• 検索結果がありません。

保険金支払漏れに見る保険経営の 特殊性と課題

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "保険金支払漏れに見る保険経営の 特殊性と課題"

Copied!
20
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

保険金支払漏れに見る保険経営の 特殊性と課題

岩 瀬 泰 弘

■アブストラクト

保険金支払漏れは保険事業が自由化以降抱える本質的な問題が表面化した ものである 。第一は保険特性の問題である。独占的競争市場における安易 な類似商品の開発は,業界全体の商品ブランド価値を低下させ消費者利益を 置き去りにする。第二は過度の株主重視経営の問題である。経営目標として 過度にROEを追うことは,利益優先による人員削減がもたらすコーポレー トガバナンス機能の低下や募集態勢の脆弱化のみならず,縮小均衡経営によ る純率精度の低下を引き起こす。第三は経営者の意識改革の問題である。金 融の自由化が進む中,今後保険業界が健全なる発展を遂げるには,資産が抱 えるリスク量の適正な把握と,それに対する負債と資本の適切な管理および 効率的な運用を図ることが求められる。

これらの課題を克服するには, 資本コストを意識した経営管理指標の導 入 と,それを支える 料率秩序の再構築 が急がれる。

■キーワード

保険の特性,資本コストを意識した経営管理指標,料率秩序の再構築

*平成19年10月27日の日本保険学会大会(桃山学院大学)報告による。

/平成20年1月31日原稿受領。

1) 本稿は主に損害保険事業について論じたもので,生命保険事業には必ずしも 当てはまらない箇所がある事をあらかじめお断りしておく。

(2)

Ⅰ.問題の所在

表1−1は保険金支払問題の経緯を時系列で表したものである。保険金支 払問題は2005年2月のMY生命の死亡保険金不払に対する金融庁の行政処 分により始まる。その後2005年10月に生保39社の再検証が行われ,生命保険 会社に対する調査は一端終結する。

次に,損害保険会社においては自動車保険の付随的な保険金(臨時費用保 険金等)支払漏れが焦点となり,2005年11月に損保26社に業務改善命令が出 された。その後2006年8月に再調査命令が出され,2006年11月の再々調査命 令を経て,2007年4月に損保大手6社累計で38万件,294億円の支払漏れが 報告されている。この間,生命保険会社においては2007年2月に生保全社に 対し未払調査報告命令が出され,2007年4月に44万件,359億円の未払が報 告された(未調査170万件)。さらに2007年10月の最終報告では120万件,910 億円の未払が報告されている。

こうした一連の動きを見ると,ここまで多くの支払問題が発生しているこ とは単に保険会社の経営管理態勢,顧客に対する説明態勢,商品開発態勢,

支払管理態勢の不備によるものだけでなく,保険事業の構造に何らかの要因 があると考えざるを得ない。

本稿は保険金支払問題を保険事業が自由化以降抱える本質的な問題である と捉え, 保険の特性 , 過度の株主重視経営 および 経営者の意識改革 の3つの視点から考察を行う。

(3)

Ⅱ.保険特性の問題

表2−1は保険の市場特性,商品特性および事業特性をまとめたものであ る。これらは他事業には見られない保険経営に本質的なものであり,経営行 動における様々な特殊性がそこから派生する。

表1−1 保険金支払問題の経緯

時期 対象 問題の概要 行政処分等の概要

2005年2月

2005年10月 生保 生命保険の死亡保険金不 払等

MY生命【業務改善命令】

MY生命【業務停止処分】

2005年11月 2006年5月 2006年6月

損保

自動車保険の付随的な保 険 金(臨 時 費 用 保 険 金 等)支払漏れ

損保26社【業務改善命令】18万 件,84億円の支払漏れ

SJ社【業務停止処分】自動車 保険

MS社【業務停止処分】自動車 保険,第三分野

2006年9月 損保

自動車保険の付随的な保 険 金(臨 時 費 用 保 険 金 等)支払漏れの再調査

損保26社(追加件数14万件,追 加支払漏れ103億円。累計では 32万件,188億円)

2006年12月 損保

火災保険の構造級別判定,

割引適用,保険金額設定 の不適切

損保30社(17社:12万件,62億 円の保険料誤り)

2007年3月 損保

第三分野の不払い

(告知義務違反解除,始 期前発病)

