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建築物定期報告制度の公表が与える
効果について
<要旨> 近年、本格的な建築物のストック時代を迎え既存建築物の安全確保は、より重要な課 題となっている。このような社会の中、建築基準法においては、定期報告制度という制度 で不特定多数の利用する建物の安全性を担保している。本研究では、この定期報告制度を 経済学的な見地から理論分析し、政府の介入根拠である市場の失敗は、「外部性」及び「情 報の非対称」であることを示している。また、定期報告制度の問題点として、「外部性」及 び「情報の非対称」の未解消部分が存在することを挙げ、この問題点の解消に「公表」が 寄与しているという仮説を立て、その効果を実証分析している。 実証分析の結果、公表には報告率を上昇させる効果があることが明らかになった。この 「公表」の効果と理論分析した定期報告の仕組みを絡め、既存建築物の安全確保を効率的 に進めていくには、どのように政府が介入していくべきか政策提言を行っている。2014 年(平成 26 年)2 月
政策研究大学院大学 まちづくりプログラム
MJU13607 小林 健二
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目次
1. はじめに ... 3 1.1 背景 ... 3 1.2 既往研究 ... 3 2. 建築基準法定期報告制度の概要 ... 4 2.1 定期調査・報告制度の趣旨 ... 4 2.2 定期調査の性格 ... 4 2.3 対象となる建築物 ... 4 2.4 調査項目と調査方法等 ... 5 2.5 報告事項 ... 6 2.6 定期調査の時期 ... 6 3. 定期報告制度についての理論分析 ... 6 4. 公表が与える影響についての実証分析 ... 9 4.1 県別定期報告率による実証分析 ... 9 4.2 鳥取県(県のみ、他の特定行政庁除く)の定期報告対象建築物の個票データによる 実証分析 ... 12 5. まとめ ... 21 5.1 分析結果のまとめと考察 ... 21 5.2 インセンティブの効果 ... 22 5.3 政策提言 ... 23 6. 謝辞 ... 243 1. はじめに 1.1 背景 平成24 年 5 月、広島県福山市のホテルにおいて、火災が発生し 7 名の方が亡くなった。 平成25 年 10 月には福岡県福岡市の病院においても火災により 10 名の方が亡くなった。何 れの建築物も建築基準法の違反が、後の調査で判明した建築物である。特に広島県のホテ ルにおいては、建築基準法に基づく維持保全の検査(定期報告制度)が義務づけされてい る建物であったが、1974 年を最後に 38 年もの間、市に提出されていない建物であった。 過去、建築災害や事故は多々起きており、その中でも、平成13 年に起きた 44 名の方が 亡くなった新宿区歌舞伎町雑居ビルにおける火災や、平成18 年に起きた港区公営住宅にお けるエレベータ事故や、平成19 年のジェットコースターの死亡事故などは、社会問題にな るほど注目を集めた。いずれの事故も、日常の維持保全の不備が原因とされており、その 重要性はこのような死亡者を伴う火災や事故の度に再認識される。 先に述べた定期報告制度は、建築基準法12 条により建築物、建築設備及び昇降機等の所 有(管理)者が、その施設の安全が保たれているかどうかについて専門技術者に調(検) 査をさせて、その結果を特定行政庁に報告することを義務づけたものである。つまり、日 常の維持保全の不備を解消するための制度である。 しかし、義務づけされているはずの報告制度の報告率の現状は、昇降機等についてはメ ンテナンス会社との保守契約等により概ね90%以上であるが、特殊建築物及び、その建 築設備に関しては70%程度に留まっている。 このような状況の中、各行政庁はこの報告率を上げるために人員を割き、査察や督促な どの様々な手法を施している。また少数ではあるが「公表」という手法を施している行政 庁も存在する。 本稿では、経済学的な見地から定期報告制度にはどのような政府の介入根拠があるのか を述べ、またその際に生じている問題点を論じている。また、先に述べた少数の行政庁が 行っている「公表」という手法に注目し、この問題点の解消に「公表」が寄与していると いう仮説を立て、その効果を実証分析している。 1.2 既往研究 定期報告制度についての研究では、行政側からの視点で各特定行政庁の現状や取り組み 事例を紹介し、課題と思われることを論じた、横山(2007)、二宮(2007)、 中川(2007)山 本(2007)が挙げられる。また所有者側からの視点で、定期報告の問題点、定期報告の期待さ れる在り方、所有者の問題点等を論じた瀬川(2007)が挙げられる。何れにせよ経済学的な視 点から定期報告を理論分析し、計量経済学を使用した実証を行っている研究は散見されな い。また定期報告制度の「公表」の効果について論じている研究もまた散見されない。
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2. 建築基準法定期報告制度の概要
2.1 定期調査・報告制度の趣旨 建築物に期待され、要求されている諸性能を維持保全することは、本来は建築物の所有 者、管理者又は占有者がそれぞれの責任によってなすべきものであり、建築基準法 8 条に おいても所有者に、建築物を常時適法な状態に維持するよう努力義務が課されている。 しかし、公共性の強い建築物や第三者が多数利用する建築物の場合には、所有者(管理 者)による維持保全の不備、不具合によって、事故や災害が発生したり、また被害が拡大 したりして、第三者に危害を及ぼす恐れがあることから、建築基準法第12 条 1 項では、所 有者(管理者)(以下、所有者)はその建築物について、定期にその状況を資格者に調査さ せて、その結果を特定行政庁に報告することを義務づけている。報告を受けた特定行政庁 は、その内容に応じ必要な措置を講じることとなる。 2.2 定期調査の性格 定期調査の性格は、予防医学の健康診断と同様、建築物の健康診断とも捉えることがで きる。その仕組は、建築物の技術的知識の少ない所有者等に対して、維持保全に関心と理 解を求め、専門家による総合的な健康診断を行い、その結果を示し、それを受けて所有者 が、必要な措置それぞれの部門の専門家につないで、適正な維持保全を図る仕組みである。 