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「歴史的」ルター研究の提唱 : ゲルハルト・エー ベリンク

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著者 村上 みか

雑誌名 基督教研究

巻 71

号 1

ページ 101‑112

発行年 2009‑06‑26

権利 基督教研究会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012440

(2)

「歴史的」ルター研究の提唱:

ゲルハルト・エーベリンク

A Proposal of Historical Studies of Luther:

Gerhard Ebeling

村上 みか

Mika Murakami

キーワード

ゲルハルト・エーベリンク、宗教改革、ルター、歴史批評の方法 , 弁証法神学

KEY WORD

Gerhard  Ebeling,  Reformation,  Luther,  Historical-Critical  Method,  Dialectical  Theology

要旨

 ゲルハルト ・ エーベリンクは1950年前後の時期、教派神学的、弁証的な観点からな される従来の宗教改革研究のあり方を問題にし、歴史的視点をもってなされる宗教改 革研究の必要性を唱えた。そして彼自身、歴史批評の方法に基づいてルター研究を進 めるのであるが、彼の研究は最終的にルターに方向付けられた神学を形成することを 目的としており、彼のこの弁証的な姿勢が、徹底した歴史研究を妨げるものとなっ た。このような考察を通して、本稿は宗教改革研究史におけるエーベリンクの研究の 意義と限界を明らかにしようとするものである。

SUMMARY

Around 1950, Gerhard Ebeling called into question the conventional Reformation  studies, which had been conducted from a denominational or apologetics viewpoint. 

Instead,  he  advocated  the  necessity  of  historical  studies.  Consequently,  he  tried  to  introduce the historical-critical method into his own studies of Luther. However, his  efforts eventually came to form a theology oriented to Luther, and thus his posture 

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of  apologetics  hindered  him  from  carrying  out  thoroughgoing  historical  research. 

Through  such  considerations,  this  paper  attempts  to  clarify  the  meaning  and  the  limits of Ebelingʼs study. 

1.はじめに

 宗教改革研究は、神学の領域において歴史神学の中に位置づけられている。しかし このことは、従来の宗教改革研究が「歴史研究」として提出されてきたことを意味す るものではない。プロテスタント教会成立の契機となった宗教改革は、そのことのゆ えに、その後のプロテスタント教会の歴史の中で規範的な意味をもち続け、教会形成 や教会改革に際して、そこに立ち帰り、拠って立つべきものとしての位置を与えられ てきた1。このような基本姿勢が宗教改革研究のあり方を規定し、そこではルターや カルヴァンの「神学」に集中する研究が長きにわたって支配的であった。そしてそれ らは、それぞれの教会や神学との関連の中でなされる組織神学的、あるいは̶より厳 密に言うと̶教派神学的な研究であり、宗教改革の神学を歴史的な連関の中で理解す る視点をもつものではなかった。さらに、このように神学に集中する研究は、宗教改 革運動全体に目を向け、それを一つの歴史的事象として考察する視点をももたなかっ た。

 もちろん、歴史的視点をもってなされる研究が、プロテスタント神学史において皆 無であったわけではない。近代に入って、とりわけ19世紀後半において、歴史的、批 判的な視点からなされる考察も現れた。自由主義神学のアルブレヒト・リッチュル

(Albrecht Ritschl)やアドルフ・フォン・ハルナック(Adolf von Harnack)は、「教 義史」の概念をもってルター神学を中世後期の神学、また古代キリスト教の教義との 関連の中に示し、そのことによってルター神学の歴史的制約性を示し、あるいはそこ に古代カトリック教会に始まった教条主義の完成を見る理解を提出した2。さらに宗 教史学派のエルンスト・トレルチ(Ernst  Troeltsch)は、歴史批評の方法をキリス ト教の教会と神学に徹底的に適用すべきことを提唱し、歴史的、文化的な関連の中で 宗教改革を考察することを試みた。その結果、ここでもルター神学の中世的要素が明 らかにされ、宗教改革は中世的な現象であり、プロテスタンティズムもカトリシズム の改造にすぎないとする相対化された理解が提出されることになったのである3。  しかし、この近代神学の提出した歴史的考察は、宗教改革研究のあり方に決定的な 転換をもたらすものとはならはなかった。20世紀に入り、近代神学の克服を目指す弁 証法神学が台頭してくる中で、宗教改革は再び、そしてこれまで以上に強められた形

