中国 における ヒール産業 の発展 と立地
‑ 青 島 ビールを事例 として‑
柳 井 雅 也 ・ 干 殿 文
は じめに
1978年 の第十一 回三 中全会 の決定 によって中国は改革 開放政策 を始 め,積極 的に市場経済 を導入す ることとな った。1989年 の天安 門事件 によって外資導入 は一時的 に滞 ったが, その後, 中国はWTO加盟 に向 けて経済発展 を再 び開始 した。 このような環境下で,企業 も市場 で生 き残 るために,様 々な経営手法 を 駆使 して競争力 の強化 に取 り組んできている。
1980年代か ら慢性的な食糧不足の解決策 として ビール産業の育成が政府 によっ て促進 された。 それ は伝統的な白酒 は穀類 を原料 とす るためであ った。 このた め,各地域 に一斉 に ビール企業が設立 され ることにな ったが, これ らの企業 は 規模が小 さ く, また国有企業であるため,経営効率の点か ら様 々な問題 を抱え, 経営が順調 に行かないケースが多か った。
本稿 はこのよ うな問題意識の もと, 中国の ビール企業が競争力 を強化 してい く事例 と して山東省 の青 島嘩酒 (以下,青 島 ビール) を取 り上 げて検討 を行 っ た ものである。
青 島 ビールは, 中国の ビール産業 において生産量で燕京 ビール (北嘉市) と な らんで トップシェアを競 い合 っている企業である。 この青 島 ビールの事例 を 研究す ることは,政府 と地方政府 の役割, 国有企業 の株式上場 と経 営安定化 (生産 ・物流改革)への取組,M&Aな ど最新 の経営手法 の導入 に対す る評価, 企業間競争 の実態な ど,青 島 ビールの経営分析 にとどま らず, 中国の国有企業 改革 にとって も参考 に資す るところが大 きい と考 え る。 この点で,本研究の意 義があると考 えた。以下, この問題意識 に沿 って分析 を進 めてい くこととす る。
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第1章 中国の ビール産業 の現状 第1節 世界 にお ける中国の地位
キ リンビールの調査 によると,世界 の ビール生産量 は,1990年 の約1億1395 万kPか ら,2001年 までの12年 間で,2832万kP(増加率24.8%)増加 して い る。
世界の構成比 (1990年 と2001年比較)で見れば, 日本 は5.8%か ら5.1%に, ヨー ロ ッパ は39.8%か ら34.0%まで シェアを落 とす な ど,既存 の ビール生産 国の停 滞 や減少 が進 んで い る。 これ に対 して 中国 (9.9%増), 中南米 (2.0%増) な ど,新興 ビール生産 国の台頭が 目立 っている。特 に中国の増加分 は1555万kPで, 同期 間中の世界増加分 の54.9%の シェアを 占めている1。
消費量 につ いて も同様 の傾 向が見 られ る (表1‑ 1)。特 に, 中国 は順位 が 世界第3位 でか ら2位 に上昇 し,増加率 も329%とな って い る。 これ ら新興 国 の台頭 は所得水準 の向上 の ほか,人 口の多 さ,特 に若年齢層比率 の高 さと, そ れ にともな う市場 の拡大 が理 由 といえ る。 その一方 で,先進 国で は平均年齢 の 高齢化 な どもあ り市場 が成熟化 して きているといえ る2。
表1‑1 1990年 と2000年上位10カ国 ビール消費量(kR)と増加率 1990年 2000年
順位 国名 総消費量 順位 国名 総消費量 増加率
1 アメ リカ 22,670,000 1 アメ リカ 23,184,000 2.26%
2 ドイツ ll,437,000 2 中国 22,036,000 329%
3 中国 6,696,000 3 ドイツ 10,306,000 ‑9.8%
4 日本 6,640,000 4 ブラジル 8,260,000 42.4%
5 イギ リス 6,310,000 5 日本 7,100,000 6.9%
6 ソ連 5,000,000 6 イギ リス 5,701,000 ‑9.6%
7 ブラジル 5,800,000 7 ロシア 5,543,000 * 8 メキ シコ 3,697,000 8 メキ シコ 5,006,000 35.4%
9 スペイ ン 2,828,000 9 スペイ ン 2,885,000 2%