従って、定期調査の調査者は、建築に関して、素人である一般の所有者と各分野の専門 家とを繋ぐ重要な役割を担っており、定期調査業務を通じて、所有者に維持保全への関心 を持たせるとともに、重要性を理解させ、必要な措置を講ずるための動機づけとなるよう 丁寧に説明することが必要である。 2.3 対象となる建築物 定期調査の対象となる建築物は、公共性が高いもの、第 3 者利用の多いものであり、建 築基準法では次の①及び②の建築物のうち特定行政庁が指定する建築物である。 ① 法第 6 条第 1 項第一号に掲げる建築物 法別表第1(い)欄の用途に供する特殊建築物 (その用途の床面積の合計が100 ㎡を超えるもの) ② その他政令で定める建築物(令第 16 条) 事務所その他これに類する用途に供する建築物(階数が5 以上で延べ面積が 1000 ㎡を超えるもの) ②の「その他これに類する用途」は昭和59 年の建築物防災対策室長通達「建築基準法第 12 条の規定に基づく定期報告対象建築物の指定について」により「居室の利用形態が、専 ら執務の用に供される事務所に類する用途には金融業、不動産業等の店舗のほか、利用の5 形態により教育施設等も含まれるものである」との解釈が示されている。 なお、国、都道府県及び建築主事を置く市町村の建築物については対象建築物から除外 されている。1
法第
6 条第 1 項第一号の特殊建築物
(1)劇場、映画館、演芸場 観覧場、公会堂、集会場、その他これらに類するもので政令で定めるもの[政令未定] (2)病院、診療所[患者の収容施設があるものに限る]、ホテル、旅館、下宿、共同住宅、 寄宿舎その他これらに類するもので政令で定めるもの (令第115 条の 3 第一号)―*児童福祉施設等 *児童福祉施設等(令第19 条第 1 項一号)…児童福祉施設、助産所、身体障害者 社会参加支援施設(補装具製作施設及び視聴覚障害者情報提供施設を除く)、 保護施設(医療保護施設を除く)、婦人保護施設、老人福祉施設、 有料老人ホーム、母子保健施設、障害者支援施設、地域活動支援センター、 福祉ホーム又は障害福祉サービス事業(生活介護、自立訓練、 就労移行支援又は就労継続支援を行う事業に限る)の用に供する施設 (3)学校、体育館その他これらに類するもので政令で定めるもの (令115 条の 3 第二号)―博物館、美術館、図書館、ボーリング場、スキー場、ス ケート場、水泳場又はスポーツの練習場 (4)百貨店、マーケット、展示場、キャバレー、カフェー、ナイトクラブ、バー、ダン スホール、遊技場その他これらに類するもので政令で定めるもの (令115 条の 3 第三号)―公衆浴場、待合、料理店、飲食店又は物品販売業を営む 店舗(床面積が10 平方メートル以内のものを除く) (5)倉庫その他これらに類するもので政令で定めるもの(政令未制定) (6)自動車車庫、自動車修理工場その他これらに類するもので政令で定めるもの (令115 条の 3 第四号)―映画スタジオ又はテレビスタジオ 2.4 調査項目と調査方法等 平成13 年 9 月 1 日に起きた新宿歌舞伎町雑居ビル火災以後、特定行政庁へ報告する報告 書の様式が定められ、報告事項が示された。この報告事項に基づき、具体的な調査項目や 調査方法等については(財)日本建築防災協会より「特殊建築物等定期調査業務基準」と して示され、運用されていた。 その後平成20 年 4 月 1 日からは、定期調査項目、調査方法及び判定基準は国土交通大臣 が定めるところによるものと改正され、国土交通省告示に示された。 なお、特定行政庁が規則により別途定める場合はその規則によることとなる。ただし、 1 ただし建築基準法第 12 条第 2 項で定期点検として同様の調査を義務づけしている。6 調査項目、調査方法及び判定基準について、より緩やかな条件を定めることはできない。 ※調査項目については、以下の項目ごとに調査項目、調査方法、判定基準が細かく規定さ れており調査者はその規定に基づき調査する。 1.敷地及び地盤 2.建築物の外部 3.屋上及び屋根 4.建築物の内部 5.避難施設等 6.その他 2.5 報告事項 調査項目を調査した結果について法令に基づく報告様式により、指摘なし、要是正、 既存不適格の区分の指摘をするとともに、不具合等の状況等を報告する。 また、報告様式に加えて、調査項目ごとの調査結果及び調査者名を示した特殊建築物等 の調査結果と、平面図等に調査結果を記入した調査結果図及び「要是正」の項目(既存不 適格を除く)について関係写真にて報告する。 なお、特定行政庁はこの様式を基準に、必要な場合は建築基準法に基づく条例に関する 事項その他の必要な事項を加えることも認められている。 平成17 年度から、定期調査報告概要書が追加されているが、この概要書にも不具合等の 状況が追加された。 これは、ストック建築物に係る情報開示の仕組み整備で、特定行政庁において、定期報 告の履歴など所有者の権利を不当に侵害するおそれがないものについて閲覧を可能とし たものである。 2.6 定期調査の時期 定期調査は「国土交通省令で定めるところにより、定期に」となっており、施行規則第5 条で「建築物の用途、構造、延べ面積等に応じて、おおむね6 月から 3 年までの間隔を おいて特定行政庁が定める時期とする」となっている。ただし、法第7 条第 5 項の検査済 み証の交付を受けた場合は、その直後の時期は免除される。(規則第5 条) 特定行政庁が時期を定める目安として、昭和59 年の建築指導課長通達「建築基準法第 12 条の規定に基づく定期報告対象建築物の指定について」で用途に応じて定期調査の間隔 が示されている。この目安を基に各特定行政庁が地域の状況を勘案して、定期調査の時期 をそれぞれ定めている。 3. 定期報告制度についての理論分析 定期報告制度を経済学的に考えた場合、政府の介入根拠は何であろう。一つは建物の維持 管理の不備により第三者へ影響を及ぼす「外部性」である。これは例えば火事の際に隣の 建物へ火災を広げてしまうことであるとか、日影を隣地に基準以上に落としてしまうこと や、外壁タイルが剥落して通行者に危害を加えてしまう等多々ある。これについては定期 報告を所有者等に提出させることにより、行政が違反事項を把握し是正指導を行うことが
