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欝羽

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(1)

  の源流にみる韓日比較教育(1)

一韓国科学教育史研究の視点の確立をめざして一

宋眠瑛(SONG Minyoung)

はじめに

 韓国の自然科学教育史の研究は,学問的な蓄積がほとんどないといってよ い(2)。そこで,筆者は,宮城教育大学の永田英治との共同研究で,朝鮮総督府 が自主編纂した理科教科書にっいて悉皆調査をもとにした研究(3),および朝鮮 総督府が編纂した『初等理科(書)』が,日本内地の国民学校期の教科書『初 等科理科』に重大な影響を与えたこと(4)を明らかにしてきた。

 そこで,「第二次大戦後の日本の初等理科教育は国民学校の理科教育を基礎 として作られて今日にいたっている」という日本理科教育史研究の成果にたっ て見ると,韓国でも同じような歴史を経た可能性もあることになる。しかも,

韓国の自然科教育を視察した日本人や日本の理科教育を視察した韓国人,ある いは韓国や日本の自然科・理科教科書の双方を手にとったことがある人は,

「両国の自然科学教育がとてもよく似ている」という印象を受けることが少な

くない。

 本稿では,第二次大戦後の韓国の自然科教育が日本と同じような変遷をたとっ たのかどうかに焦点をあて,韓国と日本との第二次大戦後の自然科・理科教育 を比較しながら,その源流をさかのぼることにしたい。そうすれば,韓国科学 教育史の視点を確立することができるだろう。

(2)

1.最近の韓国と日本の自然科・理科教育の比較

 韓国の初等学校の名称は,1996年から「初等学校」と変えられる(5)。これは,

第二次世界大戦中に使われていた「国民学校」という名称が引き継がれていた。

 その国民学校の3学年から6学年までは,<表1>に見るように(1987.6.30,

<表1>韓国の国民学校における第5次教育課程の教科・時間配当

      〜「文教部告示第1987−7,9号」による〜(92.6.4,95.8.17訂正)

      週当たり時間数

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施行 1989年度から 年度 3月〜2月

1単位時間40分,1年34週(1学年は30週)

自然科の割合 自然科/全教科 19/171=11.1%(賢い生活科含む)

賢い生活 自然領域のみ

教育課程編制 教科活動+特別活動 週当たり時間数提示

30

(3)

<表2>韓国の国民学校における第6次教育課程の教科・時間配当

        〜「教育部告示第1992−16号」による〜(95.8.10,8.17訂正)

       週当たり時間数

学年     5    10   15   20   25   30

(総数)

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施行 1995年度(1,2学年)から漸次的に 年度 3月〜2月

1単位時間40分,1年34週(1学年は30週)

自然科の割合 自然科/全教科 15/168−8.9%(賢い生活科除外)

賢い生活 自然領域+社会領域

教育課程編制 教科活動+特別活動+学校裁量時間

年間配当時間のみ提示(週当たり時間の制限なし)→融通性ある教育課程運営

「文教部告示第87−7,9号」による)89年実施の第5次教育課程の教科・時間 配当に従っている。その自然科学関係教科は,「自然科」と称するもので,1

〜2学年のものは「賢い生活科」として置かれている。じつは低学年では,92 年告示(1992.6.30,「教育部告示1992−16号」)の第6次教育課程が実施されはじ

めている。<表2>は,同じくその新しい教育課程での教科目・時間の配当が 見られるように作った表で,1995年から漸次実施されている。第5次教育課程

(4)

<表3>日本の小学校における現在の教科・時間配当

    〜1988年「学校教育法施行規則」改定による〜(95.8.10,8.17訂正)

      週当たり時間数

学年     5    10   15   20   25   30

(総数)

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4

(29)

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5 10 15 20 25 30

施行 1992年度から 年度 4月〜3月

1単位時間45分,1年35週(1学年は34週)

理科の割合 理科/全教科 12/166−7.2%(生活科除外)

