井尾百貨店
長尾洋服店
「地域の人は家族同然ですよ」。買い物客と楽しそうに談笑する孝則さん(右端)と妻佳子さん(右か ら 2 人目)ら井尾さん一家
地
域
と
と
も
に
100
年
・
■ 井 尾 百 貨 店 / 湯 布 院 町 川 南 一 九 〇 五 ( 明 治 三 十 八 ) 年 に 「 ゑ び す や 」 と し て 創 業 し 、 五 四 年 に 現 在 の 店 名 に な っ た 。 今 年 め で た く 、 創 業 百 周 年 を 迎 え た 。「 地 域 の 人 は お 客 さ ん と 言 う よ り 家 族 で す 」。四 代 目 の 井 尾 孝 則 さ ん ( 62) は 、 地 域 へ の 感 謝 の 気 持 ち を 忘 れ な い 。 井 尾 百 貨 店 が あ る 田 中 市 地 区 は 昭 和 二 十 年 代 、 旧 由 布 院 町 役 場 が 置 か れ 、 由 布 院 地 域 の 中 心 地 だ っ た 。 魚 や 肉 、 反 物 、 木 炭 、 ガ ス 、 食 料 品 … と 日 常 生 活 に 必 要 な 品 物 が 並 ぶ 由 布 院 の 〝 豆 デ パ ー ト 〟。 住 民 に は 都 市 部 の 大 型 デ パ ー ト に な ぞ ら え 、 当 時 こ う 呼 ば れ た 。 井 尾 さ ん は 「 店 に は 毎 日 、 多 く の 住 民 が 来 て く れ た 。 支 払 い は ツ ケ で 、 盆 と 正 月 に ま と め て 払 う の が 普 通 で し た 」 と 振 り 返 る 。 こ の 店 は 昔 か ら 地 域 の 大 事 な 交 流 場 所 で あ り 、 今 も そ の 役 割 は 変 わ る こ と は な い 。 現 在 、 店 舗 の 隣 に は 「 家 に 遊 び に 来 る 人 が 楽 湯の町・湯布院の景観に合わせて、 落ち着いた雰囲気の造り。「ゆ」 文字の入ったのれんもトレード マークだ
し め る よ う に 」 と 、「 ゆ 」 の 文 字 が 入 っ た の れ ん が ひ と き わ 目 立 つ 温 泉 を 造 り 、 観 光 客 に も 開 放 。 店 の 軒 先 に は ベ ン チ を 置 き 、 買 い 物 客 や 通 行 人 に 気 さ く に 声 を 掛 け 、 世 間 話 に 花 を 咲 か せ る な ど 「 地 域 密 着 」 が 信 条 だ 。 井 尾 さ ん は 中 谷 健 太 郎 さ ん ( 亀 の 井 別 荘 主 人 ) や 溝 口 薫 平 さ ん ( 由 布 院 玉 の 湯 会 長 ) ら 、ま ち づ く り の リ ー ダ ー と と も に 「 牛 喰 ( く ) い 絶 叫 大 会 」 な ど の イ ベ ン ト に 携 わ っ た 一 人 。「 県 中 部 地 震 ( 七 五 年 ) 以 降 、 ゆ ふ い ん 観 光 の 在 り 方 で 激 論 を 交 わ し て き た 」。 湯 の 街 ・ 湯 布 院 は そ の 後 、 変 ぼ う を 遂 げ 、 全 国 有 数 の 一 大 観 光 地 に 。 同 時 に 、 外 部 業 者 や コ ン ビ ニ エ ン ス ス ト ア の 進 出 な ど 、 井 尾 百 貨 店 を 取 り 巻 く 環 境 は 激 変 し た 。 商 業 施 設 の 郊 外 進 出 ・ 大 型 化 も 進 み 、 個 人 経 営 の 小 売 店 は 危 機 的 状 況 に 見 舞 わ れ る 時 代 に な っ た 。「 昔 と す っ か り 様 変 わ り し て し ま っ た 。 自 分 の 店 に も 何 か 変 革 は 必 要 な ん で し ょ う 」。 