10 フラ ンス 2,335,000 10 ポー ラ ン ド** 2,461,000 201%
*1991年 ソ連崩壊,統計不能
**ポー ラ ン ドは1990年23位 で消費量 は1,224,000kPで あ る 出所 :キ リンビール調査 デー タよ り作成
第2節 中国 にお ける ビール産業の発展
中国において ビールは もともと歴史の新 しい酒だ った。1900年 にロシア人が 黒龍江省‑ル ピンで ビール工場 を作 ったのか始 ま りである。 その後5年間に, ロシア, ドイツ, チ ェコがハル ビンで3つの工場 を建設 した3。 1903年 にはイ ギ リス と ドイツの商人が青 島において 「英徳醸酒有 限公 司」(徳=独,有 限公 司‑有限会社) を設立 した。 この工場 の年間 ビール生産能力 は2000kPだ った。
これが,現在 の青 島 ビールの前身 とな った。
中国人 が始 めて設立 した ビール工場 は,「東北三省嘩酒「」(荏 :「=工場)
である (1904年,ハル ビン)。1914年 には‑ル ピンで 「五洲嘩酒汽水「」(荏 : 汽水‑ソー ダ), 同年北京 で 「双合盛 時酒「」,1935年広州 で 「五羊嘩酒「」
(広州 ビールの前身)が設立 された。 書
1949年 に中華人民共和国が成立 し,政府 は1958年 に天津,杭州,武漢,重慶, 西安,蘭州,良 明な どの大都市 で生産能力2000kPの ビール工場 を建設 した。
1979年時点で,全国の ビール工場 は90件,年間生産量52万kPだ った。 この生産 量 は, 中華人民共和国設立 当時 と比べ ると74倍 にな る4。
中国で ビール産業が大 き く発展 したのは1979年以降の10年間である。 この時 期 は毎年30%強の増加だ った。その理 由は各地 にビール工場が相次 ぎ建設 され,
1988年 には全国で813件 (1979年比9倍) まで増加 したか らである。 生産量 も
656万kP(同17.6倍) にな り, アメ リカ と ドイツに次 いで世界第3位 まで に成 長 した5(図1‑ 1)。
図1‑1 中国のど‑ル生産量の推移(万kR)と対前年増加率(%)
2500 20001500
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1957年 1979年 1980年 1985年1990年1995年2000年2001年
出所 :1957年 か ら2000年 までの生産量 は 「中国統計年鑑2001」 2001年 の生産量 は中国醸酒工業協会 よ り
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後述す るとお りビール産業 は工場乱立 と淘汰 という歴史を歩むが,それで も なお業界全体 として, ビール産業が発展できたのは以下の理 由によると考える。
1つは,経済発展その ものが, ビール生産の増加 につなが り, ビール市場 の 拡大 に直結 した ことである。
2つ 目は中国の酒類飲料消費の構成変化 において, ビールの消費割合が年 々 上昇 した ことである。1980年 には ビールの消費割合 は18.8%であ ったのに対 し,
1990年 には49.9%,2000年 には72.3%とな って20年間で4倍 とな った。 そ して
1人 当た りの ビール消費量 も1979年 は1人平均年間消費がわずか2Pだ ったの に対 し,2000年 には17Rとな った。 この消費量 の増加が中国 ビール業界の発展 を促 した6。
3つ 目は,改革開放 を実行 して以来,政府 は ビール製造業 に対 し免税措置や 投資を増加 させてきたためである。 特 に 「七五」「八五」(第7次五 力年計画 と 第8次五 力年計画,1986年〜96年)の時期 に,政府 は ビール業界 に対 して免税 措置を とり, その結果,企業で留保 された資金 を銀行への返済 にあて ることが できた。 さ らに,政府 は通常予算の枠外 に,特別予算8億元 を ビール産業 に投 資 した。 これ らの措置 によって,全国に相次 いで ビール工場が建設 され るよ う
にな ったのである7。
4つ 目は,外国の大手 ビール企業が相次 いで中国に進 出 し,宣伝 な どの最新 の経営手法 を持 ち込んで,市場 の開拓 に努 めたか らである。
第2華 中国政府の ビール産業政策 と企業の地域分布
