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(1)

アダム・スミスの経験主義と自然法―― H.J. ビッ ターマンの所説を中心として――

著者 舛谷 謙二

雑誌名 経済研究年誌

号 6

ページ 83‑109

発行年 1982‑12‑20

URL http://id.nii.ac.jp/1204/00024495/

(2)

アダ゙ム ・ス ミ スの

経験主義と自然法

‑H'J.ビッターマンの所説を中心として−

舛 谷 謙

一一

I. 序論

1I. ピッターマソの研究領域と主要内容 111. スミスの自然法

1. 社会契約説否定誌 2. 目的因と作用因

Ⅳ、 スミスの経験主装 V. 結強

I. 序 論

アダム・スミス(AdamSmith, 172$90)のグラスゴー大学における 道徳哲学(moralphilosophy)の講義内容は, デュガルド・スチュワート (DugaldStewart,1753‑1828)によると次のようなものであった1)。

第一部自然神学(natural tlleology)。ここでは,神の存在の証明と神 の屈性及び宗教の基礎づけと考えられる人間精神の諸原理が考察された。

第二部は厳密な意味の倫理学(ethics, strictlysocalled)を包括するも ので, それは主としてスミスが後に明らかにかした『道徳情操論2)J (The

1) これは, スミスの謂義に出席したジ圏ン・ ミラー(JohnMillar, 1735‑1801)か らの伝聞として, スチュワートが記したものである。DugaldStewart, '!Ac‑

cOuntoftheLifeandWritingsofAdamSmith, LL.D.'', inWV.P.D.

Wightman, J.C. Bryce&I S. Ross (eds.) :Essays onPhilosOphiCal Subjects',Oxford, 1980 pp 274‑75.

2) スミスの生前に,第六版まで公刊された。初版‑1759年, 第二版‑1761年,第 三版‑1767年,第四版‑1774年,第五版‑1781年,第六版‑1790年。このうち 第二版及び第六版で,かなりの改町・増補がなされた。

−83−

(3)

アダム・スミスの経験主義と自然法 2

TheoryofMoralSentiments, 1759)の諸学説より成立するものであっ

た。

第三部において,徳性のうちの正義(justice)に関する部門をかなり長 く取り扱い, この主題についてスミスはモンテスキュー(CharleLouis Montesquieu,1689‑1755)の示唆に従って公法と私法にわたり,粗野な時 代から洗練された時代に至るまでの法学(jurisprudence)の進歩逢跡づけ ようと努あ, そして生計の資と財産の蓄積に寄与する技術が,法と統治 (government)において, それに応じた改善または変更程生み出す際にも つ効果を指摘しようと努めた。

彼の労作のこの重要な部門をスミスは公刊するつもりであったが実現し なかった3)。筆記ノートとして学生に残ったものをキャナン (EdwinCan‑

nan, 1861‑1941)が発表した『グラスゴー講義』 (LectureSonJustice,

PoIce,RevenueandArms, deMveredintheUniversityofGlasgow

byAdamSmith,reportedbyastudentinl763,editedbyE.Can‑

nan,1896)がそれであることは周知のところである4)。

第四部では正義の原則ではなく便宜(expediency)の原則に基づき, そ して一国の富.力及び繁栄の増進を目的とする政治的諸規制(P・ntical regulations)を検討した。この見解の下に, スミスは商業・財政・宗教上 ならびに軍事上の諸施設に関する諸制度などを考察した。彼のこれらの主 3) スミスはラ・ ロシュプーコー(LaRDchefoucauld)宛の播簡(1785年11月1

日付)において, 「二つの大きな著作を準踊中」であるとして, 次のように記し ている。 「ひとつは,文学のさまざまな部門のすべてと,哲学, 詩及び雄弁との 一種の哲学的歴史です。もうひとつは法と統治との一種の理論及び歴史です。ど ちらも資料は大部分収集されており,いずれもその一部分はかなりよく調ってい ます。しかし老年の怠楠が速やかに私にやってくるようで,私力:そのいずれかで も完成できますかどうか, 大いに不確実です」。E.C.MCSSner&I.S. RoSS (eds.)」 @TheCorrespondenceofAdamSmith',Oxford,1977,pp.248‑49.

4) ロージアソ (JohnM Lothian)によって1958年に,別樋の筆記ノートカ:発見 されている。 ミーク (RonaldLindleyMeek, 1917‑78)等の考証によれば,

キャナソ版は1763年から翌年にかけての学期に, ロージアン版は1762年から翌 年の学期にかけてなされた識蔑の誰記ノートである。なお,両ノートは枚数,項 目の順序ともに,かなりの相違が見られる。R.L.Meek,D.D.Raphael&P.

G. Stein (eds.), ,LecturesonJmisprudence',0㎡ord, 1978'p. 5、

−84−

(4)

アダム・スミスの経験主義と自然法 3

題について講述したところは, 後に彼が『国富論5)」(AnInquirymto theNatureandCausesoftheWealthofNations, 1776)として公にし

た著作の主要内容を含んでいた。

正義の法則は『道徳簡操論』の主題のひとつであり,第三部「正義に関 係せるもの」 (す葱わち法学) の目的であった。 また正義の法則の範囲内 における各個人の経済活動を論ずるのは,第四部たる「正義の原則にでは 葱くて便立の原則に基礎を瞳き且つ一国の富・力.及び繁栄を増加すべき 政治的諸規則の検討」 (すなわち後に『国富論』に発展した経済学) の対 象だったのである0)。

ピッターマン7) (HenryJohnBittermann)は,以上のよう態スミスの 道徳哲学体系を考察するにあたって, 「どの程度までスミスの規範的経済 学が自然法(natural law)および自然神学の諸理論に依存しているかを確 定するたあに, スミスの自然主義(naturalism)の問題を再吟味すること,

すなわち, スミスの自然法と自然神学の想定を明らかにすることにおい て,彼の方法論巻分析する」として問題提起を試みる。そしてピッターマ ンは, スミスの経験主義(emphicism)が「彼の科学, 自然及び神学に関 する観念に全く異なる方向づけを与えた」ことを強調する8)。

以上のような意味から,本稿はスミスの著作において経験主蕊と自然法 には如何畦ろ関係が見い出されるかという点について, ピッターマンの所 説を検討し, スミスに即して考察する。

その順序として,序論に続く11.ではピッターマンの主要所説を概観 し, 111. とIV.では, スミスに即して, それぞれ自然法及び経験主義の 5) 各版の出版年は次のとおり。初版‑1776年,第二版‑1778年,第三版‑1784年,

第四版‑1786年及び第五版‑1789年。

6) 堀経夫「スミス時代のく道徳哲学>に就いて」, 「騒済学雑誌」第四巻第五号,

1939年, 9ページ。

7) H J・Bittermaml」 ,,AdamSmith'sEmPiriciSmandtheLawofNature'', JournalofPDliticalEcQnomy, vol. 48, n0. 4(Au9. 1940), PP、 487‑520, no. 5 (0ct. 1940),pp、 703‑‑34. なお, この論文発表当時ピッターマソは,オ ハイオ州立大学に在職していた。

8) Ibid. , p. 491.

