核データニュース,No.127 (2020)
文系大学生に向けた数学授業の展開
-大学からの数学再チャレンジを目指して-
愛知淑徳大学 人間情報学部 親松 和浩 [email protected]
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1. はじめに
愛知淑徳大学人間情報学部は、2010 年に文学部図書館情報学科から改組して誕生し、
元々の図書館情報学に加えて認知科学、デザインや制作を柱とする文系の情報学部です。
私はこの学部で、高校との橋渡しの数学、線形代数、微積分の授業と、シミュレーショ ンの演習の授業を担当しています。高校での数学履修で見た学生の内訳は、2/3 が数学 II, Bまで履修した典型的な文系、1/6が数学III , Cまでの理系、残りの1/6は数学I, Aま でで商業や総合コース、あるいは苦労して通信制を卒業した学生です[1]。
学部誕生から10年間である程度授業内容は落ち着いてきたものの、高校との接続はな かなか難しいものがあります。それに加えて今年はCovid-19の影響で急遽オンラインで の開講となり試練の年となりました。本稿では、個人的な背景を紹介した上で、10年間 で得たささやかな経験と成果について紹介します。
2. 数学ができなかった私を救ってくれた渡辺次男先生
高校入学後、苦手だった英語はしっかりやりできるようになったのですが、数学は予 習も宿題もやらずにいたのですっかりできなくなりました。高2の夏休み明けの宿題テ ストは 20 点台と散々でした。一方で、同じ夏休みの進研模試は、1 つ間違いだけの 96 点でやればできるはずと自信になりました、数学は定義を覚えるものの問題演習をしな かったので、授業で練習する受験数学の標準的問題には歯が立たなかったのだと思いま す。
困っていたとき助けていただいたのが、当時ラジオ講座を担当し参考書なども出して
いた渡辺次男先生でした。多分受験雑誌の蛍雪時代で先生の文章を読んで知ったのだと 思います。当時先生は、予備校の授業の学生であるなしに関わらず、講師室で受験生の 面倒を見ていました。具体的には参考書(私の場合は赤チャート)の問題を指定して、
ノートに1ページ1問、問題を書いて、その下に解答させる。自分で答え合わせをして、
間違えたらその解答の上に藁半紙を貼ってもう一度解く。これをできるまで繰り返す。
どうしても解らなければ次回先生に質問する。先生はノートの出来を見て次の問題を指 定していくというものでした。学期の終わりには、「来週は新宿予備校にいるから講師室 においで」などと教えてくれて、どこの予備校でもこうした他所の受験生を大目に見て くれていました。いい時代でした。
適切なレベルの問題をできるようになるまで繰り返し解くということは、私の重要な 原体験となりました。
3. 河合塾での 8 年間の経験
博士後期課程に入る少し前、別の研究室の先輩に、「バイトは何かやっているのか?そ んなことじゃダメだ。紹介してやるから履歴書を俺の机のところに置いておけ」と言わ れて河合塾に紹介していただきました。1986年からの8年間、東京の河合塾で数学担当 として、質問に答えるフェローという仕事から始め、高校生と主に文系受験生に授業、
テキストや模擬試験の作成等の仕事をしました。ちょうど指導要領の改訂があったので、
別に手当が出るわけでもないのですが、さあやるぞと数学科講師の先輩たちに言われて 有志の勉強会に参加して議論しました。その続きをみんなで夕方から朝まで新宿渋谷と 飲み歩いて続けたことを懐かしく思い出します。こうした経験が今数学の授業を行う上 で生きています。
このあと田坂完二先生のご縁で名大に就職し、崩壊熱評価を始めることになります。
名大では山根義宏先生の微分方程式の授業の演習を担当し、これも現在の授業でも生き ることになります。またこの演習は、仁科浩二郎先生が担当していた授業を山根先生に 引き継ぐ際に、仁科先生から依頼されたものでした。その後私は仁科先生のご縁で愛知 淑徳大学に移りました。仁科先生のご恩の深さを改めて感じます。
4. 文系学生が再チャレンジできる数学の授業の展開
私の所属する人間情報学部は2010年に始まり10年が経ちました。この間数学の授業 科目も、当初の心理統計中心から変遷を経て[1]、2020年度は表1の構成となりました。
高校で数学Iあるいは数学Aまでしか学習していない学生でも順番に科目を履修してい けるように、つまりは大学での再チャレンジが可能になるように設計しています。また、
高校では数値計算をほとんど扱わないので、PCや電卓アプリで計算して有効数字3桁で 答えよなどという問題を多く扱っています。
私は、コンピュータ計算入門(指数・対数・数列・確率・統計入門)、CGゲーム数学 入門(三角関数・ベクトル・行列)、数理科学入門(微分積分・微分方程式)、モデリン グ・シミュレーション演習の4科目を担当しています。モデリング・シミュレーション 演習では、私のコードを使った簡単な崩壊熱計算[2]も行います。以下では演習以外の3 科目について紹介します。
