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不適切な保険金不払い・支払い漏れ 問題に関する一考察

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不適切な保険金不払い・支払い漏れ 問題に関する一考察

徳 常 泰 之

■アブストラクト

1996年に第2次橋本内閣が当時の世界経済情勢を背景として日本版金融ビ ッグバンを進めた。護送船団行政と称される規制による手厚い保護を受けて いた保険業界を含む国内の金融機関が競争環境にさらされることになった。

競争原理が導入されたことにより会社間での商品競争や価格競争などが発 生した。消費者が得ることができた利点は少なくない。しかしその一方で,

自由化以降,商品の多様化が急速に進みもともとわかりやすいとは言えない 保険商品がますますわかりにくくなってしまったことや2005年に表面化した 保険金不払い問題を引き起こす一因ともなってしまった。

保険金不払いの原因は商品特性,人材,経営者の3点に集約される。また 生命保険業界と損害保険業界においても異なる背景が存在する。

本稿では保険金不払い問題と行政処分事例を考察することにより,保険金 不払いの原因ついて考察する。

■キーワード

規制緩和,保険金不払い,コンプライアンスとガバナンス

1.はじめに

1996年に第2次橋本内閣が当時の世界経済情勢を背景として日本版金融ビ

101 /平成22年9月17日原稿受領。

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ッグバンが進められた。護送船団行政と称される規制による手厚い保護を受 けていた国内の金融機関が競争環境にさらされることになった。

1995年に改正された保険業法も規制緩和が進められるよう環境が整備され ていった。その結果,保険業界にも競争原理が導入され,各社間で激しい競 争が繰り広げられるようになった。

日本では,少子高齢化が世界一の速度で進行している。日本の出生率は 1971年の2.16人から低下が始まり,2009年には1.37人 まで減少している。

出生率の水準は長期的に人口を維持できる人口置換水準よりかなり低い状態 になっており,少子化,高齢化の進行や日本全体の人口の減少につながって いく。

全人口に占める高齢者の割合が増加し,日本は高齢化社会から高齢社会を 経由して超高齢社会へと移行してきた 。

人口動態が変化すると,企業が対象とする人口が増減する。それが原因と なり,企業は経営戦略の変更を余儀なくされる。保険業界は少子化,高齢化 の影響を強く受ける業界のひとつである。

人口動態の変化に伴い社会保障の水準が暫時切り下げられ,自助努力の必 要性に対する認識が高まるのと並行して,保険会社が販売する保険商品に対 する消費者のニーズが高まりつつある。

1) 厚生労働省ホームページ 平成21年(2009)人口動態統計(確定数)の概況

p.13. http:

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2) 大学進学率の上昇,女性の社会進出,平均初婚年齢の上昇 (晩婚化),未婚 化などの諸要因が複合的に組み合わさることにより出生率が低下してきた。そ の結果,相対的に人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)が上昇した。1970 年に高齢化率が7%を超えて高齢化社会に,1994年に14%を超えて高齢社会に,

そして2007年に高齢化率が21%を超えて超高齢社会に突入した。

国立社会保障・人口問題研究所の推計によると今後もこの傾向は変わらず,

2030年には約32%,2050年には約41%に達すると見込まれている。また,日本 の人口は2007年の約1億2000万人をピークに減少に転じており,2050年には約 1億人に減少する見込み(中位推計)である。

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保険が金融機関の窓口で販売されるようになったり,団塊の世代が大量退 職する時代を迎えたりすることにより,保険業界を取り巻く環境は激変した。

生存保障に関するニーズが高まり,医療保険や年金保険などの第三分野の保 険の販売が好調で,マーケットの伸長が著しい。しかし,第三分野の保険商 品は非常に複雑化,多様化して混乱を招いている。

保険という商品は 危険にさらされることにより経済的損害(入用)を被 る恐れのある多数のものが結合して共同準備金を構成し,実際に経済的損害 を被った者あるいは経済的入用の認められる者に対し,その共同準備金の中 から損害の填補や定額の給付を行うという経済制度 である。人間の五感 で感知できないサービスの一種で 目に見えない給付の約束が約款に記載さ れるのみであり,支払事由が生じて実際に保険金請求手続きをとることによ り初めてその品質・性能を知りうるものであること という特性がある。