−85−

(5)

アダム,スミスの経験主蕊と自然法

4

内容を考察する。

11. ビッターマンの研究領域と主要内容

ピッターマン論文は次の四つの節から構成されている。すなわち, (1)

問題設定, (2)アダム・スミスと科学的方法, (3)動機づけと倫理学,及 び(4)アダム・スミスの自然主義である。本稿においてもこの区分に従 って, その概要を述べることにする。

(1) 問題設定

スミスが「集団の中の諸個人の利益の合計として理解される社会的利益 は,個人が自らの方法で自己の利益を追求することによって最大にされう ると結論づけた9)」と見る場合, ここに示された個人的利益と社会的利益 の調和巻スミスの自然法や自然神学との緊密葱関係でとらえることを, ピ ッターマンは問題にする。 ここにおいてピッターマンはハスバッハ (WilhehnHasbach)が試みているような, 「ハチスン(FrancisHutchesOn,

1694‑1746),スミス, ファーガスン(AdamFerguson, 1723‑1816)等の

スコットランド道徳哲学はロック (JohnLocke,1632‑1704)及びシャフ ツベリー(AnthonyAshleyCooper,ThirdEarlofShaftesbmy,1671‑

1713)の哲学に混和されたプーフェンドルフ(SamuelvonPufendo㎡,

1 2‑94)の自然法の体系に他ならない10)」としてスミスをこれら先行者 の体系の中でとらえることに加えて, スミスヘのヒューム(DavidHume, 1711‑76)の影響蓮強調する'')。

ピッターマンはスミスにおける自然法巻分析するにあたり, アリストテ 9) Ibid. , pp、 487‑88,

10) W. Hasbach, #Die allgemeinenphilosCphischenGrundlagendervon FrancoisQueSnayundAdamSmithbegrundetenpolitischenOekonOmie,' 1890. 山下芳一訳「古典経済学の哲学的背緊一ケネー及びスミスの経済思 想一」,表現社 1924年, 25ページ。

11) Bittermann, Dp・ cit.,pp.49L91.

−86−

(6)

アダム・スミスの経験主製と自然法 5

レス(Aristotle,384f322B.C.)及びストア派(Stoics)から近代に至る自 然法理論考次のように性格づける'2)。すなわち,①理性(reasOn)によっ てのみ見い出しうる,時間と場所に拘束されずに同一であるような自然の 倫理法則が存在し,②この法則は実定法,社会政策ならびに個人的行為が 従うべき理想的模範(idealpattern)である.また,③この法則は神に起 源老もつものであり,④その遵守は神の計画(divineplan)を遂行するた めに必須の要件である。 この意味で, 自然法は理性から直接に濃樺されて いたのである。

この自然法の概念はプーフェンドルフ, ロック等においてもその理論の 前提に据えられており,例えば, 自然状態(stateofnature)における支 配的条件という観点から自然権学説巻述べたロックにあっては, 自然法は 理性であり神の意志であった'3)。また, その理論の出発点として人間の感 情(humanaffection)巻取り上げたハチスンも, このロックの自然状態,

自然権学説建受容していたのである。

ピッターマンは, スミスの先行者たちの理論の前提に「理性から直接に 演鐸された」自然法が据えられていたという事情をふまえて, スミスヘの ヒュームの影響を強調する観点から, ヒュームの思想を次のように述べ る。それによれば, ヒュームは卿らの経験論的認識論の立場から,倫理学 及び神学における狭義の合理主義(rationalism)軽批判した。すなわちヒ ュームは, 「道徳的行為がく理性の遵守>に存するとなす諸理論を拒絶し,

道徳の基礎を快(pleasure) と苦(pain) という情操の中に見い出した14)」

121 1bid,p. 492,

13) Ibid.,p. 493, 吉浜氏はロックの自然法について, 「自然の光(つまり人間の生 得的能力たる理知と感覚)によって初めて認識しうる神の意志の命令」と述べて おられる。吉浜精一郎「ロックにおける自然法の問題一政治論と認識論を結ぶ もの−」, 田中正司・平野歌編「ジョン ロック研究」,御茶の水欝房, 1980年,

165ページ。 またハスバッハは, ロックの自然法を所有梱論との関連で次のよう に述べている。 「ストア派(の自然法理論一引用者)に付加された最も重要な る其後の発展の見い出されるのは所有楢に関する部分に於てである。 . .….ロッ クは私有制鹿をぱ自然法の自由と平等とに結びつけたのである」。ハスバッハ,

前掲邦訳宙, 28‑29ページ。

14) BittermaJm, op cit., p. 494.

−87−

(7)

6 アダム・スミスの経験主義と自然法

のである。また彼は,人間の合理的性質から諸原理を演樺しようと試みた 政治学説ぞ拒絶した。 ヒュームにあって自然状態及び社会契約(social

contract)は,歴史的.哲学的基礎巻もたない「哲学的虚櫛」 (philosophic

fictiOn)であったのである。

さらにピッターマンは, ヒュームの自然宗教について, 『自然宗教に関 する対話』 (DialoguesconccmingNaturalReligion, 1779)を取り上げ て, その結論として次の点を指摘する。すなわち,①物理的性質と人間本 性との間には高度の規則性が存在しており,②宇宙の秩序の(諸)原因は おそらく人間の知性と類似しているものの,③神の存在が容認されるとし ても, それは世界の本性についての類推ぞ許すものではない。ピッターマ ンはこの結論蓮ふまえて, ヒュームの宗教観懇次のように性格づける。す 鞍わち, ヒュームにあって「自然神学は神の存在を証明するものではある が, それはこの世界に光を投げかけるものでは紅く,世界は科学的方法に よってのみ理解されうる'5)」のである。

以上のようにピッターマンは, ヒュームの道徳理論,政治理論及び宗教 理論を性格づけた上で, スミスが「明らかにヒュームの道徳と政治におけ る合理主義に対する批判的見解を受け容れ」, 「かなりの程度ヒュームの神 学上の見解と共通したものを持っていたかもしれない」 と述べているので あるエ6)。

(2) アダム・スミスと科学的方法

ピッターマンは本節において, スミスの方法論が「ニュートン(Sirlsac

Newton, 1643‑1727) とヒュームからその着想を引き出した本質的に経験 的鞍もの'7)」であると立言し, スミスの経験主義に基づく科学的方法論に ついて述べている。

ピッターマンによれば, スミスは「先験的な知識の可能性を否定し」,

497 497 497

︒古■甚巳旬Ⅱ合■旬︒▲

15)

16)

17)

−88−

(8)

アダム・スミスの経験主義と自然法 7

倫理学及び経済学の法則が分析資料からの帰納によって発見されるべきこ とを確信していたのであり,その際の方法は,彼の『哲学論文集』 (Essays onPhilosOphiCalSubjeCtS,1795)に収録されている諸論文に表われてい る。 この視点から,ピッターマンは同論文集に収められている「天文学史」

(ThePrinciplesWhichLeadandDirectPhilosophicalEnquiuries;

InustratedbytheHistoryofAstronomy)等の論稿を性格づけて, ス ミスの意図が「科学的方法の歴史の一部を椛成する」ことにあり, 「ニュー トンの実験主義的方法(expe㎡mentalmethod)が真の道」であることを 示す試みであるとする'8)。