コンピュータ計算入門は高校と大学の橋渡し科目です。なるべく、身近なデータの計 算をするために、指数・対数では熊本地震の本震と余震のエネルギーとマグニチュード の計算(変換)、数列では飲み薬の半減期、視聴率の調査件数と標準誤差、名古屋とパリ
(あるいは南半球のアデレード)の月平均気温の相関と回帰直線、スポーツ庁による年 齢別体格測定結果などを題材として使っています。
CG ゲーム数学入門では、陰関数の値を計算して 2 人(点)が壁の同じ側にいるかど うか判定できる、三角形の頂点の座標を与えて角度を計算する、ベクトルや行列や行列 式の計算を2次元3次元でもできる、固有値・固有ベクトル(2 次元)を計算できるこ となどを目標として学生に示しています。
数理科学では、極限や微分を使って関数のグラフの概形を描ける、偏微分や基本的な 積分の計算ができる、定数係数の2階常微分方程式が解ける、Laplace変換やFourier変 換やそれらの逆変換を計算でき伝達関数や周波数応答の意味がわかることを目標としま す。
これらの授業では、基本的な計算ができることを目標として、数値を変えた問題を繰
り返し練習します。例えば、
AB=5, BC=6, CA=7の三角形ABCの角Aの大きさを弧度法で有効数字3桁で答えよ
という問題をテキストの例題に示し、その日の提出課題で数を変えた問題を解き、中間・
期末の課題(テスト)でも数を変えた問題を問います。
演習科目ではありませんが、無料で使えるオンラインの数学ソフトWolfram Alpha [3]
や電卓アプリなどを利用して積極的に数値計算をさせています。そもそも図形問題では 逆三角関数を使って角度を計算できないようでは役に立ちません。Wolfram Alphaは、数 値計算と数式計算の両方に優れています。数値計算では100!の値を158桁全て表示でき ますし、桁数を減らした小数近似値を表示することもでき、オーバーフローをあまり気 に せ ず に 計 算 で き ま す 。 例 え ば 、40 人 の ク ラ ス で 同 じ 誕 生 日 の 人 が い る 確 率 (1-365P40/36540)をAlphaでは1-p[365,40]/365^40 と入力すると厳密な分数値と小数近似値 (0.89…)の両方を表示します。また、数式計算も強力で
x(t)’’+3x(t)’+2x(t)=0, x(0)=0
と入力すれば、x(t)の初期値問題の解を計算することができます。Laplace 変換、Fourier 変換、それらの逆変換も簡単に計算できます。
授業運営では、教材整備の重要性も再認識しました。最初の数年間は毎週プリントを 作成配布して行いましたが、後で見返す時にバラバラになって煩わしいようでした。そ の後、授業資料をテキストにまとめ、各回の授業課題とその解答を授業開始時に提示し 課題は自己採点して提出する形にしました。自己採点すると自分が間違えたりできな かったところが分かり、一定の教育的効果があります。2013年度までは採点して返却し ていたのですが、学生は点数を見るだけでポイとして、骨折れ損のくたびれ儲けでした。
中間・期末の課題(テスト)では、テキストや課題プリント等全て持ち込み可、Wolfram
Alpha等のオンライン資源も全て利用可としています。ただし、解答時間を60分として
大問12問としているので、その場で調べ始めるようではほとんど点数になりません。
4. BYOD 形式の授業へのシフト
以前は3科目とも PC教室で実施していましたが、CGゲーム数学入門は2016年から、
数理科学入門は2019年から一般教室利用に変え、学生が自分のスマートフォン(スマホ)、
タブレット、PCを持ち込む形式(BYOD : Bring Your Own Device)で授業を行なっています。
PC教室は飲食禁止など制約が多い、作業スペースが狭い、定員が少ないことが欠点です。
2012年のiPhoneの爆発的な普及の後、その2年後には学生の99%以上がスマホを持つ
ようになりました。そこで大きめの一般教室で、机2人分を使えるように座席指定し資 料や端末を広げて受講できる様にしたところ好評です。スマホ入力は大変かなと心配し ましたが、それに関する苦情は特にありません。ただし私がiPhoneに入力するときは指 がつりそうになるので、Bluetooth keyboardを使います。
一般教室の授業では、教室の大スクリーンを使って、テキストのpdfにiPadで書き込 みをしながら説明します。その日の課題の問題(4−5 題)に対応したきりのいいところ まで説明して、問題を解かせ、しばらくして次の説明に入る、を繰り返します。課題を 解き終わったら、配布してある解答を使って自己採点して提出します。各回の課題は取 り組んだことを成績に反映するだけで、得点は教材の改訂のためだけに使います。