生活科 自然領域+社会領域

教育課程編制 各教科+道徳+特別活動

年間配当時間のみ提示(週当たり時間の制限なし)→融通性ある教育課程運営

の理念であった「学問中心教育」が批判され,国民学校自然科でも実生活と関 連ある素材を取り,身近な素材を中心にして探求させることが強調されている。

そして,低学年では自然領域と社会領域とが合科にされた「賢い生活科」になっ ているQ

 それでは,日本における教育課程はどのようになっているのか,上のく表3>

を見ることにする。これは,1988年の「学校教育法施行規則」改定で定められ,

(5)

92年から実施されている日本の小学校の教育課程である。表1〜3の三っとも 網をかけた所が自然科・理科に関する部分である。

 <表1>とく表3>とを並べてみると,低学年ではそれほど似ていないよう に見える。また,4学年以上の「自然科」も「理科」より週当たり(1)時限 多く配当されている。しかし,<表2>とく表3>とを比較してみると,自然 科学関係教科に関しては低学年理科が無くなったことからもそっくりのように

見える。

 そこで,両国の自然科・理科で違って見える点・類似点をさらに具体的に比 較対照してみることにしたい。<表4>は,現在の韓国と日本の自然科・理科 教育の相違・類似点が比較しやすいようにまとめた表である。まず,教科や教 科書の名称から違っている。韓国では,自然科学に関する内容は,国民学校3

〜6年生で「自然科」という教科の中で教えられ,3学年は週3時限,4〜6 学年は各4時限ずっ教えることになっている。そして,1〜2学年では「賢い 生活科」という教科の中で社会に関する内容と一緒に各学年4時限ずっ教える

ことにされている。「自然科」は『ス}(週[自然]』と題する国定教科書で,「賢

い生活科」は教科名と同じ名称の国定教科書『告71呈金ス雌}[賢い生活]』が 用いられている。

 それに対して,日本では,自然科学に関する事柄は,小学校3〜6学年で

「理科」という教科が置かれ,複数の教科書会社が作成する検定教科書によっ て,各学年3時限ずっ教えるようにされている。そして,1〜2学年では「理 科」という教科を置かずに「生活科」という教科の中で,社会に関する事項と

ともに各学年とも週3時限ずっ教えることにされている。

 韓国では「自然科」,日本では「理科」,そして1〜2年の低学年では「賢い 生活科」と「生活科」に形容詞がっいていて,その週当たり時限数も違う。ま た,韓国の3〜6学年には国定で補助教科書が出されているが,日本には出さ れていない。さらに,韓国の自然関係教科書は,全学年揃えて2朋ずつに分朋

されているが,日本のは,1〜3学年では各学年まとあて全1朋として,4〜

6学年は全2研ずつ出されている。

 しかし,その教科書の装丁などを見ると,授業時限数がいくらか違うとは言

(6)

<表4>韓国と日本の現行の自然科・理科教育の相違・類似点

       (95.7.22,11.7訂正)

1〜2学年 3〜6学年

韓 国 日 本 韓 国 日 本

教科名 賢い生活科 生活科 自然科 理科

内容 自然領域+ 自然領域+

社会領域 社会領域 自然科学 自然科学

配当時限 (4)時限 (3)時限 3学年(3時限) (3)時限

4〜6学年

(4時限)

教科書名 「賢い生活」 『あたらしいせ 「自然』 「新しい理科」

いかっ」『たの 「たのしい理科」

しいせいかっ」 など

など

教科書の種類 国定1種 検定6,7種 国定1種 検定6,7種

補助教科書 なし なし 「実験観察」 なし

教科書の大きさ A4よりやや大 A4よりやや大 A5よりやや大 A4よりやや大 装丁など

ページ数など 1学年 1学年 204ページなど 118ページなど

(336ページ) (113ページ) 実験結果・暗記 実験結果・暗記 2学年 2学年 事項などは印刷 事項などは印刷

(384ページ) (113ページ) されていない されていない 文字はほとんど 文字はほとんど

なし なし

教科書の巻数 全2朋ずつ 全1朋ずつ 全2朋ずつ 3学年(全1朋)

