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支援活動‑‑アスペルガー障害の学生の就職活動と卒 業について

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支援活動‑‑アスペルガー障害の学生の就職活動と卒 業について

著者 中島 暢美

雑誌名 神戸山手大学紀要

号 11

ページ 157‑173

発行年 2009‑12‑20

URL http://id.nii.ac.jp/1084/00000710/

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高機能広汎性発達障害の学生に対する学生相談室の支援活動

アスペルガー障害の学生の就職活動と卒業について

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中 島 暢 美

キーワード:高機能広汎性発達障害、 アスペルガー症候群、 学生相談、 就職活動、 卒業

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本論文は、 高機能広汎性発達障害の学生に対する学生相談室の支援活動についての継続事例研究で ある。 本稿はその最後として、 アスペルガー障害の学生の就職活動と卒業に至る経緯に焦点を当て、

考察した。 アスペルガー障害の学生の就職活動は、 普通者として就職すること、 障害によって生じる 問題や、 その支援方法をめぐる問題から困難が生じることが考えられた。 卒業については、 心の時 が存在するために行動障害が発現やすくなるが、 学生相談室の支援はアスペルガー障害の学生の 心的成長を促進したと考えられる。

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Ⅰ. はじめに

本稿は、 「高機能広汎性発達障害の学生に対する学内支援活動 アスペルガー障害の学生 の一事例より 」 (中島, 2003)、 「高機能広汎性発達障害の学生に対する学生相談室の支援 活動 アスペルガー障害の学生に対する教育的面接過程 」 (中島, 2005)、 「高機能広汎 性発達障害の学生に対する学生相談室の支援活動 アスペルガー障害の学生にとっての友人 関係の意味について 」 (中島, 2007) に続く研究報告 (7期) であり、 本事例については 最期の報告となる。

本報告では、 アスペルガー障害 (またはアスペルガー症候群、 :以下で は と表記する) の学生の大学生活で見られる場面を可能な限りアクチュアルに記述し、 高 機能広汎性発達障害 (

:以下では と 表記する

) の学生に対する学生相談の支援活動について検討してきた。 そして、 この期間限 定の事例研究も終結のときが訪れたのである。

本稿では、 の学生にとっての就職活動 (以下では就活と表記する) や卒業の実際と、

それに対する学生相談室の支援活動について検討する。

Ⅱ. 第1〜6期までの事例の概要

クライエント (以下では と表記する) は来談時1回生 (18歳) の女子学生である。 人と 上手く話し、 親しい間柄になるにはどうすればいいか悩み、 「自分の治すべきところ」 (中島, 2003) を相談したいと来室した。 は面接中に居眠りをし、 話し方は形式的で繰り返しが多 く奇妙だった。 学生相談室カウンセラー (以下では と表記する) は適切な検査と治療を勧 め、 は病院で人格障害と診断された。 そこで、 薬物療法と学生相談での面接 (隔週1回, 50 分間) が始まった。 面接では、 人と行動するのが苦手、 親が理解してくれない、 アルバイトの 不採用が続く、 インターネットに傾倒していることが話された。 しかし無断キャンセルが続き、

出席日数不足で留年した。 は両親との同伴面接を行い、 学生相談室の校医となった精神科 医の診断を勧めた。 は、 と診断された。 は、 と両親の了解を得て、 チューターで あったC教員と連携しつつ、 学科内支援の要請に奔走し、 「大学内連携

キャンパスネットワーク

」 (中島, 2003) による 支援の環境を整備した。

は の大学生活での具体的問題を解決せねばならなかった。 は面接で 「 が面接で の会話を紙に書き に即座に読ませる 視覚的手がかり 」 と、 「ストーリー化された8つの 状況のニュアンスを、 がどう捉えるか、 どのような 基準 によって判断するかを知る」

ために、 「デユーイの 社会的常識テスト 」 を活用した、 「教育的面接」 (中島, 2005) を行っ た。 上述のストーリーを の日常生活に置き換えて質問し、 が取り入れ易い具体策を話し 合い、 視覚的手がかり で定着させた。 は 「クイズみたい」 (中島, 2005) と楽しみする ようになった。 この作業過程

ワ ー ク プ ロ セ ス

は情緒安定や自己統制を図るだけでなく、 不適応行動とは別の表

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現方法を に教育し、 の問題は徐々に軽減した。 は軽音部でのバンド活動や、 インター ネット・ゲームの作成に熱中していった。

は多くの時間を軽音部 (以下では部活と表記する) のバンド・メンバーのN君やZ君ら と行動を共にし、 「なんだかわからないけど面白い奴」 (中島, 2007) と、 それなりに受け入れ られ、 関係を築いていった。 は面接当初から切望していたことを遂に成就した。 しかし、

Z君に対する恋愛感情については、 距離を図りながら関係を作っていくことに困難が生じた。

は、 普通の女の子がそうするように後輩の女子学生に恋愛相談をするようになっていった。

さらに、 ネット上の友人とのチャットやメールのやり取りで、 自らの障害について告白し、 家 族や自分をとりまく周囲の人々についての心情吐露がなされた。

Ⅲ. 面接の経過

( の発言を 「 」、 の発言を< >、 視覚的手がかりを [ ] と表記する)

第7期 #60〜89 (X+4年4月〜X+5年3月)

#60、 は就活を始め、 自己紹介文や履歴書用写真を持参した。 自己紹介文には、 主語が 抜け、 自分の思いや考えよりも事実について書く傾向が見られた。 履歴書用写真は、 の助 言に従い、 薄化粧でスーツを着用していた。 は、 就活の対処本を読むこと、 父親に相談す ることを勧めた。 は が就活を支援するのが嬉しそうだった。

は校医が勤務する病院に定期的に通院しており、 は校医と について話し合った。

#61、 遅刻した に、 事前連絡をするよう話した。 また、 は就活には家庭内支援が不可 欠であると考え、 父親面接の希望を から伝えてもらうことにした。 が面接を控えていた ため、 電話の応対を 視覚的手がかり (中島, 2005) を用いて練習した。 は、 [○月×日 に面接に伺うAと申します。 どのような交通経路で行けばよろしいでしょうか (メモをとる)。

