判決の意義を検討しようとするものである。
以下では、本件事案の紹介の後、まず不法行為責任を原則として否定する 立場の根拠を検討し、次いで設計者・施工者等と第三者との利益調整のあり 方を検討した上で、本件判決の位置づけを検討し、さらに不法行為以外の法 理による対応についても検討を加えることとしたい。
1.事案の概要
(1)事実関係
X(2名の原告)は、訴外 A から、共同住宅・店舗として建築された9 階建ての建物(以下、本件建物という)を購入した。その建物には、ひび割 れ、鉄筋の露出、耐力低下があり、また、X の主張によれば、バルコニーの 手すりのぐらつき、排水管の亀裂やすき間等があった。
そこで、X は、本件建物の建築施工業者(以下、Y1という)と設計・企
(3)損害賠償の対象
(4)悪意による免責の意義 5.不法行為以外の法理による対応
(1)信義則にもとづく契約責任
(2)直接の請求権(直接訴権)
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(2)
画・工事監理業者(以下、Y2という)に対し、損害賠償を請求した1。本 稿は、修補費用の賠償を検討対象とするので、X の主張する修補費用額を紹 介すると、約2億6600万円となっている。
損害賠償請求の法的構成は、Y1に対する請求が、A から X への請負契 約上の地位の譲渡にもとづく請負契約上の瑕疵担保責任によるものとされた ほか、Y1・Y2の不法行為責任を問うものとされた2。
(2)第一審判決(大分地判平15・2・24)3
①請負契約上の地位の譲渡
第一審判決は、請負契約上の地位の譲渡を否定したが、瑕疵担保責任の履 行請求権の譲渡を認めた。ただし、除斥期間の経過を理由として瑕疵担保責 任を否定した。
②不法行為責任
「Y1は、注文者から売買によって取得した第三者に対し、施工業者が不
1 本件では売買仲介業者の不法行為責任も問われたが、本稿では検討しない。また、本 件のような事案では、多くの場合、売主の責任追及もなされるが、本件では売主 A は 被告とされていない。この点について、原告訴訟代理人である幸田雅弘弁護士は、本件 建物は建築途中から売りに出されており、X は「完成直前から建築現場の進行状況の説 明を受ける等、建築会社から『施主』扱いを受けていた」ことを指摘している。幸田雅 弘「最高裁判決2007−弁護士が語る欠陥住宅訴訟−施工業者の責任を認める最高裁判所 第二小法廷2007・7・6」法セミ638号(2008年)18頁。また、鎌野邦樹教授は、売買 に至る経緯に加えて、瑕疵担保責任の権利行使期間の経過や売主 A の資力(A は個人 である)を指摘している。鎌野邦樹「建物の瑕疵についての施工者・設計者の法的責任
−最二判平成19・7・6(平17(受)第702号、損害賠償請求事件、裁時1439号2頁)
を契機として」NBL875号(2008年)5、11頁。さらに、平野裕之教授は、A が破産し たためと思われると指摘している。平野裕之「判批」民商137巻4・5号(2008年)438 頁。
2 原告訴訟代理人によれば、前者の構成は、X が本件建物の完成直前から「施主」扱い を受けていたという事情にもとづくものであり、また、後者の構成は「建築会社や設計 士の建築専門家としての責任を問う」ことを趣旨とするものであった。幸田・前掲注
(1)18頁。
3 民集61巻5号1775頁。
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建物の設計者、施工者又は工事監理者が、建築された建物の瑕疵により 生命、身体又は財産を侵害された者に対し不法行為責任を負う場合(畑中)
(3)
法行為責任を負うことは、本来担保責任等の契約責任で処理されている領域 に不法行為責任を持ち込むことになるから、上記第三者が不法行為責任を追 及することは許されない、と主張するが、瑕疵担保責任等の契約責任は、契 約の目的を達成するための制度であるのに対し、不法行為責任は、発生した 損害の公平な分担を図る制度で、契約の目的とは無関係であって、両者はも ともと制度趣旨が異なる上」、「両者は、その適用範囲並びに権利行使期間と 消滅時効期間が様々に異なってくるものであるから、両請求権をともに併存 させる必要性があり、明文の規定がないにもかかわらず、敢えて、担保責任 等の契約責任で処理されている領域では不法行為責任を追及することはでき ないと解することは相当でな」い。そして、このことは、設計・施工監理者 についても同様である。
ただし、両責任には損害賠償の対象について次のような違いがある。請負 契約上の瑕疵担保責任は、契約の目的を達成するための制度であるから、目 的物が契約で定められた性質を完全に具有していないことを瑕疵とし、「目 的物が建築物である場合は、設計図と異なる施工をしたり、設計で決められ た安全率の強度を備えていなかったり、契約で定められた品質よりも低級の 材料を使用するなど、明示の契約内容に違反する場合だけでなく、当該建築 物が通常備えるべき品質・性能を具有するとの黙示の契約内容に違反する場 合、すなわち、建築基準法等の諸法令の定める基準や当時の一般的な技術水 準に達しない施工をした場合や補修を要するひび割れを発生させたような場 合も瑕疵に当たる」。これに対し、「不法行為責任は、発生した損害の公平な 分担を図る制度で、契約の目的とは無関係であるから、設計で決められた安 全率の強度に達しない施工をして瑕疵に当たったとしても、建物の耐久性に 支障がない程度の強度であったなら、被害者において補強をすることを余儀 なくされるとはいえないので、不法行為上の損害は発生せず、瑕疵担保責任 では請求できる補強工事代につき不法行為に基づく損害賠償請求はできな
