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要 望 演 題

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Academic year: 2021

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要 望 演 題

【活動経過】発災当日 3 月 11 日に、DMAT として出動 した救護班第 1 班に続き、午後 5 時 30 分に救護班第 2 班として宮城県支部を目指して病院を出発した。途 中で石巻赤十字病院に行き先変更の連絡が入り、磐 越自動車道、国道 4 号線を通って宮城に入った。海 岸沿いの道が通行不能であったため、内陸側に道路 を変更しつつ進み、12 日の午前 3 時に到着した。12 日の午前中は被害状況と医療ニーズを調べるために 市内の巡回を行った。建物の倒壊はほとんど見られ ず、街の主要部は水没して陸路で行ける範囲は限ら れていたが、学校や会社に人が集まっていた。12 日 の午後は病院で黄色エリアの診療を行った。外傷患 者はほとんど見られず、運ばれて来る患者の多くは 軽度の低体温症で、着替えて毛布で休むだけで軽快 するものの、帰る場所も手段も無いため院内で夜を 明かす状況であった。13 日の午前は病院玄関でトリ アージを行った。中には発災から何も口にできず昏 睡状態の乳児もいたが、慢性薬の処方をもらいに来 た人、透析や在宅酸素の継続を必要とする人、トイ レや水道を借りに来た人、安否情報を求めて来た人、

出産の相談を希望する人など、病院に来る目的は診 察希望の他にも様々であった。この頃には他県の救 護班も集まってきており、正午過ぎに帰路についた。

【考察】石巻到着時には伝聞を除けばテレビとラジオ 以外に情報源は無く、使用可能な連絡手段は日赤無 線と衛星電話のみであった。このような状況では自 分たちの足で情報を集め、全員で頻回のミーティン グを行って情報共有する方が効率的である。また、

今回のような広域災害では多くの医療機関が一時的 に機能を失うため、始めから慢性期の問題が出現す る。災害拠点病院の高次救急機能を守るためにも、

資器材と継続性に優れる日赤救護班が初動から出る 必要がある。

【背景】津波災害が中心であった東日本大震災では、

DMAT が想定していた重症患者に対する救命医療の ニーズは多くなかった。その中で当隊は DMAT とし て超急性期の避難所生活者への医療を行う機会を得 たので報告する。

【活動内容】平成 23 年 3 月 11 日 16 時に当院 DMAT が 出発。東北自動車道を北上し 23 時 30 分に仙台入りし、

DMAT 参集拠点である国立病院機構仙台医療センタ ーへ到着した。夜間は新規発生傷病者が少なく院内 で待機した後、陸上自衛隊仙台駐屯地において、ト リアージポストと応急救護所を展開し、ヘリによる 救助者に対しトリアージを行った。トリアージは全 員緑であり、同基地への搬送が中止となったため、

医療センターへ戻った。同センターではシフト制で 病院支援が行われた。統括 DMAT の指示により、赤 十字病院からの DMAT のうち、救急車と十分な資機 材を有する 5 隊が前線の避難所で救護所立ち上げ業 務を行うこととなった。当隊は仙台市若林区の津波 到達地から 500m 程内陸にある七郷小学校へ派遣され た。避難者は約 2000 名であり、種々の症状を訴える 傷病者の診療、医療機関への搬送、衛生面の助言、

伝染性疾患が疑われる避難者の隔離方策、近隣の避 難所への往診業務などを行った。後続の赤十字救護 班に引き継ぎし、3 月 14 日当隊は撤収した。

【考察】発災 24 時間以内の救護所立ち上げは、情 報・物資不足やライフライン・交通網破綻の影響で 従来の赤十字救護班業務にはない困難が多かった。

統括 DMAT からは「DMAT と赤十字救護班の架け橋 になって欲しい」と依頼された。DMAT の本来の目 的からは外れたが、医療資源と医療ニーズのバラン スを統括 DMAT が的確に判断したことで成立した活 動であった。

長岡赤十字病院 救命救急センター

○小林

こばやし

和紀

かずき

、内藤万砂文、江部 克也、

江部 佑輔

Y3-12

東日本大震災の発災当日に日赤救護班 として石巻に出動した経験

Y3-13

DMAT

と赤十字救護班の架け橋として 避難所において救護所立ち上げを行っ た経験

さいたま赤十字病院 救命救急センター 救急医 学科

○田口

たぐち

茂正

しげまさ

、清水 敬樹、早川  桂、

石井 義剛、関   藍、矢野 博子、

熊谷純一郎、五木田昌士、勅使河原勝伸、

横手  龍、清田 和也

要望演題

参照

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②復旧班員,発電班員 良 特になし 今後も継続的に訓練を行い,能力の 向上を図る。.