「いたづら小僧日記」の原書
著者 堀部 功夫
雑誌名 同志社国文学
号 35
ページ 92‑103
発行年 1991‑03
権利 同志社大学国文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000005059
﹁いたづら小僧日記﹂の原書九二
﹁いたづら小僧日記﹂の原書
堀 部 功 夫
佐々木邦の人生観を早くに鶴見俊輔が︑その名翻訳を中内正利・
谷沢永一がそれぞれ注目していた︒﹁いたづら小僧日記﹂について
は次の発言が記憶に新しい︒
︿佐々木邦氏の活躍期は明治大正昭和の敗戦後までと三代にわた
る︒今日から見ればすでに古い作品だが︑漱石が今尚新鮮さを以て
迎えられるのと同じように︑それらはもはや古典といってよい﹀ ︵1︶︵會田雄次︶︒︿うちの子供たちは文庫版で佐々木邦の少年物をみん
な読んでいたようだ︒この点において親と子供が共通の少年少説を
読んでいることになる︒しかも私自身が佐々木邦を子供たちにすす
めたわけでないから︑自分たちで見付けてきたのである︒そのおか
げで佐々木邦の少年物が戦後も出ていることを知った︒親と子供が
同じ小説を読んで育っ︑と言えばそれはすでに一種の古典になって ︵2︶いることであると言ってよかろう﹀︵渡部昇一︶︒
﹁いたづら小僧日記﹂がロングセラーであることは後で報告する し︑また実際これを読むと楽しいのだが︑研究は少ない︒ その緒を求めて︑小文をつづろう︒ 調査にあたって︑−亭量︷◎申O◎お﹃易︒︒・大阪国際児童文学館・神奈川近代文学館・国会図書館・丸善株式会社・明治学院大学図書館のお世話になった︒心から御礼を申し上げる︒ ﹁いたづら小僧日記﹂は百話より成る︒各話を¢−@としよう︒ @−◎の五五話が﹁悪戯小僧日記﹂として﹃明星﹄に次のごとく発表された︹いまこれをA本文とよぶ︺︒ ◎−@ 明40・u・1刊︒ ゆ−ゆ明40・12・1刊︒ ゆ−ゆ明41・2・1刊︒ @−@明41・3・1刊︒ @−ゆ明41・4・1刊︒ ゆ−ゆ明41・5・1刊︒
ゆ−ゆ明41・6・1刊︒ ゆ−ゆ明41・7・1刊︒
@−@ 明41・8・10刊︒ ◎ 明41.10.5刊︒
のち︑内外出版協会から︑¢−◎を﹃いたづら小僧日記﹄︹明42
.5.15︑管見本は明42・9・1刊第九版︺︑@−四を﹃続いたづ
ら小僧日記﹄︹明42・10・25︑管見本は明治44・7・20刊第十六版︺
として出版される︹これをB本文とよぶ︺︒
以後の本文に
・縮刷合巻一い讐欲蛸盟一一大⁝︑弘学館一
D 日本小説文庫二二二﹃いたづら小僧日記﹄︹昭7・6.15︑春
陽堂一E 家庭文芸名作選﹃いたづら小僧日記﹄︹昭22・3・25︑家庭杜︑
管見本は昭22・4・15刊再版︺
F 春陽文庫
G 佐々木邦ユーモア小説選書7﹃いたずら小僧日記﹄︹昭29.12
・1︑東方社︺
があるようで︑また邦没後に
H ﹃少年少女世界の名作文学四八﹄︹昭和42・1・20︑小学館︺
1 ﹃佐々木邦全集こ︹昭49・10・10︑講談社︺
−新学杜文庫四八一い等欲滞調一一昭・・⁝−︑新学社一 2K 福武文庫い20﹃児童文学名作全集2﹄︹87・1・30︑福武書店︺ O ︐各所収本文がある︒これらのうち︑B・Eの初版およびC.Fは未
﹁いたづら小僧日記﹂の原書 見であり︑細い異同に立ち入れないでいる︒ 著者表示は︑Aがく佐々木邦vとのみ︑その後次のとおりである︒ ︹作者生前分︺は
表紙扉奥 付
B
佐々木邦訳佐々木邦訳述著作者佐々木ド手C佐々木邦訳著
D
佐々木ド±ナ佐々木r±ナ著作者佐々木rチE
佐々木贋±ナ佐々木邦著著者佐々木
晴±ナF
G 佐々木r芋佐々木ド土ナ著作者佐々木盾±ナ︿訳V明示の落ちた版もあるとはいえ︑佐々木邦自身︑﹃いたづら
小僧日記﹄の原書について次のような菱言をくりかえしている︒
○ 原書は無名氏著悪戯小僧日記といふ︒是は其の所々を訳し出し︑
又自分の考へを加へて成つたものであるから︑訳としては極め