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で、規範的意味を与えられることになったのである。周知のとおり、カール・バルト

(Karl  Barth)は人間的なものに関心を集中する近代のプロテスタンティズムに否定 的な態度を示し、それに対して宗教改革を「キリスト教の真理の再発見」の出来事と 理解して、それに対置させた。そしてこの宗教改革にいまや神学と教会は立ち帰るべ きであるとして、「宗教改革への回帰」を唱えたのである4。この弁証法神学の大きな 影響下で、宗教改革の神学に集中する研究はさらに弾みを与えられ、促進されること になった。しかしそれは、宗教改革の神学そのものを問い、あるいは描きだそうとす るものではなく、弁証法神学が自らの神学を深化させ、拡張し、あるいは正当化しよ うとする中で宗教改革の神学に拠ろうとする組織神学的研究に他ならなかった5。  このように弁証法神学は宗教改革の組織神学的、教派神学的研究を復活させ、その ことにより歴史研究を後退させることになった。その際、ここにはバルトの歴史理解 が大きな影響を与えていることも理解されなければならないだろう。すなわち啓示の 永遠性に集中するその態度が歴史的な存在やその連関を軽視する理解をもたらし、バ ルトにおいて教会史は教義学の「補助学(Hilfswissenschaft)」 6にすぎないものとし て位置づけられたのである7。この流れの中で、啓示の真理を人間の理性の下におい て考察しようとする歴史研究は不信仰の産物とする傾向が強められ、自由主義神学以 来の歴史的研究は、その後、数十年にわたって完全に背後に退くことになったのである。

 このように宗教改革研究においては、20世紀に入ってなお組織神学的、あるいは教 派 神 学 的 研 究 が 支 配 的 で あ り、 歴 史 批 評 の 方 法 を「 や っ か い な 障 害 物(lästige  Störung)8」 とする傾向が顕著に見られた。このような神学潮流に対して、1950年頃 より教会史家たちにより問題提起がなされることとなった。その最初の代表的提唱者 がゲルハルト・エーベリンクである。本稿は、エーベリンクの行った宗教改革研究の 方法̶さらには、より広く教会史の方法̶をめぐる議論を取り上げ、さらにそれに基 づいて彼自身が展開したルター研究について考察を行う。そしてそれを通じて、宗教 改革研究史におけるエーベリンクの研究の意義と限界を明らかにしたいと思う。

2.エーベリンクの問題提起と方法論的考察:歴史批評の方法の導入

 弁証法神学の成立以来、三十年の時を経た1950年前後において、ゲルハルト・エー ベリンクは神学における教会史の位置づけについて考察を始めた。すなわち教会史研 究の方法と可能性について再考し、歴史批評の方法を神学のこの分野に再び導入しよ うとする試みを行ったのである。このような試みが現れた背景には、第二次世界大戦 を経た戦後復興期において弁証法神学の限界が認識され始めた状況があった。すなわ ち戦後の新しい教会のあり方が模索される中で、啓示の永遠性に集中する弁証法神学

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の態度が限界として問われ、それを超えて教会と神学を革新してゆこうとする潮流が 現れてきたのである。そしてこの流れの中で、教会史の分野においても弁証法神学以 来のルター研究を問い、克服しようとする試みが現れてくることになったのである。

 エーベリンクはこの教会史の方法に関する問題を、1947年と1950年の論文において 提 出 し た。 前 者 は「 聖 書 解 釈 の 歴 史 と し て の 教 会 史  」(Kirchengeschichte  als  Geschichte der Auslegung der Heiligen Schrift)9、後者は「プロテスタント神学と教 会 に と っ て の 歴 史 批 評 の 方 法 の 意 義  」(Die  Bedeutung  der  historisch-kritischen  Methode für die protestantische Theologie und Kirche)10である。