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(4)
い」。また、「建物に瑕疵を生じさせたことによって負う不法行為に基づく損 害賠償責任は、当該瑕疵によって生じた損害を賠償するものであるから、そ の損害額は、原則として当該瑕疵の補修費用相当額であるが、その補修費用 相当額が当該瑕疵によって生じた建物の価値減損額を上回る場合には、その 価値減損額をもって損害額とする」。
第一審判決は、以上のように述べて、瑕疵に関する損害賠償として約6500 万円を認容した。
(3)控訴審判決(福岡高判平16・12・16)4
控訴審判決は、第一審判決と異なり、請負契約上の瑕疵担保責任の履行請 求権の譲渡および権利行使の効力を否定し、さらに不法行為責任も否定した。
以下、不法行為責任に関する部分を紹介したい。
控訴審判決によれば、請負人が目的物の所有者に対して不法行為責任を負 うかという問題は、請負人が注文者に対して瑕疵担保責任のみならず不法行 為責任をも追及できるかという問題の延長線上にある。そして、「不法行為 責任は、瑕疵担保責任等の契約責任とは制度趣旨を異にするが、本来瑕疵担 保責任の範疇で律せられるべき分野において、安易に不法行為責任を認める ことは、法が瑕疵担保責任制度を定めた趣旨を没却することになりかねない」。 控訴審判決は、その理由として、請負人の瑕疵担保責任は、契約法理に見合 うよう存続期間や免責要件が規定されているにも関わらず、不法行為責任の 追及を認めるならば、責任が無限定に広がるおそれがあること、また、本 件で争われているように、請負人が責任を負担する相手方の範囲も無限定 に広がるため、請負人は著しく不安定な地位に置かれることを指摘してい る。そして、「瑕疵ある目的物の買受人は、請負人に対して責任を追及で きなくとも、売主に対して債務不履行責任又は民法570条所定の瑕疵担保
4 民集61巻5号1892頁。
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建物の設計者、施工者又は工事監理者が、建築された建物の瑕疵により 生命、身体又は財産を侵害された者に対し不法行為責任を負う場合(畑中)
(5)
責任等を追及することができるのであるから、その保護に欠けることはな い」。
そうすると、「請負の目的物に瑕疵があるからといって、当然に不法行為 の成立が問題になるわけではなく、その違法性が強度である場合、例えば、
請負人が注文者等の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵ある目的物を製作し た場合や、瑕疵の内容が反社会性あるいは反倫理性を帯びる場合、瑕疵の程 度・内容が重大で、目的物の存在自体が社会的に危険な状態である場合等に 限って、不法行為責任が成立する余地が出てくるものというべき」である(控 訴審判決は、建物の基礎や構造躯体に関わり、それによって建物の存立自体 が危ぶまれるもの で あ る こ と が 必 要 と の 表 現 も し て い る)。本 件 で は、
「Y1・Y2の過失(主観的要件)の有無と、一審原告らの主張する本件建 物の不具合が本件建物の基礎や構造躯体に関わるものであるといえるか否か、
また、それによって本件建物が社会公共的にみて許容しがたいような危険な 建物になっているといえるか否か(客観的要件)が検討されるべき」である。
控訴審判決によれば、以上の解釈は、最判平15・11・145(名義貸しをし た建築士の第三者に対する責任を肯定した事例)の基本的立場とも一致する。
なぜなら、この判例は建築士の行為に強度の違法性を認めたものと解せるか らである6。また、第一審判決も、「耐久性に支障を来す瑕疵でなければ補修 を余儀なくされないから、不法行為上の損害は生じない」とする点で、控訴 審判決と基本的考え方に大差はないとされる。
本件建物には、必要鉄筋量が不足し、積載荷重が法定の数値を下回ってい る箇所があることが窺えるが、構造耐力上危険な状態にあるとまでは認めら
5 民集57巻10号1561頁。
6 この点については、谷村武則裁判官の批判がある。最判平15・11・14は、「建築士に 課されている法的義務に過失により違反すれば不法行為責任を負うとしたものと理解で き、本件判決の説示を見ても、建築士の不法行為責任が成立するために注文者等の権利 や利益を積極的に侵害する意思などの加重された要件が必要ということは困難と思われ る」。谷村武則「建築士の法的責任とその範囲」判タ1244号(2007年)52‐54頁。
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(6)
れないし、補修が必要な瑕疵に当たるものの、構造耐力上の安全性を欠く事 態を招来しているわけではなく、少なくとも構造耐力上危険な状態にあると は認められない。「瑕疵は、いずれも本件建物の構造耐力上の安全性をおび やかすまでのものではなく、これらを総合し、さらに、これらに加えて、…
…鉄筋の耐力低下、……配管スリーブの梁貫通による耐力不足という瑕疵が あると仮定しても、それによって本件建物が社会公共的にみて許容しがたい ような危険な建物になっているとは到底認められない」。
(4)上告審(破棄・差戻し)
最高裁は、次のように判示して、原審判決を破棄・差戻した。
「建物は、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等の様々 な者によって利用されるとともに、当該建物の周辺には他の建物や道路等が 存在しているから、建物は、これらの建物利用者や隣人、通行人等(以下、
