ララッピ(・・・ラップランド) ‑外国語の外国語性 について
著者 清水 穣
雑誌名 言語文化
巻 1
号 1
ページ 221‑237
発行年 1998‑07‑31
権利 同志社大学言語文化学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004292
ララッピ(・・・ラップランド)
――外国語の外国語性について
清 水 穣
Ⅰ
ヘルシンキに近づくと、冬の雲が規則的な畝を作っていて、まるで砂浜の 上を飛んでいるようだった。当然ながら機内アナウンスはまずフィンランド 語で始まる。他のインド・ヨーロッパ語系言語とは異質な言語だ。私にとっ てフィンランドで一番衝撃的だったのは、フィンランド語という言語に尽き る。外国語の奇跡は初学者の驚きとは別の所にあるのが常だとはいえ、この 言語の特異な体系は、やはり奇跡のようだ。ヨーロッパの少数言語のなかで は、ハンガリー語が同じウラル語系、エストニア語ははっきりとフィンラン ド語の系列で共通の語彙が多い。もっとも、語彙は共通でも意味は異なるの で、エストニア語を聞いていると混乱するそうだ。中国語と日本語における 漢字の様な関係なのだろうか。
フィンランド語から受ける異様さを説明するのは難しい。発音は単純、響 きはイタリア語をシュヴァーベン訛のドイツ語で変調したようで、リズムは 日本語の感覚からすると「字余り」である。例えば、私が講演を頼まれた小 さな町の名はPiippolaだが、これはピーポラでもピッポラでもピッポーラで もなく、「ピーッポラ」である。息がもっただろうか?息が続かないといえ ば、単語が何しろ異常に長い。ドイツ語の複合名詞も長いがフィンランド語 の複合名詞はその比ではない。Käsityöyrittäjyysseminaari(カシテュエュリッ タイュースセミナーリ)、Täydennyskoulutuskeskus(タュデンニュスコウル
「言語文化」1-1:221−237ページ 1998.
同志社大学言語文化学会©清水 穣
トゥスケスクス)とか。まだまだ。Kymmenpaikkaisessa(キュッメンパイッ カイセッサ)elämänkattomuksinhen(エラマンカットムクシンヘン)・・・。
Alfabettode tsudslaleta finlandogono nagaitangonolaletsu. Kishikanga aliwa shinaidarooka. Konoyominiksawa zenburoomajide kakikdashita nihongonobunshooni niteiru.
例えば、最初の単語は「koogeidezainseminaa」と いう意味だ。フィンランド語のようではないか!漢字が表意文字でなかった ならば、日本人も三種混合ではない、統一的な表音文字による書記システム を用いていただろう。フィンランド語も漢字変換できるかも知れない。貸し て湯絵立体ユースセミナー裏、多油田ニュ素小売るとす消す楠。アルファベ ットという文字に征服された国民がフィンランド語の文章を眺めたときの違 和感は「キュッ面派1回切磋」のようなものだろうか。ドイツ語もフィンラ ンド語もアルファベットで書かれる。同じ文字でありながら外国語であるこ とが日常であるために、文字の外部性(外国語性)が露出している。それに 対し、日本語は同じ書記システムの外国語を持たず、また書記システムその ものが外国の文字を取り入れた成果であるために、逆に文字は外国語性を抑 圧する装置として機能するのだ。ローマ字日本語に似るフィンランド語は、日本的書記法の「自然さ」の嘘に気づかせる。
さらに文法。格の数が不明である。一説に17格(友人のペトリが学校で習 った数)、また15格(某参考書)、また10格(非実用的な某エクスプレス)。
「数え方によって違うんだよ。(!)」少ないに越したことはないその10格と は、主格「〜は」、対格「〜を」、属格「〜の」、分格、入格「〜(の中)へ」、 内格「〜(の中)に」、出格「〜(の中)から、〜について」、向格「〜へ」、 接格「〜(の上)で・に」、奪格「〜(の上)から」であり、このうち主格、
対格、属格は例えばドイツ語にもあり機能も同じようなものである。分格は 多分フランス語の部分冠詞に似た機能が独立した格になったのだろう。内 格・入格はそれぞれドイツ語の in の与格(三格)支配と対格(四格)支配 に相当し、接格はドイツ語の与格と前置詞 an の機能を合わせ持つと考えら
れる。奪格もラテン語にあるから似た感じだろう・・・