 エーベリンクはまず、弁証法神学の基本姿勢を問題にした。すなわち、そこでは近 代の、いわゆる新プロテスタンティズムを否定して宗教改革の神学に回帰することが 唱えられるが、果たしてそれが可能であるのか、もし可能であるのなら、いかにして 可能であるのかと、エーベリンクは問うたのである。エーベリンクにとって、宗教改 革の神学を単純に繰り返すことは、その間にある歴史を跳び越え、そこにおいて変化 した、あるいはそこで新たに提出された問題設定を無視することにほかならなかっ た。16世紀と20世紀の間に歴史的な相違があるのは明らかで、それについて顧慮する ことなく、そしてその間に提出された神学研究を顧みることなく宗教改革への回帰を 論じることは、「不可能」なことであり、「自己欺瞞」ではないかと彼は問うたのであ る11

 とりわけエーベリンクにとって問題であったのは、近代にもたらされた「歴史批評 の方法」であった。19世紀後半には全く問題にされることなく神学を支配し、聖書学 はもちろんのこと、教会史、教義史の領域において大きな成果を残し、神学の発展に 大きな役割を果たしたこの方法を、近代の産物であるという理由で排除するのは、あ まりにも性急で、単純すぎる議論ではないかと、エーベリンクは問うたのである12。 たしかに歴史批評の方法は既存の神学に批判と揺さぶりをもたらし、さらにそれを相 対主義へと導く危険性を内包するものであるが、しかし実際にそれはイエス・キリス トにおける啓示の歴史性の問題を明るみに出し、現代の神学にとってこの上なく重要 な成果を提出したのである。したがって、この方法の限界のみを認識して、その反動 でケリュグマに集中し、聖書への適合性を要求するあまり、存在の歴史性を顧みない あり方は、問題の十分な解決とは言えず、神学を退化させる危険性さえはらむもので あると、エーベリンクは主張する。そうして19世紀の神学から完全に分離しようとす るあり方は、バルト以後の神学の弱点であるとし、克服すべき神学の課題としてそれ を位置づけた。そして近代のプロテスタンティズムとの対立が強調されるあまり、こ れまで顧みられることのなかった両者の関連性に焦点をあて、それについて再考察す る必要があることを主張したのである13

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 そうしてエーベリンクは、歴史批評の方法について考察を始める。その際、エーベ リンクはこの方法について、それは存在について自由に、すなわち恣意から解放さ れ、事柄に即して客観的な観察を行い、それによってその存在の時代的制約性と歴史 性を認識させる方法であり、そしてそのことにより存在の絶対性を否定する方法であ ると理解した。これはまさに近代精神の思考法に基づく方法と理解されるのである が、とりわけこの歴史的思考方法の要求する資料への批判的な視点、また歴史家の読 み込みへの批判的な態度は、教会史にとっても不可欠なものとエーベリンクは理解し た。なぜならば、学問を形式的な方法の観点から理解するならば、すなわち厳格な合 理性の要求という観点からするならば、神学が特別な学問として位置づけられること はなく、したがって神学の方法といった特別な方法を持つものではないと理解される からである。そうして彼は、教会史家は歴史学の研究方法に学び、常に開かれ、新し くされる歴史研究の成果に学ぶ必要があることを主張したのである14

 エーベリンクはしかし、一般歴史学の方法を単に受容するのではなく、この歴史批 評の方法を神学的に基礎づける必要があると理解した。なぜならば、前述のように歴 史批評の方法はその限界を内包しており、それが神学を解体する要素として受け取ら れてきたからである。この問題を克服すべく、エーベリンクは自らその作業を試み た。その際、問題とされたのは、やはり啓示と歴史の理解である。エーベリンクはま ず、キリスト教の歴史的起源、すなわちイエス・キリストの出来事に、啓示性を認め ることから始めた。そしてそれに規範的、絶対的意義を帰すべきものとしての位置づ けを与える。しかし同時に、彼はこの啓示の出来事が現在化されるとき、そこに理解 されるべき歴史性について議論する。すなわち、キリスト教の諸存在は自身のこの一 度限りの起源に結び付けられているのであるが、それ自身は不変のものではなく、歴 史的に存在し、時の変遷に支配されているということである。すなわちキリスト教は 一定の歴史的過去から生じ、この過去への歴史的連関の中に存在しているのである。

