九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
木村俊道著『想像と歴史のポリティックス : 人文主 義とブリテン帝国』
鎌田, 厚志
九州大学大学院法学研究院 : 協力研究員
https://doi.org/10.15017/4377857
出版情報:政治研究. 68, pp.93-100, 2021-03-31. 九州大学法学部政治研究室 バージョン:
権利関係:
書 評
木村 俊道 著﹃ 想像 と歴 史の ポリ ティ ック ス︱
︱人 文 主義 とブ リテ ン帝 国︱
︱﹄
︵風 行社
︑二
〇二
〇年 七月
︑二 九九
+
ⅺ
頁︶ 鎌 田 厚 志 はじ めに 本書 は︑﹁帝 国﹂ と﹁ 王権
﹂︑ つま り君 主制 をめ ぐる 西洋 政 治思 想史 に光 を当 てる 研究 であ る︒ 初期 近代 にお ける ブリ テ ンの 人文 主義 を中 心に
︑君 主制 をめ ぐる 古代 から 現代 まで の 西洋 政治 思想 史を 該博 な知 識を 駆使 して 描き 出し てい る︒ 二度 の世 界大 戦を 経て すで に多 くの 帝国 は消 滅し
︑ほ とん どの 国で は君 主制 は過 去の もの とな り︑ 形式 的に 立憲 君主 と して 残存 して いて も政 治権 力を 有さ ない 場合 がほ とん どに なっ てい る今 日に おい て︑ あえ て本 書は 君主 制の 政治 思想 史 の存 在を 読者 に示 す︒ その 作業 を通 じて
︑デ モク ラシ ーや 国 民国 家を 中心 とし た政 治思 想史 にお いて は︑ 陰に かく れて し まっ てい たさ まざ まな 議論 を明 るみ に出 して いる
︒
特に
︑本 書は
︑複 合国 家と 君主 制の 関係 に光 を当 て︑ 国民 国家 の枠 組み を超 えた 思想 史を 提示 する こと を目 指し てい る︒ 従来 ほと んど 注目 され てこ なか った 君主 制や 複合 国家 を めぐ る政 治思 想史 に取 り組 むこ とを 通じ て︑ 本書 はデ モク ラ シー や国 民国 家を めぐ る政 治思 想を 相対 化し
︑そ の限 界や 意 義を 問い 直し てい る︒ 一 本書 の内 容 本書 は︑ 冒頭 の﹁ はじ めに
﹂と
︑第 一章 から 第六 章ま での 六つ の章 から 構成 され てい る︒ 第二 章に は特 に﹁ 補論
﹂が 付 され てい る︒
「は じめ に﹂ では
︑本 書の 目的 は﹁ 古代 の地 中海 世界 から 現 代に 至る
﹁帝 国﹂ と﹁ 王権
﹂を めぐ る政 治思 想の 展開 を視 野 に収 めな がら
︑﹁ 初期 近代 ブリ テン
﹂を 主な 舞台 とす る一 つの 物語 を語 りな おす こと
﹂で ある こと が冒 頭に 示さ れる
︒そ の 作業 を通 じて
︑本 書は 現代 の政 治理 論を 異化 する こと をめ ざ すも ので ある こと が述 べら れる
︒政 治学 がか つて 想像 と歴 史 に育 まれ てい たこ と︑ さら に想 像と 歴史 が政 治と 哲学 とを 結 びつ ける
﹁失 われ た環
﹂で あっ たこ とを 本書 は読 者に 問い か ける
︒
「第 一章
帝国 の思 想史
﹂で は︑
﹁帝 国﹂ をめ ぐる 政治 思想 につ いて 古典 古代
・中 世・ 近代
・現 代の 四つ の時 代に 区分 し てそ の内 容や 変遷 を分 析し てい る︒ まず
