︵1︶信義則を平等原則の根拠とする説の検討にさいして言
及したように︵ミヨ後出九五責︶︑ライヒ労働裁判所正二九三八
年労働法での中等取扱を初めて個別経営内部における所謂﹁具
休的秩序﹂ の存在を理由として認めた︵RAGArbカSa声Bd・
∽ひS一−記㌦nsb﹂謡・﹁具体的秩序﹂観念の発展についてほ︑︑︑︑ヨ
吾妻・民蘭一四巻垂二五貞以下︑米谷・約款法理五〇〇頁以下︑
加藤・法学論叢三八巻一〇八頁以下︶︒これほ経営共同体の枠
内で.屈主の誠実・配慮義務に基き︑二歩手順の事実的執行から
確固たる恍行として生じ︑そして明示された就業規則︵Betri・
ebsOrdung︶と並んで叫種の経営慣習法として表われる特殊経
苫内的法源となる︑と︵経営内具体的秩序論の詳しい理由づけ
ほ︑くg−●Denecke﹀DAR︻澄OS・トきfこ︒この説が正しいとす
れば︑労働法上の平等取扱則は︑個々の具体的秩序内で展開さ
れる慣習法的原則が就業規則なり労働協約の諸規定と全く同じ
く該経営内の仝労働関係に直接効果を及ばす︑ということに存 第三十三巻 第六号
研究ノート
規範実行︵NOrm苫zug︶の平等取扱
原則論に占める地位
岩 ︵七五八︶ 九二
する訳になる︒従って経営における労働者の平等取扱ほ︑客観
的な経営次元上の慣習法として生じる規範の実行に他ならない
てとになる︒そしてその適用に当ってほその規範性に鮮み慈恵
的差別な行うことが許されなくなる︒
との具体的経営秩序存在から発する説はもちろんもっぱら労
働法領域に限定して展開されたが︑そこでの平等取扱を根拠づ
けるのに成功しなかった︒この説が学説上全く圧倒的に否定さ
れたためRAG白身によっても後に暗黙祖紅放棄されてしまっ
ィノ
た︒さらにそのさい注目すべき点は︑RAGが当初から請求権 ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ の発生する平等取扱を正当化するため︑ただ個々の判決におい
てのみ経営の﹁具休的秩序﹂ ヘアブローチしたにすぎず︑しか
もたいがい同時に誠実・配慮義務なり信義則も論及されていた
ことである︵くg−.G.Hueck﹀Der Grundsat2der g訂lC訂m訝・
巴gen Be訂已どngen iヨ Pコ志treCぎけ一浩00■S・記戸○︒
特長的なのは︑冒頭に挙げた判決そのものが︑箪革禁讐般と
して平等取扱原理とそれに似てほいるがはっきり区別すべき別
の経営慣習的制度いずれの問題なのか︑疑問な事案に閑するも
のだったことである︒後者も平等淑放と同じくRAGによって
経営の具体的秩序が根拠とされた︒
叙上の点が鵬般に認識されてからでないと︑労働法的平等取
扱原則ほ経営慣行の領分内で利用できるようにほならないであ
ろう︒けだし︑これと区別すべき経営慣行は実際に反覆的均劇
執行から生した経営内習慣を融挺するのに対し︑平等取扱原則
の作用ほかような経営内習慣にもまたこれなしにでも︑例え
ば初回賞与支払やその他諸の一回ぎり事例鱒も及ぶ︑からであ
ぃる︒
従って最近も規範的経営秩序思想ほなおごく散発的に経営
慣習の根拠として認められているが︵その代表は Ga−perin﹀
Betr.くG・N●A已−・ゆーAnmLNNff.∵nsb●−Nの・反対説⁝Huec打・
Nipperdey・LeFb・d.A旨2isr・P Auf−.Bd・:慧荒く戸 畑
N∽.く∴写k訂cぎArbeitsrec冨︸ドAuf︼.加d.︻−S一N∽N ffこ︑そ
の場合でも︑もはやその本来的意味において平等取扱の理由づ
