キラリと輝く多摩の歴史・文化・自然・現在を記録し発信するローカルマガジン
ミコタマ
mico tama
「たべる」をささえる心
帝京大学総合博物館 多摩のヨコガオ発見プロジェクト ニュースレター 2021 創刊号ミコタマとは ミコ (Mico) はラテン語の「輝く」と多摩地域のタマ (Tama) を合わせた言葉です。キラリと輝く多摩の魅力を本紙を 通じて記録し発信したいとの思いを込めました。
表紙写真
Mマ メ ト ラametra (18ページ掲載)の前で撮影。 取材日はしとしとと雨が降っており、 肌寒かったのですが、お店に入ると オーナーの大和さんと小林さんがあた たかく迎えてくださり、身体も心もほっ こりしました。 (2020 年 10 月 23 日 )Contents
特集
「たべる」をささえる心
04
何度も味わいたくなる
ここだけのとっておきのアイス
06
うどんの神髄 思い出の味をもう一度
08
深大寺そば 挽きたての粉 打ち立てのそば
10
「原
はらみね峰の里」の実り 多摩の名産品と
㟁
きし農園
12
冬の訪れを知らせる江戸東京野菜
東
と う こ う じ光寺だいこんを訪ねる
14
留学生が見つけた多摩の魅力
飽きることのない味
喜多方ラーメン坂ばんない 内 多摩センター店16
留学生が教える身近な材料で本格中華料理
おうちで本格水餃子
18
わくわくしたい わくわくさせたい
Mマ メ ト ラametra USED CLOTHING + DELI CAFE + ART SPACE
22
今号の取材先マップ
ミコタマ通信
23 ライブラリアン おすすめ CINEMA 24 共読サポーターズ おすすめ BOOK 25 キュレーター すすめ ART 26 キャンパス自然観察だより キャンパスに住むタヌキのごはんはなんだろな 27 編集後記 28 山頂から眺める多摩 大山から眺める キラリと輝く多摩の歴史・文化・自然・現在を記録し発信するローカルマガジンミコタマ
帝京大学総合博物館mico tama
多摩のヨコガオ発見プロジェクト ニュースレター 2021 創刊号本誌の編集について
本誌『ミコタマ』は、帝京大学総合 博物館 ( 帝京大学八王子キャンパス 内)で展開中の「多摩のヨコガオプ ロジェクト」の一環として作成してい ます。プロジェクトについては裏表紙 をご覧ください。 本紙の企画・取材・文章執筆・デザ インは、すべて帝京大学に在籍する学 生が中心に行っています。帝京大学総合博物館について
本館は 2015 年 9 月に帝京大学八 王子キャンパス内に開館した博物館 です。帝京大学の持つ貴重な学術資 料や最新の研究成果を展示や講座な どを通じて社会に広く公開しています。 どなたでも入館できます。ぜひお越し ください。 ・Webサイト https://www.teikyo-u.ac.jp/ campus/hachioji_campus/museum ・Twitter(@Teikyo_Museum):https://twitter. com/Teikyo_Museum ・Instagram(@teikyo_museum):https:// instagram.com/teikyo_museum/ ・YouTube:https://youtube.com/channel/ UCFAxF_ST2oZoyFkrc3SfU-Q特集
「たべる」をささえる心
帝京大学八王子キャンパスのある 丘の上から見る風景 眼下には多摩の街が広がっています。 これから私たちはキャンパスを下り 街に飛び出します。 丘の上から眺めているだけでは 気が付かない多摩の魅力に出会うためです。 その魅力を沢山詰めて 読者の皆様にお渡しするための箱が この「ミコタマ」です。 創刊号のテーマは 私たちにとても身近なもののひとつ 「たべる」こと あわせて、それをささえている心を選びました。 さあ、どんな出会いが待っているのでしょうか。 私たちと一緒に探しに行きましょう。 帝京大学八王子キャンパスからの眺め。写真中央の左寄りには聖蹟桜ヶ丘駅の まわりのビル群が見える。その奥には新宿副都心のビル群も一望できる。子どもから大人まで幅広い世代に 愛されているスイーツの王道、アイ スクリーム。この場所でしか味わえ ない、とっておきのアイスクリーム を見つけた。それが道の駅八王子滝 山 に あ る、 ミ ル ク ア イ ス M モ ー モ O - M O さんのアイスクリーム。八王子の金 子牧場で搾ったフレッシュな牛乳と 八王子の野菜を使用した、地産地消 で安心・安全な優しい甘さのアイス クリームだ。
ここでしかできないアイスを
店 長 の 金 子 キ ミ 代 さ ん に お 話 を 伺った。なぜミルクアイスのお店を 始めたのか。なんと金子さんはご家 族で東京の牧場と農園を経営しなが らお店も出しているという。取材の 始 め か ら 驚 き の 連 続 で あ っ た。 「 う ちが農家で牧場もあるから、それを 使ってここでしかできないアイスを 作 り た か っ た。 」 そ う い っ た 理 由 か ら始められたアイス作り。手探りで さまざまな事に楽しんで挑戦してき たという。 まずはアイスクリームメーカー選 び。さまざまなお店に自ら足を運ん でアイスを食べ比べ、なめらかな舌 触りになるものを選び抜いたという。 製造する上でこだわっている点を伺 うと、 「いや、 アイスっていうのはね、 誰 で も で き る( 笑 )。 た だ、 材 料 に な に を 使 う か が 大 切。 」 と こ だ わ り を話してくださった。 まずジェラートの肝となるミルク アイス。牛乳本来の味を出すため低 温殺菌でじっくり加熱し、2時間も かけてベースを作っているそう。次 にベースに合わせる食材。季節ごと に旬で美味しい食材だけを使ってい る。自身の畑でとれない食材は知人 の農家を通じて美味しいものを調達 している。安心して食べてもらいた いという一心で食材選びは抜かりな い。 そ の 証 に、 M O - M O さ ん の ア イスは「Eマーク食品」として認証 されているという。 「Eマーク食品」 ミルクアイス MO-MO さんの店頭何
度
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格別である。 アイス好きはもちろん、 東京都唯一の道の駅である八王子滝 山 で 買 い 物 を し た 後 の 癒 や し や ご 褒 美 ス イ ー ツ と し て、 M O - M O さ ん を ぜ ひ 訪 れ て み て は い か が だろうか。 坂本結衣 ( 外 国 語 学 部 3 年 ) = 文 村松香音 ( 外 国 語 学 部 3 年 ) = 写真 とは、材料や製法にこだわった特産 品に対して各地域の品質基準を満た していることを精査し、付けられる ものである。幾重もの審査があるた め 取 得 に と て も 苦 労 す る と い う E マーク。東京都の特産品に認証され ている安心感に加え、美味しいのだ から何回も訪れたくなるお店である。
楽しんで生み出す味