○駅からの所要時間はどのくらいでしょうか (メモをとる)。 わかりました。 どうもありがと うございました。 失礼致します] と提示して読んだ。 すると、 は小学生のようにすぐ後か ら大声で復唱した。 また、 出発時刻を自室のドアに貼ること、 面接前日は予定を入れないこと、

パソコンに向かわず就寝することを 視覚的手がかり を提示して約束させた。 面接時の服装、

髪型や化粧についても念入りに打ち合わせた。

#62、 は、 とってつけたような不自然な笑顔で 「こんにちは」 と来室する。 店員の 「笑 顔」 を参考にしているらしい。 話の合間にも不自然な 「笑顔」 を挿み は吹き出してしまう。

また、 鞄から書類を取り出すのに時間を要するような不器用さが際立った。 しかし、 の助

言に従い、 対処本を読み、 父親に相談していた。 はパソコンに精通しており (中島, 2003,

2005, 2007)、 コンピューター関連の企業への就職を希望していた。 しかし、 両親は賛成して

いないようだった。 部活のバンド・メンバーのN君 (中島, 2007) は内定を取ったらしい。 面

接の練習では、 ①ノックして入室→②一礼して椅子の側まで行く→③ 「どうぞ」 と言われたら

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「失礼します」 と言って座る→④終わったら立ち上がり 「ありがとうございました」 と一礼→

⑤ドアのところで一礼して退室、 という一連の動作を繰り返し行った。 また、 面接の回答内容 をチェックして修正し、 暗記させ、 予行演習を行った。

#63、 は就活に勤しんだ。 だが、 面接では予想外の質問には的外れな回答が多かった。

たとえば、 「うんちく」 を語るよう言われた際に自分の特技について話し、 「それがうんちくで すか」 と指摘されていた。 「準備をかなりしてきたのですねと言われて はい と返事した。

不十分だったけど準備はしたので。 履歴書通りに言おうとしたら 履歴書通りでなくていいで すよ と言われた。」 は予想外の質問への対処として、 [今思い当たることはないのですが、

答になっていないのですが (と断わって話す)] と 視覚的手がかり に提示した。 は 「否 定的な意見ばかりが気になる」 と、 モチベーションは上がらなかった。

#64、 父親面接を行った。 父親は 視覚的手がかり を貼る等の家庭内支援はあるが、

の方にやる気が見られないという。 の希望業種に反対しているという話はされなかった。

しかし、 就職後にまで心配が及び、 の障害に対する父親の葛藤が見え隠れした。

#65〜66、 は就活を続行した。 父親は、 「仕事というのは言われたことをきちんとしない といけない」 と言うだけで助言はしてくれないと訴える。 久しぶりに自作のインターネット・

ゲームの企画書を持参していた (中島, 2005)。 中学生集団が戦う内容だったが、 「嫌いな人を 完全にやっつけてしまうのではなく、 機転をきかして、 平和的に丸く収めるストーリー」 だと 話す。 は、 このようなコミュニケーションによって、 今後、 社会で生きていこうと努力し ているのだろうか。 そう思うと は目頭が熱くなった。 <感動した>と告げると、 は恥ず かしそうに俯いたが、 とても嬉しそうだった。

#67〜68、 は部活の合宿に行くという。 「必要なんです!気分転換に。」 <気分転換が必 要なんだ>と が応えると は頷いた。 しかし、 は筆記試験でも落ち続けていた。 この 期に及んで自分は文系で理工系は苦手だったという。 「結局なにも向かないということじゃな いですか!どれをとっても中途半端!」 と は憤慨した。 しかし、 の助言に従い、 学内の 就職相談室で相談し、 筆記試験用問題集をやり始める等、 諦めずに就活を続けた。 は [今 は就活に打ち込むのが大事。 就活をやり遂げましょう] と激励した。

#69、 は 「やらなければならないことは就活だけではない」 という。 は [できること はしてきましたよ] と 視覚的手がかり で労った。 そして、 [今までしてきたことを今後に 生かせばよいのです] と慰めた。 [ゲームでカッコイイこと言っても実際には中々うまくいか ない。 それが現実で、 その中で生き残っていかなければなりません。 現実に生きている以上、

仕方ないことなのです]、 [いかに 「機転をきかして」 生き残るか] と、 がゲームで使って いた言葉で励ました。 は 「読んでくれてないと思った」 と、 うな垂れた。

後日、 校医から、 が来院し、 内定が取れないことを母親にとがめられたと、 酷く怒って

興奮し、 ゲームの話を次々として、 終われなかったことが伝えられた。

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#70、 遅刻して来室。 落ち着いていたが、 就活は頓挫していた。 夏休みは、 母親に言われて、

料理、 洗濯や庭の草刈り等の家事を手伝い、 新しいベッドを買ってもらい部屋の大掃除もした という。 両親は、 の希望業種とは異なる業種を勧めているという。 <あなたはどう思 う?> 「わからない。 (両親の進める業種は) 安定しているとは思う。」

翌回は無断キャンセル。

#71、 から予約時刻を過ぎて電話がある。 「あの…交代は出来ませんか。」 <交代?>

「いえ…なんでもないです。」 空き時間に来れるか尋ねると、 「はい」 と応えた。 しかし、 20分 遅刻し、 口数少なく表情も暗かった。 は電話連絡を褒め、 視覚的手がかり を提示した。

[大事なことは紙に書いて目につく所に貼りましょう]、 [卒業するために卒論を仕上げましょ う]、 [就活もチャンスがあればやりましょう]。 また、 [へこまず ・・・・

に、 やらなければならない ことはやり遂げましょう] と励ました。 は徐々に元気を取り戻した。

校医からは、 が予約を無断キャンセルしたこと、 「また突然現われて、 受付と揉めるかも しれない」 ことが伝えられた。

#72、 は面接官に、 「好きなことは笑顔で話すが嫌なことは嫌な顔をしている。 対人コミュ ニケーション能力に不安がある」 と指摘されていた。 「会社に入って何かをするのが苦手とい うより、 やりたくないと思われたかもしれない。」 は、 [頑張って務めたいと思います]、