ピッターマンはニュートンの方法論を性格づけて,次のように述べる。

すなわち,ニュートンの方法によれば, 「分析は仮説の定式化の基礎として 与えられている資料,観察あるいは実験に関する研究から成っており, そ れは一層の観察及び実験によって検証されるべきものであり,事実に従っ て受容されたり拒絶されたりすべきものである。 . . . . . (一般化) の手続 きの最終的な検証は,一つの主要な前提としての最も一般的な結論老引き 出すことにあり,全て既知の現象がそこから演舞できるか否か老決定する ことにあった'9)」のである。

スミスがこのようなニュートンの方法を倫理学及び経済学において模倣 したとする観点から, ピッターマンは『道徳情操論』及び『国富論』を次 のようにとらえる。『道徳情操論』は「人類によってなされた倫理的判断 に関する妥当な一般化を述べる試みであ」 り, その意味で当為的なもので はなく,道徳的決定の原因を説明する「価値判断に関する一櫛の社会学で あり心理学である20)」。すなわちスミスは, 人びとの個々の情操や行為に ついての是認(approbation)あるいは否認(disapprobation)に規則性が あることを認ぬ, その資料を分析することによって,一般的葱是認と否認 の理論に結びつけたのである。

士七F凸■ロ可佃&■﹃d4

18)

19)

20)

−89−

(9)

8 アダム・スミスの経験主義と自然法

一方, 『国富論』については次のとおりである。 この著作においてスミ スは, 「自らの理論は自ら (収集した)資料からの妥当な推論であると信 じ,現実の観察によって自らの理論を検証しようとした2')」 という意味で 科学的だったのである。すなわち『国富論』は,①論理の一貫性,②論理 的推論の妥当性, ならびに,③一人当たりの実質所得の最大化諺達成する たぬの適正性(appropriateness), という基準によって, スミス以前の諸 理論体系を批判しているのである。

『道徳情操論』及び『国富論』の述べ方を以上のように見るピッターマ ンによれば,倫理学ならびに経済学におけるスミスの業績の一つは,客観 的事象を取り扱う自然科学におけるニュートンの実験的方法を,主観的事 象を取り扱うように修正を施して倫理学及び経済学の問題に応用して,有 効唾理論体系を明確に系統だてて述べたことである22)。す唾わち彼は, ス ミスにおいて, 「<理性〉やく事物の性質〉よりも 〈事実〉が理論的出発点 老なしている23)」とと逢強調するのである。

(3)動機づけと倫理学

ピッターマンは『道徳情操論』と『国富論』との関係を取り扱うに際し て, 〈自然> (Nature)鰄スミスにおいて人間の基本的本能との関連で述べ られていることに注目して,人間行動の動機づけの問題の分析巻試みてい

る。

ピッターマンによれば, スミスが取り上げている「人間」はロックの言 うようなタプラ・ラサ24) (""""@zs6) として出発しているのではなく,

生存に必要なある種の本能と感燗を備えた存在であり, 身体的欲求や想像 Ibid.,p. 505、

1bid., P. 506.

1bid.,p. 506.

「心は, 言って蕊れぱ文字をまったく欠いた白紙で, 観念ばすこしもないと想定 しよう」 とロックが述べる場合Iこ意味される, いわゆる「心の白織状態」を指 す。J Locke, 'AnEssayConcerningHumanUndeIstanding',1690. 大 槻春彦訳「人間知性論」,大槻春琶絹「ロック, ヒューム」 (世界の名著27), 中 央公識社, 1968年, 81ページ。

21)

22)

23)

24)

‑90‑

(10)

アダム・スミスの経験主装と自然法 9

(imagination)に起因するさまざまな情感によって活動が刺戟される存在 である。 このような観点から彼は, スミスにおいて個人の活動を刺戟する

ものが理性ではなく感情であることを指摘する25)。

スミスは『道徳情操論』において,身体に起源をもつ情感及び想像力の 特殊の方向または習慣に起源をもつ情感老除外すれば,人間の情感を①利 己的情感(seliishpassions,スミスによれば, 「われわれ自身の私的な幸運 もしくは不運のたあに感得される場合の悲哀及び観喜26)」),②社会的情感 (socialpassions,スミスによれば, 「寛大・人間愛・親切・同彊・相互友 情・尊敬などの社会的葱,仁愛に満ちた性向27)」) ,及び,③非社会的情感 (unSoCialpassions,怒り ・憎悪・報復感としてスミスは文学作品中の人物 に対するそれらの情感密も含めている2a))の三種に分類し,利己的情感が 経験によってのみ開発されうる社会的情感よりも強力であること老主張し ている。ピッターマンによれば, 「同感」の理論が必要とされた理由は,

個人の利己性達説明するためばかりではなく,個人的利益に直接には影響 しない事柄(他人の感情によって引きおこされる情緒等) 患如何に説明す るか,短言すれば,社会的情感及び非社会的情感を如何に説明するかとい う点にあったのである2,)。 そしてスミスはヒュームに従って, 「同感」

(sympathy)あるいは「同類感情」 (fenow‑feeling)によってその説明蓮試

みたのである30)。 この場合ピッターマンは,同感を次のように性格づけ る。す唾わち, 「同感は倫理的原理ではなく, その構成要素が, 他人に対

Bittermann, op. cit. , p. 509.

D.D.Raphael&A.L.Macie (eds.), ,TheTheoryofMoralSentiments', Oxf0rd, 1976,p. 40. 米林窟男訳「道徳惰操論」,未来社, 1969年, 108ペー ジ。本稿では以下,Tn幅, p.40.邦訳108ページのように略記する。

TMS, p. 38. 邦訳104ページ。

TMS,p. 34. 邦駅95ページ。

Bittermann, op. cit, , p. 510‑

スミスとヒュームの同感理論の差異について,星野教授は, 「ヒュームにあって は,同感は快適な情念のコミュニケーシ瞳ソに事実上,限られていたのに対して,

スミスは,むしろ道徳的是認や判断の原理としては,不快な情念への同感に力点 を趾いていた」と述べておられる。星野彰男「ヒュームとスミスの自然法思想」,

関東学院大学「経済研究所年報」第二集, 1979年, 2ページ。

25)

26)

27)

28)

29}

30)

‑91‑

(11)

アダム・スミスの経験主義と自然法 10

して発生している事柄の憎感ならびに想像及び観察者自身の情緒と過去の 経験であるところの一つの複合的な心理過程31)」である。

以上のような事情をふまえてピッダーマンの指摘するところによれば,

『道徳情操論』の理論的出発点は,①人間は同胞の行為を是認あるいは否 認する,②同感によって人間は他人と情操を共有する結果, 自らの行為に ついての社会的是認あるいは否認に気付くようになる, という事実であ る32)。 この場合, 個人の行為が是認されるのは, 「公平鞍観察者」 (im‑

partial spectator)が当事者の情操の種類と程度を適正と認める働きによ るのである。このようにして行為あるいは情操を是認したり否認したりす ることのうちに生まれる社会的基準は道徳の一般原則(generalr[1es) と 葱り,個人にとっては神の命令とみなされるようになる。スミスにあって この一般原則は,股も本源的な人間関係についての人類の情操を説明する ものであり, またその情操は,社会の必要性において自然的基礎巻持つも のであった。

ピッターマンIよ『道徳情操論』及び『国富論』の間の倫理的不一致を指 摘する見解について,前述の三種類の情感に関連づけて,両著作間に不一 致は存在しないと主張する。すなわち, スミスは『国富論』では経済生活 における非利己的あるいは非経済的動機づけを最小化し, 『道徳情操論』

ではそれと逆の事柄を一層多く考慮しているにすぎず, これらすべての情 感力洞感という心理過程によって是認されうるという意味で,何ら変わる

ものではないのである33)。

(4) アダム・スミスの自然主蕊

ピッターマンはスミスの両著作の倫理的前提が本質的に同一であること を示した後, それらの間の形而上学的斉合性及び自然神学への依存性に関 する問題の解明を試みている。

Bi廿ermann, op. cit.,p. 510 1bid.,p. 511.