開 店 し て 今 年 で 13年 の M O - M O さん。苦労もたくさんあるのではと 伺うと、 「いや、苦労というより楽 しいね。歩いていて、アッこれ次の 新しいアイスにどうかな。そんな食 材 を 探 す の が 楽 し い。 」 と ア イ ス 作 りの魅力を話してくださった。いろ い ろ な こ と に 興 味 を 持 つ こ と の 楽 し さ や 大 切 さ に も、 気 づ か せ て く ださった。 これまでに生み出してきた季節限 定のジェラートは、春はいちご、夏 はすもも・とうもろこし、秋はさつ まいも・しょうが、冬はゆずやラズ ベリー&クリームチーズなどがある そう。どれも珍しいジェラートばか りで、旬を楽しむために何度も訪れ て味わいたくなる。元パティシエを 含むスタッフと一緒に新しい味を作 り続けている。ミルクアイスをいただく
インタビューが終わると、金子さ ん が、 「 遠 く か ら わ ざ わ ざ 来 て く れ たんだから、食べてって。 」と定番 フレーバーのミルクキャラメルとブ ルーベリー、秋季限定のくりとしょ うがの4種類をご馳走してくださる ことに。 ブルーベリー、 くり、 しょうがは、 もちろん八王子の食材が使われてい る。どれも素材そのままの味が感じ ら れ、 優 し い 甘 さ で と て も 美 味 し かった。 その中で私たちの一押しが、 しょうが。しょうがのさわやかな味 が広がり、スプーンが止まらないや みつきになる味であった。秋になっ たらまたこれを食べに来たい。そう 思わせてくれるアイスだ。みなさん もこちらを見つけたらぜひ食べてみ て欲しい。 その後一番人気のカネコミルクと ソフトクリームもいただいた。どち ら も す っ き り し て い る が コ ク が あ り、とても美味しかった。 道の駅のテラスで外の空気を感じ ながらアイスを食べられるところも 出入口のロゴマーク 金子 キミ代さん( 70) 気持ちの良いテラス ブルーベリーとミルクキャラメル のダブル ¥450 しょうがとくり のダブル ¥450 カネコミルクスペシャル ソフトクリーム ¥300 カネコミルク ¥350日本で古来から食べ続けていると いわれている、うどん。多摩地域に おいて、うどん文化は古くから根付 いている。小平ふるさと村では、古 く か ら の 武 蔵 野 手 打 ち う ど ん の 味 を、従来の製法をそのまま継承しな が ら 振 舞 い、 歴 史 を つ な い で い る。 こちらでうどんを振舞っている武蔵 野 手 打 ち う ど ん 保 存 普 及 会( 以 下、 保存普及会) の方々にお話を伺った。
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名前の通り武蔵野台地の上にある この武蔵野地区は、古くから「逃げ 水の里」という異名を持つ。異名の 通り、水はけがよすぎるという台地 の特徴から、稲作は向かず、麦とサ ツマイモの二毛作で農業としての生 計を立ててきた。このように麦を売 ることで生計を立てる農家が、自分 で作った麦を自分たちで食べるとい う 行 為 が、 「 う ど ん は ご 馳 走 」 と い う感性を生んだ。そして、武蔵野台 地 一 帯 で う ど ん が 大 き な 意 味 を 持 ち、文化として発展していった。し か し、 悲 し い こ と で は あ る が、 現 在、麦農家は小平市では残り数件で あり、厳しい状況が続いている。武蔵野手打ちうどんへの愛
武 蔵 野 手 打 ち う ど ん と は、 故 加 藤 有 次 先 生( 保 存 普 及 会 設 立 者 ) に よ り 名 付 け ら れ た も の で、 「 武 蔵 野台地の小麦粉を使用したうどん全 般のことをいう」とのこと。加藤有 次先生の「子供のころに食べた母の う ど ん の 味 を も う 一 度 」 と い う 強 い 信 念 か ら 再 び 作 ら れ た う ど ん で あり、現在作られているうどんはそ の味を完璧に再現したものであるら し い。 「 現 在 主 流 と な っ て い る 機 械 打ちとは一線を画した、古い作り方 である手打ちにこだわって作ってい る」と保存普及会の宮﨑照夫会長は お っ し ゃ る。 実 際 に 作 り 方 を 聞 い た と こ ろ、 水 回 し ↓ 成 形 ↓ 足 で 約 350回踏むなど、大量に作るにも かかわらず機械を全く使わず、あく まで自分自身の力で作っていた。イ ンタビュー中に保存普及会の方々が おっしゃっていた「手間暇がかかっ ているものは美味しい」ということ は、こういった複数の工程を踏んで 振舞われているという点でも裏付け されていると感じた。また、うどん に使われる小麦は前述した小平市の 小麦農家で作られたものを使用して思い出の味をもう一度
の神髄
麺棒と麺切包丁 小平ふるさと村 旧神山住宅主屋 江戸時代中期に建築された農家の主屋を移築 した建物。土・日・祝日に糧か て うどんを振舞って いる。糧は栄養バランスを取るために うどんに 添えて食べる野菜で、つゆに付けて食べる。新 鮮な地元野菜を茹でて提供している。 (現在はコロナ対策のため、提供は中止中。) ※武蔵野手打ちうどん保存普及会は随時 会員 募集中だそうです。気になる方はぜひ。いる。地域で作られた小麦は 「地粉」 と呼ばれ、その地域を象徴するもの として大切に扱われ、誇り高いもの で あ る。 「 地 粉 を 使 う こ と で 初 め て 小平うどんと呼べる」と会員の方は おっしゃっており、うどんへの情熱 は地域のものを使う、いわば地産地 消からきていると感じた。6ページ 左下の写真は麺棒と麺切包丁だ。ど ちらも大きく、大人数のうどんを作 る た め の も の と し て 使 わ れ て い る。 年季が入っているが古びた様子はな く、いつでも使えるように手入れが されており、こういった用具の面か ら も、 う ど ん へ の 情 熱 と 力 強 さ を 感じた。
うどんの未来をうらなう
従来、小平を含む武蔵野手打ちう どんの立ち位置は、地域のご馳走と して成人式、お彼岸、お盆結婚式な ど特別な行事の際に作られてきた縁 起の良いものであった。それを示す ように「うどんを打てなければ嫁に いけない」といった言い伝えが地域 では根付いていたそうだ。しかし現 在、 「 地 元 農 家 の 減 少 と 共 に 武 蔵 野 手打ちうどんへの関心も薄れてきて いる」と会員の方々は口をそろえる。 機械打ちが主流となり、皆が効率を 求める社会になってしまった弊害と いえるのかもしれない。 こ の よ う な 現 状 を 打 開 す る た め に、各小学校からの要請により講演 会や実演会を開催し、まずは自分で 作るうどんの楽しさについて説いて 回 っ て い る と い う。 小 学 校 を 中 心 に、児童・生徒だけではなく教職員 にまで教えているというのだから驚 きだ。また日本の有名なうどんを持 つ地域(香川・秋田・五島列島)に も遠征し、その地域の方とうどんを 通じて交流会を行い、技術、知識の 更なる向上を遂げようとしていると いう。それだけではなく、同じ粉食 文化ということで、なんとイタリア に出向き、現地の調理学校で交流し たという。うどんの発展を切に願う 気持ちをもってすれば、ここまでで き る の か と 驚 嘆 し た。 「 国 内 外 の う どんは美味しいが、小平で収穫し製 粉された地粉が一番おいしいよ」と おっしゃっていたが、それだけのプ ライドや自負を持って、うどんと向 き合っているのだと感じた。まごころを込めて