︑﹁ 帝国
﹂は
︑﹁ デモ クラ シー
﹂や
﹁ネ イシ ョン
﹂と 対 照的 に︑ 二十 世紀 後半 以降
︑も っぱ ら﹁ 悪﹂ の象 徴と して 用 いら れた 言語 であ るこ とが 指摘 され る︒ しか し︑ 帝国 は古 代 アッ シリ アや ロー マ︑ 中華 帝国 など の長 い歴 史を 有し
︑国 民 国家 が二 百年 あま りの 歴史 しか 持た ない こと と対 照的 であ り︑ 人類 の文 明社 会の 足跡 を辿 るに は帝 国の 理解 が不 可欠 で ある こと が指 摘さ れる
︒帝 国を 語る こと はア ナク ロニ ズム の 問題 がつ きま とう が︑ 不要 なレ ッテ ル貼 りや 誤解 を避 ける た めに も︑ 歴史 内在 的に 理解 する 作業 が必 要で ある とす る︒ さ らに
︑﹁ 帝国
﹂の 思想 を多 様な 集団 を統 治し 共存 させ るた めの 思想 的な 試み と捉 え直 すな らば
︑国 民国 家の パラ ダイ ムに 縛 られ ない ヴィ ジョ ンを 構想 する 際の 一つ の歴 史的 な﹁ 教訓
﹂ を提 供す るで あろ うと 述べ る︒ さら に︑ 歴史 を概 観し た上 で︑ 西洋 にお いて はロ ーマ 帝国 を範 型と した
︑狭 い共 同体 の枠 を超 える ヴィ ジョ ンを
﹁帝 国﹂ が提 供し たこ とや
︑デ モク ラシ ーや 国民 国家 の視 点か らは 見 えて こな い人 間の 想像 力の 歴史 の広 がり を指 摘す る︒ 一九 世 紀の 歴史 にお いて は︑ デモ クラ シー とネ イシ ョン が必 ずし も
帝国 と対 立す るも ので はな く︑ 隠れ た共 犯関 係を 結ん でい た こと を指 摘し
︑帝 国や 帝国 主義 は慎 重に 論じ られ るべ きだ と 論じ てい る︒
「第 二章
ブリ テン 帝国 の劇 場︱
︱﹁ ユー トピ ア﹂ から
﹁ビ ヒモ ス﹂ へ﹂ にお いて は︑
﹁帝 国﹂
﹁統 合﹂
﹁征 服﹂
﹁植 民﹂ と いっ た従 来ほ とん ど顧 みら れな かっ た主 題群 を軸 に︑ トマ ス・ モア から ホッ ブズ に至 る思 想史 を︑ 複合 君主 国の 政治 思 想史 とし て語 りな おし てい る︒ ブリ テン にお ける ルネ サン ス以 降の 人文 主義 者は
︑古 代 ロー マを 模範 とし てお り︑ 帝国 や統 合︑ 征服 や植 民を めぐ る 主題 を論 じて いた
︒複 合国 家は
﹁帝 国﹂ em pi re とし て語 られ た︒ ジョ ン・ スピ ード は︑ ブリ テン は三 つの 王国 と一 つの 公 国︑ 一九 の古 王国 から 構成 され る複 合国 家で あり
︑﹁ 帝国
﹂で ある と論 じた
︒ジ ェイ ムズ 一世 は同 君連 合に とど まる こと の ない
︑イ ング ラン ドと スコ ット ラン ドの 完全 な統 合を めざ し た︒ また
︑人 文主 義者 たち は︑ 偉大 さを 求め て︑ アイ ルラ ン ドに 対す る征 服と 植民 を正 当化 し︑ アイ ルラ ンド の野 蛮と 堕 落を 強調 した
︒さ らに
︑複 合国 家の 統治 が重 要な 主題 であ り 続け たこ とは
︑ハ リン トン やホ ッブ ズに も見 られ たこ とが 指 摘さ れて いる
︒
「補 論 ホッ ブズ のロ ーマ
︑も しく は人 文主 義と 帝国