ところが、名詞が動詞の目的語になるときは対格になるのが主で、例外的 に属格やほかの格が現れるのかと思っていると、ほとんどの動詞は目的語と して対格ではなく分格を取る。しかも否定文の目的語はすべて分格になる。
否定文がまた一段と奇妙で、否定動詞という動詞が人称変化する。例えば
「彼はフィンランド語を話しません」は
hän ei puhuu suomea
で、hänは男女 共通(!)の三人称代名詞、ei が否定動詞の三人称変化形、puhuu が「話す」という動詞の不定詞である。主語を私にするとMinä en puhuu suomea.となる はずだ。驚愕はまだ続く。完了の助動詞はなんとon (=be) 動詞しかなく、ど うもフィンランド語には英語のhave に相当する動詞がないのである。すな わち、フィンランド語では所有と存在が区別されない。所有とは誰かの所に
(接格)何か(単数なら主格、複数なら分格)が「ある」事で、存在とはや はりある場所に(接格・内格)何かが(同様)あることだ。「AはBだ」とい う簡単な構文も、両者が単数なら主格、複数ならBの部分は分格におかれる。
男女は区別されないのに、名詞はカウンタブルな個体名詞とアンカウンタブ ルな物質名詞に分けられ、物質名詞の場合、述語に来る名詞・形容詞は分格 になる。さらに前置詞と後置詞があって、後置詞の場合多くの名詞は属格に なる等々。
いったい、これらは本当に格なのか。この中で最も謎めいているのが分格
(partitiv)であろう。名詞だけで用いられる限り、ほぼフランス語の部分冠 詞的に理解されうるのだが、上記のように分格が最も活躍するのは動詞の目 的語としてなのだ。動詞の目的語に対格が来ないこと。たしかにドイツ語の 動詞には、属格(二格)や与格を取るものがあるが、属格はもともと対格へ 向かう傾向があるし(例「父の記憶」の二重性=父を思い出すのか、父が思 い出すのか)、与格はその動詞の意味がそもそも自動詞的であったか、ラテ ン語の奪格が転用された場合が多い。つまり、これらは文法的に解釈可能な のである。
考えてみると対格以外の目的語は日本語にも存在する現象である。存在と 所有に区別がないという点は日本語もそうではないか。「私は家を持ってい る」という文章は多分明治以降に造られたものだ。私には家がある。学校に は体育館がある。「学校には」が接格ならば、「体育館が」の「〜が」こそ分 格ではないか?あるいは、「好く」「嫌う」「欲する」といった動詞はそれぞ れ対格を取るが、「好き」「嫌い」「欲しい」といった形になると目的語に
「〜が」という格が来る。僕は君が好き。この場合の「〜が」は主格ではあ り得ないからやはり一種の分格なのではないだろうか。日本語もこう見ると 謎めいている。日本語の否定文は動詞が未然形に活用してそこへ否定語尾が 付く。このとき、否定文は目的語に「〜が」あるいは「〜は」を取りうる。
彼女はテニスはしない、ビールが好きではないというように。これも一種の 分格に相当するだろう。つまり、超大胆な仮説を立ててしまえば、フィンラ ンド語の分格は、「〜は」「〜が」という日本語の格助詞の微妙な揺れをもつ 使用法に対応しているように思われる。
この日本語との比較は私の思いつきに過ぎないが、それでもやはり屈折語 尾変化を主幹としたラテン的文法体系は、フィンランド語とかみ合っていな いのだ。フィンランド人がフィンランド語を話す、ということが自明になっ たのはさほど昔のことではない。フィンランドは独立してまだ80年ほどであ る。それ以前、フィンランドの大学ではおそらくスウェーデン語(いまだに フィンランドのもう一つの国語である)とドイツ語が話されていただろう。
当然、独立運動のイデオロギーも、平行する様々な概念装置(国民、国家、
主権等々)も、そして国語化運動もスウェーデン語・ドイツ語経由で、それ らの言語によって遂行され、国文法もそうして構成されたはずである。フィ ンランド語は、フィンランド語とは根本的に異なる系統の言語によって構築 された。文法は自国語とは異なる言語によって植え付けられたのだ。
しかし「文法」とは何だろう。一面でそれは、多言語併用を抑圧して、あ る一言語を囲い込み、標準語として成立させるための政治的な産物である。
他 面 、 そ こ で は 言 語 が 自 分 自 身 に 折 り 重 な っ て い る 。 文 法 は 言 語 的 な Zwiefalt(二重襞)であり、分裂なのだ。ベンヤミンは写真が精神分析に対 して無意識を開示したと示唆しているが(『写真小史』)、もう少し遡って
「正書法」もまた制度として文字の外部性を認識させ、言語の背後にある無 意識的なものを露呈させたと言えるだろう(注1)。そして、その無意識的な もの、フィンランド語において「折り重なっている自分」たる「文法」は、
