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「建築作品は、ギリシアの神殿は、何も模写しない」
―建築についての考察 ハイデガーとの関連で―
ギュンター・フィガル(フライブルク大学)
訳 貫井 隆/酒詰 悠太(京都大学)1
一.
ハイデガーが著した芸術作品の根源に関するテクスト、このテクストが持つ事象的な意 義は、とりわけ次のことにあると言えるだろう。すなわち、芸術を何よりも先ず模倣とし て理解すること、この理解を放棄したということだ。芸術そのものは、その本質からして
「模写的」ではなく、その本質からして更にまた「描写的」でさえもない。芸術は、自ら と異なる何かが現れるのを手助けしてやるというのではないからだ。 だとするならば、作 品というものもまた、その芸術性において理解できるようになる。[というのも]作品と は、作品それ自身とは異なる何か別のものを表すわけではない [からだ]―陶芸作品は その一例であり、建築作品も 劣らずそうである。ティーカップや花びんは、決して何 か
[それとは別のもの]を描写しているわけではなく、ただ単にそれそのものなのであり、
建築作品の場合も事情は変わらない。建築作品は「何も模写しない」2とハイデガーが言う とおりなのだ。なるほど、建築作品は何かを―たとえば、それを建てた人が表現したか ったことを―示しはするだろう。しかし、このことでもって建築作品は建築作品になる というわけではないし、ましてや芸術作品になるというわけではない。ハイデガーのこう した考えを、建築家アレクサンダー・シュヴァルツは次のように支持する。建築作品は、
もしそれが何かの模写であるとしたら「建築作品であることをやめてしまうだろう」と。
[模写であるとしたら]建築作品は「写像となる」わけだし、シュヴァルツにとり写像は
「建築作品の敵」3だからだ。
ハイデガーは模写とか描写を超えて芸術を理解する。こうした芸術理解を目指す彼の考 察は、さらなる射程を持つ。建築作品は芸術作品であり、それは彫刻や絵画がそうである のと変わりない。だとするならば、建築作品を、何よりもまずその利便性から理解すると いう必要はもはやない。住まうこととか、折に触れて訪れるとかいった、何らかの目的を 建築作品は持つだろうが、こうしたことが建築作品の芸術性を成すのではないからだ。こ
1本講演の翻訳に際しては、第一節から第三節の翻訳を貫井が、第四節と第五節の翻訳を酒詰が担当 し、最終的に酒詰が全体を監訳した。以下、[ ](全角、ブラケット)は訳者による補足である。
2 Martin Heidegger, Der Ursprung des Kunstwerkes, in: Holzwege, Gesamtausgabe Band 5, hrsg. von Friedrich-Wilhelm von Herrmann, Frankfurt am Main 1977, 1-74, 27. 以下、「芸術作品の根源」からの 引用を訳出するに際しては関口浩訳(『芸術作品の根源』、平凡社、2008年)を参考にした。
3 Alexander Schwarz, Das Tempel-Werk. Konzeptionelle Überlegungen zur Grundinstandsetzung der Neuen Nationalgalerie, in: Jahrbuch Preussischer Kulturbesitz 2014, Band L, Berlin 2014, 80-83, 83.
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の点で、ハイデガーがギリシアの神殿を〈描写しない芸術〉の例として選んだということ だけでも、ここには彼の批判的な眼目がある。ハイデガーによる神殿の記述にはサブテク ストが密かに存在し、このサブテクストに沿いながら、かつこのサブテクストに抗して、
彼は神殿を記述する。すなわち、ヘーゲル『美学講義』の中にある―「古典的建築」の 定義に捧げられた―かの断章こそが、このサブテクストなのである。ヘーゲルが断言す るところによれば、古典的建築の美しさは 、ただ建築の「合目的性」にある。別言すれ ば、古典的建築の美しさとは、建築作品が「有機体、精神的なもの、象徴的なものとの無 媒介な混交」4から自由に解放されていることだ。[それゆえ]ヘーゲルの理解するところ に従うならば、古典的建築作品は「[何か他の]表象を指示したり表わしたりするわけで は決してない」5ということになる。たとえば、オベリスク[=方尖塔]は、「太陽光線を 象徴的にあらわす」6とヘーゲルは言う[のだが、古典的建築作品は、象徴的なオベリスク とは異なる]。古典的建築作品においては、むしろ「実用性があくまで優位を持ち支配的 である」。さらに古典的建築作品ではまた、宗教が建築芸術の「最も自由な目的」となっ ており、この最も自由な目的を、「神殿建築」が達成する。重要なのは、こうした目的 は、神殿建築が、次のような意味で「主体を包み込む」7ことによって達成されるというこ とである。すなわち、この主体は、それ自身が[感性的描出である]美的芸術に属してお り、「神の立像として[実際に石に]彫刻されることで打ち立てられる」8ということだ。
〈「神殿建築」は、その本質からして包み込む〉というヘーゲルの考えを、ハイデガー はそのまま受け入れる。ハイデガーにおいても、「神の形態」を「建築作品が包み込む」
からだ。しかしハイデガー は、この〈包み込み〉をもはや[宗教の]目的とは 規定しな い。むしろ、この〈包み込み〉は神殿の可能性として規定される。神殿の可能性とは、神 殿により包み込まれるものを、秘匿せずに.....