4〜6学年

(全2朋ずつ)

実施年度 1995年度 1992年度 3〜4学年 1992年度

(96年度)

5〜6学年

(97年度)

え,相違よりも類似点が目にっく。また,「1〜2学年の教科名を3〜6学年 の教科名と変えて二本立てとして,両国とも自然と社会とに関する領域を含む

(7)

教科を置いている点」はそっくりだと言える。

 けれども,それも日本の場合は,現行の文部省『学習指導要領」でもっては じめて低学年の「生活科」が置かれたのに対して,韓国では,前々回の教育課 程期から低学年「自然科」が他の教科と合科になっている。それだけではなく,

韓国の国民学校の1〜2学年の教科は,ここ20年ほどの間,少なくとも表面的 にはく表5>⑥のように激変して来たのである。

 それらの変化には,ある種の理念が背後にあったのであろうが,あまりにも 頻繁な教科の離合集散を生みだしたとも言える。その変化の早さは,日本がほ ぼ10年程度なのに対して,韓国は5年程度なのである。それに対して教育現場      く表5>韓国の低学年(1〜2学年)自然科教科名の変遷

       (95.8.1,8.15訂正)

   1981年        1987年       1992年 第3次

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第4次教育課程期

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  1学年のみ 教科名はそのまま 教科書のみ統合  (自然+算数)

第5次教育課程期

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自然科のみの 統合教科

第6次教育課程期

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 5次とは性格が 異なる新設の 統合教科  (自然+社会)

(8)

では,<新しい教育課程をやっと理解したと思うと,すでにつぎの新教育課程 が出されるので,子供も教師もとても混乱を起こしている〉という声も出され ている。日本の「生活科」は,低学年の「理科」と「社会科」とを合科にした

ものとは言っても,新しい教科が試行されてきた。しかし,韓国の「賢い生活 科」は,「〈自然科〉とく社会科〉が合併させられているだけで,ある時は自 然科として扱い,ある時は社会科として扱う」といった人も少なくない。

2.第二次大戦後の教育課程における自然科学関係教科の概観比較

 <表6>は,1941年に公布された「国民学校令」期から現在に至るまで,韓 日の教育課程変遷の早見表である。永田英治の『理科教育研究入門』(7)及び

『日本理科教材史』(8)に掲載された日本の「科学・理科教育史概観年表[ダイア

グラム]」での日本の教育課程は,実際に実施された年で区分されている。し かし,韓国での教育課程は,法令で公布された年を基準に区分されることがほ とんどなので,それに合わせて,日本の場合も「学習指導要領」が定められた 時を太い実線で分けて置いた。実際に実施された時期は波線で表している。

 敗戦直後の日本の理科教育は,「生活単元・問題解決学習」の考えを取り入 れたとされているが,敗戦前の国民学校期の理科教育の伝統が引き継がれたの である。そのことは,戦時中に文部省の中にあって国定教科書を編集し,戦後

も文部省の中にあって理科の教科調査官として日本の理科教育を指導した岡現 次郎その他の人々も認めるところとなっていて,日本の理科教育史研究では定

説化しっっ(9)ある。

 さらに,日本の小学校の理科教育は,1958年に「系統i理科」すなわち自然科 学の系統がかなりの程度重視されたが,「探究の理科/ゆとりの理科/個性尊 重の理科」と唱えられるのに伴って,「科学の系統」にかけられるウエイトが 少なくなっている。

 韓国の場合はどうであろうか。韓国の場合も,「生活単元・問題解決学習」

が教育課程の理念に取り入れられたのは,1946年に制定された「教授要目」期 のことで,1954年の「第1次教育(教科)課程」期には,いわゆる「学問中心

(9)

<表6>自然科・理科における第二次大戦前後の韓日教育課程変遷の比較          韓国

(学年)

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(学問中心教育)

         日本   (95810,8・15訂正)

