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地元学における学習支援者の専門性についての考察 [ PDF

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Academic year: 2021

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1 1.論文の構成 目次 序章 多様化する社会教育の担い手への視点 第1節.地域を見つめるまなざしを育てる 地元学 第2節.多様化する学習支援者 第3節.研究の課題と方法 第1章 結城登美雄における地元学の思想と展開 第1節.「地元」という言葉が表す学習の主体 第2節.結城地元学の地域観を育てたもの 第3節.物語を描く側から支える側へ。 仙台市の地元学 第4節.地元学の支援者としての結城登美雄 第2章 食の文化祭に見る学習の支援者の広がり 第1節.食から地域を見るまなざしの発見 第2節.「食べものがたり」で広がる 「地域の食卓」 第3節.「食べものがたり」から学習へ 第3章 過疎集落での地元学に見る学習の支援者 第1節.限界集落対策の模索 第2節.行政職員と住民による 中津江式集落点検の試み 第3節.NPO「つえ絆くらぶ」の活動に見る 職員と住民の関係性 終章 地元学における学習の支援者をめぐって 第 1 節.静かなる主体の発見 第2節.今後の課題 2.概要 1)問題意識と研究背景 多様化する社会教育の担い手への視点 現代において社会教育に求められる役割は増え続けて いる。地域の問題解決において、「学び」の要素が必要と なる部分について役割を果たすことはもとろんのこと、 地域が抱える様々な課題、少子・高齢化、家庭や学校の 支援などの解決のために、地域づくりやコミュニティ再 編を担っていくことが求められている。 地域社会教育が担う役割の拡大と、生涯学習政策によ る学びの場の拡大により、社会教育の従事者は多様化し ている。上田幸夫は、「従来、ボランティアなどではなく、 社会教育を専門職とする人たちを念頭に『社会教育職員 論』が展開されてきたが、社会教育の現場で学習の支援 にかかわる職員以外の人たち層がの格段に広がりを見せ ており、資格制度のある専門職に限定してはその全体像 を見通す事ができないほど、学習支援にかかわる人々の 層が広がりとつくりだしている」とする。 しかし、これまでの社会教育従事者の専門性の議論は、 社会教育職員論が中心であり、このような民間の学習支 援者や、社会教育活動に関わる講師などについての専門 性は十分に論じられていない。 上記のような問題意識から、当研究では、民間の講師、 職員、住民が関わりながら学ぶ「地元学」を題材として 取りあげる。地元学は、1990 年代にはじまり、全国に広 がりを見せている「地域づくりワークショップ」である とされているが、当稿では「住民の主体を育てる参加型 の学習活動」ととらえなおし、講師、職員、住民を、そ れぞれ、学習の支援者と位置づけながら、その関係性に ついて考察していく。 地元学においては、「地元」において学び合う中で、こ の三者の役割の転換が自由自在に行われていくところに、 特長があると思われる。地元学は、住民の中に新たな学 習の支援者が増え続けることによって推進され、継続さ れていく。その仕組みを見ていくことによって、住民主 体の地域づくりを支える学習支援者に必要な関係性と、 その関係を構築する上での専門性について論じる。 2)研究方法 当論考における研究方法は二つである。 第一は、結城登美雄という一人の学習支援者に焦点を あて、インタビュー、資料、参与観察で得た情報を用い ながら、結城と職員、住民の関係性においての学習支援 者像について論じる。 農業・農村ジャーナリストでもある筆者は、「地元学」 の手法を、結城の実践の現場に出向いて学んできた。以 来16 年間の間、自らも九州を中心に「地元学」の活動 を行ってきた。本論では、こうした中で築いた結城との 信頼関係のなかでこそ聴きうる結城の語りや、資料、改