存在させる可能性だ。この言葉が持つ意義から より精確に言うならば、次のようにしてである。すなわち、何かが秘匿の内で秘匿により 現にあるのは、秘匿されずにだということである。というのも、この〈秘匿されずに〉と いうのは、何かが特有な仕方で秘匿されたまま保たれているということ、この事態が秘匿 されずにいるということだからである。[従って]「こうした秘匿の内で」神殿は、神の 立像を包み込みながら、この立像としての神を「聖なる区域へと―[神殿の]開けた柱 廊玄関を経て―出で立た」9せるのだ。秘匿しながら建築作品は、建築作品により包み込 まれるものを開けへと立たせ、 “現前”させる。[それゆえ]「神が神殿の内 で現前す る」のは「神殿によってだ」10とハイデガーが言うのは、次のように陳腐なことを確かめ るためではない。神の立像が神殿の内に立てられているのは、ただ「神殿がある からこ
4 G.W.F. Hegel, Vorlesungen über die Ästhetik II. Werke. Auf der Grundlage der Werke von 1832-1845 neu edierte Ausgabe, hrsg. von Eva Moldenhauer und Karl Markus Michel, Band 14, Frankfurt am Main 1970,
303. 以下、ヘーゲルの『美学講義』の引用を訳出するにあたっては、長谷川宏訳(『ヘーゲル美学
講義・中巻』、作品社、2001年)を参考にした。
5 Hegel, Ästhetik II, Werke 14, 270.
6 Hegel, Ästhetik II, Werke 14, 281.
7 Hegel, Ästhetik II, Werke 14, 305.
8 同上
9 Heidegger, Der Ursprung des Kunstwerkes, GA 5, 27.
10 Heidegger, Der Ursprung des Kunstwerkes, GA 5, 27.
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そ」であり、[この意味で]神の立像が神殿の内に立てられているのは「神殿によって」
可能なのだというような平凡極まりないことを言わんとするのではない。ハイデガーが考 えるように、むしろ神殿は神をその神性において現前的に存在させる 。神殿が、神に或る 一つの場所を与えると同時に、神を日常的な視線から引き離すことによって。神殿は神を
「秘匿されていることから引き出してきて」、そのようにして神を「秘匿されていないも のとして」あらしめる11。このようにして、まさに神殿により、神は秘匿されていないこ とと理解された真理..
へと舞い降りるのであり、ここから神殿が芸術作品であることが明ら か に な る 。 神 殿 は 「 真 理 を ‐ 作 品 の ‐ 内 へ と ‐ 据 え る こ と 」 (Sich-ins-Werk-Setzen der
Wahrheit)12だからである。こう理解するならば、神殿は芸術作品であるがゆえに、何かを
描写する必要が決してないということになる。[そしてこう理解するならば]また、神殿 の美しさも、ヘーゲルの考えとは異なり、その目的に規定されている必要はない[という ことになる]。
ヘーゲルの試みは、建築がそれとは別の何かを表象したり描写しているはずだという考 え方から建築を切り離して理解しようとするものであり、 [この点で]彼は建築の本質を とらえている。けれども、神殿は芸術作品だというハイデガーの規定は、[少なくとも]
出発点においては、ヘーゲルよりも更に適切である。建物というのは、建物が建物の目的 を充足するということだけでは、芸術作品たりえないからだ。建物が実用目的と全く同化 していながら、同時に平凡でおもしろみがないということがある。団地、立体駐車場、競 技場といった建物は、建築学による日常的生産品なので、いまだかつてその芸術性が問わ れたということはない。とはいえ、建築芸術のハイデガーの規定は、実際に考察を 展開し ていく中で、出発点におけるよりも説得力を失う。ハイデガーは神殿を芸術作品として規 定するが、彼の神殿の記述によって、神殿の芸術性が理解可能になるというほど、詳細に 論じているわけではない。神殿が建築作品だということ、このことにハイデガーはほんの 少ししか立ち入らないのだ。神殿の建築よりもはるかに彼の関心を惹きつけるのは、神殿 の歴史的意味.....
だ。ハイデガーによると、神殿という作品は「自らを中心にして、あの[い わくつきの]軌道連関を」接合し収集し、統一する。その「支配する広がり」が、「歴史 的な民族」の「世界」を形づくるあの軌道連関を。[このことが意味しているのは、]か の[悪名高い]民族、その世界までもがまたこの神殿により「開示される」[ということ だ]。他方、神殿による民族の世界開示 はまた、世界が「大地の上へと」立て「返さ 」 れ、「大地がそのようにして、それ自体はじめて故郷の土地として」 出来する13というよ うにして起こる。このようにして神殿は「そこに立ちつつ、さまざまな事物にその 相貌」
を与え、「そして人間たちに、はじめて自分自身への見通し」を与える14。まさに神殿に よってこそ、或る特有な歴史的世界が現にある。人間的現存在は、この歴史的世界の 内 で、自らをそのつど特定の仕方で理解する。[神殿により生じる]このような事態が、大