時 代 の 変 化 へ の 対 応 策 を 模 索 す る 日 々 が 続 く 。 た だ 井 尾 百 貨 店 に は 地 域 に 根 差 し 、 地 域 と と も に 歩 ん で き た 百 年 の 歴 史 が あ る 。 井 尾 さ ん も 妻 佳 子 さ ん ( 58) も 「 商 売 は 感 謝 と 正 直 。 こ れ に 尽 き ま す よ 」 と 快 活 に 笑 っ た 。 こ の 笑 顔 と 思 い や り が 地 域 に 愛 さ れ 、 支 え ら れ る 秘 け つ な の だ ろ う 。 湯 布 院 支 局 ・ 百 崎 浩 嗣 ( 二 〇 〇 五 年 九 月 十 四 日 掲 載 )
「 長 尾 さ ん と こ ろ の 服 は 頑 丈 で 傷 ま ん け ん 、 ま だ 作 ら ん で い い わ 」。 お 得 意 さ ま の と こ ろ に 営 業 に 行 っ て 掛 け ら れ る 一 言 。「 う れ し い や ら 、 悲 し い や ら 」 と 店 主 の 長 尾 登 家庭的な雰囲気のなか、 お客さんの健康を第一に 考えて調理する阿部寿克 さん(右)と貴美子さん (左)ら
一
針
ず
つ
丁
寧
に
■ 長 尾 洋 服 店 / 玖 珠 町 帆 足 一 さ ん ( 70)。 先 日 、 終 戦 直 後 に 仕 立 て た 背 広 が 補 正 に 持 ち 込 ま れ た 。 数 十 年 前 に 親 が 仕 立 て た 服 を 補 正 し て 息 子 が 着 る こ と も あ る と い う 。「 デ ザ イ ン は 年 々 変 わ る が 、 目 に 見 え な い と こ ろ ま で 一 針 ず つ 丁 寧 に 縫 う と い う 基 本 は 同 じ 。 流 行 を 追 い な が ら も 何 年で も 着 続 け ら れ る 服 を 作 り 続 け て い ま す 」 大 阪 で 修 業 し た 先 代 の 登 さ ん = 故 人 = が 一 九 三 一 ( 昭 和 六 ) 年 に 別 府 市 不 老 町 で 店 を 開 い た の が 始 ま り 。 戦 争 が 激 し く な っ た 四 五 年 に 出 身 地 の 玖 珠 町 に 引 き 揚 げ て 仕 事 を 続 け 、 六 三 年 に 現 在 地 の 玖 珠 町 中 心 部 ・ 春 日 町 に 移 転 し た 。 現 在 は 職 人 五 人 で フ ル オ ー ダ ー メ ー ド の 紳 士 服 現在の玖珠町中心部・春日町に移転した 1963(昭和 38)年当時の写真。住み込みの職人が多かったため、 部屋数は 15、6 もある
を 仕 立 て て い る 。 最 近 で は イ ー ジ ー オ ー ダ ー を 単 に 「 オ ー ダ ー 」 と 呼 ん で い る が 、 フ ル オ ー ダ ー と は 全 然 違 う と い う 。 採 寸 と 納 品 の 間 に 客 と 職 人 が 会 っ て 、 実 際 に 着 て 肩 の 張 り な ど の 細 部 を チ ェ ッ ク す る 「 仮 縫 い 」 と い う 工 程 が 入 る 。 ほ ど い て 補 正 を 施 し 、 再 度 縫 い 直 す 。 ぴ っ た り と フ ィ ッ ト し た 一 着 が 出 来 上 が り 、 袖 を 通 す と 軽 く 感 じ る と い う 。 「 マ ッ サ ー ジ に 行 か な く て よ く な っ た と 言 わ れ ま す 」 と 話 す 。 「 一 度 仕 立 て て も ら う と 良 さ が 分 か っ て も ら え る と 思 う 。 長 い 目 で 見 れ ば 、 長 く 着 ら れ る た め 安 い 」 と 話 す が 、 既 製 服 に 押 さ れ て 客 が 減 少 。