て不忠実である︒さりとて著といつては不道徳になるから︑兎
に角訳として置いた︒︵Bの﹁はしカき﹂︶
○ 無名氏著 >霊︷巾2︑︒︒9胃<︹略︺から面白いところ︷\を
冗談半分に訳出し︑其に自分の気紛れな考へを加へたもの︵C 一3一 の﹁はしがき﹂︑未見︑尾崎秀樹の引用に拠る︶
○ 或日︑私は丸善へ行って︑無名氏著>霊︷困2︐︒︒冒胃<とい
ふ本を偶然手に入れました︒読んで見たら非常に面白かったの
九三
﹁いたづら小僧日記﹂の原書
で︑その翻訳を思ひ立ちました︒マーク・トウヱーンと夏目さ
んの刺戟が頭の中にあったのです︒この翻訳は﹁いたづら小僧
日記﹂として後日出版しました︒︵昭5・10・20︑講談社
﹃佐々木邦全集﹄︶
○ 或日︑例の通り丸善へ行つて︹略︺>霊工匝2︑︒︒一︶一彗kを買つ
て︑電車の中で読みながら帰ったが︑実に面白い︒就職難で遊
んでいた折から︑これを訳して見ようという気になって︑早速
やってのけた︵昭16・8・8︑春陽堂﹃豊分居雑筆﹄︑講談社
新版全集五に拠る︶ ︵4︶○ これは翻訳ですが作者は無名氏です︒︵昭36談︶
邦の全著作に目を通し切れていないので︑他にあるかもしれない
が︑これだけでも十分であろう︒邦は機会があれば﹁いたづら小僧
日記﹂の主体が無名氏著>霊︷︸2︑︒︒冒胃Kの翻訳であるとこと
わり続けていたのである︒
二
ところが現在︑邦菱言はこのままでは通用しにくい︒﹁いたづら
小僧日記﹂は邦の創作であるという説が出︑支配的になっているた
めである︒依然邦菱言をただ敷術したのみの記述もありはするが︑
創作説にほおかぶりしたそれらはもはや説得的でない︒ 九四 創作説はHあたりから顕著になった︒Hは﹁いたづら小僧日記﹂を︿日本編﹀に抄録し︑例えば太郎が家出をして伯母さんの家へ行く条に︿おばさんの家は︑たぶん東海道の三島を想定して書かれたものと思う︒﹀と注し︑すでに本作を全然翻訳視していない︒ ︵5︶ 決定的な創作説は︑指方龍二に始まる︒指方は邦菱言を真向から否定する︿秘話︑逸話﹀を公開した︒ 佐々木邦先生の処女作は︑ほんとうは﹁いたづら小僧日記﹂で ある︒ほんとうは︑という意味はあとでわかるが︑この原稿を ママ 与謝野鉄幹主宰の文芸雑誌﹁昴﹂に持ちこんだ︒それが採用さ ママ れたが︑佐々木邦訳で原作者の名はなかった︒/なぜ︑自分の 創作として持ちこまなかったかの理由として︑/﹁無名の青年 が︑雑誌杜に原稿を持ちこんでも︑なかなか読んではくれない︒ ところが︑翻訳だといえば興味をもってくれるからね︒﹂/与 謝野鉄幹は︑まんまと引っ掛ったわけだが︑無論︑おもしろい から載せたわけである︒/まもなく﹁いたづら小僧日記﹂は︑ ある小出版社から刊行された︒紙装の粗末な本だったがよく売 れた︒それで続編も出した︒やはり佐々木邦訳だった︒後年︑ これを一本にまとめて訳を消した︒/この作晶に出てくる悪童 たちの行動範囲は︑もとの赤坂溜池を中心に︑遠くは泉岳寺に
まで及んでいる︒
この指方文の出現で︑局面は大転換した︒従前︑︿﹃いたづら小僧
ママ 一6一日記﹄一>霊宇O壱一︸胃K︶の翻訳Vとか︑︿作者はアンノウンマン 一7︶一無名氏︶で︑︑>霊亭O壱巨胃k︑︐の翻訳であるVとか書いてきた尾
崎秀樹も︑早速指方説を用い一推定︶以後記述を変更した︒尾崎は
さらにふみこんで>霊︷まK︑︒︒一︼胃<を架空の書と決めつける︒
︿アンノウンマン一無名氏一の翻訳という形をとっているが︑アン
ノウンマンというユーモア作家がいたわけではなかった︒無名の若
い作家の創作であるよりは︑翻訳としたほうが活字になりやすいと 一8一いうのがその理由だったらしい︒Vと書き︑︿﹁いたづら小僧日記﹂
などの処女出版は︑翻訳と称しているが実際には創作で︑無名の作
者が作品に箔をっけるため︑そのように偽ったのだともいわれる︒
