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日米知財模擬裁判を終えて

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Academic year: 2021

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1.はじめに

早稲田大学COEプロジェクトの一環とし て,平成 15 年 12 月 16 日に東京地方裁判所で 日米模擬裁判が行われた。私は,早稲田大学 21 世紀COE《企業法制と法創造》総合研究 所 知的財産法制研究センターの企画責任者 である高林龍教授とともに,2004 〜 2006 年 度の早稲田大学法科大学院訪問教授としての 資格に基づくCOEのセンター役員として,

企画の発案段階から準備にかかわった。私の 役割は主に米国模擬裁判に参加する裁判官及 び訴訟弁護士の選択及び連絡,日本側担当者 とのコーディネートであったが,実際には模 擬裁判当日,急遽,廷吏の役を務めることに なった。従って,この報告書では,アメリカ 側模擬裁判チームが準備を行う上で特に苦労 した点や日米の特許法及び訴訟法の相違から 生ずる留意点などを感想にまとめて,今回の 模擬裁判を振り返ってみたい。

2.企画の目的及び意義

今回の企画の発端は,私がジョージワシン トン大学ロースクールのエーデルマン教授と ともに大阪工業大学における知的財産教育に 関するシンポジウムに参加するため来日する ことから,ワシントン大学先端知的財産研究 センター(CASRIP)のAdvisory Committee

の委員である連邦巡回控訴裁判所のランダ−

ル・レイダー判事も加えて 2004 年4月から 始まる早稲田法科大学院での実務教育に直結 するシンポジウム等の企画ができないか私が 高林教授に相談したことにある。当初,レイ ダー判事に裁判官を,エーデルマン判事に専 門家証人の役をお願いして米国側のみの模擬 裁判を提案したが,高林先生から日本の事例 に基づき仮想事例を設定し,日本と米国の裁 判官がそれぞれ日本法及び米国法のもとに特 許侵害の有無を判断し,比較法的に日米の実 体法及び手続法の相違を検証するという発展 的な提案がなされた。

その結果,この企画は高林教授の裁判所の ネットワークを通して最高裁判所の協力を確 保できたことにより,日本の裁判所の法廷を 使って現役の裁判官が仮想事例に基づき裁判 を行うという過去にない独創的なものとなっ た。また,特許紛争は国境を越えて世界的規 模で争われることが多いが,実際には特許権 者が全く同じ特許クレームについて特許を取 得することは稀で,また被告製品も国毎に微 妙に違っていることが多い。日本の知的財産 立国構想の中で知的財産専門裁判所の創設が 議論される中で,日米の特許侵害訴訟におけ る実体法的また訴訟法的差異による侵害判断 に与える影響が学者及び実務家によって検討 されてきているが,全く同じ特許クレームに ついて日米で侵害が争われた実際の事例は存 在していない。今回の模擬裁判では,原告が 日米で全く同じ特許クレームを取得し,被告 が全く同じ方法で発明を実施しているという

日米知財模擬裁判を終えて

竹中俊子

* 早稲田大学大学院法務研究科客員教授,ワ シントン大学ロースクール教授。

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架空事例を素材とすることで,現在まで議論 されてきた日米の違いを検証するという点で,

単に学問的意義のみならず,日米いずれの国 でどのように戦略的に権利行使を行うかとい う示唆に富み実務上も非常に意味のある企画 となった。

3.米国側訴訟チームの人選

日米模擬裁判を準備する上で苦労した点の 一つは,米国側訴訟弁護士の人選である。裁 判官については,CASRIPのシンポジウム等 に長年協力して頂いているレイダー判事に快 く引き受けて頂いたが,訴訟弁護士について は模擬裁判の準備に相当な時間を費やさなく てはならないことを考えると果たして快諾し てもらえるか不安であった。現在,特許弁護 士は少なくとも1時間単位 400 ドル以上を請 求している上,日本最高裁の協力も得て行う 模擬裁判であり,日本側は超一流の特許訴訟 弁護士が担当すると聞き,米国側もそれに対 応する弁護士を選ばなくてはならない。しか しながら,COE企画の予算は限られており,