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・両国ともに法令で定められた時を基準に区分し、実際に実施された時期は波線で表す。

・学問中心     生活中心

(10)

教育」という理念が「生活中心教育」に附加され,むしろそちらの方に重きが 置かれるようになっている。この点,第二次大戦後の韓国の「自然科」教育も

日本の「理科」教育と似た経路をたどっているのである。

 その後,1963年には「生活・経験中心教育」が強調され,1973年には「学問 中心教育/全人教育→学問中心+人間中心教育/学問中心教育/生活中心教育」

( °)と,振り子のように行ったり来たりしながらその教育内容を改変している。

すなわち,自然科学の基礎知識と科学的な探究方法を教えるという「学問中心」

主義と,身近なものから教材を取り出し生活との関連を重んじる「生活中心」

主義が,交代しながら重視されてきたと言ってよい。

 っぎに,理科の時限数・配当率の変遷を見ることにする。〈表7一ユ〉は,

朝鮮総督府下「国民学校令」が出された時から現在に至るまでの,韓国での自 然科学・理科関係教科への週当たり配当時限の変遷が見られるように作ったグ ラフである。また,<表7−2>は同じようにロ本での変化が見られるように

したグラフである。週当たり時限数の学年累計を表して置いたが,いずれの場 合も理科の時限数に選択幅がある時には少なめの時限で計算した。また,両国

ともに初等課程である6年間のみを出した。

 それを見ると,日本での「理科」の週当たり時限数は,「系統」が重んじら れた1958年に多く配当され,その後「小学校学習指導要領』で「生活」が強調 されるたびごとに減り続けたことが分かる。それに対して韓国では,最初に学 問重視の教育課程が出された1954年とその次に学問重視が唱えられた1973年と の2回に渡って自然科の時間配当が増やされている。そして,低学年の「賢い 生活」の半分を自然科と見なせば,1973年からの自然科学関係への配当時間は ずっと維持されてきたのである。

 っまり,韓国では,学問重視の教育から生活重視に変わると,学力の低下・

経済成長策との関係ですぐに反省される傾向が強いのである。

 韓国の教育課程は,社会・政治的な動き,ことに経済成長策が,また,世界 の教育思潮が教育課程に直接反映されてきた(11)とも言われている。そこで,1 995年から実施されている第6次教育課程における自然科学教育では,1980年 代初期にアメリカで提唱されたSTS(科学一技術一社会, Science and Tech一

(11)

<表7−1>韓国初等学校における自然関係教科への配当時限の変遷(実数)

〜週当たり時限数の学年累計〜

(95.8.1,8.15訂正)

(時限)

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(12)

<表7−2>日本初等学校における理科関係教科への配当時限の変遷(実数)

〜週当たり時間数の学年累計〜

(95.8. 1,8.15訂正)

(時限)

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1941〜 47〜    52〜    58〜    68〜    77〜   89〜

(13)

nology in Society)の影響も受け,社会的な内容を科学技術教育にも含めよ うという趣旨が見られる。低学年の自然であった「賢い生活」が社会科と合科 にされたことにも少なからず反映されたと思われる。

 日本での「系統理科」の重視は,世界的な特にアメリカの「科学教育の現代 化」の潮流の影響があったとされている。それに対して永田は,〈世界の動き に迎合したというよりも,田中実・真船和夫・岩城正夫・板倉聖宣らの努力も 大きかった〉と言及している(12)。しかし,その後の文部省の示す教育課程・学 習指導要領では,「理科」の配当時間が減少され,その要旨にも見られるよう

に,「生活理科」へ回帰する変遷を見せている。ところで,韓国でも日本のよ うに,<生活理科をとらずに科学の基礎を教える教育こそ子どもに楽しいもの になる〉といった在野の研究( 3)があったのかなかったのかにっいてはまだ充 分に調べていない。