外国語なのである。フィンランド語の中には外国語が潜在しているのである。
ジャック・ラカンの創り出した様々な概念の一つに「ララング
Lalangue
(英訳では Llanguage)」がある。ララングとは、あらゆる言語においてその言語を曖昧性に差し向ける 境域である。我々はいかにしてそれに達するか知っている。言語の層 を解体し、音と意味を、言及と慣用を、書記法と表現内容を、一貫し て混同することによって、またこうして一つの層が他の層との識別の 支えに使われるのを防ぐことによってである。しかし注意すべきは、
この境域は、一つの言語をその他の言語と絶対的に区別しているもの に他ならないということである。つまり、一つの言語の特殊性とは、
その一義性が解体してゆく連鎖にしか基づいていないのだ。(ジャ ン=クロード・ミルネール『言語への愛』平出和子・松岡新一郎訳。
水声社、叢書言語の政治11、27頁)
難解なラカン派の言語論に踏み入るつもりはないが、ここでいわれているこ とは恐らく次のようなことである。ララングとは言語と言語の国境地帯のよ うなものだ。それは境界としてある言語を外から隔てているとともに、外へ 隣接させもする。この境界は動き回る線である。だからある一言語の特殊性 は、絶えず解体すると同時に新たに析出される性質を持つ、と。この境界線 が動き回ることと、一言語が一つのまとまり(「国語」)を形成することは矛
盾しない。一つの言語を音韻的な示差性によって構築することの効果は、そ れが示差的な構造として当然一つの完結した全体性を獲得することである。
境界線が動き回るごとに、示差的なシステムは形を変えて解体=構築を繰り 返し、新たな完結性へと変容し続ける・・・。
しかし示差性において言語をとらえるとき、諸言語の間の相違は消える。
あの完結した全体を例えばフランス語と呼んでおけば、フランス語とは何か、
という困難な問いを回避できるわけだ。つまり母国語と外国語の相違が消え、
諸言語間の翻訳の問題が、つまり本質的な点で言葉の「意味」の問題が消え るのである。ところで「ララングの最も近い表象は母国語である。(同26頁)」 一見、上の解釈(国境線としてのララング)と矛盾するようだが、例によっ てラカンの言い回しはトリッキーである。ララングは言語一般の示差性とは 別の次元にある。そしてラカンは母国語を特権化しているわけではない。X にとっての外国語は任意のYにとっての母国語だ。するとYにとっての外国 語がXにとっての母国語だと言うことになる。ララングとは、任意の外国語 を母国語へ変容する国境線の運動なのである。ララングの効果によって、外 国語とは潜在的な母国語であり、母国語とは潜在的な外国語なのである。こ のとき母国語と外国語の最も大きな相違は、外国語では無意味な文章が書け ないということである(注2)。逆に言えば、母国語を「使いこなす」とは無 意味な会話が出来ることであり、ネイティヴの感覚とは滑らかさに対する感 覚、言い換えれば「無意味」に対する無感覚である。翻訳という綱渡りに直 接的には曝されていない言語として、母国語は意味に対して最も護られてい る言語なのである。
ララングは諸言語の間、意味と無意味の間を動き回って、諸言語の皮膚下 に潜在的な外国語(=母国語)を潜入させるものといえよう。ララングとは 言語それ自体の複数の分身を創り出す。言い換えれば、母国語を潜在的な外 国語からの翻訳と見なすことによって、それをブレさせ、揺さぶり、輪郭を 曖昧にさせる。それはある国語を普遍的な翻訳可能性、あるいは別の分節可
能性へと開くことである。
*
ほぼ一週間、私は聴き取れるはずもないフィンランド語を浴びるように聴 いていた。これほど言語的に疎外されるのは久しぶりで、私は外国語に久々 に感動したのだった。バルトが『表徴の帝国』の冒頭で語るような「夢」。
しかし私は言語の肉体性について語りたいわけではないし、予め「私はうそ つきです」と断ったりもしない。おそらく、バルトの言語の肉体性というの は、意味や構文パターンとして分節される以前の言語の姿ということなのだ ろう。自分の中で起動可能な、どの文節コードにも合致しないので何を意味 しているのか判らないが何かを意味している記号(謎の表徴)と、見慣れ知 りつくしていると思いこんでいる記号(言語)の間の、突然の往復運動、境 界線の突然の流動化。ごくまれに、遠くから聞こえてくる聞き慣れない響き の言語が、ふと大阪弁であることに気づいて愕然とする、しかし、大阪弁だ と判ってしまったとたんに、ついさっきまでの不思議な響きは聞こえなくな ってしまう。言語を外側から
....
