仏教の社会的活動評価の基準策定に関する試論
池 上 要 靖
1.前提と論点
仏教の社会的な活動(Engaged Buddhism)は,非世間的な仏教の脱皮を促す画期 的な動向として,「第 4 の乗り物」と評する向きもある. 社会の変革に伴い,世界規模に伝播した仏教の様々な形態は,伝統性や宗派性, 地域性といった垣根を越えて,現代的な個別ニーズに応えようと大衆化して,仏 教が仏教としてのあるべき役割を果たしているものもあれば,カルトのようにす でに仏教と呼ぶことが困難ではないかという事例も存在する. 現代的な仏教の変容をとらまえる上で,伝統的な価値観によって構成されてい る現代の仏教学の方法論を用いて,その変容を研究する基軸は存在しているので あろうか? 筆者は,その基軸は確立されていないと考える.仏教学は,今起こっ ている仏教の変容を解析する基礎理論をその体系の中に構築してこなかったから である.しかし,「仏教の社会参加」が大衆化してきている以上,「学」としての 仏教学は社会参加している仏教の活動を,自らの研究方法によって解析し,価値 付け(内部評価)を行いそれが内部アセスメントとして確立されれば,他者的な価 値観によってその活動が不当な評価を受けることを回避できる.2.方法
本稿では,仏教の概念を応用して,社会参加する仏教の活動を評価する方法論 を構築する.まず,仏教の社会的活動に関する総括的な枠組みを示して現段階で の問題点の指摘,次いで,仏教の複数の概念の組み合わせにより,問題点解決の プロセスを示して,これをその問題点となった事例の評価基準とする.その評価 により,問題点解決の基準となった概念の構築を本稿における試論とする. 誓願画-⑪ 100.8 cm × 61.5 cm 法恵都統 進恵都統 智通都統 三都統 98.0 cm × 69.2 cm 三梵名僧 100.0 cm × 61.9 cm 二ウイグル貴婦人 90.4 cm × 69.6 cm 三ウイグル貴人 81.5 cm × 68.8 cmている反面,個人的な関係にまで深入りするなど,容易に解決できない事項にま で踏み込んでしまうことや,二者間の感情表出などがある.また,信仰活動との 連動が容易なために,カルト的支配関係を示す場合なども指摘できる. ② では,社会福祉法人(保育園,社会福祉施設)や学校法人(幼稚園,認定こども 園)を寺院・仏教者(仏教信仰を有する個人)が設立して,仏教教育や仏教保育とし て行われている社会事業がその代表である.また,医療法人や財団法人の設立母 体が寺院や仏教者の場合もある.近年では,仏教者がその信仰の発露に NPO 法人 などを立ち上げ,災害地支援などを行っている事例が,最も多い形態である.特 徴は,法人として定款に則り運営されているため,公共団体からの許認可事業, つまり公費の補助・助成対象事業となっている事例がほとんどであり,公益性の 高い活動として社会的にも受け入れられている.定款には,施設設置者が所属す る宗派や教団の教えに基づく趣旨が謳われていることが顕著な特徴である.利点 は,定款を設けた法人として認可を受け,公費による運営が行われているため, 受益者や地域からの信頼度が高くなることと,経済的に比較的安定した活動がで きることである.反面,欠点としては,補助事業として認可を得るために施設設 計の段階から細部にわたり規制がかかることである.仏教精神を柱とする施設と して,三宝礼拝の部屋などを設けたいところであるが,認可され難い現状がある. 公費という足かせは,自由な信仰活動を妨げてはいないが,それは個人が有する 権利であり,特異な例を除いて施設設置者側には与えられていない.また,公の 事業を行っているので,信仰により受益者を選別することは許されていない.宗 派性の強い行事などを行う場合の個別配慮を要することは言を俟たない.事業内 容も,個別援助や集団援助に必要なスキルを身につけた専門的なワーカーに依る ことが多く,仏教の設立理念による独自の活動は少なく,レクレーション活動な どに僅かにみることができる.施設設置者は同時に経営者でもあり,余分な経費 がかさむことを嫌う傾向が強いことも指摘できる.