1bid.,pp. 514‑16.

31)

32)

33)

−92−

(12)

アダム・スミスの経験主蕊と自然鞍 11

まずピッターマンは, スミスにおける 〈自然〉の用語法を検証するに先 立って, 18世紀のその用法を次のように指摘する。すなわち第一は, 「現 象の全体あるいはその特定の側面を指す」 必祁 " α,第二は, 「<摂 理の作用>, くすべての事柄に関する原理〉あるいは神の活動老指す」

"""γα伽"z"""sである34)。 これをふまえた上で,彼は「自然法」につい て吹のように述べている。 「自然法」は元来自然現象のうちに観察される 秩序として見なされてきたのであるが, その統一性と不変性(uniformity andpeimanence) という概念から, 「神がすべての人間に課している」倫 理法則に容易に拡張されたのであって, 18世紀において「自然法」は,不 変な神の摂理がその中に働いていると見葱しうるという意味で,物理法則 及び倫理法則老指すという二重の用法で使われていたのである3愚)。

スミスについての多くの議論がく自然>及び〈事物の自然的秩序> (natu‑

ralthingsoforder) というスミスの語法に集中してきたことから, ピッ ターマンは, それらの用語が使われている文脈の中で意味を特定化しよう と試みる。すなわち, 『国富論』に述べられている,利潤低下の傾向が商 業繁栄の「自然的結果」とされている点を取り上げて36), ここでの「自然 的」という用語は「経済的,政治的結果として」 と読みかえうると述べ,

加えて, その用語には「自由そして政府の規制の欠如」 という意味づけも 可能であるとと老指摘するのである37)。

ビッターマンはこのようにスミスにおけるく自然〉 という用語の意味を 示し, それが神の摂理から直接に与えられたものではないとする観点か

34) Ibid., P. 703.

35) Ibid, p. 703.

36) この点に関して, スミスは次のように述べている。 「利潤の率は富裕な国では低 く, 貧しい国では高いのが自然であり, また, 急速に破滅に向いつつある国で は,それはつねに瞳も高いのである」。R.H.CamPbell,A,S、Skinner&IV、B.

Todd (eds.), 。AnlnquiryintotheNatureandCausesof theWealth cfNations',Oxford,1976,p.266. 大河内一男監駅「国富論」, 中央公論 匙1976年, 第1巻, 405ページ。本稿では以下,WN, p.266.邦訳L405 ページのように略肥する。

37) Bittermann,op.cit.」 p、 705.

−93−

(13)

アダム・スミスの経験主義と自然法

12

ら, スミスの宗教的態度の解明に論を進ある。 ピッターマンによれば, 自 然神学は一般的に言えば,奇跡を否定し論証不可能な命題の受容を拒絶す るものであり,加えて, スミスに大なる影響を与えかつ懐疑論者と見なさ れていたヒュームとの交友関係からして, 「スミスの神学上の見解はおそ らく当時の正統的(orthodox)なものでは葱かつた38)」 と考えられるので ある。ピッターマンの述べるところによれば, スミスは「神」を表わす用 語として一般的には く自然〉を用いたが$9), その用法は経験的宇宙(em‑

pmcaluniverse)から区別されているものであって, それは人間情操の原 因として, また道徳的行為の目的因(nnalcause) としてのみ現われてい る。ゆえに,原因としてのく自然〉の効果は経験的に観察可能な事象であ ろうことから, その分析は作用因(efficientcause)の観点から試みられえ たのである40)。

前述のとおりスミスの道徳哲学体系は, その第一部に自然神学が据えら れていたのであるが, ピッターマンは上述のような事情をふまえた上で,

「スミスの神学は彼が経験的基礎と見なしたものを持っていたにちがいな い41)」 として, 自然神学と倫理,経済理論の関係建考察する。それによれ ば, スミスの倫理学における〈自然〉は,人びとが何故に道徳法則に従っ て行為するのかを説明するために使用されているのであり, またそれは,

逆境に在る人びとに慰め巻与えるものである。 ピッターマンによれば,

<自然〉は正装が倫理的最低限であるような社会で人間が生きてゆくとと 患可能にしている渭操を人間に賦与している, とスミスは論じたのであっ て, ゆえに, スミスは人間性の分析にとどまって,人間情操の原因である

38) Ibid. , p. 709.

39) スミスにおいて「神」の範鴎を表わす用語として, Natureのほかに,God, Deity,Pr0videnCe,AuthDr, AuthorofNature, divineBeing, Super‑

intendent等力:使われている。

40) Ibid. , pp、 714‑15. なお, スミスは目的因と作用因についての定羨を与えては いないが, これらは元来,形相因(formalcamse)及び質料因(materialcause) と共に」 アリストテレスの四原因を概成するものであった。船越経三「アダム・

スミスの世界」,東洋経済新報社, 1973年, 75‑76ページ。

41) Bittermann, 。P, cit. ,p. 710.

−94−

(14)

アダム・スミスの経験主義と自然法 13

チ γα "z"'"zsの問題を無視したとしても, その道徳論の説得力は減ず るものではなく, この意味で, スミスにおける「<自然〉の形而上学はそ の倫理理論にとって本質的ではない」とされるのである42〉。

さらに,経済理論と神学との関連について, ピッターマンは次のように 結論づける。すなわち, スミスにおける「見えざる手」 (mvisiblehand) の議論は,利己的動機すなわち富者が自らの所得を獲得しようとする願望 が社会的厚生の作用因となっていることを述べたものであり, またスミス が『国富論』では「経験的に観察可能な物質的厚生という作用因に専ら関 心を集中している」ということからして, 「神学は経済理論にとって主要 ではない(incidental)」のである43)。

以上われわれは, ピッターマン論文の主要内容を概観してきた。彼の主 張の基本的特徴として, 次に示す事柄は重要であるように思われる。

①スミスにおいて, 〈自然〉は人間に諸情操を植えつけて社会幸福の 達成に向わせているという意味で, 目的因として現われているが,彼 の理論は, 「諸情操の起源にはかかわりなく, それらの作用は行動の 観察によって決定されるべき」 ものであり, 「事実」が理論的出発点 を葱していること。

②スミスの方法論は,彼の先行者特にヒュームの影響の下にあって,

ニュートンの方法に従った経験主義的なものであること。すなわち,

スミスは自然科学における観察と実験に基づく分析手法密,道徳哲学 の領域に応用したこと。

このようなピッターマンの所説の基本的特徴を,吹章以下で, スミスに 即しつつ考察する。

42) Ibid. , p. 717 43) Ibid. , p. 720

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アダム・スミスの経験主磯と自然法 14

111. スミスの自然法

われわれは本章において, ピッターマンの論旨をふまえた上でスミスの 自然法を考察するのであるが, まず手短かに, スミスに至るまでの〈自然〉

の観念の変遷老概観する。

〈自然〉についての観念は古代ギリシア以来, 18世紀に至るまで, さま ざまな変遷巻経てきた。例えば,初期ストア派におけるそれは, 「神によ ってのみ支配される・ ・ ・ 唯一の正しい社会としてのコスモス巻一つに保 持する拘束力44)」を意味していた。す葱わち, ストア派における く自然〉

