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アンドレ・シェニエ : 詩人と市民

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

アンドレ・シェニエ : 詩人と市民

永田, 英一

https://doi.org/10.15017/2556523

出版情報:文學研究. 35, pp.79-98, 1946-03-30. The Kyushu Literary Society バージョン:

権利関係:

(2)

共和勝二年熱刈七日︵一七九四年七月二十五日︶︑︑フランス大雌命の恐嚇政治が絡漉をつげる前凌日︑プンドレ・シェ

二一一は三十一政の若きで〃人災の敵″噂ミミミヘ曾営ミ畦として陛刑された︒この時までにかれの發表してゐた詩文〆9

︐はわづかにこ筋︑そ奴も政論的な動機によるもので︑/もしかれに何らかの笠名があったとすれば︑︐それば詩人として

でばなく︑峠の暴虐な雌制新にむかって大騰不敵な華珠をくはへる純附一徹の市民としてであった︒その後かれの詩

の断片が雑誌などに韮表されたり︑シャトープリーノンやミル.ヴアがかれの迩稲に注目したことがあったが︑詩人シェ

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三の面貌が不光釜ながら纏ってみられたのは︑一︑△九年︑雲齪にかれの死後二十五年︐アンリ︒ド・ラッーシュ細亨吟・

ンドレ︒シ三エ全撲・一による︒あたかも世はロマシチュム勃興の熱述にみちてゐて︑このすばらしい發兄逓迎へる

・のに好都合だった︒︐文學界には騨々たる物諭がおこった︒サント︲ブーヴなどはこの詩人を自派の哩俊の先駆として︐

︑祀りあげようとした︒かうし一﹂シニーニーの作舳は︑未發衣のもの莚加へつ里︑機會ある征に公にされ︑また詩人の非

命の蚊期は数迂の傳鮠挿減をうんだか︑そこにはまだ多くの侃兇と縦謬をまぬがれな洩った︒そのうち熱心厳ジェニ

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その釉碓と混礎において明かにされ︑今世紀にいたってはポーレ・ディモフ版のやうな決定本さへ出現した︒そして7〃F︑■

今や︑ひさしく論議された﹁シェニェは古典主義のしんがり︑か︑沢準王韮のさきがけか﹂といふ問題も下火になり︑詩︑

人アンドレ・シェー王の地位もやうやく史上に確立されたやうだ︒まことに散文の世紀︑詩なき世紀といはれるフラン

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ス十八世紀にこのやうな詩天才の生きてゐたことは幸ひな奇蹟といはねばならない︒

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o︑営薯ミ愚としてアングーモアの歩兵聯隊に入り︑ストラスプールに畦屯した︒と人でも古代文駆の勉弧だっ増けんプラoノヴンクの﹃ギリシア詩選﹄を親しい友としたが︑飯隊生活がいやに薩り︑雌唯も蒋したので六ケ月後に除隊した︒一.七八三年︑翠友トリュデイヌ兄弟に誘ばれて︑スイス︑イタリーに旅行し︑秀麗准山令光にみちた案︑美しい海︑

古文明の迩跡などにふかく感動したが︑病莱のために待望のギリシア︑小アジャヘの旅淀断念して翌年末パリにかへ.︐一

巳︑った︒これから数年︑・弧烈な詩のこ上ろを抱きながら︑恋制度末期の耽交界に川入し︑友附と愛にふけり︑・腓代納刺.

〃にも感染した︒母のサロンには︑詩人ルプランや劇作家ポーマルシェ︑誰家ダヴィッド︑化躍新ラヴァジエ︑イタリー

︑10〃︒の悲削詩人アルフィェリ滋どが集った︒けれども一七八七年末︑シェニエは父のすめでジランス大使の随貝とな

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り︑.・海峡迂こえてロンドンに渡らねばならなかった︒Clでの生祈は﹁親もなく.友もなく同市民もなく︑地上に巾

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■叩︑のころから幾戯月︑シェ一ェはひたすら古代詩人の模倣につとめた︒かれはみづから古代の魂逓もち︑古代人のやう

に老へ︑感じ︑見て.そして古代に価化しつ︑L︑古代詩歌の形式と内睡をわがものにしようとした︒いはピフラン手

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の地のギリ童ノ詩人︑いま一人のロンチールであらうとしたのだった︒/

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けれども︑シエニェにとってのギリシアは︑十六七世紀の先人や︑§十八仙紀末のわらたなギリシア熱に動かされた.