併せて「居住者等」という。)の生命、身体又は財産を危険にさらすことが ないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物と しての基本的な安全性というべきである。そうすると、建物の建築に携わる 設計者、施工者及び工事監理者(以下、併せて「設計・施工者等」という。) は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該 建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注 意義務を負うと解するのが相当である。そして、設計・施工者等がこの義務 を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵 があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、
設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りな がらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、
これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべき である。居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異
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建物の設計者、施工者又は工事監理者が、建築された建物の瑕疵により 生命、身体又は財産を侵害された者に対し不法行為責任を負う場合(畑中)
(7)
なるところはない。」
「原審は、瑕疵がある建物の建築に携わった設計・施工者等に不法行為責 任が成立するのは、その違法性が強度である場合、例えば、建物の基礎や構 造く体にかかわる瑕疵があり、社会公共的にみて許容し難いような危険な建 物になっている場合等に限られるとして、本件建物の瑕疵について、不法行 為責任を問うような強度の違法性があるとはいえないとする。しかし、建物 としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には、不法行為責任が成立 すると解すべきであって、違法性が強度である場合に限って不法行為責任が 認められると解すべき理由はない。例えば、バルコニーの手すりの瑕疵であっ ても、これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという、生 命又は身体を危険にさらすようなものもあり得るのであり、そのような瑕疵 があればその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるとい うべきであって、建物の基礎や構造く体に瑕疵がある場合に限って不法行為 責任が認められると解すべき理由もない。」
2.不法行為責任を原則として否定する立場
(1)請負人・注文者間の関係に従って請負人・第三者間の関係を規律する 考え方
①この考え方の根拠
請負人は、注文者に対して、請負契約にもとづく瑕疵担保責任を負担する。
この責任は、一般の債務不履行責任の特則にあたり、これを排除するものと 考えられる。そうであれば、不法行為責任はより一般法的地位にあるから、
不法行為責任も瑕疵担保責任によって排除されるはずである7。
このように考える実質的な根拠は、請負契約の当事者である請負人と注文
7 神戸地判平9・9・8判時1652号114頁、判タ974号150頁。
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(8)
者の利害関係は、請負に関する契約法理によって合理的に調整されていると ころ、そこに不法行為による利益調整を持ち込むと、契約法理による合理的 な利益調整を歪めてしまうというものである。たとえば、請負人の瑕疵担保 責任は、契約法理に見合うよう存続期間や免責要件が規定されているにも関 わらず、不法行為責任の追及を認めるならば、その責任が無限定に広がるお それがある8。
以上から、請負人は、注文者に対して原則として不法行為責任を負わず、
第三者に対しても不法行為責任を負わないとされる。
②この考え方の問題点
しかし、たとえ以上のように、請負人は注文者に対して原則として不法行 為責任を負わないと考えたとしても、その法理を請負人と第三者との関係に まで延長し、第三者に対しても原則として不法行為責任を負わないと解して よいであろうか。注文者と第三者の社会的経済的立場は異なるから、請負人 との間で妥当とされる利害の調整のあり方もまた、注文者と第三者とで異 なってくるのではないだろうか9。
注文者は、たとえ一般の債務不履行責任を追及できなくても、いわばその 見返りとして、無過失の請負人に対しても責任を追及することができる。そ して、注文者は、契約を締結することで、事前にそのような利害調整を選択 しているといえる。これに対し、第三者は、そのような特典を与えられてい ないし、不法行為上の救済に関して事前に何らかの選択をしたわけでもな い10。
それにも関わらず、第三者との関係は注文者との関係の延長線上の問題で
8 本件原審判決の立場である。
9 鎌野教授は、裁判所としては、設計・施工者等と注文者との関係では不法行為責任を 狭く制限しつつ、建物取得者との関係では一般の要件を適用するとの立場を選択するこ ともできたが、控訴審判決は両方の関係とも不法行為責任を制限する立場を採り、最高 裁判決は両方ともそのような制限をしなかったと指摘している。鎌野・前掲注(1)8 頁、12頁。