このような環境下では,仏教 の個別援助に長けている点を活かすための他者理解の研修などを開催することも ままならず,仏教的な方法論が展開できる現状ではない. ③ は,① と ② が受益者側からのアプローチが強いことに対して,仏教側から のアクセスを必要とする点で大いに異なる.仏教側からのアクセスが強いという ことは,受益者側の needs は必ずしも高くないことを示している.それならば, なぜ仏教側からアクセスしなければならないか,が問題となる.具体的には,そ こに仏教的な seeds が隠されていると予測される場合である.筆者による事案で
3.仏教の社会的活動(現状の類型)
3.1. 3つの類型 現代の仏教の諸活動を類型化すると三種の形態に捉えることが可能であろう. ① 宗派的教団的な活動 上位の包括組織である宗派や仏教団体に属する個人や寺院を活動の主体と して,下位概念の個人や宗教法人により,その個人や法人に関係する者に 対して行われる活動.受益者に向けられる活動の基本は宗派などの上位概 念が有する教学的な価値概念(宗派ごとの特徴を有する行事や催事)によって 形成される活動である.例:宗祖などの誕生を祝う行事中に行われる災害 地寺院支援募金活動,末寺の檀信徒が本山に対して行う奉仕活動など. ② 仏教団体・個人が主体となる法人や NPO の活動 寺院や個人単位の活動から派生する場合が多いことが特徴.① の活動など を基盤として,社会的な法体系下で認められた NPO や社会福祉法人,学校 法人などの公益法人格を有する組織団体となる.私的な設立なので,その 趣旨は所属の宗派や仏教団体の教理に負う.① との違いは,活動対象が非 限定であり,活動は設立趣旨の意図に限らず標準化された,換言すれば, 組織内部で活動を支える人財はより高度化して専門的になっているため決 して設立趣旨を具現化していない.しかし,活動が向けられる対象(受益 者)はその活動組織の帰属する宗派や仏教団体などを承知している.例: 保育園や幼稚園,高齢者向け社会福祉法人など. ③ 仏教者から非仏教者である個人・団体・社会的システムへの働きかけ 全く無限定に活動の対象を据えるためもっとも社会に開かれているが,活 動の趣旨に理解を得られない場合もある.② との相違点は,② は受け身が 多いが,③ は対外的に積極的である.また,② は公的資金の補助受給の ケースがほとんどだが,③ では寄付や手弁当的な活動が多い. 3.2. 各類型の特徴と問題点 ① は,最小単位の活動のことで,主に宗派内で行われている慈善活動や,宗教 活動の一環として組み込まれたボランティアなど,または地域性・特定集団的傾 向の強いセツルメント運動などが挙げられる.この受益者は,主に当該の宗派や 団体に属している個人を中心とするものである.利点は Face to Face の関係が築 きやすいので,親近感と信頼感が深まり,知り難い個的な事情などの放出に適している反面,個人的な関係にまで深入りするなど,容易に解決できない事項にま で踏み込んでしまうことや,二者間の感情表出などがある.また,信仰活動との 連動が容易なために,カルト的支配関係を示す場合なども指摘できる. ② では,社会福祉法人(保育園,社会福祉施設)や学校法人(幼稚園,認定こども 園)を寺院・仏教者(仏教信仰を有する個人)が設立して,仏教教育や仏教保育とし て行われている社会事業がその代表である.また,医療法人や財団法人の設立母 体が寺院や仏教者の場合もある.近年では,仏教者がその信仰の発露に NPO 法人 などを立ち上げ,災害地支援などを行っている事例が,最も多い形態である.特 徴は,法人として定款に則り運営されているため,公共団体からの許認可事業, つまり公費の補助・助成対象事業となっている事例がほとんどであり,公益性の 高い活動として社会的にも受け入れられている.定款には,施設設置者が所属す る宗派や教団の教えに基づく趣旨が謳われていることが顕著な特徴である.利点 は,定款を設けた法人として認可を受け,公費による運営が行われているため, 受益者や地域からの信頼度が高くなることと,経済的に比較的安定した活動がで きることである.