11 Heidegger, Der Ursprung des Kunstwerkes, GA 5, 38.
12 Heidegger, Der Ursprung des Kunstwerkes, GA 5, 22.
13 Heidegger, Der Ursprung des Kunstwerkes, GA 5, 28.
14 Heidegger, Der Ursprung des Kunstwerkes, GA 5, 29.
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地に基づく世界なのだ。[というのも、神殿によって]大地の風土を、そこに憩う草花や 生きものとともに、我々は以下のようにして眺めることができるようになるからだ。すな わち、我々がさし向ける眼差しに 、どうであれ大地がとにかく応答することで、大地が
「故郷と」なる、このような仕方で我々は風土を、神殿によって眺めることができるよう になるのだ。
ハイデガーが神殿に帰する全ての事柄は、[しかし、]一体どのようにして―神殿に よって―生じねばならないというのだろうか。神殿それだけで、すなわち建物としての 神殿が芸術作品であること、ただ単純にこのことだけで、ハイデガーが神殿に帰する全て の事柄は生じるというのだろうか。或る歴史的な世界を開示し、この世界を大地という根 拠の上に立て、そのようにして大地がこうした世界の根拠として「出現」15する。このよ うなことを芸術作品である神殿がそれだけで可能にするのだろうか。ハイデガー自身、こ のようなことを信じてはいない。「芸術作品の根源」を終わりまで読み通すことの功徳 は、ひとえにこのことを実際に目の当たりにすることにある。というのも、テクストの第 三部も終盤に至ってはじめて、開示し、出現させる芸術の可能性を、ハイデガーが詩作と して理解すること、そしてそうすることで芸術が持つ芸術性の根拠を、彼が詩作に求める ことが明らかになるからだ。その「芸術作品の根源」には、言葉そのものは詩人的だとあ る。[この際]詩人的とは、言葉が「命名すること」だということを意味している。そし て「命名すること」とは、「存在するものをはじめて語にもたらし、出現させる」という ことなのだ。つまり、言葉とは「世界と大地の言いあらわし」16である。この〈言いあら わし〉は、ハイデガーが考える「限定された意味での詩作」の中で、「もっとも根源的な 詩作」であり、とりわけ純粋真正にその力を発揮する。それゆえ、言葉においてのみ〈秘 匿されていないこと〉もあることになり、この〈秘匿されていないこと〉をハイデガーは 芸術一般の基本的な特徴として理解しようとする。[ここにおいて、]「真理を作品の内 へと据える」のは、詩作なのだということが明らかになる。というのも、「真理を作品の 内へと据える」のは、ただひたすら詩作のみであるのに対して、他方、「建築することや 造形すること」は、「芸術作品の根源」が言うように、「いつもすでに、そしていつもた だ、〈言いあらわし〉と命名における開けたところにおいて のみ」生起するからだ17。以 上からするならば、神殿とは、たかだか二級の芸術作品である。ハイデガーに従 うなら ば、神殿によって真理を作品の内へ据えることは不可能なのだ。というのも、ハイデガー の真理理解に拠れば、神殿はただ真理の内に立つだけだからである。それも、この真理が
―詩人的に― 作品の内へと据えられるとき、ただこのようなときにのみ神殿は真理の 内に立つからだ。ハイデガーはあらゆる芸術を評価判定するために芸術を規定 しようとし たのだが、[その実、]こうした芸術の規定は、詩作による或る[限定された]規定とな ってしまっているのだ。
15 Heidegger, Der Ursprung des Kunstwerkes, GA 5, 28
16 Heidegger, Der Ursprung des Kunstwerkes, GA 5, 61.
17 Heidegger, Der Ursprung des Kunstwerkes, GA 5, 62.
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二.
この帰結を、しかし欠点と見る必要はない。この帰結は重荷を軽減することさえできる からだ。つまり、ハイデガーによる詩作としての芸術理解や、この理解に付随する民族史 的な前提に結びつくこと無く、いまや建築作品の芸術性について問うことができるという ことだ。神殿は建築作品であり何も模写しないこと、しかしにもかかわらず芸術作品であ ること。このことを、大地を出現させる神殿の世界開示的性格により説明する必要はもは やない。こうした説明が牽強付会であり、理路整然としているとは言い難いということか らいっても、その必要はない。本当に芸術では「或る歴史的民族に彼らの世界が立ち現れ る」のだとすれば、次のようなことはどのように理解すべきなのだろうか。すなわち、芸 術作品というものは、他の国々や歴史的文脈においても理解されることができ、それゆえ 芸術は国々を超えていく世界芸術なのだということ、このことをどう理解すべきなのか。
ここで世界芸術というのは、「芸術作品の根源」での世界理解とは全く異なる意味であ る。更に、芸術作品が[国々を超えていく]世界芸術ならば、[ハイデガー が言うよう な]風土が建築作品により出現するというような仕方で、風土がそこに憩う草花や生きも のとともに―その本質からして「故郷的な」―根拠となるというようなことが、一体 どのように可能になるというのだろうか。なにしろ、このようなことはいわば異郷でも、
どこであれ、建築作品が建築作品を取り囲むものを特有の仕方で出現させるところではど こでも経験可能だ。[したがって、]ハイデガーが芸術作品の開示性格について「世界」
と「大地」に鑑みて述べることは、納得のいくものではないのである。
ハイデガーの強引な歴史哲学からは距離を置くべきだとしても、ハイデガーが記述した ような仕方で神殿に着目することをやめる必要はない。そうではなくて、[歴史哲学から は距離を置くことで、]眼差しはむしろ自由に開かれるという可能性を持つ。そして、
[眼差しが自由になったあかつきには、]記述的に明証的な事柄を、 すなわち、ハイデガ ーが考えを重ねた、いうなれば現象学的実体を我々は見るのであり、このことによってま た同時に建築作品としての神殿を我々は見るのだ。[記述的に]明証的であるのは、建築 作品の中には[たしかに]包み込む....