なぞって、その表層のざらつき(“grain du
voix”)を感知する。生の音声の群が、言語という構造体へ結晶化したかと
思うと、不意にその輪郭を曖昧にさせふたたび音へと解けていく・・・この 類の言葉はいくらでも連ねることが出来る。言語の外部、それは完全なる外 国人の夢だ。そして完全なる外国人こそ夢だ。というのも、ある言語に対し て外国人が完全に外部に立つと言うことはないだろうから。世界の隅々まで 市場経済が浸透し、生活環境にも程度の差くらいしかない現代において、会 話の使用状況もなにも分からないほどにまで「外国人」であるというのは、何らかの差別意識の結果にすぎない。この種の差別意識にとっては「差異の 画定」こそ重要なのであって、外人と自国人の間のなし崩し的な同一性、つ まり境界侵犯はタブーである。
しかし、もう一つ、より深い本質的な理由があるようにも思う。それは無
意識が、「言語のように」ではなく、外国語のように
.......
構造化されているから、
というものである。無意識とは既に外国であり、言葉はそこで、ちょうど発 生の時に雌雄の遺伝子がいったん完全に混じり合うように、即物的な音や文 字(記号)の群に分解され、そしてまるで外国語のように奇妙な分節を被る。
フロイトの有名な「綴り字の化学」が思い出されるが、外国語というポイン トがより明確なヴィトゲンシュタインの例を引こう:
我々が「Bring mir eine Platte(板石を持ってこい!)」という命令を他 の様々な文と対比しつつ使用する、と言うのは、我々の言語がそのよ うな他の文の可能性を含んでいるからである。我々の言語を理解しな い外国人が、「Bring mir eine Platte !」という命令をしばしば聴いたな らば、彼はこの「bringmireineplatte」という音の列全体が一語であり、
そしてそれは彼の国語で「建材」という語に相当すると、考えるかも しれない。そして彼自身がこの命令を口にしたなら、彼は違う発音を したであろうし、そのとき我々は「彼の発音が奇妙なのは、彼がそれ を一語だと思っているからだ」と言うであろう。[....]
「Elliptisch(縮約)」な文とは 、我々がそれを口にするとき、言うべ き何かを省略するからではなくて、我々の文法の一定の範例と比較し た場合、その文章が短縮されているからである。もちろんここで次の ような反論が可能だろう:「短縮された文と短縮されない文が同じ意 味を持つと認めるんだね。ではいったいどんな意味を?この意味を一 語で表現する言い方はないのかい?」-- だが文章同士の同じ意味とい う の は 、 そ れ ら の 同 じ 使 用 の 中 に あ る の で は な い か ? ( L . Wittgenstein, Philosophische Untersuchungen §20.)
「縮約」は特別珍しい現象ではない。例えば先日、オランダ人アーティス
トと日本人ギャラリストと一緒にあるギャラリーを訪れた。会話が弾んでい たとき、ギャラリーオーナーの女性がそのギャラリストの腕を取り笑いなが ら「He is my best friend!」と言った。彼の方は照れ笑いをしながら「No, no !」。 ギャラリーを辞してしばらく道を歩いていると、オランダ人が怪訝そうに私 に聞くのだ。「彼は彼女が嫌いなの?」「え?まさか。あの二人は親友ですよ」
「でも彼は彼女がベストフレンドだと言ったのを否定したでしょう?彼女が 嫌いなのに私のためにわざわざあのギャラリーを紹介してくれたのだったら 悪くて・・」私はあっと思い「いや、そう誤解するのも分かるけど、あの No は
“I am not worth being your best friend”
という一種の modesty なんで すよ。」「What !? No という一語に日本語ではそんな意味があるのか?」「確かに日本語のノーは複雑なんですけど・・ちょっとそういうことでもな くて・・」しかし彼はもう聞いていなかった。夫人とオランダ語で話してい るのを聞いていると、この新しい発見に夢中になっているのがよく分かった。
私としては、それを否定できるのかどうか。しかも彼には通じなかった縮約 が私にはどうして理解できたのか。いや、なぜ理解したと信じたのだろうか。
たぶん、Laisser parlerで彼らの会話が私にとっては完全に無意味だったから だろう。
会話とは、それがイデオロギー的な抑圧(ジジェク)を確認しあう儀式の ようになっているとき、厳密に無意味...