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建物の設計者、施工者又は工事監理者が、建築された建物の瑕疵により 生命、身体又は財産を侵害された者に対し不法行為責任を負う場合(畑中)
(9)
あるとし、注文者との間での利害調整のあり方−不法行為責任の原則的否定
−を第三者にまで及ぼすのであれば、それは、別の調整の仕方もあり得る人 間関係において、請負契約にもとづく請負人の責任制限を第三者の保護より も優先することを意味している。そこで前提とされているのは、第三者より も請負人の利益を重視すべきとの価値判断である。
このように考えると、請負人・第三者間で不法行為責任を原則として否定 すべきか否かは、請負人・第三者間の利害の調整をもとにして判断すべき問 題であり、請負人・注文者間の関係はそこで考慮される事情の一つに過ぎな いと思われる。
請負人と第三者との利害の調整は、請負人の属性、請負契約の内容11、注 文者・第三者間の目的物譲渡契約の内容、目的物の種類等、様々な事情によっ
10 逆に言うと、第三者が、請負人・注文者間の利害調整のあり方に自分が拘束されるこ とを受け入れている場合には、請負人・注文者間の規律に従って請負人・第三者間の規 律を行ってもよいことになる。山口成樹教授は、「建築主が設計・施工者等との間の請 負契約において受け入れたリスク配分を、所有者が建築主との間の売買契約において実 質的に受け入れている場合は、所有者は設計・施工者等との関係においても、つまり、
直接的な契約関係がないために不法行為責任だけが問題となる地平においても、実質的 に同様のリスクを自ら引き受けたものと解すべきである」と指摘し、「本件のような場 合、直接的には建築主が、間接的には所有者が、設計・施工者等に対していかなるリス クをいかなる程度で引き受けたかで結論を分けることになる」とする。山口茂樹「判 批」判評593号(2008年)188頁。
また、新堂明子准教授は、本件判決の意義について、請負契約によって奪うことでき ない第三者保護の範囲を明らかにしたものと指摘している。新堂明子「判批」NBL890 号(2008年)63頁。
11 鎌田薫教授は、「専門家の過誤により第三者に損害が生じた場合、当該専門家の第三 者に対する責任は、原則として一般不法行為によって処理されることには異論がないで あろう」としつつ、「専門家が依頼者の与えた指示に従った結果、または依頼者の与え た誤情報を信頼した結果として、第三者に損害を与えた場合の対外的責任の所在と内部 的な責任分担の問題」が実務上の課題となると指摘している。そして、「専門家は独自 の立場から自らの業務の適法性を確認すべき責務があると考えれば、依頼者の言に従っ たというだけで当然には責を免れることはできないであろうが、民法七一五条・七一六 条との関係等、細部にわたって未だ十分に検討が尽くされたとは言い難い」とされる。
鎌田薫「第10章専門家責任の基本構造」加藤雅信編『新・現代損害賠償法講座第3巻製 造物責任・専門家責任』(日本評論社、1997年)301頁。
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(10)
て影響されるものと思われる。そうだとすると、その調整の仕方は多様なも のとなるだろうから12、請負人一般について一律に強度の違法性を要件とす ることは、柔軟な対応を妨げることになると思われる。
(2)完全性利益の侵害に不法行為責任を限定する考え方
①この考え方の根拠
契約上の給付結果の実現は、契約法によって取り扱われるべき問題である。
不法行為責任は完全性利益の侵害に限定すべきものであり、不法行為責任に よって給付結果の実現を求めることはできない。売買契約上の瑕疵について 買主が修補費用を負担した場合、修補費用の賠償は、売買契約における給付 結果の実現を図るものといえる。したがって、不法行為にもとづく修補費用 の賠償は、不法行為責任の役割を逸脱するものであり、認められない13。
②この立場の問題点
しかし、修補費用の賠償は、契約上の給付結果を実現させるものではある
12 鎌野教授は、調整のあり方の多様性を次のように指摘している。「物の『瑕疵』を根 拠に具体的・現実的損害が未発生でも、その物の製造者(施工者等)に不法行為責任を 追及できるという法理は、ひとまず『建物』に限定されるべきであろう。『建物』であ るからこそ、『基本的な安全性』の確保が対世的・絶対的に必要なのである……から、
建物以外の物については、必ずしも本判決の法理が当てはまらない」。ただし、「今後、
建物と同様の扱いを必要とする物が見出される可能性はある」。なお、「建物以外の物の 瑕疵(欠陥)についても、製造者(請負人)や売主に過失があり、かつ、具体的損害が 発生した場合には、不法行為責任が成立する余地はある」。鎌野・前掲注(1)16頁。
13 大阪地判平12・9・27判タ1053号137頁(ただし、控訴審はこの立場を採らず、不法 行為責任を認容している。大阪高判平13・11・7判タ1104号216頁)。平野教授は、修補 費用を完全性利益侵害または拡大損害から外した上で、拡大損害を不法行為の要件とし ない考え方を批判する。すなわち、不法行為責任を認めると請負契約と売買契約による 責任制限を無意味にしかねないから、不法行為責任の追及は原則として許されず、むし ろ契約法上の保護として直接の請求権を与えるべきであるとする。平野・前掲注(1)