そ れ に 伴 っ て 職 人 の 数 も 減 っ た 。「 数 十 年 前 に は 玖 珠 郡 内 に 十 二 、三 軒 の 仕 立 て 屋 さ ん が あ っ た が 、 今 で は 二 軒 だ け 。 県 内 で 、 私 よ り も 若 い 紳 士 服 の 仕 立 職 人 は い ま せ ん 」 と 長 男 で 三 代 目 の 和 典 さ ん ( 42)。 作 業 工 程 を 知 ら な い 職 人 が い る 店 で 中 途 半 端 な 補 正 を さ れ た 服 が 持 ち 込 ま れ る こ と も あ る と い う 。「 客 の 信 頼 を 失 っ て 、 さ ら に 客 が 減 っ て い く と い う 悪 循 環 に 陥 り 、 業 界 が 落 ち 込 ん で い く ば か り 」 と 憤 る 。 「 同 じ 仕 立 て で も 着 物 は 売 れ る が 、 紳 士 服 は 売 れ な い 時 代 。 危 機 的 な 状 況 に あ る 職 人 が も っ と 頑 張 り 、 一 般 の 方 に ハ ン ド メ ー ド の 良 さ を 知 っ て も ら う と と も に 、 職 人 の 数 を 増 や し て い か な け れ ば 」。 真 剣 な 表 情 で 地 方 か ら 業 界 全 体 に 警 鐘 を 鳴 ら す 。 玖 珠 支 局 ・ 山 田 志 朗 ( 二 〇 〇 五 年 九 月 二 十 一 日 掲 載 )
頑
固
に
「
土
中
炉
」
■ 丸 京 石 灰 工 業 所 津 久 見 市 徳 浦 白 い 山 肌 か ら 、 石 灰 石 を 生 み 出 す 津 久 見 の 山 々 。 産 出 量 は 全 国 で も 有 数 だ 。 そ の 山 の 傾 斜 を 利 用 し 、 石 灰 石 を 焼 く 「 土 中 炉 」 と 呼 ば れ る 窯 が 戦 前 ま で 、 津 久 見 市 内 の あ ち こ ち に あ っ た 。 多 く は 、 設 備 の 大 型 化 、 機 械 化 に 伴 い 、 戦 後 間 も な い 時 期 に 次 々 と 姿 を 消 し て い っ た 。 そ ん な 中 で 、 石 灰 石 を 採 掘 し 、 今 は 姿 が な く な っ た 水 晶 山 の ふ も と に 唯 一 残 さ れ て い る 。 一 八 九 五 ( 明 治 二 十 八 ) 年 創 業 の 丸 京 石 灰 工 業 所 が 所 有 し て い る 。 「 実 は 、 土 中 炉 で は 生 産 が 追 い つ か ない の で 新 し い 炉 を 造 ろ う 」 と の 意 見 が 同 社 で も 昭 和 四 十 年 代 に あ っ た 。「 希 少 価 値 が 生 ま れ る は ず だ 」 と 当 時 、 三 代 目 社 長 で 現 在 の 鳥 越 克 行 会 長 ( 78) が 土 中 炉 を 守 っ た と い う 。 炉 は 直 径 約 二 メ ー ト ル 、高 さ 約 九 メ ー ト ル 。 大 き な と っ く り の 形 を し て い る 。 大 半 は 土 の 中 に あ り 、 注 ぎ 口 の 部 分 だ け が 顔 を 出 し て い る 。 そ こ に こ ぶ し 大 に 砕 い た 石 灰 石 、 塩 、 コ ー ク ス を 順 番 に 積 み 重 ね る よ う に 何 層 も 入 れ る 。 燃 焼 す る コ ー ク ス は 一 〇 〇 〇 度 近 く ま で 上 が る 。 二 日 半 ほ ど で 石 灰 石 は 生 石 灰 と な り 、 さ ら に 水 を 加 え て 消 石 灰 に す る 。 海 藻 の り や 、 麻 な ど の 植 物 繊 維 「 す さ 」 を 足 し て 建 物 土中炉のとっくり部分にコークスを投入