7 可能になることや、所有者が自ら指摘箇所の安全確保を行うことにより解消することがで きる。 もう一つ政府の介入根拠がある。それは「情報の非対称」である。建物が、利用される 前の段階、建築前には建築基準法の 6 条による確認申請がある。確認申請では、集団規定 を「外部性」、単体規定を「情報の非対称」の対策として位置づけられるが、この際の、単 体規定の大きな役割は、建築の知識を持たない建主と施工業者の間の「情報の非対称」の 解消である。しかし、定期報告の対象であるような公共性の強い建築物や第三者が多数利 用する建築物は、確認申請時の「情報の非対称」に加えて、所有者とその建物を利用する 第三者の間での「情報の非対称」が存在する。現状の法制度の運用下では、調査結果を行 政に報告するのみであるため、調査者と所有者、所有者と行政の間の「情報の非対称」し か解消しておらず、所有者と第三者との間は解消されていない。つまり、定期報告制度に より違反事項が明らかになり、その建物が安全上不適切な状況であったとしても、利用者 は、その事実を知らないまま建物を利用していることになる。それが、病院や学校であれ ば長期に利用する患者や生徒は万が一の際に非常に危険な目に会うことになるであろう。 また、この定期報告制度の報告率の全国平均が70%前後という事実から、報告すら行っ ていない建物が多々あり、違反事項があるのかどうか、安全であるのかどうかが全く分か らない状況の建物が多数存在していることが分かる。また、報告され違反事項が明らかに なった建物については、速やかに所有者が指摘箇所の安全確保を行わなければならないが、 実際は、指摘事項を是正しないまま、報告書だけは提出し続ける建物も多く見られる。こ の状況では政府との「情報の非対称」は解消されるが、「外部性」の解消はなされていない 状況にある。 以上より、定期報告制度の問題点は「情報の非対称」への対策が完全にはなされていな いという事と、報告された建物の「外部性」への対策、つまり違反是正がなされていない ということにある。 ではこの問題点を解消するにはどうすれば良いのであろうか。ここで私が着目したのは 少数の行政庁が行っている「公表」制度である。定期報告の対象建築物について、建物名 称はもとより、所有者氏名、所在地、報告の有無や指摘事項を公表することで明らかにし、 広く利用者がその情報を得ることができるこの制度は、一意には報告率アップ(概念図: 公表の効果①)の手法の一つであろうが、この手法を行うことにより、先ほどの問題点、 所有者と利用者の間の「情報の非対称」を解消することができる。また違反事項を公表す ることにより、所有者に違反是正を促す効果があり、「外部性」の解消、にも繋がる(概念 図:公表の効果②)のではないかと考えられる。
8 ※下記に定期報告制度・公表の予想される効果の概念図を示す。 ① ② ③ ④
現状
政府
所有者
利用者
政府の公表政府
所有者
利用者
政府
所有者
利用者
公表の効果① 公表情報の周知が高まる政府
所有者
危険なら利用しない利用者
政府
所有者
情報の非対称利用者
未報告の場合
【概念図】
9 ⑤ 次の 4 章では、行政が行っている手法がどの程度寄与しているのかと、手法の一つであ る「公表」制度が①(定期報告率上昇)や②(所有者自ら指摘箇所の是正)のような効果 があるのかを検証してみる。
4. 公表が与える影響についての実証分析
4.1 県別定期報告率による実証分析 【研究の方法】 全国の都道府県の報告率データを基に、都道府県別、用途別、各特定行政庁が指定する 報告時期の間隔、報告すべき件数の大小等の報告率への影響、また少数の行政庁のみが行 っている「公表」が報告率にどの程度寄与しているのかを OLS 分析にて推計を行う。加え て平成 25 年 10 月に福岡市で起きた火災のような建物の維持管理が原因と思われる社会的 な事件や事故があった場合は、同一の用途の建物に対し緊急査察を実施しているため、そ の緊急査察の効果も合わせて推計する。2 ※今回の報告率は下記の推定式により定義づけしているため、国土交通省調べの特殊建築 物全体の定期報告率とは差異が生じる可能性がある。 2緊急査察は、国土交通省から各都道府県へ依頼があり全国一斉に実施する。 危険箇所を自ら解消政府
所有者
利用者
公表の効果②
10 <推定式> 報告率=β0+βl*年ダミー(2005~2012 年)+βm*提出すべき件数ダミー +βn*報告期間ダミー(1~3 年)+βo*用途ダミー+βp*都道府県ダミー(47種) +βq*緊急査察ダミー+βr*公表ダミー+ε 【分析結果】 報告率 係数 標準誤差 t値 p値 有意水準 都道府県ダミー 省略 2006 年ダミー -1.26668 1.550221 -0.82 0.414 2007 年ダミー 2.401276 1.601308 1.5 0.134 2008 年ダミー -1.41587 1.578516 -0.9 0.37 2009 年ダミー -3.04511 1.571464 -1.94 0.053 * 2010 年ダミー 2.087915 1.604633 1.3 0.193 2011 年ダミー 4.055022 1.553613 2.61 0.009 *** 2012 年ダミー 3.892374 1.616944 2.41 0.016 ** 周期 2 年ダミー 0.710992 2.003528 0.35 0.723 周期 3 年ダミー -2.47436 1.816512 -1.36 0.173 101-300 ダミー 5.08651 1.11412 4.57 0 *** 301-500 ダミー 6.093383 1.417485 4.3 0 *** 501-1500 ダミー 2.472661 1.473896 1.68 0.094 * 1500 以上ダミー 4.054893 2.190129 1.85 0.064 * 緊急査察ダミー -0.7582 1.387286 -0.55 0.585 公表ダミー 0.761016 7.265689 0.1 0.917 観覧場等ダミー -6.98904 1.661254 -4.21 0 *** 病院等ダミー -6.00858 1.698459 -3.54 0 *** ホテル等ダミー -37.2994 1.666876 -22.38 0 *** 共同住宅ダミー -17.1444 1.900428 -9.02 0 *** 物販店(等)ダミー -27.4313 1.686035 -16.27 0 *** 事務所等ダミー -6.66081 1.846255 -3.61 0 *** 定数項 71.87801 観測数 1530 自由度調整済み決定係数 0.5327 ***,**,*はそれぞれ 1%,5%,10%の水準で統計的に有意であることを示す。