441、442‐443、450‐453頁。これに対し、そもそも完全性利益侵害ないしは拡大損害の 発生を不要とする見解がある。山口教授は、修補費用や価値下落による金銭損害は完全 性利益の侵害に当たらないとしつつ、そもそも不法行為責任を原則として完全性利益の 侵害に限定すべきではないから、これらの金銭損害も原則として不法行為責任の対象に なると指摘している。山口・前掲注(10)187頁。
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建物の設計者、施工者又は工事監理者が、建築された建物の瑕疵により 生命、身体又は財産を侵害された者に対し不法行為責任を負う場合(畑中)
(11)
が、転売利益の喪失とは異なり、譲受人の既存財産の減少を填補しようとす るものである。譲受人が瑕疵の存在を知らずに契約を締結した場合、瑕疵修 補費用は、譲受人にとって予定外の費用の支出となる。そして、修補費用の 支払いは、取得した建物以外の、譲受人の既存財産からなされるものである から、目的物以外の既存財産を減少させるものと評価してよいと思われる14。
この点で、修補費用の支払いは、他の完全性利益侵害と異ならない15。こ のように考えるならば、修補費用は、転売利益のように、画一的に完全性利 益の範囲から外れる利益ではないといえる16。
修補費用を不法行為責任の対象とするかは、完全性利益という保護法益の 区分によってではなく、相当因果関係の有無によって決めるべきものといえ るのではないだろうか17。
14 このような考え方に対しては、次のような疑問が生じ得る。すなわち、譲受人の財産 状態を総体として評価するならば、瑕疵ある建物を取得したとしても、譲受人の財産状 態は取引前に比べて悪化しない場合がある。たとえば、建物を廉価で取得した場合には、
修補費用を支払っても、建物の残存価値の方が買主の総支出額(代金+修補費用)より も大きくなる可能性がある。贈与により取得した場合にも、建物の残存価値の方が修補 費用を上回る可能性がある。不法行為責任が事前の財産状態の回復―既存財産の減少分 の填補―を目的とするのであれば、この場合には填補すべき損害がないことになりはし ないだろうか。内田貴前教授は、製造物責任における損害論の中で、物自体の価値の減 少と修補費用といった「損害の有無は、価格との相関で判断されるべきもので、契約責 任に依る救済に馴染む」と述べている。内田貴「第7章 損害論」経済企画庁国民生活 局消費者行政第一課編『製造物責任法の論点』(商事法務研究会、1991年)107‐108、
112頁。
しかし、売買契約における給付の対価関係は主観的に評価すべきものである。瑕疵を 織り込まずに代金を設定した場合、当事者間では代金と瑕疵のない建物とが対価関係に 立つ。買主は、瑕疵のない建物を取得できれば、主観的には財産状態は悪化しない。し かし、建物に瑕疵があり、買主が修補費用を支払って瑕疵のない建物にした場合には、
買主は、瑕疵のない建物を取得するために、代金と修補費用を支払うことになる。前述 の対価関係を基準とすると、買主は修補費用の分だけ主観的に財産状態が悪化したこと になる。このように考えるならば、建物の残存価値の大小にかかわらず、買主の財産状 態の悪化を認めることができると思われる。
なお、本件における損益相殺の問題については、新堂・前掲注(10)63頁注(19)を 参照。
15 これに対し、転売利益の賠償は、事前の財産状態の回復ではなく、契約によって実現 されたであろう財産状態の保護を目的としている。
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(12)
(3)売買契約の相対効によって買主の権利を制限する考え方
①この考え方の根拠
売買契約上の給付結果の実現は、契約の相手方である売主に対してのみ主 張できる事柄であるから、請負人に対して主張することはできない。修補費 用の賠償は、売買契約上の給付結果の実現を図るものといえるから、修補費 用の賠償を請負人に対して請求することはできない18。
②この考え方の問題点
しかし、この考え方の実質的な根拠からすれば、買主に対する請負人の不 法行為責任を原則として否定するかどうかは、請負人と買主との利益考量に 委ねられる問題と考えられる。以下、実質的な根拠の妥当性について検討を 加えたい。
(a)目的物譲渡契約の多様性
譲渡人は、譲受人が譲渡契約によって取得しうる利益の保護を、譲渡契約 を締結することで引き受けたと評価することができる。これに対し、目的物 を製造した請負人は、目的物の譲渡契約の締結や内容の設定に関与しないの だから、その契約に拘束されるいわれはない。また、実際にも、請負人は譲 渡契約の締結やその内容について予見することが困難な場合があり、譲受人
16 原田剛教授は、いわゆる「『瑕疵損害』の問題は、従来、『本来の給付価値の不実現に とどまる段階』であり、この段階では『契約当事者間の契約責任で取り扱われるのであっ て、そこまでは不法行為責任の対象には原則としてならないと解され』てきた」が、「か かる理論的前提が今日においても依然として維持されなければならないか」との問題を 提起し、修補費用の賠償は「給付価値とは関係のないものとして、不法行為責任追及の 対象となるのではないか、という新たな課題が生じ得る」と指摘している。原田剛『請 負における瑕疵担保責任』(成文堂、2006年)227頁(初出:「製造物の瑕疵に対する不 法行為責任」奈良法学会雑誌13巻3・4合併号、同14巻1号(2001年))。
17 萩野奈緒氏は、瑕疵ある建物を買い受けたこと自体を損害と認定した裁判例について、