けには勤口良されていない︵く巴.G.H篤Ck﹀S﹂−00ーAヨm●↓︶︒
それ放この箇所で︑具体的経営秩序山般の理論構成ならびにそ
れを特殊に平等取扱の根拠として採用する考えかた︑に反対す
る論拠せいちいち呈示する必要はない︒︵その点の決定的反論
は︑くg−・H完Ck・Nipp2rdey白ietN﹀AOG・料iu芦仰NAヨm・−↓
a苧 この点の論争の適切な要約はくgL 知のuSS・Sieber√D訂
好Onkrete Oユゴuコg d2S出etriebes㍍.Auf−.︶
︵2︶ライヒ労働裁判所が夙に放棄した経営具体的秩序内と
いう理論構成とは別なや.り方で︑巌近べッチヒァは経営の労働
者の平等取扱を規範実行なる原理から導出した ︵空言c訂r−
Anspr宍F auf G−eicge訂ndどg iヨArbeitsrechtこn∵カecg
der Arbeit−訝∽S﹂空ff一亡 erg賢崇nd daz仁戸d.A.−ゆ℃︸
S・ど↓ffし︒西独で高く評価されている︑この労働法上出現す
る平等取扱問題の解明にとって格別実り豊かな新説は︑次の考
規範英行︵写弓雪害l︼誓応︶ の平等取扱庶則論紅占める地位 え方から発する︒つまり︑規範がその対象とする状況すべてに 均適用されることは規範の本質上当然だと︒故に同こ箪職に 該る者全部の平等取扱は何らそれ以上の理由づけを要しない自 明の埋である︒彼らの等位はまさに当該規範の存在︑実行から 生じる︒労働法の実際に別していえほ︑その意味はこうであ る︒つまり︑同僚との平等づけを要求する労働者ほ︑その要求 が同劇規範の存在を根拠とし︑かつそれを平等直滴用してくれ と請求できさえすれは︑それ以上何ら特殊な平等取扱原則を援 用する紅及ばない︒この意味における規範としてペソチヒァが 挙げるものの中には︑雇主が︑員与・養老給付およびその他の 社会的給付の任恵供与紅ついて︑なお事情次第で雇主の決定に 左右される他の事柄についても︑処理の基準とする諸規則も入 っている︒
そのさい︑さような規則が明文の公示に︑たとえば︑しばし
ば特別な企業退職年金停の定款などに︑収められているか︑そ
れともその存在がただその事実上の遵守なりその実行から推測
されるにすぎないか︑を区別しない︒つまり︑任意の給付が供
与なりその他の点で個々の被傭者が︑他の場合なら使用者によ
ってはっきり守られている原則に反して他の従業員と興る取扱
を受けたばあい︑規範実行説監よれはこの者ほ自分のケース紅
もこの原則を遵奉するよう求める請求権を書ける︒該原則の存
在およぴその内容はこの主張者が証明しなければならない︒こ
の立証は通常︑使用者がそのさい或仙定の方式に拠って処置し
︵七五九︶ 九三
第三十三巻 罪六骨
ていたことを示す間接証拠として︑他の従業員の取扱例を指摘
することで行われる︒
この平等取扱理論ほ既に岩干の判例に受け入れられている
︵く○りa−−emBAGAPNr﹂の買仰いTOA mit Aヨm・くOn
Zeumann・D完Sberg.同事件では公務員に対する官庁祁告の施
行が問題になっていたから︑規範実行の観念がとりわけ手がか
りとなりやすかった︒但し連邦労働裁判所ほ︑この概念を労働
法上の平等取扱の本来的基礎と認めたのでなく︑該布菩が﹁平
等取扱の原則と関連して﹂法的請求樅を生ぜしめると詳論し
た︒なお 孟1.G.H莞Ck.S●−芯20te u u・−可−︶︒学説にも
この説の有意義軍曹認めるのが多い︒特にニキッシュほこの説
に﹁あらゆる根本的論点において﹂賛成する︵冥kiscb﹀Arb?