実際には無料奉仕で,かつ交通費等も負担で きないという条件でお願いしなくてはならな かった。

幸いに,ワシントン大学CASRIPのAdvi- sory Committeeの委員の協力を得て,全米 でも常に知財訴訟におけるトップ 10 に入る Finnegan Henderson, Farabow, Garnett &

Dunner(Finnegan)とMorrison & Foerster

(Mofo)から二人づつ特許訴訟弁護士がチー ムを作り,模擬裁判に参加してもらえること になった。いずれの弁護士も米国における特 許権利行使のベテランであり,日本の特許制 度への造詣も深い弁護士たちである。さらに,

仮想事例の素材となった実際の日本の裁判例 における被告がFinnegan事務所のクライア ン ト で あ っ た こ と か ら ,M o f oが 原 告 を

Finneganが被告の代理人役を務めることに

なった。

4.模擬裁判の準備及び前日の打ち合わ

米国訴訟チームにとって一番苦労したこと は,参加者がそれぞれ地理的に離れているこ とであった。すなわち,レイダー判事,エー デルマン教授とFinnegan弁護士チームはワ シントンD.C., 私はシアトル,Mofo弁護士 チームは東京に居たため,模擬裁判前日の打 ち合わせまで全ての連絡はEメールで行われ た。また,仮想事例の資料は最初に日本語の 訴状や答弁書,証拠等が作成され,その後英 文に翻訳されたため,資料全体の翻訳が最終 的に米国訴訟チームに渡されたのは 11 月中 旬で模擬裁判までの準備期間は事実上1カ月 以下しかなかった。この限られた時間で,米 国特許訴訟弁護士チームは米国民事訴訟法に 対応した訴状と答弁書を書き直し,クレーム チャートや技術専門家による鑑定書等の証拠 を準備しなくてはならなかった。従って,米 国チームの訴状と答弁書が完成したのは,私 やエーデルマン教授,レイダー判事が東京に 出発する直前で,私達はこれらの資料をそれ ぞれ大阪に向かう飛行機の中で読んで準備し,

ホテルから訴訟の進行について弁護士チーム とEメールで打ち合わせるという事態になっ た。

このような準備時間の制約に加え,訴訟 チームは冒頭陳述から最終弁論まで2時間で 終えなくてはならないとの連絡を東京地方裁 判所から受けた。仮想事例には,直接侵害だ けでも,クレーム解釈とクレームと被告方法 の対比による文言侵害の有無,また均等論に よる侵害の有無については,均等の判断のみ ならず,出願経過禁反言を初めとしたいくつ かの均等適用制限理論が争点として考えられ,

さらには,特許方法にのみ使用する装置とし て間接侵害についても議論の余地があった。

これに加え,クレーム解釈の争点となった

「 入 れ る 」 と い う 日 本 語 ク レ ー ム 文 言 が

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「Inserting」ではなく,「Placing」と訳され ており,実質上,原文より広い文言範囲と なっていたため,日本クレームでは容易に文 言侵害無しと判断されるところを,英訳では 文言侵害を十分に主張できるという翻訳上の 問題まで模擬裁判前日,大阪から東京に向か う新幹線の中で発見された。そこで,2時間 で結審できるよう,これら争点の中から重要 なものを選ぶ争点の整理が必要になった。

この争点整理は,模擬裁判の前日夜9時す ぎに東京に到着した後,米国訴訟チーム一同 が会して行われた。

まず,レイダー判事から,日米の特許訴訟 手続の違いを明確にするため,均等侵害によ る争点を中心に弁論を行うよう指示が与えら れ,各弁護士チームに冒頭陳述から最終弁論 までの綿密な時間配分が伝えられた。事件の 理解を容易にするため,原告側MoFoチーム は特許発明のクレームチャート等陪審に手渡 す資料を作成してきたが,Finnegan事務所 はその資料について事前に知らされていない として異議を唱えたり,場所こそホテルの一 室で行われたが,レイダー判事,米国訴訟弁 護士チームともども,本物の事件と同じ真剣 さで口頭弁論の準備が行われた。さらに,訴 訟の進行手順はだいたい北部カリフォルニア 地区裁判所のローカルルールに従って行うこ ととした。