﹂に お
いて は︑ 一見 対照 的な マキ ァヴ ェッ リと ホッ ブズ につ いて 考 察し
︑ダ ニエ ラ・ コー リの 先行 研究 を踏 まえ
︑ホ ッブ ズの
﹁タ キト ゥス 論﹂ が﹁ 時と 場所 と人 に順 応す る技 術﹂ であ る﹁ 統 治の 技術
﹂を 高く 評価 して いる こと を分 析し
︑マ キァ ヴェ ッ リと ホッ ブズ の政 治思 想は とも に︑ 人文 主義 的な 教養 を基 礎 とし て同 時代 にお ける 複合 国家 の問 題に 実践 的に 取り 組ん だ 例と して 理解 でき るこ とを 考察 して いる
︒
「第 三章
君主 制の 思想 史﹂ では
︑君 主制 が歴 史的 に見 て後 退期 にあ るこ とを 指摘 した うえ で︑ それ が君 主制 の政 治的
・ 歴史 的な 意義 を損 なう もの では ない と主 張す る︒ その 理由 と して
︑﹁ 君主 制は
︑必 ずし も理 性の 産物 では なく
︑感 情や 信仰
︑ ある いは 神話 や象 徴な どに 動か され る人 間本 性に 深く 根差 し てい る﹂ から であ り︑
﹁君 主制 の経 験を 参照 する こと は︑ 非合 理的 な複 数の 人間 によ って 営ま れる 政治 の秘 密を 解き 明か す うえ で不 可欠
﹂で
︑﹁ 君主 制の 思想 史は
︑政 治の 原像 を明 らか にす るだ けで なく
︑そ れが 歴史 の盲 点で ある がゆ えに 逆に
︑ 現代 のデ モク ラシ ーの 見え ない 弱点 を浮 かび 上が らせ
﹂る と いう こと を挙 げる
︒そ のう えで
︑君 主制 をめ ぐる 思想 史を 辿 る︒ プラ トン やア リス トテ レス
︑フ ォー テス キュ ーや モン テス キュ ーは
︑君 主制 にお ける 法の 支配 の要 素を 重視 した
︒ト マ
ス・ アク ィナ スや マキ ァヴ ェッ リは それ ぞれ 君主 のあ りか た につ いて 論じ た︒ ハリ ファ ック スは
︑君 主制 が人 民に 好ま れ るの は表 面的 なき らび やか さや 虚飾 であ るこ とを 認識 して い た︒ バジ ョッ トは
︑国 家に おけ る尊 厳的 部分 とし て︑ 演劇 的 な効 果を 担う 君主 の役 割を 指摘 し︑ 人間 は想 像力 の弱 さに 支 配さ れる ため
︑共 和制 より もわ かり やす い君 主制 の方 が強 固 な統 治形 態に なる と説 いた
︒ アー ネス ト・ バー カー は︑ 共同 体の 永続 的な 象徴 や忠 誠心 を集 める 恒久 的な 磁石 とし て︑ 国民 生活 の連 続性 に対 する 感 覚と 希望 を喚 起す ると ころ に君 主制 の強 さの 秘密 を見 た︒ デ モク ラシ ーと 君主 制の 共存 とい う課 題に おい ては
︑高 度な 政 治的 成熟 が必 要で ある こと を福 田歓 一は 指摘 し︑ 君主 制は 大 衆社 会の 病理 を緩 和さ せる 装置 とし て機 能し うる こと を指 摘 した 上 ︒ 記を 踏ま え︑ 君主 制は 古代 から 一九 世紀 まで の政 治思 想 の主 旋律 であ り︑ 多く の人 々の 想像 力を 常に 駆り 立て てき た こと を指 摘し
︑君 主制 の歴 史が 忘却 され るこ とは
︑デ モク ラ シー に内 在す る弱 点を 見え なく させ