11 【結果からの考察】 年ダミーに関しては、2005 年に比べ 2009 年はマイナス、2011・2012 年に関してはプラ スの影響がでている。2008 年に定期報告制度の実質的な厳格化の法改正が行われたため、 2008 年に関して何らかの影響を及ぼすと予想していたが、結果、有意な数値は得られなか った。 周期ダミーに関しては有意な数値は得られなかった。報告すべき件数については、100 件以下と比べるとすべてがプラスに有意となっている。100 件以下であると、1 件の提出が 報告率に与える影響が大きいため報告率も100%や 0%が存在し不安定な値となる。今回は その結果小さい値となっていると思われる。101-500 までは係数を比べてみる限り報告率 が高くなる傾向にあるが、501-1500 で一度低くなり、それ以上で再度高くなるという傾 向にある。報告すべき件数は、各行政庁や、用途によって様々であるが、一概に少ないか ら報告率が高いとか、多いから低いとは言えない。101-500 程度の数であれば、提出を促 す指導等がし易いのであろうか。 効果が期待されていた緊急査察については有意な数値が得られなかった。また効果が大 きいと考えていた「公表」もサンプル数が少ないこともあり、有意な数値が得られなかっ た。 用途や県別のデータから、学校を基準とした各用途の報告率や大阪を基準とした各県の 報告率への影響は有意な値がでた。用途に関して、ホテル等は著しく低い傾向にある。こ れは、実際に未報告の建物の査察等で感じた事だが、ホテル等には指摘事項等が多いため 提出できないことが予想される。しかし今回の実証分析の中ではそれを確かめることはで きないため4.2 実証分析で論じることとする。 また県別の報告率は、その傾向をみる指標にはなりうるが、それ自体から何らかの分析 を進めることが難しいためここでは議論しないこととする。 「公表」については47 都道府県の内、鳥取県のみ(県全域)が行っているため有意な数値 が得られなかったと考えられる。次の分析では、この鳥取県に焦点を絞って再度「公表」 の効果を検証することとする。
12 4.2 鳥取県(県のみ、他の特定行政庁除く)の定期報告対象建築物の個票データによる実 証分析 平成19 年度からアナウンスし始めた鳥取県の公表制度は、グラフをみる限りでは報告率 を上昇させる効果があると考えられる。しかし前段の県別・用途別の報告率の推移だけで はその詳細を分析することができなかったため、鳥取県へ定期報告対象物件の報告や未報 告の状況、用途、床面積、階数等が分かる定期報告概要書及び公表データを情報提供依頼 し、このデータにより公表の前後で所有者がどのような行動をどのような要因で起こして いるのか分析することとした。 ※鳥取県は奇数年と偶数年で報告すべき用途を分けている。 そのため奇数年と偶数年を分けて分析することとする。 【鳥取県(全域)の定期報告率の推移】 今回の実証分析では、離散選択モデルを使用し限界効果を推計する。 【公表の効果①(定期報告率上昇)について】 ダミー変数 = 1 報告する 0 未報告 とし、各説明変数x が 1 単位増加した時に報告する確率がどのくらい上昇(下降)するか を推計する。 <推定式>【奇数年】 報告の有無(0.1)=β0+βl*年ダミー(2005~2011 年(隔年))+βm*用途ダミー +βn*用途地域ダミー+βo*防火地域ダミー+βp*構造ダミー+βq*階数 +βr*面積++βs*確認後年+βt*検査済証の有無ダミー+ε
13 【分析結果】【奇数年】 報告の有無 係数. 標準誤差 限界効果 標準誤差 2007 年ダミー 0.559 *** 0.176 0.060 *** 0.017 2009 年ダミー 0.788 *** 0.194 0.078 *** 0.016 2011 年ダミー 0.712 *** 0.186 0.073 *** 0.016 学校ダミー 1.495 * 0.779 0.242 0.172 集会所ダミー 0.816 0.791 0.080 0.064 店舗(等)ダミー 0.190 0.825 区域外ダミー -4.778 128.329 -0.615 0.692 指定なしダミー -4.567 128.329 -0.402 0.512 1 種住居地域ダミー -5.241 *** 128.330 -0.900 *** 0.271 近隣商業地域ダミー -4.498 128.331 -0.902 1.933 工業地域ダミー -4.563 128.329 -0.898 1.664 準防火地域ダミー 0.344 0.834 0.035 0.067 22 条地域ダミー -0.425 0.733 -0.066 0.140 RC 造ダミー 0.273 0.218 0.032 0.025 S 造ダミー 0.325 0.254 0.040 0.031 階数 0.040 0.111 0.005 0.014 面積(100 ㎡あたり) -0.000316 0.00149 -0.0000389 0.000183 確認後年 -0.005 * 0.003 -0.006 * 0.000 済証有無ダミー -0.359 * 0.175 -0.047 * 0.024 定数項 4.659 128.332 観測数 932 自由度調整済み決定係数 0.175 ***,**,*はそれぞれ 1%,5%,10%の水準で統計的に有意であることを示す。
14 <推定式>【偶数年】 報告の有無(0.1)=β0+βl*年ダミー(2006~2012 年(隔年))+βm*用途ダミー +βn*用途地域ダミー+βo*防火地域ダミー+βp*構造ダミー+βq*階数 +βr*面積++βs*確認後年+βt*検査済証の有無ダミー+ε 【分析結果】【偶数年】 報告の有無 係数 標準誤差 限界効果 標準誤差 2008 年ダミー 0.131 0.137 0.039 0.040 2010 年ダミー 0.278 ** 0.142 0.081 ** 0.039 2012 年ダミー 0.244 * 0.139 0.071 * 0.039 ホテル・旅館ダミー 0.483 *** 0.160 0.156 *** 0.053 病院ダミー 0.687 *** 0.225 0.171 *** 0.043 区域外ダミー 0.142 0.392 0.041 0.109 指定なしダミー -0.053 0.163 -0.016 0.049 中高層住居専用地域ダミー -1.714 ** 0.994 -0.579 ** 0.234 近隣商業地域ダミー -1.351 * 0.938 -0.477 * 0.288 商業地域ダミー -1.795 *** 0.727 -0.593 *** 0.156 工業地域ダミー 0.003 0.559 0.001 0.170 準防火地域ダミー 1.343 *** 0.754 0.233 *** 0.049 22 条地域ダミー -0.211 0.556 -0.068 0.189 RC 造ダミー -0.212 0.537 -0.067 0.174 S 造ダミー -0.087 0.542 -0.027 0.170 W 造ダミー 0.114 0.550 0.034 0.162 混構造ダミー -0.019 0.537 -0.006 0.165 階数 -0.068 0.052 -0.021 0.016 面積(100 ㎡あたり) 0.00711 ** 0.00295 0.00217 ** 0.000895 確認後年 -0.005 * 0.003 -0.001 * 0.001 済証有無ダミー -0.252 * 0.143 -0.075 * 0.042 定数項 0.557 0.592 観測数 775 自由度調整済み決定係数 0.045 ***,**,*はそれぞれ 1%,5%,10%の水準で統計的に有意であることを示す。
15 【結果からの考察】 鳥取県が「公表」を始めたのは2007 年からであるため奇数年は 2005 年(公表前)と比 較した結果2007,2009,2011 年いずれもプラスに有意な値となっている。限界効果はそれぞ れ6%、7.8%、7.3%のプラスである。また偶数年は 2006 年(公表前)と比較した結果 2008 年は有意な数値が得られなかった。しかし2010,2012 年いずれもプラスに有意な値となっ ている。限界効果はそれぞれ 8.1%、7.1%のプラスである。この結果から「公表」には定 期報告の提出を促す効果があると考えられる。つまり定期報告率を上昇させる効果がある と考えられる。 確認後年はマイナスに有意である。限界効果は奇数年では-0.6%、偶数年-0.1%。これは 確認済み証が発行された年(建設時)から年が経つにつれて定期報告を提出しなくなると 解釈できる。つまり古い建物ほど報告しなくなる傾向にあるといえる。また、検査済み証 の有無がマイナスに有意である。限界効果は奇数年-4.7%、偶数年-7.5%。これは検査済み 証を保有している建物ほど定期報告を提出しなくなると解釈できる。これについては、逆 もしくは変わらないという結果を予想していた。検査済み証をキチンと保有しているよう な建物は自主管理ができており、「公表」前は定期報告を提出することは当然と考えていた が、「公表」後に、未報告の建物が多数存在することを知り、報告するまでもないと所有者 が考えたのであろうか。 また偶数年のみであるが面積がプラスに有意である。限界効果は 0.21%。これが示して いるのは床面積が大きい建物ほど定期報告を出す傾向が強いということである。これは予 想していたことであり、床面積が大きいような建物は目立つ建物である。物販店やホテル などの民間が経営しているような施設であれば当然資本力が高くなり、こういった法令順 守にも力を入れる可能性が高いと考えられる。 以上より、私が公表の効果として挙げた①の効果(定期報告率上昇)は有意であること が実証された。次にもう一つの効果②(所有者自ら指摘箇所の是正)について推計するこ ととする。
16 【公表の効果②(所有者自ら指摘箇所の是正)について】 ダミー変数 = 1 是正の指摘あり 0 指摘なし とし、各説明変数x が 1 単位増加した時に是正の指摘ありの確率がどのくらい上昇(下降) するかを推計する。 <推定式>【奇数年】 是正の指摘の有無(0.1)=β0+βl*年ダミー(2005~2011 年(隔年)) +βm*用途ダミー+βn*構造ダミー+βo*階数+βp*面積+βq*確認後年 +βr*検査済証の有無ダミー+ε 【分析結果】【奇数年】 是正の有無 係数 標準誤差 限界効果 標準誤差 2007 年ダミー 0.202 0.125 0.067 * 0.040 2009 年ダミー 0.789 *** 0.129 0.252 *** 0.036 2011 年ダミー 1.087 *** 0.135 0.340 *** 0.034 学校ダミー 0.260 * 0.151 0.090 * 0.052 集会所ダミー 0.129 0.188 0.043 0.062 RC 造ダミー -0.374 ** 0.158 -0.125 ** 0.051 S 造ダミー -0.536 *** 0.176 -0.181 *** 0.057 SRC 造ダミー -0.940 * 0.511 -0.312 ** 0.148 W 造ダミー -0.329 0.256 -0.113 0.088 階数 -0.041 0.069 -0.014 0.024 面積(100 ㎡あたり) -0.000326 0.00151 -0.000111 0.000512 確認後年 0.0007595 0.0019409 0.0002578 0.0006587 済証有無ダミー -0.553 *** 0.114 -0.194 *** 0.040 定数項 0.177 0.268 観測数 858 自由度調整済み決定係数 0.122 ***,**,*はそれぞれ 1%,5%,10%の水準で統計的に有意であることを示す。
17 <推定式>【偶数年】 是正の指摘の有無(0.1)=β0+βl*年ダミー(2006~2012 年(隔年)) +βm*用途ダミー+βn*構造ダミー+βo*階数+βp*面積+βq*確認後年 +βr*検査済証の有無ダミー+ε 【分析結果】【偶数年】 是正の有無 係数 標準誤差 限界効果 標準誤差 2008 年ダミー 0.084 0.162 0.026 0.050 2010 年ダミー 0.203 0.164 0.061 0.048 2012 年ダミー 0.379 ** 0.169 0.112 ** 0.047 ホテル・旅館ダミー 1.069 *** 0.195 0.365 *** 0.063 病院ダミー 0.553 ** 0.237 0.152 *** 0.056 RC 造ダミー -0.610 0.923 -0.197 0.298 S 造ダミー -0.342 0.924 -0.110 0.302 SRC 造ダミー -2.683 ** 1.130 -0.634 *** 0.066 W 造ダミー 0.084 0.922 0.026 0.283 混構造ダミー -0.155 0.925 -0.049 0.290 階数 0.059 0.060 0.018 0.018 面積(100 ㎡あたり) 0.00549 ** 0.0027 0.00171 ** 0.000833 確認後年 0.013 *** 0.003 0.004 *** 0.001 済証有無ダミー 0.370 ** 0.153 0.114 ** 0.046 定数項 -1.189 0.938 観測数 579 自由度調整済み決定係数 0.146 ***,**,*はそれぞれ 1%,5%,10%の水準で統計的に有意であることを示す。 