その証拠にア・ナウマン作︑つまり無名氏作となっていたというオ 一9一チまでついているVと述べ︑︿アンノウンマンの作品の翻訳という 一L0一形をとったが︑実際には創作だった︒Vと記す︒
岡保生は︑指方説を鵜呑しないが>霊︷困2一︒︒冒胃k翻訳説に
も慎重で創作説に傾く︒︿﹁訳﹂といっても︑英米文学からヒントを
得たり︑部分的に翻案したりしたところはあるにもせよ︑大体は邦 一11一の﹁著﹂と見てよいのではないだろうか︒Vとふれている︒﹁いたづ
ら小僧日記﹂にヒントを与えた英米文学として岡が考えているのは 一u一︿マーク・トウェイン﹀である︒
﹁いたづら小僧日記﹂の原書 ママ 上笙一郎は︑︿﹃>霊宇◎壱9胃己という小説が英米文学のなかにあると聞いたことはないし︑当の邦自身があの世の人となった今となっては︑︹翻訳か創作か︺どちらが本当なのか確認すべき手だてはない︒﹀と言い︑︿しかし︑﹃いたずら小僧日記﹄をよく読んでみると︑翻訳だという述懐も創作だとする主張も共に真実だと言わさるを得ないように思う︒ というのは︑この作品は日本の中流家庭での話として構成されているわけだが︑たとえば舞踏会を家でやるとか教会へ行くとか︑明治末期の日本ではなかなかあり得ないモダンな風俗がいたるところに出て来るが︑これは原作が欧米の作品であることを疑わせるに十分だ︒けれども︑一方ではその風俗や人物が違和感を少しもあたえず︑みごとに日本化されているのであり︑その面を高く評価すれば︑﹃いたずら小僧日記﹄は邦の創作だ生言えなくもないのである︒Vと思案して︿結局﹃いたずら小僧日記﹄は︑︽翻訳︾というよりは︑原作を佐々木邦の個性に合わせて大胆に切り取った︽翻案﹀作品だということになるのではあるまい一13一か︒﹀と総括しようとした︒ただし︿原作﹀を明確にせず︑>霊︷匝◎K︑︒︒一︶胃kの存在には否定的である︒ 一般に創作説が広まり︑定説化した︒高橋康雄もく翻訳物として発表した﹃いたずら小僧日記﹄︵諏刺作家やユーモア作家が匿名や 一14一筆名で作品の効果を高めるのと同じとみてよかろう︶Vと後を継ぎ︑
九五
﹁いたづら小僧日記﹂の原書
神谷忠孝もく処女作﹃いたずら小僧日記﹄︵明42・5︑内外出版協
会︶はアンノウンマン︵無名氏︶というユーモア作家の作品からの 一15︶翻訳というかたちをとっているが実際は創作である︒Vと踏襲した︒
指方・尾崎説が流布する昨今である︒
三
しかし︑創作説を主導した指方回想には疑点がある︒その一に︑
事実として︑﹃明星﹄発表時に指方のいうく訳V表示がないことで
ある︒その二に︑当時の気風はすでに翻訳尊重でなく創作尊重であ
ったことである︒創作が翻訳より尊ばれていた実態は︑例えばとし
子﹁私の読みました小説﹂︵明39・u・20﹃中学世界﹄︶に明白であ
る︒とし子日く
独歩は短編は犀利な男らしい筆で︑紅白粉を洗ひ落した様な筆
振りが好きなので御座いますが︑時々私共の様な浅学な女にま
でも︑﹁あらこれは何々の翻訳だ﹂と︑すぐに看破し得る様な
外国物にまで︑原作家の署名もなければ︑翻訳とも翻案とも断
つて御座いませんが︑斯様な事はよろしい物でしやうか︑する
と何か変った趣向で︑一寸目にっく様なのがありましても︑
﹁又西洋種ぢやないかしら?﹂なんて︑立派な創作に対してま
で︑痛くない腹を探られると云ふ事になつて︑作家だつて割の 九六 悪い話になります︒併し斯様な事は此作家のみでもない様で︑ ママ たしか去年の夏あたりの︑新小説の巻頭を飾つた一小説なんぞ︑ ツルゲネフの有名な︑エルステ︑リーべの始めを少し脱いた許 ︑ ︑ りの︑立派な翻訳だと思はれますのに︑た風葉とのみの署名 で済して居りました︒又夫と前後して出た﹃一本杉﹄とか云ふ のも︑この原書は私は存じませんが︑たしか矢張りツルゲネフ の翻案に相違ないと云ふ話を聞いた事が御座います︑死んだツ O O ルゲネフが又蘇生って︑日本で風葉と改名したのなら知りませ んけれども︑世間を盲目にした様な拙い仕打が︑何所くまで