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ルニクス『天体の回転につコペルニクス的転回

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(1)

コペ ルニクス﹃天体の回転につ

コペルニクス的転回 いて﹄と

慶 太

1

 科学には︑進歩という言葉がつきものである︒古代・中世に比べ近代の方が︑近代に比べ現代の方が人間はより

真実の自然観を持っており︑時代とともに科学は着実に進歩しているという思いがある︒特に︑現代のごとくまさ

に日進月歩の科学の発展を目の当たりにしているわれわれにとって︑科学に対するこのイメージは強烈と言える︒

もうひとつ︑科学上の発見や科学法則には︑時代や社会を超えた客観性︑普遍性が付与されているとする見方があ

る︒たとえば︑いつの時代であろうと︑ニュートンの運動法則がその適用範囲内にある運動現象を記述する仕方に

違いはない︒そこから︑うっかりすると︑発見や法則に対する人々の認識の仕方も︑時代や社会に関係なく等しい

ものと錯覚しがちである︒

 しかし︑科学の歩みは教科書にそのエッセンスだけが整理されて書かれているごとく︑一直線に能率よく進んで

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来たわけではないし︑発見や法則に対する人間の自然観も︑それが見つかったと同時に︑現代のわれわれと完全に

同質のものが確立したわけではない︒したがって︑科学の歴史を学ぶ場合︑進歩と普遍性と言う科学自身が持つ二

つのイメージに眩惑されない慎重な態度が必要となろう︒

 そこで本稿では︑近代科学誕生の大きなきっかけとなった︑コペルニクスの﹃天体の回転について﹄を採り上げ︑

その内容を追いながら︑このような科学と歴史の絡みを考えてみたいと思う︒

 ところで︑コペルニクスが本書を発表したのは一五四三年であるが︑当時の支配的な考えと言えば︑二世紀に古

代ギリシャの天文学を集大成してつくり上げられたプトレマイオスの宇宙体系であった︒その基本的な構造は︑絶

対静止の地球を中心として︑同心球状に各天球がそのまわりを回転し︑一番外側には恒星天球が位置する有限宇宙

モデルである︒しかし︑このような簡潔できれいなモデルだけで︑実際の天体の運行を記述することは不可能であ

った︒特に惑星の不規則に見える運動は頭痛のタネであった︒そこで︑観測データを説明するためにこのモデルに

さまざまな修正が順次施された︒複数の円運動を組合わせて惑星の軌道を表わそうとした周転円説を代表とし︑地

球を宇宙の中心からずらした離心円︑また宇宙の中心をはさんで地球と対称に位置する点ーエカントと呼ばれる

一などの導入が行われた︒エカントを認めると天体の一様な運動は事実上破綻した︒そして.このような宇宙に

対する人工的な操作は︑年を追って巧妙化し︑コペルニクスの時代には︑天動説を支持する天文学者も音をあげる

ほどの複雑化の極みに達していた︒おそらく︑観測データとのずれが指摘される度に︑意味不明なパラメータをふ

やして︑惑星の軌道修正を行うと言ったことを繰り返していたのであろう︒天上界は︑まさに幾何学の面倒な計算

練習帳のごとき様相を呈していた︒コペルニクスは︑こう言う時代に生まれたのである︒このような状況をひとま

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ず頭に入れた上で︑ ﹃天体の回転について﹄を読んで行くことにしよう︒

2

 コペルニクスはまず︑法王パウロ三世に当てた本書の序文の中で︑地動説を採るに至った経緯を次のように述べ

ている︵以下引用文はすべて︑矢島祐利訳の岩波文庫による︶︒

コペ レニクス『天体の回転について』とコペルニクス的転回

 むしろ私が数学者から承認されている意見に反対であり︑おそらく良識に反するところの地球の運動というこ

とをどうして私が敢て考えるに到ったかをお聞きになりたいだろうと思います︒そこで私は宇宙の諸球の運動を

導き出す方法を研究するのに︑数学者たちは彼等の研究において一致していないことを理解した事実以外に私を

推進した理由がないことを法王さまに隠しますまい︒何となれば第一に数学者たちは太陽と月の運動について全

く確かでないので︑彼等は一年の長さを導き出すことも観測することもでぎないのです︒次にこれらの天体なら

びにその他の五つの惑星の運動を定める点において︑彼等は見かけの回転と運動について同一の原理と同一の仮

定とそうして同一の証明を使っておりません︒或る人々は同心球しか使わず︑また他の人々は離心円と周玉串し

か使っておりませんが︑これらの方法によって彼等は彼等が求めているものに全く到達しておりません︒従って

同心球をとる人々は︑それによって種種の運動を組み立てることができたにしても︑種々の現象を全部説明して

確かに打ち立てることは何もしておりません︒髪型円を考える人々については︑それによって彼等は見かげの運

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動を正確に導き出し計算することができるように見えたにしても︑