「施工者と施主が瑕疵ある建物の建築販売を計画したことによって不当な契約を締結さ せられたことにより財産的損失を被ったことを権利利益侵害ととらえられていると考え られる」とした上で、「このような構成が、同判決のような、施工者と売主とが共同で 建売販売を計画し実行したとの事案以外にも広く妥当し得るのかについては疑問が残る ところである」と指摘する。萩野奈緒「判批」同法60巻5号(2008年)463頁。
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建物の設計者、施工者又は工事監理者が、建築された建物の瑕疵により 生命、身体又は財産を侵害された者に対し不法行為責任を負う場合(畑中)
(13)
が譲渡契約によって取得しうる利益を請負人に賠償させることは、請負人に 過度の負担となる恐れがある。そうだとすると、請負人が少なくとも譲受人 の債権の存在を認識していることが必要といえるかもしれない。
また、同じ品質であっても、請負契約に照らせば瑕疵とは評価されないが、
譲渡契約に照らせば瑕疵があると評価される場合がある。このように、譲渡 契約の方が請負契約よりも手厚く目的物の品質を保障しているような場合、
譲渡契約に照らした品質欠如をもとに請負人の不法行為責任を認めると、請 負人に予測困難な負担を負わせ、目的物の譲受人に過度の保障を与えること
18 本件判決と売買契約の相対効または債権侵害の法理との関連を指摘するものとして、
平野・前掲注(1)、山口・前掲 注(10)186‐187頁、大 西 邦 弘「判 批」広 法32巻1号
(2008年)96‐97頁、新堂・前掲注(10)60頁、萩野・前掲注(17)456‐457、464頁 が ある。
これら本件判決の評釈のほか、神戸地判平9・9・8(前掲注7)の評釈においても、
第三者による債権侵害の法理との関連が次のように指摘されている。
まず、國井和郎教授は、神戸地裁がこの法理にもとづいて判決を下した可能性がある と指摘しつつ、債権侵害の法理を適用することについて次のように批判している。すな わち、「そこには論理の飛躍がないか。それは故意の不法行為であり、しかも、ありえ ない場合ともいえる。関連制度の理解に問題がありはしないか。それはともかく、製造 物責任法における責任主体の範囲は広く、かようなケースにも責任成立が認められうる 点に留意したい。むしろ今日、建物に関する瑕疵担保責任については、製造物責任法の 存在と同法が不動産を対象外とした事実を踏まえ、同法の一般的処理との平準化に向け た解釈努力が要請されている、といえるのではあるまいか」。國井和郎「判批」判タ988 号(1999年)64頁。
また、高橋弘教授は、債権侵害の事案と捉えるならば、強度の違法性を必要とする立 場が成り立ちうると指摘する(ただし、高橋教授自身は、強度の違法性を不要とする立 場を支持している)。すなわち、「建物買主の『契約に従った目的物の給付を受ける利益』
が、契約当事者たる建物売主によってではなく、第三者たる施工者または建築士によっ て侵害された、すなわち『第三者による債権侵害』との法的構成」によれば、不法行為 責任の成立は「債権者の不法行為法上の保護法益(生命、身体、健康等の人格的利益及 び所有権その他の財産権、いわゆる完全性利益)を侵害し、それに伴って生じた場合に 限られる」から、「単に『契約に従った目的物の給付を受ける利益』が侵害されたとい うのみでは、原則として不法行為が成立する余地はな」い。高橋弘「判批」リマークス 22号(2002年)58頁。
さらに、谷村裁判官も、不法行為責任の成立に消極的立場をとる裁判例の背景にその ような考え方があることを指摘する。谷村武則・前掲注(6)54頁、同頁の注(29)
(31)。
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(14)
になる恐れがある。
しかし、請負人は、目的物の譲受人に対して直接に、建物の一定の品質を 保障する義務を負うと構成すれば19、修補費用の金額等、責任を負う範囲が あらかじめ限定されることになる20。そうすれば、請負人にとって予測困難 な目的物譲渡契約によって不法行為責任の成否やその内容が左右されるとい う問題は、解決されることになるのではないだろうか。
(b)第三者に対する責任は他者に負担してもらえるとの期待
原審判決は、請負人に不法行為責任を負わせると、「請負人が責任を負担 する相手方の範囲も無限定に広がるため、請負人は著しく不安定な地位に置 かれることになる」と指摘している。
たしかに、請負人は、目的物の譲受人に生じた損害は譲渡人に負担しても らえるとの期待(取引以外の事故による損害については、建物所有者・占有 者に負担してもらえるとの期待)を持つものと思われる。この期待の保護を 強調すれば、請負人は注文者に対してのみ責任を負えば足りると考えるべき ことになろう。
しかし、このような期待をどの程度保護するべきかは、請負人の属性(事 業者か素人か等)、請負契約の趣旨(事業によるものか、好意によるものか 等)、第三者の要保護性との関係で、決めるべきものと思われる。
(c)責任を負う対象が広がり過ぎるという問題
請負人が責任を負う対象者が無限定に拡大するという原審判決の指摘は、
修補費用についていえば、通常は、瑕疵ある建物の現所有者が損害を被って いるといえるので、修補費用の賠償請求権者はこの者に限定されることにな るだろうから、このように責任を負う相手方が現所有者に限定されていれば、
19 松本克美「欠陥住宅と建築士の責任−建築確認申請に名義貸しをした場合−」立命 271・272号(2000年)1538‐1539頁。萩野・前掲注(17)456、463、466頁。