は,宇宙を秩序づけるものであった。 この意味から, ストア派において は,宇宙を織成する人間の内にもこの秩序が作用するものと考えられるよ うになったのである。ハスバッハが自然法を, 「合理的宇宙の構成物中に 在りて支配する自然の法則の社会的側面45)」と見るのは, このストア派の 用法に従っているように思われる。

〈自然〉の観念は中世以後, ピッターマンが指摘するようにJ P@iZ郷γα 鰯γ α及び "α郡 α"S48)と見睡されるようになった。 さらに 15.6世紀に至ると, この伽 呪γα α鯉γ αと呼ばれる〈自然〉の世界は,

生きた有機体(organism) と考えられるようになった。しかし, このアニ ミスティックなく自然>観もやがて数学的傾向に押されて,機械(machine) としての〈自然〉観が生まれたのである47)。 コリングウッド (RobinG.

Collingwood,1889‑1943)によれば, この有機体としてのく自然〉観から 機械としてのそれへ転換させたのはコペルニクス(NicholausCopernicus, 147罪1543)であり, この転換によって, 自然の変化や諸過程が目的因に よってではなく専ら作用因によって生み出され支配されている, と考えら

44) 井上茂「自然法の職能」,勁茸碍房, 1961年, 33ページ。

45) ハスバッハ,前掲邦訳密21ページ。

46) 井上氏は, 邦 "畠舛 8 fz押即#岬 tsとを次のように解釈しておら れる。前者は「自然的変化と過程との全体」を指し,後者は「変化過程を起し推 進する内在的力」を指す, と。井上,前掲罫105ページ。

47) 井上,前掲笛103ページ。

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アダム・スミスの経験主義と自然法 15

れるに至ったのである48)。この機械としてのく自然〉観は, スミスにも継 承されていたように思われる49)。

スミスにおいても自然法は,物理的世界のみならず,人間の世界にも適 用されるべきものであった。すなわち, スミスは『グラスゴー講義』にお いて, 「自然の法則はどこでも同一であり,箪力や引力の法則も同一であ るとすれば,繁栄の法則が同一で葱いことがあろうか )」 と述べ, 自然法 が,物理的事象のみならず人間の繁栄という事象にも作用していることを 認いているのである。

本章においては,以上のような事情ぞふまえて, スミスにおける〈自然〉

の特徴が明らかに現われていると思われる社会契約説に対する見解窪概観 し,次いで, 目的因と作用因の明別巻強調するスミスの〈自然〉観を検討 することとする。

1. 社会契約説否定誼

ヨーロッパにお↓ブろ16世紀以後の近代自然法思想家として, スミス'よ グロチウス(HugoGrotius, 158J1645)をその代表的人物と見なてい る。スミスによれば, 「グロチウスは, 自然法学(natural jurisprudence) の正規の体系というべきものをこの世に与えようとした溌初の人51)」であ

48) R.G.Collimgwoo(1 , 'The ldeaofNatmrc' , ()xfordl945 平林康之・大沼 忠弘訳「自然の観念」,みすず醤房, 1974年, 153, 162ページ。

49) 例えば, 次のような記述が見られる。 「その仁愛と知性とは, 未来永劫にわたっ て,常に出来るだけ多赴の幸混を生皐出すように,宇宙という巨大なる機砿を考 案し,運転しているという, このような神聖なる存在の観念は,たしかに人間の 瞑想のあらゆる対象のうちでも何にたとえようもなく股も崇高な対鎮である」

(TMS, p.236.邦訳500ページ)。 「われわれが人間社会をある極の抽憩的な,

哲学的な観点から考察する場合には, それはあたかも規則正しい,調和のとれた 運動が無数の快的な結果を産み、出すこところの一樋の広大無辺の機械のように見 えるものである」TMS」 p.316.邦訳662ページ)。

50) R.L. Meek, D.DRaphacl &P.G Stcin (cds.) , 'Lecturcsoll Juris‑

prudence',Oxfo'・d, 1978, p. 443. 高島善哉・水田洋択「グラスゴウ大学荊 義」, 日本評論社, 1947年, 207ページ。本稿では以下, LJ, p.443.邦訳207

ページのように略記する。

51) LJ, p.397.邦訳87ページ。

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アダム・スミスの経験主義と自然法 16

ろ。また, 「グロチウスに次いで,第二に著名な著作者 2)」として, スミ スはホップズ(ThomaSHObbes,158S‑1679)を挙げる。さらに前述のと おり, スミス自身の道徳哲学第三部の法学は, 「モンテスキューによって 示唆されていると思われるプランを踏襲jしたと伝えられている。 これら の人物に, プーフェンドルフ, ロック, ルソー(Jean‑JacquesRousseau, 1712‑78)等巷加えるならば,近代自然法思想家の代表的人物がそろうこ とに葱ろう。

近代自然法思想家に共通する理論構造は,端的に言えば, 自然状態を仮 定してそこに成立する社会契約によって, 国家(政府)の成立巻説明しよ うとするところに見られる。例えば, ロックによれば, 「人それぞれが他 人の許可を求あたり,他人の意志に頼ったりすることなく, 自然の法の範 囲内で自分の行動藩律し, 自分が適当と思うままに自分の所有物と身体を 処理するような完全に自由な状態」において,諸個人は「それぞれ自分の 所有物を安全に享有し,社会外の人に対して安全で平和な生活壱送る」た めに, 「他人と同意して」「一つの社会あるいは政府をつく」 り, そこにお いては「多数派がそれ以外の人を動かし, 拘束する権利をもつ」, とされ ているのである53)。

このように近代自然法は,社会契約説と密接に結びついているのである が,次に述べるように, スミスは社会契約説を否定している。 この事実 は, スミスが自然法を如何なるものと見ていたかを知る上での手がかりを 与えているように思われる。

スミスは,社会契約説灌次の二つの理由によって否定する。第一に,原 契約(originalcontract)の思想が大プリテンに特有の思想であり鞍がら,

その思想が存在し葱い地方でも現に統治が行なわれていること。第二に,

契約はそれを結んだ人びとの子孫まで拘束しないにもかかわらず,現に統

LJ, p.397.邦訳88ページ。

J LoCke, 'TwoTreatieSofGovernment'. 宮川透訳「統治論」,大槻春彦縄

「ロック, ヒューム」所収, 194, 252ページ。

11

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アダム・スミスの経験主装と自然法 17

治が行なわれていること。 この二つが,社会契約説逢事実に反するものと して否定する理由なのである )。

スミスにあって「人びとをみちびいて市民社会(civilsociety)に加わら しめる原理」は, 「権威と功利の原理」 (prmciplesof authorityand utility) と呼ばれるものである55)。前者は,人びとが「富者や権力者の抱 くあらゆる情感と同じ情感に常にひたりたいという人類の性情を基礎とし て,身分の差別や社会の秩序が確立せられる56)」 とスミスが述べているよ うに,富者あるいは権力のある人びとの権威に対する人びとの同感によっ て導出されている。個人的資質(personalqualificati●ns),年齢(age), 財産(fortune)及び家柄(birth)の健越性の四つ,特に財産の優越性が,