反面,欠点としては,補助事業として認可を得るために施設設 計の段階から細部にわたり規制がかかることである.仏教精神を柱とする施設と して,三宝礼拝の部屋などを設けたいところであるが,認可され難い現状がある. 公費という足かせは,自由な信仰活動を妨げてはいないが,それは個人が有する 権利であり,特異な例を除いて施設設置者側には与えられていない.また,公の 事業を行っているので,信仰により受益者を選別することは許されていない.宗 派性の強い行事などを行う場合の個別配慮を要することは言を俟たない.事業内 容も,個別援助や集団援助に必要なスキルを身につけた専門的なワーカーに依る ことが多く,仏教の設立理念による独自の活動は少なく,レクレーション活動な どに僅かにみることができる.施設設置者は同時に経営者でもあり,余分な経費 がかさむことを嫌う傾向が強いことも指摘できる.このような環境下では,仏教 の個別援助に長けている点を活かすための他者理解の研修などを開催することも ままならず,仏教的な方法論が展開できる現状ではない. ③ は,① と ② が受益者側からのアプローチが強いことに対して,仏教側から のアクセスを必要とする点で大いに異なる.仏教側からのアクセスが強いという ことは,受益者側の needs は必ずしも高くないことを示している.それならば, なぜ仏教側からアクセスしなければならないか,が問題となる.具体的には,そ こに仏教的な seeds が隠されていると予測される場合である.筆者による事案で
3.仏教の社会的活動(現状の類型)
3.1. 3つの類型 現代の仏教の諸活動を類型化すると三種の形態に捉えることが可能であろう. ① 宗派的教団的な活動 上位の包括組織である宗派や仏教団体に属する個人や寺院を活動の主体と して,下位概念の個人や宗教法人により,その個人や法人に関係する者に 対して行われる活動.受益者に向けられる活動の基本は宗派などの上位概 念が有する教学的な価値概念(宗派ごとの特徴を有する行事や催事)によって 形成される活動である.例:宗祖などの誕生を祝う行事中に行われる災害 地寺院支援募金活動,末寺の檀信徒が本山に対して行う奉仕活動など. ② 仏教団体・個人が主体となる法人や NPO の活動 寺院や個人単位の活動から派生する場合が多いことが特徴.① の活動など を基盤として,社会的な法体系下で認められた NPO や社会福祉法人,学校 法人などの公益法人格を有する組織団体となる.私的な設立なので,その 趣旨は所属の宗派や仏教団体の教理に負う.① との違いは,活動対象が非 限定であり,活動は設立趣旨の意図に限らず標準化された,換言すれば, 組織内部で活動を支える人財はより高度化して専門的になっているため決 して設立趣旨を具現化していない.しかし,活動が向けられる対象(受益 者)はその活動組織の帰属する宗派や仏教団体などを承知している.例: 保育園や幼稚園,高齢者向け社会福祉法人など. ③ 仏教者から非仏教者である個人・団体・社会的システムへの働きかけ 全く無限定に活動の対象を据えるためもっとも社会に開かれているが,活 動の趣旨に理解を得られない場合もある.② との相違点は,② は受け身が 多いが,③ は対外的に積極的である.また,② は公的資金の補助受給の ケースがほとんどだが,③ では寄付や手弁当的な活動が多い. 3.2. 各類型の特徴と問題点 ① は,最小単位の活動のことで,主に宗派内で行われている慈善活動や,宗教 活動の一環として組み込まれたボランティアなど,または地域性・特定集団的傾 向の強いセツルメント運動などが挙げられる.この受益者は,主に当該の宗派や 団体に属している個人を中心とするものである.利点は Face to Face の関係が築 きやすいので,親近感と信頼感が深まり,知り難い個的な事情などの放出に適ししてすべてに容認できるものであることが求められる.そして,そこには信仰的 なドグマは必要ではない,これはアセスメントの対象となるものなので,個人の 内的な部分に関与することは,アセンスメントという評価行為から鑑みると,適 当ではないと判断される.