1986年10月〜91年8月の第7次5ヵ年計画策定時 に, 中国政府 は ビール産業 に関 して 「一条龍計画」 と 「ビール専項計画」 を立案 した。
「一条龍計画」 とは1986年10月〜91年8月の期間中に, 中国軽工業省, 中国 国家経済委員会, 中国建設銀行な どが 「国産 ビール生産設備近代化 プロジェク ト」 を実行す る もので,年産5万kPの ビール工場を最適規模 として,設計院 ・ 設備 メーカーや ビール工場を選抜 して,開発 レベルを定めて,プロジェク トチ‑
ムを作 って推進す るものである (例 :長春軽機「一北京設計院一南京 ビール)。
また,「ビール専項計画」 とは同期 間中に同上 の機 関 と各地方計画委員会, 軽工業局, 中国建設銀行地方支店が 「ビール工場 の新設,能力拡大 プロジェク ト」 を行 うものである。これ は地方 が主体 とな る もので,計画 スター ト時 は59 プロジェク トでは じめて,完成時72プロジェク ト以上 にす る計画 であ る。ここ では, 国は地方 の建設銀行支店 に対 して ビール専項貸 出枠 を設定 し, 当該 プロ ジェク トを支援す るよ う指示 した。地方政府 に とって も,有望産業 の設立 は将 来の税収 ア ップにつなが ると判断 してその設立 に積極的だ ったのである。
しか し,現実 は政府が資金不足 だ ったため各地方政府が支 出す ることが多 く, 結果的に地方 中心 のプロジェク トとな って,小規模 ビール会社 の乱立 を招 くこ
ととな った8。
経営効率 が悪 い小規模 ビール会社では,外資系 ビール企業 に太刀打 ちできな く, また地方政府 の財政逼迫 も招 いたあで,後 に詳述す るように政府 は外資系 企業 の統制 (1995年),大規模 ビール中心 の グループ形成 (1998年) に方針 を 転換す ることにな った。
表2‑1は,2001年 の中国省 ・市別 の ビール生産状況 を示 した ものであ る。
企業数 は383社 ある。1995年 の626社 と比較す ると243社 も減少 している。これは 経営破綻 と大企業 によるM&Aによる整理 ・淘汰 のためである。 この うち年 間 生産量 が5万kP以上 の企業 は102社 で総生産量26.6%を 占めて い るの に対 し, 5万kP以下 の企業281社 は73.4%とな って い る。 この ことか ら, いまだ零細企 業が中心であることがわか る。省 ・市別生産量 では山東省 は1位で2位 を大 き く 引き離 している。 これは青 島 ビールの生産が もっとも貢献 しているためである。
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表2‑1 2001年全国 ビール生産状況統計
It88()88)‑
堰
位 省 .市 名 統計生産量200(万1年業界kP) 2統計生産量0(0万0年業界kP) 増加率(%) 2企業数001年2工場数001年20以上企業 の生産量 による分類 (20‑1010‑5 5‑3 3‑1 1万kP)以下 2統計局統計001生産量年国家 1の 消 費 量人 あ た り(B/人) 1 山 東 省 282.65 283.44 ‑0.28 28 49 4 2 3 1 15 3 296.51 30.76 2 漸 江 省 175.57 163.69 7.26 43 53 1 4 5 5 15 13 165.38 37.09 3 広 東 省 160.14 148.16 8.08 10 15 1 2 5 1 1 170.73 18.31 4 河 南 省 152.88 131.20 16.53 25 27 1 3 4 7 7 3 118.63 16.32 5 遼 寧 省 141.78 146.85 ‑3.455 29 33 1 1 8 3 4 12 144.17 33.06 6 安 徽 省 126.82 123.92 2.34 20 24 1 2 8 3 5 1 124.94 20.93 7 黒龍江省 125.54 143.00 ‑12.21 36 44 1 1 3 4 6 21 139.65 33.63 8 北 嘉 市 124.31 125.12 ‑0.65 3 5 1 1 1 124.39 88.88 9 福 建 省 124.07 118.89 4.36 36 38 2 2 1 9 22 115.25 35.32 10河 北 省 123.51 116.74 5.80 19 25 2 2 3 3 8 1 134.86 18.10 ll江 蘇 省 102.73 85.63 19.96 22 31 1 2 6 9 4 90.78 13.65 12湖 北 省 100.30 93.28 7.52 6 19 2 1 3 103.07 16.44 13吉 林 省 83.56 79.63 4.93 14 17 2 1 2 1 3 5 84.79 30.27 14 四 川 省 79.80 76.90 4.02 3 18 1 1 1 79.86 9.49