つかに反するように見えるものを多く許容しています︒ 彼等は運動の一様性に関する根本原則のいく 84

 引用が長くなったが︑コペルニクスの指摘するところを整理すると︑当時の天文学の理論は同一の原理︑仮定︑

証明を使っていないこと︑そして惑星の運行を記述する際﹁運動の一様性に関する根本原理﹂に違反していること

を挙げている︒彼の言う根本原理とは︑ ﹁天体の運動は一様な円運動﹂と言う古代ギリシャの自然観を指すのであ

ろう︒つまり︑観測結果に追従するあまり︑離心円やエカントと言う巧妙な考えを導入した天動説は︑いつの間に

かもつとも基本的な事柄であった一様な円運動をこわしてしまったのである︒コペルニクスは︑このような当時の

状況を

 彼等の仕事は手や足や頭やその他の部分iそれらはそれぞれ立派であるが決して一つの身体を形造ってはい

ない一を寄せ集めて︑入間を作るというよりはむしろ怪物を作っている人の仕事に比較することができます︒

とかなり手厳しく批判している︒

代物にうつったのである︒ 末期を迎えつつあった天動説は︑コペルニクスにとって肥大化したグロテスクな

そこで私は宇宙の聖業の運動は学校の数学が教えるのとは異ったものであると誰かが既に考えておりはしない

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かどうか検べるために︑手に入る限りの哲学者の書物を読む努力をいたしたわけでございます︒

と言うコペルニクスは︑すでに先哲の中に地球が動くと考えた人々がいたことを見出した︒そして︑

コペルニクス『天体の回転について』とコペルニクス的転回

 たとえこの意見が不条理に見えようとも︑私より前の人たちが諸星の現象を導くために円を想像する自由を与

えられていたのですから︑私も地球に或る運動を認めて天体の回転について彼等のよりももっとしっかりした理

論を見出すことができないかどうか研究してみても差支えないであろうと考えました︒

と自分の見解を披渥している︒このように序文の中で︑コペルニクスは︑天動説に強い疑いを抱き地動説の可能性

を思い描くに至った道筋を︑簡潔明瞭に説明している︒

 天を動かすか地を動かすかは︑まさに天地ほどの差があり︑コペルニクスが後のガリレオやケプラーに与えた影

響を考えると︑彼の地動説はまさしく近代科学を誕生させるひとつの衝撃となったことは事実であろう︒それがま

た︑いわゆる﹁コペルニクス的転回﹂と呼ばれる由縁である︒

 しかし︑この序文の語るところが︑きわめてわかりやすいのは︑われわれが今述べたような後世の歴史を知って

いるからではない︒かりに︑現在の知識︑常識を白紙に戻し︑コペルニクスの時代の中にわれわれの身を置いたと

しても︑否むしろ置いた方が1実際にこのような思惟状態を完全に設定することは不可能であろうが︑たとえば

﹁序文﹂の範囲内だけで︑コペルニクスの述べるところの整合性を検討したとして一︑地動説の必然性を素直に

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受け入2tられるように思える.︑つまり︑たとえ地球を動かしたとしても︑ ﹁天体の一様な円運動﹂の根本原理は断