さらに,アセスメントは仏教者の活動を評価する基準 なので,その活動が信仰の形態の是非や深度を要求するものであってはいけない. 上記の観点から,アセスメント基準に通底する仏教側の指針は,もっともシンプ ルで宗派性の少ない初期の仏典,つまりパーリ聖典中から構築されるべきと考える. もう一点は,この活動が信仰を深めるといった受益者の信仰により左右される ものであってもいけない.活動はあくまで行為者を対象とするものであり,間接 的にその行為の有益性を受益者に問うことはあっても,受益者の信仰などに踏み 込むことは避けなければならない. 換言すれば,仏教者の活動に関するアセスメントではあるが,一般的なアセス メントの基準に等しく,仏教の信仰そのものは問いかけられない.エリアーデが 言う「聖」と「俗」の文脈で述べるならば,受益対象者は,その欲するところが 世間的なニーズであるから「俗」としての範疇で捉えるべきである.ならば,一 般的なアセスメントの基準で行えばよいという考え方も一方である.しかし,社 会的に平準化されたアセスメントでは,仏教者の信仰に基づいた特異部分を評価 することは困難であるため,独自の評価基準の必要性が生じるのである. 4.2. 趣旨や目標,方針に関するアセスメント 仏教者の活動を支える「主体的な契機」が示されていなければならない.「主体 的な契機」とは活動の理念であり,活動に意味づけができる唯一のものである. ①~③ の活動に差異があっても,これを同じくすることは可能である.「主体的 な契機」は,世間的に理解される範疇の表現にとどめなければならない.趣旨や 目標・方針は,仏教の開祖である仏陀の金口であることが望ましいが,難しい表 現とならないように工夫が必要である.ここで重要なことは,活動の対象や内容 にふれるのではなく,どのような状態を目指すかが明示されねばならない.それ は,受益者の QOL(Quality of Life,生活の質)の向上に尽きるであろう.
4.3. 活動内容に関するアセスメント 社会的な活動はどのように行われているかを問う部分である.仏教者の行う活 動の独自性とその効果が,指標に基づきなされているかが重要なポイントとなる. 仏教的な活動,たとえば仏陀の誕生を祝う花祭りや,祖師の入寂を記念する日に 行われる行事などは,独自の活動ではあるが,それは,4.2 において示した QOL は,ある公立病院の入院者に筆者自身が僧衣を着用して訪問した際に,看護師か ら次回の訪問の際には平服の着用を促されたことがある.この点では,終末期医 療の病棟などを除いて,仏教者,特に僧侶の姿には異形のイメージがあることは 否めないが,入院患者は家族には相談できない事を,入院という非日常的な経験 による不安定さから,非日常の存在といってもよい僧侶に打ち明ける事例もある. ③ の利点は仏教者が寺院や仏教施設から外に出ることで,多くのインシデントに 出会い,仏教そのものを社会的にアイデンティファイすることで非仏教的な資源 と結びつくことができるが,同時にそれは,より大きな挫折を伴うことも多くあ る.筆者の事例にあるような否定的な態度を受けることや,専門スキルが備わっ ていないという認識からの排他的行為がそれである.また,信頼性の点ではアク セスする側の仏教者に必要なスキルが身についているかどうかを判断する「資格」 の問題もある.意欲だけでは解決できない点であり,必要な「資格」取得には時 間がかかる.昨今では,臨床研究が進み,「臨床宗教師」や「臨床仏教師」の育成 も進んでいる.彼らの活動の場に今後注視していくことが必要であろう. ① から ③ までの類型を概観したが,これらの複層的な問題,つまり,① では 対人の問題が限られたものになり受益者が限定されてしまう点,② ではより専門 的な活動に仏教的な特性を用いた援助が用をなさないという点,③ では社会的に 排他的傾向が強く,表面的な接触しかできないという点などを指摘するこができる.
4.仏教の社会的活動をどのように評価するか?