出所 :中国醸酒工業協会
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16 陳 西 省 48.91 34.49 41.81 2 7 1 1 51.69 13.41 17 内 蒙 古 39.97 40.50 ‑1.31 14 16 1 4 3 6 40.69 16.32 18 重 慶 市 38.27 37.10 3.14 2 9 1 1 40.31 12.24 19 上 海 市 34.15 35.57 ‑3.99 4 5 1 1 1 1 36二21 20.06 20 広 西 33.70 31.99 5.35 5 6 1 1 3 33.01 7.42 21湖 南 省 30.86 25.73 19.91 12 16 2 1 1 8 27.98 4.73 22甘 粛 省 22.30 28.59 ‑22.00 3 6 2 1 20.68 8.60 23 新 彊 20.48 18.43 ll.16 3 9 1 1 1 20.32 10.51 24 山 西 省 18.36 16.79 9.34 6 8 2 2 2 14.87 5.50 25 雲 南 省 17.68 16.79 5.29 8 9 1 4 3 17.92 4.07 26 貴 州 省 14.99 16.59 ‑9.57 5 8 2 3 9.47 4.20 27 夫 津 市 13.97 8.26 69.10 2 2 1 1 13.59 13.79 28 寧 夏 5.79 4.70 23.29 2 4 1 1 5.31 10.18 29 海 南 省 4.62 5.40 ‑14.52 1 1 1 4.62 5.80 30 チベ ッ ト 2.75 2.50 10.02 11 1 2.75 10.38
31青 海 省 0.42 0.60 ‑30.62 0 1 0.42 0.80
合 計 2,300.76 2,209.82 4.12 383 531 23 26 53 48 107 126 2,273.81 18.01
備考 :1.ビールの生産量 は,各省市 自治区にある他省の企業の生産量 も含む。
2.企業数 は独立一級法人企業である。 工場数 は集団に所属す る工場 も含む。
3. 1人 あた りの消費量 は第五回人 口調査 によるものである。
4.国家統計局の生産量統計は国有企業 と売上が500万元以上の非国有企業を対象 とす る。
ビール企業は比較的沿海地域 に集 中 している。 しか も分布 の特徴 としてみれ ば,各省 ・市単位で生産 ・販売が完結す るモザイク的な地域分布を指摘できる (図2‑ 1)。 このような分布 にな ったのは 3つの理 由が考え られる。
図2‑1 2001年中国 ビール生産分布図
田 しこコ ∈≡∃ [三二二コ ⊂二二
100万kB以上50万kト 100万kJ30万kL‑50万kL IO万k2‑30万kL10万kb以下
出所 :表2‑1よ り筆者作成
1つは,年平均5万kA以下の小規模 ビール企業が占める割合が高 く, 自己負 担 によって遠隔地で売 ることが難 しか ったの と,各地方政府の条例 によって外 部の ビールに税金 をかけるところもあった りして,なかなか外部か らの参入が 困難だ ったか らである。
2つ 目は,各省 ・市の小規模 ビール会社が製造 した ビールのなかには, その 味 と価格が現地の消費者の飲食習慣 に比較的合 ってお り,現地 ビール市場 をあ る程度確保できたためである。
3つ 目は,消費者 は現地の製品だけを購入 し,その現地のブラン ドに対す る 信頼が 自然 とビール市場の地域性を助長 して,外資系 ブラン ドの侵入を相対的
に防げてきたためである9。
こうして,少数の大規模 ビール企業が,市場制圧的に販売展開す るという傾
向 とは異な って,国内市場 は省 ・市別 にモザイク的な零細中小 ビール企業の割 拠 とそれに基づ く市場が形成 されたのである。