5.模擬裁判当日

このような強行スケジュールにもかかわら ず,当日の米国模擬裁判はまるでリハーサル でも行っていたように非常にスムーズに進ん だ。米国模擬裁判はまず,陪審員の選択から 始まった。実は,東京地裁は当初,陪審によ る審理を予定していなかったが,レイダー判 事から日米の特許訴訟の違いを明確にするた め陪審による審理を行うべきとの連絡を受け,

急遽陪審席を用意した。陪審員については,

早稲田大学から英語を理解できる学生を公募

し,あらかじめ 12 人の陪審員を用意してい た。しかしながら,レイダー判事はあらかじ め決まった人を陪審員とするのは実際のアメ リカの手続と異なるとして,傍聴人に中から ランダムに 12 人を選択すると模擬裁判前日 に提案した。そのため,東京地裁は当日傍聴 にきた人の中で英語を理解できる人にのに傍 聴席前2列に座ってもらい,レイダー判事が ランダムにその中から 12 人を選択すること になった。その結果,陪審員の中には何人か の法曹関係者も含まれることになった。

時間的制約のため,米国弁護士による弁論 はクレーム解釈と均等の主張を中心に行われ た。クレーム解釈については,日本語原文で はなく英訳どおり,「Placing」の解釈と方法 クレームにおける各ステップの順序がクレー ムの順番どおりに行わなければならないかに ついて争われた。この論争は,本当の事件で あれば最も時間を費やすべきところであり,

クレーム解釈の判断は,マークマンヒアリン グという陪審による正式審理とは別の手続に よって裁判官が行うことになるが,時間の都 合上,クレーム解釈は陪審審理の一部として レイダー判事が行った。その判断の内容は,

日 本 の 模 擬 裁 判 の ク レ ー ム 解 釈 と 同 様 ,

「Placing」を入れると同様に解し,その前の 工程が注射器の外で行われることを前提とし,

さらにクレームの順序通りに工程が行われな くてはならないとするものであった。

その結果,被告検査方法は文言侵害が存在 しないことは明らかになったため,議論の争 点は,均等による侵害の有無の判断に移った。

この判断は米国特許法の判例により陪審に よってなされることになっており,均等によ る侵害が認められるためには,クレームと異 なる構成要素が対応する構成要素と実質的同 一の機能を実質的同一の方法で達成し,実質 的同一の結果を生じさせていることを立証し なくてはならない。従って,原告被告側代理 人は専門家に機能・方法・効果の同一性又相 違性を証言させ立証を試みた。最後に双方代

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理人から論点と主張をまとめた最終弁論の後,

レイダー判事による陪審への均等の判断に関 する説示があり,審理は終了した。

時間の制約上,陪審は 10 分で評決を行わ なくてはならないことになっていたが,時間 になっても陪審員の意見はなかなかまとまら なかったようである。廷吏役である私が2度 程,催促した上で陪審員はやっと陪審室から 出てきた。評決は,我々の大方の予想を裏切 り,原告特許の侵害を認めるものであった。

12 人の陪審員全員が午前中に日本の模擬裁 判で非侵害の判断がなされたことを知ってい たことを考慮すると,原告訴訟弁護士チーム の快挙というべき結果であった。陪審室での やりとりは,その後のパネルディスカッショ ンで陪審員を務めた裁判官から明らかにされ たが,被告方法の機能・方法・結果の同一性 について相当真剣な議論が交わされたようで あった。私が陪審員をつとめた学生の一人か ら個人的に聞いたところによると,最終的に は,被告方法が特許方法と異なる方法で機能 していると確信できなかったとする意見が大 勢を占め,全員一致で侵害との結論に達した ようであった。