損保10社【業務停止処分および 業 務 改 善 命 令】(損 保21社:

5760件,16億円の不適切な不払 い)

2007年4月 損保

自動車保険の付随的な保 険 金(臨 時 費 用 保 険 金 等)支払漏れの最終調査

損保26社(大手6社累計:38万 件,294億円の支払漏れ)

2007年4月 生保 全社に未払調査報告命令

(2007年2月)

4 月13日(44万 件,359億 円,

未調査170万件)

2007年10月 生保 最終報告 10月5日(120万件,910億円)

(出所)金融庁ホームページ,日本経済新聞などを基に筆者が作成。

(4)

ここでは保険金支払問題と特に係わりが深いと考えられる 独占的競争市 場 および 乗合代理店の存在 について考察する。

保険の原価である純率は,大数(たいす う)の法則により母集団が大きくなればな るほどデータの統計的信頼性が増す。

より大きい母集団の必要性

通常の財・サービスに比べ過当競争に陥り 過当競争に陥りやすい やすい。

商品の在庫余剰・商品不足という問題は起 こらない。

供給の無限性

保険会社と販売専門家(代理店,営業職員 等)との間におけるエージェンシーコスト の存在。

情報の非対称性

品質の劣る財・サービスが多く出回り,品 質の良い財・サービスの取引が阻害される。

逆選択

保険に加入しているという安心感により,

気のゆるみが起きやすい。

道徳危険(モラルハザード)

現実的給付(保険金)を得られるのは購入 者の一部である。また購入者は価格(保険 料水準)を客観的に判断できない。

条件付の財

キャッシュフローの逆転。

価値循環の転倒性

隠された情報,隠された行動を引き起こす。

情報の非対称性

商 品特 性

外国社を加えても殆どの会社が同一・類似 商品を扱っている。

アウトサイダーが少ない。

保険会社には,銀行,証券のように地方保 険会社が存在しない。

ローカル市場が少ない

代理店手数料の高止まり。

乗合代理店,共同保険の存在

密接な代替財(類似商品)の存在。

独占的競争市場 市場

特 性

問題点等 特 性

表2−1 保険の市場特性,商品特性,事業特性

(出所)岩瀬[2007]を基に作成。

公共性が強い事業であるため規制を受ける ことが多い。

公的規制の存在

個別企業の事業の失敗は,国民の保険事業 全体に対する信用失墜に繫がりやすい。

信用の外部性 事

業特 性

(5)

1.独占的競争市場

料率の自由化(=算定会制度改革)により,同一商品・同一価格という商 品価格体系が崩れると,効率性に劣る保険会社は同一商品・別価格ではなく,

別商品・別価格により効率性に劣る部分をカモフラージュすることが多い。

その結果,商品内容や価格が少しだけ異なる商品が多く出回り,自由化以前 に比べると,保険会社が販売している商品は殆ど同質であるにもかかわらず 少しだけ補償内容が異なる 密接な代替財 が多くなっている。また,他社 との差別化を図る意味から,各社がそれぞれの商品にニックネークを付けた ことが代理店の混乱を引き起こしている。代理店の混乱は専属代理店よりも,

乗り合っている保険会社の数が多い有力な乗合代理店になればなるほどその 度合いが大きい。つまり購入者にとっては,自由化により商品選択肢の幅は 広がったものの,どの保険会社の商品が自分のニーズに合っているのかがよ く分からない。

保険会社は数多く存在する類似商品の整理統廃合を行うことが肝要である。

また他社追随による類似商品の安易な開発ではなく,真に顧客の利便性を考 えた新商品を開発することにより業界全体としての商品ブランド価値を高め る必要がある。独占的競争市場における他社類似商品(密接な代替財)の安 易な開発は,ブランド市場における商品の安売りと同様,商品価値の低下を もたらし消費者利益を置き去りにする。

2.乗合代理店の存在

日本の保険市場は独占的競争市場を形成しているが,この要因の一つに挙 げられるのが 乗合代理店 の存在である。このことが自由化による代理店 手数料の高止まりや料率(価格)ダンピングを招いている。

複数保険会社の 乗合代理店 は乗り合っている保険会社のうち顧客にと って最も有利な商品を提供しようという行動に出ることが多い。つまり 乗 合代理店 は,保険会社にとって採算性が悪い(予定損害率を大幅に超え る)商品で積極的な販売を行っていない商品であっても,あくまで顧客の有