地元学における学習支援者の専門性についての考察

キーワード:地元学,学習支援,職員論.地域づくり,農村,住民主体,地域再生 教育システム専攻 森 千鶴子

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2 めて試みたインタビューを中心に据え、「地元学」の内容 と、活動に関わる学習支援者の役割、専門性、住民との 関係性を考察していく。 また、結城の周辺の人々、例えば仙台地元学に参加し た住民、公民館職員などへのインタビュー等も採用し、 関係性の中での学習支援者像を描き出すことを試みた。 第二は、筆者の実践を基とする参与観察である。学習 支援者と住民の関係、学習支援者が生成される仕組みを 筆者が実際に関わってきた地元学の実践現場に見ようと する。14 年間の間の実践記録も、学習支援者の専門性に 照らして検証した。併せて、各地の実践者へのインタビ ューも行った。 3)本文概要 地元学の支援者としての結城登美雄 1章では、住民が地域における主体性を獲得するに至 るまでの学び合いの過程を、結城登美雄という一人の学 習の支援者に焦点化しながら、講師、職員、住民の関係 性の中で描く。 地元学には、民俗研究家であり、地域プロデューサー である結城の「地域観」が中心にある。改めて、氏の半 生をたどることにより、地元学成立の思想と背景をあき らかにする。山形県で過ごした幼少期の、挙家離村の体 験が、「中央」と「地方」という地域観に対抗するまなざ しにつながっていること、学生時代に、1960 年代の農民 大学運動を牽引した真壁仁との出会いがあり、「地域が 住民の自治を本則とする生活と文化の空間であり、民衆 自身が、歴史の書き手、語り手となる」という真壁の思 想が、地元学の根底を流れていることが明らかとなった。 結城は、地方の時代と言われる 1970 年代後半からコピ ーライターとして活躍してきた経歴を持つ。広告業者と して、最初に関わったまちおこし「唐桑臨海劇場」で、 漁民の証言をもとにした取材劇に取り組み、民衆史の力 強さと、民衆による表現の可能性を見いだした。これを きっかけに、地域づくりに舵をきっていった結城は、激 しい都市開発で姿を変えていく仙台市七鄕地区の記録を、 住民たちとともに聞き取る「七鄕の今昔を記録する会」 の助言者となり、「ふるさと七鄕」の出版にとりくむ。 結城は「民衆の代弁者」として、「地域の内側からの、民 衆のものがたり」を描くようになる。 そうして、1991 年に、仙台市宮城野区の全域ではじま った宮城野地元学講座で、結城は住民の地域のものがた りづくりを支援する学習支援者の役割を担うこととなっ た。 こうして生まれた地元学は、人々の共同作業による「地 域のものがたり」づくりである。 講師としての結城は、地域の多様な見方を教えること で、住民を支える。「あなたの地元のものがたり」は、暮 らしの中にあると伝え、「歩く、見る、聞く」ことによっ て、そこにあるもの「水、植物、行事、道、建物、食、 山、川、畑、共同体、祭り、人々の人生」とを自身との 関わりの中でとらえるように促した。 住民は、身近な「地域」にあるものの発見から、自身 の暮らしを見つめ、足下の地域への気づきと発見を「地 元」の名前を付した小冊子にまとめる。そして記憶と時 間の積み重なった足下の地域に立つ「住民としての私」 を自覚する。 ものがたりづくりの共同作業の中で、講師に学んだ職 員が、新たな講師となって、学びを支援する。講師や職 員は、住民の語りを聞いて、ここに生きてきた人々の暮 らしに学ぶ。住民同士が、学んだことを教え合うという ことが繰り返されていくという点で、地元学は、講師、 職員、住民による「住民の主体を育てる参加型の学習活 動」として育まれていったのである。 食の文化祭に見る学習支援者の広がり 2 章では、結城によって、1999 年に宮城県宮崎町(現 加美町)ではじまり、全国に広がった「食の文化祭」を 題材に、参加した農村の女性たちの「語り」が、食を通 じた学び合いに発展し、講師、職員、住民が、それぞれ の地域における役割に目覚めながら、活動の輪を広げて いく様子を描く。 「食の文化祭」では、参加者が「地域の食」(具体的に は、家庭料理、行事食、農産加工品、漬物、保存食など) を持ち寄って展示し、その食を囲んで参加者同士の対話 が広がる。展示された食の背景にある暮らしや、作り手 の思い、家族の歴史などが語られ、みんなで一緒に、持 ち寄りの食を味わう。 持ち寄った食べ物にまつわる「食べものがたり」を通 じて、農村の女性たちは、「ここで生きてきた私」につい て語り、自己の生活を肯定していくことが、語りによっ て連鎖していった。それは「地域に立つ主体としての私」 が生まれる連鎖でもあった。 各地の「食の文化祭」で、参加者や職員同士の行き来 がはじまり、その思想と方法を学んだ人々が育ち、新た な講師が生まれた。講師たちは、地域の豊かな食、手作 りの食の価値に加えて、その「食べものがたり」を、価 値あるものとして意味づけし、自らも語り継いでいった。 福岡県築上町での、「町民漬けもの博覧会」では、博覧会