上記の点を解決してゆくため,仏教側のアセスメント(評価)が重要な鍵とな ることは言を俟たない.その理由は,活動主体がその活動内容の質を保証するた めと,説明責任を果たすためである.このアセスメントの確立は,仏教者による 社会的活動の指針となる目標設定から,活動内容までの質保証が明確になり,外 部評価とは異なる自己担保の概念が成立して,仏教の活動から非仏教的な活動に 影響を及ぼすことも可能となる.以下に,その基準概念形成の試論を示す. 4.1. アセスメント全体の考え方 アセスメントの基準は,仏教のいずれの部分を用いるかで異なってくる.① は,所属する団体の祖師の思想が最も重要であるという主張が強くなる.② では 施設設置者または団体が標榜する信仰が主となり,③ では行為者の信仰,もしく は所属が重要なファクターとなる.しかし,それでは統一のとれたアセスメント にはならない.アセスメント全体に流れる指標に最適なものは,仏教者の活動としてすべてに容認できるものであることが求められる.そして,そこには信仰的 なドグマは必要ではない,これはアセスメントの対象となるものなので,個人の 内的な部分に関与することは,アセンスメントという評価行為から鑑みると,適 当ではないと判断される.さらに,アセスメントは仏教者の活動を評価する基準 なので,その活動が信仰の形態の是非や深度を要求するものであってはいけない. 上記の観点から,アセスメント基準に通底する仏教側の指針は,もっともシンプ ルで宗派性の少ない初期の仏典,つまりパーリ聖典中から構築されるべきと考える. もう一点は,この活動が信仰を深めるといった受益者の信仰により左右される ものであってもいけない.活動はあくまで行為者を対象とするものであり,間接 的にその行為の有益性を受益者に問うことはあっても,受益者の信仰などに踏み 込むことは避けなければならない. 換言すれば,仏教者の活動に関するアセスメントではあるが,一般的なアセス メントの基準に等しく,仏教の信仰そのものは問いかけられない.エリアーデが 言う「聖」と「俗」の文脈で述べるならば,受益対象者は,その欲するところが 世間的なニーズであるから「俗」としての範疇で捉えるべきである.ならば,一 般的なアセスメントの基準で行えばよいという考え方も一方である.しかし,社 会的に平準化されたアセスメントでは,仏教者の信仰に基づいた特異部分を評価 することは困難であるため,独自の評価基準の必要性が生じるのである. 4.2. 趣旨や目標,方針に関するアセスメント 仏教者の活動を支える「主体的な契機」が示されていなければならない.「主体 的な契機」とは活動の理念であり,活動に意味づけができる唯一のものである. ①~③ の活動に差異があっても,これを同じくすることは可能である.「主体的 な契機」は,世間的に理解される範疇の表現にとどめなければならない.趣旨や 目標・方針は,仏教の開祖である仏陀の金口であることが望ましいが,難しい表 現とならないように工夫が必要である.ここで重要なことは,活動の対象や内容 にふれるのではなく,どのような状態を目指すかが明示されねばならない.それ は,受益者の QOL(Quality of Life,生活の質)の向上に尽きるであろう.
4.3. 活動内容に関するアセスメント 社会的な活動はどのように行われているかを問う部分である.仏教者の行う活 動の独自性とその効果が,指標に基づきなされているかが重要なポイントとなる. 仏教的な活動,たとえば仏陀の誕生を祝う花祭りや,祖師の入寂を記念する日に 行われる行事などは,独自の活動ではあるが,それは,4.2 において示した QOL は,ある公立病院の入院者に筆者自身が僧衣を着用して訪問した際に,看護師か ら次回の訪問の際には平服の着用を促されたことがある.この点では,終末期医 療の病棟などを除いて,仏教者,特に僧侶の姿には異形のイメージがあることは 否めないが,入院患者は家族には相談できない事を,入院という非日常的な経験 による不安定さから,非日常の存在といってもよい僧侶に打ち明ける事例もある. ③ の利点は仏教者が寺院や仏教施設から外に出ることで,多くのインシデントに 出会い,仏教そのものを社会的にアイデンティファイすることで非仏教的な資源 と結びつくことができるが,同時にそれは,より大きな挫折を伴うことも多くあ る.筆者の事例にあるような否定的な態度を受けることや,専門スキルが備わっ ていないという認識からの排他的行為がそれである.また,信頼性の点ではアク セスする側の仏教者に必要なスキルが身についているかどうかを判断する「資格」 の問題もある.意欲だけでは解決できない点であり,必要な「資格」取得には時 間がかかる.昨今では,臨床研究が進み,「臨床宗教師」や「臨床仏教師」の育成 も進んでいる.彼らの活動の場に今後注視していくことが必要であろう. ① から ③ までの類型を概観したが,これらの複層的な問題,つまり,① では 対人の問題が限られたものになり受益者が限定されてしまう点,② ではより専門 的な活動に仏教的な特性を用いた援助が用をなさないという点,③ では社会的に 排他的傾向が強く,表面的な接触しかできないという点などを指摘するこができる.