[上手く応えようとして深刻な表情になったかもしれませんが嫌な質問をされたとは思ってお りません] と 視覚的手がかり で助言した。 は、 「でもそれは、 嘘 (大声) になる」 とい う。 は面接対策が 「難しいことでもないのに頭に入り難い。 本当はもっと他のことがした いんじゃないか」 と話す。 また、 インターネット・ゲーム関連の集いで知り合った企業の人か ら、 面接に来るよう連絡があったが、 業種や遠方であることから、 両親の賛成を得られそうに ないので行かないという。

#73、 20分遅刻して来室。 は就活もせず、 卒論も書いておらず、 単位修得の問題も浮上 した。 欠席が目立つグループ・ワークを行う授業については、 「迷惑をかけるからやりたくな い。 迷惑というのは誰でもかけるけど、 私の場合は極端だから」 という。

#74、 は自信を失くしている に、 ユーモアを交えながら (中島, 2005)、 卒論の進め 方を具体的に助言した。 <皆、 スゴイものを書こうとするから>と言うと、 は 「スゴイ学 者の論文みたいに?」 と前のめりになり両手を打って大笑いした。 「友達に卒論の状況を聞い たらヤバイと言っている。」 <ちょっと安心するね>と応じると頷く。 また、 が良い友人に 恵まれたと言うと、 恥ずかしそうに俯く。 授業ではグループ・ワークに参加することになった という。 は今の ならできると励ました。 さらに、 卒論を書いていないことを担当教官の C教員に言わないようくぎを刺し、 <びっくりするよ。 また毛が1本抜けるかも>と言うと、

は屈託なく笑う。 そして、 [年末年始に卒論を書き上げる]、 [ゲーム製作は禁止] の2枚の

視覚的手がかり を自室のパソコンに貼るよう渡した。

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後日、 の卒論と単位修得について、 C教員と話し合った。 C教員は が1年生からのチュー ターであり、 良き理解者の一人であった。 翌年は留学で不在になるため の卒業を心配して いた。 C教員によると、 は、 学内でパニックになる等既存の問題 (中島, 2003, 2005, 2007) も存在したが、 最近は自ら気づいて謝罪しているという。

#75〜77、 卒論提出までは電話で話すことにした。 は修正したくないらしく卒論を父親 に見せることを躊躇した。 は<何度も何度も修正するもの>と強調し、 直接父親にチェッ クを依頼した。 にメモを取るように言うと、 最初はメモをしている素振りをするが、 内容 が長くなると 「ちょっと待って下さい」 とメモを取る用意をする。 「憶えられる」 と思ったと いう。 は、 [卒論以外で使わない] と書いてパソコンに貼るよう指示した。 C教員は が 突然深夜に来て長居するとぼやいたが、 は卒論指導を受けられるまでになっていった。 校 医は、 「数日間でバーッと仕上げるのでは」 と楽観的だった。

#78〜79、 は年末年始に卒論を書き上げ無事提出した。 単位修得については、 教員への [事前交渉]、 [代替レポートの提出] 等の対策を 視覚的手かがり を用いて話した。

は、 C教員に、 各先生に事情を伝えて代替策をとってもらえるよう依頼した。

#80、 は卒業ライヴに出演するため部活に行っていた。 「継続してやらなきゃいけないこ とに自信がない。」 は単位修得が先決と 視覚的手がかり を提示し、 パソコンの前に貼る よう指示した。 教員への [事前交渉] の練習では、 繰り返させると 「またあ!」 と怒り文句を 言う。 が練習の必要を説くと 「ああ、 義理人情の世界とか。 義理人情について書くレポー トがあって今みたいなことを書いた」 と納得した。 しかし再び怒り出し、 が説明するとい うことを繰り返した。 はなぜ怒るのか尋ねた。 「就活ならわかるけど、 関係ないから。 何で こんなことやらなきゃいけないのって。」 <テスト勉強すればいい?> 「そうですね。」 <意味 がわからずにやっていた?> 「しても無駄。 失敗したら落とされる。」 は、 交渉は結果に関 わらず行う意味があること、 卒業したい気持ちを伝えることが大事なこと、 それが伝わるよう に練習していることを説明したが納得しなかった。

#81、 電話すると提出課題ができておらず、 「疲れた」 と泣き声になる。 は、 <やらなけ ればならないことだから>と説得し、 <あなたはやればできるから>と励ました。

#82、 は課題を提出したが、 試験が残っていた。 はパソコンを必要以外で使わないよ う指示してきたが、 雑談から、 がインターネットを続けていたことが発覚した。 <約束を 破ったの?>と言うと、 は卒業ライヴの練習をせずに来たと怒る。 は単位修得が先だと 返した。 は 「なんでそうやって話を切ってしまうんですか。 ずっとずっと話したいことが あったのに。 なんで聞いてくれないんですか」 と座ったままピョンピョン飛び跳ねた。 は テスト終了後に聞くと言った。 は 「それじゃ、 だめなんです。 遅いんです。 もういいです!

もう部活を辞めます!」 と叫び、 ドアを思いっきり閉めて走って帰った。 は留守番電話に

次回は頭を冷やしてくるようメッセージを残した。

(8)

は数時間後に保健室に現れ、 保健室ナースに と喧嘩したと告げていた。

#83、 は何もなかったかのように定刻に現われた。 「相談したいことがあった。 就活や卒 論と重なって。 自己解決したこともある。 卒業してしまえばバラバラになる! (大声) ので。」