ことができる作品があるということであり、ハイデガ ーが念頭に置く建築作品は、[まさに]包み込むのだ 。つまり、それは眼差しから逃れる ものを匿う。すなわち、そのように眼差しから逃れるがゆえに、ただ包み込み匿うという 建物の性格によってのみ、現にあるもの、そのようなものを建築作品は匿う。包み込むも の自身が、自らの周囲という開けた所へと放射し、自らの開けをいわば強化するという仕 方で。次に明証的であるのは、建築作品の周囲をなす 全てのものに、建築作品によって何 かが生じるということだ。これは、建築作品を起点にして見るならば、ハイデガーが言う ように「一切のものが別様にわれわれに向かってくる」18ということである。[しかし、
次の点では]ハイデガーのように言う必要はない。すなわち、建築作品 ―これは芸術作 品に他ならないが―こうした建築作品の周囲をなす全てのものが「際立った形態へと」
18 Heidegger, Der Ursprung des Kunstwerkes, GA 5, 29.
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はじめて達し、「こうして際立った形態へと達することで」[建築作品の周囲をなす 全て のものが、]それ自身「として」はじめて「出現」するのだということ、 このようなこと を言う必要はない19。これは誇張しすぎというものである。海(うみ)と陸(おか)、草 花と生きものは、建築作品に拠らずとも際立った形態をとることができる。どんな場合で も、海(うみ)と陸(おか)、草花と生きものは建築作品の周囲にあるときにのみ、それ であるところのものとして認識可能になるというわけではない。とはいえ、建築作品によ って、海(うみ)と陸(おか)、草花と生きものは[建築作品がない場合とは] 異なった 仕方で現れる。それはひとえに、それらが建築作品の周囲に属しており、この建築作品 が、たとえばハイデガーの神殿が岩盤に聳え立つように、 それ自身の仕方で自らを示すか らなのである。
以上から次のことを容易に見て取ることができる。すなわち、開けと包み込まれている こととの間にある緊張と、自らの周囲への建築作品の放射、この二つの事態によって、建 築作品の空間性...
が呼び掛けられているということだ。建物とは、何かを受け入れ、包み込 むことのできるものであるが、こうした建物は、多少とも限られ閉ざされた空間だ。それ ゆえ建物とは、そのように限られ閉ざされた空間として建てられることで、程度の差はあ れ、空間が或る刻印を帯びて現実化することなのだ。このような意味での建物によってこ そ、多少とも明確な刻印を帯びて、内.
と外.
が区別される。だからこそ、内と外との区別 が、〈開け〉と〈包み込まれていること〉との緊張となることもまたあるのだ。[このこ とが意味しているのは]建物があるということによってこそ、建物の周囲..
、すなわち空間 もまたはじめてある[ということだ]。空間とは、建物という[或る刻印を帯びた]空間 を通じて規定されるのであり、その結果、空間に現れるものは全て[ひとしなみに]、建 物の空間規定にしたがって現れることになるからである。
以上が記述的に明証的な二つの事柄であるが、ここにもう一つの事柄が付け加わる。 す なわち、ハイデガーの神殿がそうだったように、建物が何かを含み込むものの、直接的な 建物への到達接近に対しては閉ざされているということ、このことだけを建物が包み込む ということは意味しているのではないということだ。建物というのは、ほとんどの場合、
そこへ人が立ち入るということに対しても開かれている。ゆえに、建物は、程度の差はあ れ、その建物が許容する範囲で、その内に佇み過ごすことのできる空間を与える。このよ うにして建造物が開示するのは、実際、歴史的世界では決してない。これは、既に述べた ように、誇張のしすぎというものだ。その理由は一つには、歴史的世界とは、複数の世界 であり、ハイデガーが考えるよりはるかに複雑で、諸世界間の境界は、彼が考えるより曖 昧だということである。また他方では、建物が或る一つの「世界」に空間を与えるという のは全く不可能であり、建物はむしろ、多かれ少なかれ極めて限定された 、世界と生の特 有な可能性に空間を与えるからだ。このことは、全くもって異なった仕方で実現されるこ とが可能だ。だから、かなり合目的的であったり、それほど合目的的ではないということ
19 Heidegger, Der Ursprung des Kunstwerkes, GA 5, 28.
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もあり得る。だが、空間の多様な与え方が、合目的性に叶った規定に同化してしまうこと がないということもあり得る。いかにして建造物は、合目的性と非合目的性の彼岸で空間 を与えるのか。この問いは、建物が持ち得る芸術性を解明するための鍵となることだろ う。「接合し」「集約する」建物、こうした建物が中にはあるということ、このことはそ の通りかもしれない。とは言え、〈接合されたもの〉と〈集約されたもの〉がただちに
―「支配する広がり」として民族史的に理解された世界である― 「あの軌道連関の統 一」となる必要がないのはもちろんのことである。〈 接合すること〉と〈集約すること〉
は神殿などの宗教的建築物のために特別に取っておかれる必要はない。〈 接合すること〉
と〈集約すること〉は、全くもって日常的でありながら、それでも平凡ではないというこ とがあり得るのだ。
三.