(6)

利性を優先させ積極的な販売を行なう傾向がある。なぜならば,保険会社に とって採算性が悪い商品は,逆に顧客にとっては保険金の支払い機会がより 多い商品であるからである。保険会社は自由化以降,代理店に対し損害率に 応じた手数料体系を構築し,きめ細かく収益を管理している。しかしながら 自社専属代理店の場合は別とし, 乗合代理店 の場合は,まずは自社の商 品を販売してもらわなければ何も始まらないというジレンマがある。そのた め,ある程度の損害率には目を瞑り,他社との競争上,過分の手数料を支払 わざるを得ない。その結果,手数料はどうしても高止まりになり,手数料の 高止まりは事業費を圧迫し純率を食いつぶす。これは保険料の高騰に繫がる ため,長い目で見れば消費者の利益に資するとは言い難い。

Ⅲ.過度の株主重視経営の問題

日本の上場損保の外国人持株比率は1995年度15.9%であったものが2005年 度には31.6%と約2倍近くに増えている 。外国人投資家の増加に伴う過度 の株主重視経営は種々の問題を引き起こす。それは 人員削減の問題 , エ ージェンシーコスト(摩擦コスト)の問題 および ROEの問題 である。

1.人員削減の問題

保険業界はいわゆるリストラにより,1996年度から2005年度まで,生命保 険業界で96,725名から75,278名(内勤者:削減率22.2%),損害保険業界で は103,288名から79,565名(従業員:削減率23.0%)と,過去10年間で大幅 な人員削減が行われている 。

人員削減は,保険会社が自発的に行ったもの以外に,企業再生に伴い外国 人投資家によって行なわれたものがある。一般に外国人投資家が保険会社に

2) 岩瀬[2007]p.40を基に一部修正。

3) インシュアランス生命保険統計号およびインシュアランス損害保険統計号に よる。

(7)

資本を投下する場合,投資に先立ってデューデリジェンス(資産査定) が 行なわれることが多い。その場合,収入保険料や支払保険金といった数値は あくまで予測値であり確実に利益をもたらすものではない。そのため,確実 な利益実現に向けて人件費や物件費といった経費の削減が第一義とされる。

これはROEを経営管理指標としている限り避けることはできない(ROE の詳細は後述)。しかしながら,保険事業の場合は依然として販売網を抱え る現状を考えると,過度の人員削減は コーポレートガバナンス機能の低 下 のみならず 販売態勢の脆弱化 を招く。

⑴ コーポレートガバナンス機能の低下

企業再生に際し,従業員重視型経営と株主重視型経営の理念は時として激 しく衝突するが,経営者は人件費削減の観点より総合職の削減を求められる ことが多い。しかしながら,総合職の大幅削減は短期的な利益をもたらすも のの,長期的に見た場合はコーポレートガバナンスや負債の規律付けに関す る機能が低下する 。保険は知識集約型産業であり,企業は総合職の企業特 殊的技術の蓄積を正しく評価する必要がある。必要人員の確保のためにアル バイト社員や派遣社員を穴埋めに雇用したとしても総合職を代替するものに はならない。

⑵ 販売態勢の脆弱化

①人的ロイヤルティの減少

保険はインターネット販売や通信販売等,単に購入者の利便性だけを追及 すべきではない。保険は販売チャネルと一体となって初めて商品となる。保

4) Due(当然の,正当な) とDiligence(勤勉,精励,努力)を組み合わせた 言葉。資産評価手続を行なう際に,その資産価値や収益力,リスクを詳細に調 査することを言う。

5) 松浦克己[2001] 雇用削減と減配・無配の関係 フィナンシャル・レビュ ー 財務省財務総合政策研究所

(8)

険はリスクを引き受けるものであり,保険会社はリスクが限度を超えていれ ば引き受けを拒否することがある。しかしながら,その場合顧客に十分な説 明と理解を要する。つまり,保険は営業力の弱い 待ち の商売であるイン ターネット販売や通信販売等に基盤を置くものではなく,人的ロイヤルティ に依存する 攻め の営業にその基盤を置いている 。このことは,マーケ ティング理論においても同様である。需要に働きかける場合,通常の商品の 場合はエンドユーザーに力を注ぐプル戦略 が有効であるが,保険商品の場 合は代理店・営業職員等の販売協力者に力を注ぐプッシュ戦略 が有効であ る。