が卒業を固守したことについて尋ねた。 「どうせ切られると思っていた。 やらなきゃいけな いことが大事。」 <あなたはそう思ってない?> 「人って嫌なことから逃れようとしてしまう ことが無意識にある。 卒業したいというのは本音。 もう1年いたら来年すごく暇になりますよ ね。 いる理由はないと思っています。」 は卒業ライヴの出演を断っていた。 「参加したいの としたくないのと半々。 バンドを懐かしがるのは過去に縛られている。 将来が決まってないの に。」 <卒業ライヴに拘っていたのに?> 「たとえそうでもやらなきゃいけないことはやらな きゃいけない。」 しかし、 試験ができず、 もう卒業できないという。 は部活について、 「か りそめの気分を味わっただけでも良かった。 友達という認識と言われても、 ある人はその人を 友達と思っていても、 その人はそう思っていないこともあるわけで」 と話す。 は、 があ れほど切望し (中島, 2003)、 築き得た友情を、 大学生活の思い出としてこれからも大切にし て欲しいと伝えた。 終了時、 が付箋 (中島, 2005) は、 <もういらないね>と言うと、 「い や、 一応下さい」 と照れながら言った。

#84、 は課題を出し終えた。 母親に 「今頃 ( に) 相談したところで何になるの」 と卒 業が確定していないことで叱られたという。 N君は 「通してくれる」 と言ってくれたらしい。

唐突に、 「卒業してからの友人はあまり楽しくないのですか?個人的に親しくなったりしない のですか?」 と聞く。 はN君に卒業ライヴに出演するよう誘われていた。 は が楽し めばよいと勧めた。 「それだったら自己満足だから。」 <自己満足でいい。> は黙って俯いた。

がN君に花をプレゼントするよう提案すると、 「そういうことしたら変な気持ちを抱いてい るんじゃないかと思われる」 と声を張り上げて否定する。 <N君はそんな人?バンド・メンバー のおかげで楽しい大学生活を送れたのでは?会えなくなるけど、 楽しかった、 今までありがと う、 と伝えたら?> は、 再び尋ねた。 <N君はそんな人?> は首をぷるぷると横に振っ た。 は、 が 「やらなきゃいけないこと」 を達成したことを褒め、 卒業ライヴ、 ゲーム製 作、 好きなことをすればよい、 話したかったことを話せばよいと伝えた。 「何の話から始めよ うかなあ」 と、 は嬉しそうに考えた。

#85、 留学から帰ってきたバンド・メンバーのZ君は、 の自作ゲームにZ君に似た 主人公

ヒ ー ロ ー

が描かれていたことで怒ったらしい (中島, 2007)。 は、 「Z君に花を贈るのをやめ ようかな。 変にとられたら嫌だから」 という。 は<そんなことしたら、 Z君、 ひねくれる よ>と、 ユーモアで応じた。

後日、 時間確認の電話をしてきた が鼻声だったので、 の風邪がうつったのではと心配

すると 「そんなんじゃない!」 と否定する。 しかし、 が<卒業おめでとう>と言うと、 「な

んで知っているんですか!」 と訝り、 C教員から聞いたことがわかると納得する。

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#86、 両親は卒業について、 「そう良かったねという感じ。 あまり喜びを表現しない。 でき て当り前。 できなかったら叱られる」 という。 卒業ライヴでは、 バンド・メンバーに花を贈り 喜ばれたという。 Z君は留学のお土産を配り、 には 「好きだろ」 と言ってお気に入りの楽 器カタログをくれたらしい。 はZ君に 「色々聞きたかったけど聞けなかった。 なんとなく 言い難そうにする。」 <そう感じる?> 「迷惑かけた回数が一番多い人かも。」 アルバイトは下 車駅を間違えて集合場所に行けず解雇されていた。 両親と話し合い、 卒業後は希望業種を目指 し、 独学で資格を取るという。 は、 就活は良い経験だったが、 が興味を持てない仕事に 就く困難さと、 それを周囲の人に理解してもらう困難さを感じたことを話した。 も同じ思 いのようだった。

#87、 遅刻の電話があり、 が別の時間を指定すると、 元気に 「はい」 と返答する。 部活 の飲み会で朝帰りだったらしい。 両親は就活を勧めるが、 当座はアルバイトをするという。 相 槌をうつのが下手で、 皆が話していることと関係ないことを話したりするので、 女性アナウン サーの話し方を参考にしながら、 余計な話をせずに聞くことにするのだという。 は がN 君の注意を素直に聞いていたことを思い出し (中島, 2007)、 <努力家>と褒めた。 しかし、

「よく頑張ったと思います」 という には、 独語が頻繁に見られた。

#88、 電話で時間変更を尋ねられたので、 は時間を伝え、 来るよう言った。 は座るな り怒り出す。 「なんで先週話を聞いてくれなかったんですか!嫌なことがあったのに!」 部活 の飲み会でN君が のものまねをしてからかったのだという。 「場の空気を読んで、 それ以上 はやめてと冗談半分で言った。」 結局、 が一番話したかったことは、 Z君ともっと上手く話 したかったということだった。 終了を告げてもZ君の話を繰り返し続けた。 は次回面接の 時間を間違えないよう注意して打ち切った。 すると は立ち上がり、 自分の傘をソファに投 げつけ、 「なんでわかってくれないんですか!」 と怒って歩き回った。 がZ君に対する思い を書いてくるよう提案すると、 の目が見開き表情が変わる。 は、 Z君もカウンセリング も卒業しようと伝えた。 は 「そうですね。 将来の不安と言ってもそれはこれから自分で考 えていかなければならないことだし」 と呟いた。

#89、 は遅刻して来室。 時計を見せて時間が少ないことを断ると、 「電車が遅れたのに何 で!」 とソファに座ったまま地団太を踏む。 は前回のようなことは、 <社会人になったら してはいけません>と何度か繰り返した。 そして、 <あなたには色々な事を教わった。 ありが とう>と礼を言うと、 は胸が一杯になった。 は怒りを鎮めた。 お別れの握手をすると、

は俯いたまま 「花を買ってくればよかった」 と呟いた。 立ち上がらない を は黙って 待った。 がドアの外に出たとき、 は<さようなら>と言い、 は小さな声で 「ありがと うございました」 と言って頭を下げた。 は校医が継続して診てくれることになっており、

もフォローアップしていくつもりだったが、 それは告げなかった。

後日、 は保健室ナースに に宛てたお礼の手紙を預けていた。

(10)

は、 卒業後もしばらくは大学の部活にやって来た。 その後、 両親の勧める業種の専門学 校に通って資格を取り、 就職を果たした。 からは、 近況を伝える便りが届く。 は校医と 共に見守り続けている。