4.仏教の社会的活動をどのように評価するか?
上記の点を解決してゆくため,仏教側のアセスメント(評価)が重要な鍵とな ることは言を俟たない.その理由は,活動主体がその活動内容の質を保証するた めと,説明責任を果たすためである.このアセスメントの確立は,仏教者による 社会的活動の指針となる目標設定から,活動内容までの質保証が明確になり,外 部評価とは異なる自己担保の概念が成立して,仏教の活動から非仏教的な活動に 影響を及ぼすことも可能となる.以下に,その基準概念形成の試論を示す. 4.1. アセスメント全体の考え方 アセスメントの基準は,仏教のいずれの部分を用いるかで異なってくる.① は,所属する団体の祖師の思想が最も重要であるという主張が強くなる.② では 施設設置者または団体が標榜する信仰が主となり,③ では行為者の信仰,もしく は所属が重要なファクターとなる.しかし,それでは統一のとれたアセスメント にはならない.アセスメント全体に流れる指標に最適なものは,仏教者の活動と① DN. II, 73–75; AN. IV, 16–21:ヴァッジ人の国の衰亡を図る,② DN. III, 137–194:家庭,親族,使用人,社会との関わり,③ SN. I, 86–87:現世の 利と未来の利を受ける唯一の法(不放逸),④ AN. III, 46–47; IV, 244–245: 善人は父母,妻子,奴隷,従僕,朋輩,沙門,婆羅門の利と益と楽を叶え ようとする,⑤ AN. III, 310:事業を好まざる談説,睡眠,伴侶,善言,善 友,⑥ AN. IV, 106–113:王の国境の町が征服されない理由(不退法),⑦ AN. IV, 156–157:8 つの世間法(利,衰,称,問,毀す,誉,楽,苦),⑧ AN. IV, 269–273:女性のあるべき姿 c. 救護に関するもの 活動の内容が看護や救護という緊急性且つ難度の高い活動の場合に,その 心構えとして知っておくべき内容である. ① SN. III, 1–5:病と心身の関係,② SN. III, 119–124:病人バッリカに対す る看護と説示,そして涅槃,③ SN. V, 152–154:仏陀の腹痛,その克服, そして阿難への教示,④ AN. V, 23–29:比丘を救護する際の 10 の事法 d. 自己に関する行動の規範 自己自身の活動について,主体的契機と表出される行動との関係,仏教者 である他者的な視点から自己観察を行うための指標となるもの.この指標 を満足することが外部評価との齟齬をなくす最も重要な項目となる. ① SN. I, 228:善き人は愁,悲,憂い,苦,悩みを離れる,② AN. I, 51:慙
と愧は世を護る,③ AN. II, 62:夫婦の観察と信頼,④ AN. II, 67–68; IV, 285–289:策を起こす,精勤,汗を流す,腕力で如法に集める(四法),⑤ AN. II, 74:悪法の防護と断,善法の修と増大のための随(四勤),⑥ AN. II, 248; IV, 218–220:布施,愛語,利行,同事(四摂事),⑦ AN. III, 14:戒, 定,慧,解脱,解脱智見の具足と他への奨励,⑧ AN. III, 53–54:五財(信 財,戒財,聞財,捨財,慧財),⑨ AN. III, 71–72:五つの観察,⑩ AN. III, 248:五力(信,慙,愧,精進,慧),⑪ AN. IV, 4–8:七財(信財,戒財,慙財, 愧財,聞財,捨財,慧財),⑪ AN. IV, 307–308:集会,談論,対談して法を説 き,顕示し,勧導し,誉め称える,⑫ AN. IV, 322:策を起こす,守護,善 友,等命,信,戒,捨,慧,⑬ AN. IV, 344–346:所得の有無,不利,住 所,毀謗,離間,三宝の毀謗,⑭ AN. V, 10–14:円満なる比丘(信,戒,多 聞,説法者,持律者など) Nikāya 中から 4 種 31 項目を抽出した.資料中の項目で特段の説明なく用いる の向上に直接的に結びつかない.むしろ,そこに至るまでのプロセスをどのよう に積み上げたかが重要になる.