 っまり,両国のく教育課程の変遷〉を概観して見ると,少なくとも外観的に は,周期は異なるといっても,双国ともに「生活中心→学問中心」を経て大戦 直後の「生活中心」に戻るような経過を見せていて,「科学教育」と「生活理 科」との2っの対立する科学教育のとらえ方に焦点をあてて,自然科教育史を 綴ることができるといってよいのである。

3.韓国独立後の自然科学教科書

 先に見た教育課程の変遷と第二次大戦後の韓国で朝鮮総督府の理科教育がど れだけ受け継がれたのかを見るのには,教科書を悉皆的に見る必要がある。し かし,1950年「韓国動乱」直後までの自然・科学教科書は一覧できる所がなく,

韓国の教育史でもその悉皆的な研究報告がされていない。そこで,筆者がこれ まで調査した教科書を整理するとく表8>のようになる。

 第二次大戦が終わった後韓国ではその前の朝鮮総督府で出された教科書を使 わない,という方針を取っていたが,〈理科に関しては使ってもよい〉とされ たよう(14)で,解放直後にはおそらくその前の朝鮮総督府のものを一部使った と思われる。

(14)

<表8>韓国の自然科学教科書の初版 (95.5.28,10.23訂正)

時期区分 学年・教科書名 1学期用 2学期用 備考

①第二次大戦直後,

@第0期(1945−1946)

教科書は発行されていない 教師が準備した 送ソ。

②教授要目期

@(1946−1954)

1−3年は発行せず。4年『初等理科/臨時教材」5年「初等理科/臨時教材」6年「初等理科/臨時教材」一一一一 一一一一一一一一一一一一______

P年「自然の勉強」2年「自然の勉強』3年「自然の勉強』4年『科学の勉強」5年『科学の勉強」6年「科学の勉強」

  ;46.11.1047.1.30一一一一一㎜一一一_

T4.3.5

@ノ/

T3,3.30 S8.7.10

S9.8.20三版52.5.30

 ●P学期

ュ行⑦皿一一 一一一pのみ

T3.8.31

@;53.8.3150.1.3054.9.10

46.3月から2学期 ァ実施。1学期:9−

Q月,2学期:3−8月一一一一}一一一______

ウ科書の学期区

ェ不明確。△△.△(3学年)

T3,1.31(5学年一3)52.1.31(6学年3)

③第1次教育課程期

@(教科課程期,

@1954−1963)

1−6年「自然」『一一一一一『}一 一一一一一一一____一一

P年『自然」2年「自然』3年「自然」4年「自然」5年「自然」6年「自然」

55.3.10(?)一一一一一一一一一一

U0.3.1 U0.3.1 T7.1.15 T6.1.30 U2.2.1 T7.1.15

55.9.10一一』一一}−

T9.9.1 U1.9.1 T7.6.25 T6,9.10 T7,6.25 T6.9.10

教科書名のみ異、一一一一一一一一一『一__

P学期用56.1.30?

Q学期用56.9.10

④第2次教育課程期

@(1963−1973)

鼈黹ホ}

L2年『自然」3,4年「自然」5,6年「自然」

63.8.15 U4.8.15 U5.8.15

64.2.15 U5.2.15 U6.2.15

⑤第3次教育課程期

@(1973−1981)

1瑠年「自然」4−6年「自然」 72.11.15 V3.11.15

73.2.15 V4.2.15

⑥第4次教育課程期

@(1981−1987)

1年「賢い生活」2,3年「自然」4年「自然」5β年「自然』

82.3.1 W2.3.1 W3.3.1 W4.3.1

82.9.1 W2.9.1 W3.9.1 W4.9.1

1学年用の「賢い

カ活」は教科書のみ統合される。

⑦第5次教育課程期

@(1987−1992)

1,2年r賢い生活」

@  「観察」3年「自然」

@  「実験観察」4−6年「自然」

@ 「実験観察」

89.3.1 W9.3.1 W9.3.1 W9.3.1 X0.3.1 X0.3.1

89.9.1 W9.9.1 W9.9.1 W9.9.1 X0.9.1 X0。9.1

補助教科書開発→「観察』(1〜

Q学年用)「実験

マ察」(3〜6学

N用)

⑧第6次教育課程期

@(1992−?)