じて動かしてはならないと言う主張は︑当時の人々にそれほど抵抗を感じさせなかったはずである︒往々にして地

球を動かしたことだけに注目してしまうが︑根本原理の方を上位に置いたコペルニクスの頭の中には︑むしろ古代

への回帰があったのである︒過去の哲学者を引き合いに出したのも︑そのひとつの現われであろう︒その意味で

は︑地動説の提唱は︑それほど﹁コペルニクス的転回﹂ではなかったとも言える︒むしろ︑きわめて自然な流れを

もつ一多少誇張して言えば︑ごく当り前の一論理の進め方である︒序文に続く第一巻の初めには

 更に私は︑これらの研究に最初の道を開いた先人たちの仕事に基づくにしても︑

とは別に展開しようと思う︒ これらの問題の大部分を彼等

と書かれている︒ここから︑地動説にかけるコペルニクスの意気込みを読み取ることができるが︑展開しようとす

る理論は︑決して新奇なものではなく︑あくまでも古代の学問を基盤としているわけである︒

 コペルニクスの地動説を後世の入々がどのように受容したかと︑コペルニクス自身がどのように考えたかは︑慎

重に区別しなけれぽならず︑彼一人を歴史の不連続点−画期的な真理の発見1に立たせてはいけない︒コペル

ニクスは︑大きな一歩を踏み出したわけであるが︑そこには古代の学問︑思想1これは︑現代の自然観からは完

全に切り捨てられ︑近代科学とは対立するもののように思われるが一の後押しがあったのである︒

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コペルニクス『天体の回転について』とコペルニクス的転回

 さてここで︑本文に目を移そう︒まず︑第一巻の前半では︑コペルニクスが前節で述べた﹁根本原理﹂をいかに

重要視していたかがわかる︒前半各章の題目は︑ ﹁第一章 宇宙は球形なること﹂︑﹁第二章 地もまた球形なるこ

と﹂︑﹁第三適地は水と共にいかにして球形をなすか﹂︑﹁第四章 天体の運動は一様で円いこと︑あるいは円運動

の合成なること﹂︑﹁第五章 円運動は地球にもあてはまるか︑またその場所﹂となっている︒球︑円︑一様と言っ

た言葉が矢継ぎ早に出てくることがわかるが︑これは古代ギリシャの自然観の再確認と言ったところであろう︒

 第四章において︑天体は一様な円運動をしているにも拘らず︑惑星が不規則にさまよい歩くのはなぜかと言う問

題をとりあげ︑本書の核心に入って行く︒その一節を引用しよう︒

 天体は唯一つの軌道では不等な運動をすることはできないのであるから︑多くの運動があることが知られるの

である︒これは外部的原因からにしろ内部的性質からにしろ︑運動の要因の不定性からかまたは回転する物体の

変化から生ずるものにほかならない︒ところが知性はこの二つの前では恐れて逡巡するのであり︑このようなも

のを最高の秩序で構成されているもののなかへ考えることはふさわしくないことであるから︑それらの等しい運

動がわれわれに不等に見えるのは諸円の極がいろいろであるかまたは地球がそれらの動く諸円の中心になるため

之しなければならぬ︒

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 ﹁最高の秩序﹂一一麗な円運動1には絶対に手を触れることなく︑惑星の運動を理解するには︑地球をそれ

らの軌道の中心からはずさざるを得ないであろうとしている︒こζでコペルニクスは︑具体的に自説の第一歩を踏

み出している︒

 そして︑統く第五章において︑次のような解釈を述べている︒

 場所の見かけの変化.は物体または観測者の運動からか︑あるいは両者の不等の運動から生ずる︑何となれば等

しくて平行な移動の間には運動は感知されないのである︒ところで天体の運動を見るのは地球からである︒しか

らぼ地球に罵る運動を仮定するなら︑その運動は外界に再現されるであろう︒そうして外界のものは反対の方向

に動くように見えるであろう︒そうして日周運動は先ずこのようなものである︒地球とその近くにあるものを除

いて全世界が回っているように見えるのである︒天はそのような運動をしているのではなく地球が西から東へ回

っていることを認めるならぽ︑そうして太陽や諸星の出没に関してそれから結果するζとを注意深く喜べてみる

ならば︑同じことであるのを見出すであろう︒

 もし地球が宇宙の中心であることを否定し︑中心からのそれの距離は天球の大きさに比べては小さいが︑太陽

や惑星の軌道に較べれば非常に小さくはないことを認めるならば︑またそれらの運動は地球の中心以外の申心に

秩序づけるから不規則に見えることを理解するならば︑見かけの運動の不規則について少しも不合理でない説明

を得るであろう︒

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コペルニクスr天体の回転について』とコペルニクス的転回

 蛇足かもしれないが︑ここを読んで思いつく一例を身近な運動から挙げてみよう︒陸上競技のトラックで︑イン

コースの走者がアウトコースの走者を見れば︑自分とは反対に後方に走って行くように見える︒しかし︑スタンド

の観客には勿論二人とも同じ方向に同じ形の軌道を走っていることがわかる︒このように︑惑星がふらふらするの

は惑星固有の運動がそうなのではなく︑地球が動いているためにそのように見えるにすぎないと言うわけである︒

惑星もそして地球も︑それぞれは最高の秩序を乱すことなく︑一様な円運動を遵守しているのである︒つまり︑

﹁地球も円運動﹂という考えは︑二つに分けて解釈しなければならない︒地球に﹁運動﹂を与えた点は近代科学誕

生の流れに組み込まれるが︑一方において﹁円﹂に固執しているのは古代の自然観の復活である︒

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 以上のように自説を開陳した後コペルニクスは︑では反対になぜ古代の学者が︑地球を宇宙の中心に据えたのか