も厭で御座います︒と︒その三に同じ粉飾説でも指方回想と反対内容が伝わっていることも付け加えておく︒十和田操は座談会﹁佐々木邦と明治学院﹂︵74・u・1﹃白金通信﹄︶で次のように語っている︒ ︹邦が︺アメリカの滑稽話を集めた本を読んで︑さかんに翻案 して︑ある東京の出版社から創作風に発表する︒﹁これはウソ っきだ︒翻案じゃないか⁝⁝﹂という手紙もあったが︑当時の ことだから︑気がっかずに不問にふしてきたようで⁝⁝ これが﹃明星﹄発表時の話であれば︑創作説は逆転する︒ そもそも>霊︷まく︑︒︒冒胃kは架空の書であろうか︒個人が聞
いたことはないからといって存在しないということにもちろんなら
ない︒この点を調べないで種々の推量をするのは早計に過ぎる︒
実は著者表示なし>団&まK.︒︒9胃︸が存在する︒異版を未調
査であるけれども︑ニュー・ヨークのト○○.COPく罵俸o○⁝1
勺>Zく版でくOC勺く雪○雪■Ho◎o◎P︸Kcの↓丙向O↓印co;;=vと刷
られた本を見ることができた︒
さらに同書の︑邦とは別人による翻訳︑すなわち伊東六郎訳﹃バ
ッドボーイ日記﹄︵大4・6・19︑高踏書房一も管見に入る︒語学
能力の欠ける私もこの伊東訳に助けられて︑論を続けられそうであ
る︒書き出しを抄引しよう︒
原 書
−奏吻箒︸窒易◎〒k婁・・計メ彗︑昌與昌目婁了二〇壱8毒一
︑︑08温〆考gミ昌巨k昌=斤o︷冒饒﹃;手︷毫冒鶉o巨〜︐︑
○OO−︒︒︸こ国..ま妻︑︑富冨O竺昌KOq;考&−毛︒︒一︒︒后易ぎ︷O監〜
昌︑=♂お〜岸ミ昌こ牙芋◎巨;牙昇oqoH.○り◎昌p昌昌與︒︒子oqg昌o
◎罵二考昌一&aげ品ぎ字四一丁ぎL◎H︒︒8〒毛8﹇一q.︒︒8◎昌8
8でK︒︒巨;8◎巨◎︑ざ昌一
伊東六郎が訳書﹁はしがき﹂で言うように︿子供の書いたものに
なってゐるので︑所謂片言交りの文章でむつかしいと云ふよりは頗
る読みにくい﹀原文である︒
﹁いたづら小僧日記﹂
﹁いたづら小僧日記﹂の原書
お れ まる
く乃公は昨日で満十一になった︒誕生日のお祀に何を上げやうかとお母さんが言ふから︑乃公は日記帳が欲しいと答へた︒するとお母さんは早速上等のを一冊買って呉れた︒姉さん達は三人共日記をっけてゐるから︑乃公だってっけなくちや幅が利かない︒/ い や物は最初が大切ださうだ︒始めて逢つた時可厭だと思った人は何時までも可厭だとは︑お花姉さんの始終言ふ事だ︒それで乃公も此最初を巧くやる積りで︑色々と考へて見たが︑どうも面白い事が書けない︒すべて物には始めがある︒正月は明けまして始まり︑演説は満堂の紳士淑女諸君で始まり︑手紙は拝啓陳者で始ま てる︒しかし日記は何で始まるものか︑始からして分らないのだか てんて どんなら︑全然見当がつかない︒弱っちまふ︒/お花姉さんのには何塵事が書いてあるか知ら︑一つお手本を拝見してやらうと好い所に 二つそり気がついて︑乃公は霜と姉さんの室へ上つて行つた︒V主要人物も○o◎おo匡碧汀ヰ
﹁身竃◎8魯胴烏oo−◎目2
○り巨o竃◎◎弓
巾2o︒票身
−oプ目目<団8ミ易 太郎お花姉さん清水さんお春姉さん森川さん歌子姉さんお島
忠一
九七
﹁いたづら小僧日記﹂の原書
が対応する︒
邦は原書に拠って︑第一に︑日記体独白の形をそのまま採用した︒
加害者による一方的語りで︑被害者側の痛みに立入る隙を与えない︒
そこで話は無責任一点張のうち陽気に進行する︒
第二に︑痛烈な諏刺を記した︒︿悪戯小僧﹀の目で︑成人のタテ
マェ社会をわらうことがしばしばである︒
第三に︑ジョージのかなりひどい悪戯も写した︒悪戯好きの読者
が読めば快哉を叫ぶ内容が請け合われた︒
細かい点室言い足せば︑邦の本で首をかしげたところが原書を見
れば解決する︒◎ナイヤガラ行の条くお母さんは大きい姉さん二人
を片付けるのと︑お歌さんの縁談とで︑くさくさしてゐる上に︑乃
公が獅子と逃げたり︑風船へ乗って行方知れずになったりして︑余
計な苦労を掛けたものだから︑少し健康を傷めた︒﹀や︑@︿乃公