︑そ れに 対処 する ため に 必要 な﹁ 深刻 な経 験の 教訓
﹂を 失う こと につ なが るの では な いか と問 いか けて いる
︒
「第 四章
文明 化さ れた 君主 国︱
︱ベ イコ ンか らハ リ
ファ ック スま で﹂ にお いて は︑
﹁啓 蒙﹂ を理 解す るた めに はそ れが 批判 の対 象と した 君主 主義 の伝 統に 目を 向け る必 要が あ ると いう こと を指 摘し てい る︒ 君主 主義 は初 期近 代の 文明 や政 治を 実際 に成 立さ せた 言説 だっ た︒ 王権 神授 説も 実際 の言 説に 即せ ば︑ 神に 対す る王 の 義務 や限 界を 強調 する 議論 だっ たし
︑フ ラン スの 絶対 王政 期 にも 恣意 的な 権力 との 区別 が論 じら れて いた
︒イ ング ラン ド には クラ レン ドン をは じめ とし た﹁ 立憲 的王 党主 義﹂ の系 譜 も存 在し た︒ ロッ クは ジェ イム ズ一 世を 専制 君主 とし て描 くこ とは な く︑ むし ろ暴 政に おけ る権 力の 逸脱 を批 判す るた めに
︑ジ ェ イム ズの 議会 演説 を引 用し た︒ ジェ イム ズは
︑法 によ って 支 配さ れ︑ 文明
︵c iv il it y︶ と政 治に 基づ く﹁ 確立 され た王 国﹂ を征 服に よる 王国 と区 別し て論 じて いた
︒同 じ演 説を フィ ル マー も引 用し てい た︒ ジェ イム ズは
﹃バ シリ コン
・ド ロン
﹄ にお いて
︑古 典古 代の 議論 に多 く依 拠し
︑君 主の 外面 的振 舞 いの 重要 性を 強調 した
︒ また
︑君 主の 宮廷 に常 駐し た顧 問官 が︑ 初期 近代 の人 文主 義の 解明 にお いて は重 要で あり
︑一 六世 紀イ ング ラン ドで は 実際 に多 くの 人文 主義 者た ちが 顧問 官や 秘書 官と して 活躍 し てい た︒ 啓蒙 の原 点と され るベ イコ ンは
︑君 主制 を支 えた 顧
問官 だっ た︒ ベイ コン は議 会に おい て王 権を 支持 する 演説 を 繰り 返し た︒ また
︑助 言や 顧問 会議 の重 要性 を強 調し た︒ ハ リフ ァッ クス は︑ 共和 制は 難し く︑ 君主 制の 方が 人間 本性 に 適し てい ると 認識 して いた
︒ 上記 のこ とを 踏ま え︑ 啓蒙 の時 代の 政治 は︑ 過去 との 断絶 では なく
︑君 主主 義の 政治 学︑ 特に 人文 主義 の君 主論 を受 け 継い でい たこ とを 指摘 して いる
︒
「第 五章
征服 とシ ヴィ リテ ィ︱
︱ル ネサ ンス 期の アイ ル ラン ド統 治論
﹂で は︑ ルネ サン ス期 のア イル ラン ドを めぐ る 人文 主義 的な 統治 論を 考察 して いる
︒従 来︑ 重視 され てこ な かっ たが
︑ル ネサ ンス 期の 人文 主義 者た ちは
︑古 代ロ ーマ を 範と し︑ 征服 や植 民︑ シヴ ィリ ティ とい った 帝国 の統 治と 密 接に 関連 する 語彙 を用 いて いた
︒ 一二 世紀 のギ ラル ドゥ スの
﹃ア イル ラン ド地 誌﹄ を嚆 矢と し︑ アイ ルラ ンド を怠 惰な 野蛮 と位 置付 ける 言説 はル ネサ ン ス期 にも 再生 産さ れた
︒キ ケロ やマ キァ ヴェ ッリ を媒 介に 人 文主 義の 帝国 論が 受容 され