【結果からの考察】 鳥取県が「公表」を始めたのは2007 年からである。奇数年は 2005 年(公表前)と比較 した結果2007 は有意な数値は得られなかったが、2009,2011 年はいずれもプラスに有意な 値となっている。限界効果はそれぞれ、25%、34%。また偶数年は 2006 年(公表前)と比 較した結果2008,2010 年は有意な数値は得られなかったが、2012 年のみプラスに有意な値 となっている。限界効果は 11%。この結果から公表以降、是正の指摘を受けた建物が多く なっている傾向が分かるが、公表以降すべての年ではない。定期報告率の上昇(公表の効 果①)と共に、今まで違反事項があるが未報告だった建物が、初めて報告することによっ て、是正の指摘がある建物が増えたのであろうか。何れにせよ、現時点では「公表」が是
18 正の指摘を減らす効果は見られないことが分かる。 また偶数年であるが、ホテル・旅館ダミーと病院ダミーがプラスに有意となっている。 限界効果はそれぞれ 36%、15%これは基準となる物販店よりも病院やホテルの方が是正の 指摘を受ける確率が非常に高いことを示している。 今回の分析では、あくまで、提出された建物が是正の指摘を受けたことを1とする各年 の年ダミーの限界効果である。つまり前回提出していなかった建物が提出したこと(公表 の効果①)により、調査してみたら是正事項があったのか、前回提出していた建物が、指 摘事項があるが、そのまま提出しているのか等は区別できない。このため、次の分析で前 回是正の指摘を受けた建物がそのまま是正せず提出するのか、是正して指摘がない状態で 提出するのかを推計することとする。
19 【公表の効果②(所有者自ら指摘箇所の是正)について】「前回是正の指摘を受けた場合」 ダミー変数 = 1 是正の指摘あり 0 指摘なし とし、各説明変数x が 1 単位増加した時に是正の指摘ありの確率がどのくらい上昇(下降) するかを推計する。 <推定式>【奇数年】 是正の指摘の有無(0.1)=β0+βl*年ダミー(2007~2011 年(隔年)) +βm*用途ダミー(4 種)+βn*構造ダミー+βo*階数+βp*面積+βq *確認後年+βr*検査済証ダミー+ε ※前回是正の指摘があった建物に限定するため2007 年ダミーの係数(限界効果)は2005 年に是正の指摘を受けた建物が再び2007 年に是正の指摘を受ける確率がどのくらい上昇す るかを示す。 同様に2009 年ダミーは 2007 年に是正の指摘、2011 年ダミーは 2009 年に是正の指摘を受 けた建物に限定している。 【分析結果】【奇数年】 是正の有無 係数. 標準誤差 限界効果 標準誤差 2009 年ダミー -0.030 0.266 -0.004 0.050 2011 年ダミー 0.798 ** 0.315 0.097 *** 0.046 学校ダミー 0.334 0.419 (not estimable) 集会所ダミー 0.334 0.541 (not estimable) RC 造ダミー -0.051 0.369 -0.007 S 造ダミー 0.175 0.428 0.023 0.058 SRC 造ダミー -1.708 1.045 -0.465 0.060 W 造ダミー -0.244 0.535 -0.037 0.361 階数 0.188 0.177 0.025 0.087 面積(100 ㎡あたり) 0.00576 0.00658 0.000774 0.030 確認後年 0.001 0.005 0.000 0.000 済証有無ダミー -0.626 ** 0.298 -0.101 * 0.001 定数項 0.492 0.709 観測数 304 自由度調整済み決定係数 0.119 ***,**,*はそれぞれ 1%,5%,10%の水準で統計的に有意であることを示す。
20 <推定式>【偶数年】 是正の指摘の有無(0.1)=β0+βl*年ダミー(2007~2011 年(隔年)) +βm*用途ダミー(4 種)+βn*構造ダミー+βo*階数+βp*面積+βq *確認後年+βr*検査済証ダミー+ε ※前回是正の指摘があった建物に限定するため2008 年ダミーの限界効果は 2006 年に是正 の指摘を受けた建物が再び2008 年に是正の指摘を受ける確率がどのくらい上昇するかを示 す。 同様に2010 年ダミーは 2008 年に是正の指摘、2012 年ダミーは 2010 年に是正の指摘を受 けた建物に限定している。 【分析結果】【偶数年】 是正の有無 係数. 標準誤差 限界効果 標準誤差 2010 年ダミー -0.387 0.331 -0.072 0.064 2012 年ダミー -0.311 0.329 -0.058 0.064 ホテル・旅館ダミー 1.106 ** 0.453 0.276 ** 0.138 病院ダミー 0.805 0.568 0.104 ** 0.053 RC 造ダミー -4.087 382.538 -0.730 5.092 S 造ダミー -3.611 382.538 -0.712 13.200 W 造ダミー -3.245 382.538 -0.645 19.546 混構造ダミー -3.724 382.538 -0.608 7.740 階数 0.034 0.117 0.006 0.021 面積(100 ㎡あたり) 0.00507 0.00615 0.000893 0.00108 確認後年 0.014 ** 0.007 0.002 ** 0.001 済証有無ダミー 0.680 ** 0.334 0.132 * 0.069 定数項 3.089 382.538 観測数 208 自由度調整済み決定係数 0.117 ***,**,*はそれぞれ 1%,5%,10%の水準で統計的に有意であることを示す。 【結果からの考察】 この結果から奇数年では、2007 年に比べ、2011 年はプラスに有意な値となっている。限 界効果は9.7%。これは、前回是正の指摘があった建物が再度是正せずに定期報告を提出す る確率が2007 年よりも 2011 年の方が高いことを示している。また奇数年も含めそれ以外 の年は有意な数値が得られなかった。つまり、前回是正の指摘を受けた建物が再度是正の 指摘を受ける建物は増えたという事実はあるが、減らすという効果は見られない事となる。