高まってきた消費者ニーズに水を注すような形で保険金不払い問題は2005 年に表面化した。生命保険,自動車保険や医療保険などの保険金不払い問題 が保険業界全体に大きな影響を及ぼすことになった。

以下,本稿では保険金不払い問題 と行政処分事例を考察することにより,

保険金不払いの原因について考察する。

2.不適切な保険金不払いの概要

保険金不払いという表現には,正当な保険金不払いと不適切な保険金不払 いの双方が含まれる。

問題となるのは保険金を支払わなければならない場合に,保険会社側に正

3) 亀井(2005),p.25。

4) 金融庁(2005

a

),p.1。

5) この保険金不払い問題は論者の視点により 不払い や 支払漏れ ,また は 請求勧奨漏れ という表現がなされる。しかし,保険会社が保険金受取人 または被保険者に対して適切に保険金・給付金などを支払わなかったという点 において,本質的な差異はないと考えられる。そのため,特に断りがない限り 本稿において区別せずに用いることにする。

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当な理由が存在しないにもかかわらず保険金の支払いを拒否したり,支払い 漏れになったりしている不適切な保険金不払いである。

正当な保険金不払いというのは,約款の規定により免責事由,告知義務違 反による解除,重大事由により解除,詐欺による無効などに該当する場合で ある。これらの規定は不正な保険金支払い請求対策やモラルリスク対策は被 保険者間の公平性を維持する観点から必要である。

例えば生命保険では,健康状態,既往症などについて事実を告げないまた は偽りの告知をする告知義務違反があった場合や被保険者が自殺した場合

(会社によって対応が異なる),被保険者の故意または重大な過失による場合 や犯罪行為による場合などは正当な不払いとなる。このようなケースは保険 料負担の公平性の視点から見て問題はない。

ここでは,不適切な保険金不払い(以下 保険金不払い とする)の概要 について考察する。一連の不払い問題は2005年初めに表面化した。

生命保険業界では,2005年までの5年間で約1,500件,約72億円の保険金 不払いが発生した。特にひどいのは明治安田生命で同社だけで1,053件,約 52億円もの保険金不払いが発生していた。後述するが同社は2005年に2度も,

業務停止命令を受けた。

損害保険業界では,金融庁は2005年9月に損害保険会社全48社に対して保 険金不払いに関する調査を求め,2005年6月までの3年間で約18万件,約84 億円の保険金の保険金不払い,付随的な保険金の支払い漏れが26社で発生し た。

保険種目別の割合は自動車保険が86%,火災保険が5%,傷害保険が5%,

新種保険3%,その他の保険が1%であり,自動車保険で多発していたこと がわかる。その結果,同年11月に金融庁より26社に対して業務改善命令が出 された 。

6) 金融庁ホームページ 損害保険会社の付随的な保険金の支払い漏れに係る調 査 結 果 に つ い て 2005年11月25日

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2006年に入って新たな第三分野商品に関する不適切な不払いが発覚した損 害保険ジャパン,三井住友海上が,2007年に東京海上日動火災,日本興亜損 害保険,あいおい損害保険,富士火災,共栄火災,日新火災が業務停止命令 を受けるという事態に発展した。

2006年9月に付随的な保険金の支払い漏れについて再調査した結果,前年 までの数字と合計して約31万8,000件,約187億円の保険金不払いが判明した。

これに留まらず同年10月から11月にかけて第三分野の保険において保険金不 払いが約5,760件,約16億円の保険金の不適切な不払いが判明した。

2008年7月に生命保険会社に対し金融庁が実施した支払状況に関する実態 把握の結果,38社中37社から合計約135万件,約973億円が追加的な支払いを 要する事案として報告がなされた。

さらに,2009年10月に日本興亜損害保険が保険金等の支払遅延等を契機と する業務運営態勢及び経営管理態勢の不備により保険金支払管理態勢の構築 等という事実が認定され業務改善命令を受けた。