である。そのときイデオロギー的抑圧 は、会話者がその無意味さに十分自覚的である点にこそ現れている。この
「自覚」の嘘を突かれると、抑圧の症候として不快感が表れるのだ(「会話が 流れない・・」)。例えば、見渡す限り青々とした水田が続き、風が豊かな稲 穂の香りを運んでくる風景のなかを列車がすぎていくとする。
「日本にもまだまだ自然が豊かに残っているんですねえ」
「え!? これ水田ですけど?」
端的に何も考えていない前者の感嘆文にも腹立たしいものがあるが、後者の 意地悪なイメージ批判もまた厭わしい。それはイメージ批判というよりも、
おまえとは話をしたくないと言う返事にすぎないからだ。そしてそれに対し て会話者はこう反論するだろう。では、イメージ=イデオロギーでないもの があるというのか。おまえとおまえの言葉だけがそこから自由であり得ると でも言うのか。
実際、会話の中に意味が含まれていることはなんと少ないことか。100パ ーセント意味だけで成り立つ会話というのはあり得ないように思う。意味は あまりにも、白色矮星のように密度が高く、あるいは温度が高すぎるので、
純度を上げると媒体である言語そのものが崩壊し、飛び散ってしまうのだろ う。だから会話の本質には強いられる希薄さがあるのだし、その意味で会話 とは政治行動の一つ、つまり無意味なフレーズを共有しその滑らかな交換を 遵守するという意志表示に他ならない(会話が人を疲れさせるのはそのせい である)。イメージ、物語、制度が流暢に流れる回路としての会話・・それ なら、まして外国語の会話とは何なのか。外国語の「外」を表面上取り除く 機構であると言わねばなるまい。会話を通じて、人は個々の言語とは無関係
.......
に.
、政治的な共属意識(無意味なイメージの共有)を獲得する、あたかもそ のイメージを通じて外国語が国語になるかのように。会話とはまさに言語の 政治の練習であって、それ以上でも以下でもない。もし外国語能力が、その 外国語で表現されたものの「意味」を理解する能力のことならば、会話にそ れは不必要である。会話を理解するとは、会話の無意味を理解することに他 ならない。
・・しかし、このような断定はそれこそ無意味で不毛であろう。幸いなこ とに、そして誰でも知っているように、外国語の会話においては、感情やイ メージの潤滑な交流など決して保証されたりしない。むしろ、そこで理解さ れることはこれらイメージの失墜であり瓦解である。政治が失効するのを目 の当たりにするとき、言語は乾ききったスポンジのように意味を吸収しよう と待つ。そのとき、我々は薄氷を踏むように、根拠のないひび割れた信頼だ けを頼りに会話をするだろう。我々には言語しか与えられていないが、同時
に意味は言語の外にある。例えば「xhazfywimt」という言葉があり、これは 固有名詞でも複合語でもなく、これ以上分節不可能な純粋に一語だけから出 来ており、しかもその一語だけで「私が神に祈っても祈りは通じなかった」
という意味を表す・・・このような幻想的な言語、分節と翻訳にもっとも大 きな抵抗を示す言語はまず存在しないだろう。しかし、意味とはこのような 言語であり、それこそベンヤミンが純粋言語と呼んだものではないか。言語 とコミュニケーションには細かく深い亀裂が縦横に走っている。そしてそれ は私が私と交わす言葉においてもそうである
...................