Ⅳ. 考察

1. の学生の就職活動について

学生相談室の支援活動が、 「卒業後を見据えた学生生活における大学内支援活動」 (中島, 2003, 132) とするならば、 は新卒採用を果たせなかったのだから、 就活への支援は失敗 だったことを認めざるを得ない。 以下では、 その敗因と、 卒業後に可能となった就労の要因に ついて考察する。

普通者として就職することで生じる問題

は、 他の学生と全く同じ土俵に立って就活を行わねばならなかった。

杉山ら (1996, 1999) と杉山 (2001) は、

の青年の就労困難に起因する、 二つの問 題を指摘している。

まず、 対人関係技能

ス キ ル

の問題である。 のように知的障害を伴わない場合、 通常教育を経て、

普通者と 「競争して就職する必要」 (栗田, 1999) に迫られる。 そして普通者として就職すれ ば、 彼らの対人関係技能

ス キ ル

や社会性についての障害は 「公的には認められず」 (前傾, 1999)、 仕 事の中で登場する多彩な対人的交流が要求される。 しかし、 のなかでも のような 「積極 的奇異型」 (杉山, 1995) は、 職場の対人関係における 「 定式化されたルール と 暗黙のルー ル 」 (山崎ら, 2009 ) の理解に難が生じる。 また、 の青年は、 基本的な対人関係技能

ス キ ル

や 社会性の獲得が不十分であるにもかかわらず、 本人にその自覚が乏しいという、 実力と認識と の間の隔壁

ギャップ

があるといわれている (小林ら, 1999)。 は就活時にすでに、 会話の言い回しや 適切な振る舞いに支障をきたし、 想定外の質問に対しては的外れな回答が頻出していた (#62, 63, 72)。 「対人コミュニケーション能力に不安がある」 (#72) との指摘は、 普通者としての 水準では真っ当だったが、 は自分なりに精一杯努力していたので不採用という結果に非常 に傷つき、 憤慨した (#63, 67〜68)。

次に、 仕事能力そのものの問題である。 には興奮性・攻撃衝動の激しさと制御不全 (#

69, 71, 74, 82, 85)、 癇癪 (#67 68, 88, 89)、 独語 (#87) のような社会性の障害 ( 1996 1998) が依然として見られた。 しかしながら、 自閉症の就労については問題行動の有無 やその制御が必ずしも就労の前提条件ではないとされ、 むしろ、 職場適応はどれだけ仕事がで きるかどうかにかかっているとされている (杉山ら, 1996、 上岡, 1997、 上岡ら, 1999)。

の青年のように知的能力が正常以上の場合、 周囲から要求、 期待される作業能力も高

い傾向にある (杉山ら, 1994)。 彼らは、 普通者として仕事の完遂を求められる。 そこでは、

(11)

彼らの知的能力と作業能力との不一致が顕著になる。 彼らの有する 「執行機能 (

)」 不全は、 業務内容によっては作業効率が悪く、 低い労働力として評価される可能性 が高い。 「執行機能」 不全は、 物事を予測したり、 視点を変換したり、 多岐的に判断を下すこ とを困難にするといわれる。 つまり、 思考の柔軟性の問題である。 彼らには、 予定を組んだり、

それを臨機応変に切り替えたり、 仕事の片づき具合を見ながら別の仕事を行うといった時間的 判断を要する 「先読み」 能力の障害が想定されている。 また、 彼らは二系列の仕事を同時にこ なすのが苦手である。 過程が直線的な直列的作業では特性を生かせるが、 過程が多岐に枝分か れした並列作業には難が生じるのである。 知的能力が非常に高い人でも電話を聞きながらメモ を取るといったことが著しく不得手である。 は電話中にメモを取る素振りをした (#75〜

77)。 容易に嘘だとわかる言動も特徴的だったが、 メモを取ろうとしなかったのは、 実は並列 作業が苦手だったことが推測される。 仕事場面では、 このような の青年のもつ器質的 問題が前面に出てしまうのである。

以上のような問題は、 普通者として働く限りは当然要求されることであるが、 の青 年は、 それに適切に応じることができない可能性が高くなる。 また、 が嘆いたように (#

63, 72)、 の特徴が面接での応答や態度に表れると、 それは相手方に否定的に受け取 られてしまい、 不採用の確率も高くなることが推察される。

の特徴から生じる問題

が面接のみならず筆記試験で落ちることは にとっても想定外であった (#67〜68)。

就労においては、 就労希望者に、 職業に対する興味、 職業適性やその他の諸条件と職業を対 置し、 その総体的な関係が許容される範囲かどうかを判断する 「マッチング」 (梅永ら, 1991) が重要とされる。 自閉症者の場合、 適した職に就けば普通者と同等かそれ以上に働くことが可 能とされている (杉山ら, 1996)。 の青年にとっても職業選択は安定就労の決め手と なるといっても過言ではないだろう。 彼らに適した職業は、 対人接触が少なく、 あるいは高度 な対人関係技能

ス キ ル

を必要とせず、 一定の状態を維持することが可能で、 高い機械操作能力や視覚 的記憶力を生かせるような業種とされる ( 1998 2001)。 具体的には、 倉庫管理、 在 庫管理、 分類整理業、 図書館司書等があげられる (杉山ら, 1994)。 しかし、 の青年 の場合、 手に職をつければよいというわけではない。 彼らは、 勤労意欲の持ち方自体が独特で あるため、 普通者と同じ支援では成功しないとされる (山崎ら, 2009 )。 は、 面接対策が

「頭に入り難い」 (#72) と就活への興味が薄れていることを訴えた。 やりがいのある仕事に就

くことが精神面・経済面において満足した人生を送る原動力になるのは、 の青年に限っ

たことではない。 しかしながら、 興味の限局 (杉山, 1999) という特徴から逃れられない彼ら

が、 興味を持った仕事に就くということは、 その一般的な意味以上に重要な意味を持つのでは

ないだろうか。 「継続してやらなきゃいけないことに自信がない」 (#80) という言葉は単なる

(12)