はお島との約束は破談にして︑此子︹清子さん︺と結婚しようかと
思つた位だ︒Vの傍線部が唐突で面くらう︒しかし︑原書を読めば︑
風船旅行が二五章に︑つまり二七章のナイヤガラ行以前に語られて
いるし︑早くに︿−;雲胃ま昌胃︷oミ阻H=一乏−;o雰↓︷﹀︵巳
47︶と記されてあったから︑膀におちるのである︒ ﹁いたづら小僧日記﹂にある記事が︑付いたところを表示する︒ 九八
原書の何章にあたるか 気
ゆ佐 々 木 邦 47今日は学校書原東伊
54奉公にやら
ABC
D
EF
GH1JK @ゆ54乃公のゐな
〜巳書出五文字 〜章巳 〜章巳56昨夜は退屈ゆゆ
1乃公は昨日125肥591958此頃は音な 71 9 1一 5
8今日は家の579独61423ゆ63今日は昨夜 16二週間とい9uゆ65今日は午前99
20 2628
16今朝は大変1012ゆ66森川さんと 12 13二 14 17
17今日からはu12@67凧を祷へや92128
19今日は久しu13102229ゆ68今朝は早く 25お母さんの1517u2733ゆ70今日は一日 21皿 23 23三 27
29待ちに待つ1820123035@71今日は素敵 33乃公は今度202226133338mm十三醐73今日は日曜ゆゆ
34家を出る時2122143338
× ×
75大阪の伯父 35乃公は丈が212314343981乃公は三日 35乃公は地理2223143539 m mw ⁝一 m 一⁝⁝十四 mゆ@ゆ82伯父さんは
37家郷病は悲222414364083忠公の家の 39今日は応接242529153741w十五棚87お父さんはゆゆ
39金曜日は悪242515374190一体お歌さ mmm⁝m
43今日は学校2829164144 ⁝⁝皿脳 閉 卿十四⁝⁝ m
91此頃歌さんゆゆ
o44家から手紙282916414495小い子供く
45乃公は実際283017424498此二三週間 閉w m+五鵬@ゆ6060@@
46今日は大内293017434599今朝は早く
﹁いたづら小僧日記﹂の原書 3034343536390414414243444546515152545757596262 31353536374041424344444647525253555758606262 714464031眺1
918405
× ×
918405 2 3w 3 3 2 4四 4 4
029415
021525
224555 69七73 77
652232
65
75
× ×
327575皿蝸十九捌7484 328585 5 15m 眺 1 3 3 2+八 7 3 2
4295959405
420606n閉二十醐
158234216161■ooX9士M
5236263575 1 20淵 朋 醐二十三狐 獅033鎚3 728666 757296663拐343 85720766
撒 二十六獅
822796
W44
六61925727
× ×
××××036727皿0V6︑6/8
138747H鴎X1
二十一胴
86
×
231867 54w 55 9 7七 9 7 96搬 231867九九
﹁いたづら小僧日記﹂の原書
佐 々 木 邦
書東 ゆ 46鵬牧師が来た原伊 ゆ 64蝸忠公と六公
A
B
CDEF
GH 1
JK
ゆ 74蜥明日から曲〜書出五文字
P
〜章巳〜章巳ゆ 64醐忠公と曲馬 ゆ 16鵬此間から学565627鎚3335897
× ×
ゆ 84m今日も乃公 ゆ 26mお歌さんの566627×
335808皿75
九m@ 84m曲馬の人達@ 26蝸乃公を叱る767647
×
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三27@ 94蝸もう直きに ゆ O11醐昨日は四月868657鎚3438828
皿 261342
十九
@ 211山お春さんも171797
×