︑ま た洗 練さ れた 交際 を重 視す る シヴ ィリ ティ の議 論が 受容 され た︒ さら に︑ 人文 主義 者た ち は︑ アイ ルラ ンド とい う他 者を 帝国 とシ ヴィ リテ ィに 取り 込 もう とす る試 みを して いた
︒ 以上 を踏 まえ
︑近 代的 な国 家や 文明 をめ ぐる 議論 とは 異な
る︑ 複合 国家 を舞 台と した 思想 的な 諸問 題の 存在 を指 摘し
︑
﹁市 民革 命﹂ を中 心と した 従来 のイ ギリ ス思 想史 とは 異な る 風景 を示 して いる
︒
「第 六章
﹁大 ぶり たん や国
﹂の 統治 術︱
︱ジ ェイ ムズ 六 世・ 一世 と顧 問官 たち
﹂で は︑ ジェ イム ズと セシ ルや ベイ コ ンな どの 顧問 官た ちの 政治 思想 が分 析さ れ︑ 人文 主義 的な 統 治の 技術 が彼 らに 共有 され てい たこ とが 指摘 され る︒ ジェ イム ズは
︑王 権神 授説 や絶 対主 義を 唱え
︑革 命や 内乱 を招 いた 専制 君主 とし て批 判さ れて きた が︑ ホッ ブズ やロ ッ クが 高く 評価 した 人文 主義 的な 教養 を備 えた 君主 だっ た︒
﹃自 由な 君主 政の 真の 法﹄ や﹃ バシ リコ ン・ ドロ ン﹄ など の著 作を 通じ て︑ 自ら 君主 論や 王権 論を 展開 した
︒ジ ェイ ムズ は︑ 王権 神授 説を 主張 した が︑ 実際 に強 調し たの は臣 民に 対す る 君主 の義 務だ った
︒ま た︑ 君主 の振 る舞 いの 重要 性を 論じ
︑ 演技 やレ トリ ック
︑印 象や 言語 の操 作に 自覚 的だ った
︒ ジェ イム ズの 統治 にお いて は︑ セシ ルを はじ めと した 顧問 官た ちの 助言 や思 慮が 大き な役 割を 果た して いた
︒ジ ェイ ム ズや 顧問 官た ちは
︑演 技や レト リッ ク︑ 助言 や思 慮と いっ た 統治 の技 術を 駆使 して ブリ テン の統 合推 進を 目指 した
︒ しか し︑ イン グラ ンド の議 会の 強い 反対 など によ り︑ ジェ イム ズの
﹁グ レイ ト・ ブリ テン 帝国
﹂の 実現 は挫 折し た︒ だ
が︑ ホッ ブズ はジ ェイ ムズ を称 賛し
︑完 全統 合を 成し 遂げ て いれ ば内 乱は 阻止 でき たで あろ うこ とと
︑ジ ェイ ムズ の治 世 にお いて はま がり なり に分 裂と 内乱 を防 ぐこ とが でき たこ と を評 価し た︒ 以上 を踏 まえ て︑ ジェ イム ズの 政治 思想 は︑ 専制 権力 を提 唱し たも ので はな く︑
﹁統 治の 技術
﹂の 君主 論だ った こと が指 摘さ れて いる
︒ジ ェイ ムズ や顧 問官 の議 論か らは
︑共 和主 義 や主 権国 家の 枠組 みに 還元 でき ない
︑初 期近 代の 政治 思想 史 にお ける 君主 政と 複合 国家 の重 要性 が浮 かび 上が るこ とを 本 書は 指摘 して いる
︒ 二 本書 の意 義 本書 の意 義は 何よ りも まず
︑今 まで 等閑 視さ れ︑ ほと んど 言及 され てこ なか った
﹁君 主﹂ をめ ぐる 政治 思想 史に 光を あ てた こと であ る︒ 君主 制や 君主 主義 をめ ぐる 政治 思想 史は
︑従 来の 日本 の西 洋政 治思 想史 研究 では ほと んど 注目 され てこ なか った