弱音ではなく、 興味がないことを継続して行うことは困難、 という心底からの訴えだったのか もしれない。

の青年も、 就労によって社会における自分の居場所を見い出さなければならない社 会的存在である。 の青年は現実との隔壁

ギャップ

から挫折しやすく、 のような 「積極的奇異型」

は、 就職しても社会的予後は困難に満ち、 安定就労には程遠いとされている。 就活の職業適正 についての周到な検討は、 就活支援において必須であると考えられる。

支援方法をめぐる問題

就活で 「ハードルとなるのは面接」 (杉山ら, 1999) である。 も面接に苦戦した (#63, 72)。

筆者は、 まず、 自己紹介文、 履歴書用写真、 服装、 髪型や化粧について助言した (#61)。

次に、 は視覚的記憶が定着しやすいことがわかっていたので (中島, 2005)、 視覚的手が かり を活用した支援を試みた。 視覚的手がかり を電話の応対 (#61) や面接の練習 (#

62, 63, 72) に用い、 自宅でも使うよう指示した (#61)。 また、 対処本を読む、 学内の就職 相談室を利用する等の助言も行った (#60, 67 68)。 さらに、 筆者は、 就活には家族の協力 が不可欠であると考え、 父親面接によって家庭内支援を強化した (#64)。

結果として、 筆者が最も実感したことは時間不足であった。 の青年に対する就活支 援は、 就活が始まってからでは遅すぎるのである。 はアルバイトでさえ不採用が続き (中 島, 2003, 131)、 出勤日を忘れたり (中島, 2007, 32)、 集合場所に行けず (#86) 解雇さ れた。 遅刻常習者で、 最後まで面接時間を確保することもままならなかった (#61, 70, 71, 73, 81, 88, 89)。 筆者に与えられた時間は過酷なほど少なかったと言わざるをえない。

近年、 大学生の就活の始期は年々前倒しになってきている。 多くの学生は3年生で就活を始 める。 の青年は他の学生と横並びに就活をする場合、 普通者より早い段階で準備を始 めなければならない。 では、 いつ頃から始めればよいのだろうか。 普通者がそうするように の青年が、 部活を楽しみ、 仲間と遊び、 アルバイトもする場合は、 どうすればよいの だろうか。 殆どの大学では、 就職相談室が設けられ、 就活のための講座や個別支援が受けられ るように整備され、 キャリア支援が盛んに行われている。 も利用したが、 一般の学生以上 に特別な支援が受けられるわけではなかった。

人はみな平等な労働の機会および環境が与えられるべきであり、 障害のある人には個々に適 切な労働の機会および環境が与えられるべきであるという考えに異論を唱える人はいないだろ う。 しかしながら、 本邦では、 の大学生の就活に対する具体的・効果的な支援につい ては、 まだ十分に議論されていない。

辻井 (2005) は、 「発達障害者支援法」 (2004年制定) の意義を考えるうえで、 は

「最も典型的な障害」 であると述べている。 「発達障害者支援法」 における障害概念は、 典型的

(13)

な発達のあり方 (定型発達) と比して、 生得的な生物学的要因による非定型の発達 ( ) のあり方を想定している。 これまで発達障害児者は、 生来の発達障害に ついての無理解により早期療育から取り残されてきた。 従って、 二次障害 (虐待やいじめなど による精神障害) の合併により支援が始まることが少なくなかった。 発達障害児者は、 その障 害について正しく理解され支援されることによって、 就労という社会参加が可能となる。 「発 達障害者支援法」 では就労支援について明記されている。 そこでは、 「都道府県及び市町村は、

必要に応じ、 発達障害者が就労のための準備を適切に行えるようにするための支援が学校にお いて行われるよう必要な措置を講じる」 とされる。

このように、 発達障害者への就労支援は教育機関で行うとするならば、 そこには大学も含ま れてくるのではないだろうか。 現況では障害手帳を取得できない の青年

の職業的自 立に対して、 組織的・人的支援は不可欠である (梅永, 1997)。 筆者は 「 の支援を行 うとき、 学生相談室だけでは現実的に不可能である」 (中島, 2003, 134) と述べた。 今後は の学生の就活支援について、 大学が組織的に取り組んでいく必要があるのではないだ ろうか。 そして、 学生相談室は、 組織的支援が可能となるよう 「大学内連携

キャンパス・ネットワーク

の拠点」 (前傾, 2003, 135) として機能しなければならないと考える。

家庭内支援について

の就労に対して家庭教育が与えた影響は大きかったと思われる。

辻井 (1996) は、 の青年への支援と両親に対する支援要請の均衡を図らなければ功 をなさないどころか 「知らないところで治してくれる」 という期待を両親に生み出しやすいと 述べている。 の両親の場合、 に対する思いは複雑だったことが推測される。 は大学生 活の中で随分成長したと思われるが、 両親はそうは思っていないようだった (#62, 64, 65 66, 69)。 自閉症児の発達過程では多かれ少なかれ逸脱が生じ、 発達の仕方も円滑ではなく、

巧緻性や欠落といった不均衡が生じる。 の青年にも成長していく部分と、 器質的問題 によって著しく停滞する部分が存在する。 親は後者の部分にどうしても目がいってしまうのか もしれない。 目立った成果が認められないことへの不満や不信が (中島, 2005, 228, #84)、

障害を発見してしまった に対してあったのかもしれない。

の青年の就活支援では、 が両親の障害受容に至る心理過程に寄り添い、

に対する理解や現実的支援について、 本人と両親の希望を具体的に話し合って進めていくこと が理想的だと思われる。 しかし、 本事例ではそれは困難だった。 筆者は当初から親面接に積極 的で (中島, 2003, 131)、 就活支援も親との共同を図ろうとした (#64)。 しかし、 の障 害にかかわる抜本的問題について話し合われることはなく、 両親の障害受容については定かで はない。 両親にとって学力的問題のない の障害受容は、 その必要に迫られたものでもなく、

極めて困難だったことは確かである。 両親は、 あくまでも普通者として が就労可能な業種

(14)