取材を通じて、皆さんが熱い思い を持って活動されていることがよく わ か っ た。 「 手 作 業 で ま ご こ ろ を 込 めて作るからおいしい」と口をそろ えておっしゃっていた。 近 年 は 手 間 を 取 ら れ る 作 業 を 嫌 い、短時間でスピーディに物事を行 うことで成果を出すことが好まれて いる。しかしここではあくまで手作 業・手打ちにこだわり、うどん作り を継承してきた。足で何度も踏み麺 のコシを出す、包丁で切ることによ り出汁がよくうどんに浸みる、冬は 太め、夏は細めに麺を切るなど、私 たちのように食べ慣れていない者で は 気 付 か な い 様 々 な 工 夫 を 凝 ら し、 作り続けてきた。こういった表には 出ない複数の工程を踏んでいるから こそ、長年、武蔵野手打ちうどんは 愛され、保たれてきたのだと思う。 ど ん な も の で も 効 率 化 も 良 い が、 逆に原点に立ち返り、奥の深いもの に目を向けてみてもよい。今までと は違った新たな発見があり、私たち に語り掛けてくれるかもしれない。 島村 竜(政治学科3年)=文 布施 輝(社会学科3年)=写真 糧 かて うどん ( 写真提供:武蔵野手打ちうどん保存普及会 ) うどん上部に置かれているのが「みみ」。うどんを打ったと きに出る両端の部分であり、これが手打ちの証ともいえる。よく晴れた休日、なんとなく出か けたくなる。一人で、 誰かを誘って、 ゆったりとした時間を過ごしたくな る。そんな日は、深大寺に足を運ん でみてはどうだろうか。木々の隙間 から温かい日差しがこぼれ、穏やか な気持ちになれる場所だ。
伝統の味と改革
京王線調布駅から深大寺までバス で約 20分。下車してすぐに、たくさ ん の そ ば 屋 が 並 ん で い る の が わ か る。深大寺周辺では、江戸時代から 深大寺そばが作られていて、徳川家 光もその味を認めていたそうだ。今 回 は、 深 大 寺 周 辺 の そ ば 屋 の 一 つ で あ る「 一 休 庵 」 を 営 む、 社 長 の 内野和彦さんからお話を伺った。 深大寺の山門前を左折すると見え て く る、 水 車 の あ る お 店 が 一 休 庵 だ。一休庵は深大寺周辺で3番目に 古い老舗そば屋で、内野さんは3代 目の社長である。 36歳で家業を継い だ内野さんは 「自分が納得できるか」 「自分が楽しめるか」 「一休庵のそば に足りないものは何か」と考え、そ れまで機械と手打ちで行なっていた そば打ちの工程を、手打ちのみにす ることを決意したのだという。当時 は 従 業 員 の 反 発 も あ っ た そ う だ が、 衝突を乗り越え、改革から 15年以上 経った現在も、機械を使わず手打ち のみでそばを打ち続けている。そば への情熱が、そばの味を作っている のだ。 このそばを食べない手はない。そば粉から「自家製」
一休庵では、そばの実を脱穀する ところからそば作りが行なわれてい る。 国 内 の そ ば 農 家 か ら 玄 げん そ ば ( 殻 付 き の ま ま の そ ば の 実 ) を 仕 入 れ、 店舗近くにある自社の製粉所で脱穀 をする。製粉所で脱穀され、むき実 になったそばの実は店内にある石臼 で そ の 日 に 必 要 な 分 だ け 挽 か れ る。 挽きたての新鮮なそば粉は、そばを 打つ際に水を入れると、ブワッと香 りが立つのだそうだ。また、信頼で きる農家と直接取引をして、自社で 製粉することで、どういった粉なの か、いつ挽いた粉なのかといったこ とが明確になり、基準がしっかりと したそばを自信を持って提供できる のだという。その言葉からは、そば 職人のそばに対する自負がひしひし と伝わってきた。深大寺そば
挽
き
た
て
の
粉
打
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立
て
の
そ
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▼上が玄げんそば(殻付き)で、下がむき実。 深大寺そば 一休庵自家製粉の利点はもう一つある。 そばを打つ際のつなぎとして、そば 粉 を 用 い る こ と が で き る と い う の だ。そばの実は層になっている。そ してそれぞれの層から一番粉、二番 粉、三番粉というように性質の違う 粉が取れるのだそうだ。中心部から 取 れ る 一 番 粉 は サ ラ サ ラ、 二 番 粉、 三番粉と外側の層の粉になるほど目 が粗く、粘着質でそばの香りが強く なるという特徴を持つ。一般的につ なぎは小麦粉や卵、 山芋を用いるが、 そばの特徴を生かすことでつなぎの 役目もそば粉が担うことができると 教えていただいた。この 「つなぐ力」 は、新鮮な挽きたての粉だからこそ できるのだそうだ。グルテンフリー などを意識している健康志向の人に もぜひおすすめしたい。十割そばで も全く粉っぽくない、みずみずしい そばを食べることができる。 そ ば を 食 べ る の に 欠 か せ な い の が「つゆ」だ。内野さんは「和食は 引 き 算 」「 足 し て あ る も の を 戻 す の は難しい」と話し、素材を生かした うえで、お客さんの好みで味を足し ていけるようにして、そばを提供し ているのだと話してくださった。わ さびとねぎは薬味皿で添えられてい て、つゆは濃いめに作ってある。濃 いめのつゆに好きな分だけそばを浸 して食べることで、素材の味も楽し めるのだ。
そばの実を余すところなく
「 そ ば の 実 の、 そ ば と し て 使 わ な い部分を棄てるのではなく、何かで きないか」という考えから、一休庵 で は 和 菓 子 作 り も 行 な わ れ て い る。 メニューはそば団子とそばまんじゅ うだ。団子はそばの実の外側から取 れる粉を使用して、そばの香りを感 じられるように作り、 まんじゅうは、 実の中心から取れるサラサラの粉を 小麦粉と混ぜて使うのだそうだ。そ ば粉だけでなく、そばの実を入れる ことでオリジナリティが出るように 工夫がされている。そば団子は店先 で買うこともできるので、寺の参拝 や寺の近くにある神代植物公園から の帰りなど、小腹が空いたときに食 べてみてはどうだろうか。観光地
深大寺の中で
そばだけを扱う「そば専門店」と いうのは珍しい。筆者の自宅近くの そ ば 屋 を 思 い 浮 か べ る と、 う ど ん や 丼 も の な ど そ ば 以 外 に 色 々 な メ ニューがある。様々な人が来る観光 地では、様々なメニューを用意して おく方がお店のリスクは少ない。そ れでも「自分が食べて、おいしいと 思うもの、納得できるものを出した い」という思いでそば専門店をやっ ているのだと内野さんは語る。職人 の熱意と誇りをもって作られたそば は、みずみずしく輝いていて、香り 高 く、 本 当 に お い し い そ ば だ っ た。 家族にも、友人にも、そして読者の 皆様にもぜひ一度は食べてみてほし いと思っている。 深大寺周辺には約 20件のそば屋が ある。一日で深大寺そばを知ること はできないだろう。店ごとのこだわ り を 知 る た め に も、 深 大 寺 へ 通 い、 そばを食べ比べ、お気に入りのそば 屋を見つけてほしい。 寺澤頼来 ( 心 理 学 科 2 年 ) = 文 ・ 写 真 好みの 加減で 香り高い、一休庵のそば。職人の熱意と誇りを感じた。「