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3 をきっかけにつくられた「昔の食卓を守る会」を、行政 職員(栄養士)が支援し、学習活動へ結びつけていくと いう展開も見られた。 過疎集落対策における職員と住民の学び合い 3章では、地元学の手法を応用した農村の集落対策を 題材に、職員、住民、外部講師が、地元学の手法を用い た、「歩く、見る、話を聞く」という活動を通じ、ともに、 地域に根ざして生きる「住民」としての主体に目覚めて いく過程を描く。そこで行われる、講師、職員、住民の 役割の転換は、根底に流れる「この土地に根ざす住民」 の意識に支えられ、それぞれの役割の限界を超えて、連 体し、支え合い、学び合いの仕組みを作っていく。 市町村合併において急激な人口減に見舞われた日田市 中津江村での「小規模集落対策事業」では、15 名の職員 が、最も高齢化率の高い丸蔵集落で、全 72 戸を訪問し、 地元学の手法を用いて、住民の声に耳を傾けていった。 聞きとった話を「丸蔵生活全集」として、訪問家庭に届 け、その後皆で集落の未来を語り合うという活動を通じ て、職員と住民は、「ともにここに生きる住民」としての 絆を深めていった。 職員は、丸蔵の人々が、豊かな言葉で、自分の人生や 集落について積極的に語りはじめたとき、住民の中に、 この土地で生き続けたいという意志を持つ「静かなる主 体」が存在していたのを見い出した。それは、職員と講 師の中にもある「ここに生きる住民としての主体」であ った。 集落対策係であった職員は、行政としてできる仕事の 限界に気づき、職員という立場をいったん捨てて、ひと りの住民として、NPO「つえ絆くらぶ」を設立した。高齢 者が抱える「ちょっとした困り事」を、ボランティアが 手伝う「チョイてご」という住民同士の支え合いの仕組 みは、集落点検にヒントを得た学び合いの仕組みづくり であった。「手伝って」「手伝うよ」という関係の中で、 集落点検と同様に、様々な語りが交わされる。お茶を飲 み、食事をする時間の中で、ボランティアや職員も、高 齢者に様々な村の暮らしを学ぶ。村で生き続けるための 支え合いは、お互いの暮らしに学ぶことの支援でもあっ た。 地元学における学習支援者の専門性についての考察 地元学は「地域のものがたり」を人々が共同で作り上 げる取り組みであった。この過程において、講師、職員、 住民が、それぞれのまなざしを交流させ、時に役割を転 換させながら学び合っている。地元学の地域のものがた りは一人の力では描くことができない。様々な役割の 人々が、価値感やまなざしを交流させて、地域のものが たりが完成するという構造を持っているのである。 当稿で見てきた三者の学び合いの根底にあるのは、 「ここに生きる住民としての私」という共通認識である。 言い換えれば、「この地域に生きる主体としての住民」と しての自覚である。 「静かなる主体」の声を聴く 人々の「住民として」の主体的な行動の一歩は語ること であった。第 1 章では、唐桑の漁民たちや、開発によっ て日々姿を変えていくふるさとを前に立ち上がった七郷 の古老たち、第 2 章では、家族のために地道に毎日の食 事を作り続けてきた農村の女性、3 章では、老いてもこ の土地に住み続けたいと願う中津江村の高齢者たちが、 「ここに生きる主体」として語りはじめた。講師や職員 たちは、今まで聴いたことのなかった「静かなる主体」 の声を聴いた。それは、今まで静かに、しかし確かに存 在していた住民たちの声であった。 「静かなる主体」の声は、行政における地域づくり計 画等で行われる住民参加型ワークショップでは聴かれな い声である。静かなる住民の存在自体も見えにくい。学 習支援者が地域住民を「歴史に詳しい人」「世話好きで、 地域のまとめ役になる人」というような機能や、個性で のみとらえていても、こぼれ落ちてしまう。 学習支援者のひとつのあり方として、真に住民主体の 地域づくりを実現するために、「静かなる主体」の声を 拾い上げていくということを提示する。それは、個人の 専門的な技量によるものではなく、地元学で見られたよ うな、地域住民との関係性の中で実現するのではないか と考える。 共通認識としての「住民意識」を育む 地元学の学習支援者は、この「住民意識」そのものを 醸成しようとする。なぜなら「住民意識」なくして、「こ こに生きる私」としての住民主体は生まれないと考えて いるからだ。 現代社会では、住民として生きる自覚を持ちにくい。 今日の社会におけるコミュニティは、必ずしも地縁に寄 らないものも多い。広く見ればグローバリゼーションの 影響で、地域の個性は均一化されつつある。もう少し狭 く見れば、市町村合併による行政のスリム化や、サービ スの効率化で、市町村行政も住民の生活圏から遠ざかっ