非時間的なものが時間の中で証しされていることが認識されねばならないということ である。したがって、神学も常に新たに試みられる啓示の出来事の解釈であるとエー ベリンクは理解する。すなわち、神学の営みは時代とともに歩み、それぞれの時代の 言語や思考形態、また問題設定に規定されているのである。したがって神学の営みそ のものは歴史性に服すものであり、神学が取り扱う事柄が時間を超えたものであるか らといって、神学そのものも時間に規定されない̶非時間的な̶ものであるとする理 解は、あまりにも一面的で、教条的、また閉鎖的なものとして退けられることになる15。  まさにこの理解に基づいて、エーベリンクは歴史的方法の限界が克服されうること を示す。すなわち、キリスト教の諸存在は規範的、絶対的な意味をもつ一度限りの起 源に結び付けられているということにおいて、つまりこの一度限りの出来事が過ぎ

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去ったものとなるのではなく、継続的な現在性をもって現実化されるということにお いて、キリスト教の諸存在は相対性、無常性を免れるというのである。これは、自然 の思考を超自然的な啓示と和解させる試みにほかならず、ここにおいて歴史批評の方 法は相対主義に陥る危険を回避しうることをエーベリンクは指摘する16。このことに よって、歴史批評の方法は決して自由主義と同一視されるものでなく、それを超えて 神学に固有の方法として位置づけうるものであることを、エーベリンクは示すのであ る17

 このような考察に基づけば、当時の弁証法神学が行ったように、歴史性を顧みるこ となくキリスト教のケリュグマに集中することは、新しいドグマティズムにほかなら ないとエーベリンクは言う。このような閉鎖的、排他的な傾向に対して、福音の告知 の純粋性への配慮をなしつつ、しかし教会の歴史性と時代的制約性の問題を受け止め ることが、今日の―すなわち当時の―神学の中心的課題であるとエーベリンクは指摘 した18。そうして彼は、歴史的視点をもってなされる神学研究のための一連の出版を 計画し(“Beiträge  zur  historischen  Theologie”)、自ら新たな神学の道を切り開くべ く、研究の促進のために尽力していったのである。

 そして、このような方法論的考察を進めたとき、当時の宗教改革研究の問題が浮か び上がってくることになる。すなわち、宗教改革が「聖書のみ」に拠ることを唱えた ことにおいて、宗教改革を「福音の真理の再発見」の出来事と解釈し、それがあたか もキリスト教をその根源へ立ち返らせるものであったかのように理解したことは、あ まりにも粗雑で非歴史的な理解であったと結論されることになる。そして宗教改革と 初代キリスト教の距離を意識せず、宗教改革の神学が聖書に適合したものであること を自明の前提とする理解は、もはや有効性をもたないものとされ、新たな研究の必要 性が唱えられるのである19

3.エーベリンクのルター研究

 以上に見た方法論的基礎に基づき、エーベリンクは自ら、ルターの神学に取り組 み、包括的な研究を提出した。その成果は、とりわけ1971年から1989年にかけて出さ れた『ルター研究(1〜3巻)』(Lutherstudien  Ⅰ〜Ⅲ)20の中に明らかな形で示され た。そしてそれは、主として「ルターのテキスト研究」と「中世と近代へのルターの 関連」の問題において、大きな貢献をもたらすものとなった。