633968071552ゆ 15m今日は煙突 ゆ 211皿お父さんと272708×
734978271752@ 25m朝から頭痛 ゆ O.11mお父さんと373718×
735988371582◎ 44胴乃公は此夏
XX二十@ 111珊朝は馬喰の474718
×
735988471602@
×
1昨日は満州@ 211鵬昨日は一日877758
×
939919871682@
×
5残暑と難も ゆ 411閉十日ばかり089778×
041O139× ×
@×
7﹁お島︑お ゆ 511閉此頃はお父281898×
0430159W43
六60@×
u今日はサン ゆ 511m森川さんの381809×
145016978131@×
15乃公は此頃 ゆ 611鵬お花さんが483819×
140617911×9士醐@
× 19﹁唯今︒﹂
ゆ 611脳学校の帰り583829043247018998631ゆ
×
20丼上さんが@ 58蝸森川さんは6858391432408199
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十七〃@×
22三時頃に井@ 68醐今日はお春88885934334111101841422ゆ
×
29今日忠公の@ 88鵬お歌さんの190989
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ゆ×
32此間又手品@ 411
16⁝⁝風邪をひい19199954354401n脆X1 干洲ゆ
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37大風の吹い@ 36m伯母さんは595930184374911801
59
1\5/oOゆ×
39乃公の家に 969899100101201401mmO11閉42152182103123133143104114
144164
1 96979999100201
4
01m109O11閉421521鵬131331431531醐14
14 4
1541 一〇〇
04
×
740911W33
四4306
×
84 1211111× ×
089494 21191311蝸
085094 42313 39111
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獅XY皿7
二十二 01×
962415141191四012505 72513 891111醐
31
淵 二士一痂
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15 0371ユ11糊
﹂一十八湖 71×
25 5312111mm十三蝸 811×
35託刀11慨 二十九搬
9×
3731153121m醐二十七捌
13
×
915×
別143刷0136
×
× ×
535516 45131×
鎚
×
26 7511×
14
×
36 9511× H82
X1二十一洲
34
×
46 2611× × ×
44
×
536×
1O16169W\ノ
54×
546×
2116169 珊×
791661×
﹃榊二十四欄
15
×
817×
8166脆11皿九蘭×
957×
467 21111 蘭×
O67×
7617134書東 A
B
CD E
FGH 1
JK原 井イ〜巳 書出五文字 〜章巳〜章巳
ゆ
×
41お島が見つ ︻ゴ46485×
O7 871 1
11× V36 五49
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×
45朝もパンと 949406×
228×
81 1
1713 35r
ゆ48牧師も全快 15
別
2X
274 X 1 1
6181× 淵 一十四捌
ゆ49今日はお客
2 1
3×
35X 5 5
678× 慨 871 1