原
は ら み ね峰
の
里
」
の
実
り
多摩
の
名産品
と
㟁
きし農園
「原峰の里」の農園
「 原 峰 の 里 」 は 別 名「 狼 お お か み や と 谷 戸 」 と も 呼 ば れ る 谷 戸 だ。 「 旅 人 が 狼 に 襲 わ れ た 」「 旅 人 が 安 全 に こ の 場 所 を 通 り 過 ぎ る た め に 狼 が 守 っ て い た 」 な ど の 言 い 伝 え の あ る 場 所 で あ る。 そ ん な 昔 話 が 残 る 場 所 に 㟁 農 園 は あ る。 㟁 農 園 は「 有 限 会 社 㟁 農 園 」 という社名の造園会社も営む、兼業 農家である。 そ こ で 代 表 取 締 役 を 務 め る の が 㟁琢也さんだ。㟁さんは生まれも育 ちも多摩市で、大学卒業後は父親の すすめで造園関係の企業で 10年間働 き、家業の㟁農園に戻ってきたのは 15年前。農業は㟁さんのお父様が営 んでいたそうだが、現在は琢也さん が引き継いでいる。銘酒の酒米の生まれた場所
㟁農園では、1年を通じて色々な 野菜を育て、 直売所で販売している。 白 菜・ サ ヤ エ ン ド ウ・ 大 根・ 人 参・ ホウレンソウ ・ レモン ・ ナス ・ ネギ ・ 大麦・米、変わったところでは古代 米として有名な黒米など、育ててい ないものはないほどだ。そんななか で、ひときわ興味を惹かれるのが日 本酒の原料となる「酒米」だ。 約 20年前、多摩市で収穫された酒 米で日本酒を造ろうと、スタートし た酒米づくり。現在は㟁農園を含む 多摩市内に残った4軒の米農家が育 てている。 収穫された酒米は、福生市の石川 酒造で醸造し、純米吟醸「原峰のい ず み 」 と い う 名 で 販 売 さ れ て い る。 また、酒米を育てている4軒の農家 で「 農 事 組 合 法 人 多 摩 市 農 産 加 工 組合」 を立ち上げ、 酒米を使った 「原 峰のかおり」という味噌も生産して い る。 こ れ ら は 多 摩 市 の 名 産 品 に なっている。 実はこの2つ以外にも名産品をつ くろうということで、イチジクに挑 戦したことがあったそう。日野市の ブルーベリーや稲城市の梨・ブドウ 多 摩 ニ ュ ー タ ウ ン の 開 発 が スタートする前の多摩丘陵は 里山が広がる農村だった。そ こには「 谷 や と 戸 」と呼ばれる谷 があり、谷からこんこんと出 る 湧 水 を 使 っ て 米 を 中 心 に 様 々 な 作 物 が 育 て ら れ て い た。現在では開発や後継者不 足 に よ っ て 農 家 の 数 が 激 減 し、 50年 前 に は 当 た り 前 に あった里山の風景はほとんど 見ることができない。しかし 大 き な 通 り を 一 本 奥 に 入 る と、里山の風景が現れ、そこ では農業が営まれている。 今回は、 その中の一つ、 多摩 市役所の裏手に残された「原 峰の里」と呼ばれる里山で農 業 を 営 ん で い る、 㟁 農 園 の 㟁琢也さんを訪ねた。 市街地から一本入った場所にある㟁農園。ここは東京かと疑うほど、のどかな風景が広がる。に 負 け な い よ う に と の ア イ デ ィ ア だったが、木を植えて収穫まで何年 もかかることから立ち消えになって し ま っ た と 㟁 さ ん は 悔 し そ う に 語 る。㟁さんは、現状に満足せずに常 に新しいことをしようとするパワー とアイディアにあふれる方だ。 「原峰のいずみ」と同じ酒米を使っ て 作 ら れ た 味 噌「 原 峰 の か お り 」。 㟁さんたちが研究を重ねて作り出した 味噌だ。
それでも悩みはある
現在頭を悩ませていることは、農 地を維持することだそう。あわせて 自然災害の増加、経済状況が読めな い時代となってきたため、先を見越 すことが難しいとのことだ。さらに 農作物の病気は農家にとっては天敵 だ。農薬をまいたとしても、病気に かかってしまった農作物は完全には 治らない。特に㟁農園は作物を植え る際にのみ除草剤をまき、それ以降 に ほ と ん ど 農 薬 は ま か な い と の こ と。そのため、㟁さんは常日頃から 作物に目を光らせている。 新型コロナウイルスの影響はどう か質問してみた。不思議なことに直 売所での売り上げは右肩上がりだそ うだ。おそらく外出の自粛で家にい る時間が増えたことにより、自炊す る機会が増えたこと、あわせてスー パーマーケットなどでは野菜は高騰 していたが、直売所に売られている 野菜は安値のため、新規のお客様が 増えたのだろうと、 㟁さんは語った。
農家の醍醐味
アイディアマンであり、パワーあ ふれる㟁さんに農業の魅力について 聞いてみた。農業には 4 つの魅力が あるという。 1 つ目は、直売所で販売すること に よ っ て 消 費 者 と 距 離 が 近 く な り、 どんな人が購入しているか顔がわか る。 2 つ目は、お客様に直接、美味 しいと言ってもらえること。それに よって、嬉しいと同時に作業に対し てのモチベーションも高まるとのこ とだ。 3 つ目は、勉強したことを誰 かに教えること。㟁さんは多摩市内 の小学校と連携して田植えなどの体 験授業に協力している。JAの職員 の方々に教えてもらったことを小学 生達に教えられるように考えること が醍醐味だと語る。 4 つ目は、マイ ペースで仕事ができること。起床↓ 作物の収穫↓出荷の準備↓出荷↓昼 休憩↓日暮れまで農作業というスケ ジュールをこなす。多忙だが、自分 が作った計画で作業できることが楽 しいとのことだ。 * * * 多摩地域に住み始めて3年、日頃 飲んでいるお酒や味噌の原料、そし て食べている野菜、それらは意外な ほ ど 身 近 で 作 ら れ て い た。 そ し て、 それらを丹精込めて育てている㟁さ ん の 想 い に 触 れ る 時、 「 食 べ 物 は 大 切に食べたい」そして「残してはだ め」という思いが今更ながらに込み 上げてきた。食べ物を食べることは 生産者の想いを食べること、そして 捨てることは生産者の想いを捨てる ことになるのだから。 布施 輝(社会学科3年)=文 島村 竜(政治学科3年)=写真 日焼けした肌がとても眩し い、㟁農園の㟁 琢也さん。 パワーとアイディアで多摩 の農業を盛り立てる。 多摩市の 4 軒の米農家で収穫し た酒米を使って醸造された「原峰 のいずみ」。芳醇な香りで、のみ 口はすっきりしている。
冬が始まる合図。少し冷えた風に運ばれて くる独特な香り。今年も会いたいあの味に。 日 野 市 で は 江 戸 東 京 野 菜 の ひ と つ、 東 光 寺 大 根 が つ く ら れ て い る。 現 在、 東 光 寺 大 根 の 作 り 手 は 3 人 ほ ど。 今 回 は そ の 1 人、 奥住喜則さん( 52)にお話を伺った。
東光寺大根の
一年