このことは、二つの事例に即して明確になるだろう。第一の事例は、ハイデガーの事例 にも、とりわけうまく接続するものだ。なぜなら、この建築はギリシアの、あるいはまた ローマの神殿建築を[いわば]引用しているからだ。個別事例に基づくことのないハイデ ガーの神殿は、場合によっては彼の想像の産物に過ぎぬということもあり得る。こうした ハイデガーの神殿とは異なり、[これから見る]第一の事例は[実際に]建てられてお り、現場で体験できるのが強みである。それは「シラーの丘」と呼ばれるネッカー川を見 下ろす丘の上だ。「チッパーフィールド・アーキテクツ」[という建築事務所]のアレク サンダー・シュヴァルツがデザインしたこ の建物は― マールバッハのドイツ文学資 料 館 の 一 部 を な す ― 現 代 文 学 館 (das Literaturmuseum der Moderne) だ 。 ま ず 、 遠くからこの建物を眺めると、柱が間隔を 空けて立っているのが見える (図 1)。古 代様式が採用されているが、古典の模倣と い う 趣 は 少 し も な い 。 模 倣 で は な く む し ろ、柱のかたちは[古典様式とは異なり]
細く角張ったものに[いわば]翻訳されて いるし、さらには建築用コンクリートに翻 訳されており、こうした柱のかたちは、格子模様のように、建物の台座[=一階部分]で も繰り返されている。[建物の一階部分では、格子模様をなす]柱と柱のすきまは、コン クリート壁でふさがれているところもあれば、背の高い細窓があるところでは開かれてお り、同じく背の高い木製ドアがあるところでは、開閉可能だ。この土台の上に聳える神殿
図1
63 様の建築、即ち角灯[型の建物]が、文 学館の玄関ホールだ(図 2)。玄関ホー ルに足を踏み入れると、この建築作品の 周 囲 に 同 時 に 居 る こ と に な る 。 な ぜ な ら、建物の外部である周囲が、巨大な窓 越しに建物の内部から見えるようになっ ているからだ。けれども、玄関ホールか ら階下へと通じる階段を降りると、外は 見えなくなり、最終的には日の光さえも なくなる。その先にある展示室では、展 示物を保護するために照明はかすかにし
か使われておらず、展示室の壁は暗色の木材パネルで覆われている(図 3, 4)。かすかな 光のもとで 目を慣らす必要があるが、それだけい っそう注意深く展示物を見ることになる。 [そこ に]現にあるのは、我々が佇む空間だ。 この空間 は、殊に、この空間に課せられた制限 のもとで体 験される。室温 17 度以下、窓はなく、薄明のもと 見 え る か 見 え な い か と い う ほ ど で あ る 。 け れ ど も、このように制限されているからこそ、事柄の そばに、展示物のそばに― 展示室が展示物を匿 うがままに、そのように匿うことにおいて展示物 に出会わせるがままに―我々は居合わせること ができる。
現代文学 館は、[ハイデガーの神殿のように]
歴史的 な命運を 接合し 集約する ということ はな い し、ま してや 近代ドイ ツ文学 お よび近代 ドイツ 文 学 史の 命運― この 歴史的 命運 は種 々の 書類 や書 籍 、原 稿に 堆積 して いるの だが ― を接 合し 集約 すると いうようなこと はない 。 この建築は、ア レ クサンダー・シュヴァルツ が言うように「20 世紀 について思いを巡らしてなどいない」のだ。「この建築は[他の]何も象徴しない。この 建築は、むしろそれがあるところのもの[だけ]を意味している」20。この建築は、或る
20 Alexander Schwarz, Bausteine erzählen. Ideen zur Architektur des Literaturmuseums der Moderne in Marbach am Neckar, in: Marbach. Schillerhöhe. Hundert Jahre Architektur für Literatur, Marbacher Magazin 103, Marbach am Neckar 2003, 56-75.
図2
図3
図4
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場面を演出するということは決してなく、むしろ 建 物の中で見て取られることを、たんに 見えるがまま にしているというにすぎない。だが単に見えるがま まにしているというだけではなく、建物へとのびる 道を、現代文学館は接合し、集約してはいる。「シ ラーの丘」にある他の建物を通り過ぎつつ目を転じ れば、ただ牧歌的と言うだけではこと足りぬ ネッカ ー谷が広がり、道は建物の外から内に通じる。階下 の 展 示 室 へ と 導 く こ の 道 は 、 こ こ か ら ま た [ 大 き な]窓が穿たれた部屋へと至る(図5)。この窓部屋 と展示室は一続きになっており、展示品に傾注して いた視線はここで暫しの休息を得る。この建物は、
建てられることで[建物それ自身としての]空間を なす。この 建てられた [建物それ自身としての] 空 間は、そこに建物が建てられた[建物の周囲の]空間を規定する。このような建物は佇み..
の可能性なのだ。この佇みの可能性は多様に分節化されるが、この分節化において 接合し 集約される。なるほど、こうした佇みの可能性は、文学館という建物の特徴により、予め お膳立てされているのではあるが、しかしだからといって、佇みの可能性が、文学館によ りあらゆる点で確定されているというわけでは決してない。[そうではなく、]現代文学 館という建物は、そのつど特有な、個々別々の可能性へと開かれた自由空間をあけわた す。こうした[そのつど特有な、個々別々の]可能性とは、建物の内やその周囲に佇む可 能性であり、この[佇みの]可能性は、現代文学館という建物を核として集約されている 以上、この現代文学館という建物に属する可能性なのだ。デイヴィッド・チッパーフィー ルドは、彼の建築方針を次のように要約している。「私たちの建物は、設計図には入らな い空間を、どのようにしてその建物が持つ量感に取り入れることができるかということを 探求している。中庭やテラス、柱廊といった空間を用いるのはこのためだ。こうした空間 は、内と外を相互に結びつけることができ、このことが建物を拡張する」。そうすると、
外部空間が「言わば、空間処理の新たな要素として、内部空間につけ加わるのだ」21。
21 David Chipperfield, Theoretical Practice, zitiert nach Alexander Schwarz, Ideen zur Architektur des Literaturmuseums der Moderne, 59.