図1に私の担当する科目の履修者数の推移を示します。ただし、コンピュータ計算入 門は4コマ中2コマを、CGゲーム数学入門は 2コマ中1コマを非常勤の先生にお願い しています。人間情報学部は1学年定員200名なので、文系としてはかなり多くの学生 が履修していると言えます。橋渡し科目のコンピュータ計算入門の履修者数は減ってい ますが、これは2016年度に必修から選択必修に変えたこと、ここ数年は入学者数を定員 近くに抑えたことを反映しています。CG ゲーム数学入門と数理科学入門の受講者は増 加傾向にあります。これらは、データサイエンスや AI への関心を反映していますが、
一般教室での BYOD 化と授業形式が明確であることも敷居を低くしているように感じ ます。その一方で、演習系の科目は一般に難しくて大変と敬遠される傾向があり、モデ リング・シミュレーション演習は手堅く毎年50名程度の履修はあるものの、やや少なく なっています。
図1 履修者数の推移。2020年後期は暫定値として一次登録者数を用いた。
5. Covid-19 の影響
Covid-19の感染防止のため、2020年度前期のコンピュータ計算入門とCGゲーム数学
入門は全てオンデマンド 形式で行いました。高大橋渡しのコンピュータ計算入門は 0
50 100 150 200 250 300
2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020
履修者数
年度
コンピュータ計算入門 CGゲーム数学入門
数理科学入門 モデリング・シミュレーション演習
EXCELを使わずスマホだけで学習できるようにテキストを修正しましたが、ほぼ例年通 りの流れで授業を実施しました。具体的には、テキストと各回の課題プリントに加えて、
中間課題と最終課題(テスト)も印刷したものを郵送し、説明動画を配信しました。学 生は課題の問題を解き、写真を撮ってCampusSquareという大学ポータルに提出します。
説明動画は、例年通りiPadで説明して画面録画しました。ただし、学習と通信量の負荷 の軽減のため、3−5分程度で完結する動画を5−6本作り、圧縮してから配信しました。
学生の提出した jpeg(または pdf)ファイルの採点は、問題数が多いので数日かかり大 変でしたが、iPad+Apple pencilを使い家のダイニングテーブルで済ますことができ、ペー パーレスのありがたさも感じました。成績も例年とさほど変わりませんでした。
オンデマンドでの課題は教材の送付にあります。もちろん pdf でも配布できますし実 際にpdf 配布もしましたが、前に戻って確認するなど学習しやすい冊子テキストは教材 として遥かに優れています。また、課題プリントを学生に印刷させることも原理的には 可能ですが、10 コマ以上の授業を15 回学習するので印刷管理の負担が大き過ぎます。
そもそも、プリンタを持っていない学生も多く、コンビニで印刷するにしても経済的な 負担になります。
6. これから
数学の授業に限りませんが、大切なのは適切な
授業内容、授業環境(教室・机、教科書・演習書、道具)、動機づけ
だと思います。これらのうち、数学学習の道具としてタブレットや PC を利用すること は、21世紀の5分の1が終わる今、当然のことと思います。大学受験に偏重して、高校 までの学習で電卓すら使ってこなかったことはとても残念です。
高校で数学I, Aまでしか学習していなかった学生が粘り強く問題に取り組み、数学III, Cまで学習した学生よりもできるようになる例が毎年複数あります。授業内容とレベル に関する目標設定にもよりますが、再チャレンジはできるのだと強く感じます。
今年は時間制限のないオンラインでの期末課題(テスト)提出のため、テキストの問 題とは少し変えた問題も追加してみました。
(1), (2)の正答率はそれぞれ61%, 21%あり、どの授業も毎回課題があって大変な中、良く
頑張ってくれたと喜んでいます。
学生たちの頑張りは担当者にとって何よりの喜びです。より多くの学生が数理的スキ ルを持てるように、さらに授業の改善を進めていきたいと考えています。
参考文献
[1] 親松和浩:「愛知淑徳大学人間情報学部の数学系科目に関する高大接続の取り組み」、
愛 知 淑 徳 大 学 論 集 . 人 間 情 報 学 部 篇 5 号 、 pp.29-34 (2015).
(http://hdl.handle.net/10638/5601)
[2] 親松和浩:「核分裂性生物の崩壊熱計算PCコード」、愛知淑徳大学論集. 人間情報学 部篇 3号、pp.27-34 (2013). (http://hdl.handle.net/10638/5243)
[3] https://www.wolframalpha.com/