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無一物だなんて嫁にちがひない︒お上︑いつまでも守りたまへ︑愛式る自由よ︑美徳の母︑加幽の母よ!−﹁自由﹂︺・■″

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げ﹀|・多孔を岸邊へはこんでゆき︒そうと・・ゼフ・口久の岬の.その一廟の函.においた︒11﹁タレントの塵女﹂︺︒

すると︑速くから.森や泉や山盈の一一ンフらも︑胸をいだき︲喪服の裾をひきながら︑枢のまばりに集って︑﹁あ

あ!あなたは愛人のもとへ連れてゆかれなかった︒婚縄の衣裳もつけなかった︵国金原一g鳳庁︒ご画ョ昌舜目目や儲

でc冒胃自馬こいの.・冒二︑潭一︶c巨恩く陣屋ご︲境c︸︺の︵雪曽愚二いの︶︲|と口盈にいふ︒111きれいな詩だ︒をとめと海の女川らの

あざやかな浮朧︒發端のよろこびと結末のかなしみとの對照︑筋の快速︑律動の妙︑そして全悩の洲和︒アレクサン

ラシ半訓二千行のこの一筋峰まことに古典的題材と仙人的雌悠とのみごとに樺合した珠玉だ︒︵との緋はエチオ

ピアの王女アンドロメダの故事にちなんだ作︒︶.

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︹汕國︑恥美徳も名だけだ︒きがの一汀然はぼくには侮雌だ︒・きみのいふ菫稲だってぼくを苦しめ︑傷つける︒底く

みたいにきがも趾隷になるがょ贈I︵同右︶︺〃

と羊飼はこたへる︒ばれやかな雛とけはしい︑訓との問答がつ図く⁝:・・︲llこの詩の末尾には.七八七年三月十

日金曜夕落手︑土百日曜夕完了﹂との附記がある︒シェ一エニ十五旗の作だ︒そして︑こに︑近づいた革命の豫■凸

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告がみられぬこともないが︑染汎よりも︑何故か︑プーシュキンの﹁ヂプシL﹂症想った︒4

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以上の五臓は︑この期の代表的な作で︑こ上にも古代諦人の作凶や形像や川語をさへ指摘することができるだら

一口う︒けれどもそれはもう表面的ではない︒シェ|玉はこ§において︑古代蕊術逓凌駕したとはいへないにしても句を

■○れを占有もしくは准将したといへるだらう︒十分に佃性的だ︒かれの言葉によれば〃發明的模倣″管こミさ熟

GD垂営鳥ミ恩恩とでもいふべきかp

ニマかうしてシェニエは↓でQ両論の上に誤コーロア的直明とギリシア的巧妙と莚一致させて︑自由に古代詩形荘駆使する

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︹塞術は魂の感激の微力な通事︒それは訊丈をつくるのか︑こ上ろだけが詩人だ︒︺

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とかれはいふ︒憂愁の日の作喉ばかういふシェニエの膜川がよくうかい︽はれるだらう︒11

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︹し猿jII鍔奴識Fのることにも︑人生といばれるこ照査傘の棒をなめるのにも鉋いて︑灸乏にハきもの上級右

の輕維もいや︑になり︑ぼくは所製のすみか︑墓をみつめる︒ぼくはす入んで近き死にほ生えかかけ︐泣きなが

らあへてぽくの鎖をきらうと琴基︒はや︑ぼくの胸をつきさす七首は︑眠い前にあり︑ぼくの手の下にふるへ

てゐる︑と︑ぼくのこ当ろは芽をすまし︑崩折小てしま・毎ぼくの鋭遼・次人︑將來︑群赤︑ぼくの未充の詩

琶ものょ・⁝・・︵ロンドンでの作︒︶

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︹しばノ︑ぽぐの飛翔は︑ピュッフォンの翼をつけて︑三1卜・ンの炬火に照らされ︑ルクレティウスとともに︑〃

ゞ・球艘の上の︑ひろい紺碧のかとひを飛びこえる︒︺︑

と自分でもいってゐるやうに︑かれはビュッフォンの﹃博物學﹄をミューズの業でゆかうとし︑ルクレープ4ウスの哲學

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も︑詩﹃自然論﹄をあらたに増袖し七やり直さうとしたのだ︒︸てしてそれがかれのもっとも愛箸する〃近代詩〃きざ晦陶