東光寺大根は練馬大根の流れを受け継いだ も の で、 百 年 以 上 前 か ら 作 ら れ て い る。 辛 み が 多 い の が 特 徴 で、 見 た 目 は 細 長 く、 タ ク ア ン 用 と し て 販 売 さ れ て い る。 栽 培 し た も の か ら 次 の 作 付 け に 必 要 な 種 子 を 自 分 で 採 る 自 家 採 種 と い う、 昔 な が ら の 方 法 で 育てられている。 ま ず、 形 が い い 大 根 は 収 穫 せ ず に、 12月 か ら春にかけて花を咲かせ、8月に大根の花の 中から種を取り、乾燥させる。種は落花生や 枝 豆 の よ う に さ や の 中 に 一 つ ず つ 入 っ て い る。豪雨や災害を耐え抜いてきた良質な大根 を次の年の種として植えることを毎年繰り返 すことで、ブラッシュアップするのだ。 9月上旬に種をまくと、大根はわずか3カ 月ほどの短い期間で育つ。 11月から 12月に大 根を収穫し、 洗って干す。大根を干すときは、 すだれ状に編む。風が通りやすくなり、乾き やすくなるそうだ。 以前は縄で編んでいたが、 大根が変色してしまうため、現在ではビニー ルのひもで編んでいる。太さやサイズが同じ ような大根を選んで編む。こうすることによ り、干し場の利便性を確保しつつ、多くの大 根を干す事ができる。干す際は、大根に霜が つくと味が落ちる原因となり、本来の歯ごた えが失われてしまうので、注意しているとい う。乾燥が終わる 12月上旬頃から、主に5本 から 11本の束にして出荷する。伝統を
守る
こ
と
の
よ
ろ
こ
び
もともと測量設計の仕事をしていたという 奥住さん。実家で持つ農地の問題などがあっ たために、跡を継いで農家をはじめた。大根 の他にもトマトやキャベツなどを作り、だん だんと農業の魅力に気付いていった。冬
の
訪れ
を
知ら
せ
る
江戸東京野菜
東
と う こ う じ光寺
だ
い
こ
ん
を
訪ね
る
東大寺大根の特徴は細長いこ と。特に首の部分の太さは 10 円玉くらいしかない。 収穫を待っている、青々とした東光寺大根の畑。11 月 下旬~ 12 月上旬が収穫の最盛期。自家採種という昔 ながらの方法で育てており、現在、作り手は 3 人ほど。奥 住 さ ん の 家 で は 畑 作、 田 ん ぼ、 養 蚕 等、 元禄時代から 13代にわたって農業を営んでき た と い う。 東 光 寺 大 根 の 栽 培 を 始 め た の は、 江戸時代後期から。東光寺大根の栽培の理由 としては、八王子では織物が盛んで、機屋で 働く女工たちの休憩中のお茶請けやご飯のお かずにタクアンが重宝されたという歴史的な 背景がある。また、漁船に乗る漁師さんたち にも食べられていたそうだ。 干 し た 大 根 は 独 特 な 香 り が す る の だ と い う。奥住さんいわく、普通の大根よりも大根 くささが強く、辛そうな匂いだそうだ。私も 実際に食べてみて、いつも食べるタクアンよ りも辛みを感じた。奥住さんは干し大根を1 本あたり350円で注文を受け、販売してい る。その他、1年を通して大根以外にもトマ トやキャベツなどの栽培もしている。それら の野菜はJAの直売所やスーパーで購入する ことができる。 また、 学校給食への提供も行っ ているという。傷物は安く自宅の庭先で販売 している。 大根の売上は他の野菜に比べて少ないそう だ。だが、自家採種という難しい作り方であ り誰でも作ることができるわけではないので こだわりがある。特に土づくりを大切にして いるそうだ。細長い大根なのでやわらかい土 を作る必要があり、東光寺大根の畑では他の 野菜を作らないようにしているという。 大 根 づ く り で 大 変 な こ と は 重 労 働 な こ と、 休みがほとんどないこと、台風などの自然災 害への備えなど、数えきれないほどある。し か し、 「 お 客 様 か ら 選 ば れ る こ と、 美 味 し い といって食べてくれることが嬉しい」と奥住 さんは笑顔で語る。
そ
れ
で
も
大根を
作り
続け
る
タクアン用として昔から親しまれてきた東 光寺大根。奥住さんは、お奨めの食べ方とし て、香りが立つ東光寺大根の魅力を活かして やはりタクアンとして味わってほしいと力強 く語る。しかし、タクアンの主な消費者層で ある高齢の方はだんだんタクアンが噛めなく なってくる。さらに、自分の家でタクアンを 漬ける人が少なくなってきている。それでも 奥住さんは東光寺大根を作り続けていく。ど う続いていくのか、どのようにして変わって いくのか、楽しみだ。 日野市を含む南多摩は、都内の他の地域よ りも田畑が多いが、開発や区画整理により周 辺の景観が変わってきた。それは悪いことだ けでない。消費者が近くに来たということだ。 消費者が側にいて生産と消費のバランスが取 れている。奥住さんは、住む人と農家の共存 共栄を目指す。農家は安心安全を心がけて野 菜を作っているので、ぜひ地元野菜を食べて ほしいという。地産地消を実践して、野菜食 文化を広めること、それが奥住さんの願いで あり私たちができることだろう。 工藤玲奈(人間文化学科2年)=文 ・ 写真 奥住喜則さん ( 右 ) と一緒に、作業用のビニールハウス 内で記念撮影。左右に組み立ててある木は大根の干し場。 取材の時点 (11 月 24 日 ) では大根は干されていなかっ たが、12 月上旬には大根が吊るされて、賑やかになる。私が何度食べても飽きない味は喜多方ラーメン坂内の ラ ー メ ン で あ る。 中 国 か ら 日 本 へ 留 学 に 来 て い る 私 から読者の皆さんに絶対に紹介したい味だ。 張小寒 (観光経営学科3年)=文・写真
私にとっての喜多方ラーメン
日本には、横浜家系ラーメン、博 多ラーメン、 熊本ラーメンなど、 色々 なラーメンがある。今回は、福島県 喜多方の喜多方ラーメンをみなさん に紹介したい。 外 国 人 留 学 生 の 私 は、 日 本 に 来 て そ ろ そ ろ 4 年 に な る。 私 は 今 ま で、各地のラーメン屋を訪れ、色々 なラーメンを食べたけれど、一番心 に 残 っ た の は、 「 喜 多 方 ラ ー メ ン 坂 内 多 摩 セ ン タ ー 店 」 で 食 べ た 喜 多 方 ラ ー メ ン で あ る。 多 摩 セ ン タ ー 駅 か ら 南 に 向 か っ て 歩 く こ と 7 分。 2012年に開店し、今年で9周年 を迎えるお店だ。 はじめてお店を訪れた際は、特に 期 待 な ど 全 く な か っ た が、 店 内 に 入って、店の雰囲気や店員さんの笑 顔にとても感動した。もっとも印象 に残ったのは、やはりラーメンの味 だ。食事をして「またここに来たい な」という気持ちが、心の中に生ま れ た。 み な さ ん は こ ん な 気 持 ち に な っ た こ と が あ る だ ろ う か。 私 に と っ て、 喜 多 方 ラ ー メ ン 坂 内 と は、 そういうお店である。ここでしか体験できないこと
喜多方ラーメンの発祥の地は、 「喜 多方蔵の里」で有名な福島県喜多方 市である。店内には、喜多方市を感 じてもらうための工夫がなされてい る。食事をしながら、ふと上を見る と、 人 形 が 飾 っ て あ っ た。 「 こ れ は 何だろう、面白い」と思って、お店 の 方 に 伺 う と、 「 赤 べ こ 」 と「 起 き 上がり小法師」という、喜多方市で 人気のあるお土産品とのこと。ただ ラ ー メ ン を 食 べ る だ け で は な く て、 喜多方市の文化や物語も体験できる のは、最高だと思った。 私は中国からの留学生である。中 国も、地域によって料理や食材に特 色 が あ る。 今 は 遠 く に い る け れ ど、 故郷のものを味わうと、自分の幼い 頃を思い出すことができて、とても 幸せな気持ちになるものだ。自慢できるもの