第3章 中国における外資系 ビール企業の概況 第1節 外資系 ビール企業の進出
中国経済が発展す るにつれ,国民の可処分所得 も増加 した。1998年現在, 1 人 当た りの年間平均所得 は5000元 (1元‑15円) とな った10.特 に,沿海経済 発達地域11においては,消費財への欲求は先進国並 みに高度化 してきている12。 キ リンビールの調査 によれば, 中国の1人 当た りの ビール消費量 は,1993年 10.32だ ったのか,2000年 には17.5Rとな っているO第一位 のチ ェコか ら見れ ばまだ1割 に過 ぎない (図3‑ 1)。
図3‑1 国別1人当た り年間 ビール消菓量 (1999年)
中 国 日 本 イ ギリ ス デン マー ル ク ク センブ ル ク オー スラリト ア ド イ ツ ア イ ルランド
チコェ
出所:エコノミスト毎日新聞社2002.2.4p29
中国のビール消費はまだ発展途上だが,4億人がビール期待消費人口と試算されている13。それに,4億人のうちまだ女性が消費人口として現実化していないといわれている14。また,国民生活の都市化が進み夏以外でもビールが消費される可能性もある。外資系ビール企業は,この様な理由により魅力的な中国市場に進出してきたのである。 外資系ビール企業の進出は大きく分けて4つのタイプがある。1つは独資・ ‑191(191)‑
合弁 ・合作方式 (100%出資,現地企業 との合弁,現地企業 に技術提供) で進 出す る方法 であ る。これ は,外資系が進 出す る最 もオ ー ソ ドックスな方法 であ る。 ‑ イネケ ン, カール スバーグ, フォースター, アサ ヒ, サ ン ミゲル, サ ン トリーな どが この方 法 を採用 して い る。た とえ ば, 米 国 ア ジア戦 略投 資公 司 (ASEMCO)は北京五星 ビール に1億 ドル を投資 し, 共 同で北京双合盛五星
ビール有 限公 司を設立 した。
2つ 目は, ライセ ンス生産譲渡方式 であ る。 これは 自社 ブラ ン ドを現地企業 に委託生産 させ る方法 であ る。ペ ックス, キ リン, ブルー リボ ンが この方法 を 採用 している。
3つ 目は投資会社 を仲介す る方法 で,た とえばアサ ヒは伊藤忠商事 と組んで, 中策集 団か ら中国 ビール集 団の75%の株 を買付 けて進 出を果 た した。
4つ 目は企業 を買収す る方法 である。
1980年代 は合弁形式 が主流 だ った。 しか し1990年以 降 は企業買収 も行 われ る よ うにな った。
1984年 にサ ン トリーが江蘇省連雲港 に進 出 し,現地企業 との合弁 によ って
「江蘇三得利食 品」 を設立 した。 その後1985年 にはデ ンマー クのカール スバ ー グが広東省恵州 に,1988年オ ラ ンダの‑ イネケ ンは上海市 に, それぞれ合弁 に よ って進 出を して い る。 1990年 には米 国の ミラーによる北京 「五星嘩酒」(以 下五星 ビール) の買収 が あ った。また1992年 にフ ィ リピンのサ ン ミゲルが広州 の広州 ビール と合弁 を行 った。韓 国の斗 山 ビール も遼寧省丹東市 に合弁形式で 進 出を果 た している。 1994年 か ら1995年 にか けて 日本 のアサ ヒビールが杭州, 泉州,北京,煙台 にあ る地元 ビール メーカーを買収 し, 中国 ビール市場 にお け る橋頭壁を築 いた。 さらに世界最大の ビールメーカーであるア ンハイザ‑&ブ ッ シュも同時期 に武漢,青 島に拠点 を置 いている。 このほか,オース トラ リアの フォス ターズが成都,武漢,天津 に進 出 し, タイのCPも南寧 に, ニ ュー ジー ラン ドのライオ ンネイサ ンは江蘇省無錫 に, 日本のキ リンビールが藩陽に,サ ッ ポ ロは江蘇省 に進 出 した。 この結果,外資系 ビール メーカー同士 の競争, およ
び外資系 ビール企業 と中国系国内有力 ビール企業 との競争が激化す るようにな っ た (表3‑ 1)。
外資系 ビール企業の立地 は北京 を除 けば, そのほとん どが中国沿海地域 に集 中 している。 これは沿海部 の消費市場 の大 きさと大麦 の輸入基地 と しての港湾 利用, それに ビール輸送 の効率性か ら判断 して立地 した と考 え られ る。