1)テキスト研究

 エーベリンクはまず、上述の歴史批評の方法に基づいてルターのテキストに取り組

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んだ。その際、彼はとりわけ中世神学の解釈方法や神学概念の用い方に注目し、分析 を行った。その結果、ルター神学が中世神学の基盤の上で形成されつつ、しかし次第 に中世的な枠を抜け出し、独自性をもって展開されてゆく過程が明確な形で示される ことになった。たとえば、初期の第一詩編講義(1513〜1515年)において、ルターは 伝統的な四重の意味の解釈方法を用いるが、しかしキリスト論的解釈をその中心にす えることにより、次第に中世的な解釈方法を脱してゆくプロセスが明らかにされた21。 あるいは「罪」や「信仰」、「愛」、あるいは「理性」や「良心」といった言葉の用い 方を分析し、ここにおいてもルターが伝統的な神学概念と葛藤しつつ、その枠を超え てそれらの言葉を用い、独自の神学的表現を与えてゆく様子が明らかにされた22。そ してこのようにルターの言葉や思考の動きを跡づける中で、ルターの神学表現が具体 的な歴史状況における対話や論争の中で、そして何よりも聖書の言葉を自らの信仰表 現のために獲得しようと葛藤する中で展開されたものであったことが示され、した がって彼の神学表現を一義的なものとして捉えることが不可能であることが示され る。そしてこれこそが、ルター神学のダイナミックさの所以であることをエーベリン クは指摘し、同時にルターの神学を定式化することの危険性を警告するのである23

2)中世と近代へのルターの関連

 以上のようなルター神学の歴史的分析をもって、エーベリンクはさらに中世と近代 に対するルターの関連について、新たなレベルでの議論を提出することになった。こ の問題への取り組みの背景には、近代において啓蒙思想の潮流の下、ルターを「伝統 からの解放者」、あるいは「ドイツの英雄」とする理解が提出され、それが当時なお 影響力をもっていた状況があった。この近代にひきつけられたルター像に対して、

エーベリンクは事柄に即して「歴史的」ルター像を提示することを重要な課題と認識 したのである24。その一方、トレルチによってルターの中世的要素が明らかにされて、

宗教改革を中世的現象とする理解が提出されており、これらの解釈に対して、問題を 整理し、一定の視点を提示する必要があるとエーベリンクは理解したのである25。  そうして彼はまず、ルターが中世から近代に至る歴史の錯綜した関係の中にあるこ とを示し、ルターをどちらかの時代に結びつけて理解するのは不可能であることを指 摘した。すなわち、ルターは一方で中世神学に根ざし、あるいは中世的な悪魔の観念 をもち、既存のものを慎重に維持する保守的な傾向をもっていたことは確かである が、しかしその一方で、彼は伝統と大胆に決裂し、聖書批判をも行ったのである。し たがって歴史に即する限り、ルターはあるところでは中世的、またあるところでは近 代的としか表現しようがないと、エーベリンクは理解した26

 しかしこれはあくまでも時代を基準にルターを位置づけようとする試みであり、ル

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ター自身に焦点を定めることによって、これとは異なった問題の解決が可能であるこ とをエーベリンクは示そうとした。すなわちルター神学の中心にあるものを理解する のであれば、ルターは中世や近代を超越した事柄と取り組んだと言いうるのであり、

したがってルターは中世にも近代にも関係づけられるものではないとしたのである。

その例として、エーベリンクはルターの「自由」の概念を取り上げ、これは聖書から 導き出された良心の自由についてのものであり、中世的な影響を受けたものでないこ とはもとより、近代の自律的な自由を先取りする性質のものでもないことを示す。あ るいはルターの「二つの統治」論は、霊的なものと世俗的なものを並存させることに おいて中世的であり、その一方、両者の分離を唱えることにおいて近代的な要素を推 測させるが、これもルターにおいては上述の良心の自由の概念から導き出されたもの であり、中世とも近代とも異なったレベルで議論されていることが示されるのである

27。このような考察に基づき、エーベリンクはルターを中世や近代のいずれかに、あ るいは両者に関連付けようとする従来の議論は、事柄に即したものでないとする「神 学的」理解を提出したのである。