を望んだのだろう。 は、 卒業後、 両親の勧める業種に就職した。 自閉症者は親の忠告を素 直に受け入れる傾向があり ( 1997)、 それは にも顕著だった (中島, 2003, 130、

#70, #72)。 は反発もしたが、 基本的には従順だったため、 両親の勧める業種を徐々に受 け入れていったことが推測される。

の両親は、 専門機関を訪れるも障害判定のなかった を普通者として育ててきた。 怠惰 で変わっている我が子に対して、 普通者ができること (時間を守る、 他人と合わす等) ができ るよう教育してきた良識人である (中島, 2003, 131)。 上岡 (1997) は、 自閉症の就労者の 殆どが基本的生活習慣や家事の家庭教育がなされており、 就労には家庭教育が少なからず影響 すると述べている。 自閉症児者の考え方は母親の考え方と重なる部分が多い (片倉ら, 1996)。

母親は、 普通の母親がそうするように に家事の 「お手伝い」 (杉山ら, 1994) をさせた (#

70)。 大学生は皆やっていることとして、 有意義な 「対人関係の経験」 (杉山ら, 1999) ができ るアルバイトを勧め続けた。 また、 「仕事というのは言われたことをきちんとしないといけな い」 (#65 66) という父親の考え方を が取り込んだ可能性も否定できない。 このように、

愛情に裏付けされた (#70)、 常識的視点で育てられた成果は過小評価できないと思われる。

の父親と同様に、 筆者が最も憂慮したのは安定就労であった。 不器用で (#62)、 正直すぎ る (#72) が、 興味を持てない仕事に就くことには大きな不安があった (#86)。

の青年は、 職場では 「自分なりの工夫」 をしながらやっていくが、 「アクシデント」 に対する 動揺が大きいため理解者の支援が必要とされる (杉山ら, 1999)。 のような積極的奇異型は、

愛着形成不全で自他の重なり合いの体験が不十分 (=超自我が未形成) なことが多いとされて いる。 しかしながら、 については、 両親の現実的支援のみならず、 就労に至るまでの家庭 教育の成果が に内在化され (=超自我が形成され)、 就労における心理的支援になっていた ことが推察される。

2. 卒業という別離

心の時差 について

は、 卒業は部活の卒業でもあるという現実を受け入れる態勢がなく、 受け入れるために は時間を要したのだと思われる。 部活のバンド・メンバーは、 行動を共にし、 自分を気遣って くれ、 心配してくれ、 相談にのってくれ、 世話をやいてくれる、 にとって初めての仲間だっ た (中島, 2007, 37)。 は、 他者と繋がりたいという強烈な欲求から (辻井, 1996)、 仲間 との関係が永遠に変わらず続くような錯覚に陥っていたのかもしれない。 卒業後、 もう後輩し かいない部活にやって来たのは、 卒業して 「バラバラ」 (#83) になったバンド・メンバーと は、 心の時差 が存在していたのだと思われる。

筆者は、 <大学の友人は一生の友人> (中島, 2007, 32)、 良い友人に恵まれた (#74)、

<バンド・メンバーのおかげで楽しい大学生活を送れた> (#84) と、 の友人関係を支持

(15)

した。 の青年は、 成人の価値観に似通っており、 友人関係を理知的な範囲に止める傾向が あるとされる ( 1998 2001)。 の場合は、 理知的な範囲に止めようとしても、 内か ら込み上げてくる感情的なものに覆われてしまうといった内的葛藤が繰り返しあったことが推 測される。 過去に体験したいじめ (中島, 2005, 233) とは異なる、 親しい友人からの不快 なからかい (#88) という両価的感情

ア ン ビ バ レ ン ス

に引き裂かれ、 そのつど対処を考え、 「自己解決した」

(#83) のではないだろうか。 また、 現実に迫り来る別れを予測できないわけではなかったた めに (#82, 83)、 その受け入れ方に戸惑い、 不安定性が強化されたのだろう。 このように、

自己破壊不安に直面しながらも到達した 「ある人はその人を友達と思っていても、 その人はそ う思っていないこともある」 (#83) という視点の転換には、 知的に高い が試行錯誤してき たゆえの心理的成長が表出しているのだと思われる。

しかし、 Z君に関する自分では扱いきれない情況下になると、 興奮性・攻撃性の激しさと制 御不全、 独語が出現した (#87, 88, 89)。 はZ君に対して持ってはいけない 「変な気持ち」

(#84) を断ち切れず、 そういった気持ちを上手く言語化できない自分をもどかしく感じてい たのではないだろうか。 の人は、 自分が好きなら相手も自分と同程度の気持ちを抱いてい ると思い込み、 自分とは異なる相手の気持ちが理解できないことがある。 このような場合に、

自分の気持ちを上手く表現できないことで共感性を欠くといわれるのである ( 1998 2001)。 従って、 Z君との別れは、 にとって自分が一方的に好きでもどうしようもできない こととはどういう事かを 体験する 絶好の機会

チャンス

であったと思われる。 とはいえ、 大学生活で の甘酸っぱい思い出として、 というのはやはり幼すぎる体験であろう。 ここでも、 「普通なら 小学生で体験するような事を大学生で体験する」 (中島, 2007, 37)、 というような 心の時 差 が存在していたのだと思われる。

との別れ

筆者は、 卒業は、 にとって別れたくなくても別れなければならないことがあるという事 を 体験する 好機であると考えていた。

まず、 は別離に対して、 「将来の不安と言ってもそれはこれから自分で考えていかなけれ ばならない」 (#88) と知的理解を示した。 しかし、 だからといってどうすればよいのかはわ からなかったのだろう。 の生来の対人相互交渉の質的障害が ( 1996)、 不連続性 (#83) や興奮性・攻撃性の激しさ (#88, 89) といった行動上の問題として表出した。

また、 コミュニケーション障害や想像力の障害 (前傾, 1996) による、 卒業論文 (以下では 卒論と表記する) や単位修得の問題も浮上した (#73)。 しかし、 これらについては、 学生相 談室が大学内連携