②リスクの選択や顧客ニーズに合った募集ができない

保険の場合は健全な制度運営のためには リスクの選択 が不可欠である。

料率の自由化(=価格競争)が進むにつれ,米国の例を見るまでもなく リ スクの良い集団にはより低い料率水準 , リスクの高い集団にはより高い料 率水準,引受拒否 と言う形で価格体系の変化が起きる。そのため保険会社 としては リスクの選択 が経営上の死活問題となるため募集体制の強化が より重要になる。

また,欧米では,顧客に対してどの保険会社を勧めるかは保険ブローカー の大きな業務の一つになっており,保険種類等に応じて 多少保険料は高い がソルベンシーやクレームサービスに優れた会社 と 多少保険料は安いが ソルベンシーやクレームサービスに劣る会社 を選別している。すなわち顧 客のニーズとリスクを,データを示しながら保険のアドバイスを行なってい る。今後ディスクロージャーの充実とともに契約者への情報提供がさらに進 むため,契約者に密着した保険募集が必要になる。

6) 生命保険文化センター[1996] 情報と商品選択 ,NO.6。

7) 広告を通して自社商品を消費者に訴え,指名買いを引き出し(=pull),消 費者から流通業者に対して自社商品を取り扱うようにする戦略。

8) 営業マンやセールスチームを流通業者や消費者に派遣する営業推進(=

push),あるいは流通業者に経済的メリットとなるインセンティブを提供する 戦略。

(9)

2.エージェンシーコスト(摩擦コスト)の問題

保険事業は金融市場リスク以外に保険引受リスクを引き受けているため,

摩擦コストが発生する。摩擦コストには, 財務上のコスト , 非流動性リ スクに係わるコスト および エージェンシーコスト があり(表3−1参 照),これらはすべて株主資本を損傷させるコストである。ここでは特に

エージェンシーコスト の問題を取り上げる。

保険事業の エージェンシーコスト は,株主と経営者の間,保険会社と 顧客の間のみならず,保険会社と販売専門家(代理店,ブローカー,外務 員)の間にも存在する。一般に保険会社は販売専門家を他の職務と切り離し 外部に擁しているが,それは以下の理由による。

①内勤社員に比べ,社会保険料や退職給与引当金等の固定費が不要である。

②特定の地域・顧客・マーケットとの密着度が強いため,人的関係構築の イニシャルコストが低い(ディーラー退職者を自動車保険の販売に活用 する等)。

③外部組織であるため労務管理の問題がない。

しかしながら金融業において,この販売形態は来店型販売を中心とする銀 行は言うに及ばず,証券業においても殆ど見られない保険事業特有のもので ある。

コーポレートガバナンスの観点から言えば,加重された エージェンシー コスト は摩擦コストを増大させ,摩擦コストの増大は株主資本の損傷を招 く。これは経営者の責任として重くのしかかるが,加重された エージェン シーコスト がどの程度株主資本に影響を与えるかについては,筆者の知る 限り未だその対策はなされていない。

(10)

3.ROE の問題

図3−1は自由化以降を検証期間とし,目標ROE(経営者が主体的に設 定する株主資本コスト率)を変数とした場合のEVA の変化を表したもの である(損害保険事業の場合)。この図で明らかなようにROEには一定の 限界がある。経営目標としてROEを過度に追うことは 純率精度の低下 および 過小資本による経営の不安定化 を引き起こす。

表3−1 保険事業の摩擦コスト

種 類 特 徴

財務上のコスト

保険事業の投資戦略は政策投融資や政策保有株式が多 い。これは財務取引先が保険取引先であることと深く 関係している。そのため保険の販売によって財務上の リスクを増大させる。

非流動性リスクに係わ るコスト

保険事業は公共性が強く規制が多い。そのため最低水 準の資本を維持することが要求される。資本が固定化 され流動性が喪失すると,多くの非流動性金融資産を 抱えることになり追加コストが発生する。