itsrecぎBd.−uN.Au芦忘笛.S.お〇一そのはか支持者は︑GrOS−
Rec−己ic訂Bindu磨des Arbeitgebers an betrieb苦訂SONi・
aごeistun喝en in SO已a−p01itik︸ Arbeits・und SOZia−recぎ
Festsc訂.f.SitN訂r−欝の﹀S.N思f叫∴GrOS・E一すert−HwFムes
Arbeits・und SONial完r乳cberungsrechts−笥争 SL良い只a守
fmann−Betriebs諾rfassun閃−浮き S.NN00も任意的社会給付に
関し同旨︒なお︑かなりの留保付きでこの説に言及するは︑/
Hueck・Nipperday﹀Arbeitsrec貫Bd・i笠芝ヨーb● 否定説ほ
E.守ey−Der GrundsatzderGleicge訂ndコg−mArbeitsrecht
−減摩SLひ◆︶
ニキッレふはまず当然に次の点を指摘する︒ここで用いられ ︵七六〇︶ 九四
ている﹁規範﹂という表現は客観的法規範なる技術的意味に理
解してほならずまたべチヒァもさような意味でとの語を使って
ほいない︑と︒私人に由る客観的擬制の作出そのもの︑そのた
めの資格として格別な法的根拠つまり普通なら法律上のその旨
の指定︑を必要とする︒が︑この場合にほそれを欠く︒なるは
ど労働法には明文で法定された規範設定権能が存する︒けれど
もこの権能は︑賃率契約︵Ta註諾rtrag︶における超経営領域
においてのみならず個別経常内の労働協約︵B2triebs完rei已チ
arung︶においても︑具体的な規範契約の締粘に由る労働関係
当事者双方の共働︵NusamヨenWir旨ng︶を︑求める︒そして
この共働はなお山定の形式規定に服しかつ公告義務な伴う
︵脚脚−Abs.Nさ可Ta→i才2岩gS慧Set㌘脚伊NAbs・N Betriebs・
諾r叫a宏ungSgeSetZ︶︒これら実定法の規定ほ例外を認めな
い︒つまり︑使間者が 山方的にも︑すなわち経営協議会
︵Betriebsrat︶ の協力 ︵M蒜wir打ug︶なしに︑かつその点につ
き事情次第では単なる推断的行為︵kOn粁−已e芝es Ha鼠e言︶に
由り︑該経営内の労働関係に効果な及ぼす真正の法規範を作り
だすことほできない︒
就業規則︵BetriebsOr旨§g︶の一方的布告また従㌧て使用
者の規範設定権能を定めた一九三四年山月二〇H労働秩序法
︵ArbeitsOrd呂ヨgSgeSetN︶すら︑それに並んで仙走行顔の単
なる執行に由る法規補作山のF能性を︑岬般的に拒否した︒こ
のことほ当時の具体的経営秩序を拒否する俄向に連るものであ
った︒今は労働協約︵Betrieくereinbaru品en︶締結に由る経営
内規範設定にさいする経営協議会の協力が存する故に︑今日の
塙桁は全く別の考えかたを許さない︒
べチヒァ流の﹁規範﹂観念ほ︑使用者が明示の公告によって
もしくほ単なる事実上の執行のみによる紅せよ︑任意的社会給
付分与やその他使用者の自由決定に係る行程に関する使用者の
行態を規制する規則︑を意味するにすぎない︒さような規則ほ
硫接個々の労働関係に作用しない点で︑個別経営内のカ励協約
の規範から︑戎いほ既述した経営慣習法と性格づけられた﹁具
体的秩序﹂からも︑区別される︒この規則の設定で拘束される
のほ使用者白身だけである︒使用者は自分白身の行為軋関する
原則を打たてるのであり︑そのばあい使用者ほもほや客観的正