キャンパス・ネットワーク

の拠点として機能したのではないかと思われる。 筆者は、 校医に相談し (#

75〜77)、 C教員 (#74, 75〜77, 78〜79, 85) や保健室ナース (#82, 89) と情報交換し、

の父親に家庭内支援を依頼した。 勿論、 円滑に支援が運んだわけではなく、 一生懸命支援する

(16)

ほど疲労感を覚えることも多かった。 は、 興味の限局や自閉的ファンタジーから解放され ることはなかったからである (#67 68, 69, 71, 72, 73, 74, 75 77)。 しかし、 まず情緒的 な働きかけがあり、 言語的成果はその後からついてくるものである。 筆者は、 文句を言ったり、

意気消沈して弱音を吐く を、 ユーモアを交えたコミュニケーションで笑わせながら、 励ま し、 褒め続けた (#71, 74, 81, 84)。 は、 就活においては の支援を嬉しそうに受け入 れ、 の助言に従った (#60, 61, 62, 67 68)。 そして、 卒論や単位修得では意志低下は頻 繁だったが、 [やらなければならないこと] (#71, 81)という が繰り返した言葉は、 の 言葉として発せられるようになった (#83)。

の青年は、 「ある種の信頼関係」 (山崎ら, 2009 ) においては、 彼らなりに応えてく れるようになるという。 「自分を一番理解してくれている」 (中島, 2003, 131) という の 発言や友人とのチャット記録から (中島, 2007, 35)、 と筆者には当初からラポールが形 成されていたことが推測される。 それは、 大学に至るまで理解者に恵まれなかった の方に、

何よりもまず信頼できる人間関係が必要だったからではないだろうか。 はその信頼関係を 基盤として、 友人関係を育んでいったのだと思われる。 また、 専門家として常に一定の態度を 保持した という存在は (中島, 2003, 2005, 2007)、 に、 それまで体験したことのない ような安定感をもたらしたのではないだろうか。 もちろん十分ではなかったとは思われるが、

そのような安定感を得たことにより、 は、 部活、 恋愛、 アルバイトや就活と、 次々に挑戦 し続けることができたのではないだろうか。 辻井 (1996) は、 の青年には、 「不安に 揺るがされてもて余したりもしながら、 しっかりと探し求めていく姿がある」 と述べている。

卒業という別離は、 にとって乗り越えなければならない試練だった。 しかし、 は大学生 活においてそれが可能な程度の成長は遂げていたと考えられる。

Ⅴ. おわりに

の一事例に対する報告は本稿で終結する。

本報告は、 の学生に対する学生相談室の支援活動という研究の端初である。 一連の 報告においては、 紙数の許す限り詳細に事例を提示し、 そこでの課題に考察を加えた。 その目 的は、 の学生を正しく理解することに尽きるであろう。

学生相談では、 限りある時間の中で最大限の支援を求められる。 の学生が、 大学生 活において、 青年期の若者らしい体験を思い存分堪能するための支援活動は、 現実には容易な ことではない。 しかし、 彼らがそれを求めて訪れるのだとするならば、 学生相談室にはそのよ うな支援が可能となるべく高い専門性が求められているのだと考えられよう。

付記

本事例は学生相談学会第25回大会で発表したものである (日本学生相談学会第25回大会発表

(17)

論文集, 2007, 58)。 本事例についてご助言を賜りました西神戸医療センターの高宮静男先 生に深くお礼申し上げます。

) 近年、 自閉症、 アスペルガー症候群や特定不能の広汎性発達障害等の広汎性発達障害を連続体の一 要素として捉え、 自閉症スペクトラム障害 ( ) と表記されることが 多い。 筆者はこれまでの一連の論文と統一してという表記を用いる。

) は、 がバンド・メンバーとの会話で使用する語 (中島, 2007, 32) を取り入れた。

) の青年は障害手帳を取得し、 障害者として生きるべきという意味ではない。

文献

1998 !" #$$#$%$&' ()*(冨田真紀他訳 1999 ガイドブック アスペルガー症候群親と専門家のために. 東 京書籍.)

$$ 1997 +, ", ! +*!!'(久保紘章他訳 2000 閉症 成人期にむけての準備. ぶどう社.)

片倉信夫・杉山登志郎 1996 自閉症者を支えるために 共感への新たなアプローチ, 特集 自閉症, ,$'10, 青土社.

上岡一世 1997 自閉症者の就労に関する研究 就労事例の検討を通して , 特殊教育学研究, 34(5), 29-36.

上岡一世・阿部修 1999 自閉症者の職場適応に関する研究 企業就労者の実態調査 , 特殊教育 学研究, 36(5), 33-39.

小林隆児・財部盛久 1999 アスペルガー症候群の治療 心理社会的アプローチを中心に , 精神 科治療学, 14(1), 53-57.

栗田広 1999 総論 アスペルガー症候群 , 精神科治療学, 14(1), 3-13.

中島暢美 2003 高機能広汎性発達障害の学生に対する学内支援活動 アスペルガー障害の学生の一 事例より , 学生相談研究, 24(2), 129-137.

中島暢美 2005 高機能広汎性発達障害の学生に対する学生相談室の支援活動 アスペルガー障害の 学生に対する教育的面接過程 , 学生相談研究, 25(3), 224-236.

中島暢美 2007 高機能広汎性発達障害の学生に対する学内支援活動 アスペルガー障害の学生にとっ ての友人関係の意味について , 神戸山手大学紀要, 9, 29-41.

杉山登志郎・高橋脩 1994 就労に挫折した自閉症青年の臨床的検討, 発達障害研究, 16(3), 198-207.

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杉山登志郎・辻井正次 1999 高機能広汎性発達障害 アスペルガー症候群と高機能自閉症 . ブ レーン出版.

杉山登志郎 2000 発達障害の豊かな世界. 日本評論社.

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(18)

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1996 (久保紘章ら訳 1998

自閉症スペクトル. 東京書籍.)

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山崎晃資・石井哲夫・神保育子 2009 自閉症スペクトラムの人々の就労問題, 特集 自閉症スペクト ラムの人々の就労問題, 精神療法, 35(3), 306311.

参照

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