表3‑ 1 1998年現在 中国 に進 出する外資系 ビール企業 と提携先
進 出外国企業 提携先 な ど
山東省 ア ンハ イザ‑.ブ ッシュ (米).アサ ヒ (日) 青 島嘩酒,煙台 中策嘩酒
漸江省 アサ ヒ (日) 杭州 中策嘩酒
広東省 アサ ヒ .キ リン (日).カール スバ ー グ (デ). 広 州 嘩 酒 .珠海 戯 麟 統 一 サ ンミゲル (比).パ ブス ト (米)ペ ックス (独) 嘩酒
遼寧省 オ リエ ンタル .ブル ワ リー (韓).キ リン (日) 藩 陽華潤雪花埠酒 北嘉市 ミラー (米).アサ ヒ (日) 北 京 五 星 嘩 酒 .北 京 中策北京嘩酒 福建省 アサ ヒ(日).ハ イネケ ン (蘭).ペ ックス (独) 泉州 中策噂酒
湖北省 ア ンハイザ‑.ブ ッシュ(米).フォスターズ (秦) 中徳嘩酒
四川省 インターブリユー (ベルギー).フォスターズ (蒙) ブル‑.スウ ォー ド 江蘇省 サ ン トリー .サ ッポ ロ .キ リン (日) ライオ 太 湖 水 嘩 酒 .江 蘇 三 得 利
ンネイサ ン (NZ) 食 品 .江蘇大富豪嘩酒
吉林省 バ ス (莱) .ホル ステ ン (独) 金士官集 団 上海市 サ ントリー(日)ハイネケン (蘭) フオス夕‑ズ (秦) 上海三得利嘩酒 広西自治区 CP (タイ)
夫津市 フ ォスターズ (秦).ミラー (米) 勅海崎酒
出所 :週刊東洋経済1995.9.2 http//beerchina.comか ら作成
ー 193(193)‑
この立地 は改革開放政策 によって形成 されてきた。すなわち1980年の4つの
「経済特 区」 の制定,1983年の 「合弁法」制定,1984年 の14ヵ所 の 「沿海港湾 都市」の開放および1987年の 「沿海地 区発展戦略」な どをきっかけとして,規 制緩和 と地域的誘導が進んで外資系 ビール産業の地域分布が形成 されてい った ためである。
1998年現在, 中国に進 出 した外国企業 は30社,95工場である。 これ らは合弁 もしくは独資 (100%外資) として立地 している。 中国側が株 を支配 している のは6社で,50%支配が1社 とな っている。 これを国有企業 も含めた生産量全 体か ら見 ると10万kP(1998年) を越える40社 の中で,外資系 は23%を占ること
になる15。
第2節 中国政府 による外資規制 と国有企業の選択的育成
国内での合弁事業の推進 は, ビール産業のみな らず国内産業の発展を促進す る一方で,国有企業の存立基盤 を揺 るがすおそれがあ った。 また政府の統制が 利かな くなるおそれもあった。そのため中国政府は,1995年 と1998年の計画改定を 通 じて,すべての産業を対象に合弁企業及び合弁行為を監督することにした。
まず1995年 に, 中国政府が公表 した 「外国企業投資指導 リス ト」で,投資業 種 を奨励 ・許可 ・制限 ・禁止 の4つに分類 して統制 を行 った。そ して1998年 に 奨励 ・制限 (甲 ・乙) ・禁止 の3つ に集約 された。 この うち ビール産業 は制限
乙種 に指定 され国内企業の保護政策が とられることにな った。
ビール産業 について, こうした動 きの中心 とな っているのは 「中国軽工総会」
である。 この総会の提案 により,1998年 に政府 は民族資本であるビールメーカー の保護 と外資規制の制定を行 った16。
具体的には,
(1)三資企業の ビール生産量 は中国の ビール生産量 の30%以 内に抑える170
(2)外国ブラ ン ドビールについては10%以内に抑え る。
(3)外国企業100%出資企業の設立 は原則 として認 めない。
(4)外 資系 ビール企業 に よ る中国企業 の株 式保 有 また は合弁設立 プ ロ ジ ェク トにつ いて は,事 前 に 中国軽 工 総 会 の 同意 を得 た後 , 現 行 規 定 に基 づ き再 度 厳 し く審査 す る。
(5)三 資企業 の生 産 す る外 国 ブラ ン ドの ビール は20%以上 の輸 出を義務 付 け る18。
とい った項 目で あ る。
また, 外 資流入 規制 と前 後 して, 国有 ビール会社 の支援 ,重 点育成 も講 じら れつつ あ る。 優 遇 の対象 とな るの は年生産 能力 が10万kPを越 え,外 国企 業 と合 弁 して いな い大手企業 で あ る。 銀行 融 資 や債券発行,株式上場 な どの認 可手続 きを優先 させ るほか,規模 拡大 の ため に赤字企業 を合併 す る場合 は,被合 併企 業 の負債 の利 子免 除 や元 金返 済 の繰 り延 べ な どを認 めて い る19。