エージェンシーコスト

保険事業は,株主と経営者の間,保険会社と顧客の間 のみならず,保険会社と販売専門家(代理店,外務員 等)の間にも情報の非対称性が存在する。そのため,

他事業に比べ加重のエージェンシーコストが発生する。

(出所)Swiss Re[2005]および岩瀬[2007]を基に筆者が作成。

9) Economic Value Added(経済的付加価値)の略。資本コストの考え方を 採用した経営評価指標。米国のスターン・スチュワート社が商標登録をしてい る。

(11)

⑴ 純率精度の低下

現在,保険事業も他業同様ROEを経営指標としているが,ROEは 当 期利益÷株主資本 で表されるため株主資本を減少すれば自ずとROEは向 上する。しかしながら,これは保険事業本来の価値創造である保険引受契約 の増加によってもたらされたものではない。経営目標としてROEを過度に 追うことは縮小均衡の保険経営に繫がる。保険事業の原価である純率は大数

(たいすう)の法則がベースになっており,保険会社の経営が縮小均衡に陥 れば純率(原価)の精度が下がる。

⑵ 過小資本による経営の不安定化(ROEの矛盾)

保険経営の管理指標にROEを用いると矛盾が生じる。

保険会社は規制当局が要求する額よりも多くの資本を保有しているが,こ のバッファーのメリットは保険契約者の保護と経営の安定である。つまり,

経営目標として過度にROEを追うことは過小資本による保険経営の不安定 化をもたらす。一方,保険会社の過剰資本はROEという投資収益率を低下 させ,投資収益率の減少は保険料の高騰に繫がり保険契約者の利益を損なう。

図3−1 ROE を変数とした場合の EVAの変化(損害保険事業)

(出所)岩瀬[2007]p.79。

(12)

Ⅳ.経営者の意識改革

1.保険負債の適正管理

現在,国際会計基準 の見直しが行なわれているが,なかでも保険契約へ の時価会計導入は極めて影響が大きい。これは会計上の技術的な問題だけに 留まらず,保険会社の資産運用,商品設計,ガバナンス等,様々な影響をも たらす。保険会社の負債に時価会計が導入されれば,将来の支払い見込み額 を期末の市場金利で現在価値に割り引き保険負債を算出しなければならない。

現在,資産には既に時価会計が導入されているが,保険負債に時価会計が導 入されると,金利,株価や信用デフォルト率等の変動による資本や損益のボ ラティリティをコントロールできる運用リスク態勢の構築が必要となる。

保険事業は,資産の大半が有価証券,負債の殆どが保険契約準備金という 事業である。新しい保険契約を獲得すると責任準備金が増える。新しい保険 の引受は現在価値をプラスにするため,準備金は株主にとって新しい企業価 値を創造する。この大きな負債項目の管理・運用が今後の保険事業にとって 極めて重要な業務となる。

2.統合的リスク管理

先進的な金融機関では統合的リスク管理と呼ばれる手法であらゆるリスク と資本の充実度の関係を管理し,経営の健全性を確保しながら資本効率を高 めようとしている。統合的リスク管理は,金融機関の様々なリスクを整合的 な基準で計測し,リスクに見合う資本を管理会計を用いて各部門に配賦し,

全体のリスク量が株主資本の範囲内に収まるようにリスクテイクをコントロ ールし,リスクテイクごとの資本収益性を評価する仕組みである。

一方,保険事業の統合的リスク管理は資産運用リスクのみならず保険負債 とのアンマッチも統合的に管理しなければならない。すなわち,保険事業の

10) 世界的に承認され遵守されることを目的として,国際会計基準審議会によっ て設立される会計基準の総称を言う。

(13)

全運用資産と保険商品の金利負債についても統一基準に基づいたリスク量の 計測を行う必要がある。現在一般に用いられているリスク量計測モデルは,

市場リスク,信用リスクといったリスク種類ごとに異なっているが,統合的 リスク管理では,資産運用に係わるリスクをすべて同一のモデルで計測する と同時に,負債への金利の影響も同じ基準で評価する。つまり,複数のリス クを取り込み且つ資産と負債を統合的に管理するものである。保険事業の統 合的リスク管理は,保険事業として十分な資本を有しているかという内部管 理のみならず,資本の有効活用の観点からも今後必要不可欠な経営基盤とな る。

3.資本コストの認識

資本コストの認識が高まったのは1997年頃からである。これは,株主重視 経営が本格化しEVAを経営管理指標として採用する企業が増大したことに よる。しかしながら,保険事業においては現在のところあまり認識されてい ない。保険会社の資本に係わる利害関係者は様々である。株主は常に利益が 向上する保険会社の能力を高く評価し,経営者・従業員は事業の存続に重き を置き,保険契約者は確実な保険金給付と同時に廉価な保険料を期待する。