改めて保険金不払い問題の根深さを痛感させられている。

3.行政処分に至った原因と処分内容

保険金不払い問題発覚以降,保険金不払いを原因とする金融庁による行政 処分件数をまとめたものが表3‑1である。

非常に多くの保険会社が業務停止命令や業務改善命令などの行政処分を受 けたことがわかる。

明治安田生命,損害保険ジャパン,三井住友海上,東京海上日動火災,日 本興亜損害,あいおい損害保険,富士火災,共栄火災,日新火災は保険金不 払い問題を原因として業務停止命令を受けた。金融庁が公開している行政処 分に関する情報を元に考察することで保険金不払いの病巣を炙り出したい。

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3‑1 明治安田生命(2005年2月25日)

明治安田生命では,次のような場合に保険金不払いが行われていたことが 判明した。

生命保険募集人が募集時に被保険者に不告知を勧めているなど不適切な募 集行為が認められる場合。確定診断や病名告知がないため被保険者に病気に 罹患しているという認識がなく,被保険者に欺 の意思を認めることが困難 な場合。告知義務違反のあった事実が,必ずしも重要事項の告知義務違反と はいえず,契約者の詐欺を問うことが困難な場合。

これらの契約では告知義務違反の内容などを考慮することなく,詐欺を広 く解釈,適用し,支払わなければならない場合でも不払いとしていた。

生命保険募集人が重要事項の説明を行っていない,不告知を教唆するなど 保険業法に違反する保険募集を行っていたことや,保険金の支払い事由の適 用を事業方法書,普通保険約款で定められたとおりに行われておらず,保険 業法に違反する行為である。

表3‑1 保険金不払いを原因とする金融庁による行政処分 平成16年度 生命保険会社 業務停止命令 1

出典:金融庁 行政処分事例集2010年8月11日を元に作成 1 1 1 27 8 12 10 1 業務改善命令 業務停止命令 業務改善命令 業務改善命令 業務停止命令 業務改善命令 業務改善命令 業務改善命令 生命保険会社

損害保険会社 損害保険会社 生命保険会社 損害保険会社 平成17年度

平成18年度 平成20年度 平成21年度

7) 金融庁ホームページ 明治安田生命保険相互会社に対する行政処分につい 2005年2月25日

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また,内部管理体制上の問題として保険金支払い部門は違法な保険営業が 多数存在する事実を把握しながら,関係部門と連携を取ることなく改善に向 けた取組みをしない,詐欺の適用について取締役会などの経営者によるチェ ックが行われていないなど,経営管理態勢が不十分など内部管理態勢の問題 も判明した。

このため,金融庁は明治安田生命に対し一部の保険を除く保険契約の締結 および保険募集を2005年3月4日から3月17日まで停止するよう業務停止命 令を出した。

3‑2 明治安田生命 (2005年10月28日)

明治安田生命では,次の通り重大な法令違反などが確認され,コンプライ アンス態勢およびガバナンス態勢などに根本的な問題があることが判明した。

金融庁による検査と明治安田生命による2000年度から2004年度の過去5年 分の不払い事案の再検証から,支払わなければならない保険金などが1,053 件,約52億円あることが判明した。これ以外にも独自の判断で給付金の支払 を留保するという約款の規定にはない取扱いを行い,留保事由消滅後も未払 いとなっている給付金が1,450件も判明した。

これらは保険金などの支払い事由の適用を事業方法書などで定められたと おりに行われておらず,保険業法に違反する行為である。

その他,生命保険募集人が告知妨害,特別の利益の提供など保険業法に違 反する保険募集を行っていた。2005年2月に 迅速かつ適切な保険金支払い を行うための保険金支払管理態勢を確立すること と業務改善命令が出され ており,金融庁に提出された業務改善計画でも迅速かつ適切な保険金支払い 管理態勢の確立が掲げられていた。それにも関わらず詐欺無効以外の案件に ついては必ずしも十分な対応がなされておらず,業務改善命令への対応が遅