この喜多方ラーメンの写真、とて も美味しそうでしょう。喜多方ラー メンの自慢できる特徴は、丁寧に仕 込 ん だ 醤 油 ス ー プ や 手 も み の 熟 成 麺、そして自家製チャーシューであ る。チェーン店として、どこの店で も食べることができ、かつ同じ味が 提供できる。毎日食べても飽きるこ と が な い ラ ー メ ン。 「 福 島 県 出 身 の み な さ ん は、 い つ で も、 ど こ で も、 故郷の味を食べることができて、幸 せだよね!」と羨ましく思う。 喜多方ラーメン坂内多摩センター店の店内。暖かい雰囲気を感じる。 「赤べこ」と「起き上がり小法師」留学生
が見つけた多摩
の
魅力
飽きることのない味
喜多方ラーメン
坂
ばんない内
多摩センター店
心を込めたおもてなし
店内の雰囲気は黒と白を基調とし ている。喜多方ラーメン坂内PR担 当の奥寺紀代さんによると「東北地 方を感じさせるデザインを随所に取 り入れている」とのこと。さらにカ ウンター席、テーブル席、家族用の 座 敷 が 設 け ら れ て い る。 中 国 に は、 こんなに色々な種類の座席がないた め、日本のお客さまのニーズに合わ せたサービスを見て、心から素晴ら しいと感じた。 また、お客様自身が席を立ち、お 冷を注ぎに行くのではなく、店員が 席に来て注ぐサービスがある。中国 ではここまで丁寧なサービスはして いない。お客様の所へ行くのは、お 店の方にとって面倒なことではない か と 感 じ た。 し か し、 「 セ ル フ サ ー ビスだとお客様とコミュニケーショ ンが全く取れない。お客様との関わ りを増やすためにやっています」と お話しいただいた。 このようなサービスの重要性を実 感するとともに、お店の方がお客様 の状況を確認した上での親切なサー ビ ス だ と 感 じ、 「 お も て な し 」 が で きるいい店だと思った。 こんなに美味しくて、喜多方市の 文化も知ることができ、素晴らしい お も て な し も 体 験 で き る、 喜 多 方 ラーメン坂内多摩センター店。みな さんも、ぜひぜひラーメンを食べに 行ってみよう。 トロトロの自家製チャーシュー ラーメンを茹でる様子。 麺は手もみの熟成麺で、喜多方市の本店と同 じ製麺所から毎日送られてくる。 喜多方ラーメン坂内のメニューで人気があるラーメンセット。 人懐こそうな笑顔でラーメンを作る副店長さん。 この日にお会いできなかった店長さんは、入社 2 年目の女性で バリバリ活躍されているそうだ。※ 2020 年 11 月 12 日に撮影人々を病から救った餃子の伝説
中 国 に は 餃 子 に ま つ わ る 伝 説 が あ り ま す 。 東 漢 ( 後 漢 ) 王 朝 の 終 わ り に、 首 長 を 務 め た「 医 療 聖 人 」 の 張 仲 景 は、 辞 任 し て 故 郷 に 戻ります。冬のソルスティス ( 冬至 ) の日に間 に 合 う よ う に 帰 郷 し た 彼 は、 南 陽 の 人 々 が 飢 え と 寒 さ に 苦 し み、 両 耳 に 霜 が 刺 さ る よ う な 痛 さ ( 凍 傷 ) に 耐 え て い る 姿 を 見 ま し た。 そ の 年、 台 風 熱 ( 流 行 性 の 病 気 ) が 蔓 延 し、 多 く の 人 々 が 亡 く な り ま し た。 張 仲 景 は、 漢 王 朝 の 2 0 0 0 年 以 上 の 臨 床 体 系 を ま と め、 地 域 に 医 療 小 屋 を つ く り、 そ こ に 大 き な 鍋 を 設 置 し ま し た。 そ の 鍋 で 子 羊 の 肉 を 唐 辛 子 と 生 薬で煮込み、 それらを取り出して細かく刻み、 小 麦 粉 を 練 っ た 生 地 で 耳 の 形 に 包 み ま し た。 そ れ を 先 ほ ど の 大 き な 鍋 で 再 度 茹 で 上 げ、 そ の ス ー プ ( ゆ で 汁 ) を 添 え て、 貧 し い 人 々 に 与 え ま し た。 人 々 は、 冬 の ソ ル ス テ ィ ス か ら 大 晦 日 ま で の 間、 台 風 熱 を 乗 り 越 え、 凍 っ た 耳を治すために、これを食べました。 そ の 時 か ら、 「 餃 子 の 耳 」 ま た は 「 餃 子 」 と 呼 ば れ る こ の 料 理 を 食 べ る 習 慣 が 村 の 人 々 の 間 に 広 ま り ま す。 「 ビ ア ン シ 」 ま た は 「 ホ ッ ト ヌ ー ド ル 餃 子 」 と 呼 ぶ 地 域 も あ り ま す。 や が て、 冬 の 休 暇 中 に 餃 子 を 食 べ る こ と は、 不 可 欠 な 行 事 と な り ま し た。 1 4 0 0 年 以 上 の 歴 史 の 中 で、 餃 子 は 人 々 の 心 に 根 付 い て ゆ き、 徐 々 に 代 表 的 な 中 国 料 理 と し て 多 く の 人 々 に 支 持 されるようになりました。おうちで
本格水餃子
留学生
が教える身近な材料
で本格中華料理
広 大 な 中 国。 そ の 面 積 は 約 9 6 0 万 平 方 キ ロ メ ー ト ル で、 地 域 に よ っ て 食 文 化 と 風 俗 が 全 く 異 な っ て い ま す。 例 え ば、 お 正 月。 良 い 一 年 を 祈 願 し て、 南 の 地 域 で は 団 子 を 食 べ ま す。 そ し て、 北 の 地 域 に 古 く か ら 暮 ら す 人 々 は、 餃 子 を 食 べ ま す。 餃 子 の あ ん に す る 肉 を 叩 き 切 る 音 と と も に 新 年 を 迎 え る の で す。 今 回 は そ ん な 様 々 な 食 文 化 の 中 か ら、 水 餃 子 を と り 上 げ ま す。 本 格 的 な 水 餃 子 を、 日 本 で も 簡 単 に 手 に 入 る 材 料 で 気 軽 に 作 る こ と が で き ます。是非、お家で作ってみてください。 鲁 娜 (観光経営学科2年 ) =文・料理作成 堀越峰之 (帝京大学総合博物館 ) =写真 石川純子 ( 帝京大学総合博物館 ) =レ シ ピ 補 助ニラと卵の水餃子
材 料
〔 4 人分 ・約 40 個 〕 【生地】 ・薄力粉 …… 200 g ・水 ………… 約 60~70cc ・打ち粉…… 約 20g 【あん】 ・ニラ……… 1 束 ・卵………… 4 個 ・塩……… 2g( 小さじ 1/3) ※下味 1g、仕上げ 1g ・油………… 大さじ 3 杯 【仕上げ】 ・水 ・塩………… 水の量の 1.5% ※好みで醤油、酢、ラー油など。 ①洗って根を取り除いたニラを 1cm の長さに切る。 ※洗ったときの水気をよくきって から 切る。 ②よく溶いた卵に塩を 1g( 小さじ 1/6) 加えて、混ぜ合わせる。 ③フライパンに大さじ 3 杯の油を敷 き、②の卵を加えて軽く炒める。 ④おおよそ火が通ったら、ニラを加 えて炒める。 ⑤ニラがしんなりしたら、塩を 1g 入れて味を調えて、あんの完成 ! ※塩加減は好みで増減する。1