L2年「賢い生活(実験用)」

@ 『賢い生活」3,4年「自然(実験用)」

@ 「実験観察(実験用)』  「自然』

@ 『実験観察」5,6年「自然(実験用)」

@ 「実験勧擦(実験用)」  「自然』

@ 『実験観察」

94.3.1 X5.3.1 X5.3.1 X5.3.1 X6.3.1 X6.3.1 X6.3.1 X6.3.1 X7.3.1 X7.3.1

94.9.1 X5.9.1 X5,9.1 X5.9.1 X6.9.1 X6.9.1 X6.9.1 X6.9.1 X7.9.1 X7.9.1

⇒ここの以下は

¥定のことを提 ヲ。

(15)

 しかし,1946年には軍政庁文教部編纂の「主号。1叫(望ス1ヱ刈)[初等理科

(臨時教材)]」が発行された。その発行の経緯に関してその序文「臨時教材を

発行して」( 5)はつぎのようにいう。

  解放以来,鋭意初等学校理科教科書の編纂に務めているが,その間に学制   が制定され教科目が一部統合されたことによって,教授要目の制定〔1946.

  9.1公布〕も自然に延期されることになった。周知のように,その前に,

  委員会〔米軍政庁編修局の教科別編修官たちが組織したく教授要目制定委   員会〉(16)〕を経て一旦は決定を見た要目に,社会生活が新しく加えられ,

  そのことによって一,二,三学年のもの〔理科〕は,社会生活科に編入さ   れることになった( 7)。それに伴い,四,五,六学年の理科要目も最初から

  作り直さなければいけなくなった。(〔〕は筆者)

そして,かなり進行していた理科教科書の編纂も全面的に作り直すことになっ たという。しかし,教育現場では「教科書発行が強く渇望され」,教授の参考 に資する材料が絶無であることから,一旦決定された要目に基づく教科書原稿 から「一学期用」だけでも選んで発行しようと考えたという。っまり,

  正式な教科書が作成されるまでの間,教授の参考に資することができれば   という考えで,理科教科書編纂委員会の充分な討議を経由せずに,まず応   急用としてこれを各道に送ることにした。(毎校一朋づっを予定)したがっ   て,これを使用する教員の皆さんが,適宣直して使用してもよいと思って   いる。

というのである。

  『左号。1斗紹ス1J7・LスR)[初等理科(臨時教材)]』は,わずかの漢字を含む 全ハングルで記されていて,教授要目から教材を選んだと称されている。<表

9>の右側『主号゜1斗(望ス1丑ス恥[初等理科(臨時教材)]』の5学年用は,

1946,47年版を見たが,教材名は双方ともに同一である。頁数は95頁と65頁と 異なっていて46年版の頁数が多いが,これは,1ページに入っている文字の数

によっている。ただし,「14.光線」( 8)だけは,47年版に挿し絵が7ページ入っ ている。それらを朝鮮総督府の『初等理科』と比較して見ると,学年を変えら れた教材と表現に多少の相違点も見えるが朝鮮総督府のものをほとんど採用し

(16)

<表9>朝鮮総督府「初等理科」[横書き]1943〜と

     軍政庁文教部『初等理科(臨時教材)」1946〜との比較

(1995.10.22)