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4 た。職員は、画一的で平等な「住民サービス」を、住民 に対して提供する存在となった。 地元学は、近代社会が軽視してきた「土地との関わり」 を大切にする。「地域を見るまなざし」とは、私の生き る地元へのまなざしであり、私と足下の地域との関わり を、ともに生きてきた人々と再確認する視点である。 生きる上で、自身の立ち位置を見定め、自己肯定でき る人はしあわせな人である。中津江村の職員たちは、中 津江の山間部に生きる人々の中に「ここに生きるしあわ せ」を見いだし、そのしあわせを「ここで安心して死ね るしあわせ」として支えたいと語っていた。 現代社会では、地域コミュニティが崩壊し、人と人と の絆が薄れつつあると言われている。地元学の学習支援 者がめざす「住民意識の醸成」は、今日の地域づくりに おいて、ひとつの方向を示すのではないかと考える。 地域を見る多様なまなざしを提示する 地域に学ぶ方法は多様であり、社会教育でも様々に取 り組まれてきた。そして同様に、地域の見方も多様であ る。地元学の学習支援者における「地域を見るまなざし」 が、地域のとらえかたの全てではない。「暮らしの場」と して地域を見るというとらえ方も地元学だけではない。 地元学の学習支援者は、人々が持っている既存の概念 の枠組みをいったん外して、自身の足で、歩き、発見し、 地元に生きる人の声を聴くことによって、地域を把握し 直そうと説く。 土地に積み重なった時間と記憶を解きほぐし、人と地 域にあるもの(風土、自然、資源)との関係性を見る、 食から地域をみつめなおすなど、様々な視点を提示する ことが、地元学の学習支援者の持つひとつの専門性であ ると考える。学習支援者の提示したまなざしは、住民と のまなざしの交流を経て、住民自身の地域観へとつなが っていく。 そうして住民が内側から作り上げた地域観は、中央が 作った外側からの地域観や、権力構造に取り込まれるこ とのない、住民自治による地域づくりへ結びついていく だろう。 4)今後の課題 当稿では、地元学を、「住民の主体を育てる参加型の 学習活動」としてとらえなおすことを試みてきたが、 学習としてとらえることができるか、という点において は、引き続き検証する必要があると考える。全国で地元 学として実践されている事例では、その方法論も多岐に わたっている。今回論じた地元学に関しても、「歩く、見 る、聴く」を数回行うだけであったり、イベント的に食 の文化祭を行うなどの方法では、住民の主体性を育む上 では限界があり、住民の自己教育に寄与するところも少 ない。 当稿で論じてきたように、地元学は、講師、職員、住 民が協働で行ってきた実践である。 そこには、講師とともに、住民の主体を見いだし、育ま れた主体性を「公」の力に結びつけ、地域づくりに役立 てようとする職員の姿があった。 地元学で芽生えた住民の主体性や、主体的な活動を維 持し、深めていくためには、地元学によって得られた気 づきをもとに、学習の内容を編成し、学習を組織化する 社会教育職員の力が必要であろう。その役割を職員に期 待するのは、社会教育職員が地域に根ざした存在であり、 住民の自治力を「公」の力と結びつけて、社会の仕組み の変容につなげられる存在であると考えるからである。 近年、地元学は、公民館での学習活動をはじめ、大学 など高等教育機関で、学生たちが「地域に学ぶ」学習と しても、その手法が注目されるようになった。、また九州 大学社会教育学研究室では、大学と公民館との連携事業 としての地元学講座にも取り組んでいる。 社会教育職員や、社会教育研究者、そして地元学に関 わる住民とさらなる議論を深め、また現場で実践を続け ながら、真の意味での住民自治を実現するための学習活 動としての可能性を追求していきたいと考えている。 3.主要参考文献 小林繁 『現代社会教育 生涯学習と社会教育職員』 クレイン、2008 佐藤一子編『地域学習の創造− 地域再生への学びを拓く』、 東京大学出版会、2015 真壁仁、野添憲治『民衆史としての東北』、 日本放送出版協会、1976 結城登美雄『地元学からの出発』農文協,2009 結城登美雄『東北を歩く』新宿書房、2008 日本社会教育学会編『学び合うコミュニティを培う』 東洋館出版社、2009

参照

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