4.エーベリンクのルター研究の意義と限界

   以上に見た「歴史的」研究をもって、エーベリンクが当時のルター研究に大きな 貢献をなしたことは明らかである。何よりも、エーベリンクはルター神学が歴史的に 展開されてゆく過程を示すことによって、それが体系化された神学ではなかったこと を明らかにし、ルター神学を定式化することの危険性を示しえた。またルター神学の 歴史的分析は、中世や近世に対するルターの関係をより厳密な形で提示することを可 能とした。これらの研究は従来のルター研究に新しい次元を与えるものであり、その 後、徐々に促進されてゆく「歴史的」ルター研究に大きな刺激を与えたものとして位 置づけることができる。宗教改革研究に歴史的視点を導入することを唱え、それを実 践した先駆者として、エーベリンクの研究の意義は否定できないものである。

 しかし同時に、以上に見た議論はエーベリンクの歴史研究の限界をも示している。

すでにこれらの議論の中に示唆されているように、エーベリンクの研究は歴史的な手 法をとりながら、最終的には弁証的な性格をもつものであったことが理解されるだろ う。彼はルターの神学の歴史的展開を明らかにしたが、しかしルター神学を歴史化 し、相対化する理解には至らなかった。逆に彼はルター神学が歴史を超えたものと取 り組んだことにより、それにも歴史を超えた意味を与えようとしていることが、上の 議論からも読み取れるであろう。実際、彼はルター神学の現代的意義を主張し、ル ター神学に基づいて今日の神学を形成する方向へと歩みだす28。エーベリンク自身、

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自らの研究を振り返りつつ、このように述べている:「(彼の研究の目標は)ルターに 拠り、そしてルターとともに聖書に拠ることである。」29

 元来、弁証法神学と告白教会に大きな影響を受けてその神学活動を始めたエーベリ ンクにとって、ルターはなお神学の出発点として自明のものとして存在していたと言 わざるを得ない。たしかに、エーベリンクはルターの遺産を批判的に問い直すことに 努めた。すなわちルターをその伝統から、とりわけ新プロテスタンティズムや弁証法 神学のそれから解放した。しかし、その歴史研究のプロセスを経て、彼は最終的に

「ルターに方向づけられた神学」30を形成しようとしたのである31。このような思考方 法は根本において、彼の批判した弁証法神学のそれと異ならず、弁証的な性質をもつ ものであったと理解せざるを得ない。

 このような彼の研究の展開を理解するために、エーベリンクと弁証法神学の関係に ついて言及しておく必要があるだろう。エーベリンクは彼の神学研究、そしてルター 研究を、弁証法神学の、とりわけボンヘッファーの影響を強く受ける中で始めた。

1938年に完成された彼の博士論文は、ルターの解釈についての研究であった(「福音 主義的な福音解釈̶ルターの解釈学の研究」)32。さらに教会闘争の経験のもと、彼は 最初の講義を「宗教改革の教会概念の成立と展開」(1946-47年)について行ってい る。それに引き続き、彼は一連のルター研究を提出した。この研究を進める中で、次 第に方法論についての問題意識が呼び起こされ、教会闘争の終息した後、1950年頃 に、彼の方法論的な転換、すなわち歴史的方法の受容が行われたのである。しかし、

これに続く時期に歴史研究に集中した結果、エーベリンクの中では次第に組織神学へ の関心が高まってくることになる。そして方法論的な考察を経て、歴史学と教義学の 統一的な研究を展開し、両者を「神学の解釈学的課題の異なった側面」33とする理解 を提出したのである。このような展開のすべては、前述したように、エーベリンクに とっては「そこに作用する内的な継続性の表現」34にすぎなかった。すなわち本質的 なものへの還元、すなわちそれはルターに拠り、ルターに方向づけられた神学を展開 することを意味したのである35

 こうしてエーベリンクは当時の神学の潮流に対して、ルター研究に歴史的視点を導 入する必要性を唱え、そのことにより宗教改革研究を弁証法神学の影響下から外へ引 き出す契機をもたらした。しかし、彼の研究は最終的に弁証的性質を超えることがで きなかったのである。