他者から与えられたモノではなく,受益者が自ら 主体的に取り組むことで困難を克服する満足感が得られることが,QOL の内面的 な向上に結び付くと判断される.また,災害地の救済活動などは緊急性が高く, 活動としては非仏教者の活動と差別化が難しいものの一つである.対外的な活動 内容が他と差別化できないときに重要なことは,活動主体となる個人やグループ, NPO などの団体が内外部の連携が取れているかが点検項目となる. ここでいう点検項目には,仏教独自の視点を取り入れることが望ましい.3.1 ① に示した宗派や上部団体の教義に基づくものではなく,その点検項目はどのよう な宗派や団体が用いても,アセスメントとして成り立つ項目となっていなければ ならない.さらに,抽象的な表現ではなく,具体的に項目化されていなければな らない.その理由は,抽象的表現は独自の解釈を生み,余人の理解する,または 同意できる形に変容され,本来有している意味と異なる仕様となる可能性が高い からである.他者に受け入れられるように判りやすく表現することと,自者にとっ て都合よく変容しないことが肝要である.このような条件で,仏教聖典中で適す ると考えられるものは,パーリ聖典の nikāya 中に求められる.以下,上述の条件 に該当する内容を挙げて解説する.(略号およびテキストは PTS 版.ローマ数字は PTS の巻数,アラビア数字は頁,二分ダッシュは連続した複数ページを示す) a. 活動の主体的契機に関するもの 自らの活動が,仏教教義に基づいているかを点検する項目.その活動があ らゆる意味で「方便,upāya」として位置づけできるかが重要である.方便 として位置づけされるものは,決して「布教」や「勧誘」の目的ではなく, 自らの信仰を発露するための手段として適当かどうかが判断される. ① DN. II, 378, 392:智慧ある者は方便に譬喩を用いる,② SN. I, 58–59:王 の沙門,婆羅門,困窮者,旅行人,無宿,乞食者への布施,③ SN. V, 320– 323:「不浄論」より 60 名以上の比丘が自死,④ AN. I, 49, 288; II, 54–55, 65, 87, 250–251; III, 76–77, 206–207, 366:在家者の難しい精勤(衣,飲食,床座, 医薬,資具の施し),⑤ AN. V, 236, 303:仏陀は種々の方便を用いて法を示す b. 組織に関するもの 他者理解をするときに指針となる項目.仏教者が自らの活動を行う際に, その活動の対象が適当かどうかを判断する際の基準項目となる.また,そ の基準は自らの組織の在り方が適正かどうかを図る指針ともなる.
① DN. II, 73–75; AN. IV, 16–21:ヴァッジ人の国の衰亡を図る,② DN. III, 137–194:家庭,親族,使用人,社会との関わり,③ SN. I, 86–87:現世の 利と未来の利を受ける唯一の法(不放逸),④ AN. III, 46–47; IV, 244–245: 善人は父母,妻子,奴隷,従僕,朋輩,沙門,婆羅門の利と益と楽を叶え ようとする,⑤ AN. III, 310:事業を好まざる談説,睡眠,伴侶,善言,善 友,⑥ AN. IV, 106–113:王の国境の町が征服されない理由(不退法),⑦ AN. IV, 156–157:8 つの世間法(利,衰,称,問,毀す,誉,楽,苦),⑧ AN. IV, 269–273:女性のあるべき姿 c. 救護に関するもの 活動の内容が看護や救護という緊急性且つ難度の高い活動の場合に,その 心構えとして知っておくべき内容である. ① SN. III, 1–5:病と心身の関係,② SN. III, 119–124:病人バッリカに対す る看護と説示,そして涅槃,③ SN. V, 152–154:仏陀の腹痛,その克服, そして阿難への教示,④ AN. V, 23–29:比丘を救護する際の 10 の事法 d. 自己に関する行動の規範 自己自身の活動について,主体的契機と表出される行動との関係,仏教者 である他者的な視点から自己観察を行うための指標となるもの.この指標 を満足することが外部評価との齟齬をなくす最も重要な項目となる. ① SN. I, 228:善き人は愁,悲,憂い,苦,悩みを離れる,② AN. I, 51:慙