篭︒鳥曽蝿らであった︒l卜けれども︑詩歌におけるかういふこ上ろみはどうであらう︒この野心作が完成してゐたとJ△gjすれば.:⁝あるひは︲との詩はたしかに全フランス丈鍵史の上でもっとも美しい哲學詩となったらう﹂ともいはれ︑

あるひはまた﹁若干の散飢した石塊が美しい繊唯をなす工事場として残ったらう﹂ともいはれる.;⁝︒

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それはともかく︑とLではシェ一ェの蕊術の源泉︑古代ギリシアへの訣別と兄るにと凹めよう︒.﹁ギリシアの琴は

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かつてぼくに教へることができた:⁝.P・いぽ﹃のい:旨の吊8つ弓沈昌音藍旬日.鯉弓引の且尾の⁝︶﹂また︑

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︹お上フヲ︲ンス人の言莱ょ!お前の迩命はいつまでも逗ふことで︑そしてお前だけが不都合なのか︒︺

ともかればいふ︒そして﹁ヘルメどの序詩にあてられ︑それ月身シェニエの瀞學といばれる﹁發明﹂ミ受瞳ミミ逮︲に

↑は︑棋倣への庭断がみられみだらう︒11︒

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胃づの旦舞ぐ①︼︼ご詳囚庁①巨珂ロ段壽の詩ぬけく愛国C匡舜手

︼L図ご匡昇角①国威一①︒C粍もめRn解の二・の侍的cロ○︺ごど境の蝿①︒﹃匡詳︒・

︹模倣ウやつこは唯れて︑叩える︒夜がくると・物はむこりその影はにげる︒︺・

画■いまはホメロスやウ基リギリウスから離れて︑﹁かれらがわれγ〜の巾に生きてゐたら︑なすだらうこと﹄︵9邑二︑旨

庁風のロ庁の匡恥弓鼠の具忌昌昌gこい︶﹂をなさればならない︒われjノr︑︐脚身の思想感附をもって新しい渡明逓なさねば

︲ならない︒11さう・いへば︑久しいあひだの古伏棋似も︑今日あると期しての文子辿り稚盲だったかも知れないの

だ︒シニニエの詩畢の韮條といばれる︑あの有名な蒔刎﹁新しい思想の上に古い詩をつくらう命員号ぃ肩ごいのHぃ

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︾旨巨く⑦豐〆箇厨目の:いく①︺ぃ四宮昏言のい上といふ刊の意味も︑こ︲劃でおよそ理解き恥潟だらう︒・

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ら矛獅す乃やうな︑商い︑大きな理池ともつ莚︒︑︑︐

けれども︑かれの作緋の方法は決して一木道ではなかった︒それは一・作から一作へと完成してゆく雌中的なものG

タfはなく︑同時にあ即やこれやと手をつけろ︑分散的な︑いはぜ速心的なものだった︒シェ三は師友ルブラ|ンにあて

た評輪蕊枇に︑

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の砂己季Hの口○ヨ︑の円卸匡×割の宮×︾℃﹄日ロQ①国Cロぐ①臼巨×℃HC−の庁山一

﹈⑦意鉱庁5回の︾ロ陰口のヨ芦○口の閂口胃己℃塵H庁C二行﹈①唇①印H国印w曾嵐ロ芯︾

Pの︽︺國昌・竺少苛めのころ一︺の唖己○戸罷醜①行○口め①己叩の口澤︶︸ゆ

︹わたしの眼は百千の本物の上をさまようてゆく︒古いものを拾てず︑新しい案でいつぱいになり︑わたしはそ

れらを災へて如く︒わたしの陣歴のいたるところにわたしはそれらを狩難め︑壷錬し︑みんな一緒におしす上め

帝︒︒︺︑

と蒋いてゐぉ︒また友人パンジュにあてたものk草稲に︑

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帯﹁凌明﹂の巾にある︒なほノートの断叶にはこの句の削に﹁つ錘に古代の作家に活・智﹂と︵Q一日罵獄gEg厨一限

健昌9︐コ叩貰︻冨旨・巴﹂と超してある︒︒

″きかも知ってゐるやうに︑ぼくのミューズはいかにも放浪ずきだ:・⁝かの女らはたr一つの案を早急に仕上げることが

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