ある人に他人に対する権威を与える原因なのであり57), この権威が人びと をして為政者(civilmagist)に服従させる第一の原理である。

功利の原理についてのスミスの説明も, 同感から導出されている。スミ スによれば, 功利の原理は社会の正義と平和の維持のために必要であり,

この原理によって貧者は富者による侵害から免れうることから,人びとは 少毎の不都合があるとしても国家に服従する58)。 この場合,何故人びとは 不都合があるにもかかわらず国家に服従するのか, という理由について,

スミスは次のように言う。 「人びとぞ動かして服従にみちびくものは個人 的な功利感(senseofprivateutility)であるよりも,むしろ公共的な功 利感(senseofpublicutility)である59)」。すなわち,政府の転覆老願う ことが,ある個人の利益になる場合でも, その企てに対して他人の同感が 得られ鞍いことを彼は知っていることから,彼は公共の利益のたあに国家 に服従するのである。 このように,個人的な功利感と公共的な功利感の間 を調整し,結果的に公共的な功利感に従わせるのは同感の原理である。

LJ, pp.402‑03.邦訳102‑03ページ。

LJ, p.401.邦訳98ページ。

TMS, p,52.邦訳134ページ。

WN, pp.710‑14.邦訳111, 34‑39ページ。

LJ, p.402.邦訳100ページ。

LJ, p.402.邦訳100ページ。

54)

55)

56)

57)

58)

59)

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アダム・スミスの経験主義と自然法 18

これら二つの原理によって統治がなされているとスミスは考え,統治の 最初の形態の発生を,狩猟,牧畜,農業及び商業, という社会の発展段階 において,歴史的に考察している。スミスにおいて政府の発生は,財産が 発生する牧畜段階にあって初あて可能にぱる。すなわち, 「畜群の私有は 財産の不平等ぞもたらし」「それが最初の正規の政府(regulargovernment) を発生せしぬた」と考えられている )。

スミスにおいて政府の発生は牧畜段階で可能になるのであるが, それで は,牧畜段階に先立つ狩猟段階とは如何鞍るものであろうか。スミスによ れば,狩猟段階は資本の蓄積と土地の占有が行なわれていない「初期未開 の社会の状態」 (earlyandrudestateofsociety)であって, この段階にあ る「狩猟民族の間には正規の政府というものは存在しない。すなわち彼等 は自然の法(lawsofnature)にしたがって生活している61)」のである。

スミスはプーフェンドルフに言及して, 「自然状態というものは存在し ないのであるから, この状態においておこなわれるべき法を論じたり,如 何なる方法によって財産の相続がおこなわれたかを論じたりすることは,

実際何の役にも立たない62)」と述べていることからすれば, スミスにおけ る狩猟段階は,社会契約論者の言う自然状態とは一致せず, また,狩猟段 階にある人びとが従う 「自然の法」 も, ロック等の自然法を恵味するもの

ではない。

以上われわれは, スミスの社会契約説否定論の根拠巻見てきたのである が, この議論から,①スミスは自然状態の存在蓮認めてはいないこと,② 政府の成立は,段階的な歴史的過程によって説明されていること, を指摘 することができる。

2. 目的因と作用因

スミスにおける自然法が彼の思想体系の中にどのような形で現われてい

邦訳107ページ。

邦訳107ページ。

邦訳89ページ。

JJJ

60) 61)

62)

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(20)

アダム・スミスの経験主義と自然法 19

るかぞ考察しようとする場合, その手がかり老与えるのは, スミスが目的 因と作用因の明別の必要性を強調したことにあるように思われる。なぜな

ら, スミスは両者を明別することによって,神の意図を目的因として限定

しているように思われるからであり, もしそうだとすれば, 目的因につい てのスミスの議論を考察することによって, スミスの自然法の一端が明ら かになるように思われるからである。

目的因と作用因とが相俟って自然の目的を達成しているとして, スミス は次のように言う。

宇宙のあらゆる方面において, われわれは手段が, その手段によって 産み出そうと目論まれている目的にぴったり合致するようにきわあて 精巧に仕組まれていることに気づいている。かくて,植物の機構や動 物の身体の機構において, 個体の維持(supportofthemdividual) と種の繁栄(propagationofthespecies)という自然の二大目的を進 渉させるように万事がいかに巧妙に工夫されているか老見てわれわれ は驚嘆する。しかしながら, これらの事物ばかりでなく,他のすべて のそうした対象物において, われわれはなおそれらの対象物のそれぞ れの運動や組織における作用原因と目的原因とを区別している63)。

これに続けてスミスは,心意の機能を説明する際に, 「ややもするとこ れら二つの異る原因老互いに混同しようとする傾向が非常に強く,すなわ ち,理性鞍情操と行為の作用因と見なそうとする傾向が強」 く, 「神の叡智 であるところのものを人間の叡智であるかのように想像」したがる傾向が あると述べ"), 目的因と作用因を明別すべきことを強調する。すなわち,

自然の創造主の働きは, その被造物を創造した時に, それ自らが幸福建追 求するようにしておいたことのみであって65), その幸福醤達成するたぬの

TMS, p.87.邦訳205ページ。

TMS, p.87.邦訳206ページ。

この点に関して, スミスは次のように述べている。 「人類の幸福は,他のすべて の理性的な被造物の幸福と同樺に, 自然の創造主がそれらの被造物を産んだとき に計画していた原初的な目的であったように思われる」 (Tn婚, p.166.邦訳358 ページ)。

63)

64)

65)

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(21)

20 アダム・スミスの経験主羨と自然法

方法は,被造物に委ねられていたのである。

目的因憩「神の叡智」として見ているスミスは, 「神」について如何な る見方藩していたのであろうか。すなわち, スミスの宗教観は如何なるも のであったのであろうか。

スミスの宗教的態度鞍物語るいくつかの逸話が彼の伝記中に見られる。

例えば,元来スコットランド人老教育してスコットランド監督教会(EPis‑

copalChurchmScotland)の牧師を育成することを目的としていたスネ ル奨学資金(SnenexhibitionsatOxford)の給費生としてオクスフオード 大学に留学したスミスが,帰郷後僧職に就かなかったという事実である66)。

同様に, スミスがグラスゴー大学の教授職に就いた際, 同大学の習慣とな っていた講義開始前の祈祷を免除して欲しい旨建大学当局に願い出て拒絶 され,やむなく行った祈薦も, 「自然宗教のにおいが強い」 ものであった という事実である67)。 これに加えて, スミスが, 「この世におけるあらゆ る出来事は,賢明,強力にして善良な神の摂理によって指揮されている以 上は,いかなる出来事といえどもすべてそれは全体の繁栄と完成と諺もた らす傾向がある, ということぞかれわれは確信していいのである68)」と述 べている点を考慮すれば, スミスの宗教的態度は決して熱狂的なものでは なく, その「神」 も仁愛にあふれた神であったと見ることができよう69)。

レー (JohnRae)によれば, スネル奨学資金のこの条件は, スミスの当時実際に は強制されなかったという (JRaa │LifeofAdamSmith'」 Aug''stusM.