当事由なしにこの原則を逸脱してほならない︒この慈恵的逸脱
禁止がかんじんなのである︒
︵3︶叙上の﹁規範1実行﹂観念に基く理論の批判的検討
にほ︑まず次の点を確認しておくべきである︒この説は本暦上
全ぐ労働法上の平等取扱における特殊状況を狙いとするもので
あり︑それが労働法領分を越えて適用される可能性は殆どなく・
また従って仙般的な私法上の平等取扱傾別の出発点にほ適さ
ない︒︹伸しべチヒァ的規範実行論は夙にファイネが社団法人
などにおける平等取扱を理由づける際に灰示されている︒
増eine−GmbHこn何首enbergs Hb.a.勘e∽.Hande訂r.BdJHIu
U■Abこg﹂巴声 S.N道20訂ど⁝﹁団体が法規範に従って生き
規範実行︵ZOrmさH−z一品︶ の平等取扱原則論に占める地位 るべき以上︑団体がその成員を慈恵的に区々に取扱うことほで きず︑統心的原則疫よってしか取扱えない︒定款ほ特殊権利・ 義務︵SOnderrecぎe戸︼p叫−icぎen︶を付与できるが︑それ以外 ほ定款の規範が金成員に均¶に通用せねばならない⁝⁝﹂︒ま たコーンほ団体法人の機闇二般の規範実行義務から団体員平等 取扱諭を展閲している︵COぎV Der Gru邑sa訂二紆r g−eicざm・ 訝sigen出e訂ndぎ扁a声望∴Sitg−ieder;くerband篤eC監.Acp −∽NJS・−N∽ごOP・フライの保険契約者煎等待遇原測諭におけ る団体員平等待遇應則㍗般の本署理解も︑コーンのこの説に拠 っている︒︵P〟句rey AbF aua.鷲S.HB只−He叫t忘こ烹芦S. N∽ff.︶︒実ほ︑この点への疑問が動機となって西独における﹁規 範実行﹂磯念の系譜・地位を検討したのが︑この研究ノートに はかならない︒なお︑︑\ヨ拙論﹁保険契約者平等待遇原則という ことーその法的本署﹂生保文化研究所報7号汎現以下︒︺
しかも労働法内蒋でもこの新説の意義と射程が詳しく検討ふさ
れねばならないが︑とりわけ解明を要するのは次の二点である︒
1︑多数同種の儀旗調係を抱える債権者ほその椴務者を任意
に差別してよくまた債務者の大多数に対して実行しきたった戎
原則を個々の場合気ままに破ってよい︒たとえば︑殆どの債務
者に猶予を与えているのに︑戎一人の伍務名紅ほさような差別
の客観的事由なくして所定励行期に履行を迫ることができる︒
これに反し︑使用者が従業員に対し自分自身が白身の石動に設
けた原則虹拘東きれるのほ︑いか篭る根拠紅基くのだろうか︒
︵七六こ 九五
第三十三巻 第六号
その点に関してけ二般的衡平原理を根拠とするだけでは︑足
らない︒衡平理念から導出される類似行程相互間の平等取扱の
要求は︑別稿に説いたように︵前掲拙稿︑生保文化研究所報7
号371頁以下︶︑私法払おいて全面的にかかる内容の法的義務を
もたらすものでない︒衡平の見地からすれほl︑右の例紅挙げた
債樅者もその債務者たちを︑使用者が従業員に対すると同じ・
く︑等しい前提条件のもとでは均劇に取扱わねばならないであ
ろう︒しかし使用者対従業員の関係では法的命令に高められて
いるものが︑債権者対多数債務者の関係については所詮法的サ
ンクレヨソのな小道徳的義務にとどまるのである︒
そこで︑自分の設けた規則に糾られる使用者の自己拘束をも
たらす特別な根拠を探求せねばならない︒べデヒァ︵監A−謡∽
S.−琵f.︶はその点に開し︑主に﹁以前から慣用された行動の時
間的継続強制﹂となって表われる使用者拘束の仙般的承認を根