20 山口教授は、「修補費用には自ずと限界が存在し保険でカバーすることも可能である から責任が過度になることはない」とする。同・前掲注(10)188頁。
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建物の設計者、施工者又は工事監理者が、建築された建物の瑕疵により 生命、身体又は財産を侵害された者に対し不法行為責任を負う場合(畑中)
(15)
たとえ請負人にとってその者がどこの誰であるか分からないとしても、責任 を負う対象者が無限定に広がるとはいえない21。
また、請負人が不法行為にもとづき建物の現所有者甲に対して修補費用を 賠償した後、甲が建物を修補しないまま乙に譲渡したとすると、乙からも不 法行為にもとづく修補費用の賠償を請求される可能性があるが、この場合、
請負人は不法行為上の注意義務を尽くしたとして、乙からの請求を退けるこ とができよう。
(d)買主の保護手段
原審判決は、「瑕疵ある目的物の買受人は、請負人に対して責任を追及で きなくとも、売主に対して債務不履行責任又は民法570条所定の瑕疵担保責 任等を追及することができるのであるから、その保護に欠けることはない」
と指摘する。
しかし、売主が無資力である場合には、そのような保護を図ることはでき ない22。
(4)譲渡契約で保護される以上の利益を譲受人に与える可能性について
①この考え方の根拠
修補費用の負担について請負人に不法行為責任を負わせると、譲受人は、
直接の契約の相手方である譲渡人から取得しえない利益を、請負人から取得 しうる結果になる場合があるのではないか。
21 山口・前掲注(10)188頁。
22 ただし、売主が無資力である場合には、買主は債権者代位権を行使することで、売主 の有する損害賠償請求権を行使することができ、一定の救済を受けることができる。鎌 野・前掲注(1)12頁。この場合、代位行使の対象となる損害賠償請求権が売主の債権 者によって差し押さえられると、買主は事実上の優先弁済を受けることができず、買主 の救済に欠けるおそれがある。この点について、平野教授は、売主が注文者として請負 人に対して取得する損害賠償請求権は、買主への賠償に限定されたものと解すべきであ るとして、買主の保護を図っている。平野・前掲注(1)452、454頁。
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(16)
たとえば、譲渡人は、目的物譲渡契約上の権利行使期間の制限により譲渡 人の責任を追及できなくなった後でも、請負人に対して責任を追及できる場 合が生じる23。また、目的物譲渡契約において瑕疵が免責されている場合に は、譲受人は、契約によって取得することを予定していなかった利益につい てまで、請負人から取得しうることになる24。
②この考え方の問題点
しかし、譲受人の権利が譲渡人との関係で契約上制限されていたとしても、
それは、譲受人が、譲渡人との間の利害関係をふまえて設定したものである。
これに対し、請負人・譲受人間の利害関係は、譲渡人・譲受人との利害関係 と異なっている。
また、譲受人は、契約によって譲渡人に一定の保護を付与することを選択 したことになるが、請負人に対してそのような保護を与える選択をしたわけ ではない。それゆえ、譲渡人に認められる保護を請負人にも認めなければな らないわけではない。
さらに、譲渡契約上の免責特約については、譲受人が目的物の瑕疵を知り ながら締結した場合には、いわゆる被害者の承諾にもとづいて不法行為責任 を否定することが考えられる(なお、瑕疵を現実には認識していなかったが、
瑕疵があっても構わないという認識で免責特約を締結した場合については、
さらに検討が必要である)。
3.設計・施工者等と第三者との利益調整
以上のように見てくると、請負人が目的物譲受人の修補費用の負担につい て不法行為責任を負うかという問題は、両者の利益調整という政策的判断に
23 山口・前掲注(10)188頁。
24 同上。
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建物の設計者、施工者又は工事監理者が、建築された建物の瑕疵により 生命、身体又は財産を侵害された者に対し不法行為責任を負う場合(畑中)
(17)
よって決めてよいものと思われる25。それでは、建物の瑕疵の場合、どのよ うな利益調整が妥当であろうか。
設計・施工者等の側からすれば、注文者以外の第三者がどのような損害を 被るかは予測困難であるし、たとえ予測困難でないとしても、第三者に対す る責任は建物の譲渡人や建物所有者・占有者に負担してもらえると期待して 然るべきだから、注文者に対してのみ責任を負えば足りると主張したいとこ ろである。これに対し、第三者の側からすれば、建物には瑕疵がなく、また、
安全であると信頼するのが通常であるから、この信頼は保護されるべきと主 張したいところである。このような利益の対立をどのように調整するべきで あろうか26。
(1)建物の安全性
現代の日本社会においては、建物の安全性に対する信頼を保護することが 非常に重要な課題となっている。建物は、少なくともその安全性について社 会的に信頼される物でなければならないと考えられるようになっている27。 このような社会状況からすれば、設計・施工者等と第三者との利益の調整に 際しては、建物の安全性が重要な基準となるといえよう。そして、人々は、
25 山口・前掲注(10)188頁、関智文「判批」不動産研究50巻第2号(2008年)。
26 本稿では、設計・施工者等の属性が不法行為責任にどのような影響を与えるかは、検 討を留保したい。建築士という属性は、従来の専門家責任おいて議論されてきたように、