8) 金融庁ホームページ 保険金等支払管理態勢の再点検及び不払事案に係る再 検証の 結 果 に つ い て 2005年10月28日

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延していた。

死差益増の目標額(39億円) を設定し,経営として了承・決定し,不払 い優先の社内風土を醸成したり,支払関係の苦情が増加していることを把握 しながら実態把握や必要な対策を講じないなど法令等遵守態勢や内部管理態 勢に重大な問題が多数認められた。

このため,金融庁は明治安田生命に対し保険契約の締結および保険募集の 業務を2005年11月4日から11月17日までの間停止するよう業務停止命令を出 した。

3‑3 損害保険ジャパン(2006年5月25日)

損害保険ジャパンでは,保険金など支払い漏れに係る調査態勢,賠償責任 保険の引受に係る不正行為,受託業務である生命保険の募集管理態勢,顧客 の名前の印鑑の大量保有など重大な法令違反や監査態勢や不祥事件の調査お よび処理態勢が不十分などの問題点が確認され,根本的な問題があることが 判明した。

同社の自主調査の結果を再検証したところ,支払い不要と判断していた中 から支払い漏れが多数判明した。また,自主調査対象外の搭乗者傷害保険金 の支払い漏れも判明した。経営者が社内態勢の整備を怠っていたことが原因 であると考えられる。

海外拠点における賠償責任保険の引受に係り,発注者用と契約者用に保険 証券を二重に発行するという不正行為を行い,発覚後も十分な調査を行わな いなど不十分な対応をとっていた。

生命保険会社から受託している保険の募集管理体勢について,違反行為と 認識しながら従業員が保険料の負担を行っているケースが多数判明した。

顧客の名前の印鑑の大量保有など重大な法令違反について,複数の支社,

9) 金融庁ホームページ 株式会社損害保険ジャパンに対する行政処分につい 2006年5月25日

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代理店では,顧客の名前の印鑑を大量に保有しており,それを不正に使用し て,無断で契約の継続処理などをしている契約や顧客の最終意思を確認しな いまま保険申込書や保険金請求書などに押印している契約が多数判明した。

このため,金融庁は損害保険ジャパンに対し①保険契約の締結および保険 募集の業務と保証証券の業務について一部の例外を除き2006年6月12日から 6月25日までの間停止すること。②顧客の名前の印鑑の大量保有していた支 店については①の業務について同年6月12日から7月11日までの間停止する こと。③生命保険業務の代理などに係る保険契約の締結および保険募集の業 務について同年6月12日から7月11日までの間停止すること。④新規の保険 商品の認可の申請,既存の保険商品の改訂の届出,他の保険会社など金融機 関の代理・代行業務の認可の申請,外国における子会社の設置認可の申請,

外国における支店などの設置の届出に関する業務について同年6月26日から 8月25日までの間停止することという業務停止命令を出した。

3‑4 三井住友海上 (2006年6月21日)

三井住友海上では,第三分野商品に係る保険金不払い,付随的な保険金の 支払い漏れ,不適切な代理店管理,苦情・不祥事件処理態勢,経営管理態勢 などの根本的な問題があることが判明した。

第三分野商品における保険金不払いが多数判明した。特に終身医療保険で は,保険責任開始以前の発病(以下 始期前発病 とする)と告知義務違反 の適用において保険金不払いが顕著であった。

始期前発病について,従業員が医師の診断に基づくことなく自ら判定を行 うなど,免責が不適切に適用されたケースが判明した。

告知義務違反の適用について,被保険者などの故意または重過失責任に該 当しないにも関わらず告知義務違反の認定が不適切に行われたケース,告知

10) 金融庁ホームページ 三井住友海上火災保険株式会社に対する行政処分につ いて 2006年6月21日

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事項とは因果関係のない保険事故に告知義務違反が適用されたケース,代理 店が被保険者からの告知を受けずに契約を行うなど会社側に法令違反などが あるにも関わらず告知義務違反が適用されたケース,除斥期間が経過した後 に解除権を行使しているケースなどが判明した。

付随的な保険金の支払い漏れとして,支払い不要または調査の対象外とし ていた中に,支払い漏れが多数判明した。

不適切な代理店管理について,保険料の立替えを行ったケース,契約者に 重要事項の説明を行っていないケース,顧客の名前の印鑑の不正使用してい たケースなどが判明した。