について解説している︒これは︑当然予想される反論を自分は十分承知の上で︑地動説を唱えていることを明示す

るつもりだったのであろう︒アリストテレスの自然学に深く根差した当時の地球不動の信念を︑コペルニクスは次

のようにまとめている︒

 アリストテレスは︑一つであって単純な物体の運動は単純である︑単純な運動のうち一つは円であり︑もう一

つは直線である︑直線に関しては一つは上へ他は下へ向く︑と言った︒従って︑すべての単純な運動は中心の方

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へ・すなわち下へ向くか︑中心から反対に・すなわち上へ向くか︑あるいは中心の周りに・すなわち円運動をす

るかである︒下へ向う︑すなわち中心へ行くものは重いと考えられる土と水だけである︒反対に軽いことが証明

されている空気と火は上へ向く︑すなわち中心から遠ざかる︒直線運動は四元素に与えられ︑反対に天体には中

心の周りを回る運動が与えられるのが適切のように見える︑アリストテレスはこう言っているのである︒

 月を境いにして宇宙を︑天上界と地上界︵月下界︶の異質な二つの世界に峻別した自然観では︑地上界の元素か

ら成る地球が︑天上界の元素︵エーテル︶から成る天体と同様に︑天上界の自然運動︵円運動︶を持続するはずが

ないと言うことであろう︒このように古代︑中世を通して疑うべくもない真理となっていたギリシャの宇宙体系

が︑当時の人々の思考の自由を奪っていたことも︑天動説を支える大きな要因であろうが︑このことはもっと素朴

に言えば︑要するにわれわれには︑不断地球が動いているという実感がまるでないことであろう︒今のわれわれ

も︑知識としては地球が自転と公転をしていることを知っているが︑その運動がわれわれの身体を通して感じられ

ることはまったくないわけである︒コペルニクスは︑もし地球が動くとしたとき想定される問題を次のように書い

ている︒

 烈しい回転で動くものは︑或る力で結びつけられているのでなけれぽ︑結合していることができず︑散りちり

になってしまうように見える︒そこでプトレマイオスはこう言っているi地球はとうの昔に散りちりになって

しまったであろう︵これはおかしなことだ︶︑そうして天自体をも破壊してしまったであろう︑またすぺての生

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物や自由に動く他の重い物体は地面に留まることはできないで︑振り落されてしまったであろう︑また自由に落

ちる物体はそれが喰った場所へは落ちないだろう︒その間に下の物は非常な速さで動くから︑また雲やその間に

空に浮んでいる物はすべて絶えず西へ動くのを見るであろう︑と︒

コペルニクス『天体の回転について』とコペルニクス的転回

 プトレマイオスの述べた問題点に対しコペルニクスはこの後で反論を試みているが︑これが彼にとって大変な難

問であったことは間違いない︒地上の物体が地球に結びつけられている力−重力tについての知識もなく︑慣

性の概念すら持っていなかった当時としては︑プトレマイオスの疑問は人間の直感と一致するもっともな指摘であ

った︒また︑だからこそ︑プトレマイオスも数学上の表現としては地動説の可能性を否定しなかったものの︑ひと

つには力学的な理由からそれを問題にしなかったのである︒特に︑慣性の概念をつかむまでの人間の道のりは︑実

に長かったと言える︒換言すれば︑この概念の欠落こそが︑正しい力学︵運動理論︶の発展を古代︑中世と長い閻

にわたって妨げていたのである︒そのとっかかりをつかんだのは︑コペルニクスの後のガリレオーいわゆるガリ

レオの円慣性iであり︑正しい理解はさらに︑デカルト︑ニュートンまで待たなけれぽならなかった︒

 地球の運動と同様︑現在のわれわれは慣性の概念についても知識としては知っている︒しかし︑知識がそのまま

素直に直感に訴えるかと言うと︑むしろ話は逆になる︒ここで︑コペルニクスの反論へと進む前に︑少々話は脱線

するが︑人間の直観と物理学的真実の食い違いを示すM・マックロスキーの興味深い論文﹁直観と物理学﹂︵﹃サイ

エンス﹄一九入三年六月号︑日経サイエンス社︶を紹介しておこう︒

 マックロスキーは︑アメリカの高校生と大学生に対し︑身近ないろいろな状況のもとで物体がどのように運動す

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るかを予測させた︒たとえぽ︑歩きながらゴルフボールを落とし︑床の上に描いた的に当てるように指示すると︑