21 また偶数年であるが、ホテル・旅館ダミーがプラスに有意となっている。限界効果は27%。 これは基準となる物販店よりもホテルの方が前回是正の指摘を受けた建物が再び是正の指 摘を受ける確率が高いことを示している。 以上よりこの推計に於いても「公表」が是正の指摘を減らす効果は見られないことが分 かった。またホテル・旅館は潜在的に是正の指摘が多い建物であり、是正の指摘後も是正 せずに使用し続けている建物であるといえる。
5. まとめ
5.1 分析結果のまとめと考察 「公表」は①(定期報告率上昇)の効果があることは実証された。しかし②(所有者自 ら指摘箇所の是正)のような効果は今回の分析では見られなかった。 「公表」に①(定期報告率上昇)の効果があるという事は、所有者の行動に「公表」は 大きく寄与している事となる。報告の有無が公表されることに対し、今まで未提出だった 建物の所有者は、報告書を「提出しないこと」に負のインセンティブ(自分の所有する建 物が未報告だという事実の公表により不利益が生じる)を感じ、行動を、「提出すること」 に移したのであると考えられる。つまり所有者にとって報告を出すことが、報告を出さな いことよりも得であるという認識に変わったと考えられる。このことから、所有者と利用 者との間の情報の非対称の解消のための「公表」は結果的に報告率を上昇させ、加えて所 有者と政府の間にある情報の非対称の解消も進めることとなる。 残念ながら今回の実証では②(所有者自ら指摘箇所の是正)のような効果は見られなか った。しかし、これは現状の行政の是正指導の方法や罰則の適用の頻度が起因しているの ではないかと私は考える。現状、定期報告の対象物件数は、多い特定行政庁では数万件に も上り、そのうち数千件の建物に指摘事項が存在したとしても、是正の指導ができる建物 は全てではなく実質的には限られてくる。また仮に是正指導を繰り返し行ったとしても是 正をしない建物はそのまま放置し続ける。是正指導を繰り返し、それでも是正をしない建 物は罰則の適用や使用禁止命令という流れが考えられるが、このプロセスは長期にわたり、 人・時間的にみた場合、あまりにも効率的でない。そして現状では、建築基準法違反での 罰則の適用はほとんどみられない。このような点から、所有者は指摘事項があったとして も、それを是正しないことの負のインセンティブを感じられず、放置を繰り返すこととな っている。(勿論きっちりと是正する所有者も存在するが) ここで効率的に是正指導が可能となるのは、どのような状態であるかを再度考えてみる。 まず違反建築物であるかどうかは、実際に建物を行政が査察することにより把握できる。 これは定期報告率が上昇することにより査察件数を減らすことができるので、査察という 面では効率化できる。では、違反建築物である建物の是正指導を効率化するにはどのよう にすれば良いのであろうか。単純に所有者が違反箇所を自ら是正するようになれば良い。 では所有者が違反箇所を自ら是正するようにするにはどうすれば良いのだろうか。22 5.2 インセンティブの効果 経済学では人々はさまざまなインセンティブ(誘因)に反応すると考える。では行政が 政策として考えられるインセンティブは、どのようなものがあるだろうか。ここで建築基 準法の中で定期報告率と類似のケースの完了検査率の例を紹介する。 ※完了検査とは、定期報告が建物の維持管理時に行う報告に対して、建築確認と併せて、 建物が使用される前に建築基準法に抵触していないかを行政がチェックする制度である。 つまり行政が着工前の設計内容の確認(建築確認)と工事完了時の検査(完了検査)を行 い、工事中は建築士が行う工事監理により設計図書どおりの施工が行われることを担保す るという枠組みの建築規制である。 完了検査率は下図が示すように、平成 18 年から 19 年にかけ急激に上昇しているのが分 かる。ではこの要因は何か。行政の検査率アップへの手法は多々あり、現場パトロールの 成果など様々考えられるが、この時期の大きな要因としては銀行から融資を受ける場合に、 検査済証が無いと融資が受けられないというケースが多くなってきたことが考えられる。 また埼玉県では21 年度に宅地建物取引業法の重要事項説明書への完了検査番号等の記入 を業界団体に依頼しており、その効果は全国平均のグラフの動きと比較し効果があると推 測される。何れにしても完了検査済み証の無いことが所有者にとって不利益が生じるとい うことが世間で一般化してきたのが平成18 年度以降であると言え、それ以降、現在まで完 了検査率は全国的に見ても 90%程度を保っている。つまり完了検査済み証の無いことに、 負のインセンティブを与えた結果が完了検査率の上昇に繋がったと考えられる。 【完了検査率】(国土交通省調べより) ※完了検査率=当該年度における検査済み証交付件数/当該年度における確認件数 次の政策提言で、報告率を上げるためや、所有者が違反箇所を自ら是正するようにするに は行政はどのようなことを行えば良いかを考えてみる。 60.00 65.00 70.00 75.00 80.00 85.00 90.00 95.00 100.00 18 19 20 21 22 23 全国 埼玉県