経営管理態勢について,当初,経営者は保険金不払い問題を把握していな かった。また,問題発覚後も担当部門に実態調査や対応策の検討,実施を任 せていた。同社のガバナンス機能は重大な欠陥があると考えられる。

このため,金融庁は三井住友海上に対し①保険契約の締結および保険募集 の業務と保証証券の業務について一部の例外を除き2006年7月10日から7月 23日までの間停止すること。②医療保険特約付健康長期保険,医療費用保険 および介護費用保険などの第三分野の保険商品の保険契約の締結および保険 募集の業務について2006年7月10日から経営管理態勢および保険金支払い管 理態勢などの改善が確認されるまでの間停止すること。③新規の保険商品の 認可の申請,既存の保険商品の改訂の届出,他の保険会社など金融機関の代 理・代行業務の認可の申請などに関する業務について2006年6月22日から 2007年6月21日までの間停止することという業務停止命令を出した。

3‑5 東京海上日動火災,日本興亜損害保険他計10社 (2007年3月14日) 金融庁が国内で営業活動を行っているすべての損害保険会社に対し,第三 分野商品にかかる2001年7月から2006年6月までの保険金不払い事案につい て報告徴求を実施した。その結果,東京海上日動火災,日本興亜損害保険,

11) 金融庁ホームページ 損害保険会社10社に対する行政処分について 2007年 3月14日

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あいおい損害保険,富士火災,共栄火災,日新火災他合計10社において,第 三分野商品に関する保険金支払管理態勢に重大な問題が認められ,不適切な 保険金不払いも多数発見された。

始期前発病について,約款上では医師の診断により認定された場合に免責 が適用されることになっているにも関わらず従業員が医師の診断に基づくこ となく判定を行うなど不適切に免責が適用された事例,契約時に告知されな かった病歴と保険金請求原因との間に因果関係が存在しないにもかかわらず 告知義務違反の適用を行う事例,契約者が保険金請求権を放棄しているとし て不払いとした事例で経緯の検証ができない事例,特定の疾病を不担保とす る特約が付されていないにも関わらず従業員の錯誤により不担保と判断した 事例など不適切な保険金不払いの事例が多数認められた。

このため,金融庁は東京海上日動火災,日本興亜損害保険に対し①第三分 野商品にかかる保険契約の締結および保険募集の業務について一部の例外を 除き2007年4月2日から7月2日までの間停止すること。②新規の第三分野 商品にかかる認可申請,既存の第三分野商品の改定の届出などの業務につい て2007年3月15日から6月14日までの間停止することという業務停止命令を 出した。

また金融庁はあいおい損害保険,富士火災,共栄火災,日新火災に対し① 新規の第三分野商品にかかる認可申請,既存の第三分野商品の改定の届出な どの業務について2007年3月15日から4月14日までの間停止することという 業務停止命令を出した。

4.保険金不払いの原因

保険金不払いが発生した背景は生命保険会社と損害保険会社との場合で異 なる部分が存在する。

4‑1 生命保険会社における不払いの背景

生命保険会社では,バブル景気崩壊以降,低金利政策が導入されたことに 111

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より資産運用環境が悪化したため,多額の利差損,逆ざやに苦しめられたこ とがこの問題の一因として考えられる。

家庭における保険のリストラに起因する保有契約の継続的な減少により費 差益も悪化する状態が続いた。その結果,死差益の増額目標を設定するとい う生命保険会社として誤った選択をとる会社が現れてしまった。

4‑2 損害保険会社における不払いの背景

損害保険会社では,1998年の保険料の自由化以降,損害保険会社の競争

(特に価格競争) が激化したことが問題の一因として考えられる。

特に自動車保険の領域において,損害保険各社が顧客ニーズを十分に踏ま えないまま 特約 という形での独自の保障を競い合うことになった。その スピードに社内のシステム改修や保険金支払い体制の整備が追いつかない状 況に陥った。その結果,実際に保険金支払いの段階になって,各種の特約に よる付随的な保険金の支払い漏れを発生させてしまった。