Kelly, 1965,pp. 1$17. 大内兵術・大内節子訳「アダム・スミス伝」,岩波雷 店, 1972年, 19‑20ページ)。

しかしながら, この条件が強制されたとしても, スミスの後の宗教的態度から すれば, 彼がそれに従ったかどうかは疑問である。 この点に関して,水田教授 は, スミスがそれに従う意志を持っていたとは考えられないであろう, と指摘し ておられる。水田洋「アダム・スミス研究」,未来社, 1968年, 54ページ。

Rae, Op, cit, , p,60.邦訳74‑75ページ。

TMS, p,274,邦訳576ページ。

スミスの宗教的態度が終生一黄していたかどうかという疑問について,マクフ

〃一(AL'Macfe, 1898‑ ) iX, スミスが晩年にはますます自然宗教へ移行 したと述べている。A.L.Macfie, 'ThelndividualinSOcieW: Papers on AdamSmith', GeorgeAllen&Unwin, 1967, p、 108. 舟橋喜恵・天羽康 夫・水田洋訳「社会における個人」, ミネルヴァ悪房, 1972年, 148ページ。

66)

67)

68)

69)

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(22)

アダム・スミスの経験主義と自然法 21

さて, スミスにおいて自然法学とは, 「あらゆる制定せられた制度とは 無関係な,正義の自然の原則とはいかなるものであるか, ということに関 する研究70)」である。このような観点からしてスミスは, 自然法の分析に 向うのであるが, スミスにおいてそれは,具体的歴史や制度の研究を通じ て見い出されるべきものであったように思われる。すなわち, 『国富論』

がスミスにおける「法と統治の一般原則」 (generalprinciplesoflawand government)の部分的叙述であることを彼自身明言していることからし

て71), ならびに,前述したスミスの道徳哲学体系第三部と第四部との関係

からして, 自然法の個別具体的説明は, 『国富論」に展開されたものと見 ることができるように思われる。

1V. スミスの経験主義

われわれは前章で, スミスにおいて神の叡智が目的因となっており, そ れは作用因と明別されるべきものとされていた点を見たが, 本章では,作 用因を分析するにあたってスミスの理論が如何なる方法をもって述べられ ているかを検討することを試みる。

『哲学論文集』に収録されている, いわゆる「天文学史」において, ス ミスは「哲学」について吹のように述べている。

哲学は自然の結合原理(conneCtmgprinciplesofnature)に関する学 問である。 ・ ・ ・ , ・哲学は, これら (通常の観察が渡得しうる経験によ っても−引用者)連絡のつかない一切の対象を結びつける, 目に見 えない鎖を説きあかすことによって,一致しない, また調和しない現 象の混屯の中へ秩序をもたらし,想像力のとの動揺を鎮め・ ・ ・ ・ ・静か で落ちついた状態にかえそうと努力するものである。 ・ ・ ・ ・ ・ ・だから,

哲学とは想像力に訴える技術の一種だと考えることができる72)。

TMS, p341.邦訳708ページ。

TDE, p.3.邦訳37‑38ページ。

W.P.D.Wigh廿nan, J.C.BIyCe&I・S 70)

71)

72) Ross (eds.), ,ESsaysOnPhno‑

−103−

(23)

アダム・スミスの経験主製と自然法 22

このようにスミスは,人間の想像力によって,一見関連の葱いように見え る事柄を結びつける技術をもって, 哲学を性格づけている。

スミスにおいて哲学は,事実に基づく少数の原理によって展開されるべ きものであった。そして, そのよう葱方法に従ったのがニュートンであっ た。スミスは『修辞学.文学識鵠』 (Lectures onRhetoricandBenes Lettres,denveredintheUniversityofGlasgowbyAdamSmith, re‑

protedbyastudentinl762S3, 1963)において次のように述べている。

「先づ初めに,第一蕊的な原理, あるいは立証された原理ぞいくつか定あ,

そこからそれぞれの現象を説明して, それらの現象をすべての同一の鎖で 結びつける」 「ニュートン的方法」 (Newtonianmethod)は, 「疑いもな く,最も哲学的な方法であって,道徳あるいは自然科学等々のあらゆる学 問に用いても」, それが「創意に富」んでいるがゆえに「より魅力があ る73)」。スミスが, 「ニュートン的方法」をこのように高く評価するのは,

ニュートンの箪力の法則が槻雑な自然の現象を人間に手近なものから説き 明かそうとする試みであって,物質の「重さ」という 「物質の性質のう ち,慣性に次いでわれわれに最もなじみ深いもの74)」から説明を始あてい るからである75)。

以上見てきたように, スミスにおいては, 自然科学のみならず,道徳や 経済考も含むあらゆる学問は, われわれの身近にある立証された原理老出 発点として説明されるべきものと考えられていたのである。道徳理論につ いて言えば, 「同感」というあらゆる人間に共通する原理から説きおとさ れるべきものであったように思われる。この点について, 以下では『道徳 sophicalSubjects'」Oxford, 1980 pp. 45‑46 本稿では以下, EPS,pp.

45.‑46のように略記する。

J.M.Lothian(ed.), ,LecturesonRhetoricamdBellesLet廿eS', SOuthern IIlinoisUniversityPress,1971,p.140. 宇山直売訳「アダム.スミス修 詳学・文学綱駿」,未来社, 1972年, 286ページ。

EPS, p. 104.

キャソベル(T.D.Campbell)は, この方法をfamiljarilytheoryと呼ぶ。T,

D.Campbell, 「AdamSmith'sScience・fMDrals',GeorgeAnen&Unwm, 1971,P, 34,

73)

74)

75)

−104−

(24)

アダム・スミスの経験主義と自然法 23

情操論』におけるスミスの述べ方鞍, 同感の理論の説明に従って若干検討

する。

前述のように, スミスの議論の出発点は,人間が他者の幸・不幸あるい は歓喜・悲哀に直面する場合の同感であった。すなわち, 「想像のはたら きによって, われわれは自分自身を他人の立場に置き換え・ ・ ・ ・ ・ ・いわば他 人の身体に移入して, ある程度までその人間と同じ人格になって, その上 でその人間の感じに関する何らかの知識憩え, . ・ ・ ・ ・その人間の感じた感 覚と全く異っているとも思えないある種の感覚諺すら感ずる76)」ように働 く,同感という想像上の立場の転換に基づく本源的情操が出発点をなして いる。 この場合,人間にその情操を植え付けたのが目的因としての神の叡 智であることは,前述のとおりである。

さて,上述のよう葱同感は, 「公平な観察者」の概念と結合することに よって, 主観的性格巻離れて,情操と行為についての客観的性格巻持つに 至る。 スミスによれば, 「ある事柄の主たる当事者の原本的情感が見物人 (spectator)の同情的情緒(sympatheticemotion)と完全に一致する場合,

それらの原本的情感はこの見物人にとって必然的に正当であり,適正であ り, それらの燗感の起った動機に適合しているものと考えられる77)」。す なわち,個毎の具体的情感が公平な観察者によって同感されることにおい て, スミスは,社会的に是認しうる客観的な道徳法則を導出しようとする のである。 この過程が想像力という人間の特性に起因する事柄から説明さ れていることからすれば, 同感の原理はそれ自体,当為性を持たず, ピッ ターマンの指摘するように, 「一つの複合的な心理過程78)」と見てよいで あろう。スミスにおいては,個別的感情をもつ当事者の「父でも兄弟でも 友人でもなく, たんに人間一般,中立的79)」で利害関心轄もた葱い,いわ