 このように、宗教改革期以来、プロテスタント神学の歴史の中に貫かれた弁証的態 度、すなわちルターの自明性、あるいは規範性がエーベリンクにおいても確認される

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だろう。宗教改革の本格的な歴史研究は、1960年代になってようやく始まる。すなわ ち、当時の神学の限界とプロテスタント神学の弁証的態度の問題性がより切実なもの として意識されるようになったとき、それを克服するものとして、「歴史研究」の必 要性が自覚され、促進されることになった。これらの研究については、改めて論じる 予定である。

1 この問題については、以下の拙論を参照。「神学領域における宗教改革研究̶その歴史的視点の欠如」

(森田安一編『ヨーロッパ宗教改革の連携と断絶』教文館 2009年5月、307-323頁)。

カトリック神学においては、プロテスタント神学とは対照的に、教会分裂の要因としての否定的な宗 教改革理解が、16世紀以来、そして20世紀半ばに至るまで支配的であった。これについては別の機会 に論じる予定である。

2 Ritschl, Albrecht, Die christliche Lehre von der Rechtfertigung und Versöhnung, 1870-74.; Harnack, Adolf von, Lehrbuch der Dogmengeschichte, 1886-90.; Ders., Das Wesen des Christentums, 1900. 3 Troeltsch, Ernst, Über die historische und dogmatische Methode in der Theologie (1900), in: ders.,

Gesammelte Schriften, Bd.2, Tübingen 1913, S.729-753.; Ders., Die Bedeutung des Protestantismus für die Entstehung der modernen Welt. München 1911.

4 Barth, Karl, Die Reformation als Entscheidung. Theologische Existenz heute, Heft 3. München 1933, S.6f.,10.

5 Loewenich, Walter von, Die Luther forschung in Deutschland seit dem Zweiten Weltkrieg, in:

Theologische Literaturzeitung 81, 1956, S.705-716. ここではS.706. 6 Barth, Karl, Die Kirchliche Dogmatik Ⅰ/1, München 1932, S.3.

7 Ebeling, Gerhard, Kirchengeschichte als Geschichte der Auslegung der Heiligen Schrift, Tübingen 1947. S.6.

8 Ders., Die Bedeutung der historisch-kritischen Methode für die protestantische Theologie und Kirche, ZThK 47, 1950, S.1-46. ここではS.46.

9 Ders., Kirchengeschichte als Geschichte der Auslegung der Heiligen Schrift, Tübingen 1947.

10 Ders., Die Bedeutung der historisch-kritischen Methode für die protestantische Theologie und Kirche.

(注8を参照。)

11 Ders., Die Bedeutung der historisch-kritischen Methode, S.1f.,8f.

12 Ebd., S.6-9.; Ders., Kirchengeschichte als Geschichte der Auslegung der Heiligen Schrift, S.6f.

13 Ders., Die Bedeutung der historisch-kritischen Methode, S.8-11.

14 Ebd.,S.26-34; Ders., Kirchengeschichte als Geschichte der Auslegung der Heiligen Schrift, S.2f.,8-13. 15 Ders., Die Bedeutung der historisch-kritischen Methode,S.10-14,22-24.; Ders., Kirchengeschichte als

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Geschichte der Auslegung der Heiligen Schrift, S.8-11, 22f.

16 Ders., Die Bedeutung der historisch-kritischen Methode, S.12-14. 17 Ebd., S.45.

18 Ebd., S.11-14,22,44-46. その際、エーベリンクは宗教改革の義認論と歴史批評の方法の内的関連を示唆 し、この方法を神学的な基礎の上に説明しようとした。しかし彼はこの問題を、なお解決されない課 題として後に残している。 (Ebd., S.41-43).

19 Ders., Die Bedeutung der historisch-kritischen Methode, S.24f.

エーベリンクは、バルトのルターへの取り組みを詳細に追い、その結果、バルトは彼の神学をルター 神学と取り組む中で形成したわけではなかったことを明らかにした。すなわち、バルトはルター神学 の諸見解に影響を受けたというよりも、ルターの霊的な偉大さに圧倒されていたことをエーベリンク は指摘したのである。(Ebeling, Karl Barths Ringen mit Luther, in: ders., Lutherstudien, Ⅲ. Tübingen 1985, S.428-573, ここではS.533.)