さらに,事態を悪化させることになったのが第三分野保険の国内保険会社 への解禁である。2001年までは外資系生保だけが販売することができた医療 保険が規制緩和により,国内の保険会社も発売可能となった。既存の損害保 険の競争激化により,新たな収益源を確保するために損害保険各社は医療保 険の販売を開始した。しかし,医療保険の査定に熟練した人材を確保してお らず,査定態勢が整備されず,結果として保険金支払態勢の不備を露呈する こととなった。

これらの背景を踏まえたうえで,業務停止命令などの行政処分が金融庁よ り下された理由を考察した結果,不適切な保険金不払いの原因として①商品 特性,②人材,③経営者の3点に集約される。

4‑3 商品特性が原因となった不払い

保険の商品特性が保険金不払いとなる原因は保険商品の分かりにくさ,保 険約款の分かりにくさ,自由化以降の商品開発競争の激化などが挙げられる。

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契約内容が書かれている約款は保険契約者にとっては,非常に小さい文字 で,難解に書かれている。専門的な知識を持たない人が約款を細部まで正確 に理解することは極めて困難である。

また保険商品は契約締結時に五感で感知することができない商品である。

そのため保険会社側は契約者に対してわかりやすい表現,理解してもらうた めの所作をとる必要である。明治安田生命や医療保険の場合に見受けられた が,保険会社側の一方的な約款の解釈で保険金支払いを拒否することは,契 約者の無知に付け込む行為で非常に悪質である。

自動車保険で多数の保険金不払いが発生した原因の一つに,1998年以降の 競争環境の変化に伴い,商品の多様化が急速に進んだことが挙げられる。

損害保険各社が 特約 と呼ばれる新たな保険機能を安易に増やし複雑化 してきた。その一方で,社内の保険金支払態勢,事務システムを十分に整備 してこなかった点が挙げられる。その結果,主契約の保険金は支払われてい ても特約の保険金には支払い漏れがあったり,契約者から保険金請求のない 項目への対応も担当者間でばらつきが見られたりした。支払えるケースでも 契約者から請求が無ければ支払おうとしなかったケースもあった。

4‑4 人材が原因となった不払い

人材が保険金不払いとなる原因は従業員や代理店の教育不足,代理店の不 適切な顧客本位の姿勢や勘違い,保険金支払い担当者の判断ミスなどが挙げ られる。

従業員や代理店が商品内容について十分な理解が無いまま販売したため,

保険金支払い請求があっても保険金の支払いができないと思い込んでいたケ ースがある。また保険金の支払いを受けると翌年度以降の更新契約の保険料 が高くなるため,意図的に契約者に通知しなかったケースや契約者に誤った 説明を行い保険金の請求を放棄させたケースもある。不適切な顧客本位の姿 勢が原因と考えられる。

医療保険について,商品開発から支払査定,事後検証に至る保険金支払い 113

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管理態勢に極めて重大な欠陥があることが判明した。

始期前発病について約款では医師の診断により始期前発病が認定された場 合に免責が適用されることとなっている。始期前発病と断定するためには,

契約前に発病していたことを保険会社側が証明しなければならない。加齢と ともに症状が進行する疾病の場合,発病時期を正確に特定することは困難で ある。担当医がいつ発病したか正確にはわからないと診断しても,支払い担 当者は契約締結前から病気だった場合に不払いとする始期前発病と判断して いた。医師の診断に基づかず従業員自らが判定を行い,免責を適用し不払い と決定したのは不適切な判断である。

告知義務違反について,会社側からの契約解除ができる期間である除斥期 間が経過した後に解除権を行使しているケースや告知事項とは因果関係のな い保険事故にも関わらず告知義務違反が適用されたケースもあった。詐欺無 効,告知義務違反解除,重大事由解除,免責事由該当,支払事由非該当など の安易な適用を行い,営業職員がその後始末に追われていた。保険金支払い 部門と保険募集部門の連携は無かったも同然である。

4‑5 経営者,コーポレート・ガバナンスの欠如が原因となった不払い 経営者が保険金の不適切な不払いとなる原因は不当な利益追求,不十分な 経営管理態勢,コンプライアンス態勢の欠如,護送船団行政からの脱却や規 制緩和への対応に失敗することなどが挙げられる。