また当局は契約者保護と保険市場の長期的健全性を望み,格付機関は投資家 が要求する債務の履行が責務である。このように,株主,経営者,従業員,

保険契約者,規制当局,格付機関等,それぞれ異なった既得権益があるため,

それぞれその資本の捉え方が異なる。

今後グローバル化が進むにつれ経営者の判断が極めて重要になる。経営者 の判断誤りは一企業だけの問題に終わらず,業界全体を間違った方向に導く おそれがある。経営者には資本コストを強く認識することが求められる。

(14)

Ⅴ.経営課題のインフラ整備

1.新しい経営管理指標の導入

⑴ 保険事業の企業価値

保険事業の企業価値評価 は複雑である。それは以下の理由による。

第一は,保険は自由な市場によって価値が決定される事業ではなく,銀行 業同様規制が多く,準公益事業の性格を有している 。第二は,損保,生保 を問わず,保険事業に係わるリスクキャピタルの算出は容易ではない。第三 は,保険会社のキャッシュフローは長期に渡るだけでなく,キャッシュフロ ーそのものが逆転している。そのため収入とコストを一致させることが難し い。以下,保険会社の企業価値に関する特徴を整理する(表5−1参照)。

11) 損害保険事業の企業価値については,拙著 企業価値創造の保険経営 第6 章を参照されたい。

12) 公益企業と金融機関の資本コストについては,マイケル・エアハルト著 資 本コストの理論と実務 を参照されたい。

(15)

⑵ 資本コストを意識した経営管理

現在,多くの企業は資本コストを意識せざるを得ない状態が続いており,

これは保険会社も例外ではない。保険会社は経営管理指標としてROEやフ リーキャッシュフローを用いることが多いが,これらは資本コストを意識し たものではない。保険会社は新たな経営課題の克服に向け,EVA等の資本 コストを意識した経営管理指標を導入する必要がある。以下,保険事業にお ける,ROE,フリーキャッシュフロー,EVAの特徴を整理する(表5−2 参照)。

表5−1 保険会社の企業価値の特徴

P╱L

①収入

・1事業年度の保険料は長期に渡るキャッシュフローの一部に過ぎな い。価値循環の転倒性により,キャッシュフローそのものが逆転し ている。

・収入(保険料)と支出(保険金)にタイムラグがある。契約者から の預かり金とも言える契約準備金を投資に回すことができる。

・投資から得たキャピタルゲイン(キャピタルロス)の実現時期が決 算に大きな影響を与える。

・投資信託の手数料収入がある。

②コスト

・再保険コストが発生する。

・大半は保険金の支払である。

・手数料が前倒しで支払われるため会計上の齟齬が発生する。

B╱S

①資産

・資産の殆どは有価証券である。

・財務取引先が保険取引先であるため政策投融資や政策保有株式が多 い。

②負債

・負債の大半は契約準備金であるが,その算定には保険会社による判 断余地がある。

③資本

・株主資本コスト率の算定が困難である。

(出所)McKinsey[2005]および岩瀬[2007]を基に筆者が作成。

(16)

表5−2 ROE,フリーキャッシュフロー,EVAの特徴

経営管理指標 特 徴

フリーキャッシュフロー Free Cash Flow

①金融機関のキャッシュフローはDCF法ではなく エクイティキャッシュフロー法が望ましい。しか しながら,保険事業はキャッシュフローが逆転し ており,また責任準備金の捉え方が難しく,資本 構成の影響を織り込みながらキャッシュフローの 予測を行うのは困難である。

②短期的な投資に抑制効果が働く。そのため新規事 業への投資が困難になる。

③資本コストの考え方が導入されていない。

EVA 

Economic Value Added

(経済的付加価値)