図5
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次に挙げる建物の場合、 現代文学 館と似かよってはいるが、事態はやはり異なってい る。その建物は、はっきりとした目的、至って実用的な目的を持つ建物、つまり、会議や セミナー、ミーティングを行うための場所である。この建物は、ヴァイル・アム・ライン に あ る 家 具 会 社 ヴ ィ ト ラ (Vitra) の 敷 地 [ = ヴ ィ ト ラ・キャンパス]の中にある。草原に立つこの建物は、
桜の老木に囲まれている。日本を飛び出した安藤忠雄が はじめて手がけた建築だ。手前にある道をつたって―
工具を巨大化した彫刻(クレス・オルデンバーグ/クー ジ ェ ・ フ ァ ン ・ ブ リ ュ ッヘ ン
作 ) の そ ば を 行 き ― こ の 建 物 に 近 づ い て も 、 は じ め は ほ とんど何も目に留まらないだろう(図 6)。草原の向こうに平べったく伸びて いるので、桜の後ろに この建物は 姿を 隠しているかのようだ 。建物へと向か う道は狭く、複数で行く場合には、一 列にならなければなら ない。これほど 狭いのには理由があるのだ。この道を 行くと、コンクリート壁の 片隅に辿り つ く が 、 こ の 片 隅 に 到 達 す る な ら ば 、 そ こ か ら は じ め て 、 コ ン ク リ ー ト 壁 が 仕切りとなって、建物の入り口 側を庭の塀のように囲んでいる のが見えてくる(図 7)。鋭角 に曲がる道に従って進んだなら ば、そこには壁沿いに石床の狭 い道があり、これが同じく狭い 玄関扉に通じている。[玄関扉 から入ると、]小さなエントラ ン ス ホ ー ル に 到 着 す る ( 図 8)。このエントランスホールか ら 、 複 数 の 会 議 室 が 枝 分 か れ し て い る
(図 9, 10)。エントランスホールに立
つとはじめて、この建物が地中に突っ込 んでおり、建物の道路側に面して、コン クリート壁が囲繞する中庭が地表深くに 普請されているのがわかる(図 11)。
エントランスホールからロトンダ[=丸
天井の円形広間](図 12)で階下へ向かい、カフェテリアを経 図6
図7
図8
図9
図11 図10
図12
66
てこの中庭へと辿り着くと、中庭を取り囲むコンクリート壁の間 から、真っ青な空と桜の木の冠がとび込んでくる(図13)。
安藤によるこの会議施設はあまり大きなものではないが、にも かかわらず空間が広々と 感じられる。これは空間の多様さと、空 間の脱中心的で分散的な配置によるものだ 。自分が佇んでいる空 間を、建物全体との関係で位置づけることの難しさ、この難しさ が 空 間 の 脱 中 心 的 で 分 散的 な 配 置[の意 味]をわ けても 物語
るものだ。建物の中にいると、建物の平面図は複雑極 まりないものに思えてくる。実際、この建物の平面図 は、建築図面や航空写真によってはじめて、はっきり と把握することができる(図14)。しかし、にもかか わ ら ず 、 こ の 建 物 の 体 験 は 複 雑 な も の で は な い 。 事 実、この体験が混乱した印象を与えることはない。こ れは確かに一面では、その空間が、空間断面の多種多 様さにもかかわらず、統一的に 形態化されているというこ
とによるものだ。建物の内外を等しく印づけるのは、安藤 の建築に特徴的な、大理石のように精巧に磨き上げられた 打ちっ放しコンクリートである(図 15, 16)。床は木製で、
会 議 室 の 壁 も 部 分 的 に 木 製 パ ネ ル で 覆 わ れ て い る 。 し か し、こうした[具体的な]形態が持つ統一性にも増して 重 要なのが、空間の脱中心的で分散的な 配置である。ただ空 間の中にいるのだという印象 に導くのは、[形態が持つ統 一性ではなく、]まさにこの脱中心的で分散的な配置なの だ。部分へと分けられてはいても[元来]統一的なものと して構想されている、そのような建築空間がなす構成体と して、この建物は現れるわけではない。そうではなくて、
もろもろの空間の相互的な〈移行転調〉と、この移 行転調により可能になる[空間の]〈透過〉と〈透 視〉において、この建物は空間の遍在..
として現れる のだ。だからこそ、安藤の建物の中に佇むことは、
とりわけ明白かつ端的な仕方で空間的なのだ。した がって、この建物の内に佇んでいると、常に新しく 生み出される状況に我々は取り込まれてしまう。だ が、同時に我々は、佇みの可能性が変動可能である がゆえに、自由に開かれている。安藤の建築は、全 ての可能性が空間の可能性そのものとして開示可能であ
り得る、充溢した空間的可能性を具える。というのも 、この空間的可能性は 、[部分か 図13
図14
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ら]構成されるのではないし、そのようにして過剰につくりあげられてはいないからだ。
こうした[空間可能性の]併存に、安藤は、自らの建築の本質と、そして言うまでもなく 伝統的日本建築の本質を見て取っていた。日本建築は部分から出発するのであって、論理 的に組み立てられた構成の原理、すなわち全体を統合するものから出発するのではない
22。これと同じ姿勢であり方法を、安藤はヴェネツィアの建築家カルロ・スカルパの作品 に認める。カルロ・スカルパの作品は、マスタープラン.......