76) TMS, p.9.邦訳42ページ。

77) TMS, p.16.邦訳57ページ。

78) Bittennann, op. cit. , p. 510

79) TMS, p' 129. この箇所は第二版(1761年)で加筆され,第六版(1790年)で

削除された。

−105−

(25)

アダム・スミスの経験主譲と自然法 24

ぱ客観的立場にある公平な観察者によって,①身体的情感社会的情感,

非社会的情感及び利己的情感という,個別的人間が自然に抱く種々の情感 の客観的適正性,ならびに,②それらの情感に起因する行為の妥当性, が 客観的に形成されていくのである。

ところで, スミスは上述の公平な観察者と同義的なものとして, 「内な る人」 (themanwithm),「想像上の中立的唾裁判官」(supposedimpaltial judge), 「胸中の半神」 (demigodwithinthebreast), 「良心」 (concience),

「胸中の理想的な人間」 (idealmanwithinthebreast)等を用いている。

この場合, これらの名称で呼ばれるものは,上述のような客観的性格をも ち,社会生活の中での経験によって,個人の内面に形成されたものである と見てよいであろう80)。

スミスは,公平な観察者による行為の判断基準を採用するのではある が,人間は利己心の強さのために公平な判断窪下しえ葱いという 「自己欺 嚥」 (self‑deceit)に陥る場合があるとして,現実的な行為の基準の観点か

ら, 「一般原則」を提示する。スミスは次のように述べている。

自然はわれわれを見捨てて完全に利己心の欺購の虜とはしておかなか った。われわれは絶えず他人を観察しているうちに, われわれはいか なることがこれをなすのに妥当であり,道徳的に適正であるか, ある いはいか通ることがこれを回避しなければならないかということに関 して,知らず知らずのうちに自らある種の一般原則を作り上げるよう になるものである8ユ)。

このようにして,絶えず他人を観察することによって「知らず知らずのう ちに」経験的に形成される, この一般原則老遵守することが, スミスにあ っては,人間の鏡務感の源泉なのである。

80) ラフアエル(D.D.Raphael)によれば, 同悪理論におけるスミスの独創性朧,

公平な観察者の理論化にあった。D.D.Raphael,!!ThelmpartialSPeCtator'', inA.S・ Skinner&T・Wns●n(edS ), 'EssaysonAdamSmith',Oxford, 1975,p. 87.

81) Tn侭, p.159.邦訳344ページ。

−106−

(26)

アダム・スミスの経験主装と自然法 25

とのよう葱『道徳博操論』の議論からすれば, スミスは「ニュートン的 方法」に則っているように思われる。す葱わちスミスは,経験によって同 感という人間に共通する原理を見い出し, かつ, それに基づいて一般原則 を導出して,社会における諸個人を結びつける道徳法則を示したのであ る。ゆえに, 「日常生活の格率がもろもろの自然現象韓繋ぎ合わせたりし ようと企てたのと同じやり方で, ある方法的な順序に従って配列する」よ うな「結合原理を探求しようとする学問82)」であると, スミスが道徳哲学 老性格づける場合, それはニュートンによって示唆された方法の類比であ ったように思われる。

V. 結

本稿の志したところは, スミスの著作における方法がニュートン及びヒ ュームの影響下にあって経験主義に立脚するものであると主張するピッ ターマンの所説韓概観すると同時に, それをスミスに即して検討すること であった。

われわれはまず, ピッターマンの所説の概要を述べた。 そこにおいて は, スミスの〈自然〉に関する考え方は,神の存在を容認しつつもそれを 理性から直接に演緯することを批判して経験から発見されるべきことを説 いたヒュームの哲学的影響下にあるものとして, スミスヘのヒームの哲学 的影響が強調された点, ならびに, そのようなく自然〉観に従ったスミス は, 自然科学における実験主謡を道徳哲学の領域に応用したとする点が,

指摘された。

それに続く111.及び1V.の内容は, スミスの著作に即した自然法と経 験主義についての若干の考察であって, 111.においてはまず, 自然状態を 仮定した上での社会契約による国家(政府)の成立謹説明することを一般 的特徴とする近代自然法思想に対する, スミスの否定的見解を検討した。

82)WN. p.769.邦訳m, 126ページ。

−107−

(27)

アダム・スミスの経験主義と自然法 26

スミスにあって, 国家(政府)の成立は契約によって説明されるべきもの ではなく, 人びとの同感に基礎を置く 「権威と功利の原理」によって,

歴史的発展段階のうちで説明されるべきものであった。次いでわれわれ は, スミスが「神の叡智」を目的因として位置づけ, それによって設定さ れた個体の維持及び種の繁栄という自然の二大目的鞍達成する方法は,人 間に委ねられたものとして, 目的因とは区別されるべきものとされている 点を見た。

1V.においてわれわれは, スミスが自然科学における 「ニュートン的方 法」老称賛し, その方法を自らの道徳理論に応用した点を若干検討した。

すなわち, スミスの道徳理論の中心概念である同感の理論は, その導出の 手法において, 「ニュートン的方法」に従ったものと見なされるように思 われる。

以上の内容全般を別言すれば次のようになる。 スミスは, 「自然のあら ゆる部分には・ ・ ・ ・ ・ ・これを作った創造主の神慮にもとづく細心の注意が,

すべて平等にあらわれている88)」と述べ,神の配慮が人間の内に及んでい ることを確信したが, ストア派の賢人のように, 「宇宙の偉大なる管理者 (Superintendent)の見解に移入し,かの神聖なる存在(divineBeing)が 事物を眺めようとするのと同じ見方をもってそれらの事物を眺めようと努 力 )」すること老戒めた。葱ぜ葱ら, 「人間における性向の体系を工夫考 案した叡智は,大人類社会の利益は,各個人の主たる注意を,個人の諸才 能ならびに個人の理解力のとどく範囲内において最大限を占あるところの 大人類社会の特定部分に向けさせることによって,最もよくこれを促進す ることができる, と判断したもののように思われる85)」からであった。 こ のような事悩からして, スミスにあってその理論は, 「いわば道理の問題 (matterofright)に関してでは殿くて,事実の問題(matterof fact)に

pp.105‑06.邦訳245ページ。

p.289.邦訳599‑600ページ。

p.229.邦訳488ページ。

−108−

蝸 焔 咽

83)

84)

85)

(28)

アダム・スミスの経験主駿と自然法 27

関して88)」述べられるべきものであった。すなわちスミスは, 「作用因と しての人間本性のく事実〉に繰り返し立ち戻った87)」のである。その際 理論体系というものは, それが「既に実際にあらわれている種ノマの運動や 結果を結びつけるために想像力の中で考え出された, 想像上の機械であ る88)」 とする観点から,帰納的な方法巻もって櫛築されるべきものであっ たように思われる。

〔本稿執筆にあたり,病気療義中にも拘らず御指導くださL、ました筒井徹先生は,

本稿技正中に逝去されました。先生から賜わった御恩は,公私にわたり測り知れませ ん。ここに謹んで哀悼の意を表します。〕

86) TMS, p. 77.邦訳185ページ。

87) Bittermann, op・ cit.,p. 731.

88) EPS, p,66.

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参照

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