拠とし︑そしてかかる強制が経営慣行の請求権発生効果を意味
する︑とした︒
これに対してまず次の点が指摘される︒右のはあい︑平等取
扱は仙回限りの機縁についても守られねばならないのに刈し︑
べチヒァのいう使用者拘束は同山行動の多数反榎があってこそ
生じるにすぎない点で︑何か他の構成事実の存在を問題としな
痺ればならない︒たとえば︑噴用者ほただ叫回かぎりのそして
全く任意に分与する賞与についてさえ自分の選定した分与基準
に拘束されるのであり︑個々の従業員を盗意的に無視してはな ︵七六二︶ 九六
らない︒これに反し︑賞与が三回相次いで同じ機縁で支給され
るばあい︑一般に承認された一人決め規則に従った賞与支給反
覆義務が初めて成立する︒しかも︑使用者が彼の姶何の任意性
につき明文の然るべき留保をしたら︑この拘舜すら生じない︒
しかし︑平等取扱は︑その前提条件が存するかぎり︑使用者の
明示の意思に反しても行われるものである︒まさ紅かような差
異があるから平等取扱と経営慣行との同置ほ疑問題祝される︒
支配的また正当な見解に拠り経営慣行の請求権発仕効果︵ans・
pr宍訂b2gr誉d2ロd20d・anSpruC訂er2eu拇ende Wir巨ngder
Betr訂bs旨与g︶ をそれに対応する使用者・従業員間の個別契
約的協定の黙示の締結に基かせるかぎり︵この点の詳論と文献
ほ諾−.ぎeck・芝ppe乙ey︶a.a.〇けBd﹂芸こく亡nd脚N㌢
く∵只askeTDerscF Arbeitsrecbt一∽.Auf−.−S.−∽00︶︑この間
露は完全に排除される︒けだし︑べチヒァも正当に強調すると
おり︑平等取扱義務ほ自己発隼できないからである︒つまり黙
示の約定ほ必ず︵経営慣行のみに類麺的とされた︶同二行程の
多数反殻を前提要件とする︒
この帰結に反対して通説と逆に︑経営慣行の根拠を使用者の
仙力的拘束と認めたところで︑大して得る所はない︒なぜな
ら︑そのばあい使用者自己拘束の問題ほ平等取扱原理によって
のみ経営慣行に拡張されるのであり︑しかもそうしたところで
満足のいく解決ほ得られないからである︒︵巌初期にほ経営憶
行のこの作用はその旨の黙示の約定なしに次の理由づけがなさ
れセーー今もこの説を採るは︑写kiscF a一at O●Bd﹂﹀S●
NぃびffいReu設・Siebert.a.a.〇.S.ロ∽ff.−︑すなわち慣行
と成った使用に由り使用老の誠実・配慮義務ほその旨の︑使用
者を今後拘束する具体化を受けたのだ︑と︒しかしこの考え方
から規範実行説は何どともひきだせない︒というのほ︑この具
体化説はまさに配慮の観念から平等取扱原理の解決を目的とす
るからだった︒︶
使用者自己拘束の理由づけにもう則つの途を拓いたのほニキ
ッシュ ︵a.a.〇.Bd.Ⅰ︐S.畠の︶だった︒ニキッシュほ詳論し
て日く︑鱒的な︑正義理念から導出される私法上の平等取扱
命令は︑多くの﹁人間が.一定目的の共同追求のために結集し︑
かつ完結した外部的区別のつく粗放を形成する﹂ということに
由って特長づけられる特殊な生活分野の枠内でのみ法的拘束が
ある︑と︒このことは経営共同体にもあてほまり︑従ってこの
経営共同体には平等取扱原理が法的拘凍力を発押する︒そうな
れば使用者が自分の行動に射し設定した規則ほ具体的事例にお
ける平等取扱の実際的適用のための前提要件・基準たるにすぎ
ないっ ︵ニキッシュ a.a.〇.S.烏芦の考察はこの点特長的で
あり︑彼は前の章でほやく平等取扱命令への原則的拘束性を確
