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感染症学雑誌 第81巻 第 5 号
糖尿病性ケトアシドーシスに合併した両側肺ムコール症の 1 例
宮崎大学医学部第三内科学教室
床島 眞紀 芦谷 淳一 松元 信弘 中里 雅光
(平成 19 年 2 月 8 日受付)
(平成 19 年 5 月 30 日受理)
Key words : mucormycosis, diabetis mellitus, ketoacidosis
序 文
肺ムコール(ムーコル)症は肺真菌症の数%を占め る稀な疾患である.血液疾患,腎不全,移植,糖尿病 を有した患者に合併し1)〜3),通常致命的であることか ら早期診断と外科的治療が望まれる.今回我々は血糖 コントロール不良による糖尿病性ケトアシドーシスを 伴った 1 型糖尿病患者で,両側肺ムコール症と診断し,
インスリン持続皮下注射で血糖をコントロールした 後,外科的切除を行い良好な経過をたどった症例を経 験したため報告する.
症 例 患者 38 歳女性.飲食業.
主訴 咳嗽,左背部痛.
生活歴 喫煙 40 本!日,20 年間.飲酒 焼酎 1 合!
日.
既往歴 22 歳時に糖尿病発症.
家族歴 母が糖尿病.
現病歴 22 歳時に妊娠し,初めて 1 型糖尿病を指 摘された.インスリン治療を行っていたが,コントロー ル不良であった.2002 年 6 月頃より乾性咳嗽が出現 した.全身倦怠感,食欲不振を自覚するようになり,
左背部痛,意識障害が出現したため 2002 年 11 月 1 日 近医に搬送されたところ,糖尿病性ケトアシドーシス および胸部 X 線写真上の両側下肺野浸潤影を指摘さ れ入院となった.糖尿病性ケトアシドーシスに対して 補液およびインスリン療法により加療された.11 月 21 日,気管支鏡検査を施行され,右肺浸潤影の生検の結 果,病理組織学的に肺ムコール症と診断された.アム ホテリシン B を 1mg!日の静注より漸増にて 10 日間 点滴投与され,右下肺野の浸潤影は縮小傾向にあった が,1 日投与量が 30mg になった時点で,副作用の消
化器症状が強く,さらに左下肺野の浸潤影は増大した ため,精査加療目的で 2003 年 1 月 6 日当科入院となっ た.
入院時身体所見
意識清明.身長 163.5cm,体重 59.9kg,BMI 22.4,
血圧 120!80mmHg,脈拍 78!分・整,体温 36.8℃.心 音は純で,呼吸音は左下背側で減弱していた.腹部に 異常所見はなかった.神経学的異常所見はなかった.
入院時検査所見(Table 1)
白血球増多(9,800!µL),血沈亢進(80mm!hr),CRP 上昇(1.3mg!dL)を認めた.ヘモグロビン A1c の上 昇(9.0%),軽度の貧血(ヘモグロビン 9.9g!dL),低 カリウム血症(2.3mEq!L),尿糖陽性を認めた.低酸 素血症があり,代謝性アルカローシスをきたしていた.
β-D グルカンの上昇はなかった.
入院時胸部 X 線写真(Fig. 1)
当科入院時の胸部 X 線写真では両側下肺野に浸潤 影があり,胸部 CT では右が 2.0×3.6cm,左が 5.0×6.0 cm の浸潤影で内部に空洞形成を認めた.
肺病理組織所見
抗真菌剤投与後増大傾向にあった左肺浸潤影に対し て経気管支肺生検を施行した.肺組織像では,枝分か れのある幅広い無隔菌糸からなる病原体の集落を認 め,両側肺ムコール症と診断した.
入院後経過(Fig. 2)
入院後,強化インスリン療法,次いで持続皮下イン スリン注入療法(continuous subcutaneous insulin in- fusion : CSII)による血糖管理を開始した.抗真菌剤 は使用せず,血糖コントロールが良好となった 2 月 18 日に,左下葉切除術を施行した.さらに 4 月 3 日右下 葉切除術を施行した.手術標本の病理学的検査(Fig.
3)は両側とも肺ムコール症の診断であったが,培養 では生えず同定できなかった.術後,炎症反応は消失 し,呼吸状態が良好になったため,4 月 16 日退院と 症 例
別刷請求先:(〒889―1692)宮崎県宮崎郡清武町大字木 原 5200
宮崎大学医学部第三内科学教室 芦谷 淳一
両側肺ムコール症 583
平成19年 9 月20日
Table 1 Laboratory data on admission Urinalysis mEq/L
144 Na
Peripheralblood
(- ) PRo
mEq/L 2.3 K
/μL 9,800 WBC
(+ ) Glu
mEq/L 97 Cl
% 64.2 Nt.