実際の販売能力とかけ離れたノルマを設定し,営業に対して強い圧力をか けつづけるなど過度の営業偏重や利益重視の姿勢となっていることも一因と 考えられる。

明治安田生命では 死差益増の目標額 を合併新会社における2006年度の 対2001年度増益効果として設定していた。そして,保険金支払い担当部署が 保険金の支払い抑制目標を設定するなどにより, 保険金不払い優先の風土 を社内に醸成していた。

生命保険会社の三利源の中でも,費差損益と利差損益について目標を設定

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することに問題は無い 。しかし死差損益について増額の目標を設定すると いう方針は根本的に生命保険会社としてあってはならない目標設定である。

保険契約者保護に係る重要な事項である支払査定基準の改廃については,取 締役会などの承認を得ることなく保険金部長が決定していた。

不祥事件処理態勢については,契約担当部署において契約現場における法 令違反,告知義務違反教唆の事実などを把握していたにも関わらず,調査不 十分で不問としているケースが判明するなど保険会社の自浄作用は十分に機 能していない。

その他にも契約者保護の観点から多数の不適切な取扱いも判明した。支払 関係の苦情が増加しているにもかかわらず経営者は実態を把握しようとせず,

なんの牽制機能を発揮していなかった。内部管理態勢の構築がまったくでき ておらず,コンプライアンス態勢は欠如しており,代表取締役,取締役およ び取締役会などは,本来果たすべき役割をまったく発揮していなかった。こ こに不適切な保険金不払いが発生した最大の原因がある。

特に相互会社において,コーポレート・ガバナンスが正常に機能させるた めの担保がないという点は重大な問題点として指摘される。相互会社におけ るコーポレート・ガバナンスは古くて新しい問題であるが,社員総代会を通 じたガバナンスがどこまで機能しているかどうかが改めて重要な問題として 問われている (表4‑1参照)。

コーポレート・ガバナンス上の問題を重要視し,総代選出プロセスに改革 を試み,立候補制を併用する会社も現れはじめた。立候補制を採用したとし てもすべての問題が解決されるわけではないが,会社の経営に関心を持つ社 員が自らの意思で総代になることができる点は評価できる。

12) 明治安田生命保険の不払いの背景の詳細については中居(2007),pp.23‑31 を参照。

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5.おわりに

保険は 保険数理を用いた危険処理と貨幣操作の技術であり,それを用い た経済保障の制度 である。保険制度を利用することにより 事前的には 危険の費用化による危険の転嫁を通じて,事後的には損害填補や確定給付に よる収支不均衡の是正を通じて,企業や家計に対して経済的補償をなし,そ の健全な発展を助長する ことを可能とするサービスの一種である。

保険金の支払いは保険サービスそのもので,保険会社の基本的かつ最も重 表4‑1 相互会社各社における社員総代の状況

会社名 日本生命 住友生命 明治安田生命 朝日生命 富国生命 120名

4年 総代候補者選 考委員会の推

約180万名 社員約15,000 人に1人 各都道府県最 低1名 150名

4年 総代候補者選 考委員会の推

約247万人 社員約16,467 人に1人 地域,職業,

年齢に偏りが 無いよう選考 222名

4年 総代候補者選 考委員会の選

立候補制の併

約623万人 社員約28,063 人に1人 地 域 別 選 出 120名 地域別選出に 寄らない80名 立候補制22名 180名

4年 総代候補者選 考委員会の推

約725万人 社員約40,278 人に1人 全国多数の社 員の中から偏 りのないよう 選出 社員の地域別 定数は地域別 割合に比例す るように配分 年齢,職業,

性別のバラン スに配慮 200名

4年 総代候補者選 考委員会の推

約975万人 社員約48,750 人に1人 全国各地より,

職業・年齢な どの面で幅広 く選出 総代数

任期

選考方法

社員数 比率

その他

出典:各社のディスクローズ資料を元に筆者が作成

13) 亀井 (2005),p.35。

14) 亀井 (2005),p.36。

(17)