。外国語とは、我々にそれらを 認識させる恐らく唯一の経験なのだ。私はそれを思いだした。私は会話をし すぎていた。この意味でフィンランド語はたった一週間の、そして一つの奇 跡であった。
II (付録)
私がラップランドへ行くそもそもの原因を作った友人ペトリは、小柄でフ ィンランド人らしからぬ(!?)ハンサム。ソーダンキュラの出身でラップラ ンド期待の星であって、ブリュッセルで働く若きEU官僚である。ピーッポ ラでの講演が済むと、ペトリは、近くに伝統的なフィンランドの旅篭兼サウ ナがあり今晩はそこで泊まることになっている、と突然告げた。ピーッポラ 工芸デザイン国際会議からの流れで何人かの同行者がいた。ぽってりと少し 出腹で、素朴な少年の面影を残したヤリ・ハーパネミ氏(ヤリ君)は、ハー パヴェシの進学校の若くエネルギッシュな校長先生だ。ヨーロッパ各国とラ ップランドの高校をインターネットで結び、相互交流、協同カリキュラム、
単位互換制度などを実現しつつあると、熱心に、とても熱をこめた熱弁を振 るって説明してくれた。ハンヌ氏はハーパヴェシ市一帯の行政区の観光局長 だそうで、スラブ的風貌の半禿げ岩石人間タイプ。巨大な頭蓋骨と逞しい顎 をしていて、強面の口下手(英語下手)だが本当は温かい人柄、でもやはり 顔が無愛想すぎるのだった。「・・・あなたが日本人観光客だとして、我々
に何が足りないでしょうか」「食べ物の魅力でしょうね」「・・・そんなに不 味 い で す か ? 」「 不 味 く は あ り ま せ ん が 、 不 味 く な い だ け な の で す 」
「・・・・(沈黙)」怒ってしまったのかと思ったら、彼は単語を探していた のだった。トナカイの肉でも、イエローキャビアでも、サーモンでも、もっ と美味しい調理法があるはずである。豊かな森林の木苺や茸やハーブで郷土 色も出せるはずでしょう。合わせる酒は「フィンランディア」が良い。あの 木苺の「ワイン」は特上の辛口以外駄目です。全般にコーヒーの不味いのに は閉口します。私はなんと紅茶ばかり飲んでいます・・等など。
ピーッポラから車で20分ほど走るとピヒカラという場所に着く。雪原の真 ん中に古い農家を改築したペンションがあり、のりたくなるほど大きな犬が 出迎えてくれた。犬は我々をペンションの入口まで案内すると静かに雪の中 へ戻っていった。今日は外で食事をするんだよ、とペトリ。どうせ車で移動 するのだからとコートしか持ってこなかった私は少々びびり、さらに、サウ ナ小屋も外にあると聞いて風邪薬の量を思い浮かべた。
サウナ小屋へ案内してくれたのも例の犬だった。歩いて数分の丸太小屋が それで、ペトリ達はすたすたと入っていく。サウナを断る理由をついに思い つかなかった私が後について入った部屋は、ソファが乱雑に置いてあるだけ の場所で、別に暖房もなく、いったいここは何の部屋だろうと思っていると、
残念ながらやはり更衣室なので、仕方なくさっさとズボンを下ろし始める。
ヤリ君はズボン下をはいていた。素裸のままいったん外へ出て、急いで隣の 戸を開けると、そこがサウナになっていた。階段を数段上り、屋根に近い中 二階ほどの高さに木組みで座る場所がしつらえてある。暗い電球だけの薄暗 い部屋には熱い湯気が立ちこめていた。焼いた石の上に濡れた枝葉が重ねて あり、ハンヌ氏やヤリ君が次々と水を振りかけると、そのたびに息もできな いほど焦熱の蒸気が体の上を通過していく。要するにサウナとはこの熱波を 数秒間やり過ごす快感なのだ。再び水をかける。ジュッと言う音に数秒遅れ て熱波がゆっくり通り過ぎていき、体がじんわりと濡れる。雷に似ている。
限界まで蒸された後で、いきなり外のテラスへ飛び出すと、素裸の熱い身 体からは湯気がもうもうと立ち、寒気の切れが心地よい。大きく深呼吸して 見回せば辺りは静かな雪原で一軒の明かりも見えない。手すりに人数分のビ ールが並べてあった。一気に飲んできわめて爽快である。一心地ついて隣の ハンヌ氏を見るとまだ湯気を立てている。私の皮膚は徐々に引き締まり始め ていて、髪の毛から落ちる水滴は冷たかった。ペトリやヤリ君の身体からも 白い湯気が上がり、白樺の香りがしている。何故だ!? ハンヌ氏はもっさり だし、ペトリも苔むす程度に生えているので「毛のせいか!?」と私は思った のだが、ヤリ君はつるりとしているのに湯気を出し続けている。北国人と南 国人では筋肉の蓄熱率(?)が違うのだろうか。自分を南国の人間と思った ことは初めてだった。何となく、すぐ落ちる線香花火のようにしょぼい感じ がしたが、腹が冷えてくるのですぐに腰にタオルを巻き、足が冷たいのでサ ウナに戻るのはいつも私が一番最初だった。焦熱のサウナから最初に出てく るのも私だった。多分これが理由だろう。