朝鮮総督府「初等理科』1943年〜 軍政庁文教部「初等理科(臨時教材)1946年〜

1.春ノ天気 5 1.我々がしたこと

2.キウリト草花 5 2.田

3.野生ノ食物 4 3.呼吸

4.写真機 6 4.繁み

5。夏ノ天気 5 5.果樹園

5 6.夏ノ生活7.海 6.我らの飲食物7.秋収

8.防空ト消火 5 8.岩石

9.コト・フエ・タイコ 7 9.鉄鉱石

10.火ト空気 5 10.金物

11.燃料 7 11.消化

12.冬ノ天気13.冬ノ生活 12.タコと飛行機13.燃料

14.メッキ 6 14.光線

15,私タチノ研究 4

1.私タチノカラダ 9 1.我々がしたこと

2.ヒマ 2 2.山と水

3.自転車4.山ト水 3.水と生物4.脳と神経

6 5.船 7 5.資源

6.タコト飛行機 8 6.衣服

7.鉱石8,センヰ 7.道具と力

9.油シボリ10.水飴

§

11.電灯12.電信機ト電鈴 9

13,電動機 6

14.私タチノ研究 3

24+15+14 = 53 (?十?) 十  (14十?) 十  (7十?)   =

・『初等理科(臨時教材)」は,

      4〜6学年の巻1のみ発行された可能性高い。

ていることが分かる。例えば,臨時教材の冒頭に置かれた「1我々がしたこと」

は朝鮮総督府の最後に置かれた「15.私タチノ研究」が変えられた教材である。

また,「6.我らの飲食物」は「3.野生ノ植物」が,「13.燃料」は11課から移され たものである。さらに,学年を変えられたのは次のものである。すなわち,4 学年から移されたのは「2.田/5.果樹園/7.秋収/10.金物」で,『初等理科』の

「3.苗代と7.田植/17.果物/16.トリ入レ/22.金物」にあたる。6学年からは,

「3.呼吸/9鉄鉱石/12.タコと飛行機」で,同じく『初等理科』の「1.私タチノ

(17)

カラダ/7.鉱石/6.タコト飛行機」にあたる。しかし,「8岩石」と「14.光線」

とは1931年から発行された『初等理科書』から抜粋されたもので,『初等理科 書』の5学年「5.岩石」と6学年「5.鏡」から引き継がれている。ことに,「14.

光線」の挿し絵は朝鮮総督府の『初等理科』のもの( 9)がそのまま掲載されて

いる。

 その記述を比較するために,朝鮮総督府『初等理科』5学年用の「13.燃料」(2°)

を見ると,

  [実験1]木ノ細イ枝ヲガラス管二入レ,外カラ熱シテ,中ノヤウスヲ見ル。

  0ガラス管カラ出ル煙ハ,燃エルカドウカ,タメシテミル。

  ○カラス管ノ中ニハ何ガ残ツタカ。

とされている。これが,臨時教材では挿し絵だけを省略してそのまま翻訳し掲 載されている程度である。

 っまり,『主号。1斗(望ス1ヱスn)[初等理科(臨時教材)]』は教授要目から教

材を選んだと称されているが,その内容はほとんど朝鮮総督府の『初等理科書』

『初等理科』の教材から抜粋されたものである。これを見ると,「教授要目」で の自然科学関係の教材そのものもその前の朝鮮総督府のものが受け継がれたと 推測できる。

 これは,「各校1朋ずっしか配当されなかったωので,児童用書のように作 られていても教師がそれを持って教授資料として使った可能性が高い。また,

48年からは『斗叫号早[科学の勉強]』が出されているので,これは教授要目 が出され施行された46年から2年の間だけ使用されたと思われる。

 その後,韓国では1948年8月「大韓民国政府」が樹立し49年11月31日「教育 法」が公布されるようになって新しい課程を作る必要が生じる。しかし,1950 年に「韓国動乱」が起こり53年休戦になるまで混乱が続き,暫くは実現されず,

第二次大戦後の韓国の教育制度・教育課程が名実ともに定あられるのは1954年 のことになる(「第1次教育(教科)課程」)。つまり,1〜3学年用の『ス囲 号早[自然の勉強]』,4〜6学年用の『斗叫暑早[科学の勉強]』が「教授要 目期」における自然科学関係教科書である。これは,一応全学年にわたって見 ることができたが,印刷発行年月日しか記述されていなくて初版がいっ出たか

(18)