の 壁 な ど に 使 う 漆 喰 ( し っ く い ) が 誕 生 す る 。 四 代 目 の 鳥 越 宏 造 社 長 ( 63) は 「 塩 を 入 れ て 石 灰 を 焼 く こ と を 塩 焼 き と 言 う 。 大 型 の 炉 で は 、 塩 焼 き は 難 し い 。 こ の 土 中 炉 だ か ら で き る 」。 塩 焼 き の 生 石 灰 は 、「 豊 後 塩 焼 き 灰 」 と し て 、 同 社 の 主 力 商 品 の 原 料 と な っ た 。 天 然 素 材 の 海 藻 の り を 使 う 、 昔 な が ら の 製 法 を 守 っ て い る こ と が 評 価 さ れ 、「 京 都 の 知 恩 院 や 清 水 寺 な ど で も 使 わ れ て い る 」 と 説 明 す る 。 こ の 頑 固 さ に 〝 追 い 風 〟 が 吹 き つ つ あ る 。 住 宅 用 壁 材 に 含 ま れ て い る 化 学 物 質 が シ ッ ク ハ ウ ス 症 候 群 な ど を 引 き 起 こ す と 指 摘 さ れ た た め だ 。 化 学 物 質 と は 無 縁 の 自 然 素 材 で 作 ら れ た 漆 喰 が 、「 健 康 に 良 い 」 と の 評 価 を 受 け て い る 。 鳥 越 社 長 は 「 古 来 、 日 本 に 伝 わ る 漆 喰 の 素 晴 ら し さ に 、 あ ら た め て 感 動 す る 。 津 久 見 の 漆 喰 が 日 本 各 地 で さ ら に 評 価 さ れ る よ う 精 進 し て い き た い 」 と 語 っ た 。 津 久 見 支 局 ・ 佐 藤 栄 宏 ( 二 〇 〇 五 年 九 月 二 十 八 日 掲 載 )
■オオイタデジタルブックとは オオイタデジタルブックは、大分合同新聞社と 学校法人別府大学が、大分の文化振興の一助とな ることを願って立ち上げたインターネット活用プ ロジェクト「NAN-NAN(なんなん)」の一環です。 NAN-NAN では、大分の文化と歴史を伝承して いくうえで重要な、さまざまな文書や資料をデジ タル化して公開します。そして、読者からの指摘・ 追加情報を受けながら逐次、改訂して充実発展を 図っていきたいと願っています。情報があれば、 ぜひ NAN-NAN 事務局にお寄せください。 NAN-NAN では、この「田舎暮らし」以外にも デジタルブック等をホームページで公開していま す。インターネットに接続のうえ下のボタンをク リックすると、ホームページが立ち上がります。 まずは、クリック!!! 別 府 大 学 大分合同新聞社 ⓒ 大分合同新聞社 デジタル版「老舗の風景」 第八回 編集 大分合同新聞社 初出掲載媒体 大分合同新聞(2005 年4月 6 日~ 2007 年 3 月 28 日) 《デジタル版》 2010 年 1 月 15 日初版発行 編集 大分合同新聞社 制作 別府大学メディア教育・研究センター 地域連携部/川村研究室 発行 NAN-NAN 事務局 (〒 870-8605 大分市府内町 3-9-15 大分合同新聞社 企画調査部内) ⓒ 大分合同新聞社 ●デジタル版「老舗の風景」について 「老舗の風景」は、大分合同新聞社が 2005 年 4 月から翌 2007 年 3 月まで、同紙夕刊に掲載した連 載記事。今回、デジタルブックとして再構成し、公 開する。登場人物の年齢をはじめ文中の記述内容は、 新聞連載時のもの。 2009 年 11 月 20 日 NAN-NAN 事務局