企業育 成 につ いて も青 島 ビール,燕京 ビール, 珠江 ビール な どを 中心 に企業 集 団 を形成 し, 第9次5ヵ年計画 (1996‑2000年) の期 間 中, これ らの国有企 業 において生産能力 を拡大 し, スケール メ リッ トを追求 させ て い る。 この結果, 選択 的 な国有企業育成 策 が推進 され, その他 の、競争 力 に劣 る国有企 業 に とって
は,厳 しい経 営 を強 い られ る こととな った。
ビール産業 にお いて, この よ うな政策 が と られ るよ うにな った理 由は, 1つ は税金 に よ る負担 が増 加 した ことで あ る。1997年 の時点 で40%以上 の ビール企 業 が欠損 とな って いた。一部 の欠損企業 で は,製造停止 ,破産 に追 い込 まれ る まで にな って いた20。
2つ 目は, コス トを下 げ るた め には,安価 な国産 の大麦, ホ ップな どの原材 料 を使 用 せ ざるを得 な いが, 品質 が悪 く, 味 わ い,風 味,色合 いの面 で,外 資 系 ビールや輸入 ビール にた ち うちで きな いた めで あ る21。
3つ 目は,外 資系 ビール企業 に よ る大量 宣伝, 旺盛 な市場 開拓 と販 売 ネ ッ ト ワー クの形成 , それ に低価格 政策 によ って,次第 に経 営 は厳 しい状 況 に追 い込 まれ て い ったた めで あ る。
この た め成長 地域 で あ る中国で, 自 らが成長 を享 受 で きな い とい う 「ジ レン
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マ」 に中小零細 ビール企業 が追 い込 まれて い ったので あ る。
第4章 青島 ビールの経営戦略
外資系 ビール企業 の進 出 と国内 ビール企業 の競争 の中で勝 ち残 って きた企業 の うち, その有力 な一 つ の企業 が青 島 ビールで あ る。 しか し,青 島 ビール は順 調 に発展 して きたわ けで はない。 この点 を明 らか にす るために,2002年2月27
日〜29日に,青 島市 の政府外事弁公室 の協力 を得 て青 島 ビール と青 島市経済委 員会 を訪 問 して調査 を行 った。以下,既存資料 と調査結果 を もとに分析 を行 っ てい く。
第1節 青 島 ビールの歴史 と競争環境 の変化
1903年, ドイツの租借地 だ った青 島に ドイツ艦隊が駐在 していた。船員 に ビー ル を提供す るため ビール工場 が建 て られた。 これが 当地 にお ける ビール生産 の 始 ま りで あ る。青 島 には 「嘆 山 (ろ うざん) の水」 とい う栄養分 のあ る ミネ ラ ル ウ ォー ターが豊富 にあ ったので ビール生産 に適 して いた。 そ こに ドイ ツの製 造技術 を用 いて ビール の生産 を始 めたのであ る。1906年 には ミュ ンヘ ンの博 覧 会 で青 島 ビールが金賞 を受賞す るまで に生産技術 は進歩 を遂 げて いた。
1914年 に,青 島 ビールが 日本 のキ リンとアサ ヒビール に買収 され,第二次世 界大終 了 (1945年) まで経 営 を行 って いた。1945年 か ら2年 間 は, 中国の国民 党政府 が青 島 ビール を経 営 し,1947年 か ら国有企業 とな り, 「青 島嘩 酒「」と い う名称 で1993年 の株式上場 まで経営 を行 って いた。
1993年 までの供給対象 は,主 に外 国人駐在員, 国の外交宴会,輸 出な どだ っ た。 そのため営業員 は2名 しかおかれていなか った。青 島市民 で さえ,青 島 ビー ル を 口にす ることがで きるの はまれで,春節 に1世帯 に10本 が配給 され る程度 だ った。 この よ うに青 島 ビール は慢性 的供給不足 の状況 におかれて いた。 そ し て皮 肉な ことに, この経営手法 が青 島 ビールの 「貴族化 され た ブラ ン ド」 とい
うイ メー ジを認知 させ る結果 とな ったので あ る。