︒そ の 理由 は︑ 本書 が指 摘す ると おり 民主 主義 や近 代国 民国 家の 原 理の 探究 が︑ 政治 思想 史研 究の 中心 課題 とな って きた から で あろ う︒ 特に 戦後 の日 本に おけ る西 洋政 治思 想史 研究 にお い
ては
︑良 かれ 悪し かれ そう だっ たと 思わ れる
︒ 本書 は︑ 君主 制を めぐ る西 洋政 治思 想史 に光 をあ て︑ さま ざま な思 想家 たち が君 主制 の秘 密や 魅力 をど のよ うに 語っ て きた か︑ また 複合 国家 をど のよ うに 構想 して きた かに つい て 生き 生き と描 き出 して いる
︒そ のこ と自 体が
︑日 本に おけ る 西洋 政治 思想 史研 究に おい て画 期的 な意 義を 有す る︒ また
︑本 書が 初期 近代 のブ リテ ンの 政治 思想 史を 君主 制や 帝国 に関 連し て再 構成 して いる こと も注 目に 値す る︒ 戦後 日 本の 政治 思想 史研 究に おい て︑ イギ リス
︵ブ リテ ン︶ は近 代 の範 型と され
︑近 代政 治思 想の 原理 を社 会契 約説 等の 中に 探 る研 究が 中心 とな って きた
︒本 書は
︑こ うし た従 来の 研究 に おい て盲 点と なっ てき た領 域を 照ら し出 し︑ そも そも ホッ ブ ズや ロッ ク自 身が 複合 国家 をめ ぐる 言説 を実 際に 紡い でい た こと を明 らか にし てい る︒ 従来 思わ れて いた より もは るか に︑ 初期 近代 にお ける ブリ テン の政 治思 想史 は︑ 複合 国家 や 帝国 をめ ぐる 状況 の中 で織 りな され てい たこ とを 本書 は鮮 や かに 描き だし てお り︑ 思想 史研 究・ 歴史 研究 とし て大 きな 意 義を 有す る︒ さら に︑ 本書 は︑ 君主 制が 独特 の魅 力と 持続 性や 復元 力を 持ち
︑人 間の 想像 力を かき たて
︑共 和制 と比 べて 極め てわ か りや すく
︑非 合理 な人 間本 性と 関わ り︑ 経験 や歴 史に よっ て
育ま れる 思慮 に基 づく
﹁統 治の 技術
﹂に 関連 して いた こと を 指摘 して いる が︑ この 点も 大き な意 義を 有す ると 思わ れる
︒ デモ クラ シー や国 民国 家の 政治 思想 をは じめ とし た現 代の 視 点か らは 見失 われ がち な︑ 人間 の非 合理 性に 依拠 した 政治 学 のあ りか たに つい て︑ 君主 制の 政治 思想 史は 大き な材 料と 教 訓を 提供 する もの と思 われ る︒ 三 本書 の問 題点 上記 の意 義を 確認 した うえ で︑ 以下 の四 つの 疑問 があ る︒ これ らは
︑堅 実な 歴史 研究 であ る本 書の 射程 を超 えた 問い で あり
︑的 外れ かも しれ ない が︑ あえ て提 示し たい
︒ まず
︑ひ とつ めは
︑君 主制 を抜 きに した 複合 国家 は可 能か とい う問 題で ある
︒本 書が 示す よう に︑ 君主 を中 心に 複数 の 政治 的単 位が 連合 し共 存す るこ とが 君主 制の 時代 には ある 程 度は 可能 だっ たと して