物理を学んだことのない者の場合︑実に80%の学生が的の真上でボールを落したと言う︒手を離せば︑ボールはま

っすぐ下へ落ちるものと確信しているのであろう︒また︑7%の学生は的を通りすぎてからボールを落している︒

ボールは後へとり残されると考えたのであろうか︒いずれにせよ︑彼らの錯覚は︑さきほど﹃天体の回転につい

て﹄から引用したプトレマイオスの考えと同じである︒この結果をマックロスキーは︑ ﹁運動に関する知識の本質

やその発展︑反応に関する最近の研究は︑単純で明らかな状況での物体の運動について︑多くの入びとが著しくま

ちがった考え方をしていることを示す︒この誤解は︑運動に関する一連の直観的な説に基づいているようである︒

その説は︑ニュートン力学の基本原理と矛盾する︒おもしろいことに︑その直観的な考え方は︑ニュートンより三

世紀ほど前に︑哲学者たちに広く支持されていた力学に︑似ているところがある﹂と指摘している︒現在のわれわ

れにしてこうなのであるから︑長い間真理として罷り通っていたギリシャの運動論と肌で感じる直感を乗り越えね

ばならなかったコペルニクスの苦労は想像に難くない︒

 さて︑話を元に戻そう︒コペルニクスは︑第八章で次のように反論している︒

 もし誰かが地球は動くと考えるならぽ︑その運動は自然的であって無理なものではないと言うであろう︒自然

に適つたものは無理にされるものとは異った作用を生ずる︒力あるいは無理が働いている物体は必ず破壊され︑

長く続くことはできないが︑自然の働きを受けるものは︑ふさわしい仕方で受けるのであり︑よい位置に留まる

ことができる︒そこでプトレマイオスは︑人工から生ずるのとは非常に異っている自然の働きで生ずる回転によ

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って地球その他地上のものが破壊されることを心配する必要がなかった︒

コペルニクス『天体の回転について』とコペルニクス的転回

 コペルニクスによると︑地球の回転運動はプトレマイオスの言う強制運動ではなく︑自然運動であるから︑心配

無用と言うのである︒第一︑二章において﹁天体も地球も球﹂であることをそして第四章では﹁球のなし易い運動

は回転﹂であることを述べている︒となると︑次に一種の三段論法として︑ ﹁天体と同じ球形の地球もまた回転運

動が自然﹂という結論に達しても不自然ではない︒コペルニクスは︑アリストテレスの自然観を逆に使って︑地球

を特別視する必要のまったくないことを説いたのである︒したがって︑天上界と地上界の区別も自ずと意味のない

ものになったのであろう︒

 この点では確かに︑旧来の自然観を脱皮している︒しかし︑﹁球形だから回転運動をする﹂︑﹁回転は地球の自然

運動﹂と言うだけでは︑懸案の難問に対する直接一運動理論から一の答としては不十分であろう︒そこで︑も

う少しコペルニクスの反論に耳を傾けてみよう︒

 しかし︑天よりも運動がずっと速く地球よりずっと大きい宇宙に関して︑なぜ彼︵プトレマイオス︶は同じこ

とを心配しないのだろうか︒天はこの運動によって︑非常な烈しさと中心からの距離のためにあんなに大きくな

ったのだろうか︑そうしてもし止ると壊れてしまうのであろうか︒もしこの理屈が正しいなら︑天の広がりは確

かに無限に及んだであろう︒運動のこの力のために高くへ運ばれれば︑二四時間に通って行かなければならない

円周はだんだん大きくなるから︑運動はますます速くなるであろう︒またその逆に天の大きさは運動の増大と共

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に増すであろう︒⁝⁝しかし天の外には物体もなく場所もなく真空もなく絶対に何もないと言われている︒従っ