あん作り
②生地を丸めて、約 30 分休ませる。 ①分量の粉を入 れたボールに、 50 ㏄の水を入れ、粉と混ぜ合 わせてよくこねる。粉がパサつく ようなら、水を少しずつ足して生 地がひとかたまりになるまで混 ぜ、台の上で滑らかになるまで よくこねる。 ※季節・気温などにより粉の状態 が異なるので、後半の水は少し づつ加え入れすぎに注意する。 ※目安としては生地にだまがなくな り表面につやが出て耳たぶくらい の固さになるまでこねる。 ③休ませた生地を 2 等分して棒状 に伸ばしていく。(直径2㎝ くらい) ④棒状に伸 ばした生地を 90 度 ずつ回転させながら、2 ㎝幅に 切っていき、打ち粉をふる。残り の生地も同様に。 ⑤麺棒を使って、生地を 1 つずつ 直径 7 ㎝くらい、1.5 ㎜くらいの 薄さの丸形に伸ばしていく。 ※適宜打ち粉をしながら伸ばす。 ①出来上がった生地に小さじ山盛 1 杯分の あんをのせる。 ②生地の端を指でしっかりつまんで あんを包む。 ③大きめの鍋に水を張り、1.5%く らいの塩 ( 例:800 ㏄の水の場 合 12g( 小さじ 2 杯 )) を加えて 沸騰させる。 ④沸騰したお湯に包んだ餃子を 1 つずつ入れていく。 ※鍋の大きさにより、適宜、数回 に分けて茹でる。 ⑤ 餃 子 が 浮き上 がってきた 後、 30 秒たったら取り出して完成 ‼3 仕上げ
2 生地づくり
聖
蹟
桜
ヶ
丘
の
カ
ル
チ
ャ
ー
ス
ポ
ッ
ト
京 王 線 聖 蹟 桜 ヶ 丘 駅 で 下 車 し 、 歩 く こ と 5 分。 川 に 面 し た 住宅街 の 中 に 「 M a m e t r a 」( 以 下 マ メ ト ラ ) が 見 え て く る 。 古 着 屋 + デ リ カ フェ + ア ー ト ス ペ ー ス の 3 つ の 顔 を 持 つ マ メ ト ラ は 、 開 店 し 今 年 で ち ょ う ど 20年 に な る お 店 だ 。 販 売 だ け で な く 、 時 に は 生 演 奏 の ラ イ ブ 会 場 や 、 ボ ー ド ゲ ー ム 大 会 会 場 に 変 身 す る 。 多 彩 な 活 動 を 繰 り 広 げ て い る マ メ ト ラ は 「 聖蹟桜 ケ 丘 の カ ル チ ャ ー ス ポ ッ ト 」 と 呼 ば れ 多 く の 人 々 に 愛 さ れ て い る 。また来てもらいたい
「 望 み 通 り 出 来 た こ と も あ っ た し、 守れないものあった。ただ、お客様 にまた来たいと思ってもらいたいと いう思いを持ち続けてお店をやって き ま し た 」 と 古 着 販 売 を 担 当 す る 大和さん。その心遣いが店内のあら ゆる場所から伝わってくる。 マメトラの主力商品は新品と見間 違えるほどのブランド古着だ。仕入 れた古着を一点一点丁寧にメンテナ ンスしている。商品は特注のラック にゆったりと並べられており、とて も見やすい。価格はどれも格安で新 品の半額以下だ。お洒落したいけれ ど お 金 が な い 若 者 に は 嬉 し い 限 り だ。あわせて商品の回転が速く、い つ 行 っ て も 掘 り 出 し 物 が あ る た め、 毎 日 で も 行 っ て み た く な る。 ま た ウェルカムドリンクサービスがある ため、スタッフの皆さんとの距離が ぐっと近くなる。おかげで喉の渇きわくわく
したい
わくわく
させたい
M
マ メ ト ラametra
USED CLOTHING + DELI CAFE + ART SPACE
何度訪れても発見のあるマメトラの店内。オーナーである大和さんと小林さんの思いが詰まっている。 丁寧にメンテナンスされた古着。ラックは美術品 の輸送ボックスをイメージした特注品。 お店に入ると、必ず発見がある。そして、必ずまた行きた くなる。 Mマ メ ト ラametra はそんな魅力を持ったお店だ。何を隠そ う、私も足繁く通っている一人である。その魅力は何なのか。 オーナーの大和直子さん、小林博代さんにお話を伺った。 堀越峰之(帝京大学総合博物館)=文 村松香音(外国語学科 3 年)=写真
を潤しながら安心して購入を悩むこ とができ、 ついつい長居してしまう。 一番びっくりしたのが、大和さん は常連さんだけでなくお店にふらっ と立ち寄っただけのお客様の顔も一 人 一 人 覚 え て い ら っ し ゃ る こ と だ。 私は開店直後からマメトラに通って いたが、大和さんとお話しする機会 は な く、 お 話 し さ せ て 頂 く よ う に なったのはここ数年のことだ。初め て大和さんと会話をした際に「数年 前に購入されたニットはいかがです か 」 と お 声 が け 頂 き ビ ッ ク リ し た。 誰 に 何 を 販 売 し た の か を 覚 え て い ら っ し ゃ る の だ。 「 売 っ て お し ま い ではない、お店作りがしたい」 魅力的なお店の裏側には大和さん の思いがあったのだ。
もっとお客様との交流を
開店以来、 古着販売 の み だ っ た マ メ ト ラ が 、「 も っ と お 客 様 と の 交 流 を 増 や し た い 」 と の 思 い か ら 、 お 客 様 が 滞在できるようデリカフェとアート スペースを設けてリニューアルオー プンしたのは2014年のこと。も う一人のオーナーでデリカフェ担当 の 小 林 さ ん が 出 し た ア イ デ ィ ア だ。 これは大成功し、お客様の滞在時間 が増え、交流の時間が以前よりも多 く取れるようになったとのこと。 カ ウ ン タ ー で お 客 様 が 食 事 を し な が ら 談 笑 し て い る の を 見 て い る と、私たちもお腹が空いてきた。早 い夕食を兼ねてデリカフェでプレー トメニューを頂くことに。本日のメ インは「サケのクリームチーズソー ス 」、 「 ゆ で 落 花 生 の 炊 き 込 み ご 飯 」 だ。特に炊き込みご飯は、今朝採れ た ば か り の 落 花 生 を 使 っ た も の で、 採れたてのものでないと作れない今 日のイチオシだそう。サラダは「塩 豚 入 り ヨ ー グ ル ト ポ テ サ ラ 」「 ス パ イ ス チ キ ン と グ リ ル の サ ラ ダ 」「 穀 物のゴマドレッシング」を、数ある 種類の中から選んだ。野菜中心のメ ニューはからだに嬉しい。 「 聖 蹟 桜 ヶ 丘 周 辺 の 飲 食 店 は チ ェ ー ン 店 が 多 く 、 野 菜 中 心 の メ ニ ュ ー を 扱 っ て い る お 店 が 少 な い た め 、 地 元 の 方 は 喜 ん で く れ る 」 そ う 。 何 よ り 料 理の彩が鮮やかで食欲をそそる。 「見 た 目 の き れ い さ で は な く 、 自 分 の こ だ わ り の 色 で 配 色 し て い る 」 と 小 林 さ ん は し っ か り と し た 口調 で 語 っ た 。一期一会の食材を使って