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×
51今朝になつ 252546×
37 68X
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×
51今日は六公 352546X
37 681 1
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54帰途に川端眺
45硫×
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×
55乃公は停車 55眺
硫7547 981 1
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×
56昨夜は室へ蘭
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13712 43w四ゆ
×
60暖い家庭を 85850795629×
139 1 1
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ゆ
×
61何だか妙に 95950706639X n︵0 1 1
1371X9十二蝸ゆ
×
64お父さんに 26× X
2677591
31X W32 四43
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×
65大に憤発し 26× × ×
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×
68今朝は七分 46163︻×
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71今日は五分蘭3657×
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12×
ゆ73今日は日曜 76466
×
971× 1 1
7102× 猟 二十五鋤
ゆ85右を見ても 47274
×
81×
38 091 1
2× 榊 三十捌
﹁いたづら小僧日記﹂の原書 邦は原書の記事を細分し配列を変えた︒ 原書との相違は︑配列替だけではない︒話そのものの削除と付加とがある︒小異︹各話中の改変︺を措き︑まずそれを概観しよう︒ 削除では︑一に同工類話の整理がある︒ 二に︑破壊的な大悪戯がカットされている︒鉄橋を爆破した話一巳醐−m一や︑機関車を勝手に動かして貨車七 P靹共粋砕させた話一巳湖−獅︶など︒ P 三に︑政治的活動部分を削除した︒ジョージが選挙運動にベストをつくした︵巳捌−蜥一り︑政治運動に首をつっこむ場面一巳湖一 Pなど︒大状況にからむところを避けたのである︒ 付加では︑一に各エピソードをつなぐものと︑二に小悪戯十例程とである︒ 後者は次の通り︒ @義士墓の看板くぎしばかVを忠公に命じくぎしばかVと改める︒ ゆお歌姉さんに会いに来る先生の持ちものをかくす︒ ゆ財産差押ごっこ︒ @裸で遊んでいて︑お巡りさんにしかられる︒ @お島をからかって顔中墨だらけにする︒ 16 @理髪師にちょっかいを出し客の眉毛を落とさせる︒ @学校へ行ったとうそをついた日は祭日だった︒ 一〇一
﹁いたづら小僧日記﹂の原書
ゆ通行人が竃か否かで忠公と賭をする︒
ゆ子供をからかう易者を︑川の中へ突き飛ばす︒
@軍人の帽子徽章を学校のそれと付け替える︒
いずれの悪戯も原書の過激さに及ばない︒
次に︑共通部中の小異も見ておこう︒
原 書
く■o〇一〇2冒o冒︸&與◎事二◎お︒︒o⁝◎p手黒冒與宗昌・︒︒一・睾
○箏︷了巨80qH¥−ミ︸ooテープ9︷目◎↓言〒o箏昌︷Oプ︸箏oooo↓◎k一◎oプ目弓テぎ
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︷8匡k︷オoq昌8〜−.