体中暖まって、服を着る。髪や肌に白樺の匂いが移っている。食事はそこ から少し離れたところにある小さな建物でするのだった。ちびた鉛筆を立て たような六角形の小屋で、芯の部分が折れ、開閉できる天窓になっている。
低い入口の両脇には、太い丸太に縦に深々と十字の切れ目を入れた「森番の 蝋燭」が乾いた音をたてて燃えていた。中に入ると中央に囲炉裏があり、側 壁に添ってベンチがしつらえられていて、トナカイの毛皮が敷いてあった。
素朴だが、とても良い雰囲気である。サウナで暖まった我々は詰めて座り、
囲炉裏で暖めた料理を食べた。料理については全く不味くなかったので言葉 を慎んでおきたいが、ふと気づくと、料理から私の髪の毛と同じ香りがする のだった。「これ、サウナと同じ香りがしますね」「そうです。あのサウナで 薫製にしたのです。」すると我々も途中まで薫製にされていたというわけで ある。サウナとは調理器だったのだった。
**
・・・ロヴァニエミから車で20分ほど北上すると北緯66度33分の北極圏、
そこに「真正の」サンタクロースが「サンタクロース・ヴィレッジ」に住ん でいて、その「村」をもうすぐ「サンタクロース・ワールド」へと領地拡大 するそうである。たぶんミッキーマウスやドナルドダックに入れ知恵された のだろう。ちなみにサンタの乗り物トナカイは灰色である。それにしても、
日本人がラップランドに来たというので頼んでもいないのにサンタクロース に会わせる、ヤリ君とペトリの困った善意、しかし、私だって京都に来た外 国人を自動的に金閣寺へ連れていったことがあるのだった。
彼らをカフェで待たせて、よく行く小料理屋の息子二人の住所を登録した。
二人にはサンタからクリスマスカードが届くはずである、何と日本語で。サ ンタが煩いので仕方なく一緒に写真を撮らせたら、サンタは当然だが、私ま でほとんどこれ以上はないという馬鹿面に撮れていた。
ところで、なぜサンタクロースに会ってしまったかと言えば、ペトリにオ ーロラを見たいとせがんだからである。11月末では、あまり期待できないよ と言われたのだが、とにかくロヴァニエミからさらに北東へ走り、北極圏を 越え、出現ポイントまで行った。
黒い針葉樹の間に白樺が所々まぎれた森は、奇妙に底光りして灰緑色に見 えた。地面は白く、空もあかるい灰色なので日中は何もかもひどくモノトー ンである。ところが、陽が沈み始め、沈んでから完全に暗くなるまでの数時 間、弱い太陽の光が雪と雲に乱反射して、あらゆるものは異様に青くなる。
ラップ人の言う「青い時間」だ。光は液体のように空気に浸透し、水族館の 水槽のような冷たく明るいブルーは、やがて鮮やかな紺色へ、濃紺へ、深み のある藍色へと落ちていく。黄色みを帯びた信号や街灯、ショーウィンドウ やヘッドライトが青白い光輪をともないながら鮮やかに輝きはじめ、夜がや ってくる。この時間、気温が急速に下がると、それはオーロラの前兆なのだ
そうだ。空気が細かな針のように切り立っていき、まるで濁っていた水溶液 が結晶を沈殿させて一気に透き通るように、地上を覆っていた雲が晴れ上が る。我々を浸していた曖昧な光が消え、大地が黒く沈み込むと、頭上には透 明で深い星空が広がっているのだ。剥き出しにされた地表が、宇宙空間に曝 されている。寒気が眼に沁みるのを感じながら星を見上げ、光に眼を曝して いた。明るい夜空を見上げてはいても、まるで黒く澄んだ池をのぞき込んで いるようで、そのとき転倒した。気温がぐいぐい下がり、地面が引き締まっ ていく。私は滑りそうになり、ペトリに掴まった。滑らかに凍りついた地表 に星が映っているように見え、頭上の全てが星空なので、私にはどちらが垂 直の上下なのか判らなくなってしまった。しかも、私の履いていたブーツは 何と皮底だった。また転倒。自分の身体が傾いでいるかな、と思うと、思っ ただけですぐ転ぶので、まるで念力で自分の身体を転倒させているようです らあった。私があまりにも転ぶのでヤリ君が古い靴下をくれた。それをブー ツの上から履こうとして腰から転んだが、やっと履くとすべらなくなり、同 時にどちらが上でも構わなくなったので転ばなくなった。時計を見るともう 45分も過ぎている。急に寒くなってきた。