不法行為責任の成立に有利な事情となる。また、建築士以外の者であっても、建設業者 のように事業者である場合には、同様の判断が妥当する。これに対し、友人関係や親族 関係における好意を基礎とした非資格者・非事業者による役務提供においては、流通の 予測可能性の低さや注文者が責任を負ってくれるとの期待も無視することはできない。
そうすると、不法行為責任に消極的影響を与えそうであるが、他方において建物の安全 性の重要性も考慮しなければならない。
この点の価値判断に関わる指摘として、大西教授は、「建築士と一般私人で建築士法・
建築基準法を遵守する要請は異ならないと解する」としている。大西邦弘「判批」広法 28巻2号(2004年)187頁。また、萩野氏は、本件判決について「専門家責任の観点か ら注意義務を導いたとは考えにくい」と指摘している。萩野・前掲注(17)448、466頁。
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(18)
「倒壊につながるような著しい危険にさらされない」というだけではなく、
「通常の過ごし方をしていれば危険な目に遭わない」という期待を持ちなが ら、建物を利用していると思われる。そうすると、利益調整の基準とすべき 建物の安全性の程度もまた、そのような期待を前提とすべきものと思われる。
(2)設計・施工者等の地位の不安定化
設計・施工者等の地位の不安定化も、利益調整に際して考慮すべき事情と いえる。
①賠償すべき修補費用の限定の問題
設計・施工者等が目的物の譲渡契約の締結やその内容を知ることができず、
譲渡契約上の瑕疵について予見困難な場合には、その瑕疵についての修補費 用を請負人に賠償させることは、請負人にとって酷な結果となる。
しかし、上述した利益調整にもとづいて、譲渡契約に左右されない品質保 障を義務付けるならば、請負人に予測困難な不利益を負わせることにはなら ないと思われる。
②賠償対象者の限定の問題
上述したように、通常、建物の現所有者が修補費用の賠償請求権者となろ う。
27 松本克美「判批」ジュリ1192号(2001年)215‐216頁、同・前掲注(19)1527頁、花 立文子「建築家の名義貸しと建築物の瑕疵担保責任との関係−複数関与者の責任との関 係−」志林99巻1号(2001年)123‐124頁、125‐126頁参照、大西・前掲注(26)、陳 桐 花「判批」法学69巻(2005年)152頁、野口昌宏「判批」判例評論551号(2005年)191 頁、小島彩「判批」法協122巻12号(2005年)2126‐2128頁。
本件判決についても、円谷峻「判批」ジュリ1354号(2008年)90頁、鎌野・前掲注(1)
16頁、山口・前掲注(10)188頁、高橋寿一「判批」金商1291号(2008年)5頁、花立 文子「判批」リマークス37号(2008年)51頁、萩尾・前掲注(17)452‐454頁による指 摘がある。山口教授は、「人の生命、身体、健康、財産への侵襲を未然に防止すること は社会の強い要請である」こと、「専門家に要求される技術水準を怠った設計・施工者 等に〔修補費用を−引用者注〕負担させることは、今後の抑止効果を考えるとむしろ望 ましい」ことを指摘している。
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建物の設計者、施工者又は工事監理者が、建築された建物の瑕疵により 生命、身体又は財産を侵害された者に対し不法行為責任を負う場合(畑中)
(19)
③期間制限の問題
製造物責任法は、損害賠償請求権の期間制限の起算点を引渡時としている。
建物の瑕疵による不法行為責任についても、建物引渡時が起算点となるので あれば、設計・施工者等は、自分が何年間責任を負う可能性があるかを予測 することができる。しかし、製造物責任法は動産にしか適用されず、不動産 の瑕疵にもとづく不法行為責任については、民法724条が適用される。同条 によれば、不法行為の時または被害者が損害および加害者を知った時が起算 点となる。そうすると、設計・施工者等が建物を引き渡し、建物が転々と流 通していった場合、期間制限の起算点は、流通先の現所有者が損害を被った 時、あるいは損害および加害者(瑕疵を作出した設計・施工者等)を知った 時となる。このように、建物の流通の有無や流通先の現所有者の認識によっ て期間制限の起算点が左右されることになると、設計・施工者等は、自分が 何年間責任を負う可能性があるかを予測できないことになる。しかも、責任 を負う可能性のある期間は非常に長期に及びうる。建物の引渡しから長い年 月が経過した後であっても、建物の瑕疵によって誰かが損害を被れば、その 者に対する不法行為責任が成立し、その時点から消滅時効が進行するからで ある28。さらに、建物が転々と流通し、建物取得者が設計・施工者等にとっ て人的に非常に遠い存在となることも考えられる。そうすると、設計・施工 者等は、非常に長期にわたって、誰かから責任を追及される地位に置かれ続 けることになる。
しかし、建物の経年劣化は瑕疵には当らないし、流通過程で他者が作出し た瑕疵については責任を負わずともよい。そうすると、設計・施工者等は、
28 山口教授は、「二〇年の除斥期間も、対象が動産ではなく建物であること、立証責任 を負担するのが所有者であることを考えると、故意過失責任の結果として是認できる」
とする。そして、本件判決は、設計・施工者等に対して、自分たちが作出した瑕疵によ る拡大損害の発生を、20年間は警戒し防止すべきことを求めたものとされる。山口・前 掲注(10)188‐189頁。
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