︹中略︺
−示斥麸一二考◎&︒︒ぎ斤宇﹃目手oま員8N竺手o潟芭工◎◎斤&暮
昌o鶉岸手2oq昌ミぎ︷巨一け−キ◎署&手oぎ冒箏ぎ◎斤−デ;﹃庄 一〇二︒︒◎8宇︷手o耳昌貝昌︐ミケ8−︒︒↓8o&8旦o斤岸目ヲ手oo艮◎一勺gヨ箏晶彗〒鼻昌oa竃o串−考8︷寿oざげ︷芦︷o昌◎巨冒k旨宇q君寿宇昌三老︸◎︷o↑ ﹁いたづら小僧日記﹂ ︿︹牧師の祈祷が長いので︺勝手にするがいいと思って︑落した讃 美歌を取る積りで曙むと︑衣嚢に入ってた玩具のピストルが落ち た︒落ちたばかりなら宜いけれどパチッと破裂したから︑因って しまつた︒皆が乃公の方を見て怖い顔をした︒お歌さんは真赤に なつて︑凝つとしていらつしやいと言つた︑乃公は自分の衣嚢の 中へ消え込みたい位体裁が悪るかつた︒/ピストルを拾ひたいけ れど︑お歌さんが番をしてゐるから手を出すことが出来ない︒さ うかと言って膝の上へ両手を置いてるのも角力取のやうで可笑し いから︑乃公はズボンの衣嚢に突込んだ︒何かある︒あ・此は昨 夜お客さんに載いた自働奏楽器だなと気がっいた時には︑最早 =っとや﹄を歌ひ出した︒乃公は如何することも出来ない︒い
くら握っても一お飾り立てたり松かざりいく一をやってゐる︒一
邦はピストルを本物から玩具へ変え︑たわいない悪戯としている︒
オルゴールの﹁一つとや﹂も可笑しい︒
温和的への改訂はここでもハッキリする︒邦の主要関心は小状況
における子供らしい悪戯︑それの惹起する明るい笑いにあった︒
さらにB﹁はしがき﹂で
此書には別に教訓は含まれてゐない︒
とわざわざ断り︑︿教訓Vを気にするあたり︑邦自身の善導志向も
推量されなくはない︒
﹁いたづら小僧日記﹂は︑このような邦による︑>霊︷団2︑︒︒
9胃Kのまさしく訳著であった︒
創作説横行を天国から見て邦は悪戯っぽい微笑を浮かべているで
あろうか︑いや︑聞くところの邦はきわめて謹厳で︑おそらく一顧
だにしないように空想される︒ただし︑︿いたづら小僧Vなら話は
別である︒さんざん騒ぎを大きくしたあとで︑日記にく乃公はちや
んと事実を書いておいたばかりだ︒みんな総出になって︑あんなか
ら騒ぎをする︒原書くらゐ自分で調べてみるがいい︒Vとでも書き
そうな気がする︒
注
一−一 ﹁善良な人問性への共感﹂一J一
一2︶ ﹁随筆家列伝−佐々木邦一その一一﹂一昭61・1・1﹃諸君! 十八
1﹄一
一3一 ﹁ユーモア縁結び﹂一﹃昭和国民文学全集付録26﹄︹昭49・8︑筑摩書
房︺一︒
一4一 鳥越信まとめ﹁マスコミ児童文化の源流閉﹂一昭36・7・10﹃日本
︵5︶ 一6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶
︵10一︵u︶
︵12︶︵13︶︵14︶一15︶︵16︶ 読書新聞﹄一に拠る︒ ﹁豊分居秘話﹂︵﹃大衆文学大系月報22﹄︹昭48・2・20︑講談社︺一︒ ﹃現代日本文学大事典﹄一昭40・u・30︑明治書院一の﹁佐々木邦﹂項︒
﹁大衆文学五十年ゆ﹂︵昭44・4・u﹃東京新聞8畠﹄︶︒ ﹃佐々木邦全集1﹄︵昭49・10・10︑講談杜一の﹁解説﹂︒ 一3︶に同じ︒ただし︑︿その証拠にv以下は初出になく︑.﹃文壇うちそと﹄︵昭50・8・20︑筑摩書房一所収時の加筆部分︒ ﹃日本近代文学大事典二﹄一昭52・u・18︑.講談社一の﹁佐々木邦﹂項︒
﹁圏外近代文学史伽﹂一﹃日本近代文学大系月報54﹄︹昭49・4︑角川書店︺一︒
﹃佐々木邦全集2﹄︹昭49・u・20︑講談社一の﹁解説﹂︒ちなみに吉田貞一﹁佐々木邦さんと岡山﹂︵昭27・3・1﹃新文明二3﹄一が︿マーク・トウエーンの>臣﹂団2.︒︒9彗K﹀と記すのは誤である︒
﹁佐々木邦の人と作晶﹂︵J︶
﹁夢の王国2﹂一昭54・6・25﹃︹TBS︺調査情報洲﹄︶︒
﹁佐々木邦﹂一昭59・12・1﹃国文学解釈と鑑賞四十九15﹄一︒
@前段は邦の見聞に基づくらしく︑﹁霧と散髪﹂に︿芝白金の明治
学院に在学中は天神坂のサフラン床といふのへ行つた︒﹀云々とある︒
﹁いたづら小僧日記﹂の原書一〇三