定した後に︑規確実行論を始めて﹁経営における平等取扱請求
辟の前提要件﹂とい
ニキッシュほつまり使呵者巨lらの制定した方式への使用者自
己拘束の根拠を︑経営此ハ同体なる成分で理由づけられる労働契
規範実行︵NOrm言−−zug︶の平等取扱原則論に占める地位 約法上の平等取扱原則の原理的通用に︑見出したのである︒平 等取扱原理な単なる正義や衡平の要請から拘束力ある法命題に まで高めるものほ︑法的サンクションを具えた団体関係にある とするG.Hueeck︵S.−N声︶もこの説に賛成する︵S・−Nひ〇︒
2︑規範実行説判定のさい軍±に壷要な問題ほその適用領域
の問題である︒すなわち︑あらゆる既知の労働法上の平等取扱事
例が使用者の設定した規則の存立・実行で解明できるか否か︑
である︒これほ否定されねばならない︒規範実行説はもとより
或劇定範疇の平等取扱挙例に限られる︒当事者の平等取扱は︑
この規則そのものが不平等取扱を定めているかもしくほ規則が
全然欠けているかすれば︑規則の笑ゎを根拠とできない︒
使用者ほ従業員に対する自分の行動広つきもとより客観的正
当性のない例外を規定し︑これを明示に公告して︑使用者の規
則の内容とすること︑ができる︒かような規則の実行そのもの
が不平等取扱をもたらそう︒だから︑このばあい規範実行以前
Ⅵ規範設牢付為の段階ではや一訂正を要する︒ベチヒァも認める
とおり︵監A−宗∽u S.−琵︶︑これは配分的正義原理から生じ
る平等取扱原則の見地からしか追求できず︑その適用ほ規範実
行と別次元のことに属する︒
さらに︑使用者が︑とりわけ裁鼠権行使の問題であるとき︑
個々の従業員に相応以上の労務請求を行い︑その者を他の大多
数の同僚従業員よりも不利に扱うことも考えられる︒この種事
例として鮒般に考えられているのほ︑客観的荘当性痘欠く格別
︵七六三︶ 九七
第三十三巻 罪六号
な辛労働なり難作菜の負担を強化する例とか︑或従菜員に対し
他の者よりも頻ばんないし詮さく的な検査を出入門監視の枠内
で嫌疑事由の些つけなしにはっきり強化する例︑などにすぎな い︒かような事例に個々の労働者の差別禁止の理由づけに︑使
用者が白身の行動に由りかかる負担不平鹿症反対する規則を設 けているのだ︑という構成をもってくるのは︑擬制に過ぎよ
う︒実のところ︑不利扱された労働者は値接に平等取扱原則を
楯にとって︑彼が今後もはや不利扱されないよう要求できるの である︒このはあいも平等取扱原則を規職央行の観念で置換え
たり理由づけたりする必要ほない︹西ドイツ労働法で仙般的平
等取扱原則の不可欠性が論及されるさい経営組織法︵穿r宗︶
五山条の規定が根拠として引かれるが︵B葺icher︼RdA−¢芦
S﹂芸︶︑そのこと自体は異論の余地がない︒しかしこの点の
詳細は検討すべき問題点が多いが︑ここでは立入らず後日の本
論に任せる︒磨﹁G.H完C好一S・浮ff戸S・−N∽︺︒
︵4︶叙上の結論として確認されるのほ次の点である︒平等 な規範実行観念に基く平等取扱理論は労働法内部ですら決して
平等取扱の守山的根拠とみなすことができない︒けだし︑この 説は︑使用者がその対従業員行動に関して設定した規則ほ使用
者自身を拘束する︑という前提条件に立つからである︒しかし
かような使用者拘束は︑使用者に格別な平等取扱命令が適用さ
れるということからのみ導出可能となるにすぎない︒つまり︑
平等取扱命令の実在が規範実行説紅よって前提されており︑平 ︵七六四︶ 九八