︑す でに 君主 制が 後退 して いる 今日 に おい て︑ 君主 制に 代わ る複 合国 家の 中心 要素 は何 があ りう る のだ ろう か︒ 第二 次世 界大 戦後 から 今日 に至 るま で対 立紛 争の 絶え ない 中東 地域 がか つて オス マン 帝国 によ りゆ るや かに 統合 され て いた こと や︑ 今日 では しば しば 深刻 な人 権問 題が 指摘 され る
ウイ グル やチ ベッ トが かつ て清 朝に おい ては ゆる やか に統 合 され てい たこ とを 考え ると
︑君 主制 や帝 国は 多民 族・ 多言 語 の共 存と いう 国民 国家 の時 代に は難 しい 課題 に一 定の 応答 を して いた よう に思 われ る︒ 国民 国家 の限 界や 問題 が露 呈し
︑ グロ ーバ ル化 が進 む今 日に おい て︑ まが りな りに も複 数の 民 族の 共存 をか つて の﹁ 帝国
﹂が 可能 にし てい たこ とは 驚嘆 に 値す る︒ しか しな がら
︑仮 に人 間本 性は
︑わ かり やす い君 主制 なら 耐え られ るが
︑抽 象的 で難 解な 制度 には なじ まな いと した 場 合︑ 国際 条約 の積 み重 ねや 人権 とい う抽 象的 な理 念や 制度 に よっ ては たし て人 類は 共存 や共 生を どこ まで 実現 する こと が でき るの か︒ 二つ めの 疑問 は︑ ブリ テン 以外 の大 規模 な帝 国︑ たと えば ハプ スブ ルグ
︑オ スマ ン︑ ロシ ア︑ ムガ ル︑ 清な どの 諸帝 国 にお いて
︑君 主制 と帝 国を めぐ って どの よう な政 治思 想史 が 存在 して いた のか とい うこ とで ある
︒学 際的 な研 究が 進め ら れ︑ 解明 がな され るこ とを 願う
︒ 三つ めの 疑問 は︑ 現代 政治 にお ける
︑一 種の 擬似 君主 制的 な要 素を どう とら えれ ばい いか とい う問 題で ある
︒国 家の 指 導者 が事 実上 世襲 で三 代続 いて いる 北朝 鮮や 二代 続い てい る シリ アだ けで なく
︑民 主主 義の リー ダー を自 任し てい るア メ
リカ にお いて も︑ ケネ ディ 家は
﹁王 朝﹂ にし ばし ばた とえ ら れて きた
︒日 本に おい ても
︑世 襲議 員の 割合 は著 しく 高い
︒ 特に 近年 にお いて は︑ アメ リカ のト ラン プ政 権の よう に家 族を 全面 にメ ディ アに 露出 させ
︑ま た本 人の 特殊 な個 性に よっ て権 力や 影響 力を 獲得
・維 持し た事 例や
︑ロ シア のプ ー チン が強 力な 権力 を長 期に 渡っ て維 持す るな ど︑ 擬似 君主 的 とも 思わ れる 構図 が頻 繁に 見ら れる
︒ 本書 では
︑君 主制 は大 衆社 会の 病理 に対 抗す る装 置と なり うる こと が指 摘さ れて いる が︑ 非君 主制 の国 々に おけ る擬 似 君主 的と も思 われ る指 導者 のあ りか たは
︑ど うと らえ れば 良 いの だろ うか
︒正 統な 君主 制を 喪失 した がゆ えの 病理 的現 象 だと とら えら れる のか
︒あ るい は非 合理 な人 間本 性か らす れ ば当 然の 帰結 であ り︑ それ 自体 には 善悪 はな く︑ 統治 の技 術 と組 み合 わさ れば 良い と考 えら れる のか
︒だ とす れば
︑一 国 の指 導者 には
︑君 主制 をめ ぐる 政治 思想 が指 摘し たよ うな