20 Ders., Lutherstudien I. Tübingen 1971; Ⅱ/1. Tübingen 1977; Ⅱ/2. Tübingen 1982;Ⅱ/3. Tübingen 1989; Ⅲ. Tübingen 1985.

21 Ders., Die Anfänge von Luthers Hermeneutik,(1951) in: ders., Lutherstudien I, S.1-68.; Ders., Luthers Auslegung des 14.(15.) Psalms in der ersten Psalmenvorlesung im Vergleich mit der exegetischen Tradition(1953), in: ebd., S.132-195.

22 Ders., Der Mensch als Sünder. Die Erbsünde in Luthers Menschenbild (1984), in: Lutherstudien Ⅲ, S.74-107.; Ders., Glaube und Liebe, in: Luther. Einführung in sein Denken. Tübingen 1964, 41990, S178-197.; Ders., Einfalt des Glaubens und Vielfalt der Liebe. Das Herz von Luthers Theologie (1982), in:

Lutherstudien Ⅲ, S.126-153.; Ders., Das Gewissen in Luthers Verständnis. Leitsätze(1984), in:

Lutherstudien Ⅲ, S.108-125.

23 Beutel, Albrecht, Im memoriam Gerhard Ebeling, in: Lutherjahrbuch 69, 2002, S.13-19. ここではS.17.

24 もっとも、近代のルター像に対して「歴史的ルター」を示そうとする試みは、エーベリンクひとりの も の で な く、1983年 の ル タ ー 生 誕500年 に 際 し て の 宗 教 改 革 史 協 会(Verein für Reformationsgeschichte)のシンポジウムのテーマであった。(Moeller, Bernd (Hrsg.), Luther in der Neuzeit. Wissenschaftliches Symposion des Vereins für Reformationsgeschichte. 1983, S.7.)

25 こ の 議 論 に つ い て は、 以 下 の エ ー ベ リ ン ク の 論 文 を 参 照。 Ebeling, Evangelische Evangelienauslegung. Eine Untersuchung zu Luthers Hermeneutik. München 1942, Tübingen3 1991, Nachwort, S.555-557.( 頁 数 は 後 者 に 拠 る ); Ders., Luther und der Anbruch der Neuzeit, ZThk 69, 1972, S.185-213; Ders., Der kontroverse Grund der Freiheit. Zum Gegensatz von Luther-Enthusiasmus und Luther-Fremdheit in der Neuzeit, in: Ber nd Moeller (Hrsg.), Luther in der Neuzeit.

Wissenschaftliches Symposion des Vereins für Reformationsgeschichte, Gütersloh 1983, S.9-33.; Ders., Befreiung Luthers aus seiner Wirkungsgeschichte (1983), in: Lutherstudien Ⅲ, S.395-404.

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26 Ders., Luther und der Anbruch der Neuzeit, S202f.

27 Ders., Der kontroverse Grund der Freiheit, S.21, 27-29, 32f.; Ders., Luther und der Anbruch der Neuzeit, S.211.

28 Ders., Umgang mit Luther. Tübingen 1983. 29 Ders., Evangelische Evangelienauslegung, S.554. 30 Ebd., S.560.

31 Ebd., S.546-548,550f.,554,557-560.

32 Ders., Evangelische Evangelienauslegung. Eine Untersuchung zu Luthers Hermeneutik.(注25を参照.) 33 Ders., Theologie und Verkündigung, Tübingen 1962, S.13.

34 Ders, Evangelische Evangelienauslegung, S.552.

35 Ebd., S.546-548,550-560; Ders., Theologie und Verkündigung,とくに 1.(Die Spannung zwischen

"wissenschaftlicher" Theologie und "kirchlicher" Verkündigung) und 2.(Historische und dogmatische Theologie).

参照

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