要な機能である。この点が有効に機能しないと保険会社は存在事由を失う。

医師が被保険者本人にがんの告知を行わなかったために,被保険者が保険 金請求を行わなかったケースなど保険会社に非があるケースばかりではな い 。

しかし一連の保険金不払い問題で,保険会社には契約者保護という意識や ガバナンスが有効に機能する土壌が無かったということが露呈した。また保 険会社の経営者,従業員や代理店にはコンプライアンス違反という認識が欠 如していたといわざるを得ない。さらに保険会社の収益重視,契約者軽視の 姿勢が明らかになった。謝罪会見で保険業界大手の社長が 顧客本意の態勢 がとれていなかった と述べていたが,保険金不払い問題を通じて保険業界 全体として,契約者軽視の体質が浮き彫りになった。

次々と明らかになった不適切な保険金不払いは,契約者の保険会社に対す る信頼を失墜させ,不信を増幅させ,信頼回復を一層困難にしただけである。

その一方で,保険金犯罪の温床となりやすい側面があるため,すべての顧 客に対し保険金を公平かつ適切に支払う視点から不正な保険金支払い請求対 策やモラルリスク対策は極めて重要である。ただし,不正な保険金支払い請 求対策などを理由に正当な支払いを拒否することは,契約者に対する背信行 為であり,保険会社の存在事由が問われる行為となる。

信頼回復のために明治安田生命では2006年3月期決算より,それまでまっ たく公開されていなかった死差損益,費差損益,利差損益の三利源の開示に 踏み切った。他の生命保険会社も追随して開示することになった。

また,既存の保険商品に代わる収益源の確保を目指して第三分野の保険に 参入したものの,撤退する会社も出現した。

信頼回復に向けた取り組みとして,顧客への契約内容の説明の充実・徹底,

わかりやすい保険商品の開発,事務・システム体制の整備,査定人材の育成 体制の充実,保険金支払管理態勢の改善・強化,法令遵守態勢の改善・強化,

15) 日本経済新聞2007年1月17日,戸出 (2006),p.1。

117

(18)

コーポレート・ガバナンスの改善・強化など各社ともさまざまな取り組みを 実践している。

保険業界における自由化は,競争を促進し商品・サービスで利用者の選択 肢を増やし,利便性を向上させた。消費者が享受する利益は小さくはない。

例えば無審査型医療保険が人気を博したのはシンプルでわかりやすかった点 と潜在的ニーズを掘り起こした点にある。ニーズの汲み取りは成功したが,

支払うべき保険金を不当に支払わないのであれば,保険に加入することに何 の意味も存在しなくなる。

不当な営業活動を行っていた会社には業務停止命令などの行政処分が下さ れた。しかし行政処分だけで保険会社の体質,経営管理態勢などが本当に改 善されるかどうかは疑問である。保険金不払い問題発覚以降の行政処分事例 を考察するとこの問題の根深さを痛感させられる。

自由化以降,商品の多様化が進みわかりやすいとは言えない保険商品が,

ますますわかりにくくなってしまった。契約者も保険証券や約款に目を通し て内容を確認するなど自衛する必要性が高まっているのかもしれない。しか し保険商品は専門用語が多く,契約内容を書類だけで理解することは困難な 商品特性を有する以上,契約者の利益を保護するための新たな仕組みが必要 とされている段階にきているのではないだろうか。

(筆者は関西大学商学部准教授,Visiting scholar, California State University

Fullerton, Center for Insurance Studies  

)

引用・参照 献一覧

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金融庁検査局 (2008), 金融検査指摘事例集 7月。

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金融庁検査局 (2010), 金融検査指摘事例集 7月。

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多発保険金不払い 損保,自由化に落とし穴。2005年12月14日

損保不払いの現場 特約乱発 空手形 に⎜⎜保険会社,点検怠る。2006年11 月17日

損保不払いの現場 医療保険,請求むなしく⎜⎜ 都合いい 解釈相次ぐ。

2006年11月18日

損保は利用者向いた競争を 2006年11月24日

第一生命,保険金未払い500件,特約の周知課題⎜⎜多くの顧客は気づかず。

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index.html

 

参照

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