(- ) Ket
mg/dL 193 T-cho
% 28.9 Ly.
g/day 70 Totalglucose mg/dL
131 TG
/μL 332×104 RBC
g/dL 9.9 Hb
Pulmonary function Serology
% 29.9 Hct
L 2.67 VC
mg/dL 1.3 CRP
/μL 39.0×104 Plt
% 89.9
%VC mg/dL
1,083 IgG
L 2.84 FVC
mg/dL 160 IgA
mm/hr 80 ESR
L 2.45 FEV1.0
mg/dL 168 IgM
% 88.3 FEV1.0%
IU/mL 200.4 IgE
Blood chemistry
% 9.0 HbA1c
g/dL 6.91 TP
(- ) HBs-Ag
IU/L 21 AST
(- ) HCV-Ab
IU/L 17 ALT
(+ ) ATLA
IU/L 213 LD
pg/dL
< 4.2 β-D-glucan IU/L
354 ALP
IU/L 37 γ-CTP
Arterialblood gas IU/L
179 CK
(room air) IU/L
58 AMY
7.49 pH
mg/dL 12.2 BUN
mmHg 66 PaO2
mg/dL 0.3 Cr
mmHg 53 PaCO2
ml/min 149 Ccr
mmol/L 40.3 HCO3-
mg/dL 28 Glu
mmol/L 16.6 BE
Fig 1. ChestX ray film on admission showing masseswith a cavity in bilaterallowerlobes.
なった.
考 察
ムコール症は,真菌感染の 3〜4% で,肺ムコール 症は約 20% を占める4).肺ムコール症は,胞子の吸入 により発症するが,健常人で発症することは稀で,糖 尿病や腎不全,白血病などの免疫不全をきたす基礎疾 患を持つ患者に発症する.経過は急速で,血管侵襲性 が強く,生前診断が困難で予後不良とされている5).か つて死亡率は 80〜90% と高かったが,最近は早期診 断により 20〜40% にまで低下している6)7).それでも ムコール症はいまだに診断が困難で致命率の高い感染 症と言える.
本症例の発症時には長期にわたる糖尿病があり,さ
らにコントロール不良でケトアシドーシスをきたして いた.肺ムコール症の発症背景としては糖尿病が最も 重要と考えられている8)9).高度の耐糖能異常があると 好中球の遊走能や貪食能に障害をきたし,これが真菌 の増殖を助長していると考えられている.
肺ムコール症の大多数は急性発症で進行も早いが,
一部には慢性の経過をたどる症例の報告もある10).本 症例では発症が急激であったが,その後の進行は比較 的緩徐であった.入院後,速やかに強化インスリン療 法に移行し血糖コントロールを厳格にしたことが効果 的だったと考えられる.発症当初は抗真菌剤のアムホ テリシン B を投与し,右肺浸潤影は縮小傾向にあり,
治療に反応を示していた.一方で左肺浸潤影は増大傾
床島 眞紀 他 584
感染症学雑誌 第81巻 第 5 号 Fig. 2 Clinicalcourse
Fig. 3 Photomicrograph ofsurgicalbiopsy specimen.Note the many plemorphic,thin-walled fungalhyphae withoutsepta in tissue.A :Lowerrightlung.B,C,and D :Lowerleftlung A and B :HE staining,×100,C :
×400,D :PAS staining,×400
向にあり,矛盾した経過であったが,組織破壊により 薬剤の移行性に両側での差があった可能性がある.肺 ムコール症に対する抗真菌剤の有効性については議論 があるが,副作用が強く11)〜13),局所への移行性が十分 でない可能性もあり,早期に外科的治療へ移行するこ とが望ましいと考えられた.
画像上は本症例のように空洞形成をきたす症例が多 い14).しかし,浸潤影や孤発結節影を呈するもの,胸 水貯留など多彩な胸郭内病変を示す.有益な血清診断
はなく,喀痰検査の陽性率は極めて低く,診断の為に は局所からの生検が最も確実である.経気管支肺生検 による診断率は 40% と比較的高い6)が,発症時には全 身状態不良により気管支鏡検査が困難であることもし ばしばあると推察される.
肺ムコール症の発症は宿主の免疫状態に依存してい るため,免疫抑制剤や抗癌剤の使用頻度が高くなって いる現在では,注意すべき感染症のひとつである.ま た基礎疾患がなく発症した報告例もある15).胸部画像
両側肺ムコール症 585
平成19年 9 月20日
上,新たな空洞形成陰影が出現した場合には本疾患も 念頭に置いて,経気管支肺生検や経皮肺生検による早 期の精査を施行することが必要と考えられた.
文 献
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Bilateral Pulmonary Mucormycosis with Diabetic Ketoacidosis
Masatoshi TOKOJIMA, Jun-ichi ASHITANI, Nobuhiro MATSUMOTO & Masamitsu NAKAZATO The Third Department of Internal Medicine, Miyazaki Medical College
A 38 year-old woman admitted for bilateral infiltrates with a cavity and treated diabetic ketoacidosis and elevated inflammatory reaction in clinical examination was found in transbronchial lung biopsy speci- mens to have bilateral pulmonary mucormycosis. We controlled blood glucose with insulin and removed bi- lateral pulmonary lesions separately. Pulmonary mucormycosis with diabetic ketoacidosis is a rare but fatal fungal infection. Early diagnosis, intensive insulin therapy, and surgical resection may save patients with pulmonary mucormycosis even if lesions are bilateral.
〔J.J.A. Inf. D. 81:582〜585, 2007〕