[=全体計画]から決定されてい るわけではないため、部分が 全体から枝分かれして成立するという わけではな い。むし ろ、彼の作品においては、部分から「形」が与えられ、それらの部分、要素が完全に自立 しながらも、破綻する一歩手前で踏みとどまり、不思議と全体で調和している23。[重要 であるのは、]このような描写は、ヴィトラ・キャンパスにある[安藤の]会議施設にも すっかり当てはまるものだ[ということである]。茶庭のような草地を越え続く道、この 道に導かれて建物の中に入ると―会話を阻む[ほど細く]長い道がそうさせるのである が― ふと落ち着いた気分になる。このよう に落ち着いた とき、様々 な建築空間にお い て、ただひたすら空間にあるということが叶うのだ。
四.
さて、ここで再び建築作品の芸術性を問うことにしよう。或る建築作品を芸術作品にす るのは、歴史的な意味を樹立することでも、建築作品の合目的性でもないのならば、一体 何が、或る建築作品を芸術作品にするのだろうか。安藤の建築は [会議、セミナー、ミー ティングなどを行う]仕事場であり、歴史的意義を持つという嫌疑からはそもそも自由で ある。また現代文学館はといえば、その控えめな表現......
が、いかなる歴史的な主張も許さな い。というのも、[両建築にとり]大事なのは展示品を収蔵し匿うことに他ならず、ふさ わしい仕方で展示品に触れ合うことを可能にするということだからである。これを超えた こと、すなわち、展示品をどのように理解することができるかについては、建築が決める ことではないのだ。[歴史的意味のこうした拒絶とは ]対照的に、安藤の建築と文学館 は、合目的的ではある。しかもあまりに甚だしくそうなので、その合目的性がすぐわかる ほどだ。しかしながら、両建築を卓越した建築にしているのは、合目的性以上に、その透 明性である。この透明性において[こそ]両建築は、両建築が存在するところの空間をま
22 Tadao Ando, Conversations with Students, translated and edited by Matthew Hunter, New York 2012, 20:
„Drawing from a tradition of craftsmanship and harmony with nature, Japanese architecture originates from the part. In contrast, Western architecture reflects the philosophy of a logically assembled
composition or totality.” 「日本の建築が伝統に支えられた技巧や感性を頼りに部分から出発するの
に対して、西洋建築は論理的に組み立てられた構成の原理、すなわち全体を統合するものがあって 部分が展開していく」(安藤忠雄『建築を語る』東京大学出版会、1999年、11ページ)。
23 Ando, Conversations with Students, 69: „From the parts come form, and while these parts or elements are completely self-sustaining and remain on the verge of separation, they mysteriously maintain balance as a whole.” 「〔…〕部分から「形」が与えられ、それらの部分、要素が完全に自立しながらも、破 綻する一歩手前で踏みとどまり、不思議と全体で調和しているというものです」(同上、227 ペー ジ)。
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さに存在するからである。あらゆる建築にあてはまることが、安藤の建築と文学館には殊 の外顕著にあてはまる。すなわち、一般には関心を惹くことのない空間そのもの、この空 間そのものを、建てることで形態化するということ、このことが両建築には顕著にあては まるということだ。両建築は特別な仕方で建築であるがゆえに、安藤の建築と文学館は特 別な建物なのである。両建築は、そこにおいて、そしてそこへと建築が建つ、その空間そ のものを経験可能とする点で、特別な仕方で建築で ある24。[すなわち、]安藤の建築と 文学館は、建物の本質をなす、あの特有な二重性における空間の経験を開示するのだ。こ の二重性における空間の経験とは、[建物の周囲として]見出される場所と、[建築とし て]創造される場所が、お互いに規定し合いながら、お互いの内にあるというようにし て、場所が場所に即しているということを意味する。 すなわち、場所が場所に即している という事態を成す一方の契機[=建築として創造される場所]は、 佇むために建てられ た、自由に開けた空間である。この自由に開けた空間は、都市や風景が持つ自由に開かれ た空間を自らのために必要とし、好機に恵まれた場合には、都市や風景が持つ この自由に 開かれた空間に真価を発揮させ、建築作品をもたらす。場所が場所に即しているという事 態を成す他方の契機[=建物の周囲として見出される場所] は、限定された広がりであ る。これは、都市や風土、大地や天空の水平的垂直的広がりへと位置付けられる[という 意味において限定された広がりである]。そして、[広がりが]このように[限定され]
位置付けられることで、都市や風土、大地や天空の水平的垂直的広がりは、[はじめて]
把握可能となる。こうした[空間の二重性を経験させるような]芸術作品である建物は、
たんに建物である。それ以外でもそれ以上でもない。芸術かくあるべしという要求を満た すために、彫刻的絵画的特質を披露せねばならぬといったことはない。 「芸術かくあるべ しという要求」から成立する建築はほとんどの場合、尊大である。このようなことなしで 済むような建物、そうした建物は、芸術作品ではそ.
もそもあ....
り得ないという定めを持つ............
。 こうした建物は[ただ]ある、そのような定めをもつことなく。
五.