23 5.3 政策提言 まず、所有者と利用者の間の「情報の非対称」を解消するためにも「公表」制度は全国 的に実施を進めていく事が必要であると考える。しかし現状、建築基準法の条文上には定 期報告制度の「公表」についての法文化はなされていない。全国の各行政庁は、条例化や その他根拠を考慮しながら「公表」制度を進めるべきか試行錯誤している。つまり「公表」 を行政が本当に進めて良いのか苦慮しているのである。そこには、効果があるであろうと いう予想や期待に対し、所有者等からの苦情や提訴及び損害賠償の検討等が存在する。こ のハードルを下げるためにも、まずは、法的根拠を建築基準法に置くことが必要でないか と考える。ここでの法的根拠は、「公表することができる」規定と「公表しなければならな い」規定が考えられるが、現状の状況、公表の効果、公表に係る費用(HP に公表等)を考 えた場合、「公表しなければならない」規定が適切ではないかと私は考える。 「公表」制度が全国で利用されることで、実証分析で述べた通り、所有者の行動が変わ る可能性は高くなるであろうが、公表された情報が利用者の注目を受けなければその効果 は低いであろう。注目度が高くなることにより所有者は、報告を行うことや違反是正を行 うことのインセンティブを感じることになるであろう。 先に述べたが「公表」は所有者と利用者の「情報の非対称」を解消する目的として講じる が、結果的に報告率を上げることになる。報告率が上ることにより、行政は自ら査察を行 わなくても、違反事項を把握することが可能となり、是正指導を効率的に行うことができ るようになる。しかし、違反事項が是正されなければ「外部性」は解消されない。そこで 「公表」の情報が重要となる。 元々、定期報告の対象となる建物は、公共性の強い建築物や第三者が多数利用する建築 物であり、そのような建物は各々の用途ごとに監督官庁があり、許可を受けて営業をして いる場合が多い。例えばホテルや旅館であれば旅館業法の許可、飲食店であれば保健所の 許可等様々あり、病院や老人福祉施設等は、行政からの補助金を受けて建設されたケース が多い。建築基準法に違反している建物は、安全が確保されていない状況にあると言える。 そういった違反の情報を各監督官庁が把握することにより、その許可や補助金に対して何 らかの負のインセンティブを与えることに利用してはどうだろうか。つまり、罰則や是正 指導があまり効率的に行われていない建築基準法側からだけのアプローチではなく、安全 確保がなされていないという観点から各建物の所有者と一番密接な関係にある各々の用途 の監督官庁からの有効的な負のインセンティブのアプローチを加えるのである。 また「公表」の方法も重要であると考える。HP 上に定期報告対象物件の報告の有無や指 摘事項等の情報を公表するだけでは、なかなか注目度は上がらないのではないだろうか。 そう思えるのは、利用者が利用する建物をいちいち利用する前に HP をチェックする必要 があるからである。そこで考えられるのは消防の適マークなどで使われるマークの使用で ある。しかしこのマークも適切な建物にただ貼るのでは効果は低いと考えられる。なぜな ら、現状でも定期報告の調査済み証は存在し、建物の入り口等に掲げているところは多々
24 ある。そうであるにも関わらず利用者のほとんどは、その調査済み証の存在を知らないか らである。さらに言うのであれば、調査済み証は、単に調査が終了していることを示して いるのみであるため、建物が適法の状態であるのかどうかは示していないのである。3では、 逆に未報告の建物や是正の指摘のある建物に対しては期限を決めて「不適」のマークを行 政が貼るのはどうであろうか。災害時に応急危険度判定で使われるような赤や黄色の紙で 重大な指摘事項を記し利用者が必ず目につく箇所に貼り是正が確認された時点で行政が回 収する。もちろん期限までに報告や是正されない建物については先に述べた監督官庁と調 整し負のインセンティブを与える。(これは別途建築基準法が適切な基準であるか分析が必 要であるが、ここでは適切と仮定する)この「不適」のマークは公表の手段に位置づけら れる。今までこの「不適」マークが利用されなかったのは、HP にて「公表」する事と同様 に行政が所有者等からの苦情や提訴及び損害賠償を懸念していることが考えられる。ここ に挙げた「不適」マークは公表の手段の一例であるが、「公表」が全国で一般化することに なれば、これ以外にも様々な手段が実施されることになるであろう。 建築基準法の違反是正が、なかなか進まないのは、罰則の実行がほぼ行われていないこ と等にあると考えられる。罰則を実行するには多くの時間と労力を費やし効率的でない。 かといって、罰則をすぐに適用できる状況にすることが必ずしも良いとはいえない。なぜ なら、罰則を適用したからといって、是正が進まなければ意味がないからである。 定期報告制度の問題を解消するには、公表により「情報の非対称」を解消し、効率的に 「外部性」を解消することが必要である。そして効率性を高めるには、政府が定期報告を 提出することや違反事項を是正することにインセンティブを付与し、所有者自らが建物を 適切に維持管理する行動に導くことが重要である。 6. 謝辞 本稿の作成に際し福井秀夫教授(プログラムディレクター)、矢崎之浩助教授(主査) 安藤至大客員准教授(副査)、村辻義信客員教授(副査)をはじめ、まちづくりプログラム 並びに知財プログラムの先生方から丁寧な指導と貴重なご意見を賜りましたことにこの場 を借りて、心より厚く御礼申し上げます。 また本大学院にて一年間を共に過ごし、支えてくださったまちづくりプログラムをはじ めとしたすべての友人、貴重な学習と研究の機会を与えていただいた派遣元に感謝申し上 げます。 なお、本稿における見解及び内容に関する誤りは全て筆者に帰します。また、本稿は筆 者の個人的な見解を示したものであり、筆者の所属機関の見解を示すものではないことを 申し添えます。 3指摘事項が是正されないと調査済み証を所有者に渡さない行政庁もある。この場合は、 調査済み証の掲示=適法な状態 と言える。
25 参考文献 特殊建築物等定期調査業務基準<2008 年改訂版> 財団法人 日本建築防災協会 特殊建築物等調査資格者講習テキスト1 財団法人 日本建築防災協会 特殊建築物等調査資格者講習テキスト2 財団法人 日本建築防災協会 国土交通省住宅局建築指導課監修 建築防災必携 財団法人 日本建築防災協会 横山たみ子(2007)、「東京都における定期報告制度の現状」、建築防災、Vol.350、9-11 二宮岳志(2007)、「定期報告制度の現状と課題について」、建築防災、Vol.350、12-15 中川啓三(2007)、「大阪府における定期報告制度の現状と課題、そして今後の取組について」、 建築防災、Vol.350、16-18 山本哲也(2007)、「定期報告制度の現状とその施策について」、建築防災、Vol.350、19-22 瀬川昌輝(2007)、「建築物の所有者から見た定期報告制度、」、建築防災、Vol.350、38-40 N・グレゴリーマンキュー(2005)『マンキュー経済学Ⅰミクロ編(第 2 版)』東洋経済新報社 ロジャー・ミラー・ダニエル・ベンジャミン・ダグラス・ノース/赤羽隆夫訳(1995)「経済学 で現代社会を読む」 福井秀夫(2007)「ケースからはじめよう 法と経済学」日本評論社