①絶対額指標であるため,比率(%)指標である ROEのように縮小均衡の経営に陥ることはなく 純率精度が維持される。

②資本コストの概念が導入されており,資本コスト を意識した経営目標が立てやすい。

③リスクが織り込まれた指標であるため,保険負債 の分析のみならず統合的リスク管理にも有効であ る。

④累積評価が可能であり長期保険の分析を容易にす る。

⑤ポートフォリオの分割管理(リスクを補償する事 業と保険料を投資する事業)が可能である。

(出所)拙著 企業価値創造の保険経営 を基に作成。

① 比 率(%) 指 標 で あ る た め,企 業 価 値 の 額 を表すものではない。株主資本を減少すれ ば自ずとROEは向上する。

②株主資本の減少は保険会社の縮小均衡に繫がり,

縮小均衡の経営は母集団の減少を招く。母集団の 減少は純率精度の低下に繫がる。

③分子は会計上の利益であり,資本コストが控除さ れていない。

④リスクキャピタルの考え方が導入されていない。

⑤複数事業年度の累積評価ができない。

ROE 

Return On Equity

(株主資本利益率)

(17)

2.料率秩序の再構築

⑴ 料率制度の再検証

損害保険市場における保険金支払漏れの大半は,自動車保険,火災保険お よび傷害保険という従前の算定会料率商品である。自由化によりこれらの商 品が利用者に混乱を与えている現状を考えると,従前の算定会料率商品は現 状よりは利用者ニーズに合致した商品であったということが言える。

損害保険料率の自由化は,1998年6月に成立した金融システム改革法の中 で,2001年までにわが国金融市場をニューヨーク,ロンドンと並ぶ国際金融 市場とすることを目指すプランの一環として,1996年12月の保険審議会の中 で枠組みが定められたものである。その中で,算定会制度改革の中心として,

料率団体が料率算出を行っている保険種類のうち,商品・料率の多様化や適 正な競争の促進が消費者利益の増進に繫がると考えられる自動車保険(自賠 責保険除く),火災保険および傷害保険については,料率団体が算出する料 率の遵守義務を廃止し,料率団体は遵守義務のない純率についてのみ参考料 率を作成・算出する制度が適当であるとされた。これを受けて料団法等の改 正が1998年7月に施行され,同時に料率団体の正当な行為等に対して認めら れていた独占禁止法の適用除外は廃止された。

しかしながら,保険自由化は金融自由化とは異なり 料率の自由化 が 業際の自由化(第三分野) に先行して行われ,さらに 料率の自由化 と 通販の開放 とが同時に行われている。つまり,極端な言い方をすれば,

保険自由化の本質は日米保険会社の利害対立がもたらした 販路参入障壁の 開放 である。一連の保険金支払漏れは料率制度を再度見直すよい機会であ る。但し,従前の算定会制度の単なる復活ではなく,金融自由化が進展する 中,10年先,20年先の日本の損害保険市場および市場特性が今後どのように 変化していくかを予測し,その見直しを行なわなければならない。

⑵ 料率制度の将来像

2007年12月に銀行による保険販売が全面解禁されたが,今後,新規参入者

(18)

による新しい商品・料率体系等が出てくることは避けられない。銀行あるい は証券といった他の金融業は販売面が強力であり,彼らを無視して現行の料 率制度に固執することは不可能である。多数の新規参入者はアウトサイダー として独自の販売網,独自の商品料率体系による事業展開を図っていくもの と考えられる。

しかしながら,自動車保険,火災保険等の主力商品は共済を含めれば既に 普及率も上限に近いところまで達していることや,時代の変化,社会の変化 とともに,この種のリスクをカバーする商品は,相応の成長性や一定の市場 があるものの保険市場の次代を担うものにはなりにくい。したがって一定期 間を経過すれば,日本の保険市場の成長性には自ずと翳りが見られてくる。

当初はアウトサイダーとして進出してきた新規参入者も,一定の保険料,一 定のマーケットを確保した後は自ずと安定成長に移行する。その結果,アウ トサイダーも今度は逆にインサイダーとしてのビヘイビアをとるようになり,

自由化以前の状態ではないにしろ一般事業会社および金融業を含んだ形での 協調路線に戻る可能性が高い。つまり,一定期間が経過すればアウトサイダ ーも含め何らかの協定を行う必要に迫られる。但し,これに関してはその根 拠を明確にするとともに制度上の裏付けが必要になる。

以上から料率制度の将来像に関する論点は以下のとおり整理される。

①参考料率とは言え,料率遵守に何らかの影響を及ぼす現行の料率算出機 構は,今後新規参入者との競争において火種となる可能性が大きく,ま た遵守義務そのものが曖昧である。