︑ 一定 の演 技や 統治 の技 術を 自覚 的に 行使 する こと が︑ デモ ク ラシ ーの 時代 にお いて もな お重 要な のだ ろう か︒ 四つ めの 疑問 は︑ 日本 の天 皇制 を君 主制 の政 治思 想史 の観 点か らと らえ 直す と︑ どう 解釈 でき るの かと いう 問題 であ る︒ 天皇 制は 戦後 の政 治思 想に おい て最 も大 きな 主題 であ り︑ 丸 山眞 男を はじ めと して
︑し ばし ば近 代的 な自 立し た人 間類 型
と対 立し うる もの とし て論 じら れて きた
︒ま た︑ 日本 の天 皇 制は 一種 の君 主制 であ った はず だが
︑複 合国 家を 統治 する こ とに は不 向き で︑ 近隣 のア ジア 諸国 にお いて は同 化強 制へ の 反発 と怨 嗟の 対象 とな る場 合が 多か った よう に思 われ る︒ 君 主制 をめ ぐる 西洋 政治 思想 史を 辿る 場合
︑日 本の 天皇 制と の 異同 が気 にな ると ころ であ る︒ おわ りに ヒュ ーム は︑ エッ セイ
﹁新 教徒 によ る王 位継 承に つい て﹂ の中 で︑ 君主 と農 民や 労働 者は 解剖 学的 には 変わ らな いが
︑ 人間 は生 まれ や家 系に 好意 を持 つ偏 見を 持っ てお り︑ 王や 王 子の 悲劇 は好 むが
︑水 夫や 荷物 運搬 人の 悲劇 は好 まず
︑知 恵 ある 人も この 偏見 を免 れな いで あろ うこ とを 指摘 し︑
﹁彼 は︑ この 点で 人民 の迷 夢を 覚ま そう と努 める どこ ろか
︑君 主に 対 する この よう な尊 敬の 感情 を︑ 社会 にし かる べき 服従 を維 持 する ため に必 要な もの とし て︑ 大切 にし よう とす るで あろ う﹂ と述 べて いる
︵田 中敏 弘訳
﹃ヒ ュー ム 道徳
・政 治・ 文学 論 集﹄ 名古 屋大 学出 版会
︑二
〇一 一年
︑四
〇五 頁︶
︒ 本書 が指 摘す る︑ 非合 理な 人間 本性 に依 拠す る君 主制 をめ ぐる 政治 思想 史の 系譜 に︑ この ヒュ ーム の言 説も また 連な る︒
ヒュ ーム が述 べる よう に︑ 人間 本性 は基 本的 に変 わら ず︑ そ して また 君主 を愛 好す る人 間の 偏見 や想 像力 も変 わら ない と すれ ば︑ 君主 制は 今日 にお いて も︑ そし て今 後も
︑引 き続 き 人間 にと って 重要 な主 題と なり 続け るだ ろう
︒ 実際
︑ト ルコ や中 国で は帝 国時 代の 宮廷 を描 いた 歴史 ドラ マが 近年 大人 気を 博し
︑ウ ィー ンの 観光 の目 玉は 今も ハプ ス ブル グ家 ゆか りの 宮殿 と物 語で あり
︑イ ギリ スや 日本 のよ う な君 主制 が現 存す る国 では 週刊 誌や ワイ ドシ ョー の主 な話 題 は今 もっ て君 主の 家族 をめ ぐる 出来 事で ある
︒デ モク ラシ ー の政 治形 態に おい ても
︑君 主制 を求 めて やま ない 非合 理な 人 間の
﹁偏 見﹂ はま すま す活 発に うご めい てい るこ とを 思え ば︑
﹁統 治の 技術
﹂を 確立 する ため にも
︑君 主制 の政 治思 想史 は単 なる 歴史 研究 にと どま らな い︑ 大き な示 唆を 与え るも のと し て︑ 今後 ます ます 重視 され るべ き領 域と 思わ れる
︒