て天が広がる場所もないわけである.︑この場合に凝るものが何もないものによって止められるというのは確かに

驚くべきことである︒

 コペルニクスの論理の展開は︑読んでいるとなかなか見事だと思う︒ここでも︑アリストテレスを逆手にとっ

て︑相手の欠点を突いている︒地球ではなく天が回転するのなら︑天は外側に向ってどんどん広がるはずである︒

しかし︑有限の宇宙には︑天が広がるべき外側などありはしないではないかと言うわけである︒このあたりの議論

は︑畳み掛けるような勢いとリズムの良さを感じる︒

 しかし︑これはわれわれが︑天動説−⁝地動説論争の類末を知っているからなのかもしれない︒有限宇宙論という

点については︑コペルニクスも旧来の考えを一歩も出てはおらず︑したがって︑もしその制限を取りはずしたとす

れば︑天は広がる場所をもつと考えてもよさそうに思える︒そうだとすると︑コペルニクスの反論は︑いささかト

ーンが弱くなるであろう︒幸か不幸か︑宇宙は有限と思い込んでいたから︑これだけの啖呵が切れたのかもしれな

い︒ ここで︑プトレマイオスにも発言のチャンスを与えたら︑どのように反論するであろうか︒彼はそもそも天上界

と地上界は異質と言う考えに従ったのであるから︑地上で観測される回転運動の結果を天上界にあてはめること自

体を否定したであろう︒地上で何が起きようと︑それは天上界ではまったく再現されないのである︒一方︑コペル

ニクスは︑両者の区別を無意味と考えたのである︒十六世紀の時点に立って判断すれば︑これは完全な水掛け論で

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ある︒論争決着の糸口は運動理論なのであり︑それに触れられてない段階では︑コペルニクスに分があると思うの

は︑やはりわれわれがその結果を知っているからであろうか︒

 しかし︑その後に続くコペルニクスの反論には︑運動の相対性一これは慣性の概念への前段階とも言える一

を暗に示すような一節が見られる︒

コペルニクス『天体の回転について』とコペルニクス的転回

 船が揺れずに浮んでいるとき︑航海者は︑船の外のものがすべて動いていると見るが︑彼等と一緒にあるもの

はすべて止っていると思う︒地球の運動に関するものにおいても︑同じように全世界が回っていると思うことは

可能である︒しかし雲やその他出気中に浮んでいるものや︑落下するもの︑上昇するものについてはどうであろ

うか︒到って簡単である︒地球とそれにつながっている水分が動くばかりでなく︑空気の一部分および同様の方

法で地球と関係をもっているすべてのものは︑やはり動くのである︒

 この箇所は︑さきに引用した第五章の惑星の運動は地球自身の運動の反映に他ならないと言う指摘に通じる︒そ

してさらに︑ガリレオが﹃天文対話﹄の中で用いた一例を思い出す︒それは︑ ﹁動いている船のマストから石を落

しても︑石はマストの真下に落ちる︒したがって︑落下する石が足下に落ちるからと言って︑それだけで地球が静

止しているとは結論できない﹂という一節である︒勿論︑自分の死後二十年経って生まれたガリレナのことを︑コ

ペルニクス自身は知らないわけであるが︑少くともわれわれから見るとコペルニクスのこの反論は︑運動論的な考

察の芽生えを感じる︒ただし︑ ﹁地球につながれているものは︑地球と共に動く﹂と言う表現は︑直接物体の運動

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1水平方向の運動は︑力を受けずそのまま落下中も保持されること一まで言及しているとは言えない︒慣性と

言うよりは︑強引に物体を地球の運動につなぎとめておくと言った固い束縛的な印象を受ける︒したがって︑運動

の相対性を取り扱ってはいるものの︑コペルニクス自身︑自分の言っていることをどこまでわかっていたのか疑問

である︒これをガリレオの相対性と結びつけ︑さらに慣性へとつなげようとするのは︑やはりわれわれの先入観か

もしれない︒

 いささか歯切れの悪い議論となってしまったが︑コペルニクスは地動説を運動論の立場から証明したとは言えな

いであろう︒ともあれ︑

 私は包まれ・置かれているものすなわち地球にでなく︑包むもの・置くものに運動を与えるのは不合理である

と言いたい︒⁝⁝そこでこれらすべての考察によって︑地球が動くという方がそれの不動よりも一層確からしい

ことがわかる︒

として︑コペルニクスは反論の最後を締め括っている︒

5

地球が他の惑星と同じように太陽のまわりを回転すると考えた以上︑逆に惑星にも地球と同じ属性を与えねばな

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らなくなる︒そこでコペルニクスは︑第九章で重力について次のように言及している︒