6.感想及び分析

今回の模擬裁判全体の感想としては,2時 間という限られた時間の中で,陪審による審 理に係る重要な手続をほとんど網羅し,かつ,

実際の事件及び日本側模擬裁判とは異なる評 決に達することで劇的な終結を迎え,米国模 擬裁判は大成功に終わったと評価することが できよう。ただし,前にも述べたように,時 間の制約に加え,陪審による裁判を日本の聴 衆にみせるという目的から,実際の米国にお ける侵害訴訟実務の下で進められるであろう 手続とはいくつかの点で異なっていたことに 留意しなくてはならない。

第一の相違点は,今回はクレーム解釈の議 論にあまり時間を費やさなかったが,実際の

米国侵害訴訟実務では,これが一番の争点と なったであろうことである。また,前述した とおり,クレーム解釈の判断は陪審とは無関 係にマークマンヒアリングという別の手続,

またはサマリージャッジメント・モーション の一部として行われたであろう。この手続は 陪審による審理を含まないので,模擬裁判で は非常に簡略化された。

第二の相違点は,出願手続禁反言を初めと する均等を制限する理論の適用について,模 擬裁判では議論しなかったことである。本件 仮想事例では,特許権者は問題となった構成 要件について出願手続中に補正を行っていて,

またその構成について説明する意見書を提出 していた。米国特許法の判例によると,この ような補正があった場合,特許権者は,¸補 正によってクレームの文言範囲が減縮された ものでないこと,¹これを立証できない場合,

補正は特許法上の理由に基き行われたもので ないこと,ºこれも立証できない場合は,均 等を主張する構成が補正の時点でクレーム文 言の範囲に含まれるようできない何らかの理 由があったことを立証しない限り,均等によ る侵害を主張できない。この判断は複雑な上,

ºの判断においてのみ陪審による判断が行わ れるので,今回の模擬裁判では主張しないこ とで両訴訟弁護士チームは合意した。また禁 反言以外の均等論制限理論は全て裁判官に よって判断されるので,これらについても主 張しないこととされた。

さらに,日本の模擬裁判でも先行技術との 関係が一部議論されたが,米国訴訟手続では 特許無効の抗弁は明白無効に限られず広く認 められているので,実際の訴訟では,この点 においても議論がつくされることになったで あろう。しかしながら,模擬裁判では,時間 の都合上,この点についても主張されなかっ た。

以上から,今回の模擬裁判の結論が日米で 分かれ,米国でのみ侵害判断が行われたこと をもってして,米国の方が特許権者に有利と

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考えることはできない。陪審による審理と無 関係なため除かれた主張は主に侵害を否定す る理論であり,これらが主張されれば,陪審 による正式審理を経ることなく非侵害とする サマリージャッジメントがだされた可能性も 十分あったはずだからである。

一方,今回の模擬裁判は日米で訴訟が行わ れる場合の非常に現実的な問題点をも示唆し ていた。すなわち,翻訳の問題である。たと え,補正することなく原クレームに数カ国で 対応特許を取得したとしても現実には言語の 問題から少なからず権利範囲に差ができるこ とは避けられない。今回の模擬裁判の経験か らも,共通の言語で権利付与及び権利行使を 使わない限り,たとえ法律が同じでも日米で 全く同じ権利範囲ということはあり得ないこ とが明らかになったといえよう。

7.結 び

今回の模擬裁判は私自身にとって,米国特 許法を実体法及び手続法の両面から理解する 上で貴重な経験であった。レイダー判事のも とで連邦巡回控訴裁判所のロークラークとし て働いた経験から,特許実体法を法律審での 手続から理解する機会はあったものの,事実 審において判例を通して理解した特許実体法 がどのように適用され,侵害の立証がどのよ うに行われるか見るのは初めてであった。た とえ,事実審裁判所で傍聴する機会があって も私の住むシアトルで提起される特許事件の 数は多くなく,また,今回2時間で見た手続 は,数日から数カ月をかけて行われる手続で あり,講義を担当しながら全ての手続をみる ことは不可能である。その意味で,今回の模 擬裁判を収録したビデオは日本の法曹教育の みならず,米国の法曹教育にも重要な資料で あり,早稲田法科大学院で担当する欧米知的 財産紛争処理法の授業のみならず,ワシント ン大学ロースクールにおける特許訴訟法の授 業でも積極的に使って行きたいと考えている。

参照

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