②長期的に見た場合,一般事業会社および金融業を含んだ形での協調路線 に戻ってくることが予想されるが,その場合制度的な保証による裏付け が必要である。理屈上,再度独禁法適用除外に戻すことも考えられるが,

既に独禁法の適用除外を外したものが将来独禁法適用除外に戻る可能性 はなく,また信頼できる適正な料率の算出という料率論の観点からも到 底あり得ないことである。

③料率算出機構の役割は純率(原価)の算出であるが,通常の財・サービ

(19)

スにおいて原価までも公開している業界はない。仮に純率(原価)を公 開した場合は,徒に付加率に対する社会的非難を受けるだけである。現 行の料率算出機構は長期的には付加率も含めた営業料率協定の火種とな り早期の是正が必要である。

したがって,今後取り得る案としては 料率遵守義務のない営業料率算定 会の新設 か,あるいは 付加率も含めた統計作成の共同行為に独禁法の適 用除外を認める営業料率統計機関の新設 のいずれかである。この2案の比 較において実質的な差はないが,保険業法等に付加率も含めた統計作成の共 同行為につき独禁法適用除外を認めるという技術的な問題がクリアできるの であれば,社会的に見て 営業料率統計機関の新設 が望ましい。但し,そ の場合,現在の料率算出機構の単なる移行ではなく,透明性を図る意味から,

一般事業会社,金融アナリストおよび学識経験者等を交えた 営業料率統計 機関 とすることが求められる。

Ⅵ.結語

保険金支払漏れを保険事業が自由化以降抱える本質的な問題と捉え,保険 の特性,過度の株主重視経営,経営者の意識改革の3つの視点から考察を行 なった。保険金支払漏れはこれらが複合的に絡み合い表面化したものである。

自由化は予想を超えるスピードで進展しており保険事業も例外ではない。今 後保険事業が健全なる発展を遂げるには,資産が抱えるリスク量の適正な把 握と,それに対する負債と資本の適切な管理および効率的な運用を図ること が必要である。そのためには, 資本コストを意識した経営管理指標の導入 と,それを支える 料率秩序の再構築 が急がれる。

(筆者は福井県立大学准教授) 参考 献

岩瀬泰弘[2007] 企業価値創造の保険経営 千倉書房

生命保険文化センター[1996] 商品情報と消費者関与に関する調査 情報と商

(20)

品選択

木村栄一・野村修也・平澤敦[2006] 損害保険論 有斐閣

保険研究所[1997年度〜2006年度] 損害保険インシュアランス統計号 保険研究所[1997年度〜2006年度] 生命保険インシュアランス統計号

マイケル・エアハルト著,真壁昭夫╱鈴木毅彦訳[2001] 資本コストの理論と実 務 東洋経済新報社

松浦克己[2001] 雇用削減と減配・無配の関係 フィナンシャル・レビュー 財 務省財務総合政策研究所

宮内篤[2004] 新BIS規制案の特徴と金融システムへの影響 経済セミナー

№598 日本銀行ワーキングペーパーシリーズ

M cKinsey & Company,Tim  Koller,M arc Goedhart and David W essels

[2005]Valuation:Measuring and Managing the Value of Companies, 4/

Edition(天野洋世╱井上雅史╱近藤将士╱戸塚隆将訳[2006] 企業価値評価 第4版【下】−バリュエーション:価値創造の理論と実践− ダイヤモンド社)

Swiss Re[2005] 保険会社の資本コストと経済価値の創造:理論と実務問題 sigma 第3号

参照

関連したドキュメント

財形積立貯蓄保険普通保険約款 きません。 ① 減額後の基本契約の基準保険金額

3.特約死亡保険金受取人が故意に被保険者を死亡させた場合で、その受取人がこの特約死亡保険金の一部の受取人であ

1.用語の意義 第1条(用語の意義)

< 国内旅行総合保険 > 次のような場合に保険金をお支払いします。 1.ケガをしたとき(傷害事故)

政府責任準備金については、 2017

■生産物賠償責任保険のあらまし 保険金をお支払いする主な場合 保険金をお支払いできない主な場合

今回の一連の保険金等の支払い問題の発端となったといわれる MY

< 傷害保険 > 次のような場合に保険金をお支払いします。 1.ケガをしたとき(傷害事故)