 少くとも私は︑重力は自然の或る欲求にほかならぬと思う︑宇宙の建築者の高い配慮によって︑その部分が球

の形に結合して一にして全体であるように与えられたものである︒この性質は太陽にも月にも惑星にも同じよう

に付属していると考えられる︒それらの天体は種々の方法でそれぞれの回転をするけれども︑この働きによって

それらの現わす円さをもっているのである︒

コペルニクス『天体の回転について』とコペルニクス的転回

 重力は自然の欲求であり︑たとえぽ月の上では物体は︑月の中心に向って落下する︒したがって︑地上で重い元

素から成る物質が地球の中心に向うからと言って︑それが同時に不動の宇宙の中心乏考・兄る必要はないのである︒

このコペルニクスの重力論について︑岩波文庫の訳註では﹁コペルニクスは物が散りちりにならないための凝集力

のようなものを考えていただけで︑万有引力にはまだだいぶ距離がある﹂と指摘している︒確かに︑ ﹁自然の欲

求﹂︑﹁球の形に結合して一にして全体﹂と言う表現からは︑水滴が球状に凝集するようなイメージを抱いていたの

かもしれない︒重力と言う言葉は登場しているが︑それはコペルニクスにとって力学的な概念と言うよりもむしろ

アリストテレスの目的論的解釈に近いと言える︒したがって︑太陽と惑星の間に働く重力の作用一これによって

惑星の運動が決定されるのだが!などは︑まったく考えられていない︒やはり︑コペルニクスからニュートンま

での道程は︑まだまだ長かったのである︒全般的に︑この時点ではともかく現象t天体がどのような運動をする

か一を正しく記述しているか否かの段階であり︑その原因を力学的に考察するまでにはとても至っていない︒こ

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のように歴史を先取りするような発展を期待するよりも︑コペルニクスの重力論からは︑地球を天体の一つとみな

した彼の自然観を読み取れば十分であろう︒

 さて︑以上論じてきたごとく︑コペルニクスは太陽を不動とし地球に運動を与えて︑惑星の運動を解釈した︒

 惑星の留・逆行・順行はそれらの運動によるのではなく︑

めに起ることが分るであろう︒ 地球の運動によるのであり︑見かけの現象はこのた

さらに続く第十章で︑この体系の簡潔さを述べている︒

 太陽は宇宙の中心であって不動であり︑太陽の運動と見えるものはすべて実は地球の運動である︒また宇宙の

大きさはどうかと言えば︑太陽から地球までの距離は他の惑星の軌道の大きさに較べると認め得る程度の比であ

るが︑恒星球に較べると零である︒これは地球を中心に置く人々がしなければならないような殆んど無数と言っ

ていいほどの球によって理論を混乱さぜるよりもはるかに容認し易いことだと思う︒

 この後︑一番高い不動の恒星球から始まり︑土星︑木星︑火星︑月を伴う地球︑金星︑水星の順序で天体の軌道

が図示されている︒有名なコペルニクスの宇宙体系である︒それは︑太陽を中心とした美しい同心球状の階層をな

している︒この図を見ているとあらためて︑前半で繰り返し述べられていた球への固執が思い出される︒真中に太

(19)

陽が静止していることについては︑次のような説明を加えている︒

 この美しい殿堂のなかでこの光り輝くものを四方が照らせる場所以外の何処に置くことができようか︒或る人

々がこれを宇宙の瞳と呼び︑他の人潔が宇宙の心と言い︑更に他の人々が宇宙の支配者と呼んでいるのは決して

不適当ではない︒⁝⁝太陽は王様の椅子に坐ってとりまく天体の家来を支配しているようなものである︒

コペルニクス『天体の回転について』とコペルニクス的転回

 右のような一節を噛まされると︑大方の読者にとっては︑とまどいを禁じ得ないであろう︒惑星の軌道が円では

なく楕円であったこと︑宇宙は有限ではなく無限であったこと︑太陽は絶対静止の中心ではなかったこと︑惑星の

数はもっと多いこと︑⁝⁝コペルニクスとわれわれを隔てる差異が︑もしこのような直接宇宙体系の構造に関する

知識だけだとしたら︑それは驚くに当らない︒科学の範囲内の問題なら︑コペルニクスの言わんとすることを理解

するだけの思考の柔軟さを︑われわれは持っている一ただし︑柔軟さが行き過ぎると︑コペルニクスの自然観を

われわれのそれとほぼ同質にみなしてしまう恐れもある︒この辺の絶妙なバランスをとることは︑実際にはきわめ

て難しい・いずれにせよ︑コペ.ルニクスとわれわれの間で少くとも思考の連続性は認められる︒しかし︑惑星の軌

道︑周期に関する記述と並んで︑堂々と神話にでも近いような発言が飛び出してくると︑いったい何の本を読んで

いるのかと言う錯覚に陥いる︒

 ﹁偉大な創造者の壮厳な作品はかくの如く完全である﹂と言う言葉で︑第十章は結ぼれている︒コペルニクスに

とっては︑宇宙の構造に秩序と調和を取り戻すことが何にもまして重要だったのであろう︒天体の運行を正しく表

99

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わそうとする努力は天文学と言えるであろうが︑この運行を司どる原因の考察についてはかくのごときである︒物00       1理学の登場には︑まだ暫くの時間を必要としたのである︒