「 料 理 を 作 っ て 人 に 食 べ て も ら っ てお金をもらえるなんて考えてもみ な か っ た 」 と 小 林 さ ん。 「 私 の 料 理 は家庭料理の延長、誰でも作れるよ うな手作り感が出た料理」とのこと だが、とてもそうは思えない。素材 にはこだわりがあり、多摩市にある 自然栽培で野菜を育てている「青木 農園」さんから仕入れる。その日に 食べごろの野菜を譲ってもらう一期 一 会 の 仕 入 れ だ。 「 そ の 日 に 採 れ た 素 材 を 大 切 に し て 、 他 の 食 材 と 組 み 合 わ せ て 工 夫 す る の が 楽 し い 。 フ ァッ シ ョ ン の 組 み 合 わ せ を 探 す の と 似 て い る 。 自 分 た ち も わ く わ く し た い し 、 お 客 様 も わ く わ く さ せ た い 」 と 話 す 小林 さ ん は と て も 楽 し そ う だ 。 時には捨ててしまうものも活用す ボリューム満点のプレートメニュー。野菜が中心 で、からだに優しい。 ポテトサラダの上にのっているのがディルの 花。普通は捨ててしまう。だが、噛み締める と蜜の香りが口いっぱいに広がる。るという。小林さんにサラダに添え られていた小さな花を食べてみるよ うに勧められた。 口に含んで噛むと、 ほんのり蜜の香りと甘い味が口に広 が る。 「 こ れ は デ ィ ル と い う ハ ー ブ の花です。花は本来捨ててしまうの だけれど、偶然食べてみたら蜜の味 が口いっぱいに広がったんです。そ れ以来、料理に使うようになりまし た」と発見した時の感動を笑顔でお 話ししてくださった。 本来は捨てられてしまうものに光 を当てようとする小林さんの思いを 聞いて、大和さんが担当する古着販 売の心に通じるものを感じた。
人
と
人
を
つ
な
ぐ
「 多 摩 の 人 は 人 柄 が 良 い 」 と 語 る 大和さん。開店したばかりの頃、古 着 の ポ ケ ッ ト 内 を よ く 確 認 せ ず に 売ってしまい、購入したお客様から 物が入っていたとご指摘をもらった こ と が あ っ た そ う だ。 「 お 客 様 に ご 指摘いただいて成長できました」 お客様の年齢層は幅広く、来店し た方々は色々な話を聞かせてくれる そ う。 「 マ メ ト ラ が 一 人 暮 ら し を し ている若者の緊急連絡先になってい る」など、思わず笑ってしまうエピ ソードもある。マメトラで出会った ことがきっかけで、お客様同士の繋 がりができることもあるそう。出会 いの場として機能しているのだ。 出会いの場として忘れてはいけな いのがアートスペースである。この 空間はアーティストやクリエイター に 貸 し 出 す ギ ャ ラ リ ー ス ペ ー ス だ。 常に予約が入っている状態で、借り てくれた方を通じて、友達、そのま た友達とつながっていくそうだ。 多摩にゆかりのある方々との交流 も生まれた。八王子出身のブランド ディレクターの赤澤えるさんに協力 頂 き「 エ シ カ ル 」 ( 人 や 社 会、 環 境 に 配 慮 し た 消 費 行 動 ) を テ ー マ に マ メトラ企画で展覧会を開催した。ま た、聖蹟桜ヶ丘在住でグラフィック デ ザ イ ナ ー の マ ル ヤ マ マ ナ ブ さ ん は、 ご 自 身 の 出 身 地 の 群 馬 を テ ー マ に し た 展 覧 会 を 開 催 し て い る。 「 店 内の壁が殺風景と思って貸し始めた アートスペースがお店の中で一番人 と人を繋いでくれた」と大和さんと 小林さんは力強く語る。 * * * マメトラにはマークがある。先ほ ど 紹 介 し た マ ル ヤ マ マ ナ ブ さ ん が 作 っ た も の だ。 「 マ メ ト ラ と い う 公 園 公園内にある回転遊具を、遊び に来る様々な人が回してくれる 遊 んでくれる そんな意味のこもった マーク」 との思いが込められている。 この思いが磁石のように様々な人々 を 引 き 付 け、 そ こ か ら「 わ く わ く 」 す る つ な が り が 生 み 出 さ れ て い る。 し か も 毎 日 違 う わ く わ く が 生 ま れ、 その場面に遭遇しないと損をする気 分になる。それが何度でも足を運び たくなるマメトラの魅力なのだ。 そんなマメトラだが、 20年の節目 となる2021年3月末で閉店する ことに決めたそうだ。大和さんから 「 そ れ で も よ ろ し か っ た ら 取 材 し て く だ さ い 」 と 温 か い 言 葉 を 頂 い た。 大和さんと小林さんには感謝しかな い。残り少ない営業だが、是非マメ ト ラ に 足 を 運 ん で 頂 き「 わ く わ く 」 する体験をしてほしい。 回転遊具をイメージしたマーク。マメトラ をいう公園を使って遊んでもらいたいとい う思いが込められている。 アーティスト・クリエーターの表現の場と してのアートスペース。 写真は 2017 年にマメトラ企画で開催した 「PLAY BACK 再生」Part2 の様子。「エシカ ル」をテーマに、赤澤えるさんにご協力を 頂いた。( 写真提供:Mametra)特集まとめ
「たべる」をささえる心
研ぎ澄まされた五感を最大限に活かし 取材を進めた私たち。 「たべる」の魅力にふれたとき 同時にそれをささえる人たちの心にもふれました。 その美しい心にふれたとき 私たちのキャンパスの丘から見えていた風景とは 全く違ったものが見えるようになったのです。 住宅、ビル、道路、林。 取材をする以前の私たちに見える風景の中には 人がいませんでした。 取材を終えた後 丘から多摩の街を眺めると 直接見えるはずのない 多摩の人たちの営み そしてその心が、見えるようになりました。 私たちが見えるようになった 多摩の人たちの営み、そして心をまとめた 「ミコタマ」は 今回が創刊号です。 今後、号数を重ねるたびに 私たちが見ることのできる風景は増えていくでしょう。 Mametra の取材を終え、外に出た私たちの目に飛び込んできた夕焼け。 多摩の街から見える風景はキャンパスから見える風景からでは気付かない美しさがあ りました。奥に見える大きなビルは帝京大学八王子キャンパス。(2020 年 10 月 23 日 )多摩川 多摩川 多摩川 西武拝島線 中央線 青梅線 八高 線 横 浜 線 南武線 武 蔵 野 線 西武 国分 寺線 西武 多摩 川線 京王相 模原 線 多摩 都市 モノ レー ル 京王線 京 王高尾線 京 西武新宿線 王動 物園 線 八王子市 日野市 多摩市 稲城市 昭島市 立川市 国立市 国分寺市 府中市 小金井市 武蔵野市 三鷹市 調布市 小平市 西東京市 東久留米市 東大和市 武蔵村山市 福生市 あきる野市 狛江市 多摩区 麻生区 町田市 20 20 20 16 16 16 16 411 中央自動車道 中央自動車道 京王・小田急 多摩センター駅 聖蹟桜ヶ丘駅 高幡不動駅 大塚・ 帝京大学駅 調布駅 分倍河原駅 府中本町駅 府中駅 立川駅 西国分寺駅 国分寺駅 三鷹駅 吉祥寺駅 つつじヶ丘駅 八王子駅 高尾駅 拝島駅 小平駅 北野駅 小川駅 玉川上水駅 武蔵境駅 萩山駅 京王・小田急 永山駅 日野駅 京王稲田堤駅 稲田堤駅 田無駅 上石神井駅 登戸駅 小平ふるさと村 深大寺そば 一休庵 Mametra ミルクアイス mo-mo 東光寺大根 㟁農園 喜多方ラーメン坂内 多摩センター店 帝京大学八王子キャンパス 帝京大学総合博物館