を推定することがむずかしい。しかし,現時点の調査で1948年発行が最初だと 考えられる。また,発行された教科書の数も1学年2冊であったり,1または

3冊である時期もあって,教科書の流れを確定するのがむずかしい。

 これはおそらく,「韓国動乱」を前後とする混乱期の編纂事情によると思わ れるが,悉皆的な調査が完了するまでは確かなことが言えない。

 また,発行年月日は未確認であるが,全1朋で出来ている「ス囲号早[自然 の勉強]」3学年用を見ると,単元の立て方が「問題文」化されていることも

眼につく。

『スト曽号早[自然の勉強]」は全ハングルで,『斗叫号早[科学の勉強]」はい くっかの漢字を括弧の中に入れた程度の全ハングルで出来ている。

4.韓国自然科教科書の源流

 韓国独立後,最初に独自に編纂された自然科学関係の教科書は,先に見たよ うに『ス園暑早[自然の勉強]』「斗叫号早[科学の勉強]』であるといってよ い。それらを,朝鮮総督府編纂の教科書との比較をしながら見ることにする。

 朝鮮総督府の『自然の観察」は教師用書のみの発行であったが,「教授要目」

期の低学年用の『ス囲号早[自然の勉強]」は児童用書も発行されている。

<表10>に見るように,課の数は,1〜3学年で31,31,18課とされたのが31,

33,31にされ,3学年の大項目の教材が廃止されている。題目のたて方では,

身近かな自然物・現象を取り上げて,『自然の観察』の教材がかなり受け継が れている。例えば,下線を引いたように『ス園号早[自然の勉強]』1学年用 巻1では,「私たちの学校/種まき/春の野山/池と小川/家の動物/雨/水 遊び/体をきれいに/虫捜し/虫の巣/果実/お月見」,巻2では,「うさぎ/

種取り/秋の野山/稲刈り/木の葉集め/朝日と夕日/物運び/楽しい遊び/

影遊び/風車」などと,ほとんど同じ題目の課が多い。それも同じ学年の同じ 巻からである。その他の学年でも同様であって,朝鮮総督府のものと同じよう な題目は49.5%を占めている。

 しかし,歯磨きなどの大事さを強調するのに,朝鮮総督府「自然の観察」で

(19)

〈表10>朝鮮総督府「自然の観察」1942〜と文教部「自然の勉強』1953〜との比較        (94.・7。10,95.9.1訂正)

課数 総課数

朝鮮総督府「自然の観察』1942年〜

1M・の庭 2記芯の3交庭の動

ro

11.しやぼん玉

12日 浴

13 こミあがり

1

20.うさぎ 22 vvの   び 23.うしとうま

欝羽

26.冬の衛生 28.すと一ぶ 29.あぶりだし 30.日なたと日かげ

 1  2 1日  1  2  2  2  4  1  2  2  2

19 十  12  =  31

31(19十12)一ト31(19−1−12)十18 = 80

文教部「自然の勉強』1953年〜

1

2

ムたちの YF交

12.  な体 13.夏休み

16お 見

絹辺日ヨ4喝身ヨqヨ4

2 1

  1−2と1日 2−4と半日一1日

17.うさぎ

23. 運び運送・

24.日聞き 25>くしい遊び 26.雪

27.玩具 28.磁石遊び

i鞭叢,

 一 一  11

1日と1時間

16 −i− 15  =  31

31(16−1−15)一十一33(17一ト16)→−31(15一ト16)=95

     1学年用だけを上げて,2,3学年用は課数のみを総課数欄に表しておいた。

・ここでは,

・   ほとんど同一の教材(47課/95課一49.5%)

は「冬の衛生」として寒い時の健康管理を中心に,文教部の『ス囲号早[自然 の勉強]』では「体をきれいに/健康な体」の中で暑い時の健康管理に重きを おいて指導するようになっているなど微妙に違う点も見られる。また,『自然 の観察』3学年用最後の課の「私たちの研究」では,「今まで記録した『自然の

こよみ』を自由に研究させて,これまで養った見方,考え方,扱い方をはたら

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