6

 ともかく︑このようにしてコペルニクスの宇宙体系は完成した︒ ﹃天体の回転について﹄を一読した後︑あまり

に﹁前近代的﹂な自然観が色濃く残っていることに驚きを感じるか一﹁コペルニクス的転回﹂と言う比喩に裏切

られたと感じるか一︑あるいは逆に︑思いの外︑歴史︵人間の自然観︶は滑らかに連続しているのだと安心する

かは読む人によってまちまちであろう︒と言うよりも︑この二つの印象が︑絡み合った糸のように錯綜すると言っ

たところが︑正直なところかもしれない︒われわれが抱くこの錯綜は︑いかに天才と言えども︑それぞれの時代の

中に生身の人間として生きていたのだと言う︑ごく当り前のことを物語っているのである︒彼らは︑蜥蜴の尻尾を

バッサリ切り落すごとく︑旧来の自然観をあっさりと捨て去ったわけではない︒経済学者のケインズが︑ ﹁ニュー

トンは片足を中世におき︑片足は近代科学への途を踏む﹂と評しているが︑この言葉はニュートン一人に限ったこ

とではなかろう︒もっと一般化して︑ニュートンですらそうであったと解釈してよいはずである︒本書を読み終っ

て︑あらためてその感を強くする︒

 さて︑彼らがそれぞれの時代に生きていたように︑われわれは今の時代に生きている︒したがって︑完全に白紙

の状態でコペルニクスと対峙することは︑望むべくもない︒コペルニクスの思想の中に︑ ﹁近代的﹂な部分だけで

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コペルニクスr天体の回転について』とコペルニクス的転回

なく︑ ﹁前近代的﹂な部分も根強く残っていることを承知はしていても︑と言うより︑そもそもこの二つの部分に

分けようとすること自体一本稿の中でも繰り返し試みたが一︑それが白紙の状態からほど遠いことを示してい

る︒﹁糸が錯綜するごとく﹂感じるのはあくまでもわれわれであって︑コペルニクスには少しも錯綜−﹁近代的﹂

な糸と﹁前近代的﹂な糸の絡み合い一などなかったのであろう︒また︑それは同時に︑自分が唱えた地動説が科

学思想の中で果す役割を︑コペルニクス自身︑十分気がついてはいなかったとも言える︒

 ところで︑本稿の初めに︑﹁序文﹂に述べられたコペルニクスが地動説を採るに至った経緯は︑それが正しくは

なかったことを知っているわれわれにも︑十分納得できると述べた︒このとき︑われわれは︑近代・前近代の神経

質な区分けを一時忘れ︑一たとえ初めは︑努めて意識的にこのような態度をとったのだとしても一︑結果とし

ては︑素朴にコペルニクスの話に釣り込まれていたのである︒つまり︑その後の歴史の歩みとは独立に︑われわれ

の身をコペルニクスの時代に置いたのである︒

 ﹁天才にも近代と前近代が同居している﹂と言う覚めた視点は当然必要であろうが︑もう一歩進んで一あるい

は逸脱して一︑このように前近代に違和感を抱かずそれを素直に受け入れてみる思惟経験も︑科学の歴史を考え

るひとつの姿勢になるのではないだろうか︒

 参考文献

コペルニクス﹃天体の回転について﹄︵矢島祐利訳︑岩波文庫︶︒

A・アーミティジ﹃太陽よ︑汝は動かず﹄︵奥住喜重訳︑岩波新書︶︒

野田又夫﹃ルネサンスの思想家たち﹄︵岩波新書︶︒

C・A・ラヅセル他﹃宇宙の秩序﹄︵渡辺正雄他訳︑創元社︶︒

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(22)

杖.上陽一郎け.近代科学を甜⁝えて﹄︵日本経済斯聞社︶︒

板倉聖宣凹科学と方法﹄︵季節社︶︒

M・マックロスキー﹁直観と物理学﹂﹃サイエンス﹄一九八一.互・六月号︵H経サイエンス社︶︒

参照

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