「もう帰ろうよ」という意味だがわざわざ連れてきてもらった者としては もう少し差し障りのない表現を頭の中で作文していると、向こうの森の上方 でふうっと何かが光った。最初私はかけていた眼鏡に何かが映ったのかと思 った。さらにぼんやりと黄緑のガス状のものが吹き出し、続けて刷毛ではい たような動きで上方をよぎった。これなのか、と私は身構えた。黄緑〜白色 の光が垂れ落ちてきてすうっと身をくねらせ森の背後へ廻るとその瞬間、森 は黄緑色に燃え上がって、凍りついた地面の上を木々の紫色の影がゆらゆら と這いまわった。「顕現」という言葉が本当にふさわしい。光と言うよりは ガスか液体のようで、何よりも異様なのはその映像性だ。そこに存在する何 かが光っているのではなく、光だけが出現している。
オーロラが顕れると、ラップ人は凧を上げる。輝く光の中へ凧を入れ、口
笛を吹いてオーロラを操るのだそうだ。ペトリの話を聞いていたら「なんて ロマンチックなんだ!寒いけど」という文章が出てきた。それからしばらく 黄緑の光を浴びていた。Das Feuer vom Himmel という言葉がぽんと浮かんだ。
そうか、オーロラは「天の火」か。そうだ「天の火だ!天の火だ!」という 言葉を私は思い浮かべた。(最後はヘルダーリンで決めよう)「Jetzt komme, Feuer ! 今こそ来たれ、火よ!」ドナウ河関係ないし。「Ein stilles Feuer 静か な炎」パトモス島もさらに関係なし・・・他に火がなかっただろうか。オー ロラはあっけなく数分で消え、しかし私は諦めず、帰りの車の中でそのこと ばかり考えていた。「火」が出て来なければ「青い時間」を使う ―― 時間に とき
..
とかルビ振る・・・ でも『蒼い時』って本なかったか!? ・・駄目だ駄 目。
夕食の終わり頃、ようやく『あたかも祝いの日に』の一行を思い出せた。
オーロラがどこかへいってしまうはずもないが、思い出すのに苦労したこと でもあり、その一行を含む一節で終わろう。
Und daher trinken himmlisches Feuer jetzt Die Erdensöhne ohne Gefahr.
Doch uns gebührt es, unter Gottes Gewittern, Ihr Dichter! mit entblößtem Haupte zu stehen...
そしてだから天上の火をいま 地上の子らは危険もなく飲む。
けれども我らにはふさわしい、神の嵐の下で、
詩人たちよ!頭を曝して立つことが・・
そういえば、フィンランドに「トーゴービール」というのがあってそれは日 本海海戦でロシアを破った東郷元帥を記念しているのだ、などとまことしや
かに聞かされていたが、ラップランドで飲んだビールはほぼ全て「Lappi Kulta (ラップの黄金)」という銘柄だった。砂金でも採れるのかと私は思っ ていたが、考えてみれば「ラップの黄金」とはオーロラのことであった。
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注1 正書法と国語運動の時代、ポーランド語とドイツ語の併用地域を舞台に、言 語の自己分裂を意識の分裂(ドッペルゲンガー)と重ね、さらに「書く主体」と
「主体」の間の分裂にまでオーヴァーラップさせた、複雑な構成の作品としてホ フマンの『悪魔の霊薬』を挙げることが出来る。主人公のメダルドゥスにとって Elixiere des Teufels(悪魔の諸霊薬)とは、無意識を解放するものであり、解放さ れるものとは怪物化した「Nationalitäten(nationalities)」である。
注2 意味も分からず機械的に翻訳(誤訳)する人もいるわけだが、そういうものを 翻訳とは呼ばないことにする。