と愧は世を護る,③ AN. II, 62:夫婦の観察と信頼,④ AN. II, 67–68; IV, 285–289:策を起こす,精勤,汗を流す,腕力で如法に集める(四法),⑤ AN. II, 74:悪法の防護と断,善法の修と増大のための随(四勤),⑥ AN. II, 248; IV, 218–220:布施,愛語,利行,同事(四摂事),⑦ AN. III, 14:戒, 定,慧,解脱,解脱智見の具足と他への奨励,⑧ AN. III, 53–54:五財(信 財,戒財,聞財,捨財,慧財),⑨ AN. III, 71–72:五つの観察,⑩ AN. III, 248:五力(信,慙,愧,精進,慧),⑪ AN. IV, 4–8:七財(信財,戒財,慙財, 愧財,聞財,捨財,慧財),⑪ AN. IV, 307–308:集会,談論,対談して法を説 き,顕示し,勧導し,誉め称える,⑫ AN. IV, 322:策を起こす,守護,善 友,等命,信,戒,捨,慧,⑬ AN. IV, 344–346:所得の有無,不利,住 所,毀謗,離間,三宝の毀謗,⑭ AN. V, 10–14:円満なる比丘(信,戒,多 聞,説法者,持律者など) Nikāya 中から 4 種 31 項目を抽出した.資料中の項目で特段の説明なく用いる の向上に直接的に結びつかない.むしろ,そこに至るまでのプロセスをどのよう に積み上げたかが重要になる.他者から与えられたモノではなく,受益者が自ら 主体的に取り組むことで困難を克服する満足感が得られることが,QOL の内面的 な向上に結び付くと判断される.また,災害地の救済活動などは緊急性が高く, 活動としては非仏教者の活動と差別化が難しいものの一つである.対外的な活動 内容が他と差別化できないときに重要なことは,活動主体となる個人やグループ, NPO などの団体が内外部の連携が取れているかが点検項目となる. ここでいう点検項目には,仏教独自の視点を取り入れることが望ましい.3.1 ① に示した宗派や上部団体の教義に基づくものではなく,その点検項目はどのよう な宗派や団体が用いても,アセスメントとして成り立つ項目となっていなければ ならない.さらに,抽象的な表現ではなく,具体的に項目化されていなければな らない.その理由は,抽象的表現は独自の解釈を生み,余人の理解する,または 同意できる形に変容され,本来有している意味と異なる仕様となる可能性が高い からである.他者に受け入れられるように判りやすく表現することと,自者にとっ て都合よく変容しないことが肝要である.このような条件で,仏教聖典中で適す ると考えられるものは,パーリ聖典の nikāya 中に求められる.以下,上述の条件 に該当する内容を挙げて解説する.(略号およびテキストは PTS 版.ローマ数字は PTS の巻数,アラビア数字は頁,二分ダッシュは連続した複数ページを示す) a. 活動の主体的契機に関するもの 自らの活動が,仏教教義に基づいているかを点検する項目.その活動があ らゆる意味で「方便,upāya」として位置づけできるかが重要である.方便 として位置づけされるものは,決して「布教」や「勧誘」の目的ではなく, 自らの信仰を発露するための手段として適当かどうかが判断される. ① DN. II, 378, 392:智慧ある者は方便に譬喩を用いる,② SN. I, 58–59:王 の沙門,婆羅門,困窮者,旅行人,無宿,乞食者への布施,③ SN. V, 320– 323:「不浄論」より 60 名以上の比丘が自死,④ AN. I, 49, 288; II, 54–55, 65, 87, 250–251; III, 76–77, 206–207, 366:在家者の難しい精勤(衣,飲食,床座, 医薬,資具の施し),⑤ AN. V, 236, 303:仏陀は種々の方便を用いて法を示す b. 組織に関するもの 他者理解をするときに指針となる項目.仏教者が自らの活動を行う際に, その活動の対象が適当かどうかを判断する際の基準項目となる.また,そ の基準は自らの組織の在り方が適正かどうかを図る指針ともなる.