このことは次のようにして芸術一般に転用できないだろうか。すなわち、或る作品が、
作品であるかどうか、つまり何か他のものに見せかけていないかどうかということに従っ て、さらに或る作品が、先に記述された建築作品のように、或る佇み を可能にするかどう かということに従って、芸術作品の芸術性を判定するということである。こうした佇みは たんに佇みであり、そうした佇みは、そのようなものとして特定の意図や関心によって規 定されるのではく、むしろ本質的に、自由な沈思黙考の可能性によって規定される。例え ば或る絵画がこのような意味で絵画であるのは、その絵画が「模写する」のかそうでない のかということとは些かの関わりもない。模写的な絵画も非模写的な絵画も芸術作品であ り得るし、あるいはまた、芸術性を持たない拙劣な絵であり得る。それを目の前にして、
24 Dazu ausführlicher: Günter Figal, Unscheinbarkeit. Der Raum der Phänomenologie, Tübingen 2015, 209- 238.
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上述の建物におけるような佇みが許される、そうした絵画があるとして、このような絵画 が芸術作品であるのは、次の点に存するということを、多くのことが示している。すなわ ち、その絵画それ自身が、その絵画それ自身として、そうした佇みを可能にするというこ とである。
もしそうであるならば、ある絵の芸術性は、その空間性を考慮せずには、適切に記述さ れ得ない。芸術作品たる絵画は、延長によってのみ空間的特徴を持つのではないし、絵画 が空間の奥行きを、どのようなものであれ描写するということによって空間的特徴を持つ というのではない。むしろ絵画は、建築と同じく、本質的に次の点で空間的なのだ。すな わち、絵画が出現し現にあるためには、絵画は隔たりを保ち、一定の距離を要求するとい うこと、この点で絵画は空間的なのだ。あるいはまた、絵画は隔たりと近さとの戯れにお いてはじめて姿を現すということ、この点でも絵画は空間的である。このように して、絵 画は見えるようになるということにおいて出現することで―この出現は沈思黙考しつつ 見ることにより経験され確かめられるのだが―まったくたんに絵画である。これは建物 が、人が自由にそこで佇むということにおいて、ただ建物であるというのと同じである。
同様のことは音楽にとっても示される。音楽というのは鳴り響くために空間を必要とする というだけでなく、それが鳴り響くということにおいて空間的だ。そしてまた詩の テクス トも同様である。詩のテクストというのは、安藤の会議施設のように、全体を理解するた めには、ある全体として受け止めねばならない。[そのためには]全体は、部分部分が多 様な仕方で呼応するということにおいて成立している[ということを理解する必要が あ る]。空間的であるのは、テクストもまた同じであるが、詩のテクストは、次の点で格別 にそうである。すなわち、詩のテクストのあらゆる部分部分は、[お互いが....
]併存して....
、 現にあるということだ。つまり、我々は[詩を]読みながら、建築物をたずね歩くときの ように、こうした併存の中で動いている。そしてこの際、こうしたことが共属性に 規定さ れた一つの併存であるということを、一つの 全体でさえあるということを、我々は知って いるのだ。
絵画の空間的な経験においては、絵画はただ絵画として受けとめられる。つまり絵画 は、見えることとして受け止められる。見えることとは、見ることへと現象するというこ とであるが、これは、聞こえてくる音楽を、その聞こえてくることにおいてまさに受け止 めることができるということと同じことである。或る テクストを、構成原理からは導出不 可能な部分部分[の結びつき]の全体として理解することにより、このテクストをただテ クストとして人は受け取るのである。絵画や楽曲や テクストに、それらが何を「描写して いる」か、あるいは意味しているかということへと問い尋ねるのではなく、[つまり、]
それらが何を表現しているかということへと問い尋ねるのではなく、絵画や楽曲や テクス トをそれ自体として人は受け取るのだ。このような仕方で、すなわちその 原初的な現れに おいて、絵画や楽曲やテクスト をいつも受け止めるべきである。そうしてこそ、絵画が
[単に観賞するというのではなく、]見ることに耐えるかどうか、楽曲が聞くことに耐え るかどうか、テクストが読むことに耐えるかどうかということが明らかになるのである。
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このことが意味しているのは、絵画や楽曲や テクストの原初的な現れが十分に強烈である かどうかということが明らかになるということである。原初的な現れの稠密さに欠ける絵 画や楽曲やテクストだけが、そこから芸術的な資格を獲得するのだという口実で、 何か他 のものを必要とするのだ。この他のものが、絵画・楽曲・テクストの意味や表現の特色で あろうと何であれ構いはしない。そのような類の作品は、決してほんとうの芸術作品では なく、ただそう言い張るだけである。
以上の考察が明白な理解へと導くものだとすれば、芸術の芸術性が、とりわけ建築から 問われるということが可能となるだろう。この問いは、事象に即した問いとなろうし、事 柄の解明を見込んで問われることとなろう。というのも、この問いはそもそもはじめから
「模写する」芸術として理解することができない、そうした芸術作品[=建築]に導かれ ていたからだ。[だが、この問いが意味を持つのは、]ギリシアの神殿についてハイデガ ーが考え抜いたことが、事柄の解明に資する限りにおいてである。なぜなら、芸術作品が 現れる事態から芸術を理解するという道行き、この道行きを歩む上で、ハイデガーの考察 は重要な一歩だからである。だが、歴史的意味の樹立を芸術に担わせ、言語的なものに芸 術を縛り付けることで、ハイデガーはこの道行きから離れる。詩作だけが、真なる、とい うことは根源的な芸術作品であり得るのだと褒め称えるために。これは 明白な理解へ導く ものではない。ハイデガーが芸術について考え抜いたことを真剣に受けとめること、この ことが意味しているのは、芸術に関する彼の考察に追従しないということだ。建築が芸術 一般を理解する鍵となり得るという洞察が現実のものとなるのは、むしろ別の仕方によっ てだ。すなわち、芸術の空間性について考え抜くこと、したがって空間について考え抜く ことによってなのだ。
Günter FIGAL
„Ein Bauwerk, ein griechischer Tempel, bildet nichts ab.“
― Überlegungen zur Architektur im Anschluss an Heidegger